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[28603] 【習作 クロス】聖なるかな~A lyrical magical eternal~
Name: 岌斗◆1092524c ID:0ba1c4ec
Date: 2011/08/15 22:14
この作品はにじファンにて投稿させていただいてます。



本作は聖なるかなとリリカルなのはのクロス(来訪)モノになります。

このSSを読むにあたっての注意!

本SSはお読みになる皆様が「聖なるかな」を知っているモノとして進めていきます。ですので、分からない箇所がありましたら、お手数ですが感想板にてご指摘をお願いします。
なるだけ答えさせていただきます。

ストーリーはナルカナルートに準拠させます。

作者はファンディスクをプレイしていないのでファンディスクとの矛盾があるかもしれませんがご容赦ください。

リリカルなのはの設定を活かす為に、独自解釈や設定改変などがかなりあります。
そういった物が許せないという方は、ブラウザバックを推奨いたします。

それでは、愚にもつかない駄作ではございますが、しばしお楽しみください。



[28603] 序章 天 ~この宇宙の果てで~
Name: 岌斗◆1092524c ID:0ba1c4ec
Date: 2011/06/29 19:41



虚なる闇が、流れて移ろう。
神剣宇宙の静かな流転。

そんな紺碧の静寂に漂う、虹綺の輝き。

闇の中、星に見紛わんばかりの煌めきを放つそれらは、しかし星ではない。


それは『樹』


全ての世界の根幹を成す、大いなる存在……名を『時間樹』と言う。

世界(えだ)の剪定(しゅうせい)、新たな世界(は)の創造、枯れた世界(くちば)の吸収…全ての作業を己で成し遂げ、時間樹を維持し続ける。
一つの『永遠』を手にした時間樹の目的は自身の維持以外には無く、その無欲もまた、永遠を助長させる要因となっている。


その永遠を内包する時間樹の光は星の如き輝きをもって、虚無の空間を煌々と照らし続ける…。


その輝ける虚空の中を流れる様に進む一つの集団があった。

集団と呼べる程に数は多くない。精々が3、4人といった所だろうか。

闇と煌めきだけが辺りを包む中、その集団は酷く浮いていた。

集団が浮いている事は勿論ながら、その集団にも浮いた存在がいた。


男である。


4人連れでありながら、そこに男が1人しかいないのだ。

男女比1:3ならまあ有り得るが、その比率がそのまま数に繋がるなら話は違って来る。痴情の縺れとかそらもうイロイロと…。

だがその集団は騒ぐでもなくはしゃぐでもなく、粛々と空間を進んでいた。

そんな中、一人の少女が不意に静寂を破りその口を開いた。



「飽きた」





[28603] 序章 地 ~時間樹への誘い~
Name: 岌斗◆1092524c ID:0ba1c4ec
Date: 2011/06/29 20:41
「……ナルカナ、貴女その言葉何回目だと思ってるのかしら?」

呟いた少女の左を飛ぶ赤みがかった髪をなびかせた少女が溜息混じりに答えた。

名を斑鳩 沙月という。

「だってー、飽きたモンは飽きたんだもん。仕方ないじゃない」

先程「飽きた」と呟いたナルカナと呼ばれる少女が懲りずにその小言に答える。
歳の頃は同じだろうが纏う気怠げな雰囲気や黒く伸びた髪が色香を醸し出していた。

しかしそんなアダルティさも、本人の子供っぽさの前では粉微塵である。


「…ちなみに今の二回を含めると四十一回目だぞ?」


二人の前を飛ぶ妙に老けた口調で話す少j……幼女がどうとも言えないコメントを入れる。

「失礼だな」

黙れ神性ロリ。

その名を聖レーメ。神剣に宿る神獣にして、前を飛んでいるハイ・エターナルのパートナーである。

そんな少女達の言を受け、一番前を飛んでいるこのメンバーの緑一点が口を開いた。

「まあ、分からないでもないかなぁ…。かれこれ…?」

言いながら胸元から懐中時計を取り出す。

「四日になるのか……ナルカナ、どっかに腰を落ち着けるか?」

メンバー唯一の男にしてこのグループのリーダー、そしてとある永遠神剣第一位の担い手。

名を世刻 望という。

「ちょっと望くん、ナルカナの言う通りになんかしてたらいつまで経っても進めないわよ」

沙月がすかさず望に指摘する。しかし、それは意外な所から横槍が入るのであった。

「そうは言うが……サツキよ、前の世界の滞在期間が些か短すぎたから、吾もそれなりに疲れておる。ここは吾も何処か適当な時間樹で休む事に一票を投ずるぞ」

「レーメちゃんも!?ああもう、望くん!主としてもリーダーとしてもココはビシッと…」

「すみません、俺も休むに……」

「!!」

沙月の委員長気質はまさかの裏切り(?)により休憩が決定した。

「よーし!!休憩出来そうな時間樹……はなんかつまんないな。ビビっと来た時間樹に腰を落ち着けよー!」

「そんなに元気ならまだまだ大丈夫でしょ!!」

「やーだー!景色に飽きたのー!」

ナルカナと沙月が言い合いを始める。
それを尻目に二人で肩を落としながら望とレーメは時間樹の群を見渡す。

「…ん?」

と、望の視界の端を何かが掠める。
気になった物へと近付く。

「……これは…」

「時間樹の苗木ね」

「うぉ!?」

いつの間にか傍に来ていたナルカナの言葉に望が取り乱す。それを気にも留めないナルカナはその苗木へと近寄る。

「…………」

するとみるみるナルカナの表情が険しい物へと変わって行くではないか。

不審に感じた望はナルカナに尋ねた。

「…どうした?」

「どーしたもこーしたも、マズイわよこの苗木。放っておいたら丸ごと枯れるわ」

「そうだな、かなり切迫しておる」

これまたいつの間にか接近していたレーメもナルカナに同意する。

「何!?」

「望くん!ナルカナこっち!?………ってどしたの?深刻な顔して」

どうやらナルカナを見失っていたらしい沙月が光輝を構えながらこちらへ近付き、一拍遅れた反応を見せる。

「サツキのこういう時に限った反応の遅さが普段の物腰からは想像もつかんのだが……」

レーメが呆れながら米噛を押す。

そんな中、望は真面目な顔で告げる。

「先輩、行き先が決まりました」







[28603] 序章 鞘 ~こうして唄は紡がれる~
Name: 岌斗◆1092524c ID:0ba1c4ec
Date: 2011/06/29 20:40

「じゃあ状況を整理するわね?」

沙月が持ち前の委員長気質を発揮し、時間樹の苗木についての説明を始める。

曰く、

・神剣以外の外的要因によって分枝世界の至る場所に穴が空けられている。

・その穴からマナの流出は今の所は見られないが、ふとした切掛からマナバーストの可能性が考えられる

「とりあえず此処までが現状ね。何か質問あるかしら?」

「はいはーい!なんでこの私じゃなくて沙月が取り仕切るのかしらー!?」

「無ければ次に行くわよ?」

「ナルカナ様を無視するなー!永遠神剣第一位なんだぞー!」

沙月がナルカナをスルーする。最近になって身につけた能力だ。

「今は使い手がいるであろうに…」

レーメの苦い呟きに、望が苦笑いした。今は使い手についてはアンタッチャブルなのだろう。

「最近望が黎明ばっかり使っててナルカナ様は不満なんですー!」

「神剣だけじゃないから余計にねー♪」

手痛い沙月の追撃が飛ぶ。案の定、ナルカナはその挑発にこの上無い程に食いついた。

「んなっ!あっ…アンタ!言っちゃならない事言ったわね!?」

「フフッ、その発言は認めたも同然ね!」

「スルー能力は一体何処に行ったのだ…?」

いつの間にか沙月が以前と同じ様にナルカナに突っ掛かりに行っている。

「まあまあ、先輩もそのあたりで……」

これ以上の事態の混迷化はマズイと判断した望は互いの説得を試みようとした。

が、

「ちなみに期間はサツキの方が長かったりするぞ?」

「レーメぇぇ!?余計な事は言わなくて良いぞ!?」

「勝った!!」

「何よ何よ!期間なんかほんのちょっぴり違うだけじゃない。そんな誇らしげにしても大差ないじゃない!胸勝ってるからってそんなに誇張しなくていいじゃない!!望くん、後で覚えてらっしゃい!!」

