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[29552] 征洋記
Name: 月島バナナ園◆8c43da5f ID:69cca62f
Date: 2011/09/01 07:05
安住の地を求めてさまよっていましたが、故あって戻って参りました。
隔日更新目指しますのでご声援のほどを。



[29552] 征洋記 十全伝・香の章 第一話
Name: 月島バナナ園◆8c43da5f ID:69cca62f
Date: 2011/09/01 07:09
 二階くらいの高さからそいつを見下ろしていた、じりじりと照りつけているはずの真夏の日差しも、地表近くで揺らめいている陽炎も、すべてを意識のらち外に追い出して、俺はじっと、そいつのことだけをじっと見つめていた。コンクリート塀を背にして肩で息をしてるその姿は、知り合いが見れば幻滅するくらい情けない姿だ。少なくともおれは生まれてこの方一度たりともそんな姿をさらした事など無いはずだ。
 つうかね、逃げるならとっとと逃げろ! と言葉が届くものなら耳元で怒鳴ってやりたくなる気分だった。こんなところでぜーぜーはーはー言ってる場合じゃないだろうが、そんな事をしているとな――
「はあっ!」
 ほれみろ、追いつかれちまっただろうが。
 裂帛の気合いとともに何本かの飛び道具が陽炎を貫いてそいつに向かって飛んでいった。息を切らしてるそいつはなんとか横っ飛びでかわすが、その先に待ちかまえていたかのように、か弱そうな外見をした女が太刀を抜きはなっている。
 だめだこりゃ、とおれはさじを投げたくなってきた。飛び道具を飛ばしてきたと白木拵えの太刀を振り回す女の二人組とは、まあ顔見知りだ。普段のおれでも手を焼く二人組なんだから、今のそいつじゃ太刀打ちできるはずがねえ。
 案の定そいつは、女の太刀をよけきれず、胸元を切り裂かれて血しぶきを真夏の通学路にまき散らした。
「よわい……」
 弱いのはお前のしゃべり方だよ、とつっこんでみたけどもちろん女に声が届いた様子はなかった。弱々しい、まるで今にも死にそうな息を吐く様な口調で喋るそいつの事を、その声だけで『メシ三杯はいける』って言う莫迦共がこの学園に多いが、そいつの気持ちは全く分からなかった。
 あんな弱々しい女はまっぴらごめんだ、少なくともおれはもっと強い女が好みだな。
 まあ女の好みと強さは別物だ、少なくともこの女は強い、一人でも強かった女だが、相方を手に入れて更に強くなったクチだ。
「気を抜くなよ、なんだってあのいぬいたかしなんだからな」
 その相方が、飛び道具のナイフを構えながらゆっくりと歩いて、女に合流してきた。
 分かってるじゃねえか、と呟いてはみたがやっぱり声が届いていないようだ。
「にしても、笑子しょうこちゃんの言う通りだぞ乾、今日のお前さんはどうしたんだいったい。腹でも下したか、夏場の拾い喰いは危険だぞ」
 うるせえ、誰が拾い喰いなんぞするか。
「どっちみち……好機……」
「そうだな、負け覚悟でこいつに突っ込んできてみたけど、これならまあ請け負った仕事を果たせそうだ。足止め以上の事をやれそうだ」
 男はそう言って、どこからか追加でナイフを取り出して、構える。両手を使って指の間に挟むように持つナイフは軽く十本を越えている。それが全部蹴り・・飛ばされてくることを考えると……ちょっとだけ気が重かった。
 にしても、足止めだって? どういう事なんだ一体、おれ・・を足止めしなきゃ行けない事が起きたっているのか。またどこかの莫迦主人公がホンコンマフィアとかち合ったりでもしたか。それとも自分のドッペルゲンガーと恋でもしたか。
 ちっ、人のいないところでおもしろい事になってるじゃねえか、おれ・・を足止めしに来たってことは、おれに首を突っ込まれたらまずいって思ってるんだろ。そう言う事なら、お望み通り首を突っ込んでやろうじゃないか。
 ……だめだ、そう言えば今、おれは体を持っていないんだった。なんでこうなったのかは知らんが、今のおれはまるで幽霊の様に、街灯と同じくらいの高さにぷかぷかと浮かんで、自分と同じ外見をした弱気な莫迦おれもどきを見下ろしている。そいつはまだ肩で息をしてて、逃げ出すことすら忘れて呆けている。
 ちっ、莫迦め。
「……行く」
「行けぇ!」
 男と女は視線をちらりと交換すると、女の方が抜きはなった太刀を振るって飛びかかっていった。男はその後ろからナイフを一回わざわざ・・・・空中に投げてから、それを援護射撃の様に蹴り飛ばしていく。相変わらずのコンビネーションじゃないか、コンビ戦ならあるいはこいつらが学園トップに近いんじゃないのかと思ったくらいだ。
 それに引き替えこっちは……とおれはぜーぜー言いながら必死にやり過ごそうと動いているそいつの様子を眺める。女の斬撃を横っ飛びでかわし、男の飛びナイフをドスドスドスと余さず受けてしまう。男のナイフを躱せば、今度は女の刃に腹を引き裂かれる。
 だめだなこりゃ、こうなったらもうそいつにはどうすることも出来ないだろうな。女の治ってないクセ――男の援護を受けるときに下がる右肩をまず砕いてやれば簡単に突破口が作れるんだが、今のそいつには荷が勝ちすぎてるだろうさ。
 負けるのか、まあそれはいい、負けたところでそのうち倍返しにしてやれば良いだけの事だ。話を聞く限りこいつらは誰かに頼まれておれを足止めしに来ているだけだ。おれが負けたら、この場はそれだけで話が終わる。
 だからそれはいい、もうそいつの戦いにも興味が失せた。
 それよりも、おれは何故、今こんな事になっているのかを考えた。考えたが、全く思い出せなかった。
 ここはどこ? わたしはだれ?
 冗談っぽく自問して、自答してみた。
 ここは征洋学園だ。おれの名前は乾隆。
 で、なんでおれはこんな幽霊みたいな事になってるんだ? そこが一番重要だ。重要だが、思いだそうとしてみても、肝心の記憶がすっぽり抜けて全く思い出せなかった。。
 一体、何がどうなっていると言うんだ。



[29552] 征洋記 十全伝・香の章 第二話
Name: 月島バナナ園◆8c43da5f ID:69cca62f
Date: 2011/09/01 07:11
 倉嶋くらしまわたる、十七歳。征洋せいよう学園武闘科十一年生、武闘ランキング九十二位、武器戦闘ランキング十九位、女性同時交際数三年連続第一位。ジェネラルテンペストの二つ名で知られている学園の申し子とも言うべき少年が、胸元のペンダントを瑠璃色に輝かせながら、厳しい表情のまま身構えていた。極端に右手を前に突き出すポーズで、苦しい状況の中戦闘開始直後と比べても構えがいささかも崩れていないことから、相当の修羅場をくぐり抜けて来たことが伺える。
 しかし、上には上が居るものだ。現在七十六人の女プラス一人の男と同時に交際をしているもはや伝説級の遊び人であっても、戦闘となればただの強豪でしかなく、最強クラスの人間にはかなわないのが必然と言うものだ。いくら覚悟を決めて立ち向かっていこうとしても、太刀打ちできる道理がなかった。
 そして。

 最強が、来た。

 最初に飛んできたのは赤煉瓦の大群だった、空気を押しのける爆音とともに飛来するそれは一つ一つに致命傷クラスの威力がある様に見えた。それが雨霰の様に降り注いでくるとあっては受ける訳にはいかない、わたるはたまらず大きく飛び退いた。
 瞬間、わき腹に痛みが走った。なにが起きたのかを理解するよりも早く、下からわき腹を通じて上へ突き抜けていく力によって、わたるは空中に弾き飛ばされた。
 蹴られたのだ、とわたるが理解したのは視界の隅に自分が立っていた場所が見えたからだ。
 そこに一人の少年が立っていた、不敵な笑みを浮かべた直後、彼は爆発的に地面を蹴って飛び上がってきた。あっという間に少年はわたるに追いつく。
「いぬい……たかし!」
 蹴り上げた相手をジャンプで追いついてくるなどでたらめだ! そう思っていても、現実でわたるはその様にして追いつかれている。
 思考がめまぐるしく回転する、しかし体は動かない。次の瞬間、脳天に衝撃がつきぬけて行くのを感じた後、わたるの記憶はそこで途絶えてしまったのだった。


 いぬいたかし、別名十全少年パーフェクト・ソルジャー。征洋学園武闘科十二年生、甲種種目・武闘ランキング第一位という実力者中の実力者だ。
 その彼は今、足下に転がっている少年にきっちりと止めを刺してから、携帯電話を取り出して発信した。
 呼び出し音を一回鳴らしただけで、すぐさま電話の向こうから人の声が聞こえてきた。
「この電話番号は、ただいま水没されているか、利用者が振動機能を性的な目的でしか使用しておりません。挿入するタイミングをお確かめの上、改めて……」
 変な台詞が聞こえてきた。
「切るぞ」
 隆が覚めた声で言ってやると、電話の向こうがあわてだした。
「ああーん、もう、切らないでぇ」
「切られたくないのならそれなりの態度で話せ」
「それなりのぉ?」
 電話の向こうから鼻にかかったような、しかし自然な女の声が聞こえてきた。
「……どうすればいいのぉ?」
「人に依頼しておいてそのふざけた態度はやめろって事だ」
「あたしは真剣だよぉ、だって携帯ってバイ――」
「切るぞ」
「ああん、だめだめだめー」
 今度こそ携帯電話を耳元から離して電源ボタンに親指を伸ばすと、焦った少女は「あーあーあーあー」と電話の向こうでわめいた。
 隆は頭痛がしてきそうだった、こんな女が風紀委員長だなんて思うと気が重くなってくる。しかしこのまま電話を切るわけにも行かないので、と足下で気を失っている事件の・・・首謀者・・・を一瞥しながらため息して、携帯を再び耳に当て直した。
「ちゃんとやれ、そうでないのなら委員長の座から降りろ」
「もう、隆君ってば真面目なんだから」
「お前のおふざけにつきあっていられんというだけのことだ、おれは忙しいんだぞ」
「それは隆君の自業自得だと思うんだよ、性的な意味で」
「……」
「ごめんなさい。色んな意味で、デス」
 少女が言い直すと、隆は別の意味で言葉を失った。確かにそうかもしれないが、それとこれとは話が別だろうと思った。
「とりあえず報告させろ」
「うん、わかった」
 あっさりと承諾が帰ってきたことに意外さを覚えつつも、隆は平然として語り出した。
「倉嶋わたるを逮捕した、連行するための人間をよこせ」
「ダメだよ隆君、隆君が逮捕なんていっちゃったら。逮捕することができるのはあたしたち風紀委員だけなんだからね。隆君はあくまで協力者なんだから」
「どうでもいいよそんなの、とにかく人をよこせ。あと五分ここで見といてやる」
「あ――」
 電話の向こうで少女がなおも何か言いたげだったが、隆はかまわず電話を切った。ああいうタイプの人間が苦手なのだ。
 腕組みしながら壁に背を靠れて、うつ伏せに倒れている倉嶋わたるの事を見下ろしながら考えた。
(こいつが、学園で一番多く女とつきあってるってぇ男か)
 乾隆や、倉嶋わたるが通うこの征洋学園は、東京都海洋区征洋島を丸ごと使った、学生二十万人を擁する日本屈指のマンモス学園である。

