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FC 第三節「白き肌のエンジェル」(9/7第30話微修正)
第三十話 Falling from the moon ~月から舞い降りた乙女~
※この演劇は「竹取物語(かぐや姫)」を参考にしています。(話の内容は変えてあります)



<ルーアン地方 ジェニス王立学園 講堂>

これから始まる演劇のために暗くされた講堂。
開演のブザーが鳴り、幕が引き上げられる。
観客の前にステージ上の林の中に見立てられたセットがさらされた。
ステージの中央には目立つように黄金の樹が置かれていた。
黄金の樹を見た観客から歓声と拍手が起こった。
そして斧を持ったハンスがスポットライトを浴びながら舞台袖から歩いて出て来る。
木こりは中年の男性と言う設定なので、ハンスは付けひげを付けていた。
男子生徒が出て来ると同時にアスカのナレーションが入る。

「昔ある所に、木こりのハンスと言う男が居ました。彼は木を切り倒して様々な木工品を作る事で生計を立てていました」

木こり役のハンスが黄金の木に近寄ると、根元には赤ん坊をイメージした人形が置かれていた。

「おや、この子は……?」

ハンスは赤ん坊を拾い上げて周囲を見回すが、辺りに人の姿は無い。
困り果てたハンスはその赤ん坊を家へと連れて帰る事にした。

「きっとこの赤ん坊は子供が出来ない私達夫婦を憐れんで、女神エイドス様が授けて下さったに違いないわ」

ハンスから話を聞いた妻のジルは、自信たっぷりにそう言い切った。

「どうしてそう思うんだい?」
「だって、あなたがいつも木を切りに行く林の中に居たんでしょう」
「なるほど、それもそうだな」

ジルの話にハンスも納得したようにうなずいた。
そして再び状況を説明するためのアスカのナレーションが入る。

「拾われた赤ん坊は、夫婦にとても可愛がられて育てられました。そしてハンスが木を切りに山に入る度に、黄金の樹が生えているようになりました。金色に輝く珍しい木工品を売ってハンスの家はだんだんとお金持ちになって行きました」

ナレーションが終わると、ステージを照らすライトが消えてセットや配役の変更が行われた。
ライトが点いた時、大きな屋敷の室内のセットの真ん中には白いドレスをクローゼが立っていた。
そのクローゼの姿に観客達から再び拍手が巻き起こる。
そして、アスカのナレーションで場面の解説がされる。

「16年の時が経ち、赤ん坊はとても美しい少女に成長しました。養夫婦は少女を家の外に出さないほどに大切にしていました。少女は高名な神官に格調高い名前を付けてもらいましたが、それを短くして”クローゼ”と呼ばれる事を望みました」

ステージでは、クローゼの成人を祝って宴会が行われていた。
養父のハンスと養母のジルもとても嬉しそうにしている。

「クローゼの美しさの評判は世間に広まり、身分の高い人も低い人もクローゼに恋焦がれ、妻にしたいと思うようになりました。しかし、クローゼは屋敷の奥深くの部屋に隠れて滅多に人前に姿を見せません。城壁をよじ登って中を覗き込んでも、クローゼの姿を見る事は出来ませんでした。みんなクローゼの姿を一目でも見ようとハンスの屋敷の周りで見張っていました。中には長い間泊まり込む人まで居ました。屋敷に仕える人達にクローゼへの伝言を頼んでも取り合ってくれません。本気でクローゼの事を好きではなかった人達は、そのうち諦めて帰ってしまいました」

アスカのナレーションの間、ステージは暗転して場面の切り換えが行われた。
ステージが明るくなった時、ハンスとジル、クローゼと向かい合う形で立っていたのはエステルとヨシュアの2人だった。
演じる役のためにエステルは男装していた。
状況を説明するためにアスカのナレーションが始まる。

「ですが、2人の貴公子だけはクローゼの事を諦めませんでした。その2人の姿を見て、ハンスとジルはクローゼに言いました。私達はここまで育てる事はできた、しかし、私達も年老いてしまった。いつまでも一緒に居てあげたいが、人間いつかは死んでしまう、それは叶わない。ここは一つ信頼できる男性と結婚して私達を安心させて欲しいと。育ててくれた恩もあるので、クローゼは断りきれませんでした。それにクローゼは自分の実の子供のように可愛がってくれた養父母の事が大好きだったのです。クローゼは2人の貴公子と会う事にしました」

