一喜一憂する動物愛護法改正・・・パブリックコメントをしましょうの言葉???
動物愛護法が改正されたからと言って何が変わりますか?・・・変化変容は基本的に期待できません。当然のように法律には見えなくても穴が潜んでいるからです。
規制されたようにしていても、必ず穴を見つけてはそこを抜け道として使う連中が出てくるからです。何をしたら良いのか?それは簡単な事です。動物たちと一緒に暮らすことができるだろうか?動物たちの命が尽きるまで面倒を見てあげることはできるだろうか?と自問自答すれば良いだけです。どこかの飼い主みたいに・・・動物に人格を与えてみるのも良い方法かもしれません。人格を与えられた動物たちを虐待したり、その辺に放置遺棄などという行為には至らないかもしれません。ただし、過度な人格の提供は基地外飼い主を形成する危険性を孕んでいますので注意が必要。
今の動物たちとの接し方というのは・・・20年も30年も涙ぐましく、動物たちとどうやって共生していくか?という事を行政が提唱した下絵に近い形になっている。つまり、20年も30年も前に描いた下絵のままなのです。この時点で正しき考え方であろうというものから時代遅れになっているのです。また、失われた20年30年を追求するのでしょうか?いい加減に目が覚めているだろうと思っています。
失われた20年30年を取り戻して、さらにその先をフルスロットルで正しい姿を追い求めるには、パブリックコメントなんていうものは必要ありません。行政主導で、罰金などの処分でがんじがらめにすればいいだけの話。あちこちのしがらみがあるからこそ、中途半端な改正で、少なくても5年先まで先送りできると言うのが、本来の行政の姿なのです。
動物愛護法に関してだって、5年毎の見直しをすると規定されているから実行するだけで、中身をああだこうだと議論する価値なんて本当はありません。やるといった以上パフォーマンスをしなければならないから、今現在おおごとになっているのです。法律の中には、もはや時代遅れになっている中身がまったく時代錯誤をしている法律だってあるのはわかっているはず・・・。
犬に関して言えば・・・狂犬病予防法は、何度となく部分的に改正はされているものの・・・肝心な部分は改正されていない。と言うか・・・改正する気が無いとしかいいようがありませんな。ライフチップを入れれば、迷子になっても家族の元に返る手段を失わないといつでも行政はいうのですが、狂犬病予防法における畜犬登録(鑑札)システムからライフチップへの移行を検討しないのはどうしてなんでしょうかね???
良いシステムだと理解していながら・・・今まで利用してきたかび臭いシステムが大事だと思う行政の思惑があるのです。今回のパブリックコメントで散々騒いだところで・・・結局はデキレースの仕組みは変わらないのです。コメントについては何らかの回答は出るでしょうけど、再度検討して改正に盛り込みますなどと言う回答はおそらく一つも行政からは示されないだろう。そんな事をしていたら・・・何も決まらないからwww
一番必要なことは・・・、動物を飼う飼い主たちの気持ちの持ちようです。この気持ちはいつでも変えることが可能です。法律で規制されなくても。法律で規制されることは大好きですか?わが家の飼い主は、ある程度の法律は必要だと思いますが、何でもかんでも法律で縛られなければならないというのは・・・ヒトとしてその価値を否定されているようで、歓迎はできませんね。でも・・・パブリックコメントに気が狂ったように意見を寄せたところで何にもならないという、行政の仕事の仕組みというのをわかってもらいたちと思います。ある意味、祭りの神輿に群がる熱狂的な信者にしか見えません・・・。
動物たちと共生していくためには、法律が一番と言うより、そのほかにまだまだ一番になりうるものはその辺りに転がっているのに、それを目にしないと言うのは、行政の目潰しを食らったとしか言いようがありません。気の触れた愛誤たちは、さまざまな方法で愛護法改正を歓迎しています。愛誤が愛護法改正を歓迎するのは、奴らは、改正になっても自分たちの食いぶちは減らないと言うことを確信しているからです。この改正お祭り騒ぎの渦の中心で、改正に意見を提示して欲しいと唸るだけで愛誤の株が上がるということも知っているからなのです。
愛誤の用意した渦と言うのは、さまざまな場所で発生し、多くの一般的な飼い主をその渦の本体に呑み込んでいくという現実を冷静になってみると、背筋が凍る想いです。
愛誤の用意した渦は、複雑でその渦からの脱出方法は、いまだに見つかっていない。危険な渦には絶対に近寄らないこと・・・これが大切なのです。
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