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[29578] 【習作】モノクロームハート(リリカルなのは、オリ主)
Name: 虎太◆4136d305 ID:0853305c
Date: 2011/09/03 17:24



 前書き。

 はじめまして、作者の虎太と申します。

 この作品は『魔法少女リリカルなのは』を題材にした二次創作です。
 基本的に無印からの再構成(オリ主入り)になりますが、作者は小説の執筆に関しては今作が処女作です。
 なので原作改変、オリジナル設定、ご都合主義展開が満載になる可能性があります。
 出来るだけ『なのはWiki』などで調べていたりするのですが、致命的な間違いがあったら指摘してくださるとありがたいです。

 後、これは注意事項と言いますか……『仮面ライダー』を元にしたネタが大量に出てきます。
 しかしあくまでクロス物ではないため、仮面ライダーのキャラクター達は出てこない予定です。

 それらを許容出来てお時間のある方は、この駄文にお付き合いください。
 未熟な作者でありますが、どうかよろしくお願いします。





[29578] 第1話
Name: 虎太◆4136d305 ID:0853305c
Date: 2011/09/03 17:25



 ヒーローになりたかった。

 少年の夢は、そんな他愛のないものだった。
 そう思ったことに特別な理由などなく、もしきっかけを問われても、首を傾げてしまうだろう。
 また少々頭を捻ってみたところで、あまり出来の良くない頭では気取った言い回しなんて浮かんでこない。
 ありきたりな理由だが『画面の向こうで大立ち回りしている仮面のヒーローに憧れた』といったところが関の山だ。
 それは、善悪の基準も曖昧な、子供心に浮かんだ夢。
 けれど。
 少年は、ずっと信じていた。
 ピンチの時に、必ず現れる正義の味方を。
 誰も彼もを救ってくれる綺羅星のような存在を。
 だから、少年は信じていた。
 絶対に、来てくれると。

「ぅ……」

 疲弊しきった身体に、ポツリ、と冷たい感触が走る。
 曇天から降り注ぐ水滴が、ポツリポツリ、と少年の矮躯を濡らしていく。
 突然の、雨。
 水滴が肌にぶつかり、弾け飛ぶ。
 その度に、痺れるような痛みが少年の身体を駆け巡る。
 髪を濡らし、頬を滑り落ちる雨。
 夜半にもかかわらず、まるで昼間のように煌々とした景色の中、しとしとと降り注ぐ雨が焼けた肌を苛む。
 濡れそぼちながらも熱を増していく身体と、痺れるような痛みの中、それでも少年は。
 信じていた。
 願っていた。
 きっと、絶対に、来てくれる。
 少年が信じる正義の味方は、どんな相手にも負けず、あらゆる危機に駆けつける。
 だから。

「たす、けて」

 僕を。

 少年の眼前には、眩い光。
 漆黒の闇夜を切り裂く光の色は、紅蓮。
 激しく燃え上がる紅蓮の炎は、どれだけ離れていても焼き尽くされそうで。
 曇天から降り注ぐ雨は、目の前の火勢を鎮めるにはまったくの力不足で。
 少年は、目の前の『それ』が炎に包まれていくのを、呆然と見ていることしか出来なかった。
 炎は、まるで少年をあざ笑うかのように大きくうねり、その度にまるで悲鳴のような軋んだ音が上がる。
 小降りの雨などものともせず、激しさを増す炎。
 その光景を目に焼きつけながら、それでも少年は。

「たすけて、ください」

 お父さんを。
 お母さんを。

 ぐらり。
 少年の身体が前のめりに傾いでいき、受け身も取れずに倒れ込む。
 十にも満たない未成熟な心身は、とうの昔に限界を迎えていた。
 掠れた吐息が。
 動かない身体が。
 半身を焼いた傷が、少年の意識を奪い去る。
 だけど。
 それでも。
 奈落に向かって落ちていくような感覚の中、少年は、ずっと信じていた。
 きっと。
 絶対に。
 だから……。