「ちなみにサツキは知らん筈なのだがナルカナと最後に通じたのは三ヶ月前だ」

「なぁんですってぇ!?」

「ますます勝った!!」

「ちなみに吾は先月だぞ?」



………………………………………………………………………………………………………………………………………………………



「「望(くん)?」」

「ついさっき逃げたぞ?」

「「待ちなさぁぁぁいっ!!!」」


閑話休題


「とーにかくっ!今回の時間樹は一筋縄とはいかないわ。少なくとも時間樹内限定とはいえ、世界を自らの意思で渡り歩ける連中がいるという事。ここが一番厄介ね」

元の冷静さを取り戻した沙月が仕切り直しにこれからの方針を打ち出す。

よく分からないボロクズの様な肉塊とか、沙月達に付いたアカイシミとか、微かに漂う焦げ臭さとかは気にしちゃいけない。

繰り返す。気にしちゃいけない。

「今回も分割行動する?私は別に構わないけど……」

ナルカナが他の時間樹で行っていたやり方を思い提案する。だがその意見に対し、沙月は静かに首を横へと振った。

「いいえ、今回は固まって動きましょう。相手の規模や正体が掴めない以上、単独で相手取る場合を考えたらリスクが大きすぎるわ」

「そうだな。吾も今回は集団行動が良いと考えるぞ」

「成程、確かに」

沙月の意見にレーメが同意し、ナルカナもそれを聞いて沙月の言に同意を示して頷いた。

「あら、意外ね?貴女の事だから『このナルカナ様に不可能は無いー!』とか言い出すと思ったのに」

沙月のからかい混じりの言葉にナルカナは反応するでもなく、物憂い視線を時間樹へ送りながら独白する様に呟いた。

「…それだけこの時間樹の状態が危ういって事。流石のナルカナ様も今回ばかりはちょっちトサカに来てるのよ」

そのナルカナの横顔に沙月は何も言えなくなり、思わず視線を横にずらす。

「とにかく集団行動は決定ね。で、侵入に際してなんだけど…、ナルカナ、レーメちゃんも、神名を極力封印した状態にして欲しいのよ」

「ん?何故だ?」

レーメが沙月の言葉に首を傾げる。

「確かにその方が良いでしょうね。今見て分かったわ」

理由がイマイチ分からないレーメを無視しながらナルカナが同意する。そんなレーメに沙月からのフォローが入った。

「あのね、レーメちゃん。この時間樹見てちょうだい?」

沙月の言葉に従いレーメが時間樹を見てみる。

「む?……んー…?………なんと!?」

やがてその疑問は驚愕へと変わり、しきりに納得したように何度も頷いた。

「うむぅ…この時間樹、その規模に比べて保有しているマナが余りに大き過ぎる……そういう事なのだな?」

「そういうコト。どんな影響が起こるか想像もつかないから、なるべく神名は自己封印。神性強度も修正した方が良さそうね……んー、でもこの感じだったらいっそ…」

沙月の中で計画が組み上がる。そしてその計画が一通りの完成をみる。

「んじゃ、行動指針も決まったから説明するわねー。レーメちゃん、悪いけど節操無し(ノゾムクン)起こしてきて?」

「何やらとんでもない字に当てられた気がするのだが……まあ行ってくるぞ」

そう言ってレーメは肉塊(望)にふよふよと近寄る。

暫くして、

「……あれ?先輩?どうしました?」

先程の記憶をすっかり亡くした望がよろけながら近づいて来た。



同情はしない。リア充エターナルめ。



改めて全員になった所で沙月が説明を始める。

「じゃあこれからを説明するわね?まずはさっき集団行動って言ったけどこれを撤回するわ」

「あら、どうしてかしら?」

沙月の突然の撤回宣言にナルカナが疑念を投げ掛ける。その問いに沙月は冷静に答える。

「この世界の穴、仮にマナホールと呼びましょうか。そのマナホールなんだけど、見て」

そう言いながらマナホールを指し示す。

「あの辺に集中してるだけで時間樹の幹まで行ってないのよ。だから…」

「根源回廊に潜って、時間樹のプログラムチェックをする係を派遣する感じか」

沙月の言葉を望が引き継ぐ。

「まあ、そんな感じかしら?で、その根源回廊へ行く係なんだけど…私とナルカナにしようと思うの」

「「「?」」」

全員が疑問を表す。プログラムチェックだけなら沙月だけで十二分に事足りる筈だからだ。

「私が根源回廊でチェックした時にバグがあっても、私じゃ修正出来ないでしょ?外から見ても分かる様な異常なんだから、バグが無いとは到底思えないわ。だから修正出来るナルカナと行動すれば手間が省けるの」

「なるほど、分かりました。その間の俺とレーメはどうしますか?」

「マナホールが密集してる分枝世界の一帯に向かってちょうだい。中心は相手の総本山だろうから、なるべく近くでマナホールの影響が少ない分枝世界がベストなんだけど…ナルカナ、そんな場所は有りそう?」

沙月がナルカナへと尋ねる。ナルカナが枝を吟味しながら……

「あった!あそこらへんのが理想じゃない?」

どうやら理想的な地点を発見したらしい。

「うん……距離もそれなりだし、良さそうね。望くん、頼めるかしら?」

「まあ、有り得ないだろうけど…やられたりしない様に気をつけなさい!!」

「分かりました。先輩もお元気で……ナルカナも無茶するなよ?」

「お互い様よ………行くわよ、沙月!」

「ええ!」

そうして二人は根源へと吸い込まれる様に飛んで行った。

望はその様子を眺めると深く息を吸い、気合いを入れるかの如く大きく頷く。

「じゃ、行くかレーメ!」

「おうっ!」






そして、唄は紡がれる






[28603] 第1章 ~開幕の鐘は夜更けに~
Name: 岌斗◆1092524c ID:0ba1c4ec
Date: 2011/06/29 22:39
「……ぅおっ!」

多少よろけつつも着地を果たし、辺りを見渡す。

そこは闇夜に包まれた閑静な住宅街だった。まだそこまで遅い時間では無いらしく、電光があちこちの家々から漏れ出ている。

「レーメ、大丈夫か?」

望は己の相棒である神獣へと声をかける。その返事はすぐ傍から聞こえてきた。

「うむ、何の問…だ……い……」

途中で切られていくパートナーの言葉に不審を覚え、声の方へと振り向く。

そしてお互いの現状に愕然となる。



「「………何で…………」」



「何で大きくなってるんだ!?」
「何故そこまで縮んでおるのだ!?」

「「!!!??」」


慌てて自分の姿を確認し合う。

そして、住宅街に二人の声が木霊した。



「「…んなぁぁぁぁっ!!?」」




〜〜〜〜〜



「…詳しくは分からんが、封印した神名が何らかの影響を受けた…のだろうな」

「……俺の中から神名を抜いたから体が縮んで、その神名をお前の中で管理してるからお前が大きくなった…と?」

「まあ、そんな辺りであろう……詳しい事は分からん……」

「「……はぁ…………」」

二人して胡坐をかき、大きな溜息をつく。

そう、二人は今通常からは考えられない外見をしているのだ。

そのまま縮尺を大きくして少しだけ成長させたかのようなレーメに、遙か昔のまだまだガキと呼ばれていた頃まで幼くなった望。

そしてそんな二人は、体格的にこの上なく釣り合いが取れていた。

徐にレーメが口を開く。

「此処で腐っておっても事態は進まん。サツキ達からの連絡を待ち、吾らが出来る事を成すとするぞ」

思考の渦からいち早く脱し、望へと声をかける。

望もそのレーメの言葉に同意し、立ち上がる。

「そうだな、ひとまずは…衣は最悪戦闘装束を展開すれば何とかなるか。食もエターナルだからマナさえあれば一応問題ないし……住が最大の懸案事項だな」

己の置かれた状態を紐解き、今まで旅をしてきた経験知識から自分に必要な物を選別していく。

「うむ、町の文化を見る限り、ノゾムが生まれた世界に非常に近しいのではないか?」

レーメの指摘に、望が頷きかけて…そのままとある思考にぶち当たりフリーズする。
「…まずい……この文化だと…」
その焦りように、レーメも不安になり望に尋ねる。

「ノゾム…どうしたと言うのだ…?」

「レーメ、聞いてくれ。この文化レベルだと俺たちには何も出来る事が無い」

「なに!?」

「この手合いの世界だと治安がそれなりに安定してるんだよ。だから子供は保護対象として扱われる。俺たちのこの外見だと出来る事が限られてくるんだ」

「た、確かにそうじゃな…その辺りも追々考えるとしよう。今は現状把握じゃな……此処はどんな世界のどのあたりになるのじゃ?」

レーメが望へと問う。すると望は辺りを見て断定した。

「どんな世界かはまだ分からないが…此処は間違いなく日本だ」

そう言って親指でアスファルトを指す。そこには白い塗料で大きく『止まれ』の文字が書かれていた。

「……懐かしむべきなのか?」

「それは汝が決める事だろう。我は何処までもつき従うだけだ」

「それもそうか……」

呟くように告げる。少しばかり目を細めて町並みを見渡し、望は改めてレーメを見た。

「何も感じないって事は、そこまで懐かしい物でも無いんだろうなぁ…」

「思っていたより反応が薄いのう…」

レーメは少し拍子抜けした様だ。

「…あの日々に…未練が無いって言えば、嘘になる」

「……………………」

レーメは黙って先を促す。この望の言葉には、途撤もない重さがある。

これからの望にとって、とても大切な事のように思えた。



「きっと、自分が考えてる以上に…俺はこの景色を胸に刻みつけてる」


でも、それでも…


「この景色を見ても何もこみあげないのは……」


大切な仲間が…友達が……


「この景色には、いないから」



大切だったアノヒトも……



「この中には…いないんだ………」


そう呟いた望は静かに目を閉じる。


最後までその名前を呼ばなかったのは彼なりのケジメだったのだろうか。


その在り方があまりに寡黙すぎて、その背中があまりに雄弁すぎて…


レーメは声をかけられなかった。



………キィン…!!



「「…!!」」

しかし余りに唐突に、その沈黙は破られる。

「レーメ!」

「分かっておる!こっちだ!」



〜〜〜〜〜



「レイジングハート!セットアップ!!」

掛け声と共にとある少女が光に包まれる。やがてその光は納まり、中から一人の『魔法少女』が姿を現した。

そして、

「わきゃっ!?」

その少女は、

「ひゃぁっ!!」

グオオオオォォォォォォォッ!!!!

絶賛逃走中だった。

「はっ…はぁっ……はっ…!」

「落ち着いて!あなたの心にある魔法の言葉を探すんです!」

下からイタチがアドバイスを送る。

「フェレットです」

お前みたいな淫獣イタチで十分じゃい。

「…魔法の…言葉……」

そう言って少女は足を止めて心を鎮める…

ガアアアアァァァァ!!!

最早、自分たちを追いかけていた黒い影はすぐそこまで来ている。それでも少女は心の均衡を保ち続けた。

そして、

「…!見えた!!」

杖を一気に構え、少女はその言葉を叫ぶ!!



「リリカル・マジカル!」



「封印すべきは悪しき器、ジュエルシード!!」

「ジュエルシード、封印!!」

幾筋もの光が影へと伸びる!

ギシッ!!

光の帯がその不定形の身体を抑えつけた!
影と光が拮抗しせめぎ合う。

やがて……



ビリビリッ、ブチン!!



その影を抑えつけていた桜色の帯は千切れ飛び、跡形もなく砕け散った。

「ふぇっ!!?」

「そんな!?」

驚愕の声を上げるも、脅威はそこまで迫っている。

「…や…ぃやあ……」

極限状態から解放され集中の糸が切れてしまった少女に冷静さは最早残されてはいない。

巻き込んでしまった失態を後悔しながらも、事態の原因となったフェレットは特攻の構えを取っていた。

「いやああああああああぁぁぁあぁぁぁぁぁあっ!!!!」

絶体絶命の中、恐慌状態に陥った少女が遂に悲鳴を上げる。

それを合図にしたかの様に黒い影が少女に襲いかかる!



「レーメ!!」

「うむ!『クゥルトクゥル界の稲穂』限定四パーセント解放!」

「隙なく縛れ!“グラスプ”!!」



ギシィッッ!!!



今度こそ影が動きを止める。

大地に縫い付けられたが如く、影は白金に輝く光に縛りあげられる。

少女は声も上げられない。フェレットは縛りあげている魔法の質と、その密度に絶句している。

やがてその魔法は影に食い込み……



ギチギチ……ッ

グチンッ!!!!!



「なぁっ!!??」

フェレットもまさかそこまでの威力があるとは思わなかったのだろう。

締めあげていた縄状の魔力がそのまま影を捩じ切ったのだ。

「ふぅ…間に合ったか…」

もはや立つ事もままならず声も上げられない少女に対し、突然現れた少年は呟きながら自然に近付く。

そして、右手を差し出しながら、



「大丈夫か?」





ここに二つの翼が入り交る

桜と黒白の邂逅は、我々に何をもたらすのか

答えはまだまだ、教えない。








[28603] 第2章 ~星光と夜明けの邂逅~
Name: 岌斗◆1092524c ID:0ba1c4ec
Date: 2011/06/29 22:41
何が起きてるのか、何も分からなかった。

ただ、圧倒的な力。ただ、絶対的な暴虐。


ただ……決定的な無力………。


不思議な力だと、確かに浮かれていた。

新たな可能性だと、確かに憧れていた。


でも違う。その不思議な力には先達がいて、

その新たな可能性は既に他者に掴まれていたのだ。


それに気付いた時には……目の前に黒い牙が………

少女は漠然と悟る。ああ、此処で自分は死ぬのだと。

厭は無かった。不用意に片足を突っ込んだ代償としては当然の事だと、何故か納得出来た。

恐怖は無かった。そこにあったのは、一種の諦観。ああ、自分は良い子に成り切れていなかったのだ、と。

そう考えると、少女の眼前に迫る黒い牙は何処か断罪の刃に見えた。

何故、これ程迄に己を誅す刃が愛しいのか。その理由は分からない。

少女は微笑み、自らの喉元を晒す様に少し上を向く。

刹那、


カアアァァッ!


