FC 第三節「白き肌のエンジェル」(9/7第30話微修正)
第三十一話 ダルモア市長襲撃事件! そして明かされた陰謀
<ルーアン地方 ジェニス王立学園 生徒会室>
シンジとアスカが照れた顔をしてエステル達の居る生徒会室に戻ると、ヨシュアとエステルは安心した笑顔を浮かべる。
「よかった、仲直りしたんだね」
「あたし、アスカは家族としてシンジの事を好きなんだと思ってた。でも、それだけじゃなかったんだね。あたしってそう言う方面には鈍感だから、気が付いてあげられなくてごめんね」
「ううん、素直な態度になれなかったあたしも悪かったのよ」
凹んだ顔でため息を吐いて謝ったエステルを、アスカは明るい調子で答えて許した。
シンジはジルとハンスとクローゼの姿が見えない事に気が付いてヨシュアに尋ねる。
「ハンス達はどこへ行ったの?」
「学園長先生に呼び出されてね、学園長室へ向かったよ」
「何かあったの?」
「さあ、心当たりが無さそうだったけど」
ヨシュアの答えを聞いて、アスカが尋ねると、ヨシュアはそう答えた。
「じゃあみんな揃ったし、学園長室に行ってみようよ」
「そうだね」
エステルの提案にヨシュアは賛成した。
しかし、アスカとシンジは少し気まずそうな顔になる。
「アタシ、クローゼとどう顔を合わせたらいいのか分からないわ」
「僕もあんな事があった後だからね」
そんなアスカとシンジをエステルは笑顔で励ます。
「大丈夫だって、あたし達とクローゼは友達なんだから」
「まったく、竹を割ったような性格のエステルがうらやましいわ」
アスカはそう言って笑うのだった。
エステル達が学園長室に入ると、なんとそこには涙を流すテレサ院長がコリンズ学園長達に囲まれて立っていた。
泣いているテレサ院長の姿を見たエステルは驚いて尋ねる。
「テレサ先生、いったいどうしたんですか!?」
「ごめんなさいエステルさん、私はとても嬉しくて泣いているのです」
「どういう事ですか?」
ヨシュアが尋ねると、ハンスがテレサ院長の代わりに答える。
「凄いんだよ、コリンズ学園長の提案で学園祭に来た人達から孤児院を助けるために募金をしたんだけど、なんと100万ミラも集まったみたいなんだ」
「100万ミラ!?」
ハンスの言葉を聞いたアスカは驚きの声を上げた。
「そこでその予算を使って市の方で孤児院を再建する事になったのだよ」
「本当にありがたい話です」
ダルモア市長が説明すると、テレサ院長は感激して何度も頭を下げた。
「これでテレサ院長やクラム君達とまた一緒に居る事が出来るんだね」
「良かったじゃない」
「はい」
シンジとアスカが声を掛けると、クローゼは笑顔でうなずいた。
<ルーアン地方 ジェニス王立学園 正門>
学園祭も終わり、エステル達は帰ろうとするテレサ院長と孤児院の子供達、ダルモア市長を正門まで見送りに行った。
マノリア村に帰るテレサ院長達の護衛はシェラザードが、ルーアン市に帰るダルモア市長の護衛はルーアン支部所属の遊撃士カルナが護衛を引き受けた。
「シンジ、ヨシュア、誰だよあの美人は? あんな知り合いが居るなら俺にも紹介しろよ」
シェラザードの姿を見たハンスは興奮した様子でシンジ達に声を掛けた。
「まったく男ってやつはだらしがないんだから」
面白くなさそうな顔でジルははしゃぐハンスの姿を見た。
そして、胸元の大きく開いた服を着て褐色に肌が焼けているシェラザードの姿を見るとため息をついてつぶやく。
「まあ、色気が感じられる大人の女性って所は否定できないわね」
「ふふ、かわいい坊やね」
「生徒会副会長、ハンスです! よろしくお願いします!」
シェラザードが薄笑いを浮かべながらハンスに声を掛けると、ハンスは嬉しそうに顔を赤くしてあいさつをした。
ハンスがシェラザードを相手にデレデレしていると、導力銃の発射音が辺りに鳴り響く。
驚いた事に導力銃で空砲を撃ったのはカルナだった。
「時間が圧しているんだ、私達は先に行かせてもらうよ」
「すみませんでした」
カルナの鋭い眼光ににらみつけられたハンスは冷汗をかきながら謝った。