「ぼくは……」

 少年は、
 ヒーローに、なりたかった。









 ― 魔法少女リリカルなのは モノクロームハート ―









 にょきり、と布団の中から手が伸びる。
 手は何かを探すように、畳の上をあっちへこっちへと動き回っている。
 しばらくそんなことを繰り返していた手だが、目的のものを捕まえたことで動きを止める。
 手慣れた動作で、捕まえたものに指を這わせる。
 ピッ、と。
 短い反応を返して、携帯電話のアラーム機能が停止した。

「ん、おぉおお~」

 伸びを一回、欠伸は二回。
 蹴飛ばすように布団を払い除けて、寝巻き代わりのシャツを乱暴に脱ぎ捨てていく。
 ついでに開きっぱなしだった携帯電話に視線を向ける。
 時刻は六時……正確には、まだ五時台だ。
 一般的な小学三年生が目を覚ますにはどう考えても早すぎる時間帯だが、パンツ一丁で着替えを探す少年の動作に曇りはない。
 少年は旅行にでも使えそうな大き目のバッグをがさごそと漁り、適当な衣服を引っ張り出す。

「あ、コレ学校のだ」

 胸に『黒須映児』と印字された体操服を、ぽいっとその辺に放り投げる。
 運動に適した衣服ではあるが、今日の授業で使用するものを本番前から汗まみれにするなど論外である。

「んん?」

 首を傾げる。普段のものぐさが祟ったのか、どうにも見つからない。
 ていっ。
 そりゃ。
 早朝から発掘作業の真似事をする羽目になった映児だが、なんとか見つけ出した紺色のジャージに着替える。
 準備完了っ、と小さく呟く。
 すっくと立ち上がった映児は、ぐっちゃぐちゃに掻き混ぜられた衣服にチラリと視線を送り、それらを強引にバッグの中に詰め込んでいく。
 そして、

「ふんがッ!」

 とにかく素早く、それらが飛び出す前に、ファスナーを閉じ切った。
 ぎちぎちと悲鳴を上げる留め金を意識から抹消しながら、速やかにその場を離脱する。
 非常に良い笑顔を浮かべながら汗を拭うふりをしたその直後、何かが弾け飛ぶような音がしたが、意識から抹消した。

「聞こえない聞こえない」

 何も聞こえないふりは、凄く得意です。
 ぶつぶつと言い訳を呟きながら、無人のリビングを通り過ぎる。平時は賑やかなこの場所も、流石にこの時間帯では静かなものである。
 内観に見合う立派な引き戸を拵えた玄関に辿り着いた映児は、使い込まれた自身の運動靴を取り出した。
 実にボロい。いいかげん買い替え時である。
 なんとなく週末の予定を組み立てながら、爪先を叩いて実にボロい靴の調子を確かめる。
 まだ、行ける。
 まだ、やれる。
 そんなことを考えながら、庭先に足を踏み入れる。

「すぅっ、はぁー」

 早朝の澄んだ空気を胸いっぱいに吸い込んで、吐き出す。
 まずは、軽く準備運動。
 身体に染みついた動きを一から順に繰り返して、全身の筋肉をほぐしていく。
 最後に、腰が折れんばかりに後屈していると、ちょうど縁側から現れた女性と目が合った。

「うーん……」

 その女性は起き抜けなのか、しぱしぱと目をしばたかせている。
 僅かな吐息。
 乾いた音。

「おっはよう、エージくん!」

 頬を叩いて眠気を吹き飛ばした女性に、先程までの胡乱な様子はどこにもない。
 視界逆さまな映児に、軽く右手を上げながら元気な挨拶を寄越してくる。

「よっと……おっはよう、姉ちゃん!」

 海老反りの状態から身を起こして、こちらも負けじと元気に挨拶を返す。
 艶やかな黒髪を、黄色いリボンと三つ編みで纏めた女性……高町美由希は『今日も早いねー』なんて言いながら庭先に下りてきた。
 軽やかな動きで映児の隣に並び立った美由希は、先程までの映児と同じように身体を動かし始める。