突如として視界を強烈な光が包む。少女は思わず目を閉じ、光が収まったのを確認すると、ゆっくりと目を開けた。

そこには……

「――――大丈夫か?」



〜〜〜〜〜



「…………ッ!!」

望の背中に乗った少女がビクリと大きく身を震わせる。

それを感じた望は慎重に言葉を選びながら少女へと声を掛ける。

「…おはよう。目は覚めた?」

「……選び抜いた言葉がそれか?」

横を歩くレーメから小さいながらも痛烈な野次が飛ぶ。

その事に一々反応してしまうのも望の特徴だった。

「……口下手なのは今に始まった事じゃないだろ」

「何を言うておるのだ。閨ではあれだけ甘い言葉を紡げる男が…」

「子供の前だぞ!?いきなり何言い出すんだよ!!」

言いながら若干焦りつつ、自分の背におぶさる少女を見遣る。

幸いにして半分は夢を見ているのか、何処か焦点の合わない目でぼんやりと辺りを見回していた。

「ちゃんと状況くらいは見極めておる。まだまだ修行が足りんぞ、ノゾム」

言いながらレーメはカラカラと笑う。

前を茹だった顔のまま進む小動物は眼中に無いようだ。

憮然とした望はそのまま歩を速めた。すると少女の意識が明確になって来たのか、望たちに声をかけてきた。

「……あなたたちは…?」

「目が覚めたか?」

「……ここは?」

「帰り道だよ。今、君のペットに案内させてる」

「僕はペットじゃありません!」

フェレットが反論する。

「ペットでなければ野良イタチか?」

レーメから更に深い一撃を見舞われる。

「……ペットで良いからイタチ扱いやめて下さい…」

がっくりとうなだれながらその言葉を何とか搾り出す。

「悪いけど、君の家の場所教えてくれないかな?」

落ち込んだフェレットに目もくれずに、望は少女に自宅の場所を尋ねる。正直な所、フェレットは臭いを辿っていただけなのでスピードがイマイチだったのだ

「あ…うん、あっちなの」

少女は指で家の方角を示す。その向きに従いながら望たちは歩を進める。

「ノゾムも一々律儀だな、あの場に寝かせて置いても罰はあたらんぞ?」

「何いってるんだよ。この子の親御さんが心配してるんじゃないか?だったら放っておける訳ないだろ」

そんな会話を聞きながら段々と少女は意識を覚醒させ、その身の状態を把握していく。

そして少女は己の現状に気付いた。

見ず知らずの男の子におんぶされている自分にだ。

「もっ、もう降ろして貰っても大丈夫なの!」

「っと!?」

言いながら少女は唐突に暴れ出す。虚をつかれた望は思わず腕の力を緩めてしまう。

「え?きゃっ!?」

ガッ、…ぺたん…

望の手から離れた少女は地面に片足を付け、そのままその場に座り込んでしまった。

「え?あれ?なんなの!?」

少女は自分のそんな状態に戸惑うばかりだ。レーメが呆れた様に溜息をつき、望は苦笑いしながら改めて少女に手を差し延べる。

「完全に腰が抜けてるんだよ。いいからそのまま力を抜いて?」

言いながら望は改めて少女を背負い直す。次の瞬間、下腹部から太股の付け根辺りにかけて、ヒヤリとした感覚が襲って来た。

まるで水を含んだ布を押し付けたような…


「……!!…」

思い当たる限り最悪の予想に、少女の顔が一気に青ざめる。

そして、連鎖の如く先程の恐怖を思い出す。

奇妙な甘美を伴う、身を引き裂くような恐怖を。

レーメが表情の変化に気付いて、努めて冷静に告げる。

「仕方ない事だと思うぞ?あれだけの恐怖は普通に生きていればまず出会う事は無い」

「………っく、ぇっ…く…」

少女からしゃくりあげる声が聞こえ出す。望たちはどうしようも無くなり、取り敢えず原因を作ったらしいフェレットを睨む事にした。

フェレットにしても自覚はあったらしく、しょんぼりとうなだれるだけだった。


誰も言葉を発する事無く、ただひたすら静かな夜道に、少女の微かな泣き声が響いていた……。



〜〜〜〜〜



「ここなの」

十五分程歩いて少女の自宅にたどり着く。

その頃には少女もそれなりに落ち着き、若干恥ずかしさに身をよじりながらもなんとか普段通りには振る舞えていた。

「わざわざありがとうなの」

「なに、礼には及ばんぞ」

「レーメ、お前運んでないだろうが」

「なにー!?ついて来てやったではないか!」

「それだけでか!?それだけでお前は感謝される基準にまで入るのか!?」

「細かい事を一々うるさいのだノゾムは!その場の空気を弁えよ!!」

「俺が悪いのか!!?」


ヒートアップしていく主従コンビにフェレットは頭を抱えて「もう知るか」と言わんばかりにそっぽを向き、少女は、

「とりあえず、お家入りたいの…」

と、小さく呟いた。



〜〜〜〜〜



「高町…さん、か」

玄関の表札を眺めて望は呟くように確認した。

「なのは」

「え?」

「私の名前、高町なのはなの」

「そっか、じゃあ高町さん」

「な・の・は!」

「いや、だから…」

「………………」

「………………」

「………………」

「……なのはちゃん」

「うんっ!」

「……その押しの弱さはノゾムの命題の一つだな…」

心底呆れたと言わんばかりにレーメは首を振って肩を竦める。


残念ながら神性ロリよ、その命題は彼が主役である限り解決する事は無い。


言いつつも望は高町家の呼鈴へと手を延ばした。






桜と黒白は邂逅を果たし

今、運命の分かれ目へその男は立たされる

先に出ずるは、夜叉か般若か……

答えは既に、決まってる。









[28603] 第3章 ~来訪、高町家 その1~
Name: 岌斗◆1092524c ID:0ba1c4ec
Date: 2011/06/29 22:42
ピー…ン…ポーン………


「はーい!」

インターホンから若い女性の声がする。

「すみません、高町さんのお宅で間違い無いでしょうか?」

「ええ、そうですが…」

「実はそちらの娘さんが路上で倒れてまし…」

ドタドタッ!!

『娘』の言葉を聞いた瞬間に複数の足音が玄関口まで慌ただしく鳴り響き、もどかしそうに鍵が開けられる。それを聞いた望は“あぁ、やっぱり心配されてたんだな”と自分の行いを少し誇らしく思ったりもした。


バタンッ!!


出てきたのは男性二人と女性が一人。男性の方は体格などから父親と兄かと予想はついた。女性は見た目が若すぎて少し判断し辛い。

女性は頬に手を当てて微笑ましい物を見るような生暖かい視線を送り、

男性陣の二人は、


望たちを見て、

なのはを見て、

改めて望たちを見て、

一つ息をつき、



「「貴様娘(なのは)に何をしたァ!!」」


次の瞬間、修羅と化し望へと襲い掛かって来た。

「は、えぇっ!?」

戸惑いもそのままに、取り敢えず望は二人の突進を右に回避。

「ッし!」

が、その回避も相手は予想済みだった様で、勢いそのままに青年の左脚が望の肩口を捉えようと伸びる。

「…!」

咄嗟に望は己の右脚を出して青年の蹴りを絡め取り、踵落としの要領で地面へとその攻撃を叩きつけた。

流石にこのカウンターは予想外だったらしく、青年はそのままバランスを失い、地面に片手をつく。追撃を避ける為に青年はその場に留まらず、両手足を駆使して望のリーチから離脱した。

(闘い慣れてる!?)

警戒もそこそこに、望はその事実に戦慄する。今の青年の足運び、判断、離脱…全てに於いて凡そ並の鍛え方では到底至れない。

……それこそ、命のやり取り、ないしはそれに準ずる事を経験しない限りは今の動きは有り得ない事を望は容易に察せた。

不意に月影が暗やむ。次の瞬間に望の全身が粟立ち、そして重大な事実を思い出す。

―――襲撃者は二人ッ――!

本能の叫ぶまま後方へ跳び、前を見る。

視界に飛び込んで来たのは、今さっき自分がいた地点に肘の半ばまでを地面へとめり込ませた、もう一人の襲撃者だった。

「ノゾム!!」

レーメが叫ぶ。だが、望は危なげなく体制を立て直すと、改めて男性を見た。

青年はアウトレンジから気配を伺っているが、殺気を飛ばして牽制している。

男性の気配を油断なく探り、そして知る。

先程の青年も、今目の前にいる男性も、よくよく気配を探り見れば



ほんの微かにだが、神気を纏っているのだ。



「…………ッ…!!!」

此処へ来て望たちの疑念はいよいよ確信に変わる。この時間樹は決定的に何かが狂っている、と。

転生体しか持ち得ない筈の神気。それを彼等は持っている。しかし、それはほんの僅かに過ぎず、最低限の転生体が持ち得る筈の神気の二割足らずだが。

その二割が望たちにとっては大問題なのだ。

転生体の二割しかないとは則ち、彼等が転生体ではないという決定的な証明である。

一瞬ではあるが、思考の海に埋没しかける。だがこの二人を相手取っての一瞬とは、十二分に敗北を想起させる物だった。

「…フッ!!!」

望の元へと手刀が伸び―――



「やめなさいっ!!!!」



―――切る前に全ての動きを止めたのは、玄関口にいた女性の一喝だった。

「あなた、恭也…少しお話しがあります。こちらへ」

口元に笑みを浮かべ、それ以外は全くの無表情という不安極まりない顔をした女性に、二人は真っ青になりながら何とか弁明しようと口を開く。

しかし、女性の対応は迅速だった。

「なのは、そろそろその子の背中から降りてあげなさい?君もわざわざこんな遅くにありがとうね。良かったら上がっていってちょうだい。あなたと恭也は早くあちらへ。都合がおしてるわ」

早口で一気にまくし立てると、女性は望へと向き直り、頭を下げてきた。

「主人と長男がいきなり失礼しました。私の名前は高町 桃子…その娘、高町なのはの母親に当たります。あちらは主人の高町 士郎と長男の高町 恭也。後は長女が家の中にいます…。娘をわざわざありがとうございました。もしご迷惑でなければ家に上がって頂けませんか?」