「カルナ、あんたも大人気ないじゃない」
「ふん、どうせ私は色気の無い女だよ」
シェラザードが苦笑しながらそう言うと、カルナは不機嫌そうな顔で鼻を鳴らした。
「では私はこれで失礼するよ」
「はい、ルーアンまでの道中、お気を付け下さい」
「心配はない、寄付金の入った袋は遊撃士の方が守って下さいますからな」
クローゼの言葉に、ダルモア市長はそう答えて悠然と去って行った。
そしてエステル達はテレサ院長やクラム達とも別れを告げる。
「今日はとっても楽しかった。劇もとっても面白かったぜ! シンジ兄ちゃんは本物の王子様みたいだった!」
「ありがとう」
クラムに褒められて、シンジは笑顔を浮かべてお礼を言った。
テレサ院長もあらためてエステル達にお礼を述べる。
「火事の件ですっかり落ち込んでしまった子供達も、こうしてとても元気になってくれました。さらに孤児院を建て直す資金まで下さるなんて。いくらお礼をしてもしきれないぐらいですわ」
「じゃあ今度あたし達が孤児院に寄った時、チーズケーキをご馳走してよ」
「ええ、喜んで」
「まったくエステルってば食い意地が張っているんだから」
「アスカもでしょ」
シンジがアスカにそうツッコミを入れると、大きな笑いが起こった。
そして、シェラザードに付き添われてテレサ院長と孤児院の子供達はマノリア村に向けて出発する。
「クローゼ姉ちゃん、またな!」
「うん、またね!」
「またね」と孤児院の子供達とあいさつが出来て、クローゼは本当に嬉しそうだった。
しかしそんな時、ルーアン市に向かったはずのダルモア市長が息を切らせてやって来る。
「た、大変だっ!」
「市長さん!?」
血相を変えたダルモア市長の姿を見て、エステルは驚きの声を上げた。
ダルモア市長の説明によると、カルナとルーアン市への帰路を歩いている途中に黒装束の男達に襲われたのだと言う。
黒装束の男達はカルナを気絶させると寄付金100万ミラの入った袋を奪って逃げて行ったらしい。
「カルナさんは無事なの?」
「分からない、私はこうして逃げて来るのが精一杯だったのだ、すまない」
アスカに尋ねられて、ダルモア市長は辛そうな顔をして答えた。
「じゃあ、カルナさんを助けに行かないと!」
エステルがそう言って正門を飛び出して行った。
ヨシュア達は慌ててエステルの後を追いかけた。
「私も孤児院の子達をマノリア村に送り届けたら後から追いかけるから、無理するんじゃないわよ!」
シェラザードがエステル達の背中に向かって大声で呼び掛けた。
「ああ、なんと言う事でしょう……」
エステル達が飛びだして行った後、テレサ院長はそうつぶやいて倒れ込んでしまった。
「テレサ先生!?」
「うわっ!?」
クローゼとクラムが驚きの声を上げた。
「これはいかん、テレサ院長を医務室へ」
「はい」
コリンズ学園長がそう命じると、ジルとハンスはテレサ院長の体を支えて医務室まで連れて行こうとする。
「すいません、ご迷惑を掛けて……」
「疲れが出たんじゃろう、今はゆっくりと休みなさい」
か細い声で謝るテレサ院長に、コリンズ学園長はそう言った。
悲しみに打ちひしがれる孤児院の子供達の姿を見ていたシェラザードは、静かな闘志を燃やしてクローゼに話し掛ける。
「エステル達の後を追いかけるわよ」
「はい、シェラザードさん」
クローゼはシェラザードの瞳を見つめ返してしっかりとした口調で返事をすると、正門を飛び出してシェラザードと共にエステル達の後を追いかけるのだった。
<ルーアン地方 メーヴェ海道>
エステル達が森を抜けると、海岸沿いの街道に気を失って倒れている遊撃士のカルナを見つけた。
カルナの姿を見つけたエステル達は慌ててカルナに駆け寄った。
「どうやらカルナさんは強力な睡眠薬をかがされたみたいだ」
「睡眠薬!?」
倒れているカルナの脈をとったヨシュアの言葉に、アスカは驚きの声を上げた。
「うん、カルナさんの体からかすかに漂って来る匂いからしても間違いないと思う」
「それで、カルナさんの命に別条はないの?」
「ただ眠らされているだけだ。多分、後遺症とかも無いタイプだよ」