「ん、しょっと」

 日々の訓練で鍛え上げた筋肉を、ほぐすように動かしている美由希。
 鍛え上げたと言っても、必要以上にムキムキと筋肉がついているわけではない。むしろ見た目は細身ですらある。
 まるでカモシカのように均整の取れた美由希の肢体は、ある種の機能美と言えるバランスを保っており、もちろん贅肉など無縁である。
 また、その顔立ちは間違いなく美人に分類され、やや天然気味なところもあるが、それも美点の一つだろう。
 これでどうして恋人がいないんだ。
 とは美由希の父親にしてここ……高町家の大黒柱でもある高町士郎の弁。
 そういったことにあまり興味のない映児だったが、確かに不思議だなあと思っていた。

「どしたの? 私の顔に何かついてる?」

 眉を寄せて、悩んでいます的な雰囲気を醸し出している映児を不審に思ったのか、美由希が心配そうに問いかけてくる。
 ちなみに映児は恋愛の『れ』の字もよく判っていない小学三年生であるが、
 なんで姉ちゃんには彼氏いねーの?
 という質問が、あまりよろしくないものだということぐらいは理解していた。
 何か上手い切り返しはないものかと考えてみたが、あまり出来の良くない頭では妙案も浮かんでこない。

「えーと……鼻と口、あと目と」

 つい、同い年の幼馴染に対するような返答になってしまう。

「いやいや、それって普通のこ」
「目ヤニ」
「嘘ッ!?」

 なんとなく目尻についていた汚れを指摘してみたのだが、相手のあまりの驚きようにむしろこっちが驚いた。
 小学生男子にとってはなんてことのないことだとしても、年頃の少女からすれば目ヤニ一つが呪いのアイテムである。
 慌てて目元を擦る美由希の反応を見て、ようやく自らの失敗を悟るあたり、まだまだそういう機微には疎い少年であった。

「うぅ、もっかいカオ洗ってこようかなぁ……」
「……」

 なんだか居た堪れなくなった映児は、頬を真っ赤に染めた美由希に気づかれないようにそーっと後ずさる。
 高町家をぐるりと取り囲む塀の一角に背中をベタッと密着させて蟹のように横歩き。
 その状態で出入り口まで辿り着いた映児の右手がカサカサッと奇怪な虫のように動き回る。
 そして。

「い、いってきまーす!」
「エージくーん、取れ……あっ、ちょっ」

 ピシャン!
 言い終える前に、扉を閉じた。

「……ふぅ」

 姿が見えなくなって落ち着いたのか、軽く息をつく。
 なんだか扉の向こうから穏やかでない気配が漏れてきていたが、俺ランニングしなきゃと全てを誤魔化した。
 自分が原因であることなどすっかり忘れたように振る舞いながら、気持ちを一新するように深く呼吸する。
 吐いた息は熱く、準備は万全だ。
 さて。
 行きますか。
 一歩、踏み出す。
 使い込まれた運動靴が、アスファルトを踏み締める。
 見慣れた景色がブレる。
 瞬く間に後方に流れていく街並み。
 澄んだ空気は、熱い吐息となり、身体の隅々まで賦活させる。
 駆ける。
 駆ける。
 景色を次々と置き去りにして、身体は前に進んでいく。
 疲労は感じない。
 ただ、熱だけを感じていた。

「はっ、ふっ」

 映児の駆ける速度は、この年頃の平均を考えると、信じられないほど速い。
 だが本人としては、これでも抑えているつもりである。
 夢中になると、すぐに限界に挑戦するか、誰かが制止するまで止めようとしない。
 以前、鍛えるのに夢中になりすぎて、気づいたら学校をサボっていたのは良い思い出だ。
 その後、こってりしぼられたのは、ヤな思い出だが。

