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[29593] 緑と十の育成法(ファンタジー、主人公の成長物語)
Name: 小市民◆38023a77 ID:f417bad4
Date: 2011/09/08 06:54
前書き及び注意事項

・この物語は「小説家になろう」でも投稿させていただいている作品です。
・この物語はファンタジーに分類されます。
・この物語はコメディも含みます。
・この物語はシリアスもあります。
・この物語は恋愛も少々混じっています。
・この物語には過激な発言が含まれています。
・この物語には少々過激な描写も含まれています。
・主人公の直接的な戦闘能力は皆無です。
・主人公は逃げ腰です。
・主人公は弱虫です。
・主人公は意気地なしです。
・それでも主人公は少しずつ成長していきます。


上記の内容でも構わないという方のみお読みください。



[29593] 第一章 プロローグ
Name: 小市民◆38023a77 ID:f417bad4
Date: 2011/09/04 17:59
それははるか昔の出来事。

世界は未だかつてない脅威にさらされていた。
その脅威は世界の滅亡を予感させるのに十分過ぎる程の力を持っていた。
世界に住む多くの者たちは混乱した。

このまま死に逝く運命を受け入れなければならないのか、と。
だが、そんな人々にも希望の光はあった。
絶望的状況の中でも、立ち上がる者たちがいたからだ。

それは勇者や覇者、賢者、学者、他にも多種多様な特別な力を持つ選ばれし者達。
絶望的な状況を打破できる、人々の最後の希望。

彼らが立ち上がり、それぞれの力を駆使してその脅威に戦いを挑んでいった。
多くの人々は思った。これで再び世界に平和が戻る。また明日からいつもの日常を迎えることが出来るのだ、と。

……しかし、脅威が消えることはなかった。
脅威は闇ではなかった。圧倒的強者や難解な謎、未知の生命体でもなかったのだ。

それは『死』に近しいモノだった。彼らの特別な力でも、どうしようもないモノ。
全ての人々が絶望した。最後の希望が絶たれたのだ。彼らの力をもってしてもどうしようもない死の運命。
一人、また一人と諦め、死の運命を受け入れ始めた時、奇跡は起きた。

ある人物の手によって脅威が消え去ったのだ。
人々は歓喜し、同時に驚いた。
その人物は勇者ではなかった。覇者でも、賢者でも、学者でも、他の何者でも無かったのだ。

その人物は『ただの人間』だった。何も特別な力を持たない『ただの人間』だった。
しかし、そのただの人間の手によって脅威は去った。
誰もが持っている、誰にでも可能なその力をもってして世界を救ったのだ。
人々は思った。私たちはいつの間にかこの力を、誰もが持っているこのごく当たり前な力を忘れていたのだ、と。

こうして『ただの人間』によって世界は救われた。そして人々も救われた。
私たちは忘れてはいけない。あの人を。この力を。私たちは誰でもあの人に慣れるのだ、と。
そして人々は、世界を救った『ただの人間』を忘れぬ為『ただの人間』に称号を与え、こう呼んだ。

その者の名は……



[29593] 第一章 第一節 巻き込まれる少年
Name: 小市民◆38023a77 ID:f417bad4
Date: 2011/09/04 18:09
空が青から朱色に染まりつつある夕暮れ時。

 陽の光もあまり届かぬ暗い森の中を、肩に重い荷物を背負った少年がフラフラと歩いていた。
その特徴的な緑色の髪は汗を滴らせており、元からボロい服はさらにボロボロとなっている。

 少年の名はトウヤ。特に何の取り柄もないごく普通の少年である。
そんなトウヤは、肉体的というよりも精神的に限界を超えてしまったのか、その場に立ち止まり叫んだ。

「一体いつになったら着くんですか!?」

色々な鬱憤の溜まった魂の叫びは、しかし深い森の中を木霊するだけで、疑問に答えてくれるはずは無かった。

「それもこれもあれもどれも全部! こんな無茶な事を僕にさせる村長が悪いんです!」

トウヤはこのような状態に追い込んだ諸悪の根源を大いに呪った。

思い出すのは今朝の出来事。
『いい年した男子が今だ村の外に出ないのはおかしい』というのは村長の談。
普段から野菜の栽培手伝いをする以外は、自宅で植物を育てているか、本を読んでいるか。
あまりにも内向的な行動しか取らないトウヤに対し、村長は突然こんな事を言ってきたのだ。

そして何故か『ゼノ』という村長の友人に野菜を届ける、という仕事を請け負うことになるトウヤ。
野菜を届けることに関してはさして問題がなく、まぁそれくらいは、という気持ちで引き受けたのだが、場所に問題があった。
村でも危険だから入ってはいけません、と言われている森の中に目的の人物の家があったのだ。

これに対してトウヤは抗議した。
『普段あれだけ入ってはいけないと言う森に入れとは、村長アホですか』とか、『大体こんなところに、一般水準以下の体力しか持たないボクが行けるわけないでしょ!』とか。

しかし、村長はそんなトウヤの言葉には耳を貸さずに、必要最低限の道具だけ持たせた後、なんと村の外に放り投げたのである。
ついでに目的を達成するまでは村にも入れない、というのだからたまったものではない。

つまりトウヤには村長からくだされた任務を請け負うしかなかったのだ。
そんなこんなで仕方なくも目的地に向かっていたトウヤだが、当然といえば当然の事故が起こったわけで。

「道に迷うに決まってんでしょうが! 僕は初めて来るんですよ!」

しかも村では危険指定されている森の中。迷わない方がおかしいのだ。
 迷いに迷って今に至る。つまりそういうことである。

「だいたい、なんで初めての遠出がこの森の中なんでしょうね。あの村長は本当にアホなんですか」

 ブツブツ文句を言いながらも、再び歩き始めるトウヤ。
 とにかくさっさと荷物を届けないと夜になってしまう。そうなるとこれから先、暗い夜道を突き進むことになる。松明も持っていないのにそんな中を歩けるはずがない。というか怖くて死んでしまう。

 そんな事を考えながらしばらく進んでいくと前方に古びた小屋が。
 どうも人の住んでいる気配は感じられないが、しかしこんな所に小屋を作る人など他にはいないだろう。それに古びているのは外側だけで、中はしっかりとしているかもしれないし。
 とにもかくにもこういうわけだ。

「やった! ついに着いた!」

 下手をすれば野宿する事になっていたトウヤにとって、小屋があるということだけでも十分救いになった。
 とにかく荷物を届けて、そして一晩泊めてもらおう。そして朝一の明るい時間に帰ろう。
 今後の計画を脳内で考えながら、小屋に近づいていくトウヤだった。


◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇


「ごめんください」

 小屋に着いたトウヤは、ドアを叩いて呼びかけた。
 返事はない。というよりも、人のいる気配がしない。

「まさかここまで来て留守でしたという落ちなのでは……」

 今までの自分の苦労は何なんだ、と思いながらももう一度呼びかけるトウヤ。
 だが、やはり返事は返ってこなかった。

「そんな馬鹿な!」

 なすすべもなくその場に崩れ落ちるトウヤ。
 ああなんてこった。僕は一体何でこんな所に来たのだろう。……まぁ、村長のせいだな。

「しかしどうしよう。このままでは野宿をする事に」

 目の前に小屋があるのに入れないという事態に、しかしふとトウヤは気づいた。

「……まさか、開いてるとかないですよね」

 口では否定しつつも、手を動かしてドアノブを回す。
 すると、何の抵抗もなく開くドアがそこに。

「やった! ありがとうございます!」

 誰に対しての感謝の言葉かは定かではないが、とにかく礼を言うトウヤ。

「それでは失礼しまーす」

 不法侵入やら何やらの常識をすっかり忘れて小屋に入る。
 しかし次の瞬間。

「臭!?」

突然鼻に突き刺さる激痛。
予想外の事態に開けたドアを即閉めて小屋から飛び退くトウヤ。

「にゃ、にゃんにゃんでしゅは!? ひっはひ!(何なんですか!? 一体!)」

鼻を摘みながら悪臭を放つ小屋の扉を凝視する。
なんだあれは? この何かを焦がしたような、いや卵の腐った、というか人間が嗅いでいい匂いじゃないでしょ。
しばしその場に佇んでいると、段々と辺りが暗くなってきた。

どうしよう。あんな小屋に入るのは嫌ですけど、このままだと夜の森の中で野宿しなくてはならなくなります。でも、あんな中で一晩過ごすのも。どうしたもんか。う~ん。
そうして悩んだ後、結局トウヤは外で怖い思いをするよりも、中で悪臭に塗れる方を選択し、小屋に入ることを決意する。

鼻を摘んだまま、口呼吸でジリジリと小屋近づき、ドアを少し開けて中を見る。
すると、そこには先ほど嗅いでいた臭いを忘れるほどの光景があった。

「な!?」

驚きの声を上げるトウヤ。
小屋の中は、まさに『惨状』という言葉が相応しい程に荒れ果てていた。
机は真っ二つになり、椅子は粉砕され、食器なども粉々に割れている。
いったいここに住んでいる人は何をやっているのだろうか、そんな事を考えながらも小屋に入りドアを閉め、そこで気付く。

この家に居るはずの『ゼノ』という人物は居ない。小屋の中は荒れ果てていて、この悪臭。

「……まさか」

最悪の状況を思い浮かべてしまったトウヤ。
この家にいる人物は、まさか、今、この小屋で……。

「ヒィぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃ」

小屋から逃げ出す事が出来ないほどに恐怖し、部屋の端で縮こまるトウヤ。
なんてこった。普段読んでいた小説のような事態に陥るなんて。冗談じゃない。
つまりあれですか。今、この小屋の中には『ゼノ』という方のご遺体が。

「そういうのは小説の中だけにしてくださいよぉ」

震えながら文句を言うトウヤ。
しかし、一体何があったというのか。この部屋の状態から見るに強盗にでもあって、そしてその強盗に……、って。

「何を僕は冷静に推理なんてしてるんですか。ボクのアホ!」

探偵でも無いくせに、というか何でこんな事に!
自身の不運に嘆くトウヤ。
しかしふと、

「……こんな深い森の中に、強盗? 有り得ない、とも言えないが……」

疑問を感じるトウヤ。こんな薄汚い小屋に強盗が入るメリットとは。

「……少し、探ってみますか」

自分は何か勘違いをしているのかもしれない、と小屋を調べる事に。
最悪の状況が頭に残っているのか、震えながらも小屋の中をくまなく調べ尽くす。

「……死体なんてありませんね」

幸い、小屋の中に第一発見者になる要素は無かった。

「考え過ぎでしたかね。いやぁ、良かった良かった」

とにかく最悪の事態は無かっただろうと感じ、胸をなでおろすトウヤ。

「冷静に考えてみると、ただ単にこの家の住人が暴れん坊もので、物凄く臭い匂いを発するお方、とも考えられますよね」

今だ会ったこともない人物に対し、大変酷い物言いである。
そんな事をしているとそろそろ太陽が完全に沈みきる時間に。
トウヤは小屋を調べた際に見つけた毛布を片手に取り、床の上で横になる。
そして。

「一晩勝手に泊まる事を許しくださいね。では、おやすみなさい」

姿なき家の住人に対し感謝し、床に就いたのであった。


◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇


毛布にくるまり眠っていたトウヤは、ふと目を覚ました。
外は今だに真っ暗闇。こんな時間に起きてしまったのは床で寝ているせいかな。
早く家に帰りたい、と思いつつ再び眠りに就こうとする。

しかし、何かが這いずるような音に眠気は完全に吹き飛ぶ。
……何ですか? 今の音。
もっと良く聞こうと耳を澄ます。すると、再び何かが這いずるような音。

トウヤは恐怖で飛び起きた。
な、なんですか? まだ僕を恐怖させようってんですか?
ふ、ふん。甘いですね。どうせ小屋の外を蛇かなんかが……。

自分を落ち着かせようと必死によくある可能性を考慮するトウヤ。
だが、再び聞こえてきた音は、あきらかに大きい何かが地面を這いずる音であった。

「ヒィ」

恐怖で小さい悲鳴を上げてしまうも、慌てて口を塞ぐ。
冷静に、冷静に慣れ。トウヤ。あれだ。ワニが這ってるんだ。いや待て。ここら辺に水辺は無いはず。では何が……。

トウヤは、ふとこの小屋に来た時の事を思い出した。
……強盗? いや待て、こんな夜更けに強盗? 盗人と言った方がいいな。
いやそうじゃない。強盗だろうと盗人だろうと、こんな夜更けに森の中の小屋に狙いを定めるだろうか? そんなわけないな。
では一体何が外を這っている。幻聴? こんなハッキリとした幻聴があるはずがない。もしかして夢の中かここは。

そう思って頬を抓るも、痛かった。

ボクはアホですか。夢のわけないでしょうが。夢の中まで不幸だったらボクの人生不幸だらけです。では一体……。ハッ!? まさか……
確かにこの小屋には死体はなかった。だが、死体を移動させたとしたらどうだ。そう考えると総ての辻褄が合う。

最悪の可能性に身を強ばらせるトウヤ。
どうしてその可能性を考えつかなかった、ボクのアホ!
つまりあれだ。この外を這う何かはこの家の主で、ゾンビとしてこの家に戻ってきたんだ。
そうだそれだ。それしか考えられません!
そう結論づけた瞬間、トウヤは静かに、しかし素早く部屋の家財の裏に隠れ込んだ。

這いずる音は小屋のドアまでやってきた。
ドアがゆっくりと、少しだけ開く。
トウヤは壊れた家財の隙間からその姿を見、悲鳴を上げそうになるが何とか堪えた。

ドアの隙間から何かが小屋の中を覗いていた。
そして何かはそのままドアをさらに開いていき、地面を這いながら入ってきた。

ゾゾゾゾゾッゾゾゾゾ、ゾン、ビィ~~~~~~~~~~。

心の中で恐怖の悲鳴を上げるトウヤ。
トウヤの精神は気絶する一歩手前の状態だ。
そんなトウヤに更に近づいてくるゾンビ(仮)。
ゆっくりと、ゆっくりと近づいてくるそれに、ついにトウヤは限界を超えて。

「アンギャアァァぁぁァァァァァぁぁぁぁ」

静かな夜の森の中、情けない悲鳴が響きわたる。
その悲鳴の直後、ゾンビ(仮)は一瞬驚くも、しかしすぐさまトウヤに飛びつき、トウヤの口を抑える。

「ギャァッフガッフゴッ」

上に覆い被さられ、身動きが取れなくなるトウヤ。
しかし命だけは失いたくないトウヤは何とかしようと抵抗を試みる。
嫌だ、死にたくない。死にたくない。僕にはまだやるべきことが!
文字通り必死のトウヤに、しかしゾンビ(仮)が話しかけてきた。

「静かにせぇ」

この状況で静かにできるほど、こっちは肝っ玉が大きくありません。
未だに生への執着を見せるトウヤは、しかし次のゾンビ(仮)の台詞で固まった。

「殺されるぞ」

……今まさに殺されそうな状況で『殺されるぞ』?
意味不明なゾンビ(仮)の物言いに、逆に冷静さを取り戻すトウヤ。
何だ。一体これはどういう状況? ボクはこのゾンビに殺されるんですよね。

混乱し静かになったトウヤを見て、ゾンビ(仮)は口を被っていた手を離し、ついでにトウヤの上から身を退かした。
そしてゾンビはトウヤを起き上がらせて、静かにこう言った。

「お主は何者じゃ」

トウヤは更に混乱した。
それはコッチのセリフではないだろうか。
だが誰かと聞かれて答えないのは失礼に値する、と思い自己紹介することに。

「えっと、ボクはトウヤと申します。あの、初めましてゾンビさん」

「誰がゾンビじゃ!」

ゾンビ(仮)は静かに怒鳴った。

「えっ、ゾンビじゃないんですか?」

「ゾンビじゃないわい。ワシは『ゼノ』じゃ」

『ゼノ』。確かこの小屋の主で殺された人の名前のはず。

「やっぱりゾンビじゃないですか」

「アホ! ワシはまだ生きとるわ!」

「え、生きてるんですか? 殺されたんじゃ……」

「殺されとらんわ! というか勝手に殺すんじゃないわい!」

自信を勝手に殺された事にされ、怒りをあらわにするゼノ。
トウヤは暗闇の中、自身を襲った人物を注意深く見つめた。
確かにゾンビではない。ただの老人だ。

「……えっと、あれ?」

トウヤはもう一度冷静に考えてみた。
この目の前のご老体はゼノさん。そしてボクの野菜を届ける予定の人物。これは合ってる。

しかしゼノさんは既に死んでいる筈では。いや待てよ。何故死んだ。
……そうだ、強盗に襲われたんだ。だが何故強盗に襲われた、いやそうじゃない。強盗に襲われたというのはボクの推測であり、事実ではない。ということはゼノさんは強盗に襲われたわけでなく、つまり生きている。なるほどそういうことか。

「すみません。勘違いをしてしまいました。発想が豊か過ぎた事が原因です」

「どう発想すればワシが殺されるんじゃ」

まったく、といった感じでしかめっ面をするゼノ。

「いやぁ、申し訳ありません」

そうですよね。いくらなんでも小説のように殺人事件の現場に偶然遭遇するなんて、そんな事が現実にあるわけありませんよね。
アハハ、と笑いながら現実を再認識するトウヤ。

「それで何の用じゃ、というか小屋の中で何をしてたんじゃ?」

まるで不法侵入者を見る目で、実際不法侵入者であるトウヤに尋ねるゼノ。

「いや、あのスイマセン。勝手ながら小屋で一晩過ごさせてもらおうと。あの野菜を届けに来たんですが留守でして、それに外が真っ暗で」

焦って弁明したため、内容が若干意味不明になっている。
しかしゼノには話が通じた。

「『野菜』? おお何じゃ。お主『ベジル村』の者か!」

不機嫌そうな顔から一転、笑顔で対応するゼノ。

「ん? しかしいつもは『レイラ』とかいう女の子が届けてくれている筈じゃが」

「あ、そうなんですか。でも今回は村長命令でボクが届けることになりまして」

無理やりですが。

「なるほど。いや、こりゃ大変な時に来たもんじゃな。お主も運が悪い」

「え、大変な時」

トウヤは嫌な予感がした。

「うむ。今ワシは山賊に追われて追っての~」

軽い口調でそんな事を宣うゼノ。

「さ、さ、山賊ぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅ」

「これ、声が大きい!」

トウヤの大声に、大声で戒めるゼノ。
すぐさま口を抑えたトウヤは、しかしふと思う。
……待てよ。ハッハ~ン。そういうことですか。

「なるほど、山賊ですか。それは大変ですね」

とても優しい声でゼノに答えるトウヤ。
トウヤは悟った。これは全て罠であると。
大体可笑しいと思ったんです。何でこんなにも小説の中の主人公のように色々な出来事に遭うのか、と。フフフ、なるほどね。つまり全ては村長が仕組んだ物語だったんです。

小屋に訪れたトウヤ。荒れた部屋を見て取り乱す。さらにこんな夜も更けた時間にゼノさんの参上し吃驚。さらに山賊に追われるという事実に恐怖ブルブル。
ふっ、ボクを試すためにこんな手の込んだことを。浅はかですね村長。謎は全て解けましたよ。ボクを騙そうたってそうはいきませんよ。

