| 2011年9月2日(金) |
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2日発足した野田内閣は、枝野幸男前官房長官や仙谷由人前官房副長官ら実力者が表舞台から姿を消し「ドジョウばかりで金魚がいない」(民主党中堅議員)地味な布陣となった。担当行政に詳しい専門家と、専門外とされる名前が混在し、野田佳彦首相が掲げた「適材適所」には違和感も。党内バランスを最優先にした内向き人事の舞台裏では党幹部らが駆け引きを展開し、人事をめぐり党内抗争を繰り広げた「自民党化」の進行を思わせる。 ▽ポーズ 「大事な仕事をお願いするかもしれません」 8月29日、国会近くのホテル。新代表に選出されたばかりの野田氏は岡田克也幹事長(当時)を部屋に招くと、人事話を切り出した。「大事な仕事って何でしょう」。官房長官への打診だと感じた岡田氏は話を詰めようとしたが、野田氏は明言を避けた。 岡田氏は、「菅直人首相―仙谷官房長官」のコンビが互いに張り合うような緊張関係に陥り、政権失速を招いたことから、首相が力を発揮するには「大物官房長官」は望ましくないと考えていた。おまけに小沢一郎元代表の党員資格停止処分を主導した自分が官房長官を受ければ、小沢氏支持派の反発で挙党一致が崩れかねない。 官房長官は首相と一体だけに、来年9月の代表選立候補が困難になる事情もあった。野田内閣が高支持率を確保すれば野田首相の政権運営は続くが、窮地に陥れば野田首相とともに責任を問われる。 3日後の1日朝、野田氏は電話で官房長官を要請。だが岡田氏は受諾せず、野田氏の後見人役を務める藤井裕久元財務相と再検討するよう求めた。藤井氏からはすぐに電話はあったものの、昨年9月に幹事長就任を依頼する際の熱心さを感じられず、岡田氏は野田氏に断りの電話を入れた。 この後、野田氏は側近の藤村修氏を官房長官に指名。岡田氏周辺は「本気でお願いするならもっと執拗(しつよう)に要請に来るはず」と指摘。打診は「適材適所の人事に取り組んだと装うためのポーズではないか」との分析が広がった。 一方で、野田氏周辺は岡田氏の重要閣僚での起用を模索。岡田氏は周辺に「野田氏に任せている」などと語っていた。 ▽中抜き 今回の組閣ではこれまで担当してきた政策を度外視したような「畑違い」の人事が目立つ。中でも最も驚かせたのが安住淳財務相の就任だ。主に総務畑を歩み、党務では国対の経験が長いが、財務省との関係はほとんど聞かれなかった。 「素人のようなものですから」。就任祝いの電話をかけた公明党の漆原良夫国対委員長に、安住氏は軽い調子で話したが、漆原氏は「『ような』じゃなくて素人だろ。もっと謙虚になれ」と叱責(しっせき)。財務省幹部は「みこしは軽い方が扱いやすいが、財務省自体のプレゼンスが落ちるのはまずい」と複雑だ。 政権交代以来、財務副大臣と財務相を計約2年間務め、増税に前向きな野田氏と、省内で「20年に一人の大物」と言われる勝栄二郎財務次官は緊密な関係で知られる。「安住氏を中抜きした『野田―勝ライン』で事実上、重要政策が決まっていく」との観測も霞が関では急浮上した。 このほか一川保夫防衛相は「専門は農業」と公言、鉢呂吉雄経済産業相は農政通で知られる。 また小沢氏に近い山岡賢次元国対委員長の国家公安委員長の起用は、かつてマルチ商法問題で追及を受けた経緯があるだけに、身内からも「不適材、不適所だ」との声が漏れる。 ▽ねじ込み 閣僚の顔触れを見ると、自民党政権時代のようにグループや当選回数を優先した人事が浮かび上がる。17閣僚のうち5〜7回生が8人で、初入閣が10人。ある閣僚経験者は「大臣待望組の処理内閣だ」と苦笑した。 派閥領袖(りょうしゅう)のように「子分」をポストにねじ込む動きも激しかった。 国家戦略担当相と民主党政調会長を兼任していた玄葉光一郎外相は、部下だった城島光力前政調会長代理の入閣と平野達男復興対策担当相の再任を野田氏に要求。岡田氏は鉢呂氏や安住氏、中川正春衆院議員の入閣を後押しした。仙谷氏は「右腕」的存在である古川元久元官房副長官が経済財政担当相に就任し、内閣に足場を残した。 党内バランスに配慮した今回の内閣人事。ベテラン議員は「清新さはないが、非常にうまい人事だ」と皮肉った。 (共同通信社) |