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[29543] 【習作】とある陰陽師と狐のリリカルとらハな生活
Name: 篠 航路◆29c84ec9 ID:6f44a19a
Date: 2011/08/31 20:29
こんにちは、篠 航路と申します。
本作品はアニメ「魔法少女リリカルなのは」を主軸の世界に ゲーム「とらいあんぐるハート1・2・3」の設定や人物(あとオリ主)をぶち込んだ完全オレ得なSSになります。

処女作ですが、どうかよろしくお願い致します。







[29543] 第一話 小説より奇なことって意外といろいろあるらしい 1
Name: 篠 航路◆29c84ec9 ID:6f44a19a
Date: 2011/09/02 17:34
和泉 春海<いずみ はるみ>。
年齢、2歳と半年と少し。
性別、男。
此処海鳴市の街の少し端に位置する和泉家に生まれた長男であり、一人息子。

それが『僕』だ。

生まれが海鳴でも有数の金持ちだとか、特別な異能を扱う一族の末裔だとか、不治の病を患っているだとか、そんな特別な事項は何もない。

ただ、これらの自己紹介では付け足していないことが一つだけある。
まだ誰にも話しておらず、そしてこれから先も誰にも話すことがないであろう『俺』のプロフィール。



唐突で脈絡なさすぎて実に申し訳ないのだけど、自分は『前世の記憶』というものを信じている。
というよりも、“信じざるを得なかった”と言うのがこの場合正しいだろう。

───なんたって僕自身がまさに『それ』を持っているのだから。



『僕』が『それ』を思い出したのは、生まれてから1年と半年が経ったある日のこと。

別段、生まれた瞬間から『前』の自分の自覚があったわけではない。
幼心に“自分”と“他人”というものの区別が付くようになるにつれて、だんだんと今世で自分が体験していないはずの記憶が浮かんできたのだ。

最初は、夢心地のようなまどろみに中で徐々に『前』の自分を自覚し。
次に、やや開けてきた意識の中で『今』の自分の状況の認識。

生まれて2年と少し経つ頃には、『前』と『今』の自分がパズルのピースのように上手く噛み合い絡み合い、違和感なく“僕”が居た。

その際に、記憶に対する混乱は自分でも驚くほど少なかったように思う。
「ああ、そんなこともあったな」と自分の経験として、それがしっくりきたというのも理由の一つかもしれない。

『前』の死因は本当に幽かにしか覚えていないものの、死んだことに対する恐怖や混乱もあまりなかった。
多分これに関しては「今の自分は生きているのだから関係がないこと」として、脳が『前』と『今』を切り離して判断しているからだと考えている。
というか、そうでなければ自分が死ぬ記憶なんぞ幼児の体には悪影響が過ぎる。
普通に考えてトラウマものだろう。


閑話休題。


まあそんな感じで子供の体に大人の意識という某少年探偵のような状況の『今』の僕は、かなり早い段階で親離れをしてしまったように思う(たぶん世界最速だろう)。
この辺りは、そんなひどく冷めたクソガキであっても気にせず育ててくれた今世の親に感謝の毎日である。





で。

そんなリアルコナン君な僕が現在何をしているのかと言うと、家の敷地内に建っている離れである蔵の中で自分が使用していた遊び道具探しである。
……先に言っておくが、自分が使うためではない。

前述したように僕には前世の記憶があるため、この手の幼児用の遊び道具は以前に少し使っただけで今の僕にはもう既に必要なくなっていた。
何せ中身は元大学生なのだ。

それに、混乱は少なかったにしても自分にとっては全く覚えのない記憶である。
当時は“前の記憶”と“今の記憶”の整合性を付けるために父親の読み終わった新聞や雑誌の類を読み漁って情報を整理することがしばしばだったと思う(幸い、親はそのときの僕が新聞を理解できているとは思っていなかったようだ)。

当然ながら遊び道具はすぐさま無用の長物に。
結果として自分の初の遊び道具や知的遊具は殆ど手を付けられることなくお蔵入りしていった次第である。

それなら何故自分がそんなものを今さら探しているのかと言うと、別に今になってそれらに興味が湧いた───という訳では断じて、ない。

では何故かと言うと。
妹が生まれるのである。それも双子の。

───現在、僕の母親はそのお腹を膨らませて二つの生命を宿していた。

いくら僕という子供が生まれたからといって両親も僕に掛かりっきりという訳ではなく、やることはやっていたというわけだ。
……というよりも、母親が妹をその身に宿したのは僕が2歳になって間もない頃なのだ。当然、そんな僕に一人部屋などあるはずもなく、寝室は両親と同じ部屋。
両親は僕が既に眠ったものと思っていたようだったが……まあ、一度だけしっかりと起きていた時があったのだ。

妹誕生の瞬間である。

と、そんな感じで子供が作られる過程を息子が目撃するという子供にとってのトラウマ家族イベントを乗り越えつつも、『前』を含めても僕にとって初めての妹である。
自分としても早い段階の親離れで両親には多少申し訳なく思っていたため、この妹の誕生は非常に嬉しいものがある。
勿論それだけでなく、単純に家族が増えるという喜びもあるけど。

そんなわけで、今は一度お蔵入りしてしまった新品同然の乳児用玩具を探索中。
父親はただいま会社に出勤しており、母親は大事をとっての自宅休養。
別に僕がわざわざ探す必要はないのだが、先ほど言った両親への申し訳なさもあり、妹のことに関しては両親を全力でサポートすると決めているのだ。
これもまた、その一環である。





そして僕は我が家の物置と化している蔵にやって来て、ムダに広い蔵に置いてある箱やら何やらをひっくり返しているのだが、

「あれー……見つかんねぇな……」

見つからない。

蔵には電気が通っていないため、光源は何箇所かに配置されている窓から差し込む太陽の光のみ。中は薄暗くて見え難いことこの上ない。
両親も蔵にしまったということ以外は忘れてしまったようで(まあ、そもそも僕が以前の大掃除の際に使わなくなったものとして間違って箱詰めしてしまったことが原因なのだけど)、正確な場所も分からない。

「無駄に広いんだよなぁ、ここ」

我が家は何代も前から代々受け継いでいるだけあって古めかしく、無駄に広い。当然それはこの蔵にも言えるわけで、幼児の体ではいささか辛いものがある。
それでも、このくらいなら大丈夫だと思っていたけど……。

「さすがに出直した方がいいかもな……」

探し始めて既に30分は経っている。
もう少し成長していればこのまま探し続けることも出来るのだが、今の自分があまり長く探していたら母親に心配をかけてしまう。

今日のところは止めにして、また明日探しに来よう。

そう結論付けて、出していた箱を壁際に寄せるためにグイグイ押していく(まだ持ち上げることが出来るほどに筋肉がついてないのだ)。
そこで、ふと気がついた。

「……何だこれ?」

今自分は蔵の中の壁の一角にいて、目の前には壁がある。それだけなら何ら気にすることではないのだが……

「……ズレてる?」

その壁の一部がズレているのである。
よく見てみるとそこは隠し扉のようになっているようで、指を引っ掛けると案外簡単に開きそうだ。

「そういえば、昨日の夜に地震があったって母さんが言ってたっけ……」

僕はそのとき寝ていたし、その地震も確か震度が1か2だったこともあってあまり気にしていなかったけど。おそらくこの隠し戸もその地震が原因でズレたのだろう。
まあ、ひょっとしたら僕が知らなかっただけで、この隠し戸自体は両親も周知だったのかもしれないが。


ともあれ隠し戸である。


当然この中に何が入っているのか気になる。僕にだって人並みのは好奇心もあるのだ。
『好奇心は猫をも殺す』とはいうものの、こんな自宅の蔵の一角に生き死に関わるようなものがあるとも思えない。そもそもそんな死の危険が身近にある家なんて嫌すぎるし。

そんな感じで僕は深く考えることなく戸の隙間に指を引っ掛けるようにして、その土色の扉を開いた。





今にして思えば、それが全ての始まりだったのかもしれない。

ひどく刺激的で、悲しいことも沢山ある、だけどすごく大切なものにあふれた、そんな物語の。





「……箱?」

果たして隠し戸の中にあったのは、少し大きめの木箱。別に封をしているわけでもなく、幼児の自分でも開けられそうだ。

という訳で開けてみる。

中にあったのは、ボロボロで端々が欠けている本、それぞれ紅・黒・黄・蒼・白色の5枚の御札、狐をかたどったお面、そして達筆すぎる黒字が満遍なく彫ってある盤だった。

それは別にいい。いや、正直何でこんなものが家にあるのか疑問ではあるが今はいい、些細なことだ。


それより問題なのは。


「き、狐……?」


───いきなり僕の目の前にデンと現れた、この真っ白な狐の方だろう。






(あとがき)
第一話はプロローグで、全部で3まである予定です。





[29543] 第一話 小説より奇なことって意外といろいろあるらしい 2
Name: 篠 航路◆29c84ec9 ID:6f44a19a
Date: 2011/09/02 17:35
蔵の隠し戸の中に入っていた木箱を開けると、目の前に眠っている真っ白な狐が現れました。まる。

