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[29423] トリスタニア納涼祭 (原作準拠・日常系ほのぼのSS)
Name: 義雄◆285086aa ID:9f66ce7d
Date: 2011/09/08 23:20
※当SSには未成年の飲酒表現があります。
 とはいえ異世界の法律的にはセーフです。
 現実に生きるみんなは住んでいる国の法律を守ってお酒を楽しんでください。
 好みがあるので、ビール、ウィスキーの美味しさを勘違いしても筆者は一切責任をとれません。

ゼロの使い魔中編SSです。
人によっては以下の点にいらっと来たりするかもしれません。

オリ主などは無し。
戦闘も基本無し。
パロネタ多し。
原作とは若干性格が乖離しています。
ルイズさんが特に難しいです。
時系列的にはド・オルニエール寸前のちょっとしたIfモノとなっています。

なお、当SSに特定のナニかを貶したり、宣伝したりといった意図は一切ありません。
問題なければ「ほのぼの(?)超短編連作中編・トリスタニア納涼祭」お楽しみ下さい。

※当SSは小説家になろう様にも投稿しています。

8/23 第一話投稿
8/24 第二話、第三話投稿
8/25 第四話、第五話投稿
8/26 第六話、第七話投稿
8/27 第八話、第九話投稿、チラ裏からゼロ魔板へ移行、第十話投稿
8/28 第十一話、第十二話、第十三話、第十四話投稿
   すっきりさせたかったので【】を除去
   十四話の最初の方に記述漏れを見つけたので加筆
   第十五話投稿
8/29 第十六話投稿
8/30 第十七話投稿
8/31 第十八話、第十九話、第二十話、第二十一話投稿
9/01 第二十一話時間帯を変更、第二十二話投稿
9/02 第二十三話投稿、注意事項追記
9/03 第十話タイトル編集、第二十四話、第二十五話投稿
9/04 第二十六話、今さらな第零話投稿
9/05 第二十三話23-1追加、第二十七話投稿
9/06 第二十八話投稿
9/07 第二十九話投稿
9/08 最終話之一投稿



[29423] 第零話 スーパートリステイン スクールキッズ
Name: 義雄◆285086aa ID:b6606328
Date: 2011/09/05 20:07
0-1 納涼祭

空は群青色、双子の月と輝く星々、雲は見えない。
月明かりよりもずっと眩しい王都、トリスタニア。
街は歓喜に沸いていた。
口々に英雄たちを讃え、酒杯をかわし、肉を食らう。
民衆の一割近くが異国風の衣装を身に纏い、屋台で財布の紐を緩ませる。
五分ほどのインターバルを置いて空には一輪、二輪、三輪と大輪の菊が咲く。
夜空の花に照らされ、痺れるような音を浴びてまた市民は喝采をあげる。

歓びに満ち満ちた都市の大通り、ブルドンネ街を水精霊騎士隊がいく。
急ごしらえの屋根開き馬車、日本でいうところの神輿のような乗り物で、四人一組で乗って王宮へ進む。
隊員は胸をはって、笑顔で手を振る。
その先頭には笑顔麗しいトリステインの白百合、アンリエッタ・ド・トリステイン。
そして新しきガリアの女王、シャルロット・エレーヌ・オルレアン。
豪奢な装飾を施した屋根開きの馬車をユニコーンにひかせ、二人は控えめに手を振る。
少し後ろにはシュヴァリエ・マントを身に着けた少年二人、その隣には少女が二人。
水精霊騎士隊隊長、ギーシュ・ド・グラモンと副隊長、サイト・シュヴァリエ・ド・ヒラガ。
そしてギーシュの隣にモンモランシー・マルガリタ・ラ・フェール・ド・モンモランシ。
才人の隣には……。

「コルベール先生には悪いことしちゃったな……」
「だいじょーぶよ、楽しそうに打ち上げ花火いじってたし」

魅惑の妖精亭の店主、スカロンの一人娘、結い上げた黒髪に肩を大きく肌蹴た藍の浴衣姿のジェシカだった。
才人は新撰組のだんだら羽織に馬乗り袴、鉢がねを締めている。
髪の色も相まって二人以外を抜き取れば、ここは幕末の京都だ、と言われても信じてしまいそうな出で立ちだ。
周りの隊員は魔法学院の制服を着ているが、モンモランシーは白いマーガレットが咲き乱れる山吹の浴衣を着崩している。

「しかし、一週間でよくここまで街が変わったなぁ」
「サイトが色々ひっかきまわしてたからね」
「え、どっちかっつーとモット伯と商人のおっさんたちだと思うけど」
「ほら、喋ってないでちゃんと沿道に手を振りなさい!」

ギーシュが喋ればジェシカが茶化し、才人が首を傾げてモンモランシーが締める。
そこに身分の差はなく、ただ友人がじゃれあっているだけだった。

「じゃ、パフォーマンスといきますか隊長」
「任せてくれたまえ副隊長、イル・アース・デル、錬金!」

ギーシュが薔薇杖を振れば、馬車の後ろに載せていた百合の花束が青銅に変わる。
それをジェシカとモンモランシーが手に取り、一本ずつ沿道に投げる。
祭りで浮かれた人々はそんなモノにも飛びつき、押し合いへし合い奪い合った。

「うーん、ちょっとだけ、カ・イ・カ・ン、だね!」
「いや、貴族っぽいっつーか、趣味悪いぞギーシュ」
「まぁまぁ、次は君の番だよ副隊長」
「よーし、見てろよ。この日のために特訓した奥義を!」

才人はこれまた積んでいた小さな丸太を取り出した。
それを宙に放り投げ、背中のデルフリンガーを一息に抜き斬った。

「ふっ!!」

街の明かりにきらめく銀閃は目で追えないほど早く、幾度刃を連ねたかは誰にも見えない。
気づけばデルフは鞘の中、才人の手のひらには木製のリンゴがあった。
万雷の拍手を期待した才人だが、むしろブーイングの声が上がった。

「えぇっ!? なんでさ!!」
「いや、百合の後にリンゴって……サイトらしいっちゃらしいんだけどさ」
「君にはトリスタニア市民のエレガントな感覚がわからないらしいな」
「やるならもっとすごいのをやりなさいよ」

うーむ、と才人は顎に手をあて、もう一度丸太を手に取った。

「せいっ!」

再び抜かれる伝説の魔剣、続いて現れたのは木製のカエルだった。

「作品名、ロビン」
「地味」
「地味だね」
「わたしが言うのもアレだけど地味だわ」

ぐおーっと頭を抱えてうずくまる。
その姿に酔っ払いどもは大喝さいだ。
むしろ剣技よりも受けたかもしれない。

「曲線を作るのは難しいんだぞぉ……」
「はいはい、しょげないしょげない」

ジェシカがぽんぽん肩を叩く。
それがまた大爆笑を起こした。
無粋な男からはヤジも飛んでくる。

「嫁さん大事にしろよー!!」
「ジェシカは嫁じゃねえっつの!」
「……いや、ここに連れてきている以上文句言えないよ、きみ」
「憤ッ!」
「ぐはっ!」

酔っ払いのからかいにジェシカは全力で青銅の百合を投擲する。
花弁の部分がうまく頭にヒットし、男は転げてさらに笑う。
みんながみんな上機嫌だった。

「手伝う」
「「へっ」」

前方に目をやればこちらを見ているタバサさん。
杖をしっかり握って詠唱まですませていた。

「ウィンディ・アイシクル」
「「ノォォオオオ!!!?」」

――ガン!ガン!ガン!――

三つの氷柱を才人は砕き落とした。
氷のかけらを浴びた馬が迷惑そうにぶるる、と嘶く。
それを見ていた民衆は今度こそ万雷の拍手を彼に贈った。

「すげぇぞヒリガル・サイトーン!」
「シュヴァリエ・ド・ヒラガ様ぁぁあ!!」
「アルビオンの英雄!」
「虎街道の英雄!!」
『我らの剣!!』

照れくさくなった才人は軽くデルフを振り回して納剣した。
花火の音がまた響く。
才人の影に滑り込んだギーシュはようやく顔を出した。

「にーちゃんしっかりしろよ!」
「シュヴァリエ・マントは飾りか!!」
「ぶ、ぶれいな!」
「はいはい、祭りだから抑えなさい。
大体みっともなかったのも事実じゃない」
「ま、みんな普段はこんなこと言えないからね」

同じく才人の背中に隠れていたモンモランシー、ジェシカも身を起こす。
才人は袋に入れていた焼き鳥をかじり、蓋つきジョッキに入れていたエールをぐいっと呷る。
そして馬車のふちに足をかけ、沿道に向かって叫ぶ。

「お前らぁー! 花火は綺麗かぁー!」
『おぅ!』
「焼き鳥旨いかぁー!!」
『おぅ!!』
「エールは冷えてるかぁー!!!」
『おぅ!!!』
「浴衣の女の子はキレイかぁああ!!!!」
『イェェーー!!!!』
「俺の故郷を味わえぇぇえええええ!!!!!」
『イェェェーーー!!!!!』

右手に焼き鳥、左手にエール、完全な酔っ払いスタイルで才人は両腕を掲げた。
若き英雄に人々は熱狂する。

「水のレイナール!」
「火のギムリ!」
「風のマリコルヌ!」
「「「我ら水精霊三本柱!!」」」
「ちょ、四天王は!?」

一つ後ろをいく馬車で、才人に負けじと隊員も声をあげる。
ハブられたギーシュは抗議の声を挙げた。

「……キミはヘタレだ!」

やれやれ、と肩をすくめてレイナール。

「ナルシスト野郎だ!」

サムズアップしながらギムリ。

「この青春薔薇野郎がぁぁああああ!!!」

魂からの咆哮をあげるマリコルヌ。
演劇のように入れ代わり立ち代わりギーシュのダメ・ポイントを指摘する。
その様子に沿道からまた笑い声があがる。

「というわけで水精霊四天王は解散だ!」
「四天王の新規メンバーを募っているぜ!」
「彼女持ちはダメ! 可愛い女の子なら無条件オッケー!!」

少年たちの宣言に幼い子供が歓声を挙げる。
そして黒髪の少女の足も飛ぶ。

「このブタわたしがいるじゃねぇか!!」
「ぐほっ!」

綺麗なとび蹴りでマリコルヌは倒れ込んだ。
ブリジッタはそのまま馬車上でゲシゲシ先輩を踏む。
レイナールはくいっとメガネをあげる。

「揃ったね」
「揃ったな」
「揃っちゃったね」
「揃っちゃいました」
「「「「というわけで今日から我ら、水精霊四天王・ドゥだ!!」」」」

この寸劇にまたも人々はどっと笑う。
追放宣言を受けたギーシュはしょんぼり肩を落とした。

「というわけで再結成を記念して胴上げだ」
「よし、がんばれよマリコルヌ」
「え、ふつう一番軽い人がやらないの?」
「わたしの体に触りたいだなんて……このセクハラブタ!!」
「す、すミマセン!」

ここでギムリが沿道の上空に炎の輪を作り出す。

「さぁ、火の輪くぐりだぞ微笑みデブ」
「キミならできるさ微笑みデブ」
「いきますわよ微笑みブタ」

三人はマリコルヌをつかみ、空へ放り投げる。

「「「どっせい!!!」」」

マリコルヌはそのまま火の輪をくぐり、沿道の群集に突っ込むかと思われた。

「イル・フル・デラ・ソル・ウィンデ! フライ!!」

寸前にフライを発動させ空高くマリコルヌは舞う。
見た目とは裏腹の機敏さに、大衆は才人に対するのと同じくらい盛大な拍手を送った。

「輝いてる、今ぼく輝いてるよブリジッタ!」
「それはマリコルヌさまの脂です」

「ほら、ティファニア。
もっとにっこり笑って手を振らないといけないわよ」
「ルイズ……その、青筋出てるわ」

さらに一つ後ろの馬車。
巫女姿のルイズとティファニアがたおやかに手を振る。
タバサのフェイスチェンジでティファニアの耳対策はバッチリ、でもルイズの不機嫌対策はなかった。

「もうっ、なに言ってるのよ。
こ~んなにも笑顔じゃない」
「なんだか声のトーンが下がってるわ」

ルイズはひきつった笑顔をなんとか気合で維持している。
その視線が極力前方へ向かないよう、首の筋肉に大きな負担を強いていた。

「わたし、いろいろ相談して強くなったもの。
サイトにも少しだけ、すこ~しだけ自由にさせてやらないとね!」
「そ、そおなんだ……」

巫女が乗る馬車なので二人で広いスペースを占有している。
でもこんな特典欲しくなかった、とティファニアは心中さめざめと泣いた。

「うふふ、由緒正しいヴァリエール家子女のこんな姿よ。
見てみなさいティファニア、みんなありがたがって拝んでるわ」
「……わたしも拝まれてる気がする」
「そりゃ、ティファニアも巫女姿なんだから」

男たちはルイズではなく、豊穣な実りを体現したティファニアを拝んでいた。
ルイズはそれに気づかない。

「ほぉら見てみなさい、みんな這いつくばってるわ!
まるで人がゴミのようだわ!!」
「ルイズ……」

ティファニアはほろりと涙をこぼした。

今宵は祭り、民の顔には笑みが絶えない。



[29423] 第一話 白い夏と緑のデルフ、青いパーカーと黒い髪
Name: 義雄◆285086aa ID:9f66ce7d
Date: 2011/08/23 16:40
1-1 夏、時々快晴

「あっち~」

猛暑である。
ハルケギニアは地球におけるヨーロッパと類似している。
気候も似通ったもので、夏でもがんばれば長袖で通せる程度の気温・湿度だ。
日本生まれの平賀さん家の才人君にとってはむしろ涼しいくらいだろうが、双子の月が輝く世界に来てから一年以上も経っている。
こちらの気候に適応してしまったこともあり、パーカーの生地が厚いせいもあり、滴る汗は相当な量になっていた。
デルフ片手にパーカーの首もとをパタパタやって風を送り込んでも、一向に涼しくなりそうにもない。

――パーカー脱ぎてぇ、でもなぁ……

ここトリステインの貴族階級において、半袖ははしたないモノだとされている。
ノースリーブに至っては魅惑の妖精亭のようにちょっぴりいやんうふんな感じの店でしか見られない。
貴族のお坊っちゃま、お嬢様方が御勉学に励まれる魔法学院でそんなTシャツ一丁にもなろうもんなら間違いなく彼のご主人様から鞭が飛んでくるだろう。
ちくしょうめ、とぼやきながら、才人はぎらぎら光る太陽を睨みつける。
視界いっぱいに広がる空は憎たらしいくらいに青かった。
太陽は真上にあり、雲ひとつない。
あまりに暑く眩しいので「コルベールフラッシュ!!」とか叫びたくなってしまう、いや、実際に才人は叫びそうだった。

――それもこれもあのぎらつく太陽が悪いんだ。
今なら何をやっても「太陽のせい」と言えば許される気がする。
いや、ダメか、アレは結局死刑になったんだっけ?
そもそも太陽のせいで人殺しが許されるならコルベール先生もそんな悩んじゃいないよな……

彼はぼんやり眺める青空にコルベールがサムズアップする姿を見た。
その幻影がすすすーっと移動し、太陽がコルベールの頭に見えてきた辺りで一度現実に戻ってきた。
ワリと真剣な顔で「先生……俺、戻ってきたよ」とか言っちゃってる辺り限界が近いらしい。
どうでもいい話ではあるがコルベールは今も生きている、というか魔法学院の研究室でせっせとハゲんでいるだろう。
切り株の上に短い丸太を置いて一閃。
スコールでも来れば少しは涼しくなるのに、とぼやきながら再びデルフを振り下ろす。

「相棒よぉ、そのスコールってのはなんだい?」

デルフの質問で才人が思い起こしたのは白くて甘い、喉ごし爽やかな炭酸飲料。
そして次に脳裏をよぎったのは某有名RPGの主人公だった。


――ああ、スコールもいいけどコーラ飲みてぇ。
このあっつい中あの中毒者すらいる魅惑の飲料をぐびぐび飲み干したら……。

「おーい、相棒やーい」

ハッと意識が現世に戻ってきた。
それもこれもデルフが変なことを聞くからいけないんだ、と半ば以上八つ当たりな気持になった。
心持ち強めに薪を叩き割る。
才人は貴族になったとは言え、香水入りの風呂を使おうとも思えず例の釜風呂のお世話になっている。
さらに薪を割るならついでに、とマルトー親方を押し切って厨房で使う分も割っていた。

「スコールってのは、もっと南の方であることなんだけどさ。
こう、毎日のように一時間くらい降る土砂降りのことなんだ」

へぇ、相棒は物知りだね、とのたまうデルタを振り下ろす。
日本人としては夕立と言った方が良かったかな、と考えながら汗をパーカーの袖で拭う。
いや、でも夕立は毎日来るものでもないし、とぼそぼそ考えながら更にデルフを振り下ろす。

――それにしてもコーラか。
あれもある意味水の秘薬みたいなもんだから、モンモンに頼んだら作れねぇかな。
昔はホントにコカインを使っていたって噂もあるし。
タバサに頼めば氷も作れちゃうし。
こう、グラスを冷やしてちょっと高いところからコーラを勢いよく注いで、ぐいっと飲み干す!
あの甘さが今の疲れた身体に入ってきたら……もー他に何もいらないくらい、炭酸がきっと喉にも心地良いだろうなぁ。
もしコーラができたら、ジャンクな食べ物も欲しいよな。
じゃがいもはトリステインにもあるから、ポテチも作れちゃうか。
マルトー親方に頼めば塩味コンソメ何でもござれだろ。
いや、フライドポテトにしてほくほく感を残した方がいいかも。
BBQソースをたっぷりつけるのもいいし、海外ドラマでやってたバニラシェークにつけるのも向こうにいる内にためしておくべきだったな。
むしろアレか、とうもろこしもあるんだからポップコーンか!?
ポップコーンといえばキャラメル派だけど、コーラとのコンボなら断然塩味だ。
あー、ガンガン冷房の効いた映画館とかでコーラ飲みながらポップコーンかっ食らいながらアクション映画でも見てえなぁ。
今の俺ならどんなB級映画でも大満足できる気がするぜ。

思考が不思議時空へ旅行している才人の手で、デルフはやれやれと剣のクセに溜め息をついた。

「相棒は無理をしすぎるや。もちっと自分の欲望に素直になりゃあいいのによ……」

才人を気遣うデルフだが彼はかなり欲望一直線だ。
その上若干沸いている、頭が。
今だって不思議時空に旅行していた脳みそが、ちょっと寄り道するか、と桃色時空に突入している。
もはや日本なら通報されていてもおかしくない程アレな顔だった。

――ぇ、シエスタそんなことまでしちゃうの、マジでいいの?ぐへへへへ。

妄想の中でセーラー服を身にまとった黒髪の女の子と映画館行って、ゲーセン行って、その後は……。
もはや顔が『記すことさえはばかれる』レベルに近付きつつあった才人の精神をサルベージしたのは妄想彼女の親戚だった。

「こらサイト、あんたなんて顔してるのよ」
「ぅえ゛!?」

予想もしていなかった声に、才人は思わず振り向いた。
そしてできるだけキリッとした顔でもう一度振り返った。

「やぁ、久しぶりダネ、ジェシカ。君の瞳は相変わらず10万ボルトダヨ」
「今更取り繕っても遅いっつーの」

色々と台無しな再会だった。



1-2 魔法学院校舎裏

「で、なんだってこんなとこに来たのさ?」

才人発案、コルベール印の手押し一輪車に薪を載せ、厨房に向かいながらジェシカに問い掛ける才人。
魔法学院の周囲には何もない。
トリスタニアに行こうにも虚無の曜日がまるまる潰れるし、ちょっと暇だから遊びに行くか、ということもできない陸の孤島に近い。
コンビニが乱立する現代日本からやってきた才人には信じられない環境だ。
そのためか貴族、使用人に関わらず娯楽に飢えている。
常に面白いこと、新しいことはないか、と目を輝かせている人々も多く、噂話は音のように早く伝わる。

それはさておき、ジェシカはハルケギニアではあまり見られない一輪車を興味深げに観察しながら、

「まーマルトーおじさんに用があったんだけどさ、ついでにサイトにも聞きたいことがあったのよ」

シエスタにも会えるしね、とほんのちょっぴりはにかみながら答えた。
そんな彼女に純情な青少年代表(ど、にはじまり、い、におわる)である才人は暑さの補助もあってか瞬時に沸きあがった。

――え、これフラグ?フラグだよな??
ていうかコクハク寸前な感じ?
いやー俺もモテるな参っちゃうなー。
…フェイントじゃないよね?
俺、モグラなのにイイノ??
いやいや、でもアルビオンの英雄とか、そんな感じでもあるよね。
虎街道でもがんばったし、平民の星だし。
ココ、魔法学院校舎裏だし、ゼロのサイトチャマでもいいんだよね!
教えてツンデレ閣下!!

才人はラジオなのに沖縄ロケを敢行した、ヴァリエールさん家のルイズさんによく似たツンデレ大明神に祈った。
ツンデレ大明神はよくわからないボタンを押した。
途端脳内に響く『きゅんっ』という甘い声。
イケる!
才人は確信した。
無論ジェシカに告白するつもりは欠片もなく、ワリと切実なだけどどーでもいい話をしにきたつもりだった。
才人がでれっといきなり顔面崩壊することなど予想できるはずもなく、ずさっと距離をとった。

「キモッ!」

才人の精神は再び飛び立った。
アレは中学何年生のことだったか、体育祭のフォークダンスの時だ。
当時の才人は顔も悪くなく、性格も抜けていて負けず嫌い、とマイナス評価になるところはなかった。
しかし沸き立つスケベ心だけはあったのだ。
それが不特定多数の女子とお手々をふれあうことになったからさぁ大変。
はじめの頃は良かった、まだ耐えれた。
しかし、気になるあの娘が近づくにつれてどんどん妄想が膨らんでいったのだ。
俗に言う、『ロマンチックがとまらない』状態だった。
何故か踊っているのはオクラホマミキサーであるにも関わらず妄想の中のタキシードな才人とドレスを着飾ったあの娘は情熱的なタンゴを踊っていた。
シャンデリアの煌めくホールで見つめあい、激しく踊る二人。
他に誰もいないその世界で徐々に近付く二人の顔。
やがてダンスはクライマックスを迎え、重なる二つの影。
顔がでれでれと融けきった頃にあの娘の番が来た。
「キモッ」と彼女が呟いた。
バニシュ+デスよりも痛いその魔法は才人のトラウマである。

――ああ、あの日も九月なのにこんな暑かった気がするぜ。

トラウマを抉られた才人だが、涙は出なかった。
あの日もぐっとこらえたのだ。

――たとえ手と手が微妙に触れ合っていないフォークダンスでも俺はやりとげたんだ、このくらいなんでもねぇや…っ!

いきなり表情が平淡になり、顔を落とし、肩を震わせはじめた才人を不思議そうに見るジェシカだった。
ツンデレ大明神は、やれやれこれだからヒラガチャマは、と首をフリフリ、ボタンを押した。

『キューン!』

筆舌に尽くしがたい声が響きわたった。



1-3 マルトー親方の憂鬱

外は暑いが中はもっと暑い。
特に厨房は火を使うので倍率ドン!だ。
しかも貴族の子女が通われる魔法学院だ、どれだけ暑くても半袖は許されない。
そんな蒸し暑い中、シエスタは奮闘していた。
既に女王陛下より才人の専属となるよう命令を受けているが、何事も助け合いということで、特に用がないときは使用人たちの手伝いをしている。
近頃は暑さのせいで水精霊騎士団の演習も控えめとなり、毎日のように手伝いをしていた。
そんながんばるシエスタさんを見ながらマルトー親方はうんうん、と腕組みしながら頷いている。

――シエスタはホントに良くできた娘だ。
その主人、我らの剣も負けず劣らずだ。

マルトーは二人のことが大好きだった。
平民の星と言っても差し支えない才人の専属となったシエスタ。
普通の使用人なら偉ぶって驕るであろうところを彼女は変わらず働いている。
桃髪の貴族と恋の鞘当てをやらかしているらしい。
だがそれがいい、とマルトーはにやっとした。
そして何よりも、我らの剣こと平賀才人だ。
シエスタ以上に遠い存在になる、とマルトーは確信していた。
しかし、彼はそんな確信を容易く覆して見せた。

――貴族になってもアイツは何にも変わりやしない。
他の貴族どもが残しちまう料理でも残さずペロリと平らげ、食ったあとは厨房に顔を出してみんなと笑いあい、ついでだからと厨房の分の薪まで割ってくれる。

まるで平民が空想した英雄のような男になった。
水精霊騎士団の連中も才人と関わってから平民だからと無体を働く真似は一切しなくなった。
才人はきっとトリステインをどんどん変えていってくれる、希望を見せてくれる。
子供のいないマルトーにとって、才人は息子のようなものだ。
厨房の面々にとってはまさに誇り高き『我らの剣』だろう。

さて、そんな才人が無表情で厨房にやって来た。
隣にいるのは魅惑の妖精亭オーナー、スカロンの一人娘、ジェシカだ。
ジェシカはジャムの瓶が開かないときのような、少し困った顔で頭をかいている。
この暑さで売り上げが落ちているらしく、先ほど知恵を借りにやって来たがいい助言はできなかった。
シエスタの従姉妹でもあるので協力を惜しみたくはなかったが、マルトーにもいい考えが浮かばなかったのだ。
しかし今はそれ以上に才人のことが気にかかる。

「どうしたぃ、我らの剣?
そんな顔しちまって」
「ちょっとこの暑さで惚けちゃったみたいで……。
水一杯とシエスタ借りれます?」

それならいいが、と少し納得はいかないが木杯に水を汲み、シエスタを呼んだ。
シエスタは能面のような無表情の才人を見て目を見開き、その隣のジェシカを見てさらに目を剥いた。
そんなシエスタの手を引っ張り、才人の背中を押してジェシカは厨房から出ていった。


――今日の晩飯は量と油を控えた方が良いかもしんねえな。

連日の暑さで残飯の量も増えている。
潤沢な量の食材が与えられていてもマルトーはそれらを無駄にするつもりはなかった。
最近ではいかに貴族達に残さず食べさせるか、という課題に厨房一同で取り組んでいるのだ。

「お前ら!休憩は仕舞ぇだ!!」

よし、晩の仕込だ、と頭を切り替えてマルトーは彼の戦場に戻る。



[29423] 第二話 ランナーズ・ハイ
Name: 義雄◆285086aa ID:1951e32c
Date: 2011/09/04 18:02
2-1 平賀家の食卓

完全無欠な英雄はこの世に存在しない。
いや、ひょっとしたらいるのかもしれないが圧倒的少数派だろう。
某フォースと共にあらん人は一度ダークサイドに堕ちているし、落ち込んでいて教官を殺された上に逃げた先でまで運命がまとわりつく男だっている。
世界を救った男女平等パンチを放つ男子高校生も普段は不幸で鈍感だし、中国拳法を極め、多すぎる仲間の死を背負ったからくり大男だって子供の頃は貧弱で泣き虫だった。
指輪を捨てに行くだけの簡単なお仕事に見せかけた壮大な冒険に巻き込まれたホビットもいれば、一見渋くて超強いのに声が意外と高くてちょっとがっかりしてしまうコックから警察官、特殊部隊までこなしてしまう沈黙の男もいる。
しかし、彼らは紆余曲折しようとも、トラウマを持っていようとも、最後には成し遂げるのだ。
勝利を!平和を!!
そして新進気鋭の英雄足るヒリーギル・サートームもご多分に漏れずトラウマを克服して現実に帰ってきた。
ちょっぴり視界が滲んでいても彼も数多の英雄と同じく成し遂げたのだった。

――帰ってきた。俺、帰ってきたんだよ、コルベール先生。

くどいようだが炎蛇氏は生きている。
キュルケ嬢と、若干一方通行気味ではあるものの、きゃっきゃうふふあははとしながら光輝く頭脳をフル回転させ、研究に励んでいることだろう。

さて、なんだかんだ言いつつも才人は最近ストレートな罵倒を、より具体的にはキモがられることはなかった。
才人はアレだがルイズもアレなのは言わずもがな、二人が組み合わさると逆に無敵で素敵なフィールドが形成されるのだ。
その絶対領域を中和・侵食できるのは今のところ汎用冥土型決戦兵器ことシエスタさんと、風の妖精マリコルヌさんに限られている。
そしてタルブ村のシエスタさんも、曾祖父の教育の賜物か、男性をたてることを美徳としており、アレ状態の才人にも罵声を浴びせることはなかった。
オルレアンさん家のシャルロットちゃんも、アレな才人には、見てはいけないものだけどどうしよう、教えてキュルケ!といった有り様で具体的な対処はしてこなかった。
そこに、ジェシカの究極魔法「キモッ」である。
才人にとって、十年間溜めに溜めたエクスプロージョンよりも効いた。
そのせいで現実への回帰が遅れ、気が付けば木陰にいる。
しかもシエスタの膝枕だった。
困惑が混乱になりつつもがばっと起き上がる。

「サイトさん、気がつきましたか」
「お、よーやくしゃきっとしたわね」

湿度のせいか、木陰に入ると大分涼しい。
そこらへんは日本よりもマシかなぁ、と考えながら疑問を口にした。

「えっと、ジェシカ、なんでここに?」
「もー、さっき言ったじゃん。
マルトーおじさんとサイトに用があったのよ」

マルトーとスカロンが旧知の仲らしく、ジェシカはマルトーのことをおじさん、と慕っている。
シエスタが魔法学院に奉職しているのもそのツテを頼ってのことだ。
そして才人の中でさきほどのことは封印されたらしい。
トラウマを乗り越え英雄になる日は遠そうだ。

「ふーん、そうだっけ?
暑さのせいでまだぼんやりしてるや」
「ま、それはいいわ。
サイト、あなた確かひいおじいちゃんと同じトコ出身だったわよね?」
「ああ、そうだけど」

会話の合間にもシエスタが団扇をぱたぱたと扇いでくれる。この団扇は武雄ひいおじいちゃん直伝だとか。
トリステインにも何故か竹っぽい植物はあるのでそれから作るのだ。

「実はマルトーおじさんにも相談したんだけどさ、この暑さで店の売り上げが落ちてんのよ。
それでちょっと風変わりなイベントとか、料理を出したいんだけど、サイトの故郷でそれっぽいの、ないかな?」

お願いっ、と両手を合わせるジェシカに才人の胸はちょっぴり高鳴る。
日本人の血のせいか、ジェシカもシエスタも親しみやすく、しかも可愛い。
そんな娘にお願いされちゃえば否応なしにがんばるしかねぇ!と、戦場でもないのに才人のココロは震えた。
同じく木陰に転がされていたデルフはそれを微妙な気持ちで見守っていた。

――夏っぽいイベント、か。

才人が真っ先に思い付いたのは花火大会だ。
ここ、トリステインでは色鮮やかな火を夜空に打ち上げるなんて誰も思い付かないだろう。
しかし、魅惑の妖精亭単体で考えると少し弱い。

――甲子園、お盆、海水浴、山登り、七夕、他にはっと……。

「マルトー親方も料理に苦心してますよ。
どうにも残す人が多いみたいで」
「今年は暑くなるみたいだしね~。
おじさんも大変だぁ」
「今年は暑くなるって、なんでわかるんだ?」

ハルケギニアのお天気事情を知らない才人が問い掛ける。
するとジェシカとシエスタは顔を見合わせて苦笑した。

「いえ、テンキヨホウシュっていう職業を自称されている貴族様がおられるんです」
「要はお天気を占っているらしいのよ。
ヨシュズミィ・ド・イシュハァラっていうお貴族様なんだけどね。
これがまた当たらない当たらない」
「最初の頃はみんな少しは信じてたんですけど、今となっては、『占いと逆になると考えれば良い』って」
「そうなのよ。
なんでか知らないけど占いとまぎゃくになるのよねー。
で、今年は冷夏になるっていうからきっと暑くなるのよ」
「スクウェアクラスで平民にも偉ぶらない、家柄も良いと他は完璧なのにこの趣味で他の貴族様には笑われているとか」
「先週うちに来たけど『台風二号が来れば……』ってぼやいてたわよ」
「なにそれこわい」

これも元の世界との奇妙な類似点なのかもしれない。
とりあえずイシュハァラさん家のヨシュズミィさんのことは思考の隅に追いやって、才人はさらに夏らしさを追い求めた。

――ジェシカの悩みもマルトー親方の悩みも料理さえあれば解決するんだ。
考えろ、夏に食ったものを思い出すんだ!
そうめん、そうめん、そうめん……。

才人の母親は存外ずぼらなところがあったらしい。
毎日のようにそうめんを食べていたような気がした。
しかも才人は素麺の作り方など知らない。

――他の他の他のッ!!
そうめんサラダ、茄子そうめん……。

哀しいまでにそうめん尽くしだった。

「ホントはそうめん、っていう小麦粉から作る麺を使うんだけどさ。
きゅうりを細く切って、トマトをざく切りにして、マヨネーズで和えたやつは美味しかったかなぁ……」
「ふんふん、パスタでも出来るかしら」
「たぶん、細いパスタだったらできると思う。
豚肉とかいれてもいいと思うし」

シエスタから団扇を受け取り二人を扇いでやる才人。
ついでに、剣って暑いとかあるのかしら、と思いながらもデルフも扇いでやった。

――夏っぽいと言えば他にもざるそばかな。
たっぷり盛られたそばを、まずは香りをかいで、そしてつゆにつけてずぞぞっと啜るとたまんねぇーよなぁ……。
トリステインにも蕎麦の実ってあるのか?
あ、冷やしうどんもアリかな。
ねぎを散らして、鰹節をたっぷりまぶして、半熟卵はやっぱ欠かせないよな。
ずるずる啜って、ある程度箸を進めたら卵を割るか、それともそのままちゅるっといくか、それが悩むんだよな~。
いやいや、冷やし中華っていう手もあるぞ。
錦糸玉子、きゅうり、ハムは鉄板として、トマトなんかもいいしミョウガ、オクラも美味かった。

そうめん祭りが終わっても才人はドコまでも麺類だった。
このままではSSの主旨がどんどんそれていってしまう。
それほどまでに才人は郷愁を覚えていた、主に食料方面で。
しかし、ここで才人に電流走る。

――枝豆……圧倒的枝豆!!
たっぷりの塩水で湯がいた枝豆がビールに合うって父さんも言ってた!
そして冷奴だ!
醤油だけ垂らしてもいいしねぎ、しょうが、鰹節、ミョウガ、ラー油系に走ってもまたアリだってばっちゃも言ってたはず。
待てよ、確かあの漫画ではホカホカの焼き鳥とキンキンに冷えたビールの組み合わせが……。

才人は遠く彼方、地下帝国に思いを馳せた。
彼は未成年なので知る由もないが、この季節キンキンに冷えたビールは極上である。
才人は沼に囚われそうになりつつ、必死に考えをまとめる。
筆者も残念なのだが、トリステインではワインの方が圧倒的支持を受けているのでこの案がうまくいくかは不明だ。

――だんだん頭が回ってきたぞ。
暑い中食うカレーは最高だ。
でもおそらくスパイスが足りない。
そもそもガラム・マサラがよくわかんねぇ。
ゴーヤー・チャンプルーか?
ゴーヤが手に入る可能性は低そうだ……。
考えろ平賀才人。
お前ならできる。
男なら、誰かのために、強くなれるんだ。
女の子のためならお前は英雄にも天才にもなれるんだッ!!



2-2 授業は踊る、されど進まず

才人が脳内でクライマックスを演出している頃、そのご主人様は授業中だった。
窓際の席に陣取り最早進まなくなった授業と呼べない男の意地の張り合いをぼんやり眺めている。
ギトー教諭の授業でこのような事態は珍しい。
みんなの太陽ことコルベール先生の講義は大いに脱線し、しばしば休講になる。
しかし、このくそ真面目で嫌みな教師はきっちりかっちり修業を行うことでも有名だった。
何がいけなかったのかは誰も知らない。
きっと才人ならこう答えるだろう。

「太陽のせい」

吹っ掛けたのはグラモンさん家のギーシュくんだった。
例によって絶好調で有頂天なギトー風最強授業で彼はこう言った。

――先生、先生の講義で風が最強であることはよくわかりました。

ギトーはニヤリと笑いながら、数量限定のアンリエッタ女王陛下の写し絵をゲットしたかのように、満足げに頷いた。

――しかし、先生の講義では最強である以外、何も示されておりません。
我が土の系統のように人々の役に立つようなところを見せていただけないでしょうか。

この挑発にギトーはちょっぴり頭に来た。
風は最強であるがゆえに庶民の生活とは密接しないと言うのが彼の意見だった。
ここでギーシュはさらに畳み掛けた。

――しかし、いくら最強たる風の系統でもいきなりは難しいでしょうね。

元々沸点の低いギトーだ。
これには負けておれぬ、と声を張り上げる。

――調子に乗るな。
風に不可能はない!

頭に来ていたギトー教諭は風最強、から風に不可能はない、と持論が変わってしまった。
一瞬、ギーシュの瞳が妖しく輝く。

――ならば簡単に。
この講義時間中教室を涼しく保ってください。
我が土の系統でもドットスペルで達成できることです!

言うや薔薇を一振り、現れた七体の青銅の戦乙女たちはその手に巨大な団扇を携えていた。
ワルキューレの自立稼働で団扇を扇がせ、ギーシュはギトーに向かってニヤリと笑った。
対するギトーはウィンドを唱えた。
ギーシュのワルキューレが巻き起こす風よりは強く、されどモノは吹き飛ばさない程度に弱く。
タバサですら及ばないほどの絶妙な力加減がギトーの高い実力を示している。
しかし、一分もたたないうちに風は止んでしまう。
さらにギーシュは勝ち誇って嘲った。

――このやろう!

ギトーは大人げなく偏在まで繰り出して交互にウィンドを唱えはじめた。
そんな状態で授業を進められるはずもなく、男達は不適に笑いあいながら意地を張り通していた。
そして場面は冒頭に戻る。

――はぁ、オトコってホントバカよね。
ギーシュもあのバカ犬の影響でもっとバカになってるし。

ルイズの知る限り、ギーシュはこのような愚行に走る人間ではなかったはずだ。
ちらりと見たモンランシーも溜め息をついている。
ギトー教諭ですら、今でも融通が効かないが、もっともっと頑なだったはずだ。
彼女の使い魔は方向性はどうあれ、みんなに変化をもたらしているようだ。

――にしても、サイトはどこにいるのかしら。
ご主人様がマジメに授業を受けているというのに……。

既に授業の体を成していなかったが、一応授業中である。男たちのやり取りになぜかマリコルヌ、レイナールなど水精霊騎士隊の面々も加わりはじめている。
お堅いレイナールが参加するなんて……とルイズは戦慄いた。
外から聞こえてくる声にルイズはピクリと反応し、顔を伏せた。

――あ、ああああの犬はご主人様の授業中にナニ大声で騒いでくれちゃってるのかしら。
しかもこれあのメイドだけじゃなくってジェシカの声も混じってるじゃない!

あとで鞭打ちね、とまるで卵を割るかのような気軽さで非情な仕打ちを決定した。
ギラリと光った眼に遠くからルイズを眺めていたモンモランシーはビクッと肩を震わせた。
外からの声はいよいよ大きくなっていた。

「だからエールを冷やせば良いんだよ!
俺の国のギャンブラーも言ってた。
キンキンに冷えたエールは犯罪的で、強盗すらやりかねないって!」

その後もあーだこーだと続く声。
ルイズは怒りがだんだん羞恥に変わりつつあることを感じていた。

――もー!ホントにあの犬ナニやってんのよ!?
バカバカバカ!
もう知らないもん!!

羞恥に頬を染めて、前をキッと睨めばそこには男たちの輪があった。
もはや学級崩壊と言うレベルじゃない。
教師が進んで破壊しにまわっていた。
今の議題はエレガントな涼しさの演出法。
ここはあえて火を使うべきだ!と主張するギムリがレイナールとタッグを組んで、水の円柱内で燃える炎を実現していた。
そこにギーシュが錬金で作った銅粉末を撒き散らし、マリコルヌが巧みに風を操り、炎色、形を制御している。
無駄に洗練された高度な技術に流石のギトーも感嘆した。
外の声なんて誰も気にしちゃいない。

――ふふ、そう。
そういうことなの。
ならいいわ。

教壇の近くで水精霊四天王が、燃える水柱の前で顔をぐるぐる大きな円を描く運動をしていた。
アレも才人の入れ知恵だ。
垂直だった円柱はゆっくりとひしゃげはじめ、やがて円形になった。
その中では十字型の炎が時折色を変えながらくるくる回転している。
ルイズの頭の中ではすでに決着がついていた。

――罪人、犬。
だから、私がむかむかして教壇を吹っ飛ばしたとしても、私何にも悪くないの。
あとで犬に鞭打ちでも食らわせれば、皆きっと笑って許してくれるわ。
ええ、皆笑顔でにっこり笑ってくれるわ。

羞恥が一周して再び怒りに戻ったとき、ルイズはエレガントに立ち上がり、涼しげな声でルーンを唱え、淑やかに杖を振った。
きちんと椅子に座っていた女性陣は長年の経験からサッと机の下に滑り込んだ。
一方男性陣は先ほどのオブジェにどのような名前を討議しており、ルイズの暴挙に気がつかなかった。
迸る閃光、響く爆音。
その爆発はバカどもを飲み込み、軒並意識を刈り取った。
一年ほど前とは違い、誰もゼロのルイズと囃し立てない。
いや、できない。
ルイズはこの世のものとは思えないほどの綺麗に微笑んでいたのだ。
話しかければ次は自分がやられる!という確信のもと、女性陣は爆発をなかったことにした。
男たちの屍を残しつつ真夏日は過ぎていく……。



[29423] 第三話 ICE PICK デルフリンガー
Name: 義雄◆285086aa ID:1951e32c
Date: 2011/08/27 13:00
3-1 特攻野郎Oチーム(Ondine)

その晩、アルヴィーズの食堂では前菜として珍しいものが供されていた。

「そこのメイド君、そう、君だ。
これは一体なんだい?」

ギーシュはそばを歩いていたメイドに疑問をぶつけた。
両手で覆えるほどのガラス容器にキラキラ輝く小さなカケラが小山のように盛られており、そのてっぺんには薄紅色のソースがかけられている。
日本の諸氏には夏の風物詩として馴染み深いがここ、トリステインでは真新しい料理としてうつるようだ。

「シュヴァリエ・ド・ヒラガ様の故郷の料理で、『カキゴォリ』というらしいですわ。
なんでも細かく砕いた氷にジャムを薄めたソースをかける、夏ならではのものだとか
スプーンでお召し上がり下さい」

ありがとう、とギーシュはメイドを見送った。
ハルケギニアでは氷を食するという習慣は一般的ではない。
冬場の行軍で雪を食べれば腹を下す、ということが経験則的に知られており、好き好んで食べようという気は起きないのだ。
一部の例外が貴族の中の貴族、もしくは夏でも雪には困らないアルビオン人である。
彼らは夏場に高山地帯から万年雪を取り寄せ、ワインに雪や氷を入れて楽しんだり、果汁を氷室で凍らせ、それをギザギザスプーンで砕いて食すのだ。
そんな例外を除けば、夏に雪や氷を間近で見る者は少ない。
夏に観られる氷といえばウィンディ・アイシクルをはじめとする攻撃魔法ばかりで、まさかそれを砕いて食べようなどと考えた人間は、おそらくハルケギニアでは才人がはじめてだろう。
始祖より授かりし魔法を食するとは!!とロマリアさんから怒られるかもしれない。
ちなみに氷はタバサが提供した。
好意を寄せる彼のためなら例え変なコトでも応えようとがんばる子なのだ、タバサは。

「ふむ……」

ギーシュは感嘆した。
やはり、彼は違う、と。

――少し大きな雪、といった大きさだろうか、この氷は。
この暑いときにどうやってこのようなものを作ったんだろう?
しかしこれは見た目にも涼しいな。

すっと一すくい、目の高さへ持ってくる。
赤く染まった氷と透明な氷とのコントラストが美しい。
周りは食事時の喧騒があるにも関わらず、ギーシュは一人の世界に篭っていた。
氷がじっとりと室温に融かされる様を観察し、徐に口へ運んだ。

――これはッ!!

ギーシュの精神は十年ほど前に飛んだ。

――当時、魔法を教えに来ていたメイジの先生。
丁度今の僕らほどの年齢だったか。
金色のロングヘアーに厳しい目元が特徴的な女性だった。
あの頃の僕は魔法が今よりも下手で、中々上達しなくて。
だから焦った父上は半年ほどで家庭教師を変えたのだ。
初恋だった。
僕は先生に思いを伝えたくて、駆け寄って、躓いて……。

『先生、小さいんですね。』

ああ!
子どもだったとは言え僕は何て残酷なことをレディーに言ったんだ。
そして何て無謀で命知らずだったんだ!!
僕はあの後何週間ベッドの上で過ごしたのか……。

「ギーシュ、おい、ギーシュ?」
「はっ!?」
「どうしたんだよ、食事中に固まるなんて」

左隣に座ったレイナールが少し心配そうな目でギーシュを見ていた。
正面に座るマリコルヌはそんなギーシュにお構いなく、かき氷を味わっていた。
幸せ一杯!といった面持ちだ。

「いや……あまりにこのカキゴォリが素晴らしくてね
なんというか、そう、甘酸っぱい初恋の味がしたよ」

髪をかきあげながらレイナールに応えるギーシュ。
幼少期の彼は当時頭までしこたま殴られあまり記憶が鮮明ではない。
噂によれば、さる大貴族が長女に『もう少しおしとやかになって欲しい』と知り合いのグラモン家へ家庭教師として紹介・派遣したのだとか。
その経験が実を結ばなかったことは言うまでもない。

「ああ、確かに初恋は甘酸っぱいって言うよな」
「そうさ、僕の初恋もご多分に漏れず甘酸っぱかった……はずなんだけどあまり記憶が定かではないな」

右隣のギムリが茶化すように言うが、ギーシュは首をかしげる。
ナニカあったような気がするんだけどな……とぼやいているがその思い出は封印しておいた方が良さそうだ。

「シャーベットは食べたことがあるけれど味わい・見た目ともに大きな違いがある。
しかし、これはすごい発想だね。
氷の欠片に少し酸味の強いベリージャムを使ったソースをかけるだけ。
そんなシンプルで、誰にでも思いつきそうなものなのに今までなかったなんて。
やはりサイトの故郷、ロバ・アル・カリイエには一度行ってみたいな」
「出たよ、レイナール先生のお料理評価が。
美味いモンは美味い、それだけでいいじゃねーか」
「いや、それは作り手に対して失礼だ。
舌の上でとける氷の涼しさと残る甘酸っぱい風味。
いや、ギーシュじゃないけどまさに初恋の味といっていいんじゃないかな」
「レイナールの初恋か、想像できねーな!
でもこれは美味い!!
発想はサイトだがソースを仕上げた親父さんも相当なモンだな」

ハルケギニアには果物を冷やしたデザート
余談ではあるが、ギムリは美味しい料理を作り上げるマルトーの腕に惚れ込み『親父さん』と呼んでいる。
これも水精霊騎士隊が結成されてからの話なので才人の、平民でも貴族でも気にしないというスタンスが彼にいいきっかけを与えたのかもしれない。
一方、ギムリとレイナールのやり取りを聞き流しながらギーシュはかき氷に見入っていた。

――この料理は美味で、味わった人々を魅了するだけではなく何かがある。
そう、他にも豪華な料理はいくらでも味わってきた。
中には金粉をふんだんに散らしたキャビアや、トリュフを贅沢に使ったパスタなんかもあった。
でも違う。
このカキゴォリは違うんだ!!
誰もが見つけられるものではなく、じっくりと眺めてわかる。
輝くシャンデリアのような煌き、ああ、素晴らしい。
この美しさはそう、モンモランシーのようだ!

盛大にトリップしているギーシュを挟みながらギムリとレイナールの議論は続く。

「こいつに名前をつけてやりたいんですが、かまいませんね!!」
「いいだろう、先手は僕だ。
シンプルに『カキゴォリ・初恋味』というのはどうだろう?」
「待てよレイナール、カキゴォリって発音はトリステインに馴染みがない。
なんとか詩的に捻ってやろうじゃないか」
「なかなか難しい注文をする……」
「『始祖の惠・初恋味』ってーのはどうだ?」
「それはロマリアにケンカ売られても仕方ない名前だね。
色合いを考えて銀や白といったフレーズを入れたほうがいいだろ?
『銀の恋人達・初恋味』という名前はかなりキテると思うよ」
「それなら白いこい……いや、違うな。
この名前はマズイ気がする。
そうだ!
『銀の降臨祭・初恋味』はどうだ!!」
「なるほどな、悪くない気がする。
しかし冷静に考えれば初恋が甘酸っぱくなかった人も要ると思うんだ。
『銀の降臨祭・初恋風味』と少し灰色にした方がいいんじゃないかな?」
「決まりだな、レイナール」
「ああ、ギムリ」
「「魔法学院名物『銀の降臨祭・初恋風味』だ!!」」

結局宗教がらみなのでロマリアからのクレームは避けられない可能性が高い。
そもそもこのかき氷はタバサががんばって氷を作り、才人が伝説の力を遺憾なく発揮してガシガシ氷を削った一夜限りの料理だ。
ロマリアあたりからかき氷器が流れてこない限り、再びかき氷が日の目を浴びることはないだろう。
ここでギーシュ、レイナール、ギムリの三人はマリコルヌが会話に加わらず、またぷるぷるしていることに気付く。

「どうした?マリコルヌ」

メガネをクイッとレイナール。

「何かあったのかい?」

薔薇をフリフリギーシュ。

「俺達でよければ力になるぜ!」

歯を光らせるギムリ。

「おまぇらぁ……初恋初恋うるさいんじゃボケェエエエ!!!!
僕の心の傷をえぐってそんな楽しいか?
ああ!お前らみたくモテるヒトタチはさぞかし楽しいんだろうなぁあああああああああ!!!!!!
初恋?初恋だって??
僕の初恋なんて鼻で笑われて終わりさ、ええっ!!?
近づくこともできずに終わったよ!!!
甘酸っぱい想いなんてする暇もなかったさ!!!!」

もはや彼の独壇場だった。
怨嗟の声はアルヴィーズの食堂中に広がり、一切の音を奪った。
誰も動けない、動いてはいけない。
肩で息をするマリコルヌと、同様の思い出があるのか数名の男子生徒が流す涙。
それ以外の動きは一切無く、世界中の時が止まったかのようだった、と後になって遠くの席にいたケティ嬢は語った。

「俺達が悪かった、マリコルヌ……」
「そうだな……軽率だったよ」

時計を動かし始めたのはギムリとレイナールだった。
彼らは立ち上がり、マリコルヌに向かって頭を下げた。
頭を下げる、という謝罪方式は才人が騎士隊に持ち込んだものだ。
その行為はマリコルヌに、水精霊騎士隊の絆を思い出させた。

「いや、僕もちょっと取り乱しただけで……」

と、頭をかきながらマリコルヌ。
ギムリとレイナールは頭を上げると微笑みながら手を伸ばした。
マリコルヌは二人の手をとり、硬く握った。
小さいながらも食堂に喧騒が戻り始める。

「そうだな……『銀の降臨祭・初恋風味』ではなくて……」
「『銀の降臨祭・失恋風味』にしよう!!」
「やっぱりお前ら死ねぇえええええええええええ!!!!!!!」

この日マリコルヌはラインメイジに昇格したとか。



3-2 特攻野郎・Zチーム(Zero)

「男子がうるさいわね」

ルイズ(中略)ヴァリエールはその可憐な眉をひそめ、不機嫌そうに言った。
マリコルヌフィーバーがウザい、蹴りたい、黙らせたい。
授業の後、鞭打ちを目論んでいたルイズだが彼女の飼い犬はとうとう晩に至るまで見つからなかった。
いつもどおりなら彼は授業終了後、ルイズと合流し、水精霊騎士隊の訓練をこなし、一緒に夕食をとる。
ところがここ一週間急激に暑くなり、騎士隊の訓練は休みがちになり、才人はふらふらと出歩くことが多かった。
それがルイズの癇に障る。

――もう少しご主人様と一緒にいたっていいじゃない……。
普段ならもーーちょっと許してもいいかなぁ、なんて思うんだけど今日はダメ。
お昼にジェシカとシエスタとあーんなに楽しそうにおしゃべりしていたんだから。
ご主人様である私はさらに楽しませる必要があるってこと、あの使い魔はわかってないのかしら。

昼の一件もあり、若干理不尽スイッチが入っている。
当の才人はマルトー親方にかき氷を説明し、タバサと共同作業に励み(アレな意味ではない)、かき氷と賄を貪り喰らった後、ジェシカとシエスタを伴ってどこやらに消えてしまった。
才人を探しに厨房を訪れたルイズは丁度入れ違いであったようで、表情の変化に乏しいタバサに、それとわかるほど自慢げな顔をされた。
そこに来て男どものバカ騒ぎである、きっとルイズじゃなくてもいらっとくるはず……くるかなぁ、きっとくる。
そんなルイズの両隣を固めているのはタバサ、モンモランシーだ。
左隣のタバサはちらっとルイズが見るたびに勝ち誇った顔をする。
モンモランシーはシレッと「あら、これ美味しいじゃない」とかき氷をパクついていた。
彼女達の前にはキュルケ、ティファニア、アニエスが陣取っていた。
アニエスは水精霊騎士隊の訓練で魔法学院に十日ほど前から滞在している。
当初、食事は使用人たちとともにとっていたが、オールド・オスマンに「是非食堂を使いたまえ」と請われて食事場所を変えた。
オスマン校長的には教員席でそのむ……いや、ふとも……まぁ、世間話に興じたかったようだがアニエスはルイズを見かけるとあっさり席を移った。

――これは、何か悪意を感じるわ。

ルイズのシックス・センスは始祖の見えざる手、あるいは悪魔による精神攻撃を敏感に察知していた。
もっともそれを感知していたのはルイズだけだったので、周囲の五人はそ知らぬ顔で食事を進めている。
そしてルイズはいよいよ悪意の源泉、あるいは勘違い、を見いだした。

――これがサイトの言ってた南北問題ね。

テーブルを赤道とした、南半球(ルイズ側)と北半球(ティファニア側)での貧富格差は大きかった。
ルイズは俯いた。
視界を遮るものはテーブルくらいしかない。
左右を見る。
相変わらずドヤ顔のタバサは言うまでもなく、右隣のモンモランシーだって自分と大差ない。
憎むべきは貧困(貧乳)だ、という言葉が地球には存在するが、ルイズは異なる答えを知っている、持っている。
前を見る。
己の敵をしっかり見据えた。

――ブリミル様。
この世界が貴方の作ったシステム(成長予定)どおりに動いているって言うなら、まずはその幻想をぶち殺す!