言いながら、一段と深く頭を下げる。その腰の低さに若干戸惑いつつも、望は何とか言を返した。

が、ここで思わぬボロが出る。

「ご…ご丁寧にどうも。せっかくですが、お断りさせて頂きます。まだ旅の途中ですし、少し確かめたい事なんかもありますので…」

ピクリ、と桃子の頬が引き攣る。

「…あらあら、二人だけでかしら?」

「今は、ですかね。ちょっと別行動でして、再会がいつになるかは分かりません」

「…その別行動のお友達は同じくらいの年頃なの?」

「ええ、まムグッ」

言いかけて突如として口を塞がれる。見るとレーメが必死の形相をしていた。

「…愚か者!今の我等を忘れたか!?このような法治国家だと子供は守られる存在だと言うたのは汝ではないか!!」

言われて、気付く。

今、俺達は子供なのだと。

焦りを抑えつつも、望は桃子へと向き直る。

「………………」

先程見せた口だけの笑顔を張り付けた桃子がいた。どうやら先程のレーメの言葉も筒抜けだったようだ。

「…えっと」

「あがるわよね?」

「………その」

「あがりなさい」

「……………はい」

こうして、望の高町家来訪が決定した





逃げ道塞ぐは、己の無策

墓穴を掘るのは果たして誰か

彼の者の夜はまだまだ長く

夜明けはまだまだ、訪れない







[28603] 第4章 ~来訪、高町家 その2~
Name: 岌斗◆1092524c ID:0ba1c4ec
Date: 2011/06/29 22:43
「しかし…運命とはどう転ぶか分かった物ではないな」

通されたリビングのソファーの上でクッションを抱えながらレーメがポツリと漏らした。その呟きに応える為に、望は軽く頷く。

ここまで案内してくれた女性が座る様に促したが、望は丁重に断っていた。

なのはを背負っていた望はソファーが汚れる事を善しとせず、結果として所在なげに立ち尽くす事となったのだ。


あの後、家に入ろうとした段階で望はなのはを降ろし、結果としてなのはの失禁が桃子に露見してしまう。その事実を受け、士郎と恭也が修羅から鬼神へとクラスチェンジを遂げるが、桃子(ゴーゴン)の眼光により二人は石像と化し、弁明もそこそこに桃子に連行されて行った。

なのはは桃子に言われて風呂へと向かい、望とレーメは高町家長女である美由希に家の中へと案内され、現在へと至る。レーメは出された紅茶を飲みつつ美由希と軽く会話をし、望は腕を軽く組みながら待っていると、程なくして桃子がリビングへと入って来た。

「あ、お母さん」

美由希が思わず反応を示す。

「ごめんなさいね、待たせてしまって」

「いえ、お構いなく」

謝罪の常套句であるやり取りもそこそこに、桃子は小脇に抱えた衣服を望へと差し出して来た。

「…これは?」

「なのはをおんぶしてたのでしょう?今立っていたのだってウチのソファーが汚れる事に遠慮してたから…違うかしら?」

桃子は的確に望の考えを見抜く。

「だからその服、洗濯しておきたいの。着替えて貰えるかしら?」

有無を言わせぬアノ笑顔。だが元々、望自身も濡れ湿った服を着ていて気分の良い物ではなく、素直に好意に甘えて衣服を受け取った。サイズがだいたい合っている事から、大方あの長男のお古だろうとアタリをつける。

すると桃子はレーメへと向き直り、

「ついでに貴女のも洗っちゃいましょう。着替えならちゃんと有るから」

そう言って服を差し出す。

レーメも素直に応じ、二人して着替える事となった。

二人が着替え終わると同時に、リビングに士郎と恭也が姿を見せる。二人は望を見遣ると、頭を下げて謝罪をしてきた。

「先程は失礼したなごめんなさい」

「つい熱くなりすぎた。許してほしいごめんなさい」

「……謝罪については別に何とも思ってませんが……どうしたんですか?」

訝る望がつい二人に問い掛ける。

「「何でも無いさごめんなさい」」

そのあっけらかんとし過ぎた応対に、望は追求を諦めた。恐らくアレは開けてはならないタイプの箱だ。長年かけて培った望の危機防衛本能が悲鳴を上げている。

「……分かりました。では」

望は佇まいを改める。

「自己紹介をさせて頂きます。俺の名前は世刻 望……こちらは俺のパートナーである」

「レーメだ。よろしく頼むぞ」

言葉の先をレーメが引き継ぐ。一方の士郎たちもその紹介を受けて己を改め、

「高町家の亭主、高町 士郎だ。よろしく頼むごめんなさい」

「長男の高町 恭也だ。先の無礼、重ねて謝罪させて貰いたいごめんなさい」

「高町 士郎の妻、桃子です。娘を連れて帰って頂きありがとうございました…こちらも改めて感謝させて下さい」

「長女の高町 美由希です。よろしくお願いします」

美由希は若干苦笑い気味に自己紹介する。
望もつられそうになりながら何とか口元を引き締めて、桃子の出方を伺った。

徐に桃子が口を開く。

「少し、質問したい事があります。よろしいかしら?」

空気がピリッと張り詰める。望はそれを肌で感じながら頷く事で先を促した。

「娘を助けて頂いたそうですが……あれだけの恐怖を抱くような直接的脅威は…この海鳴には無い筈です。主人の元々の仕事柄、そういった事にはある程度精通しているという自負があります」

桃子のその言葉に他の三人も剣呑な目つきになる。それを見ながら望は、やはりこの人達は荒事に馴れているんだなと、少し場違いな感想を抱いていた。

桃子は一息置いて、

「その編目をかい潜り、この街に脅威が近付いた。もしその脅威の正体をご存知でしたら、是非とも教えて頂きたいのです。まずは、それが一つ目の質問になります」

探るような桃子の目に、望は言葉を選ぶ。
「その質問ですが、明確な回答を持ち合わせていない、と答えさせて頂きます」

「それは何故だね?」

その望の回答に、僅かに殺気を込めながら士郎が問いを重ねる。

「今回、そちらのお嬢さんを襲った脅威。その正体を俺達は知っています。しかし、それが人を襲う事はまず有り得ない」

含めるような望の言い方に士郎は眉を潜める。言葉を選ぼうと唇を濡らした矢先、恭也が激昂した。

「ふざけるな!こっちは家族が襲われてるんだぞ!!」

対応の仕方では失格も良い所だが、恭也の言い分は最もだ。大切な娘が襲われて、トラウマになってもおかしくない恐怖を刻まれているのである。

そんな危険な存在の正体を知りながら、その札を伏せる。家族としては到底許容できる物では無かった。

望は激昂を見ながら、これからの対応を考える。ある程度組み上がった所でふとレーメを見た。何も言わずにレーメは首を縦に振る。元々の口調も相まって、レーメはこの手の交渉には向いてないのだ。

全て汝に任せる、と目で語ったレーメは何も言わずに静かに眼を閉じた。

さて“此処からが本番だ”と望は自らに気合いを入れ直す。どこまで手札を晒し、どれだけ相手に信憑性を持たせられるか。そこが今回の鍵となる。


………永きにわたる旅の中、最初から全ての手札を晒す事の愚かしさを望は知り尽くしていた。


「…それを皆さんに話すには、まず“ある事象”を認めて頂かなければなりません」

真剣な望の様子に、激昂していた恭也も冷静さを取り戻す。

「……聞いてから判断しましょう」

桃子が答える。

その回答に望は頷き、そして口を開く。

「―――皆さんは“魔法”の存在を信じますか?」

「………“魔法”?」

「ええ、よくお伽話やファンタジーなんかで語られる不思議な力といったイメージを抱くあの魔法です」

「……ふむ、続けてくれないか?」

士郎が思案顔になりながらも先を促す。

「今回、お嬢さんにその魔法の力が襲い掛かったのです」

若干の戸惑いがありながらも、高町家の面々は一応の理解を示した。

「…なるほど?で、先程の“人を襲う筈が無い”というのは?」

恭也の問いに対して、望はレーメへと視線を送る。

「レーメ」

「うむ」

服から外した小さなポーチの中から先程拾った宝石の様な結晶を取り出す。

「それは?」

士郎の問いに望は簡潔に答える。

「まあ、魔法の電池みたいな物です」

レーメが取り出した結晶をしげしげと眺める士郎。不意に結晶を机に置くと、独白する様に呟いた。

「そうか……で、話の筋から察するに…この魔法の電池とやらが娘に牙を剥いた訳だ」



ヒュッ!



唐突な風切音。桃子が慌てて士郎の方を向く。

そこには、何時の間にかとりだした小刀を机に突き立てた士郎と、これまた何時の間にか士郎から結晶を取り上げた望が睨み合っていた。

「……ただの電池とは語弊がありましたね。ガソリンのような、危険を伴う電池なんですよ」

「…失礼したね。中々に血が上っていたようだ」

そう言いながら小刀を仕舞う。剣呑な目つきを更に細めて、士郎は望を試す様に尋ねた。

「ふむ…私からこの流れのまま、ひとつ尋ねる事としよう。今の動き、私ですら捉え切れなかった。先の玄関での動きもそうだ。君のような少年がそれだけの動きを見せる事など、まず有り得ない事を私は知っている…………君は一体何者かな?」

「……それは…」

答えに詰まる。この場面においては最もしてはならない悪手だった。だが、この事態そのものが望にとっては今までに未経験である。

望が答えあぐねていると、横からレーメの思わぬフォローが入った。

「それは汝等がまだ知らぬ領域に吾らがいる。それだけの話だ」

士郎の表情に疑念が灯る。

「私もそれなりに“裏”に通じている。先程に述べた通りにね」

その士郎の言葉にレーメは薄い笑みを浮かべる。

「汝の言う“裏”に魔法の様な力があったか?」

その返しに、士郎は言葉を失う。

「汝の言う“裏”と、吾らの“裏”はその方向性が全く違うのだ。少なくとも、吾らは吾らの裏で生きてきた」

そう言いながら、レーメは冷めた紅茶を口にした。

「……貴女達は…」

桃子が何かに耐える様に俯きながら口を開く。

「…貴女達は、その生き方で…いいの?」

「“いい”と言う尋ね方がそもそも間違っておるな。吾もノゾムも元より覚悟の上でこの道を歩んでおる」

桃子は縋る様に望を見遣る。

だが、悟る。望の瞳を見て…悟って、しまう。

疲弊し、傷付いて尚、己の目標へと至らんと足掻き続ける強い意志。全てを受け入れ、それでも進む覚悟。

きっと何度も裏切りにあっただろう。幾度も傷付いて倒れた事だろう。それだけの体験をしてきた事を、その目が何より雄弁に語っていた。



それでも、決めた道ならば。



ならば、桃子には最早出来る事など有りはしない……いや、そんな事は無い筈だ。まだ、何かできる事が有る筈だ。

「……貴女達の事情は一応は把握しました。今日はウチに泊まっていきなさい」

桃子が提案をする。

「いえ、そこまでお世話には……」

「いや、私からも頼もう。是非泊まって欲しい。今の話を聞く限り、行く宛ては無いのだろう?愛しい娘の恩人をそのまま見送るのは忍びないのでね」

士郎も桃子に賛同してきた。

望は困りながらレーメを見る。

「別に良いのではないか?相手のためになるのであれば断る理由は無いし、そもそもサツキ達から連絡が無ければ情報収集以外に吾らがする事など有りはしないぞ」

それならば望には断れない。

嬉しそうに桃子が手を合わせる。

「決定ね。丁度なのはもお風呂から上がったみたいだし、準備してくるわ」

桃子の言葉によって張り詰めた空気は霧散し、和やかな雰囲気が高町家を包む。



その後、なのははその日の疲れや恥ずかしさから寝床へと直行してしまい、末っ子を欠いた一家の団欒に望達も混じって、その日は床へと就く事となった。




「……………僕の扱いがあんまりだ……」
 


 


