1.まず判決と判決後の本人のコメントについての記事を。
(1) 日経新聞平成19年10月6日付
「子どもの歓声は騒音、遊び場の噴水止める・西東京の公園
東京都西東京市の公園の噴水で遊ぶ子どもの歓声がうるさいとして、近くに住む病気療養中の60代後半の女性が市に対し騒音差し止めを求める仮処分を申し立て、東京地裁八王子支部(小林崇裁判長)が噴水の使用を制限する決定をしていたことが5日、分かった。決定は1日に出され、市は2日に噴水を止めた。
決定によると、問題となった噴水があるのは「西東京いこいの森公園」で、噴水周辺では子どもらが水の間を走り回って遊べるようになっている。女性は噴水から約50メートル離れたところに自宅があるという。
公園周辺の騒音の基準値は都の条例で午前8時から午後7時まで50デシベルと規定されているが、噴水で遊ぶ子どもの歓声は女性宅付近で60デシベルと基準値を超えていた。決定は、女性が病気療養中だったことを考慮し、「(騒音が)大きな精神的不安や苦痛をもたらした」と指摘し基準値を超える状態で噴水を使うことを禁止。さらに子どもが過度に歓声を上げないような噴水を設置することは工夫次第で可能だったと判断した。〔共同〕(07:00) 」
(2) 毎日新聞(地域ニュース・東京:2007年10月24日)
「西東京の公園騒音差し止め:静かな日々ほっと 原告、涙ながら心境語る /東京
◇仮処分で原告
西東京市の「西東京いこいの森公園」の噴水で遊ぶ子供の声がうるさいとして、騒音差し止めの仮処分を申し立てた60代女性が23日、記者会見し、訴えを認めた1日の地裁八王子支部の決定について「当然だ。(公園が出来てから)2年間、ほとんど眠れなかった。静かな日々が戻りほっとしている」と涙ながらに心境を語った。今後については「市の対応を見守る」と述べ、現時点で正式な裁判を起こすつもりはないことを明言した。
一方、西東京市には「子供の遊び場を奪う」などと決定を疑問視する声が100件近く寄せられた。女性は「子供が憎くて申請したのではない。静かな公園にしてほしいだけだ」と反論した。
公園のオープンは05年4月。女性は市から噴水が自宅から45メートルと近く、子供が遊べるタイプとは聞いていなかったという。「市に改善を要望し続けたが、『金がかかるので難しい』と突っぱねられた」と説明する。
女性は間もなく不眠症と不安症と診断され、睡眠薬を手放せなくなった。「子供の声を騒音とする感覚が問題」という市の主張には、「職員が私の家に一晩でも泊まって体感すべきだ」と不満を口にした。【神澤龍二】
毎日新聞 2007年10月24日」
(3) まず、この裁判の事案について少し詳しく触れておきます。
・原告の女性(68)は、30年前から同じ場所に住んでおり、子育ての経験もあり、現在孫(公園で遊ぶほど幼くない)もいる。心臓が弱く、不整脈の症状がある女性は、今も入退院を繰り返している。病気のことがあるのか神経質な面もあり、近隣からやや煙たがられる存在である。
・公園は、旧東大原子核研究所の約4万4000平方メートルの跡地に市が約100億円をかけて整備し、05年4月に完成した。事前の住民説明会は2回あった。
・噴水は公園東側に位置し、遊具などが置かれた広場の中にある。地表にある約20の射出口から水が断続的に噴き出す仕組みであり、水の間を縫って遊べるようになっている。4〜10月の体感温度が高いと感じられた日に使われ、夏には多くの子供らで賑わっていた。
・東京都の環境保全条例の騒音規制では、この地域の午前8時から午後7時までの基準値は50デシベル(静かな事務所に相当する)と規定されているが、噴水で遊ぶ子どもの歓声は女性宅付近で60デシベル(通常の会話程度)と基準値を超えていた。
・公園オープン以来、女性が不満を訴えて防音設備設置などを市に対して申し入れていたが、「金がかかるので難しい」として拒絶されていた。
・西東京市側の主張によれば「他の住民の苦情はない」。仮処分を求めた女性宅の隣人も「戸を閉めれば声は一切聞こえないし、開けていても気になったことはない」と話している。公園に接する民間病院は「入院患者からクレームはない。公園で子供たちの歓声を聞いて元気になるという患者もいる」と話す。市にはこれまで100件近くのメールや電話が寄せられた。その9割が「子供の遊び場がなくなる」といった裁判所の判断を疑問視する内容だった。