「はっはっはっ、ねーよ」

いや笑いごとでもねぇな。

「ていうか、おおい!何だこれ、脈絡なさすぎだろう。開けるとメートル級のキツネってどんなビックリ箱だよ。ビックリ過ぎて逆にリアクション取りづれぇよコンチクショー。約2000字に渡ってしたはずの『俺』の生い立ちとか今の状況説明とか全無視じゃねーか。ホント何コレ?前振りすらなかったよね?いやいやいやいや、落ちつけ俺。クールビズ。違う。ビークール。いやいや、それはいいんだよ。そうだ。もしかしたら俺が見落としていただけで壮大にして繊細、且つエキセントリックな前振りがあったのかもしれない。よし!そうと決まればまずは落ち着いてタイムマシンを───」

テンパリ過ぎて人類未到達の領域を探し求めていた僕だった。思わず素の一人称が飛び出たり。

しかし、そんな前世の記憶を思い出したときよりテンパる僕を遮るように、

「長いわ、童」
「ッ!?」

何やら怪しげな声がひとつ。

(何だ、今の声……?)

慌てて周りをキョロキョロと見渡すも、そこにはさっきまで僕が掘り返していた物の山があるばかりで誰の人影もない。

「何処を見ておる。此処じゃ此処」

その声がする方向を見てみると、其処にいるのは相変わらず眠ったままの大きな白い狐が、

───いや。

眠っていない。
起きている。
その狐はさっきまで深く閉じられていたはずの目は今ではしっかりと見開かれており、其処から現れた切れ長な真っ赤な瞳で僕を見ていた。……まさか。

「おいおい、……さっきの声は、お前が?」

傍から見たら奇妙な光景だろう。動物相手に人語で話しかける、違わず変人のそれである。
僕が幼児でなく成人であったなら、ご近所さんからの変人認定は避けられまい。

ただ、そんな本来独り言でしかないような僕の呼びかけに。

「その通りじゃ、童」

果たして、澄んだ高めの女性の声でそんな答えが返ってきた。





「じゃあ、お前は1000年くらい前の狐の霊なのか?」
「儂の身は既に精霊の其れじゃがな。お主が言うておるのはどうせ怨霊や雑霊のことじゃろ」
「はぁ……精霊ねぇ……」

個人的には精霊と妖精がどう違うのか気になるところだな。
目の前のはティンカーベルには程遠いし。
ディズニー。



あれから狐が喋ったことに絶叫しつつも、僕は何とか落ち着きを取り戻してそのまま目の前の狐とお話し中。
どうやらこの狐は平安時代を生きた狐の妖の霊(精霊?)らしい。

「にしても平安時代か。にわか知識だけど、その時代って確か陰陽師の全盛期だったけか。そんな時代に、よく霊が無事でいられたなぁ。いや霊になっている時点で無事って言えるのかは知らないけど」
「じゃから精霊じゃというに。……それに別段、儂は奴等にとっては討伐対象という訳でもなかったしの」
「討伐対象じゃなかった?」

……そうか。そういうことか。
解かった。僕は全てを理解しました。思わず狐に向ける視線も憐みを含んでしまう。

「……おい。何じゃ、その腐った兎を見るかの如き目は」
「さり気にグロいもん想像させんなや。……まあ、あれだ。お前弱かったんだろ?」
「ぬなッ!?」
「いやだって討伐対象にならんくらいに弱かったってことだろう?」

あれ?違った?個人的にはいい線いってると思ったんだけど。

「そんなわけあるかーッ!其処らの木っ端陰陽師なんぞ相手にもならんわ!」

うがーっと大きく口を開けて(僕がスッポリ入るサイズ)吠えるように捲し立てる狐様。
戦慄である。

「あ、そ、そうなんだ。いや、ごめん」

謝ったのに、どうやらきつね様は僕の返答がお気に召さなかったらしい。こっちの方を疑わしそうにじと目で見ながら、その毛並みと同じ真っ白な歯をむき出しにしてくる。
歯並び良いね。口のサイズがサイズだけに恐怖しか湧いてこないけどな!

「……疑ぐるようならぬしを頭からガブッと」
「申し訳ございませんでした!」

土下座である。
いや無理だって。怖いもん。この狐3メートル以上だよ?じゃれつかれただけで致命傷だって。

「……ん?ってちょっと待て。ならなんでお前、退治されなかったんだ?普通の陰陽師が相手にならないって言うんなら、それこそ陰陽師総出で討伐に来そうなものじゃないか?」

人間は基本的に今も昔も異端に対して容赦しない動物である。中世に西洋で起きた魔女狩りなんかはその最たる例だ。
それが魑魅魍魎の全盛期である平安時代ともなると尚更だろう。

「ふん、頭の巡りは悪くないようじゃな。にしてもお主、儂と普通に話しておるのう。まるであいつと話しておるようじゃわい」

もっと怖がれ、面白くない、と呆れた様子の狐。
面白い面白くないでビビらせないで下さい、僕のハートはガラス製なんだから。美しくも脆いんだから。割れ物はもっと丁重に扱えよ。

あと、あいつって誰よ?

「まあ、そっちが僕を食べるつもりならこんな話なんかするまでもなく、今頃お前の腹の中だろうからなー。意思疎通が出来る時点で恐怖も結構薄れてきてるし」

もともと僕は幽霊とか怖がる方じゃないし。
って、あれ?霊って人間食べれるの?……ま、いっか。順番に聞いていこう。

「先の問いに答えるのなら、儂はとある陰陽師の所有霊≪アリミタマ≫じゃったからの」
「ありみたま?」

なんだそれ?『荒霊≪アラミタマ≫』なら聞いたことあるけど。ラノベで。

「陰陽師が術や闘争の手助けをさせる為に使役した霊のことじゃ。あいつが創った言葉故、語源は無い。まあ、どうせあいつにとっては式神代わりだったがの」
「霊を使役した、ねぇ。……スゲェな、そんなことまでするのかよ、陰陽師って。僕は映画……あ~、物語の中でしか見たことなかったけど、そんなの寡聞にして聞いたことなかったぞ」

教科書にはまず書いていないことだろう。
式神の方なら聞いたことがあるけどあれもまた少し違うっぽいし。確か前世で呼んだ漫画では似たような話があった様な気がするが……あの漫画って今の世界でもあるんだろうか?

「まあ、お主が聞いたことがないのも当たり前じゃよ。儂とて現代は兎にも角にも当時に霊と和解した上で共存した陰陽師などあいつ以外に知らん」
「さっきも出てたけど、その『あいつ』ってのは誰なんだ?お前の話だとお前を使役した陰陽師ってことになるんだろうけど……」
「お主の言う通り、儂を使役した主のことじゃよ。誰も見たことも聞いたこともない術を創りだし、訳のわからんことを言っては周りから変人と言われておった。そもそも傍から見て陰陽師かどうかすらも怪しい奴じゃったがな」

正道の術は大概投げ出しておったし、と続ける狐。いや、それはもう陰陽師じゃなくて完全に別物じゃない?

ただ、そう言う狐の口調や雰囲気は、どこか優しげで懐かしそうだった。
その“あいつ”のことが本当に大切だったんだなと、こっちにも伝わってくるような、そんな雰囲気だ。

「そっか……ま、それはいいとして。じゃあ何でお前はこんな他人様の家の蔵で寝てたんだ?」

普通に不法侵入じゃねぇか。動物に家宅侵入罪は適用外になりそうだけど。
そうでなくてもこのサイズの動物が街中で現れたら即通報されるだろう。こいつリアルもののけ姫が出来るサイズだし。

「別にただ寝とったわけではない。儂はあいつに書を守護するよう命令されとっただけじゃ。もっとも、盗みに来るような輩なんぞ、この800年終ぞ居らんかったがの」
「800年って……。」

スケールが違ぇ。というかどんだけ寝てたんだよ。
こち亀の日暮さんだって4年に1回は起きるぞ。……よく考えたら日本人の平均寿命が80歳程だから、あの人一生で一カ月も起きてないんだよな。
1回起きるごとにプチ浦島気分なのかもしれない。フィクションとはいえ、酷い話である。

「いや、別に年中寝とったわけではないが。時々は出歩いておったしの」
「おい、守護はどうした」
「……まあ暇しておったのは事実じゃな。正直なところ、人の子と話すのも久しいくらいじゃの。お主を追い払わずにこうして話しておるのも退屈凌ぎに他ならん」
「そーかい」

まあ、食われるよりマシだから別に良いけど。……ん?

