きょうの社説 2011年9月8日

◎禅文化発信 「大拙館」生かし官民一体で
 金沢市で10月18日にオープンする「鈴木大拙館」は、ふるさとの禅文化を発信する 拠点にもなる。開館へ向け、輪島市門前町のまちづくり協議会が地元の總持寺祖院や永光寺(羽咋市)、大乘寺(金沢市)などに大拙館を加えた「禅の道」のモデルコースづくりに乗り出したが、大拙館を生かす民主導の動きは心強い。

 大拙館は「ZEN」をキーワードに海外との交流ネットワーク構築をめざしているが、 世界へ目を向けるだけでなく、足元の宗教土壌を見つめ直すことも大拙を理解する大きな手掛かりになる。

 自治体施設だけに宗教としての「禅」、あるいは「座禅」については、どこまで踏み込 むか、政教分離との兼ね合いで難しい面もある。禅文化発信については民間の力を引き出し、官民一体で取り組むのが望ましいだろう。

 北陸には、曹洞宗大本山永平寺(福井県永平寺町)や明治期まで大本山だった總持寺祖 院など、曹洞宗の名だたる古刹が存在する。一宗派としては日本最大規模を誇る曹洞宗は、北陸から全国展開した教団である。古くから白山信仰と結びつき、近世には加賀藩前田家の支援を受けた寺も多い。そうした宗教土壌が大拙に与えた影響は計り知れず、大拙館の開館はふるさとの歴史や宗教文化にあらためて光を当てることになる。

 北陸では金沢市など3県の6市町が「禅文化」発信研究チームをつくり、主に観光振興 の視点から広域滞在プログラムなどを検討してきた。禅宗は建築的な価値の高い寺院が多く、観光拠点になりやすい。茶道、庭園、料理、美術など禅に関係する文化も多彩である。

 これまでの取り組みも、鈴木大拙という大きな存在を生かして内容をさらに充実させて ほしい。大拙館でその人物像や禅の世界に関心を抱いた人が、若き日の足跡をたどったり、修行体験、座禅体験ができるような受け皿づくりは急務である。

 世界に仏教や禅の精神を広げた大拙の知名度は欧米では日本人の中で群を抜いていても 、地元では十分ではない。大拙館開館を機に、出身地にふさわしい拠点化を着実に進めていきたい。

◎中国が「白書」発表 領土外交は変化するのか
 中国漁船衝突事件の発生から1年の節目に合わせるかのように、中国国務院が「中国の 平和的発展」と題する白書を発表した。領土や海洋権益をめぐる周辺国との紛争を対話で解決する姿勢を強調する内容で、南シナ海と東シナ海周辺の「平和と安定を守る」と明記している。来年は日中国交正常化40周年でもあり、野田佳彦首相の訪中で関係改善が図られることが期待されるが、中国外交の本質や行動様式が今後、白書の示す方向に大きく変化するとみることはできない。

 政府がもっと深刻にとらえる必要があるのは、中国の漁業監視船2隻が8月下旬、尖閣 諸島周辺の日本領海に侵入したことである。昨年の漁船衝突事件以来、中国の監視船はひんぱんに尖閣周辺の接続水域に出没していたが、領海侵犯は初めてである。南シナ海での中国の行動パターンからみても、大変由々しい事態である。

 中国、フィリピン、ベトナムなど複数国が南沙諸島などの領有権を争う南シナ海で、諸 島の実効支配を先に進めたのはベトナムなどであった。しかし、軍事力と経済力を増した中国はその後、自国の漁船保護を名目にした漁業監視船の出動を常態化することで逆に実効支配を進め、南シナ海のほぼ全域を「内海」扱いするに至った経緯を認識しておきたい。

 中国の白書と同時に発表された英国際戦略研究所の2011年版「戦略概観」は、漁船 衝突事件とその後の中国政府の威圧的な外交を例に挙げ、中国は「国際的な規範に異議申し立てをするのが当たり前になった」と指摘している。領土をめぐる中国の行動については、歴史上の最盛期の版図の回復を志向し、国際法を無視する傾向があるとされる。対中国外交を進める上で、そうした指摘を等閑視することはできない。

 中国との「戦略的互恵関係」の構築で努力することはむろん、その一方で、領海侵犯の 外国船を排除できる国内法の整備も検討しなければなるまい。領海内の「無害通航」は国際法で認められているが、「無害でない通航」の防止措置も各国に認められている。