暗い笑を零しながらほくそ笑むトウヤ。
その様子に若干引いているゼノ。

実に。いや実にいい小芝居でした。なかなかに凝った作りで僕も初めは騙されましたが、村長は一つ大きなミスを犯しましたね。『山賊に追われる老人と、何故か偶然それに巻き込まれる少年』という設定なんでしょうが、配役を誤りましたね。ゼノさんにこの作戦を一任したのは大きな間違いです。

トウヤはゼノの方を向く。
山賊に襲われているというのにこの落ち着き。ありえません! ボクを見てください。山賊とか聞いただけで大声を出して震え上がるんですよ。別に狙われてもいないのに。

だがしかし、ゼノさんは追われていてこの態度。むしろ余裕を感じます。より困難な試練を仕立てあげてボクを追い込もうとしたんでしょうがその手には乗りませんよ。逆にこっちがこの状況を利用してやります! 作戦名は『ドッキリを仕掛けられたが逆に知ってて驚いて挙げたんですよ~だ』作戦です。これで村長が悔しがること間違いなしです。


「何故山賊に追われてるんですか?」
作戦を実行に移すべく、村長自作物語に付き合うことを決めたトウヤ。
全ては村長を悔しがらせるためである。

「フッ、それはワシの偉大なる研究のせいでの」

トウヤの考えを全く知らずに、ゼノは語りだした。

「この研究は世界を揺るがすほどの大いなる力をもっとる。それを恐れたか、奪おうとしているのか。とにかく奴らはワシを連れ去ろうとこの小屋を襲ってきたのじゃ」

「はぁ。そういう設定ですか」

「設定?」

トウヤの不思議な発言に目を丸くするゼノ。

「いえ、こちらの話です」

「……ごほん。ともかく、ワシはココで襲われた。その時は済んでの所で逃げおおせたがのぉ」

「はぁ」

ゼノの話を聞き、ため息を吐く。
偉大なる研究とか、自分で言いますかね。しかも世界を揺るがすとか。
ゼノの誇張発言に呆れるトウヤ。

「…ん? というか小屋に戻ってきていいんですか。逃げてるのに襲われた場所に戻ってくるとか」

アホなんですか? といった表情でゼノに尋ねると。

「フフフ。浅はか。実に浅はかじゃのトウヤ」

不気味な笑い声でそんな事を宣うゼノ。
トウヤは少し苛立った。

「トウヤよ。お主は追手から逃げるとしたらどうするかの」

「……それはまぁ、追手の居る場所から遠くに逃げるんじゃない「それじゃ」……」

ゼノは黒い笑みを浮かべた。

「そこがミソよ。だれもが追手から逃げるため、追手の居る場所から遠くへ行こうとする。しかしそれは何とも浅はかな考えよ」

ため息を吐きながら目をつむり、首を横に振るゼノ。
ホントむかつくわ、とトウヤは思ったが我慢して話を進めた。

「それじゃ、えっと、ゼノさんはどのようなお考えをお持ちなんですか」

「ふふふ、遠くへ遠くへ逃げようと皆考えるのなら、その逆をやればいい!」

「逆……、つまり近くですか」

「その通り『近く』。つまりここじゃ」

そう言って地面を指さすゼノ。そして長く伸ばした口髭をさすりながら、

「名付けて『灯台下暗し』作戦じゃ」

ダサい作戦名を口にした。

『じゃ』じゃないよ『じゃ』じゃ。誰でも思いつくと思いますよ。『戻ってくるかも』ぐらい。というかなんで僕はこんなアホ村長の知り合いのアホ研究バカ老人の相手をしているんだろうか。ああ、村長を悔しがらせるためか。もうどうでもいいような気がしてきました。

本当に何かどうでも良くなってきたトウヤ。
自身の立案した作戦を放棄し、とにかく明日に備えて寝ようか、と考え始めたその時。

「爺さん、そこにいるんだろう」

小屋の外から、なんとも底冷えのする低くて野太い声がトウヤの耳に聞こえてきた。



[29593] 第一章 第二節 唱える少年
Name: 小市民◆38023a77 ID:f417bad4
Date: 2011/09/04 18:19
なんだろう、と思い小屋の窓から外を覗き込もうとしたトウヤだったが。

「何をするつもりじゃ」

ゼノに止められ、無理やり床にうつ伏せにされる。

「いや何って、誰だろうと思いまして」

「アホ、殺されるぞ!」

あっ、つまりこの声の人もこの小芝居の役者さんというわけですか。
村長は一体何人の人間を巻き込んでいるんだろう、と考え込むトウヤ。
そんな彼を放っておいて話は進む。

「爺さん、いいかげん出てきてくんねぇかな。俺たちも暇じゃねぇんだ。アンタみたいな爺追いかけるより、美人の女追っかける方が性に合ってるんだよ」

外の荒くれ者(役)が定着した悪者のセリフを吐いている。
よく真面目にこんなセリフ吐けるもんだなぁ、とトウヤが思っていると、横にはアタフタと慌てふためく老人が一人。

「なぜじゃ、なぜばれた。この完璧な作戦がぁ」

いい年した老人が、慌てふためく姿は余りにも見苦しいものだった。

「どうしてばれた、とか思ってるわけねぇよな。もう一度自分の小屋に戻ってくる可能性ぐらい誰でも考え付く。だから一人見張りを立てておいたんだ」

狼狽しているのを見抜いてるのかいないのか、完璧な作戦に対する致命的な穴をものの見事についた解答が帰ってきた。
まぁボクも思ってましたけどね、と心の中で呟くトウヤ。
ゼノは相当ショックを受けたのか茫然自失状態。
口から何か白いものが浮き上がってきそうな状態である。

「おとなしくついてきてくれればいんだ。大事なものを持って。何、命までは奪わない。アンタは必要らしいからな」

その言葉を聞いて茫然自失状態から復活したゼノは、無駄に凛々しい顔をして言葉を発した。

「貴様らわかっておるのか。ワシの研究の重要性、危険性、そして偉大さを」

「悪いがアンタが何をしているかは知らないね。俺らはアンタとアンタの大事そうにしているもの、それらすべてを持って来い、って言われてるだけでな」

「何も知らぬおぬし等についていく必要無し。さっさと去れ!」

「悪いがそれはできない。これの成功報酬は相当なもんだからな」

「ふん、金で動くか。低俗な山賊が!」

「どうも、最高の褒め言葉だよ」

……なんかとても重たい雰囲気になってきてるけど、これ芝居だよね。なんか鬼気迫るものを感じるな。ゼノさんも外で話してる人も劇団に入ればいいのに。絶対稼げるって。
トウヤは意外な程完成度の高い名演技に感嘆した。

「無駄な時間は嫌いなんでな。最後にもう一度だけ聞く。俺たちと来る。イエスかノーか」

「答える必要もない!」

そう言うと、老人は何かを窓の外に投げ出し、

「おぬしも来い」

トウヤの腕を掴んで小屋の裏手のドアへと向かった。と、同時に爆発音。
先ほど何かを投げた方向からの、いきなりの爆音に驚くトウヤだったが、どこからくるのか渾身の老人パワーに引っ張られてそのままゼノと一緒に小屋を飛び出した。

「くっ、裏口にもいたか!」

裏口はすでに山賊達に囲まれていた。
暗闇の中、月明かりで浮かび上がるに数人の黒い影。
その時、黒い影の一つから何かがトウヤに向かって飛んできた。

何かはトウヤの顔の横を通り過ぎ、壁に当たる。
トウヤがそちらに顔を向けると、トウヤの顔から数十センチの場所に弓矢が刺さっていた。

「えっと、あれ?」

弓矢。本物? ドスッて刺さったよね。芝居でここまでする?
考えこんでいたトウヤを物陰に隠れさせるゼノ。
トウヤはゼノに質問した。

「ゼノさん。弓矢本物でしたけど」

「何を言っとる。山賊なんじゃから本物を使うに決まっておろう」

「いや芝居じゃないんですか」

「何の事じゃ?」

……いや待て落ち着け。何ですかこの状況は。ボクは聞いてないですよ。
何故ボクは山賊に襲われるんですか。ゼノさんはよくわからん研究の為に襲われる。これはいいです。

しかし何故にボクまで山賊に襲われる嵌めに。……待てよ。ボクは数分前に何と言いましたっけ。この小芝居の設定を何と。……そう、そうです。
『山賊に追われる老人と、何故か偶然それに巻き込まれる少年』。この場合は『老人』がゼノさんで『少年』がボク。

なるほど、つまりあれだ。この状況は小説なんかで良く見かける展開。だからそんな事が現実的に起きえる訳がないとタカをくくり、お芝居とボクは断定したわけで。しかし空想の物語が現実に起きて今に至る、と。
……謎は解明されました。そして理解しました。

「殺される!」

「いまさら何を言っとるんじゃ」

全く持ってその通りですよ、こんちくしょう! 
よくも巻き込んだ本人がそんなこと言えますね!
トウヤはこんなことに巻き込んだ元凶を涙目で睨みつけた。
しかしそんな事をしても状況が変わらないと思い、必死にどう逃げ出すかを考える。

「……あっ、さっきの爆弾もう無いんですか! もう一度あれで……」

「もちろんじゃ、それもう一丁!」

ゼノはいつの間に袋から出したのか、実のようなものを手に持ち山賊達に向かって投げつけた。
すると再び爆音。そして。

「臭!?」

突如、トウヤの鼻に激痛が走った。
小屋に来たときに嗅いだ匂いを超える臭さが、トウヤの鼻を襲ったのだ。

「ふはははは! どうじゃワシの発明品の威力は!」

辺りを覆う刺激臭の中、何故か元気に自身の発明品を誇り、大威張りするゼノ。
なるほど。あの小屋の匂いの原因はゼノさんだったと。
何て傍迷惑な発明ですか。これが世界を揺るがす研究ですか。確かにこんなのが出回ったら世界は破滅しますね。
トウヤは呆れた。

「それ今のうちじゃ」

ゼノは再びトウヤの腕を引っ張り、暗い森の中に向かって走り出した。
その途中にトウヤは見た。
自身以上に悲惨な目にあっている山賊たちを。

「またあの爺、この臭いを!」

「母ちゃん助けて!」

「死ぬ! 死んでしまう!」

阿鼻叫喚。まさにこの一言に尽きる光景が目の前を横切っていった。
吐いているもの、涙を流すものなどまだましで、中には痙攣しているもの、自分の鼻を病的に掻き毟っている者、これ死んでるんじゃないのって者までいる。
トウヤは少しだけ山賊たちに同情し、ゼノと共に暗い森の中へ消えていった。


◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇


山賊から逃げてきたトウヤ達は、森の奥深くにあった廃屋に身を隠していた。
廃屋の中ではゼノが床に座り込み、何か考え事をしていた。
しかしトウヤの姿は見当たらなかった。

それもそのはず。トウヤは廃屋の中にあった樽の中に身を隠していたからだ。
とにかく少しでも見つからないように、と考えた末に行き着いた結果である。
樽の中でトウヤは何故こんなことに、と自身の不幸を嘆いていた。

「どうしよう、ああどうしよう、どうしよう」

「うろたえるな、男子がみっともない」

トウヤの言葉が聞こえたのか、ゼノが叱咤する。
トウヤが樽を絶対に開けないでください、と言ったためゼノは樽に向かって話し始める。

「男はこのような危険を乗り越えて成長するもんじゃ。むしろ喜べ」

「喜べません! 命を狙われているのに喜んだらそれは変態です」

極めて変態的な言い分に対し、至極真っ当な答えを返すトウヤ。

「大体誰のせいでこんな目にあってると思ってんですか!」

「むぅ。それについては、まぁ。ゴメンね」

「気持ち悪いわ」

全然悪びれていないゼノの返答に憤りを感じるトウヤ。
ため息をつき、樽の上蓋を眺める。
ああどうしよう。まさかこんな事になるとは。山賊に追われるのは小説の中の主人公だけにしてくださいよ。

じゃなければ何かしらの特殊能力を僕に与えてください。最低限の強さもない僕に今の状況は大変よろしくありませんよ。肉体的にも。精神的にも。
再びため息をつくトウヤ。

……これからボクはどうなるんでしょう。このまま此処で朝日が昇るのを待てば助かるんでしょうか。というか何でボクがこんな目に。
……村長です。やっぱり村長のせいです。こんな森の中にお使いに出した村長が悪いんです。帰ったらどんな目に合わせてやりましょうか。
……でも帰れるかどうか解らないんですよね。ああどうしよう。

思考のループに陥るトウヤ。
そんなトウヤの頭上から、樽の蓋を開けたゼノが突然話しかけてきた。

「何すんの」

樽の蓋を開けるなと言うのに。

「話がある」

「別に話なら樽越しでもできるでしょうが」

蓋を開けるな。危ないでしょう。

「渡すものもあるからの」

「渡すもの?」

トウヤは樽の中から顔をだけ出して答えた。
出会ってそんなに立つわけでもないが、初めて見る真面目な顔をのゼノ。

「すまんかったの、トウヤ」

突然の謝罪。いきなりのことで驚いているトウヤをよそにゼノは続ける。

「偶然とはいえ、巻き込んだことは事実。謝罪したところでどうなるものでもないが、の」

「え、いや、その」

「そんなお主に、さらに迷惑をかけるのは心苦しいのじゃが」

「嫌です。お断りします」

樽の中に顔を引っ込めながら拒絶するトウヤ。

「まだ何も言っとらんじゃろうが!」

「いいえ、厄介ごとの匂いがプンプンします」

これ以上巻き込まれてたまるか、とさらに樽の蓋を内側から被せる。

「とにかく話だけでも聞いてくれんかの」

「……まぁ、話だけなら」

蓋の隙間からのぞき込みながら応えるトウヤ。

「うむ、すまんの」

そういうとゼノは肩にかけていた荷袋から何かを取り出し、トウヤに見せてきた。

「これは?」

「うむ、これは腕輪じゃ」

「いえ、見ればわかります」

それは何の変哲もない、シンプルな形の木で出来た腕輪だった。

「何ですかそれは」

あまり装飾品に興味がないトウヤだったが、珍しい木の腕輪に興味が湧いて身を乗り出す。

「これは他国から流れてきた代物での」

「へぇ。外国製の商品なんですか。珍しいですね」

「うむ。後は……」

 再び荷袋を漁り、今度は数個の種のようなものを出す。

「これがワシの研究の発端であり、究極のアイテムと言われるものじゃ」

「これが?」

それは『実』だった。
胡桃によく似た茶色の『実』。それが十個。

「……何が究極なんです」

一見して只の木の実にしか見えないそれが、何故『究極のアイテム』と言われるのか。
疑問を抱くトウヤにゼノは答えた。

「これは『ジュニクの実』と言う」

「『ジュニク』?」

獣肉? 実なのに?

「うむ。この『実』と『腕輪』で「見つけたぜ!」」

ゼノが『実』と『腕輪』について説明しようとした時、外から先ほど聞こえた山賊の声が聞こえてきた。

「このくそ爺! ふざけたマネしやがって! これで最後だ、これで出てこないと依頼にかかわらずてめぇを殺す!」

「いかん、時間がない」

山賊の態度に焦ったゼノは、『実』と『腕輪』をトウヤに投げ渡した。

「ちょっ……」

「トウヤ、よく聞け。『腕輪を付け、実を握りし者。大いなる力をこの世に甦らせん』」

「一体何を」

「聞けと言うとる。『その呪文をここに記す。その名を「レイズ」』

「『レイズ』……」

「ワシが解読した古文書の一部じゃが、おぬしに渡したそれがいつか世に必要となる時が来る。その時、『大いなる力』を甦らせる者がこれを手にしなければならん。しかし、今これをやつらに奪われれば、それもかなわん。おそらく外の奴らを雇ったものはこの『大いなる力』を悪用、もしくは破壊しようとしているものだろう。ワシはそれを断固阻止せねばならん。詳しい話をしている暇はないが、頼む。これを一時、預かってくれ。できるなら使い手を探し、届けてくれるとうれしいのだが、ついでに今言った古文書のことについても」

「おいこらジジイ」

話を聞くだけで良かったんじゃないんですか。しかも調子に乗って注文多く付け過ぎです。

「ワシはこれから奴らについていく。これ以上逃げ出せそうもないし、逃げ出せたとしても追手がいなくなるわけではなかろう。それならばワシ自ら奴らの誘いに乗り、これを手に入れようとしている輩を見つけ、叩きのめしてくれるわ」

何やら興奮し鼻息を荒くする老人、ゼノ。
ゼノさん。貴方なら生き延びられそうだと思うのは気のせいでしょうか。

「何、お主を巻き込んでしまった償い。気にするでないぞ」

「大丈夫です。気にしません」

トウヤは本心から応えた。

「おそらく、いや絶対お主の存在は露見しとらん。ワシが奴らと行った後、夜が明けてからここから出て村へ帰るがいい」

「そううまくいきますかね」

「うまくいく。ワシを信じろ」

信じられないから聞いてるんだけど、と思うもののそれ以外道がないのも確かであった。

「……わかりました」

「うむ、それと作戦名じゃが」

「それはいいです」

切羽詰った状況なのにおちゃらける老人を黙らせるトウヤ。

「うむ。ではまた会おう」

そう言って、ゼノは廃屋から出て行った。
ボクは二度と会いたくありませんけど。でも預かりものもあるし、会わざるを得ないんだろうな。

「降伏する。お主等に着いていく」

「散々抵抗したくせに意外とあっさり出てきやがったな。何か企んでるのか」

「そ、そんな事、あるわけなかろう」

上擦った声で応えるゼノ。
そんなゼノにトウヤは頭を抱えた。
ああ、三文芝居も大概にしてくださいよゼノさん。

「……まぁいい、行くぞ」

山賊たちがゼノと共に廃屋から遠ざかる。
 山賊たちがその姿を完全に消したあと、トウヤは樽の中から少し外の様子を伺った。
 辺りに人の気配はなかった。
 助かった、とトウヤは安堵した。


◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇


こんなに夜は長いものだったか、とトウヤは実感した。
いつも暗くなると寝ていたトウヤにとって、闇夜の世界は未知の物だった。
こんなにも心細く、不安になる世界。もう金輪際外で寝泊りは止めようと心に誓った。

うつらうつらと船を漕ぎながらそんな事を考えていると、外から何かが廃屋に近づく音がトウヤの耳に聞こえてきた。
今度は何、何が僕の身に起こるんだ。

今日一日いろんなことが起こりすぎた上、満足に眠れてもいない。
トウヤの体は限界に来ていた。
しかしそんなトウヤに構わう事なく、事態は最悪な方向に向かっていく。

「いるんだろ、中に」

一気に眠気が覚めたトウヤ。代わりに金縛りにあったように体が動かない。
ばれた。
外にいるのは山賊だ。ゼノさんを連れて行ったのに再び戻ってきたんだ。

話しているのは先ほどと違う人間だが、それでもトウヤは確信した。
こんな夜更けに、こんな森の中の廃屋に来る人間など他にはいない。
震える体に鞭打ちながら樽から出るトウヤ。そして近くの隙間から外を伺う。

「山賊だ」

そこには予想通り山賊たちがいた。
数は十数人程。松明の光がその数を克明に写し出していた。
どうする。どうすればいい。どうすればこの状況を……
考えがまとまらず、頭を抱える。

「お前がどこの誰だか知らねぇが運が悪かったな。お頭はお怒りだ。無意味な時間を過ごしたことが」

意味が分からない。一体全体どういうことだ。
混乱している僕に盗賊は続けて言った。

「あの爺さんが抵抗するもんで余計な時間を使っちまった。正直な話、あの爺さんを散々いたぶって殺したかっだろうよ、お頭は。だが契約には『無傷で』となってるからな。あの爺さんには傷をつけられねぇ」

ああなるほど。もういいです。完全に理解しました。
だからその先は言わないで。

「そこでもう一人のお前に白羽の矢が立ったってことだ。本当に運のねぇ奴だ。こんな時に小屋を訪ねてこなきゃ、こんなことにはならなかったのによ」

本当にその通りです。その通り過ぎてしょうがない。なんでこんな事に。

「どっちがいい?」

そうかこれは夢なんだ。

「そのボロ小屋から出てきて、俺らに直接殺されるのと……」

夢なら覚めてくれ!