 創立まで遡れば、太平洋戦争中に旧日本海軍中将日下征洋が提唱した施設が基となっており、戦後は様々な思惑が島を中心に渦巻いたが、今は一大教育機関として希有な人材を輩出し続けている。
 征洋学園の特異点は、その人員数もさることながら、もっとも特筆すべき点は『結果の平等』を好む日本人の民族性をまったく無視して、徹底的に『機会の平等』を学生に提供している所である。
 機会の平等を全面に打ち出して、完全競争主義を唱える征洋学園は学園内に起こりうるありとあらゆる事象に格付けを行い、それをランキングとして可視化させた後公開している。それによって征洋学園の生徒は常に評価される環境にあって、嫌が応にも競争させられている。
 公式・非公式と大別されるランキングの種類は多岐にわたるが、メジャーな種目や面白さを持つランキングは常に興味を持たれる対象で、上位者は自然と有名人になる。
 倉嶋わたるは同時につきあってる女の数をカウントする丙種種目のランキングで三年連続一位を維持している者だ。ある意味どうでもいいランキングだが、それも極めれば芸にはなる。彼は良い意味でも悪い意味でも、町にでれば名前を呼ばれる程度には有名人なのである。
(こんなヤツのどこにモテる要素があるんだろうな)
 隆は純粋に不思議に思った。思ったが、それ以上詮索しようとはしなかった。なぜならばわたるとつきあっている女たちも、別れた女たちも、数少ない男も誰一人としてわたるの事を悪く言わないのだ。それだけの何かを持っている男なのだと隆は適当に納得した。
 何よりもこの学園には、彼の理解のらち外にいる人間が腐るほどいる。じゃんけん三万連勝の少女とか、召喚した霊にパソコンを打たせる女とかは全くもって理解出来ない人種だ。
 それを考えれば女にちょっとだけ多くもてる倉嶋わたるの方がまだまだ普通な人間の様に思えた。

 隆はその場に止まり、応援を待った。
 しばらくすると正規の風紀委員が到着し、隆は彼らがわたるの手に手錠をかけたところを確認してからその場を立ち去った。
 この学園には警察は存在しない、代わりに風紀委員会がある。この学園には役所がない、代わりに生徒会がある。生徒会が事実上自治体としての機能を有し、風紀委員会はいわゆる官憲と同じ役割を果たしていた。
 娑婆・・の官憲と異なるのは、風紀委員会は一部の生徒を協力者として便利使いしている事だった。
 そして、隆はある事情からその協力者の一人なのだった。



[29552] 征洋記 十全伝・香の章 第三話
Name: 月島バナナ園◆8c43da5f ID:69cca62f
Date: 2011/09/01 07:11
 さてこれからどうしようか、隆はそう考えて街中を漫然とぶらついた。依然として気温は高いままだったが、陽が西に落ちていくとともに不快の度合いは我慢できないほどではない程度に落ち着いてきた。さっきまでとりあえずどこかで涼んでいこうなどと考えていたがその選択肢の優先順位は次第に低くなっていく。
 暇だなと隆は島中央部繁華街、通称城下町までやってきた辺りでそう考えた。やることがないのだ、三度の飯より戦いが大好き、そして勝利することが何よりも好んでいる隆にとって、倉嶋わたるとの戦いは消化不良な結果に終わった。多少の実力者、と風紀委員の依頼を受けて現場に向かってみれば弱い相手に肩すかしを食らったのだ。これなら部屋でごろ寝をしていた方がよかったかもしれないなどと思ってしまう。
 このまま新井雍正やすまさの本拠地にでも襲撃をかけてしまおうかなと、物騒なことを考えていた。皆本康熙やすひろでもいいんだけど、あいつは仲間の方から襲ってやらないと本気を出してくれないから、面倒くさい。
 どっかの国が戦争でも仕掛けてこないかな、割と本気でそんな事を考えていると、隆はあることに気づいた。
(四人、か。全員女だなこりゃ)
 巨大なオーロラビジョンが設置された交差点を通った辺りから、誰かに尾行されている事に気づいたのだ。変わらない様子で街中を練り歩くようにしながら背後の気配を探る、どうやら尾行してきた相手は全部で四人ほどで、全員がまあまあの使い手だった。
 暇つぶしになるかな? と隆はそのまま人気の無いところに足を向けた。このまま街中で始めてもいいのだが、この街の生徒は異常なまでのイベント好きで、突発的な私闘であっても周りが勝手にイベントにしてしまいそうだ。
 今日は不発だったので、場合によって、相手によってはとことん壊して・・・・・・・しまう事になりかねない。人前でそれをやってしまうのはさすがにその後の申告・・・・・・が面倒臭いので、隆は人気の無いところに移動しようと決めたのだ。

 繁華街を抜けて、裏路地を通り島の向こう側に出た。周りから程良く人の気配が消えたところで、隆は立ち止まってくるりと振り向いた。
 夕日を背負った隆の目に、寂れた町並みと異様に長く伸びた自分の影しか見えなかった。
 尾行してくる者の姿は見えない、しかし依然として気配はつかめている。そこに居るのは確実だった。
「出てこいよ」
 隆は呼びかけた。そこに居るのはわかっている、といわんばかりに気配のする方向に視線を向けた。
 ややあって、視線の先にある曲がり角から、一人の女が平然とした足取りで姿を現した。
「おお?」
 隆は、思わず感嘆する声を漏らしてしまった。彼をして思わず息を呑んで言葉を失いかけたほどの美貌をもった女だったからだ。
 まるで濡れているかのような艶をもった長髪に、隆と同様この世のすべてが自分のために存在していると信じて疑わない強烈な光を湛えた黒い瞳。涼しげなほほえみを浮かべた肉厚の唇。漆黒のロングドレスからのぞかせる白皙の太腿が何ともなまめかしい限りだった。
 隆はしばらくの間、彼女に見とれていたが、直ぐに意識が現実に引き戻された。彼女の瞳に挑むような色がある事に気づいたからだ。
 そういえば尾行されていたんだったな、と隆は彼女に見とれながら気を引き締めた。実に器用な振る舞いである。
「びっくりしたな、どこぞの鼠輩かと思ってたら孔雀だったのか」
「孔雀、ですか。これでもわたくしは女でしてよ?」
 隆の軽口に、女は同じ調子で応えてくれた。
「それは困った、人間ほどメスが綺麗な動物をおれは他にしらんのだ」
「ならば人間として見てくださいまし、普段は魔女と呼ばれている身、斯様に美しきものと例えられても困り果ててしまいますわ」
「魔女」
 鸚鵡返しにつぶやく隆は、なるほどまさにその通りだと思った。膝下まで届く濡れたような黒い髪、艶をたっぷり含んだ唇に漆黒の出で立ち。確かにこれなら魔女と呼ぶにふさわしいと納得した。
 しかし隆は思ったことを素直に口にするような少年ではなかった。
「確かに、傾城傾国の美貌ならば本質はまさに魔女そのものだ」
「過分ですわ」
「相応だ」
 二人は見つめ合い、微笑み合った。この後命をかけて戦うであろう男と女は、この一瞬に何か通じ合うものを感じたのだ。、
「さて、おれの後を付けてきたのはなんでだ? おまえのその顔、一度見たら決して忘れないはずなんだが」
 隆は実に征洋学園生らしい台詞を口にした。

 完全競争主義を提唱する征洋学園では、学園生全員が常日頃から自分が得意とする分野、目指す分野のランキングを気にかける習慣が身についている。自分のランキングを確認するときに、自然と順位の近い人間の情報が目に止まる。
 隆は瞬時に、彼が首位に君臨している武闘ランキングの二位から十位までの名前と顔を思い出したが、その中に目の前の女と一致するものは無かったのだ。
「目的はもちろん、あなた様に挑戦すること」
「おかしいな」
「おかしくはございませんわ、ここは征洋学園なのでしょう。ならばあなたは挑戦を拒む理由など……」
「そうじゃない」
 隆は彼女の言葉を途中で遮った。
「今、おれは百位くらいまで追加で思い出してみたけど、その中におまえは居なかった。百位以外から挑戦するのは学則上問題はないが、時間の無駄だぞ」
「それでしたら問題はございません」
 女は宛然とほほえんだ。
わたくし、転入生ですの」
「成程」
 隆は合点が行った。
 長く学園にいて、順位が落ち着いてきた生徒は基本的に順位の近しい生徒としか勝負しなくなる。それは近年謎のシステムを導入した学園側の評価が生徒の持つ実力を的確に格付けしているからに他ならない。よほどの事がない限り、順位の離れたものに挑戦して一気にのし上がる事はあり得ないのだ。
 しかし何事にも例外が存在するように、征洋学園においての転入生がまさにそうだった。長く在籍したものとは違って評価されて日の浅い転入生は低い順位に甘んじてしまうことがある。そしてそれらは往々にして自分につけられた順位に満足せず、一足飛びに上位の人間に挑戦したがるものだ。
 目の前の女がまさしくそういう人間だったのだと、隆は経験で納得した。
「そうか、そういうことなら問題はない」
 うなずいて、隆は構えた。全身の筋肉を弛緩させたように、まっすぐに立って両手をぶらんと垂らす、自然体のような戦闘態勢に入った。
「ではお言葉に甘えまして」
 女がそういうと、隆は明後日の方向から何かが飛んでくる気配を察して、地を蹴って後方に飛び下がった。彼がそれまで立っていたところに、どすどすどす、と数本の矢が突き刺さった。
 矢が飛んでくる方向に目を向けると、そこには妖艶な女とは別に、稚気が顔に残っている幼い少女が三人いた。いずれも十二~三といったところか、第二次性徴の未発達が目立つ少女たちで、彼女らは思い思いの得物を手にして戦闘態勢に入っている。
「日野ともうします」
「月島だ」
 日野と名乗ったツインテールの少女は長刀を、月島は拳を握って構えていた。
「ほ星崎です」
 最後に星崎と名乗った気の弱そうな、姫カットをした少女は弓と矢をつがえている、どうやら奇襲に放たれた矢は彼女のもののようだ。
「これは?」
 隆は無造作に矢の刺さった場所に向かって歩いていきながら、黒い女に訊ねた。
「この子たちはわたくしの部下ですの。日野落花生らっかせい、月島あらた、星崎流転るてん。いずれもそこそこの使い手、まずはこの子たちにチャンスを与えていただけないかしら?」
「いいだろう、お前の頼みなら聞いてやろう」
「では――」
「その前に一つ」
「……なんでしょう?」
「お前の名前を教えてくれ」
「え?」
「日野、月島、星崎。そいつ等の名前はわかったが、お前の名前はまだ教えてもらってない」
わたくしとしたことが、これは失礼いたしましたわ」
 女が嫋々とした様で一揖して見せた。洗練された美しい仕草に隆はまたしても見とれてしまう。
 顔を上げた女はこちらを見つめながら、しばし何かを考える仕草をしてからこう言い出した。
「……では、こういうのはいかがでしょう」
「うん?」
「あの子たちを倒した後で、というのは」
「成程、楽しみは後にとっておけ、という事だな」
「もしくは、あなたに教えるつもりは毛頭ございませんわ、ということかもしれません」
「残念だな、ああ本当に残念だ」
「あら、負けを認めるおつもりですの?」
「いいや」
 隆はニヤリと、器用に唇を片方だけつり上げて見せた。
「おれは、懸賞がかかっている闘いでは負け知らずなんだ」



[29552] 征洋記 十全伝・香の章 第四話
Name: 月島バナナ園◆8c43da5f ID:69cca62f
Date: 2011/09/01 07:11
 隆は鉄の棒を飲み込んだかのごとく、傲然とした様子で直立していた。わざわざ手を後に結び、「直レ!」に似たポーズをしたが軍隊的なそれとは違って、誰かにではなく自分自身にのみ従うオーラを全身から発散させていた。
 さながら下民の暮らしを視察する皇帝の様な態度で、三人の少女を睥睨するように眺めた。