 

 

 


「……あなた」

「分かってるよ。今夜は徹夜だな」



 



差し出されたる蜘蛛の糸

手繰った先には果たして仏か

搦めし女郎は何を思い

夜明けを待つは星ひとつ






[28603] 第5章 ~家族への誘い~
Name: 岌斗◆1092524c ID:0ba1c4ec
Date: 2011/06/29 22:45



「………………………………………………………………………………………は?」

「だから、戸籍よ戸籍!高町家へようこそ、高町 望くん!」

朝一番、嬉しそうに桃子が望に話しかけて来た内容がコレである。ちなみにレーメは久々のベッドにご満悦らしく未だに夢の中で羊を数えている。



桃子曰く、

世刻 望の名前を徹底的に調べた

が、そんな名前の人間は存在しない

いないのなら作ってしまえ。

折角だから高町家の養子として戸籍登録してしまえ。

戸籍獲得成功←今ココ



「ちょっと待って下さい!!」

「あら、どうしたの?」

桃子は何か手落ちがあったのかと、少々考え直す。

「あ」

そして思い当たる節へと辿り着く。

「望くんの旅の仲間だったわね!大丈夫よ、呼んで貰って問題ないわ」

「違います!!」

言われて桃子は再び首を傾げる。

「……?」

望はその様子に若干の苛つきを覚えながら、桃子へと質問を投げかける事にした。

「戸籍を作った理由は?」

「望くん達が此処で動くのに何かと便利でしょ?」

「何故、姓を高町に?」

「望くん達の歳だと後見人より養子の方が自然でしょ?」

「…見た目通りの年齢だと思ってます?」

「まさか、昨日の交渉術を見てそうは思わないわ。理の“裏”で生きている以上、そんな事もあるんでしょう。でも今の貴方は子供なのよ?」

それを言われるとぐうの音も出ない。

仕方なく望は最後の質問を繰り出した。

「……繋ぎ止める為ですか?」

「ええ」

悪びれも無く桃子は即答する。

「…貴女達へのメリットが見えない…!」

吐き捨てる様に望が言う。

そんな望の頭に桃子は手を置きながら、諭す為に言葉を紡ぐ。

「…私達にメリットなんて要らないのよ。こんなのは只の自己満足でしかない……でもね?そんな自己満足が何物にも替えられない幸せだと思う人もいる」

言われて、気付く。自分達の旅も、半分は自己満足に塗れているのだと。

「ずっと旅して来たんでしょう?だから、少し羽根を休めなさい」

桃子の言葉に頷きかけ、望はそれでも首を横に振る。

「…お気持ちは嬉しいです。けど…俺にはまだ、この世界でやるべき事がある」

そんな望の言葉に桃子は肩を落とす。

「だから、羽根を休めるのはやるべき事を終えてからにさせて下さい」

「……!!…ええ、こちらからも是非お願いするわ!」

一転、満面の笑顔でもって望の言葉を受け入れた。



「……ぅみゅ………ノゾム〜?」

レーメが寝ぼけながら台所へと入って来る。望と桃子は顔を見合わせ、互いに笑い合った。

「…望くん?」

「いえ、桃子さんの口からでお願いします」

そう言って望は台所を後にする。

「そうね、じゃあそうさせて貰うわ…あのね、レーメちゃん…………」





〜〜〜〜〜



「……………………………………………………………………………………………………………………………………………は?」


直後、高町家に二人分の笑い声が響き渡るがそれは別の話。



〜〜〜〜〜



携帯電話のアラームで目を覚ます。

「……ぅ〜」

朝はやっぱり眠い。どう足掻こうとこの眠気には勝てはしない。

それでもなのはは無理矢理に体を起こすと、彼女の一日を始めるべく身仕度を始めた。

「…あれ?」

ふと、彼女は違和感を覚える。

おかしい、何かを忘れている。

違和感が徐々に強くなっていき、なのはは周りを見渡した。

見慣れた机、ついさっきまで寝ていたベッド、まだ空きスペースが多い本棚、その本棚の上に乗ったルビーの様に紅い珠……

「あっ!!」

パジャマを脱いだ瞬間に目に入ったそれを掴み、慌てて庭先まで走る。

「あら、なのは?」

「ん?おお」

「あぁ、おは…」

誰かが何か言っているがそんな事も気にならない。なのはは庭先に顔を出してその名前を口にした。

「フェレットくん!!」

だが、返事は無い。まさかそのまま姿を消したのか?

だったらこの宝石は回収しないと駄目な筈だ。思わずなのははその場でペたりと膝をつく。



………?



妙に足元が湿っぽい。いや、じめじめしているといった方がしっくりと来るだろうか。気になったので、そっと軒下を覗いてみる。


そこには、


すっかり腐った生物(ナマモノ)が横たわっていた。


「いいんだよもう……僕はオチ要員で弄られキャラとして位置付けられたんだ……弄れよもう…上も下も前も後ろもさぁ………弄ってもほじっても何も言わないからさぁ……」

「…えっと……フェレット…くん…?」

「あぁ…おはようございます……貴女は前を弄りますか?それとも………後ろをほじりますか………?」

「ナニ言ってるのかわかんないよ!?」



その後、なのはがユーノの説得に十分程かけて何とか軒下から連れ出すと母親である桃子から改めて声が掛けられた。

「おはよう、なのは」

「あ、お母さん!おはよう!」

「あのね、なのは…」

「構わんぞ、モモコ。吾らから言った方が分かりやすかろう」

余り聞き慣れない声が母の言葉を遮る。桃子の横に視線を移すと、昨夜に出会った少女が立っていた。

「おはよう、だな。吾の名はレーメ。今日からこの高町家で世話になる事となった。今後ともよろしく頼むぞ」

言いながら右手を差し出す。なのはも連られて右手を出し、

「今日からなのはの新しいお姉ちゃんになるのよ」

桃子からの爆弾発言を聞いて飛び上がらんばかりに驚く。

「にゃっ!?お世話ってそっちの!?」

「まあ、そういう事でな。よければ汝の口から名前を聞かせ願いたい」

レーメはそうなのはに言ったが、当人はそれどころではない。

昨夜の恐さやら恥ずかしさやら憧れやらで頭の中が飛びかけていて、名前を尋ねる部分を辛うじて聞き取れただけである。

「あっあ、えっと…!た、高町っにゃのひゃでっ!あっ!!?」

噛み噛みになった自己紹介をやり直す為に深呼吸を繰り返す。

が、

「うむ!ニャノヒャだな。よろしく頼むぞ、ニャノヒャ!」

満面の笑み(悪意6割)を浮かべたレーメがなのはの固まった右手を取る。しばらくはそれで呼ばれそうだ。



ふと、それは唐突にやって来た。



今、目の前にいるのは?

昨夜助けてくれた人だ。

昨夜、この人は一人だったか?

否、二人組でいた。

では、そのもう一人とは?

私を救ってくれた王子様だ。

話の流れから察するに?