原告の女性は、当初防音設備装置を申し入れていたのですが、判決後、「静かな公園にしてほしいだけだ」と言っていることからすると、本音は、公園から子供の声を排除すること自体が希望だったということだと思います。「子ども広場」が設けられている点で、こちらは住宅までの距離が10メートルと近く、噴水で遊ぶ子供よりも「子ども広場」で遊ぶ子供の声の方が大きかった可能性があるからです。
防音設備設置については、公園設計に専門家によれば、住宅に面する緩衝緑地帯の幅員が非常に狭く、高木も少ないため、「防音壁」としては植栽だけでは効果が乏しいと理解されています。「金がかかるので難しい」というのは本当の話だと思われます。
防音壁を設置すれば、騒音は減少するでしょうが、公園に集まる子供への防犯対策上、妥当ではなく、また、防音壁により遮蔽されるため、原告女性宅及びその近隣の防犯対策上も、妥当ではない面もあります。現在は、防犯と防音のバランスが必要だと考えますから、行政側の対応が不当だというのは難しいと思います。
原告女性は、「(公園が出来てから)2年間、ほとんど眠れなかった。職員が私の家に一晩でも泊まって体感すべきだ」と不満を口にしています。しかし、4〜10月の体感温度が高いと感じられた日に使われるにすぎないので、1年の中でも限られた日数しか噴水を使用しておらず、深夜、噴水で遊ぶ子供の声がするはずがないのに、2年間眠れなかったことを噴水で遊ぶ子供の声のせいにするのは無理があります。また、噴水の形態からして昼間のみ噴水を使用したと思われ、(欠陥住宅でなければ)戸を閉めれば子供の声も聞こえないのだから、職員が原告の女性に泊まったとしても、通常の住宅と同様に静かだと分かるだけだと思われます。
(4) 東京地裁八王子支部10月1日決定が「基準値を超える状態で噴水を使うことを禁止」した理由として、次の2点を挙げています。
イ:1つ目は、東京都の環境保全条例の騒音規制では、この地域の午前8時から午後7時までの基準値は50デシベル(静かな事務所に相当する)と規定されているのに、噴水で遊ぶ子どもの歓声は女性宅付近で60デシベルと基準値を超えていた点です。
確かに、騒音規制を遵守することは重要です。ただ、保育園、幼稚園、小学校、中学校、高校、大学と子供が集まる場所の近隣は基準値を超える場合が少なくないのですが、騒音規制を墨守するべきとなれば、軒並み使用差し止めになりかねません。それはあまりにも不合理です。「社会的使命を考えると一様な規制は困難」(東京都環境改善部)なのです。
騒音規制基準をできる限り細かく設定することで、騒音規制を墨守するべきとも考えられますが、東京都の環境保全条例の騒音規制をみると分かりますが、今でも地域や時間帯を細かく設定していますので、もっと細かく設定することは建設的ではないでしょう。騒音規制はあくまで目安であって、寛容の精神でもって互いに配慮を心がけるものべきだと考えます。
ロ:2つ目は、水遊びができない構造にするなど、子どもが過度に歓声を上げないような噴水を設置することは工夫次第で可能だったとする点です。
確かに、地表にある約20の射出口から水が断続的に噴き出す仕組みであり、水の間を縫って遊べるようになっている噴水だったので、もっと遊びにくい噴水に変更することも可能です。しかし、噴水業者からすると、「子どもが過度に歓声を上げないような噴水」とは、一体どんな施設なのか、噴水を見ても何も感じないような、どうでもいい噴水施設なんてあるのだろうかと疑問を投げかけています。噴水の音がうるさいのならば、音を消す方法・技術もあり、設計段階から音の問題も十分考慮して工夫できるそうですが、子供はどんな噴水だろうと興奮して歓声を発するものだから、それを押さえるような施設にすることは無理だと。
2つ目の理由は、噴水で子供に声を出させるなということですから、つまるところ子供(及びその親)の責任ということになってしまうのですが、子供広場や遊具や噴水を置きながら子供に声をだすなという方がどうかしているのです。公園設計者も、噴水の位置を変更するならわかるが、噴水自体や子供の声自体に責任はないと批判しています。
ようするに、2つ目の理由は、噴水や噴水で遊ぶ子供を知らない、一般知識の欠けた裁判官の抽象論にすぎず、妥当な理由ではないと考えます。