心配そうに尋ねたシンジの質問にヨシュアが答えると、エステル達は安心してため息をもらした。
カルナの安全が確保されたエステル達は襲った人物達の痕跡を探すが何も見つからなかった。
「悔しい、カルナさんを襲った黒装束の男に関する何も証拠を見つけられないなんて!」
「仕方無いよ、それよりもカルナさんをギルドまで連れて行かないと」
シンジがそう言ってアスカをなだめていると、ジェニス王立学園の方からシェラザードとクローゼが向かって来た。
不思議に思ったエステルがクローゼに尋ねる。
「あれ、もうテレサ先生達を村まで送って来たの? 早かったわね」
「違うんです、実は……」
クローゼがテレサ院長が倒れてしまい、孤児院の子供達は学園の寮に泊まる事になった事を説明すると、アスカは怒りに体を震わせる。
「テレサ先生をそんなに悲しませるなんて、犯人は絶対に許せないわ!」
その場に居たエステル達も気持ちは同じだったが、落ち着いて気絶したカルナをルーアン市の遊撃士協会へと運ぶのだった。
ルーアン支部の遊撃士協会の受付に居たジャンは気絶したカルナを連れて姿を現したエステル達を見て驚いた。
驚くジャンにエステル達は事情を説明してカルナを協会の2階の部屋に寝かせてもらった。
そしてジャンを交えてエステル達は協会の受付で市長襲撃事件について話し合った。
「うーん、市長が見たって言う黒装束の男達だけど、ルーアン市では目撃情報がないなあ」
「市長さんは黒装束達の男は自分を追いかけて来ないでルーアン市の方へ行ったから自分は助かったと話していたけど、どういうことかしら」
ジャンの話を聞いたシェラザードが考え込んだ仕草でそうつぶやいた。
すると、協会の外に出ていたクローゼがジークを肩に乗せて入って来る。
「みなさん、ジークが市長さん達が襲われる場面を目撃していたようなんです」
「何だって!?」
クローゼの言葉を聞いたシンジは驚きの声を上げた。
そしてクローゼはその場に居るエステル達に説明を続ける。
「市長さんを襲った犯人は、レイヴンの人達だそうです。先ほど倉庫街の方へ戻って行くのもジークが目撃しています」
「やっぱり、怪しいと思ったのよね」
「ちょっとアスカ、市長さんの証言よりこんな鳥の与太話を信じるわけ?」
クローゼの話を聞いてつぶやいたアスカにシェラザードがあきれた顔で声を掛ける。
「ジークは凄いんですよ、学園祭で迷子になった子の両親を見つけたりしたんですから」
シンジはそう言ってシェラザードに反論をした。
「他に手がかりも無いんだ、ここは1つ、調べてみてはもらえないかな?」
「ジャンまで何を言い出すのよ」
シェラザードはジャンにそう言い返したが、他に打開策が無かった事もあり、シェラザード達はレイヴン達の居る倉庫街へと向かうのだった。
<ルーアンの街 倉庫街>
「やっぱり、カルナが街の不良達ごときに後れを取るとは思えないのよ」
渋々と言った感じでシェラザードは倉庫街へ行く事を了承したのだが、まだ疑っている様子でそうつぶやいた。
「居酒屋でシェラ姉に会った時もレイヴンのやつらは相当ビビっていたもんね」
「また取り調べればはっきりするわよ」
シェラザードとエステルの話を聞いて、アスカは気合たっぷりにそう言い放った。
エステル達がレイヴン達が根城とする倉庫に近づくと、やけにテンションの高い笑い声が中から聞こえて来る。
どうやらレイヴン達は派手に騒いでいる様子だった。
アスカはあきれた顔でつぶやく。
「まったく、いい気なものね」
「また、驚かせてやりますか」
シェラザードは自信満々にそう言って倉庫の中へと一番乗りを果たした。
しかし、レイヴン達はシェラザードの姿を見て怯えるどころか平然としている。
「何だぁ俺達の邪魔をするとはいい度胸じゃないか」
「そうだそうだやっちまえ」
「覚悟しろよー」
「何よこいつら、イッてしまっているわ!」
逆に得体のしれないレイヴン達の様子に恐ろしさを感じたのはシェラザードの方だった。
襲われそうになったシェラザードのピンチに、エステル達も倉庫の中へと突入した。