「……」

 物足りない、と思う。
 待て待て、とも思う。
 始まったばかりだというのに、我武者羅に駆け出しそうな自分の身体に『待った』をかける。
 映児にとって、自分の我慢の足りなさは性質の悪い病気のようなものだ。
 それでもなぁ、と苦く笑う。
 生憎、それを治そうという気持ちはこれっぽっちも浮かんでこない。
 もっとも。
 そんなだから、あの人の足元にも、遠く及ばないのだが。
 口元を苦笑の形のまま、少し、ペースを落とす。
 底抜けに真っ直ぐな瞳が、射抜くように前を見つめている。
 視線の先には、半ばまで昇った太陽が、街をオレンジ色に染め上げていた。
 見慣れた光景。
 朝焼け。
 まるで、炎に炙られたような、街並み。
 いつも、それこそ毎日毎日焼きつけられるこの光景が。

「……」

 この光景が……なんだ?
 ぼんやりと、脳裏に『何か』が浮かんでくる感覚があったが、それだけである。
 浮かんだ『何か』が鮮明になることはなく、朝靄が散っていくように霧散した。

「ちっ」

 短い舌打ち。
 それは気にしていないつもりのことで。
 これからだって、そのつもりでしかないことで。
 だから。

「ふんッ!」

 乾いた音が、朝焼けの街に鳴り響く。
 朝食の邪魔をされたスズメが、不機嫌そうにチュンチュン鳴きながら飛んでいった。
 映児は熱を持った頬から両手を離し、少し、ペースを上げた。









    ●









 にょきり、と布団の中から手が伸びる。
 手は何かを探すようにあっちへこっちへと動き回りながら、ベッドから落下したピンク色の携帯電話に伸びていく。
 少女は、喧しい音を鳴らすそれを掴み取ろうとして。
 唐突に。
 それは、来た。

「!?」

 迸る殺気。上方から迫る黒い影。
 まるで猛禽が獲物を狙って急降下するように、一直線に落下してくる巨大なシルエット。
 その強烈な気配の持ち主の、その行動の意味を考えるより先に、覆い被さったシーツごとベッドから転がり落ちる。
 間一髪。
 強烈な一撃を受けて、大きな音を上げて軋むベッド。
 少女は自分と共に転がり落ちたシーツを払い除け、何者かが跳び乗ったベッドから距離を取る。
 まるで猫科の猛獣を思わせるしなやかな動き。
 一足飛びに壁際まで移動した少女は、周囲の状況に気を配りながら半身に構える。
 一朝一夕では身につかない洗練された動きは、彼女が確かに父や兄姉達と同じ『高町』の血を引いていることを証明していた。
 油断なく襲撃者を睨みつける高町なのはに、いまだ激しく軋むベッドから下りた少年が、

「くそ、外したか」

 あっけらかんと言い放ちやがりました。
 なのはは起きたばかりのぼんやりした頭を全力で回転させながら、部屋の中央に鎮座する『何か』に目を留める。
 それは、何枚かのダンボールを無秩序に組み合わせてガムテープで補強した謎の物体。
 一見、不法投棄されたゴミにしか見えないそれが、ピンク色のカーペットの上で異様な存在感を放っている。
 
「エージくん、これ、何?」

 問いかける声が、震えている。
 正直、どんな答えだろうと聞きたくない。
 聞きたくないのだが、そういうわけにもいかない。
 なぜならここは高町なのは(私立聖祥大付属小学校三年生)の部屋であって、断じてゴミの集積場などではないのだから。
 というか早く片付けてほしい。
 こめかみに青筋を浮かべるなのはに気づいていないのか、映児はまるで美術品を愛でるように、ダンボールの表面を撫で擦る。

「これはな、こないだテレビでやっ」
「捨ててきなさい」

 最後まで言わせず、ゴミ箱にドラッグ&ドロップしやがれと指示するなのは。
 空気が、凍る。
 まるで雷に打たれたように全身を硬直させた映児は、その直後、感情を溢れさせながら反駁の声を張り上げた。