突き出した右手を勢いよく握り込むと同時に、ギラッと目が光を放った。
ひょっとしたら極小のエクスプロージョンだったのかもしれない。
ティファニアはそれを見て「ヒッ!?」と脅えて両腕でその実をかばった(誤字に非ず)。
その姿にルイズは弾力の強いババロアを幻視した。
大きなババロアをスプーンの腹で抑えれば当然形が歪む。
それと同じことが目の前で起こっていた。
それを見たルイズさんはさらにその目に焔を灯し、掌を自分に向けるよう、肘を折り曲げた。
そしてもう一度、小指から順にゆっくりと折り曲げ、握りこぶしを作る。
遠目に見ると「あの人はガッツポーズなんかして、いいことあったのかしら」程度にしか思われない。
事実、シュヴルーズ先生なんかは「あらあら、ミスタ・ヒラガの考えたカキゴォリがよっぽど美味しかったのね」なんて考えている。
しかし、平然としていたキュルケ、アニエスにすらルイズから発せられる威圧感は重かった。
キュルケは呻き、アニエスは冷や汗を流した。
「これが虚無か……」とアニエスが呟いたかはいざ知らず、ルイズのかき氷はすでにタバサとモンモランシーによって分割統治されていた。

――今なら杖がなくたって、虚無を放てる。
詠唱だって要らない。
心を解き放てば世界を平坦に、いえ、平等にできる気がするわ!!

言うまでもなく、そんな虚無のスペルは存在しない。
あったとしたら『乳崩壊』<デストラクション>とでも名前がついていたのか。
あったとしても何故ブリミルがその呪文を残したか、大いに議論されることだろう。
そんな闘志を燃やすルイズのお腹が小さく「くぅ」と鳴る。
同時に、威圧感は消え、崩壊の危機は去った。
我に帰ったルイズは才人謹製のかき氷が南半球の仲間に奪われていたことに気づいた。
親友だと思っていたクラスメートが実は魔術師だったかのような衝撃、そのクラスメートに肉体的に痛めつけられ、裏切られたかのような気分だった。
持たざる者同士、鋼の結束で繋がれていると信じていた。
特に今日のルイズは才人との触れ合いが少なかった。
授業中も、授業が終わってからも才人と会えず寂しさが少し、ほんのすこぅし積もっていた。
このかき氷のことをタバサから聞いたルイズは

「ふふっ、ご主人様にだけ奉じれば良いのに。
ま、皆に喜んでもらいたいとか、そーいう子犬みたいっていうか、純粋で健気なところもサイトの良いところなんだけど」

とタバサに語った。
そのルイズは才人との絆のように感じていたかき氷を失い、モグラのように沈みこんでしまった。
ルイズがそんなにしょんぼりするとは思っていなかったタバサとモンモランシーは謝った。
それはもう誠意を込めて謝った。
それに対して、ルイズは

「いいの、どうせほっといたら溶けちゃうんだし。
またサイトに作ってもらうわ」

と寛大な態度を示し、淑女らしく優雅に食事をとった。
その後五人に別れを告げ、部屋へ戻り、ルイズは2時間眠った。
そして、目をさましてからしばらくして、せっかく才人が作ってくれたかき氷を食べられなかったことを思いだし、泣いた。



[29423] 第四話 彼女は今日。
Name: 義雄◆285086aa ID:1951e32c
Date: 2011/08/27 01:41
4-1 あるいは『迸れエロス』

『サートームは激怒した。

(中略)

風の剣士は赤面した。』

「っていうのが今度のタニアージュでやるらしいわよ」
「ちょっと待って」

サートームさんは激怒したらしいが、才人は困惑した。
この世は人知を越えた何かが存在する。
ハルケギニアにやってきて、ガンダくんとして色々とあり得ない経験をした才人はそう信じていた。
世界が紅く染まる夕焼け空、青い竜が空をいく。
タバサからシルフィードを借りて、才人はジェシカをトリスタニアまで送っていた。
そんな風韻竜の背中でジェシカが語った超大雑把なあらすじに、才人は聞き覚えがあった。

――え、アルビオンどころか虎街道も十人抜きも、それっぽいエピソードが改変されてるけど……。
ていうかこれひょっとしなくてもアレだよな??

「ちなみにタイトルは『走れエロス』ね」
「今時中学生だってそんなこと言わねぇよ!!」

才人は激怒した。
というかまんまだった。
ジェシカが言うにはすでにこの小説はトリスタニアで大流行しているらしい。
某失格な作家の小説をベースに、実際に才人が活躍したエピソードを巧みに改造し、男同士なアレになっている。
ちなみに王の名はジョゼフ、親友はウェールズと今は亡き王族の名が使われていた。
王族への不敬ってレベルじゃない。
才人は戦慄した。
彼は忘れていたのだ。
ハルケギニアは日本で言う戦国時代的な部分があるということを。
実際の中世ヨーロッパでもそう言った事例に事欠かないことを。
戦場に娼婦を連れてくる、と言ったことは縁起が悪いとして敬遠されている。
つまり、そういったアレな文化に寛容であり、そういったテーマの本も多い。
しかしいずれも空想の人物、もしくは歴史上の人物の本であり、今を生きる人をモチーフとすることはない。
何故なら、流石にそんなことをしたらモチーフにした人物が殴り込んでくるからである。
いくら寛容とは言え、自分がモデルのそういう話を書かれれば誰もが激怒するだろう。
さらにはその本が広がって、社交界でくすくす笑われたり、あからさまに縁談の数が減ったりすると羞恥でハラキリすらやりかねない。
また、作家は基本的にメイジであるため(量産を自らで行える、平民がメイジに依頼すると高くつく)報復行為は刃傷沙汰で済めば軽いほう。
確実に周囲へ大損害を与えるため、ここ千年ほど控えられてきた愚行でもある。
そう言った意味では才人は千年ぶりの快挙を成し遂げた。
アルビオンの剣士こと、ヒリーギル・サートーム氏はガチムチだったが、今では平賀才人自身の容姿も広く知れ渡っている。
それもこれもマザリーニ枢機卿が平民に対する広告塔として彼を利用したからだ。
対貴族として彼の存在はよくない、よくないが平民にとってはどうか。
夢を見させるには丁度いい存在だ。
ロマリアがいまだきな臭いこともあって、軍に登用可能な平民は多ければ多いほどいい、メイジの肉の壁的な意味で。
メイジの数なら国土対戦力比では元々高かったトリステインだが、ここに来て通常兵力の増強にも力を入れ始めていた。
陸軍はまだしも、空軍では艦隊の運営において平民の数・鍛度が戦力に直結することも多く、軍閥貴族の間では才人の評価は上がっていた。
一方、作家メイジの間でも才人の評価(題材的な意味で)は上がっていた。
若く、武勇に優れ、エキゾチックな外見も相まって、作家たちの妄想力が溢れ出したのだろう。
現代では薄い本として出版されるであろうソレは、無駄に凝り性なトリステイン貴族たちの手によって上・中・下巻にしなければしんどいほどのモノが書き上げられていた、しかも10冊以上。
これがもし才人を良く思わない貴族の差し金ならば、みみっちすぎ、同時に有効な手段でもあった。
お金も入り、上手くいけば自刃して、後ろ暗いことは一切なし。

――え?
シュヴァリエ・ド・ヒラガ氏ですか??
彼のおかげで懐が潤っていますよ。
まったく、平民出身とバカにするものではありませんなっ!
最近ではアカデミーで効率の良い写本の仕方を研究しているくらいですよ。

と灰色卿が語ったか否かは定かではない。
『走れエロス』はそんな中でも文庫本ほどの文章量で、平民にも取りやすい良心的な価格設定になっていた。

「シエスタに頼まれたから買っておいてきたけどさ。
なんでも作者はゲルマニア出身のアーベーっていう人らしいけど、そっちの道じゃ近年随一って噂よ?
そんな人にまでモチーフにされるなんてよかったじゃない!」

ジェシカは才人の肩をバシバシ叩きながらケラケラ笑っているが、冗談じゃない。

――冗談じゃない、ていうかシエスタァ……。

そんなおとぎ話は才人に多大な精神ダメージを与えることに成功した。
虚ろな目でぶつぶつ呟きながらデルフに手を伸ばし、すらりと一息に抜き放つ。
達人の技ではあったが目がやばすぎた。
デルフは「やれやれ、相棒はてぇーへんだな」と他人事のようにつぶやいている。
彼も彼で今日は鉈になったりかき氷器になったりと、若干やさぐれていた。
切腹するならばもっと刃渡りが短いものでないといけないが、今の彼には関係なかった。
ただ、生きているのが嫌になった。

――頭を下げるのはいい。
犬でもいい、モグラでもいい。
床で寝てもいいし、生きるためならワリとなんでもやってやる。
でもソレはダメ、もう誰も信用できなくなる。
ひょっとしてコルベール先生の『炎蛇』ってソッチ由来なの!?
ソレなら『閃光』のワルドって、一見強そうだけど哀しい、すげー哀しい……。

勿論二つ名の由来はソッチ方面ではない。
一息に自刃しようとした才人だが二つ名考察で固まってしまった。
その隙をジェシカが見逃すはずがなかった。
いきなり剣を抜き放った才人にギョッとしたが、タニアっ子はいざというときの度胸がなきゃやっていけない。
それでも正面からは怖いので、才人の側面から抱きつきながらデルフを取り上げた。

「なにやってんの!?
危ないでしょ!!」
「もういいんだー!
後方からの友軍の攻撃なんて受けたくないー!!
っていうか、こんな、生き恥、止めて、くれ……」

半泣きどころか滝のような涙を流しながらも才人は止まった。
ぜんまいの切れたお猿の人形のように動きは弱々しく、とてもじゃないが英雄なんかには見えない。
デルフはすでに抱きついたジェシカの手の中にある。
才人は、普段ならば「困ったぞ」とでも言いそうな顔で、泣きながら笑っていた。
その横顔に、ジェシカはナニカ来るモノがあった。

――ナニコレ、胸が、ちょっとぎゅっと来る……。
言うなれば『きゅんっ』と来たという感じか。

ハルケギニアにチワワがいて、それがプルプルしてる様をはじめて見ればジェシカは同じ気持ちを抱いたかもしれない。
才人は童顔だ。
メタ発言で申し訳ないが、アニメではそんなことないが、西洋系の顔と比較して東洋系の顔はかなり幼く見える。
見ようによっては、才人はタバサと同年齢に見られても仕方がないくらいに感じられていた。
そんな年下に見える少年が、大人のするような泣き笑い。
ジェシカはこの年まで恋を知らなかった。
酒場で会うような男どもは基本的におっさんで、酔っ払っているせいもあってストレートにエロくてウザい、そのうえお客だから一歩引いてしまう。
職場以外には出会いなんか買い物くらいしかない。
その買い物ですら、神の見えざる手(スカロン・ディフェンス)でガードされていた。
そんなジェシカが出会ったのはご存知平賀才人。
彼は強かった。
お客としてではなく、同僚として接した時間もそれなりで人もよく知っている。
ちょっぴりスケベだけど優しくて、今まで見知ってきた男達とは違う。
しかもあれよあれよと言う間に出世して、今ではトリステインではほぼあり得ない平民出身の貴族となってしまった。
彼は距離を感じさせることもなく、今回の相談にも親身になってくれた。
そんな少年が、弱みなんか見せたことのない少年が、泣いている。
その横顔に、ジェシカはくらっと来た。

――ヤバい、なんかよくわかんないけどヤバい。
この気持ち、よくわかんないけど、うん、苦しいけど気持ちいい……。
ジェシカの胸が高鳴り、顔が熱くなる。

夕焼け以外の理由で頬がほんのり染まっていく。
日本で言う『萌え』という感情が大きくなって、赤い実が弾けるまでに、時間は必要なかった。

――のどがぎゅっと苦しくなって、アルコール入ったみたい、くらくらする感じ。
ドキドキがすっごい。
なんだろう、これ……。

「ちょっとだけ、トリスタニアまでこうさせて……」

奇しくも彼女は夕食に『銀の降臨祭・初恋風味』(結局失恋風味はボツになった)を賞味していた。
ジェシカはすっと才人の肩から背中へと身体をずらした。
そのまま少しだけ、強く少年の身体を抱きしめた。
くたっとデルフを持つ手の力が抜け、シルフィードの背中に峰が当たる。
背中でそんなむず痒くなるようなやり取りをされた上、理不尽に叩かれたシルフィードは、超迷惑そうに「きゅい……」と一声あげた。



4-2 使い魔失格

さて、困ったのは才人である。
ジェシカを送る。
話を聞く。
錯乱する。
デルフ取り上げられる。
背中から抱きつかれる。←イマココ!!

銀の戦車の人みたいな心境だ。
しかし、彼がありのまま今起こったことを魔法学院で話そうもんなら、朝日とともにその命は消え去ってしまうだろう。
途方にくれるとはこのことだ、と才人は今自分がどういうイベントをこなしているかも知らず、心の中で嘆息した。
ふと、ここで彼はあることに気付く。

――ヤバい、なんかよくわかんないけどヤバい。

それはジェシカがちょっと前に思ったことと同じだったが、意味は全く違っていた。
才人は何がヤバいのか十分に承知していたのだ。
しかし、それを口に出すのはシャイボーイ・サイトとしてははばかれる。

――これ、あたってる。
なにか大きくてあったかくて柔らかいのがあたってる。

泣いた子が笑った。
むしろ笑ったというよりも、アレになった。
背中に抱きついているため、才人のアレ顔が見えないのはジェシカにとって幸せなのかもしれない。
しかし、平賀才人は少しでも学習する男。
顔を引き締めて、それでも崩れてきたが、困ったような笑顔になった。
そして何故こうなったかを冷静に考えはじめた。

――KOOLになれ、平賀才人……。
お前はやればできる子だ、冷静に考えろ。
こういったシチュエーションはどうしたら起きる?

才人がまず思いついたのは恋愛系の漫画やドラマだった。
そういうシチュエーションで才人は「爆発しろ!」と思う側の人間だった。
それがよくない、むしろマズい。
そこで思考停止しておけばよかったのにさらに考えを進めてしまった。
彼はダメージを受けると途端に卑屈なモグラになる。

――いや、それはないな。
なぜならジェシカは昼間、俺に、俺に……ナニカ辛いことがあった気がする。
そう、きっとなじられたはずだ。
好きな人に対してそういう態度を取るのは基本的にルイズとかモンモンとか貴族。
だから違うんだ。
となると、高所恐怖症か??

第二案はまっとうなモノに才人の中では思えたが、これも即座に否定した。

――高所恐怖症の人ならシルフィードに乗ることすら嫌がったはずだ。
それに最初の頃はジェシカも喜んでたし、普通に会話も弾んでいた。
じゃあなんだ、なにか俺は見落としている……。

見落としたものはすでに遠く彼方にあった。
きっと才人がそれに気づくことはまぁないだろう。

――『トリスタニアまで』って確かジェシカは言ってた。

そうか!!
トリスタニアに何かイヤなことがあるんだ!
だからわざわざ遠い魔法学院までやってきたんだ。
ホントはマルトー親方に相談したことってのもそれに違いない!

才人は今日も絶好調だった。
日中の湯だるような暑さが脳にキテたのかもしれない。
元々ちょっぴり妄想好きな男子高校生である才人の脳内では、すでに主演自分、ヒロインジェシカのドラマが月9ではじまっていた。

――魅惑の妖精亭まで送るだけじゃダメだ。
スカロン店長に話を聞かないと。

才人はありもしない事件の解決を固く、固く誓った。
ジェシカの手からデルフを取り上げ、素早く鞘に納める。
ジェシカを背中に張り付けたまま、トリスタニアの夜景が近づいてきた。
盛んに明かりが焚かれている区画もあれば、黒く沈んでいる通りもある。

――この街の闇でどんなことが……。
いや、関係ないんだ。
どんなことがあっても関係ない。
ジェシカ、俺、絶対に守るから。
お前を傷つける連中、残らずまとめてぶっ飛ばしてやるから。
だからさ、また気楽な笑顔を見せてくれよ。

キリッとした顔でトリスタニアの灯りを睨む。
ご主人様そっちのけで「俺はジェシカの騎士になる」とデルフの鞘を固く握りしめる才人。
一方、我に帰って抱き着いていることに恥ずかしくなってきて、頬どころか耳まで染め上げるジェシカ。
今日も今日とて非生物しか相手にしておらず、自分の存在意義を自問自答するデルフ。
自分の背中で起きたことを余さずタバサへ伝えることを決意したシルフィード。
それぞれの思惑を胸に青い竜は王都の空を滑る。



[29423] 第五話 Wonderful 才人
Name: 義雄◆285086aa ID:1951e32c
Date: 2011/08/26 08:00
5-1 黒髪のバラード

ある男は言った、このような美味があったとは。
またある男は言った、お伽噺の妖精のようだ。
さらにある男は言った、唯一の欠点さえなければ聖地に匹敵する。
魅惑の妖精亭である。
唯一の欠点とはなにか、議論の余地は残されるがトリスタニアでも中堅の酒場だ。
そんな一部の男の理想郷に降り立った才人とジェシカ。
才人はシルフィードに、後で迎えに来るよう頼んで、酒場の扉をジェシカとくぐった。
噂好きのタニアっ子たちに見られているとも知らずに……。
さて、すでに日は彼方山間に接するほどであり、魅惑の妖精亭は見目麗しい女性とソレ目当ての男性で溢れていた。
才人は久しぶりに来たなー、とぼんやり店の中を見回した。

――客入りはいい。
でも、確かにジェシカが昼間言ったとおりいつもより一割二割は少ない。
やっぱりジェシカがらみでナニカあったに違いないな……。

才人はジェシカ事件(と彼は名づけた)の首謀者をモット伯のような好色貴族である、とにらんでいる。
その貴族が暗躍して客入りを少なくし、ジェシカが身売りするしかない状態に追い込もうとしている。
仮想敵対者に才人のココロは震えた。
油断無く周囲を観察し、間諜を探る。
気分は24時間な男である。
しかし周りから見れば、背の高い子どもが慣れないところに来てキョロキョロしている、といった風に見えた。
その間にもジェシカは才人を腕をとり、スカロンのところに引っ張っていく。
厨房でジェシカは気分が悪い、とスカロンに訴えていた。
流石にあんな気分のまま店には出られない。
一度気持ちを落ち着けたかった。
その頬はまだ赤く、風邪をひいたと言えば納得されそうだ。
スカロンはジェシカの顔をじっと見つめ、一言「あらあらまあまあ」と娘を部屋に追いやった。
父と母が両方そなわり、最強に見えるスカロンにはまるっとお見通しなのかもしれない。

「スカロン店長、話があります」

いつもなら「ミ・マドモワゼルって呼びなさいっ」と茶化すスカロンだ。
しかし、この時ばかりは才人の真剣な眼差しに何かを感じとり、「こっちへいらっしゃい」と事務室へと才人を誘った。

――さてさて、どういう話になるのかしら?

この時のスカロンは、先程のジェシカの様子から交際の報告かしら、なんて暢気に考えていた。
それが数分後に覆されるとは夢にも思わずに。

「ジェシカは狙われています」

椅子についたと同時、機先を制したのは才人だった。
スカロンが期待していた、若者らしい情熱やら桃色やらの空気は一瞬で消し飛んだ。
机を境に才人はかなりシリアスな雰囲気をかもし出している。
しかし、狙われていると言ってもスカロンには理解できない。
疑問を才人に返した。

「なんで、サイト君はそう思ったのかしら?」
「これから説明します」

そうして才人は魔法学院でのこと、帰り道のこと、自分の考え(妄想)をふんだんに脚色してスカロンに訴えた。
才人はマジだがスカロンは大人だ。
ああ、この子は思春期特有の病を患ったんだな、と考え、これは利用できる、と思い当たった。

――ジェシカも遅い初恋を迎えちゃったみたいだし、この件を利用しちゃおうかしら。
サイト君は自分でジェシカを守って安心するし、あの娘もサイト君がいれば嬉しい。
それにおじいちゃんゆかりの男の子がお婿さんだなんて素敵じゃない!

スカロンは職業柄か、貴族だの平民だのを一般人よりは意識しない人物だった。
それよりも才人の人柄、故郷などを思い、ジェシカにぴったりだと考えたのだ。

――シエスタちゃんには悪いけどウチの娘は手強いわよ。
ルイズちゃんからもきっと奪ってみせるんだからっ!

心の中で「貴族だからいっそ両方貰ってもらえばいいかもしれないわね」なんて本人そっちのけなことを考えながらスカロンは悩むふりをする。
心の中はウキウキだがそれを表に出すことは一切ない。
汚いなさすが大人きたない。
そして娘のために一芝居うつスカロンは父親というよりも母親に近いのかもしれない。

「そう、サイト君も気づいたのね……」
「!
やっぱりですか!?」
「ジェシカは一週間くらい前から元気が無いわ。
物憂げな雰囲気で、お店のほうでもミスをやらかすくらい」

大嘘である。
ジェシカはこの暑さにも関わらず健啖で、店に来た夏バテ気味のお客まで大いに盛り上げている。
だが才人はそんなことを知るはずもない。
自分の推測に肯定的証拠を突きつけたスカロンの悪意(あるいは善意)に気づくこともなくヒートアップしている。

「相手の黒幕は分かっていますか?
チュレンヌみたいな奴でしょうか??」
「いえ、相手が店に来ることはないわ。
ただジェシカには買出しをやらしているし、そのときに接触されているのかもしれない」
「そっか、店に来ないとなると特定が難しそうですね」
「店を回すためには、ジェシカの買出しを止めるわけにはいかないわ。
いくら一人娘が大事だからって、他の妖精さんたちの生活もあるし、店をしめるわけにも行かない。
ミ・マドモワゼルも忙しすぎて一緒についていってあげられないし……」

巧みに才人の思考を誘導していくスカロン。
汚いなさすが大人きたない。(二度目)
才人は「ああ、幸せな人なんですね」と同情を受けそうなほど自分の世界に埋没していった。
つぶやく言葉はスカロンにも聞き取れず、顔も段々うつむいてきている。

――もう一押し、必要かしら。

「サイト君、ジェシカは……大丈夫かしら?」

不安げな、野太い男声だった。
しかしそれは娘を心配する親の声だった。
才人はココロの中で決意を固める。

「スカロンさん、俺がジェシカを助けます。
きっと、救い出してみせます」



5-2 黒髪のタンゴ

コンコン、と乾いたノック音が廊下に響いた。
部屋の中からゴソゴソ動く気配がし、ゆっくりとドアが開いた。

「なに……ってサイト?」

料理が想定していた味とちょっと違った料理人のような不機嫌顔で現れたジェシカは、予想だにしない人物を目の当たりにして、あたふたと慌てふためいた。
そしてつんっと顔をそらす。

――なんでこんなタイミングで来るのよコイツは~。
もう少しですっかり落ち着けたのに……。

顔をそらすことで誤魔化せただろうか、とちょっぴり不安を覚えるジェシカ。
そんなジェシカにかまわず、才人は「ちょっと部屋、いいか?」と気軽に声をかけた。
これに驚いたのはジェシカだ。
才人は、魅惑の妖精亭で働いていた時ですら、同僚女性の部屋を訪れることはなかった。
しかも彼女にとって、さっきのことがあったばっかりである。
その意味をどう勘違いしたのか、ジェシカの顔は「ぽん!」という擬音語が相応しいほど、瞬時に赤くなった。

一方の才人である。
普段の彼はこんな暴挙に走ることはない。
それは彼が純情な青少年であるということもあり、またそんな狼藉を働けば命の危機に瀕するからだ。
だが、今の彼は素敵に無敵だった。

「散らかってるなら片付けるまで待つけど……」
「えっ!? いや、ダイジョウブダイジョウブ。
サイトが来るなんて思ってなくてびっくりしちゃった、あはは……」

さらにプッシュ。
ジェシカはさらに困惑した、いや、むしろ混乱した。
理由を聞くこともなく自分の部屋に少年を招きいれた。
普段はガードゆるゆるに見えて、実はアラミド繊維防弾チョッキを身にまとっているような、ジェシカらしからぬ行動だ。
さて、ジェシカの部屋は年頃の少女らしく、整理されていた。
清潔そうな白いシーツが敷かれたベッドに丸い机、椅子が三脚、化粧台には可愛らしい小物がぽつぽつと置かれている。
大きな編みかごに『贈答品!』と書いてごちゃっとまとめているのはご愛嬌。
部屋の主であるジェシカを差し置いて、何故か才人は彼女に椅子を勧めた。
勧められるがままに座るジェシカ。
落ち着かなそうに机の上で両手を組んだり解いたりしている。

――おかしい、おかしいわよコレは……。

先ほどの気持ちを悩んで、考えて、ひょっとしたらコレって恋じゃね?と自覚しかけていたジェシカ。
気づいた途端に押しが超強くなる才人。
まるで小説の世界みたい、とジェシカは感じた。
そしてはっと自我を取り戻して顔をふるふると勢いよく振った。

――違う違う違う、コレは恋とかじゃない!
顔が熱いのは風邪!!
くらっときたのも風邪!!
全部夏風邪!!

そんなジェシカの前で、才人も困っていた。

――どう話を切り出せばいいんだ。

ストレートすぎるとジェシカを警戒させる。
こう、オブラートに包んで、いやむしろ糖衣くらいの方がいいか。
才人君は薬の苦味が嫌いで、粉薬を飲むときはオブラートを愛用していた。
しかし一息に飲むのもこれまた苦手であり、破けたオブラートから粉薬が舌に触れてしまう。
そんな彼は糖衣タイプの薬をなるべく所望していた。
彼の嗜好はともかく、なるべくやんわりと遠まわしに、目的を伝えることなく明日からの行動だけを伝えよう、と才人は決意した。
スカロンからは、自分たちは気づいていない、というスタンスでジェシカに接するべきという助言を受けていた。

――あの娘は人に弱味を見せることを好まないわ。
だからね、気づいていることに気づかれれば一人で解決しようとして破滅するかもしれないの。
サイト君、あなたは何も知らないフリをしてジェシカを守ってあげて。
ミ・マドモワゼルが責任を持ってジェシカから詳しい事情を聞きだすから。

スカロン店長、俺、やるぜ!と才人は息巻いた。

「えっと、ジェシカ?」
「なっ、なに??」

才人の問いかけにジェシカはすげー警戒した。
ここに来て彼女はようやく夜中に狭い部屋で男女二人っきり、しかもすぐそばにベッド、という状態に思い当たった。
だが一応は才人を信頼していることもあって、席を立ったりすることはなかった。
困ったのは才人である。
ジェシカからは警戒心が滲み出ていた。
なんというか、逃げたそうなのだ、どこかへと。
ここで彼は閃く。

――ひょっとして俺が気づいたってことに感づかれたんじゃ!?

才人は清々しいまでにバカだった。
いや、彼を責めてはいけないのかもしれない。
人は誰しもイケイケモードのときには冷静になることができないのだ。
そして困った彼は、さらに普段やらないことをやらかしてしまう。

――ここは、押し切るしかない!

机の上で所在なげに置かれていたジェシカの両手をとり、ぎゅっと握り締めた。

「ジェシカ、買出しなんだけどさ、明日から俺もついていっていいかな?
ほら、スカロン店長にもお世話になったし。
店にいれば新しい料理のアイディアも出るだろうし」

ジェシカの瞳を見つめながら一気に早口で言い切った。
見つめられたジェシカは、思考が止まってしまった。

――て、にぎられてる。
そんなに、みつめないでよ、いやぁ……。

折角戻ってきた顔色も再び羞恥に染まってしまう。
瞳は潤み、胸がバクバク鳴っている。
それでも才人から目をそらすこともできず、ジェシカは硬直していた。

――これは、呆れられてるな。
もーちょっと理由を並べておいたほうが説得力増すかな?

普段の才人なら気づいたかもしれないが、今の彼は有頂天モードだ。
ジェシカの真意に気づくことなく、ひたすらにある意味ネガティブにその表情を解釈していた。

「それにさ、なんだかんだ言って魅惑の妖精亭で働いてたときは楽しかったんだよ。
賄は懐かしい味がしたし、みんな話上手くてすっげー面白いし。
スカロン店長も、見た目はアレだけど、いい人だしさ。
女の子が可愛いっていうのも、まぁあるかな……
うん、もう一度この店のために働きたいんだ」

それは才人の本心でもあった。
魅惑の妖精亭で感じた暖かさが知らず言葉になっていた。
そんな優しい場所を作り上げた一人、ジェシカが困っている。
男だとか女だとか関係なく守りたい、と才人は感じていた。
普段のスケベ心は一切なしに、キレイな思いが言葉の端々から滲み出ている。
それに参ったのはジェシカだった。

「ぇっと、あの、その……」

――すごい、ドキドキする。
才人の手、あつい。
目、キラキラしてる。

ジェシカは既にノックアウト寸前。
才人はここで、照れくさくなって手を離し、そっぽを向いた。
そして頬をかきながら。

「それに、その、なんてーかさ」

最後に、才人の余計な本心が零れ落ちる。

「ジェシカを守りたいんだ」

赤い実、はじけた。






[29423] 第六話 LITTLE BUSTER (悪ガキ、でも可愛いから許す)
Name: 義雄◆285086aa ID:1951e32c
Date: 2011/08/26 07:59
6-1 謀略妖精・雪風

双月輝く空を群青色が満たす頃、才人は魔法学院に帰還した。
夏のハルケギニアは日が長い。
地球時間にしておおよそ午前6時から午後10時まではお日様が大地を睨んでいる。
当然人々は生活サイクルをソレにあわすわけで、つまりはもう良い子は寝る時間であった。
そんな夜中に、彼はシルフィードに礼を告げ、まずはタバサの部屋へ向かう。
明日から、『ジェシカ事件』(あるいはスカロンの陰謀)の片がつくまで、往路だけでもシルフィードを借りる腹積もりだった。
暖色系の魔法の灯が照らす火の塔の階段を静かに駆け上がる。
そしてタバサの部屋の扉にノックをした。
がちゃり、と開く頑丈そうな木の扉からナイトキャップを被ったタバサが顔を出す。

「はいって」

タバサはシルフィードが学院に帰ってきてすぐに連絡を受けており、ノックをしたのは才人だとアタリをつけていた。
才人が音もなく部屋に滑り込むと、タバサは扉を閉めて『ロック』『サイレント』の魔法をかける。

――え?なんで??

ここで才人はタバサが怒っていることに気づいた。
キュルケと二人、タバサ表情鑑定一級を自任している才人だが理由までは分からない。

「その、タバサ?」

タバサはぷいっとあさっての方を向く。

――夕方はあんなに機嫌良かったのに!?

厨房で、デルフでガシガシ氷を削っている才人のそばで、タバサはじっと彼を見つめていた。
そのときの表情は穏やかで、なんとも言えない安心感のようなものを才人は感じ取っていた。
それがいまや、常人ならたっぷり五分は見ないと分からない差ではあるが、眉がつりあがっている。
しかも顔そらす。
普段のタバサからは考えられないことだった。
夕飯の量足りなかったのかな、とズレたことを考えている才人。
もちろん真相は違う。

『おねえさま!
あの黒髪ロングは危険なのね!!
シルフィをぶったたいたうえ、おにいさまの背中に抱きついていたのね!』

シルフィードの報告全文である。
経緯も詳細もへったくれもなかった。
しかし、タバサはこれに憤慨した。
トリステイン貴族と比較すれば、タバサは嫉妬深い性質ではない
が、今回は話が話だ。
状況は良く分からないが、親切心から貸した使い魔の上でイチャつかれたのだ。
しかも相手は自分の気になる、いや、好きな騎士さま。
律儀な才人がタバサにお礼を言いに来るのは間違いないと信じていた。
そこで不機嫌をちょっとだけぶつけてやろう、とてぐすね引いて待っていたのだ。
ん!と自室のベッドを指差すタバサ。
才人の視線はタバサとベッドの間を何往復かして、しぶしぶ腰掛けた。
タバサの圧力に負けたのもある。
でも石の床に直で正座よりマシだ、とポジティブにとらえた。

――タバサがちょっと怒ってるのもきっと理由あってのことだ。
ルイズみたいに理不尽な怒りかたしないし。
説明を受けてきっちり謝って。
シルフィードを借りる約束をして部屋に戻ろう。

時間が時間なので手早くタバサのお説教を終わらせ、部屋に帰らなければマズい、主に命が。
ゴシュジンサマ&メイドの、組めば無敵の常勝コンビに何をされるかわからない。
早く帰りたいなぁ、と才人は顔で語っていた。
タバサはそんな才人の心情を知ってか知らずか、彼の膝の上に座った。
そして才人の腕を取って、自分を抱きしめるような形にさせ、頭を彼の胸に預けた。
時折すりすりと頭を胸にこすり付ける様子は、マーキングする猫のようだった。

――これと、後のことで許してあげる。
でも、このまま時間が止まればいいのに……。

タバサは目を閉じ、彼にその身を預けた。


6-2 雪風と太陽

――おかしい、これは陰謀だ!

才人は叫びたかった。
叫んで、走って、意味もなくルイズの前でバク宙決めつつ土下座したい気分だった。
タバサが彼に好意をもっていることは自覚していたが、ここまで積極的だとは思っていなかったのだ。
「ぬけている」と評価される才人が気づくはずもないが、客観的に見れば。

思い人に自分の車を貸す。
彼が女性をそれに乗せて家まで送る。(ここまでは同意あるのでセーフ)
しかも車内でイチャつく。(アウト!)
夜遅くに帰還。(ツーアウト!!)

恋人でなくとも文句は言いたくなる。
が、タバサはあえてその上を行った。

――彼は、後でルイズにいっぱい文句を言われている。
だから私は言わない。
言わないけどいっぱい甘える。

キュルケに「タバサは謀略超得意!」と言わせた頭脳が冴え渡っていた。
今のタバサは危うい立場の上にある。
ジョゼットの存在を母から明かされたタバサは、ロマリアの謀略の臭いをいかにしてか嗅ぎ取った。
すぐさま修道院に早馬を飛ばしたが、目的の人物は消えた後だった。
直後、オルレアン公夫人、イザベラ、カステルモールの三人に一時を託し、出せるだけの指示を部下に下した。
その後ガリア両用艦隊の生き残りに信頼できる兵のみを乗せて一路トリステインへ。
公式にはトリステイン王宮へ滞在していることになっている。
即位直後の王がいなくなるというありえない事態、しかし相手は謀り事においてジョゼフ王を上回るほどだ。
用心に用心を重ね、サインを日付ごとに使い分け、書簡で指示を下す。
不審を感じればすぐシルフィード、才人をはじめ、彼女を見分けることができる人物に確認をとるよう徹底している。
そんな謀り上手な彼女は、このあとにも更なるコンボをしかけている。
男からすればアリジゴクみたいな女性かもしれない。
香水でもつけているのか、才人はタバサのバニラみたいな香りにくらくらしかけていた。

――タバサがベッドの上で甘えてきてる。
くっ!
マズい、俺の右手が……。
いや、右手ならまだしも例の一部が反乱を起こしそうだ!!

しかし、才人耐える。
シリアスモードが抜けきっていなかったおかげか、理性の決壊は免れた。
だがタバサ、追撃。
頭をこすり付ける。

――ぐはぁっ!!
第三艦橋大破!総員退避!!

神の盾、ガンダールヴ号は撃沈間際だった。
おそらく彼が純情少年でなければここで間違いなく落ちていた。
だがしかし、ここで最後の力を振り絞る。
タバサの腰に手を置き、持ち上げ、勢い良く立ち上がった!

「はぁ、はぁ、はぁ」

――ヤバかった、マジヤバかった、俺巨乳好きなのにヤバかった。
幻想ならまだしも、俺の巨乳好きという現実までブレイクされそうだった。
タバサさんマジパねぇっす……。
違う、いや違う違う。
俺にはルイズがいるのにヤバかった。

ストレートに甘えられる、ということに耐性が低い才人は、息も荒いままにタバサの肩に手を置いた。
ぴくん、と跳ね上がるタバサの肩。
先ほどまでの不機嫌そうな顔ではなく、すこしぽわっとしている、と才人は感じた。

「あの、タバサ。
悪いんだけどさ、明日から朝だけでいいから、少しシルフィード借りれないかな?」

これ以上この部屋にいたらヤバい、と思った才人は単刀直入に告げた。
タバサの瞳が揺れる。

「それは、あの女の人のため?」

責めるのではなく、寂しそうな声。
才人が下心で動いていたら途轍もない罪悪感を覚えたに違いない。
しかし、この件に関して言えば、彼は100%善意で動いていた。
タバサの好きな、正直でまっすぐな瞳で、彼女を見つめる。

「ジェシカのためって言えば、そうなる。
でもコレはジェシカのためだけじゃないんだ。
魅惑の妖精亭のウェイトレスとか、コックの人、スカロン店長にも関わってくる話なんだ。
下手すればトリスタニアの他の人にも関係してくるかもしれない。
俺は、貴族の名誉とか、そういうのはよくわかんねーけどさ。
知り合いが困ってたら助けたいし、手が届く範囲なら力になってあげたいんだ」

ずるい、とタバサの口が動いた。

――そんなまっすぐな目で言われたら、私には何も言えない。

「私は、あなたの力になる」



6-3 バカ・ゴー・ルーム

日が沈んで30分ほどたっていた。
普通の人ならば眠りにつこうか、という時間。
火の塔でノックの音が響く。

『はい、どなたでしょうか』

才人は中からの返事を確認した。
孫子曰く、兵は拙速を尊ぶ。
一つ深呼吸。
ドアを勢い良く開け、倒立前転で入室し、土下座した。

「遅れてすんませんっしたーっ!!」

オリンピックに『the 土下座』という競技があれば金メダルと獲得してもおかしくない、無様なその行いはいっそ美しかった。
たっぷり10秒はその体勢を維持してからちらっと二人の様子を伺う。
ルイズはすでに布団にくるまっており、シエスタの口元はニコニコ笑っていた。

――よかった、明日の朝までは少なくとも無傷だ。

才人は安心感から立ち上がろうとした。
が、シエスタに踏まれて固まった。

「あら、誰が崩していいって言いましたか?
サイトさん」

甘かった。
シエスタさんたら目が笑ってなかった。
土下座のまま首元をつかまれ、廊下に引きずり出された。

「いいですか、サイトさん」

ラッシュだった。
ジェノサイドだった。
キリング・フィールドでもあった。
普段の行いにはじまり、どこで女の子と喋った、仲良くした、微笑んだ。
才人にとっては身に覚えがあることにはじまり、根も葉もないことすらあった。
それでも口答えは許されない。
今のシエスタさんに反論でもしようものならドラララ・ラッシュでも喰らいそうなものだ。
たっぷり一時間はシエスタさんの、小声のお説教は続いた。

――なんで俺こんなに怒られてるんだろ?
いつだったかは覚えてないけど、キスまでならおっけーとかも言ってたよな??
今日に限ってなんでこんなに……。

才人は耐えた。
一時間耐えた。
がんばった。
お説教の結びにシエスタさんはこう言った。

「いいですか、ホントはわたしもこんなこと言いたくありません。
ジェシカを送るっていうこともミス・ヴァリエールにきちんと説明しておきました。
でも、今日、ミス・ヴァリエールは泣いていらしたんですよ?
か細い声でサイトさんの名前を呼んで、寂しそうに泣いていたんです。
女の子を泣かせるようなヤツの味方にはなるな、ってひいおじいちゃんも言ってました」

才人は愕然とした。

――そんな!?
ルイズを泣かしちまうだなんて……。

何だかんだ言って平賀才人は意地っ張りで、ちっちゃくて、泣き虫な女の子が大好きだった。
ふらふらしているように見えるけど、最終的には絶対ルイズのことを優先すると誓っていた。
知らず知らずの間に寂しい思いをさせていたことに後悔した。

「わたしは今日同僚の部屋に泊まります。
サイトさんはミス・ヴァリエールを一晩かけて慰めてください!」

小声で怒りながらシエスタは階下へ歩いていった。

――ありがと、シエスタ。
心の中でシエスタにお礼を言いながらゆっくりと立ち上がる才人。
正座を続けていたせいで足はしびれていたが、心は前向きだった。
ドアを開け、部屋に入る。
ルイズは一時間前と同じように扉に背を向ける格好だったが、才人は起きていることを確信していた。

「ルイズ、ごめん」

誤魔化しなど一切ない謝罪の声。
それでも彼のご主人様は動かなかった。
才人はそのままベッドに潜り込み、後ろからルイズを抱きしめた。

「ごめん、許してくれないか?」

ルイズが身をよじって才人の腕の中から逃げようとする。
それを、より強く抱きしめることで、才人は自分の気持ちを示した。

――こ、こここ、この犬はダメだわ。
ここで許してやったら結局同じことをするもの。
しっかり、そう、しっかりは、はは反省させないと!

頭の中では強気だがもうルイズは身動ぎすらできなかった。
そのまま静かに時間が流れる。
才人はゆっくりとルイズのうなじに顔をうずめ、彼女は固まった。

「今日は、一緒にいれなくってごめん。
それと、先に謝っておく。
これからちょっとの間、俺、忙しくなる」

謝るくらいならそうしないで欲しい、とルイズは思った。
それでも才人は真剣だった。
声だけではなく、強くなる抱きしめ方や、体の熱で、ルイズは感じ取ることができた。

「いぃゎょ……。
どーせ、あんたは私の言うこと聞かないし」

ルイズがはじめて声を発した。
才人はより強く、腕の中の女の子を抱きしめる。

「ごめん、でも、一番大事なのはルイズなんだ、これだけは分かっていて欲しい」

その縋るような声にルイズは赤面した。

――やだ、この使い魔に気づかれてないわよね。

ルイズは身体中がポカポカ熱くなっていることに気づいた。
そして同時にあることに気づいた。

「サイト……」
「ん、なに、ルイズ」
「どどど、どうして、あんたから、タタタタバサの香水の匂いがするのかしら?」

くるぅり、とルイズは才人の顔を正面から見つめた。
才人は慌てて自分の匂いを嗅ぎ、タバサが最近愛用しているバニラ・フレーバーが全身から立ち込めていることを自覚した。

――なんで!?
どうしてさ!!?

才人は焦るがルイズは怒る。
午後の授業で見せたような、極上の笑顔で才人に笑いかけた。

「こ、のぉっ♪
バ、カ、い、ぬぅぅぅうううううううううう!!!!!!!!」

無駄無駄ラッシュを受けて「ヤッダバァァァ!!!」とズタボロになった才人は廊下に放り出された。
階段で本を読みながら、待機していたタバサがそれを引き摺りながら自室へ戻る。
タバサの顔が『計画通り!』と歪んでいたかはデルフリンガーしか知らない。



[29423] 第七話 Swanky Bourdonnais Street
Name: 義雄◆285086aa ID:1951e32c
Date: 2011/08/26 22:21
7-1 夏★しちゃってるGandalfr

照り返しのせいで、石畳の上は土や芝生の上よりもかなり暑くなる。
また、体感温度というヤツは人ごみで跳ね上がる。
何が言いたいかというと、トリスタニアはブルドンネ街、非常に暑かった。

「かゆ、うま……」

才人の頭はいつも以上に茹っていた。
いつものパーカー、ジーンズの上から、フードを目深にかぶったローブ姿は、贔屓目に見ても犯罪直前だ。
デルフをフードの外に背負っているのでより怪しさマシマシである。

――暑い。
朝日が昇って一時間もたっていない。
なのにどーしてこんなに暑いの?
おしーえてーおじぃーさんー♪

暑い、寝不足、身体痛い、いいことなんて一つしかない。
隣にいる女の子が可愛いだけだ。
心の声が少し漏れたのか、隣のジェシカがちらっと才人に目をやった。
ブルドンネ街朝市、昨日の約束どおり二人は買出しに来ていた。
才人のフード姿は人気フットー中の彼を守るためだ。
魅惑の妖精亭の食材消費量は多い。
ジェシカは毎朝市場にやってきては、自分の目で品物を確かめ取り置きを頼み、道が空く時間帯に厨房の野郎どもと、一気に荷車で荷物を運ぶ。
その鑑定眼、および価格交渉力はスカロンに勝るとも言われ、妖精亭の台所を切り盛りする若女将といっても過言ではない。
市場の人からも人気があり、取り置き商品のすり替え(粗悪品とのすり替えが横行している)などは行われない。
ジェシカで無理ならスカロンが出るしかなく、街商人は彼(あるいは彼女)に難癖つけられたくないからジェシカに親切だ、という噂もある。

――すっげー人ごみ。
これじゃ中々難しそうだな……。

顔を振り、暑さでショートしかけた頭をリセットする才人。
昨日に引続きシリアスモードに入った。
道の両端、ジェシカと話す商人、不自然に近づいてくる輩。
油断なく目を配るが、皆一様にジェシカのお隣の謎の人物に注目していた。

――ちっ、やっぱいつも一人のジェシカがお供を連れてりゃ怪しまれるか。

シリアスモードの彼はやる時はやる、しかしやれない時はとことんダメだった。
ジェシカがお供を連れているとかではなく、暑い中フードを被って長剣背負ったヤツがいれば否応なしに目がいってしまう。
必然、彼の周りは人が少ない、というか混雑しているのに半径1メイル以内にはジェシカしかいなかった。

「そこの怪しいヤツ、止まれ!!」

誰かが呼んだのか、人ごみの中をかきわけて銃士隊が現れた。
フードをかぶっていようが、長剣ひっさげていようが、現代日本と違って通報されることはまずない。
しかし才人はフードかぶってなおかつ長剣背負って、しかもぶつぶつ呟いてハァハァしながら周囲を観察しているのだ。
商人達は薬物中毒者、多分平民が凶器をもってうろうろしている、と詰め所に通報した。
衛士隊は「暑いし相手平民らしいから銃士隊に投げるか」と気の毒で生真面目な銃士隊副隊長にマル投げした。
そこのけそこのけ銃士が通る、と言わんばかりにミシェルさんがやってくる。
無論才人は自分が怪しい、という自覚がない。

――早速ひっかかったか!?

