2012年度から使用する中学校教科用図書採択に関する要望書
2011年4月28日
熊本県教育委員会 教育委員長 様
教 育 長 様
教科書ネットくまもと
日々民主的な教育行政の推進に努められていることに敬意を表します。
私たちは子どもたちが平和で民主的な社会の形成者として成長することを願い、21世紀にふさわしい教育と教科書はどうあるべきか考えてきた父母や県民、教育関係者で構成される団体です。
今年は中学校の教科書採択が行なわれますので私たちの団体も活動を開始しました。ところが、3月11日に宮城県沖で発生した巨大地震と直後の大津波は、東北から関東地方の太平洋岸を中心に未曾有の被害をもたらしました。それに起因した東京電力福島第1原発の放射能漏れ事故は、旧ソビエトのチェルノブイリ原発事故に匹敵する「レベル7」という最悪の原発事故となり、いまもなお収束のめどは立っていません。4月になり新学期も始まりましたが、被災地の子どもたちの教育の再開、特に原発から放出される放射能から、子どもたちを被曝させないための対策が緊急に求められています。
今回の大震災に関する海外メディアの報道のなかに、地震と津波直後の混乱状態にもかかわらず、被災地の人々が「略奪」「暴動」などの混乱を起こさず、お互い助け合い譲り合う姿を見て感動したというものが多くありました。
しかし、今から約90年前の1923年に起きた関東大震災のとき、日本人がとった行動は違っていました。9月1日の震災発生後から、被災地には戒厳令が敷かれました。大混乱の中で「朝鮮人が暴動を起こした、放火した」などの流言が飛び交い、民衆は自警団を組織し「朝鮮人狩り」にのりだし、数千人の朝鮮人と約200人の中国人が虐殺されました。大日本帝国憲法のもとで、徹底した天皇崇拝と軍国主義で教育された当時の日本人がとった行動は、決して許されるものではありませんが、ここには戦前の教育理念である教育勅語による教育の影響も考えられます。
ところが1995年の阪神淡路大震災、そして今度の東日本大震災では、混乱した中で人々は略奪や排外主義に走ることなく、日本人と在日の外国人も一緒に力を合わせ、助け合って、海外メディアが驚くような行動をとったのです。これは、日本国憲法と47年教育基本法によって育まれた日本人が、平和主義、基本的人権の尊重や生存権、地方自治など憲法が保障する権利や制度を戦後教育と社会生活を通じて学び取っているからできたことです。
このような教訓を踏まえるとき、3月末の教科書の検定結果発表で、戦前の大日本帝国憲法や教育勅語を賛美し、現憲法の「改正」を主張するような教科書が合格していることは憂慮されます。
さらに昨年11月の熊本県議会は、「教育基本法・学習指導要領の目標を達成するため最も適した教科書採択を求める請願」を採択しましたが、この請願は特定の教科書を一貫して支持してきた日本会議熊本が提案したものであり、今回の採択においてもこれらの教科書出版社2社だけが「教育基本法や新学習指導要領改正の趣旨に最もふさわしい教科書」であると宣伝していることから、請願は特定の教科書を採択せよと迫るものであり、教育への不当な介入に他なりません。今回の採択ではこの請願を考慮する必要は全くありません。
以下私たちの要望を5項目列挙します。
1,今後、東日本大震災のような災害が発生する可能性が高まるという予測が地震学者などから出されています。そうであればなおさら新学習指導要領がめざす、「子どもたちの生きる力」が今こそ試されているときはありません。環境に対する子どもたちの問題意識を高めることが求められます。子どもたちの将来の社会で原子力発電所は必要かどうかといった問題を考えられる教科書が大切です。熊本で発生した水俣病や川辺川ダム・荒瀬ダムなど、熊本の子どもたちがきちんと学べるような教科書が求められます。
2,子どもたちがこれから国際社会でどう生きていくのかを考えるとき、発展著しいアジアの周辺諸国との関係が今後益々深まることは明らかであり、子どもたちの歴史認識が問われます。1982年の教科書問題に端を発して、文部省(当時)は教科書検定基準の中に「近隣のアジア諸国との間の近現代の歴史的事象の扱いに国際理解と国際協調の見地から必要な配慮がなされていること」という「近隣諸国条項」を設けました。ところが近年、科書検定・採択において「近隣諸国条項」が軽視される傾向が見られます。昨年発表された国連児童の権利委員会の日本に対する勧告でも「歴史的事件に関して日本の解釈のみを反映しているため,地域の他国の児童との相互理解を強化していない」という批判を受けているほどです。
熊本県の「くまもと“夢へのかけ橋”教育プラン」においても国際教育の推進を掲げ、「子どもたちが国際社会の中で生きるための必要な資質を身につけている」ことが謳われています。こうした観点を踏まえるとき、子どもたちに過去の日本の侵略と植民地支配の歴史を正しく教え、自国中心の歴史認識に陥らないよう「近隣諸国条項」を調査の観点の中に位置づけるよう求めます。
3,文科省は今回の検定において領土問題を取り上げるよう強く指導しました。「竹島(独島)」や「尖閣諸島(魚釣島)」など領有権を巡り周辺諸国との対立が続いていますが、日本政府が領有権を主張するのと同じように相手の国にも領有権を主張する理由があります。その背景には日本が日清、日露戦争の渦中で領土編入したことなど、過去の侵略戦争や植民地支配の未清算の問題があります。
領土問題は両国政府間の冷静な話し合いによって解決すべき問題です。「相手国が不法に占拠している」という一方的な記述だけを学ぶことにより,子どもたちは周辺諸国への敵対感情を抱くことになりかねません。
特に今回の災害では周辺諸国から多大な人道的・物質的な支援を受けています。そして今後福島原発から生み出される膨大な放射性物質による汚染は、確実に周辺諸国へ放射能被害をもたらします。日本が放射能汚染の「加害国」になる恐れも否定できません。
こうした時期に相手にけんかを売るような領土問題の取り上げ方は、百害あって一利なしといわざるを得ません。採択に当たって、領土問題の取り上げ方は慎重にされるよう要求します。
4,これまで熊本県の教科書採択において、調査の観点の中に人権が含まれていたことは承知の通りです。近年新自由主義経済システムのもとで、「派遣社員」「契約社員」など不安定雇用状態の若者が極端に増え、就職も「超氷河期」といわれるほど厳しく、加えて今回の東日本大震災の影響で景気がどうなるかわかりません。こうした時代になって部落差別や在日外国人への差別を、インターネットなどを通じて煽る差別・排外主義の動きが一部で生まれていることが憂慮されます。
「くまもと“夢へのかけ橋”教育プラン」においても「人権教育の推進」が謳われており、熊本県人権教育・啓発基本計画も推進されていることから、今回の調査の観点作りにおいても人権の視点を一層重視するよう求めます。
5,教科書展示会に県民が参加することは、民主的な教科書採択においてきわめて重要な意味を持ちます。ところが、教科書展示会場に学校が利用されている場合などは、土曜、日曜など休日や夜間の閲覧ができないという問題が起きています。仕事を持ち働いている父母や県民が参加できるように、会場の変更や夜間でも展示が見られるような改善が求められます。早急な取り組みを要請します。
以上
2012年度から使用する中学校教科用図書採択に関する要望書