FC 第三節「白き肌のエンジェル」
第二十九話 謎めいた少女レン
<ルーアン地方 ジェニス王立学園 講堂>
学園祭の日の早朝、エステル達は演劇が行われるステージの最終チェックを行っていた。
演劇に使うセットや大道具、小道具、照明や衣装の確認を終えるとジルは解散を宣言した。
参加していた生徒達は歓声を上げて講堂を出て行った。
たくさんの生徒達が大道具や衣装作りなどに協力してくれたのだが、役者の方は恥ずかしがって立候補してくれなかった。
長いセリフのある主要な役やナレーションは全て発案者であるジル達がする事になってしまったのだ。
ジルとハンス、クローゼは生徒会活動で、エステル、ヨシュア、アスカ、シンジは遊撃士の仕事で人と話す事は慣れていたので、舞台に立つ事はそれほどプレッシャーにはならなかったので引き受けた。
エステル達はセリフを覚えるために練習を重ねて来ていたのだった。
学園祭の開始を告げるアナウンスが流れると、残っていたエステル達も練習を切り上げて外へと出た。
校門が開け放たれ、校内へと入って来る観光客達を見てエステルは興奮した顔で腕まくりをする。
「さあて、まずは全ての屋台を回るわよ!」
「たくさん食べすぎて、衣装が入らなくなってもアタシは知らないわよ」
「大丈夫、その時は気合で何とかするって」
全然自重する気配を見せないエステルに、アスカはため息をついた。
「じゃあ、私達はこれで」
「あら、一緒に学園祭を回るんじゃないんですか?」
ジルがそう言ってエステル達と別れようとすると、不思議そうな顔でクローゼが尋ねる。
「俺達は学園長先生に呼ばれているからな。ヨシュア、シンジ、例の件は頼んだぜ」
「ああ、ミステリアスな雰囲気のする美人さんを見つけたら教えるよ」
「まったく、何を頼んでいるんだか」
ハンスにヨシュアが返事するのを聞いて、ジルはため息をついた。
「あの、私は行かなくてもいいのでしょうか?」
「孤児院の子達も学園祭に来るんでしょう、相手をしてあげて」
クローゼにジルはそう答えると、顔をぐっと近づけて耳打ちする。
「それに邪魔が居るとは言え、好きな男の子と学園祭を見て回れるチャンスよ、思い出作りにはぴったりじゃない」
「あっ……」
ジルに言われてクローゼは顔を真っ赤にした。
校舎の方へと駆けて行くジルとハンスを見送ったエステル達は、クローゼに案内されながら屋台を巡る。
「このクレープ美味しい、全種類の味を食べちゃおうかな」
「そんなに飛ばしていると、食べられなくなるわよ」
「5人居るんだしさ、みんなで別の味を注文して分け合えば良いじゃない!」
アスカに言われたエステルは名案を思い付いたと明るい顔でそう言った。
「でも、クレープはちぎって食べにくいじゃないかな。手がベチャベチャになっちゃうよ」
「別にかじりつけば問題無いわ」
シンジが困った顔でそう言うと、エステルはサラッとそう答えた。
すると、クローゼが顔を赤らめる。
「それって、間接キスになってはしまいませんか……?」
「エステルは無防備過ぎるのよ!」
アスカも怒ってエステルの案は却下された。
「よお、お前達も学園祭に来てたのか」
「あーっ、エステルちゃん達だ!」
エステル達がクレープ屋の屋台で話しているとリベール通信の記者であるナイアルとカメラマンのドロシーのコンビが話し掛けて来た。
ロレントの翡翠の塔での取材案内をしたのがきっかけで知り合い、それからボース地方の事件などで顔を合わせていた。
「ん? お前達、どうしてジェニス王立学園の制服なんて来ているんだ? 遊撃士を辞めて学園に入学したのかよ」
「うわー、制服姿もキュートですよ!」
エステル達の服装を見て気が付いたナイアルが不思議そうに尋ねた。
ドロシーも笑顔でエステル達の制服姿をカメラに撮っていた。
「いえ、僕達は遊撃士の仕事で学園祭の手伝いをしているんです」
「ふーん、遊撃士ってのはいろんな事をするんだな」
「ナイアルさん達も学園祭の取材ですか?」
ヨシュアが尋ね返すと、ナイアルはニヤリとした笑いを浮かべる。
「ああ、やり手の生徒会長が居るって話を聞いてそっちも取材しようと思うんだが、もう1つ重要な事件があってな」
「何なの?」
「ふっ、それは今の所秘密だ。次回のリベール通信を見て俺のスクープに驚くなよ!」
アスカの質問にそう宣言したナイアルは、ドロシーと共に行ってしまった。