アスカのナレーションが終わると、立っていたエステルにスポットライトが当てられた。
エステルはクローゼに向かって礼儀正しく一礼すると、自己紹介を始める。

「私はブライト家のエリオットと申します。今日はクローゼ様にお目にかかれて光栄です」

次に隣に立っていたヨシュアにスポットライトが当てられた。
ヨシュアは髪をかきあげる仕草をして、少し気障きざな感じでクローゼに一礼すると、同じく自己紹介を始める。

「僕はアストレイ家のヨシュアでございます。今日の出会いに感謝致します、麗しきクローゼ様」

自己紹介を終えたエリオット(男装したエステル)とヨシュアの2人は、クローゼの前で自分の特技をアピールし始めた。
エステルが見事な棒術を披露すると、観客達から拍手と歓声が起こる。
そして、その興奮が冷めやらぬうちにヨシュアはハーモニカで『星の在り処』を吹き始めた。
柔らかく優しい旋律が講堂の中を満たすと、観客達は静かに目を閉じてヨシュアの演奏に聞き惚れた。
演奏が終わると、今度はしっとりとした感じの拍手が起こった。
アピールを終えたヨシュアは、クローゼに向かってひざまずいて告げる。

「どうです、クローゼ様。私の愛の深さが分かっていただけたでしょうか」
「何を言う、クローゼ様への愛の強さなら私も負けてはいない!」

怒った顔のエステルが話に割って入った。
問い掛けられたクローゼは困った顔でエステルとヨシュアに答える。

「私にはあなた方のどちらの方が優れているか、劣っているかなんて決める事は出来ません……」

すると、今度はヨシュアとエステルの間で言い争いが始まる。

「それでは、古来よりの作法にのっと決闘デュエルで勝負を決めることに致しましょう」
「望む所よ、どっちが強いか見せてやろうじゃない!」

すっかりいつもの口調で話してしまっているエステルに、観客からも失笑がもれた。
しかしエステルとヨシュアの戦いが始まると、緩んだ空気は吹き飛び、講堂は緊迫した空気に包まれた。
遊撃士だからこそ出来る本物の武器を使った真剣勝負。
短い双剣を持つヨシュアはエステルの懐に斬り込もうとする。
エステルは長い棒を振り回してヨシュアを近づけないようにする。
お互いの武器がぶつかる音が講堂に響き渡る度に、観客はゴクリとつばを飲み込んだ。
ヨシュアは左右に揺さぶりを掛けてエステルの側に近づこうとするが、エステルは間一髪でヨシュアをはね退ける。
戦いが長期化すると、今度はヨシュアの方が息を切らし始めた。
エステルの振りまわす武器がヨシュアを追いつめる!
しかし、2人の戦いはクローゼの声によって止められる。

「止めてください、これ以上私のために争わないで下さい!」

クローゼに言われたエステルとヨシュアは武器を収めてクローゼの方を向いた。
ジルが心配そうな表情を浮かべてクローゼに尋ねる。

「そうは言うがクローゼ、お前の相手を決めないわけにはいかないんじゃないかい?」
「それでは、私が望む物を持って来て下さい。それを見て、私は結婚のお相手を決めましょう」
「なるほど、それは名案だ。それなら恨みっこなしだ」

クローゼの案に、ハンスも強く賛成をした。
話をハンスから伝え聞いたエステルとヨシュアも納得したようにうなずいた。
納得したエステルとヨシュアの様子を見てクローゼはエステルに向かって話す。

「それでは、エリオット様には霧深い山に潜んで人々を恐れさせている竜を退治して、その竜の角を取って来て頂きましょう」
「……竜ですか?」

クローゼの言葉を聞いて、エステルは驚いて目を見開いた。

「私の夫となるには勇気を示して頂かなければなりません。それとも、竜が相手では恐いのですか?」
「そんな事はありません、竜なんか簡単に倒してご覧に入れましょう」

クローゼが尋ねると、エステルは堂々と胸を張って答えた。
エステルが条件を飲むと、今度はクローゼはヨシュアに向かって話し掛ける。

「ヨシュア様には遥か西の海を越えた黄金の国にあると言う、黄金のリンゴを取って来て頂きます」
「雲をつかむような話ですね」

クローゼの話を聞いたヨシュアはあきれた顔をしてつぶやいた。

「あなたに英知があれば見つけられると思います。それとも、探そうともしないで諦めますか?」
「いえ、クローゼ様がおっしゃるのならきっと存在するのでしょう。探し出してみせますよ」