 日野落花生らっかせい
 月島あらた
 星崎流転るてん

 征洋学園武闘科の生徒らしく、隆はまず三人の名前に若干の引っかかりを覚えた。
 同じ征洋学園の生徒同士であっても、武闘科の生徒は他者にはなかなか理解され難い習性を持っている。
 それは、実力と同じくらい「名前」というものにこだわりを持つと言う点だ。
 彼らは一様に、匿名で行動することなど下の下。名を隠して、あるいは偽名を使って行動することは赤子を人質にとるよりも遙かに恥ずべき行為だと考えている。
 故に征洋学園武闘科の生徒たちの間では、古風な「名乗り」を未だに美徳として受け継がれているのだ。
 それは武闘ランキング第一位である、頂点に君臨している乾隆とて例外ではなく、むしろトップに居るからこそよりそれを重んじる節がある。
 乾隆、この名前は彼にとって何よりも大事なことで、神の名にかけて誓うよりも自分の名にかけた方がより重い誓約として受け取られる。
 だから彼は、敏感に三人の少女の名前に反応した。
(本名、なのか?)
 三人の名前を反芻するように心の中で繰り返して、真偽を推し量った。

 落花生、新、流転。

 いずれも少女の名前としては珍しい方だが、征洋学園の中では別段目を引くものではない。同じ時代同じ地域に示し合わせたかのごとく生まれた乾隆・皆本康熙・新井雍正の三人比べればよほど普通な名前だ。
 だが、彼女らの名前を名字組み合わせると、そして三人ワンセットで見てみると奇異な点が目に付いてしまう。
 日野、月島、星崎。見事に天体ばかりだ。
 落日、新月、流星。いずれも本来の輝きからほど遠いものだ。
 違和感が二つ三つと重なってしまったため、隆は本能的にそれが偽名なのではないか、と思ってしまったのだ。

(まあ、こいつ等の名前なんかどうでもいい。偽名だったら再起不能くらいにつぶせばいいだけの話だ)
 吐き捨てるように思い、隆は三人の少女を今一度見回した。その視線にまるで機関銃の掃射を浴びてしまったかのごとく、日野月島星崎の三人は一様にたじろいでしまった。
 三人はかかってこなかった、王者の風を吹かせて悠然と迎え撃とうかと思っていた隆は肩すかしの様な気分になり、やれやれしかたないなと、こちらから向かっていこうとした。
「どうしたの? お見合いをするにしても一対三ではお話になりませんわよ」
 脚に力を込めようとした瞬間、意識の外から、女が冷然とした口調で割り込んできた。その一言が隆の足を止め、そして少女たちの尻をたたいた。
 良い声だ、そしていい女だ。
 隆はそう感じながら、地面を蹴ろうとする脚から力を抜いて少女達の攻勢を待ち構えた。

 須臾の戸惑いの後、三者三様の叫声嬌声とともに、少女たちが攻勢に打って出た。星崎が泣きそうな顔とは裏腹にビュンビュンビュンと矢をつがい、隆に向かって撃ってきた。日野と月島は一度左右に大きく開いてから、それぞれの得物拳と長刀を振るい飛びかかってきた。
 まあこんなものだろうな、と隆は思った。矢の連射を援護射撃にして近接戦闘の二人が猛然と飛び込んでくる。あるいは日野と月島が接近戦で相手の足を止めて、星崎の狙撃で確実に相手からダメージを奪うという見方も出来る。
 いずれにしろ、三人の動きは彼女らが常日頃から三対一での戦いに慣れ親しんできた事を物語っている。
 それを悪いことだとは寸毫たりとも思わなかった。完全競争主義都市征洋学園では集団戦闘を評価するランキングも当然のように存在する、かの天川遊侠ゆうきょうと「八荒剣」・佐々笑子しょうこのコンビなどは。その戦う様に惚れ込んでファンだと公言して憚らない者まで存在するほどだ。
 多対一を隆は悪いことだとは思わない、思わないが、落胆はする。
 彼に向かって徒党をくんで挑んでくるのは、ほとんどの場合彼よりも遙かに弱い相手だったからだ。

 三連続で飛来する矢を後に飛び下がって避けると、着地点に日野と月島がすでに待ちかまえていた。左右から挟み撃ちするかのように、拳と長刀を振りかぶって来た。
「悪くない」
 そこそこの評価を口にして、隆は月島の拳を引いて受け流し、そこ手刀をたたき込み彼女の腕関節を無造作に砕いてやった。悲鳴を上げる月島を掴んだまま半回転して、日野の方に放り投げてやる。すると長刀を振りかぶってきた日野が慌てて切っ先をそらすが、隆はそこに飛び込んで長刀を途中から叩き折って、切っ先をつかみ、そのまま持ち主だった日野の肩に突き刺してやった。
 二人の悲鳴を耳にして、隆は股の付け根に甘いうずきを覚えた。悪くない声を上げるじゃないか、もう一撃加えてやるとどんな声で啼くのかな?
 春めいた、と表現するにはいささか残虐過ぎる感情が首をもたげていたが、それが長続きしなかった。一方的な暴力を加える隆と獲物の間に、数本の矢が横切っていったからだ。誰だ、と矢の出先をみる。まなじりに大粒の涙を浮かべている姫カットの少女だった。
 隆は凶悪な笑みを浮かべながら悠然と立ち上がり、星崎に振り向くいた。背をまるで帆布の様にして、少女日野と月島の呻き声という風を受けて飛び出していく。
「こ来ないで!」
 猛然と飛び込んでいく隆に、星崎は表情に焦燥が丸出しになるも、正確に矢を弓につがえてビュンビュンと連射してきた。
 精密な射撃だが、残念なら隆の相手には力不足にすぎた。隆は両手の人差し指と中指で鏃を挟み込むように矢を受け止めた。
「そそんな!」
「そら、ふっとべ!」
 一足飛びに星崎の懐に潜り込んだ隆は、弓を叩き折ってから少女を空中に向かって蹴り上げた。空高く舞い上がった小さな体を見上げて、ニヤリ、と口の端を持ち上げて、跳躍するために腰を落とした。

 瞬間、何ともいえない、極楽のようなものが鼻腔をくすぐった。

 思考が止まる、動きも止まる。とどめを刺すために飛び上がるつもりだった隆のすべてが……時間そのものが止まったかのようだった。彼を知るものならば腹を抱えて大爆笑するくらいの、あり得ないほどの隙を見せてしまったのだ。
「それは、だめですわ」
 嫋々とした声とともに、隆の目の前に白い物が襲ってきた。それが魔女の様な女の腕だと気づいたのは、顔にしたたかうたれて吹き飛ばされた後の事だった。
 五メートルほど吹き飛ばされて、接地した瞬間飛び上がり、空中で体勢を整えて着地する。視線の先にはあの魔女の様な女が佇んでおり、白磁のようなしなやかな腕を隆に向けていた。
 それから少し遅れて、追撃を免れた星崎も着地した。口角から赤い物がこぼれているが、それはどうでもよかった。
「なんのつもりだ」
「それはいけませんわ、と申し上げましたの」
「いけない?」
「ええ、今のはあなたが得意技九天翔る黄龍を繰り出そうとしたのではなくて?」
「ああ、ちょうどいい具合に相手が三人だったから、久々にやろうと思ってな」
「それはいけませんわ。それを見過ごしてしまえばあの子たちが取り返しのつかないことになりますもの」
「うん? 戦えといったのはお前のはずなんだが」
「ええ、しかし勝負がついた後のオーバーキルを止める位のことはするべきだと思いませんか」
「優しいんだな」
「あの子たちがいないと身の回りの世話をしてくれる者が居なくなりますの、必要にかられての行動、ですわ」
「成程、なら仕方ないな」
 隆は、別段気分を害した様子でもなく平然として答えた。
「で、どうするんだ。あいつ等はもう負けてるぞ」
「そのようですわね、三人がかりなら少しは良いところを見られるのかと思いましたのに、少し計算違いをしていましたわ」
「ふむ」
「どうかなさいまして?」
「いや、お前のその言い方、取りようによってはおれなめているようにも聞こえるな、少なくともおれ様を過小評価してる発言だ。なのに、いやな気分じゃない、それが不思議でな」
 隆の言葉に、女は微笑むだけで答えなかった。本当に不思議だなとあらためて思った。
 美女など、これまで数え切れないほど見てきた。ランキングに格付けされた正統派の美女はもちろんの事、そうではない野生・・の美女も、隆は多く見てきた。彼女らに対して綺麗のだ可愛いだのと感じたはあるけど、この女に感じている物はこれまでのどんな気持ちとも違っていた。
 不思議と、彼女の言葉ならば何でも許せてしまう、そんな感じがするのだ。
 それに。
(何だ、この香りは……)
 隆は陶然として、鼻を鳴らしながらそれをよりはっきり捕らえようと試みた。
 さっき、女が乱入してきた時にかいだこの香り。それは、隆にとって初めて体験する芳香であった。
 決して、不快感を誘うものではなかった。かといって、情動を誘うような激しさを持つものでもない。
 ゆるりと、まるで脳髄にしみこんでくるような、この世ならざる者の香りのように感じられた。
 隆は、その正体が知りたくなった。



[29552] 征洋記 十全伝・香の章 第五話
Name: 月島バナナ園◆8c43da5f ID:69cca62f
Date: 2011/09/01 07:12
 衝動にしっかりと手綱を締めて、女に向き直って、訊ねる。
「さて、約束通りお前の名前を教えてもらおうか」
「あら、そういえばそんな約束でしたわね」
「なんだ、まさか今更反古にしようなどと思ってないだろうな」
「いいえ、さすがにそんな事は思いませんわ」
 女はにこりとして、顔をほころばせた。
 むぅ、と隆は思わずうなってしまう。それは「こんな可愛い笑い方も出来るのか」と彼が面食らってしまうほどの、素朴な笑顔のように見えたからだ。

「妃かおりと、もうします」

 まるで大事な何かを告げるかのような、慎み深い口調だった。
「かおり、か」
 隆は内心に広がる漣をを押さえながら、彼女が告げてきた名前を反芻するようにつぶやいた。もちろん、その名前に引っかかりを覚えていた。
「本名か?」
「ええ、産んで下さった母がつけてくれた名前ですの」
「そうか、ということはお前の母親は先見の明があったってわけだな、それとも生まれた直後からこうだったのかな」
「どういう意味でしょう?」
「とぼけるな、この香りのことだ」
 隆はスン、とこれ見よがしに鼻を一度ならした。
「これって、お前のにおいなんだろ」
「これと申されまして……」
「……この、妙に力を奪っていく匂いのことだ」
 隆は傲然とした笑顔を崩さないまま、かおりの言葉を遮ってやった。