…………………



油の切れたゼンマイの様に首を横へと回す。

すると、

そこには、

「おはよう、昨夜は自己紹介できてなかったね。俺の名前は…今日から、高町 望だ。よろしくね、なのはちゃん」

王子様が右手を差し出してくる。

そこがなのはのキャパシティの限界だった。

「∞%*↑◎!ヾΨζ」

「……なのはちゃん?」

「φ♯‡※?」

「…桃子さん?」

「………私にも予想外ねぇ…」

望は桃子に視線を送るが、冷汗をかきながら眼を逸らされた。

望は溜息をひとつつくと、レーメへと向き直る。

「…どうする?」

「とりあえず叩けばよかろう」

言いながらレーメはなのはに近寄り、その頭をはたく。

「…ったぁ!」

「ほれ、目覚めたぞ」

「………まぁ、いっか」

「……あれ?キミは…」

再起動を果たしたなのはが改めて望へと向き直る。その視線を受けた望は軽く咳ばらいをすると、もう一度自己紹介をした。

「改めまして、今日から高町 望です。今後ともよろしくね」

「あ、高町 なのはです…今後ともよろしく…望くん…」

まだ完全には動いてないらしく、どこか虚ろな様子だ。流石にこれ以上は学校に差し支えるため、桃子が手を叩きながら大きめの声でなのはに指示を出した。

「はい、なのはもいい加減シャキッとなさい!」

「にゃっ!はいなの!」

「あと!その格好!いくら望くん達が今日から家族になるとはいえ、少しだらし無いわよ!」

瞬間、なのはの刻は凍る。

スッと、何気なく視線を下げて自分の姿を確認する。



キャミソール一枚に可愛らしい白のパンツだけを纏った自分の姿を。



「…………」

なのはは完全な無表情と化す。

そして肩幅に脚を開き、自然な体勢をとりながら視線は斜め上四十五度を向く。

「…すぅぅー…」

大きく息を溜め、気を限界まで鎮める。

刹那



「ぎにゃぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!!!!!」



高町家史上最大の絶叫が邸宅の中に響き渡った。





彼を引き込む家の温もり

果たして得るのは心か力か

蒼き胎動の目覚めは近く

幕はまだまだ上がったばかり






[28603] 第6章 ~或る少女の目醒め~
Name: 岌斗◆1092524c ID:0ba1c4ec
Date: 2011/06/29 22:47



「行ってきます!!うわーん!!!」



あの後、いつもより格段に遅い時間になってしまったなのはだが、家族の誰もが驚愕する速度で顔を真っ赤にして泣きながら走って出ていってしまった。

あの速さなら間違いなく間に合うだろう、とやや呆然としながらなのはを見送り、高町家は普段の穏やかさを取り戻す。




〜〜〜〜〜




「翠屋?」

「ええ、私達が経営してるの。だから家の中には誰もいなくなるから…出来れば一緒に来て欲しいんだけど…」

言いにくそうに桃子が望へと相談する。

「俺は別に構いませんよ。レーメは?」

「うむ、吾も行こう」

それならばと、士郎が提案する。

「だったら、午前中はまだ客足も少ない。その間に昨夜話してくれたアレについて、もう少し詳しく教えてくれないか?」

「……そうですね。ですが、これだけは約束して下さい。それらしい物を見かけたら、絶対に手を出さずに俺に教える事。あれはヒトの手に負える物じゃない」

「…分かった。善処しよう」

「善処ではありません。『絶対』です」

やや語気を強めて望は念を押す。士郎はそれに気圧されながらも了解の意を示した。

「いやわかった。約束しよう」

その返事を聞き、望は威圧を解く。その間に桃子の準備が終わったらしく、士郎達を呼ぶ声がしていた。

「詳しい話は、行ってからにしましょう」

望はそう言うと、レーメを呼んだ。

望の外見にそぐわない迫力に、内心冷汗をかいていた士郎は思わず一息ついていた。

そんな士郎を尻目に、望はレーメにある事を伝える。

「アレの詳しい説明をする。だから一緒に持って行ってくれ」

「吾は構わんが……」

レーメは士郎達を見遣る。その目は少し胡乱気だ。

「あの人達が何故神気を持ってるのかもついでに調べる。どっちにしろ必要だ」

「…分かった」

皆で、翠屋へと向かう。

一日が、始まる。




〜〜〜〜〜




『……これで粗方の説明は終わりですね。何か質問は?』

『…特には無いな』

昼も過ぎ、店の中の盛況ぶりも随分と落ち着いた翠屋で、望は話の内容を鑑みて士郎と筆談で会話をしていた。

ここからは核心には触れないので、士郎は普通に声を出す。

「…しかし、俄には信じられんな」

「…得てしてそんな物ですよ」

「己が知らないだけの世界などいくらでも存在する。たまたま今回はその一端を垣間見ただけの話だ……汝とて分かっておろう。そんな世界を見た時の対処法など、な」

アンタッチャブル。

レーメは言外にそう告げていた。

「そう……か…」

やや肩を落としながら士郎は呻く。裏の世界でその名を轟かせた『不破 士郎』が、自分の無力を久々に突き付けられたのだ。その悔しさは計り知れない。

「ならば……君に託す他に手は無いのか」

「………ええ、元よりそのつも…ッ!!」



…キィン…!……



昨夜のあの感覚が再び訪れる。跳ね上がる様に立ち上がった望は己の相棒を見る。

「レーメ、行くぞ!」

「うむ!」

弾かれた様に飛び出した二人を眺める事しかできない士郎は静かに拳を握り締めた。




〜〜〜〜〜




グルルルルル………

少女が昨夜の悪夢を思い起こす。

「あ、あぅ…」

「なのは!気をしっかり保って!!」

ユーノが檄を飛ばしてもなのはは呆然と突っ立ったまま、小刻みに震える事しか出来なかった。



ゴォァァァアアァアア!!!



「ひっ!!」

黒い獣の咆哮に、なのはの身がすくむ。

昨日のソレよりも更に具体的な形を以ってなのはに迫る異形は、無理矢理例えるのであれば犬に似ていた。

その獰猛なる牙は目の前の存在を噛み砕かんと、なのはへ迫る!!


「…………けて………」


「なのはッ!!」

「…たす…けて……っ!」

そして、恐怖に身を侵され切った彼女の胸に去来するのは昨日の光景。

さらに恐怖へ割り込んで来るのは、死に瀕しているにも関わらず、己の芯を甘く痺れさせる切ないナニカ。



でも、


それでも、


怖い物は、怖い。



ついつい昨夜に寄り掛かった、その背中を求めてしまう。だがそれは仕方ない。

どれだけ背伸びをしようが、

どれだけ気丈に振る舞おうが、

まだ私は十年すら生きていない一人の小娘なのだから。

だから、今はまだごめんなさい。



ゴギィン!!



お父さん、お母さん、お兄ちゃん、お姉ちゃん……………


なのははもうちょっとだけ、ワガママです。



「…昨日に続いて二回目だね。大丈夫かい?」




〜〜〜〜〜




「レーメ、なのはちゃんにオーラシールドを張りながら下がっててくれ」

望の指示にレーメは首を傾げる。

「む?そんな回りくどい事をせずとも…」

「俺達はまだコイツの原因を全くと言って良い程に知らないんだ。折角だから少し探りを入れてみたい」

「そういう事なら了解だ。周辺は結界が働いておるから心配するな」

得心の行ったレーメはなのはとユーノを連れて、望の邪魔にならない場所まで下がる。

それを見届けた望は正面に向き直ると、その手に掲げた黎明を軽く振って黒い獣を弾き飛ばした。

「さて……ある程度解析するまではマラソンマッチか……まずは手加減の基準からだな」

グゥルルル……

先の振り払いを受けた獣が警戒の姿勢を見せる。

「ノゾム、そやつ…ある程度知性があるらしいぞ」

「ああ、多分中身の影響が出てる分も少なからずある」

レーメと言葉を交わしながらも、その身に一切の隙は無い。

そんな中、ユーノが望へと忠告する。

「望さん、気をつけて下さい!そのジュエルシードはこの星の原生生物を取り込んでいます!」

「ゆ、ユーノくん!?喋っちゃっていいの!?」

「なのはが気絶してる間にね、だから大丈夫だよ」

「うむ、だからニャノヒャはなんの心配もせずとも良い」

「にゃのひゃじゃなくてな・の・は!!ちゃんと呼んでなの!」

半笑いになっているレーメに顔を赤くしながらなのはが詰め寄る。

「うむうむ、程よく緊張は解れたな。改めて、大丈夫か?ナノハ」

「え?……あ…」

レーメに言われて、気付く。

先程の恐怖は、既にない。

「…うん、大丈夫なの…ありがとう、レーメちゃん」

小さく、零すようにか細い声。やはり面と向かわれると恥ずかしい物があるのだろう。

「うむ、吾はこれからノゾムのサポートをせねばならん。吾の後ろに居ればあやつの脅威は届かぬから、そこを動くでないぞ」

その言葉を聞いて、なのはは安心すると同時に、何か言い知れぬ蟠(ワダカマ)りを感じた。

そして、なのはは望を見る。




〜〜〜〜〜




ズダァン!!



獣が石畳に叩き付けられ、のたうち回る。

その様子を見ながら望は冷静に戦いから得た情報を整理する。

(…形態から考えた限り、取り込んだ動物は犬か、実体を持ったが故にパワーを得たが、痛みも反映されるらしいな)

ドゴォッ!!

望の手に黎明は握られてはいない。この程度なら黎明は必要ナシだろうと既に収めていた。

今は相手のデータ採りの為に軽く仕掛けながら相手が来た時に柔術でカウンターを繰り返している。

流石に獣だけあってフットワークは軽いが、節がある為にその動きは読み易い。

バチィン!

そんな均衡が続く中、レーメから声が掛けられる。

「ノゾム!判明したぞ、そやつが内包しておるのは『星の導』だ!」

「了解!こっちもだいたい知りたい事は判ったからな、そろそろ止めだ!」

得たい情報は大まかではあるが入手した。

後は無力化だけだ。

望がそう思いながら黎明を引き抜こうとした瞬間、



「リリカル・マジカル!!」



―――謎の掛け声が、響いた。




そして少女は動き出す

その胸の内をさらけ出し

響く言葉は勇気の証

届ける相手は―――――









[28603] 第7章 ~高町なのはは揺るがない~
Name: 岌斗◆1092524c ID:7ea2b776
Date: 2011/06/30 17:01
魔物をやっつけてくれた、王子様がいた


私を助けてくれた、王子様がいた


でも、私では王子様を、守れない


私では王子様を支えられない


そんなの、いやだ


守られるだけは、嫌だ


ただ足を引っ張るだけは嫌だ!


だから、あの言葉を思い描こう…


だから、その言葉を刻み込もう…!





―――不屈の心は、この胸に―――!!





〜〜〜〜〜



「それは、昨夜の!?」

レーメが自分の真後ろからの光景に驚きを露にする。

「守られてるだけなのは嫌だから!」

「なのは!彼に任せた方が!!」

「私だって望くんの力になりたいの!!」

こうなってしまっては止められない。何処か望に通ずる頑固さを見せるなのはに、思わずレーメは肩を落としながら呟いた。

「案外…望との相性は良いのかも知れんな……」

そう言ってる間にもなのはは魔力を練り上げる。その魔力に、レーメはどこかチリチリした物を首筋に感じていた。



〜〜〜〜〜



思いが、足りない。

力が、足りない。

悔しくても、今は雌伏の時だ。

新しい力に先達がいた。

ならばその力を、自分だけの目的に振るえば良い。

新しい可能性は掴まれていた。

ならばその可能性を、自分で創ってしまえば良い。

目的は出来た。可能性はこれからだ。

だったら後は、踏み出すだけ。



覚悟は、いらない。

いるのは、勇気だ。





「リリカル・マジカル!!!」





〜〜〜〜〜



「!?これは!」

光の帯が獣に伸びる。若干の驚きを持ちながらも、望は獣と距離を取った。

ゴァァァァァァァァァァァ!!

桜色の帯は獣へと十重二十重に絡み付く。それを見ながらも望は昨夜の光景を思い、隙は見せなかった。


ギ……ギシ……ギッ………!


「…?」

昨夜の物とは明らかに質が違う。昨夜より格段に堅い。そして…

「…ッ!?」



僅かに感じる、神剣の気配。



「……どういう事だよ…」

力の流れは極々微弱。微弱ではあるが、確実な神剣のソレに、望は呆然とする。

ギリ…ギリ………ギシッ!!

その間に、戦いは終局を迎えようとしていた。

「ジュエルシード、ナンバーXVI!封印!!」

《Sealing》

なのはが構えていた杖から電子音声が響き、獣が徐々に消滅していく。

中から出てきたのは小型犬だった。

「なんと…あれ程に小さな犬だったとは……」

近付きながらレーメは感嘆ともとれる言葉を発する。

「…なぁ、レーメ……」

「……皆まで言うな。吾も混乱の渦中におるのだ…」

望たちの疑問に、未だ解決の糸口は無い。



〜〜〜〜〜



ごつんっ!

「ったぁーい!!酷いと思うの!」

とりあえず望はなのはに拳骨を見舞う。

ぱかんっ!