「そのボロ小屋と一緒に燃え尽きるか!」

そんなの選べるわけないでしょ、第三の選択はないのか。
少しの間、火の燃える音だけが響きわたる。
そして。

「なるほど。答えはこっちか」

その言葉と同時に酒瓶を取り出した山賊たちが、酒瓶の口に押し込まれた布に火をつけ、それを小屋に投げつけた。
小屋は炎に包まれた。


◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇


「ゲホッ、ゴホッ、アツッ」

炎に包まれた小屋の中で、トウヤは身をかがめることしかできなかった。
外に逃げようと思えば逃げられる。
しかし、外に出るとあの山賊たちに殺される。

それは嫌だ、死にたくない。
だがこのままでは炎に焼かれて死んでしまう。
それも嫌だ。ではどうすればいい。
熱さと息苦しさと死の恐怖と、様々な要素が絡み付き思考がまとまらない。

どうすればいい。このままこの中にいるか、外に出るか。でも外に出たら殺される。あんな奴らから逃げることなんてできない。抵抗もできずに殺される。でもこの中にいても焼け死んでしまう。どうする。どうする。どうすればいい。

くそっ、なんでこんな事に。これというのも村長のせいだ。
そうだ。そう結論付けたじゃないか、村長が悪い。帰ったらぶん殴ってやる。
いやその前にこのままじゃ帰れない。その前に死んでしまう。どうしてだ。どうして。

そうだ。ゼノさんのせいでもあるじゃないか。もとはと言えば厄介ごとを持ち込んだのはあの人だ。ボクは巻き込まれただけ。
そう。ゼノさんも悪い。何がお主のことは露見していないだ。しっかりあいつ等は把握していたじゃないですか。いや、そこに感づかなかったボクもボク。

だって、小屋を誰かが見張ってたんですよ。小屋の中に誰が入ったことぐらいわかるじゃないですか。くそ、結局ゼノさんだけ助かったのか。人に変な事押し付けて、自分だけおめおめと……

「……いや、待てよ。ゴホッ」

思い出した。そうだ。あの腕輪。いや、あんなの着けても武器どころか防具にもならない。
いや、違う。思い出せ。落ち着いて思い出せ。ゼノさんはなんて言った。『腕輪を着け』、そうだ。『腕輪』を着ける。そうだ『腕輪』を着ければいいんだ。

気づいてあたりを見回す。
あたり一面火の海で何がなんだかわからない。
それでも必死に探す。命が懸かっているこの状況では文字通り必死にならざるを得ない。

トウヤは自分がいた樽の中を必死に探す。
そして見つけた。あった。木で出来た腕輪。
すぐに右手に腕輪を着け、そしてまた思い出す。

次は『実』。そう『実』だ。たしか『実を握りし者』。そう、『実』を握ればいい。そうすれば『大いなる力を蘇らせん』だ。実を握って。実を……

「この後どうすればいいんですか」

くそっ、名案だと思ったに。もうだめなのか。どうすればいい。いや待てよ。

「呪文だ」

そうだ。呪文だよ。なんだっけなんだっけ。レ、レ、レイ……。そうだ、レイズだ。
よし、右手に腕輪をつけて、右手に実を持って、呪文を唱える。
呪文を唱えるときってどうすればいいんだろう。目を閉じればいいのかな。

よし、行くぞぉ。
トウヤは、一度大きく深呼吸した。

「レイズ!」

……呪文を唱え、一泊待つも何かが起こった様子はない。
恐る恐る目を見開いてあたりを見回すも状況に変化なし。
つまりこれは、失敗。

「うそでしょ。そんなぁ」

希望を絶たれ、絶望するトウヤ。
いや、待て。落ち着け。呪文は正しかったか。正しかったよな。
なら何かやらなきゃいけないことに不備があるとか。……いや無い。問題は無かった。ならなんで。

 そこで根本的な問題点を思いつく。
一番重要で必要不可欠なこと。
それは、自身が何の力も持たない只の人間だということ。

「そんなぁ」

もうどうしようもないじゃないですか。このまま死を受け入れろっていうんですか。
こんなわけのわかわからない、不運の連続で死ぬ。そんなの、そんなの嫌だ!

「レイズ! レイズ! レイズ!」

もう死に物狂いで呪文を唱えることしかできなかった。
外にも逃げられず、中でそのまま焼け死ぬことにも納得がいかない。
だから呪文を叫び続けることしたできなかった。
おそらく外の山賊たちには、トウヤが発狂しのだと考えるだろう。

しかし、もうトウヤにはそれしか出来なかった。
だがついにそんな叫び声も上げられなくなった。
熱さと息苦しさから倒れ込んでしまったからだ。

くそ、くそ、誰か助けてくれ、誰でもいい。まだボクにはやり残したことがあるんだ。会いたい人がいるんだ。村長も殴らなくちゃいけないし。ゼノさんにも一発入れないと気が済まない。
それに。

「ゴホッ、レイナ。レイラ」

幼馴染の名前を呟くトウヤ。
ボクは、まだ、こんな所で死ぬわけにはいかないんだ。だから。だから。

誰か助けて!

そう心の中で叫んだ瞬間、右手が輝いた。驚き、右手を見る。
そこには緑色に光『腕輪』と赤く光る『実』があった。
起こった。変化があった。でもこれが大いなる力なのか。これのどこが……。いや、僕はまだ呪文を口にしていない。そうだ。

最後の力を振り絞り、僕は叫んだ。

「レイズ!」

その直後、廃屋から眩しい赤い光が発せられた。
トウヤも、そして外にいる山賊たちも咄嗟に目を閉じる。
光が段々と収まってきたその直後に、今度は爆音が辺り一体に響きわたった。

何がなんだかわからない。『大いなる力』は爆発だったのか。しかし、爆発なら僕も無事ではないだろう。
トウヤは大いに混乱し、何が起こったのか確かめるべく、おそるおそる目を開いていく。

そこには、先ほどまでの光景はなった。
あの赤くて熱い、トウヤを苦しめていた炎の渦はなかった。いでに廃屋も存在しなかった。
あるのはそれと思しき残骸と、トウヤを見て腰を抜かしている山賊たち。

いや、トウヤというのは誤りだった。
どちらかというと、トウヤがうつ伏せに倒れ込んでいる位置よりも上。つまりトウヤの上を見て山賊たちは固まっていた。

いったい何が。そう思い上を向く。
するとそこに一人の青年が佇んでいた。
歳の方は十代後半ほど。赤く燃えるような髪をたなびかせ、白い胴着に身を包み、赤い手甲を両手に着けた青年が、右手を天へと向けてそこに佇んでいた。

トウヤを跨ぎながら。



[29593] 第一章 第三節 帰りつく少年
Name: 小市民◆38023a77 ID:f417bad4
Date: 2011/09/04 18:29
「てめぇ何者だ!」

いち早く口を開いたのはトウヤに話しかけていたあの山賊。まぁここでは山賊Aとでもしておこう。山賊Aはトウヤの上にいる赤髪の青年に問いかけた。

「ぁあ? 俺に言ってんのか?」

まるで『どこの馬の骨が俺様にそんな口聞いてんだよ』的な答え方。
トウヤは結論づけた。このボクを跨いでいる赤髪さん(通称)は、天上天下唯我独尊の俺様至上主義な青年である、と。
山賊Aは『私怒ってます』といった表情を浮かべ、赤髪の青年を睨みつける。

対して赤髪の青年は。

「おい『俺に言ってんのか』って聞いてんだ。しっかり答えろよ。このモブ野郎」

「モ……」

盗賊Aは絶句した。それも当然である。
盗賊Aにとっては、今まさにその存在を全否定されたような物言い。
トウヤは命を狙われながらもその盗賊Aに少し同情してあげた。ほんの少し。

「もういい。てめぇが何者だろうが関係ねェ」

怒りに震えながら声を絞り出す、山賊A。いやモブA。

「てめぇらあいつをぶっ殺すぞ!」

そう言って仲間とともに赤髪の青年に襲いかかるモブAとその他大勢。
っていうかやばいよ、やばいって。こんな数の山賊を相手にしたら赤髪さんが。
名前が分からず髪の色で青年をそう呼称するトウヤ。

「逃げ……」

逃げましょう、と声を掛けようとした次の瞬間。トウヤは圧倒的という言葉の意味を理解した。

最初に突っ込んだのは、赤髪さん(仮)に馬鹿にされた山賊Aであった。
しかし彼は、赤髪さん(仮)の出した右ストレートを顔面に受け、直後錐揉みしながら漆黒の空を飛ぶことになった。そして数十メートル先の地面に落下した。

人間ってあんなに飛ぶんだ、とトウヤは思った。
続いて三、四人の山賊達が赤髪さん(仮)の四方から躍り掛る。
しかし赤髪さん(仮)は拳で、肘で、膝で、足で。四方から襲い来る攻撃を受け止め、そしてまたもや山賊達を空へと舞い上げていく。

トウヤには一連の攻防が全くと言っていいほど見えなかった。
一瞬の内に何かが起こって、山賊達が空を舞う。
 トウヤは、まるで山賊たちが嵐に向かって攻撃を仕掛けているように感じた。
 全ての攻撃が空を切り、逆に吹き飛ばされていく盗賊たち。

 驚くべきことに、赤髪さん(仮)は未だ立っていた場所から動いていないのだ。
 あきらかな異常事態に、攻撃を仕掛けていなかった残りの山賊たちは焦った。
 自分たちは何故こんな化け物と戦わなくてはならないのか。

 そう考えた山賊たちは、自身の身の安全の為にやられた仲間を置いて逃げ出そうとした。
 しかし。

「何逃げ出そうとしてんだ。喧嘩売ってきたのはそっちだろうが」

 赤髪さん(仮)はそれを許さなかった。
 彼は腰を少し落とし、右手を腰の横に据え置いて左手を広げて山賊たちに向ける。
 まるで大砲が狙い定めているようだ、とトウヤは錯覚した。
 しかしその錯覚は正しかった。

「覇ッ!」

 掛け声と共に右ストレートを前方に放つ赤髪さん(仮)。
 次の瞬間、数分前に聞いた爆音が深夜の森に再び鳴り響いた。
 トウヤは爆音に驚き、目を瞑って顔を伏せ、頭を抱えた。
 だがどうなったのかが気になり、恐る恐る顔を上げて状況を確認する。

「あんがッ」

トウヤは開いた口が塞がらなかった。
森には大きな空洞が出来ていた。
山賊たちが逃げていった方向。そこにあったはずの木々が根元からへし折られてなくなっていたのだ。

まるでそこだけ嵐が通過したような状況。
それを行なったのは自身を未だに跨っている青年であることを理解し、トウヤは怖くなった。
山賊たちは居なくなった。しかし新たな問題が浮上した。

山賊たちを文字通り吹き飛ばした赤髪さん(仮)。
ボクは一体どうなるんだろう、と震え上がるトウヤ。
しかし震え上がっているだけでは何も進展するはずがない。
トウヤは勇気を振り絞って頭上の青年に話しかけることにした。

「あ、あのう」

「ぁん」

地面に這い蹲るトウヤと、それを上から見下ろす赤髪さん(仮)。
怖い。怖すぎる。

「あの、いい天気ですね」

 あまりの恐怖に意味不明な事を話し始めるトウヤ。
何を言ってるんだ、僕は。いまは夜中だぞ。いやそうじゃなくて。
落ち着け、落ち着け。しっかりとした会話をしないと変人だと思われる。

「まぁ、雲がねぇからな」

会話が通じた! 奇跡だ!
トウヤは感激した。

「というかお前いつまでその体勢でいるつもりだ」

「あ、これは失礼」

 すぐさま起立するトウヤ。
話をしようというのにあの体制はあまりにも失礼でしたね。相手は中々に話のわかる方のよう。もっとキッチリとしなければ。
予想以上に話しやすい赤髪さん(仮)に対して段々と余裕が出てくるトウヤ。

「大変お見苦しい姿をお見せして申し訳ありませんでした。ゴホン。それであなたのお名前は何と」

「俺の名前か。『カズマ』だ」

先ほどの山賊たちに対する態度と違い、実に清々しい好青年っぷりを醸し出しているカズマ。これはいける、とトウヤは確信した。

「よろしくお願いしますカズマさん。あっ、僕の名前は……」

「いい」

「へっ?」

しかしその確信は早々に打ち砕かれた。

「でも僕も名前を言った方が」

「いいって言ってんだろ。弱い奴の名前なんて憶えてもしょうがない」

「んな!?」

余りの物言いに唖然とするトウヤ。

「言っとくが、今回のこれもお前を助けたわけじゃないからな」

「……じゃあ何故」

「弱い奴はどうでもいいが、弱いくせに自分より弱い奴にしか拳を振るえねぇくそ野郎共を懲らしめたくて出てきただけだ」

「……」

「だいたいお前も情けなさ過ぎだ。『誰か助けて』なんて、他力本願な野郎は見ててムカついてくんだ。自分に降りかかってきた火の粉ぐらい自分でどうにかしろよ」

「……」

「ったく。しかも女の名前を最後に叫ぶとはな。女々しいったらねぇぜ。この軟弱野郎」

「……しい」

カズマの話を黙って聞いていたトウヤは何かを呟いた。

「あ、何か言ったか」

「……かましい」

「聞こえねぇんだよ。ハッキリしゃべれ!」

 トウヤの態度に段々怒りを募らせるカズマ。
しかしトウヤはそれ以上に怒り、爆発した。

「やっかましいって言ってんですよ!」

「どわっ」

突然の怒声に驚くカズマ。

「お前、いきなり大声……」

「さっきから聞いてれば弱いだの情けないだの女々しいだの軟弱野郎だの!」

「本当の事だろうが!」

「言われなくてもわかってんですよ!」

「はぁ?」

突然の告白に逆に唖然とするカズマ。
そんなことはお構いなしにトウヤは続けた。

「そんな事。ボクはしっかり理解してますよ。何ですか、レイラみたいな事言って。ハイハイ、悪かったですね。虚弱で、脆弱で、軟弱で、アホづらで!」

「いや、俺はそこまで言ってねぇ」

トウヤは何やら過去と現在を混同し、憤慨しているようだった。

「けど人には得手不得手があるんですよ。ケンカに強い奴が偉いとは限らないでしょうが!」

「なんだとぉ」

「あれ? 図星を刺されて言葉もないですかカズマさん」

「おいくそガキ、あんまり調子に乗ってんとただじゃおかねぇぞ」

トウヤの逆切れに、唖然としていたカズマも段々と怒り出す。

「はいはい。強い人は口で勝てなくなるとすぐ暴力を振るうんですよね。わかります」

「もう一度言うぞ。あんま調子に乗ってんと……」

「調子に乗ってるのはどっちですか!」

トウヤはカズマを睨みつける。
今現在、誰にケンカを吹っかけているかは百も承知だった。
自身の命を奪おうとした奴らをポンポン弾き飛ばしていった猛者であり、同時に命の恩人でもある。

普通は感謝こそすれケンカを吹っかけるなど言語道断なのだが、カズマの言い分には腹が立って仕方がない。
弱い奴は生きている価値もない、と言ってるようにしか聞こえません。
それでは何か。この世に住む大半の人間は生きていちゃいけないんですか。そういうことなんですかコンチクショウ。

「カズマさんは命の恩人です。だから普通は礼を言うのが筋ってもんですけどね」

「けど、なんだくそガキ」

「さっさと目の前から消えてください!」

そう言い放った瞬間、カズマの体は赤く発光した。
トウヤは突然の事に目を瞑った。
しばらくして目を開けてみると、そこには誰もいなかった。
地面には木の実が粉々になって落ちているだけ。カズマの姿はどこにも見当たらない。
少しの間呆然と佇んでいたトウヤだったが、朝日が出てきたことに気づくと山賊たちをそのままにして村へと帰ることにした。

帰る最中、トウヤは思った。
もうこんな厄介ごとにはかかわらない。金輪際。絶対に。二度とかかわってたまるか。
だけども多くの疑問が残っているのも事実ですね。
一体この『腕輪』と『実』はなんなのか。カズマは『大いなる力』の正体なのか。そしてカズマはどこに消えたのか。

あ、後ゼノさんはどうなったのか。
まぁとにかく今は村に戻り、体を休めましょう。もうクタクタです。家に帰ったらベットに直行、これで決まりです。
いざいかん、安息の地へ。

トウヤは疑問を棚上げする事にした。


◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇


翌朝。

トウヤは自宅のベッドで目を覚まし、仰天した。
昨日のお昼ごろに何とか村にまで帰還するができたトウヤは、村長とかいろいろな人たちの質問を押しのけて『とにかく寝かせてくれ』と懇願。そのままベッドに直行。深い眠りについた。
眠りにつく際、何やら横で喧しく騒がれていたような気もするが、疲れから理解が及ばず無視したような気もしなくもない。

たっぶり寝て睡眠欲を大いに満足させたトウヤは、さぁ今日もがんばろうと上半身を持ち上げ、目の前の光景に仰天したのだ。
目の前に謎の物体が浮いていた。
その物体はトウヤに向かって言葉を発した。

「よう、くそガキ」

それは昨日消え去ったはずのカズマ、のような小人(二頭身)であった。

「えっと、間違っていたらごめんなさい。カズマさん、で合ってますよね?」

「そうだよ、くそガキ」

「何でそんなお姿に!」

「俺が知るか!」

そんな愛くるしい姿で凄んでも、全く怖くありませんよ。

「というか消えたんじゃなかったんですか!?」

ボクが消えろと言ったから、本当に消えたと心配したものですよ。ほんの少し。
一応口は悪くとも命の恩人のため、姿が見れてホッとするトウヤ。

「ちっ、その様子じゃお前もどうしてこんなことになってるのか、知らねぇんだな」

それにはトウヤも同意することしかできない。
いったい何がどうなってるのだろうか。

「つーかお前。昨日はよくも無視し続けてくれたな」

「はぁ? 無視ですか?」

はて、と考え込むトウヤ。

「テメエが村に帰って寝るまで、ずっと無視し続けてただろうが!」

「……ああ。何やら喚き散らしている人がいるなと思ったらカズマさんでしたか」

昨日の帰宅時を思い返してみる。
確かあの時は、とにかく寝たい眠りたいとずっと思い続けていて、どうやって帰って来たかさえ覚えていなかった。
帰ったら一発殴ろうと思っていた村長も殴らず、とにかく寝たかったぐらいだ。

そういえばおぼろげながら耳元で『おいこら』とか『無視すんじゃねぇ』とか。いろいろ聞こえた気もしますが、疲れからくる幻聴だと思って聞き流していました。
いやむしろうるさいこのタコ、とも思っていたような。

「……まぁ、どんまいということで」

「何が『どんまい』、だ!」

「しょうがないでしょ。疲れ切ってたんですから。少しは労わっても罰は当たらないと思いますよ」

「誰がお前を労わるか!」

そうですよね、とある意味納得するトウヤ。

それよりも気になることがあった。

「あなた一体何者なんですか?」

一番知りたかったこと。山賊から助けてくれたときは人間の姿だったのに、今はチンチクリンの愛らしい姿。
トウヤは人間じゃないと断定し、質問した。

「知らねぇよ。つーか知っててもお前に言う必要があるか」

「……僕に知られたくないほど恥ずかしい過去なんですね。すみません。そんな人の過去を詮索しようなんて」

カズマの言い分にカチンときたトウヤは、わざとらしく言い放った。

「何?」

「ああいいんです。いいんですよ。恥ずかしい過去は自分の心の奥底にしまっておくのが一番ですから」

「おい、ちょっと待て!」

カズマの反応に口をニンマリと歪ませるトウヤ。

「なんでしょうか」

「誰が恥ずかしい過去なんて言った!」

「ハイハイわかってます。わかってますよ」

「違うってんだよ! 思い出せねぇんだよ!」

「なら、最初からそう言えばいいのに。全く、無駄な時間を過ごしてしまいました」

期待した解答が得られずガッカリするトウヤ。

「おい、俺の所為かよ」

「いや、まぁ、どうなんでしょうね。とにかくあなたの過去から何かが分かるという可能性は潰えた、という事実はありますから『あなたの所為』というのも考えられますが……」

「一発殴らせろ!」

そう言ってトウヤに殴りかかるカズマ。
ミニマムサイズでは痛くないだろうからほっとこう、と思ったトウヤだったが昨夜の事を思い出す。
いや待てよ。昨日の山賊たちの惨状から推測するに、このサイズでもある程度の攻撃力があるものと推測される。やばい!