 彼は自分の中で異変が起きている事に気づいていた。
 異変と言ってもそれは痛みや苦しみといった物ではなく、あえて例えるのなら麻酔にでもかけられたかのように、体に力が入らなくなっているのだ。
 いつからだ。
 すぐに思いあたる、かおりが放つこのにおいを嗅いでからのことだ。
「気づいてらっしゃったのですか」
 意外そうに、香は目を丸くする。
「当然だ、おれを誰だと思ってる。お前がさりげなく風上に陣取って事も分かっている」
「それにしては変ですわね」
「なんだ? 何処に変なところがある」
「いいえ、全くもって変ですわ。だってあなたはこの香りのことと、ご自分が風下にたたされていると気づいてらっしゃるのでしょう? そうでありながらも立ち位置を入れ替えようとしないのは……正直変ですわ」
 かおりの言葉に、誰であろう隆がうんうんとうなずいて、同意を示した。彼女の言うとおりだ、今この場に充溢しているにおいが彼女の攻撃手段だと気づいたのならば、また自分が風下にたたされていると気づいたのならば、次の行動は必然的に、どうにかして風上に移動する事を試みるのが普通なのだ。なのに隆はそれをしなかった、しないところ、試そうとする意志すら全く見受けられなかった。
「まさか、征洋学園武闘ランキング一位ほどのお方が、この程度でもう動けないということはありませんわよね」
「ああ、まだ動けるさ。そうだな、多少は不自由するが普段の九割くらいは動けるはず」
 隆は言った、それはつまりほとんど効いていないと公言してような台詞だ。
「でしたら、なぜ」
「変なことを聞くんだな」
「どういうことですの?」
「こんな良いにおいなんだぞ?
 と、凶悪なまでに口の端をつり上げる。
「風上に移ってしまった嗅げなくなるだろうが。そんなもったいない事はできかよ」
 隆の言葉に、姿をさらして以来ずっと涼しげだったかおりの表情が初めて崩れた。まるで虚を突かれたかのように、唖然として目を丸くした。なにを言ってるのかこの男は、と言わんばかりの表情である。
「かの名高い十全少年パーフェクトソルジャーに、女をからかう趣味があるなどとは知りませんでした」
「その通りだ、おれにそういう趣味はない。迂遠なやり方は性格に合わない、思ったことをそのまま口にするのが信条でな」
「あら、ということは、隠し事などは一切なさったことはないと?」
「ないぞ」
「……」
 黙認してやると、かおりはさらに驚いた表情になった。そんな顔もいいじゃないか、と思いながら股の付け根をぎゅっと引き締めて、血液が流れ込まないように腹に力を込めた。
 そうやって自分自身と戦う一方で、隆はさてどうしようかと思案する。かおりに気づかれない様に、自然を装って体を、指先などを動かしてみた。毒(かどうかは分からないが)の周り具合を確かめる、空気中に毒を散布してくることに最初は驚いたが、どうやら察知されにくい物のために効果もそれ相応に低く、今でもかおりに答えた様に普段の九割程度の実力を発揮できる。
 しばらくこのままにして、この脳髄から蕩かせてくれそうな香りを堪能する余裕が、隆にはあった。
「これは武器なのか、能力なのか?」
 と、会話を引き延ばす為にかおりに聞いたのだ。
「能力ですわ、どうやら生まれもった力らしいですの。わたくしはこうして、体の中で様々な匂いを精製出来ますのよ」
「へえ、珍しい能力だな。他にもあるのか? 全部で何種類くらい作れるんだ?」
「七十二、ですわ」
「石猿かお前は」
「ひどいお方、孔雀ならまだしも石猿だなとど、確かに七十二という数字に対して、わたくしにも思うところもあるのですけれど、そうさせているのはこの体質ですのよ」
「弁明できないくらい石猿じゃないか、それがいやならリストラして四十九種類にでも減らしておけ」
「天から授かった物を粗末にしては罰が当たります、それにどの子も有用な子ですのよ?」
「だろうな。ところでこれ、名前とはあるのか」
 話題を切り替える、引き延ばし作戦続行中だ。
 そうやって必死に引き延ばす自分のことを、隆はバカらしく思えてきた。こんな事をしなくても、遅効性の毒を放ってきた妃かおりからすれば、毒にかかった側の隆が勝手に時間をつぶしてくれるのはありがたいはずなのだ。
 しかし隆は話しかけた。会話がとぎれることをまるで親に見放される子供かのごとく恐れ、次から次へと話題を見つけてかおりに話しかけた。
「ドラゴンサライヴァー」
「女がドラゴンか」
「どう言うわけかその名前が自然と浮かんできましたの、こういう感じ、おわかりになれませんか?」
「いいや? わかる、わかるよ。征洋の人間なら大抵はわかるはずだ」

 征洋学園武闘科における、生徒の通り名や二つ名、そして技名などは大別して二種類のパターンがある。
 一つは佐々笑子の様に、由緒正しき歴史を持つものだ。神代かみよより連綿と続いてきたとされる、自在流。その支流としての一天、四海、六合、八荒。由緒ある八荒剣の使い手として名前を受け継いだパターンだ。
 もう一つは、まるで天啓のように降りてくるパターンだ。
 十全少年パーフェクトソルジャー・乾隆、大帝グレートエンペラー・皆本康熙やすひろ0と1の申し子ダブルワイフ・南雲幹也などがそれに該当する。
 なぜそういう名前になるのか、と本人たちに訪ねても「そういう名前だから」と答えになっていない返事しか帰ってこない。
 余人には理解しがたい、しかし同類同士納得はできる。
 ドラゴンサライヴァーというのも、かおりの中ではきっとなにか、重要な意味を持っているはずなのだと隆は思った。
「それは、素敵ですわね」
「そういう街だ、だからこそ卒業しても出て行かない奴らが多いんだ」
「わかる気がいたします」
「……」
 隆は無言で彼女を見つめた、どうしてかは知らないが、今の一言は、かおりと出会ってから聞いてきたどの言葉よりも、彼女の本心である様に聞こえたのだ。きっと本心なのだろう、彼らや彼女らの様な人間にとって過ごしやすい街だということは、隆がいう「卒業しても出て行かない」者が大勢いることからも伺える。
 しかし、そうなると問題が一つ出てくる。
 わかるとしみじみ話すかおりと、それまでのかおりの雰囲気が全く違うのだ。その違いは、必ずどちらかが本物でもう片方が偽物であると思わせるほどの落差があった。
 そして隆は、しみじみ話したそれが本音だと判断した。となればこれまでの言葉はほとんどが、少なくても心の上澄みを掬ってきた飾りの言葉にすぎないということになる。
(心の鎧か、これほどの女だ、それをはがしてやりたいな)
 不意にかおりが見せた二面性に、隆が一度は押さえ込むことに成功した嗜虐心が再燃してきた。
 強引に組み敷いて、むさぼるようにその肉を自分の物にしてもいいのだが、残念ながら隆は持っている力とは違い、常人程度の肉欲しか持たない。
 体よりも心。彼は肉体的にではなく、精神的に屈服させることにより満足感を覚える質の男だった。



[29552] 征洋記 十全伝・香の章 第六話
Name: 月島バナナ園◆8c43da5f ID:69cca62f
Date: 2011/09/01 07:12
 西日が、完全に地平の彼方へ消え去っていた、それまで場に漂っていたあかね色の残滓が跡形も無く消失し、代わりに不吉をはらんだ粘ついた黒があたりを浸食している。
 隆は目の前の女から視線をそらさなかった、おそらくは昼よりも夜の方がより似つかわしい女のあらゆる所作を見逃すまいと、双眸をかっと見開き、その神采に瞳を釘付けにさせた。
 ふいと、かおりの黒い姿が陽炎の如く揺らめいて、泡沫のごとくはじけ飛んだ。
「ほっ?」
 次の瞬間、隆の目の前に長い髪がふわりと広がり、視界を遮った。ビュン、と風を切り裂く音とともにその黒いガーテンを突き破って飛んでくる物があった。
 それは、わずかに明滅する街灯の光を反射してきらめいていた。目を凝らしてみると先端が研ぎ澄まされた、金色の針である事が分かった。ただし一部だけ、先端だけが極彩色にきらめいているのが見えてきた。
「金の針を毒針に使うとか、良い趣味をしている!」
 ぎりぎりまで見極めて、隆は上体を反らして飛び道具を躱した。
「金だからこそ毒針に向いてますのよ、例え躱されたとしても、金色の物体をなんだろと不用心に手に取ってくれる方がいらっしゃいますもの」
「成程、道理だ!」
 瀑布の様に広がった髪の向こうに応じてみた。応じて、名状しがたい興奮が腹の底からせり上がってきた。

 これの向こうあの女が居る!

 そう思うと隆は気分が高揚した、手を伸ばせば届く所に居る。その事実が彼を意気軒昂にさせた。
(髪にも何か毒があるかもしれないな)
 そう思ったが、しかしそうならそうでかまわないと思ってしまい、隆は拳を漆黒の髪に向かって突きだした。彼女を、手中に収めるためには手を出さないことには始まらないのだ。
 プシュッ!
 そんな音が脳裏に直接届いてくるとともに、隆は突きだした右腕に鋭い痛みが走ったのを感じた。同時に、妃かおりが大きく飛び下がっていくのが見えた。
 自分の右腕を見た、まるで熊につけられた物と見まがうほどの、爪痕がそこにあった。黄色い肌からのぞかせるピンクと白の混じった綺麗な体内組織。それから一拍遅れて、傷口から血がにじみ出てきた。
 大量出血する傷など珍しく無い、つけることはもちろん日常茶飯事だが、つけられることも、まあ週に一度や二度くらいはある。そう言う世界に生きている少年なのだ。
 にも関わらず隆を驚かせたのは、その血の色があまりにもおぞましい色合いをしていたからだ。本来鮮血が持つべき赤ではなく、溝の底を浚ってきた物よりどす黒い色をしていたのだ。
 まるで魚が腐ったかのような、眉をしかめたくなるような汚臭さえも放っていた。
 飛び退いていったかおりをみた、悠然と佇み、海風に吹かれて髪をなびかせている彼女の右手は、いつの間にか鋭利な爪があり、その爪は妖しい黒光りを放っていた。
「毒か」
「それがわたくしの本領ですもの」
「そうだったな」
「うかつでしたわね、不用心に変哲のない拳固を放ってくるからですわ。その毒はほんのわずか打ち込んだだけで、三十分以内に人間の体を骨――」
 かおりが言い終えるよりも早く、隆は右手の拳を握りしめて、力を込めた。
「ふん!」
 瞬間、右腕の筋肉がふくれあがった。それに呼応するかのように、ちろちろとせせらぎの様に流れていた黒い毒血が、まるで間欠泉のごとく大量の血しぶきをまき散らした。
「な、何を……」
 驚愕するかおりに、隆は凶悪なほほえみを返して見せた。最初は黒かった血が、大量にまき散らされていくのとともに、次第に色合いが薄くなっていき、やがて通常の赤い色に戻っていった。
 それを確認した隆はもう一度気合いを入れると、今度はぴたりと、血が止まってしまった。
「これで、毒の効果は無くなったよな」
「え、ええ……おそらくはもう効かないはずですわ。それにしてもなんてお方、そのようなやり方で……」
「まあ、体に毒が回る前に片腕を落とすのが定石なんだろうが、さすがに今片腕を無くすのはもったいなくてな」
 隆は、顔から余裕の色が消えつつあるかおりに、諧謔的な言葉を投げつけた。
「なあ、賭けをしないか」
「賭け、ですか?」
「ああ賭けだ、あそこにくたばっている三人の小娘……」
 隆はあごをしゃくって、一撃ずつで沈められた、今だ苦悶の表情を浮かべ戦闘可能にまで回復できていない日野月島星崎の三人を指して言った。
「あいつらとやったときは、倒せばお前の名前を教えてくれるって約束だっただろう?」
「ええ、そうでしたわね」
「そう言うのだよ、おれってそう言うのがないとやる気が出ないんだよ。懸賞のかかった戦いは負け知らずなんだが、それ以外だとちょくちょく負けてるんだ」
「でしたら、わたくしの立場からすれば、何も約束しない方が有利なのですわよね」
「まあそうなんだが、有利に持ち込む・・・・のと、有利にさせて貰う・・・・・のとでは違うだろう?」
 隆は口の端をわずかに上げて、目をすがめているかおりを眺めるような眼差しで見た。

 彼は確信に近い感情を覚えていた。
 美しいだけではなく、かおりと言う女はどこか気品を感じさせる佇まいをしている。日野、月島、星崎というそこそこの使い手三人を従えている所から見ても、彼女はそれなりの出か、それなりの立場に身をやつして・・・・いるタイプの人間だと断じた。
 であるのならば、彼女の日常はきっと、自らの自尊心と折り合いをつけての日々であると想像に難くない。
 何故そう決めつけることが出来るのか? それは隆は自分自身にもそういったところがある事を自覚しているからだ。故にどうしてやればいいのかも、またよく分かる。
 相手に情けをかけられた、という点を殊更に強調してやれば必ず反発してくるのだ。
「分かりました」
 果たして、かおりは思った通りの反応をしてきた。
「よし」
「ですが、何を景品とすれば良いのでしょう、この学園にやって来たばかりのわたくしに、これ以上あなたに差し上げられる物など」
「あるじゃないか」
 隆は、にやりと笑った。笑って、まるですでに勝ったかのごとく宣言した。
「お前をくれればいいのさ」