狂った様子のレイヴン達は明らかに戦闘能力が向上していた。
エステルが振り回す棒も力ずくではね退け、ヨシュアよりも動きが早い。
しかし、ジークがレイヴン達の動きを乱すように飛びまわると、アスカとシンジはレイヴン達が直線的な動きしかできない事に気が付いて導力銃でレイヴン達を上手く誘導した。
レイヴン達がおびき寄せられた所にクローゼとシェラザードの範囲アーツ攻撃が炸裂した。
「痛い、痛てえよー」
「か、体が動かねえ」
強烈な烈風に体を浮かせられ、床に叩きつけられたレイヴン達は悲鳴を上げてのたうち回るうちに理性を取り戻して行った。
重傷を負ったレイヴン達にエステル達が手当てを施すと、レイヴン達は素直にシェラザードの事情聴取に応じた。
レイヴン達は港で黒装束に身を包んだ謎の男に「強くなれる薬」を貰ったのだと言う。
その薬を飲んだ後から気持ちが大きくなり倉庫で騒いでいたのだった。
そしてどんな相手にでも勝てる気がしていたので、シェラザード達にも襲いかかってしまったのだと言うのだ。
レイヴン達の話を聞いたアスカがつぶやく。
「それじゃあ、カルナさんを襲ったのはレイヴンじゃないって事?」
「薬をレイヴン達に与えた黒装束の男って言うのが怪しいわね。レイヴンの服装は割合簡単に真似できるみたいだしね」
「なるほど、レイヴンに変装してさらに追跡するジークの目をごまかしたわけですね」
シェラザードの推理を聞いて、ヨシュアは感心してつぶやいた。
「それじゃあ、その黒装束の男をやっつけに港に行きましょう!」
「そうだね、逃げられないうちに急ごう!」
エステルの言葉にシンジもうなずき、エステル達は夜の帳に包まれたルーアンの街を港に向かって駆けて行った。
<ルーアンの街 ルーアン港>
エステル達がルーアンの港に着いた時、黒装束の男が青い髪の青年と話していた。
青い髪の青年の姿を目撃したクローゼは驚いた顔になる。
「あの青い髪の方は、市長秘書のギルバードさんです」
「えっ、どうして市長秘書がこんな場所に居るのよ」
クローゼの言葉を聞いたアスカが驚きの声を上げた。
「そんなの直接聞けばいいじゃない」
エステルはそう言って武器を握る手に力を込めた。
「待ちなさい、ここはあいつらのやり取りを聞いて情報を集まるのよ」
シェラザードがそう言ってエステルを止め、エステル達は物陰に隠れて黒装束の男とギルバードの話を聞く事にした。
「ふふ、これでいざとなったら罪をまたレイヴンのやつらにかぶせる事が出来る」
「なかなか考えたものだな」
青い髪の青年が笑みを浮かべると、黒装束の男はつぶやいた。
「お前の姿を目撃したあの遊撃士の証言から、バレる事は無いんだな?」
「安心しろ、たとえ目を覚ましていても何が起こったか一切覚えていまい。それに俺はレイヴンの服装をしていたからな」
「そ、そうだよな、ははは!」
黒装束の男が答えると、青年は愉快そうに笑った。
「声が大きい、誰かに聞かれたらどうする」
「す、すまない」
黒装束の男に指摘されると青年は謝った。
「それで、約束通りこの袋は報酬としてもらって構わないんだろうな?」
「ああ、正直100万ミラは惜しいが、口止め料とでも思ってくれ」
100万ミラと聞いて、エステル達は寄付金の入った袋の事だと思った。
「しかし分からんな、こんな手まで使ってどうして孤児院を潰そうとするんだ?」
「ふふ、それは市長の壮大な計画が関係しているのだよ」
黒装束の男が尋ねると、ギルバードは胸を張って答えた。
「計画だと?」
「市長は景観の良いあの沿岸の土地一帯を高級別荘地にして国内外の貴族の方々に売却しようと考えておられるのだよ」
「なるほど、それであの孤児院が邪魔になったか」
「ああ、ガキ共の騒ぎ声が聞こえるだけで別荘地としての価値は半減するからね」
ギルバードはまるで自分が偉いかのように黒装束の男にダルモア市長の計画を披露した。
「……そんな理由で孤児院のみんなを苦しめたんですか」
「何だ君は!?」
「クローゼっ!」
耐えきれずに物陰からクローゼが飛び出してしまった!
