全国ニュース

最終更新:2011年09月06日(火) 23:53

菅前首相、原発事故への対応を語る

 「首都圏全部が避難しないといけなくなる可能性もありました。国そのものが、機能をはたして維持できるのかと考えたときに、本当に背筋が寒くなりました」(菅前首相)

 総理の座を退いてから5日。その表情は、どこか晴れやかでした。

 「あそこでヘリにだいぶ乗ったなぁ」(菅前首相)

 日本のリーダーとして直面した大震災。批判を浴び続けた原発事故への対応。退任後、初のカメラでのインタビューで菅前総理がすべてを語りました。

(Q.原発の事故は人災だったとお考えですか?)
 「準備をしていなかったことによって、事故が非常に拡大した。そういう意味では、人災ですね。首都圏全部が避難しなければならない可能性もありました。本当に背筋が寒くなりました。3000万の人が避難することは、国そのものが機能を維持できなくなる、国として成り立たなくなるというギリギリの崖っぷちだったと思っています」(菅前首相)

 そして、菅前総理は原発が制御不能に陥った際の不安を初めて吐露しました。

 「24時間官邸にいたんですけど、いろいろなことを考えました。どこで止まるんだろう、どこでいい方向に向かうのか、さらに悪い方向に向かうのか。事故発生の1、2週間くらいは、そういう状況がかなり続きました」(菅前首相)

 一方で、原発事故対応への批判についてはこう語気を強めました。

(Q.原子力安全・保安院は「3月12日未明にもメルトダウンが起こる可能性」と官邸に伝えたと?)
 「よく調べてみてください。官邸という言葉はまさに建物なんです。総理というのは私。私のところには(報告が)あがってきていません。まさにそれが問題。(私が)知っていることを公開しなかったことはありません」(菅前首相)

 「居座り」との批判を受けながらも原発事故対応に執念を燃やした菅前総理。インタビューの最後には、将来に道筋をつけたと自負をにじませた。

 「あらゆることが後追いになったり、当然伝えるべきことが伝わっていなかったり、そういう混乱がずっと続きました。『新たな原子力行政体制を作ろう』ということで細野氏を原発担当大臣にして、本当に厳しい経験も含めて、機能しなかったという経験も含めて、そういうことに将来ならないようにするにはどう変えていくかということにすでに着手しているわけです」(菅前首相)
(06日17:16)

2011年09月06日(火) 17:41

県内ニュース

最終更新:2011年09月06日(火) 21:52

全国ニュース

最終更新:2011年09月06日(火) 23:53

社会

県内のお天気

新潟県の天気 新潟県の週間天気

お天気を詳しく見る


ページの先頭へ戻る