     ☆

 瞼が、ゆっくりと開かれた。
 茫洋とした瞳のまま、そいつは天井を見上げている。窓から差し込んでくる朝日がよほどまぶしかったのか、顔をしかめながら、腕を額に当ててひさしを作っている。そんなことをするくらいならとっとと起きろ、と枕元を蹴り飛ばしてやったが、見事に足がスルリとすり抜いていった。
 それに反応したのかどうか分からないけど、そいつはのっそりと起き出して台所へ向かっていった。歯を磨いて顔を洗い、寝癖に水をつけて手櫛で直してから、部屋に戻ってきてベッドの上に座り直した。
 その体勢のまま、しばらくぼーっとした。かと思えば部屋の中を見回してみたり、自分の手のひらを見つめては、それで顔をべたべたとさわってみたり。
「ここはどこ、僕は誰?」
 挙げ句の果てにそんなことを口走りやがった!
 と、おれは一瞬だけ腹の底が沸騰しかけたけど、実のところさっきまでそいつと似たような事を思っていたので、まあいいかとつっこまないでやった。突っ込んだところで、どうせ聞こえてないだろうしな。
 さっきさんざん、枕元に立って・・・・・・叫んでみたり、触ろうとして見たりしたが、そいつは全く反応しないし、手とか足とかまるで幽霊の様にすり抜けてしまう。
 一体どういう状況だ、とおれはまるで幽体離脱したかのように、自分の顔をしたそいつを見て考えていた。
 確か、おれは戦っていたはずだ。かなりいい女を相手に、久し振りに気持ちの良い戦いをしていたはずだ。
(むっ)
 そう言えば、とおれは思った。
 おれは、誰と戦っていたんだ?
 何かが大事な事が、頭からすっぽり抜け落ちているような気がしていた。



[29552] 征洋記 十全伝・香の章 第七話
Name: 月島バナナ園◆8c43da5f ID:69cca62f
Date: 2011/09/01 07:12
「……何も思い出せないや」
 と、ベッドの上に座っているおれもどきが呟いた。記憶喪失だというのにのんきなヤツだな、少し脱力したぞおい。
「まあ、どうにかなるかな」
 と言って、そいつはドアを開けて外に出た。部屋の外は人気がなかった、一応ここは学生寮という事なのだが、おれが半年前に武闘の一位になった時に、くっついてきた特権を使って他の奴らを追い出したのた。だから今この寮は誰も住んでいない、おれ様の城ってわけだ。
「誰もいない……」
 おれもどきは呟いて、しーんと静まりかえる廊下をきょろきょろしながら歩いていた。たまに名札のついていない部屋の前に立ち止まってノックをしてみるけど、当然のながら誰も出てこない。
 おれが首位特権で追い出したわけだから、誰もいないのは当たり前なのだ、もしいたとしたらそいつは住居不法侵入と言うことになる。今は学則ほうりつ的におれがここの持ち主なんだからな。
 それにだ、仮に剣持恵アイドル一位がこんな事をしたら、そりゃあ忍び込もうとするヤツもいるかもしれないが、おれ武闘一位にそんなマネが出来る人間はそうはいない。いないし、そもそもおれと戦いたいヤツはもっと正面から来るか、環境と状況を整えて待ち伏せるかのどっちかだからな。
「うーん、どうして誰もいないんだろ、廃墟……って訳でもないみたいだし。僕が起きた時にいた部屋はちゃんと人が住んでる部屋っぽかったし」
 最上階の三階から順番に下に下りて、部屋を巡った。終いにはドアノブに手をかけて、施錠されていないと知るとおっかなびっくりとした様子で中に入るが、おれの部屋と同じ作りで、しかしがらんとして何も無い部屋により首を傾げるだけの結果に終わった。
「ぼくだけの部屋……いや家なのかな。でも作りは大勢の人が暮らす寮みたいだし、何だろうこれ」
 一階まで降りてくることにはそんな事を呟く様になった。おれもどきは少し考えて、建物から出て行った。
 にしても、そいつの心の中とか分からないんだな、とおれは思った。そいつが今動かしているのは紛れも無いおれの体だ。十八年間、見慣れてきた外見だから間違いようがない。だからおれは幽体離脱だなんて思って、そして幽体離脱ならそいつが心の中で考えていることが分かるかと思ったが、そうじゃなかった。
 おれもどきを追いかけて外に出る、そいつは額に手をかざして晴れ渡る空を見上げていた。つられておれも見上げる、眩しい太陽がそこにぶら下がっていたが、特に目新しい物は何も無かった。
 上に気をとられている内に、そいつは歩きだした。家の中に居たときと同じ、きょろきょろあっちこっち見回している、まるっきり不審者だが、まあおれに文句をつけて来る命知らずはいないし、風紀委員もおれの顔は知ってるから職質には来ないだろう。
 そう言う意味では問題無いのだが……どうにも腹正しい、いくらおれがこうして幽体離脱してるとはいえ、そいつが動かしてるのはおれの体だ、だったらもっとどんと構えてて欲しいとおもう。
 幽体離脱したヤツは全員がこんな事を思ってるのかな、今度詳しいヤツにでも聞いてみようかと思った。
「せい、よう?」
 征洋だと? もしかして何か思い出したのか、とおれは声を追ってそいつの方を見た。おれもどきが立ち止まっているのが見えた。そいつの視線を更に追っていくと公園があり、その一角にネットで囲まれたハーフのバスケットコートがあった。
 そこに一人の男が黙々とボールをタンターンと転がしたり、網に向かって放ったりしている。その男の着ているシャツに「征洋羅武」の四文字がでかでかとプリントされていた、そう言えば最近こういう意味不明な四文字の言葉が書かれたシャツをよく見かける気がする。そいつらの共通点は決まって意味不明な所にある。前に見たヤツは「全裸靴下」とか「池面爆発」とかまるっきり意味不明なものだったのを覚えている。
 それに比べると当て字のセンスこそ古くさいが、「征洋羅武」の方が断然分かりやすくて好感が持てるという物だ。
「ストリートバスケのコートかな、これって」
 おれもどきのつぶやきに、おれはああそうだよと、どうせ聞こていないだろうけど答えてやった。


 征洋学園においてストリートバスケは流行っている競技の部類に入る。乙種種目だが、ゲームに必要な時間が短く、すぐに決着がつき、後にも引かない。遊び気分でやれる一方で、本職のバスケット選手がいわゆる「甲種落ち」してくるように、競技全体として見た場合レベルが高く観客にも受けが良い。
 しかし何より、ストリートバスケを人気競技たらしめたのは十数年前のとある発明によるところが大きかった。
 それまでの征洋学園は競争を推奨していたが、順位格付けを上げる事は必ずしも容易ではなかった。勝負そのものよりも、そこに至るまでの下準備が大変なのだ。
 まず、順位を上げたい場合は勝負する種目と相手、そして場所を決めてこれらを督戦委員会に提出する必要がある。そこで承認を受けた後に正式な督戦委員が派遣され、それによって白黒をつけて、順位に反映されるという形だ。
 言うまでもなく督戦委員の数には限りがある、そのため学園主催の正式な種目以外の、いわゆる野試合と呼ばれる物にはなかなか手が回らず、甲種種目以外は慢性的に放置されていたのが実情だった。
 それを見かねた一人の男が居た。後に世紀末の天才と呼ばれる御剣みつるぎ天下てんかという少年が提供したシステムによって、征洋学園は一気に新たな時代を迎えたのである。


(だからおれが子供の頃は全然はやらなかったよな、ストリートバスケなんか)
 そう思っていると、コートの中の男がこっちに気づいた。坊主頭をして、二十センチくらいの長いあごひげを蓄えている。変ななりだけど意外と若く見えて、もしかしておれより年下かもしれなかった。
 そいつはボールを持ったまま、おれの方に……足をとめているおれもどきに向かって歩いてきた。
「1ON1、やる?」
 と、聞いてきた。おれもどきはすぐ様首を横に振る。
「なんで、バスケ出来ないの? 文系の人? 種目何、今何位」
 坊主の男は矢継ぎ早に聞いてきた。
「ごめん、分からないんだ」
「分からない? 調べてないって事なのか、珍しいな征洋の生徒のクセに。いいや、じゃあ調べてやるからさ、名前、教えてよ」
「えっと……ごめんなさい。それも、分からないんだ」
「へ?」
 男はきょとんとした顔になって、ボールを取り落とした。ぽんぽんぽーんと革のボールはネットに当たって跳ね返り、ゴール側に向かって転がっていった。
 おれはやれやれとため息が出そうになった、これがおれの地の性格なのか? いや違うだろ!
 と拒否反応が出てしまうくらい、おれの顔をしたそいつは素直な受け答えをしていた。素直にハイキオクソーシツとか言うか、おい?
「名前も分からないのか、調べなかったの?」
「うん、だって分からないから」
「いや……ああそうか、本当に記憶喪失っぽいなそれ」
「え? どういうことなの」
「待ってろ、とりあえず名前だけでも調べてやるから」
 そう言って、坊主の男は小走りでコートの隅に置いてある自分の荷物に向かっていって、そこから何かを取って戻ってくる。携帯電話のようだ。
 成程、とおれは手を叩いた(音は出なかった)。そいつは何か操作してから、おれもどきに向かって軽く握った拳を突き出した。
「はい、最初はぐー」
「え? え?」
「じゃんけん」
「ぽ、ぽん」
 訳の分からないままにおれもどきはじゃんけんを持ちかけられ、パーをだして坊主男のグーに勝った。
「待ってろ……ほら来た」
 しばらくすると、坊主男の携帯に着信があった。それはメールのはずだ。
「出てる出てる、ほら、これがお前の名前だ」
 といって、坊主男は携帯の画面を向けてきた、おれもどきの背中越しにのぞいてみる、確かにそこにはおれの名前である乾隆と――。
「へえ、アノン・サープラスっていうんだ、僕は」
「違うわ!」
 違うつーの!
 思わず、おれと坊主男……アノンという男の声が重なってしまった。どういう頭の構造をすればそっちの方が自分の名前だと思えるようになるんだ? 莫迦なのか? 莫迦なんだなお前――。
 ――よそう、そいつの脳みそはおれの脳みそなんだ、莫迦莫迦言ってたら自分までもが莫迦って思えてくるようになる。
 おれは気を取り直して、アノンの方をみた。
 天下システムを使って出た名前なら、本名であるのは間違いないのだ。



[29552] 征洋記 十全伝・香の章 第八話
Name: 月島バナナ園◆8c43da5f ID:69cca62f
Date: 2011/09/01 07:12
 アノン・サープラス。
 奇妙な名前だな、何処の出身なのかとおれは思案した。余剰サープラスを名字にするのは聞き慣れないが、あっちでは先祖の職業をストレートに名字として受け継いでると聞く、もしかしたら大昔に鼻つまみ者だった人間がその名字を名乗っていた、という可能性も捨てきれない。
 だが、そうだとしても変だ。何しろ今そこに居る坊主のヒゲ男はどう見ても東洋系の目鼻立ちをしている、顔のパーツの配置が多少日本人とも征洋人・・・とも違うみたいだが、どう見ても欧米の血が入っているように見えなかった。
 という事は……。
(ホンコンか?)
 と、おれはあたりをつけた。
 おれの知識が正しければ、確かあそこは十数年前までイギリスの支配下にあって、その影響で住民の多くは本名とは別に英式の名前を持ってるはずだった。ブルースなんとかや、ジェットなんとかみたいな名前がそれのはずだ。そう考えると、アノン・サープラスはあり得る名前のように思えてきた。
 そして、アノン。
 大陸では確か大昔から、あだ名とか幼名とかに小ナントカや、阿ナントカという風につけているという知識が、おれの頭の中にあった。音にするとシャオなんとか、アなんとかといった具合だ。
 ちょっと前に香港マフィアに混じって学園に潜入してきて大暴れした、白髪の魔女ウィザード・オブ・スノーホワイトジィ小蓮シャオレンとかがまさにそうだったはずだ。
 そう考えると、アノンって名前は確かに、漢字圏の人間、もっと言えば大陸の人間っぽい名前だった。大陸風の名前で、英語混じり。これはもうホンコンから来たヤツで間違いないだろうとおれは思た。
 もちろん偽名という可能性もあるが、そいつが天下システム・・・・・・を使って表示させた名前なら、それは間違いなく本名のはずだと、おれは一瞬頭に浮かんで来た偽名説を打ち消した。
 にしても、また・・ホンコンか。
 おれはため息吐きながら、体に戻れたらそいつの正体を調べておこうと、アノン・サープラスという名前を記憶の隅に放り投げて、携帯の画面をのぞき込んでいる二人をじっと眺めた。

