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「引きこもり」するオトナたち
【第80回】 2011年9月8日
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池上正樹 [ジャーナリスト]

ともに生き残るか、それとも一緒に死ぬか――
大津波の犠牲になった引きこもり母子「究極の選択」

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 次男(29歳)も2階から降りてきたので、母親が「津波が来るから逃げよう」と声をかけた。しかし、次男は何かを言って、再び2階に上がっていった。

 長男は、いつでも逃げられるよう、車のエンジンをかけて待つことにした。しかし、母親が家からなかなか出て来ない。

 津波は、予想した以上に大きかった。自宅は、海岸から2キロほど内陸部にある。しかし、長男が見たときには「拡大コピーしたような」大波が、家々を飲み込みながら、すぐそこまで迫っていた。

 「津波だ!逃げろ!」

 長男が、そう叫ぶと、母親だけ家から飛び出て、長男めがけて駆け寄ってきた。

 「津波が来たら、もう車では逃げられないと思っていたんです。母親はそれまで、家の中にいました。でも、(逃げようとしない次男を)説得していたのかどうかは、私にはわかりません」

 飼っていた柴犬の手綱を引っ張り、10mくらい走って、ちょっとした高台に駆け上った。高台に向かう途中、犬は高台とは別の方向に逃げて行った。

 振り返ると、波は左右から土煙を舞いながら押し寄せていた。高台から母親に手を差し出して、足を取って引き上げた瞬間、波が母親のすぐ足元を通り過ぎて行った。 

 その高台に古い家があったので、長男は母親と一緒に窓を開けて、家の中に飛び込んだ。すでに家の住人は逃げた後だった。

 しかし、水位がどんどん高くなって、身体が水に浮かんでいく。長男が屋根裏に頭突きすると、木が割れて、屋根の上に首を突っ込んだ。後を追うように母親も頭突きして、屋根に上がることができた。

 2人は、ひと息ついて、屋根の上で話をした。長男の目の前で、次男のいる家は、波に飲まれて崩れていった。

 「じゃあ、仁也は死んだね」
 「竜馬(飼い犬)も死んだね」

 そんな話をしながら、2人は家ごと沖のほうへと流されていった。

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池上正樹 [ジャーナリスト]

1962年生まれ。大学卒業後、通信社の勤務を経て、フリーに。新聞、月刊誌、週刊誌で、「心の問題」「住環境」などの社会問題をテーマに執筆。1997年から「ひきこもり」を巡る取材を始める。著書は、『ドキュメント ひきこもり~「長期化」と「高年齢化」の実態~』(宝島社新書)、『「引きこもり」生還記』(小学館文庫)など。2011年6月には最新刊『ふたたび、ここから~東日本大震災、石巻の人たちの50日間~』(ポプラ社)を上梓。


「引きこもり」するオトナたち

「会社に行けない」「働けない」――家に引きこもる大人たちが増加し続けている。彼らはなぜ「引きこもり」するようになってしまったのか。理由とそうさせた社会的背景、そして苦悩を追う。

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