「ちょっ、ちょっと待ってください!」

「うっせぇ!」

ああデッドエンド。
飛んだお笑い草だよ。山賊に殺されなかったけど小人に一発殴られて昇天とか。
しかしながらいつまでたっても衝撃がくることはなく、トウヤは不審に思いカズマの方を見る。

「えっと、何してらっしゃるんですか」

「くそっ! くそっ!」

そこには必死でトウヤを殴ろうとしつつも、攻撃がすり抜けてテンヤワンヤのカズマ。

「攻撃がすり抜ける。何故」

「知るかこの! この!」

いまだ諦めず殴り続けるカズマ。
もうほっときますか。

「他に何か調べる必要があるものは……」

「トウヤ起きてる?」

外から心配そうな声で語りかける女性の声が。
この声は。

「はい、起きてますよ『レイナ』」

「そう。じゃあ入るわね」

……ってちょっと待てよ。カズマ!

「ちょっと待……」

「おはようトウヤ。もう元気になった?」

トウヤの静止も虚しくその女性は入ってきた。
その女性を一言で表すと『可憐』。
穏やかな物腰に可愛らしく幼さの残る顔。髪は濃い緑色で腰までの長さがあるストレート。

あまり色恋に関心のないトウヤでも可愛いと感じさせるものをこの女性『レイナ』は持っていた。
だがトウヤにとってそんな事はどうでも良かった。それよりも問題が。
カズマを隠すの忘れてた! こんな不思議生物なんて説明すればいいんだ。

「ぁあ? なんだこの女」

「いや、えっと、その……」

「どうしたのトウヤ?」

「えっとですね……」

二人に質問されて狼狽するトウヤ。
くそっ、どうすればいいんだ。森の中で拾ってきた妖精さんですとでもいえばいいのか。しかしこんな性格が悪くて口も悪いカズマを妖精だなんて。あ、でも妖精ってそんなもんですよね。
いろいろ考えていたトウヤに、レイナは心配そうな顔をした。

「どうしたの、まだ具合悪いの?」

「あれ?」

レイナの態度にある種の可能性を感じ始めたトウヤは質問した。

「えっと、レイナ。ここに何があるかわかりますか?」

そう言ってミニマムカズマを指す。

「おい、くそガキ。だからこいつはなんなんだ」

カズマの事は完全に無視してレイナに答えを促す。

「えっとナゾナゾ?」

う~ん、と必死に悩むレイナ。

「『空気』かな? あ、でも少し舞ってる『埃』かも」

「いえ『空気』扱いで結構です」

概ね正しいと言えた。

「『空気』が正解なんだ。良かった」

「おい、誰が『空気』だ!」

少し静かにしてください、といった目でカズマを睨むトウヤ。

「それでレイナ。何かご用ですか」

「あ、うん。村長が報告に来てって」

「……ああ、昨日の報告ですか」

「昨日、トウヤがもうすぐ死ぬ一歩手前の顔してたから、すごく心配だったんだけど。もう大丈夫なの?」

レイナは再び心配そうな顔でトウヤを見る。

「そんなに死にそうな顔でしたか」

「ええ、もう相当大変な目にあった上に寝てもいない、って顔だった」

はい正解です、と心の中で呟くトウヤ。

「それじゃ、もう少ししたら行きます、と村長に言っとおいてくれますか」

「わかった、でも無理しないでね」

そう言って家から出ていこうとするレイナ。しかし途中で立ち止まり、こちらに振り向く。

「後、『レイラ』も居るから……」

「なんですと!」

トウヤにとって、それは由々しき事態だった。

「なんでレイラが!? 仕事はどうしたんですか!」

「私がトウヤの事を話したら帰ってきたの。昨日の夜」

「なんてこった」

何が起こるかわかりませんね。血の雨が降るかも。

「……あいかわらずレイラが苦手なんだね」

苦笑するレイナ。

「いえ、別に苦手とかそんなんじゃないんですよ。ただなんというか」

無茶苦茶な事をするからなぁ、と心でため息を吐くトウヤ。

「……頑張ってね」

そう言ってそそくさと家から出ていくレイナ。
おそらく過去の事を振り返り、トウヤを哀れんだものと思われる。

「はぁ、どうしたもんか」

「おい。だからあの女はなんなんだよ!」

今まで無視されていたカズマがトウヤに詰め寄る。

「あ、そういえばいたんでしたね。彼女は『レイナ』。幼馴染ですよ」

「ふ~ん」

そう言って興味をなくすカズマ。
それよりも。

「何でカズマさんの姿がレイナには見えなかったんでしょうね」

「俺が知るか!」

「でしょうね」

さらに謎が増えるも一向に解決に向かわないことにため息を吐く。

「ま、とにかくその事は後回しです。今は村長の所にいき殴らなければ」

その際村の人にカズマさんの姿が見えるかどうか検証するのも悪くない。

「ということでカズマさん。ちょっと一緒に……」

「断る」

予想通りの反応を見せるカズマ。

「でも他の人に『見える』か『見えない』か、それを確認すれば何かわかってくるかもしれないですし」

「それだったらお前以外には見えてねぇんじゃねぇか。昨日お前と一緒に歩いてても誰も俺に突っ込まなかったしな」

「あ、そうなんですか」

ということは少なくともこの村の中ではボク以外にカズマさんを見ることが出来る人はいない、という結論でいいのだろう。だがそう考えてくると新たな疑問が。一体全体なぜ僕には見えるのだろうか。

「まぁ、なんとなく想像は付きますが」

昨夜の事を振り返りながら呟く。
それが正解で間違いないだろう。
とりあえず今は村長の所に報告に行こう、と立ち上がるトウヤ。

「それでは行ってきますので、その間留守番をよろしく」

「ふざけんな! なんで俺が留守番……」

カズマが言い終わる前に家から出るトウヤ。
一々受け答えしているのも面倒だ。どうせ何を言っても反発するんだから。
そんな事を思いながら村長の家を目指していくトウヤ。

しかし少しすると何故か後方からついさっきまで聞いていた声がトウヤの耳に聴こえてきた。
何事かと振り返ってみる。
するとトウヤの後方約十メートルあたりにカズマがいた。しかも何かに引っ張られている様子。

「何してんですか」

トウヤは少し大きい声で尋ねる。

「だから、俺が、知るか」

精一杯反抗しています、という声で答えを返すカズマ。
何とかトウヤのいる方とは逆に行こうとするも、それ以上進めない模様。
ふむ、もしかして……
無言で再び村長の家を目指すトウヤ。それを一定の間隔で引っ張れるカズマ。

やはりか。

「ボクからある一定以上、この場合約十メートルと仮定しますが、離れる事はできないようですね」

立ち止まり、振り向きざまにそうカズマに教える。

「くっそ、なんだってんだよ、この!」

「無駄なことしてないで潔く着いてきてくださいよ。ずっと引っ張られてるつもりなんですか」

「うる、せぇ! こん、ぐらい!」

本当に、無駄な努力が好きですね。どう考えたって、僕との間に何らかの縛りみたいのがあると考えられるのに。
仕方がない、あの手でいくか。

「まぁそうですね。本当の所、あなたみたいな『お荷物』にはついてきて欲しくないというか」

「何!」

トウヤの言葉にすっ飛んでくるカズマ。
ホントすぐ餌にパクつくね。

「いやだって、どう考えても『お荷物』にしかならないと思うしかないじゃないですか」

「俺が、いつ、『お荷物』に、なったって」

「ん? だって、ねぇ」

プルプル震えるカズマ。
ああ怒ってる怒ってる。

「それとも一緒に来ても『お荷物』にならないとでも」

「当たり前だ! 俺は『お荷物』じゃねぇ! ほらいくぞ!」

そう言ってトウヤの前を歩きはじめるカズマ。
ホント扱いやすくて助かります。
……ん?

「あの」

「なんだよ」

「村長の家、知ってるんですか?」

ふと疑問に思ったんですが。

「………………」

無言で応えるカズマに対し、『ですよね』と呆れるトウヤだった。



[29593] 第一章 第四節 村はずれの少年
Name: 小市民◆38023a77 ID:f417bad4
Date: 2011/09/04 18:35
トウヤが住んでいる家は村はずれに存在している。
別に人間嫌い、とか孤独が好き、とかそういう理由で村はずれに住んでいるわけではない。
ただ単に昔からその家に住んでいた。だからこれからもそこに住んでいく。ただそれだけだ。

元々トウヤの家は祖母がこの村に住み始めた時に建てたものらしい。
その祖母が何を思って村はずれに家を建てたのか、それはもう永遠の謎。
すでに祖母は他界している。分かるはずがない。
生前少し聞いてみたのだが、その話になると口を噤んでしまうのでどうしようもない。

まぁ祖母のことだ、トウヤの事を思って話さなかったのだ。そういうことにしておこう。
両親はいるのか、いないのかもわからない。物心ついたころにはすでに祖母と二人っきり。
生きてるのか死んでいるのか。それすら分からない。まぁ死んでいるのだろう。
祖母に両親の事を聞いたとき、悲しそうな顔をするのでそう子供ながにトウヤは思った。

というわけで現在、あの家にはトウヤが一人。
祖母の死後はべジル村の村長の手によってなんとか生き抜いてこれた。
だからトウヤは村長に感謝している。してはいるが、それとこれとは話が別だ。
なんせ危うく死にかけたのだから。

「なんて危険な事をさせてくれやがるんですか、このクソ村長!」

「やかましい! 悪かったと言うとるだろうが! このボケ小僧!」

「もう少しで死ぬとこだったんですよ! ホントにもう少しって所で!」

「だからすまんと言うとるだろう! 何度言わす気じゃ!」

「死ぬまで謝ってください!」

「出来るか!」

村を出てから何が起こったのかを、嫌味を含めながら報告し終えたトウヤ。
特に『村長が悪い』ということを前面に出して話した。
しかしそれでも全く反省の色を見せない村長に対し、憤りを感じたがトウヤが村長に包み掛かり、今に至る。

ちなみに一発殴るという行動はすでに失敗に終わっていた。
トウヤの基礎能力では村長に触れることすら出来ない。当然の結果だった。
なので口で攻撃することにしたトウヤ。

「なぜ村長になれたんですか!」

「何じゃ! ワシが村長に相応しくないとでもいうのか!」

「よく分かってるじゃないですか!」

「何ぃ!」

「何ですか!」

睨み合う二人。一触即発の空気が漂う。

「あの、ゼノさんは大丈夫なんでしょうか」

そんな二人を見るに見かねてレイナが話題を逸らす。

「大丈夫じゃろ」

村長は軽く答えた。

「そんなんで良いんですか。一応知り合いなんでしょ」

トウヤは知り合いに対する対応がそんなんでいいのか、と呆れた顔をする。

「まぁそうなんだが何とかなるじゃろ。今までもそうじゃったし」

「何かこんな事が今までにも多々あったように聞こえるんですが

「うむ、結構な頻度での」

「なるほど」

トウヤは一息呼吸置いて。

「それを知っていてボクを送り込んだんですか!」

再び村長に掴みかかろうとする。

しかしそれはレイナによって抑えられた。

「トウヤ。冷静に」

「冷静でいられるはずないでしょ。離してくださいレイナ。あの村長は死ぬべきだ」

「トウヤじゃ返り討ちだよ」

「ぐはっ」

レイナの最もな解答にショックを受けるトウヤ。
彼女はこうやってたまに急所を抉ることを言うから苦手だ。
しかも無自覚だから怒るに怒れなかった。

「まぁ、そこまで酷いことになるとは思わなかったがの!」

「胸を張って言うセリフじゃありません!」

なんて人だ。なんでこんなのが村長なんだ。
しかしあれだ。類は友を呼ぶっていうけどまさにその通り。ゼノさんにしろこの村長にしろ。どっかネジが一本どころか全部抜けてるんじゃないか。主に頭の。

「ボケるのも大概にしてくださいよ」

悪態をつき再び席に戻るトウヤ。
レイナの煎れてくれたお茶を一すすりし、若干冷静さを取り戻す。

「……あ。そういえば村長。ゼノさんって一体何を研究してたんですか」

「ム、ゼノの研究じゃと」

トウヤの質問に対し、途端に真面目な顔をする村長。
キリッとした目で見ないで欲しい、とトウヤは思った。

「ええ、ちょっとそういう話を逃げている最中に聞いたもので」

ちなみに『腕輪』や『実』の事は村長たちには言っていなかった。
説明できるほど自分も理解しているわけではないし、再び昨夜と同じことを実践し証明するとしても、もしカズマが出なかったたまったものではない。そんな事になったらボクは明日から変人扱いだ。なまじ出来たとしても、カズマが出てきたらどんなことになるか。

口の悪いカズマ。頭の悪い村長。ともに力自慢だから肉体言語のお話合いが起こる事になるやもしれない。そんな事になったら村は壊滅だ。自身の平穏を守るためにも黙っておかなければ。
それにゼノさんがいつか受け取りにくるんだ。それまで下手に騒がず黙っていることが吉だろう。

結局の所、自身の安全を第一に考えるトウヤであった。

「ふむ、あやつの研究か……」

「ちょっと聞いたことがある事でもいいんです」

考えてみると実にいい質問だったのではないか、トウヤは感じた。
昨夜感じた疑問を解消するには、この人に聞くのは大当りのはず。
ゼノと一応知り合いの村長なら何かしらそういう話も聞いていて、知っているかもしれないからだ。

「……おお、そういえば!」

「何かあるんですね!」

さすが腐っても村長。こういう時には役に立つ。さぁなんでも言ってください。

「つい最近……」

「ええ!」

これはビンゴだ、とトウヤは思いっきり村長の方に身を乗り出す。

「とても臭い実を発明したとかなんとか」

思いっきり机に頭を打ち付けるトウヤ。
知ってます。それはすでに体験済みです。

「なんかもっと他にはないんですか」

「他にはなんもない」

ああ駄目だ。やっぱり所詮、村長は村長だったという事か。

「僕が馬鹿でした。期待した僕が。ボクのアホ」

わずかでも村長に期待してしまった自信を罵るトウヤ。
ドッと疲れた体に鞭打ち、そのまま村長の家から出ようとしたところ。

「トウヤ、何故ゼノの研究がそんなに気になる」

いつになく真剣な口調で村長が問いかけた。

「いつも自分以外の事にそれほど関心を向けないお前が」

「そうですね。トウヤにしては珍しい」

村長の疑問に対し、レイナも同意する。
ボクはそんなに自己中心的ですかね。いやそうか。

「いや、まぁ少し思うところがありまして」

だって自身の問題だもん。気になるのはあたり前じゃないですか、と心で思っても口には出さないトウヤ。

「そんなお前が少し会っただけのゼノの研究に興味を持つとはの」

『今回のお使いは大成功じゃ、さすがワシ』という感じで何度も感慨深げに頷いている村長。
その隣ではレイナが『あのトウヤが』と驚きながらも嬉しい表情を浮かべている。

なんかいろんな事を勘違いしちゃっているようだけど、ほっとこう。今はそれどころじゃない。
今だウムウム頷いて自分に酔っている村長とうれしそうなレイナを置いて、とっとと外に出るトウヤであった。


◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇


村長宅から出てさあ帰ろうとしたところで、トウヤはその人物に襲われた。

「トウヤ!」

「フギャ!」

突如背後から来た衝撃により前方に吹っ飛ぶトウヤ。
そのまま近くの藁に突っ込んでしまう。

「レイラ! いきなり何するんですか!」

藁の中から這い出し、口に入った藁を吐き出しながら自信を吹き飛ばした人物に抗議する。

「何よ、何か文句あんの。ただ背中を叩いただけじゃない」

吹き飛ばした女性『レイラ』は悪びれもせずそう告げた。
濃い緑色の髪を肩で切りそろえ、男らしいというより凛々しいという雰囲気を身に纏う女性。
トウヤはそんなレイラの発言に対して抗議した。

「あのね! レイラの馬鹿力で叩いたらボクみたいな紙切れは吹き飛ぶんですよ」

「馬鹿力ですって!」

トウヤはしまった、と思ったが後の祭りだった。
レイラはトウヤの襟を掴み、持ち上げる。

「私のどこに馬鹿力があるって!」

「今まさにボクを持ち上げてるでしょうが!」

これ以上刺激するのは不味いと知りながら、律儀に突っ込んでしまうトウヤ。

「何。何か今日のアンタ反抗的じゃない」

レイラは不敵な笑みを浮かべ始めた。
そしてトウヤを離し、手をバキバキと鳴らし始める。

「まぁいいわ。そういう態度で来るんなら、私も久しぶりに本気で……」

「大変申し訳ありませんでした」

レイラが全てを言い切る前に土下座で謝るトウヤ。
その姿は大変情けく、見るものに哀れみを感じさせるに十分の威力を持っていた。
しかし。

「男が簡単に頭を下げるんじゃないわよ!」

トウヤの頭を踏み付けるレイラ。
トウヤの顔は地面にめり込んだ。

「少しは男らしくなったと思ったら何。結局いつものまんま!」

「ボクに一体どうしろというんですか!」

顔を吹きながら立ち上がるトウヤ。

「というかレイラ。何しに戻ってきたんですか?」

「何よ。私は村に帰ってくるなってこと」

「そうは言ってません。しかしお仕事の方はどうしたのかと」

「大丈夫。年休よ」

「……自衛団に年休ってありましたっけ」

サボったな、とトウヤは悟った。

「そんな事どうでもいいのよ。それより一体何があったの」

「ああ、ええとですね」

トウヤは村長に言ったのと同じようにレイラに説明した。
説明し終えたトウヤに対し、しかしレイラこう言い放った。

「嘘ね」

「何を!」

レイラの嘘つき発言に憤るトウヤ。

「何でボクが嘘をつかなきゃならないんですか!」

「アンタが山賊に襲われて無事なはずないじゃない」

「ぐっ!」

痛いところを突かれるトウヤ。

「いや、まぁ確かにそうですが。まぁ何とか逃げ延びたというか」

しどろもどろに答える。

「……アンタ何か隠してるわね」

「ギク」

「全て吐きなさい」

レイラはトウヤに命令した。
嘘は許さない、と鋭く睨みつけて。

う~。どうしたもんですか。全てを話してもいいんですが、『腕輪』のことや『実』の事をペラペラ喋るのもねぇ。というか話しておもしろがられて余計話が拗れていきそうなきもしなくもないですし。昔からレイラといて何事もなかったことなどありませんでしたもんね。