「そっちはおれの名前、あんたのはこっちだこっち。ていうかなんだこれは、どう読むの? けんりゅう? こんりゅう? 乾坤って、どっちがけんでどっちがこんだっけ」
 乾坤けんこんだ。聞こえてないと知りながらも思わず指摘してしまった。
 だがしかし、その言葉がぱっと出てくるという事は、こいつはあっちの人間で間違いなさそうだな。追加で得た情報におれは確信に近い物を覚えていた。
「うーん、『いぬい』、じゃないのかな。二文字を名字と名前で切ったらそうなると思う」
「ああそうか、いぬいか、なるほどなるほど。乾で、下はじゃあたかしだな。乾隆ね」
「多分そう。わからないけど」
「そっか乾か、なんか曰くありげな名前じゃね? まあいいや、おれは……先に言われちゃったけど、アノン・サープラスっていうんだ、よろしくな」
「よろしく」
 アノンが差し出してきた右手を、おれもどきが疑わしげな顔で握ってやった。
「アノンさんって、外国の人? 日本人の名前じゃないよね、それ」
「ああ」
「どこの人ですか?」
「内緒だ、まあ一応漢字圏の人間だと言っておく」
「漢字圏って……ベトナムとか?」
「そうそう、あそこは広東語と同じ昔の落陽音の影響を未だに色濃く受け継いでて現代北京語の四声と違って六声とか九声とか未だにあるんだ、だから漢字も――ってなんでやねん」
「わあ、普通にのりつっこみだ」
「つっこむわ、そらつっこむわ。お前こそなんでそこでボケるんだよ。普通漢字圏っていったら中国とか韓国とかだろうが、ボケるにしても『漢字圏って……じゃあもしかして日本人なんですか』『いやサープラスや言うてんねん』だろ、何でいきなり一番遠いベトナムからなんだよ。予想外すぎて突っ込めなかったわ」
「でも突っ込んだよ?」
「つっこむわ! ベトナム人とかいきなり言われたらそらつっこむわ。なんでベトナムなんだよ」
「……ベトナム人っぽいから?」
「なんでやねん、この顔の何処がベトナムっぽいんだよ。ベトナムだったらアノン・グェンになってるだろおれ」
「本当にベトナムじゃないの?」
「ちがうってのに、五代血統表のどこを見てもベトナムの血一滴入ってないから」
「……ねえアノンさんって本当に外国人なの? 全然そうは見えないんだけど、日本語上手いし、なんか変なところ詳しいし」
「日本人じゃない、それは本当だ」
「そうなんだ……うーん、じゃあさ、なんか証拠見せてよ。本当に日本人じゃないって証拠。そだ、向こうの言葉とかしゃべってみてよ」
「向こうの言葉? ああいいぜ。ごほん、ウォーブーシーリーベンレン、こんなんでいいか?」
「すごく日本語っぽい発音だね、それになんか中国語? の教科書に出てくる言葉だ」
 確かに、それはおれも思った。
 今そいつが何を言ったのか分からないが、最後の日本人リーベンレンだけは聞き取れた、文脈から察するに「おれは日本人じゃない」とても言っているのだろうが、発音がもう完全に日本人のそれだった。
 アメリカ人だと主張しているやつが「グッドモーニング」と、一音ずつはっきり発音しているような物だ。
 何の証明にもなっていない一言だった。
「郷に入っては郷に従えっていうだろ、ヤンキーオタクとかも日本に来たらグッジョブとか発音する時代だし」
「それはなんか違うと思うな」
 おれもどきは苦笑いするが、やがてまあいいやとして、話を切り替えた。
「ところで、これって何?」
 と、アノンの携帯電話を指して訊いた。
「今のじゃんけんは? なんでこれが僕の名前だって分かるの?」
「ああ、それは天下システムから送信された勝負の結果だからだよ」
 アノンの説明を空中に浮かんだ状態で聞きながら、おれも天下システムについての知識を脳裏から掘り起こした。

 天下システム。
 十数年前、二十世紀最後の年に征洋学園生だった御剣天下が発明したシステムだ。その原理と子細は学園機密として公開されていないが、機能は大まかに分けて二つあるとされている。
 まず学園内、つまりは征洋島内で行われるありとあらゆる勝負事を監視して、リアルタイムで結果を判定してランキングを再計算すること、そしてその結果を希望する学園の端末に送信することの二つだ。このシステムによって征洋学園の歴史は天下以前と天下以後に区切られるようになった、それほどまでの大発明だ。
 アノンはその天下システムの機能を上手く利用したのだ、送られてきた結果には自分のと、そして勝負した相手の名前が記載される。そいつはこの学園で一番簡単に決着がつく、丙種種目のじゃんけんをおれもどきに持ちかけて、おれの名前を明らかにしたのだ。
 上手いな、とおれは思わず感心した
 このシステムに対して、日本しゃばから転校してきた連中は個人情報がどうのこうのとよく騒ぎ立てるが、そういう声は決まって長続きしないものだ。騒ぐ人間はすぐに征洋学園、つまり天下システムに支えられている現状になじむか、あるいは競争する毎日に耐えられ無くなって娑婆に帰って行くかのどっちかだ。
 そんな事を考えながら、天下システムで盛り上がっているアノンとおれもどきを眺めた。二人は早くも打ち解けた様子で、コートの中で雑談に興じている。足を止めて話し込む二人の影は徐々に短くなり、それを映し出す地面からは少しずつ陽炎が立ち上っている。幽体離脱中のおれにも視覚的な暑さが伝わってきた。

「おぅふ!」
 ふいに、アノンが奇声を張り上げた。おれもどきと話してる途中に、そいつが持っている携帯が急に鳴り出したのだ。
「へろー」
「何で欧米風……」
 おれもどきはあきれた様につぶやいていた。同感だ。
「え? いやおれはそんな事言ってないよ。いやいやまって、ちょっとまって。今から行くから、婆ちゃん先生引き留めといて」
 アノンは電話を切って、申し訳なさそうにおれもどきの方に振り向いた。



[29552] 征洋記 十全伝・香の章 第九話
Name: 月島バナナ園◆8c43da5f ID:69cca62f
Date: 2011/09/03 07:44
「ごめん、用事が出来た」
 アノンは手刀を立てて、軽く頭を下げてくる。何が起きたのは分からないが顔に焦りの色が濃く出ている、一刻も早く駆けつけたいという気持ちがあふれていた。
 まあ、その名前と妙に流暢な日本語で多少は気になったが、どう見てもそいつとおれは違う世界に生きてる人間なんだ。普通に生きてればおれとそいつの人生エピソードが交わる事はあり得ない。そいつに大事な事があるように、今のおれにもやらないといけないかおりの事がある、こんなヤツにかかずらってる余裕は無い。
「大丈夫? なんか大変そうだけど、手伝おうか」
 なのにそいつは勝手なことを言い出しやがる!
 思わずおれと同じ顔をしたそいつをにらみつけた、アノンにそんな言葉をかけるだけじゃなく、挙げ句の果てに人の良さそうな顔で心配までしている。記憶喪失ってのは自分がそうなっているのまで忘れてしまうものなのかと呆れかえってしまう。
「ありがとう、でもおれが自分でやらないといけないことだから」
「……そっか」
 アノンの口調からなにか感じる物があったのか、おれもどきは神妙に頷いた。
 その後アノンはコートの脇に置いてあった荷物を取って、ゴール下まで転がっていったバスケットボールを拾い上げて、全速力で駆けるようにこの場から立ち去っていった。
「大丈夫なのかな……」
 人の心配するより自分の心配してろ、とアノンを見送るおれもどきの背中を見てそう思った。
 こっちの気持ちなんか少しも知らずに、おれもどきはそのまま、しばらく公園の中にいた。なにする訳でもなく、ただそこにいた。やがてベンチの方に向かって歩いていき、そこに腰を下ろした。
 わしわしわっしと、クマゼミがやかましく鳴き続けていた。ひさしにじりじりと照らされた公園の地面近くがぼやけて見えてくる。アスファルトでもコンクリートでもないというのに、土の地面からとんでもない熱気が立ちこめている。
 瞬間、視覚に感じていた暑さが一気に冷え切った。一筋の冷たい汗がおれの背中を伝って行くような感触を覚える。この空気は! とおれはのんきで空を見上げているおれもどきから視線を外し、公園の入り口にぱっと振り向いた。
 男女の、二人組だった。
 女は百四十センチ程度の小柄な体格で、乱雑に伸ばされている長い髪を全身に覆わせていて、目を背けたくなる野暮ったさを感じさせる出で立ちだが、揃えた手で持っている白木拵えの太刀が物々しい雰囲気を醸し出している。
 一方の男は、百八十センチはあるだろうかという大男だ。学生服を着ていて、半袖のシャツは襟元を開放している。頭には今時珍しくバンダナを巻いているという前世紀的なセンスだが、そいつがしていると妙に似合って見えてくるから服飾というのはまか不思議な物である。
 どちらも、見覚えのある姿だった。普段のおれなら色んな・・・意味で歓迎したい二人組だった。
 が、今はまずい、とてつもなくまずかった。シマヘビの前に卵を無造作に放置するくらいまずかった。
(おい! とっととにげろ)
 おれはベンチに座って空を見上げているおれもどきに振り向いて叫んだが、当然のようにそれが届いた様子は無かった。
「やっほー、お久しぶり乾」
「え?」
 ベンチの上でのんきにしているおれもどきは、二人組の男の方、天川遊侠ゆうきょうの声に反応して顔をそっちに向けた。
「ぼ、ぼくを、呼んだの?」
 おれもどきがいうと、遊侠は意表を突かれたように、あんぐりと無様に口を開けはなってしまった。気持ちは分かるが、驚きすぎだ。
「……ぼうっとしない」
 馬鹿面をさらしている遊侠に、そいつの相棒の女……佐々笑子しょうこは名前に反して全く笑わっていない顔で叱咤した。
「あ、ああ。でも、だって、ねえ」
 明らかに動揺している遊侠、そいつはおれもどきの顔を見ていった。何がダッテネーだ……いや気持ちは分かるがな。
「あの乾が、僕、だよ? そりゃあびっくりしてもしょうがないじゃんか。乾が僕、だよ?」
 二度言うな。
「天変地異の前触れかもしれない、しかしそんなことは任務にはなんの関係もない」
 お前はお前で言い過ぎだ。
「うーん、それもそっか」
 遊侠は気を取り直して、おれもどきに向き直った。
 今、こいつはなんて言った?