「ちょっと待って!? そのリアクションはむしろ私がしたいんだけど!?」
「ちっ」

 こいつ舌打ちしやがった。
 せっかく作ったのにとぶつぶつ呟く映児だったが、なのはからすればそんなもんは知ったこっちゃない。
 しっしっと手を振り、飛び込み台だかなんだか判らないダンボールを撤去させる。

「ケチんぼめ」

 自分のことを棚に上げて悪態をつく映児に、頭痛と眩暈を同時に発症する。
 まったく、もう。
 いったいどういう思考回路をしたら、そんな突飛な方法で『起こそう』と考えつくのか。
 はぁ、と溜め息をつく。
 子供特有の無邪気さ。
 その言葉を免罪符か何かと勘違いしているのか、この幼馴染の行動にはまるで遠慮というものがない。
 少しは自重してほしいの。
 また、溜め息。
 朝っぱらからくたびれた様子のなのはに、映児がさも判りませんとばかりに首を傾げる。

「どした? なんか元気なくね?」
「エージくんの所為ですぅー」
「じゃ、大したことねえな」

 これでもかとばかりに皮肉った言い方をしてみるも、あっさりスルーされてしまった。
 言葉通り、これっぽっちも気にしていない様子はない。
 ダンボールの塊をひょいと抱え上げた映児は、片手で器用にドアを開ける。
 そこで何かに気づいたのか、少し止まる。
 大きさに見合わず軽いのか、ダンボールを抱えた格好のまま、ゆっくりと振り返る。
 笑顔。

「忘れてた、おはよ」

 それだけ言って、今度こそ部屋から出て行った。
 完全にドアが閉まったことを確認してから、床に落ちっぱなしだった携帯電話を拾い上げる。
 黒須映児。
 数年前から高町家に同居している、なのはの最も古い『ともだち』。
 そんな彼と、毎朝繰り返されるこのやり取りを回顧しながら、パジャマの裾に手をかけた。

「よい、しょ」

 脱いだ衣服を丁寧に畳む。
 続いてクローゼットを開き、そこに収まっている衣装をハンガーから外す。
 真っ白な制服。
 私立聖祥大付属小学校の制服。
 清潔で可愛らしいデザインのこの制服は、なのはのお気に入りだ。
 エージくんは、どうでもいいみたいだけど。
 衣服に頓着しない少年の私服は黒っぽい無地のものばかりだ。
 前に何度もお願いして、やっとのことで一緒に洋服を見に行くことが出来たのだが、退屈そうにずっと欠伸を掻いていた。
 もちろんそれ以来、どれだけお願いしても首を縦に振ることはなくなった。
 お気に入りの制服に着替え終えたなのはは、ステップを踏むように階段を下りていく。
 右手には緑色のリボン。
 洗面所の鏡を見ながら、それでいつものツインテール風の髪型に整える。
 ぴょこん、とリボンで縛った髪が揺れた。

「んっ」

 鏡に映った自分が、にっこり笑う。
 向日葵のように朗らかな笑顔。
 先程まで張りつくように浮かんでいた渋面などより、よっぽど『高町なのは』らしい顔である。

「おはよー!」

 その笑顔を振りまきながら、家族の待つリビングに足を踏み入れる。
 食卓には父。
 そして、母。

「あら、なのは。おはよう」
「おはよう、なのは」

 そんな愛娘の姿に、朝食の用意をしていた高町桃子も、新聞から顔を上げた高町士郎も、柔和な笑みを浮かべる。
 とことこと母親の桃子の側に寄る。
 なのはによく似た茶色い髪の女性は、鼻歌を歌いながらそれぞれのカップに飲み物を注いでいる。
 お願いね、とカップが載ったお盆を手渡された。
 バランスに気をつけながら、六人分の飲み物をテーブルまで運んでいく。
 それをいの一番に受け取った父親の士郎は、嬉しそうに微笑んだ。
 駅前の喫茶店『翠屋』のマスターで、一家の大黒柱。
 そんな彼の笑顔は、柔らかく、暖かな微笑みだった。