ハ:このように検討すると、東京地裁八王子支部10月1日決定が「基準値を超える状態で噴水を使うことを禁止」した最大の理由(=本音)は、女性が病気療養中で、子供の騒音で2年間眠れないと主張するなど、神経質な性格から騒音に過度に過敏だったことに配慮したためであろうと思います。
行政側としても、原告女性1人しか「子供の声が騒音だ」と文句を言わない状況で、その1人のために防音壁などを設置する必要性があったのだろうかと苦慮する面もあったとは思いますが、もう少し違った対応のあり方があったかもしれません。だからこそ、裁判所としても、噴水使用差し止めという決定をし易かったのでしょう。
しかし、この決定により、子供の声が騒音であるとして、より規制し易い根拠になってしまったわけですから、子供を抱える親や子供が集う場所を管理する施設側としては、騒音に過敏にならざるを得ず、寛容さに欠け、より住みにくい日本社会を突き進むことになります。このように、東京地裁八王子支部10月1日決定の主要な理由は妥当でなく、将来的に規制が厳しくなる契機になりかねない点をも考慮すれば、東京地裁八王子支部10月1日決定は、妥当ではなかったと考えます。
(1) 毎日新聞平成19年10月16日付朝刊
「記者の目:西東京の公園騒音差し止め仮処分決定=神澤龍二(社会部)
◇市の説明・配慮不足、問題−−噴水、なぜ宅地寄りに
公園の噴水で遊ぶ子供の声やスケートボードの音が苦痛だとして、近くの女性(68)が「西東京いこいの森公園」を管理する西東京市に騒音差し止めを求めた仮処分について、東京地裁八王子支部が今月1日、女性の訴えを認める決定を出した。市は翌日から噴水を止めるとともに、スケートボード施設の利用を中止している。
決定が報じられると、市にはこれまで100件近くのメールや電話が寄せられた。その9割が「子供の遊び場がなくなる」といった裁判所の判断を疑問視する内容だ。こうした市民の反応の後押しもあってか、市は「子供の歓声を騒音と感じる女性の感覚が問題」として今後も争う姿勢を示している。問題解決への糸口はまったく見えてこない。
今月12日午後、その公園を訪れた。水の止まった噴水の周囲に子供の姿はなかった。長女(3)と週1回は公園で遊ぶという近くの主婦(37)は「子供がかわいそう。私たちは声は気にならない」。仮処分を求めた女性宅の隣人も「戸を閉めれば声は一切聞こえないし、開けていても気になったことはない」と話した。やはり、市の主張を容認する声が多いようだ。
公園は、旧東大原子核研究所の約4万4000平方メートルの跡地に市が約100億円をかけて整備し、05年4月に完成した。噴水は公園東側に位置し、地表にある約20の射出口から水が噴き出す仕組みだ。4〜10月の体感温度が高いと感じられた日に使われ、夏には多くの子供らでにぎわう。
市の観測によると、子供の声は女性宅前で60デシベルを記録した。都の騒音規制基準の50デシベルを上回り、数値に問題がないわけではないが、恐らく多くの子供が集まる公園や遊園地などの近隣でも、基準を超える所は他にもあるだろう。騒音問題の調査に当たる国立環境研究所の黒川佳香主任研究員が「音は時代、感性、社会、環境によっても受け取り方が変わる。許容できる範囲は、音の大きさで一律に決められるものではない」と言うように、騒音かどうかは、受け止め方で大きく異なる。
公園の完成で、30年以上前からこの場所で暮らしてきた女性の自宅は、公園の北側隣接地になった。心臓が弱く、不整脈の症状がある女性は、今も入退院を繰り返す。病気のことがあるのか神経質な面もあり、近隣からやや煙たがられる存在ではあったようだ。ただ、女性が公園によって「平穏」を乱されたと受け止めたとしても不思議ではない。
私が問題としたいのは、公園オープン以来、女性が不満を訴えて防音設備設置などを申し入れても、「歓声を騒音とする女性の感覚に問題がある」と決めつけ、いまだに真剣に対応しない市の姿勢だ。市は「市民参加型で作った公園」と胸を張るが、事前の住民説明会は2回だけ。噴水の最も近くに位置する、女性を含めた4軒の家への訪問すらしていない。裁判所の決定書も「近隣住民に対して騒音について説明をし、理解を得たという疎明(明白な証拠)はない」と結論づけている。