 ――任務。

 その言葉を脳裏でリプレイさせると、おれは舌打ちしたい気分になってきた。
 遊侠と笑子の二人が、任務の為におれの前に現れた。それがなにを意味しているのかは考えなくても分かる事だった。理由はどうあれ、やるべき事は一つ。そう、戦うことなのだ。
 普段のおれならば大いに歓迎するところだ、こいつ等と戦うのはそれはそれは楽しいものがある。男女の関係であり、遠距離と近距離戦闘にそれぞれ特化した二人のコンビネーションはすばらしいものがある。出来物のこの二人を真っ向から迎え撃って、倒していくのは筆舌尽くしがたい快感がある。
 だが、どこぞの無限の戦意バーサーカーとは違って、こいつ等は実力者だけどなかなか仕掛けてくることはない。こちらから仕掛けようにものらりくらりと躱されることがほとんど、よほどの理由が無ければ、こいつらと戦うチャンスは訪れてこないのだ。
 だから向こうから仕掛けて来るというのは、本当なら歓迎すべき事態なんだ。
 おれが、幽体離脱さえしていなければ、である。
「じゃあ乾、悪いけどちょっとばかし、つきあってもらうよ」
「え? あの……どういうこと?」
「……説明の必要なし」
「そういうことだ」
 遊侠はそういって、いつの間にか、そして何処からか。大量のナイフを取り出していた。それを軽く空中に放り投げちゃ、次の瞬間、それをおれもどきに向かって蹴り出していった。おれもどきは情けない悲鳴をあげて、慌ててベンチから飛び上がって、なんとかナイフの群れを躱したが、勢い余って横転して、公園から転がり出てしまう。
 そこにいつの間に飛び込んできた野暮ったい美少女が、太刀を振りかぶって飛んできた。瞬時に二十メートル近くあった距離が無にされて、太刀一閃、白い刃がおれの体の胸元を引き裂いた。大量の鮮血が噴水の様に、真夏の炎天下にまき散らされていった。
「弱い……」
 弱いのはお前のしゃべり方だ莫迦女が。
もったいないことを、今そこにいるのがおれだった、存分にこの二人との戦いを楽しめたというのに、よりによって体を自分で動かせない時に襲われるなんて、ごちそうを前にお預けを食らわされた気分だ。
 これで体をコントロールしてるおれもどきがそれなりの立ち回りをしてるならまだよかったが、そいつは無様に逃げ回るばかりだった。当然遊侠と笑子から逃げられる訳もなく、グサグサささったり、スパスパ斬られたりした。
 が、どうやら向こうはそれ以上やるつもりはないようだ、最初におれもどきの胸をスバッと裂いた一撃以降、二人はどこかセーブしているように見える。笑子は無表情で太刀を振るっているけど、感情が豊かな遊侠は明らかに戸惑っている。
 遊侠が戸惑ってるのと同じ理由で、おれはこの戦いを見ていられなかった。意識をそらし明後日の方向を見て、昨日の出来事を考えた。
 意外なことに、それまでどうやっても思い出せなかったものが、すんなりと脳内で再生されるようになった。

     ☆

 かおりはすました表情のまま、じっと隆を見つめてきた。意識して無表情を装っているのか、引き締まった口許がちょっと前に比べてわずかに硬さを感じさせている。ストレートにそうと言われたことがないのだろうか、と隆はニヤケながら思った。
 そのかおりは無表情、無反応を決め込もうとしているようだが、周りはそうはいかなかった。それまで悶絶して立ち上がることすらままならなかった日野月島星崎の三人娘が、離れた所から口々に慮外者だと隆を罵ってきた。
 隆はそれを馬耳東風と受け流して、かおりだけを見つめていた。



[29552] 征洋記 十全伝・香の章 第十話
Name: 月島バナナ園◆8c43da5f ID:69cca62f
Date: 2011/09/05 09:58
 隆はそれを馬耳東風と受け流して、かおりだけを見つめていた。
「どうだ?」
「十全少年と言えど諧謔の心得はないとお見受けしますわ」
 遠回しに『ノー』と言われた様なものたが、隆は気分を害されたでもなく、寧ろより上機嫌になって言った。
「おれは冗談を口にしてるつもりはないぞ、至って本気だ」
「では、女を賭けの対象にするのが、あなたが仰る本気というものですか。その様な手段で手に入れようと仰るので?」
「生涯をともにしたいと思う女を手に入れるのに、手段を選んでいられると思うか」
「生涯という言葉をそのように軽々しく使われては、男が下がるとわたくしは考えますが」
「道理だ、生涯に限らず言葉を軽々しく放つような輩は信用に値したい。そのことについては全く以て同感、異を唱える余地はない」
 隆は腕組みしながら目を閉じて、うんうんとしきりに頷いてみせた。
「でしたら」
「だが、軽い気持ちで無ければその限りじゃあない。本気ならばなんら問題は無いはずだ」
「それもまた道理ですが」
 そう話すかおりは形の良い眉の根を寄せた、深く刻んだ縦皺がその困惑のほどをよく表している。
「こう見えて掘り出し物件だと思うが? 顔はそこそこと言わざるを得ないがその分能力はある、亭主関白だがその分一穴主義だから無用に悲しませることも寂しがらせるもない。どうだ」
「女を口説くことも不得手のようですわね」
「自覚はある、だから賭けというどさくさに紛れてやろうとしてるんだ。本当に手に入れたい物だからな、手段は選んでいられん」
「成程、一本筋通ってはいるようですのね」
 かおりは凛然と背筋を伸ばしたまま、一度瞼を閉じて、考えるようなそぶりをした。隆は急かさなかった、それくらいの分別や配慮が、無骨な少年の中にもあったからだ。何よりもそんなかおりを見ているだけでも隆にとって至福の時間に他ならないからだ。
 いや、至福はまだこんな物ではないはずだと、隆は一秒前の自分を否定した。どう考えても至福なる時間は、見ているだけの今ではなく、彼女を手に入れてからか、あるいは不倶戴天の敵として袂を分かつかのどちらかである。
 後者でもそれなりの人生を楽しめるだろう、それもまた悪くない。隆はそう思い、彼女をじっと見つめ続けた。
 ややあってかおりは瞼を開けて、薄い……しかし不快ではない笑みを浮かべてきた。
「では、一つだけ条件を。勝負に際しての」
「いいぞ、承った」
「……まだ何も話しておりませんが」
 かおりは宛然と微笑んだ、本来ならば苦笑してしかるべき場面だが、それがないというのは隆の台詞に予想がついているからなのかもしれない。
 少なくとも隆はそう受け取った、そして期待されているその言葉を口にした。
「どんな条件だろうと、景品のかかった勝負では負けなしなんだ、おれはな」
「でしたら確認ではなく、説明を。勝利条件を知らないのでは勝ちようがありませんわ」
 かおりはたおやかな仕草で手を持ち上げて、自分の胸元にそっと当てた。
「おう、言ってみろ」
「簡単なことです、わたくしの心を折ることが出来れば……その時点で負けと致しますわ。その時はこの身を喜んで貴方ゆだねますわ」
「体ではなく心をか、それは条件じゃなく助言の様に聞こえるぞ。おれからすれば当然お前の心も手に入れるつもりでいるのだからな」
「話が話ですわ、負けた後にいやいや身を委ねるより、どうせならば体と心、両方を同時に摘んでいただいた方がいいかと思いましたの」
「成程」
 隆はニヤリと口の端を持ち上げて、より一層全身から力を抜いた。臨戦態勢に入る。向こうも同様だ、心なしか鼻腔をくすぐる蠱惑的な香りも強まってきている。
 隆とかおり、二人はまるで引き絞った弓の様に、つがえた矢が今にも暴発しそうな一触即発の状態になった。
 緊張が流れる、夜間の征洋島が持つ独特のよどんだ空気までもが、二人の周りを避けて通った。
 均衡を破ったのは、第三者の慮外な動きだった。主を助けようと、もっともダメージの少ない星崎が弓に矢をつがえて狙いを隆に定めたが、それでも力が入らず矢を取り落としてしまう。
 コトッ、という普段なら気にもとめない音とともに、限界まで膨らんだ風船の様な緊張感が爆裂した。
 先手切って飛び出したのは十全少年パーフェクトソルジャー、これまでとは違ってはっきりとした目標が出来た彼は、迷いのない顔つきでかおりに飛びかかっていった。一度の跳躍で十メートル近くあった二人の距離をほとんど無にするほど、彼女に肉薄した。
 かおりは平然と……しかしよく見ると厳しい表情で応戦した。玉突きで押し出されるかのごとく後ろに跳躍しつつ、しなやかな腕を横薙ぎに振った。そこから数本の金の針が飛び出し、隆を襲った。
「今更こんなの!」
 怒号一喝、かおりのそれを予想していたかのごとく、隆は肺の中にため込んだ空気を一気に吐き出して金の針をまとめて吹き飛ばした。針の先端にどれほどの毒が塗り込まれていようと、触れさえしなければということだ。
 息継ぎ無しで、再び地面を蹴って肉薄していく、かおりはなおも金の針を投げながら後ずさりを続けるが、すべて吹き飛ばされて、やがて弾切れを起こしてしまう。
「とんでもないお方、まさかすべて吹き飛ばしてしまうなど。よく息が続きますわね」
「肺活量にそこそこ自信があってな、前に水中戦をやったこともある。その時は相手をしめおとしたのか肺活量で勝ったのか分からない決着になってしまったがな」
「ちなみに、その時の記録を伺っても?」
「十五分程度だ」
「人間離れしていますわね」
「そうでもない、世界記録にはまだまだ及ばないさ」
「戦いながらの十五分でありましょう?」
 隆は答えない、実力とは裏腹にかれは余計な自慢を好まない主義だ。もちろん顕示欲はある、それも人一倍。しかし彼は口ではなく行動で、実際に派手な行動をして人の視線を引きつけるやり方を好む。
 だから答えず、薄い笑みを浮かべたまま攻め手を繰り出した。
 そんな隆が前蹴りを放った途端、それまで後退する一方だったかおりの動きが止まった、着地した瞬間にくるりと一回転すると濡れたような艶やかな長髪が空気を裂く轟音とともに襲いかかってきた。隆は即座に前進することをやめて、上体を反らして躱した。鼻先をかすめていく髪からは場に漂っている、微かな芳香を強くしたようなものが鼻腔をくすぐる。
 なるほどそれの発生源は髪なのかと、隆はあたりをつけた。
「それに切られるとどうなるんだ?」
「ご想像にお任せしますわ、試しに切られてみてはいかが?」
「魅力的な提案だが、それはお前の心をおってからじっくりと堪能させて貰う。七十二種類の芳香は何も戦闘に使う物ばかりじゃないんだろ?」
 かおりは一瞬だけ目を丸くさせるが、すぐにすました表情にもどる。
「ええ、閨に転用できる物もございましてよ」
「転用」
 鸚鵡返しに呟く。
「ええ、用いる機械がございませんでしたもの」
「それは助かる」
「あら、やはり未通女の方がよろしいので?」
「当然だ。もしお前がそうでなかったら、お前をそこまでいい女にしてくれた男達に頭を下げにいかにゃならんところだった」
「……前言撤回、冗句のセンスがおありですわ」
「だから全部本気だと言ってるだろうに」
「ふふ、そう言う事にしておきますわ」
 笑って話ながらも、隆もかおりも手を休めなかった。口ではとりとめのない冗談を繰り返しているが、どちらも当たればただではすまない攻撃を繰り出している。
「楽しみだな」
わたくしの心を折ることが出来れば、出し惜しみなしで存分に尽くして差し上げますわ」
 言って、かおりはたおやかな体を踊らせていた。金の針をうち尽くした彼女は長い髪を武器にして立ち回っている。まるで連獅子の様だなと隆は思ったが、威力は段違いだった。試しに硬く揃えた四本指の手刀をそこにたたき込むが、打ち合った結果逆に彼の手から血しぶきが飛ぶ結果になってしまう。
 傷口にたちまち、かゆさとしびれが同時にやって来た。どんな物なのか分からないがかおりが武器にしている毒の何かだと瞬時に判断した隆は、先ほどと同じように傷口から一瞬血を大量に噴き出させて、毒を取り除いた。
(心を摘むには、まず体を痛めつけさせて貰おう)
 隆はそう思って、ぐっ、っと地面を踏んで飛び出した。迎え撃つかおりの長髪をくぐり抜けて、その先に待ち構えていた黒い爪をひょいと躱し、先ほど同様に前蹴りを繰り出した。
 遮る物のなくなった前蹴りはかおりの細い腰にクリーンヒットした、苦悶の声とともに、たおやかな体が空中にはじき出される。
「さっきはとめられたが」
 ちらりと、未だ動けない三人娘を一瞥する。
「今度こそ一緒に踊って貰うぞ」
 と、かおりを追いかけて飛び上がった。追いついて無防備な体に向かって更に蹴りを放ち、上空に跳ね上げる。彼女の体を蹴り込むのと同時に・・・・・・・・・飛び上がり、追いついていった。