クローゼに尋ねられると、ヨシュアは柔らかい笑みを浮かべて優雅な仕草でうなずいた。
そしてエステルとヨシュアは屋敷の外へと出て行った。
2人が居なくなった後、ハンスはクローゼに尋ねる。

「どうしてそんなに出来そうもない事を言うんだ。そんなにまでして、結婚をしたくないのか?」
「いえ、お父様、決してそのような事はありません……」

疑うような目を向けるハンスに、クローゼは弱々しく否定した。

「あなた、エリオット様とヨシュア様のお帰りを待ってみようではありませんか」

ジルはハンスをそう言って説得したのだった。
そして舞台は暗転し、背景セットはハンスの屋敷の中から霧に包まれた山の中へと変化した。

「エリオットは早速竜が住むと言われる山へと登りましたが、なかなか竜は見つかりませんでした。竜は滅多に人前に姿を現さないのです」

アスカのナレーションが流れている間、棒を構えたエステルは辺りを見回す仕草をしていた。

「うーん、何かを退治して帰らないとクローゼ様に合わせる顔が無いなぁ」

エステルが山の中を歩き回る演技をすると、背景は朝、昼、夕方、夜、夜明けと何回も切り替わって行った。

「どうしてもクローゼと結婚したいと思っていたエリオットは諦めずに山の中に居ました。そのウワサを聞いたヨシュアはエリオットを蹴落とすための策略を思い付きました」

アスカのナレーションが終わると、舞台袖からヨシュアはエステルの背後に姿を現し、そっと大きな角を置いて去って行った。
振り返ったエステルは、置かれた角を見ると驚いて拾い上げる。

「こ、これはきっと竜の角に違いない! でも、竜はいったいどこへ?」

エステルが周囲を見回しても竜らしき生き物の姿は無い。

「しかしクローゼ様は竜の角を持ってくれば良いと言われた。これを持って行けばすぐにでも結婚を許していただける!」

エステルは嬉しそうに興奮した様子で山を降りて行った。
そしてステージは暗転し、アスカのナレーションが入る。

「エリオットは真面目でしたが、少し知識に疎い所がありました。エリオットはヨシュアの企み通り、水牛の角をクローゼの所へ退治した竜の角として持って行ってしまったのです。怪しいと思ったクローゼがエリオットが出会ったはずの竜について尋ねると、エリオットは口ごもってしまい何も答える事が出来ませんでした。エリオットは山で偶然拾った角である事を白状し、クローゼに許してもらうように頼みましたが、クローゼはエリオットの話を聞こうともしませんでした。エリオットはそれ以上何も言う事が出来なくて、屋敷を出て行きました」

アスカのナレーションが流れている間、セットの組み換えが行われ、再びステージがライトで照らされた。
すると、今度の舞台はガラス工房の様だった。
状況を説明するため、アスカのナレーションが流れる。

「ヨシュアは策略でエリオットを蹴落とした後、国王様に西の海を渡り新大陸へと行くと言って港を出港しました。港にはクローゼの家に仕える人々もたくさん見送りに行きました。しかし、黄金郷の国など存在するはずがないと思っていたヨシュアはこっそりと地元の街へと戻っていました。そして人々の目に触れないように工房を作って、細工職人達を雇って招き入れました。ヨシュアは家の財産をつぎ込んで材料の黄金を集めて、秘密の工房で細工師達に黄金のリンゴを作らせました」