そもそも広大な敷地があるのに、女性宅から45メートルという住宅地寄りに噴水を設置する必要はあったのだろうか。公園南側は農場だ。噴水を南側に作れば、騒音問題が起きる懸念はない。決定書もこうした点を指摘し、「噴水の設計段階から、子供の歓声が大きくなる可能性があったのにゾーニングについての配慮が欠けている」と批判。噴水など各施設の設置場所を決めた、識者や市民らをまじえた「整備懇談会」での審議経過を取材しようとしても、市は「係争中」を理由に応じない。
女性の代理人である中杉喜代司弁護士は「市は、設計段階から近隣住民に対する徹底的な情報公開という当たり前のプロセスを怠った」と憤る。
西東京市に隣接する武蔵野市に02年4月オープンした武蔵野ストリートスポーツ広場では、市職員が近隣の一軒一軒に呼びかけ、住民に対して施設の設置場所などの希望を聞き取り調査している。さらに、調査を基にした設計段階でも、専門家に騒音が出ない構造にするためのアドバイスを受けた。これが奏功したのか、現在まで騒音苦情はほとんどないという。
公園を訪れる人たちにとって歓声は一過性のものだが、体が弱い女性は2年半の間、連日のように苦しめられてきた。女性には子供も孫もいる。孫はもう公園で遊ぶほど幼くはないが、これまでの生活環境を考えれば、女性が子供の声に特に敏感というわけではないだろう。今回の問題は、騒音訴訟というよりも、市民の憩いの場である公園づくりに本当に真剣に取り組んできたのか市の姿勢が問われていると考える。
==============
「記者の目」へのご意見は〒100−8051 毎日新聞「記者の目」係へ。メールアドレスkishanome@mbx.mainichi.co.jp
毎日新聞 2007年10月16日 東京朝刊」
この記事は、原告女性が神経質で「近隣からやや煙たがられる存在」という重要なポイントを指摘しつつも、原告女性側に賛同し、行政批判を主張しているものです。
イ:いくつかの点に触れて行きます。
「そもそも広大な敷地があるのに、女性宅から45メートルという住宅地寄りに噴水を設置する必要はあったのだろうか。公園南側は農場だ。噴水を南側に作れば、騒音問題が起きる懸念はない。決定書もこうした点を指摘し、「噴水の設計段階から、子供の歓声が大きくなる可能性があったのにゾーニングについての配慮が欠けている」と批判。」
遊ぶ子供の立場や防犯を考える親の立場からすれば、住宅地寄りに噴水を設置する方が好ましいのです。広大な敷地だから、遠く離れた場所に設置すればよいという記者の発想は、子供の声は騒音そのものであるという基本的な思想に立ち、子供の便宜は二の次にするものです。なんのために噴水を設置するのかという根本的な考えも分かっていないと感じます。
裁判所の決定書も「近隣住民に対して騒音について説明をし、理解を得たという疎明(明白な証拠)はない」と結論づけているように、市側としてはもう少し説明のしようがあったのでしょう。しかし、過去において説明不足だったからといって、現在の騒音とは無関係です。説明不足は、噴水使用差し止めの主要な理由になりえないのです。
ロ:2点目。
「公園を訪れる人たちにとって歓声は一過性のものだが、体が弱い女性は2年半の間、連日のように苦しめられてきた。女性には子供も孫もいる。孫はもう公園で遊ぶほど幼くはないが、これまでの生活環境を考えれば、女性が子供の声に特に敏感というわけではないだろう。」
先に触れたように、2年半の間、連日、噴水を使用しているわけではないのですから、この記者は調査が足りないようです。
(2) 日経新聞平成19年11月19日付朝刊43面「フォローアップ」欄
「公園噴水の停止命じる司法判断 波紋 子供の「騒音」もめ事やまず
公園の子供の声や学校から出る音響など身近な音を巡るトラブルが後を絶たない。東京では110月、公園で遊ぶ子供の声を「騒音」と認める仮処分決定が出た。公園を管理する自治体に防音対策を迫る司法判断だが、住民からは「子供がかわいそう」との声も。音の聞こえ方は個人差がある上、学校の活動などであれば簡単に規制できず、解決が難しいのが実情だ。
◆学校含め一律規制困難
夏場に子供が水遊びに興じていた東京都西東京市の「いこいの森公園」(4.4ヘクタール)の噴水から水音が消えた。東京地裁八王子支部は10月1日、この公園から出る騒音の差し止めを認める仮処分決定を出した。公園を管理する市は翌2日から噴水を止め、スケードボードを禁止した。