トウヤは未だ睨みつけているレイナを見る。

このレイラと先程のレイナは双子であり(本人達談)、村長の孫であり、そしてトウヤの幼馴染であった。昔から良く遊んだりしてトラブルに巻き込まれたものである。主に原因はレイラのせいで。
幼馴染ゆえにトウヤは理解していた。この状態のレイラに一切嘘は通じない、と。

ならばどうすればいいか。

「実はある人物に助けられたんですよ」

肝心な部分を覆い隠した真実を、トウヤは話すことにした。

「その人は『カズマ』という名で、突如ボクのピンチにさっそうと現れボクを助けてくれましてね」

「…………」

無言で続きを促すレイラ。

「そのカズマさんのお力で山賊たちは倒され、そしてボクも命が助かった。その後カズマさんはボクの前から消えてしまいました」

嘘は言っていなかった。確かにカズマに助けられ、山賊たちは倒された。そして確かに目の前から消えたのだ。そこに嘘偽りはなかった。
ただ、さっそうと現れたのはゼノから預かったアイテムのおかげであるのだが、そこは嘘を嘘を付いたのではなく言っていないだけ。何ら問題は無い。

「何、じゃあ本当に山賊に襲われたの?」

段々とトウヤの話に真実の匂いを感じてきたレイラ。

「だから本当ですってば。その証拠にこうして焼かれそうになった後が」

 そう言って服の焦げた部分を見せるトウヤ。
その瞬間、レイラは突如立ち上がった。

「ど、どうしたんですか? ボクは嘘なんてついてませんよ」

少々真実を覆い隠しましたが。

「あの山猿共!」

怒り狂った表情で突如叫び出すレイラ。
トウヤはその様子に怯え、腰を抜かしてしまう。
ちょうど村長宅から出てきたレイナもレイラの状態に驚いた。

「どうしたのレイラ。トウヤ、一体何があったの?」

「ボクにも何が何やら」

地面を這いながら近くの樽の後ろに隠れるトウヤ。

「トウヤ!」

「はい!」

レイラの呼ぶ声に直立不動で答える。

何ですか。嘘は言ってませんよ!

「山猿どもの事は私に任せなさい。アンタにした悪逆非道の数々。私がきっちり返してやるわ!」

男らしく言い切るレイラ。間違わないでもらいたいがレイラは女性である。

「レイナ、私町に戻るわ。後よろしく」

「あ、うん。気を付けてね」

「それじゃ」

レイラはそのまま村から出ていった。
後には未だ直立姿勢を崩せないでいるトウヤと、何となく事態を察したレイナが二人。

「……一体全体何がどうなったんですか」

トウヤはレイナに尋ねた。

「フフ。トウヤが襲われたって知って怒ったんだと思うな。レイラも女の子って事」

「……あの発言はどう見ても男のそれのような気もしますが」

まるでヒロインの為に覚悟するヒーローのようだ。
ん? つまりあれか、ボクはヒロインか。

「……なんとも情けない」

「大丈夫。それはいつもの事でしょ」

「グフッ!」

レイナの発言に再び心を抉られ、地面に崩れ落ちるトウヤ。

「でも気にしなくていいと思うよ」

「フフフ。飴と鞭ですか。いや無知なのか?」

悪気がないからな。

「トウヤはそのままでいいと思う。私はね」

「私は?」

「レイラは違うみたい」

「……そうですね。今回のお使いに賛成したのは村長とレイラですし」

唯一反対してくれたのはレイナでした。

「レイラも村長もトウヤに男らしくなって欲しいんだよ」

「無理に決まってんでしょ。ボクなんかに」

男らしく成れるもんならとっくに成ってます。

「ボクは『無能力者』ですよ。何の力も持たないただの人間です。レイラやレイナみたいな力を欠片も持ってません」

「そういう事じゃないと思うんだけど。それに何も無いってことはないんじゃないかな」

「強くもない。賢くもない。顔も良くないし意気地なしで根性なし。ついでにお金も運もない。ナイナイづくしですよ」

自分で言って落ち込むトウヤ。
そんなトウヤを見てレイナは呟く。

「……私ももう少し男らしくなって欲しいかな」

「なんか言いましたか?」

「ううん」

「……ボク帰ります。それでは」

「あ、うん。お疲れ様。また明日」

「はい」

トウヤはレイナに手を振り自宅へと向かっていった。



[29593] 第一章 第五節 試す少年
Name: 小市民◆38023a77 ID:f417bad4
Date: 2011/09/04 18:40
「……」

家に着いたトウヤはベッドに寝転び天井を眺めていた。
まだ疲れが残っているだろう、ということで村長から今日の仕事は休み家でゆっくりしろと言われ、そうしているのだ。
村長というよりレイナの提案なのだが。

「しかしこうしていると暇ですね」

家にある本は読んでしまったし何か他に暇つぶしはないものか、と周りを見回すとそこには忘れ去っていた存在がいた。

「カズマさん」

プカプカ浮かびながら寝転がっているカズマがそこに居た。
そういえば村長たちと話している間も視界の片隅にいたな、と思い出す。
しかしこの男が終始黙っているとはなぁ、と不思議に思いカズマに聞くことに。

「あの、何でカズマさん静かにしてたんですか」

カズマは顔を向け、鼻を鳴らす。

「フン。俺はお荷物じゃねぇからな!」

「……まだその事気にしてたんですか」

なんとも律儀なカズマであった。

「……あっ! そうだ。いい暇つぶしがあったじゃないか」

トウヤは勢い良くベッドから起き上がり、部屋の隅に置いていた袋を探る。
袋の中からゼノにあずけられた『実』を取り出し右手に握る。そして目を瞑って深呼吸を一つ。

「……レイズ!」

………………何も起こらない。またですか。

「また『誰か助けて』って思わなきゃならねぇんじゃねぇの」

トウヤの横でにやにや笑うカズマ。
若干ムカツクも、しかしあながち間違ってはいないのでは、と思うトウヤ。
しかし切羽詰った状況でもないのに誰かに助けを求めるとか。

「……ボクに僅かに残っているプライドが許しませんね」

「お前にプライド何てあったのかよ」

「何ですって!」

さすがのトウヤもこの発言にはムカッときてカズマに詰め寄る

「あの女共、特にレイラとかいう女に頭も上がんねぇお前に、プライド何てもうねぇだろうが」

「くぅ~」

ムカツクが間違っていない発言に悔しい悲鳴を上げる。
トウヤはカズマを無視して考えた。

少々考えてみよう。誰かに助けを求めたらこのカズマが現れた。そしてそのカズマはここに、なぜかミニマム型で、なおかつ自分にしか見えない存在となっている。なぜ自分にしか見えないのか。自分には見える必要があるとも取れるな。では何故見える必要があるのか。また呼び出すには見える必要があるから、とか?

……ものは試し。やってみるか。

「……来い、カズマ」

「何を、ってうお!」

自身の握る実の中にカズマが入り、緑色に光『腕輪』と赤く光『実』がそこに。
これが正解か。

「僕の頭も捨てたもんじゃないですね。まぁ当て感ですけど」

結果往来。ではやりますか。

「レイズ」

呪文と同時に『実』がさらに輝きだす。
トウヤは一部始終見逃さないよう、薄く目を開けながらなんとかカズマの出現を見ることができた。赤く発光した『実』が段々と大きくなり芽が飛び出した。その芽は実を包むように大きくなり、そして……。

「なんてこった」

そこにはカズマがいた。あの夜、トウヤを助けた時の姿でそこに。

「すごい。一体どうなってるんでしょうね」

こんな事が現実的に起きるなんて、なんて世の中になってしまったんだ。
出現したカズマはというと、自分の両手を何度も握りしめ、見つめていた。

どうやらカズマにとってもこの現象は摩訶不思議な事に変わりないようだった。
記憶を失っているからなのかもしれないが。
そこでハタと気づきトウヤは尋ねた。

「カズマさん。何か思い出しましたか」

この姿になったことで記憶が蘇った、という結果になってもおかしくはない。
かすかな希望に懸け、そう尋ねたトウヤに返ってきたのは、カズマの脳天チョップだった。

「いったぁーーーーーーーーーーーーーーーーーーー!」

悶絶。脳天に直撃を食らったトウヤは両手で頭を押さえうずくまる。
一体全体何がどうしてこうなったんですか。
その疑問を解消すべく、トウヤはカズマに詰め寄った。

「いきなり何すんでうすか!」

「ふざけんな! 今までの事思い返してみろクソガキ!」

「逆切れですか!」

なんなんだ、といった感じで過去を思い返すトウヤ。
果てさて、今朝からの事を思い返してみよう。確か、無駄な時間を過ごしたとカズマの所為にして、レイナに見えないことをいいことに空気扱い、さらには無理やり外に引っ張り出して、おまけのお荷物扱い。ふむ、なるほど。

「申し訳ありませんでした」

いさぎよく土下座して謝る。

「当たり前だ!」

逆に考えるとよく脳天チョップで済んだものだ。しかも相当加減してくれたはずである。なんせあの山賊たちの姿を見れば、本気を出した彼の攻撃の前に、トウヤなど紙屑、いや塵に等しいと言っても過言ではない。

「本当に申し訳ありませんでした。つい少し調子に乗ってしまい」

「少しだと! 相当調子に乗ってただろうが!」

……そうですね。相当調子に乗っていましたね。
未だ痛む頭を擦りながらカズマの言葉に同意する。何故あれほど調子に乗ってしまったのか。

「ボクのアホ!」

「本当にアホだな!」

鼻息を荒くし、トウヤに同意するカズマ。
今だ怒りが収まらない様子のカズマから逃れるため、トウヤはなんとか話を逸らそうとする。

「それで」

「あぁん!」

早く話を逸らさなければ、第二撃がボクをを襲うことに!

「何か思い出しましたか」

「ん、そうだな……」

腕を組み何かを必死で思い出そうとするカズマ。
話を逸らすのには成功したようだ。

「なんでもいいんです」

「ん~~~~」

必死に考え込むカズマ。
しかし。

「駄目だ。何も思い出せん」

「やっぱり」

「何!」

「ごめんなさい」

あのチョップはもう受けたくないので、すぐさまトウヤは謝罪する。
どうやら完璧に主従が決定してしまったようだ。

カズマ=主、トウヤ=下僕

……なんか普通、逆なんじゃないかな。こういう状況の場合。ボクが召喚したようなものですし。
何かとてつもなく理不尽なような気もするトウヤだったが、どうしたって何かが変わるわけではないので諦めた。

それよりも。

「結局何も分からずじまい、か」

「何だと」

「いえ、別にカズマさんの所為とか言ってないじゃないですか」

トウヤを睨みつけるカズマ。
なんでもかんでもカズマさんの所為にするわけないじゃないですか。
そんな事をトウヤが考えていると、カズマは何を思ったかドアへと向かっていく。
外にでも行くのだろうか、まったく。少しは協力してくれてもいいのに……、ちょっと待て。

「どこ行く気ですか!」

「あ、決まってんだろ。外に行くんだよ」

「何で!」

「せっかく元の体に戻ったんだ。少し散歩するんだよ。何か文句あんのか」

「大有りです!」

何も考えてないのか。この筋肉バカ!

「誰かに姿を見られたらどうするつもりですか!」

「別にそんなの問題ねぇだろ」

「問題あり! 村の中に知らない人がいたら、あのバカ村長が飛んできますよ!」

昔、村に不審な人物が侵入してきたことがあった。
その際、不審者はレイナを誘拐しようとしたのだ。幸いなことにその時は未遂で済んだ。というよりもあの村長とレイラがその誘拐犯を捕まえてボコボコにして簀巻きにし、川に流したが。

その後、知らない人が村に入るときは村長の面会で合格したものでないと入れなくなったのだ。
そんな事もあり、トウヤは焦っていた。

「ここでジッとしててくださいよ。変な騒ぎになるのは御免です!」

「なんで俺がお前の言う事を聞かなきゃいけねぇんだよ!」

「今後の事もあるのでどうすればいいか一緒に考える必要もあるでしょ」

「俺は嫌だね!」

そのまま外に出ようとするカズマ。
どうしよう。このままでは村が地獄絵図と化す。
『村長』対『カズマ』。村の方が先に壊滅することは間違いないだろう。

どうしようどうしようと慌てふためくトウヤの脳に、突如それは閃いた。
あの晩はどうしたのか、と。
何をしたらカズマは消えた。そう、『消えろ』と言ったら消えた。これだ!
そう考えたトウヤは、今まさにドアノブを捻ろうとするカズマに向かって叫んだ。

「カズマ消えろ!」

一瞬の静寂。
突如として閃いた奇策は、筋肉バカの所業を止める、という結果を出すことには成功した。
しかし少しばかり方向性を変えてしまう。主にトウヤが痛い目を見る方向で。

「今、なんつった」

ドアノブを握った体勢から微動だにせず、地の底のマグマが噴火する前兆のような声が、トウヤに向かって放たれた。
何故消えない。なんでどうしてヘルプミー!
トウヤは冷や汗を滝のように流した。

村を壊滅から救おうとして、自分を生贄にしてしまっては意味がない。
数秒間、トウヤもカズマも一切動かず時は進む。
しかしゆっくりと、本当にゆっくりとトウヤに顔を向けてくるカズマ。
その顔は怒りに打ち震えていた。

「悪りぃな。最近少し耳が悪くなってるのかもしれねぇ。もう一度言ってくれるか」

「いや、えっと。あははは」

もう乾いた笑いしかでなかった。

カズマはドアノブから手を放し、拳をパキポキ鳴らしながらトウヤに近づいていく。

「『消えろ』って聞こえたんだが。気のせいだよな。『消えろ』って」

「ええ、気のせいですよ。気のせい」

「確か前にも同じ言葉を聞いたような気がするんだが」

しっかり覚えていらっしゃる。
トウヤからさらに汗が溢れ出す。

「二度も俺に『消えろ』か。なかなか勇気があるじゃねぇか。少し見直したよ」

そういうのを勇気とは言わず、無謀と言います。ついでに大馬鹿者とも。

「ただの腰抜けだと思ったが、どうやら勘違いだったようだな。心配すんな。さっきみたいな手加減はしない。お前の勇気に免じて、昨日のアホどもと同じように空を飛ばしてやるよ」

いいね。空はいいよね。もし生まれ変われるなら、僕は鳥になりたい。じゃない!

「ごめんなさい!」

謝罪するも時すでに遅く。

「おせぇんだよクソガキ!」

怒りの鉄拳がトウヤの顔面に迫っていった。
ああ、ボクのアホ。思いつきがで行動するからこんな目に会うんだ。今後一切調子には乗らないぞ。
覚悟を決めて目を瞑り、衝撃に備える。そんな事をしても意味がないと知りながら。

しかしながら、トウヤの覚悟とは裏腹に一向に衝撃は来なかった。
恐る恐る目を開けるトウヤ。
そこには誰もいなかった。

周りを見回しても誰もいない。人の気配も感じない。
トウヤは理解した。
これはあれだ。つまり、九死に一生を得た、ということで間違いはないだろう。

「助かったぁ」

安堵し、腰を抜かすトウヤ。
ボクの運も捨てたもんじゃないな。よくやったボクの運!
わけの分からない物に感謝するほど混乱中のトウヤだったが、ふと疑問に思う事が一つ。

「カズマさんはどこにいったんでしょう」

姿なきカズマの行方である。
あの時もそうだった。トウヤが『消えろ』と言って消えた後、それは間違いとたった今実証されたのだが、周りを見回してもその姿はどこにもなかった。
どこかに隠れているのだろうか、いや隠れる必要はないはず。では何故姿が見えないのか。

少しの間、姿が消えた理由を考えるも明確な答えが出るはずもなく、ではどうしようかと一考した結果、ベッドで横になる事にしたトウヤ。
時間がたったとはいえ、カズマから頂いた脳天チョップにより未だに頭が痛い。それに元の姿に戻ったカズマと話す事で想像以上に精神を削り落とされた。ついでに昨日の疲れも残っていた。

ほっといても、また前みたいにひょっこり現れるだろう、と思いトウヤ目を瞑った。
なんか変なものを渡されちゃったな。
いまさらながら後悔する。ゼノから渡されたアイテムの所為で、頭が痛いどころか命の危険にまでさらされたのだ。

せめて早くこのアイテムを取りに来てくれないものか、とトウヤは右手の腕輪を見ながら思った。
しばしそのままでいると、突然腕輪が輝き始めた。

「なっ、なんで!」

呪文を詠唱どころか『実』も持ってない。なのに何故!?