ヨシュアは出来上がった黄金のリンゴを細工師役の男子生徒から受け取ると、満足したように微笑む。

「クローゼ様から聞いたのと、寸分違わぬ出来だな」
「はい。中も純金で出来ていますから、偽物だとばれるはずもありません」
「そうだな」

ヨシュアは細工師の言葉にうなずくのだった。

「それからヨシュアは珍しい品物を取り寄せ、西の大陸から航海をして戻ってきたように装いました。実際に船を海に数ヵ月浮かべてくたびれさせるなど、ヨシュアの策略には抜け目がありません。ヨシュアが黄金のリンゴを持って戻ってきた事を家の者から聞いたクローゼは、このままでは自分は結婚させられてしまうと思って胸を痛めました」

アスカのナレーションの間、セットの変更が行われ、場面はハンスの屋敷の中へと切り替わった。
長旅で疲れた服装をしたヨシュアは堂々とした姿でクローゼに黄金のリンゴを献上した。
その様子を見たハンスは上機嫌でクローゼに告げる。

「ヨシュア様こそ真の勇者、このような方に嫁ぐ事は幸せこの上ない事だろう」
「はい……」

クローゼは浮かない表情でハンスの言葉に答えた。

「さっそく、婚礼の儀をとり行わなければなりませんね」

ジルも嬉しそうに言ってクローゼの結婚式の手配をしようとした。
しかしその時、ハンスの屋敷へ侵入者が現れ、クローゼとヨシュアの間に割って入った。
その侵入者は、ヨシュアが黄金のリンゴを作らせた細工師達だった。
余裕を持っていたヨシュアの顔色がさっと青ざめる。

「無礼な、お前達は、何者だ!」

ハンスに問い掛けられ、細工師達のリーダーは口を開く。

「私達はヨシュア様に命じられてその黄金のリンゴを作りました」
「何だと!?」

細工師達のリーダーの言葉を聞いたハンスは驚きの声を上げ、クローゼの顔がパッと明るくなる。
そしてクローゼは勝ち誇ったような笑みでヨシュアに告げる。

「この私に偽物をつかませてだまそうとするなんて、あなたの愛が偽物なのだと証明されましたね」

ヨシュアは何も言い返す事が出来ず、悔しそうな顔で屋敷を立ち去った。

「あなた達には感謝致します。良く真実を告白して下さいました。私はもう少しであの不届きな者に騙されて結婚する所でしたわ」

クローゼは嬉しそうにそう言うと、細工師達にたくさんの褒美を与えて帰した。
そして画面は暗転し、アスカのナレーションが始まる。

「この後しばらくして、ヨシュアの姿も、細工師達の姿も知り合いの前からすっかり存在を消してしまい、2度と現れなかったそうです」

アスカのナレーションの後、明るくなったステージに姿を現したのは、王子の格好をしたシンジだった。
エステルとヨシュアよりも身分の高そうな服装をしたシンジに、観客達からの拍手と歓声が投げ掛けられる。
そして、ここからナレーションの声はアスカからヨシュアへと変わる。

「クローゼの評判は、国王様の息子の王子様にまで届きました。エリオットとヨシュアが自分の身を滅ぼしてまで求婚したクローゼはどんなに美しい女性なのかと王子様は気になりました。ハンスの家に使者を出してクローゼを城にまで連れて来させようとしました。しかしクローゼは使者の求めに応じず、家を出ようとしませんでした。怒った使者は城に帰って王子に命令に従わないクローゼを死刑にしてしまうように進言しました。王子はさすがにそこまでするのはかわいそうだと言って、使者をなだめました。そして王子はハンスに貴族の位を与えてハンスにクローゼを城に連れて来させようと考えました」

ヨシュアのナレーションが終わると、スポットライトを浴びて立っていたシンジは舞台袖へと引っ込み、ステージ全体が照らされて、ハンスの屋敷の中の場面になった。
ハンスはクローゼの手を引いて連れ出そうとするが、クローゼは抵抗する。

「どうして、このような名誉ある王子様の申し出を断るんだ」
「私はお城にお仕えする気はありません。どうしてもと言うのなら私は自分で命を断ちます」

ハンスの言葉にクローゼがキッパリと言い切ると、ハンスは困った顔をしながらもクローゼの手を放した。

「この子は山の中で拾われた子だから、普通の子と感覚が違うんだろうね。王子様にもそう話すしかないよ」

ジルはため息を付きながらハンスをそう言ってなだめた。
そしてステージの照明が落とされ、ヨシュアのナレーションによる状況説明が始まる。

「どうしてもクローゼの姿を見たくなってしまった王子は、ハンスの屋敷まで自分から行く事にしました。部下の策により、王子は狩りの途中を装いハンスの屋敷の庭先を通り掛かる事にしました。そしてハンスの方もクローゼに月が綺麗だからと庭で月を眺めるように勧めました」