「なあ」
「なんじゃい」
「今、書を守ってるって言ったよな。それってこれのことか?」

そう言いながら僕は木箱の中に入っている本を指差す。この狐が強烈すぎて箱のことなんかすっかり忘れていた。

「如何にも」
「というか、この箱自体何なんだ?統一性がなさすぎて訳が分からないんだが」

中身は“5枚の御札”に“狐面”と“盤”、それに目の前の狐が言うように“本”。
うん、訳が分からない。狐を前にして霞んでしまったが、この箱も十分にカオスである。

「あいつが使っとった式具と書き残した術書じゃよ。もっとも道具は兎も角、書の方は奴が独自の文字を使って書かれておる。」
「暗号ってことか。お前は読めないのか?」
「今も昔も儂は文字は読めん。尤もあいつは時が経てば読める者が現れるとは言っておったが。正直なところ、今となってはそれさえ眉唾じゃよ」

口を開けば湯水のように次から次へと適当なことを言う奴じゃった、と言ってため息を吐く白狐。
よほど苦労したのだろう、その背中には何処となく哀愁が漂っていた。

「へー、それはまた。僕としてはそんな本があるのなら是非とも読んでみたかったんだけど」

本物の陰陽師が書いた術書である。実践するかどうかは置いておいて、読むくらいはしてみたかったものだ。
しかし悲しいかな、当然のことながら平安時代の人間が考えた暗号文など元学生・現幼児の僕が読めるはずもなく。平安時代の文字をそのまま使っていたとしても難しいだろう。
古典は苦手なのだ。

僕は箱の中に置かれている本を手にとってみる。
本自体は1000年ほど前のものとは思えないほど状態が良い。まあ、この狐の話を信じるのならその人はかなりの腕利きらしいし、何かの特別な処置でもしたのかもしれない。
そう思いながら僕はそのまま本を開き、中のページを見て、

「……………………」

固まった。

「……おい」
「なんじゃい」
「この本ってその人が作った独自の文字を使ってるって言ったよな?」
「言ったな。あの時分の文字を原型にしておるらしいが、崩しすぎて欠片程しか残っておらん。少なくともあの時代に解読できた者は皆無じゃよ」

何を今更、などと言いたげなな顔をする白狐。
だが、次の僕の言葉を聞いてその目をまん丸に見開いた。

「……読めるんだけど」




(あとがき)

実際書いてみたらわかったけど、ギャグってホント難しい。





[29543] 第一話 小説より奇なことって意外といろいろあるらしい 3
Name: 篠 航路◆29c84ec9 ID:6f44a19a
Date: 2011/09/01 17:42

「……読めるんだけど」

そんな僕の言葉に目を丸くする白狐。

……さっきから思ってたけど、この狐って1000年も存在しているからと言って別に落ち着いたり枯れているわけではないのね。さっきから滅茶苦茶顔に出まくってるし。
ひょっとしたらポーカーフェイスという概念自体ないのかもしれない。ジェネレーションギャップだなぁ。

そんなどうでもいいことをつらつらと考えながら、僕は言葉を続ける。

「というか、これ現代日本人は全員読めるぞ」
「?……どういうことじゃ」

白狐は怪訝そうな顔でジッと僕を見ている。
まあ、ポッと出のガキが手かがりなしの未知の文字をいきなり読めると言ってきたのだ。そりゃあ訝し気にもなるだろう。僕だって疑うわ。

ただ、今回ばかりは仕方ない。

僕は自分の手の中にある平安時代に書かれたはず書に目を落とした。

「だってこの文字───現代日本語だぜ?」

其処には多少達筆ではあるものの、僕が前世から慣れ親しんだ、現代的な仮名遣いの日本語があった。





「……どういうことじゃ。何故奴が平安の時分に記した書にお主等の文字が使われておる?」
「いや、それはこっちのセリフだって。正直、これが本当に平安時代に書かれたのかって思ってるくらいだぞ」
「……儂は嘘は言っておらんぞ」
「分かってるよ。そもそも会ったばかりの子供の僕にそんな嘘をつく理由がない」

ただ、だからこそ解らないんだよな。

「……なあ、この本って確かにその人が書いたのか?お前の勘違いや記憶違いでもなく」
「其れは間違いない。その書は確実に奴がわしに守護するように言い渡したものじゃ。…………疑っておるのか?」
「あー、違う違う!単なる確認作業だよ!一つ一つ可能性を確かめるだけだ」

噛むぞーとか言いながら、またしても白い歯をカチカチと鳴らしつつこちらを脅してくる狐に慌てて言い返して、僕はもう一度考えてみる。



・可能性① そもそも狐が勘違いしており、この本は現代に書かれたものである
話が前に進まないし、これ以上目の前でご機嫌斜めな狐に追求しようものなら頭からかじられそうなので却下。



・可能性② 狐の主が考えた文字と現代の日本語が偶然一致した
僕の頭でもその可能性があまりに低すぎることは分かるし、そもそも思考放棄でしかないので却下。



・可能性③ 未来予知のような能力で現代の日本語を知った
目の前の狐のような超常現象が既に存在しているため、意外と信憑性がありそうだけど、そんなんで未来予知するくらいなら自分で暗号文字を考えた方が楽そうなんだけど、どうなんだ?保留。



そして可能性④が『それ以外の何らかの要因により初めから現代の日本語を知っていた』いうものだ。
通常、可能性④は初めの3つの可能性が低い場合に想定するもので、そう簡単に『それ以外の何らかの要因』なんてものはそうそう思い浮かぶことではないんだけど……。


(僕、もう思いついちゃってるんだよなー……)


だって、他でもない僕自身が『それ』なんだ。思い浮かばないはずがないじゃないか。


「なあ、狐さん」
「なんじゃ、小童」
「その人って術の他にも、新しい発明なんかしてなかったか?」
「……確かに、職人を遣ってよくカラクリなんぞを作っておった。わしには理解の外じゃったがな。じゃが……」



───何故分かった?



白い狐の、血のように真っ赤な目が僕を射抜く。自身の大切な者に関することだからだろうか。その視線はこれまで以上に、鋭い。

(……にしても、やっぱりか)



多分、この狐の主である陰陽師は僕と同じ───『前世の記憶』を持つ人間だ。



僕のように『前』の知識を持ったまま平安の世の生まれ変わったのだとすると、ここに書かれた現代日本語も、目の前の狐の言う妙な術やカラクリというのも説明がつく。


『前』の知識によって、新たな術を考案する上でのアイディアを“汲み出し”。

『前』の知識によって、前人未到のカラクリを“再現し”。

『前』の知識によって、誰も知らない文字を“書き記す”。


平安の人間からすれば、確かに現代人のもつ発想は不思議極まりないモノだろう。



……ただそうなってくると、この狐にも話しづらいんだよなぁ。その陰陽師だけの話じゃなくて僕の出自まで話さなくちゃいけなくなるし。
まあ、そのあたりは正直に「言えない」って言うしかないか。

「あ~……そのあたりはあくまで可能性の話になっちゃうし、正直言いたくないんだけど。その人があんたに黙っていたのも何かしらの理由があるんだろうし」
「…………………………」

未だにこちらをじっと見ているが一応は納得してくれたのだろう、少し視線が和らぐ。

「とりあえず、この話はここまでだな」
「……まあ、よかろ」

多少強引になってしまったが、僕は断ち切るように話を切り上げた。

……いやだって、この狐の視線、怖いんだよ。正直いっぱいいっぱいなんだって。声が震えてないことを誉めてほしいくらいである。

よく見れば少し震えている手を根性で抑えつつ、僕は自分の手の中にある陰陽師の術が記されているという本を開く。読めると分かれば読んでみたい。

僕は狐が見ている前でゆっくりと読み進め───ずっこけた。

(いやいやいやいやいやいや)

思わず古典的リアクションを取っちゃった。

いや、だって、いきなり『元ネタ』とか書いてあるんだぜ!?そんでその後に『前』の僕が読んだことのある漫画やアニメのタイトルがズラリ。

………………………………。
……………………。
……………。
……。


「僕の考えほぼ確定じゃねえか!ネタバレするにしても、もうちょっとシリアス重視しろよ!?さっきまでの考察パート台無しどころか,クソ真面目に考えた僕が間抜けみたいなってるじゃん!」
「いきなりどうした、童」

狐が何やら話しかけてくる。が、ぶっちゃけなんか僕どうでもよくなってきたし。

萎え萎えである。

ああ、でもこれだけは言っておこう。僕は床に転がったまま、自信を持って言ってやった。

「お前の主人って性格悪いだろ」





とりあえず持ち直して、ある程度パラパラと手元の本を読んでみる。

やっぱりこの本自体は単なる術書でしかないらしい。内容自体は初歩的な術から酷く複雑な儀式術まで及んでいるみたいで、僕には理解できない部分も数多い。

「んー、やっぱり大半が理解できないな。そもそも基礎である『霊力』とか『氣』の部分からして分かり難いし。……こりゃあ僕には無理っぽいな」

別にそこまでやってみたい訳ではないけど、やはり未知のものには心魅かれる。今世でやりたいことが特にある訳でもないから、出来るのならやってみたかったんだけど。少し残念だ。

そんな僕の気落ちした雰囲気に気付いたのかは分からないけど、僕を見た狐が声を掛けてくる。

「別にお主は才能がないわけではないぞ」
「あ、そうなの?」
「今の儂が見えとる時点で最低限の才能は証明されとるしの。力の量もそこそこには有る。……なんじゃ。お主、やってみたいのかの?」
「興味があるって範囲を出てはいないけどな。ただ出来るって言うんなら、やってみたくはある」
「ま、儂はどちらでも構いやせんがの。お主が死のうが生きようが、儂にとっては如何でもいいことじゃ」

……ん?今、何か妙なこと言わなかったか?