と自分の左右、後ろを振り返る。
その姿は不審者が今にも逃げようとしている、としか見えず、銃士隊は加速し、才人を捕縛した。

「お前、詰め所まで来てもらおうか?」
「え? 俺!?」

青い髪が涼しげな銃士隊副隊長にがっちり捕獲された。
周りは銃士隊に囲まれている。
相手は官憲まで動かせるのか、と驚き、その考えが的外れなことにようやく気づいた。
ジェシカは隣にいたが、精神的には置いてけぼりである。

――俺、不審者。
相手、警察みたいなモン。
てか俺って気づいてミシェル副隊長。

「とりあえずフードをとれ。
凶器も全て没収する」

この件が桃色貴族なご主人様に知られたら……とプルプルしながらフードをめくられた。
露になった黒髪に、青いパーカーに、幼い顔立ちに周囲がどよめいた。

「あれ、アルビオンの英雄じゃねぇのか?」
「アルビオンの、って……七万殺しのヒリーギルか!?」
「嘘、そんな風には全然見えないのに」
「間違いねぇ、王宮のお触れ見たことあるけどそっくりだ」
「てことは虎街道の英雄ヒリガル・サイトーンか、あんなちんちくりんが!?」
「ああ、ガリアの100人抜きをやってのけた風の剣士サートームだ」
「マルトー親方の『我らの剣』だ!!」

彼らは正しく間違っていた。
情報はおおよそ正しいのに名前だけはなんか違っていた。
しかし、みな物見高きトリスタニア人だ。
包囲の外から才人を覗こうとし、その圧力に若手ばかりで構成された銃士隊は若干たじろいでしまう。
自然、包囲の中のジェシカ、才人、ミシェルは密着する形になる。

「なんですって!
私のサートームがここに!?」
「あら、何を言っているのかしら。
彼はワタクシにこそ相応しくってよ!」
「ふざけんなよ!
ヒリーギル様を養うのはあたい以外いねーな」
「いーえ!
サートームには私の屋敷で執事と絡み合い、それを油絵にしてもらうわ」
「ワタクシの次回作のモチーフには彼こそ相応しい。
地下室に監禁して弱る様を観察します!」
「アレだけの題材の方向性を縛るなんて、愚かしいな。
あたいなら男も女もなんでもござれな状況に放り込むぜ!」
「おいおいお前ら。
『走れエロス』の作者であるこの俺を差し置いて見苦しいじゃないか。
いっちょ、アイツの所有権を決める勝負。
や ら な い か?」
「「「望むところよ!」」」

物見高き貴腐人どころか大御所まで現れて、もはや現場の収拾はつきそうにない。
ジェシカは才人の顔と正面から向き合い、残り20サントという距離まで押し込まれた。
即座にフラッシュバックする昨日の記憶。
おまけに、才人は才人で寝不足だわ暑いわで目がトロンとして、顔が赤い。
流れる汗で黒髪の毛先はしっとり濡れており、それがいっそう彼の元々持ち合わせていたコケティッシュさを引き立てていた。
才人の顔の一部、少しだけ開いている口元にジェシカの目は寄せられた。
ゴクリ、と意味もなく唾を飲んでしまう。

「サイト、大丈夫?
なんかしんどそうよ」
「んぁ、うん、ダイジョブ、かな」

ジェシカは才人の唇から目に視線を移したが、しっとり輝く黒い瞳にまた魅入られた。

――サイト、案外睫毛長いんだ。

ぼんやり考えながら、周りからの圧力に任せてさらに身を寄せる。
ほとんど正面から抱き合うようなカタチになった。

――ダメ、これはダメ。
かんがえちゃダメ
しえすたごめん……。

周りに押し込まれているのか、自分から身をあずけているのか、ジェシカにはもう判断できなかった。
それは一瞬にも感じられたし、長かったようにも思えた。

「えぇい!
貴様ら、散れ! 散れぃ!!
拘置所にたたっこむぞ!」

ミシェルさんがようやくキレた。
彼女はアニエスさんよりもかなり穏やかな人柄だったがそれでもキレた。
一瞬蜘蛛の子を散らすように包囲を解いた人の壁を押しのけ押しのけ、ジェシカと才人を囲んだまま詰め所に戻った。



7-2 ひょうたんから黒王号

「どうしてこうなった」

才人は拘置所で、ベッドに腰掛けながら一人頭を抱えた。
粗末ながらも壁かけベッドもあり、先ほどまでそこで寝かされていた。
パーカー、ジーンズは脱がされTシャツにパンツ一丁だ
傍らにはボロい椅子と机、その上には水差しと杯がある。

――額に濡れたハンカチ置いてたし、この待遇はヤバいことになったんじゃないだろうけど……。

額のハンカチは可愛らしい赤のチェック柄だった。
ジェシカの趣味である。
とは言え才人には途中からの記憶がなかった。

「確かミシェルさんが来て……」
「呼んだか、ファイト」

最後の記憶、ミシェル副隊長が鉄格子の外から声をかけてきた。
それ、アニエスさんの持ちネタっす、とジト目で才人は睨みつける。
それにミシェルはニヤリ、と笑い返すと鉄格子の鍵を開け、牢内に入ってきた。

「なに、貴様が余計な仕事を増やしてくれた意趣返しというヤツだ」
「んなこと言われても、俺途中から記憶ないっすよ」

ほう、とミシェルは目を丸くした。
ボロ椅子にどかっと腰を落ち着けて居座る気満々だ。

「おそらく熱中症だな。
この暑い中あんなヘンテコな衣装身に着けてるからだ
ここにはお貴族様もめったに来ないし、上着は剥いでおいたぞ」

拘置所の中で、最も風通しが良いところがこの牢屋だったらしい。
私も休憩時間だから涼みに来た、とミシェルは言った。
水差しから杯に水を入れ、一息に飲み干す。
無駄に男らしかった。
そのままもう一度水を注ぎ、飲め、と才人に差し出した
才人は素直に礼を言う。
水を一杯、それだけでもじんわり身体に染み渡って、活力が溢れてくるようだ。
そして気になっていたことを聞いた。

「あの、ジェシカは?
一緒にいた黒髪の平民の子なんですけど」
「ああ、貴様を連行する時一緒に着いてきた娘だな。
特に用もないから帰したぞ。
買出しが終わればまた迎えに来るそうだ。
それと、そのハンケチはその子のだ。
礼を言っておけ」

情けなさに才人は肩を落とした。

――守る、って言ったそばからコレかよ。
うわー、恥ずかしー。

ミシェルが見ていなければゴロゴロのた打ち回りたい気分だった。
そんな内心を察したのか、ミシェルは意地悪な顔で問いかけた。

「『せっかく荷物持ちを買って出たのにあんなことになって恥ずかしい、うわー』と、いったところか。
貴様は貴族になったというのに顔に出やすすぎるな。
アニエス隊長を見習え」

ぐうの音もでなかった。
しかし、はっと表情を改めるとミシェルに質問をぶつけた。

「ミシェルさん、最近トリスタニアで事件ってないですか?」
「そんなもの、年がら年中ことかかん」
「えっと、そう、人攫いとか人買いとか」

才人は『ジェシカ事件』の手がかりを銃士隊に求めたのだ。
これはスカロンの想定外の出来事だった。
ミシェルはふむ、と腕を組んで考えはじめた。

「スラムではそういったことは珍しくない。
ただ、最近か……待てよ、あった、あるぞ」
「ホントですか!?」
「ああ、少し待て。
あの案件はまとめてあったはずだ」

ミシェルは「お前はまだ座っておけ!」と言い残し、牢を出て行った。
才人は三等星のように暗い点と点が繋がりはじめている、と感じた。

――やっぱり俺とスカロン店長の勘違いじゃない。

その思いはミシェルが持ってきた報告書の束でより強くなる。

『商人の子女失踪の件について』

報告書によればガリア戦役直後から起きている。
集中的に起きているので、最近連続事件として正式に調査員が置かれることになった。
十件にも満たないが、共通点は以下の通りである。

・いずれも平民の見目麗しい女性が失踪している。
・失踪直前、家族は普段と様子が違うと感じている。
・不安感を訴えていたモノも三件。
・失踪は日常的に一人で出歩いていた時に起きている。

ビンゴだ、と才人は息をのんだ。

「ミシェルさん、俺、この件について心当たりがあります」

ミ・マドモワゼルもビックリだった。




[29423] 第八話 Fools in the MAGI School
Name: 義雄◆285086aa ID:1951e32c
Date: 2011/08/27 13:06
8-1 赤土の錬金術士

(筆者注:シュヴルーズ・ルールはこのSS限定の設定です。
     金属に格がある、などは原作で明言されていません。)

シュヴルーズ教諭はとかく基礎を重んじる。
戦働きも大事だが、豊かな国を作ることこそ貴族の本懐と心得ている
その授業は錬金、固定化にはじまり、効率的な精神力の用い方、土壌の改良など地味な魔法に重きを置き、自分の成果など語りたがる他の教授陣とは傾向が違う。
貴族らしからぬスタイルは、極一部の傲慢な教師の蔑みを受けている。

――戦働きで国を守らずして何が貴族か。

穏やかなシュヴルーズ教諭は反論することもなく「戦働きも大事ですわね」とニコニコ笑うだけだった。
また、彼女は一切家柄で生徒を区別しない、平等に自らの甥か姪かのように教える。
男爵家から公爵家の子女まで揃うこの魔法学院でも、そのように接しているのは珍しい。
そんな性格もあってか、彼女は教え子に、特に女子に好かれている。
わざわざトリスタニアから魔法学院まで、シュヴルーズに挨拶をしにくる卒業生も後を絶たない。
そんなシュヴルーズ教諭は授業中でも、積極的に発言・質問を受け付けている。

「先生、質問です」
「はい、なんでしょうか。
ミスタ・グラモン」

――またはじまった。

大多数の生徒はそう思った。
水精霊騎士隊の面々のみがワクワクテカテカ顔を輝かせている。

「錬金で、見たことのない金属を生み出すことはできますか?」

これはまた、とシュヴルーズは呻いた。

「理論上は可能です。
ですが、達成したメイジはおそらく存在しません」

彼女は説明を続ける。
まず、イメージが足りない。
見たことも触れたこともなければその金属を具体的に思い浮かべることができない。
そして、これはシュヴルーズの意見だが、"格"が分からない。

「錬金は、各金属に対して必要な精神力量が異なります。
これを私は金属の"格"と呼んでいますが、金属によって大きく違います」

チョークで黒板に長い縦線を書く。
そしてその横に短い線を書き足し、金属名を追記した。

「この縦線がこめる精神力量、横線が必要な精神力量です。
ゴールドは必要精神力量が多く、ミスタ・グラモンの得意な青銅は少ない。
この法則は、シュヴルーズ・ルールと呼ばれています」

自分の名前が使われるなんて恥ずかしいですが、とシュヴルーズ先生。
魔法は個人の感覚によるところが大きく、系統立てて考えるメイジは希少を通り越して珍獣に近い。
もし理論立てて順序だてて考えることができるメイジがもっと多ければ、ハルケギニアはもっと発展している。
このシュヴルーズ・ルールにしても、真鍮は大体青銅の何倍くらいの精神力量、と大雑把なものだが発表当時は波紋を巻き起こした。
すったもんだの末、正しいことが分かり、各国で広く用いられている。

「未知の金属を錬金することは大きな危険を伴います。
大昔のことで製法は失われていますが、ソジウムという金属は水に触れると爆発した、とも聞きます。
決して行わないように」

ギーシュは項垂れ、他の水精霊騎士隊の面々はひそひそと内緒話をしている。
ここでマリコルヌが手を挙げた。

「先生、砂からの金属錬金、金属からの砂錬金は広く知られています。
では金属から同じ種類の金属の細かな粉を錬金することは可能ですか?」
「非常にいい質問ですね、ミスタ・グランドプレ。
その金属粉末に対するイメージをしっかり持っていれば問題ありません。
砂からでも青銅粉末などは錬金できるでしょう」
「では、粒の大きさは制御できますか?」
「ミスタ・グラモンのワルキューレは常に同じ大きさ、形をしていますね。
それが答えです」

ありがとうございました、とマリコルヌは着席する。
水精霊騎士隊の連中は、ニヤニヤしていた。
意外とマトモな質問に拍子抜けした生徒達は、自分たちが染まりつつあることを自覚して愕然とした。



8-2 むしろコイツらがリトル・バスターズ

学院の外れにあるコルベールの研究室。
その隣にコルベール研究室・水精霊騎士隊駐屯所は建っていた。

「諸君、良く来てくれた。
掛けたまえ掛けたまえ。
丁度一段落したところだ」

ボロ小屋の中のさらにボロい椅子に腰掛ける水精霊・四天王。
マリコルヌは、潰れやしないだろうか、と心配しながら腰をおろす。
他の三人は、コルベールが奥の机からもってきた編み籠の中に釘付けだ。

「これが、例のアレですか」
「そうとも!
サイト君の故郷は実に素晴らしい!!
ミス・ツェルプストーではないが、実に情熱的だ!」
「で、コルベール師匠。
今からコイツを試すんですかい?」
「そうせっつくなよギムリ。
美しいものは万全の状態で見てこそだろう?」
「でも、こんな見た目よくわからないモノが……」

四人は何故か知能輝く教師を『コルベール師匠』と呼んでいる。
籠の中にはハルケギニア人が見れば「ナニコレガラクタ?」としか思えないものが詰まっていた。
太い紐をこより、丸くしたもの。
手のひらほどの小さな筒。
棒の先端が太くなり、そこに包帯を巻いたもの。
才人がいれば、思い当たって叫んだかもしれない。

「何にせよ、サイトにはまだ内緒だな」
「ああ、アイツ絶対仰天するぜ?」
「感動して泣き出すかもしれないね」
「訓練に来ない副隊長にはいいオシオキさ」

四人が四人、ニヤニヤしながら籠の中を見る。
コルベールは穏やかな笑みでそれを見守っていた。

「コルベール師匠
ミセス・シュヴルーズに、未知の金属の錬金は非常に危険なのでやめなさい、と言われました」
「錬金に詳しい彼女が言うなら止しておいた方がいいのだろう」
「もうひとつ。
ミセス・シュヴルーズにお願いして緑青を頂いてきました。
あと、粉末の錬金はできるけど、粉塵爆発に注意しなさい、とのことです」
「ふむ、そうですか。
可燃性の金属粉なら確かに危ない」

このコルベール研究室・水精霊騎士隊駐屯所は、爆発物を使いまくるので隔離されている。
レイナールから皮袋を受け取り、中の緑青を取り出す。

「これで青ができますな。
それでは、私は研究に戻ります。
君たちも訓練、がんばりなさい」
「「「「はい!」」」」



8-3 フルメタルなヤツら

授業終了後、日がかるく傾きはじめてから水精霊騎士隊の訓練ははじまる。

「全隊、整列!!」

ザザッ

「アニエス隊長に、敬礼!」

ザッ!

「敬礼、やめ!」

ザッ!!

「貴様らはなんだ!」

『水精霊騎士隊であります!!』

「水精霊騎士隊とはなんだ!」

『女王陛下の盾であります!!』

「貴様らの仕事はなんだ!」

『祖国の礎となることであります!』

「今の貴様らはなんだ!」

『甘ったれた小僧であります!!』

「そうだ、私の仕事は、甘ったれた鼻垂れ小僧な貴様らを使い物に仕上げることだ!
いいか! 今の貴様らは地中でうずくまるモグラにすぎん!!
そんな貴様らに求められることはなんだ!!」

『鍛え、人となることであります!!』

「それはなんのためだ!」

『女王陛下のためであります!!』

「よし、訓練開始!
まずは学院の外周十週だ!!」

『Oui! Capitaine!!』

整然とした一隊が大声を張り上げてひたすらに走る様は、悪夢のようだった。

「アンリエッタ女王が大好きな!」

『アンリエッタ女王が大好きな!!』

「私が誰だか教えてよ!」

『俺が誰だか教えてよ!!』

「1, 2, 3, 4, Ondine(水精霊騎士隊)!」

『1, 2, 3, 4, Ondine!!』

「Mes Ondine!」

『Mes Ondine!!』

「Tes Ondine!」

『Tes Ondine!!』

「Nos Ondine!」

『Nos Ondine!!』

アニエスを先頭に、男どもはさらに声を張り上げる。

「魅惑の妖精、もういらない!」

『魅惑の妖精、もういらない!!』

「私の相手は銃一丁!」

『俺の女は杖一丁!!』

「もし戦場で倒れたら!」

『もし戦場で倒れたら!!』

「棺に入ってご帰宅さ!」

『棺に入ってご帰宅さ!!』

「シュヴァリエマントを飾りつけ!」

『シュヴァリエマントを飾りつけ!!』

「ママに教えて勲功!」

『ママに教えて勲功を!!』



「悪夢ね……」
「ええ……」

木陰でティータイムと洒落こんでいたルイズはキュルケに同意した。



8-4 隊長アニエス・シュヴァリエ・ド・ミラン

「はぁ……」

火の塔一階、与えられた部屋でアニエスはため息をついた。
甲冑を外すこともなく、ベッドの上でへたれている。

――つかれた、じんせいにつかれた。

はじまりは女王陛下の一言だった。

『ロマリアもなにか企んでいるようだし、軍備を増強しておいたほうがいいわね。
でも下手に信用できない貴族たちを強化するのは……。
そうだ! アニエス、水精霊騎士隊の訓練に行ってきて。
さらさらさらっと。
これ命令書ね、アンリエッタがサイト殿を気遣っていたと伝えておいてね』

それが十日ほど前の話。
疲れているのか、かるぅーい感じで出された命令を受け、アニエスは訓練に来ていた。
最初の頃は軍隊式調練ではあるものの、こんな風じゃなかった。
フルメタルじゃなかった。

――全部、サイトが悪い。
大体、副隊長のくせにアイツが訓練に来ないとはどういうことだ!

たれアニエスさんは憤慨した。
たれた顔のまま目だけがクワッと見開かれる。
だがすぐに力を失うとよりいっそうへたれた。
はじまりは例によって才人の余計な一言だった。

『なんか思い出すなぁ……』
『ん、何をだい?
シュヴァリエ・ド・ヒラガ殿』
『そういう意地の悪い言い方しないでくれよギムリ。
いや、俺の故郷の、んー、演劇でさ、軍隊をテーマにしたヤツがあったんだよ』
『へぇ、どんな?』
『こう、小太りな教官が出てきてさ……』

ギムリはその話を大変面白がった。
そして四天王に話を通した。
翌日から訓練風景が変わった。
それが一週間ほど前の話。

――自分達でやる分はいいが、私まで巻き込まないでくれ……。

それでも才人がいた頃は良かった。
彼を集中的に怒鳴りつけることで引き締めができたからだ。
しかしここ二、三日彼がいない。
大貴族の子女を怒鳴りつけ、時には殴りつける。
元・平民、銃士隊隊長とは言え、一介のシュヴァリエには新手の拷問だった。
しかも才人は余計ことをしていた。

『というわけで、訓練中のみ名前を変えよう』
『それはまた、一体どういう意味があるんだ?』
『うるさい、様式美だレイナール。
お前は、そうだな、ジョーカーだ』
『いいじゃねぇか、隊員の代表格の俺らはアニエス隊長に怒鳴られることが多い。
家名よりも、簡単なあだ名の方がアニエス隊長もやりやすいだろ』
『わかってるな、ギムリ。
じゃあお前はカウボーイだ』
『サイトは毎度毎度変なことをやらかすな。
まぁ怒鳴りつけられるのは、こう、クルものがあるからいいけどさ』
『マリコルヌは微笑みデブ』
『『『素晴らしいあだ名じゃないか!!』』』
『黙れ! どこが素晴らしいって言うんだ!!』
『想像してみろ、マリコルヌ』
『アニエス隊長がお前を「微笑みデブ!」と罵る様をよ』
『……トレビアン』
『で、僕のあだ名はやはりエレガントに』
『『『『お前は「薔薇野郎」だ』』』』
『ちょっ! モンモランシーに変な意味に取られたらどうするんだ!?』

特に素晴らしいあだ名をもらったマリコルヌの処遇に困った。

『何をやっている微笑みデブ!
貴様がノロノロしてると連帯責任でもう十周追加するぞ!!』
『あひん!
も……もっと!!』

始末に終えない、とまたため息を一つ。
最近彼は杖にシャーリーンという名前をつけて磨いているらしい。
もう色々と末期だった。
このままではアニエス隊長がトイレで殺されかねない。

――コンコン――

ノック音にアニエスは起き上がり、どうぞ、と声を掛けた。
ドアを開けたその者は……!!




[29423] 第九話 酉州峪亜の女性ジェシカ
Name: 義雄◆285086aa ID:1951e32c
Date: 2011/08/27 22:38
9-1 スーパーサイト人

才人はグレた。

「へぇ、あんまり、っていうか……。
ないわね、これはない」
「あぁ、これはないな」

女性陣からのダメ出しに才人は泣きそうだった。
すっげー!と思って水に濡らした髪を逆立てて遊んでいたハイテンションも、今は地平すれすれを飛んでいる。
「クリリンのことかー!!」とニヤけながら叫んでいた姿は見る影もない。

「サイトって、黒髪以外ありえないのね」
「なんというか、貧相さがより際立つな」

フルボッコだった。
るーるーるーと静かに涙した。
彼は今、金髪である。

「ま、いいわ。
これで街に出てもダイジョウブでしょ」
「またあんな騒ぎは起こしてくれるなよ」

とにかく才人は目立つ。
特に黒髪が目立つ。
トリスタニアで黒髪を見れば、タルブ村出身だな、と分かるくらいに希少な髪色だ。
さらに不可思議な服装、とくれば個人特定は余裕である。
ジェシカは一計を案じ、才人のイメチェンに成功した。
二人で通りを歩いても注目される気配はない。

「にしても、コレどうなってんだ?」
「さぁ? 水メイジの知り合いにでも聞いてみたら」

ハルケギニアでは派手派手しい髪色の人が多い。
そんな人たちが互いに見て「コイツの髪、良い色だ」とか「俺もこんな色合いだったらなぁ」と思ったのが魔法染料のはじまりだとか。
今ではかなりの数が作られており、才人が使ったのは30分お試し瓶だ。
安価な代わりに効果もすぐ終わる。
これで髪色の具合を見て効果の長いモノを買うのだ。

――なんつーか、髪の色でファッションっていうのは日本と同じなんだな。
やべ、なんか涙出てきそう。

母親にメールを送ってから、才人は日本を懐かしむことが多くなった。
ふとした拍子にこみ上げて来る郷愁に、視界がうっすらと滲む。
ジェシカはそんな才人を少し心配気な顔で見ていた。

――いきなり涙ぐんでどうしたんだろ。
よっぽどダメ出しが効いたのかしら?

才人を慰めるために、えいっとジェシカは彼の左腕に抱きついた。

――や、柔らかい!!

昨夜タバサに転びかけた彼は、改めて巨乳の偉大さを知った。
さっきまでは寂しさで苦しかったのに、今ではなんともない。
むしろ元気ハツラツゥ!!と叫びたいほどだ。

「よっ、ジェシカ!
そんな冴えない男より俺にしとけよ!!」
「おあいにく様、私は良いトコ知ってんのよ!」

ジェシカはハゲ頭の店主のからかいも軽くあしらっている。
それでも少しは恥ずかしかったのか、抱きついていた力が弱まった。
そのタイミングで才人は現実に回帰した。

――ルイズは可愛い。
でもやっぱりおっぱいは偉大だ。
これは早急に対処しないといけない問題だ……。

回帰しきれていなかった。
巨乳と可愛さがあわさって最強に見えるルイズを想像しかけて、才人ははっとした。

――違う!
早急に対処しないといけない問題は『ジェシカ事件』だ!!

一気に体温が下がる。
ふらふらしていた今朝と違って周りが良く見えるようになった。
やはり怪しい人影は見えない。
腕に抱きついているジェシカも不安げな感じはしない。
むしろ少し楽しそうだ。
だが顔の右半分はシリアスで左半分はでれっとしている才人は非常に怪しかった。
才人は周りを気にしていないアピールとして、歌を口ずさみ始めた。

「マリーって誰よ?」
「さぁ……巴里に住んでる金持ちの子、かな?」
「自分で歌っといてなんで疑問系なのよ」
「そういう歌なんだから仕方ないじゃん」
「それにあんた町外れじゃなくて魔法学院に住んでるし、絵描きじゃないし」

ジェシカのお気には召さなかったようだ。
歌には自信あるんだけどなー、と一人ぼやく。
この時代の歌は、麦踏歌や英雄譚が主なので、某イタリアの狂想曲なメタルバンドの歌は受けるだろう。

――妖精亭に戻ったらスカロン店長に報告しよう。

と、ここで才人はかいだことのある匂いに気づく。
露店が立ち並び、様々なスパイス、香水の匂いでいっぱいだった。
しかし、彼がこの匂いを嗅ぎ間違えるはずもなかった。
あー匂いにも幻ってあるのか、幻臭とか、と考え、ようやく振り向く。
その露店では蝋布で密封された壺詰が大量に並んでいる。
何人か客が並んでいて、栗色の髪の店主がそのうち一つの壺の中身を小皿に移し、客に味見を勧めていた。

「ジェシカ、あの露店見ていいかな」
「え、いいけど、どしたの??」

許可を求める、というよりも確認だった。
ふらふらと露店に近寄る。

「これなるは私の故郷、ロマリアの味、ガルム!
素晴らしい調味料だ、是非味見をしていってくれ!!」

才人も指を伸ばし、黒々とした液体を指先につける。
舌で味わえば、懐かしさに再び涙が零れ落ちた。

「しょうゆだ……」

周りの客も店主もドン引きだった。
調味料を舐めたらいきなり泣き出した金髪の男。
店主は慌ててガルムの味を確かめ、腐っていないか確認する。
ジェシカは潤んだ瞳の才人を見てちょっとだけドキッとした。

「大丈夫……?」
「うん、ダイジョウブ
おっちゃん、そこの壺全部しょ、ガルムってヤツ?」
「ああ、そうだが……」
「どのくらいで腐るかな?」
「保存の仕方によるな。
上手くやれば一年近く保つ。
不安なら、解除の手間は増えるがメイジに依頼して固定化をかければ良いだろう」
「これで、買えるだけ全部下さい!」

皮袋から30枚ほどの金貨を無造作に差し出す。
平民一人が暮らすのに一年120エキューなのでこれは大金だ。
店主は慌てて、しかしゆっくりと金貨を数えて言った。

「24エキューあるな。
私が持ってきたガルム20壺の対価として、とてもではないが釣り合わない。
5エキューで結構だ」

昔は高級な香水より高かったらしいがな、と店主は笑う。
これにはジェシカが驚いた。
商人の基本は安く仕入れ、高く売る。
さっきの才人の様子を見ればどれだけふっかけても買い占めるだろう。

「あの、そんなんでいいの?
あたしが言うのもなんだけど、もっとお金とれるのよ?」
「私は、商売とは誠意である、と考えている。
人を騙して得た金は往々にして失いやすいものだ。
それにロマリアで買った分、輸送費、旅費など元は十分以上にとれている」

それに私の本業は商人ではなく温泉技師だ、と店主は言った。
才人は店主の人柄に感極まって、ジェシカの腕を振り解いて抱きついた。

「おっちゃんありがとーー!!」
「ははは、何をする。
いや、やめてくれ、本心からやめてくれ」

違う、私は違うんだ、と店主はホント嫌そうな顔をしていた。
何か嫌な思い出があるのか、冷や汗を流しながら腰が引けている。
その様子にジェシカは、サイトってホントにそっちのケがあるのかしら、と衝撃を受けている。
しばらくその一方的な抱擁は続き、詰め所を出てから30分がたっていた。

「あ」
「「「「え?」」」」



9-2 もしトラ(もし虎街道の英雄が異常に広い交流関係をもっていたら)

才人は物見高き貴腐人、タニアっ子、ガチっぽい人たちの追撃を、デルフ片手に縦横無尽に駆け抜け振り切った。
ジェシカを背負っているのでココロの震えは3倍増しだ。
デルフリンガーは、俺最近こんなのばっかだ、としょげている。

「さ、さっすがアルビオンの英雄サマは違うわね。
すっごく速かったわ」
「ま、半分ズルみたいなもんだけどさ。
あとその『英雄』ってやめてくれ」

こっ恥ずかしくて顔が赤くなる、と才人。
実際彼の顔は、二つの果実のおかげで紅くなっていた。
一方ジェシカも昨夜に引続き才人の背中に抱きつき、首筋に顔をうずめていたせいで耳まで赤い。
魅惑の妖精亭裏口を使って店内に滑り込む二人、ここでようやくジェシカは才人の背中から降りた。

「ありがと、お疲れさま」
「いえいえ、どーいたしまして」

むしろ買い物の邪魔しちまったしなぁ、と言う才人にジェシカは笑いかける。

「いいのよ、サイトって見るからにトリスタニア慣れしてないし。
何事もなく買い物が終わるなんて思ってなかったわよ」
「げっ、元々信用なかったのかよ」

ちぇー、と口を尖らせて才人は厨房奥の事務室に向かう。
彼の背中を見送った彼女はため息をついた。

――ダメだわ、近づきすぎた。
どんどん惹かれていってる気がする。
少し距離をとらないと……。

心の中で反省する。
優しい彼女は従姉妹と男の取り合いなんてしたくなかった。

――シエスタのほうが絶対良い子なんだから。
あたしなんかがでしゃばってもいいことない。

よし、と力を込めて、ジェシカは自室に引っ込み、一眠りすることにした。



「スカロン店長、今大丈夫ですか?」

一方才人はマジモードだった。
帳簿をつけていたスカロンは顔を上げる。

「何かあったのかしら?」

おかしい、とスカロンは感じる。
才人の表情が真剣すぎる。

――ひょっとして、運良く、いえ運悪く酔っ払いにでも絡まれたのかしら。
いつもよりかなり時間もかかってたみたいだし。

スカロンはニヨニヨしながら話を聞くつもりだったが、度肝を抜かれてしまった。

「やっぱりジェシカが狙われている可能性は高そうです」

そして詰め所で得た情報を才人は説明した。
トリスタニアは広い、商工会は存在するが、東西南北の区によって独立している。
ブルドンネ街はちょうど西区に存在しており、失踪が起きた他の区の情報がまだ入っていなかった。

「失踪は西区ではまだ起きてません。
おそらく次狙われるのは西区、もっと言えばジェシカだと思います」
「えぇ……トリスタニアでこんな事件がおきていたなんて」

情報を制する酒場の商人らしからぬ失態だった。
スカロンは急いで考えをまとめる。

――これは、ちょっとやっちゃったかしらね。
実際に事件が起きているとなると、あら?
そうでもないかしら??

元々才人の協力はとりつけてある。
この機会によりジェシカと近づいてもらってそのままゴールインできるんじゃ、と楽天的に考えた。

――話が大きくならなければ問題ないわね。
一応サイト君に釘を刺しておかないと。

しかし、最近の才人は電光石火の素早さで色々やらかしている。

「店長、安心してください。
銃士隊にも話は通してますし、衛士も二時間に一回はこの付近に来てくれるそうです。
あ、それからたまたまゼッサール隊長にも会って、色々手を回してくれるみたいですよ」

本来銃士隊は近衛であって、女王陛下の権限なく動かせない。
だがゼロの使い魔こと、平賀才人は女王陛下の歓心を得ている。
ミシェルはそのことを良く心得ていて、一筆したため鳩でアンリエッタに書簡を送り、緊急時に権限を彼に与えることが承諾された。
ゼッサール・マンティコア隊隊長も、ワルド裏切り事件から才人のことを、元平民とバカにせず高く評価している。
今回のきな臭い件も二つ返事で協力を約束し、非常時の命令権限を書にしたためてくれた。
嬉しそうに二つの権利書をスカロンに見せる才人。
ミ・マドモワゼルは意識を飛ばした。



9-3 炎の食材

才人はスカロンが倒れたのを見て「スカロン、あなた疲れてるのよ」となんとなく呟き、彼をベッドまで運んであげた。
さて、親切な店主が妖精亭までガルムを運んできてくれた。
才人は小躍りしながらそれを受け取り、厨房にこもった。
まず彼は考えをまとめる。

――醤油、待ちに待った醤油だ。
日本のヤツとどう違うか、確認しないと。

一つの壺を開封し、小皿にあける。

――色はいい、ほとんど変わらない。
においも、魚を原料にしてたってワリにふつうだ。

じっくりと皿を睨みつけ、鼻を近づける。
続いてゆっくりとスプーンでガルムをすくい、舐めた。

――なんだろ、ちょっと違う。
甘みがあるっていうのかな?

日本の醤油とは違うものの、おおむね納得できる味だ、と才人は満足した。

――コイツで何を作るか、それが問題だ。
これだけは、これだけは俺がやらないと。
マルトー親方やシエスタに投げたくない。

ハルケギニア流日本料理第一号は独占したいし、せっかくだから完成品を賞味して欲しい。
才人は決意を新たに再び皿を睨みつけた。

――でも、俺は難しいことはできねぇ。
しっかりと思い出さないと……。

とりあえず自分ひとり味わうのもなんなので、デルフに味あわせることにした。
裏口を出てデルフにとぽとぽとガルムをかける。
嫌がらせ以外のなにものでもなかった。
デルフは一言も発しなかった。

――むぅ、デルフにはあわなかったか、この味。
ロマリアの人はよく使ってるみたいだから、ハルケギニア人の味覚にあわない、ってことはないだろうけど……。

才人はデルフをただの剣とは思っていなかった。
相棒だと胸を張って言える。
ただ相棒のねぎらい方は最悪だった。
暑さと醤油が手に入ったテンションで、彼の頭は冷静に沸いていた。
時間も忘れて考えにふける。
彼が気づいた時にはすでに日が傾き始めていた。

「やべ、今日も訓練サボっちまった」

今頃みんな外周を走っていることだろう。
そのとき、起きたジェシカが厨房にやってきた。

「あら、サイト。
厨房こもってなにやってんの」
「いや、朝に買ったガルムでちょっと。
故郷の料理を作ろうと思ってるけど、なかなか良いのが思いつかなくってさ」
「へー、一口もらうね」

ジェシカは才人が止める間もなくガルムを指にとり、舐めた。

「んー、なんというか、独特な味よね。
魚にも肉にもあいそうって言うか」
「ワリと万能の調味料だから逆に悩んじゃうんだよ。
あ、でもコレ使った料理第一号は俺が独り占めしたいんだ。
ジェシカは手出ししないでくれ」
「はいはい、じゃーパパを起こしてくるわ」

ジェシカが去った厨房で、再び一人考え込む。

――味噌とか、みりんとか、日本酒がない。
純粋な和食を作るのは多分難しい、そんな腕前もないし。
素材勝負なら刺身だけど、流石にガンダールヴでもそれは無理だろうな。

「あらあら、サイト君。
こんなところで何してるの。
あら、それってガルムかしら?」

ジェシカとスカロンが厨房にやってくる。
スカロンは局所的記憶喪失にでもなったのか、ショックで気絶したとは思えないほど元気に見えた。

「おじいちゃんが長年欲しがってたけど、昔は高くってついに買えなかったのよ。
アレがあればヤッコもサカムッシュも、テリヤキもできるのに、って肩を落としてたわ」

故武雄氏は豊富な料理の知識があったようだ。
何かに気づいた才人は、スカロンの顔を食い入るように見つめた。

「いま、テリヤキ、って言いましたよね」
「え、えぇ……。
お魚の切り身にガルムから作った調味料を塗って食べるんでしょ?
おじいちゃんは『将来ガルムが手に入れば味わってくれ』って、色々レシピを残しているけど」

才人の心が燃え上がった。



[29423] 第十話 Get drunk, Frenzy!
Name: 義雄◆285086aa ID:b6606328
Date: 2011/09/03 07:54
10-1 ファントム・ルイズ

果たして、ドアを開けたのはルイズだった。

「ミス・ヴァリエール、何か問題でも?」

彼女はずいっと右手を突き出した。
瓶の中は琥珀色の液体で満たされている。

「ろむわよぉ」

アニエスは額に手を当てた。

――さて、『ろむわよぉ』と来たわけか。
まずこの意味を理解する必要があるな。
単語ごとに分解すると『ろむ』『わ』『よぉ』になるか。
『ろむ』とはなんだ?
ああ! 昔聞いたことがある。
会議などに出席はしているが一切発言をしない人のことをそう呼んだ、と聞く。(Read Only Member)
では、『わ』は?
これは『は』ではなかろうか。
最後の『よぉ』が難しい。
よぉ、よぉ、よぉ。
通常呼びかけに使われる言葉だが……。
いや、ここは捻らず普通に解釈しよう。
つまりミス・ヴァリエールはこう言いたいわけだ。
『ROMはよぉ』
つまり、ROMを行っている人に何か伝えるべきことがある、ということだな。

うんうん、とアニエスは自分の考察に満足した。
腕を組んで次の言葉を待つ。

「ろむわよっれいっれんのよ!」

アニエスは再度額に手を当てた。

――前半はいい、先ほどと同じだ。
つまり先ほどの言葉を補足しつつも新たに伝えたいことを発言した、ということか。
『っれいっれんのよ』か。
小さい『っ』は雑音だな、ミス・ヴァリエールにはたまにどもると聞いている。
ということは『れいれんのよ』。
これもまた分解してみようか、『れい』『れん』『のよ』
『のよ』は語尾だな、間違いない。
『れい』もおそらく『零』か、ミス・ゼロらしいというかなんというか。
では『れん』はなんだ……。
これは難問だ。
れん、れん、れん……。
わからん、さっぱりだ。
『れん』の意味は、ああ!
噛んだのか!!
確かにミス・ヴァリエール主従は噛みやすい、という噂が一時立っていた。
噛み様、噛み噛み王との異名をサイトも持っていたはずだ。
何を噛めば『れん』になるのか、多分『てん』だな。
となると『点』か。
『零点のよ』
うむ、のよ、というのはおかしいな。
だからきっとこう言いたかったに違いない
『ROMは零点なのよ!』
きちんと意味が通るではないか。
つまり、簡単でもいいから感想が欲しい、ということが言いたかったわけだな、彼女は。
アニエス隊長は良い顔で額の汗を拭った。

「わかった、確かに伝えておこう」
「らから、ろむわよっれいっれんのよ!!」

またか、三度手をやる。

――『らから』
まっとうにとれば、『ら、から』だ。
つまり『ら、より』と同義語になる。
『ら、からROMは零点なのよ!!』
うむ、意味不明だ。
『ら』に焦点を当ててみるか。
『ら』つまり『RA』ないし『LA』
なにか省略した、ということか?
私に若者言葉の解読を求めないで欲しいんだが……。
RARARA、う~ん。
お、そういえば。
『RA』には無作為に接続する、という意味があったはずだ。(Random Access)
『RA、からROMは零点なのよ』
ふむ。
彼女が言いたいのは「SSを手当たり次第に読み漁っている暇があれば、お気に入りの作者さんのために感想書いてあげなさい、じゃないと零点なんだから!」ということか!!
アニエスは異文化コミュニケーションに成功したことに手ごたえを感じていた。

――私も召喚ネク、Thornsmancerの端くれだ、某SSの感想を今度書こう。

分かる人にしか分からない、憎恐破三兄弟をボコるゲームをアニエスさんは想像する。

「なるほど、確かに感想はやる気につながぼぉっ!!」
「きぃぃぃいいい!!!」

ルイズさんは酒瓶をぶち込んだ。
なんというか、メタメタだった。



10-2 苦労人の攻撃

ルイズを探してシエスタがアニエスの部屋を訪れた。
ドアから覗いて仰天した。

――ミス・ヴァリエールが正座してる!!

背中しか見えないが特徴的なピンク・ブロンドですぐにわかる。
そのまん前にアニエスさんが椅子にどっかりと腰をおろしてナニかをラッパ飲みしていた。

「メイド、貴様も入れ」
「は、はい」

目が据わっていた。
シエスタは基本従順な子なので大人しく部屋に入り、威圧感に負けてルイズの隣に正座した。
アニエスさんが語りはじめた。

「何なんだ貴様らはよぉ。
口を開けばサイトサイトサイトって。
銃士隊なめてんのか、あァ!?」

本職顔負け、というか本職だった。

「だぁいたいそのサイトはどこいってんだこらぁー!!!
ぁんであたいが来たとき見計らったみたいにトリスタニアいってんだぁ!!」

アニエスさんは初弟子の才人を非常にかわいがっている、力士的な意味で。

「ァアンリエッタもアンリエッタだ。
な~に~が~気遣っていただぁ!!
気違いの間違いだろうが!!!」

不敬ってレベルじゃない。
今のアニエスさんはさくっと斬首されても文句をいえなかった。
ルイズはぷるぷる怯えている。
シエスタもがたがた震えている。

「あの女は男のために国政疎かにするタイプだ、間違いねぇ!!
てかサイトのために国傾けるに決まってんだろぉがよぉおおおおお!!!!」

ぐいっと瓶を傾ける。
シエスタのメイドアイが、アルビオンモノの非加水ウィスキーであることを見出した。

――アレってすごく強力なお酒だったはず……。

「おい、メイド」
「は、はいっ!?」
「貴様もやれ」



10-3 メイドの復讐

タバサは珍しい客を迎えていた。

「ミス・タバサ、ちょっとよろしいでしょうか」

黙って部屋に迎え入れた。
頬を染めて目がトロンとしたシエスタには妙な色気がある。

「あなた、調子乗ってませんか?」

タバサは早速後悔した。

「ちょっとちっちゃくて可愛いからってなんですか。
なんなんですか。
温厚なわたしだって怒りたくなります。
てか横から入ってきてるんじゃねぇこの泥棒猫がぁ!!」

シエスタは噴火した。
顔も怒りで真っ赤に燃える。

「サイトさんが高貴な血筋に弱いからって!
なぁにが『わたしの騎士様』ですか。
ずっと前からサイトさんは『我らの剣』なんです!!
むしろ『わたしの剣』です!」

そしてわたしは肉の鞘です、とシエスタは真顔で最低なことを言った。

「だいたいあなたの体型、ミス・ヴァリエールとかぶってるんですよ。
怒った? 怒りました??
でも言います。
あなたみたいなちんちくりん、もう必要ありません!!」

タバサはここでシエスタの左手に酒瓶が握られていることに気づいた。

「ちょっと妹的立場を利用してサイトさんに甘えちゃって。
昨夜のアレもなんですか、マーキングですか、発情期の猫ですか。
やっぱり泥棒猫じゃないですか!!
ああやらしい!」

シエスタはいよいよ有頂天だ。

「あなたたくさん本を読んでますよね。
きっと恋愛小説もたくさん読んでるんでしょ?
恋の駆け引きとか略奪愛のススメとか読んでるんでしょ??
それともアレですか。
バタフライ伯爵夫人も真っ青なぬちょぬちょぐちゃぐちゃなヤツですか!
まぁやっぱりいやらしい!!
今度貸してください!」

タバサは酒瓶を奪おうと手を伸ばす。
しかしシエスタはそれをかわす。

「どんなことが書いてあるんですか。
あとで借りますけど教えて下さい。
さぁ、早く、今すぐ語ってください。
あなたの欲望を解き放ってください」

タバサは「ダメだコイツ、早く何とかしないと……」と思いながらレビテーションを唱えた。
宙を舞う酒瓶を左手でキャッチする。

「そぉい!!」

シエスタが、よせばいいのに飲み口をタバサの口内へダンクシュートした。



10-4 新たなる犠牲

「あら、珍しいわねタバサ」

キュルケはちょこんと青いナイトキャップをかぶったタバサを見て驚いた。
彼女は幽霊やらお化けやらが怖いので夜間に火の塔内部を移動するのは珍しい。

「いれて」

タバサは珍しくキュルケをぐいぐい部屋の中に押し込んだ。
さらにぐいぐい押し続け、キュルケをベッドに押し倒した。

――え、この子どうしちゃったの?
サイトを好きになったんじゃなかったの??

タバサはマウントポジションをとった。
頬が染まっている。
目も垂れ下がっている。
キュルケは百合百合しい気配を感じた。

「あのね、タバサ。
あなたの気持ちは嬉しいけどッ!?」
「ん」

タバサは酒瓶を突っ込んだ。

「飲んで」

「飲んで」

「飲んで」

「飲んで」

「飲んで」



10-5 微熱の逆襲

ルイズはようやく部屋に戻ってきた。

――なんで私あんな目にあったのかしら。

気がつけばアニエスの部屋で正座していた。
しかも部屋の主は椅子に座ったまま寝ていた。
体内の毒を吐ききったかのように、穏やかな顔で眠っていた。
何故か痛む頭を抱えながら自室へ帰ったのは、もう日付が変わる頃だった。

――早く寝ましょ、明日に響くわ。

うつぶせにベッドへ倒れ込んだ。
ごろんと仰向けに転がる。

――ベッド、広いな。

横に転がる。
外から水精霊四天王の声がする。

――あいつらまだ騒いでるんだ。
サイトもいないって言うのに……。

ため息を一つ。
窓の外が不自然に明るい。
きっと何か燃やして遊んでいるのだろう。

「サイト……」

彼は功績を上げすぎた。
それがルイズの不安を煽る。
彼に思いを寄せているのはシエスタ、タバサ、ティファニア、たぶんジェシカ、そして、おそらくアンリエッタも。

「バカ……」

枕を抱きしめる。

――確かに今日はもう帰ってくるな、って言ったわよ。
それでも誠心誠意謝れば許さないでもなかったわ。
なのにサイトったら……。

寝返りを打つ。

――やめよう。
高圧的に出るのはよくないわ。
もっと、心の底から素直にならなきゃ。

誰かにとられちゃう、という言葉が部屋の空気に溶けた。
そのときドアをノックする音が鳴り響く。

――サイトだわ、やっぱり帰ってきてくれたんだ!!
ルイズは跳ね起き、ドアを開けた。

「るいずぅ、水をちょぉだぃ……」

サイトじゃなかった。
ルイズは静かにドアを閉めた。
強く叩かれる扉。

「なに、私、もう寝るの。
おやすみ」
「その前にお水……ぅうっ!」

『くらえッ! ルイズッ!
半径1メイル○○○○○スプラッシュをーーーッ!!』



10-6 才人の帰還

明け方、シルフィードに乗って才人は魔法学院に戻ってきた。

「……なんだこれ」

ヴェストリの広場に点在する燃えカス。

「……なんだこれ」

ドア開きっぱの上、椅子に座りながら眠るアニエス。
しかも顔がニヤけている。

「……なんだこれ」

キュルケの部屋もドアが開いている。
何故かベッドにはタバサが倒れていた。

「……なんだこれ」

ルイズの部屋の前にはナニカが散乱していた。
それを避けて部屋に入ればルイズとキュルケが一緒に寝ている。

「一日で何があったんだよ……」

明確な答えをもっている者は誰一人いない。



[29423] 第十一話 スマイル
Name: 義雄◆285086aa ID:b6606328
Date: 2011/08/28 16:26
11-1 続・炎の食材

神の左手ガンダールヴ。
勇猛果敢な神の鍋。
左に握った大鍋と、右に掴んだ包丁で、選ばれし食材を捌ききる。

神の右手はヴィンダールヴ。
心優しき神の斧。
あらゆる獣を操りて、選びし食材を屠るは地海空。

神の頭脳はミョズニトニルン。
知恵のかたまり神の舌。
あらゆる知識を溜め込みて、選びし食材に調味を呈す。

そして最後にもう一人……。記すことさえはばかれる……。

「ゲーッハッハハ!!」

絶好調である。
強力な炎の上で中華鍋が乱舞する。
宙を舞う褐色のソースは弧を描き、再び鍋に収まっていく。

「ホント厨房は地獄だぜぇぇっ!!」



今日は週に一度の虚無の日。
はじまりはこんなこと。

「おぅ、どうした我らの剣」

厨房に一人立ち尽くす才人の背中。

「マルトー親方……!」

振り向いたその顔には滂沱の涙。

「料理がしたいです……」

そのままがっくり膝をつく才人。
意味は良く分からなかったが、マルトー親方は快く一つの竈、器具、少々のスペースを貸した。
それが大体昼食直後のことである。
才人はまず皮袋からタマネギを取り出した。
さっと水洗いして皮を剥き剥き。
そしてまな板の上に置く。

「厨房は戦場、食材は敵兵。
ならば、包丁は敵を打ち倒す武器!
フライパンは攻撃もできるバックラー!!」

ぴかーんと厨房を満たす神々しい光。
ガンダールヴの無駄づかいにもほどがある。

「うぉぉぉおおおおお!!!!!!!」

七万の敵兵に突っ込むかのような、雄々しい咆哮を上げながら、彼は両手の包丁を振りかざした。
それは嵐のような調理風景だった。
まな板の上で煌く銀閃は豪雨、間断なく生み出される音は軒先を叩く雨音、あまりに素早いその包丁撃は厨房に風を巻き起こした。

「あ、ダメだ。
だけど涙が出ちゃう、だってオトコノコだもんっ……。
いや、これは辛い、痛い痛い」

だが、アルビオン兵七万人を止めた男もタマネギには勝てなかった。
すぐにヘタレて動きが止まる。
まな板の上ではみじん切りにされたタマネギがつやつやと輝いていた。
それをフライパンにうつし、強火の竈にかける。

「ゲーッハッハハ!!
タマネギどもよ!
我が力によって狐色になるがいい!!」

フライパンを振るう必要もないのに振りまくっている英雄。
先ほどの光景とは違って実にアレだった。
こんがり色づいたことを確認し、フライパンの底を水につけた。

「よーしっ、次だ」

次に皮袋から出てきたのは、何かの葉でくるまれた牛肉と豚肉だった。

「うぉぉぉおおおおお!!!!!!!」

川の中州で歴戦の兵どもに挑むかのような、猛々しい雄たけびを上げながら、彼は両手の包丁をくるりと一回転させ、振り下ろした。
それはダンスのような調理風景だった。
二振りの刃がまな板の上を踊る、踊る、踊る。
小刻みな包丁音はプロが踊るタップダンスを連想させた。
最後に才人は包丁をくるくる回し、カカンッとまな板に打ち付けた。

「ふぅははははははぁ!!」

続いて卵を手にとり、小鉢へ流星の如く叩きつける!
一切の殻を紛れさせることなく艶やかな中身が現れ、黄身と白身を選り分けた。
ミンチになった肉、狐色のみじんタマネギ、卵の黄身、パン粉。
これらを一つのボウルに入れ、袖をまくり、手を突っ込む!

――俺が作ろうとしているのはなんだ?
ハンバーグだ。
でもそれだけじゃない。

左腕でボウルを抱え、一心不乱に肉をこねる。

――最終目標を想像しろ。
俺が作るのはなんだ?

ルーンが仄かに輝きはじめた。

――これはなんだ。
ハンバーガーだ。
ハンバーガーとはなんだ。
日本どころかを世界を制圧するファーストフードだ。
ならば、これはただの料理なんかじゃない。
俺が作るのは、胃袋に対する武器だ。
天下無双の攻撃力をもつ武器なんだ!!