ヨシュアのナレーションが終わると、淡いライトに照らされたクローゼの横顔の幻想的な雰囲気に観客達からも感嘆のため息がもれた。
ステージ全体が明るくなると、そこはハンスの屋敷の庭で、暗かった空間に王子役であるシンジが立っていた事が明らかになる。

「ああ、ウワサ通りの何て美しい方なんだ」

シンジはクローゼを見つめるとそうつぶやいた。
シンジの姿を見たクローゼは屋敷の中に戻ろうとするが、シンジはクローゼの手をつかんで引き止めた。

「待ってよ、どうして僕の気持ちに応えてくれないんだ!」

シンジの質問にクローゼは背中を向けたまま答える。

「私がこの国で生まれた人間ならば王子様の命令に従わない理由はありません。ですが、私はそうでは無いので王子様にお仕えする事は出来ません」
「僕はどうしても君を連れて行きたい」

シンジがクローゼをつかむ手に力を込めてそう言うと、クローゼは大きな声で叫ぶ。

「お止め下さい! それならば私は舌をかみ切って死ぬ覚悟でございます」
「わ、分かったよ。君を連れて帰るのは諦める。だけど、せめて君の顔を見る事だけは許してくれないか」

シンジが慌てて手を放してそう言うと、クローゼはゆっくりとシンジの方へと振り返った。
しばらくの間、シンジとクローゼは見つめ合った。
そして名残惜しそうにしながらも、シンジはクローゼの前から立ち去った。
暗くなるとヨシュアのナレーションが始まる。

「王子はクローゼと会う機会を作ってくれたハンスに感謝してたくさんのご褒美をあげました。それから王子とクローゼはときどき会うようになりました。それから数年経った頃から、クローゼは空に浮かぶ月を眺めては悲しそうな顔をするようになりました。クローゼに仕える召使いが尋ねても、クローゼは理由を話しません。親であるハンスやジルが尋ねても同じでした」

ヨシュアのナレーションが終わり、舞台はそのままハンスの屋敷の庭になった。
月を眺めるクローゼが悲しそうに声を上げて泣いている。
召使い達はどうしたらよいか分からず遠巻きにクローゼを見つめていた。
慌てた様子でハンスとジルがクローゼに近寄って尋ねると、クローゼは涙をふきながらハンスとジルに話し始める。

「ずっと前から話そうと思っていたのですが、話せばお父様とお母様を嘆き悲しませる事になるだろうと思って黙っていました。でも、もう時間が無いのでお話しなければなりません。私は事情があって月の国からやって来たのです。そして私が月に帰らなくてはいけない時が迫って来ました。この月の15日に月の国から迎えがやって来て、私は避ける事が出来ず帰る事になるでしょう」

クローゼはそう言うと激しく泣いた。
話を聞いたハンスは悔しそうに声を荒げて嘆く。

「あんなに小さかった子を自分の背に並ぶ位にまで育てたのに、誰が迎えに来ると言うんだ、許さない」
「そうよ、そんな事をされてしまっては私が死んでしまうわ」

ジルも泣きながらそう叫んだ。
観客席からもすすり泣く声が聞こえた。

「私は月の国にいる父と母の顔を知らず、お父様とお母様を本当の両親の様に思っていました。ですから月に帰るのが嬉しいはずはありません」

クローゼもハンスとジルと抱き合って一緒に泣いた。
そして舞台は暗くなり、ヨシュアのナレーションが始まる。

「この話を聞いた王子は、クローゼと少し会っただけの自分でさえなかなか忘れる事は出来なかったのに、毎日のように顔を合わせているご父母の悲しみはどれほどのものか、と考え、たくさんの兵士を引き連れてハンスの屋敷に向かいました」