「朝ごはん、もうすぐ出来るからね」

 桃子がフライパン片手に、振り返る。
 なのはの大好きな、綺麗で優しい料理自慢の母親。
 喫茶『翠屋』のお菓子職人でもある桃子の料理の腕は一級品で、朝は食べないなど、口に出す以前に脳内の検索ワードにヒットしない。

「ちなみに翠屋は、駅前商店街の真ん中にある、ケーキとシュークリーム、自家焙煎コーヒーが自慢の喫茶店で、学校帰りの女の子や近所の奥様達に人気のお店なの」
「なのは? いきなりどうしたんだい?」
「ふえっ!? な、なんでもないのっ!」

 唐突に家業の説明を始めた娘の姿に、訝しげな表情を浮かべる士郎。
 なのははわたわたと手を振り、誤魔化すように視線を彷徨わせて、咄嗟に、この場にいない残りの家族のことに話題を転換する。

「お、お兄ちゃんとお姉ちゃんは?」
「うん? 道場にいるんじゃないか?」
「じゃ、じゃあ私が」

 呼んでくるの、と言うのと同時に、その必要がなくなったことを理解する。
 わいわいと。
 近づくに連れて、がやがやと騒がしくなる話し声。
 先程別れたばかりの映児を先頭に、件の家族達がリビングにやって来る。
 映児は機嫌良さそうに一緒にやってきた二人の男女……もとい男性に話しかけている。

「それで師匠、次はいつ山篭りするんですか?」

 師匠。
 山篭り。
 ごく一般的な会話において、まず出てこない単語が飛び出したが、彼らにとってはいつも通りである。
 ただ、滑らかに敬語を使いこなす映児の姿は、普段のろくでもない少年と同一人物とは到底思えなかったが。
 そんな映児から『師匠』と声をかけられた青年が苦笑を浮かべる。
 呆れるというよりは、少年の極端な発想を面白がっているような笑い方だった。

「そうだな、夏に入ったらだろうな」
「夏休みになれば、エージくんも参加できるもんね」
「いや、別に夏休みとかじゃなくっても」
「……映児」
「あ、あー、あっはっは……」

 青年の咎めるような視線と重苦しい呟きにびくりと身体を震わせた映児は、あさっての方向を向きながら乾いた笑い声を上げた。
 そんな映児を、この場の全員が『サボるな』と視線で釘を刺していた。
 あっはっは……はい。
 普段の行いって大事ですよね。

「お兄ちゃんお姉ちゃん、おはよー」

 釘を刺されてしょぼくれた映児を押し退けながら、二人の兄姉に声をかける。
 兄、高町恭也。
 姉、高町美由希。
 二人は年の離れた末妹の元気な姿に顔を綻ばせた。

「おはよう」
「なのは、おはよー」

 なのはの頭に、そっと手を置く恭也。
 撫でる、というには愛想のない手つき。
 大きく、無骨な手。
 剣術家の、手。
 柔らかな髪を梳くその手は、硬く不器用だったが、なのはは気持ち良さそうに目を細める。
 それをもう一人の妹が羨ましそうに見つめていたが、まったくもって余談である。

「メーシーメーシー」

 朝食の匂いを嗅ぎつけるなり空腹を訴える映児は、年相応というより年マイナスであった。
 先程までの敬語は影も形も見当たらない。
 驚くほどの変わりようであるが、恭也に接する時以外は大体こんな感じである。
 というか、となのはは思う。
 あんなキラキラした映児はどうにも受け入れにくかった。
 というか、となのはは思う。
 はっきり言って、気持ち悪かった。
 長い付き合いだが『師匠ー師匠ー』とまるで忠犬のように素直な映児の姿には、違和感しか感じなかった。
 今も、まるでどこかの執事のように椅子を引いている少年に、なのはは自分の目が腐ったのかと思った。
 私には、意地悪ばっかりなのに。
 唇を尖らせながら、自分の手で椅子を引く。
 隣には恭也。対面には件の少年が座り、家族全員が着席する。