クローゼの姿を見たギルバードが驚きの声を上げた。
驚いたシンジが思わず叫んだ。
「私達の思い出を焼き尽くして灰にして……子供達から笑顔を奪ったその行為、断じて許すわけにはいきません!」
「まさか、市長が黒幕だったなんてね……!」
「さああんた達、覚悟はできてるんでしょうね!」
クローゼに続けて、アスカとエステルが姿を見せると、ギルバードは動揺して黒装束の男に命令する。
「しまった、姿を見られた、こうなったらあいつらを皆殺しにしろ!」
ギルバードに言われた黒装束の男はエステル達に向かって剣を構えた。
「さあ、相手をしてやろう」
「いくらアンタが強いと言っても、6人が相手じゃ不利なはずよ」
「いや、きっとはったりじゃないよ」
アスカの言葉に、ヨシュアがそう答えた。
すると、黒装束の男はアスカに向かって突進して来た!
ヨシュアとシェラザードが2人掛かりで黒装束の男の攻撃を防ぐ。
「ほらアスカ、気を抜くんじゃないわよ!」
シェラザードがアスカに注意を促した。
「ほう、俺の攻撃に反応する事が出来たか、なかなかやるな」
黒装束の男は感心したようにつぶやくと、後ろに飛び退いてエステル達と距離を取る。
そして、エステル達は黒装束の男を追い詰めようと前進した。
「おっと、こいつの命が惜しかったら動かずにいるんだな」
すると、黒装束の男は短剣を取り出し、ギルバードののど元に突き付けた!
「な、何をするつもりだ! 僕は雇い主だぞ!」
「契約は先ほど終了したはずだ」
うろたえるギルバードの問いに黒装束の男はそう答えた。
「そんな下手な演技が通用すると思っているのかしら?」
シェラザードがそう言うと、黒装束の男はギルバードの腕を斬りつけた。
血が噴き出して、ギルバードはパニックに陥る。
「うわあ、血が、僕の腕がああっ!」
「ちっ、本気みたいね」
シェラザードは悔しそうな顔で舌打ちをした。
「しばらく後ろに下がってじっとしていてもらおうか」
黒装束の男がそう言うと、エステル達は手出しができず、にらみつけるしかできなかった。
「そろそろ迎えが来る時間だな」
黒装束の男はそうつぶやいた。
すると、黒装束の女性が乗って来た小船が近づいて来て接岸した。
「今日は遅刻はしなかったようだな」
黒装束の男性の言葉に、黒装束の女性は黙って頭をかく仕草をした。
そして黒装束の男性が乗ると小船はゆっくりと岸から離れて行く。
「逃がさないわよ! こうなったら、あたしも飛び込んで捕まえてやる!」
「止めなよエステル、夜の海で潮の流れで沖に流されたら助からないよ」
後を追いかけようとしたエステルをヨシュアが押し止めた。
「お前達は、俺よりも先に捕まえるべき相手が居るだろう!」
黒装束の男が大声でそう言うと、エステル達は気が付いたようにギルバードに近づいた。
血がしたたり落ちる腕を手で押さえながらゆっくりと逃げようとしていたギルバードはエステル達の姿を見るとギクリとして足を止めた。
そしてエステル達の前で土下座を始める。
「許して下さい、全ては市長に命令されてやった事なんです!」
「アンタは市長の悪事を知っていながら黙っていたんでしょう? それなら同罪よ!」
シンジはアスカがギルバードに向かってそう言い放つ姿を見て、第三新東京市の中学校に通っていた時の事を思い出した。
クラスでいじめが起こった時、アスカは転校生だったにも関わらず、アスカはクラスメイト達の前で堂々と言い放ったのだった。
「いじめを見て見ぬ振りをしている子達も、いじめに参加しているのと同じだ」と。
シンジは心の中でそう思った事はあったのだが、他人に対して言う事はできなかった。
誰だってクラスメイト達から嫌われるのは避けたいと思うのが普通だと考えるものだとシンジも思っていた。
この時シンジはアスカを「気の強いワガママな女」見ていた自分を恥じて、勇気のある女の子だとアスカに憧れの気持ちを持つようになった。
ギルバードが思い付く限りの言葉を使って謝っていると、アスカはいらだった声でクローゼに提案する。