レーメもそれに倣いなのはの頭をハタいた。

なのはも最早涙目である。

「なんであんな無茶をしたんだ!」

「ナノハ!流石にアレは看過できた物ではないぞ!?」

「だって………」

望とレーメから同時に詰め寄られる。

「望さんもレーメさんも、許してあげて下さい。なのはだってきっと力になりたかったんですよ」

ユーノがなのはの擁護に回る。

「…ならば…仕方ない……か?」

渋々とレーメが矛を収めかける。

「……だって…!」

「「「?」」」

しばらく俯いたまま、動かなかったなのはは、いきなり望に詰め寄ると二人へと思いの丈をぶつけた。

「守られるだけは嫌なの!私だってお手伝いぐらいは出来るの!だから私だけ仲間外れしないでなの!!」

「……ッ!」

望が片手でなのはの胸倉を掴み上げ、そのままなのはを宙吊り状態にする。

「望さん!?」

「黙ってろ!!」

ユーノが思わず望を制止しようとするが、それ以上の剣幕で返される。

「俺達は君が危険な目に遭わないように動いてるんだ!それでも君が万一の場合に備えれる為にと思って、君にその杖を持たせたままにした!!」

「確かに怖いの!!でもこんな怖い目に遭うのが、なのはだけじゃ無いって思ったらもっと怖くなったの!だからっ!!」

「仲間外れにするなだと!?遊び感覚じゃ無いってんなら…そんな事が言える筈ないだろう!!!」

望は一息つき、改めて両手でなのはの胸倉を掴み上げ、吠える様に告げた。

「昨日今日で力を手に入れただけの餓鬼が、戦いを舐めた口を利くな!!」

軽くとはいえ、殺気をなのはに叩き付ける。たったそれだけでなのはは何も喋れなくなった。

「ノゾム、程々にしておけよ。ナノハはまだまだこれからの子供なのだ」

「…分かってる……でもキッチリと線引きをさせないと後が厄介だ」

レーメが一応は、と望に釘を刺しておく。

「あ、あの…わたしっ…!」

なのはの絞り出すような言葉に、漸く望は手を離す。地面にへたり込んだなのはにユーノが駆け寄る。

「…熱くなってすまない、なのはちゃん。でも…これだけは覚えておいてくれ。“力は振るう為の物じゃない”……」

「…………」

なのははその場に座り込んだまま動かない。

そしてそんななのはを見ながらも、望は青い結晶へと近寄る。それに待ったをかけたのはユーノだった。

「待って下さい!!それは危険なんです!昨日も貴方達が回収したみたいですが、それは何も知らない人が扱うべきじゃない」

その言葉にレーメが呆れて溜息をつく。

「イタチよ……その言葉、そのまま汝に返ってくるぞ?」

「え…?」

「では聞くが……これは何なのだ?」

「何って………とある遺跡から発掘された願望を叶える失われた遺産、ロストロギア・ジュエルシードですよ」

「違う」

ユーノの説明を望は一言で切り捨てる。

「何を言ってるんですか!専門家が見立て、文献を参考にして調べ上げた結果なんですよ!?」

「その文献からして既に違っておったのだ。これはそんな物ではない」

レーメが手の上で結晶を転がしながらそう言う。

「なっ……じゃ、じゃあ貴方達はそれが何か知っているんですか!?」

「ああ、知っておるぞ」

レーメは望に視線を送る。

「まぁ、その程度なら話しても問題無いか……レーメ、俺から説明する。お前はなのはちゃんをフォローしてあげてくれ」

「うむ、こちらは任せておけ」

レーメはなのはを抱き起こし、その場を後にする。

恐らく高町家か翠屋に帰るのだろうとぼんやりと考えた。

「さて…」

一息、

まず切り出したのはユーノだ。

「この結晶、遺跡発掘や探索を生業としているスクライア一族が判断した物です。でも貴方はそれを真っ向から否定した……では問います。これは一体何だと言うのですか?」

望の様子は変わらない。先程の事もあってか若干不機嫌そうな雰囲気を纏ってはいるが。

そして、望の口から語られる。


「これは」


世界の正体の、極々僅かな片鱗が。



「これは…“パーマネントウィル”………大いなる器より零れ落ちた、神々の意思の結晶だ」





〜〜〜〜〜





「ナノハ……そう気を落とすでない」

帰路に就きながら、レーメはなのはへと語りかける。なのはは神社の境内から黙ったままだ。

「……………」

「のう…ノゾムも悪気があってあんな事を言っておる訳ではない……そこは理解してやってくれ…」

少し切なげにレーメは言う。

……かつての神剣宇宙の旅の中、望まぬ戦いを強いられた子供や、強制的なオリハルコンネームの覚醒によってエターナル同士の戦いに利用され、訳も解らぬままに死んでいった幼い命を思い、レーメは沈痛な面持ちになる。

その度に望は一つひとつの命に涙を流し、集められる限りの骸を集めてはそれぞれに墓標を刻んでいた。

あの時の己を全て押し殺した虚ろな瞳が、レーメには耐えられなかった。

きっと望は、何も知らない命が戦いに晒される事を極端に嫌うのだろう。

「……が」

「ん?」

ずっと俯いていたなのはが口を開く。

「なのはが…弱すぎるから……何も知らないから……怒られたの…」

「それは違うぞ、ナノハ。ノゾムは戦いが何かを知らぬままに、命の危機を伴う場に踏み込んだ事を叱っておったのだ」

優しくレーメは諭す。これからは不用意に首を突っ込まない事を約束させる為の言葉を紡ごうとした瞬間、



「じゃあ、戦いが何かを知れば良いの」

「……………はぇ?」



予想の遥か彼方を素通りした言葉がなのはの口から出てきた。

「戦いが何か知らないから望くんは怒ったの。なら、戦いが何かを知れば望くんはきっと怒らないの」

「いや、あの…」

「なのはは諦めないの。レーメちゃん、よかったらレーメちゃんにも色々教えて欲しいの」

「だからな、ナノハ……」

「力が足りないなら、特訓するの。望くんには追い付けなくても、せめて足を引っ張らない様に」

その言葉を聞き、レーメは悟りの境地へと至る。空を見上げ、シリアスを展開しているであろう望を想い、。

「……ノゾムー……こやつは想像以上のタマだぞー……」

やがて翠屋が見えると、なのはは勢い良く駆け出す。レーメが慌てて後を追う。

「不屈の心は、この胸に!なの!!」

「いきなり何を言っておるのだ!?」

レーメが何が言っているが、今のなのはには聞こえない。勢いそのままになのはが翠屋へと駆け込んだ。

「あら、なのは?随分と…」

「お父さん!!」

「ん…なんだい?なの



「戦いを教えて欲しいの!!」



…その日、海鳴市では震度二の地震を観測し、とある喫茶店の窓ガラスが割れる被害を出した。





少女の信念は揺るがない

覚悟が無くとも勇気を剣に

彼の元へと向かわんが為に

さあ、物語を始めよう



[28603] 第8章 ~片鱗の真実、世界の歪み~
Name: 岌斗◆1092524c ID:22c7709b
Date: 2011/06/30 17:04
「…神の…意思……?」

「ああ」

ユーノの呟きに望は同意を示す。

「そんなの……聞いた事もありませんよ」

「確かにそうだろうな。真っ当に生きてる人間であればその名を知る事も無いから」

何の事は無いといった風に望は飄々と言う。流石にユーノも訝しげになる。

「なら、何故望さんはその事を知っているんですか?」

「あー…そこに近い位置に居たから……かな。一応コレはトップシークレットの部分に当たるからそんなに深くは聞かないで欲しい」

「神に近い所に?…それこそ眉唾モノですよ。信じろってのが無茶です」

ユーノの言葉を受けて望は先程の剣幕が嘘の様に困った表情になる。

「……とりあえず『そういう物』だっていう知識として持っておいてくれ。他言は無用で頼むよ」

「…仮に貴方の言う事を事実とするなら」

今までの話を聞きながらユーノは望へ質問をぶつける。

「どうして『神』の結晶なる物が『神でないモノ』に反応したんですか?」

「……それは…」

答えに窮する望。

望自身すら先日に知ったばかりの為に、ユーノの疑問を晴らす解答を持ち合わせてはいなかった。

しかしそこに、全く唐突に助け舟が出される。




「それはこの世界に存在する生命、それらの一部に『神の欠片』が内包されているからです」




突然の声。未だレーメの張った結界は有効な筈。そんな空間への闖入者に望の視線は吸い込まれた。

「誰ですか!?」

ユーノが警戒心を全開にしながら、声を発した者へ向き直る。

そして望はその者を見ると意外そうに小さく呟いた。



「ナルカ……いや、イルカナか…?」



望が闖入者……小柄な黒髪の少女を見て呟くと、その少女は小さく微笑んで返答した。

少女の名前はイルカナ。ナルカナの一部から切り離され、それが独立した意思を持った存在だ。『とあるきっかけ』を境に顕現し、ナルカナが存在を認めて自らの想いを確信してからは、必要に応じて生み出せるナルカナの分身体としての役割を担っている。

「『イルカナ』としてはお久しぶりですね、望さん」

望はそんなイルカナに軽い笑みを浮かべる。

「そうだな……久しぶり、イルカナ。で、今のイルカナはナルカナとリンクしてるのか?」

「いいえ、つい先程切りましたよ」

「…なんで?」

半眼になりながら望は尋ねる。

「だって、こんなに可愛くなった望さんを見たナルカナの反応が自分で見れないなんて……面白くないじゃないですか♪」

チロリと小さく舌を出し、可愛らしい仕種で望に向き直る。望はそれに頭を抱えながら小さく零した。

「……相変わらずの小悪魔ぶりで…」

「褒めても何も出ませんよ?」

褒めてねーよ。

突然イルカナが少し内股になり太股を擦り寄せる………って

「あっ……でも…ちょっと…出てきたかな……んっ」

「何がだ!?」

「ナニって勿論あi…」

「言うな!?言うなよ絶対!!!」

テメェこのSS18禁板に送りてえのか!!

「んふっ、ちょっとした冗談じゃないですか…んぅ」

「嘘つけぇ!!」

「…くすっ、そこの彼の為にもこの辺にしておきましょうか……」

妖艶な笑みを望に送りながら若干前屈みのユーノをちらっと見る

「ぇぅあぅ!?」

バタバタと慌てた様に手を振るユーノ。悪戯な笑みに戻ったイルカナはくるりと一回、その場で回る。

「悪ふざけはそろそろ止しましょう。先の話に戻りますね」

イルカナが表情を引き締める。望たちの表情も自然と厳しい物へと変わった。

「まずはそこの……イタチさん…?の質問ですが……」

「…………もうイタチでいいです……」

あ、コイツついに投げやがった。

「…この世界の住人に、たまたまソレを扱う才能が備わっていた………今はそう理解しておいて下さい」

「いや、でもそんな…」

「貴方が我々を信頼していない以上、これ以上の問答に意味はありません」

イルカナがユーノの言葉をピシャリと断ち切った。確かに一理あると考えたユーノは渋々ながらも引き下がる。

「望さん………」

「いや、その前に」

言いながら望は軽くフィンガースナップをする。

「レーメが張った結界の強化をした。これで隠匿は大丈夫だろう」

(!?…魔法陣も展開せずにそんな真似を?)