再び厨房を満たすルーンの光。
始祖ブリミルも草葉の影で泣いているに違いない。
竜巻のように荒々しく、しかし乙女のむ、いや肌に触れるように優しく、彼は肉を蹂躙した。

「親方、空いてる竈もいっこ借ります」
「お、ぉういいとも」

肉を円形に整え、熱したフライパンに優しく並べる。
我が子の旅立ちを見守るような眼差しで蓋をし、地球製リュックサックから底の丸い、中華鍋のような鉄鍋を取り出した。
そして舞台は冒頭へ戻る。

「ゲーッハッハハッ!!」

醤油、砂糖、武雄印の日本酒モドキを混ぜ合わせた液体が飛び立ち、鉄鍋と言う名の巣へ帰る。
勿論、ソースを作る際に虚空を踊らせる必要は一切ない。
才人に言わせるならば、様式美だ。

「親方!
マヨネーズとレタス、ありましたよね!?」
「あるにはあるが……」

こりゃ一体なんだ、とは口に出せなかった。
目がギラついている。
三日間何も食べていない人間のようだ。
マルトーは素直にその二つを差し出した。
そうしている内にも才人はフライパンのハンバーグをひっくり返し、皮袋からバンズを取り出す。
そして右手に構えたナイフを一閃。
見事な技術だがやっぱり無駄だった。
やがて肉は焼き上がり、ソースが完成した。
ハンバーグをたっぷりとソースに絡める。
皿の上にバンズ、レタス、 ハンバーグ、マヨネーズ少々、レタス、バンズを重ねる。
崩さないように両手で持ち上げる。

「ゆ、夢にまで見た照り焼きばぁがぁ……」

すべての食材に感謝の意を示し。

「いただきます」

かぶりついた。

――美味しい。
美味しい美味しい美味しい!
だけどなんでだ。
なんで涙が止まらないんだろう。

厨房の面々はさっきからドン引きしてたが、マルトーが代表して話しかけた。

「どうした……我らの剣」
「メインディッシュ、決定だ」

今なら十連くぎゅパンチも打てる。
彼は、答えを得た英霊のような、満ち足りた笑顔で呟いた。



11-2 メタ・ナイツ

「サイト、サイトじゃないか!」
「んぁ、ギーシュか」

あの後、武雄レシピをマルトーへ託し、一品だけ料理を依頼して才人は青空の下に出てきていた。
そこに駆け寄ってくる水精霊四天王。
この暑い中、しかも貴重な休日、額に汗をにじませながらナニかをしていたようだ。

「いや、久しぶりだな副隊長。
なんというか、はじめて会ったような気がしないでもない」
「そりゃどういう意味だよレイナール」
「はっはっは、三日前にも会った、いや、会ったっけ?
言われてみれば僕もはじめて会った気がする」
「いやいやいや、おかしいだろお前ら!」
「実は俺も……はじめて会ったような」
「僕も僕も」

これは新手のイジメだろうか、と才人は嘆息した。

「いーよもう、折角訓練前に旨いモン食わせてやろうと思ったのに」
「サイト、僕たち親友だよな?」
「顔が近い暑い近寄るなマリコルヌッ!!」
「君が泣くまで近寄るのをやめない」
「ココロの中ではもう泣いてるよ!」
「まぁまぁ、ここは僕に免じてお互いおさめたまえよ。
というか見てるだけで暑くなってくるから離れてくれよ」

後で十連くぎゅパンチをお見舞いすることを決意する才人。
渋々マリコルヌは距離をとり「あとで絶対食べさせてくれよな」と念を押した。

「にしても、こんなくっそ暑いのにナニやってんだ?」
「いや、ナニ。
昨日ヴェストリの広場を散らかしてしまってね、その片づけさ。
まぁ僕のワルキューレのおかげで一瞬で終わったがね」
「ギーシュ、最初制御に失敗して余計散らかしたじゃないか」
「サイトがいない夜も楽しかったぜぇ?
コルベール師匠も大興奮だった」
「コルベール師匠が興奮するのは珍しくないけど、確かに心躍ったね」
途端、顔を見合わせてニヤニヤしだす四天王。
「なんだよもったいぶらずに教えてくれよ」
「本当に、教えて欲しいのかい?」
「そりゃ勿論」
「「「「だが断る!」」」」

キレイに唱和されて逆にいらっときた。
そして、ギムリやレイナールの言葉に街での出来事を思い出す。

――こいつらは戦友だ。
俺も信じたい、信じたいんだ。
でも、でも……怖いんだ。

灰色卿の陰謀は、才人の心を着実に削っていた。
尻方面をかばい、才人は思わず後退してしまう。
そんな彼を若干不審気な目で見ながら、ギーシュは薔薇をふりふり説明した。

「なにせこの暑さだ。
他の隊員のやる気は落ちている。
士気を保つのも隊長の仕事、ということで色々画策しているのさ」
「ま、訓練に来ない副隊長にはナイショだナイショ」

薔薇を振って、ああ、僕って素晴らしい隊長だ、と自己陶酔するギーシュの横でニヤニヤする三人。
こいつらニヤけっぱなしで気持ち悪い、と思いながら才人は弁解する。

「いや、そりゃあ副隊長なのに訓練行かないのは悪かったけどさ。
ちょっと色々あったんだよ。
というか現在進行形で巻き込まれてる。
ちゃんと証拠もあるぞ」

ほら、と二枚の権限付与書を才人はリュックサックから取り出した。

「何々、緊急時にこの者へ副隊長権限を与える?
って、これ銃士隊だけじゃなくてマンティコア隊もあるじゃないか!!」
「マジかよ!?」
「ナニに巻き込まれてるんだよ副隊長!」
「女性だらけの銃士隊の副隊長権限だって!?
けしからん僕によこせ!!」

マリコルヌは一人ずれたところに怒っていた。
さらっと手渡された書類がそんなすごいものとは思っていなかった才人は、そのリアクションにむしろ驚いた。

「え、コレそんなすごいもんなの?
だって、俺も一応近衛隊の副隊長じゃん」
「バカか君は!
確かに水精霊騎士隊は名前こそ伝説になったものだが、現状では学生の寄せ集めだ!
銃士隊は女王陛下が最も信頼なさっている部隊だし、マンティコア隊は言うまでもない!!」

激昂したレイナールに続いてギムリが語りだす。

「グリフォン、マンティコア、ヒポグリフと魔法衛士隊は三つあるが、一番強力なのがマンティコア隊だ。
先代隊長の『烈風カリン』が鍛えた部隊は負け知らず。
当代隊長のド・ゼッサール殿だってトリスタニア最強の騎士と言われているぜ」
「つまり、君は王都最強と女王お抱えの騎士隊、両方の副隊長権限を一ヶ月とは言え与えられたわけだ」

ギムリを引き継いでギーシュが締める。
なんだかすごいなぁ、と才人はあまりよく理解していなかった。

――ド・ゼッサール隊長なんてすごい気軽に渡してくれたのに、すごいモンなんだなコレ。
てかあのヒゲ野郎も……。

才人はワルドのことを思い出して渋い顔をした。
そもそもグリフォン隊はタルブ村の攻防で壊滅的打撃を受け、ヒポグリフ隊はアンリエッタ誘拐事件で全滅している。
つまり、才人は今王都で実質動かせる二部隊の副隊長権限を持っていた。
その気になれば色々やりたい放題だが、地位欲に乏しい彼は軽く流した。

「ま、すごいってことだけはわかった。
でも多分、銃士隊はちょこっと借りるけど、マンティコア隊なんてお世話になることないぜ」
「うぅむ、なにか上手いこと水精霊騎士隊の権威付けに使えないかな」

レイナールは悩んでいたが他の四人はむしろ関わりたくなかった。
王都最強騎士隊の手を借りるなんて恐れ多すぎて足が震えてしまう。

「そんなことよりも、後でちゃんとナニ企んでるか教えろよな」

四天王は顔を見合わせた。

「「「「ひ・み・つ!」」」」

才人の顔は凄いコトになった。



※エキストラエピソードです。
 某on the radioを聞いていないと一切着いてこれません。

11-ex 十連くぎゅパンチ

「顔が近い暑い近寄るなマリコルヌッ!!」
「君が泣くまで近寄るのをやめない」
「えぇいうっとうしい!
これでも喰らえ! 十連くぎゅパンチ!!」

『バカ!』
「がっ」

『キモッ!』
「ぐっ」

『うっぜーなぁ!』
「げほっ」

『なめんなよ~?』
「ぐぁっ」

『わかるわけないじゃん!』
「つぅっ」

『バカじゃねぇのかよぉ!』
「ぇあこんっ」

『告白とかされてみたい!』
「がぼっ」

『きゅんっ!』
「キューン」

『死んじゃえばいいよ!』
「ぐぶぁあっ」

『好きな人にしか言わないよ?』
「がぐはぁっ!!!」

マリコルヌはたっぷり十メイルほど空を翔け、地面にたたきつけられた。
パンチを放った才人もこれには驚き、慌ててマリコルヌに駆け寄った。

「マリコルヌ!
大丈夫かよおい!!」

彼は幸せな笑みを浮かべていた。
口元からは血が溢れ、顔は青あざだらけ、身体中無傷なところはなかった。
それでも彼は満ち足りた笑顔で友に言った。

「い、いん、だ……しあ、わせ、だから」
「マリコルヌ!」
「レイナール、傷はどうだ!?」

ギムリの言葉にレイナールは静かに首を振った。
もう間に合わない。

「さい、ごにっ……一つ、だけ」
「なんだ、言ってみろマリコルヌ」

才人は太っちょな少年の手を握り締める。

「ラジオ……再、開、おめ……で、とう」
「マリコルヌゥゥゥゥゥ!!!!」

一つの命が星に還った。
風上の二つ名は以降水精霊騎士隊で語り継がれ、伝説になったという。



[29423] 第十二話 They have a theme song
Name: 義雄◆285086aa ID:b6606328
Date: 2011/08/28 20:21
12-1 ヴェルサイユ条約

「淑女協定の締結を提案するわ」
「あたまいたい……」

魔法学院のとある一室、ピンクブロンドの髪もぼっさぼさのまま、ルイズさんは提案した。
制服がだいぶ乱れて、あと若干乙女に相応しくない臭いを放つ、キュルケさんも同意した。

「私たちは真夏の夢を見ていた。
そうよね? ミス・ツェルプストー」
「もちろんでしてよ、ミス・ヴァリエール」

寝起きでよくわからないけど、キュルケは同意してあげた。
ドア付近のナニかはすでに片づけられている。
誰かは知らないけどちゃんと掃除してくれたみたいね、とルイズは感心した。
とりあえずシャキッと起き出そう、と彼女は決めた。
才人が一度来たのか、洗面器に水が張ってあるので顔を洗う。

「ぬるい……」

すでに日は高く上っている。
室温もそれなりに高く、夏真っ盛りだった。
水は汲まれてから相当時間がたっているらしく、シャキッと目は覚めなかった。
キュルケはいつもの血色いい顔が微妙に青ざめている。

「じゃ、あたしも、部屋に戻るわね」

二日酔い~、と呻きながら彼女はドアから出て行った。

――昨日は確かアレから……。

ルイズことルイズ・(中略)・ヴァリエールは「ゼロのルイズ」と呼ばれている。
昔は蔑称だったが今では違う。
彼女は虚無(ゼロ)の担い手なのだ。
6000年ぶりの逸材なのかどうかはいざ知らず、一般的な系統魔法では考えられない効果をもつ魔法を扱うことができる。
その一つに、瞬間移動(テレポート)があった。

――人間、やればなんだってできるのね。

昨夜、キュルケの攻撃の瞬間、彼女は覚醒した。
虚無の魔法は通常、王家に伝わる秘宝がなければ習得することができない。
ルイズは、その手段を水のルビーと始祖の祈祷書に頼っていた。
しかし昨日はそんな悠長なことをしている時間がなかった。

――コレは、マズい!!!

酔っ払いがどのような攻撃をするのか、一時とはいえ魅惑の妖精亭で働いていたルイズは一般貴族より熟知していた。
すなわち、メガトンパンチ、はたく、からみつく、ハイドロポンプだ。
基本的に技の上限は四つなので、人によっては「ほえる」を覚えたり、回復手段として「ねむる」を確保したりしている。
「のしかかる」や「から(服)をやぶる」という選択肢も存在する。
そして昨夜のキュルケは明らかにハイドロポンプ5秒前だった。

――ほのおタイプなのにみずタイプ最強技を使えるなんて!

やんごとなき血筋であるルイズはハイドロポンプの直撃を何としてでも、何かを犠牲にしてでも避けたかった。
彼女のHPでは威力120の、しかもとくこうの高いキュルケの攻撃に耐えられる自信がなかった。

――助けてブリミル様!!

ブリミル様は「んー、まぁいいよー」と気軽に答えてくれた、気がした。
実はこの瞬間、遠きロマリアでヴィットーリオ教皇が子守唄がわりに始祖のオルゴールを使っていた。
その調べは遠くトリステインは魔法学院にまで届き、ルイズに新たなスペルを授ける。
そして彼女は瞬間移動に目覚めた。
その場にキュルケを残して二メイルほど後退する。
ロマリアのこととか精神力温存とか一切考える余裕はなく、この瞬間彼女は人間の尊厳を守るだけで精いっぱいだった。
そしてキュルケのハイドロポンプはその高い命中率を生かすことなく外れてしまった。
しかもうまい具合にキュルケには飛沫たりともかからなかった。
ルイズは多大な精神力を消費し、肩で息をしながらその様子を見守っていた。

――あ、もうダメ。

急速な眠気に襲われ、隣にあったベッドに倒れこんだ。
その場に残されたキュルケは困った。
それはもうすごい困った。
部屋に戻れば妖しい雰囲気のタバサがいるし、このまま自分のようかいえきを放置していくのも悪い気がした。
さらに、さいみんじゅつを食らったかのように眠気を自覚した。

――ま、とりあえず、寝ればいっか。
ルイズのベッドでも借りましょ。

陽気なゲルマニア出身の彼女は酔っぱらっても陽気だった。
というか何も考えちゃいなかった。
それもそのはず、ハイドロポンプは非常に体力を消費する技なのだ。
PPが5しかないのも頷ける。
とりあえずそのままルイズのベッドにもぐりこんで、眠りについた。



次にキュルケが気づいたのは朝日が昇るまであと二時間、といった頃だった。
自然な眠りではなく、何かに起こされた。
少し不機嫌さを感じながら彼女は起き上がろうとして、失敗した。

――ナニコレ。

桃色頭のナニかが彼女にしがみついていた。
口元はだらしなく緩み、抱きつくどころか足までからみつけている。

『まったくぅ、このいぬったら……。
ごほうび、ごほうびよぅ……。
きすしなさぃ……』

人に聞かれたら飛び降りかねない寝言だった。
キュルケは優しく微笑んだ。

『やぁだぁ、どこにきすしてるのよぉ……』

しかも抱きつきながらくねくねしている。
この主人あっての使い魔ね、とキュルケはため息をついた。
仕方なく、揺すり起こしてあげることにした。

『サイロ?』
『ルイズ……』

キュルケは切ない生き物を見るような目で、言った。

『良い夢見れたかしら?』

それに一度完全覚醒し、キュルケがまたどうでもよさげに横になったので、ルイズももう一度寝てしまった。

――さささ、最悪だわ。
よりにもよって、よりにもよってきききゅるけにあんな夢見てることを知られるなんて!

どんな夢だったかは具体的には言えない。

――ちゃんとアイツ淑女協定守るわよね……。

キュルケは寝なおした後「あら、冷静に考えればあたし、もどしちゃっただけじゃない」と協定の破棄を決定した。
ルイズはその日一日、可哀そうな子を見る目にさらされた。



12-2 すっぱい気分にご用心!!

「これがッ! これがッ!! これが焼き鳥だッ!!
こいつを食べることは死を意味するッ!!」
「「「「死ぬの!?」」」」

バルバル言いながら才人は焼き鳥を掲げた。
先ほどの照り焼きバーガーは確かに美味しかった。
美味しかったが、才人が愛用していたらんらんるーなお店の味とは違っていたのだ。

――なんていうか、和風っぽい。

というわけで才人はマルトーに、残ったソースで焼き鳥を作ることを頼んでいたのだ。
ちょうど訓練のはじまる30分ほど前に納得いくモノが完成したようで、才人は嬉々として四天王に見せびらかした。
竹っぽい串に連なる肉は、褐色のソースでからめられていて香りも食欲を誘う。
縁日の焼き鳥よりも一つ一つが大きく、エレガントに食すことはできなそうだ。
才人は五本マルトーから受け取り、残りは厨房の面々に残してきた。

「俺の故郷では、キンキンに冷やしたエールとコイツをやるのが最高、って人間のクズに言われてるんだ。
是非食べてくれ、そして感動しろ!」
「人間のクズ……」
「食う気なくすようなこと言うなよな……」

五本の串を指に挟んで手をビシッと突き出す才人。
才人は某賭博漫画が好きだったが、主人公に対してワリと辛辣な評価を下していた。
異世界に来て一騎当千の力を手にした彼と比べれば、確かにヤツは人間のクズではあるが。
しかしそんなことを言われても異世界の四天王にはわからない世界だ。
ギーシュとギムリは困ってしまう。

「いや、でも縁日、って言ってもわかんねぇか。
お祭り! お祭りの屋台でも定番の料理っつーか食いモンなんだ。
マジで旨いんだって!」
「いや、君の故郷の料理は『銀の降臨祭・初恋風味』でよくわかっている。
遠慮なくいただくよ」
「初恋……ッ!!」
「銀の降臨祭? まぁ食べてくれよ」

お料理番長レイナールとスゴイ形相になったマリコルヌ。
せっかくなので、みんなでせーので頬張った。

「これは……旨いッ!」
「いやいや、クズとかいうから引いたけど、これはイケるじゃないか!」
「うん、『銀の降臨祭・初恋風味』ほどではないがこれも美味しい。
香りもいいけど、この独特のタレがまた鶏肉に合うね。
ステーキとは違って手間取らず食べられるのもいい」

うんうん、と才人は嬉しそうに頷いた。

――なんか、日本の食いモン褒められるのってすげー嬉しい。

お昼の照り焼きバーガーも、ハンバーグが余っていたので厨房の連中に振舞った。
正直もっと食べたかったが、その時もみんなの笑顔を見て心を満たすモノを感じていた。
が、一人マリコルヌは微妙な顔をしている。

「どうしたマリコルヌ?」
「君らしくないじゃないか、こんな美味しいモノを食べて無言だなんて」
「そうそう、いっつもいっつもウマウマ言いながら食ってるじゃねぇか」
「なんか、照り焼きソース口にあわなかったか?」

マリコルヌは頭を振ってこたえた。

「僕のヤツ、生焼けだ……」

流石のマルトーも初見のソースのせいで火の通り具合がイマイチわからなかったようだ。
マリコルヌ以外の四人は顔を見合わせ、スルーした。

「いやー懐かしいなーうまいうまい」
「なんというか、うまいこと肉汁がつまってていい。
流石に親父はいい仕事してやがる」
「そうだね、このソースがほんのちょびっとだけ焦げているのもイイ!
煙の香りがうまく味を引き締めている」
「羊肉をミンチにした串は食べたことがあるが、また違うね。
このソースどうやって作ったんだい?」
「それはだな……」

ハブられたマリコルヌは静かに涙した。



12-3 再・フルメタルなヤツら

トリステイン魔法学院には、クルデンホルフ大公国の精鋭、空中装甲騎士団の内二十名が駐屯している。
ベアトリス嬢が祖国から引っ張ってきた彼らは、暇を持て余していた。
当初は女の子をナンパしたり使用人に難癖つけたりしていたが、何か違う。
続いて酒を飲んだりカードで賭けたりしたがコレも違う。
訓練をいつもの三倍やってみるもやっぱり違う。
日々連続しており、彼らはもやもやしていた。
刺激を求めていた。

「アンリエッタ女王が大好きな!」

『アンリエッタ女王が大好きな!!』

「私が誰だか教えてよ!」

『俺が誰だか教えてよ!!』

「1, 2, 3, 4, Ondine(水精霊騎士隊)!」

『1, 2, 3, 4, Ondine!!』

水精霊騎士隊の訓練を遠目で見ていた彼らは、なんか楽しそうだなぁ、と感じた。
感じたから、マネしてみよう、と思った。
思ったけど、まんまモノマネは空中装甲騎士団の沽券に係わる、と考えた。
考えた末に、彼らは歌詞だけでも違うヤツにしよう、と決定した。
決定に従い、一日かけてちょっぴりアダルティな作詞を行い、練習した。
練習した成果を、彼らは披露した。

「タニアのヤツらの噂では!」

『タニアのヤツらの噂では!!』

「女王の○○○は極上○○○!」(伏字部分はご想像にお任せします)

『女王の○○○は極上○○○!!』

「うん よし!」

『感じよし!!』

「具合よし!」

『すべてよし!!』

「味よし!」

『すげえよし!!』

「おまえによし!」

『俺によし!!』

最低だった。
彼らはアダルティの意味を取り違えていた。
学院の窓が次々閉められていく。
木陰で語り合っていた恋人なんかは、見てはいけないものを見てしまったように逃げ出した。

「アイツら……」
「なんて破廉恥な……」
「許せねぇな……」
「白百合を汚すなんて……」

水精霊五巨星である。
一般の人々は彼らに期待した。
しかし隊長は鼻血を流していた。

「ってギーシュナニやってんだよ!?」
「いや、ね。
ちょっと想像してしまって、ぶふっ」

隊長はアテにならない。
四人は肩を組んで相談した。

「どうする?」
「副隊長がいれば制圧はたやすいと思う」
「いや、バラけて各個撃破されたらあぶねぇぜ」
「僕も、それは危険だと思うんだ」

ノープラン才人にちょっぴり潔癖な決戦派レイナール。
ギムリとマリコルヌは妨害派として結束した。
沸いててもハルケギニア最強の竜騎士団だ、慎重になるに越したことはなかった。
一分ほどで結論は出た。

「水精霊騎士隊、集合!」

マリコルヌの大声が風に乗って学院中に響き渡った。
十秒ほどで歴戦のつわものが集合した。

「少し早いが訓練をはじめる!!」

鼻血だくだくのギーシュを無視して才人はしきった。

「いつも通り外周十周からだ!
だが、今日は下品なヤツらが俺たちのマネをしている!
ヤツらよりも小さな声を出すようなら、承知せんぞ!!」
『Oui, Capitaine!!』

こうして血で血を洗うような、壮絶な絶叫戦がはじまった。
やたら生々しい歌を叫ぶ空中装甲騎士団。
対する水精霊騎士隊は洗脳されてしまいそうな歌を叫ぶ。
徐々にその戦いはエスカレートしはじめ、風の魔法によってより広域に拡散していく。
窓を閉めても効果はなく、歌は魔法学院を満たす。
まさに地獄の一丁目だった。



[29423] 第十三話 Please Old Haussmann
Name: 義雄◆285086aa ID:b6606328
Date: 2011/08/28 20:21
13-1 Apocalypse Now

悲惨な光景だった。
地面は抉れ、男たちは倒れ、風音しか聞こえない。
太陽だけが平等に大地を照らしていた。

「ルイズ」

平賀才人はその小さな女の子を見上げた。
ピンクブロンドの髪には天使の輪が光臨している。
その顔は逆光で、よく見えない。

「サイト」

その声はどこか虚ろだった。
温度がない、と言ってもいい。

「ルイズ、あのさ」
「サイト」

ご主人様は使い魔の声を遮った。
ぎらつく太陽に雲がかかる。
才人は、少女が笑っていることを知った。

「いいの、何も言わなくても」

楽しげだった。
才人は、どこか頭の奥から、カチカチという音が響いてくるのを聞いた。
自分の歯の根がかみ合わない音だった。
しかし、と彼は腹に力を込める。
ここで彼が退けば、今以上の悲劇が起きる。
それは確定された未来だった。

「ルイズ、聞いてくれ」
「いやよ」

あどけない、笑みだった。
まるで赤ん坊がその母親に向けるような。
ルイズは、才人からつい、と目を離した。
視線は彼の後ろに向かっている。

『……』

膝をつき、手をつき、頭をこすり付ける。
その屈辱はあまりあるが、命にはかえられなかった。
しかし、女神は時に非情だ。

「あんたら」

にっこりと笑い

「全員」

杖を振り上げ

「バカ犬よぉぉーーー!!!!!」

光と音が世界を満たした。



際限なくバカになっていく男たちを止めるのはいつの時代だって聖女だ。
そして魔法学院にも聖女は存在する。
水都市の聖女こと、ルイズ・フランソワーズだ。
彼女は伝説にある戦乙女のように勇ましくヴェストリの広場へ現れ、一撃の下彼らを薙ぎ払った。
サイトがいない状態で精神力がたまりやすい彼女は景気よくエクスプロージョンを放ったのだ。

「もう、バカ!
ホントバカ!!
バカバカバカ!」

トリステイン魔法学院生徒による女王陛下直属の近衛隊、水精霊騎士隊。
クルデンホルフ大公国が誇る栄えあるハルケギニア最強竜騎士団、空中装甲騎士団。
爆発でノびている数名をのぞいてみな正座をしている。
日が傾き始めているとはいえ炎天下、汗がだらだらながれていた。
そんな彼らの前で有頂天ルイズ。

「あんたたちねぇ、流されすぎなのよ!
それでも貴族なの? ねぇ答えなさいよ!!」
「そ、そうです」
「黙ってなさい!」

ボン、と顔面真ん前でエクスプロージョン。
あわれマリコルヌは意識を失ってしまう。
なんというか、理不尽の極みだった。

「この調練言い出したの、サイトでしょ?
犬の言うことを聞くなんて、あんたたちもう人間じゃないわね。
ナニか切ない生き物だわ!」

怒鳴るルイズの後ろにはタバサ、キュルケ、ティファニアがパラソルの下で紅茶をたしなんでいる。
シエスタは三人のお世話をしていた。
この四人がルイズに向ける目は、ナニか切ない生き物を見るようだった。

「ねぇ、ルイズって……」
「テファ、言わないであげて。
あの子も可哀そうな子なのよ」
「ミス・ヴァリエールは、その、サイトさんと同じで少しアレですから」
「バカばっか」

四人の会話をしっかり耳に入れていたルイズが怒った。

「なんなのよアンタらも!」
「なんなの、って……」
「ミス・ヴァリエールの方が……」
「なんなのよ、って感じ」

怒られた四人は困惑した。
そしてテファ以外の三人はお互いの顔を見て、きっちり反撃した。
キュルケ、シエスタ、タバサの三人は宝探しも一緒にした仲である。
そりゃもう息もぴったりだった。
ルイズに向ける気の毒そうな目もほとんど形だった。
見かねたテファがフォローに回る。

「だ、だいじょうぶだよルイズ。
夢の中だもん、深層心理が出ちゃうのはしかたないよ。
心の底からサイトといちゃつきたいんだって」
「結局、あなたはサイトといちゃいちゃしたいだけ。
できないからすぐ怒る、欲求不満?」

フォローじゃなかった。
テファのパスを拾ってタバサが追撃する。
ルイズは逆ギレした。

「え~そうよ!
私だってサイトといちゃいちゃしたいわよ!!
なのにコイツときたらあっちへフラフラこっちへフラフラ。
夢の中でぐらい好きにしたっていいじゃないのよ!!」
「ルイズ……」

才人は立ち上がり、ルイズの手を取った。

「ごめん、そんな寂しがらせてたなんて」
「いやよ! 離してよ!!」
「やだ、あんなこと聞いたら離せない」
「離してって言ってるのに!」
「だったら、いつもみたいに魔法でもなんでも使えばいい」
「……」

才人はまっすぐルイズを見つめた。
ルイズは赤くなってそっぽを向いた。
正座しているヤツらは「あれ、俺らとばっちりじゃね?」と思った。
テファは嬉しそうに二人を見ていた。
キュルケはニヤニヤいやらしい笑みを浮かべていた。
タバサとシエスタは般若にジョブチェンジした。

「サ、イ、ト、さんっ
ずいぶんと、ずいぶんと女性の扱いがうまくなられましたね」

シエスタは二人の手をほどき、左腕をとった。
そして魅惑の果実を押し付ける。

「うっ!?」
「ジェシカに教えてもらったんですか……?
もう、ホントに、い・け・な・い・人」
「ひぅっ!」

やわらかな感触に、ガンダールヴの槍を構えかけた才人。
しかし、ガンダ君は目だけ笑っていないシエスタの威圧感で槍を折られてしまった。
次いで、背中にぽすっと軽い音。

「サイト……」
「タバサ……??」
「好き……」

変化球など必要ない! と言わんばかりの直球剛速球だった。
背中に抱きつき、つま先立ちになって耳元で愛の言葉を囁く。
これにはさすがにサイトの顔も赤くなった。
赤くなったが、すぐ青くなった。

「へぇ……魔法でもなんでも、ねぇ」

――ジーザス!!

彼はキリスト教でもなんでもない。
そもそも、ハルケギニアまで助けが及ぶことはないだろう。

「あんたたち」

正座をしていた男どもはびくっと肩を震わせた。
その声は低く、地獄の底よりなお昏い場所を連想させる。
シエスタとタバサはさっと飛びのいた。

「演習、目標、バカ犬。
制限時間なし、兵装自由、魔法自由。
かかりなさい」
『Oui、Mademoiselle!!』

過酷な演習が幕を開ける……!



13-2 トリステイン三羽烏

「ワシ、思うんじゃよ」

長い白ひげをしごきながら老人は言う。
ふと、窓の外に目をやりたっぷり十秒は何も語らなかった。

「何をですかな」
「もったいぶらずともよいでしょう」

白を基調とした豪奢な部屋に、男三人。
トリスタニアは王宮である。
オールド・オスマンはこの日、新年度の宣伝へやってきていた。
魔法学院は入学こそ春ではあるが、入学手続きはいつでも行っている。
貴族からお金をいかに巻き上げるか、と画策するオスマンは宮廷工作に余念がない。

「表向きは平和になったじゃろ?」
「そうですな、ガリア戦役も無事終わりました」
「魔法学院の生徒が活躍したと聞きますぞ」

オスマンは宮廷に来たとき必ずこの三人でお茶を飲む。
一人は王宮の勅使、ジュール・ド・モット伯。
そしてもう一人はデムリ財務卿。
いかにしてこの三人が友誼を結んだか、それは余談になるのでここでは置いておく。
ただ一つ言えることは、類は友を呼ぶ。

「なーんかのぅ、物足りないんじゃよ……」

紅茶で満たされたカップを見ながらオスマン老は呟く。
去年まではよかった。
ミス・ロングビルがいた。
なんというか、お色気方面の補充は十分だった。
しかし今はいない。
新入生であるティファニア嬢に目をつけようもんなら、虚無の担い手とその使い魔がやってくる。
あしらえないわけではないが、めんどくさいので今彼はナニか別方向を模索していたのだ。

「物足りない、ですか」

モット伯はうぬ、と考え込む。
言われてみればそういう気もする。
去年手に入れ損ねたメイドのことを思い出した。

――珍しい黒髪をもつメイドがいれば、何か違ったか。

その節は、友人オスマンともだいぶ揉めたし、結果的には異世界の本も手に入れたので文句はない。
ないが、もしものことを考えてしまう。
どうやら彼も満たされていないようだ。

「わからんでもないですな」

デムリ財務卿はカップ片手にそう返す。
彼は非常に気が利く男だ。
今はトリステインの英霊となってしまたド・ポワチエに元帥杖を送ったこともある。
またアンリエッタが売り払うよう指示を下した風のルビー、これを確保しておいたこともあった。
そんなスーパーサポーターとして高い実力を持つ彼は、やはりモテる。
モテるが最近は少しご無沙汰だった。

「「「ぬぅ……」」」

つまり、彼らはエロスの固い絆で結ばれた仲だった。

「あとアレ、ウチのサイト君の本、アレはないわ」
「あの使い魔の少年ですか。私も趣味ではないですね」
「シュヴァリエ・ド・ヒラガは確かに幼い顔立ちをしている。
しかし、そんな持て囃されるものとは、世間はわかりませんな」

文官はソッチ系の趣味をほとんど持たない。
そういう性癖が必要になるのは武官だからだ。
オスマンは若いころあちこちの戦場でぶいぶい言わせたものだが、ワンマンアーミー状態だったので一人で勝手に戦場を離れ、娼館に入り浸っていた。

「何か新しい境地を求めたいものですが……」
「ガリア、ロマリア、トリステインのことはあらかた調べましたしな」
「残るはゲルマニアかの、たまには褐色の肌も悪くないじゃろ」

オスマンはそう言いながらもあまり気乗りのしない顔だった。
先ほど述べた三国の人はいずれも肌が白い。
その白さに慣れきったオスマンからすると、ゲルマニア人の奔放な性格こそ好ましいが、少し躊躇してしまう。

「難しいのぅ……」
「乳、尻、太ももについても語りつくした感がありますし」
「改めて性格の話をするのも、その、ナンですな」

むむぅ、と再び呻く三人。
場所が場所なので、傍目には国政について論じ、悩みぬいているようにも見える。
だが残念ながら彼らはただの男だった。
いい年したおっさんたち、一人は老人、が中学生のような会話をしているのを他人は何と思うだろうか。

「そうだ」

ガタッ、とデムリが席を立つ。

「どうしたのですかな」

紅茶を飲みつつモットさん。

「何か思いついたのかの?」

クッキーをつまむオスマンさん。

「今まで我らの語ってきた議題、何か足りんと思いませぬか?」
「なにか、か。
いや、私には思いつきません。
オスマン老はいかがですかな?」
「ふむ……若さ、かの」

ある意味彼らは超若い。
デムリは、ノンノン、と人差し指を振り、言い放った。

「衣装ですよ」

む、と二人は目をむいた。

「我々は今までいかに脱がせるか、ということは存分に議論しました。
しかしどうです。
着衣のまま、というのはまだ話しておりません」

デムリは得意げな顔で、王宮に見合わない最低なことをのたまう。

「いやはや、素晴らしいのぅデムリ君。
魔法学院時代から君はいつか、素晴らしい功績を残すと思っておったよ。
その瞬間に立ち会えるとは」

オスマンは教え子の成長に涙した。
デムリはそんな彼の手をとり、固く握りしめる。

「オールド・オスマンの教えあってのことです。
貴方と出会わなければ、今の私はなかった」

出会わなかったほうがよかった、という意見もある。

「スカートが翻った瞬間、白い太ももが見える。
ワシも昔はそんな情景にドギマギしたもんじゃ。
議論が煮詰まった暁にはその現象に名前をつけようで」
「いえ、オールド・オスマン」

モットがオスマンの言葉を遮った。

「私は東方からやってくる商人に、その現象名を聞いたことがあります。
確か、エルフの言葉で……」

モットは一拍置き、呟いた

「チラリズム」



[29423] 第十四話 Thank you, her twilight
Name: 義雄◆285086aa ID:b6606328
Date: 2011/08/28 21:07
14-1 ルーレットは回り続ける

――今日はついてない。

才人はモグラへ退化した。
ヴェルダンデに泣きついて、膝を抱えればすっぽり埋まるほどの穴を掘ってもらう。
入る。
嘆く。
モグモグ言ってみる。
背中のデルフはカタカタ揺れるだけで何も言わなかった。
ため息をつけば肺どころか体中から空気が抜け、しぼんだ風船みたいになってしまいそうだった。
彼はむしろそうなりたかった。

――いや、照り焼きバーガーは美味しかった。
焼き鳥も旨かった、厨房のみんなも喜んでくれた。
でも……。

もう一度ため息をつく。
夕日が穴の中にまで差してくる。
彼は最近、といってもここ三日ほどルイズとあまり話をしていなかった。
なにせ忙しい。


――最初は暑いから、授業に顔を出さなくなって。
ジェシカが来て、料理の話して、見送って、怪しい雰囲気を感じ取って。
遅くに帰ってきたらタバサに座られて、シエスタに一時間怒られて、謝ったら部屋をたたき出された。

二日前のことを三行でまとめてみる。

――朝起きたらタバサの部屋で、トリスタニアいって、騒がれて、連行されて、しょうゆみつけて。
スカロン店長に頼み込んでレシピと秘蔵の日本酒モドキももらったんだっけ。

昨日のことは二行。
だが今日の出来事は。

――早朝シルフィードが迎えに来たから乗って帰ったら、部屋の前にナニカあった。
それ片づけて部屋ちょっと掃除して、照り焼きバーガーつくって。
焼き鳥も食べて、訓練して、対抗して、追いかけっこして。
でも空中装甲騎士団とは打ち解けて。
あれ、そんなに悪く、ないか?

良くも悪くも彼はポジティブだった。
いいところを探そう、と言われるまでもなく悪いことを忘れていくので、いいところしか見つけられないタイプだった。
そもそも、ルイズとここ最近話していない、という問題点を忘れている。
クルデンホルフ大公国所属の空中装甲騎士団は、以前水精霊騎士隊と反目していた。
しかし何が幸いするのかわからないこの世の中、才人を追いかける、という目的の中すっかり仲良くなってしまった。
才人・ハントが終われば騎士団代表は「なにかあったら言ってくれ、なんだって力になってやる」と力強い言葉までかけてくれた。

―冷静に考えたら、照り焼きバーガーの時点でプラスもプラス、大勝利だろ。
何に勝ったのかはよくわかんねーけど。
コイツさえあればあと十年は戦える!
うん、やっぱり人生って美しい!!

才人は人間に進化した。
先ほどまでうつむいてモグモグ言っていたのがウソみたいだった。
垂直式に掘られた穴の中から飛び出し、大きく伸びをした。

「んんっ……!」
「やぁっといつもの調子に戻ったな、相棒」

今まで沈黙を保っていたデルフも話しかけてくる。
よくできた男(?)である彼(?)は空気も読める。
男には誰しも一人でいたい時があり、そういう時に話しかけられてもうっとうしいだけだ、と経験から学んでいた。

「おぅデルフ、俺はいつだって元気だぜ」

才人も嬉しそうにデルフに返す。
腰を下ろし胡坐をかいてから、穴の脇に置いてあったリュックサックをあさり、迷わずにひとつ、まるい紙袋をもぎ取った。

「デルフは醤油あんまり好きじゃないみたいだけど、コレはすっげー上手いんだぜ?
一口食うか??」

がさごそ開いた紙から照り焼きバーガーが姿を現した。
ニヤニヤ、というよりはウキウキしながら才人はバーガーにかぶりつく。

「いや……いいよ、相棒。
気持ちは嬉しい、すっげー嬉しいんだよ」
「ほうか?
んぐっ、やっぱ美味しい。
なら、遠慮なく全部食うぜ」

あと、もし次やるなら醤油とやらを拭いてから鞘に収めてくれ、とデルフは嘆願した。
鞘の中はところどころ、黒い液体が付着している。
早く処置しないとトンでもないことになりそうだった。

「……サイト?」
「んぁ、はばは??」

背後からの声に、大口開けてハンバーガーをくわえながら振り返る。
雪風の少女が、その身を黄金に染めながら佇んでいた。
背丈よりも大きな杖を右手に、才人の目をじっと見る。
その視線はつつーっと彼の右手にうつった。

「なにそれ?」
「んんっ、っと、夕食だよ夕食。
ルイズは結局許してくれないし、食堂とか厨房にいけないんだ」

タバサはなおもじっとそれを見る。

「ああ、俺の故郷の味で、照り焼きバーガーっていうんだ。
一口食べる?」

ずいっと才人はそれを突き出した。

――どうしよう!?
このシチュエーションは知ってる、わたし知ってるわ!
ああ、ちょっと幸せすぎて錯乱しちゃいそう!!
タバサ困っちゃう!

十分錯乱していた。
思いがけぬ間接キッスのチャンスにタバサは顔を染める。
自分から謀略をしかける際は、覚悟完了してるタバサさん。
才人から攻めてくるとは思わず、反撃の余地がない相手が実は後方に周って突撃された時のように、混乱してしまう。
それを勘違いする才人。

「ん、いらないか。
タバサもこういうの好きそうな気がしたんだけど」
「ぃぅ、いるっ!」

噛んだ。
金色の光を浴びながら顔は赤く茹っていく。
才人はその様子に微笑ましさを感じて笑ってしまう。

「も、もぅっ!」

タバサは新・必殺技「照れ隠しアタック」を繰り出した。
腕を振り上げて才人をぽかぽか叩く。
シルフィードをオシオキするように、杖を使ったりなんかはしない。
物理的打撃を加えるのではない、精神的打撃を与えるのだ! と指南書に書いていた通りに、タバサは再現を試みる。
からかわれた時などに使う、弱点持ちならば即死級のダメージを負うはずだった。

「ははっ、ごめんごめん」

しかし、才人には全く効果がなかった。
それもそのはず、ハルケギニアで一番ツンデレを扱っている男は伊達じゃない。
ルイズなんか似たような動作を致死性の攻撃にのせて行うのだ。
そういう照れ隠しは命に係わる、と魂の奥底に染みついた才人にとってむしろ違う意味で精神的打撃を受けてしまう。

「おっと」

がくっと膝が折れ、タバサは才人の胸の中に倒れこむ。
彼は避けようともせずタバサを抱きとめた。
そしてはっとして腕をほどく。

「ごめん、反射的にやっちまった」

――むしろもっとやってほしい!!

タバサたんは流石にそこまで言えなかった。
才人の瞳をじっと見る。
彼は視線を逸らして照れ笑いをしていた。
その瞬間タバサは光の速さで考えを巡らせた。
一瞬で脳内タバサ会議が招集され、各人員が席に着く。
五人の二頭身タバサたちが円卓につき、戦略を立てる。

――今こそ押すべき、異論は?

王様タバサが意見を募る。

――ない、体当たりで胸に飛び込む。

将軍タバサが基本方針を示す。

――なるべく強く、かつ痛くない程度に。

軍師タバサが心証を考え補足する。

――ルイズが食堂にいる今がチャンス。

斥候タバサが状況を述べる。

――早食いで出てきたかいがあった。

補給タバサが自分の早食いを讃える。

――今ならシエスタも来ない、押して押して押すべき。

軍師タバサがさらに有利な点を告げる。

――いつまで、どこまでいくべき?

王様タバサが再び問う。

――どこまででも!

四人のタバサの声が重なる。

――反対意見なし、突撃します。

王様タバサが決断する。

タバサ会議は開始二秒で解散した。
むん、と気合を入れて、もう一度彼の胸に、今度は自分から飛び込んだ。
夕焼けで世界は山吹色に染まっている。
背の高い草がさらさらと揺れていた。

――恋愛小説みたい。

とさっと軽い音がする。
才人は食べかけの照り焼きバーガーを落としてしまった。
タバサは彼の背中に手を回す。

「たば、さ?」

才人はなにか、ありえないものを見たかのように固まってしまった。
風がやむ。
時が止まる。
世界に心臓の音しかなかった。

「ん……」

タバサは才人の胸に顔をしっかりうずめ、脱力した。
才人の頭はすでに混乱しきっていて状況が流れるままにまかせている。
このままではよくないことになりそう、でもどうすればいいのかわからない。

「はぁ……」

タバサが大きく息を吐いた。
そして、うずめていた顔をあげ、才人と目を合わせる。
ずれたメガネ、少し乱れた髪、そして夕焼けの黄金と雑じりあって描かれる茜色。
才人は青い瞳から目を離すことができない。
永遠にも等しい時間が過ぎ、タバサは腕をほどいた。

――お、終わりか?

解放される、と才人は安心と残念さが入り混じった気持ちを抱いた。
しかし、タバサは、今度は彼のほほを両手で挟んだ。
瞳に吸い込まれそうになりながら、才人は決して目を逸らすことはなかった。
そして、そのまま手を首へと這わせ、しっかりと抱きしめる。
彼女の顎は右肩の上にあった。

――い、いいぃいいかんですよ、これは非常にいかんですよ!!

ルイズやシエスタとだってこんなじっくりしっとり抱き合ったことはない。
ほかの女性を引き合いに出すことはいかがなものかと思われるのが、彼には余裕がなかった。
そのまま再び時が止まる。
才人は、動けば世界が終ってしまう、という気持ちで必死に自制した。
タバサの柔らかい体が、奈落への入り口のように感じられた。

「サイト……」

タバサの呟き。
きっと意味はない。
だけど、才人は答えてしまう。

「な、なに?」

語尾が跳ね上がる。
情けないほど動揺していて、おそらくそれは彼女に伝わった。
タバサは首に回していた手を、再び彼のほほにあてる。
その光景は人によって評価が分かれるだろう。
ある人は、兄にべったりと甘える妹、と。
ある人は、年上の恋人に抱き着く恋人、と。

「気づいて」

瞳が潤んでいる。

「感じて」

顔が近づいてくる。

「私の、気持ちを」

瞬きすらできない。
反してタバサは目を閉じる。

「私の」「「そぉぉおいっ!!!」」

桃と黒の風が駆け抜ける。
メキャキャッと、才人の首から破滅的な音が響いた。

「ぶろぁああっ!!?」

才人は吹っ飛ばされ、地面を跳ね、たっぷり十メイルは吹き飛んだ。
タバサは頬に添えていた手の形をそのままに、首をギリギリと動かす。

「なんで」
「当然です!」
「なにやってんのよ!」

シエスタとルイズが、肩で息をしながら仁王立ちしている。
なんだかんだ言って仲がいい二人が、口づけをかわそうとする才人(ルイズ主観)の首にとび蹴りをぶちかました。
今彼は仰向けに転がり、口から白いモヤモヤが出かけている。
才人は多分、あんまり悪くない。
敗因は動かな過ぎたことだ。
彼の攻撃力は非常に高いが防御力は紙に等しい。

「なんで!
こんな抜け駆けみたいなこと、したんですか!!」
「恋は駆け引き」

シエスタがタバサに食って掛かるが、彼女は涼しい顔だった。
そして追撃を加える。

「ルイズはサイトを痛めつけすぎる。
それに、私は別に彼が何人愛そうがかまわない。
一番愛を注いでくれるなら、それでいい。
あなたがいても全然おっけー」
「くっ、それは魅力的な提案ですが……」
「なに買収されそうになってるのよ!」

的確に事実をついているのでうまく反論できなかった。
才人に対しては破城槌のごとき強さを発揮したルイズ・シエスタペアだが、思わぬお得な提案をされてコンビ解消の危機に陥っている。
恋は駆け引きで、抜け駆けされる方が悪い。
たとえどれだけ汚い策略でも勝てば官軍なのだ。
それでも、シエスタは欲望を断ち切るように、叫んだ。

「とにかく、ダメです!
ひいおじいちゃんも言ってました!!
戦いは正々堂々仲良くやれって!」

タバサの顔が魔法学院入学当初のものになった。
その目に温度は感じられない。

「そんな戦い、ありえない」

タバサは暗い昏い穴の底で戦い続けてきた。
シエスタはその表情に気圧される。
ルイズは、彼女の境遇に思い当たった。

「奇跡なんて、起こらない」

じりっとタバサがにじり寄る。

「だからこそ、わたしは」

雪風のように冷たい空気。
シエスタとルイズは知らず、後ずさる。

「今日が最後の日でもいい、後悔しないように動く」

二人の横を通り抜け、寝転がっている才人に駆け寄った。

「サイト、起きて……」
「「なぁっ!?」」

タバサは新婚さんのように才人を優しく揺り起こす。
桃黒コンビはただわなわなと震えている。

「ん……タバサ?」
「おはよう、サイト」

夕焼けの中にあっても、向日葵のような笑顔だった。
才人は思わず見とれてしまう。
普段は口数も少なく、表情もあまり変化しない少女の大輪の笑顔、意外にも程があった。
ここでタバサはちらっと二人を振り返り、ドヤ顔を決めた。

「「……」」

びきっと、青筋が走る。

「なんか、あんまり記憶がない……ん、だけど」
「ええ、、とってもいい気分だったと思うわよ、サイト」
「そうですね、きっとあまりに気分がよくって忘れちゃったんでしょうね」

鬼がいた。

「さんきゅー、まい、とわぃらいと」

才人は山間に沈む夕日へ感謝を告げる。
奇跡は起こらなかった。
今日が、最後の日になった。



[29423] 第十五話 モット・ゴーズ・トゥ・バビロン
Name: 義雄◆285086aa ID:b6606328
Date: 2011/08/29 21:49
15-1 蝉っぽい味になる予感

「ジェシカぁ、いるかしら~?」
「なぁにぃ、パパ!」

魅惑の妖精亭、店開き直前。
スカロンはジェシカの部屋に入った。

「あなた、今日からこれで店に出なさい」
「え!?」

スカロンが持ってきたのは、ハルケギニアではまずお目にかからない衣装だった。
若草色の大きな布地に、白い太い帯。
ワンピースやTシャツとは違い、首を通すべき穴などない。
袖はゆったり、たっぷりと大きい。
広げればかなりの大きさになり、全身を隠してしまえるほどだ。
どちらかといえばカッターシャツに構造は近い。
しかしボタンなどは見当たらず、このままなんとかして着ようとしても身体の前がモロに出てしまい、いやん、なんてジョークじゃすまされないほどだろう。

「これ、『ユカタ』じゃないの。
なんだってこんな野暮ったいの、店で着なくっちゃいけないのよ」

佐々木家伝来の浴衣である。

魅惑の妖精亭は、男にいけいけごーごーな気分にさせるために露出激しい衣装を採用している。
スカロンなんて身を削って、あるいは趣味か、珍しいタンクトップ一丁だ。
それはさておき、ほぼ肌を覆い隠してしまうような服装は避けるべきだった。
まず客受けがよくない。
目標の一つを潰してしまうのだ、当然チップもいただけない。
そして、従業員の反感を買う。
みな恥ずかしいのを我慢して露出の激しい衣装を身に着けているのだ。
そんな中一人だけ違う和装。
しかも店長の娘。
反感は避けられなかった。

「ジェシカ、あなたの言いたいこともよくわかるわ。
だから、今日は厨房担当よろしくね。
あそこならそんな服着てても誰も何も言わないわ。
むしろ気の毒に思われるかもね」

スカロンは茶目っ気たっぷりにウィンクする。
厨房は常に火を焚いているので暑い。
夏場ならなお暑い。
いくら浴衣が薄手でも汗まみれになってしまうだろう。

「パパ、あたしがホールでないでどうしろ、っていうのよ」

チップレースの期間中だけでなく、ジェシカは店のトップだ。
彼女目当てにやってくる客は多く、その分店の儲けも大きくなる。
彼女を引っ込めるにはデメリットばかりが多く、メリットが少ないように見えた。

「あなた、昨日サイト君の横で料理見てたじゃない。
いくつか再現できるでしょ?
新しい店の料理としてじゃんじゃん出すわ!」
「うっ」

そう、ジェシカは才人の料理を隣で観察していた。
だが観察していたのは料理ではなく、才人自身だった。
しっかりきっちり彼の料理を再現できる自信は全然ない。
でもそんなことを言うのは恥ずかしすぎてとてもじゃないができそうになかった。

「でも、やっぱり売上落ちるわよ。
あたしがホールにいないとお酒すすまないお客さんもいるんだし」
「ジェシカ」

娘の肩に手を置く。
スカロンは母のように優しい眼差しでこの世の心理を告げる。

「男はバカなのよ」
「へ?」

ジェシカは唐突すぎるその言葉にびっくりした。
パパも一応男じゃん、と思いながらも父の声に耳を傾ける。

「いいこと、お気に入りのあの娘の手料理。
どんなヤツでも大枚はたいて買うわ。
むしろあなたが厨房に入れば、その分売り上げが伸びるのよ!!」

ギリギリまで吹っかけるわ! とスカロンはいい声で商人らしいことをのたまった。
なんというか、ガルムを売ってくれた温泉技師とは大きな違いである。
しかしこれはスカロンの建前に過ぎない。
彼は、ただ一人の娘を思いやっていた。

「もちろん、隣でじっっっと見てたんだからできるわよね?
ミ・マドモワゼルはその程度にはあなたに料理を仕込んできたんだから」
「う、うぅ……」

ジェシカは窮地に立たされた。
できない、なんて言えばなんと追及されることやら。
俯き呻くしかできなかった。

「はぁい、決定ね!
じゃあ早くユカタ着て厨房に行きなさい。
ちゃんと着付け方、覚えてるわね」
「そりゃ覚えてるけど……。
やっぱりいきなりホール休むの悪いわ。
そう! 何日か前に告知してからやりましょ?」

この期に及んでジェシカは往生際が悪かった。
スカロンはやれやれ、と首を振り腕で大きなバッテンを作った。

「だめっ!
あなたは今日厨房!」
「うぅう……はい、パパ」

しょんぼりジェシカ。
ドアを閉めると渋々浴衣を身に着けはじめた。
スカロンはジェシカの部屋から離れると、手をほほにあて、息をついた。

「はぁ……わたしも親ばかなのかしらね」

店に出ている以上、娘と他の妖精さんを区別することは本来なら許されない。
反感を呼び、チームワークを乱し、足の引っ張り合いになるからだ。
それでも、スカロンはジェシカに幸せになってほしかった。
母親を失って十数年、親らしいことをマトモにできなかった、と後悔していた彼(あるいは彼女)は、娘の初恋を全力で応援してやろうと決意した。
たとえ従姉妹のシエスタや貴族のルイズが敵にまわろうとも、できうる限りのサポートはしてやるつもりだ。
今回の件も。

――サイト君、ごめんなさいね。

才人が武雄氏と同郷であることはすでによく知られている。
そして浴衣は武雄氏が故郷を思い、記憶を頼って妻と織り上げた、ハルケギニアでは佐々木家以外に存在しない衣装だ。
浴衣を見て才人は何を思うだろうか。

――普通なら、親近感を覚えるわ。
でも今は、今ならもっと攻めることができる。

浴衣を見れば懐かしさからよりジェシカと親しくなるだろう。
普段ならそれで終わるかもしれない。
しかし、今才人はジェシカの護衛を引き受けている。
郷愁を誘う少女と危険な事件にあえば、危険な事件でなくとも緊張感が普段よりも強い生活を強いられればどうなるだろうか。

――この事件、利用させてもらうわ。

スカロンはただ愛娘の幸せのため、鬼になる決意をかためた。
正直見た目は鬼よりもアレだった。



15-2 料理の鉄人・入門編

「えぇっと、サイトはどうやってたっけ」

「まずソースよね」

「ガルムは結構おいていってくれた、量は気にせず使えるってわけね」

「確か、砂糖とニホンシュモドキとガルムだったかな?」

「えっと鍋にいれてことこと火にかけてたはず……」

「どばどばどば~っと、これくらいの分量だったわね」

「念のためメモしておきましょ」

「ん~、表情とか手捌きだけなら思い出せるのになぁ」

「……」

「なし! やっぱ今の独り言なし!!」

「あぁっ、底焦げ付いてる!?」

「うぅ、苦い、焦げ味する」

「はぁ、やりなおし」

「今度はおたまでかき混ぜながらやりましょ」

「あっついな~、髪あげますか」

「そういえばサイトはどんな髪型……」

「っと、あぶないあぶない」

「またかき混ぜるの忘れてたぁ」

「サイトめ、そう好き勝手やらせないわよ」

「って違うわよ!!」

「ん、確かこんなとろみだった」

「お~こんな味こんな味」

「やればできるじゃん、あたし」

「これでサイトにも作ってあげれるわね」

「だから違うのよ!」

「そう、そういうのじゃなくって」

「ほら、サイトって子犬みたいじゃない?」

「だから餌をあげるみたいな、そんな感じ」

「そうそう、そういう理由」

「……はぁ、どうしてこうなっちゃったんだろ」

以上、ジェシカさんの厨房での独り言でした。



15-3 どろり濃厚モット伯

モット伯はトリスタニアの西区、ブルドンネ街近くの貴族街に別宅をかまえている。
虚無の曜日には身分を偽って平民に混じり、通りを散策する趣味をもっていた。

「それにしても暑い……」

生来の性格か、彼は好奇心が強い。
それが派手な女遊びに繋がっていたりもするが、毎回のお茶会を楽しみにしていた。
オスマン老、デムリ財務卿との討論は毎度楽しく、新しい発見に満ち溢れている。
異世界からの本を手に入れたときのような満足感を今回も得ていた。
その良機嫌のまま、王宮に上がるような格式ばった服装でブルドンネ街に来てしまった。
あからさまに高級貴族の雰囲気をまとうモット伯を避け、彼の周りには空白ができている。
それでも日が落ち切らないうちは暑く、彼はどこか飲み物を供する店を探した。

「くっ、ないな……」

あたりを見回してもそれらしき店舗は見えない。
モットは人が流れるままに移動をはじめた。
そして、少し行ったところでひときわ明るい店を見つけた。
平民が多数出入りしており、繁盛しているようで店の中は騒がしい。

「えぇい、あそこでかまわんか」

人の河をかき分け、モットは魅惑の妖精亭に立ち入った。

『いらっしゃいませー!』

さっそく妖精さんの歓待を受けるモット。
意外なことに彼はこのような店ははじめてであり、案内されるがままに奥の座席へ座った。
店の様子が見えないかわりに、ぶしつけな視線を送られることもない。
彼は席の場所にまずまず満足してある妖精に、何か飲み物と軽く摘まむ物を、と注文した。
これにオーダーを受けた娘は困ってしまった。
なにせモット伯の今の格好は街の居酒屋にいるべき人物ではない。
もっと優雅なところにいるべき服装だ。
彼は気を利かせ「店に入ったのは私だ、何も文句は言わん」とだけ言った。
妖精さんは急いで厨房へ駆けて行った。

――ブルドンネ街にこのようなところがあったとは。
私の散策もまだまだ未開の地が多い。
しかし、よくないな。

モットは妖精さんの衣装に注目した。

――露出は多い、ひらひらしている。
だがそれだけだ。

昼に議題として提示された衣装、そこに提示するほどのレベルではに、とモットは判断を下した。
続いて店の喧騒に耳をそばだてる。
先ほども述べたように、彼は平民が利用する居酒屋に来たことはない。
持ち前の好奇心が首をもたげたのだった。

――このようなところで、平民は何を食べ、何を飲み、何を話すのか。

わざわざ奥まった席にいるのに、顔を伸ばして店内を覗き込む。
大半の男たちは小さめの木製のジョッキを手に語り合っている。
時折酔っ払いがジョッキ同士を打ち付ければ赤い液体が宙を舞う。
銘柄はともかく赤ワインを飲んでいるのか、とモットは納得した。
机に並んでいるのも魚介類であったり、牛肉であったり、腸詰であったりと彼の知識を逸脱するものはない。
次に、彼は見覚えのある顔を見つけた。
テーブルに向かい合っている青髪と、茶髪の女性。
銃士隊副隊長のミシェルとその部下だった。
ミシェルがモットに気付いたのか目礼を送ってくる。
どうやら隠密の仕事らしい。
彼はそのまま視線を巡らせた。
ふと、一回り大きなジョッキが存在することに彼は気付く。
しかもたっぷりと汗をかいており、宙を舞う液体も金色をしていた。
大きなジョッキを携える彼らの机には、串にささったよくわからないモノがあった。

「お前、そこのお前だ、少しいいか?」

モットは上級貴族らしい尊大な物言いで先ほどの妖精さんを呼び止めた。

「はい、なんでしょうか?」
「あの連中、今ジョッキを打ち合った連中だ、彼らが飲んでいるのはなんだ?」
「エールでございます。氷室でよく冷やしたエールです」
「氷室で冷やしたエール?」

エールは麦から作る酒で、アルビオンの名産だ。
しかしトリステインをはじめとする空にない国ではあまり人気がない。
モットも飲んだことはあるが、そこまでウマいとは思わなかった。

「では、あの皿の料理はなにか」
「アレは、シュヴァリエ・ド・ヒラガ様の故郷の料理、『ヤキトリ』といいます。
鶏のもも肉を特製のソースにつけこんで焼いたものです」

シュヴァリエ・ド・ヒラガ! と彼は目を剥いた。
昼も若き英雄の話は出ておりなにか因縁めいたものを感じる。
俄然その料理に興味がわいた。

「気が変わった、オススメのものではなくエールと、そのヤキトリというのにしろ。
これはチップだ」

モットは妖精さんの手のひらにエキュー金貨を五枚落とした。
平民の半月の生活費である。
妖精さんはまず手のひらをまじまじと見つめ、モット伯の顔を見て、もういちど手のひらに目を落とした。

「いそげ、私は喉が渇いている」

「それと」モットは言葉を連ねる。

「食事は静かに、というのが私の信条だ。
酌も何もいらん、ただエールと料理を急げ」



[29423] 第十六話 バビロン~妖精の詩~
Name: 義雄◆285086aa ID:b6606328
Date: 2011/08/30 08:27
16-1 10倍のなにか

五分もしないうちにモットの前に木製のジョッキと皿が並べられた。

「ふむ……」

皿をじっと眺める。
見たことのない調理法だ。

「どうやって食べればよい?」
「串をもってかぶりつく、とシュヴァリエ・ド・ヒラガ殿は申していましたが……」

なるほど、とモットは頷く。
風習は土地それぞれ、極力そこに合わせた方がいい。
ロマリアに入っては坊主に従え、という言葉もあるくらいだ。
彼はどこか野性的なその食べ方を選択した。

「む」

口に入れた瞬間独特の香りが広がる。

――今までに食べたことのない、不思議な味だ。
しかし、若干とろみのあるソースは決してマズくない、むしろ美味い。
どこか煙の香りを感じるところがまた素晴らしい。
鶏肉を噛めば肉汁があふれ出てくる。

次いで、モットはジョッキに手を伸ばした。
以前飲んだ、苦いうえ後味が口の中にべったり残る感触を思い出す。
ふぅ、と一息つき、一気に飲み干した。
偶然にもそれは美味しいエールの飲み方だった。

――以前のモノとは違う。

モットが以前飲んだエールは輸送状態が劣悪だった。
そのためエール本来の香りが逃げてしまい、コクは酸化によって変化してしまった。

「なんだ、いけるではないか」

冷やしたエールはのど越しもよく、モットは爽快感に満足する。
誰とも話すことなく、誰にも話しかけられることなく食事は続く。
チップをもらった妖精さんはきっちり仕事をしてくれたようだ。

「ふぅ、なかなかのものだった」

モットは彼なりに高い評価を下す。
そして料理人を呼ぶかどうか、悩んだ。
貴族の常識からいえば、料理人を呼び讃えることは、何にも勝る褒美だ。
誰それにお褒めの言葉をいただいた、と言う事実があればそれだけ高く評価される。
しかし、ここは平民の店。
繁盛しているようだし、と彼には珍しく平民を気遣ってしまう。
だが、結局貴族の常識をもとに行動した。

「おい、お前。料理人を呼んで来い」
「え? は、はいかしこまりました」

クレームをつけられると勘違いしたのか、妖精さんは青い顔ですっ飛んで行った。
モットは考える。
なんという賛辞を下賜しようか、と。

――素晴らしい味だった、精進せよ。
うぅむ、簡潔すぎるな。
このエールとヤキトリはもう少し捻ってもいいくらいには私を満足させた。
高い技術と料理に対する探究心が感じられる、また来よう。
うん、これはいいな。
なにより見た目が粗野とは言えども未知の味付け、それに火の通り具合も完璧だった。
しかし、また来ようというのは持ち上げすぎか?