ナレーションが終わり、明るくなるとたくさんの騎士役の男子生徒達がステージを埋め尽くしていた。
観客達からも驚きと期待の歓声が上がる。

「これほどの人数が居れば、月の国の兵士に負ける事は無いでしょう」
「ありがとうございます、これなら安心です」

王子役のシンジが堂々と言い切ると、ハンスは安心したような表情になって感謝した。
しかし、クローゼは悲しそうな顔でハンス達に話す。

「私を守って戦おうとしても、月の国の方々には勝てません。弓矢で射ようとしてもそれは無理な事でしょう。それに月の国の方々がいらしたら、戦おうとする気持ちすらなくなってしまうでしょう」
「私達からクローゼを奪おうとする者なんて、ひっ捕まえてさらし者にしてくれるわ」

クローゼの言葉を聞いてジルは怒りに燃えた顔でそう言い放った。
そんなジルをなだめるようにクローゼは優しい口調で話し掛ける。

「そんな恐ろしい事をおっしゃらないで下さい。お父様、お母様、今まで私に優しくしてくれたご恩をお返しもせずにお別れするのが何よりも悲しいです。ここ数日の間も、もう少しだけこちらに居させて頂きたいとお願いしたのですが、聞き入れて頂けませんでした。お父様、お母様が天寿を全うするまでお側に居られないのが何よりも心残りでございます」
「悲しい事を言わないでくれ、月の国の使者がどんな強さであろうと、お前を連れて行かせたりはしないぞ」

ハンスは怒った顔でそう言うと、月をにらみつけた。
そしてステージは暗くなり、ヨシュアのナレーションが始まる。

「クローゼ達が別れを惜しんでいる間に、約束の時が来てしまいました」

ステージがまぶしい程の照明の光に包まれ、光が治まった時にはステージに月の国の使者役の女子生徒達が現れていた。
その演出に観客達から拍手が起こる。
騎士達は突然現れた月の使者達に攻撃を仕掛けるが、矢は外れてしまい、剣ははじき返されてしまう。
月の使者達が騎士達に人差し指を向けて魔法のようなものを唱えると、騎士達は気絶してバタバタと倒れ込んでしまった。
そしてステージ上にはクローゼを乗せるための馬車が姿を現した。
王侯貴族が乗るような立派な装飾がされた馬車だ。
さらに屋敷を取り囲む月の国の使者の行列の間から、月の女王役のアスカが出て来ると、観客達からどよめきが起きた。
黄色いドレスに身を包んだアスカはクローゼとは違う魅力を持っていた。

「ハンス、出て来なさい!」

アスカが命じると、反抗的だったハンスも操られているかのように屋敷から出て来てアスカの前にひれ伏した。

「この大バカ者、お前は誠実な人間だったから助けてあげようとクローゼを預けたのに、多くのお金を得たら人が変わったようになってしまった。クローゼは罪を科せられたために、下界に降ろされたのだ。罪を償う期間は終わったのでこうして迎えに来ているのに、邪魔をするとは何事ですか。早くクローゼを連れて来なさい」
「私達はクローゼを育ててもう20年近くにもなります。どうか愛しい我が子を私達から奪わないで下さい」

アスカの言葉を聞いて、ハンスはそう言って頼み込んだが、アスカは返事をしない。
そんなアスカの前に立ち塞がったのはシンジだった。

「クローゼは僕が守る、お前なんかに渡すもんか!」
「この愚か者、あれだけの差を見せつけられながらもまだ歯向かう気ですか!」

そしてステージ上ではシンジとアスカの戦いが始まった。
お互い得意な武器は導力銃だったのだが、この場はシンジが剣、アスカは槍を使って殺陣たてを演じた。
2人とも遠距離武器だけでは無く、接近戦用の武器を使えるようになりたいとエステルとヨシュアに頼んで指導を受けていたのだ。
腕は未熟だったが、それは2人のコンビネーションで補ってカバーした。
シンジが剣を振って奮闘しても、だんだんとアスカの槍に追い詰められて行った。
そしてシンジとアスカの戦いを制止したのは、屋敷から出て来たクローゼだった。