「まったく、ケチよね。ああ言われたら気になるじゃない」
「記者の方ですから仕方無いのかもしれませんね」
クローゼは不機嫌そうな顔をしてつぶやくアスカをそう言ってなだめた。
ナイアル達と別れたエステル達は、屋台巡りを続けた。
「私が所属させて頂いているフェンシング部では、アイスクリームを作っているんですよ」
クローゼがそう言ってエステル達をフェンシング部の屋台まで案内した。
するとそこには女性客を中心とした行列が蛇のようにうねっていた。
その行列を見たアスカは感心したようにつぶやく。
「ふうん、凄い人気じゃない」
「これは楽しみだね!」
エステルはよだれを垂らさんばかりに舌なめずりしていたが、シンジは消極的な表情でぼやく。
「並んでまで食べたくはないかな、僕は甘い物は好きじゃないし」
「ここのアイスクリームはさわやかな甘さで、冷たいのに頭が痛くならない特別な製法で作られているんです、是非食べてみてください」
「それなら食べてみようかな」
クローゼはきっとアスカとエステルのためを思ってシンジを説得したのだろうが、アスカはクローゼに説得されてしまうシンジを見てイラだった。
アスカの買い物に付き合わされる時、シンジは待たされる場合には不満そうな顔をするのだ。
「何よ、デレデレして鼻の下を伸ばしちゃって」
行列で待たされることもあり、アスカのいらだちは倍増するのだった。
<ルーアン地方 ジェニス王立学園 クラブハウス前>
屋台を回り終えたエステル達が手に入れた食べ物を分配しようとカフェテラスに向かうと、アルバ教授と小さな少女と言う妙な取り合わせの姿があった。
アルバ教授の姿を見つけたアスカが声を掛ける。
「あれ? アルバ教授、こんな所で会うなんて奇遇ね」
「いやあ、紺碧の塔の調査に来ていたのですが、ちょうど学園祭の時期と重なりましたので寄らせて頂きました」
「へえ、アルバ教授が学園祭を楽しむなんて、意外な気がするけど」
「社会科の展示を見に行きましたが、学生さんにしては良く調べてありました。私は考古学が専門ですが、かなりの物でしたよ」
「ありがとうございます、あそこの展示は私達のクラスの展示なんです」
アルバ教授に褒められて、クローゼは嬉しそうにお礼を言った。
「それで、そこに居る子はアルバ教授のお子様ですか?」
「いえいえいえ、とんでもない」
ヨシュアに尋ねられて、アルバ教授は首を激しく横に振って否定した。
アルバ教授は紫色の髪で白いドレスを着て椅子に座ってアイスを食べている少女の方を見て困った顔で話し始める。
「どうやらこの子は親御さんとはぐれて迷子になってしまったようなのです」
アルバ教授がそう言うと、少女は澄ました感じで首を横に振って否定する。
「違うわ、レンは迷子じゃないわ。隠れんぼをしているだけなんだから」
「なんか、生意気そうな子ね」
落ち着いて物怖じしない少女を見て、アスカはため息を吐き出した。
「えっと、レンちゃんはここにお父さんかお母さんと来たのかな?」
「そうよ、パパとママに連れて来てもらったの」
エステルの質問に、レンは平然と答えた。
それでも心配そうな顔をしてシンジが尋ねる。
「こんな人の多い場所ではぐれちゃって、お父さん達も君を探しているんじゃないのかな」
「だから、レンはかくれんぼをしているの。そしてこのおじさんとデートしているのよ」
「デート?」
「そっ、誘拐だって騒がれたくなかったら、アイスをおごりなさいってね」
「それって脅迫じゃないの」
レンの言葉にアスカはあきれた顔でため息をついた。
「はは、私もこの通り扱いに困ってしまっているのですよ」
アルバ教授はそう言って乾いた笑い声を立てた。
「さあレンちゃん、おじさんを困らせちゃいけないし、パパとママを心配させちゃいけないわ。2人の特徴を教えてくれるかな?」
「いやよ、パパもママもレンの自由にさせてくれないもの」
エステルが笑顔を向けてレンに声を掛けるとレンはプイッと横を向いて答えた。
そんなレンの姿を見て、クローゼは心配そうな表情でつぶやく。
「もしかして、この子はご両親に辛い目にあわされていて帰り辛いのかもしれませんね」
「そんな事無いわ、レンのパパとママはとっても優しいもの」
レンは首を振ってクローゼの言葉を否定した。
すると、怒った顔をしたシンジがレンの目の前に近づく。
「じゃあ、さっさとお父さんとお母さんの所へ戻りなよ」