モットがうんうん考えていると妖精さんが戻ってきた。
彼は、ええいままよ、と思いながら料理人に目を向けた。
そして、そのまま目を奪われた。

「あの、お客様?
どうかなされましたか??」
「あ、ああ……」

黒い髪、黒い瞳、なるほど料理人はシュヴァリエ・ド・ヒラガゆかりの者であるようだ。
ただ、何よりもモットの目を引いたのがその服装だった。

――なんだ、この服装は。
今まで見たことがない。
エルフと交易を結ぶ商人に似姿を描かせたこともあるが、違う。
わからん、いったいどうしたらこのような服にたどり着くのか。
しかし、少しだけ見える鎖骨がなんとも……。

「すまんが、君と二人で話したい。
外せるか?」
「はぃいっ!」

妖精さんは飛び上がってまた引っ込んでいった。
黒髪の少女、ジェシカは笑顔で、だが怪訝な目でモットを見ている。

「いや、すまない。
その服装は、どこかで求めたものなのかね?」

先ほどまでの妖精さんに対する態度とは打って変わって優しげだった。
彼は平民は平民である、貴族と並び立つモノではない、と考えている。
だが同時にこうも考える、極稀に下手な貴族とは比べ物にならない人物がいる、と。
ある一点だけでも価値を認めればモットは丁寧に対応する。
ジェシカはそのお眼鏡に適ったということになる。

「これは、曾祖父の故郷の衣装です。
ユカタ、と言って気軽に着るものです。
サイト、いえ、シュヴァリエ・ド・ヒラガ様の故郷でもあるニッポン、その伝統的服装だと聞いています」

モットは鷹揚に頷いた。
そして、ジェシカの手に十枚のエキュー金貨を落とした。

「これが勘定だ、余った分はチップにするといい」

未知の服装を知る。
トリステイン三羽烏による賢人会議と同様の満足感を得たモットは気前よく金を払った。
ここトリステインの飲食店は基本的に料理と引き換えに金が支払われる。
だが、貴族はそれに当てはまらない。
食事後に、自分の認めた価値を払う。
それが元々の値段よりも低ければ平民の間で笑い話になる。
料理人はしょんぼり肩を落として引き下がるしかない。
しかし、素晴らしいと認めれば一部貴族はふんだんに謝礼を払う。
平民が利用する店を使うような連中から言わせれば十エキューきっかり払うのが「粋」であり、最高級の賛辞らしい。
一か月分の生活費で遊ぶもよし、増やすもよし、備えるもよし。
あまり際限なく金を払って身を持ち崩してその店がつぶれるのを避けるため、このような「十エキュールール」が制定された。
言いだしっぺは前マンティコア隊隊長、現魔法衛士隊総隊長ド・ゼッサールである。
もちろんそれは平民の口にも噂に上ることがある。
当然受け取ったジェシカは仰天した。
それでも、にっこりと最上級の笑顔を作り、ジョッキと皿を手に取って席を後にした。
その瞬間、モットは「ライトニング・クラウド」を受けたかのような衝撃を感じた。

――なん、だと!?

今のジェシカは黒髪をポニーテールにしている。
そしてその肌は厨房の暑さのせいでほのかに、桜色に染まっている。
モットはその光景にくらくらした。

――うなじ。

浴衣の首元は洋服のそれと違い比較的自由が利く。
それでも、ふつうに着ればそこは見えないはずだった。
だが厨房はあまりに暑い。
ジェシカは浴衣の肩を着崩して涼を取っていた。
才人が見れば迷わず飛びついたかもしれない。
対してモットは大人だった。

――これが、これが、チラリズムか。
エロフどもめ、メイジ10人分というのは伊達じゃない。

大人だったからこそ、冷静にそのエロスについて考察することができた。
エルフがメイジ10人分というのはその戦闘力であって、別にエロさが一般人の10倍というわけではない。

――なんということだ。
今までの賢人会議では乳・尻・太ももについて存分に議論してきた。
鎖骨についても議題にあがったことはあった。
だがこのユカタという着物はなんだ?
今まで我々が注目してこなかったうなじの魅力を引き出している。
いや、もはやこれは魅了の魔法に近い。

「待ってくれ!」

思わずモットはジェシカを制止した。

「その、ユカタというのはどこで手に入る?
それとも作らねばならないのか??」
「ユカタなら、おそらく手に入れる手段は一つです。
タルブ村の、私の曾祖父の家系が作るしかありません」

モットはうめいた。
普段の彼ならジェシカごと買おうとしたかもしれない。
だが、そんなことを思いつかないほど彼は浴衣の魅力にやられていた。

――素晴らしい!
これがあれば次の賢人会議、活発な議論が期待できる。
それどころかこれをトリスタニアの城下で流行らせれば……。

モットは今のジェシカこそ正しい浴衣の着方をしている、と勘違いしていた。
本来はもう少しかっちりしている。
彼はその邪な野望を感じさせることのない、きりっとした顔でジェシカに言った。

「二百エキュー払おう。
そのユカタを二日、いや、できれば明日の夜までに一着仕立てていただきたい」



16-2 ミシェルの日記

商人子女連続失踪事件の手掛かりを手に入れた。
知らせてくれたのは女王陛下のお気に入り、シュヴァリエ・ド・ヒラガだ。
彼からは格式ばらないでいい、とも聞いているし、報告資料ではないので以下サイトで統一する。
ただ、この日記はいずれ提出する報告書の元になるものだ、手は抜けない。
ターゲットにされている可能性が高い女性。
黒髪長髪、タルブ村出身、背は標準、発育はよい、名前はジェシカ。
魅惑の妖精亭店長スカロンの一人娘であり、店でも一番の娘だそうだ。
見た目は素晴らしい美しさ、というわけではないが、愛嬌があり話がうまいらしい。
容姿は今まで失踪した子女とよい勝負だろう、とアタリをつけている。
ただ珍しい黒髪に誘拐犯が希少価値を感じる可能性は大いにありうる。
油断は一切できない。
罪を犯した私に温情を下さった女王陛下、そして受け入れてくださったアニエス隊長に報いるためにも、今回の件は全力を尽くす。


五時
店開店。
信頼できる部下のステファニーとともに入店。
ステフは喧嘩っ早く口が悪い。
だがそういうところがこういった店の雰囲気に合うだろう。
おそらく私一人では浮いてしまう。

「ミシェル副隊長、これって公費で落ちますかね??」

まだ無理だ、というとヤツは肩を落としていた。
どうやら国の金で遊ぶつもりだったらしい、けしからんヤツだ。
適当に注文する。
私は任務のつもりなので酒を飲む気はなかったが、ステフのヤツに諭される。

「こんな店来て顔赤くしてない方がまずいですってば」

言われてみれば、と思い安ワインを注文する。
あまり酒には強くないがこれも仕事だ、仕方あるまい。
店は開店直後だがある程度にぎわっている。
これはただの勘だが、今のところ怪しいヤツはいない。

「あ、これチョー美味しい」

ステフは周りに気を配ることなく飲み食いしている。

「あからさまに二人ともきょろきょろしてるとまずいですよー。
私が店の入り口側、ミシェル副隊長が奥側をお願いしますね」

いや、見た目に騙されてしまった。
私はどうにもこういう任務に向いていないようだ。
確かに彼女の席からは入り口、私からは奥側が見やすい。
ワインをちびちび舐めながら料理に手を伸ばす。
うまい。
少し変わった味付けだ。

「ぶっ!?」

店に入って一時間もしないうちに、いきなりステフが噴き出す。
汚い。
ワインの染みはなかなか落ちないからそんな興奮しないでほしい。

「も、モット伯ですよアレ。
しかも王宮用の服装着てます!」

店の奥に行ったのは、なるほど確かにモット伯だ。
ある意味これ以上ないほど怪しいが、彼は間違いなく潔白だ。
なぜなら、彼は女を買う際いっそ清々しいまでに隠さない、恥じない、金を惜しまない。
誘拐などという後ろ暗い手段には走らないだろう。
奥まった席に行ったにも関わらずモット伯が顔を出す。
目があったので目礼を返した。
あれで優秀な方だ、これで隠密任務と理解してくれるだろう。
気づけばテーブルの上には白い泡が立った大きなジョッキとよくわからない肉の串が来ていた。

「これ、すごいっす! うまいっす!!
チョームカつく! でもうまいから許す!!」

肉を頬張り、エールを流し込む。
ステフはこれ以上ないほど店に溶け込んでいた。
こういった任務はおそらく彼女の方が適任だ。
見習って私もエールを流し込む。
よく冷えていてうまい、肉もあつくてうまい。
酒に弱い私でもこのエールの冷たさには勝てなそうだ。
しばらく飲み食いを続けていると、ターゲットがモット伯の席へ向かう。
五分ほどたったころ、ターゲットが席を離れる。
同時にモット伯が彼女を追いかけ、何か言い募っている。
無礼討ち、といった雰囲気は感じない。
ひどく興奮している。
やがて何か言質をとったのか彼は珍しく、すこぶる上機嫌だ。
どうやら何かいいことでもあったようだ。
王宮を歩いているときはデムリ財務卿などと喋っているとき以外はむっつり黙っているのに。
今は満面の笑顔だ、子供でもあんな顔をしないと思う。

「副隊長……無邪気な笑顔って、イイですよね」

ステフも店の奥側を覗いていた。
どうでもいいがコイツは趣味が悪すぎる。
モット伯が店を出る。
大体開店から一時間半ほど時間がたっている。
あまり長時間居座っても怪しまれる。
ここらへんで交代要員と入れ替わることにした。

「え? もーちょっとこのヤキトリってヤツとエールを飲みましょうよ」

厳密に言えば、今は勤務時間ではない。
私は真面目すぎる、と文句をよく言われるのでたまには彼女に合わせるのもいい。
それに見張り方を教えてくれる彼女がいなければ明らかに店内で浮いていただろう。

「マジですか!?
明日はじゃあ雨だなぁ……」

失礼なことを言うステフを叩く。
それにしても、酒のせいか暑い。
エールを呷る、冷たくてうまい。
ヤキトリを齧る、熱くてうまい。

「あの、副隊長?」

目の前で誰かが何か言っている。
ヤキトリにかぶりつく、熱くてうまい。

「副隊長ってば~」

熱いうまい。
あつい うま



[29423] 第十七話 Go! Go! Tristain
Name: 義雄◆285086aa ID:b6606328
Date: 2011/08/31 19:01
17-1 オクレ兄さん

「うぅむ、そちらはどうだ」
「はい、やはり間違いないようです」

あと二時間もすれば陽が沈むであろう時間。
こちらトリステイン王国財務省の執務室。
家具がなければ非常に広い部屋だが、日本の一般的なデスクの三倍ほどもある机が並んでおり、パッと見は狭く見える。
机の上には数々の羊皮紙、書簡、書類が山と積まれていた。
部屋の窓際には大きな鳥かごがあり、伝書鳩部隊が出番を待っている。
時間にゆとりがある時なら職員だけでなく、デムリ財務卿も鳩がくるっぽーと喉を鳴らしたりうろうろしたりするのを鑑賞して楽しむ。
が、今はまったくゆとりがなかった。
金銭的な意味で。

「「「「お金がない」」」」

三名の幹部とともにデムリ財務卿はため息をつく。
さきほどから皆で収支の計算を行い、あまりに低い収入に驚き再計算し、ついでにもう一度計算した。
その結果、ほぼ同じ値が得られている。

「やはりアルビオンでの敗戦が問題か……」

トリステインはアルビオンに勝利した。
それが公的な見解ではあったが、人の口に城壁はたてられない。
ましてや兵の慰撫のため大勢の商人が城の大陸に渡ったのだ。
そこで見た光景は、お世辞を重ねに重ねてもう一つオマケしても大敗だった。
アルビオンの英雄、シュヴァリエ・ド・ヒラガがいなければどれだけの命が失われたか。
それを理解した大商人は、半年に一度の税の納付を渋った。
貴族が偉いのはなぜか、万が一の時には肉の壁になるからだ。
その義務がアルビオン戦ではほとんど果たされなかった。
これは国内にいても貴族がいざとなればトンズラかますのではないか、と疑念を抱いた国内有数の大商人たちは遠回しな抗議を決意する。
あれこれ理由を並べて納付期間が過ぎても税金を滞納している。

「一ヶ月以内に納められなければ、下級貴族の年金が払えんぞ」

幹部たちも困ったように顔を見合わせた。
しかも具合の悪いことに諸侯から納められるべき税金すら届いていない。
皆戦争で台所事情は火の車、待ってもらえるならいくらでも待ってほしいのだ。
大商人の税金さえ納められればギリギリの線で持ちこたえられる。
最悪中の最悪はクルデンホルフに頼ることだが、これ以上貸しを作るのは危うかった。

「どうしましょうか、財務卿」
「儂に言われても困る」

う~ん、と男四人で顔を突き合わせる。
ふと、商人事情に明るい幹部が閃いた。

「商人に便宜を図ってはいかがでしょうか」
「便宜、と?」
「はい、今回の納付遅れは明らかに貴族の義務を果たさなかった、逃げ腰の男色趣味のくそったれ武官どもが悪いです」

彼はナチュラルに毒を吐きまくる。
まわりは当然気にも留めない。
どこの世も武官と文官は仲が悪かった。

「そこで、商人がうまく利用すれば稼げるような法案を通すのです」
「それはいかん。
悪しき前例となってしまう」

言っていることは一理ある、一理あるが危険すぎた。
次もまた同じように納付を渋られる可能性が跳ね上がってしまう。

「そうですね……私からは他の案が出ません」
「そうか」

むむむ、と再び唸る男四人。
今度は、平民事情に明るい男が声を上げた。

「パレードですよ!」
「パレード?」
「そうです、一応ガリア戦役も終わりました。
でも国を挙げての公式行事はまだ行っていません。
祭りとなれば民の財布も緩みます」
「ふむ……機会はやるから勝手に稼げ、というわけか」

ギリギリのラインだった。
大商人の顔を立てつつもそこまで譲っているわけではない。
デムリは「それしかあるまい」と頷いた。

「では儂はこの件を女王陛下に上奏した後帰宅する。
諸君らも、今日はもう休みたまえ」
「「「はっ」」」



「女王陛下に財務省の案件で上奏に来た。
今は、問題あるかね?」
「いえ、ありません、どうぞ」

アンリエッタの部屋の前に控える二人の衛士隊隊員が大きな黒樫の扉をノックし、「ド・デムリ財務卿閣下、ご入室!」と声を張り上げる。
デムリはドアノブに手をかけ、部屋に入った。
アンリエッタは寝室と執務室を兼用している。
それはどうなのだろう、とデムリは思うが、彼女が主張するには移動時間の短縮らしい。
扉をくぐった彼は、立ち込める香に顔をしかめた。
その香を彼はよく知っている、年ごろの娘の部屋で焚くようなものではない。
天蓋付きベッド以外には色んなモノが積み上げられた机しかない殺風景な部屋。
デムリはベッドで俯せに倒れている意外を通り越してありえない人物を見て、仰天した。

「マザリーニ枢機卿!?」

デムリよりもおそらくアンリエッタのスーパーサポーターとして働いている男、それがマザリーニ枢機卿だ。
彼はただひたすらトリステインに忠誠を誓い、あらゆる手段を国家のために尽くしてきた。
その功績はデムリもよく知るところだ。
働きすぎて頬がこけ、白髪も増え、たまにぷるぷるしている。
実年齢が40過ぎであるにもかかわらず、見た目は60を越えようかという老人に見えるともっぱらの評判だ。
それが女王陛下のベッドで寝ている。

――まさか、マザリーニ枢機卿はロリコンだったのか!
だから可愛らしいアンリエッタ姫をサポートしていた。
そしてとうとう我慢できなくなったのか!!
なんという聖職者だ!
うらやましい……いやいや、けしからん!!

デムリは憤慨した。
マザリーニはたまに「姫様やめてやめてやめてそれ以上無理」と寝言でうなされている。
お世辞にも幸せな寝顔とは言えず、拷問を受けながら眠りにつきましたー、と言われたら納得できるほど苦悶に満ちている。

――そんなにもヤッたのか!?
女王陛下のお姿はここ五日間ほど見ていない。
まさかその間ずっと……儂もそんなことされたい!!

冷静に考えれば、衛士が通した以上そんな艶々した出来事はあるはずがない。
しかし、デムリ財務卿は疲れていた。
何度も何度も計算しまくって疲れていた。
その時、机に積み上げられた書類の一角が崩れた。

「うふ、うふふ、うふふふふ……」
「女王陛下ーーー!!?」

なにかトリップしてらっしゃるー!!
ガビーン、とデムリは衝撃を受けた。

――まさか枢機卿とのプレイで精神に異常を!?
いや、寝言的には女王陛下の方が積極的だったはず。
いいなぁ、若くて積極的な女性は。
儂もアンアン女王とぬちゃぬちゃしたい。

彼はそろそろ不敬罪で首チョンパされてもいい。
心の中だけのことなので彼を罰することはおそらく彼以外誰にもできないが。

「あら、デムリ財務卿。
なにかありまして?」
「いえ、その、マザリーニ枢機卿は、何を?」

思わずデムリは「すいませんごめんなさいでした」と謝りそうになった。
今のアンリエッタはすごい。
まず顔色すごい、もう土気色、いつ死んでもおかしくない。
そして隈、化粧でがんばって隠してるかもしれないが、控えめにいってパンダみたい。
そして今デムリと喋りながらふらふらしてる、首が座ってない。
あと視線、視線が一定してない、普通の人には見えない何かを追いかけてそうに見える。
それにこうして話している間にもどんどん机の上の書類をとっては目を通してサインをしている。
有体に言ってしまえば、デスマーチだった。
部屋に立ち込める香は強壮効果をもたらすものだし、机の上には水の秘薬の空き瓶がエノキ茸のように立ち並んでいる。

「彼はだらしないわね。
まだ仕事徹夜四日目だというのに朝食前にいきなり倒れたりして。
仕方ないから衛士に頼んでベッドに放り込んでおいたわ」
「それは、また……」

ナニこの女王こわい、とデムリは思った。
流石の彼も三日間徹夜すれば倒れるどころか、死んでしまいそうだ。
それを彼より、見た目的にも体の中身的にも、遥かに老いているマザリーニはがんばったのだ。
朝から今まで、ということは十三時間近くは眠り続けている計算になる。
心の中で黙とうした。



さて、なぜアンアン女王陛下はこんなにもがんばっているのか。
それはきっと、彼女がある意味幼いところからきている。
彼女は信頼できる部下を求めている。
中でも実力、物言い、まっすぐさから、親友であるルイズ嬢の使い魔、平賀

才人はピカイチの物件だ、と目をつけていた。
だが彼はまっすぐすぎる。
なんとか彼に国家、もっと言えばアンリエッタに対する忠誠心を植え付けようと考えた。

――普通の人なら、どうすれば忠誠を誓うかしら?
やっぱり嬉しいことをされれば恩義を感じる、はずよね。
でも、前に渡したお金もあんまり使ってないようだし、あんまりお金には興味がないみたい。
平民、ということは爵位とか土地あげれば超喜ぶわよね。
決まり! 首輪つけるためにもなんとか爵位と土地を授与しましょう。
首輪……首輪もいいわね、今度ルイズに言ってサイト殿につけてもらいましょ、うふ。

この女王陛下は実にダメだ。
実はタニアリージュ・ロワイヤルで行われる演劇『走れエロス』を強力にプッシュしたのは彼女だ。

――素敵じゃない!

と、すんごい良い笑顔で通した。
ウェールズ王子が没して以来、彼女は若干倒錯的な趣味を持ちはじめた、あるいは覚醒した。
それはさておき、ここで問題になるのが反対勢力だ。
彼女の中でも強大な敵は二人、母と枢機卿だ。
実の親であるマリアンヌ太后と、第二の父といっても過言ではないマザリーニ枢機卿。
この二人は絶対に、格式がどうの歴史がどうの言って反対してくる。
彼女は一計を案じた。

――きっと政務をがんばったら認めてくれるわ!

日本の子供が母親に「次テストで100点とったらゲーム買ってよ!」というのと変わりなかった。
最近政務に励んでいるとはいえ、彼女は箱入りお嬢様。
あまり世間の道義だとか道理は理解してなかった。
そして極端な人だった。

――完徹ぶっ続けで五日間仕事すれば認めてくれる! 気がする!!

付き合わされたマザリーニは、もうなんとも同情しかできない。
手始めに彼女は、計画実行数日前からアニエスさんを魔法学院に追いやった。
完徹なんて彼女に知られれば、ねっちねちねちねち小言を言われるに違いない。
それに、よく我儘に突き合わせている隊長殿も、たまには羽を伸ばしてもらいたいと思っていた。
その隊長殿は余計に苦労しているとはアンリエッタもさすがに知らない。
そしてマザリーニとともに引き籠った。
読みに読んで、わからないところはマザリーニに聞きまくって、ひたすら仕事をぶっ続けた。
しかし、上奏されてきた案件はいくらたまっているとはいえ、四日間も缶詰になっていればかなり片付く。
時折挟まれる会議の案件も終わりが近い。
机の上の山は彼女の努力の成果だった。
あと小一時間もすればすべてに片が付きそうだ。

「さて、とはいってもわたくしも乙女。
そろそろ寝ないとお肌がすぐに荒れちゃいますわ。
なるべく手短にね」
「はっ! 陛下、終戦パレードをお願いします」
「パレード、ですか」

デムリは頭がかっくんかっくん揺れているアンリエッタにきっちり説明した。
大商人の税金納付が遅れている、ということには「うふふ」とヤバげな笑みを浮かべるだけだった。
だが土地持ち貴族の税金納付が遅れている、ということには「……コロス」と小さく呟いた。
デムリは「儂納付しといてよかった」とちびりそうになりながらも思った。

「まぁ、わかりましたわ。
そうですね、急な話になるけど一週間後、ブルドンネ街をわたくし自ら出ましょうか。
ガリア戦役で唯一矢面に立った水精霊騎士団に連絡しておかないと。
彼らならお金もかかりませんし」
「陛下、お言葉ですが、ブルドンネ街を使うのは難しいかと。
あそこは露店でいっぱいですし、その露店を無理やり撤去すればいらぬ反感を買います」
「では、露店が引っ込む夜にしましょう。
ダエグの曜日(虚無の曜日の前日)なら夜遅くても問題ないでしょう。
進行など、諸々のことはよきにはからってください」
「はっ、では失礼いたします。
くれぐれもご自愛ください」
「それができればもう寝てるわ」

デムリの切実な言葉に、アンリエッタはより切実な言葉で返した。
でも彼女はある意味事項自得だ。
部屋を退出したデムリはよし、と頷いて、結局執務室へ戻ることにした。



[29423] 第十八話 月のまーがれっと
Name: 義雄◆285086aa ID:b6606328
Date: 2011/08/31 14:38
18-1 酒場で格闘ドンジャラホイ

「ちょ、ちょっとぉ、困ります~!!
ミ・マドモアゼル困っちゃいますぅ~!」

酒場の華とは何か。
人は言う、多様な酒だと。
またある人は言う、多岐に渡る料理だと。
さらにある人は言う、見目麗しい妖精だと。
しかし、ここトリスタニアでは、現代日本では想像もできないようなモノが華となる。
喧嘩だ。

「青髪に五スゥだ!」
「なら俺は茶髪に六スゥ出すぜ!!」

魅惑の妖精亭、ここで喧嘩をするヤツらはほとんどいない。
喧嘩をすれば次から出禁を食らうし、腕っぷし=モテると直結しないことをよく理解しているヤツらも多いからだ。
しかし、今は実際に客が喧嘩をしている。

「よくもやったな!!」
「あんたいっつも固すぎるんだよ!
チョームカつく!!」

平民がもみ合っている。
ヤツらの服の下には鍛え上げられた筋肉がある、ということを皆直感的に理解していた。
直接的な殴り合いには発展していない。
いかに関節をとるか、相手をねじ伏せてマウントポジションを取るか、ということに終始している。
それでも観客にとっては十分で、すでに金を賭ける者までいた。
むしろガチ殴りじゃなく終始有利な体勢をとろうとしているため、逆に動きがぬるぬるしているというか、こう直線的ではなくって曲線的な動きがアレだというか。
二匹の蛇が牙を使わず戦っているようだった。
当然そんな動きをしていれば色んなものがめくれたりしてくるわけで。
パンツルックなミシェルちゃんと違って、ステフちゃんはスカート装備なのでさらにピンチ!
すでに幾人かの紳士が床に這いつくばってすんごくがんばっていた。
彼らは時折もみあった二人に踏み抜かれるが、イイ笑顔で沈んでいく。
二人の格闘が続く中、ヴァイオリンの音が近づいてくる。

「話は聞かせてもらった!」

いきなり妖精亭のウエスタンドアが蹴り開かれた。
現れた男は異様な姿をしていた。
まずヴァイオリン、なぜか腰だめで弾いている。
そして髭も髪も黒く、伸びるに任す、といった風情でボサボサだ。
黒髪はタルブ村出身の証と言っても過言ではない、ないけどそんな定説をこの時ほどスカロンは恨んだことがない。
あんな異様な男は親戚にいない、というかタルブでも見たことがない。
次にデコが広い、コルベールより結構マシ目程度。
何より服装が不思議だった。
大都会、トリスタニアでは見たこともないような衣装。
田舎の農民がしているかな……いや農民でもしねぇよあんなカッコ。
一番正しい表現は「森の妖精(っぽいもの)」だ。
腰だめのヴァイオリンをゆらゆら揺れながら弾き狂っている。
しかも無表情。
正直関与したくない手合いだった。
その男の登場で酒場の空気が変わる。
最初は気まずげにみんな固まっていた。
ぬるぬるもみ合っていたミシェルとステフもかたまっている。
だが、男のヴァイオリンが奏でる旋律のせいか、次第に熱気があふれてくる。

「なんか、なんかこう、やべぇな……」
「ああ、やべぇ、ダメだってわかってるのにやべぇ」

それはいかなる魔法だったのか。
森の妖精(仮)はその音楽をもって、酒場に狂気を降臨させたのだ!

「やっぱあんたチョームカつくんだよぉお!!」

バキッ、と今までにない音が響く。
ステフがミシェルの顔を殴った。
これに、ミシェルがキレた。

「てめぇもオゴリって言った瞬間高い酒頼んでんじゃねぇよ!!」

ボグッ、とミシェルが腹に強烈な一撃をいれる。
吹き飛ばされたステフは周りの客を巻き込んで派手に倒れこむ。
酒場にカオスが顕現した。

『ヒャッハァーー!!!!』

机に飛び乗ったり椅子を振り回したりジョッキを投げつけたりやりたい放題である。
誰かが最終兵器お父さんであるスカロンをブッ飛ばした。
なぜ暴れるのか。
誰も知らない。
ただ彼らは後日きっとこういうだろう。

『むしゃくしゃしてやった。今は反省している』



「ちょっとアンタらナニやってんのよ!!?」

あまりにうるさいので厨房からジェシカが飛び出してきた。

『……』

酒場の時が止まる。
ジェシカは絶世の美人、というわけではない。
街を歩いていればたまーに見かけるかな、俺でもなんとかがんばればいけるかな、という容姿である。
しかし、今の彼女は日本の最終兵器・YUKATAを着用している。
頬は厨房の暑さで上気しており、うっすらかいた汗で肌がいつもよりしっとりしているように見える。
いつもは下ろしている長い黒髪をポニーテールにして結い上げ、髪の生え際は雫となった汗で輝いている。
若草色の浴衣は確かに地味だが、白い帯が清楚さを引き出している。
異国風の和装はどこか高貴な印象すら与えた。

『天女だ……』
「は?」

男どもは拝みだした。
よくわからないけど拝みだした。
酒場を満たしていた混乱は去り、後には酔っ払いの死体だけが残る。
ヴァイオリンを弾いていた男はいつの間にか姿を消していた。
あ、あとミシェルとステフは出禁食らいました。



18-2 才人の豆知識

桃黒さんたちにのされた才人は、ルイズのベッドに気が付いた。
あたりはすでに暗くなりはじめており、魔法のランプがゆらゆら部屋を照らしている。
何も声はしない。
体を起こした。

「サイト、起きたの?」

心配そうな声がかかる。
ぼんやりと顔を向ければこれまた不安げなルイズの姿があった。
すでに入浴をすませたようで、パジャマに身を包んでいる。

「あぁ、今起きたけど、うん」

才人が見た最後の光景は、二人の極上の笑顔だった。
それから何があったのか……きっとひどい事件があったに違いない。

「シエスタは今おしぼりを取りに行ってるわ。
あんたが、あんまり寝てるもんだから心配してたわよ」

心配するくらいなら、ツープラトンキックとかやらないでほしい、と才人は思った。

――しかし、これはチャンスと言えばチャンスだ。
最近ルイズとコミュニケーションをとっていない。
コイツ、やきもちやきだからたまにはしっかり相手してやらないと。

ふと、才人は考える。
レモンちゃんやらにゃんにゃんやらをいれなければ、ルイズに愛の言葉を囁いたことは片手の指で数えられるくらいだ。
ここは最近仲睦まじいギーシュ・モンモンペアを見習って、それらしい言葉をかけてやれば、ルイズも喜ぶのではなかろうか。
そう思い至った彼は、心の中で頷く。

「ルイズ、話があるんだ」

才人は床の上に正座をする。
石で造られた部屋で正座は、正直痛い。
でも彼はマジメな話をするつもりだった。
真剣に思いを伝えようと思った。
だからこそ、きっちりした格好をしたかった。

「な、なによ、サイト。
いきなりあらたまって」

ルイズはそんな彼の姿勢を見て身構える。
何か真剣な話があることを本能的に感じ取っていた。
頬がだんだん赤らんでくる。
期待が胸を満たしていく。

「実はさ……」
「うん……」

――ルイズに好きだって言いたい。
でも、恥ずかしい……冷静に考えたら恥ずかしすぎるッ!!

ド直球な告白をかまそうと決意していたのに才人はチキった。
彼は元々平凡な日本人高校生。
告白なんてルイズにしかしたことないし、愛の言葉を囁くなんて恥ずかしすぎる。
シャイボーイ・才人はノリとテンションと勢いがなければ一介の、ちょっと内気な男子高校生に過ぎないのだ。
恥ずかしすぎて、誤魔化すことを選択してしまった。

「俺のいた日本じゃ、月にうさぎが住んでるっていうんだぜ?
他の場所だったら蟹とかバケツを運ぶ少女とか。
ハルケギニアではそんなのない?」
「はぁ?」

今のわたしには理解できない、といった顔でルイズは聞き返す。

――い、今才人はすっごい真剣な表情してたわよね。
それが、なんだっていきなり月の話になるのよ!
サイトのいた世界じゃ月の話ってそんなシリアスになるものなの!?

著名な文人は愛の告白を「月が綺麗ですね」と訳している。
そのくらい月というのは美しく、儚く、うつろいやすいものだと日本では評価されていた。
もちろんハルケギニア代表ヴァリエールさん家のルイズちゃんにはわからない。

「さ、さぁ……わたしは聞いたことないわ。
タバサがそういうのに詳しそうね……」
「そ、そっか」

――あああああ! わたしのバカ!!
なんでよりにもよってタバサにパスしちゃうのよ!?
あの子ちっちゃいナリして最近は危険すぎるじゃない!

――なんで俺はいきなり月の話なんてし出すんだ!?
違うだろ! 愛の言葉だろ!!
いつものレモンちゃんとかじゃない、真剣なヤツ!
ギーシュを思い出せ……。

「ルイズ」
「ひゃぃっ!?」

――跳ねた。
このピンクっ子超跳ねた。
すごい、まるで釣り上げてすぐの魚。
鮮度抜群、もー刺身でいただくしかないね!

才人にカニバリズムな趣味はない。
いただくとは勿論レモンちゃん的な意味だ。
彼はルイズの両肩へ手をやり、そのまま窓の外、夜空を見上げる。

「月が、綺麗だよな」
「え、えぇ、そうね」

――あれ、通じてないのか?

「え、えっと、ルイズ?」
「な、なによさっきから。
月の話ばっかりしちゃって」

まったく通じていなかった。
それもそのはず、ハルケギニアにかの文豪は存在しない。
才人は何を思ったか、意味を説明しだしてしまう。

「俺の世界って、言葉がいっぱいあるんだ。
「うん……」
「それでさ、俺が使ってたのは日本語ってヤツなんだけど。
英語っていう、多分世界で一番使われてる言葉があったんだ」
「なんで、それに統一しないの?」
「わかんね、多分歴史とか、そういうのだと思う。
まぁ違う言葉を自分の使う言葉になおすことを翻訳っていうんだ。
それで、その、『月が綺麗ですね』っていうのは……」

ここまで言っておいて、彼は猛烈に恥ずかしさがこみ上げてくるのを感じた。

――って、なんで俺はこんなこと説明してんだよ!?
自分のはずしたギャグを解説するよりきっついぜ!!

知らず顔が紅潮していく。
今なら額でお湯を沸かせそうだ。

「それで、『月が綺麗ですね』ってどういう意味なの?」

ルイズはなんとなく、うっすらと才人の意図を理解した。
それは赤くなった彼を見て確信に至る。
でもフォローはしない。
せっかくの機会だから、彼自身から甘い言葉を囁いてほしかった。
にゃんにゃんとかじゃない、全うな言葉が欲しかった。

「その、『月が綺麗ですね』っていうのは……」

ぬぐぐぐぐ、と才人は呻く。
ルイズは彼の様子を見て胸を満たすナニかを感じた。

――やっぱり、なんのかんの言ってサイトはわたしが好きなんだ。
大丈夫、きっと信じていられる。

才人がすっと目を合わせてくる。
吸い込まれそうなほど深い、黒い瞳だ。

「『月が綺麗ですね』っていうのはっ!」
「ミス・ヴァリエール、おしぼりとついでに紅茶も持ってきました」
「きゃぁぁああああ!!!!」
「べぶらっ!?」

才人、叫ぶ。
シエスタ、入室する。
ルイズ、殴る。
才人、吹っ飛ぶ。

「えぇっ!
ミス・ヴァリエール何をなさるんですか!?」

ルイズははっと気づき、後悔した。
才人の愛の言葉に胸が高鳴り、顔が近づいているときにいきなり入室してきたシエスタ。
照れ隠しに思わずパンチを叩き込んでしまった。
あんたは空気読め!! とルイズは彼女を睨みつける。
しかし、逆にシエスタにぎろん、と睨み返された。

「ミス・ヴァリエール、ミス・タバサじゃありませんが、あなたはサイトさんを殴りすぎです!
サイトさんがこれ以上頭弱くなっちゃって、女の子に節操がなくなったらどうなさるんですか!!」
「うぅ……すいません、ごめんなさい」

今のシエスタはマンティコアを従えそうなくらい怖い。
ルイズは貴族なのにごめんなさいと謝ってしまった。

「もう今夜は任せておけません!
サイトさんはわたしと一緒に使用人の部屋で寝てもらいます!!」
「そ、それはダメ!」
「あぁ!?」

シエスタ睨む、超怖い。
ルイズはチワワのようにぷるぷる怯えて縮こまってしまった。
その隙にシエスタさんは才人の首根っこつかんで部屋から出て行ってしまった。

「なんで、どうしてこうなっちゃうのよー!?」

キィーッ! とハンカチを噛んで悔しがるルイズ。

「そりゃ娘っこが悪いと思うぜ」

カタカタデルフが震える。
空に輝く双月は、綺麗だった。



[29423] 第十九話 Beautiful evening with you
Name: 義雄◆285086aa ID:b6606328
Date: 2011/09/01 18:04
19-1 ノスタルジア

――シエスタと月が俺を見下ろしてる。

二日前の昼と同じ光景だった。
頭の下も同じように柔らかい。
ただ違うのは、気温と時間と、シエスタ。
空にお日様が輝いていないこの時間帯は流石に涼しく、時折囁く風が心地よい。
そして、才人は目を見開いた。

「サイトさん、気がつきましたか?」
「シエスタ!?」

思わず跳ね起き、シエスタをまじまじと見つめる。

「ミス・ヴァリエールったらひどいんだから……。
って、サイトさん。そんな見つめられると、ちょっと恥ずかしいです」

ぽっと頬を赤らめいやんいやんと手をあてるシエスタ。

――可愛い。
いや、違う違う、そうじゃない。

「それ、ひょっとして……」
「あ、やっぱりサイトさんもご存知でしたか。
ひいおじいちゃんがひいおばあちゃんに頼み込んであつらえてもらったそうです。
ユカタ、って言うんですよね」

サイトは知らないが、魅惑の妖精亭で今働いているジェシカと同じ、草色の浴衣姿のシエスタがちょこんと正座していた。
その前にサイトはあぐらをかいて座りなおす。
その間も視線はシエスタにくぎ付けだ。

「あ、ああ、知ってる。
知ってるも何も、俺の国の服だし」
「じゃあ、こっちも知ってますよね、はいっ」

じゃーん、と言いながらシエスタが手渡してきた服も、もちろん才人は知っている。
暑い夏場はTシャツ短パンよりもこれを着た方が幾分か涼しい、と感じる。
シエスタの浴衣と同じ、草色の甚平がそこにある。

「これ、これ、いいの!?」
「ええ、サイトさんに着てもらうために暇を見てせっせと繕いました」

いらないなんて言われたらショックです、泣きます、とシエスタ。
才人に持たせて火の塔の影まで彼を連れ込んだ。

「はい! 向こうで待ってますから着替えてきてくださいね」

なるべく早くしてくださいね、と言ってシエスタは来た道を戻っていった。
残された才人は手元の甚平に目を落とし、パーカーを脱いだ。
下着以外は全部脱ぎ捨てて甚平に袖を通す。
前を合わせ、紐は蝶結びで括る。
麻の肌触りが懐かしかった。
用意のいいことにシエスタは雪駄も手渡してくれた。
日本にいたころは雪駄なんて、履いたこともなかった。
ビーチサンダルとほとんど変わんないな、と足を通す。
甚平、雪駄の完全な和装才人が完成した。

「シエスタ、着替え終わったよ」
「はいはい、まぁ!
やっぱりサイトさん素敵ですね。
よく似合ってますよ」

パーカー、ジーンズを適当に畳んでシエスタの元に戻る。
彼女は、お揃いですね、なんて嬉しそうに言った。
黒髪の、浴衣姿の少女が微笑む。
それは、才人の心の栓を、決壊させてしまった。

「うっ、うう、くっ……」
「サイトさん!?」

シエスタはいきなり泣き出した才人に目を丸くする。
彼は袖でゴシゴシ目を拭うがあふれる涙は止まりそうにない。
手に持っていた服は落としてしまっている。

「俺っ、俺この間までは、ぜんっぜん、平気だったんだ。
なのに、母さん、母さんからのメールでっ、もう、懐かしくって……。
疲れてた……かあさん、母さんは、あんな顔、見たことなくって……」
「サイトさん……」

シエスタは自然、才人の手を強く引いた。
膝をつき倒れこむ才人を、その豊かな胸で慈しむように、抱きしめた。
左手を背中にまわし、右手は黒髪を撫でる。
浴衣の胸元が濡れていく。

「もう、ダメなんだ。
さみしくて、なつかしすぎて……ッ。
割り、切れねぇよ。
ルイズは、ルイズ、ルイズは大事なのに……!」
「……」

しゃくりあげながらシエスタに心情を吐露する。
そこにアルビオンの英雄も、虎街道の英雄も、ガンダールヴもいない。
ただ故郷を、家族を失った少年がいた。
シエスタは優しく、優しく彼を抱きしめ、髪を梳く。

「なのに、さいきん、日本のこと、ばっか、かんがえてて。
つらいんだよ……!
俺、こんなところで、友だちも、守るヤツも、できたけどさ……!
日本のこと、ぜんぶ、すてるなんて、できねぇよ……!!」
「サイトさん……」

シエスタは瞳を閉じて、彼を撫でる。
ゆっくり、ゆっくりその心を解きほぐすように。

「サイトさん」
「……」
「わたしが、抱きとめてあげます。
あなたの寂しさも、弱さも、全部受け止めます」
「シエスタ……?」

シエスタは才人の肩に手を置いて引きはがし、目を合わせる。
彼が見上げたその瞳は、決意に燃えていた。
肩越しに、双月が煌々と浮かぶ。

「わかってるんです。
サイトさんが、心の根っこではミス・ヴァリエールのことしか見てないって」
「……」
「でもいいんです。
ここまで育っちゃった気持ちを捨てるなんて、わたしにはできません。
もう決めちゃいました。
たとえ傷ついたって、酷い目にあったって、もう、戻りません」

言い切ると、シエスタは才人と唇を重ねた。

「んっ……」

――あ、したはいってる。

才人はとりとめもなくそんなことを思った。
意味もなく息をとめてしまう。
シエスタの後ろには冴え冴えとした月が見える。
その輝きを見惚れていたのか、才人は彼女のされるがままになっていた。

「「ぷはっ」」

二人の口を銀の橋がつなぐ。
それは細くなり、やがては切れた。

「だから、わたしの居場所も、少しは残しておいてくださいね?」

黒髪の少女は微笑む。
それは月明かりの下で、目を離せば消えてしまいそうなほど儚い笑みだった。



しばらく才人は呆然としていた。
シエスタは急に恥ずかしくなってきたのか、視線を彼の顔から外す。
どんどん顔が熱くなっていくのを自覚していた。
やがて才人はのっそりと立ち上がり、くるりと後ろを向いて、叫んだ。

「イェーーー!!」
「!?」

そして走り出す。
芝生の上を犬がはしゃぐように転げまわる。

「イェーーー!!!」

立ち上がり、月に向かって腕を振りかざす。
両腕を真上に突き上げる。
その寂しさを振り切るかのように、全力全開で叫んだ。

「アウイェーーーー!!!! イェァーーーーー!!!!!」

力尽きたように背中から倒れこんだ。
どんっと鈍い音とともに草がぱらぱらと宙を舞う。
その切れ端を風が運び、やがて地面に落ちた。
シエスタは、この人大丈夫かしら? と不安げな目で見ている。


「サイトさん?」


「ありがと、シエスタ」

草を払いながら才人は立ち上がる。
そしてシエスタを見つめてにっこり笑う。

「寂しいし、懐かしいのは確かだけどさ。
女の子にあそこまで言われちゃ元気出すしかねぇよ」

その笑顔にシエスタはきゅん、とときめいてしまう。
胸にあふれだす感情のままに彼女は才人の胸に飛び込んだ。
才人はそれを抱き留め、腕を背中に回す。
強く、しっかりと抱きしめて、感謝の気持ちを伝える。

「俺、シエスタに会えてよかった。
本当に、感謝してるんだ」
「……サイト、さん」

空には変わらず白いお月様たち。
群青色の空にぽつぽつと浮かぶ小さな灰色の雲は、風が早いのかすぐに形を変えていく。
世界に二人しかいないような、静かな夜。
少年と少女の影はいつまでも一つに……。

「はなれて」
「「え!?」」

一つではいられなかった。



19-2 ピンクの悪魔

「ちょっろ、ひいへるの? ひゅるけ~」
「はいはい、聞いてるわよ」

この子、めんどくさっ! とキュルケは思う。

――昨夜お酒であんなひどい目にあったのにまた飲むなんて……。
学習能力がたりてないのかしら?
それともこの子実はドMでひどい目にあいたいとか??