「止めてください! 私は月の国へと帰りますから、これ以上私のために争わないで下さい!」
「さあクローゼ、私達の国へと帰りましょう」

クローゼの姿を見たアスカは、クローゼにそう呼びかけた。
クローゼを引き止める事はもう無理だと分かったハンス達は声を上げて泣き始めた。
そのハンスの姿を見たクローゼはハンスに近づき、優しく声を掛ける。

「お父様、私も立ち去るのは辛いのです。せめて、私が月へと帰って行く姿だけでも見送って下さい」
「嫌だ、こうなったら私達もクローゼについて行って月まで追いかけるぞ」

ハンスがわがままを言うと、クローゼの心も揺れ動いて困った顔になった。
アスカはクローゼの前にそっと薬の入った壺を差し出す。

「その薬をお飲みなさい。そうすれば下界の汚れもすっかり清める事が出来るでしょう」
「ごめんなさい、少しお待ちください」

クローゼは首を横に振って薬を飲むのを拒否すると、シンジの方を向いて話し始める。

「こんなにたくさんの方を遣わしてまで私を引き止めようとして下さったお気持ちはとても嬉しく存じ上げます。私が王子様の求めに応じられなかったのも、この様な事情があったからなのです。ご納得できない事だろうと思いますが、私の事を無礼な者だと心に止めて下されば幸いです」

クローゼは黙ったままのシンジにそう言い終ると、アスカの方を向いた。
しかし、クローゼはもう一度シンジの方を振り返って叫ぶ。

「私も、あなたの事が好きでした! 決して結ばれない運命だと知っていても!」
「クローゼ!」

シンジが叫ぶ目の前で、クローゼはアスカから渡された忘却の薬を飲み干した。
するとクローゼから悲しみの表情が消え、クローゼはあっさりと馬車に乗り込んでアスカ達と一緒に月へと帰って行った。
ステージが暗転すると、観客達も深いため息をついて講堂の中は静まり返った。
そしてヨシュアのナレーションが語られる。

「ハンスとジルは、とても悲しんで病に伏せってしまいました。王子様も食べ物がのどを通らないほど悲しみ、好きだった琴も弾かなくなってしまいました。王子様は臣下に尋ねました、この国で一番空に近い山はどこか、と。臣下が山の名前を答えると、王子様は騎士を引きつれてその山へと登りました」

ステージが再び明るくなると、場面は山の中になっていた。
騎士達が見守る前で、シンジは空に向かってクローゼの愛を訴えかける。
陽が沈んでもシンジはクローゼへの愛の言葉を空に向かって話し続けた。
すると空が光り、辺りは激しい光に包まれた。
空から淡い光に包まれた純白のドレスを着たクローゼがゆっくりと降りて来ると、観客達から激しい拍手が湧き起こり、講堂の中は拍手と歓声の轟音でいっぱいになった。
忘却の薬を飲んでも、クローゼはシンジへの思いを消せなかったのだ。
下界を眺めて悲しむクローゼの姿を見て、ついにアスカの方が根負けしてシンジの居る下界で暮らす許可を出したのだった。
クローゼとシンジは嬉しそうな笑顔になって抱き合い、見守る騎士達も拍手で祝福する。
そして幕が下り、物語は終わった。