「なんだなんだ、まるでこの本の術を覚えないと僕が死ぬみたいな言い方して。縁起でもない。日本語は正しく使おうぜ」

「分かっておるではないか。」





───正しくお主の言う通り、じゃ。





目の前の狐はなんでもないことのように、そう、言った。



「……どういうことだ?何でいきなり僕の生き死にの話になってるんだよ」
「分かっとらんの。お主、霊がそうそう見えるもんじゃとでも思おておるのか?」
「……?」

訳がわからない。

霊はそうそう目に見えるものじゃないなんて当たり前のことじゃないか。確かに僕は目の前にいる狐の霊が見えているけど、だけどそれで死ぬなんて……。

………………いや。

「……見えるからこそ、死ぬ?」

果たしてその言葉は確信を突いていたようで。ふむ、と狐が満足気にうなずく。

「気づいたか。やはりお主、馬鹿ではないようじゃの。
そも、霊というのは例外も多々存在するが、其の大半は本質的にはこの世に与える影響なんぞは微々たるもの。皆無と言ってもいいかもしれん。必然、意思なんぞ在って無いようなものが殆ど。漂っておるうちに消え逝くのが関の山じゃ」


じゃが、と続ける狐に対して僕は口を挟まない。挟めない。

僕の内から湧き上がってくる名状しがたい感情の激流が、僕に口を開かせてくれない。


「じゃが、其処にお主のような霊視が可能な者が居るとなると話が変わってくる。
見るということは定義付けることに似る。お主が視た霊は其の意思を顕在させ、お主に救いを求める。
霊なんぞ存在からして未練の塊。到底、人の子の身に耐えられるようなモノではあるまいよ。
中には未練を超えた害意を以て、お主に直接危害を加えるモノも居るやもしれん。俗に云う、悪霊、怨霊、霊障など呼ばれておるモノじゃの」





───まあどちらであろうと死、あるのみ───じゃ。





その言葉に対して、僕は額からいやに冷たい汗が流れるのを感じる。

息が乱れ、呼吸が速くなる。


───痛い。


思考を止めろ。


───暗い。

───怖い。


考えるな!


───悲しい。

───寒い。

───恐い。

───寂しい。

───助けてくれ。


思い出すな!!


───恐い。恐い。恐い。恐い。痛い。恐い。寂しい。恐い。寒い。恐い。恐い。恐い。痛い。恐い。恐い。寂しい恐い。寒い。恐い。恐い。痛い。恐い。恐い。恐い。恐い。恐い。痛い。恐い。恐い。恐い。恐い。恐い。恐い。恐い。痛い。恐い。恐い。恐い。痛い。恐い。恐い。寒い。恐い。恐い。恐い。寂しい。恐い。恐い。恐い。痛い。恐い。恐い。恐い。恐い。恐い。恐い。痛い。恐い。恐い。恐い。寒い。恐い。恐い。恐い。寂しい。恐い。恐い。痛い。恐い。恐い。恐い。恐い。恐い。痛い。恐い。恐い。恐い。恐い。恐い。恐い。恐い。恐い。恐い。恐い。恐い。恐い。恐い。恐い。恐い。恐い。恐い。恐い。恐い。恐い。恐い。恐い。恐い。恐い。恐い。恐い。恐い。恐い。恐い。恐い。恐い。恐い。痛い。恐い。寂しい。恐い。寒い。恐い。恐い。恐い。痛い。恐い。恐い。寂しい恐い。寒い。恐い。恐い。痛い。恐い。恐い。恐い。恐い。恐い。痛い。恐い。恐い。恐い。恐い。恐い。恐い。恐い。痛い。恐い。恐い。恐い。痛い。恐い。恐い。寒い。恐い。恐い。恐い。寂しい。恐い。恐い。恐い。痛い。恐い。恐い。恐い。恐い。恐い。恐い。痛い。恐い。恐い。恐い。寒い。恐い。恐い。恐い。寂しい。恐い。恐い。痛い。恐い。恐い。恐い。恐い。恐い。痛い。恐い。恐い。恐い。恐い。恐い。恐い。恐い。恐い。恐い。恐い。恐い。恐い。恐い。恐い。恐い。恐い。恐い。恐い。恐い。恐い。恐い。恐い。恐い。恐い。恐い。恐い。恐い。恐い。恐い。恐い。恐い恐い恐い恐い恐い恐い恐い恐い恐い恐い恐い恐い恐い恐い恐い恐い恐い恐い恐い恐い恐い恐い恐い恐い恐い恐い恐い恐い恐い恐い恐い恐い恐い恐い恐い恐い恐い恐い恐い恐い恐い恐い恐い恐い恐い恐い恐い恐い恐い恐い恐い恐い恐い恐い恐い恐い恐い恐い恐い恐い恐い恐い恐い恐い恐い恐い恐い恐い恐い恐い恐い恐い恐い恐い恐い恐い恐い恐い恐い恐い恐い恐い恐い恐い恐い恐い恐い恐い恐い恐い恐い恐い恐い恐い恐い恐い恐い恐い恐い恐いこわいこわいこわいこわいこわいこわいこわいこわいこわいこわいこわいこわいこわいこわいこわいこわいこわいこわいこわいこわいこわいこわいこわいこわいこわいこわいこわいこわいこわいこわいこわいこわいこわいこわいこわいこわいこわいこわいこわいこわいこわいこわいこわいこわいこわいこわいこわいこわいこわいこわいこわいこわいこわいこわいこわいこわいこわいこわいこわいこわいこわいこわいこわいこわいこわいこわいこわいこわいこわいこわいこわいこわいこわいこわいこわいこわいこわいこわいこわいこわいこわいこわいこわいこわいこわいこわいこわいこわいこわいこわいこわいこわいこわいこわいこわいこわいコワイコワイコワイコワイコワイコワイコワイコワイコワイコワイコワイコワイコワイコワイコワイコワイコワイコワイコワイコワイコワイコワイコワイコワイコワイコワイコワイコワイコワイコワイコワイコワイコワイコワイコワイコワイコワイコワイコワイコワイコワイコワイコワイコワイコワイコワイコワイコワイコワイコワイコワイコワイコワイコワイコワイコワイコワイコワイコワイコワイコワイコワイコワイコワイコワイコワイコワイコワイコワイコワイコワイコワイコワイコワイコワイコワイコワイコワイコワイコワイコワイコワイコワイコワイコワイコワイコワイコワイコワイコワイコワイコワイコワイコワイコワイコワイコワイコワイコワイコワイコワイコワイコワイコワイコワイコワイコワイコワイコワイコワイコワイコワイコワイコワイコワイコワイコワイコワイコワイコワイ────────────────────────────────────────────────────────────────────────────────────────────────────────────!!!!!


「────────カッ、……ハッ……アッ──────!!!??」


呼吸が止まる。息が、出来ない。

視界の中に、横向きになった狐の姿があった。いつの間にか、座り込んでいた姿勢から倒れてしまっていたらしい。
だが、それさえも今はどうでもいい。

目の焦点を合わせ、ぐちゃぐちゃになった思考を必死で掻き集める。


「ア……ッハ……ひゅ、は、ぁ…………ゼェ……ゼェ、ぜェ……ゼェ……ゼェ……」


それでも思うように行かない呼吸を、意識して行う。吸って。吐いて。吸って。吐いて。吸って。吐いて。吸って。吐いて。

一つ一つの動作に意識を集中させなければ、呼吸さえも儘ならなくなっていた。


死。


それは『前』の僕が一度経験したこと。
確かに僕は前世での自分の死因なんか覚えてもいないし、そもそも本当に死んだのかさえ分かっていなかった。いま僕の中にある記憶でさえ、ひょっとしたらただの妄想の産物かもしれないのだと、心の何処かで考えていた。

だけど、今、確信した。

僕は『前』の生の中で、確かにその“終わり”を味わっている。

例え忘れていようと。

記憶になかろうと。

身体が拒否しようとも。

『俺』の意識が、本能が、細胞が───魂が“ソレ”を覚えている。

その圧倒的なまでの“死”の感覚は、僕の中でその猛威を振るい、僕の魂を内側から掻き乱していた。





───それでも




僕の中で眠っていた“それ”は、再び訪れようとしている死の脅威を前に叫んでいた。

力を手に入れろ、と。

次こそは乗り越えて見せろ、と。




───次こそは、守ってみせろ!!