混乱するトウヤ。すると光が収まり目の前にどこかで見たことのある赤い物体が。

「カズマさん!」

ミニマムカズマがそこにいた。

「どこに行ってたんですか?」

「俺が、知るかって、何回言わせんだ!」

いきなり怒り度最高潮のカズマ。
そんなカズマを放っておいてトウヤは腕輪を見る。

「どうやら少しずつだけどわかってきたようですね」

頭の痛みは無駄じゃなかった。

第一に、どうやらカズマさんを召喚できる時間、これを仮に『召喚時間』としますが、それには限りがある、という事。
時間にするとおよそ数分、もしくは十数分っていったところか。先ほどの召喚時間を大まかに計算すると。

第二に、召喚後、これまた一定時間カズマさんは姿を消すことになる、という事。
これを『消失時間』とすると、『召喚時間』と同じように数分から十数分ってところですかね。

「なるほど」

少々だが、謎が解明されたことにより頭のモヤモヤが解消されたトウヤ。
もう少し具体的に『召喚時間』や『消失時間』、その二つに統一性があることなどを検証してみたかったが、そうできない理由が。

「おい! 俺をもう一度元の姿に戻せ!」

予想通りカズマがトウヤに噛み付いた。

「一応何故かとお聞きします」

「お前をブッ飛ばすためだ!」

「あなたはアホですか」

誰がブッ飛ばされたくて元に戻しますか。ついでに『ブッ飛ばす』じゃなく『てブッ殺す』の間違いでしょう。

「嫌です。断固拒否します」

「ふざけんな! ブッ飛ばすぞ!」

「だからブッ飛ばすために元に戻せ、っていうのを拒否してるんですけど」

カズマのアホさ加減に呆れるトウヤ。

「いいから戻せ!」

「嫌です。僕、疲れてるんですよ。だからもう寝ます。お休みなさい」

「元に戻せ!」

ああ、うるさいうるさい。睡眠妨害も甚だしい男ですね。
どうにかしてこのうるさいのを黙らせないと、と考えたトウヤは適当な理由黙らせる事に。

「無理ですよ。戻したくてもどうやら力を使い果たしてしまったようで」

「何、本当か!?」

「はい」

嘘です。

「というわけで、力を取り戻すためにも寝かしてもらえると、ありがたいんですがね」

「くっ、そうか。じゃあしょうがねえな」

信じたよ。こんなのすぐ信じるなんて、カズマさんすごいよ本当に。

「それではおやすみなさい」

「ああ、さっさと力を取り戻せよ」

カズマはトウヤから離れ、窓の近くに移動し黙って外を眺め始めた。
そんなカズマの様子を見て、床に付くことにするトウヤ。
明日からはまた平穏な生活が戻りますように。
そんな事を願いながら眠りについた。


◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇


満月が辺りを照らす真夜中。
カズマは窓の縁に腕を組んで胡座をかき、トウヤを眺めていた。

「……フン」

しかし、しばらくするとまた窓の外を眺め始める。
記憶がないカズマはトウヤを見て、腹ただしく感じると同時にどこか懐かしくもあった。
自分にはこのぐらいの年の家族がいたような気もする。こんな根性なしじゃなかったが。

カズマはそれを思い出そうと必死に考えた。しかし何も思い出せない。
ただ頭の片隅に、一つだけある映像が残っていた。
赤く染まった空。砂ばかりの広大な荒野。そして、その荒野を埋め尽くす黒い影。
それだけ。

しかし、それは確かに自信にとって重要な何かなのだと、カズマは本能的に悟った。

「……チッ」

カズマはもう一度トウヤを見た。

「こいつと一緒に居れば何か思い出すのかね」

その疑問に、誰も答えることはなかった。



[29593] 第一章 第六節 町に行く少年
Name: 小市民◆38023a77 ID:f417bad4
Date: 2011/09/05 21:42
翌朝。

前日までの疲れは完全に抜け気持ちよく目を覚ましたトウヤは早速仕事に取り掛かった。
前日の休暇分を消化するため、馬車馬のごとく働きまくりすでに時刻はお昼過ぎ。
現在トウヤは馬に餌を与えつつ自身もお昼を取っている真っ最中である。

「さぁ『テンマ』。しっかり食べてくださいね」

馬の中でも一番自分に懐いている愛馬『テンマ』にそう話しかけるトウヤ。

「ふぅ。これです。これがボクが求めた日常!」

なんと幸せな事でしょう!
満面の笑みを浮かべて食事を頬張る姿は実に幸せそうであった。
しかしそんな幸福は長くは続かなかった。

「トウヤ、今大丈夫?」

レイナが馬小屋に現れる。

「何ですか、レイナ」

「……何だかとても幸せそうだね」

トウヤの顔を見てそんな感想を漏らす。

「ええ、実に幸せです。あんなことがあったから倍に日常の幸せを感じます。
ボクはもう決めました。今後一切村から出ることは致しませんよ! ハッハッハ!」

「……そうなんだ」

上機嫌に高笑いするトウヤに微妙な顔をするレイナ。

「フッフフ~ン! で、ご用は何ですか?」

「……実はお願いがあるんだけど」

「ボクに任せてください。今のボクなら何でも受け入れますよ!」

「ホント?」

「もちろんです!」

「そう、良かった」

レイナは安堵のため息を吐き、トウヤに告げた。

「これから私といっしょに町に行って欲しいんだけど……」

「お断りします」

にべもなく断るトウヤ。

「え~!? さっき何でも受けるって!」

「すみません。それは幻聴です」

「しっかり聞こえたよ。幻聴じゃなかったよ」

「では空耳です。さぁて仕事に戻りますか」

弁当箱を素早く片付け次の仕事に取り掛かろうとするトウヤ。
しかしレイナがそれを阻止するようにトウヤの腕を掴む。

「お願い。一緒に行こうよ~」

「先程のボクの発言を聞いていましたよね。もう金輪際村からは出ない、と」

「うん聞いてたよ。何でも受け入れますよ、って」

「重要なのはそこではありません。何でボクが町に『逝』かなきゃならないんですか!」

「何となく意味が違うような気がするよ」

「いいえ。ボクにとっては同じ事です」

村の外に出る = 死 です!
『絶対に行きたくない』オーラを醸し出すトウヤ。

「あのね、レイラに荷物を届けなくちゃならなくて」

「尚更ボクが行く必要性が見当たりませんね」

何故レイラの荷物を届けるのにボクが必要なんだか!

「そんなに大荷物なんですか?」

「ううん、そうじゃないの。私の護衛として一緒に来て欲しいんだけど……」

「無茶振りも大概にしてくださいよ。
何故レイナより虚弱なボクが護衛など。出来るわけないじゃないですか!」

「駄目?」

「駄目とかそういう次元の問題じゃないんです。
『レイラがお淑やかになる』ってレベルの不可能な話というだけです」

レイラに聞かれた殺されそうな事を宣うトウヤ。

「……でも村長命令だよ」

「なんですと!?」

立ち去ろうとしたトウヤは歩みを止めレイナに振り返る。

「『これを受けないと村から追い出す』って」

「そんな馬鹿な! 何故そんな命令が降されたんですか!」

意味不明な状況にトウヤは混乱した。

「ええとね。村長が『あれだけの事がありながらまだ男らしさが身につかんとは嘆かわしい』って言ってね。
それで私が『じゃあ何かまた課題を出すのはどうですか?』って答えたら『それじゃ』って事になって」

「んな!?」

「ええと作戦名は『レイナを無傷で村に送り返すまでが遠足じゃ』作戦、だっけ」

「……もうどこから突っ込んでいいのやら。というかレイナの性じゃないですか!」

「まぁそうと言えなくもない、かな?」

「言えます! 何て余計なことを~」

「で、でもそんなに無茶な事じゃないよ! 安全な道を通って行くわけだし」

「分かってない。分かってなさ過ぎですよレイナ!」

何て無知なんでしょうか!

「いいですか。普通の人なら確かに何事もなく無事にその『試練』を
こなすことが出来るでしょうとも」

「『試練』って……」

大げさな物言いに苦笑いを浮かべるレイナ。

しかし当人にとっては大げさではなかった。

「『試練』になるんですってば。ボクの場合。ついこの前大変な事に巻き込まれたばかりでしょ。
忘れたんですか!」

「でもあんな事そうそう……」

「巻き込まれます! 再び事件に巻き込まれると、ボクのなけなしの感がそう告げています!」

「それは被害妄想だと思うよ?」

「……せめて『考え過ぎ』と言ってくれませんかね」

若干酷い物言いに突っ込まざるを得ないトウヤ。

「とにかく! また問題が起こって今度はレイナを巻き込むことになったらどうなります。
それもレイナが傷つくような相手だったら。ボクにレイナが守れますか? 逆にボクが守られる自信があります!」

「自信満々で言う台詞ではないよね」

微妙な顔で答えるレイナ。

「そういうわけでこの話は無かったということで」

「……でもそうなると村から追い出されるよ?」

「……何でこんなことでボクは追い出されなければならないんでしょうね」

「う~ん」

二人して一生懸命悩むものの、答えが出るはずもなかった。

「とにかく一回だけで良いから行こう。大丈夫。何が来ても私は怪我しないから。それにトウヤは私が守ってみせるよ」

「グフッ!」

「……ホント、お前は情けねぇなクソガキ」

今まで静観していたカズマもそう漏らす。
やかましいですよカズマさん!

「……まぁどっちにしろ行かなければ行けないんですよね。結局の所」

村を追い出されることは何とか避けなければ、と諦めてレイナに付き合うことを決めるトウヤ。

「良かった! じゃあ一時間したら出発するから準備してね」

レイナは自宅に帰っていった。
後に残るのは落ち込むトウヤとカズマのみ。

「ああ、何で続けざまでこんな目に」

「ホントお前は駄目だな」

「五月蝿いですね。ほっといてくださいよ」

「決まった事をグダグダ言ってんじゃねぇよ。しかも女に守って貰うとか。男の風上にもおけねぇ奴だな」

「ボクよりレイナの方が強いんです。自然にそうなってしまうんですよ」

情けないですがね。

「そういう問題じゃねぇだろ。プライドの問題だ」

「すいませんね。プライドがなくて」

「『ボクが守ってみせます』とか言えねぇのかよ」

「どうやって守るんですか。何の力もないのに」

「その身を盾にするとか、方法はあんだろうが」

「冗談じゃないです。ボクが死んじゃいますよ」

「こりゃ駄目だ」

あ~あ、といった表情で天を仰ぐカズマ。
その態度にムッとしたトウヤは良い考えを思いついた。

「ならいざという時、カズマさんがボクたちを守ってください」

トウヤはカズマを利用することにした。

「はぁ? 何で俺が」

「カズマさんならどんな敵からでもボクとレイナを守れるでしょ。お願いしますよ」

「嫌だね。何で俺がそんな事!」

トウヤの提案に拒絶の意を現すトウヤ。
はは~ん。そうきますか。

「出来ない、と」

「出来ねぇんじゃねぇ! やりたくねぇだけだ!」

「フム、なるほどそうですか。それならしょうがないですね」

「フン、たりめぇだ。なんで俺がそんな事……」

「口だけ、か」

消え入りそうな程小声で出したその言葉は、しかしカズマにはしっかりと聞こえた。
ピクッ、と反応するカズマ。

「おい。今なんて言った」

トウヤはカズマから見えないようニンマリ笑った。
予想通りの反応ありがとうございます。

「いえなんとも。さぁそろそろ準備をしないと!」

「おい、いま『口だけ』っつったろ!」

なんか、面白いぐらいに引っかかりますね。餌に。

「いえいえいいんですよ。関係ないカズマさんには荷が重いでしょうし」

「『荷が重い』!」

さらに大きく反応するカズマ。
あなたは人に騙され易いタイプですね、はい。

「もういいですから行きましょう。準備する時間がなくなります」

トウヤは自宅に向かって歩き出す。

「おいちょっと待てクソガキ!」

ハイ、フィッシュ。

「何でしょう」

カズマに振り返る。

「やってやろうじゃねェか!」

「えっと何の事でしょうか」

「だから、お前と、あの女を。今日、町に行って、帰ってくるまで、守り通してやるってことだよ!」

「やってくれるんですか」

「応よ! 俺は口だけの男じゃねェからな。ついでにそんなの軽い軽い」

ハッハッハッ、と高笑いを始める哀れなカズマ。
トウヤは満面の笑みを浮かべて言った。

「ではおまかせしてよろしいですか、カズマさん」

「おおよ。大船に乗ったつもりでいな」

再び高笑いをするカズマ。
なんかホントに、ホントに少しその純粋さに哀れさを感じてしまうのはボクだけでしょうか。
自分で騙しておいて良心が若干痛む。

しかしそれも一瞬のことだった。

まぁこれでもしもの時に召喚して、ボクとレイナを助けてくれる助っ人を確保。
ついでに昨日の約束の召喚も危ない時に達成できることだし、その時に『召喚時間』と『消失時間』も測定できる。
一石二鳥どころか一石三鳥だね。

そんな計算をするトウヤであった。


◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇


「それで、一体何でまたレイラに荷物を届けることに?」

町に向かっている最中、事の発端についてレイナに尋ねるトウヤ。

「ほら、トウヤが最近襲われた山賊がいたじゃない。覚えて、るよね」

「もし忘れられる人がいるのだとしたら、その人の神経は異常です。間違いなく」

殺されかけたのを忘れられる人間がいるはずがない。もしいたとしてもショックで記憶喪失になった人だ。

「その山賊達が何なんです?」

「その山賊ね、最近この辺り一体を暴れまわってるらしくて、今町とかで問題になってるの」

「は~」

未だ話が見えないトウヤ。

「それでこの前のトウヤの騒ぎがあったでしょ。
レイラ、町に帰ったあと自衛団の団長に『山賊の一斉撤去』を提案して、それが近々行われるらしいの。
それで当分町に泊まり込む事になりそうだから着替えを持っていくことになって」

「……何か事の発端がボクになっているような気がしなくもないんですが。気のせいですよね」

「……気のせいだよ」

「その間は何ですか」

つまりこういうことだ。結局こうなったのも自業自得、と。

「ああなんてこった。レイラに事の顛末を詳しく話すんじゃなかった」

山賊抹殺は別にいいんですけど間接的に迷惑を掛けないでもらえないだろうか。
しかし、それは無理なことだとトウヤは知っていた。
昔からレイラのする事総てが、直接的または間接的に被害を与えてくるのだ。トウヤに。

「レイラ本当に怒ってたからね。何人か血を見ることになるかも」

「というか死人が出るんじゃないですか?」

「う~ん。あのレイラの状態だと長く苦しませるために半殺しのような気がするな」

「……実にありえそうな話です」

二人して大変酷い言い草だった。

「そんな事にならない為にもトウヤにあって欲しかったんだ」

「レイラにですか?」

「うん。後言って欲しかったんだ。『殺』り過ぎないでって」

「その言葉は大変正しいですね」

身内から殺人者は出したくないですからね。

「……わかりました。微力ながらご協力させていただきます。
でもボクの話を聴かない可能性もありますので期待はしないでくださいね」

「うん。期待してないよ」

「ウグッ」

心が抉られるトウヤ。もう少し柔らかい言い方はないのだろうか。
そんな事をしているとついに二人の目の前に目的の町が。

「何事もなくここまではたどり着きましたか」

町の入口を見つめて呟くトウヤ。

「それはそうだよ。そうそう面倒ごとに巻き込まれるなんて無いよ」

「……かもしれませんね。しかし油断は出来ません」

「まぁ慎重な事は良いことだと思うけど、あまり思いつめないでね」

そう言ってレイナは町に入っていった。

しばし呆然とそこに立ち尽くすトウヤ。
自信にとって初めての町。
普通なら興奮するか緊張するかのどちらかなのだろう。
しかしトウヤはそのどちらでも無かった。

「はぁ~」

大きくため息をつくトウヤ。
それを見てカズマが言った。

「まだウジウジしてんのかよ。あの女も言ってたろうが。そうそう面倒事に巻き込まれるかってんだ」

「本当にそう思いますか?」

「思うに決まってんだろ。たかが町に来て何が起こるってんだ」

「わかんないですよ。大火災が起きるとか大地震が起きるとか、もしかしたら巨大隕石が落ちてくるかも」

「お前はアホか」

心の底からカズマは言い放った。

「どこからそんな発想が出てくんだ。本の読み過ぎじゃねぇのか?」

「……確かに沢山本は読んでますが」

「被害妄想激しすぎだっての。そんな小説みたいな事が現実に起きるか」

「でも実際起きたじゃないですか。山賊に襲われました」

「そりゃあるかもしんないが、さすがに隕石は落ちてこねぇって」

「それは言い過ぎだったと思います。
しかしそういうことが起こる可能性はゼロでは無いと言いたいわけで」

「そんな事だからお前は引きこもるんだな」

「む~」

カズマの最も意見に口を閉ざすトウヤ。

「お前はあれか。道を歩いてたら熊に襲われるのか。馬車にひき殺されるのか。
大体大火災が起きようが大地震が起きようが、
それこそ巨大隕石が落ちようがお前の村だってただじゃすまねぇだろうが。
そんな事にビクついてんじゃねぇよ、アホらしい」

それに、と続ける。

「何の為に俺がいると思ってんだ。
そういうのから守られるために、お前はこの俺様に護衛を頼み込んだんだろうが」

頼み『込ん』ではいないし、さすがに隕石をどうにか出来るとは思えなかったトウヤ。

しかしもうこの男に頼る他なかった。

「カズマさん」

「何だよ」

真剣な顔でカズマを見るトウヤ。

「ホントーーーーーーーに! 頼みましたよ」

「わかってるっての。俺に任せておけ。必ず守り通して見せる。俺は『口だけの男』じゃねぇからな!」

高笑いを始めるカズマ。

「……はぁ」

そんな自信に満ち溢れる彼を見ながらも、何故か不安に押し潰されそうなトウヤであった。



[29593] 第一章 第七節 見ていた少年
Name: 小市民◆38023a77 ID:f417bad4
Date: 2011/09/06 22:25
「……あ、いました」

先に町に入ったレイナを見つけたトウヤ。
彼女は大きな建物前にいた。

「レイナ」

「あ、トウヤ。ちょうど良かった。ここがレイラのいる自衛団の本部よ」

「はぁそんなんですか」

特に興味も無いので気の抜けた返事を返す。

「それじゃ入ろう」

ドアを開けるレイナに続く。
中には大きな机が部屋の真ん中に一つ。その周りを多くの椅子が取り囲んでいた。
会議室かな、とトウヤは思った。

「お、レイナちゃんじゃないか。レイラに用事かい」

部屋の様子を伺っていると、制服を来た青年がレイナに話しかけてきた。

「どうもお久しぶりです。あのレイラは?」

「今パトロールに出てるんだよ。もう少しで帰ってくると思うよ」

「そうですか」

「悪いね」

そうレイラに謝罪した後、青年はトウヤに気がついた。

「……えっと、そこの坊やは?」

「ぼ!?」

自信を子供扱いされ絶句するトウヤ。
確かに十四にしては身長が足りませんが、子供扱いは止めていただきたいです。
不満げに青年を睨みつける。

それを見かねてレイナが答えた。

「あの、トウヤは『一応』十四歳です」

「『一応』を付けないでください!」

なんでこう一言多いんですかね。

「え!? レイラやレイナちゃんと同い年!?」

「貴方も驚かないでくださいよ!」

「ククク。確かに十四には見えねぇな」

カズマも青年に同意する。

「……どうも初めまして、トウヤと申します。今年で『十四歳』になりました。
以後よろしく、間違わないように! お願い致します」

彼らのそんな態度に若干イラつきながらも自己紹介するトウヤ。

「あっ、御免御免。……そうか、君がレイラが好く話すトウヤ君か」

「え!? レイラがボクの事を?」

「ああ」

「……ちなみにどのような事を」

何となく想像がついたトウヤ。

「ああ、確か『男らしくない』だの『情けない』だの『もっとしっかりして欲しい』だの。後は……」

「もう結構です」

本人の預かり知らぬ所で散々な言われようであった。
おのれレイラめ。ならばこちらにも考えがありますよ。クックックッ。
黒い笑みを零して善からぬことを企むトウヤ。

「おじさん!」

「俺は『おじさん』って年じゃない! まだ二十三だぞ!」

さっきの仕返しです。

「そんな事よりも、レイラはしっかり仕事をしていますか?」

「えっ? そりゃまぁしっかりやってるが……」

「本当ですか? 嘘を付くように言われてるんですよね」

あの女なら遣りかねない、と断言するトウヤ。

「いや、そんなことは」

「いいえわかってます。あの女はそういう奴なんですよ。」

「そうなのか? そんな感じじゃなかったと」

「それは猫を被っているんです」

トウヤはレイナの悪口を青年に話し、広めようと画作した。

「口を開けば悪態だらけ。少々反抗したらすぐに手をあげる暴れん坊。
確かに外見は良い部類に入ると思いますが、中身はそれに反して悪い事この上なし! 
騙されてはいけませんよ、寝首を何時掻かれるか」