<ルーアン地方 ジェニス王立学園 生徒会室>

演劇が終わり着替えたエステル達は生徒会室で休憩を取った。

「いやあ、今回の劇は大成功だったな」
「うんうん、ラストの場面なんかお客さんがすっかり引き込まれていたわね」

ハンスの言葉にジルは同意してうなずいた。

「それにしても、ヨシュアの悪役の演技は上手かったよね。実はヨシュアって悪い性格だったりして」
「勘弁してよ」
「あはは、冗談だってば」

エステルは笑い飛ばして、ヨシュアの微妙に影がある表情には気が付かなかった。

「でも、クローゼのお姫様の姿は本当にハマり役だったな」
「そんな、私なんか大した事ありません」

ハンスに褒められて、クローゼは顔を赤くしてうつむいた。

「クローゼとシンジはお似合って感じがしたわよ、このまま付き合っちゃえば? アスカもそう思うでしょう」

ジルがアスカに尋ねると、アスカは何かをこらえるように体を震わせながら無理やり笑顔を浮かべて答える。

「そ、そうね、シンジとクローゼはお似合い……ね……」

アスカはそう言うと、暗い顔をして生徒会室を飛び出して行ってしまった。

「アスカさん!?」

クローゼが驚きの声を上げた。
シンジは出て行ったアスカを追いかけようと、生徒会室を出て行こうとする。
しかし、そのシンジをクローゼが引き止める。

「シンジさん、アスカさんを……お願いします」
「うん」

クローゼが自分の気持ちをこらえてそう言うと、シンジはうなずいた。

「クローゼさん、ごめん」

シンジはクローゼに謝ると、クローゼの手を振り払って生徒会室を出て行った。
シンジが出て行った後、クローゼの体から力が抜け、クローゼは床にしりもちをついた。

「シンジさんの心の中ではアスカさんがいっぱいで、私が入る隙間などありはしないのですね」
「クローゼ、あなたが気持ちをしっかり伝えれば、シンジ君だって振り向いてくれるかもしれないわよ」

心配して声を掛けたジルに、クローゼは笑顔を作って見せる。

「良いんです、シンジさんに私のわがままを言って困らせたくはありません」
「うーん、劇の配役は違う方が良かったのかな」
「月の女王を希望したのはアスカなんだから、しょうがないじゃない」

ハンスのつぶやきに、ジルはそう答えた。
様子を黙って見ていたエステルは悲しそうな顔でポツリとつぶやく。

「誰かを好きになるって、辛い事もあるんだね」
「そうだね」

エステルの言葉に、ヨシュアはうなずいた。



<ルーアン地方 ジェニス王立学園 旧校舎>

生徒会室を飛び出したシンジは、わき目も振らず文化祭でにぎわう校舎を抜けて旧校舎へと向かった。
アスカは人目を避けた場所に居ると思ったからだ。
シンジの予想通り、アスカは旧校舎の崩れ落ちた塀に背中を向けて座っていた。
静かにアスカに近づいたシンジは優しくアスカに声を掛ける。

「アスカ」
「シンジ!?」

シンジに声を掛けられたアスカは驚いて立ち上がった。
そしてすねた表情になってシンジに言う。

「こんな所に居ないで、クローゼの側に居てあげたらどうなの? アンタにはクローゼみたいな優しい子が恋人になった方が良いのよ」
「アスカは本当にそう思っているの?」

シンジがアスカの目を見つめて尋ねると、アスカは表情を崩して泣きながらシンジに抱きつく。

「アタシは……シンジの隣にずっと居たいの……だから……アタシを置いて行かないで」
「うん、クローゼさんの気持ちは分かったけど、ごめんなさいって断ったよ」

シンジの言葉を聞いたアスカは驚いて体を離してシンジに問い掛ける。

「それって本当なの? シンジがクローゼを振ったなんて信じられないけど」
「うん、これからもずっとアスカの側に居るよ、一緒に遊撃士になろうって約束したじゃないか」
「そうよね、勝手に居なくなるなんて承知しないんだから!」

アスカは笑顔になって再びシンジに抱きついた。
そのアスカとシンジの姿を旧校舎の陰から眺める銀髪の少年と水色の髪の少女の姿があった。

「どうやら2人とも、素直に自分の気持ちを打ち明けられたようだね」
「本当に良かったわ」

少年の言葉に、少女は嬉しそうにうなずいた。

「それにしても、この場面を用意するのは手間が掛かったよ」

少年は少しウンザリとした感じでため息をついた。
いくら旧校舎が人気が無いと言っても無人だったわけではない。
旧校舎で昼寝をしていた学生、駆け落ちしていたカップル、悲しそうな顔で旧校舎に向かうアスカを見てナンパをしようとして居た青年などは少年と少女によって排除されていたのだった。
少女は抱き合っているアスカとシンジの姿を見て、嬉しそうにつぶやく。

「私達は講堂でのお芝居には参加できなかったけど、この旧校舎でのお芝居には参加できたから、楽しかったわ」
「それなら僕はナレーションでもしようか」
「悪乗りするのは止めて。私達の任務はこの旧校舎に誰も近づけない事」
「はいはい、分かってるよ」

少女と少年はしばらくの間、旧校舎の見張りを続けた後、誰にも気づかれる事無く帰って行ったのだった。
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