「ちょっとお兄さん、何をそんなにムキになっているのかしら?」
レンがからかうような口調で答えると、シンジはレンの腕を強くつかんだ。
思わずレンは痛そうに顔を歪める。
「嫌っ、放して!」
「世の中にはお母さんやお父さんに甘えたくても甘えられない子がたくさんいるんだよ。それなのに君はそんなワガママを言って……贅沢すぎるよ」
「シンジ……」
「シンジさん……」
シンジの言葉を聞いたアスカとクローゼは目頭が熱くなった。
「……分かったわよ」
そしてレンも素直に両親の特徴を話し始めた。
レンの両親はクロスベルの貿易商人であり、ルーアンに商談に来たついでに学園祭に娘のレンを連れて来たのだと言う。
しかし、商売上の付き合いのある人達と顔を合わせたため、娘の相手を満足にしてあげられなった。
それでレンは両親の側から離れて自由に学園祭を見て回りたかったのだと話した。
「でも、この人混みじゃ探すのも苦労するわね」
「手分けして探すしかないと思う」
エステルがぼやくと、ヨシュアはそう言って励ました。
「これは、空から探した方が早そうですね」
クローゼがそうつぶやいて口笛を吹くと、白い鳥が飛んで来てクローゼの肩に止まった。
それを見たレンが歓声を上げる。
「すごいじゃない!」
「これはシロハヤブサですね。ここまで人に慣れているとは珍しい」
白い鳥を見たアルバ教授は感心してつぶやいた。
クローゼは白い鳥をシロハヤブサのジークだと紹介をする。
「ジークは私のお友達のような存在なんです」
エステル達が見つめる前で、クローゼはジークにレンの両親について説明した。
それはまるで人間相手に話すような感じだったのでエステルは驚いてクローゼに尋ねる。
「ジークって人間の言葉が分かるの?」
「完全に分かっているかは分からないのですが、意思を通じ合わせる事はできるんです」
クローゼは笑顔でエステルの質問に答えた。
ジークは鳴き声を上げると人混みの方へと飛び立って行った。
「さあ外はジークに任せて、私達は屋内を探しましょう」
「なるほど、中へは入り辛いわね」
クローゼが提案すると、アスカは納得したようにうなずいた。
「じゃあクローゼさんはジークが戻って来た時にすぐに分かるようにここに居てくれるかな。校舎の中へは僕達が行くよ」
「わかりました」
ヨシュアの言葉にクローゼは了解してうなずいた。
手分けして屋内を探すと言っても男子寮と女子寮は封鎖され、講堂は午後の演劇の時間まで立ち入り禁止だ。
残るは校舎とクラブハウスだけ。
混んでいるとは言え、クローゼを除いたエステル達4人でもそんなに時間を掛ける事無く探せる範囲だった。
しかし屋内ではレンの両親の姿を見つける事は出来なかったので、エステル達はクラブハウス前へと戻った。
すると、クローゼの肩にはジークが止まっていた。
「ジークがレンさんのご両親を見つけたようです」
「本当?」
半信半疑の声を上げるアスカ。
そのアスカの声に答えるかのようにジークは鳴き声を上げ、飛び立って行った。
「ジークが案内してくれるそうです、行きましょう」
クローゼに言われて、エステル達はレンを連れてジークの後を追いかけた。
そしてレンは無事に両親と再会できたのだった。
<ルーアン地方 ジェニス王立学園 校舎>
レンの両親が見つかったので、エステル達は学園祭を楽しむ事に戻る。
屋台を回り終ったエステル達は今度は屋内の展示物を見て回る事にした。
すると、正面入口の所でテレサ院長とコリンズ学園長、ダルモア市長が話している場面に出くわした。
その側ではクラム達が少し退屈そうにテレサ院長の話が終わるのを待っていた。
「テレサ先生、来て下さったんですね」
「ええ、私達も楽しみにしていましたので」
テレサ院長はクローゼに穏やかな笑みを浮かべて答えた。
シンジ達は待っているクラム達の退屈を紛らわせるためにお守役を買って出た。
お礼を言ったテレサ院長は安心した表情でダルモア市長達との話を続ける。
「テレサ先生達は、何の話をされていたんですか?」
「孤児院を失った私達がこれからどうするべきかを話し合って居たのです。いつまでもマノリア村の宿屋の方にご迷惑をおかけするわけにはまいりませんし」
「そうですね」
テレサ院長の答えを聞くと、クローゼは悲しそうな顔をしてうなずいた。
「それで、市長さんの御厚意で王都で暮らせるようになったのです」
「えっ?」