市を訴えた女性(68)宅で計測された音量は約60デシベル。通常の会話や乗用車内ほどの音量だ。それでも都の騒音規制基準値(50デシベル)を超えていることから裁判所は「子供の声は騒音」と認定。噴水など子供の遊び場を既存の住宅地に隣接する場所に整備したことについても「騒音を予想できたはずなのに配慮を欠いていた」と市側の防音対策の不備を指摘した。
周辺住民の受け止め方は一様ではない。公園に接する民間病院は「入院患者からクレームはない。公園で子供たちの歓声を聞いて元気になるという患者もいる」。近所の主婦も「子供は騒ぐもの。さほど気にならない」と話す。市によると、仮処分決定後、市民から寄せられたメールや電話約100件のうち9割が「子供の遊び場をなくすのはかわいそう」などという意見だったという。
これに対し、市を訴えた女性は「30年以上ここで暮らし、私自身子供を育ててきた。公園に防音対策をしてもらいたいだけ」と強調。女性の代理人も「決定は自治体に騒音への十分な配慮を促す警鐘。子供の問題とすりかえないで」と訴える。
校門の開閉音やブラスバンドの練習……。身近な「騒音」を巡るトラブルは公園だけにとどまらない。
東京都杉並区では隣接しあう学校とアパート住民が、生徒が部活動でボールを打ったりする音を巡って対立。学校側は校庭の使用時間帯を短くするなどの対策を取ったが、アパートで暮らす女性(60)が求める「静かな暮らし」には程遠いのだという。
杉並区の担当者は「基準を超える音量でも、学校に部活動をやめなさいとは言えない。話し合いで解決してもらえば」(環境課)と困惑。東京都も「学校も騒音規制の対象だが、社会的使命を考えると一様な規制は困難」(環境改善部)という見方だ。
身近な「騒音」問題が増えてきた背景について、工学院大の塩田正純教授(建築音響学)は「家電製品など機械の静音化が進んで家の中が静かになった分、外の音が気になり始めたのでは」と指摘。「音の感じ方には個人差があり多数決では解決しにくい。騒音源となりうる施設をどこに設置すべきかをきちんと調査し、近隣住民への周知徹底などきめ細かな対応が必要」と話している。」
*<自治体に寄せられている学校や公園の騒音への苦情の例>に関する図表は省略
「騒音苦情、昨年度1万6000件 国民意識・敏感に
総務省によると、2006年度に全国の市町村に寄せられた騒音や大気汚染、悪臭などの苦情相談件数は前年度比2.2%増の9万7713件。うち騒音の苦情は同5.9%増の1万6692件だった。
公害被害を種類別にみると「感覚的・心理的」被害が約7割に上り、次いで多い「健康」(7%)を大きく上回った。「国民の公害への意識が敏感になっている」(公害等調整委員会)ことが一因とみられる。騒音苦情の大半は工場や建設作業所から出る音が発生源。公園や学校など住宅地における騒音問題は統計では類型化していないものの、全体では少数とみられる。」
この記事は、原告被告どちらかによった記事ではなく、公平なものといえます。
「身近な「騒音」問題が増えてきた背景について、工学院大の塩田正純教授(建築音響学)は「家電製品など機械の静音化が進んで家の中が静かになった分、外の音が気になり始めたのでは」と指摘。「音の感じ方には個人差があり多数決では解決しにくい。騒音源となりうる施設をどこに設置すべきかをきちんと調査し、近隣住民への周知徹底などきめ細かな対応が必要」と話している。」」
市民が音に対して敏感になってきているため、「近隣住民への周知徹底などきめ細かな対応が必要」という結論もありだとは思います。
(3) 東京新聞平成19年10月27日付朝刊【暮らし】
「みんなが楽しめる公園って? 『噴水使用禁止』を機に考える
2007年10月27日
「公園での子どもの遊び声は騒音」−。外遊びの場を規制する司法判断に、子育て中の親などから困惑の声が出る。ボール遊び禁止など、公園の規制は強まる傾向にある。みんなが納得する公園利用を考えてみた。 (服部利崇)
「家じゃなくて公園に行って騒ぎなさい、と言えなくなる」
東京都西東京市の「西東京いこいの森公園」。好天の昼下がり、レジャーシートを広げて談笑していた子連れの母親グループは「子どもの声が騒音とは信じられない」と声をそろえた。
