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特集ワイド:今さらですが 測定も評価も難しい…内部被ばく

 福島第1原発事故で大量に漏れ出た放射性物質。体が放射線を受ける「被ばく」という言葉が連日報道されるが、放射性物質が体の中に入り込んだ「内部被ばく」とは何なのか。今さらですが、おさらいしてみましょう。【宍戸護】

 ◇原爆被害では重視されず 髪を取り置くなど対策を

 Q 被ばくとは何ですか。

 内部被ばくの研究を長年してきた稲葉次郎・元国際放射線防護委員会(ICRP)委員 放射線を体の外から受けることを外部被ばく、呼吸や飲食を通して体に入った放射性物質から受けることを内部被ばくといいます。体に入った放射性物質を線源と呼び、1秒間に出る放射線の数をベクレルという単位で表します。放射性物質には放射性ヨウ素、セシウム、ストロンチウム、プルトニウムなどがあり、それぞれの性質により、α(アルファ)、β(ベータ)、γ(ガンマ)線などの放射線を出します。各線ごとに体に与える影響の大きさも違います。これらのあらゆる要素を取り込んで、人体への影響を勘案した単位がシーベルトで、累積100ミリシーベルトを超えると体に障害が生じる可能性が出てきます。

 内部被ばくの具体例としては、20世紀前半の米国で、ラジウムを含む蛍光塗料を使って筆で時計の文字盤などを作っていた労働者が、骨肉腫で死亡するケースが相次ぎました。筆先をなめながら作業し、体内にラジウムを取り込んだのが原因です。ラジウムは化学的性質がカルシウムに似ていて、骨に沈着し組織を破壊していました。

 ■

 Q どういうメカニズムで体に影響するのですか。

 原爆症認定集団訴訟で内部被ばくについて証言している矢ヶ崎克馬・琉球大名誉教授(物性物理学) 体は60兆の細胞の集まりです。細胞には自らの情報を伝える遺伝子(DNA)があり、そのDNAはたくさんの原子が連なった分子からできています。一方、放射線にはα線、β線、γ線などがあり、α線が飛ぶ範囲は40マイクロメートル、β線は1センチ程度、γ線は体を貫通します。放射性物質のチリが体外にある時は主にγ線で被ばくしますが、体内にある場合はα線やβ線でも被ばくします。この二つの放射線はごく短距離で消滅しますが、その間に大きなエネルギーを集中的に出し、DNAの分子を切断し傷つけます。100ミリシーベルト以下でも安全とはいえません。ただしICRPでは、γ線のみを対象にしたモデルで、被ばく量を臓器ごとに平均化・均質化しており、低線量の内部被ばくで障害が出ることを認めていません。

 稲葉元委員 DNAの鎖は確かに切れたりしますが、DNAは壊れても修復する能力を持っています。修復できずにDNAが変質した細胞は自死したり、変質した細胞を免疫系がやっつける仕組みも持っています。いずれの監視網も逃れた細胞が最終的にがんになります。

 一方、放射性物質が体内にある間、体は被ばくし続けます。放射性物質には物理学的半減期のほかに、代謝を通して体の中から排出されていく生物学的半減期があります。物理学的半減期はセシウム137が30年、放射性ヨウ素は8日、ストロンチウムは29年、プルトニウムは2万4000年。生物学的半減期はセシウムが100日、放射性ヨウ素が80日、プルトニウムは数十年。ストロンチウムは数年~20年という最近の報告もあります。臓器別では、セシウムは筋肉に蓄積し、放射性ヨウ素は、甲状腺に集まります。カルシウムと性質が似ているストロンチウムは骨に、プルトニウムは肺や骨、肝臓に沈着します。

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 Q 被害について分かっていることを教えてください。

 広島で被爆し、被爆者治療に携わってきた全日本民医連顧問の肥田舜太郎医師 広島・長崎の原爆被害が参考になります。広島で閃光(せんこう)(ピカ)と爆風(ドン)に遭った多くの人は発熱から吐血に至る被ばくの急性症状で亡くなりました。続けて爆発後、市街地に入っただけで原爆病となり死亡した人が相次ぎました。症状は下痢や口内炎、鼻血、紫斑などで、血を吐いて亡くなりました。その後、「体がだるい」と「ぶらぶら病」を訴える人も大勢出ました。当初は原因が分からず、多くの人は「怠けている」と差別された。原因を探して30年後、米国人研究者の著書で、内部被ばくを知りました。

 矢ヶ崎教授 広島・長崎の被ばくの大きさを評価するため、日米両政府の共同研究機関などが4回、調査報告書を出しています。このうち内部被ばくに触れたのは86年の報告書だけで、しかも事実上内部被ばくを否定する内容でした。06年以降、各地の裁判で原爆症の人々の内部被ばくを認める判決が出てきますが、日本政府は事実上内部被ばくの被害を認めていません。

 稲葉元委員 広島、長崎の長期調査は、基本的には外部被ばくのみという考え方に基づいています。ただし、今回の福島の事故では、内部被ばくもきちんと測定し、評価しないといけません。

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 Q がんとの因果関係は?

 肥田医師 占領軍の調査は原爆投下4年後に開始されました。それまでに多くの人が亡くなりましたが調査されていません。また、爆心地から半径2キロ外の被爆者、つまり内部被ばくの被害者は事実上除外されました。検査が受けられると喜んで病院に行き、がっくりして戻ってきた患者さんの表情を覚えています。内部被ばくを測定する装置ホールボディーカウンターや尿検査で体内にある放射線量の一部を測定することはできますが、がんとの因果関係をはっきりと証明することは今も難しいのが実情です。

 矢ヶ崎教授 ホールボディーカウンターは体を突き抜けるγ線を測定するのであって、体から飛び出してこないα線やβ線をとらえることはできません。しかしα線やβ線によって体の中で被ばくしていることは確かです。欧州の放射線専門家で作る欧州放射線リスク委員会によると、内部被ばくの実際のひどさは、外部被ばくの600倍の影響があるというチェルノブイリ以後の研究もあります。

 Q 被害に備え、国や個人がやるべきことは?

 稲葉元委員 国が示している食品の暫定基準値はもっと分かりやすくしたほうがいいと思います。国には、学校給食のような日常食の放射線量を目安として出すことを検討してほしい。

 肥田医師 人の命の重さを考えれば、福島第1原発からなるべく遠ざかるしかない。福島にいる子どもを他県に疎開させる仕組みを政府には作ってほしいと思います。

 矢ヶ崎教授 現実的な個人の対策として、散髪の際、髪の毛の一部を取っておくことを勧めます。放射性物質が含まれており、がんになったときの証拠になります。国は自らの責任で全国民の健康管理をし、被害者を救済する医療制度を設けるべきです。

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t.yukan@mainichi.co.jp

ファクス03・3212・0279

毎日新聞 2011年7月28日 東京夕刊

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