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天声人語

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2011年9月4日(日)付

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 立春から数えて二百十日、二百二十日は農の厄日とされる。実りかけた稲穂を、野を分かつ暴風がまま襲うためだ。「二百十二日」に四国に上陸した台風12号は、古人が恨む「野分き」の典型だろう。大型のままゆっくり北上し、影響は列島の端々に及んだ▼飛ばされたトタン屋根や、岸壁を越す波の映像に、風力でも潮力でも、憎らしいエネルギーを善用できないものかと思った。我ながら、ひと夏で節電意識が染み付いた▼東日本の電力使用制限令は、すでに被災地で解かれ、東京も前倒しで終わる。今年は過去4番目の暑さながら、全国の使用電力のピークは、記録的冷夏だった1993年に次ぐ低水準にとどまった。節電の効果である。企業にも家庭にも、それだけ削りしろがあった▼電力需要の最盛期、全国54の原発のうち39は止まっていた。結果的には、原発なしで間に合った計算になる。節電で賄えるなら物騒なものを動かさなくても、というのが人情だろう▼電力需給を皆が真剣に考えた「気づきの夏」。植田和弘・京都大教授(環境経済学)の総括だ。「雑巾は絞り切ったと産業界が言うのは大間違いで、省エネの余地は大きかった。必要に迫られれば、いくらでも手段が出てくる」と▼12号の鈍足は、太平洋と大陸の、つまり夏と秋の高気圧に挟まれたのが一因らしい。この野分き、季節を分ける嵐でもあろう。もろもろが一新された折である。節電の習いまで洗い流してはいけないが、一過の空は秋色と願いたい。

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