すごく失礼なことを考えながら、キュルケは目前に座る少女を見る。
木製のコップに注がれた赤ワインを舐めるようにして飲む少女、ルイズ・(後略)である。
先ほどシエスタの声がしたと思ったらこの部屋にやってきたのだ。

「それって、結局あなたが悪いんじゃないの、ルイズ」

諸般の事情によりブドウジュースを飲みながらキュルケは返す。
結局ルイズが悪い、今回はその一言に尽きる。
せっかく才人が勇気を振り絞って愛の言葉を囁こうとしているのに。
メイドが入ってきて驚く、ここまではいい。
そのあとグーパン顔面に叩き込むのないわ、とキュルケは思う。
関西人のように、ないわ、と思ってしまう。

「れも、れも~、あんなろきに、はいっれこなくれも……」

アニエス隊長のところに突貫した昨日ほどひどくはないが、ルイズもべろんべろんだ。
顔がゆでだこのようになっている。

「にしても『月が綺麗ですね』か。
サイトの国には素敵な言い回しがあるのね、ハルケギニアのどの国よりも奥ゆかしいと思うわ」

派手な身なりをしているがキュルケは淑女のたしなみとして様々な芸術に触れ親しんでいる。
その中には当然詩もあり、彼女はかなりの知識を蓄えていた。
しかしそんな遠回しな表現で自分の気持ちを伝えることはない。
ハルケギニア人はストレートだ。

――ロマリア人の口説き文句なんて、サイトの国にいけばむしろ浮いちゃうわね。

昨今の日本ではストレートに言われたい女性が増えているらしい(未確認情報)なので一概にそうとは言えない。
それはさておき、自分の部屋で飲んだくれるのはやめて欲しかった。

「ほら、明日もまた授業があるんだし、もう寝なさいよ」
「……や!」

子供のように駄々をこねるルイズ。
見た目と言動が一致して、キュルケは苦笑してしまう。

「ほらほら、いい加減もう飲まないの」
「ぅ~~」

キュルケは窓を開けてコップに残る赤ワインを捨てる。
水差しからぬるい水を注ぎ、ルイズに手渡してやった。
その時、叫び声が聞こえた。
それが続くこと四回。

「あら、こんな時間に誰かしら?」
「ぅう~~」

ルイズはコップの中を見ながら唸っている。
先ほどあけた窓から外を見下ろし、パタンと窓を閉めた。

「さ、ルイズ。もう寝ましょ?
寝つけないなら添い寝してあげるわよ?」
「ぅ??」

これ以上ないくらい優しげな笑顔でキュルケはルイズの手を引く。

――アレはまずい。
あんなのルイズに見られたらまた癇癪起こすに違いないわ。

キュルケが見たものは、抱き合うシエスタと才人だった。
しかもすごくしっかりと抱き合っていた。
むしろ恋人にしか見えなかった。
彼女はルイズをベッドに引きずり込み、軽く抱きしめてやる。

「はいはい、寝ましょうね~」
「ぁぅ……」

背中を一定のリズムでとんとん叩く。
そのリズムが心地よかったのか、ルイズはすぐに眠ってしまった。

「はぁ……サイトったら、仕事増やさないでよ」

今度何か奢ってもらおう、いや、あの『始祖の降臨祭・初恋風味』をジャンと二人に振舞ってもらおう。
そう考え、やがてやってきた睡魔に身をゆだね、眠りに落ちた。



19-3 大岡裁き

「いやです!」
「はなれて」

二人を引きはがそうと、タバサはシエスタを引っ張る。
シエスタはシエスタで引きはがされまいとより強く才人にしがみつく。
なんというか、モテモテだった。

「あの、お二人さん?」
「「あなたは黙ってて!!」」
「……はい」

男はこういう時弱い。
才人君は何も言えなかった。

「あなたはずるい」
「どこがずるいんですか!」
「正々堂々って言った」
「う……」

タバサは見た目幼い。
見た目だけではなく実年齢もシエスタより3つも下だ。
そんな子どものじっと訴えかけるような視線にシエスタお姉さんは弱いのだ!
タバサは次に才人を見る。

「それに……わたしは抱きしめてくれなかった」
「う!」

今度は才人をじっとりと睨む。
彼は一応(?)ルイズのことが好きなので、ほかの女の子は極力(??)見ないようにしているのだ!
だがその努力が実ったためしはあまりなさそうだ。

「とりあえず、わたしの部屋まで来てもらう」
「だーめーでーすー!」

タバサはさらに才人の腕をとる。
シエスタも才人の腕をとっている。
ひっぱる。
結果、痛い。

「痛い痛い痛い!」
「はなしてください!」
「あなたこそ!」

さらに引っ張り合う。
結果、超痛い。

「痛い痛い痛いイタイイタイ!!」
「彼のことを真に思うなら、手を放すべき!」
「それはミス・タバサも同じこと!」
「俺のために争わないで! ワリと切実に!!」

ぐだぐだな引っ張り合いはその後三十分にわたり続いた。
結局シエスタと才人はその晩、タバサの部屋で眠ることになった。



[29423] 第二十話 嘘吐きガイコツ
Name: 義雄◆285086aa ID:b6606328
Date: 2011/09/03 04:31
20-1 調理法・不明

「というわけで、昨日は大変だったのよっ!」
「へいへい」
「あ、聞いてなかったなこいつっ」

魅惑の妖精亭厨房、今日も今日とて才人はジェシカの買い物に付き合っていた。
昨夜大変だったのは才人も同じだ。
結局あのあとタバサの部屋で寝ることになったが、なんだかいつもと違う匂いにくらくらしてあまり眠れなかった。
今日も寝不足だ、と才人はひとりごちた。

「それに、昨日は銃士隊の副隊長なんて人が来て、暴れて行ったんだから。
あんまりにもひどかったから出禁にしちゃった」
「マジぽん!?」

――ミシェルさんなにやってんだよ~!
いや、あの人そもそも短気っぽいし……もともと無理系だったのかな?
まぁ、でも違う人が来るよな、きっと。

きっとミシェルさんはあんまり悪くない。
派手になった元凶は森の妖精さんだ。
妖精さんのメロディは酒飲みを狂暴化させる作用があるのだ。
あとで詰所によることを決意して、才人は皮袋から食材を取り出す。
黄色の粒粒した野菜。
にょろにょろした魚。
そして、ずっしりと手に重い麻袋。

「あら、また料理?」
「ん、今日も料理、あのタレ使って作れそうなもんはいろいろ試してみる」
「あ、昨日ヤキトリってヤツすっごいウケたわよ。
その銃士隊副隊長が一人で十本も二十本もむしゃむしゃ食べてたわ。
あの冷えたエールとあうみたい、エールも五杯は飲んでたかな」
「へぇー、ウケたんなら何よりだ。
今度はねぎまとか、塩味も作るべきかな」
「あと、モット伯が来てたわ」
「モット伯!?」

シエスタの件を思い出した才人は冷や汗を垂らす。

――あのおっさんが例の犯人じゃないだろうな?

「でもなんか噂ほど女にギラギラしてなかったわ。
あたしのユカタ見て、二百エキューで仕立ててほしいって。
前金で百エキューも置いてったわ」
「に、にひゃくえきゅぅ!?」

浴衣一枚にポン、と出せるような金額ではない。
流石にモットは金持ちだった。
ふと、才人は疑問に思ったことを聞く。

「ユカタって、シエスタと同じヤツ?」
「あら、知ってたんだ。
そうよ、色合いも何もかも一緒」
「へぇ、昨日見せてもらったんだ。
あ、甚平もらったんだよ!
もーすっげー嬉しかった、俺シエスタ大好き!!」
「そ、そう……」

――サイトって、確かまだルイズの恋人よね?
あの子、意味を教えてないんだ。

ジェシカの好きな、すごいキラキラした瞳で笑う才人。
そんな彼を見ても彼女は冷や汗しか浮かばない。
浴衣や甚平は、シエスタさん家でしか作れない。
売るものでもないのでそんな頻繁に仕立てたりはしない。
そして他人においそれとあげるようなものでもない。
では、どのような時に渡すのか。

――未来の旦那に渡せ、って言われてるんだけど。
教えてあげた方がいいのかなぁ。

佐々木家の血族に連なるのだから、甚平くらいは持っておけ、とはひいおじいちゃんの言葉らしい。
タバサの黒さに感銘を受けて、シエスタさんは家族の力を使って外堀を埋めに来たようだ。
もしタルブ村で甚平に袖を通す機会があれば、才人はすごく歓待されるだろう。
婿的な意味で。

「それに、スカロン店長の持ってないレシピも見せてくれるって。
今度タルブ村にいってくるよ。
折角だから、箪笥の肥やしになってる甚平も何着かくれるって」

――ああ! シエスタに何があったのかしら!?

誰の影響を受けたのか、どんどん強かになっていく従姉妹を思ってジェシカは戦慄いた。

「でも甚平はホント嬉しい、寝巻にしてたから、懐かしい」
「ユカタは着ないの?」
「うん、温泉行ったときにアメニティであったヤツ着たけど、甚平の方が好き」
「あら、そうなの。
昨日の騒動のあとで衣服屋にユカタ量産しないか、って言われて受けたんだけど。
サイトには関係なさそうね」
「え、マジで!?
トリスタニアで浴衣が見れる、ってうれし……。
いや、なんかガイジンがユカタ着てるちぐはぐな感じになるのか?」

天女としてなぜか拝まれたジェシカにあのあと近づいたものがいる。
ロマリア系の衣服屋だ。
どうやらユカタを売れると踏んで、今度仕立て方を買いたい、と言ってきたのだ。
モット伯とは関係のないところで着々とトリスタニア時代劇村化計画が進んでいく。
才人は鍋に少し茶色いアンチクショウをぶちまけた。

「ん~、ちょっと色がくすんでるというか、玄米系?
てか一合の量り方も、水の量すらわかんねぇ」

そう、彼が手に入れたのは米だ。
東方からやってきたらしい。
非常に高価で、一掬いで同じ量の黄金と等価、と言われた昔のコショウほどではない。
しかし中くらいのコップ一杯で三十スゥもした。
これは大体平民一人の食費二日分にあたる。
それを才人は気前よく袋で購入した、三エキューである。
最近の彼は食道楽になりつつある。

「よし、米は食いたいけどよくわかんねぇ!
ちょっと保留だな」
「あら、折角買ったのに食べないの?」
「うん、調理法はわかるけど具体的な水の量がわからないから。
高かったし、食べ物で遊ぶともったいないお化けが出るっていうしさ」
「お化け?」

ビクン、と厨房の奥で座っていた青髪の少女の肩が揺れる。
今日は珍しくタバサも同行していたのだ。

「ああ、もったいないお化け。
モノを無駄にしたり、食べ物を残したりすると出るんだって」
「……ウソ」
「や、ホント。
俺の国では毎年何百人ももったいないお化けに出会ってる。
すんげー怖くて気絶しちまうらしいぜ?」

才人は懐かしい気持ちでいっぱいになった。

――召喚当初はこうやってルイズをからかっていた気がする。
それにタバサはリアクションが小動物系で、なんか可愛いんだよな。
今もなんかぴくっぴくっ、てなってるし。

才人はほっこりした。

――もったいないお化け……!
わたし、モノを無駄にしたり、食べ残しとかしてない、だいじょうぶ!
大丈夫だよね……?

タバサはガクブルした。
そんな二人を見てジェシカは、やれやれ、とため息をついた。

「ま、ウソだけどな」

ニカッと才人は笑う。
まさに悪戯が成功した子供の笑顔だ。
タバサはむっとして杖を振り上げ、ゆるゆると力なく下ろした。

――怒っちゃダメよシャルロット、あなたは強い子。
それよりもこの機会を利用することを考えなさい。
ほら、目の前に敵がいるのよ?

タバサはジェシカを見る。
胸元をじっと見る。
明らかに敵だった。

――タバサ、出る!!

才人の胸元にしがみついた。
そしてちらりとジェシカを盗み見る。

――アレは明らかにむっとしてる。
やっぱり胸だけじゃなくわたしの騎士様を狙う敵だわ。
この泥棒おっぱい! むしろおっぱい泥棒!!

タバサは、ガリア王族の発育が悪いのは誰かに吸い取られているせいだ、と信じていた。
考えてみてほしい。
女系の王族は現在ガリア、トリステイン、アルビオンにそれぞれいる。
ガリアの王族はシャルロット、イザベラお嬢様の二名。
残念ながらぺったりしている。
トリステインは白百合ことアンリエッタ女王陛下。
Ohモーレツ! というレベルのお胸様だ。
では、アルビオンは……?
そんな胸革命知りません! とタバサはキレた。
これらの傾向を見ると、虚無を継ぐ王家の血筋はバインバインにならなければおかしい。
つまり、それを邪魔する存在がいる、と彼女は結論付けた。
王家の血を引くヴァリエール家の人たちのことは意図的に無視した。

「ははっ、よしよし」
「サイト……ずいぶんその子と仲が良いのね」

才人がタバサを撫でてやれば、ジェシカがむすっとした声をかける。
明らかに嫉妬している様子だ。
タバサは胸中でほくそ笑んだ。

「ああ、タバサって小っちゃくて可愛いじゃん。
なんつーか妹みたいで」

妹みたいで……。
妹みたいで……。
妹みたいで……。

タバサは自分の足元がガラガラと崩れていくような感覚を味わっていた。
そう、才人は抜けている。
タバサは今まで味方がほとんどいなかった。
それを体を張ってエルフまで撃退せしめた勇者が現れた。
そんな存在がいきなり出てきたらどう思うだろうか?
普通は好意を抱くだろう。
それが男女の仲なら恋に落ちても仕方がない。
だが、決定的に、タバサの外見はずいぶんと幼かった。

――今までタバサはほとんど味方も、家族も心を狂わされていなかったんだ。
こんなちっちゃい子なのに今まで苦労して。
だから、きっと俺のことをお兄ちゃんみたいと思ってるんだ。
なら兄貴としてその期待に応えてやらないと!
惚れられる? そんなのイケメンたちの特権だろ??
それにタバサみたいなちっちゃい子に何を考えてるんだ!

残念ながら彼は抜けていた。
さらに実年齢を知らず、大体十二、三歳くらいだと思っている。
ここ最近のタバサのアプローチは激しくあわや陥落寸前にまで追い込まれることもあった。
しかしその外見年齢が彼にストップをかけたのだ。
そしてディフェンスに定評があまりなかった心の安全弁が「これ、兄に甘える妹じゃね?」と発動する。
才人はあっさりそれを受け入れた。
タバサがわなわな震えていると、ジェシカと目があう。
ふっ、と勝ち誇った顔をされた。
今まで自分がするケースばかりだったタバサは、非常にいらっときた。
それを才人は勘違いした。

「ほらほら、そんな不機嫌顔すんな。
今旨いモン作ってやるからさ~」

そういって才人は黄色の粒粒野郎どもを三本網に乗せ、火にかけはじめた。

「それは、ナニ?」
「んー、これなー。
焼きトウモロコシってんだ。
昔屋台でじっと見てて作り方覚えたんだ。
なんか、くじびきとかよりもそういうのが好きだったんだよ」

だから大体の屋台料理は作れる気がする、と才人は言った。
鼻歌までしながら上機嫌だ。
タバサはなんとなく、才人の背中にべちゃっと張り付いた。

「はははっ、タバサは軽いな~」

――ま、まったく意識されてない!
この前の夕焼けのがんばりは無駄だったの!?

その時のことは、不幸な事件によって才人の記憶から消し去られている。
今の彼にとってタバサの張り付きは、まさに妹が兄に甘える図式だったのだ。
タバサの肩がチョンチョンと叩かれる。
振り向けば偉く勝ち誇った顔のジェシカがいた。

「そういえばジェシカ」
「なぁっ!? な、あによ?」

そこに才人が声をかけた。
顔はじっとトウモロコシに向けられている。
そのままぽつりと何気なく話しかける。

「俺、なんか迷惑かな?」
「そ、そんなことあるはずないじゃないのっ」
「いや、今日のジェシカから、なんか距離を感じてさ。
俺の気のせいだったらいいや」

んーもーちょい、と言いながらさらにトウモロコシをころころ転がす。
ジェシカは意外なことを言われて少し固まってしまった。
確かに、彼女は才人から少し距離をおくようにしていた。
それはほかでもない、彼女の従姉妹のためだ。
これ以上近づきすぎればおそらく完全に惚れてしまう、という確信をもっていた。
だから辛くても今は少しだけ距離をとろう、と思っていたのだ。
しかし、才人は思いのほか鋭かった。
好きとか嫌いが関係なければ、人の感情の機微には多少勘づくようになったようだ。

「ま、あんまりベタベタしてたらシエスタにも悪いでしょ。
だから少しだけ距離をとってたのは認めるわ」
「あ、なるほど。
ごめん、俺そーいう距離感はすっごい疎いんだ。
ジェシカが気を使ってくれると助かるかも。
でも、俺はジェシカと仲良くしたいから、変に意識しすぎないでくれよな」

いや、でも俺が好きなのはルイズなんだよ!? と才人はのたまう。
ジェシカは自分の胸の痛みを感じた。
ぽっかりと空いた胸に風が吹き込むような。
あるいはチクリと刺すようなそれは、どうすれば治るのかはわかりそうにもない。
タバサも腕に力をこめて、ひしっと張り付いている。

「よーし、刷毛刷毛。
このタレをどわーっと塗って、と」

厨房内にタレの焼ける香りが立ち込める。
タバサがくいくいと才人の袖を引っ張った。

「もーちょい待ちなさい。
あとちょっとでできるんだから。
ウナギの方はよくわからんけど……いや、安かったし焼くだけ焼くか」

――確かに匂いはいい、いいけれど。

ジェシカはどこか、寂しさを覚えていた。



[29423] 第二十一話 Hot Hot Kiddie
Name: 義雄◆285086aa ID:b6606328
Date: 2011/09/02 22:20
21-1 フレイムのお料理教室

「俺は~ヒラガ・サイトー不死身なおとーこさー」

時々のびちゃう、ってかのされちゃうけどな! と才人はウキウキしている。
それもそのはず彼の背中には、今待ちに待った日本人には欠かせないアンチクショウがいる。
これから厨房のマルトーを訪ねて炊飯方法を一緒に考えるのだ。

「んっふっふっふっふ~、いやーテンションあがってきた!!」

いぇーい、とノリノリで阿波踊りっぽいダンスを踊ってみる。
廊下を歩くケティ嬢と目が合う。

「あ、いえ……その、すいません」

謝られた。
死にたくなった。

「でも大丈夫、お米があるもん!」

再びノリノリで歩き出す。
なんというか、懲りない男だった。

さて、才人は焼きトウモロコシを振舞ってから魅惑の妖精亭を出た。
勿論帰りには詰所に立ち寄った。
ミシェルから詳細な話を聞くためだ。
ところが、彼女の話は珍しく要領を得ない。

『いや……モット伯が帰っただろ。
そのあとステフと少し飲んでたんだ。
でも、なんでだろうな、何でああなったのかはよくわからん。
間接の取り合いに終始していたときは意識があったが……。
ヴァイオリンが聞こえてからは正直、覚えてない』

才人は「太陽のせいですよ」とすごくいい笑顔でミシェルをねぎらった。
彼にもそうやって魔がさすことが多々ある。
今度ヤキトリを好きなだけ焼くことを誓わせられ、逆に今夜も違う隊員を派遣することを約束され、詰所を出た。
そのままシルフィードに乗って、魔法学院に戻ってきたころにはお昼前だった。
タバサとはすぐそこで別れた。
彼女は「戦略の見直しを……」と呟いていたが才人は首を傾げるだけだった。
罪深い男だ。
しかし、テンションのあがりきった彼は奈落の底に突き落とされた。

「お、米か。
ボイルしてサラダに使うくらいしかわからんぞ」
「なん……だと……?」

そこからの記憶はない。
どうやってか、気づけば厨房を裏口から出て木陰に座っていた。

「あ、っと夕食時だからまだ厨房忙しいか」

生徒の使い魔がもさもさ裏口前に集まっているのに時間を悟る。
先ほどのことはナチュラルにスルーした。

――きっと親方も夕食前で忙しいからあんないじわる言ったんだ。
ちゃんと暇なときに行けば一緒に考えてくれるっさ!!

少し待つか、と空を見あげる。
今日もまた、いい天気だった。
茜に染まる空には、心なしか雲が多い気はする。
一雨降れば涼しくなるかな、なんて才人はひとりごちた。
その間、なんとなく麻袋の中に手を伸ばしてお米の感触を楽しむ。

「むふ、むふふふふ」

完全に変質者だった。
口はだらしなく歪み、涎が溢れている。
目は、ここではないどこか遠くの世界を見ているのか、焦点が合ってない。
そんな才人にのしのし近づいてくる影がある。

「どぅふふふふ……って、フレイムじゃんか。
お前も飯待ちか~」

ぽんぽんと自分の隣を叩く。
のっそりとフレイムはそこに巨体を横たえた。

「見てくれよフレイム~。
お米だぜお米?
羨ましいだろほれほれー」

才人は両手いっぱいのコメをフレイムの目の前にちらつかせる。
実にうっとうしい人間だ。
フレイムがそう思ったのかはわからないが、彼はのっそり立ち上がる。
そしておもむろに才人の手を、口に入れた。

「あちゃーー!!?」

サラマンダーは尻尾が燃えている。
当然体温も高い。
口の中もまた然りである。

「あっつ! あっつぁ!!
おま、フレイム、ナニしてくれてんだよ!?」

才人は瞬時にフレイムの口中から手を引き抜いた。
流石に大やけどを負いそうになってまでお米は確保できなかった。
うう、俺の米が食われた、と嘆く。
そんな才人を後目にフレイムは鼻から猛烈な勢いで蒸気を噴出していた。
ふしゅーふしゅー、と蒸気とともに広がるにおい。

「え、あの、フレイム先生?」

ぎろり、と才人を睨むフレイム。
爬虫類系の目は怖い。
才人は思わず縮こまった。

「いえ、なんでもないです、はい、ボクモグラなんで……」

才人が勝手に卑屈になっている間にも蒸気は出続ける。
一分ほど待ったか、フレイムはべろっと茶色い粒粒を吐き出した。

「ま、マジぽーーん!!?」

つやつやした玄米ご飯がそこにはあった。
そこに、というのは芝生の上なのである意味もう台無しではあったが。

「え、ちゃんと炊けてる。
流石に食う気はおきないけどこの柔らかさは炊けてる!
すげぇ! 意味わかんねぇ!! ファンタジーなめんな地球!!」

ひゃっほーい、と天高く腕を突き上げて雄たけびを上げる。
フレイムはやれやれ、といった面持ちで才人を見ていた。

「ちょ、フレイム口の中見せてよ。
どんな構造になってんだ?
なんか遠赤外線とか銅とかそっち系なの??」

フレイムの口をこじ開け中を見る才人。
彼(彼女?)はすんごいイヤそうな表情をしている。
才人は知る由もないが、サラマンダーの口中は熱い。
そして彼らも当然水分、唾液を分泌している。
つまり、彼らの口は蒸し器のようなものなのだ。
さらに唾液の消化酵素とか、火のエレメンタル的な何かがいい感じに作用し、驚異の速さで炊飯を実現できたのだ!
吐き出したのは、消化しやすいようとりあえずアルファ化してみたものの、お口にあわなかったからだ。

「んー、見た感じふつーの爬虫類系なのか?
いや、ワニの口とか見たことないけど。
ふつーに粘膜系だ、金属とかじゃないよな」

でもこれ応用できねーなー、とぶつくさ言いながらさらにフレイムを弄り回す。
才人はそのまま口内に顔を突っ込んで無遠慮に観察し始める。
いい加減邪魔になったのか、フレイムはそのまま口を閉じた。



21-2 燃えよ杖・上

「サイトの声がしたような……?」
「ルイズ、ここにいたのかい」
「ギーシュ?」

アルヴィーズの食堂、夕食時。
自分の席へ向かうルイズを引きとめたのは、微かに聞こえたような気がする才人の叫び声、そしてギーシュ・ド・グラモンだ。
彼はモンモランシーを伴ってルイズに話しかける。

「サイトは見なかったかい?」
「サイト……朝から見てないわよ」
「あら、とうとう愛想つかされたの?」

ギーシュの問いは、むしろルイズ自身が聞きたいことだった。
モンモランシーの笑いを含んだ声にルイズはきっと睨みつける。

「そんなこと、ないもん」
「あらま、またいつもの恒例行事ね」
「そう言わないであげなよ、僕のモンモランシー。
彼らはこうやって絆を確かめあっているのさ」

僕らのように確かな絆を作ろうとしているんだよ、と気障ったらしくギーシュは続ける。
それに少し、ほんの少しだけ頬を染めるモンモランシー。
少し前までの彼女なら軽くあしらっていた。

「あら、あんたらなんか……雰囲気変わった?」
「やはりわかるかい?」
「そんなわけないでしょ!」

さて、こういうケースではどう考えればいいか。
ルイズは思考を巡らせる。
あ、どうでもいいわ。

「そ、じゃあ良いわ。
わたしお腹すいてるの、じゃあね」
「「少しくらい聞かないの!?」」
「正直な話ね」

自分の席へ向かおうとしていたルイズはくるっと二人に向き直る。

「うん、ワリとどーでもいいわ」
「そ、そう……」

モンモランシーは意外と残念そうな顔をしている。
仕方なく、心優しい貴族であるルイズさんはフォローしてあげた。

「仕方ないわね。
ご飯の後だったら聞いてあげるわ。
でもあなたの、多分惚気話は、わたしにとって晩ご飯よりも価値のないものなの
わかるわよね?」
「「……」」

フォローじゃなかった。
むしろこれは挑発だ。
でも仕方ない。
彼女は王位継承権第二位とかヴァリエール公爵家とかそんな感じで偉いのだ!

「ま、まぁルイズ。
サイトを見かけたら水精霊騎士隊駐屯所で待っている、と伝えてくれないか」
「見かけたらね。
じゃあまたあとでね」

モンモランシーとギーシュはすごく微妙な顔で尊大な少女を見送った。

「アレは、いらついてるわね……」
「そうだね、正直怖かった。
見てくれよ僕のモンモランシー、足が震えて言うこと聞いてくれない」

がたがた揺れる自分の足を指さして言うギーシュ君。
そんな情けない恋人の腕を、モンモランシーは抱きよせた。

「もう、シュヴァリエがそんなんじゃカッコつかないわよ。
ただでさえ水精霊騎士隊はサイトが隊長、って言われてるのに」
「いや……彼が実質上の隊長なのは僕も認めているんだが」
「もうっ、しゃきっとしなさい男の子!」

ばしん、とモンモランシーが強めにギーシュの背中をたたく。
すると不思議なことに彼の足はピタリと止まった。

「やっぱり、僕には君が必要みたいだよモンモランシー。
見てくれ、さっきまでみっともなく震えていた足も、君が勇気をくれたおかげでなんともない」
「はいはい、調子のいいことで。
わたしたちもご飯食べるわよ」

きゃっきゃ、うふふ、といった雰囲気で去っていく二人。
その背後を窺う者たちがいた。

「どう思われますか、カウボーイ」

柱からひょっこりレイナール。

「アレはいかんぞ、なぁ微笑みデブ」

机の下からのっそりギムリ。

「あんの薔薇野郎……く、くくくくく」

天井からふわり、と降り立つマリコルヌ。
水精霊四天王マイナス一名だ。
周りの生徒はぎょっとした。

「では、昨日思いつきで制定した『隊中法度』に従い処断を行おうか」
「ああ、誰よりも隊長が規律を守るべきだ」
「ふふふふふ、薔薇野郎の分際がぁ……!!」

隊中法度とは、暇を持て余した三人が、なんとなく思いついたことを詰め込んだルールブックである。
適用範囲は水精霊騎士隊のみ。

一、女王陛下に背きまじきこと。
一、隊を脱するを許さず。
一、イチャつく男を許さず。

この三つからなる簡潔な決まりだ。
一番目はレイナール。
これは水精霊騎士隊の存在意義だから、という彼らしい真っ当な理由だ。
二番目はギムリ。
なんとなくコレつけときゃカッコよくね、という雰囲気重視の彼らしいてきとーな理由だ。
無論最後の一つはマリコルヌが付け足した。
では、ブリジッタという彼女がいる彼自身はどうなるのか。

『ブリジッタとぼくはね、何か違うんだよ。
イチャつくとかイチャつかないとか、そういう次元じゃないんだ。
ぼくはね、ただ、あんな風に青春っぽく……爽やかにラブってるヤツが許せねぇんだよぉ!!』

とのことである。
ただの僻みだった。
しかし、隊規は隊規だ。
これが隊長、副隊長を通さず、昨夜なんとなく暇つぶしに決定されたものでも隊規なのだ。

「さて、処罰内容を決めていなかったが、どうする?」
「決まってるだろ、ジョーカー。
こういう時は微笑みデブが決めるもんさ」

そう言ってマリコルヌを見る二人。

「そうかい?
ぼくが決めちゃっていいんだねやっちゃっていいんだね……!!」

ああ、ギーシュの運命やいかに!?
次回に続く!



21-3 夢の国から

「お、ギーシュにモンモンじゃん」
「おお! 探したよサイト。
水精霊騎士隊に新たな任務が下ったのさ。
あとモンモン言うな」

ルイズの力を借りることなくギーシュは才人を発見できた。
なぜか才人の顔は赤面とか、甘酸っぱい系ではなく非常に赤かった。

「ちょっ、サイト、君火傷してるじゃないか。
しかも、こんな広範囲の顔って……なにをしていたんだい?」
「いや……好奇心に負けたというか、好奇心は猫を殺しちゃったんだよ」
「? 意味わかんない。
まあお金もらうけど手当してあげるわ」

そのままモンモランシーがペタペタ秘薬を塗るに任せてぼーっとしている才人。
気を取り直したギーシュは意味もなく薔薇を振りかざしていった。

「水精霊騎士隊に新たな任務が下ったのさ!」
「さっき聞いたよ」
「なに、仕切り直しというヤツだ」
「ちょっと動かないでよ」

ニヤリ、と笑う。
才人はギーシュの機嫌がいいことを見抜いた。
そして、この分だとコイツの名誉やら何やらを満たす任務だ、と推測する。

「いや、任務はいいけど安全なんだろうな?
前みたくいきなりロマリアで聖戦とかイヤだぜ」
「安心したまえ。
これは重要だが、危険性はほとんどないといってもいい。
何より、水精霊騎士隊の名を知らしめるのにピッタリな任務だよ」

ああ、女王陛下はぼくたちのことを考えてくれていらっしゃる、と陶然とした表情で語るギーシュ。
才人の手当てを終えたモンモランシーは、やれやれ、と肩をすくめた。

「……あれ、モンモンってそんな感じだっけ?」
「だからモンモンって……あなたもルイズと同じこと言うのね」
「やはりわかってしまうんだよ、ぼくのモンモランシー」
「いや、どうでもいいから流してくれ、任務の話しろ」
「「そんなとこまで同じ!?」」

がびーん、といつぞやの財務卿のようにショックを受ける二人。
才人は心底どうでもよさそうな顔をしていた。

「まぁ後でたっぷり時間を取って、お互いの理解を深め合う必要がありそうだね」
「ない、はやく、しろ、おれ、ねむい」
「そんな片言で言わないでくれよっ」

よよよ、とギーシュが才人に泣きつく。
モンモランシーは「さっさと話を進めなさい」と言わんばかりの顔だ。
ギーシュは気を取り直して薔薇を振りかざす。

「今度の任務は、パレードだ。
月の輝く美しい夜に、ブルドンネ街を行進する。
先頭には女王陛下、その次にはぼくと才人が並ぶんだよ!」
「パレード?」

才人はエレクトリカルなパレードを連想した。

「電飾なんて持ってないぞ?」
「デンショク??」
「よくわからないけど、この話題はやめたほうがいいわ」

夢の国から徴税官がやってくるわ、と金銭に関しては抜群の嗅覚を誇るモンモランシー。
電飾ではない、ではなんだろう。

「パレードって、歩くだけ?」
「……どうだろう、実はぼくも詳しいことは聞いていないんだ。
先ほど伝書鳩が来てね、詳しくはラーグの曜日(虚無の曜日の四日後、平日のど真ん中)に王宮まで、とのことさ」
「へぇー、季節がら花火大会でもやればいいのにな」
「花火大会?」
「前に花火、って話しただろ?
その中の空に丸い火を打ち上げるっていったヤツ、打ち上げ花火を何百発も、多いのだと何万発かな、打ち上げるんだ。
それを見るときは浴衣とか甚平って服着て、屋台が出て、すっげー楽しんだぜ。
花火は綺麗だし、この季節のデートって言ったら多分それだ」
「へぇ……なるほど」

ギーシュは才人に見えないよう、表情を歪めた。

「まぁ、パレードの話はまたラーグの曜日ってことだな」
「ああ、というわけでぼくとモンモランシーの話になるんだけど」
「それは心底どうでもいい」
「「なんで!?」」

なんてひどい主従だ、とギーシュランシーは思ったとか。



[29423] 第二十二話 BOYS BE PYROTECHNIST
Name: 義雄◆285086aa ID:b6606328
Date: 2011/09/01 22:29
22-1 燃えよ杖・下

「隊中法度、イチャつく男を許さず。の条文に抵触。
以上の罪によりギーシュ・ド・グラモン隊長の処罰を行う!」
「ちょっ、意味が分からな過ぎるんだけど!!」

水精霊騎士隊、それは鋼鉄の規律で結ばれたトリステイン狼(略してトリ狼)たちの集団。
その隊中法度は以下の三つ。

一、女王陛下に背きまじきこと。
一、隊を脱するを許さず。
一、イチャつく男を許さず。

これに抵触せしものには厳罰をもって処分する。

「シュヴァリエ・ド・ヒラガ副隊長、このような場合どういった罰が適当かと」
「ハラキリ、ですな」

ノリノリのレイナールと才人。
ただその表情に遊びの色は一切見えない。
ハラキリ、という言葉を聞いてギーシュは青ざめた。
ちなみに才人は隊中法度の存在を今の今まで知らなかった。
それでも肯定的なのは生来のノリか

「ハ、ハラキリって死ぬじゃないか!」
「隊規に背きしは厳罰をもって処す。
十分かと私は考えます」

叫ぶギーシュに、至ってマジメな表情でギムリは返した。
さて、ここでギーシュの格好について説明しよう。
まず青銅製の十字架、これに鎖で括りつけられている。
遠く地球の聖人と同じ格好だ。
勿論いつもの薔薇杖は没収されていた。
足元には大量の木材がくべられている。
控えめに見ても火刑の準備だ。

「副隊長、待っていただきたい。
この者、ギーシュ・ド・グラモンは隊規を破ったものの、今までの功績には目を見張るものがあります。
そこで、別の罰をもって処分と成すのはどうでしょう」

これもまたいつもより引き締まった顔のマリコルヌだ。
彼らは真剣だ、真剣に演じ切っていた。
整然と並んだまわりの水精霊騎士隊は沈黙を保っている。
夕刻の山吹色が彼らを染め上げている。

「マリコルヌ、お前がこの者の罪に相応しい罰を提案する、と。
つまりはそういうことだな?」
「はっ、左様にございまする」

才人に向けて静かに頭を下げるマリコルヌ。
こんなこと一年前の彼では想像すらできなかっただろう。
良くも悪くも才人はみんなを変えた。
そしてフルメタルな調練はさらに変革をもたらした。
こうして部下に驕らず、上司に媚びない、トリステイン最強の士官たちが今年度羽ばたいていく。
それはさておきギーシュの処罰である。

「許す」
「では、僭越ながらわたくしめが。
わたくしがこの者と旧知の仲であることは、みなさんご存知かと思われます。
そこで、このようなものを用意しました」

ここでようやく、マリコルヌは真面目な顔を崩した。
崩された表情は、邪悪で、おぞましく、虫けらを見るような眼差しでギーシュを見上げていた。
そして懐から、ノートを取り出す。

「そ、それは、まさか!!」
「そう、君のノートさ。
しかもいつのだと思う?
四年前のノートだよ!!」
「やめろぉぉぉおおおお!!!!!」

ギーシュは懸命に叫ぶ。
己を拘束する鎖を千切ろうと腕にすべての力をこめる。
それは無駄な努力でしかなかった。
ゆっくり、ゆっくりとマリコルヌはノートを開き、朗読しはじめた。



22-2 砂糖、スパイス、素敵な何か

「というわけで、わたしもギーシュを認めることもやぶさかではない、って思いはじめて……。
って、ルイズ、あなた聞いてるの?」
「はいはい、聞いてます聞いてます」

自分がうまくいっていない時ほど他人のノロケがうざい時はない。
この女はそれに思い至るべきだわ……! とルイズは拳を握りしめた。
さて、すでに月が見える時間が近づきつつあるここは火の塔ルイズのお部屋。
律儀に約束通りモンモランシーはルイズに惚気に来たのだ。

「で? ギーシュがいつ裸踊りをしたっての?」
「そんなことするわけないでしょ!
まったく、サイトとうまくいってないことはわかってるけど、いつまでもそうしていられないわよ」

そういってカップを手に取り紅茶の香りを楽しむ。
ヴァリエール家が贔屓にしている茶葉で、シエスタが入れてくれた紅茶だ、マズいわけがない。
ルイズもじっとカップに目を落とす。
赤みがかった琥珀色がゆらゆら揺れている。
飲む。
心境のせいか、いつもより渋く感じた。

「わかってるもん……」
「いいえ、わかってないわ」

先輩風を吹かすモンモランシーをルイズは睨みつける。
やばいときのオーラは一切なく、ただ可愛い生き物がそこにいた。

「はぁ、いつもその調子で甘えられればいいのにね」
「甘えるなんてしないもん、わたしご主人様なんだから」
「そんなこと言ってると、誰かに取られるわよ」
「あのメイドしかり、タバサしかり、ケティとかいう子もなにかあったらころっといくかもしれないわ。
大体ね、あなたの魅力ってなによ?」
「……あふれ出る大人の色香?」
「……」

切ない生き物を見るような眼差しを向けられるルイズ。
最近一日一回はこの視線を感じるようになってきていた。

「冗談よ、冗談」
「一切冗談に聞こえなかったわ」
「それはそうと、わたしの魅力ね。
顔と、高貴さと、家柄と、虚無魔法?」
「逆に欠点は」
「ないわ」

強いて言うなら胸、かもしれないわね。とルイズは胸中で呟く。
その答えにモンモランシーはいよいよ大きなため息をついた。

「あなた、今挙げた魅力なんてどうとでもなるものよ。
顔は好みによって違うし、高貴さ・家柄ならタバサなんてガリア女王じゃない。
虚無魔法だって、私たちならともかくサイトはそんなこと気にするタイプじゃないでしょ。
それに女の勝負する土俵じゃないわ」

それに、とモンモランシーは続ける。

「あのメイド、ずいぶんサイトと仲が良いわよね。
あなたの挙げた魅力であの子が勝ってる点はある?
ないでしょ、つまりサイトは別の場所にナニカを感じているはずなのよ」

ぐむ、とルイズは呻いた。
モンモランシーのくせに生意気な、とより強く睨んでみる。

「そんな顔してもダメよ。
あなたはもっと、あなたの使い魔について真剣に考えるべきよ。
貴族として、よりも女の子として、ね」

夜がはじまろうとしている。



22-3 白いベリー

「さて、サイト。
そこで死んでいるギーシュは放っておいて、君に話がある」
「お、おう」

マリコルヌの演説、あるいはギーシュの闇の吐露、は三時間も続いた。
最初は大声で打ち消そうと努力していたギーシュも十分を越える頃には疲れ果て、その後はマトモな反応を返さなかった。
マリコルヌは、ハラキリよりも恐ろしい処罰を下したのだ。
そんな彼がこれ以上ないほど穏やかな笑みを浮かべている。
才人は本能的に後ずさりした。

「そう怯えないでくれ、なんだか新しいモノに目覚めそうだ」
「お前一度死んでくれよ」

無駄に爽やかなマリコルヌの笑顔が怖い、才人は背筋がぞわぞわするのを感じた。
すでに双月の明かりが夜空を支配する時刻になっている。
その時間帯のせいか余計に危機感をあおられる才人。

「まぁ、付き合ってくれよ副隊長」
「例によってヴェストリの広場だな、師匠呼んでくるぜ」

ギムリはコルベールの研究室へ駆けて行った。
レイナールは魂が抜けたギーシュをぺちぺち叩いている。
それに反応してギーシュも呻きながら体を起こす。
マリコルヌは相変わらず裏の見えない笑顔を浮かべている。

――こいつら何のつもりだ?
ちょい前に言ってた秘密のナニかか??

才人は密かに冷や汗を垂らす。
あまりよくない予感がする、という錯覚を抱いていた。

「やあサイトくん、君がいるということは、とうとうお披露目かい」
「その通りですとも、師匠」
「副隊長、悪いが後ろを向いていてくれ」

――お、お披露目って俺は何を披露されるんだ!?
性癖、とか言わないよな、俺の仲間はそんなヤツらじゃないよな!!

微妙に信じきれない才人はこっそりデルフを握った。
鞘からは抜いていないので声があがることはない。
後ろで五人は何か作業をしているらしいが、とくに大きな音もたたないのでその様子はうかがえない。

「よし、こんなところか」
「サイト、こっちを向いてくれ」
「お、おぅ……」

恐る恐る才人は振り返る。
五人の前には小さな筒が地面にたてられていた。
その数は五、コルベールの前にだけは一際大きな筒がある。

「ふふふふふ、いつだったか君に言ったね、隊員をねぎらうのも隊長の仕事だと!」
「あ、ああ、言ってた気がする」
「というわけで副隊長、今日は君のためのイベントなんだ」
「目ん玉かっぴろげてよーく見やがれよ!」
「君が都合よく学院にいなくて助かったよ」
「では、はじめようか諸君」

水精霊四天王はみんながみんな、にんまりと笑っている。
ひどく幼い、というよりガキ臭い笑顔だ。
コルベールが代表して杖を振り上げる。
そして筒の根元めがけて魔法を放った。

「ウル・カーノ!」

発光。
夜の暗闇に合ってその炎は昼のような明るさをヴェストリの広場にもたらした。
レイナールは青。
ギーシュは白。
ギムリは赤。
マリコルヌは緑。
それぞれの前にある筒は火花を吹き散らす。

「え……ええ!?
ちょ、こ、これって、マジぽん!!?」
「「「「マジぽん!!」」」」

四人は悪戯が成功した悪ガキのようにサムズアップを決めた。

「花火、花火じゃんこれ!
え、なんで!? すげぇ!! ちょっとなんだよ!!
デルフも見てくれよこれ! 花火だ花火!!」
「おお、こりゃおでれーた!
こんな風に火を見せるなんてはじめて見たぞ!!」

才人は嬉しさのあまりかデルフを抜いて振り回しはじめる。
デルフも才人の喜びに引き摺られて大声を張り上げた。

「ノンノン、君はまだコルベール師匠というものを理解していないね」
「そうとも、腰抜かすなよ」
「ふっふっふ、ではいこうか諸君、ウル・カーノ!」

ぼっとコルベールの前に合った大きな筒の根元に火が付く。
ほんの少し時間をおいて、ぽしゅっという音とともにナニかが打ちあがった。

「まさか……」

ドン、と痺れるような爆音を才人は浴びた。
夜空に描かれる少しいびつな菊の花。
打ち上げ花火だ。

「す、すげぇ。
すげぇよコルベール先生!!」

それは日本では二千円も出せば買えるレベルの打ち上げ花火だった。
それでも、才人にとっては懐かしく、ハルケギニア唯一の花火だ。
才人はコルベール教諭に駆け寄り、その手を握ってぶんぶん振り回した。
今彼に尻尾が生えていればそれはもう激しく振られていただろう。

「なに、ほんの少し工夫をしたまでだよ。
発案は彼らだ、彼らに感謝したまえ」
「お前ら最高ォーー!
もーみんな大好きだーーーっ!!」

今度は水精霊四天王の下へ走る。
コルベールの言うほんの少しの工夫。
それは聞くも涙な努力の結晶だった。
彼はまず、火の秘薬を原料に花火を作ってみた。
もっともスケールの小さいねずみ花火だ。
それに発火の呪文をかける、爆発して消し飛ぶ。
彼は考えた。
爆発力を落とそう。
次いで火の秘薬に乾燥した土を混ぜてみる。
火をつける。
消し飛ぶ。
幾度かそれを繰り返す。
失敗する。
さらにアニエスさんを訪ねて必死に頭を下げる。
下げた頭のまぶしさに根負けしたアニエス隊長から銃用の黒色火薬を受け取る。
試みる。
ここでようやくねずみ花火が完成した。
打ち上げ花火に至っては才人が詳しい構造なんか覚えているはずもなく、話半分のことをなんとか再現したのだ。
当初は打ち上げの機構すら思いつかず、高価な風石を仕込んでまで空を飛ばしていた。
なのになぜ彼はそんなさらっと流したのか。
それはコルベール教諭が教師で、才人は生徒だからだ。
教え子にカッコ悪いところを見せたがる教師はいない。
それに、水精霊騎士隊の面々に頼み込まれなければコルベールは花火を作らなかっただろう。
四人そろって、才人に故郷の夏を再現してほしい、と頭を下げに来たのだ。

「きみは本当に、良い仲間に恵まれた……」

水精霊五巨星を見るコルベールの瞳はこれ以上ないほど優しかった。



[29423] 第二十三話 I think You can
Name: 義雄◆285086aa ID:b6606328
Date: 2011/09/05 00:19
23-1 才人の野望

魅惑の妖精亭厨房。
お昼のここは才人とジェシカの秘密基地になりつつある。
ニョロニョロした魚をズバンズバンと捌きながら才人は不敵な笑みを浮かべる。
非常に危険な光景だ。

「ふ、ふふふ、ふふふふふ。整ってきたじゃねぇか環境がよぉ」
「サイト……だいじょうぶ?」

最近の彼はこれが平常運転だ。
ニョロニョロさんのはらわたを除いて背開きにする。
まさかガンダールヴのルーンで魚を捌けるようになるとは、と才人はブリミルに感謝した。

「醤油、ニホンシュモドキ、砂糖、この三つさえあれば完璧だ……」

なおも昏い表情でニョロニョロさんに串を通し、金網にのせる。
ジェシカはいつもより遠い距離で彼を見守った。
滴り落ちる脂に才人は魅入られていた。
そして、特製のタレを刷毛で塗りこむ。

「ウナギを焼け! タレをつけてジューシィに焼け!!」

次第にじゅわじゅわ煙が立ち上がってきた。
ジェシカは浴衣に匂いが付くことをきらい、たまらず厨房から避難した。

「な、なんなのよもー! 店に臭いついたら承知しないんだから!!」

ぷりぷり怒って自室に戻る。
才人はその足音にほくそ笑んだ。

――愚かな、かば焼きさんの旨さを知らず撤退するとは!

ハルケギニアにもウナギは広く生息している。
折角タレがあるのだし、とはじめてのお魚調理に才人は挑んだのだ。
焼きあがったウナギを皿に、才人は手を合わせる。

「いただきます!」

ふわっ、と箸をいれれば身が切れた。
てらてらと褐色の輝きは今はまだできないお米の存在を渇望させる。
思いのほかいい感じに仕上がったようだ、と自身のことながら才人は感心する。
そして一口。

――旨い!
やっぱり日本のとは違うけど旨い!
タレもっと甘めにしとくべきだったなー。

美味しい、けれど焼き鳥や照り焼きバーガーほどの感動はない。
思ったより上品な味になってしまった、と才人は思う。
彼が強く求めていたのは現代特有の、ジャンクな味付けの食べ物だ。
このウナギのかば焼きはそれから離れている気がした。
これなら魔法学院での食事の方がよっぽどアリだ、と。

「んー、でもヤキトリが変わった味付けで受けてるならこれもアリだよな。
一応スカロンさんに報告しておくか」

地球料理ができれば才人は欠かさずスカロンに報告する。
その料理が客を呼び、魅惑の妖精亭は毎日大繁盛だ。

「いやーホント、醤油とニホンシュモドキと砂糖、三つのコラボレーションが生み出すタレ!
ホント佐々木武雄さんありがとうだよ、俺あんたならひいおじいちゃんって呼んでもいいよ」

遠くでメイドがハッとした。
ハルケギニアには地球にない植生も数多い。
その一つに武雄氏命名、コメモドキが存在する。
この穀物はそれ単体では食べられたものではない。
もっぱら家畜の飼料にされることしかなかった。
しかし、日本食に飢えていた武雄氏は驚異の執念で、この穀物の煮汁を放置して発酵させれば日本酒に近い風味を生み出すことに気が付いたのだ!
でも味はやっぱりなんか美味しくない。
というわけでハルケギニア版料理酒を才人はスカロンから譲り受けて愛用していた。
三つ三つ、と歌いながら才人はウナギを頬張る。
ふと、彼の脳裏によぎるものがあった。

――醤油、ニホンシュモドキ、砂糖、この三つさえあれば完璧だ……。
三つ、三つ、環境が整ってきた……。

気のせいか、とかば焼きに向き直る。
そしてしばらくもぐもぐ口を動かす。

「ああ! そうか!!」

今度こそそれに思い当たり、勢いよく立ち上がった。



23-2 ござる

「女王陛下におきましてはご機嫌麗しゅう。
本日はお願いの儀があって参りました。
なにとぞ、お聞き届けくださるようお願い申し上げる」
「さ、サイト殿?」

この人変だわ、とアンリエッタは思った。
王宮は女王陛下の執務室兼寝室、アニエス隊長とともに才人はやってきている。
あのあとシルフィードを頼って速攻で魔法学院に戻り、着替え、アニエスを剥き、着替えを押し付け、王宮へ文字通り飛んできた。
今の彼はシュヴァリエ・マントを着用している。
着用しているが、その下にはシエスタが繕っていた途中の甚平を、頼み込んで無理やり仕立てた羽織。
袖口は白のダンダラ模様、色は浅葱色。
額には急ごしらえで少し歪んでいる鉢がねを締めている。
誰がどう見てもトリ狼だった。
でも下はジーンズだ。
正座で頭を垂れながら、握り拳を床に着けながら控えている。
隣で立ち尽くすアニエス隊長はシュバリエ・マントを全身包むように羽織っており、その下は見えない。
明後日の方を向きながらやけに気恥ずかしげな顔だ。

「あの、その口調は、いったい?」
「我がことはよいのです。
それよりもお願いの儀を聞き届けていただきたい」

――ああ、今日も太陽が眩しいわ。

窓際に佇むアンリエッタは地面を焦がすアンチクショウを睨みつけた。

「女王陛下?」

アニエスの怪訝そうな声に、諦めたような表情でアンリエッタは振り返った。

「用件を、聞きましょうか」
「はっ、ことは終戦パレードについてでござる」

――ござるって言った!
この人ござるって言っちゃった!!

ありえないものを見るように才人の顔を凝視してしまう。
彼が何故ハルケギニア公用語を不自由なく使えているか。
それはサモン・サーヴァントのゲートがいい感じにがんばったおかげである。
彼自身は日本語を話している。
では、ござるな日本語はハルケギニア公用語ではどのように聞こえるのか。

「さ、サイト殿、その、口調はね?」
「某のことなら心配無用にござります。
今はそれよりも大事なことがありますゆえ」

――某! ありますゆえ!!