[29552] 征洋記 十全伝・香の章 第十一話
Name: 月島バナナ園◆8c43da5f ID:69cca62f
Date: 2011/09/07 09:40
 九天翔る黄龍。

 隆がもっとも得意とする技の一つで、一種の必殺技として周りの人間に認識されている物だ。
 得意とは言っても、この技は相手に大ダメージを与えるような技ではない、時としては『九天』を放つよりも膂力に任せて拳をブン回した方が相手に痛打を浴びせることが出来る。そう言う意味で|必殺《・・》技としては失格も良いところなのだが、大仰に|産まれて《・・・・》来た名前や見栄えのする動き故に、派手な演出をより好む隆はそれを決め技、あるいは締め技として愛用してきた。
 その技の動きは、大別して二種のパターンに分けられる。
 対単独と、対多数の両パターンだ。
 攻撃対象が一人のみである場合、隆はまず相手を大きく蹴り上げて、空中に飛ばされた相手を追いかけて自身も飛び上がってこれに追いつき、再度蹴りをたたき込むと同時に蹴った相手を踏み台にして、蹴り飛ばした方向に向かって再度飛んでいき、追撃を加えるとともに再び踏み台にする……といった風に痛撃を加えていくのだ。
 端から見れば人間が二人、空中で鋭角に曲がりながら飛び回っている様に見えるこの技を、隆は唯一名前をつけて愛着を持っていた。
 ちなみに複数の敵を相手にする場合は、まず敵を全員空中に飛ばしてから一人を蹴った反動力でもう一人を蹴り、その反動力で次の敵、あるいは最初の敵に蹴り込むと言う具合だ。その様子はさながら限られた空間でバウンドを繰り返すゴム玉の様なものだ。
 どちらのパターンにせよ、征洋学園最強の|十全少年《パーフェクトソルジャー》乾隆といえども、技の特性上空中で不安定ながらもとりあえずはつかえる足場を求めて、それを元に跳躍をと繰り返される訳なのだから、労力とは裏腹にダメージ効率は決してよくない。
それでも見た目の派手さから隆はそれを好んで使っているのだ。

 名前通りに、隆はきっちりかおりと共に空中で八回の方向転換を行ってから、フィニッシュに彼女だけを斜め下へ蹴り落とした。白皙の砲弾が向かって行く先には人の高さほどの金網があり、かおりの華奢な体はそれを突き破って飛んでいった。
 隆は手を休めなかった、自身も着地するやすかさずかおりに向かって飛びかかっていった。
 高揚する戦意とともに全身の筋肉が膨らみ上がっていった。手加減をするつもりは全くない、むしろ手加減する必要の無い女であって欲しいとすら願いつつ、全力で飛びかかっていった。
 砂埃の向こうで、何とかして体を起こしながらも地面に膝をついて、吐血しているかおりが猛襲する隆に苦し紛れの爪を放ってきた。隆はそれをつかみ、肌には薬物は仕込んでいないなと口の端をゆがめつつ、華奢な肘と肩の関節を瞬間に外した。かおりは悶絶した。彼女の軽い体をかるく空中に放って、無防備になった胸元に肩からぶつかっていく。繊麗な肢体は撃ち出された砲弾のごとく何度も地面をバウンドして、砂塵を巻き起こしながら転がっていく。猛然と追いかけていき、今度はサッカーボールのごとく彼女の腹部を全力で蹴り飛ばした。
 攻撃を加えていくとともに、隆は高揚感とともに、嗜虐的な何かが首をもたげてくるのを感じとった。いつもなら喜んで解放するそれをしかし、かおりに持った好意で押さえ込んだ。
 隆は女に対して拳を振るうことを悪行とは思っていない、立ち向かってくる者には常に全力で沈める主義の持ち主である。そこに男も女もないという、征洋学園武闘科の主流派である思想の持ち主だ。その結果例え不幸な結末を迎えようと彼は心動かされることはないし、征洋学園の|学則《ほうりつ》が彼を守ってくれる。
 今まで彼はそうしてきた、これからもそうするだろう。
 だが、今回は目的が目的である。
 かおりの体を痛めつけることに咎こそ感じないものの、やり過ぎて、壊しすぎて先に響くのは本末転倒と言わざるを得ない。
 この美しい女には、回復不可能な傷だけはつけまい、と。
 隆は瞬時にそう線引きして、再びかおりを追いかけていった。

 乾隆は決して無思慮に才能を振り回すタイプの使い手では決してない。
 むろん、彼を強豪として、さらに学園最強の座へ押し上げたのは、神の贈り物という他ない高い身体能力によらしめる所が多分に含まれているが、地力だけでのし上がれるほど、競争に明け暮れてきた征洋学園六十年の歴史は軽くはない。
 彼が連戦連勝を重ねてこられたのは、ある意味ではその派手好きな性格があってのものだとされている。
 勝利するだけではなく、ただ勝利を収めるよりも、隆はより楽勝に見える勝ち方を、そしてより派手に見える決着の付け方を好む。
 ダメージを受けても、顔色一つ変えないように振る舞うのはそれが原因だ。
 それを実現するために、強豪との対戦でそういったパーフェクトな勝利を収めるために、戦い方を繊細に気配る必要があった。
 隆は、いかなる場面であろうとまずは相手の戦力と現状を分析し、最善の手段を考えられるように自分に強制した。そうすることによって彼は戦闘状況をあくまで冷静に、客観的に分析する癖と能力を身につけたのだ。
 そういう意味では、これまでかおりとの戦いはいつもの彼である。
 遅効性とおぼしき|筋弛緩系の毒《ドラゴンサライバ》を吸い込んだ後、その効果と自身が持つ薬物への僅かな耐性、そして現在の体調をあわせて分析した。その結果あと数時間ならば戦力を、かおりを圧倒出来る程度の力を維持できるだろうと判断した。
 それは全く正しかった。
 次にかおりに不意を突かれて、黒い爪で腕を引き裂かれてそこから毒を直接注入された時も、即断で大量の体力と血液を消耗するやり方で毒を体から追い出した。これによって解毒を果たすと共に、パフォーマンスとして、かおりを威圧できればと考えた。
 これもまた正しかった。
 更には自身の戦意を向上させるために、かおりから『景品』の約定を取り付けて、相手にプレッシャーをあたえ、自分の戦意を向上させた。
 これも正しいとしか言うほか無かった。
 詰まるところ、|十全少年《パーフェクトソルジャー》乾隆は、戦いの最中に思考し選択したものすべてが正しくあるのだ。そう言った星の下に生まれてきたのか、あるいはそうしようと努力してきた物がすべて無駄なく血となり肉となったのか。
 それを究明する多大な労力を要するし、したところでどうなる物では決してない。
 事実として重要なのは、彼は自身の五感がとらえられる物を、すべて正しく分析出来る能力を持った使い手だという事なのだ。
 ただ、十全に見える能力にも欠点があった。
 征洋学園武闘ランキングトップに座していても、大仰な通り名で呼ばれてはいても、隆は十八歳の少年にすぎず、五感のらち外にある物までとらえるほど思慮深くも注意深くも無い。

 つまりはそういうことだった。


「――!」
 瞬間、それまで問題無く動いていた体から一気に力が抜けていった。地を蹴って飛び出した慣性のまま空中を飛んでいくが、攻撃する力もまともに着地する力もほとんど残っていなく、隆は体ごと地面に飛び込んでいく結果となった。
(毒? いや、あの遅効性のヤツならまで数時間はかかるはずだ。それ以外? 傷のヤツは全部追い出している、そいつの反応からそれは確かだ。演技? いやそれは無い。だったら?)
 だったら。だったら? だったら?!
 あらゆる可能性を、脳裏に思い起こしてみた、しかしまったく思い当たる節がなかった。
 頭を高速に回転させる一方で、視界の隅にかおりがのっそりと立ち上がっているのが見えた。
 ダメージが効果的に蓄積されているのは間違いなかった、彼女がそうして立ち上がっていあながらも、今にも倒れてしまいそうなほどふらついているのが何よりの証拠だ。
 しかし隆はほとんど動けない状態にあった。脱力しきったように指一本動かすことすらままならない状態になってしまっている。
 形勢逆転だった。
「どういうことだこれは」
 喋れはするのか、と思いつつ顔を一杯にそらしてかおりを見上げて、訊ねた。
「石灰水と二酸化炭素の反応をご存じですか?」
「なんだそれは」
 どこかで聞いた様な気がするが、戦いに明け暮れてきた隆にとってなじみの無い単語の組み合わせだった。
「透明な、それこそ真水にしか見えない石灰水に、これまた大気の中にあたり前のように存在する二酸化炭素。この二つを混ぜることによって、透明だった石灰水に白い澱が生じますの」
「……成程、最初の毒はおどりだとも考えたが、下準備だったという訳だな」
 かおりの例えで隆は瞬時に理解した。あの遅効性と思われたドラゴンサライバはこういう事だったのかと得心した。
 かおりの体臭とおぼしき、甘く切ない、蠱惑的な芳香を併せ持ったそれはあまりにも効果が弱い物だった。それに対してかおりの爪に裂かれた瞬間、隆は瞬間に自分の腕が腐り落ちるイメージが脳裏を駆け抜けていった。それ故に毒使い、あるいは薬使いとしてのかおりのレベルは相当に高い物があると感じとった。
 ドラゴンサライバは、感じたそのレベルと比較して余りにも弱すぎることから、隆はずっと頭の隅で警戒を心がけていた。その気になれば彼女はきっと、もっと強い効果の毒を大気中に放つことが出来る。|おとり《弱い物》を用いてから|主力《強い物》をたたき込むというやり方は戦いの定石なのだ。
 だから隆はおとりの方をあまり気にしなかった。効果が弱く、例えるのなら酒豪が度数一パーセントのアルコールをちびちび飲んでいる程度の効果しか隆に与えていない、これでは下手をすれば効果がはっきりと現れる前に代謝してしまうかもしれないとも思った。
 だからこそ隆はより主力に警戒し、それに気を止めなかった。
 しかしかおりの説明を聞いた瞬間にすべてを理解した、ドラゴンサライバは他の何かと混ざることによって、本来の効果を発揮する類の物だったのだ。
「後発のは……無臭無味の類なのか?」
「ご明察ですわ」
 腕を押さえたかおりが答える、額に大粒の脂汗を浮かべている、隆の効果的な破壊でダメージが蓄積されているはずだが、彼女は痛みの現れを脂汗だけにとどめて、依然として涼しげな表情を作っていた。
「考えもつかなかった、何か本命が来るって分かって警戒してたんだがな」
「そうなさるとは思いました、あなたが最初の子を吸い込むことを続けてまで、本命の存在をかぎ分けようとなさることを」
「成程、おれはその手にまんまと引っかかった訳だな」
「二度とは使えない手ですわ」
「負け惜しみにとっておいた台詞を先に言わないでくれ、自分を引き裂いてしまいたくなる」
 隆はニヤリと笑って見せた。かおりも艶然と微笑み返してきた。


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