『僕』の中から、そう叫んでいた。


**********


そのとき。
白い狐は、目の前の少年にもなっていないような童に対して驚愕の念を抱いていた。

初めに見たときはただのガキだと思っていた。
次に、話している内に年齢の割にひどく賢しいということが解かった。

何処となく『あいつ』を思い出させるようなところも有りはしたが、それも微々たるもの。やはり自分の興味を引くには足りなかった。

更には自分が死ぬという話を聞き、冷や汗を垂らし、息を乱して前後不覚に陥っている。
傍目から見れば、それはひどく無様。同情から、簡単な身を守る術くらいなら教えてもいいかとは考えていた。

しかしその数瞬の後、眼前の童の眼の色が豹変したことに気付き、内心軽く舌を巻いた。

その目に宿るのは、死んでたまるかという絶対の意志。
自暴自棄になっている訳でもなく、現実を正しく認識していない訳でもない。

自身の運命に対する理不尽への、反抗の意志。

到底、僅か二歳程にしか見えない人の子が宿すようなものでも、宿していいものでもない。

おまけにこのガキ、その押せば簡単に折れてしまいそうな細い手に持つ書を差し出しながら、



「この中にある生き残る為の術、教えてくれないか」



などと言ってきた。


いつもの自分ならば教えはするものの何処か面倒くさがっていただろう。場合によっては何故自分がそんなことを、と一蹴していたかもしれない。

だが、今回は些か事情が違う。

目の前の童が魅せるその目は、かつての自身の主たる『あいつ』───『和泉晴明〈イズミノハルアキラ〉』とひどく被る。

彼も普段は飄々としている癖をして、自身や他者の命の危険に際しては目の前の童のような眼をしていた。もしかしたらこの二人には何か似通った境遇の一つや二つがあるのかもしれない。


(あいつの言葉を借るのなら、此れもまた『縁』かの)


目を閉じた自分の口角が軽く持ち上がるのを自覚する。

面白い。実に面白い。

自分はあいつの一生を見てきた。其の『あいつ』と非常に被って見える『こいつ』。
こいつの一生が如何いったものになるのか。

波乱万丈なものとなるか、はたまた凡人のそれで一生を終えるのか、実に興味がある。

少なくとも、これまでの千年の暇を僅かでも埋めることは出来るだろう。

だからこそ自分はこう応えた。


「よかろ。此れもまた『縁』じゃ」


それを聞いて目の前の子も安堵したように息を吐き、笑みを返した。


「そりゃ良かった、よろしく頼むよ。じゃあ取り敢えずは今さらながら、自己紹介だ。僕は『和泉春海』。見ての通りとは言い難いけど、二歳児だ」


その名を聞いた狐は、やはり『縁』じゃの、と小さく呟いてから笑い返す。


「我が名は『葛花〈クズハナ〉』。齢千を数える賢狐の霊魂じゃ」










それは海と山に囲まれた小さな町の片隅にあった、ひとつの出会い。


少年と妖狐。人と霊。
異なる存在である一人と一匹の出会いが何を意味し、何を為すのか。


剣と魔法と霊と人。
日常と日常の狭間を彩る非日常が織りなす物語。


これにて、はじまり、はじまり。






(あとがき)

これにてプロローグ終了。
この第一話は主人公の春海とその相棒である葛花の邂逅と、春海が力をつけるための理由づけの回ですね。言うまでもありませんがリリカルとらハの世界は武力的な意味でいろいろフリーダムなので。
ただ別に最強だとかチートにするつもりはありません。あくまで原作キャラ準拠の強さにするつもりです。

実を言うと、この第一話自体今年の3月には考えていたのですが、思いついた次の日に東北で地震が起こって、第一話の1で少しだけ「地震があった」って台詞があったので(ほんの小さな部分ですけど)不謹慎かと思ってお蔵入りさせていました。
もともと絶対書いてやる、なんて熱血な想いは持っていなかったので(もちろん適当に書いたわけではないです)。

ただそれから半年して、ちょこちょこ書いていたものをこのままパソコンの隅で眠らせるのも如何かと思って投稿しました。

次は一気に跳んで小学校入学になります。

当SSは「亀更新・不定期更新・展開微速」という三重苦な作品ですが、どうぞよろしくお願いします。






[29543] 第二話 ガキの中に大人が混ざれば大体こうなる。 1
Name: 篠 航路◆29c84ec9 ID:6f44a19a
Date: 2011/09/03 00:20
『ええー、新入生の皆さん。ご入学おめでとうございます』

体育館の壇上では初老の男性が、もはや定型句となった祝いの言葉を述べている。先刻進行役の先生の紹介があった通り、あの人がこの学校───私立聖祥大学付属小学校の校長だ。

周りでは白を基調とした制服に身を包んだ子供たちが用意されていたパイプ椅子に座っていた。笑っている者。不安そうな者。泣きそうな者。眠そうな者。退屈そうな者。その表情も千差万別、本当に様々で。

体育館の後ろ側では保護者である大人たちが我が子の晴れ姿を笑顔でビデオに収めていた。皆が皆、将来に一喜一憂して夢にあふれている。

そんな微笑ましい子供たち。



───その中に、ただ一人死んだ魚のような目をして、どんよりとしたオーラを隠すことなく垂れ流し状態にしている子供がいた。



口から吐き出される深いため息ですら色付いて見える。ドス黒いけど。その姿は周りの子供たちから浮いているどころか、なんかもう完全に別物だ。
周りの子供たちはその少年から漂う哀愁に完全にどん引きである。

そこから漂う悲壮感とくたびれ具合は、まるでリストラされた中年のそれだった。


ていうか僕である。


『なんじゃ。折角のハレの日に辛気臭い奴じゃのー。なんぞ、気に入らんことでもあるのかの、主殿?』
<気に入らんも何も不満しかねぇーよ>

僕の後ろから響く声に、音無き声を返す。

横目でそっと後ろを見ると、其処に居たのは絹のようにサラサラとした純白の髪を腰まで垂らした童女。
その白い頭からはキツネ耳がとびだしていて、小学1年生の僕よりも更に幼い体躯。黒地に鮮やかな朱色の彼岸花をあしらった着物を身に纏い、その背中でモフモフの白い尻尾を揺らしながら僕の肩に自分の顎をちょこんと乗せてニヤニヤと笑っている。うぜぇ。

<ため息の一つもつきたくなるよ。何が悲しくて小学生をもう一度やってんだろ、僕>

しかも短パン。なんかこう、精神的にクるものがある。

私服系統は母親に(泣いて)お願いして長ズボンに統一して貰っているものの、流石に制服には適用外でしたとさ。

『前世の知識などと訳の分からんモノを有しておることが、そもそも想定の埒外じゃろうて。諦めい』

それだけ言葉を交わして、再びため息が漏れる。
因みにさっきまでの僕の声は念話と呼ばれる、初歩に数えられる術のひとつである。相手と経路(パス)を繋げることで会話を行なう思念通話だ。

しかし僕の後ろの童女は声を抑えていないが、周りの人間は気にした風もない。

いや。

そもそも新入生の中に制服を着てもいない子が居るというのに、周りは気づいてもいない。

まあ、それもその筈。

───現在、僕の後ろでぷかぷかと浮かんでいる女の子の姿は、誰にも見えていないのだから。

<結局、前は大学の途中で死んじまったからなー。……勉強なんかもやり直しかと思うと今から激しく鬱だ。受験とかもうしたくない。厳密に言えば別に寿命が延びてる訳でもないしー>
『たかだか二十ぽっち、増えようが減ろうが大差あるまいて。今の世の人は些か生き過ぎじゃよ。人間長くて五十年、じゃ』

寿命が二十年減ったら僕は泣く。

<それは戦国時代の話だろ。……それに、千歳のお前だけには言われたくねぇよ───葛花>

そう。

お気づきの人もいるとは思うが、この狐耳の童女、あの大妖狐の精霊『葛花<クズハナ>』である。

いや、普段からあの大狐の姿は心臓に悪すぎて。朝起きてあの顔が目の前にあった時は漏らすかと思いました。マジで。
そういう訳で、自分の姿は基本的に自由だと教えてもらったときに土下座で頼みこんだのである。

因みに、僕の前世に関しては葛花に話してある。特に隠すことでもないし、存在からして非現実的な葛花なら信じるだろうという確信もあった。

も一つ因みに、幼女の姿になっているのはあくまで葛花の好みである。どうにも前の主人の趣味だったようで。チパーイ。
まあ僕としてもそちらの方がありがたかったから、何も言わなかったけど。

更に因みに、断じて僕の趣味ではない。僕にロリの気はないぞ。………………別に葛花のロリ姿を見て、「ババア口調の幼女だー!ヒャッホー!」なんて心躍ってないよ?本当だよ?