母親の一人(31)は「静かにしているお年寄りの周囲では、子どもを騒がせないようにしている。マナーは守ってきた」と話す。別の母親(30)も「静かにしろといわれてもこれ以上は無理」と困惑を隠せない。市に寄せられた反応も「ほとんどが決定に異議を唱えるものだった」(山本一彦・市みどり公園課長)。
一方、騒音差し止めの仮処分を申し立てた女性は心臓に持病があり、訴える前から、市に改善を要求していた。女性は二十三日の記者会見で「公園の(防音面の)欠陥を直してほしいだけ。子どもから遊び場を奪うつもりはない」と話した。
公園をよく使う二児の母親(31)も女性に同情を寄せつつ「(遊び声が周囲に迷惑をかけない)配慮がされていると信じて利用してきたのに」と市の対策に不満を漏らす。
“騒音”だけではない。ボール遊び全般を禁止している場合も多く、公園は「自由利用が原則」ではなくなっている。
東京都大田区の「女塚(おなづか)なかよし公園」。遊具のない広場には、赤字で「野球 サッカー等禁止」と書かれた看板が立っている。
看板を設置した同区は「硬いボールやバットの使用はもともと想定外。周辺住民から苦情が寄せられた場合に看板を立てている」と話す。
しかし規制をかけても実態は利用者任せだ。看板の立つ公園でも、バットやボールを持った小学生と、遊具目当ての幼児が“同居”することも。同区の主婦(39)は「近くでキャッチボールされると幼児には危険。でも、野球ができる公園も遠くにしかないし、かわいそう」と複雑な表情だ。
一方、中央区は公園で気兼ねなくボール遊びができるように苦心している。公園の一部をネットで囲い、キャッチボール場として整備。フットサルやバスケットボールも楽しめるよう無料開放している。だが、整備費の問題もあり、区内すべての公園には設置されていない。
子どもにやさしいまちづくりを研究している千葉大学大学院園芸学研究科の木下勇教授(都市計画学)は「周辺住民も知っている子どもが遊んでいれば、ある程度のことには寛容になれる。トラブルは地域での人間関係が崩れていることが原因。自治会が中心となり、子どもと地域住民が知り合えるイベントを開くなど、公園を舞台に地域を再生させる試みをしていかないと」と提言する。
<メモ> 公園の噴水で遊ぶ子どもの声をめぐる申し立て 「西東京いこいの森公園」(約4・4ヘクタール)の噴水から約50メートルに住む60歳代の女性が「噴水での遊び声がうるさい」などとして昨年7月、噴水施設などの騒音差し止めの仮処分を申請した。市は「噴水は公共性が高く、騒音ととらえる感覚も問題」と反論。しかし、東京地裁八王子支部は今月1日、「受忍限度を超える騒音」と判断、50デシベル(子どもの駆け足や日常会話の話し声レベル)を超える状態での使用禁止の決定を出した。市は2日から噴水の利用を中止している。」
この記事は、原告被告どちらかによった記事ではなく、公平なものといえます。
「子どもにやさしいまちづくりを研究している千葉大学大学院園芸学研究科の木下勇教授(都市計画学)は「周辺住民も知っている子どもが遊んでいれば、ある程度のことには寛容になれる。トラブルは地域での人間関係が崩れていることが原因。自治会が中心となり、子どもと地域住民が知り合えるイベントを開くなど、公園を舞台に地域を再生させる試みをしていかないと」と提言する。」
この結論が最も妥当であると思っています。
原告の女性は、自宅前で通常の会話程度の音量である50デシベルで、戸を閉めれば音がせず、一年中噴水を使用しているわけでもないのに、うるさくて眠れないと主張しています。原告女性は、かなり音に対して神経質の面があることは否定しがたいのです。
もっとも、原告の女性は、心臓が弱く、不整脈の症状があって入退院を繰り返す状態であり、神経質な面もあり、30年も同じ場所で暮らしていながら、近隣からやや煙たがられる存在ということは、おそらく周辺住民と交流が欠けて孤立してしまっていると思われます。これなら、どんなに些細な音であっても騒音と感じてしまい、寛容になれないのも無理はないのです。今回のことで、原告女性は、より周辺住民から孤立してしまったかもしれませんが、果たしてそれで良かったのかと思うのです。子供の声は排除できたことは確かですが。
この公園噴水訴訟の根本問題は、「市民の憩いの場である公園づくりに本当に真剣に取り組んできたのか市の姿勢が問われている」(毎日新聞)のではなく、人間関係が崩れてきている地域社会にあると思うのです。