「いただきます」
「いただきます!」

 家長である士郎を皮切りに、五人分の声が唱和する。
 今朝のメニューはパンやスクランブルエッグといった洋風の献立である。
 それらを小さな口に運びながら、向かい側に座る両親に視線を向ける。
 士郎が愛妻の料理を褒め称え、その言葉に頬を染める桃子の姿は、完全に新婚夫婦のそれである。

「んー、今朝も美味しいなあ。特にこの、スクランブルエッグが」
「本当? トッピングのトマトとチーズと、それとバジルが隠し味なの」
「いやあ、こんな料理上手な女性と一緒になれて、俺は本当に幸せ者だなあ」
「もうやだ、あなたったら」

 見ているこっちが恥ずかしくなるほどのラブラブっぷりである。新婚気分バリバリにも程があった。
 食事の温かさとはまったく関係ない理由で、顔が赤くなる。
 そんな風に恥ずかしがるなのはを除け者に、隣からも似たような空気が発生する。

「美由希、リボンが曲がってる」
「え? 本当?」
「ほら、貸してみろ」

 身嗜みには気をつけろ。
 ありがとー。
 仲睦まじい空気にどうにも入って行きづらく、なのはは自分で胸元のリボンを整えた。
 ほんのちょっぴりの、疎外感。
 なのは自身、愛されている自覚はあるのだが、この一家において自分は微妙に浮いていると感じていた。

「なのは、卵くれよ」
「ふざけるななの」

 訂正。
 この一家において『自分達』は微妙に浮いていると感じていた。
 サッ、と引かれる皿。
 カッ、とテーブルを掠める箸。
 不意打ちよろしく伸びてきた箸の先端を、培った一級品の反射神経を以って対処する。
 なにしてるの、といった顔で睨みつけるなのは。
 なに避けてんの、といった顔をしている映児がいた。

「人のおかずに何してくれるの? 自分の分を食べてよ」
「自分の分なんかとっくに食っちまったよ。しゃあねえな、代わりにプチトマトの緑の部分やるよ」
「とりあえずエージくんに交渉人は向かないことが判ったよ」
「っせえな、隣の卵は美味いって言うだろ?」
「それを言うなら、隣の芝生は美味し……あれ? なんか違くない?」

 円満夫婦と仲良し兄妹に囲まれながら、火花を散らし合う小学生二人。
 温かな食卓に三十八度線のような緊張地帯が生まれるが、誰もそれを気に留めない。
 喧嘩するほど仲が良いというには喧嘩しすぎであるが、周囲としては子供同士のじゃれ合いのようなものといった認識である。
 当人達にも明確な悪感情があるわけではない。
 むしろどこか楽しんでいる節もあり、注意を促すほどでもない。
 だが。

「貴様、この俺に鍔迫り合いを挑むとはいい度胸だ」
「箸と一緒に心までへし折ってやるの」

 ギギギと組み合って拮抗する二組の箸は、テーブルマナーに唾を吐くどころか肥溜めに突き落とす行為だ。
 心行くまで楽しんでいるのかどうかは知らないが、流石に目に余る行為である。
 特に。
 愛情込めて料理を作った本人ならば、なおさらに。

「……二人共」

 怒る、の意味すら知らなそうな母性溢れる穏やかな声に、なのはと映児がびくりと身体を震わせる。
 そーっと箸を組み合わせたまま真横に視線を向けると、柔らかい口調そのままの、にっこりした微笑みを向けられた。
 だが。
 それを目にした二人の手から、ぽろっと箸が零れ落ちる。
 軽い音を立てながら食卓の上を転がる箸には目もくれず、母親はただただ末っ子達に微笑みかけている。
 だけど。
 それでも。
 その身に纏う空気だけが、まったく笑っていない。

「ご、ごめっ!」
「なさいっ!」

 さあっと血の気の引いた二人が、大きく身体を引いて椅子を鳴らす。
 こんな時ばかり息を合わせる少年と少女。
 もちろん。
 そんなことで許されるはずがないのだが。

「二人とも、少し、頭冷やそうか」

 高町家は、今日も平和です。




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