『誰が婆じゃ』
<地の文を読むな>

あと別に婆とは言ってねえ。





僕は現在6歳。ここ、私立聖祥大学付属小学校に入学した。

僕としては別に私立でなくとも同じ地区にある公立の小学校で十分だったのだが、両親が強く勧めたこともあってここに入学した次第である。やっぱり財布を持つ人が一番強いのだ。

自分ではこのリアルコナン君状態をうまく隠しているつもりだったけど、やっぱり所々でボロが出ていたのだろう。両親は僕の子供らしくない部分にしっかり気が付いていた。
前世や霊に関わるようなことは特にばれない様に気を使っていたため、そちらはばれていないようだが。

んで、そんな僕を見た両親は前々から私立に行かせることを決めていたらしく、話を持ち出された僕も特に断る理由も思いつかず、そのまま流れで受験勉強を始めた訳である。
まあ家はそこそこ裕福な家庭ではあったし、金銭的な面でも特に遠慮することがなかったという理由も大きかったが。

小学校の入試試験というのは前世を含めても初めての経験だったけど、勉強の甲斐あって何とかパス。
小学校の入試試験はたまに本気で難しい問題があるから困る。並行して修行もあったから結構マジで死ぬかと思ったけどな!

ま、何度か霊の類と対峙したこともあったりして、なかなかに濃い5年間だったように思う。別に対峙したと言っても、戦ったことはあまりないけど。

基本的には相手の霊を結界で動けなくしたうえでの話し合いや、どうしようもないときは僕自身で、稀に葛花に頼んで強制的に成仏してもらっている。
未練を聞いてあげるだけでも慰めになるらしく、大体はその上で未練を代わりに実行してやると、半数以上の霊は無事成仏してくれたのだが。

ただ、危険度が高い悪霊の類にはまだ数える程にしか遭ったことはない。葛花が言うには、近くに退魔師か祓い屋がいるのだろう、とのこと。

それでも、今でも死ぬのは怖いから戦うための鍛錬は継続しているけど。





そんな5年間を過しつつ、僕はこうして今日、小学校入学の日を迎えた訳である。





そんなこんなで入学式も無事終わって教室に。

僕は名字が『和泉』であり「ア」で始まる名字の子が居ないため、出席番号が1番の僕の席は教室の右隅の最前列。真面目な生徒ならまだしも、正直小学校レベルの授業を真面目に聞くつもりが初めから全くない僕にとってはただただ気が滅入るだけの席である。

それでも、生徒の中で席の位置で一喜一憂しているのは僕くらいだろう。周りの生徒は一度も授業というものを受けたこともなく、どの席にどんなメリットとデメリットがあるのかも知らないのだから。

喜ぶことにも、落ち込むことにも、経験というものは必要なのだ。

「───ではまず、皆さんのことをよく知るために自己紹介から始めましょう。出席番号1番の子からどうぞ」

などと考えている内にもどんどん進んで自己紹介タイム。
教壇に立つ女性教師が進行役となって手振りで自己紹介を促してくるので、席を立つ。

「あ~、……出席番号1番、和泉春海です。好きなことは体を動かすこと。6年間よろしくお願いします」

それだけ言って着席。本来ならここで軽く好物のひとつでも言えればいいのだが、特にないので省略する。

この体になってからというもの、前世で好きだったものが美味しく感じないのだ。

子供はコーヒーなどが苦手と言われるが、やはり味覚が幼い。こんなところでも子供の不便さが出てきている。コーヒーにも最近やっと慣れてきたところだし。
『前』では酒も最近なかなか美味しくなってきたところだったのに、また10年以上待たなきゃいけないとかないわホント。

でも僕の傍に浮かんでいる幼女は、そんな僕の自己紹介がお気に召さなかったらしい。

『なんじゃなんじゃ、つまらん挨拶じゃのー。もそっと気の効いたことは言えんのか』
<うっさい。小学1年生相手にどんなこと言えと>
『そこはそれ、お主のセンスでこの場を爆笑の渦中に』
<何その重すぎる期待>
『儂はお主を信じておるぞ』
<お前は僕の5年間の何をどう見てそう判断したんだよ……>

そんな愉快な幼年期を過ごした覚えはねーです。

葛花と馬鹿なことを話している内にもどんどん進む自己紹介。今は女子の番になっており、深い紫混じりの黒髪の女の子が立ち上がる。黒い髪の中での白いカチューシャが印象的だ。

「……月村すずかです。趣味は読書です。……よろしくお願いします」

僕同様の簡潔な自己紹介をして静かに席に着く。

(月村……ねぇ)

月村家は海鳴市において工場機器の開発製造を担う、日本でも有数の大企業であり、彼女はその社長令嬢、らしい。
昔、海鳴市の地理や歴史、企業関連について色々調べている内に知ったものだ。

ただ、別にそれだけなら僕も特に気にしたりはしない。精々、今のうちに友達になっておけば将来役に立ちそうな人脈になりそう、なんて自己嫌悪を催すゲスな考えが浮かんでくる程度だ。

「……………………」

ズーン。

そんな軽く自己嫌悪入っちゃった僕に、その空気を読もうともせずに葛花が話しかけてくる。

『月村の娘か。あそこもよく解からんのー。人理の外の者であるのは違いないと思うんじゃが』
<……まぁ、僕もそれは分かるよ。ひと目“視た”だけではっきりと、な>

修行を始めてからというもの、僕は一つの能力を手に入れていた。

『魂を視る』

それが、僕がこの5年間でいつの間にか身に着けていた能力だ。
葛花曰く、初めは霊を視るだけだった僕の霊視能力が修行を重ねるうちに発展拡大したらしい(ちなみに、僕はこの能力をまんま『魂視』と呼んでいる)。まあ、僕は扱う術の特性上、霊魂に触れる機会が異様に多いからしょうがない面もあるけど。

ただ、『視る』と言っても実際に形として眼に映っている訳ではない。自分の感覚では気配察知に近いものがあるのだけど、葛花が『視る』という表現を使っているため僕も真似ているだけだ。

さて。

当初は、気配に敏感になって不意打ちを喰らわなくなった、程度に考えていたこの能力。

使っていくうちに魂の区別がつくようになってきた頃、町の中にただの人間には視えない人が居ることに気が付いた。葛花が言うには人外を先祖に持ち稀にその血が色濃く現れる人がいるらしい。自分で気づいている人は少ないけど。
まあ僕も先祖が人外でないにしろ陰陽師であったからその才能を継いでいるっぽいし、その理屈は分からないでもない。

<前に視たのは確か猫が混ざったペットショップのお姉さんだったっけ。やけに猫の“ケ”が濃かったからよく覚えてるよ>

そうでなくても素でニャンニャン言って猫と話していた人はなかなか忘れられない。

『あれはどちらかと言えば、化け猫に人のケが混ざった類じゃったがの』
<あとは妖っぽい子狐だったっけ?まあ、力は強そうだったけど邪気は感じなかったし、あのぽやーっとした感じの巫女さんも解かってて一緒にいたみたいだったけど>

ま、実際に話をした訳じゃないけど、遠目でも彼女たち1人と1匹の間には信頼のようなものが見て取れたのが、僕が気にしないことにした一番の理由なのだが。

あの人たち、元気にしてるかなぁ。巫女さんなんて、掃除してたら自分の巫女装束の裾を踏んでスッ転んでたからな。

ドジっ娘なんだろうか?だとしたら萌えるなー。
巫女でドジっ娘。萌え要素の塊みたいな人だ。

『ふん。あの程度の子狐風情、儂と比べればまだまだ……』
<そりゃ向こうも10世紀以上存在してるお前と比べてほしくはないだろう……>

てか張り合うなよ、1000歳児。

<あとお前ってあの時は遠くから見ただけだったけど、あの巫女さんにばれてないよな。悪霊と勘違いされてお祓い騒動なんて御免だぞ?>
『誰にものを言っておる。齢千余の化け狐、隠行なんぞ労力の内にも入らんわ』
<そりゃ重畳>