「と、トウヤ。なんて事を……」

「い、言い過ぎだと思うぞ、トウヤ君」

トウヤの物言いに顔を青くさせるレイナと青年。
しかし構わずトウヤは続けた。

「言い過ぎ? そんな事は断じて有り得ません。むしろ言いなさ過ぎと言えます。
双子なのにレイナとまるで正反対の性格。何故ああ育ってしまったのか、我が村の七不思議の一つです」

やれやれ、とため息を吐く。

「……そんな事思ってたんだ」

「ええ、もう少し『優しさ』という言葉を覚えてくれると、ボクとしては大変嬉しく思うんですが。
まっ、それは不可能というものですね。有り得ません」

「ふ~ん」

「おいクソガキ。後ろ後ろ」

いい感じで話していたトウヤに水を差すカズマ。
笑いを堪えている様子のカズマに疑問を抱いて後ろを振り返る。

「何ですか? 何か面白いものでもあるんです……」

鬼がいた。いやさ怒りにうち震えて鬼の形相をしたレイラであった。

「……でも実は大変優しい心の持ち主で、慈愛に満ちているんですよ」

すぐさま振り返り、青い顔をした青年にそう告げる。

「いまさら遅い!」

「ごめんなさ、ゴフッ!」

レイラはトウヤの頭を鷲掴みし、持ち上げて床に思いっきり叩きつけた。
そして。

「アダダダダダダダダダ! 折れる折れます折れるかも!」

さらに膝十字固めを極めるレイラ。

「アンタ本人のいないところで悪口言うとか、最悪ね!」

「自分だってボクのいないところで、イダーーーーーーー! 本当に折れちゃいますよーーーー」

「折れなさい! そして私の心の痛みを知りなさい!」

「だからお互い様です、ってアイターーーーーーーーイ!」

「私のは善意よ! アンタのには悪意があるわ! しかも極めて悪質な!」

「悪口に善意なんてあるはずないでしょ! というかもう止めてーーーー! レイナ助けてーーーー!」

「自業自得だからしょうがないよ」

「ごもっとも! アイターーーー!」

「ダァハッハッハッ!」

そんなトウヤの様子に大笑いするカズマ。
しばらくの間、部屋にはトウヤの悲鳴が鳴り響いた。

数分後。

「誠に申し訳ありませんでした。この逆ピラミッドの頂点に落とされているボクごときが、レイラ様に対して暴言を吐くなど許されぬ所行。大いに反省し、今後二度と同じ過ちを繰り返さないと誓います」

土下座して謝るいつものトウヤの姿がそこにあった。

「……まぁ良し。特別にこの世に存在することを許してあげるわ。
でも再度同じ事を仕出かしたときには精神的拷問を三日三晩掛けて行なったあと、
物理的に地獄に落としてあげる。二度とはい上がれない無間地獄までね」

「さすがレイラ様。実に慈愛に満ちたお答え」

「フフン! まぁ当たり前ね。私ほど優しさに満ち溢れた美少女は他に存在しないわ」

「……」

「あ!?」

「いえ全くそのとおり」

ようやく解放されたトウヤ。
いつの間にか周りには自衛団の人たちが大勢集まっていた。

「ははは! 大丈夫かい、トウヤ君」

ダンディな叔父さんがトウヤに話しかける。

「あ、どうも。えっと」

「ああ、この自衛団の団長を務めているシゲマツだ。よろしく」

「あ、これはどうも。トウヤです」

シゲマツの手を借りて立ち上がる。

「団長。そいつを甘やかさないようにしてください。すぐ調子に乗る馬鹿ですから」

レイラは未だ怒りが収まらないようだ。

「まぁまぁ。しかしあんなレイラの姿を、我々は今まで見たことがなかった。よっぽど仲がいいんだな、君と」

「団長! 何言ってるんですか!? そんな訳あるはずありません!」

顔を赤くして否定するレイラ。

「全くもってその通りです。普段猫を被っているだけで本性はあんなもんです」

「……拷問逝く?」

「申し訳ありませんでした」

どうもレイラ相手だと口を滑らし過ぎるトウヤ。

「フム。やっぱり仲が良い」

「だな」

「怪しいね」

「あの坊主、羨ましい!」

「妬ましい!」

「モゲロ!」

段々ざわついていく周りにレイラは限界を超えた。

「もう一回パトロール行ってきます! ほらいくわよトウヤ! レイナも」

「わ! 引っ張らないでくださいよ、後空中に浮いてる!」

「あ、待ってよ二人とも!」

三人は外へと飛び出していった。


◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇


ここは町のとあるカフェテリア。
トウヤ達三人はここで一息付いていた。

「アンタのせいよ! どうしてくれんの、完全に誤解されてるわ!」

先程の騒ぎの原因を押し付けるレイラ。

「ボクだけのせい。本当にそうでしょうかねぇ」

「全ての原因はアンタよ! この世に悪党がいるのもアンタのせい!」

「何という押しつけ。この世の悪の根源ですか、ボクは」

「まぁまぁ二人とも、落ち着いて」

未だに火花を散らす二人を諭すレイナ。

「それよりもレイラは僕たちに言うべき事があるんではないでしょうか」

「は? アンタに死ねって言う事? でもレイナにそんな事言うわけないし」

「ボクは死にません! 荷物持ってきた事ですよ!」

「あ、そうだった。レイナだけ、ありがとう」

「……もういいや」

トウヤは全てを諦めた。

「ハハ。それはイイんだけど。それよりレイラ、あんまり無茶しないでね」

レイナは山賊達に無茶を働くのでは、という方向でレイラを心配している模様。

「ああ聞きましたよレイナ。山賊達を皆殺しにするとか」

「しないわよ! アンタ私を何だと思ってんのよ!」

「……本当にしない、と言い切れますか?」

「……否定は出来ないわね」

「絶対そんな事しないでよ! 半殺しはいいから!」

「いや、それも駄目だとボクは思うんですが。普通は」

「レイナは変なところで普通じゃないから言っても無駄よ」

「なるほど。すごく説得力のあるお言葉」

「……突然息が合ってる。仲直りしたみだいで良かったけど、何故か素直に喜べないよ」

レイナの事に対して、途端に意見を合わせる二人に若干理不尽さを感じる。

「……まぁとにかく無茶をして『殺』り過ぎないよう気を付けてくださいね」

「わかってる。『殺』り過ぎないわよ。そこまで」

「……本当に大丈夫かな?」

なるようになる、としか言えなかった。

「それより何か飲む? 奢るわよ」

レイラが話題を変える。

「私は何でもいいよ」とレイナ。

トウヤは少し考えた後。

「……じゃあ水で」

「はぁ? 何で水なのよ。奢るって言ってんじゃない」

トウヤの答えに目を丸くするレイラ。

「……まさかと思うけどトウヤ。一応言っとくけど水はただよ?」

「知ってますよ! 馬鹿にするのも大概にしてください!」

そこまでボクはバカではありません、と憤慨するトウヤ。

「じゃあ何で水を頼むのよ」

「タダだから頼むんです」

「……意味がわからないんだけど」

「レイラに奢って貰ったら、雨どころか隕石が降ってきます」

「……アンタの血の雨が降るかもしれないわね」

「いやぁ! レイラに奢って貰うなんて事、ボクごときがされる事ではないと思いまして!」

すぐに媚び諂うトウヤ。この男にプライドは無かった。

「……まぁいいわ。すいません!」

レイラはウェイトレスに注文する。

「ふぅ」

トウヤは安堵の溜め息を吐く。
実は水を頼んだのには理由があった。
どうも先ほどから胃がキリキリして痛いのだ。

「ああ不安だ」

今の所、想定内のことしか起こってはいない。
レイラに殺されかけるなど日常茶飯事。もうそれはどうしようもないものだと諦めた。
だがこれ以上の事は起こって欲しくない。

ウェイトレスが水を運んできた。
これでも飲んで落ち着きましょう。
トウヤはコップを取り、水を口に含む。

その直後。

「キャアァァぁぁァァァァァァァ!」

「ブホッ!」

トウヤは口に含んでいた水を吹き出した。

「一体何事ですか!?」

悲鳴の原因を確かめるため辺りを見回そうとするが。

「何すんのよ!」

レイラに顎を跳ね上げられる。
いきなりの事にそのまま椅子から転げ落ちたトウヤ。

「いきなり何すんですか! と逆に問い返します!」

「ぁあ!?」

「ごめんなさい!」

レイラの顔を見たトウヤはすぐ土下座した。
トウヤが吹き出した水が彼女の顔面に直撃していたのだ。
だがそんな事をやっている状況ではない。

「レイラ悲鳴! 何の悲鳴ですか!?」

「そうだった!」

レイラはすぐに辺りを見回す。
するとすぐに原因は分かった。
そしてトウヤは叫んだ。

「ハプニング、来たーーーーーーーー!」

「煩い黙れ!」

「へブッ」

奇声を挙げたアホは、レイナに裏拳をお見舞いされた。

何故だ! 何故ハプニングが起きた! あれだけ不幸な目にあったのに、まだ足りないというのか! 
それともあれか。レイラに殺されかけるのはカウントされないのか?
何ですかそれは!

余りの理不尽さに、憤慨するトウヤ。

「……何あの人達?」

レイナはレイラに質問した。
彼女たちの目の前には、いかにも悪党顔した輩が十数人。
どうやら悲鳴を挙げた女性に対して何か悪さを行なったようだ。

「どうやら私の出番のようね」

レイラは拳を鳴らしながら彼らに近づいていく。

「ちょっとアンタ達! 何してんのよ!」

「ぁあ!? 何だテメェわ!」

「ヘヘ、結構良い女じゃねぇか」

レイラの恐ろしさも知らず、そんな言葉を吐く愚か者達。

「ああ死んだな」

トウヤは今後の結果を予測し、合掌した。

「自衛団よ。アンタたちその人に何したの!」

「こりゃまた別嬪の自衛団様だ。何、ちょっと一緒に楽しもうと思ってな」

「私刑!」

悪党面の返答を聞いた瞬間判決はくだった。

「グハッ!」

右足で目の前の男の顎を蹴り上げるレイラ。
続けざまに鳩尾を足裏で攻撃し、そのまま後方に吹き飛ばす。
行く手には積み上げられた大きな木箱が多数。
激しく物が壊れる音が街中に響きわたり、積み上げられた木箱が崩れ落ちる。

それを合図に戦闘が始まった。
一気にレイラに襲いかかる悪党面達。
それを最初に吹き飛ばした男と同様に蹴り飛ばすレイラ。
辺りは一気に大混乱に陥った。

「ヒィ!」

もちろんそんな状況にビビるトウヤ。

「どこか! どこか隠れる場所は!」

隠れる場所を探して逃げ惑う。
そんな彼にレイラが吹き飛ばした男が一人飛んできた。

「ちょ!?」

ぶつかる、と思った瞬間その男は明後日の方向へ飛んでいく事に。

「大丈夫トウヤ?」

レイナが男の進行方向を逸らしたのだ。

「ナイス柔術!」

レイラは村長から柔術を学んでいたのだ。
その腕は村長とタメを張るほどであり、レイラの方も村長直伝の剛術を扱えた。
ちなみにトウヤは両方やったがどちらも全く出来ない運動音痴だったのは言うまでもない。

「トウヤ。今の内に隠れて」

「喜んで!」

レイナの言葉に直ぐ様近くの建物の裏に隠れるトウヤ。

「なんてこった! 何でこんな事に巻き込まれるんだ! やっぱり村から出るんじゃなかった!」

自信の悪い予感が的中し、改めて村を出ることの危険性を再認識する。
トウヤが隠れている間にも戦闘は続いていく。どうやら騒ぎを聞きつけて先ほど自衛団であった人たちも駆けつけてきた。
これで終わる。トウヤはそう思い安堵した。

しかし。

「動くな!」

悪人面の一人が突然叫んだ。
叫んだ方を見ると悪人面Aの腕の中に、ナイフを押し付けられた女性が一人。
人質である。

「卑怯な!」

潔くやられてしまいなさい! そしてボクに安全を確約するように!
このような状況でも自分第一のトウヤだった。
先程まで混乱していた現場は静まり返っていた。
自衛団の人たちも、人質がいるので下手に動けない。
そんな中レイラが動いた。

「……その人を放しなさい。さもなきゃ死んだ方がましな目に会わせて上げる」

レイラの目のハイライトが消えていった。

「怒っとる。本当に本気で掛け値なしで怒ってますよ、レイラ」

トウヤは知っていた。あの目をしたレイラは危険指定動物より凶悪であると。
しかしそんな空気を読み取れない悪党面Aはさらにこんな事を宣った。

「動くんじゃねぇ! そっちの女もどうなってもいいのか!」

見るとレイナにも悪役面Bがナイフを押し付けている。

「大丈夫レイラ。あの人が無事になったら……」

「わかってるわよ、レイナ」

おそらくレイナの方は大丈夫だと判断したのだろう、レイラは。
しかしトウヤにとってはそうではなかった。

「何てことですか! これでレイナに少しでも傷が付いてみなさい。ボクは村長の手で地獄に叩き落とされますよ! 
ただでさえ『無傷で返せ』と言われているのに、こんな事になるなんて!」

このままではあの悪役面とともに死んでしまうと思ったトウヤは大いに混乱した。

ああどうしようどうしよう。
火に油を注いで、さらに爆薬まで投げ込むなんて! おかげでボクも生きるか死ぬかの瀬戸際ですよ。
どうする、どうすればいい。誰か教えてヘルプミー!

そんなトウヤに、天は生まれて初めて味方した。

「おい! 俺の出番じゃねェのか!」

そこには『ついに俺の出番か!』と舞台裏で出待ちしていた救世主、いやさカズマ。

「そうでした!」

カズマが、いやカズマ様を呼び出せばいいんです。
彼ならこの状況を一瞬で何とかして、ボクを死の運命から救い出してくれる。
トウヤはすぐさま召喚の準備をした。

ポケットから出した実を右手で握る。
そして。

「来い、カズマ! レイズ!」

赤く実が光ると同時に呪文を唱える。
実はみるみる大きくなり、元のカズマの姿になる。
あ、そうだ。持ってきた懐中時計で時間の方も計っとかないと。

「カズマさん、よろしく!」

「ったりめぇだ。見てろよ。傷一つ付けずに守ってみせる!」

ああ初めてだ、いや二度目だよ。あなたが入れくれて良かったと思ったのは。
カズマは瞬間移動したような速さで、現場に飛び込んだ。

◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇

悪役面Aは、いやその場にいる全ての者が驚いた。
いきなり見知らぬ男が現れたかと思うと、最初に捕まった女性に向けられたナイフを手で砕いたからだ。
砕かれたナイフを呆然と見つめる悪役面A。しかしすぐさま突如現れた赤髪の男・カズマに叫んだ。

「なんだテメェは!」

「テメェに名乗る名前なんざねぇよ」

お前など眼中にない、といった感じのカズマ。

「ふざけんな!」

予想通り切れた悪人面Aは、カズマの顔面に向かって折れたナイフで攻撃する。
それを無抵抗のまま受けるカズマ。
周りで見ていた人は『死んだ』と思った。

しかし攻撃を受けたカズマは、そんな攻撃を屁でもないという風にただ立っていた。
見ると、折れたナイフは皮膚を切り裂いてもいない。

「なっ、なっ」

呆然とする悪人面A。それも当然であった。
いくら折れてるからとはいえ、全く傷が付かないのは異常だ。
しかしそんな事を当の本人は気にせず言い放った。

「気は済んだか?」

軽くガッカリした顔をするカズマ。ため息をついて、右手を悪人面Aの額に向けた。

「お前程度ならこれで十分だな」

中指を親指で押さえる、つまる所デコピンの態勢。
そして。

「ほらお返しだ」

言い放った瞬間、悪人面Aの頭に爆音が響き渡った。
次の瞬間には空を飛ぶ悪人面A。そしてそのまま近くにあった噴水に落ちる。
大きな水しぶきが辺りに鳴り響いた。

全ての者が唖然とする中、一番先に動いたのは自信の身の危険を感じて混乱した悪人面Bであった。
持っていたナイフを掲げ、レイナに向かって振り下ろす。

「……!」

反応の遅れたレイナはそれを防ぐことが出来ずにそのままナイフが突き刺さる、かと思った。
しかし。

「覇ッ!」

カズマが宙に右拳を振るい、それが空圧となって悪人面Bの顔面に突き刺さる。
顔面に衝撃を受けた悪人面Bは錐揉みしながら吹っ飛び、近くにあった樽置き場に突っ込んでいった。

樽の倒れる音が鳴り響き、その後一瞬の静寂。
しかし次の瞬間、街は歓声に包まれた。

ヒーローの誕生だ。


……ちなみに、トウヤは全ての過程を建物の裏から唖然とした顔で見ていたのであった。



[29593] 第一章 第八節 攫われる少年
Name: 小市民◆38023a77 ID:f417bad4
Date: 2011/09/07 22:49
歓声に包まれる町。
大衆に囲まれるカズマ。
そしてそれを隠れて眺めているトウヤ。

普通ならば何も出来なかった自分に対して憤慨、もしくはカズマに嫉妬するのだろうが、トウヤはそのどちらでも無かった。

「た、助かった~」

心の奥底から安堵し、腰を抜かす。
これでボクの命は何とか繋ぎ止める事が出来ました。
さすがカズマ、貴方が真のヒーローです!