テレサ院長の言葉を聞いて、クローゼは驚いて手で口を押さえた。
するとダルモア市長はクローゼに事情を説明する。
「王都に我がダルモア家の所有する別邸があってね。たまに見て回ってくれる管理人は居るのだが、やっぱり住み込みで管理してくれた方が家が痛まないからね」
「でも、それでは市長さんにご迷惑が掛かりませんか?」
「いやいや、草むしりや屋根裏部屋の掃除など、孤児院の子達にも仕事をして頂けるのだから私も助かるのだよ」
クローゼの言葉にダルモア市長は笑顔で首を横に振って否定した。
「でも王都に行ったら、あの修道院はどうなるのですか?」
「私達がダルモア市長の御厚意に対してお返しできるのはあの修道院の土地しかありませんし」
「そんな……」
テレサ院長の答えにクローゼはショックを受けたようだった。
気落ちしたクローゼの姿を見て、コリンズ学園長は何かを思いついたような表情になる。
「急用を思い出したので失礼するよ」
コリンズ学園長はそう言うと慌てた様子で立ち去って行った。
「学園長先生、どうかなされたんでしょうか?」
「さあ、分かりません」
ダルモア市長に尋ねられて、テレサ院長はわけが分からないと言った感じで首を横に振った。
「それで、いつルーアンを発たれるのですか?」
「今日の学園祭から宿に戻ったら、出発の準備を始めようと思います。そして明日には王都に行く予定です」
「そ、そんなに早くですか!?」
クローゼは大きな声を上げた。
シンジと話していたクラム達も驚いてクローゼの方を見た。
そして、涙を流し始めたクローゼに心配そうな顔で尋ねる。
「クローゼ姉ちゃん、どうして泣いてるんだよ!?」
しかし、クローゼは顔を伏せて泣いてばかりでクラムの質問に答えられない。
騒ぎ始めたクラム達にエステルが笑顔で声を掛ける。
「そうだ、あたし達午後から講堂で演劇をやるんだよ。みんな、見て来てくれるよね?」
「エステル姉ちゃん達、劇をするの?」
エステルの言葉に驚いてクラムはエステルに尋ねる。
クラム達は目を輝かせて「戦いのシーンはあるの?」「キスシーンはあるの?」などとエステルに質問を浴びせた。
そして、エステル達がクラム達と話している間にクローゼは気持ちを落ち着かせる。
「すいませんテレサ先生、取り乱してしまって」
「ごめんなさいね、このようなタイミングで話してしまった私も悪かったわ」
「いえ、もう大丈夫です」
テレサ院長もクローゼに謝ると、クローゼは落ち着いた様子で首を横に振った。
そして、テレサ院長はクラム達と共にエステル達に手を振って別れを告げ学園祭の人混みの中へと消えて行った。
「では、私も行くとしよう」
「ありがとうございました」
クローゼはダルモア市長に頭を下げてお礼を言った。
テレサ院長が立ち去った方向を心細い表情で見つめるクローゼにシンジが励ましの声を掛ける。
「クラム君達を楽しませる演劇を精一杯やる。それが僕達にしかできない事だし、僕達がやらなければいけないことだよ」
「そうですね」
シンジの言葉にクローゼは笑顔でそう答えた。
アスカはそんなシンジとクローゼの仲の良い姿を見て胸がムカついて来るのを感じた。
シンジの優しさはアタシの物だったのに。
エステルは自分にとっても大切な家族だからまだシンジが優しくしているのに耐えられた。
だが、クローゼは赤の他人だ。
そしてエステルはシンジに恋愛感情を抱かないだろうと安心してアスカは見ていられたが、クローゼは明らかにシンジに好意を持っている。
しかもシンジはクローゼの気持ちに気が付いていながらシンジに優しくしている。
もしかして、シンジはクローゼの気持ちを受け入れるつもりなのではないかと考えると、アスカは胸が締め付けられる思いがした。
「アスカ」
「アタシは平気だから」
ヨシュアに声を掛けられて、アスカは歯を食いしばりながらそう答えた。
強がっているアスカの体が細かく震えている。
ヨシュアは落ち着かせるためにアスカの手を握ろうとして差し出した自分の手を引っこめた。
アスカが一番慰めて欲しい相手はシンジのはずだ。
しかしシンジはクローゼと話し込んでいてすがるようにシンジを見つめるアスカの視線に気が付かない。
自分に打つ手が無いと知っているヨシュアは深いため息をつくのだった。
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