葛花と話しながら、僕は月村嬢を盗み見る。

<ま、月村嬢にしてもパッと見た感じ、人を襲ったりする子には視えないし。非日常なんて僕や周りに害がなければ別にどうでもいいしな>
『相も変わらず冷めた童じゃの。そこはもっと突っ込んで行くとこじゃろ。話が広がらんではないか』
<広げてどうする……>

てか、いろいろ危険だよ、その発言。

<無理無理、中身は四捨五入すればもう三十路のおっさんよ?今さら未知との遭遇や冒険に興味なんか無い無い。将来はそこそこの会社に入って、エロ可愛い嫁さん貰って、愛と肉欲の日々を送りつつ今度こそ大往生するんだ>
『ふらぐ乙』
<やかましいわ>

そんなのばっか詳しくなりやがって。

『教えたの、お主じゃろうが』

そうでした。



話している内にもやっぱり進む自己紹介。今度立ち上がったのは、明るい金色に輝く髪を背中に流す女の子。つり気味の大きな青い眼が彼女自身の気の強さを表しているようにも思える。

「アリサ・バニングスです」

そう言って席に着く。

僕や先ほどの月村嬢よりさらに簡潔な自己紹介。ここまで来ると敬語を使っていても慇懃無礼でしかないけれど、しかし先生のほうも入学初日からそこまで指摘するつもりはないのか、すぐに次の人に自己紹介を促す。

(今度はバニングス家御令嬢、か)

バニングス家。

世界にいくつもの関連会社を持つ大企業の社長一族であり、海鳴においても月村家に勝るとも劣らない豪邸を構えている(これも海鳴について調べていると普通に出てきた。というか海鳴の企業について調べると関連企業の殆どバニングスの名前が出てきた。すげぇ)

彼女───アリサ・バニングスはその社長の一人娘らしい。

改めて横目で彼女を盗み見てみる。

背中の中ほどまで金髪を流し、頭の両側でちょこんと結んでいる。肌はいかにも西洋人的な白色で、その容姿と相まって何処かお人形のよう。しかし、その瞳は人形であることを否定するかのように意志の輝きを放っており、一般の小学1年生と比べても利発そうな印象を受ける。

…………ただ、

『不機嫌そうじゃな』
<周りからあれだけ好奇の目で見られたら、そりゃなぁ>

その顔は私不機嫌です、という感情を隠そうともせずムスッと顰められていた。

その理由はさっき言った通り、彼女に向けられている周りの子供たちからの視線だろう。彼女よりも後ろの席の生徒は彼女の金髪に物珍し気な眼を向け、前の席の者も振り向いてこそいないものの気にしていることが雰囲気で伝わってくる。

<まあ、子供からすれば金髪の西洋人なんてのは珍しいものだからなー>
『当の本人の娘は不快この上なさそうじゃがな』
<あの子もあの子で気が強そうだしねぇ>

家が金持ちで容姿も抜群、おまけに性格も強気。もしこれで頭も良ければ、将来は周りからいじめられるか、群衆の中でリーダーシップを発揮するかのどちらかだろう。

<まあ同じクラスになったことだし、僕もイジメなんかは気にしておくけど>
『いつもの如くお主も子供に甘いの。見た目と相まって、いっそ“しゅーる”なくらいじゃぞ』
<自分では甘いつもりはないんだけどなー。……んー、まあ、『前』は近所の孤児院によく出入りしていたからな。子供が苦しむのを見るのは気分が悪いだけだよ。全部を全部面倒みる訳ではないけど、せっかく子供の体なんだ。内側から気に掛けるくらいはするよ>





前世での『俺』は、子供の頃から頻繁に近所にある教会系の孤児院に出入りしていた。小学校で仲良くなった友達がそこで暮らしていて、遊びに行ったのが始まりだ。


そこで同年代の男子たちと外で遊んだり。

年長のお姉さんたちには料理や裁縫、果ては化粧の仕方まで教えてもらったり(今では僕の持つ108技の内の一つだ。てか前から思っていたが化粧は絶対におふざけの産物だろ。俺も何故真剣に聞いてたし。未だ解けない謎だ)

数人の友達と結託して教会のシスターのスカートをめくったり(逃げても全員すぐ取っ捕まってボコボコにされたものである。それからというもの、俺たちの間で彼女は「鉄拳シスター」となった。あだ名がばれるとまたボコボコにされたが)

50代くらい(怖くて正確な歳は訊けなかった)の筈なのに、どう見ても30代にすら見えない園長先生(女性)と一緒に日向ぼっこなんかもした。

自分が成長したら、孤児院の後輩たちの面倒を見たこともある。やんちゃ坊主や、大人しい子。やけに電波な発言をかます不思議ちゃんなんかも居た。


でも。

楽しい日々の中で忘れそうになるが、その場所は『孤児院』なのだ。

何らかの理由で親を失くした子供の集う場、である。

親が死んでしまった子や、捨てられた子。虐待を受けて体に生々しい痕を残していた子もいた。様々な理由で親元を離れた子供が、其処に居た。



ただ共通していたのは、その中の誰しも心に『傷』があったこと。



ちょっとした瞬間にその傷が垣間見えると、ただの子供でしかなかった『俺』は下手な慰めの言葉を掛けたり、少し強引に遊びに誘うくらいしか出来なかった。成長して10代も後半になってくると接し方もある程度慣れてきていたが、子供の頃は考えなしに相手を傷つけてしまったことさえあった。


葛花から見て僕が子供に甘く見えるというのなら、その根源にあるのは多分“それ”だ。

別に、トラウマなんて高尚な言葉を使えるほど深いものではないけれど。



だが、前の世界で『俺』が見た友達の涙は、確かに『僕』の中に根を張っていた。





『お主の人生じゃ、好きにすれば良かろ。儂は知らん』

逸れた思考から我に返ると、葛花がそう言ってプイッとそっぽを向いていた。

このロリきつね、千年も生きている割には子供っぽいところが多く、度々こんな仕草をとる。
単純というか、直情的というべきか。こういうところを見るたびにコイツ動物っぽいなーと感じる僕。いや、「っぽい」もなにも、もともと動物なんだけど。

今だって、周りの子供を気に掛けて自分を蔑ろにしている僕に対していじけているのだ。

そんな葛花を見るたびに、僕は内心萌えあがっている上にイジりたくて仕方がないだが、命懸けになりそうなので自重する次第。
前にからかい倒したときは修行時に殺されるかと思ったし。ボコボコされて親にばれないようにするのに苦労したものである。

宙に浮かんだままそっぽを向く葛花に、僕はばれない程度に小さく息を吐きながら言ってやる。

<お前のことだって頼りにしてるんだぞ?葛花>
『…………フン。まあお主がど~~~してもと言うのなら協力してやらんでもない。……いいか?仕方なくじゃぞ』

じと~っとした半眼でこっちを振り返る葛花。

僕はその顔の向こうにある左右にブンブンと激しく揺れるしっぽを見て、苦笑しながら頷いた。


まったく。仮にも千年も生きているのなら、もう少し老獪になってもいいだろうに。





(にしてもあの子……)

僕は横目でばれないようにアリサ・バニングスを再度覗き見る。
彼女の声を聞いたときからずっと思っていたのだが……


(声、くぎゅにそっくりだなぁ)


一度で良いからバカ犬とか言ってくれないかなぁ。






(あとがき)

ストックがあるうちは調子にのって連続で投稿。いやぁ、後先考えない自分がイヤになっちゃいますね。

今回、なのはが出てこなかったのは春海が注目していなかっただけで、ちゃんと同じ教室で自己紹介をしていますのでご安心を。

SSのテンプレともいえる擬人化が起こりましたね。葛花のモデルは「化物語」の忍野忍 と CLANP作「GATE」の神言 です。作者の趣味全開ですね。

あと第一話で出てきた『元ネタ』云々は単に「作者の発想力が貧困な時は既存のモノに頼っちゃおうぜ!」みたいな、いわゆる作者が作った緊急避難場所なので、作者の発想力次第で元ネタの数が減ったり増えたりします。ビビりですね。

そういう意味では第一話の「陰陽師とは完全に別物じゃない?」という言葉も、作者の陰陽師に関する知識不足を誤魔化すための逃げ場ですね。そしてやっぱりビビりですね?