「コイツは口ばかりでまるで反省していないわ、思いっきり痛い目にあわせてやりましょう」
「ひ、ひええっ!」
アスカの言葉にギルバードが怯えて悲鳴を上げると、シンジはアスカの前に立ちはだかる。
「止めなよアスカ、相手が悪人だからってどんな悪い事をしても良いなんて考えるなんて、自分達が悪人と同じになってしまうよ。僕はアスカにそんな事をして欲しくないんだ」
「わ、分かってるわよ、ちょっと脅してみただけよ!」
シンジがそう言うと、アスカは顔を赤くして口ごもった。
クローゼもシンジの言葉にハッと気が付いた表情になった。
そしてクローゼはギルバードに近寄ると優しく声を掛ける。
「ギルバードさん、顔をお上げになってください」
「おお、許してくれるのか!」
安心してギルバードが顔を上げると、そのギルバードの頬にクローゼの平手打ちが決まった。
ギルバードは何が起こったのか分からないと言った表情で打たれて赤くなったほおを手で押さえた。
「クローゼさん、怒りを抑えてくれたんだね」
「はい、でもスッキリしました」
シンジが声を掛けると、クローゼは晴れやかな笑顔で答えた。
エステル達はそんなクローゼの姿を見て胸をなで下ろした。
「でも、気を抜いてはダメよ。本当に捕まえるべき黒幕はまだ居るんだから」
「そうですね」
シェラザードの言葉にヨシュアはうなずいた。
「それにしても市長さんがこんなひどい事を企んでいるなんて、怒るよりもあきれた気持ちの方が強いです」
「待ってなさいよ、すぐに逮捕してやるんだから」
クローゼが疲れた表情でつぶやくと、エステルは握りこぶしを作ってそう言った。
「残念だけどエステル、そう言うわけにはいかないのよ」
「えーっ、どうして!?」
シェラザードの言葉にエステルは驚きの声を上げた。
「遊撃士は国の政治に干渉してはならないって規約があるんだ。だから遊撃士は政治家である市長を逮捕できないんだよ」
「民間人に直接危害を加える現行犯でも無い限りね。市長が今回の事件は秘書が勝手にやった事だと話して関与を否定すれば、手出しできないのよ」
「そんな、何とかできないの?」
ヨシュアとシェラザードの説明を聞いて、エステルは悔しそうにつぶやいた。
「そうだ、軍の人達なら逮捕できるんじゃない?」
「なるほど、それは良い案だね」
アスカが提案すると、シンジは感心してうなずいた。
「とりあえず、ギルドに戻ってジャンに相談しましょう。そこの秘書さんの手当てをして軍に引き渡さなくちゃならないし」
「は、反省してます、許して下さい!」
シェラザードににらまれたギルバードはそう言って謝り出した。
「もう遅いわよ、牢屋の中でゆっくりと反省しなさい!」
アスカがそう言い放つと、ギルバードは落ち込んだ顔になって黙り込んだ。
そしてシンジが寄付金の入った袋に気がついて拾い上げる。
「あれっ? 寄付金の入った袋が置いてあるよ」
「ええっ、アイツ置いて行ったの!?」
アスカが心底驚いた声を上げた。
「良かったねクローゼ、これで孤児院を建て直せるよ」
「はい……」
エステルが笑顔で声を掛けると、クローゼは目に涙を浮かべて嬉しそうにうなずいた。
「でもどうしてあの黒装束の男は100万ミラもの大金に手を付けなかったのでしょうか?」
「もしかして、その必要が無かったのかもしれないわ。目的もよく分からないし、これは手ごわい相手ね」
ヨシュアの質問に対してシェラザードは考え込む仕草をしてそう答えた。
「シェラ姉がパパに追跡調査を頼まれたって、もしかして黒装束のやつらの事?」
「ええそうよ、カシウス先生と一緒に戦った時もね、戦闘能力が高められている帝国軍の兵士と戦った事があるのよ」
アスカが尋ねると、シェラザードはうなずいた。
そしてエステル達はギルバードの身柄を拘束して、遊撃士協会へと帰った。
その帰路の途中、クローゼはジークを呼び出すと、そっと頼み事を伝える。
クローゼの頼み事を聞いたジークは夜空へと飛び立って姿を消したのだった。
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