アンリエッタは俯いて肩を震わせはじめた。
人によっては泣いているようにも見える。

「女王陛下? 
某、何か御無礼をいたしたでござるか??」
「あはははははははは!
ござる! ござるって!!
サイト殿、笑わせるのはやめて!」

麗しき女王陛下はとうとう執務机にバンバン手をついて大爆笑した。
アニエスはなんとか顔をひくひくさせて耐えている。
才人は筆舌に尽くしがたい顔をした。

「女王陛下、無学な某にもわかるようお教えいただきたい」
「ソレガシ!?
ソレガシなんて今時誰も使わないわよ!!」

なおも笑いながら女王陛下は返す。
才人はここにきて、ハルケギニアにおいてござる言葉が相当面白いモノだと認識したようだ。
正座をしながらくそ真面目だった顔がどんどん紅潮してくる。

「ちょ、姫さま……。
せっかくお願いがあったからマジメにやったのに」
「……貴様のマジメはまったく意味が分からん」

ハルケギニア公用語からの翻訳では、ござる言葉は公家言葉に聞こえるようだ。
想像してほしい。
年も近く、プライベートなことすら話せるような仲のいい部下、後輩がマジメな顔で、正座をしながら相談してくる。
おじゃるおじゃると言いながら。
真顔で正座しながらのおじゃる言葉である。
関西人なら絶交のパスだと理解するだろう。
関東人ならさらっとスルーするかもしれない。
一方トリステイン人は爆笑した。
白百合と称されるアンリエッタ女王陛下はその麗しき瞳から涙まで流して大爆笑した。
しかも追い打ちに麿(=某)とか言い出した。
さらにツボって大爆笑である。
そんな正座したヤツの隣にいるアニエスは、気恥ずかしいやら気まずいやら、そんな顔をするしかない。
才人も自業自得ではあるものの、黙って顔を赤く染めるしかない。
ようやく発作がおさまったアンリエッタは、うっすら浮かぶ涙をハンカチで拭い、才人に向き直った。

「はぁ、はぁ、ここ最近で一番愉快な出来事でしたわ。
あら、サイト殿。顔が赤くってよ?」
「うぅ……ちぇっ、締めようとしてもやっぱ全然決まらねぇ。
もーいいよ、姫さま、俺ふつーに喋るからな」
「ええ、それで構いませんとも。
たまにはそんな口調で話していただきたいですが」
「それはもう勘弁」

才人はゆっくり立ち上がり、慣れない正座で足が痺れていたので少しぐらついた。
アニエスのマントをしっかり掴んで体勢を整える。
彼女にしては珍しく、マントを内側からしっかりおさえて才人に手を貸すことはなかった。

「で、お願いなんですけど。
今週末にパレードをやるって話らしいじゃないですか」
「ええ、ガリア戦役も、多大な犠牲はありましたが終わりました。
ここらへんで民衆の慰撫の意味も込めて、終戦パレードを行います」
「慰撫、ですか?」
「ええ」

アンリエッタはあいまいな表情で頷いた。
決してこの行事の裏側にある駆け引きを教えることはない。
そういった陰謀にこの純粋な少年を係わらせたくはなかった。
一方の才人はパッと顔を輝かせた。

「つまり、みんなで楽しめればパレードにこだわる必要、ないんですよね?」
「そうですね、わたくしはそのように考えております」

ここで才人は隣のアニエスさんを見た。
彼女はその視線の意味に気付いたのか、恥ずかしげに俯く。
しかし、才人はノンストップなときは沈黙のコックですら止めることは難しい。
そのシュヴァリエ・マントに手をかけ、一気に引きはがした。
あらわになるアニエスの装い。

「……まぁ」
「女王陛下、その、まじまじと見ないでください」

アンリエッタはその異国情緒あふれる服装に目を丸くした。
アニエスは抗議の言葉をあげて、より恥ずかしそうに身を竦ませる。
アンリエッタはさらっと聞き流して上から下までじろじろと、普段は凛とした銃士隊隊長の姿を無遠慮に眺める。
そんな二人を後目に、才人は自信満々に頷く。

「俺にすべてを盛り上げる策があります」



23-3 逆襲のトリステイン三羽烏

王宮の庭園の一角、パラソルの下、丸いテーブル、椅子が三脚、三人分の白いティーセット。
それらはすべてが白く、降り注ぐ日光を強く反射してきらめきを返す。
そこに集まるのは三人の男。

「では、各々の宿題を見せ合いましょうか」
「よかろう、私は自信がありますぞ」
「ふむ、では儂からいこうかの」

デムリ、モット、オスマンの三人だ。
相変わらず傍目には国政について論じているように見えるメンツである。

「モット伯が急に今日開催というから、十分な調査は不可能でしたよ」
「これは失礼した、だが鮮度は高ければ高いほどいい、というではないですか」
「よほどご自分の衣装に自信があるようですな」

ははは、とデムリは機嫌よさ気に笑う。
女王陛下(+枢機卿)のデスマーチによって滞っていた内政は堰を切ったように動きはじめた。
忙しくはあるものの、今の城内は活気にあふれている。
その状況を彼は好ましく思っていた。
女王陛下大丈夫か、とは思ったものの事態は好転している。
さらに自分が楽しみにしている賢人会議の開催。
不機嫌になれという方が無理な話であった。
さて、オスマンは懐に手を突っ込み、ぺらりと頼りない布きれを取り出した。
絹の艶やかな光沢が触れずともその手触りを想像させる。

「やはりこれじゃろぅ」
「……これはまた」
「策を弄さない、オスマン老らしい選択ですな」

下着、一択。
ある意味清々しいほど男らしい。
レースを多用して隠すよりも魅せることを主眼に置かれた、黒の下着だった。

「あれから考えたんじゃがの、やはり儂はシンプルがよい」
「流石オスマン老、選んだ逸品も素晴らしい」
「ええ、基本にして奥義ですな」

うむうむ、と頷きあう野郎三人。

「議論は最後にして、まずはそれぞれの逸品を披露しましょう」
「それがよいの」
「では、次は私の逸品を」

これまたデムリが懐からずるりと衣装を取り出した。
オスマンのそれとは異なり、普通の服装のようだ。
黒を基調として白のフリルやレースがあしらわれている。

「はて、デムリ君にしては普通なような……」
「真新しくはありませんが……」
「いえ、日常にこそエロスが含まれているのです。
考えてもみてください、オシオキ、という言葉に心震えるものを感じませんか?」

ミニスカメイド服。
現代日本ならまだしも、ハルケギニアの貴族階級では一般的なものだ。
当然二人のリアクションも薄い。
しかし、デムリは妄想力でそれをカバーする。

「オシオキ、か」
「ええ、オシオキ、です」
「オシオキ、のぅ」

もんもんと想像の羽をはばたかせる三人。
たっぷり十分ほどたってからようやく議論を再開させた。

「ふぅ……いや、流石デムリ殿、なかなかの着眼点」
「ふぅ……時間がないと言いつつしっかり用意してきたの」
「ふぅ……いえいえ、さぁ次はモット殿ですぞ」

では、とモットは一言おき、持参した布袋から若草色の浴衣を取り出した。

「これが、私の選択肢、ユカタです」
「ほぅ、これは知らぬな」
「私も知りません。これはどうやって着るもので?」

む、とモットは呻いた。
あの時は感動が先行していたが、確かにこれ単体を見せられてもその着方を想像できないだろう。
その魅力は言うまでもない。
そんな彼を救う男が現れた。

「あれ、オスマン校長。
こんなところでナニやってんすか?」
「おお、サイト君ではないか。
なに、この国の未来について少し、の」

アニエスを伴って才人がやってきた。
二人の服装を見てモットが勢いよく立ち上がる。

「シュヴァリエ・ド・ミラン殿!
そのマントを即刻外していただきたい!!」
「え、いえ、その……わかりました」

アニエスはアンリエッタの部屋から出たときにマントですっぽり隠れるような恰好はやめた。
つまり、マントの間から浴衣が見えているのだ。
モットはそれに注目し、彼女に命令をくだした。
対するアニエスはモットのような上級貴族に、なんとなくいやだから、程度の理由で逆らうほど愚かではない。
渋々マントを外し、その姿があらわになった。

「ぉお……これは」
「なんと、素晴らしい」

アニエスは藍色が鮮やかな浴衣を身につけていた。
帯は白、これはジェシカとシエスタと変わりない。
何より二人と違うのは、白百合がところどころに点在している。
その白百合はどこか霞がかっていた。
ジェシカ同様肩が大きく肌蹴ているあたり才人はよく理解している。
なにより普段は毅然としているアニエス隊長がうっすら頬を染めている。
それだけでその道のプロならパン一斤はいけそうだ。

「し、シュヴァリエ・ド・ヒラガ殿!
これは、私の持っているユカタと違う!!
どうやってこんな色、模様を!?」
「も、モット伯、これはですね……」

唾を飛ばして掴みかかってくるモットに才人はドン引きした。
今のモットは一言でいうと、必死だった。

――若草色のユカタも素晴らしい。
素晴らしいが、この目を見張るような藍色もアリじゃないか!
しかしこのような色、模様、どのようにつけたのだ!?

必死なモットに気圧されたのか、才人は解説をはじめた。

「えっとですね、染色自体は簡単でした。
髪を染める魔法の染料をふつーに使いました」
「せ、染髪用の秘薬だと……」

秘薬を服の染色に使うことはない。
単純に、高いからだ。
しかしハルケギニアに詳しくない才人はシンプルに物事を推し進めた。
その結果色鮮やかな藍色の浴衣が出来上がる。

「この白百合は、型紙をあててスパッタリング、って通じるかな。
ブラシを白い染料につけて、霧吹きみたいな感じで、色をつけたんです」
「ほぅ!」

デムリとオスマンはアニエスを愛でながら紅茶を楽しんでいる。
時折もじもじと体をよじる様がまた初々しくてよい、とはオスマンの言葉だ。

「そういえば、ジェシカの話ではロマリア商人が交渉にきたとか言ってましたよ」
「なに! こうしちゃおれん。
お二方、申し訳ないが私は急ぎの用がたった今できた!
今日は失礼します!!」
「なに、かまわんよ。
男には引けぬ時がある」
「ええ、あなたの戦場にいくべきです」

二人はいい笑顔でモットを見送った。
モットは走る。
その身に欲望を詰め込んで。
残された才人とアニエスは、さてどうしようか、と途方にくれた。



[29423] 第二十四話 Skim Hell
Name: 義雄◆285086aa ID:b6606328
Date: 2011/09/08 00:30
24-1 ダエグ曜サスペンス

トリスタニア城下街、詰所の一角、いつぞやの牢の中でシュヴァリエ・マントを外した才人はまったりしていた。
丸椅子にどっかと腰を下ろし、お茶を啜る。
ちょいちょい顔を出す機会も増えたので緑茶葉は常備してある。
舌がヒリヒリするほど熱い、気温も暑い。

――でもこのだんだら羽織のせいか、そこまで暑く感じないんだよな。
俺の前世って実は、壬生狼?
それともご先祖にいたとか、そうだとしたら、なんつーか、イイよなぁ……。

才人の新撰組に対するイメージは「カッコよくて強い侍集団」程度でしかない。
彼が大河ドラマや、歴史小説を読む趣味があればまた違っただろう。
彼自身はカッコいいつもりだろうが、トリスタニアでの一般的評価は勿論違う。

『なんか変な服の変なヤツがいる』
『でもアレ、アルビオンの英雄じゃね?』
『いやアレはないだろ』

残念ながら幕末最強の集団も異世界までその武名は轟かなかった。
才人自身は今の自分をすごく気に入っている。
鉢がね、鎖かたびらにだんだら羽織、ジーンズとスニーカー。
なんというか、映画村に来たはいいけどフルセットを着るのはちょっと……、という中途半端な観光客といった外見だ。
そんな彼が控えていた一室にアニエスとミシェルが入ってきた。

「あ~もう、なんでアニエスさん教えてくれなかったんだよ」
「無茶を言うな、貴様がいきなり言い出したもんだから私も焦ったぞ」

開口一番才人は文句をぶつけた。
思い出してまた恥ずかしくなってきたらしい。
微かに表情がゆがんでいるのは照れ笑いというヤツだろう。
対するアニエスは浴衣からいつもの軽鎧姿に戻ってほっと一息、といったところだ。
いつも通りの軽い笑みを顔に浮かべている。

「まーあんだけ盛大に笑われたらそれはそれでいいや。
姫さまだって大変だろうし、どっかで発散しないとな」
「貴様は、なんというか、すごいな」
「これがサイトだ。諦めろミシェル」

上に立つものの心情を慮れるものは少ない。
特に女王陛下ともなれば雲の上の人だ。
そんな立場の人間の心境に思い至る才人は、やはりどこか日本人的だ。
ミシェルは驚き、アニエスは笑う。

「アニエスさん、浴衣似合ってたのに、なんで脱いじゃったんですか?」
「そうですね、すぐ魔法学院に戻るならあのままでもよかったのでは?」
「……言うな」

才人が逆襲と言わんばかりに、ニヤけながらアニエスに問いを投げかける。
意外なことにミシェルがそれに追随した。
アニエスは、若干悔しげな顔で吐き捨てる。
まだ羞恥が残っているらしい。

「それよりもだ、良かったのかサイト?」
「何がですか?」

真面目な顔を作ってアニエスが問いかける。

「ジェシカとかいう、妖精亭の娘だ。
祭りともなれば色々相手が動きやすくなるぞ」
「げ!?」

才人はやっぱり抜けていた。
日本から遥か彼方、トリスタニアで夏祭りを再現できることに浮かれきっていた。

「お、俺がずっとジェシカと一緒にいます。
ルイズに後でボッコボコにされるかもしれませんけど」
「ファイト、貴様が主役みたいなもんだぞ?
そんな抜け出せるわけないだろう」
「そうだ、主役不在の演劇など許されるわけないだろうが」

これには才人も呻いてしまう。
アニエスのいつもの軽口にも反応を返せない。

――言われてみれば、祭りなんて誘拐のチャンスじゃねぇか。
なんで気づかなかったんだよ俺のバカ!
いや、それよりもどうすればいいんだ?
……なんも思いつかねぇ。

「ど、どうすればいいですかね?」
「知るか、言っておくが銃士隊からもそこまで人数は回せんぞ。
当日警護もあるし、店とは違って同じ顔がうろついていれば怪しまれるからな
……私も出禁を喰らったし」
「誘拐の防止なら同じ顔がうろついているのも抑止となろう。
だが我々銃士隊としては、早急に犯人を捕縛せねばならん」

城下で不穏なことに勤しむ輩は斬ってすてねばならん、と鼻息の荒いアニエスさん。
副隊長のミシェルさんは先日の失態を思い出してか、どんよりと影をまとっている。
ふと、ここで才人は思いついた。

「じゃあじゃあ、ジェシカを俺の隣に立たせておくとか?」
「……正気か?」

アニエスからすれば、才人の提案は頭の具合を疑われるほどぶっ飛んでいた。
公式な場で英雄の隣に立つ女性。
民衆はどう思うだろうか。
一つしかない「ああ、あいつが嫁か」
しかし才人はそれに思い当たることもなく自分の中で話をどんどん進めていく。

「いや、思ったよりもありじゃんか。
ほら、俺の隣だったら水精霊騎士隊もいるし、ルイズもいる。
シエスタもついでに一緒に立ってもらおう、うん決定!」
「Oh……」
「コイツは……」

アニエスもミシェルも才人に恋愛感情は抱いていない。
せいぜい生きのいい弟子、弟っぽい抜けた男程度だ。
だからと言って、そいつに向けられる視線に気づかないほど彼女らも女を捨てきってはいない。
なので容易に予想がつく。
それを黒髪の女性たちに伝えたときに何が起きるか。
そしてそれを誰かに聞かれた時の惨劇が。

――まぁいいか。

二人は同時にそう思った。

――大体コイツは抜けすぎている。
鈍すぎる、というワケではなさそうだが、ミス・ヴァリエールも苦労しているし。
ここらで自分の鈍感さに気付いて、以降正すよう放っておいたほうがよかろう。
女王陛下に対してもトドメを刺してもらわないと。

――何が起きようとサイトの自己責任だろう。
誘拐は確実に防止できるだろうし、動揺した誘拐犯の動きを誘発できるかもしれん。
あれ、私今一文で「誘」って文字三回も使ったな。
なんかいい感じだな、うむ。

「あー、一時はどうなるかと思ったけど、これで万事オッケーですね。
じゃあ警備のスケジュールとかについて話しましょうか。
俺の国で夏祭りは……」

才人は一人盛り上がる。
二人は少年を生暖かい目で見守る。
果たして彼は生き残れるのか、ブリミルのみぞ知る、といったところだろう。



24-2 闇に棲むもの

「やれやれ、トリスタニアは変わらんな」

チクトンネ街の一室、口髭凛々しい青年が窓から通りを見下ろしていた。
家具はベッド、椅子が二脚、丸テーブル、本が少々とランプ、軍杖にサーベルとワンド。
必要最低限のものしか置いていない部屋は薄暗く、まさに隠れ家といった様子だ。

――少し歩いておくか。

入国当初は追手などを警戒して部屋からほとんど出ていない。
しばらくは風メイジの特徴の一つ、耳の良さを生かした情報収集に徹していた。
潜伏しはじめてからそろそろひと月近くたつ。
ここらで実際に動いて街の変化を確かめておくのも悪くない、と彼は思った。
軍杖を手に窓から降り立つ。
久々に吸う外の空気は、たとえ臭いがひどくてもかび臭い部屋よりはマシに思えた。
そのまま通りを歩いてブルドンネ街へ向かう。
途中、二度衛兵とすれ違ったが、貴族のマントと目深にかぶった羽帽子のせいか気づかれることはなかった。

「終戦に浮かれているのか、それとも変化がないだけか」

己に問いかけてみるが答えは出ない。
しばらく進めば大通り、ブルドンネ街に突き当たった。
そのまま人の流れに乗って周囲を観察しながら歩いてみる。
珍しい屋台が目に付いた。

「店主、これはなんだ?」
「へい貴族の旦那!
これはシュヴァリエ・ド・ヒラガ様の故郷の味、ヤキトリでございます。
一本五スゥでいかがですか!」

あの少年の、と一瞬目を見張った。
しかし、遠く聖地を越えたロバ・アル・カリイエの味に興味がわき起こる。
何よりやけにドスのきいた声ではあるものの、貴族に対して必要以上に怯えない店主が気に入った。

「よし、では一つもらおう」
「へいどうぞ!」

かじりついた鶏肉はどこか変わった風味がした。

「ところで、店主」
「なんでしょうか」
「ここ最近僕はトリスタニアに来たばっかりでね。
なにか変ったことはないかい?」
「変わったこと、ですかい。
今度のダエグの曜日に終戦パレードがあるってことと、ユカタ、いやこれは平民の噂でした」
「いや、些細なことでもかわまないんだ」
「でしたら、魅惑の妖精亭って酒場があるんですがね。
ここのスカロンってのが、シュヴァリエ・ド・ヒラガ様ゆかりの血を引いているとか。
それで酒場のくせにユカタやらジンベイやら故郷の服の販売を商人と組んではじめたんでさ!
ま、あっしもヤキトリでヒトクチのせてもらってるから文句は言えやせんが」

ヤキトリをもう一本注文し、もみ手をしながら畳みかけてくる店主の話から必要な情報を引き出す。
目新しいのは酒場の一件くらいらしい、と彼は整理した。

「では、ヤキトリは旨かったよ。
また足が向けば寄らせてもらおう」
「へい、旦那もお達者で!」

青年は手を振りながら屋台を後にした。
背後の「デル公、元気してるかねぇ」という店主の呟きを聞きながら。



青年が隠れ家に戻ると、協力者も戻ってきていた。

「おや、君が外に出るとは珍しい」
「……少し、足が向きましてな」
「懐かしのトリスタニアだ。遠慮せずもっと出歩いたらいいだろう」

この男の話し方には多分に毒が含まれている、と青年は感じていた。
だから極力話したくはない。
それになによりこの男の趣味が気に食わない。

「上級貴族が接触を持ってきた。
副業でやっている商人もバカにはできんな!」

これも始祖のお導きかもしれん、と男は笑った。
ロマリア風の地味な服を身にまとい、肥えた腹を揺らしながら声をあげるその様子は、オーク鬼が服を着て笑っているように滑稽だった。

――だがこれも僕が試されているのかもしれん。

聖都ロマリアの闇は深い。
一介の司祭に過ぎないこの男も、青年よりは謀略に長けている。
彼は名目上司祭の監視の任についていたが、どうもそれは逆でこちらが信用できるかを見定められている気もする。
二十歳まで魔法の訓練ばかりしていたからだな、と青年は心中で苦笑した。

「次の標的は黒髪の娘だ、決行はパレードの日。
シュヴァリエ・ド・ヒラガのおかげで今までのヤツらよりはよっぽどいい値がつきそうだ!」

――これが、気に食わないところだ。

男は金のためならば人身売買を厭わない。
それは始祖のためである、と男自身が純粋に信じている。
リッシュモンのような拝金主義者ではなく、始祖への信仰を遂げるために金が必要だと考えていた。
そのためならば、始祖の血をひかない平民などどうなってもかまわない、とも。
この家は牢獄だ。
地下室には今まで誘拐してきた娘が幽閉されている。
乱暴はされていない、食事も与えられている。
それも金のため、始祖のためだ。
青年が控えているのは万一の脱走、そして官憲の襲撃のためだ。
スクウェアの風メイジである彼ならどれほどの手練れが来ようと時間稼ぎは十分できる。
いい加減男の上機嫌に気分が悪くなってきた青年は、自室へ戻った。
軍杖を枕元に立てかけ、ベッドに倒れこむ。

――僕はどこまで堕ちるんだ。
いや、かまわないか。
聖地、ただ聖地へ。

それだけが残る。
ふと、別行動をとっているパートナーを思い出した。

「彼女は、無事妹に会えたかな」



[29423] 第二十五話 OUR FEET
Name: 義雄◆285086aa ID:b6606328
Date: 2011/09/03 19:53
25-1 元・盗賊は見た!

――ガサゴソ

ちっ、あの坊やは何を考えてるんだ。
こんな人目の多いところにテファを置くなんて……。
学院かぁ、はぁ……。
待遇も悪くなかったし、ひょっとしてここで働いてた方がよかったかね。
いやいや、くそじじいのセクハラはダメだ。
うんやっぱり破壊の杖を盗みにかかって正解だったね!
それになんだかんだで貴族のぼっちゃん嬢ちゃんの相手は疲れるし。
とはいえ、あの旦那は生活能力に欠けているし……はぁ。
わたしってなんでこんなに男運がないんだろうね。

あ! テファ!!
お姉ちゃんだよーおーい!!

……ま、気づくわきゃないか。
にしてもあの坊や、どんな魔法を使ったんだ?
テファが耳を隠してないじゃないか。
まさか、ハーフエルフのあの子が受け入れられているっていうのかい?
……なら、わたしはきっとあの子に悪いことしてたね。
あんな陸の孤島で、閉じ込めて。
おっと、落ち込むのは後だ。
テファが元気そうなのも見た、高飛車そうに見えるけど友達もできた。
お姉ちゃんとしては言うことないじゃないか、うん。
ちょっとあの女の子の目が気になるところ。
少し危険な気配を感じるね。

……やっぱり、少し寂しいね。
声をかけたいけれど、そういうわけにもいかないか。
お、ありゃあの坊やじゃないか。
みょうちくりんな格好してるね。
って、なんでいきなり逆立ち、え、金髪ツーテールの子の前で地面に手をついて。
うわぁ情けないわありゃ。
旦那もアレだけどあの坊やも相当なアレだね。
何が楽しくて膝ついて手ついて額まで地面につけてるんだか。
テファ、そんな男ほっといてさっさと向こう行きなさい。
大体あの坊やからは邪なオーラが漂ってるんだよ。
あ! あの野郎今テファの胸見てやがった!!
お、よーしよし。金髪ツイン子わかってるじゃない。
テファに近寄る虫どもはそうやってあしらえばいいんだよ。
……踏んだ足に縋り付いてやがる、なんて危険な男なんだい。
おっと、アレはグラモンの坊ちゃんと……その他大勢だね。
なんだいあの集団は。

アイツらも地面に這いつくばりだした!!
なになに、ドゲザ、だって?
よくわかんないけど無様なカッコだね。
でも三十名からの集団にあのカッコでにじり寄られると……怖いね。
なんか変な大人どもまで……アイツらまでドゲザした!?
あの金髪ツイン子ひょっとしたらとんでもない子じゃなんじゃ……。
いえ、今のわたしがテファにできることは何もないわ。
テファ、いざとなればこんな学院ぶっ壊して連れ出してあげる。
よし、今はあんなやつらもうどうでもいい。
そういえばセクハラじじいは大丈夫なのかい!?
テファのあの胸は危険すぎるからね……。

「呼んだかの、ミス・ロングビル」



25-2 クルデンホルフ金融道

「ああ……それにしても金が欲しいっ……!」

才人はがんばって顎の骨格を変えようとしたが、無理だった。
いざとなれば顔の整形をしてマンション賭博とかに飛び込めば、と考えていたが福本絵になっても幸運になるとは限らない。
時間はコルベールの研究室を訪ねた頃に遡る。

『いや、わたしも量産したいのはやまやまなんだが。
先立つものがなくてね……少し試行錯誤しすぎてしまったのだよ。
それでその格好はなんだい?』

お金がない、とコルベールは恥ずかしそうに頬をかきながら言った。
もともと彼は財産にこだわるタイプではないのであまり貯蓄しない。
しかし、今回は花火の研究にお金をかけすぎてしまった。
戦争が一段落した今、火の秘薬は少し値が落ち着いたとはいえ高価な代物だ。
さらに風石までなんとなく彼は突っ込んでいる。
貯蓄があったとしてもすっかり溶けてしまっていただろう。
才人が肩を落として、とぼとぼ研究室から出ていくのをコルベールは心苦しく見送った。

――夏祭りか、わたしも手を貸したいが……流石に打ち上げ花火千発は無理だ。

そもそも才人の要求が無茶すぎた。
しかも彼が求めたのは先日の花火の五倍ほどの大きさのものだ。
彼はお日様を浴びながら考える、まずお金が必要だと。
そういえば、ルイズの実家のヴァリエール家はお金持ちだ、と思い当たるもすぐに否定した。

――最近あまり仲良くできてないのに、こんな時だけ頼るなんてダメだ。
そんなヒモみたいなことできない。
それにどうせならびっくりさせてやらないとなっ!

彼は少年らしい純粋な心でルイズにサプライズを仕掛けるつもりだった。
そしてさらに金策について考える。

――水精霊騎士隊の野郎どもはしょーじき、貧乏だよな。
他に頼れるのは……モンモン、無理、金ない。
シエスタ、テファも無理だろ?
タバサ……はお金あるよなぁ。
でもダメ、妹に頼る兄貴はカッコ悪い。
現実的な線でいえば、キュルケかなぁ。

兄という存在に対して無駄に高い理想をもつ才人は、一番の大口であるタバサを回避し、キュルケを訪ねた。

「あら、ごめんなさいね。
オストラント号とかで出費が激しくて、そんなにお金を貸してあげれないのよ。
にしてもその服どうしたの?」
「そ、そっか。
うん、ありがとうキュルケ、他をあたってみるよ」

ダメでした。
オストラント号はゲルマニアの最新技術を結集した高速船である。
勿論その建築費用はバカ高く、面白いことには金に糸目をつけないキュルケにすら節制を意識させるほどだった。
才人は火の塔の階段を降りながら考える。

――騎士隊と、応援団からカンパを募るか?
いやいやそんな大々的にやったらルイズの耳に入るに決まってる。
何かいい手はないもんかなぁ。

火の塔を出た才人はティファニアと、ベアトリスを見つけた。
取り巻きもなく丸いテーブルで二人向き合いながら、優雅にお茶会を楽しんでいる。
その時……! 圧倒的閃きっ……!!

「ベアトリスーー!!」
「サイト? その服は……?」
「あら、先輩?
ってなんですその服」

だんだら羽織を身に着けたまま、才人は走る。
二人の下に駆け寄る。
そして徐に倒立!
その勢いを殺さず地面に背をつけ一回転!

「「へ?」」

二人が見たときには綺麗な土下座を決めていた。
才人の必殺技ことダイナミック倒立前転土下座である。

「金をくれ!」
「いやです」

にべもなく断るベアトリス。
彼女から見たら意味がわからない。
敬愛するティファニアさんとのお茶会にいきなり乱入してきて、しかも土下座。
挙句の果てには金をくれ。
彼女がどれだけ穏やかな性格だったとしても、OKな要素が見当たらなかった。

「頼む!」
「無理です」

ここで才人はバッと顔を上げた。
そしてしっかりベアトリスの目を見る。

「お願いします!」
「不可能です」

ダメだった。
才人はベアトリスの対面に座るテファに視線を向けてアイコンタクトを試みた。
彼もSOSのモールス信号くらいは知っている。
左目の瞬きでテファに信号をおくりはじめた。

――S・O・S!

「サイト……目にゴミでも入ったの?」

まったく通じていなかった。
テファはきょとんとした顔で小首を傾げる。

――可愛い、いや違う。
今ここで考えるべきはベアトリスからお金を引き出す方法だ。

つい先ほどまでヒモはダメとか考えていた才人。
この行為がヒモどころか強盗に近いとかは一切思い当たっていない。

「ティファニアさん、変な先輩はほっといていきましょ」
「でも、でもなんか必死だよ?」

ベアトリスは椅子から立ち上がり、テファを連れて行こうと声をかける。
彼女は立ち上がりながらもベアトリスをなだめる言葉をかけた。

――ナイスフォローだテファ!!

才人はアイコンタクトでテファに感謝しようとした。
と、ここで彼は余計なことに気づいてしまう。

――こ、これはァ!?

今の才人はゲザっている最中だ。
当然視線も下から見上げる形になる。
そんな折に胸革命と称される、超巨大なブツがあればどうなるか。

――なんて迫力だ……コレがリーサルウェポンってヤツか。

才人は倒立前転の勢い余って二人の極至近距離でゲザっていた。
テファがいくらゆったりとした服装を好んでいる、といっても隠せるモノには限度がある。
つまり、彼は見上げる形で理想郷を臨んでいた。
そのまま崩れている顔に、足が入れられた。

「ちょっと先輩。
可憐なティファニアさんにどんな目を向けてらっしゃるの?」
「す、すびばぜん……」

めこっと入った足は痛み耐性に定評のある才人にもキツかった。
そのままグリグリ踏み抜かれてもっと痛かった。
このままではマリコルヌと同じ道を歩むことになりかねない! と才人は乾坤一擲のバクチを打つ。

「お願いしまぁす!!」
「ぅなっ!?」

叫びながらまだグリグリしていたベアトリスの脚に組み付いた!
彼女は才人の拘束から脚を引っこ抜こうとするが、タコのように絡み付いて離れない。
げしげしキックをかましても才人は決して離そうとしない。

「助けてください!
誰か助けてください!!」
「ちょ、ホントっ、離してくださいっ!!」
「サイト……がんばって」

テファは信じていた、才人が何かのために戦っていることを。
たとえ年下の少女にキックをかまされようとも彼のことを信じたのだ。
だからこそ彼女は彼のことを応援し、祈った。
そしてその祈りは、魔法学院全体に広がった。

「サイト、君ってヤツはなんで一人で抱え込むんだ!」
「君一人には背負わせないさ、副隊長!!」
「俺らも手伝わせてもらうぜっ」
「なんで君はご褒美をいただいているんだ!!」

水精霊騎士隊一同が整然と駆けてきた。
方角はコルベールの研究室から、どうやら師匠にワケを聞いたらしい。
それに救いを見たのか、ベアトリスはパァッと顔を明るくする。

「丁度よかった先輩方!
この人をとっとと引きはがしてください!!」

客観的に見ればか弱い少女に縋り付く近衛隊副隊長。
誰から見ても少女を助けようとするだろう。
しかし、彼らの行動はベアトリスの斜め上を行く。
彼らは今から七万の兵に突っ込むかのように、覚悟を決めつつある少年のように固い顔をしていた。
そして、決行した。

『助けてください!!』
「はぁ!?」
「お前ら……」

水精霊騎士隊三十名、一斉の土下座である。
テファは目を丸くした。
才人は感動に目を潤ませた。
ベアトリスは絶望した。
新・水精霊騎士隊の伝統にこういうものがある。

『サイトが何かし出したら、とりあえずノッておけ』

粛々と土下座を行うトリ狼の集団。
そこに新たな集団が走り寄ってきた。

「姫殿下!」
「あなたたち!!」

ハルケギニア最強の竜騎士団、空中装甲騎士団だ。
今これほど頼もしい存在はなかった。
それに救いを見たのか、ベアトリスはパァッと顔を明るくする。
しかし、彼らもまた染まっていた。

『助けてください!!』

大の大人、二十名による土下座である。
彼らもフルメタルな調練以降きっちり染まっていた。
ベアトリスの顔はさっと青くなった。

――お前らだけにはいいカッコさせねぇぞ、水精霊騎士隊!

――流石、頼れる存在だぜ、空中装甲騎士団!

土下座のままちらちらアイコンタクトで通じ合う男たち。
ちなみに土下座は全然いいカッコじゃない。

「ほぅっ……」

それを見て、ベアトリスはとうとう気を失った。
才人はそれを慌てて抱き留める。

「疲れてたんだろうな……」
「ああ、ぼくらも少し急ぎすぎたのかもしれない」
「あとで私からも姫殿下へ謝っておこう」
「わたしがベアトリスさんを部屋まで送るわ」

はしゃぎすぎて寝てしまった子どもを見るかのような表情。
つい一瞬前まで土下座をしていた輩のようには見えなかった。
遠くから、土トライアングルメイジの女性のような叫び声が聞こえた。

結局この後、水精霊騎士隊は金子の確保に成功する。
この日よりパレードまで魔法を使った訓練は中止となり、打ち上げ花火職人となった少年たちが学院各所で見受けられた。
がんばれ水精霊騎士隊!
いけいけ空中装甲騎士団!!
一週間で打ち上げ花火千発はきっと無理だ!!



[29423] 第二十六話 天使みたいに彼女は立ってた
Name: 義雄◆285086aa ID:b6606328
Date: 2011/09/04 21:09
26-1 トリスタニア・デイズ

急な終戦パレードの告知に、トリスタニアは沸いていた。
特に大商人が利益を上げようと大攻勢を仕掛けている。
浴衣、甚平だ。
才人のうろ覚えな雪駄と下駄の情報も街を流れ、服飾店、靴屋は急ピッチで各々の品を作っている。
そして民衆は少しでもシュヴァリエ・ド・ヒラガの威光を授かろうと品々を買い求めた。
なんせ触れればご利益があると思われているほどだ。
ゆかりのものであればお守り代わりになる! と言わんばかりの人気っぷりだ。
才人はまったく意図していなかったが、トリステイン城下街の流行を作り上げたのは彼だ。
そんな渦中の人物、平賀才人はやっぱり魅惑の妖精亭にいた。
昨日と変わらずだんだら羽織を纏っている。

「ジェシカ、話があるんだ」
「え、なによ急に」

髪を結い上げ、藍の生地に朝顔の白模様がうっすらと映える浴衣を着込んだジェシカ。
これはロマリア商人が贈ったものだ。
彼女がはだけた着方をしてしまったがため、今現在街を浴衣で歩く女性はすんごいことになっている。
さて、ジェシカさんと才人くんは魅惑の妖精亭客席にいた。
水を汲んだ木のコップ二つ、テーブルをはさんで向かい合う二人。
ジェシカは、肘を張って太ももの上に手をつき、少し恥ずかしげに明後日の方を見ている。
一方の才人は真剣な顔、握り拳をテーブルの上に置いていた。

「週末のパレード、知ってるか?」
「そりゃもちろん知ってるけど……」

今のトリスタニアはその話題で持ちきりだ。
街をあるけばどこからともなくその話は聞こえてくる。
それは主婦であったり、屋台の店主であったり、下級貴族であったりと職業に係わらない。
アルビオンから続いていた思い雰囲気を振り切ろうと、街中がはしゃいでいるのだ。
魅惑の妖精亭の食材調達を担うジェシカが知らないはずはなかった。

「パレード、俺の横に立っててほしいんだ」
「……はぁ!?」

思わずジェシカは才人の顔を見た。
そのくらい彼女にとって衝撃的で、理解できない言葉だった。
彼を見ても先ほどと同じ、じっと黒い瞳をこちらに向けている。
茶化すような雰囲気は一切感じられない。
なおも才人は言葉を重ねる。

「だからさ、今度のパレード、俺の横に立っててほしいんだ」
「……」

――パレードで英雄の隣に立つ、それがどういう意味かコイツはわかってるの?
へ、下手すれば結婚宣言にとられるのよ!?
どんだけ穏やかに受け止められても、恋人と思われるにきまってるじゃないっ

才人の様子は変わらない、欠片の動揺も感じられない。

――いや、コイツスケベなのに鈍感だったわ。
あたしがきっちり教育してやらないと。

その泰然とした姿にジェシカは心中で納得した。
おそらく、こいつはなんにもわかっていない。
妖精亭に来たときも田舎者っぷりを十二分に発揮して都会のルールを理解していなかったじゃないか、と彼女はこっそりため息をつく。
体中から軽く力が抜けるのを彼女は自覚した。
そしてコップの水に口をつけ、そのまま両手でかるく握る。
そしてこの従兄弟のような抜けた田舎者の英雄にきっちり教えてやろう、と口を開いた。

「ちょっと、それどういう意味か」「わかってる、意味なんてしっかり理解してる」

しかし、強い語勢で彼はそれを遮った。
そしていつかの夜のように、彼女の手をとった。
コップ、ジェシカの手、才人の手、重なった掌から伝わる温度にジェシカの心臓は跳ねる。
熱源はないのに、体温がどんどん上がっていく。

「いいから、俺の言うとおりにしてほしい」
「!?」

才人の真剣な視線が、ジェシカの心を射抜いた。
余計に体が熱をもってくる。
肌蹴ているはずの胸元が妙にじっとりと汗ばむ。

「頼む、一生のお願いだ」
「だめ、絶対ダメなんだから」

酒場にいれば強引に迫ってくる男はそれこそ星の数ほどいる。
スカロン・ディフェンスが発動する魅惑の妖精亭でもそれは例外ではない。
経験上、ジェシカもそんな野獣どものあしらい方をよく知っていた。
だが、才人は違う。
そんな輩とは違って下心がない、情欲に濁らない、澄んだ瞳だった。
それでも強引に、純粋に自分を求めてくる。
それが嬉しくもあり、恥ずかしくもある。
ジェシカは、目を逸らすことしかできなかった。
脳裏によぎるのは自分の従姉妹、そして、桃色の素直になれない小さな女の子。

「頼む、ジェシカにはまだ言えないけど、理由があるんだ」

――コイツはここまで言っておいて、何を言えないって言うんだろ?

ここまで盛大にほぼ愛の告白に違いないことを言っておいて何を隠しているんだ、とジェシカは訝しむ。
まさかこれが告白ではない、とコイツは思っているんだろうか。
彼女にはわからなかった。

「……今言いなさいよ」
「ちょっとそれは……できない。
だけどパレードが終わればきっと言う」

――パレードが終われば、という意味は、ひょっとして……。

「頼む、俺と一緒にいててくれ」
「……か、考えさせて」

結局、ジェシカに才人を突き放すことはできなかった。
保留するだけ、また次の機会までに悩んで決めよう、いや、断ろうとする。
才人は手を放すと、少し寂しげに笑った。
椅子を引いて立ち上がり、ドアの外をまっすぐに見据える。
その横顔に、彼女は凛々しさを、英雄になった少年の本気を感じた。

「わかった、明日また来るから」

ジェシカはへなへなと背もたれに身をまかせた。

「次来られたら……ことわれないじゃない、ばか」

雨が降りはじめていた。


26-2 ピンクの悪魔

――コンコン――

硬質な音が部屋に響き渡る。
ベッドに腰掛けながら手元の詩集に目を落としていたキュルケは、ドアへ振り向いた。
昼食後、コルベール教諭は水精霊騎士隊、空中装甲騎士団とともに、忙しなく打ち上げ花火の製造にハゲんでいる。
いつもの彼女なら気にせず突入するのだが、なんというか、雰囲気が怖いのだ。
みんなギラギラしている。
欲望に塗れているという意味ではなく、余裕がない。
あそこに近寄ればあんなこと(火薬の錬金)やこんなこと(ひたすら星づくり)をやらされそうだ。
それに急に雨が降り出してきた。
花火製作班は「湿気が、火薬がー!!」と叫んでいてより危険な雰囲気になりつつある。
なので大人しく詩集を読んでいた。
そこに珍しく来客だ。
彼女は開けようか、と一瞬悩み、スルーした。
特別めんどくさい予感がする。
なんとなく、めんどい娘のオーラがドアの隙間から漏れてきている気がする。
ロックはかけてあるからきっと留守だと思ってどこかへ行くだろう、とキュルケは自己完結した。

――コンコンコン――

さらに叩かれる扉。
ゴロン、と背中からそのままベッドに寝転がる。
腕を伸ばし、詩集を掲げて読んでみる。

――角度を変えて物事を見る、っていうのはこういうことじゃないわね。

もぞもぞとベッドにあがり、俯せになりながら読んでみる。
足をぶらぶらさせならが文字を追っていると、なんだかキュルケは楽しくなってきた。

――こういう時間も悪くないわ。

ザァーっと地面を濡らす音が耳に心地よい。
完全な静寂ではなく、静かな雨音で世界が満たされている。
やっぱり自分は間違っていなかった、今日は読書にふけるべきだ。
そんな思いにキュルケはとらわれはじめた矢先。

――ドン!ドン!ドガン!!――

「……ハァイ、ルイズ」
「はぁい、キュルケ。ずいぶん静かだったじゃない」

あら可愛い、と言ってしまいそうなほど綺麗な笑顔で、天使みたいに彼女は立ってた。
ただし部屋に入る手段はまったく天使らしくない。
極小のエクスプロージョン。
極上の苛立ちと細心の注意を込めて放たれた虚無のスペルはドアノブのみを削り取った。
アンロックを使えるくせにロックを物理的に解除したのだ。
その後蹴撃、速やかに部屋へ侵入といった次第だ。

――今夜はタバサのところで寝ようかしら。

幸い蝶番は無事だったが、くりぬかれたノブはどうにもならない。
現実逃避のように今夜の予定を決めるキュルケ。
ルイズは案の定持っていた瓶を突き出した。

「相談に乗ってもらうわよ」



ルイズがあまり得意ではない酒をキュルケの部屋に持ち込んだ。
彼女はアル中になってしまったのか?
勿論違う。
彼女は彼女なりに、才人との関係を見つめようとしたのだ。
だが、恋愛経験値は魔法学院最強、と目されるキュルケには相談できなかった。
一応ヴァリエール家とツェルプストーには因縁がある。
素直に恋愛レッスンを請うのは気が退けた、というか恥ずかしかった。
そこでワンクッション置こう、とモンモランシーに相談した。
しかし、彼女に諭されようとも意地っ張りが治るワケではない。
その時ルイズはポン、と手を叩いた。

――力を借りるのは人だけじゃないわ。

古来より、酒の力を借りる、という言葉がある。
最近の彼女は正直借りすぎかもしれないが、気にしては負けだ。
とりあえず彼女はウォッカを手にしてキュルケの部屋に乗り込んだ。
錠前もなんのその、虚無の使い手の前では紙に等しい。
ドアをぶち開ければキュルケがいた。
生意気にもベッドで胸をもにゅもにゅさせて遊んでいた。
そしてウォッカを突きつける。
キュルケは優しい顔でその酒瓶をとりあげると、換わりに戸棚から甘い白ワインを取り出した。

「ルイズ、あんまり強くないんだからほどほどにしなさいよ。
今日はあたしがとっておきを開けてあげる」

想像していたよりもずっとやさしい対応をとられ、ルイズはびっくりした。
ティーセットをカチャカチャ用意するキュルケを意味もなく警戒してしまう。

――トットット――

白ワインをティーポットに注ぎ、水差しの薄めたリンゴ果汁を加える。
バースプーンで数回かき混ぜ、それをカップに注いだ。

「なに突っ立ってるのよ。
ほら、話を聞いてあげようっていうんだから、座りなさい」
「え、ええ……」

こいつは誰だ、とルイズは訝しむ。
ただ、言われた通り立ちっぱなしというのもなんだったので、素直に椅子へ腰を下ろした。
キュルケは黙って同じものをもう一つのカップに注いでいる。
カップに口をつける。

――甘い、美味しい。

アルコールのにおいはきつくない。
酔いが進みすぎる心配はなさそうだ、とルイズは感じた。
キュルケが腰を落とす。
丸テーブルに向かい合った二人は、しばらく無言でカクテルを飲んでいた。

「で、相談ってなにかしら?」

五分ほど雨の音を聞いてから、キュルケが切り出した。
ルイズはカップに揺れるカクテルじっと見つめながら、ぽつぽつと語りだした。

「サイトと……もっと仲良くしたいの」
「どういう意味で?」

キュルケは問い返す。
ルイズは酒と空気の境界を見つめたまま、視線を上げない。

「仲良くしたい、というのは色んな意味があるわ。
恋人になりたい、友情を深めたい、仕事仲間とうまくやりたい。
サイトの場合使い魔として仲良くしたい、っていうのもあるかもね。
勿論違うものもあるわね。
どれなの、ルイズ」
「……」

ルイズは答えない。
キュルケは窓の外へ、降り続ける雨に目をやった。
そのまま無言の時が過ぎていく。

「恋人」
「え?」
「だから、恋人」

どれほど時間がたったのか、キュルケにはわからなかった。
ただルイズに目を戻せば、この可愛い小さな女の子は俯きながらぷるぷる震えている。
キュルケは満面の笑みを浮かべ、彼女を祝福した。

「よく言ったわ、素直になれないあなたが、宿敵たるツェルプストーにね」
「……宿敵じゃないわ」
「あら?」
「……友達よ」

――ああ、ふだんめんどくさいからこういう時は余計に可愛いわね!

キュルケは内心身もだえした。
こういうところに才人もコロッといったに違いない。
ツンとそっぽを向いていても染まる頬は隠せない。
キュルケはこの可愛い少女のために最上級のアドバイスをしてやろう、と心に決めた。

「いいわね、サイトと仲良くなりたかったら……」



[29423] 第二十七話 ワカレノ詩
Name: 義雄◆285086aa ID:b6606328
Date: 2011/09/06 00:22
27-1 マスター・サイトン

「ふぅ、あの調子ならもうちょっと押せばいけるかな」

才人は魅惑の妖精亭を出て一息ついた。
ぐっと背を伸ばして一つ深呼吸。
色んな料理、食材、香水のにおいが入り混じった空気を肺一杯に吸い込んだ。

――魔法学院の空気も美味しいけど、ここもいいよな。
人の活気があふれてて、なんか楽しい。

魔法学院で深呼吸をすれば、草の薫がたっぷりとする。
雨の前なら土の薫、季節によっても勿論違う。
花の匂いも心地よいし、干した藁束も悪くない。
ただ一つ残念なのは、日本の秋口に漂うあの芳香、小さなオレンジ色の花がないことだった。
ハルケギニアに来て一年以上たつし、探してみてもいいかもしれない、と才人は腕を下ろす。
そのままブルドンネ街を郊外に向けてぶらぶらと歩く。
いつもと違ってだいぶ歩きやすい。
まるで人が避けていってるみたいだ、と才人は呑気に思った。
勿論現実に人が避けている。
彼の着るだんだら羽織がここ、トリスタニアではこれ以上なく異質なものに感じられたのだ。
君子危うきに近寄らず、ということを現代日本人以上によく知っているタニアっ子のリアクションはきっと間違ってない。

――やっぱこう、新撰組の加護みたいなのがあるのかなぁ。

忌避されている、という意味では間違っていない。
途中で買ったソーセージをくるくる包み込んだクレープをパクつきながら、我が物顔で街を歩く。

――あれ、このクレープのにおい、ソバっぽい。
こっちにもソバってあるんだな、今度がんばって手打ちソバ作ってみるか。
作り方一切知らないけどなっ!

思いのほか良い味で気分は上々。
ルイズが食べるかはわからないが、もう一つ買い求めておいた。
それにしても、と考える。

――んー、でも絶好の商売のチャンスだからな。
ジェシカもふつー抜け出したくないよな。

やっぱり彼はわかっていなかった。

――パレードで横に立ってもらいたい、って言ったら呆れてたし。
やっぱりなーんかいい説得方法を考えないと。

昼下がりの一時は穏やかに流れる。
ただ、雨雲が空を埋めはじめていた。



27-2 Ladybird boy

雨が近づけば、降り出せば大地のにおいが強くなる。
それはどこか気分を落ち着けてくれる、と思う。
肺の中をそのにおいで満たす。

「すぅ……はぁ……」

いつもならそろそろサイトが部屋に帰ってくるころだ。
窓の外をぼんやりと眺める。
一人部屋で佇みながら、キュルケのアドバイスを思い出す。

『まず、ありがとう、って言いなさい。
あなたも今までに何度か言ったかもしれないけど、もう一度、素直に言いなさい。
遥か彼方から彼を無理やり引っ張ってきたのに変わりはないんだから』

トリスタニアの方から青い点がやってくる。
シルフィードだ。
小さくてよくわからないが、背中にサイトも乗っている気がした。

「すなおに、すなおに」

サイトと出会った時のことを思い出す。
今日と違って、あの日は抜けるような青空だった。
召喚した彼の顔が、”大人みたいな子供”みたいに見えたものだ。
キョロキョロ落ち着きのかけらもなく、挙句の果てには夢扱いまでして。
最初はどこぞの平民だと思い落胆した。
ただ一回の成功と言っても結果がこれでは惨めすぎると思った。
ご主人様をからかったとき、生意気だと思った。
ギーシュ相手に退かなかったとき、意地っ張りだと思った。
フーケのとき、命がけで助けてくれた。
アルビオンのとき、魅惑の妖精亭のとき、七万の兵が押し寄せたとき。
それから、それから、それから。

「サイト……」

どうして、胸が温かくて、痛くなってくるんだろう。
はやく会いたい。
耳を澄ませてみる。
しっとりと大地を濡らす雨音、それ以外聞こえない。
まるで世界に一人になったみたいだ。
もう一度ゆっくり息を吸って、吐き出した。
コンコン、とドアをたたく音。
次いでドアを開く音。

「たっだいまー!」

相変わらずノックの返事を待たずに入ってくる。
サイトは変な格好をしていた。
説明しにくい、浅葱色で袖口が白のぎざぎざ、そしてゆったりとしている服。

「おかえりなさい」

うまく笑えたか、自分ではわからなかった。
でもサイトは最初きょとんとして、すぐにっこり笑ってくれたからきっと大丈夫。

「いやーいきなり雨降ってくるもんだからシルフィードの上で濡れちゃったよ」
「はい、タオル」

タオルを手渡してあげる。
それだけでサイトはずいぶんびっくりしていた。
普段のわたしにどんなイメージを持っているのか、と問い質したくなる。

「サンキュな、今日はずいぶんご機嫌じゃん」
「ちょっとね、わたしなりに思うことがあったの」

まだだ、少しどきどきするけどまだ我慢。

「ふーん、そういやまたトリスタニアで旨いもん見つけたんだ。
ソバのクレープなんだけど、食う?」
「いらないわよ、大体食事なら学院で出るじゃない。
料理長がわざわざシエスタに聞いてたらしいわよ、『我らの剣は俺たちの料理に飽きたのか』って」
「げ、親父さんには悪いことしたなぁ……」

でも買い食い楽しいんだよなー、と頬をかくサイト。
ほとんど娯楽のない魔法学院に比べたら確かにトリスタニアで色々するのは楽しそうだ。

「パレードの日も朝なら時間あるだろうし、そん時一緒に色々見て回らないか?」
「ええ、もちろんいいわよ」
「シエスタにも声かけとかないとな、普段お世話になってるし」

感謝の気持ちというのは大切だ、というのはキュルケに散々教えてもらった。
でも時と場合を選んでほしい。
こういうところはやっぱり騎士じゃなくってバカ犬だ。

「……別に、二人でいいのに」
「ん、ごめん。なんか言った?」
「なんでもない」

サイトにそこらへんのデリカシーを求めるのは酷だ。
これからじっくり、時間をかけて自分が教えてあげればいい。
彼はこの世界で、わたしがいるから残ってくれたんだ。

「街歩いててもこう、人が少し避けてくれるんだ。
ハルケギニアにもこんな服の警察みたいなのがいたのか?」
「……それはただ変人だと思われてるだけよ」
「うっそだぁ! 俺の世界じゃ男のロマンだぞこの服は!!」

楽しそうに他愛ない話を続けるのも、きっとわたしのため。
少し嬉しくなってくる。

「あ、あと武器屋の親父見た。
なんか焼き鳥の屋台やってた」
「六千年生きた俺もあれには呆然としたね」
「なにがあったのかしら」
「戦争終わっちまったからなぁ、他のところでとっとと稼ぎ出したとか」

ハナビっていうサイトの故郷の催しのために水精霊騎士隊はかかりっきり。
爆発する危険性もあるらしくて、主役を危険にさらすわけにはいかない、というみんなの好意でこうしてゆっくりしていられる。
しとしと降り続ける雨も、サイトが外へ行くのを止めてくれる。
久々に幸せな時間だ。

「ユカタっていう衣装はどうなの?」
「ああ、着々と広まりつつあるよ。
なんかすっげー嬉しい、シエスタとジェシカにはもー感謝の言葉もないよ」
「わたしもいつか着たいわね」

サイトの故郷の伝統衣装、ユカタ。
シエスタとジェシカの曾祖父がこの地に残してくれたことにわたしも感謝する。
そのおかげで彼のこんな嬉しそうな顔を見れるのだから。
故郷から、遠ざけてしまったけれど。

「お、ルイズにはどんな色が似合うっかなー。
んーレモン色かな~」
「……それだけはやっちゃいけないと思うわ」
「相棒、格好のいじられネタになるだけだぜ」

時折カチャカチャと相槌を打つデルフリンガーの声さえ心地いい。

「うん、ルイズなら浴衣もばっちり似合うな」
「おう! 娘っこはぺったん娘だからな!!」
「やかましいわこのボロ剣!」

前言撤回、やっぱりこいつはうっとうしい。

「花火大会がこの世界でできるなんて……。
ダエグの曜日が待ち遠しいぜー」
「今日がマンの曜日だからあと四日ね」

ハナビはわたしも見たことがない。
大きな花が夜空に咲く風景は、どこか現実離れしていて綺麗だ、とサイトは言っていた。

「パレードって隠し芸みたいなのいるかなぁ」
「折角だから俺使ってなんかやれよ、剣舞とか彫物とか」
「剣舞は無理っぽいな……彫物なんとかなるかな、練習するか」
「もう、そんなの明日でいいじゃない。
それよりも姫さまが演説をさせてくるかもしれないから、そっちの方が大事だわ」
「そ、そんなの無理だって!」

サイトがきっちり演説をする様子なんて全然想像がつかない。
きっと思ったことをぽろぽろ言って、笑われて、開き直って、拍手で終わるような気がする。
夕食も近いし、そろそろキュルケのアドバイスを実行しようと思う。

「そういえばさ」
「なに?」

でも、楽しい時間は、唐突に終わる。

「パレードの時、ジェシカに隣に立ってもらおうと思ってるんだ」
「……え?」

雷が落ちたかと思った。
それくらいの衝撃を受けた。

「や、姫さまから女性パートナー選べって言われてさ。
ジェシカにそれ頼むから」
「……なによ、それ」

いみがわからない。

「どういう意味かわかってるの?」
「ん、そりゃ勿論わかってるけど」

だったら、なんでそんなこというの?