<平成20年1月3日追記>
寛容の精神を説いたエントリーとして、「アラブ首長国連邦・ドバイでのクリスマス風景」、「電車内での小学生の騒ぎの許容範囲は?〜日経新聞12月28日付夕刊より」があり、今回のエントリーを含め3つ一体のものです。ぜひ、これらもご覧ください。なお、ガイウス・ユリウス・カエサル(ラテン語:Gaius Julius Caesar)の「寛容(クレメンティア)」の精神は徹底したものとして有名です。
http://fieldsmith.net/bslog/archives/2007/10/post_499.html
http://blog.aquilo.jp/archives/51102017.html
そもそも公園の設計ミスだという、複数の設計士による指摘です。
URL | 名無しの権兵衛 #-[ 編集 ]
ただ、何でもいいので、名前を入れて下さい。未記入の場合、勝手に「名無しの権兵衛」となります。
>できればこちらの記事もご覧くださいませ。
>http://fieldsmith.net/bslog/archives/2007/10/post_499.html
>http://blog.aquilo.jp/archives/51102017.html
>そもそも公園の設計ミスだという、複数の設計士による指摘です。
情報ありがとうございます。
実は、このエントリーを書く前に、ご指摘のブログは拝見していました。それはともかくとして、設計士のご意見ですし、貴重な意見だとは思います。
噴水の写真が出ていた新聞記事もあったのですが、この設計士さんは見ていなかったようです。そのため、設計士さんは、噴水の種類を勘違いしていたようですから、その判断は妥当なのか、疑問が残ります。事実を正確に認識していないままでは妥当な判断はできないからです。なので、引用するに至りませんでした。
また、エントリー中で指摘したように、公園の設計士よりも、噴水に関しては専門家といえる噴水業者は、「子どもが過度に歓声を上げないような噴水」とは、一体どんな施設なのか、噴水を見ても何も感じないような、どうでもいい噴水施設なんてあるのだろうかと疑問を投げかけているのです。要するに、ご指摘していただいた、設計士さんとは意見を異にするわけです。どちらを信用するかは、一般的には、より専門家と言える方だと思います。
ご指摘いただいた設計士さんは、知っているのか分かりませんが、この問題において被害を訴えている住民は一人だけであって、仮処分を求めた女性宅の隣人も「戸を閉めれば声は一切聞こえないし、開けていても気になったことはない」と話しているのです。要するに、子どもの声を騒音と感じ、子どもの声を人一倍気にする者が一人だけいる場合の対応が問題となっているのです。ご指摘していただいた設計士さんのブログを見ると、「多数の住民」を念頭においているように感じますので、どこまで評価できるか疑問に感じました。
エントリー中で十分に指摘してはいますが、この問題は、公園の設計だけに尽きる問題ではありません。子供の声がうるさいとして排斥していたら、教育施設や公共施設が立ち行かなくなってしまいます。子供の声が周りに一切聞こえないような公園は、防犯上、果たして安全なのでしょうか。噴水が止まった現在、多くの住民に、当惑と不満が残ったのです。
公園の設計ミスだけの問題に矮小化すること自体、問題があるのです。わずかな設計士の判断のみに引きずられることなく、より多くの観点を考慮に入れて判断するべきだと思っています。
いま、現在(平成22年8月6日)、100歳以上の方の行方不明者が多数出ていることが分かっています。噴水使用停止を求めた住民は、孤立しており、その仲間入りになることは必至です。もし、孤独死しても、誰も気づかないでしょう。
噴水の停止は、噴水使用停止を求めた住民と他の住民との交流断絶は、ますます助長する結果になりました。それは、本当に噴水停止を求めた住民にとっても好ましいことなのでしょうか。
名無しの権兵衛さんは、どういう意図でこの設計士さんのブログの情報をご紹介下さったのですか? この設計士さんの意見には間違いなぞなく、そのまま受け入れるべきだと考えているのでしょうか?
この記事にトラックバックする(FC2ブログユーザー)