そんな色んなところに保険を散りばめているような拙作ではありますが、一人でも多くの読者様に楽しんでいただければ幸いです。

ではでは。




[29543] 第二話 ガキの中に大人が混ざれば大体こうなる。 2
Name: 篠 航路◆29c84ec9 ID:6f44a19a
Date: 2011/09/03 19:57
「んじゃ、ひる休みに校庭にしゅうごうな!遅れたらキーパーだよ、はるみ!」
「あいよ」

それだけ言って、吉川くん(♂)は別の男子のグループに走って行く。他のメンバーを探しに行ったのだろう。

入学式から1週間。僕はそこそこ上手く小学校生活を送っていた。

勉強は小学校程度の内容が解からないはずがなく(中の人は高校レベルまでは修めている上、今も中学・高校レベルの勉強も時たましているので当たり前だが)、孤立しない様にクラス内のここ数日の間にできた幾つかのグループに入って、外でサッカーをしたり野球をしたり漫画の話で盛り上がったりして、日々を無難に過ごしている。

たまに子供特有のテンションの高さに着いていけないときがあるので、そんな時は僕の108技のひとつ『気配断ち』(葛花直伝の隠行である。さすが獣)で輪の中からフェードアウトしているが。

小学生ってすっげーのよ。『う○こ』とかで大爆笑だもの。…………おっさんにはハードル高すぎだわぁ。


今は3時限と4時限の間の休み時間で、先ほど友達の一人の吉川くん(♂)とサッカーの約束を交わしたところである。

クラス内でも僕が危惧していたようなイジメが横行することもなく、僕はたまに起こる喧嘩を仲裁するくらいだ。

ま、他のクラスはどうかは知らないけど、さすがに全クラスの子供の相手が出来るほど僕は暇があるわけではないし、全部の問題を解決できるなんて自惚れてもいない。それは教師の仕事であり、僕が出来るのはせいぜい手助けくらいなものだ。





「……………………うーん」

ただ、全く問題がないわけではなかった。


問題というのは入学式の日に僕が気にしていた、月村すずか嬢とアリサ・バニングス嬢である。
彼女たち2人がクラス内において、どうにも孤立しているのである。


とは言っても、その2人にしても孤立している理由は些か異なる。


月村嬢の方は初日の物静かな印象を崩すことなく、毎日休み時間には到底子ども向けとは言えない難解な本を読んでいた。しかし話し掛けられるとおずおずと物静かにだが普通に話して対応しているところを見ると、上手く人と話せない訳ではなさそうで。

月村嬢、どうにも自分から率先して孤立しているようにも思える。


まあそれだけならば僕はべつに構わない。
考えは人それぞれである上に、孤立しているからと言って必ずしも不幸なわけではない。一人である方が落ち着く人間なんて幾らでも居るのだ。

これから変わるかもしれないし、変わらないかもしれない。

しかし、変わったのならその時に頑張ればいい。



『月村すずか』が自分で友達が欲しいと思うようになったとき、その時に頑張って努力すればいい。



それならば僕も彼女に協力ができる。
彼女は子どもなのだ、時間なんてものはまだ沢山ある。

…………と、まあ、そんな理由で月村嬢に関しては僕は今しばらくは頭の片隅に留めておいて、一先ずは静観の構えであるのだが。





しかし問題なのはもう一方の女の子───アリサ・バニングス嬢だ。


彼女が孤立している理由はとても解かり易く、その容姿と気性にあった。

彼女の容姿は金髪に西洋人特有の白い肌と整った顔立ち。まだ小学一年生の周りの子供からすると彼女のその容姿は正しく『異物』である。
子供というのはそこらの大人などよりもよっぽど排他的で、その対象からはアリサ・バニングスも例外ではない。実際、最初のほうの周りの彼女を見る目は奇異や興味の視線が殆どだった。

ただ、それだけならばまだいい。数日経つ頃には子供たちも興味を継続できなくなったのか周りの視線も収まり、彼女に話しかける子供も出てきたからだ。

しかし、そこで更に悪効果となったのは彼女のその気性だった。彼女もまた初日の印象を覆すことなく、強気で弱みを見せないような性格であり、おまけにお嬢様育ち故かプライドが高く我が儘なところがあった。

つまるところ、せっかく話しかけてくれた女子生徒数人と大喧嘩になってしまったのである。

おまけにその喧嘩が起きたのが昼休みで僕は外で友達に誘われたサッカーに興じていたため仲裁さえ出来ず、そして更に悪いことに、その女の子たちの内にはクラスの女子の中でそこそこ社交性のある娘まで居たため、女子のほとんどが彼女を避け始めてしまったのだ。


そしてそれは男子においても同様だった。

この年頃だと男女の性差など有って無いようなものではあるが、彼女のプライドを刺激しないマイルドな対応が出来る小学1年生などいる筈もなく、男子の間においてでさえ彼女は腫れ物状態だ。


泥沼である。


結果、待っていたのはアリサ・バニングスのクラス内での完全な『異物』認定。




───アリサ・バニングスは完全にクラスから孤立していた。





<さてはて、どうしたもんかな。1番ベストなのはバニングス嬢が一人で周りと友達になってくれることだけど……>
『どう考えても無茶じゃろ。容姿の問題も有れ、今一番の原因は間違いなく金髪娘の気性じゃぞ?周囲の童どもに期待しても、望み薄じゃろうて』
<ですよねー>

そのアリサ・バニングスは今も教室内の自席で頬づえを突いて静かに座っていた。

その表情は周囲の皆と仲良くなれずに憂いと悲哀の気を纏いながら落ち込んでいる…………なんてことは全然なく、不機嫌そうにその形の良い眉根を寄せてムダに美しい逆ハの字を作り、ぐぬぬと云った具合にその可愛らしい顔をしかめていた。

『負けん気もあそこまで行くと、いっそ清々しいの』
(恐るべし、アリサ・バニングス)

とまあ、葛花と馬鹿なことを言い合いつつも考えてみる。

そもそもその容姿やら気性やらも間違いなく彼女の孤立の原因ではあるものの、問題は他にもある。

僕がみた限りでは、アリサ・バニングス嬢は周りの生徒たちを下に見ている。彼女は、ごくごく自然に周りを自分よりも下の人間として認識しているのだ。

<あれがお嬢様気質ってヤツなのかね?>
『あの娘は幼子の時分より上の人間としての作法を仕込まれておるのじゃろ。上流の人間であれば珍しいこともあるまいて。事実、知性も血統も格も、周りの童よりも上じゃ。……もっとも、周りを考慮の外に置いた発言を聞くに、あれもまだまだ童じゃがの』
<それはあの年齢の子どもなら仕方ないだろ。……まあ確かに今のバニングス嬢の行動って、周りの子どもから見ればただのわがまま娘だしねぇ。勿論、本人からしたら周りからの不躾な視線に耐えかねた当然の反発なんだろうけど>

入学式から数日間誰にも話しかけられずに奇異の視線に晒され、やっと話すことが出来たと思えば周りは品のないガキばかり。

後半はともかくとして前半の方は、まだ自制の効かない子どもにとって反発を我慢しろというには少々酷だろう。

『それで、お主はどうするつもりじゃ?正直なところ、周囲の童共じゃとあの娘の相手は些か荷が勝ちすぎるぞ』
<う~ん……出来ればやりたくなかった手ではあるんだけど……やっぱり僕が友達になるしかないかぁ?>

僕ならば幾ら彼女の反発心が強くても受け流すことはできるし、彼女の話し相手になることも可能だろう。なんと言っても中身的には元は20歳ちょいの大人なのだ。7歳の女の子の言葉くらい簡単にあしらえる。

ただ…………。


「…………。友達に『なってあげる』っていうのは、出来ることならしたくなかったんだけどなぁ……」


思わず声に出してぼやいてしまう。

友達は『なってあげる』ものではないというのが僕の持論であるし、僕自身も相手が小学生とはいえ『なってあげる』なんて言葉を本気で言えるほど恥知らずな人間ではない。

学生時代の友人は一生の宝、なんて言葉もあるくらいなのだ。僕の単なるお節介で彼女のそれを穢したくなかったのだけど……。

『こと此処至っては仕方なかろ。早くせんとあの金髪娘もいい加減爆発が近いぞ』
<怖いこと言うなよ……。まあ仕方ないか。今日の放課後にでもバニングス嬢に話しかけてみる。葛花は残りの休み時間や昼休みに何か起きないか彼女を見ててくれ>
『心得た』


そこで話を終え、授業を聞くふりをしつつ内職開始。


既に休み時間は終了していた。





で。

結論だけを先に言うと。

結局、葛花と話していたことを実行に移すことは出来なかった。




それよりも速くアリサ・バニングスが動いたのだ。




葛花的に言うのなら、『爆発』してしまった。





(あとがき)

またしても考えもなくストックの中から連日投稿。なんというか、読者様に自分の拙作を読んでもらいたくて堪らないドMな作者です。こんなところで自分の隠された性癖が発覚するとは。

はい、今回は前回の入学式から1週後ですね。3人娘の邂逅という原作イベントを次話にまわしたため、今回はかなり短めです。

原作主人公(あれ?ヒロイン?)さんも次話で登場しますのでお楽しみに。

ではでは。





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