「なんでジェシカなの」
「いや、ちょっと色々あって……」

目を逸らされた。
頭にカッと血が上る。

「ふざけないで」
「ふざけてなんてないって。
どうしたんだよいきなり」

サイトは戸惑ってる。
その様子は、余計にわたしを苛立たせる。

「ふざけてないなら、なんでそんなこと言い出すのよ。こたえなさい!!」
「な、なんだよ怒鳴ったりして……」

コイツはなんにもわかってない。

「出てって」
「はぁ?」
「出てってって言ってるでしょ!!」

枕を投げつける。
サイトはそれを受け止めながらもやっぱりわかってない顔だ。
その顔をやめてほしい。

「はやく出ていって!!」
「わ、わかったよ。また後で話を」「戻ってこないで!!」

出ていった。
サイトは出ていった。
胸が痛くて泣きそうだ。
でも、涙は溢れず心にたまった。



27-3 

「な、なんだよ急に……」

ルイズの部屋から叩き出された才人は困惑していた。
彼としてはただ世間話の一環でしたつもりだった。
現代でただの高校生にすぎなかった彼に、終戦パレードの英雄、その隣に立つ女性の意味を想像しろ、という方が酷だった。

「うーん、わからん」

頭をひねっても今の彼では答えを出せそうになかった。
仕方なく、隣室のドアを叩く。

「……どうしたのよ、すごい声だったけど」

ドアからキュルケが顔を出す。
怒声は石造りの壁を貫いていたようだ。

「ごめんキュルケ、しばらくルイズのことを頼む」

怒った理由にまったく思い当たらない以上、自分はしばらく会わない方がいい、と才人は判断した。
そしてルイズの友人であるキュルケにフォローを頼んだ。

「いいけど、サイトなにしちゃったのよ?」
「わかんない、話してたらいきなり怒り出しちゃって」

ふむ、とキュルケは考え込む。

――お昼のあの子は珍しく真摯に助言を受けていたわ。
だから今回ばっかりは原因が才人にある、と信じたいけど……。

彼女はルイズの嫉妬深さや癇癪のことを知っている。
とりあえず才人の頼みは受けることにした。

「わたしからルイズに色々聞き出してみるわ」
「ありがとう、ホントに感謝してる」
「いいわよ、なんたってわたしはルイズの友達なんだから」

パチン、とウィンク一つ。
随分仲良くなったんだな、と出会った当初を思い出して才人は感心した。

「それで、あなたどこで寝るのよ?」
「んー、水精霊騎士隊の部屋に転がり込むかな。
最悪トリスタニアまで飛ぶことになると思う」

トリスタニアの場合、魅惑の妖精亭の住み込み部屋を借りるつもりだ。
今の彼を取り巻く環境を考えれば、最悪の行動になる。
しかし、キュルケも才人もそんなこと知る由もない。

「まぁ、あの怒りっぷりだしシエスタとかタバサは頼らない方がいいわね。
あとで寝床を教えてくれればちょくちょく報告に行くわ」
「助かるよ」

微かに浮かぶ才人の笑顔は弱り切っていた。
彼としては恋人と楽しく語り合っていたらいきなり怒鳴られ追い出されたのだから無理もない。

「今度”始祖の降臨祭・初恋風味”をわたしとジャンのためだけに作りなさい。
それでチャラにしてあげるわ」
「……それレイナールも言ってたけどなんなんだ」
「あら、製作者が名前を知らないの」

キュルケは茶目っ気たっぷりに笑って言う。

「ルイズみたいなものね。
甘酸っぱくて、可愛らしい料理よ」



[29423] 第二十八話 バカ犬、雨粒の中で
Name: 義雄◆285086aa ID:b6606328
Date: 2011/09/06 23:49
28-1 鈍感力

「さて、どうしよう」

シエスタに、ルイズの部屋へ紅茶を淹れに行ってもらうよう頼んだ後一人考える。
雨はしとしと降り続いている。
さっきよりは弱まってるかな、と才人は思った。

――水精霊騎士隊に顔出すか。
あんま近寄るな、って言われてるけど。

よし、と勢い込んで雨の中走り出そうとするが、やってくる人影に才人は力を抜いた。

「お、副隊長じゃないか」
「レイナール」

学院の渡り廊下に駆け込んできたのはレイナールだった。
濡れたメガネをハンカチで拭いている。

「流石にのび太じゃないか……」
「ノビタ?」

レイナールは非常に真っ当な目つきをしていた。
どうがんばっても3には見えそうにない。
それどころか裸眼としっとり濡れた髪のせいでいつもより男前っぷりがあがっている。
才人は心の中で舌打ちした。

――けっ! メガネ外せばイケメンとか流行らねぇんだよ!!
メガネ外せば美少女はむしろアリだけど。

「まぁいい。先ほどアニエス隊長宛に書簡が来たんだ。
例のパレードのことだ」
「なんか問題でもあったのか?」

首を振るレイナール。
その拍子に水しぶきが飛んで才人はちょっとだけイヤな顔をした。
レイナールは胸元から一通の手紙を取り出す。

「隠し芸だ」
「え?」
「マザリーニ枢機卿直々の書簡だった。
パレードで行進中きっちり盛り上げろ、とのことだ」
「マザリーニって、あのおじいちゃんだよなぁ」

才人は白い口髭をはやした白髪なおじいちゃんを思い出す。

――確か、ロマリアから来た人だったよな。
案外ひょうきんな人なのか?
姫さまも頼りにしてるくらいだし、実は頼れて面白い人なのかな。

頼れる面白い人はアニエス宛の伝書鳩を飛ばした直後、面白い顔で泡を吹きながら倒れてしまっている。
マザリーニが隠し芸をやれ、というのはただ彼がひょうきんだから、というわけではない。
例によって平民アピール大作戦だ。
貴族というのはこういったパレードでも平民に愛想を振りまくということは滅多にしない。
それでは困るのだ。
才人やまだ若く偏見に固まっていない水精霊騎士隊がアクションをとることで、平民はよりいっそう盛り上がる。
財布も緩む、税が増える。
戦役が続いたトリステイン財務省はワリといっぱいいっぱいだった。

「でもレイナール、こういうのキライじゃないのか?」
「なに、水精霊騎士隊の宣伝になるならなんでもやるさ」

レイナールはしれっと答えたように見える。
だが男というのは時に異常なほど勘がよくなる。
才人の目はごまかせなかった。

「あ、アニエス隊長!」
「な!?」
「嘘だよ」

確定だ、と才人はにんまり口元を歪める。
レイナールは苦虫を噛んだかのような顔で視線を逸らした。

「そっかそっかー、ふーんなるほどねー」
「……」

珍しくレイナールの顔が赤く染まった。
才人はより一層面白がる。

「手渡された時触れ合っちゃったりしたのかなー」
「……なにがのぞみだ副隊長殿」

ふむ、と才人は腕組みした。
特に要求はない、というかレイナールは事態を無駄に重く見ている気がする。
大体水精霊騎士隊は全員このことを知っている。
秘めた恋だと思っているのは彼一人だった。

「んー、なんも思いつかん」
「そうか、貸しということか」

――コイツ勝手に追い詰められて自爆するタイプだな。
俺みたいに地雷もへったくれもなく気楽に生きればいいのに。

才人はものすごく自分のことを棚上げして思う。
そして考えが閃いた。

「あ、そうだ」
「ん、どうした?」
「ちょっと聞きたいことがあるんだ」

そして才人はルイズの部屋でのことをレイナールに説明した。
ただし彼女に説明していないこと、トリスタニアに蔓延る失踪事件のことからジェシカがターゲットになっている可能性まできっちりと話した。

「つまり、その子は誘拐の危険性があるから副隊長の隣にいてもらう、と」
「うん、そうだな」
「うーん、僕では力になれそうにない。
彼女が怒った理由が皆目見当がつかないや」
「頭の良いレイナールでも無理かぁ、じゃあギーシュとかに聞いても一緒だな」
「だろうな。
それに彼女はティファニア嬢と二人、巫女姿でパレードに参加するんだろ?
結局のところきみとは一緒にいられないよ」
「だよな、俺なんで怒られたんだろ……?」

やっぱり男子と女子って感覚違うのかな、と呟く才人。
残念ながら男連中からフォローを受ける芽を完全につぶしてしまった。
ちなみにルイズは巫女姿でパレードに参加することをまだ知らない。

――まぁ、パレードまで熱を冷ませばなんとかなるか。
ジェシカ事件も片付くだろうし、花火もある。
仲直りにはちょうどいいじゃん!

「ま、それはそれとしてきっちり練習しておいてくれよ」
「へいへい、レイナール先生の顔を潰すマネはしないさ」
「……ホントに言うなよ」
「言わない言わない」

雨はまだやまない。
今日は久々に厨房で飯を食おう、と才人は思った。



28-2 マッド・ティー・パーティー

才人が部屋を去ってからしばらく。
ノックを一つ、返事はない。

「ルイズ、入るわよ」

キュルケはエレガントにドアを開ける。
鍵はかかっていない。
ドアノブを吹っ飛ばす必要はない。

「なに布団にくるまってるのよ」
「うるさい」

ルイズは布団でかたつむりになっていた。
いくら雨が降っていていつもより涼しい、とは言っても夏場であることに変わりはない。
このまま放っておけば汗だくになってそのうち顔を出すだろう。
それでも引っ張り出してやろう、とキュルケは思った。

「とっとと起きなさい。シエスタが来るわよ」
「なんでよ」

布団の中からでこもっているが、すぐわかるほど不機嫌な声だ。

「そりゃ呼んだからに決まってるじゃない。
じっとり暑いんだからアイスティーもなしにお喋りなんてできないわ」
「はなしたくない」

けんもほろろな返答だ。
キュルケはぎしっとベッドに腰掛ける。

「駄々こねないの」
「やだ」

まるで子どもだ、と彼女は苦笑した。
事実、ルイズは幼い。

「はいはい、起きまちょうね~」
「……」

ルイズの返事の代わりに硬質なノック音が部屋に響いた。

「はい、どうぞ」
「失礼します、ミス・ヴァリエール、とミス・ツェルプストー?」
「ええ、お邪魔してるわ」

ワゴンを押してシエスタが入ってくる。
ワゴンには汗をかいたガラスのティーポット、三つのティーカップ、クッキーが載っている。

「あら、サイトさんは?」
「ぅぅう!!」
「ほらほら怒らない」

シエスタの疑問にルイズは唸った。
まるまったままの布団をポンポンとキュルケは叩いてめんどい娘をなだめる。
それを横目にシエスタはテキパキお茶会の準備を進めていく。

「特に指定がなかったのでカモミールティーと、食事前ですので甘さ控えめのクッキーにしましたが、よろしかったでしょうか?」
「ええ、よくってよ」
「……いらないもん」

ティーセットを配置したシエスタとベッドに腰掛けるキュルケは目を合わせて、同時にため息をついた。
微かに動く布団娘をどうしようか、と二人とも考えをめぐらせる。
ピン、とキュルケの頭に豆電球が灯った。

「ねぇシエスタ、綱引きって知ってる?」
「綱引き、ですか?
聞いたこともありません」
「そう……綱の両端を引っ張りっこする競技なのよ、こういう風にね」

キュルケはむんずと布団の端っこをつかんだ。
その顔は悪意のかけらもなく、ひどく楽しそうだ。
もちろん布団の中にはルイズがこもっている。
それを見てシエスタも気づいた。
そしてキュルケと同じような笑みを浮かべた。
逆側の布団の端っこをむんずとつかむ。

「そうですか、楽しそう。
やってみたくなっちゃいました」
「あなたならそう言ってくれると思ったわ、シエスタ。
宝探しの時から思ってたけど、やっぱりあなた素敵だわ」
「あら、貴族様から褒められるなんて恐れ多いです」

うふふ、あはは、と淑女的に笑いあう二人。
一方布団の中のルイズはまったく状況がつかめていなかった。

――この二人なんでいきなり笑ってるのよ……。
ていうかとっとと出ていきなさいよ。

キュルケとシエスタは頷き合う。

「掛け声はサイトの故郷にならいましょう」
「サイトさんの故郷のですか? ますます素敵!」
「ええ、そうでしょう」

二人して息を深く吸い込む。

――いくわよ。

――がってんです!

「はっけよ~い、のこった!」
「のこったのこった!!」

雨降りの夕方、部屋の中。
美少女二人が「のこったのこった」と叫びながら布団を引っ張り合う。
しかも布団の中には人がいる。
実にシュールな光景だ。
はたからみればシュールの一言で終わるが、巻き込まれたルイズはたまったもんじゃない。

「やややや、やめ、やめなさいっ」
「のこったのこった!!」
「のこったのこった!!」

ルイズは思う、きっと絞られた雑巾はこんな気分だ。
今度からメイドに雑巾はもっと優しく絞るよう言っておかないと、と現実逃避気味に思考を飛ばす。
美少女二人はそうすることが唯一の正義であるかのように、布団を引っ張り合う。
一分もしないうちに彼女は布団から文字通り絞り出された。

「ふぅ、ふぅ、楽しいですねミス・ツェルプストー」
「はぁ、はぁ、キュルケでよくってよシエスタ」
「ふぅ、あら、恐れ多いですわ」
「はぁ、気にしないでいいわよ」

共同作業は二人の友情を深めた。
目的だったはずのルイズはなぜか疎外感を覚えた。

「さて、ようやく出てきたわねルイズ」
「拗ねてむくれてサイトさんにかまってもらおうなんて甘いです、ミス・ヴァリエール」
「……あんたらねぇ」

そして何事もなかったかのように標的にされる。
ルイズは肩の力が抜けるのを感じた。

「もう、いいわよ。あんたらには負けたわ」
「あら勝っちゃったわよシエスタ」
「勝っちゃいましたねキュルケさん」

くすくすと笑いあう二人。
同い年でかつ若干苦労人なところがあるせいか、不思議なくらい気が合うようだ。
それがルイズはちょっぴり気に食わない。

――なによ、わたしを引っ張り出すのに四苦八苦してたくせに。

めんどい娘は自分が中心じゃないと寂しくなってしまうのだ。
その気配を感じたのか二人は同時にルイズへ向き直る。
あまりの息の合いっぷりにルイズは少しびびった。

『話を聞きましょうか』



「なるほどね。
だからあんなに怒鳴ったわけか」
「サイトさん、ひどいです!
っていうかジェシカいつの間に……!!」

キュルケは腕を組んで考え込み、シエスタは黒いオーラを迸らせた。
ルイズはあれからできるだけ客観的になるよう努め、二人に事情を説明した。
その結果がこれである。

「どちらが上か、教えてあげないといけませんね……」

ゆらり、とシエスタが椅子から立ち上がる。
目元に髪がかかっているわけでもないのにその瞳は暗くて見えない。
「うぐぅ、妖精亭で食い逃げしまくってやる……!」とオーラの割に考えていることはセコイ。
背中から白い羽が見えている気もする。

「まぁ、待ちなさい」

キュルケはシエスタを制した。
途端オーラが消失して目元もふつうに判別できるようになる。

「この件はあたしにあずからせてもらうわ」
「で、でも!」
「いいから」

ルイズは話し終えてからずっとティースプーンをぐるぐるかき回している。
ティーカップの中で澄んだ褐色の渦がぐるぐる回っている。

「ルイズも、少しだけ我慢してちょうだい」
「わたしは別に、どうでもいいわよ」

――あー、せっかく解きほぐしたのに。
サイトったらホントにバカねぇ……。

ルイズはつんと澄ましている。
それを見てキュルケは、さてどう攻めようかしら、と頭を働かせた。



[29423] 第二十九話 Back yard dog
Name: 義雄◆285086aa ID:b6606328
Date: 2011/09/08 00:38
29-1 ハチ公

「ハァイ、サイト。雨やまないわね」
「お、キュルケ。狭いところだけど入ってくれ」

翌日の夕食後、キュルケは才人を訪ねた。
彼はヴェストリの広場でテントを張って、そこで寝泊まりしている。
水精霊騎士隊の部屋に転がり込めば、とキュルケは言うが。

「いや、マリコルヌはリア充は入れねぇとか言うし。
ギムリもキュルケと仲いいやつはダメだとか言うし。
レイナールに至ってはプライバシーの尊重とか言い出すし。
ギーシュが一番ひどくてモンモンに追い出された」
「あら、それはご愁傷様」

テントの中は湿気でじっとりしている。
雨漏りはない。
部屋の真ん中に置いてあるカンテラと外からの光で中はうっすら明るい。
才人は必要最小限のものしか持ってきていないらしく、荷物は少ない。
毛布と枕代わりの丸めた布きれ、そして枕元に一かためにされた着替えと瓶。
テント内は立っているには狭く、キュルケは才人が手渡したクッションをしいて座った。
才人は胡坐をかいてぼんやり入り口を見ている。

「でもテントで寝てると昔のことを思い出してさ。
こーいうのもたまには悪くないな、って」

彼は昔シエスタと誤解されたときのことを思い出していた。
いつかきっと誤解は解けると信じてルイズを待つことにしよう、と決意していた。
ご主人様を信じて待つ忠犬のような顔をしている。
一方キュルケは気の毒そうな顔をしている。
才人はその顔に事態の悪さを感じ取った。

「……状況はよくなさそうだな」
「そうね、ルイズはカンカンよ」
「俺なにやったんだよ……今回は全然心当たりないのに」

頭を抱えて才人は悩みだす。

――やっぱり、サイトは自分が悪いとは欠片も思っちゃいないわ。
詳しい話を聞き出しておく必要があるわね。

キュルケは昨夜の時点で原因にアタリをつけていた。
彼女はお昼にルイズへ助言をしたとき、自分も才人と出会ったときのことを思い出していたのだ。

――あのときのサイトは貴族も平民も意識の中にまったくなかった。
ということは、少なくともサイトの故郷はハルケギニアの常識が通じるところではないわ。
なら、パレードがそもそもあるかどうかも疑わしい、と考えた方がいいわね。

コルベールの研究を隣で見てきた時間がキュルケを鍛えた。
物事を筋道立てて考える力がついたため、昨日の話を聞いた時も感情的にはならなかった。
むしろそれはおかしい、と頭の片隅でもう一人の自分が囁いているようだと感じている。
両方の意見を聞いてから判断する、という結論に至った。

「ルイズにも聞いたんだけど、サイト何言ったのよ?」
「んっとだな……」

才人はきっちり説明した。
レイナールにしたよう、詳細を余さず説明した。
失踪事件の件からパレードの件まですべて説明した。
それを聞いたキュルケは呆気にとられる。

――ルイズから聞いてない話がぽんぽん出てくるんだけど……。
っていうかあの娘、この話知ってるの?

「ねぇサイト、その失踪とか、ルイズに話したかしら?」
「えっと、話し、てないかなぁ?
どうだったっけ、おぼえてない、うん!」

――ダメだコイツ……はやくなんとかしないと……。

一瞬キュルケは新世界の神のような顔をしてしまう。
とは考えたものの彼女は早く何とかするつもりはなかった。
ふと、思いついたことを聞いてみる。

「そういえば、サイトの故郷ってパレードあるの?」
「パレードくらいあるよ」
「あら」

これは意外、と彼女は思った。
パレードがあるなら隣に立たせる人の意味くらいわかってもよさそうだ。

「でも戦勝パレードなんか知らねー。
軍隊と遊園地のパレードくらいかな。
外国の軍事パレードすごいんだぜ? 脚をそりゃ無理だろって角度まで上げながら歩くんだ
遊園地のもキラキラテカテカしてて感動できる」
「脚……キラキラテカテカ……」

キュルケは想像してみる。
金銀宝飾で全身着飾った人々がバレリーナみたいに脚をあげながら行進する様子が思い浮かんだ。
きっと違う、と思考を破棄する。

「その、サイトの故郷のパレードで男女ペアってあるのかしら?」
「男女ペア……うーん、あるにはあると思うけど、よく覚えてないや」

――やっぱりパレードへの意識が全然違うのね。
これはまぁルイズたちにとっては朗報だわね。

とにかくもう一度情報を確認しようとする。

「まず一つ目、ジェシカって子とはなんでもない」
「なんだよそれ、何かあるみたいな言い方だな」
「良いから答えなさいって」
「や、良くしてくれるけど何にもないよ。
ただ最近風邪気味っぽいかな、よく顔赤くしてるし」

なるほど、とキュルケは頷く。
彼女の脳内でジェシカはリーチがかかっている、と認定された。

「二つ目、ルイズのことが一番好き」
「……なあ、それって言わなきゃダメか?」
「言わなきゃダメよ」
「……ああ」
「ああ、じゃわかんないわよ」
「好きだ」
「誰がよ」
「ルイズが」
「ルイズがどうしたっていうのよ」
「ああもう! わかってやってるな!!」

キュルケはころころ笑う。
才人は立ち上がって啖呵を切った。

「なら言ってやらぁ!
俺は、ルイズが、大っ好きだぁぁあああ!!!」
「まぁ情熱的、でも叫ぶ必要なんてなかったわよ」

この叫びをルイズに聞かせてやりたい、とキュルケは思った。
あいにく雨が降っているので彼女の部屋までは到底届かないだろう。

「ま、でも大体のところはわかったわ。
あとはあたしに任せておきなさい」
「サンキュ、キュルケ。すげー助かる」

気の良い少女らしいおせっかいで、この機会に絆を強化してあげようと画策する。
最高にドラマチックな仲直りにしてやろう、と。

「パレードが終わるまでルイズと喋るのは禁止。
辛いけどこれは守りなさいね」
「う……わかった、がんばる」

キュルケは立ち上がり、テントの入り口を開いた。

「じゃあね、あとはキュルケおねーさんの手腕にご期待なさい」
「頼んだよ」

才人はやっぱり忠犬みたいな顔をしていた。



29-2 キム・ディール

タバサがルイズの部屋で本を読んでいる。
そんなありそうで才人がいない限り滅多にありえない光景を見て、キュルケは固まってしまった。
目をしぱしぱさせても椅子に座って本を読んでいるのはやっぱりタバサでしかない。

「キュルケ、どうだった?」

才人が犬ならルイズは子猫のようだった。
その不安げな表情は普段の彼女からは程遠い。
よっぽどジェシカに才人がとられることを恐れているようだ。
そんなルイズに、キュルケは安心させるためにも穏やかな笑みを見せた。

「大丈夫よ、ルイズ」

ピクリ、とタバサの耳が動いた。
実際動いたとしても極微かだったが、キュルケにはわかった。
この娘もパレードの件をどこかから聞いて不安がってるな、と。

「はぁ、収穫はきっちりあったわ。
二人ともお茶にしましょ、シエスタは呼んであるわ」

ご飯の後だから軽めだけどね、とキュルケはウィンクひとつ。
ルイズはふらふらと勉強机の椅子に腰を下ろした。

「とりあえず、大丈夫なのよね」
「ええ」

ルイズははぁ~、と脱力しきったためいきをついた。

「よかった……ホントによかった」

若干鼻声になっている。
昨夜からよほど不安が募っていたようだ。

「ま、飲み物もなしに喋るようなことじゃないわ。
すぐ来るだろうし、シエスタを待ちましょ」

つとめて明るくキュルケは言った。
窓の外はまだ明るい。
雨はやっぱりやまない。
気象にも造詣が深いギトー教諭が言うには、この雨は長引くそうだ。
キュルケはすとんとベッドに腰を下ろす。
タバサは本に目を落としていてもページは進む気配がない。
三人が三人とも何か考えを巡らせているようだ。
雨音だけの部屋に、昨日と同じようにノックが響く。

「失礼します、ってミス・タバサ?
それにサイトさんがまだいないんですか??」

メイド服姿のシエスタが、小さな金属製のバケツとワイングラスの載ったお盆を手に入ってくる。
不思議なことにグラスは四人分きっちりあった。

「キュルケさんが大丈夫、って言うからてっきり部屋に戻ってらしてると思ったのに」
「そこらへんはまだ事情があるのよ。
さ、お茶にしましょ」

キュルケはシエスタに用意を促すが、彼女は気まずそうに照れ笑いを浮かべる。
そしてたっぷりの氷と三本の瓶がはいった金属製バケツを突き出した。

「えへへ、実は仲直りのお祝い、ってことでワインにしちゃいました」

瞬間、部屋にいた三人の脳裏には別々の出来事がフラッシュバックする。

――あなた、調子乗ってませんか?――

――飲んで――

――くらえッ! ルイズッ! 半径1メイル○○○○○スプラッシュをーーーッ!!――

三人の顔が同時に、同じくらい青くなる。
そんな淑女たちの顔色にシエスタは気づく気配もなく、グラスを並べだす。
おつまみはクラッカーとクリームチーズ、スモークサーモン。
夜食には少し重そうだった。

「あら、皆さんどうしたんですか?」
「その、お酒はやめとかない?」
「やめるべき、特にあなたは」
「そ、そうね、飲みすぎは成長に良くないって言うし」

シエスタはきょとんとした顔をして、すぐにっこり笑顔をつくった。

「まぁ、でもおめでたい席はやっぱりお酒が付き物ですよ。
サイトさんと同じ国から来たひいおじいちゃんも言ってました。
酒は飲んでも飲まれるな、って」

あら、何か違ったかしら、と彼女は小首を傾げる。
三人は思う。

――お前がそれを言うな!



結局一本の瓶にはりんご果汁が入っていたのでそれを四人で分け合った。
アルビオン産の高地栽培ってレベルじゃないそれは糖度が高い。
とにかくそれを飲み物にして、キュルケは三人の乙女に才人の言い分を説明してあげた。

「というわけらしいのよ。あ、あと今言ったようにルイズはパレードまでサイトと話すの禁止ね」
「なにそれ」
「理解できない」
「許しません」

乙女たちは冷静じゃなかった。
いや、ルイズだけは幾分落ち着いていた、冷静じゃないのも嬉しさではしゃぎまわりたい、といった具合だ。
それも才人がテントの中で何を叫んだかを聞いたからだ。

「ふふっ、そう、まぁご主人様は寛大だから犬のすることくらい許してあげるわ」

上機嫌で余裕綽々な発言までかましてくれる。
巫女姿の件は朝食後レイナールから聞いていたし、パレード後にはきっとロマンチックなことが待っている。
有頂天状態になりつつあった。

「納得できない」

これにぶすっとむくれているのはタバサだ。
彼女はアンリエッタの隣で愛想を振りまく役目が待っている。
そこに才人が来る余地はない。
それどころかパレード中はカステルモールがはるばるガリアから来て、過保護な父親のように世話を焼くことが決まっている。
そんなタバサを見てルイズは、ふふん、と高貴な笑いをもらす。
じとっとした目で睨み返すタバサ。
そんな視線今のルイズには痛くも痒くもなかった。
が、シエスタの反撃がはじまる。

「でも、結局パレードはジェシカとなんですよね」

ぴく、とルイズの顔面が凍る。

「サイトの考えはどうあれ、民衆がどう思うかは結局変わらない」

口元が引きつる。

「そういえばそうよね」

目元に涙が浮かんでくる。

「サイトさんってスケベで雰囲気にも流されやすいですよね」

わなわな全身が震えだす。

「夜のパレードは雰囲気も満点」

口元があわあわ波立ってくる。

「ジェシカって子、危ない気がするわね」
「どどど、どうすればいいのよっ!?」

ルイズはキュルケに泣きついた。
タバサとシエスタは意地悪そうな顔をしている。
キュルケは、仕方ないなぁルイズくんは、と言いたげな顔でのたまう。

「諦めたら?」

タバサとシエスタはそれに激しく同意し、力強く何度も頷いた。

「ぜったいやだ!!」

ルイズは子供みたいにわめく。

「と言っても、実際のところどうしようもないわ。
サイトはあれでルイズ最優先に見えるけど、言い出したことは結局曲げないし」
「ぐぬぬ……」

ルイズは呻く。
そのあともあーだこーだという議論は続き、ワインに手が伸びて、結局気づけば翌朝になっていた。
具体的な打開策を見出すことなく、パレードの日を迎えてしまう。



[29423] 最終話之一 Another morning, Another world
Name: 義雄◆285086aa ID:b6606328
Date: 2011/09/08 23:19
F-1 生まれ変わった朝

朝日が昇り、鳥の鳴き声が聞こえる。
今日は魔法学院所属、水精霊騎士隊のめでたい日ということで授業は中止になっていた。
隊員はみな遅くに開催されるパレードに備えてゆっくりと眠っている。
才人も例外ではなく、いつもより二時間ほど遅い起床だった。
起きてからテントの中で身支度を整える。
甚平を改造した白い上衣を着、トリスタニアで無理言って仕立てた黒い馬乗り袴、白い足袋をはく。
だんだら羽織を身につけて、鉢がねを額に締める。
最後にシュヴァリエ・マントをまとえば準備は完了。
ここ最近のお気に入りスタイルだった。
気分が引き締まる、と才人自身が感じている。
服装のチェックを終えたころに、テントの入り口が開いた。

「おはようサイト……ってまたその服かい」
「おはようギーシュ、この格好はゆずれねぇ」

なんでこの良さがわからないかな、と才人はぼやく。
いつも通りの服装にシュヴァリエ・マントを羽織ったギーシュは、上から下までその服装を検分する。

「君の故郷のお祭りだっていうならそれが正しいんだろうけど。
女王陛下からダメ出しを受けたら脱いでもらうよ」
「大丈夫だ、すでに根回しはすんでる」

無駄に準備がいいのは日本人の証だと才人は信じている。
呆れた顔でギーシュはテントから離れる。
才人も続いて雪駄を履いて外に出る。
久々の太陽だった。

「晴れてよかったな」
「ああ、これも僕らの日ごろの行いの賜物だろうね」

快晴とまではいかない。
空には白い雲がぽつぽつ浮かんでいる。
だが雨の心配はなさそうだ。

「そろそろいこうか」
「まだ時間はあるだろ?」

ギーシュはいつも通りに薔薇を一振りする。

「応援団のみんなが待っている。
トリスタニアではなくアルヴィーズの食堂さ」

それと少し遅い朝食だね、とギーシュは続けた。
なるほど、と才人は頷いて歩き出す。
ふと、青空を見上げた。

「どうしたんだい?」

動く気配のない才人を訝しんで声をかけるギーシュ。
それに対して才人は思うままを答えた。

「いや、召喚された日の空に似てるなって」



アルヴィーズの食堂はごった返していた。

「す、すごいな……」
「話題性たっぷりだからね。
ほら、君は副隊長なんだからしゃきっとしないと」

色とりどりの人だかりに向かってズンズン歩いていくギーシュは隊長らしく堂々としていた。
その背中を少し猫背でついていく才人は副隊長のくせに雑用係に見える。

「隊長! 副隊長!!」

レイナールの叫び声に食堂中の視線が二人に突き刺さった。

「ギーシュさま!」
「サイトさま!!」

次の瞬間には二人の周りにゴンズイ玉のように女子生徒がたかってきた。
シュヴァリエを授与された二人の人気は水精霊騎士隊の中でも特に高い。
人ごみに飲み込まれた才人は、レイナールのあからさまにほっとした顔を見た。

「ちょ、どさくさにまぎれて髪をつかまないで!」
「どいてどいて! てか飯食わせろ!!」

ちょっとしたアイドル気分だ、しかも嬉しくない方向での。
二人は折角ビシッと決めた服装をよれよれにしながらも食卓についた。
折良くオスマン校長が食前の祈りの合図を出した。
水精霊騎士隊応援団はしぶしぶ自分たちの席に戻っていく。

「やれやれ、酷い目にあったよ」
「レイナール、俺らを売ったな」
「まぁまぁ、女性にもみくちゃにされる機会なんてめったにないじゃないか」
「そうだよ、ぼくには全然近寄ってこないくせにさ……!」

マリコルヌの言葉に会話が途切れる。
そして食前の祈りをささげ、朝食をはじめた。

「で、このあと王宮行くんだよな?」
「ああ、昼前に隊長と副隊長はマザリーニ枢機卿と最終打ち合わせがある。
僕らは夕方に王都行きかな」
「パレード後は王宮か……緊張するぜ」
「それまでぼくらも最終確認をしようよ、火の輪くぐりなんてはじめてだしさ」

他の隊員たちも思い思いにお喋りしながら食事をすすめている。
みな一様に緊張の色が顔に浮かんでいた。

「なんか、みんなすげー顔固まってるな」
「無理もないさ、こんな栄誉にあずかれる機会は滅多とない」

異世界事情にはまだ疎い才人にはよくわからない感覚だった。
ただ体育祭の旗手から夏祭りの神輿の上の人、くらいに認識をあげておく。
それでも全然足りていないことに若き英雄は気づくはずもない。

「ま、いいや。それより今は飯だ飯」
「うむ、がっつり食べて英気を養おう」

黙々と才人とギーシュは目の前の料理を片づけていく。
今日は色々と、あつくなりそうだった。
エネルギーを蓄えておくにこしたことはない。
水精霊四天王マイナス一は食べながらも打ち合わせに余念がない。

「問題はブリジッタが綺麗に飛び蹴りかませるか、だよな」
「その点は問題ない、彼女はマリコルヌ限定で非常に攻撃的になる。
あの状態ならきっちり決めてくれるだろう」
「ふふ、ぼく限定か。いい言葉だ。となると、馬車上まで飛べるかだね」
「抜かりはない、応援団に援護は頼んでいる。
数人の風メイジにレビテーションをかけてもらい、勢いよく押し出してもらうんだ」
「ああ、それだったら姿勢制御と攻撃に全力を傾けられるな」
「! でもスカートの中がどこの誰とも知らない平民に見られるかもしれない!」
「抜かりはない、と言っただろう?
レビテーションはスカート自体にもかけてもらう」
「おお、じゃあどんな体勢をとっても大丈夫、なのかそれ?」
「す、スカートにレビテーション……はぁ、はぁ」

本当に大丈夫かな、と才人は思った。



F-2 ファントム・ジェシカ

街の空気が浮ついている。
住民全員が心ここにあらず、といった様子で活気もあるにはあるが、どこか上滑りだ。
勿論それはジェシカも例外ではなかった。
買い物をすれば品数は余分に注文してしまう。
つり銭はこぼす。
何もないところで蹴躓く。
そして今。

「うわー、どうしよ……」

彼女は両手で頬を覆いながら自室をうろうろ歩いていた。
ややうつむいたその顔は困惑半分恥じらい半分だ。
今朝、才人は朝の買い出しに来なかった。
ジェシカは二日前からそのことは聞いていたが、それがかえっていつもと違う朝だということを強調している。
身体を動かさずにはいられない気分だった。

「あ~……もー」

服装はいつものエプロン姿、浴衣を着るのは本番直前だ。
壁に掛けてある藍色の浴衣をぼんやり眺める。
胸元には大きな白百合が、他にはところどころに白い朝顔が生地の上に咲いていた。

――お祭りとはいえ、白百合なんか使っちゃっていいのかしら?
いやサイトのことだからもうとっくに許可とってるんだろうなぁ……。

現在流通している浴衣、甚平は、それはもうさまざまな工夫が施されている。
だが、一つだけ禁止事項があった。
白百合をどのような形であれ使うことを禁じている。
トリステインの象徴を身にまとうのは不敬である、という理由からだ。
だが、パレードで主役に近い場所に立つジェシカだ。
特別に白百合を、しかも大きくあしらうことが許されていた。
これは勿論違う意味も持っている。

――パパからは寝てなさいって言われたけど……。

こんな調子では眠れそうにない、とジェシカは結論付けた。
いつものように、才人が来ていたときのように厨房で時間を潰そうと階段を下りる。
厨房にはスカロンがいた。

「あらジェシカ? 寝てなさいって言ったのに」
「ごめんパパ、緊張しすぎて寝れないわ」

ジェシカは魅惑の妖精亭でトップをはっているとはいえただの平民である。
大衆を前にすることが多い貴族とは肝の太さが違う。

「ふぅん、やっぱりサイトくん素敵だものね。
恋は若者の特権だわ、トレビアン!!」
「ちょ、ちが……」

不安げな一人娘に、スカロンはわざと違う解釈をしたような答えを返す。
ジェシカは噛みつくように言おうとしたが、できなかった。
スカロンは茶化すような言葉とは対照的に、眼差しだけは真剣だ。
それに対して彼女は嘘をつけなかった。
後ろ手を組んで左下を見ながら、ぽつりとこぼす。

「……違わないけどさ」
「トレビアン」

満面の笑顔で娘を褒める。
性別的には父だが、成長を喜ぶ母のようだった。

「でも正直サイトのことがわっかんないのよ!
あいつルイズのことが好きだったんじゃないの!?」

むきーっと一転頭をばりばりかきながらジェシカは叫ぶ。
スカロンは事情を才人から聞いており、すべてを知っている。

「あーなんか見えないくらいちっちゃい棘が指先に刺さったみたい!
微妙に痛いけどがんばってもとれなくって気持ち悪い感じ!!」

そして喚いている愛娘の魅力も十分よく知っている。
才人の流されやすさと節操のないところも知り抜いている。
今夜、ことを万全に運べば略奪愛も不可能ではない、ということも。

――ルイズちゃんは比較的まともな貴族、正々堂々奪い取っても横暴なまねはしないわ。
今夜一気にたたみこんで、サイトくんをジェシカに落とさせる!

ぐっと目の前で呻く娘には見えないところで握り拳をつくる。
ハルケギニアの平民は貴族の気まぐれで手折られることも少なくない。
娘の幸せを願う父は狡猾だった。
スカロンは少し高めのワインを二つのグラスに注ぎ、片方をジェシカに手渡した。

「ジェシカ」
「なによ……」
「今夜だけ、今夜だけは思いっきり素直に甘えて、楽しみなさい。
なんたって、お祭りなんだから!」

人差し指を立てながらバチコン! とウィンクを決めるスカロン。
見慣れたジェシカならまだしも一般人が見たら卒倒しそうな顔だった。
少しの間、沈黙が厨房に訪れる。

「……うん」

散々悩んだジェシカは結局素直に頷いた。
受け取ったワインはぐっと飲み干す。

「決めた! もーサイトの思惑なんて知ったこっちゃないわ!!
今日だけは好き勝手やってやろうじゃない!!」

ジェシカはふん! と鼻息荒く闘志を沸かせた。

「じゃ、部屋に戻って休みなさい。
今ならなんとか寝れそうでしょ?」
「ええ、おやすみパパ」

ぱたぱたと階段をのぼっていく。
スカロンもワインをぐっと飲み干してからよし、と気合を入れた。
サイト・ジェシカ・パレードの三重効果で客足は凄まじいことになるだろう。
夕方を見据えて、大量の料理の仕込みにかかるのだった。



F-3 そんな風にすごしたくない

遅い朝食後、才人、タバサ、ギーシュの三人は先行して王宮へ向かった。
残りの水精霊騎士隊とルイズ、ティファニアは夕方前にトリスタニアに着く手筈となっている。

「では、トリスタニア外周からブルドンネ街を通り、王宮へということで。
銃士隊隊長、魔法衛士隊隊長も警備体制の確認はよいですな?」

普段より比較的マシな顔色のマザリーニおじいちゃんが打ち合わせを締めにかかる。
会議の参加者は皆一様に頷いた。

「では、打ち合わせはこれで終了です。
各自、トリステインのためにも万全の態勢で臨んでください」

解散、とデムリ財務卿が号令をかける。
なんせ今回はガリア国女王、シャルロットが直々に参加する終戦パレードだ。
それだけでなく、クルデンホルフ大公国からはベアトリス公女の参加も決定している。
失敗は国としてのメンツを痛く傷つけられる。
ロマリアからの謀略を警戒しなくてはいけない今、国内外の不穏派に付け入られる隙は作るべきでない。

「おお、シュヴァリエ・ド・ヒラガ殿。
その節はお世話になりましたな」
「モット殿、もはや我らは同士と言っても過言ではありますまい。
ここはヒラガ殿、と呼ばせてもらってもいいかね?」
「え。え、ええ、いいですけど」

しかしそんな謀略知ったこっちゃねぇ! と言わんばかりの笑顔でモットは才人に話しかける。
そんなモットをデムリが諌めるかと思いきや、同じようないい笑顔でフレンドリーに話しかける。
才人は正直意味が分からなくて引いていた。
隣のギーシュも唖然としている。

「いやはや、では私もヒラガ殿と呼ばせてもらおう。
私もモット、でかまいませんぞ。
卿には以前は失礼をしましたな」
「では私もデムリ、と呼んでくだされ。
しかし、モット殿は以前からヒラガ殿と面識が?」
「恥ずかしい話ですが、女の取り合いですな。
ま、彼が男を見せて私が譲ったかたちになりますが」
「おお! ヒラガ殿がモット殿から女を奪い取れるほど剛毅だったとは。 
やはり英雄は違いますな、なにより若さが違う」

ははは、と笑いあう重鎮二人。
才人とギーシュはどうしよう、と顔を見合わせた。

「おっと、あまり話し込んではなんですな。
後日オスマン老も含めて四人、膝詰で語り合いましょうか」
「ええ、ではヒラガ殿、しっかり勤めてくだされ」
「は、はい! がんばります!!」

それ以外才人には何も言えなかった。
王国でも偉いはずの大人二人ははっはっは、と笑いながら廊下へ消えていく。
どっと疲れがやってきた才人は肩の力を抜いた。

「さ、サイトすごいね。
昔やりあったモット伯と仲直りするどころかすごい仲良しさんじゃないか」
「いや……俺もしょーじき意味が分からねぇ」

才人はトリステイン三羽烏から浴衣の一件が非常に高く評価されているとは知らない。
ひたすらに首を傾げるだけだった。

「失礼、よろしいかなシュヴァリエ・ド・ヒラガ殿」

そこにまた凛々しい声がかかった。
二人が振り返ると長身の年若い貴族が佇んでいた。
ギーシュも才人も見覚えがある顔だった。

「カステルモールさん」
「お久しぶりですな」

青年貴族は涼しげな笑みを浮かべた。
才人とギーシュもつられて笑う。

「水精霊騎士隊にはシャルロット女王陛下がお世話になっていると聞く。
ガリアを代表して礼を述べさせていただく」
「いえ、僕らは当然のことをしているまでです」

あつくお礼の言葉を言うカステルモールにギーシュは軽く返した。
そして才人は余計なことを言った。

「そうですよ、タバサは妹みたいなもんだし」

ピシ、と空気が凍った。

「……卿は今なんとおっしゃったかな」
「え、タバサは妹みたいって」

才人は空気が読めなかった。
ビキッと大気が固まる。

「……シュバリエ・ド・ヒラガ殿」
「あ、はい?」

ここにいたってようやく才人は場の空気に気付いた。
なんかカステルモールさんがオーラを発している。
地響きがどこからともなく聞こえてきそうなほどの威圧感だった。

「卿は何もわかっていない」
「わかってませんすいません」

才人はペコペコ頭を下げた。
こういった手合いに対して真っ向からはむかうと相当痛い目に合う。
関係ないのにギーシュまでペコペコ頭を下げだした。

「いいですか、心して聞いてください」
「はい聞きますすいません」
「傾聴しますすいません」

コメツキバッタのように頭を下げる二人の前でカステルモールは大きく息を吸う。
そしてゆっくりと吐き出し、キッと大真面目な顔を作った。

「シャルロット陛下は娘みたいなのです!」

――なのです、なのです、なのです……――

人がいなくなりはじめた会議室に奇妙なエコーが響いた。

「よろしい、この機会を利用して卿にも理解を深めていただこう。
我らガリア王国の”シャルロット女王陛下を娘と呼ぶ会”代表バッソ・カステルモールが僭越ながら教授を務めさせていく。
時間はよろしいですか? まぁなくてもとっていただきますが。
ではまず第一章、陛下の外見から」
「え、ああ、はい」

――ハルケギニアのイケメンってロリコンばっかなんだ。
だってあの髭ワルドもロリコンだったし。

才人は現実逃避に走った!
しかしカステルモールは追撃をはじめる。

「陛下の身長はご存知ですか?
そうです、142サントです。まず、このほどよい大きさが実にいい。
これが高すぎると悲惨なことになってしまいます。
人によってはもっと低い方がいい、という意見もありますがこれ以上の成長をのぞめるか、それともとまるか、というハラハラ感があの高さにはあると私は考えています。
なのでその意見に対しては否定的意見を取らざるを得ません。
外見と言えば髪も重要ですね。目の覚めるような青髪はガリア王家の正統であることを示し、どこか物静かな印象を与えます。そしてショートボブというのがまたいい。たとえばロングヘアーならどうなるか。
髪色と相まって物静かすぎる印象を与えてしまいます。というわけでショートボブは女王陛下にとって最適な髪形と言っても過言ではないでしょう。
ここまではよろしいですね?
では次にその胸のサイ「黙れ」」

ズゴン、とワリとやば気な音が響いた。
ガリア女王らしい青いドレスを身にまとったタバサがカステルモールをその王杖でぶん殴っていた。

「迷惑をかけた」
「いや、なんというか、助かったよ」

タバサはそのままカステルモールをずるずる引き摺って行った。

「……すごかったな」
「ああ……」

ガリアは前途有望なようだ。
あの様子なら例え入れ替わりを仕掛けられても次の瞬間には気づきそうだ。
さて、ずいぶんと時間がたっているため会議室は閑散としていた、というか才人とギーシュ以外には一人しかいなかった。

「あれ、姫さま?」
「アンリエッタ女王陛下、どうなされたのですか?」

アンリエッタは一人、椅子に腰かけたまま動いていなかった。
視線は一点に固定されていて身じろぎひとつしない。

「すぅ……すぅ……」
「……」

二人は本日何度目になるかわからないが、顔を見合わせた。

「俺ら、結構大声で喋ってたよな?」
「まぁ普通なら目覚めるだろうね」

じっとアンリエッタを見つめる。
目は開きっぱなしだ、瞬きする様子すらない。

「起こす?」
「僕にはとてもできない」

果たして座りながら目を開きながら、おそらくすんごい疲れて眠ってしまった女王を叩き起こすことができる人材がどれほどいるだろうか。
ご多分に漏れずギーシュにはできなかった。
才人にもできなかった。

「……そっとしておこう」
「ああ……」

マザリーニ枢機卿に声をかけておこう、と二人は決めた。
そして静かに会議室を後にした。



F-4 Spicy Goose

「っつあ~、なんか疲れたー」
「そうだね、流石に王宮は少し緊張するよ」

さて、静かに城を出た二人は魅惑の妖精亭に来ていた。
詰所なんかよりもよっぽどくつろげる店内でぐだぐだ時間を潰していた。

「そういえば、ここで君は料理を練習しているとか?」
「おう、厨房借りて色々やってるぜ」
「実は僕も料理に興味があるんだ、ヤキトリの作り方を教えてくれないか?」

この提案に才人は目を丸くした。
貴族は料理なんかしない、男ならなおさらしない。
コイツは何を言い出すんだ、という顔をしてしまう。

「そんな意外そうな顔をしないでくれ。
少し思うところがあってね」

ギーシュはちょっとむくれながら言う。

「アルビオンのときにね、ニコラという優秀な副官を得たんだ。
彼が言うには簡単なものでもいいから、指揮官が料理を振舞えば士気が上がるそうだ。
特に陸軍付きの平民はね」

旨ければなおいいそうだ、とギーシュは続ける。
貴族は料理をしない、という大前提がある。
その前提に逆らって平民に料理を振舞えばどうなるか。
バカにされる可能性もあるが、大抵は距離感が縮まる。
例えそれがマズくても円滑な部隊運営につながる。
料理が旨ければ信頼さえ得られる。

「というわけで、ソースさえあれば焼くだけのヤキトリを学びたい、と思ってね」
「ギーシュ……マジメに考えてたんだな」
「それはそうさ、卒業すれば僕もグラモン家の一員として従軍するのだから」

ああ、と才人は心中で呻いた。
この楽しい時間があと半年しかないということを思い出してしまった。

「わかった、そういうことならきっちり教えてやる。
ソースを作るのは材料調達が難しいから塩のねぎまにしようか」
「ああ、まかせるよ」

二人で厨房に忍び込む。
才人はスカロンに断って竈を一つ借りた。

「男のてりょーり!
ではギーシュ君、鶏肉をさっくり切ってください。
一口サイズくらいで」
「よしきた、イル・アース・デル、錬金!」

わざわざギーシュは錬金でマイ包丁を作り出して調理にかかった。

「いや、なんつーか無駄じゃないかそれ?」
「何事も修練さ」

意外と慣れた手つきで鶏肉を切るギーシュ。
自分の指をさっくりやる心配はなさそうだ。

「次、ネギをさっくり一口サイズに切ります」
「よしこい!」

ころころ転がるネギをさくさく切り刻む。

「次、串にさします!」
「ふっ、この瞬間を待っていた……。
覚えているかいサイト?
数日前のマリコルヌを、生焼けだった彼のヤキトリを!」

才人はほわほわと第十二話あたりのことを思い出した。
確かに、マリコルヌだけ生焼けだった。

「そこでこのギーシュは考える。
串を金属製にすれば熱が伝わる、と!
というわけでイル・アース・デル、錬金!」

ギーシュは竹串から青銅の串を生み出す。
なんというか、本当に魔法の無駄遣いだった。
そのままさくさく交互にネギと鶏肉を刺していく。

「……まぁいいか、塩を振って遠火にあてる!」
「Oui、Capitane!」

そのままじっくりねっとり火にかける。
やがて鶏肉から脂が浮きだし、ネギもしんなりしてくる。
厨房中に焼けた肉の匂いが立ち込める。
それを感じ取った才人はゴーサインを出す。
青銅の串が熱くなっているだろうから、ギーシュはキッチンミトンを装備した。

「うむ、なんかガントレットっぽいなコレは」
「お前がそれでいいならいいけどさ」

ひょいひょい串を回収して皿に並べる。

「というわけで、男の手料理完成!」
「完成!!」

二人はばんざーい、と両手を挙げた。

「さて、ここで問題に気付いたわけだが」
「どうしたかね、サイト副隊長殿」
「青銅って毒あったっけ?」

いやな沈黙が厨房を満たした。

「サイト、先いいよ」
「ギーシュ、料理人は味見の義務があるぞ」
「普段世話になってるから譲ってあげようというんだ」
「いやいや、隊長は何事も率先してやるべきだ」

譲り合いの精神を二人は発揮したが発揮しすぎてダメだった。
見かねたスカロンが言葉をかける。

「青銅に毒なんてないわよ。
平民は普通にお鍋に使ってるんだから」
「あ、そりゃそうか」
「まったく、君は何も知らないな」
「お前が言うなよ」

やれやれ、と互いに肩をすくめる。
自然に手が伸びて串を握る。
少し熱かった。

「じゃ、いただきます」
「むぐ……」

うん、と二人して頷いた。

「悪くない、どころか」
「いやはや流石僕だね。
多才すぎて自分の才能が怖いよ」
「言ってろ」

そのままもしゃもしゃ焼き鳥を食べる。
あっという間に一本食べきってしまった。
後片付けをしながら取り留めもなく話を続ける。

「これなら塩さえあればなんとか作れそうだね」
「ああ、ところでこの串どうするんだ?」
「……とっておきたまえ」
「なんじゃそりゃ」

と言っても才人はハルケギニアのゴミ捨て事情には詳しくない。
串は洗って、だんだら羽織に縫い込んだ内ポケットにしまっておいた。

「よっし、これでお料理はおしまい、っと」
「これからどうしようか?」
「流石にこんだけじゃ腹が不安だ、ブルドンネ街で買い食いしようぜ。
スカロン店長、ありがとうございました」
「ありがとうございました」

スカロンが熱心に仕込みをする中、二人は厨房を後にした。


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