村長に殺されることが無くなったのだ、これ以上の事は無かった。
ふぅ~、と汗を拭ってカズマ達のいる広場に向かう。
これほどの大観衆に囲まれている状況ではカズマに近づく事が出来なかったので、どうしようかと辺りを見回すトウヤ。

その際、噴水の方に集まっている自衛団の人たちが目に入る。
噴水から引き上げられた悪役面Aは、どうやら生きているようだ。
あれほどの爆音が鳴り響いていたのによく首の骨が折れなかったものだ、とトウヤは感心した。

いやそれよりも。

「飛ぶんですなぁ」

デコピンで、人が。
ぶん殴って人が飛んだ時も驚いたが、さらに驚いた現象。
どんだけ力があればあんなことが出来るのか。

実行した本人を遠目で見つめる。
そのカズマはというと、人質にされた女性に感謝され、ついでに周りからも賞賛の雨嵐を受けて目を白黒させている。

どうやら本人にとっては予想外のな反応だったようだ。
しばらくの間、そんな様子を伺っていると。
何か大切なことを忘れてやしないかと一考。

「そうだ、時間!」

時間を計るために使用していた懐中時計を見る。
すでに五分が経過していた。
前回召喚した際は、少なくとも数分でカズマは消えてしまっていたはず。
よく今まで大丈夫だったものだ。

しかし、このいつ戻ってもおかしくない状況は大変よろしくない、と感じて段々焦り始めるトウヤ。
やばいよやばいよ大変だ。このままじゃ群衆の真っ只中で人が消える、という怪奇現象が起こってしまいます。まぁ怪奇現象なんですけど。

そうではなくて! どうしようどうしよう。
あわてふためきながら、なんとか思いついた作戦。
それは。

「カズマさん! カズマさん!」

そう言って群衆の中に突入するトウヤ。
それに気づいたカズマは振り向く。

「お、応、ちょうどいい所に来た。こいつらをどうにか……」

「さすがカズマさん! 悪人から女性を助けだし、あっという間に事態を解決に導くだなんて。さすがは正義の味方! やりますね」

「は? お前何言って……」

いいから黙って話を合わせる! 時間がないんですよ!
そう目で合図するトウヤ。

「でももう行かなければ! 約束の時間に間に合いませんよ!」

「は? 約束? 何の約束が……」

「さっ、行きましょうカズマさん。途中までお送りします」

「お、おい」

「それでは皆さん。申し訳ありませんがカズマさんはこれから大事な用事がありますので、これにて失礼させていただきます。お礼の方はボクの方からしておきますのでお気になさらず」

そう言って群衆を掻き分けてカズマを引っ張って行く。
カズマが行くのを惜しむ声もあるが、カズマの予定を妨げるのは悪人を倒してくれた人に対して失礼、と考えるのが普通であり、なんとかその場を逃れることに成功。

カズマを引っ張り路地裏に行く。懐中時計を見ると九分をすでに経過済み。

「おい。俺は約束なんてねぇぞ?」

「アホですか! その体が消えるのを群衆に見せる気か!」

「あ、そういうことか」

今理解するなよ。全く。
再び懐中時計を見る。十分まで、四、三、二、一。

「零」

そう言った瞬間カズマの体が発光し、そして消えた。
なるほど、十分か。
そのまま消失時間の測定開始するトウヤ。
だが今回はなんとなく想像がついた。

「おそらく十分でしょうね」

前の時もだいたい召喚時間と同じぐらいだったために得られた考察。
しかし。

「ふぅ~。何とかなりましたね」

とにもかくにもこれで一安心、とトウヤは安堵の溜め息をはいた、が。

「ねぇ」

「ホアチャァ!」

突然肩を叩かれ奇声を上げるトウヤ。
だ、だ、だ、誰ですか。ボクごときに何か御用でしょうか!?
声のした方見る。
するとそこにはレイラとレイナの姿が。

「なんて声出してんのよアンタ」

「あ、いや、いきなり声を掛けられたもので、つい吃驚」

「何よそれ」

呆れるレイラ。

「それよりも聞きたいことがあるんだけど」

「なんでしょうかレイナ?」

「あのさっきトウヤが連れていった人なんだけど……」

「そうよ、さっきの人! アンタ正直に答えなさい!」

「えっと彼が何か?」

カズマがどうかしましたか? もしかして余計なことして起こりましたか?
それとも……、はっ! まさか見られた!?
カズマ消失を見られたと思い、心臓の鼓動が早まるトウヤ。

どうする、なんて説明すればいい。『ゼノさんにもらった腕輪と実で出した人物だよ、てへっ。』とでも言えばいいのか。
いかん末期症状だ。まぁ出すのを見せれば信じるだろうが、それでは何故黙っていたかという話になるはず。
それは不味い、不味過ぎる。すでにレイラには全てを話した事になっている。

それなのに嘘をついたと分かったら何と言われるか、いやどんな拷問に晒されるか。
それだけならまだいい。いやよくないですけどね。

問題は二人が、とくにレイラが面白がって事態をややこしくし、
その後予想も付かない危険な命の関わる出来事にさらされる可能性は大いにある。有りすぎます!
くそっ! どうするどうすればどうするときーーーーーー!

「えっとですね、カズマさんはですね」

「やっぱりね」

何がやっぱり何でしょうか。

「あの人がカズマさんだったのね! アンタを助けた」

「やっぱりそうだったんだ~」

何故か納得する二人。
……あ、何だ。そっちの事でしたか。焦って損しましたよ。縮まった寿命をどうしてくれるんです。

「はいそうです。前言った事件に巻き込まれたときに助けてくれたのがあのカズマさんでして」

「ふ~ん。それにしては仲良かったわね。確か助けてすぐ消えたんじゃなかったの?」

ギクッ!
鋭いツッコミを入れてくるレイラ。

「あ、え~と、あのですね」

う~ん。あ、こうしましょう!

「先ほどお二人が悪党面さんと戦っていた時に、偶然建物裏で会いまして」

ああ無理な言い訳、と心で思うものの嘘話を続けるトウヤ。

「その時に『どうか助けてください』と懇願し、まぁ結果ああなった訳で。
そこまで親しいわけでは。ただの正義の味方と弱者代表といった関係です、はい」

「えっ!? アンタが助けを求めたってこと?」

何故かトウヤの行動に驚くレイラ。
レイナも思いは同じようだ。

「それは、まぁ。レイナが危なかったですし」

レイナに傷が付いたらボクは死にます。一種の呪いから逃れるために、ね。

「ト、トウヤが私の為に!?」

「アンタがレイナの為に!?」

二人して信じられない目でトウヤを見る。
ム、何やら大変な誤解をしているご様子。レイナの為ではなくボクの為です。
二人の間違いを正そうとするトウヤ。

しかし。

「アンタ、見直したわ!」

「ゴホッ!」

レイラに思いっきり背中を叩かれ、息が出来なくなる。
呼吸困難に陥って釈明できずにいる間に。

「ありがとうトウヤ。私の為に」

「うんうん! アンタを村から出して良かったわ。すっごく成長したわね! まだまだだけど」

「い、いえ。ゴホッ! そうでは、ゴホッ!」

「あ、あのトウヤ。何かお礼をしないといけないね!」

「そうね。というか何か料理でも奢るわ! 今日は記念すべき日ね!」

たかだか助けを呼んだだけでこの騒ぎ。
ボクはどんだけ自分絶対主義の他人放任主義何ですか! 間違ってませんが。
その後、あれよあれよという間に誤解は進んでしまい、釈明の機会を完全に逃してしまったトウヤであった。

ちなみに、予想通りカズマは十分後に姿を現した事をここに追記しておく。


◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇


「うっぷ! 食べ過ぎました」

「大丈夫トウヤ? ゴメンね調子に乗って。でも私もレイラも嬉しくて」

「え、いや。アハハハハ」

誤解も解けず、しかし騙す形になってしまったために好意を素直に受け入れることも出来ず。
乾いた笑いをあげることしか出来ないトウヤであった。

「それよりもすっかり遅くなってしまいました」

すでに空は茜色。本当だったら夕方になる前に帰る予定だったのに。

「うん。そうだね。でもそれ程嬉しかったんだよ?」

「……いえ、もうそれはいいです」

良心が! ボクのなけなしの良心が!

「本当に自分の事以外に、全くと言っていいほど関心を持たなかったトウヤが、こんなに立派になって」

「……褒めてるんですか? それとも貶しているんですか?」

余りの低評価に今度は落ち込むトウヤ。

「……本当にありがとう。トウヤ」

「……いいえ、どういたしまして」

ああもうどうしたらいいんですか!

「それよりもさっさと帰りましょ。遅くなったら村長に怒られます!」

「うん。それもそうだね」

何とか話を逸らすことに成功したトウヤ。
しばし無言で歩く二人。

ああどうしましょ。いまさら自分の為でしたと言ってみなさい。どれだけレイナが悲しむか。
そしてどれほどレイラに地獄を見せられるか。
……このまま黙っておいた方がいいんでしょうかね? でもなぁ……。

今後の方針を唸りながら考えていると、レイナが突然トウヤの肩を掴んで止めた。

「ち、違いますよ! ボクは助けるつもりだったのが確かです。しかしですね?」

心を覗かれたかと勘違いし、言い訳を始めるトウヤ。
しかし、レイナは真剣な顔をして言った。

「トウヤ、静かにして。誰かがこっちを見てる」

「へっ?」

トウヤは辺りを見回した。しかし誰もいないし、人の気配を感じない。

「……マジで誰かいるぞ」

カズマも真剣な表情でそう告げた。

「……一体どこの何方が」

ビビリながらレイナとカズマに尋ねるトウヤ。
その直後、茂みの中から何かが飛び出してきた。しかも沢山。

「ヒィ!?」

突然の事に怯えて動けなくなるトウヤ。
そんなトウヤの背後から一つの影が現れ、トウヤを地面に押し倒し、口を塞ぐ。

「ガハッ!?」

「トウヤ!?」

「クソガキ!?」

レイナの悲鳴とカズマの驚きの声が、トウヤの耳に入る。
その声に反応して拘束から逃げようとするも。

「動くな。殺すぞ」

上から発せられた言葉により、恐怖で動けなくなるトウヤ。
そんなトウヤをよそに、飛び出した影の一つがレイナに言った。

「お前らレイラの知り合いだな?」

「!? それが何!?」

レイラという名が出て一瞬動揺するが、レイナはすぐさま気を取り直してそう口にする。

「あいつと自衛団には何度も世話になっててな」

「……貴方たち山賊ね?」

「ふぁっ!?(なっ!?)」

トウヤは愕然とした。
また山賊! この前会ったばかりなのにまた!? どんだけボクは運が悪いんだ!

「レイラと、それから自衛団に伝えろ。こいつの命が欲しけりゃ、俺たちから手を引けってな」

「な!?」

「ふぇっ?(へ?)」

驚愕するレイナと訳の分からないトウヤ。
こいつ? どいつ? 何を言ってるんだこの山賊は。まるでボクの命が欲しければ、と言っているようだ。
……待て待てちょっと待て。この前も山賊に命を奪われかけて、今度も命を奪われかける。

……はぁ?

「ふぉふふぁふぉんはへふんははふいんへふは!(ボクはどんだけ運が悪いんですか!)」

余りの天文学的引きの悪さに憤慨するトウヤ。

「いいか、必ず伝えろよ。いくぞお前ら」

そう言って山賊たちは再び茂みの中へと消えていった。トウヤを連れて。

「トウヤ!」

遠くからレイナの叫び声が聞こえる。
その声には悲鳴の色も混じっていた。

「くそっ! クソガキを離せ卑怯もん!」

カズマが山賊に怒鳴りつけるも聞こえるはずがなく。
どんどんレイナから離れていくトウヤ。

「ふぁふへへへいは!(助けてレイナ!)」

トウヤがレイナに助けを求める。
しかし。

「少し黙ってな」

山賊から後頭部に一撃を貰う事に。
後頭部への衝撃で意識が薄れゆく中、トウヤは思った。
…… 何でボクがヒロイン役?


◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇


「アイタ!?」

突然襲った体の痛みでトウヤは目覚めた。

「いっつ~! 一体何事ですか!?」

痛む体で起き上がりながら辺りを見回す。
すると後ろから何かが閉まる音が。

「ん……? なっ!?」

後ろを振り返ったトウヤは絶句した。
目の前には鉄格子、その奥にはいかにも悪そうな顔をした男がニヤついてこちらを見ている。

「さ、山賊、さん」

何故かさん付けをしてしまうトウヤ。

「運が悪かったな坊主。山賊に狙われるなんてそうあることじゃねぇのによ」

御免なさい二度目です、と軽口も叩けない程恐怖するトウヤ。

「こ、ここから出してください」

震えた声でお願いするトウヤ。
しかし当然のごとく。

「それは駄目だ。まぁ自衛団の対応に願うんだな。そうすりゃここから出られるぜ?」

そう言って山賊は牢屋から離れていった。

「ううう、何でこんなことに……」

再び山賊に狙われて、さらに捕まって牢屋に閉じ込められる。
あまりの自信の運のなさと、山賊への恐怖から屈みこんで頭を抱えるトウヤ。

「くそっ! あの野郎共卑怯な事しやがって!」

カズマが山賊に悪態を付く。

「お前も何黙って攫われってんだ! 少しは抵抗しろよ!」

「しましたよ! その結果がこれなんです!」

「ちっ、この軟弱野郎。だから弱い奴は嫌いなんだ」

「無理言うな! どうしようもなかったんだ! 弱いのもしょうがないでしょ!」

涙を浮かべてカズマに叫ぶ。

「ピーピー泣くな鬱陶しい。この泣き虫野郎!」

「泣いて何が悪い! 怖いんだからしょうがないでしょ! 殺されるかもしれないのに」

「俺がいるだろ! 俺を召喚しろよ、そんで奴らをブッ潰す!」

「やりません! どれだけ人数がいるかもわからないのにそんな事出来るか!」

余りの無計画ぶりに怒りを露にするトウヤ。

「何人いようが全部ブッ潰す!」

「だから無理だっての!」

「無理じゃねぇ!」

「無理! 召喚時間は十分何ですよ! もし時間内に全員倒せなかったどうなりますか!」

「どうなるってんだよ!」

「ボクは殺されます! 絶対確実に!」

「わかんねぇだろそんな事! 大丈夫かもしんねぇだろ!」

「確かに大丈夫かもしれません!」

カズマを肯定するトウヤ。

「じゃあ……」

「でも大丈夫じゃないかもしれないでしょ! そんな不確かな事が出来るか!」

「こんの腰抜け! それでも男か!」

「またそれですか!」

カズマの男理論に呆れるトウヤ。

「男でも弱い奴は弱いんです! ついでに脆弱で虚弱で根性なしで意気地なしなんです!」

「威張って言うな!」

「文句言うな!」

二人は激しく睨み合い、さらに口喧嘩を続けようとしたその時。

「喧しい! 静かに出来んのか、この山猿共!」

「ヒィ!?」

突如隣の部屋から叫ばれた声に腰を抜かすトウヤ。

「寝ている時に騒ぐとは何事! お主らには常識というものがないのか!」

山賊に常識を解くお隣さん。
ん? お隣さん?

「お隣って事は、ボクと同じように捕まってるってことですかね?」

「……かもな」

小声で話し合う二人。

「……カズマさん。見てきてくださいますか、お隣」

「……まぁいいだろう」

カズマは壁を通り抜けてお隣に向かう。
そしてすぐさま戻ってきた。

「……どんな方でしたか?」

「ジジイだった。何かスゲェ偉そうな髭生やしてる」

「……ジジイ? 偉そうな髭?」

ごく最近似たような人物を見かけた気がした。

「もしかしてゼノさん?」

「誰だゼノって?」

カズマが首を傾げた。

「……ちょっと聞いてみましょう」

トウヤは壁に近づき向こう側に話しかける。

「あの、少しよろしいでしょうか?」

「何じゃ!? 今寝取るんじゃ、話しかけるな!」

「あの! あなたはもしかしてゼノさんでは!?」

「ムッ!? それがどうした!」

「やっぱりゼノさんだ!」

トウヤは少し元気になった気がした。

「あのボクです。トウヤです」

「……トウヤ?」

「はい」

しばし沈黙が流れる。

「……ん? おお、トウヤ。トウヤかお主!」

「はい、覚えて頂けてましたか!」

「うむ。息災で何より。……というか何故ここに?」

「山賊に捕まったんです」

「何じゃと!?」

向こう側で壁にへばりつく音が。

「何故じゃ!? お主も捕まってしまったのか!?」

「あ、いやあの時は捕まらなかったんですけど、別件で」

「何と運の無い」

「……言わないでください」

自然と涙が溢れるトウヤ。

「う~む。いやしかし、これは逆に好都合か?」

「捕まって何が好都合ですか!」

そんなわけあるか!

「トウヤ。お主の捕まった件、助けが来る可能性は?」

突然の発言に困惑するトウヤ。

「え? 何故そんな事を?」

「いいから答えぃ」

「えっと……」

……おそらくレイラとレイナが助けに来てくれるはず。

「はい。おそらく来るかと」

「おお! そうかそうか」

喜びの声をあげるゼノ。

「それが何か……」

「トウヤよ、頼みがある!」

「また!?」

もう勘弁してください、と言った感じのトウヤ。

「すまぬ。しかしワシはそろそろこの場から連れて行かれるであろう。
そうなる前にワシの発明品をどうにかしてあの山賊共意外に託したかった所。助けのくるお主になら託すことが出来る」

「あの、しかし助けが来ない可能性も!」

もうこれ以上変な物を押し付けられたくなかった。

「いや来る! ワシはそう信じとる!」

「何故そんな事が言えるんですか!」

「感じゃ!」

唖然とするトウヤ。

「お前もこれぐらい能天気になれればいいのにな」

隣でカズマが酷い評価を。ボクにこれになれと!?

「あの、いやでも……」

「むっ? 誰か近づいてくる!」

「えっ!?」

耳を澄ますもそんな音は聞こえない。
しかしゼノの声には真実味があった。

「トウヤよ。助けが来て牢屋から出られたらワシのいた牢屋の中を探してくれ。
腰袋が置いてあるはずじゃ。それをお主に預かってほしい」

「え、いや、ちょっ」

「さぁこれ以上話すのは危険じゃ。お主とワシが知り合いだとバレたら不味い!」

あの、と言葉を発しようとした瞬間扉の開く音がトウヤに聞こえた。
すぐさま黙り込み部屋の隅で小さくなる。
足音が段々と近づいてきて牢屋の目の前を三人の男が通った。

一人は山賊の一味らしき人。
しかし残りの二人は服装から山賊の一味ではないとトウヤは感じた。
三人が牢屋を通り過ぎる瞬間、最後尾の一人がトウヤの牢屋に目をやった。

のぞき込んだ目を見て、トウヤは悲鳴をあげそうになった。
顔つきから男だと思われる、しかし一番トウヤに印象を与えたのは瞳だった。
爬虫類のような縦割れの瞳。そのような瞳を持つ人間をトウヤは見たことがなかった。

まるで凶悪な肉食動物に狙われたようなそんな瞳に、体が恐怖で震えあがる。

「……そっちは関係ねぇ。こっちの件だ、アンタ等のはこっちだよ」

牢屋を通り過ぎた山賊が、最後尾の男にそう言った。
無言のままトウヤを見つめ続ける男。

「こいつは何故こんな所に?」

男は山賊に質問した。

「ああ、ちょっと町の自衛団といざこざがあってな。その人質だ」

また無言でトウヤを見つめ続ける男。

「それよりこっちだ。そうだろアンタ」

「ええ、ええ。そうです。この老人です」

もう一人の人物が山賊に答える。
その声から年老いた男とトウヤは推測した。

「それじゃ連れてってくれ。それと報酬は」

「ええ、ええ。それならすでに外に置いてありますよ」

「フフフ。あれがありゃ自衛団は全滅だな」

山賊は暗い笑い声をあげてそう言った。

「……出ろ」

今までトウヤを見つめ続けていた男がゼノにそう告げた。
それに従うゼノ。

「それでは行きましょうか、ゼノ博士」

「ふん! どこへでも好きに連れていくがいい。しかし後悔するなよ!」

威勢良く吠えるゼノ。

「フフフ、元気の良いご老人だ」

「貴様に言われたくはないわ」

「……行くぞ」

ゼノ達はトウヤの牢屋を通り過ぎていく。
その際、再びあの男がトウヤを見つめた。
そして何かを呟きそのまま目の前を通り過ぎていく。

「……一体何だったんだろう」

男の行動に疑問するトウヤ。

「おい、あのガキを見張ってろ」

山賊のそんな声も耳に届かず考え込むトウヤ。

「何だったと思いますかカズマ」

「俺が知るか!」

「……ですよね」

そんな風にカズマと小声で話していると。

「何をブツクサ言ってるんだ?」

どうやら見張りの山賊がトウヤを怪訝に思ったようだ。

「い、いえ何でも……」

トウヤは何でもありませんと言おうとして、出来なかった。
目の前には巨大な男がいた。
身長が二メートル程ある大男。しかしトウヤが注目したのはそこではなかった。

「あ、あ、あ」

その山賊の顔に絶句するトウヤ。
まるで今日町で見た悪役面など、赤子に等しいような、そんな事を思わせるほど凶悪な顔がそこにあった。

「ヒィェェェェェェェェェェェェェェェ!」

トウヤは恐怖のあまり奇声をあげた。
そしてこう悟った。
喰い殺される、と。


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