決して言葉には出さず、しかし内心では戦慄に震える。

「ええ、ですが…彼は聞かせて大丈夫なのでしょうか…?」

イルカナはユーノを見た。思わずユーノは身構えようとするが、その前に視線を外される。

「ある程度関わっちゃってるし、核心に触れなきゃ大丈夫だろうけど…」

「…あまり大丈夫ではありませんね。この話は核心に触れてしまいます」

「そうか………」

どうしたものかと首を傾げる。結界の張り直しをしようにも、イルカナのこの様子だと気付く者がでてしまう可能性がありそうだ。

隠密性ではレーメに一日の長がある。イルカナは『何かと派手な』ナルカナの分身体なので、実は隠密は苦手分野だったりする。

軽い沈黙を守っていたイルカナが、徐(オモムロ)に口を開く。

《………そうですね、こちらの言葉で話します。これなら理解されないでしょう。大丈夫ですか?》

イルカナのその小さな唇から紡がれた言葉は、ユーノにとって全く未知の体系の言語だった。

人では決して届かない高みに在り、尚且つ時に扱う者への強制力すら有する言霊の極みとも言える言語。



それは、神剣言語と呼ばれている。



「???」

ユーノは突然に発された謎の発音に混乱していた。

《……精神への直接的な呼びかけじゃ駄目なのか?》

訝しみながらも望も神剣言語を話す。

《その手の物は世界によっては盗聴される可能性があります。得策とは言えません》

《そうか……で、ナルカナが直接出向かずにお前を使ったんだ………いや、ナルカナだから十分有り得るのか…面倒臭い〜とか思いっきり言ってそうだし……》

《……ナルカナは根源回廊に潜って一日も経たない内から十五分おきに貴方の名前を呼んでますよ?》

この男は……、といった様子でイルカナはやれやれと首を振る。だが、昔から言わないと分からない男だったと改めて実感し、何かを悟るとイルカナは思考の海にダイブしかけた望を現実に引き戻す。

《望さん、続けますよ?》

《…ぁっ!ああ、済まない》

コホンと軽く咳ばらい。イルカナは話し始める。

《この時間樹には、致命的なバグが存在しています》

《ああ、それは来てすぐに思い知った……具体的な内容が判明したのか?》

イルカナがはい、と軽く頷く。

《ナルカナと沙月さんがログ領域から情報を収集していく内に、ある事実が判明しました》

《うん…?》

次の瞬間に発された言葉は望の想像を遥かに超えた物だった。





《この時間樹にはエターナルは愚か……転生体すら、いませんでした》

《………何だって?》

《更に言えば、この時間樹には殆どと言って良い程に…神剣が……無いんです…》





少女は語る、歪みの片鱗を

少女は語る、真実の一端を

少女は語る、世界の在り方を

少年は決める、守るべき何かを







[28603] 第9章 ~遥か彼方の……~
Name: 岌斗◆1092524c ID:d2aaa1c9
Date: 2011/07/01 22:17


《神剣が………無い…?》

《…言い方に少し語弊はありますが、概ねそれで構いません》

望は呆然と立ち尽くす。イルカナのフォローを受けても衝撃は抜けきっていないらしい。

《…ちょっと待ってくれ、例え苗木だろうと時間樹は時間樹だ。管制人格も無しにどうやってその身を維持してたんだ…?》

《エト・カ・リファの時もそうでしたが、ある程度、管制人格が軌道に乗るまで時間樹の育成をすれば、後は休眠しても維持に問題ありません………ただ…》

《…ただ?》

イルカナが軽く間を置く。それに望は何か嫌な予感を感じながら先を促した。

そして、その予感は最悪の形で以て望を打ち砕く。



《この時間樹の管制人格たる神剣使いは休眠をせずに『自らを滅ぼして細分化し、その身を時間樹の内部に溶け込ませた』らしいのです》



その言葉に望は息を呑む。

《そんな!?》

《不可能、ではありません。神剣による自殺ならエターナルであろうと起こり得ます。ログ領域の情報を読み取るに、その神剣は…天位神剣第三位に属していました…》

望の混乱は悪化の一途を辿るのみである。本当に何が起こっているのか、いくら何でもイレギュラーが多過ぎる。

《…エターナルが自らを滅ぼした……時間樹の護り手も遺さずに…?》

混乱しながらも望は首を傾げ、その一点に注目する。

神の尖兵である『ミニオン』や『エターナルアバター』の様な存在は時間樹である以上、維持や抑止に必要な物であり、ある程度確保して然るべきなのだ。

イルカナの様子を見るに、そのようなモノから襲撃を受けた様には見えない。

《ですが、事実としてそのエターナルは滅びています………この時間樹に途徹もない歪みを作り出して、ですが》

《歪…み……》

まだ何かあるのか、と望は半ば絶望交じりに呟く。

しかし、次にイルカナから紡がれた言葉が全ての謎の『答え』であり時間樹の歪みの『元凶』だった。

《そのエターナルが自滅した時期が早過ぎたのです。時間樹は未熟で、自らを維持するシステムすら確立しないままにエターナルを受け入れた。その結果として………》

そこまで言ってイルカナは一度心を鎮める為に胸元に手を置いた。

深呼吸を一つ、望に向き直る。



《……時間樹に『神剣使いは吸収すべき栄養分である』というプログラムが生まれ、この時間樹に存在する神剣使い達を吸収し始めたのです…》





〜〜〜〜〜



一部の窓ガラスが粉砕されたとある喫茶店の中、複数の人間が何やら重苦しい雰囲気を纏いながら話しこんでいた。

「ナノハ…考え直す気はないのか…?」

半分諦めながらも一応はなのはに尋ねてみるレーメ。

実は四回目の質問だったりもする。

「決めたもん!」

こちらも四回目の全く同じ返事を寄越す。高町なのはという少女は、本当に決めた事には完全に意固地になるらしい。ずっとこの一点張りだ。

眉間を押さえながらレーメは視線をなのはの右横に移す。

「シロウよ……どうにか……」

「なななのははがががたたたた戦いをををしえててて」

「……ならんな」

壊れたラジカセの如く言葉を操るのはなのはの父親である高町 士郎。

かれこれ約三十分前からこの調子である。

「モモコよ……何か知恵は無いか?」

「うーん…私が言うのも何だけど…こうなっちゃったらねぇ……」

苦笑いしながら返すのは士郎の妻、桃子。彼女はなのはの母親であるが故に、なのはの頑固さは骨身に染みている。

「「はぁ……」」

桃子とレーメ、二人揃って溜息をつく。

そんな中、ふと桃子は顔を上げて首を傾げる。

「あら?…なのはがあんな事言い出すって事は……」

「うむ、今回は自ら進んで顔を突っ込んだのだ。そして力の差を感じて…」

「…顔を突っ込んでも大丈夫なようになりたがった…と」

「まあ、『力』という『エサ』は入れ食い状態の魅力があるからなぁ」

レーメと桃子がそんな会話をしていると、何か気になる語句があったのか、士郎が顔をこちらに『ぐりん!』と向ける。そのまま猛烈な勢いでレーメに詰め寄り、あくまでも静かな口調で士郎は含めるように尋ねた。

「レーメちゃん……『なのはが力を手に入れた』と言ったね…?」

「あ、ああ…簡潔に言えばそれで…」

「理由…原因はわかるかな?」

「…あー………どう話した物か…」

軽く考えを巡らせる。

力を得た少女、戦力外通知を受けた少女、それをバネにしようとしている少女…。

今ここで正直に話せばどうなるか………。

………………………………………………………………………………………………………………………自分には関係無いじゃん。

聞かれたのはあくまでも『力を手に入れた理由』であって『教えを請うた理由』ではないのだ。

仲間を売る事はできないが、イタチを売るのは躊躇う必要がない。



だってアイツ、イタチだし?



〜〜〜〜〜



《…つまり、話を要約すると…》

一つ、この時間樹には神剣使いを吸収するプログラムがある。

一つ、吸収された神剣使いは僅かな欠片に分かれ、エネルギーとして時間樹の中を流転している。

一つ、神剣使いがバラバラに散った事により、神剣そのものすら細かく分かれ、欠片となった神剣使いの元へ行こうとしている。

一つ、この時間樹での『魔法文明』とは、神剣の力を誤解した物である。

《…歪みしか無いように思えてきた……》

《本当ですね…自分で言いながらうんざりしてきました》

イルカナも疲れたように呟く。だが逆に望はそこにとある仮説を立て、一つの謎を解きにかかった。

《…でもおかげでスッキリした事がある》

《?…何がです?》

《実はな、イルカナ……》

そして望はこの世界での顛末を話す。

それを聞いたイルカナは大きく頷いた。

《望さんの考えは分かりました。恐らくそれで間違いないでしょう》

《パーマネントウィルが人を襲い、悪しき願望器と呼ばれる理由……か…》

《…神剣の自覚が無ければ同じ事ですよ。転生体でも無いのに使いこなせる訳が無いんです》

《…だよなぁ…》

望は頭を抱えてその場にうずくまる。イルカナも深い溜息をつくが、すぐに現状報告に入った。

《落ち込んでも始まりません。まずは沙月さんとナルカナの現状ですが…》

《ああ、どんな感じになってるんだ?》

《沙月さんはログ領域内部にて必要な情報の仕分けをしています。根幹からシステムが間違っていたので、他のバグを探していて、合流は遅れるかも知れません》

《そうか……なるべく早くに会いたいな…》

……イルカナの額に大きな『#』が浮かんだ事に望は全く気付いてはいない。

《……次にナルカナですが、バグに対する大まかな対策を立てて、現在はそのシステムを改善するアーティファクトを製造しています。それが済めば、私でも代役が務まるとの事なので、終わり次第飛んで来るそうです》

《全く……でもそんな所が何よりナルカナらしいよ…》

僅かな微笑みを浮かべながら、望は目を細める。

《…望さん……その表情は反則ですよ?》

「…?」

顔を赤らめながらイルカナが横を向く。望は訳も分からず首をカクンと傾げた。

「んぷッ!」

イルカナが慌てて顔を押さえる。指の隙間から紅いモノが流れ落ちる。

「ッ!イルカナ!!」

「だっ大丈夫、大丈夫ですから!」

ダパダパと血を流しながら望を近付けまいと手で制する。

(今の望さんは極めて危険!この可愛さは反則でしょう!?)

先程の深刻な雰囲気はもはや見る影もなく、シリアスは完膚亡きまでに叩きのめされた。

いかにイルカナとてこの空気を持ち直す事は不可能だろう。

「とにかくっ!とにかく今はそういう事なのでっ!」

「…あれ?」

慌てながら距離をとるイルカナに、望はまたもや首を傾げる。

「イルカナは高町さんにお世話にならないのか?…厚かましい話ではあるけど、ステイの為に招待したがってるぞ?」

《いえ、私はこれからマナホールの調査をしに行きます。原理の調査だけなので一週間もかかりません》

どれだけ慌てようとも流石はしっかり者のイルカナ。核心に触れる部分は神剣言語を忘れない。

…流れ続ける鼻血さえ無きゃなー…。

《…分かった。それが終わったら是非来てくれ。あの家は…温かい》

《ええ、その時は是非》

イルカナも笑いながら神社を去る。

やがてイルカナの気配が消え、それとほぼ同時に結界も霧散する。望は帰ろうと高町家に向かい足を動かそうとした。

「…………あ」

軽く横を向いた所であるモノが目に入る。

「……イタチ扱いでも掘っても良いから忘れるのだけはやめてくれよう…」

……もはやオチでしか無くなったユーノはめそめそ泣きながら愚痴っていた。

「いや、済まない。完璧に忘れてたよ…」

申し訳なさそうに望が謝罪する。何とか立ち直ったユーノは望の肩に乗り、望と共に家路へ向かう。




…尚、今夜の高町家の夕食メニューが『イタチ鍋』に決まりかけている事を彼らが知るのは、自分達がリビングへ入ってからである。






少女は己の役目を果たし

イタチはその身を夕餉に晒す

蒼き胎動に休みは無く

少女の思いに揺るぎは無い








[28603] 第10章 ~決意の証、罪の眠り~
Name: 岌斗◆1092524c ID:d2aaa1c9
Date: 2011/07/01 22:36


「……………で」

「うゅ……ナノハの説得に失敗した…」

「どころか火に油を注いだ、と」

場所は望とレーメに宛がわれた部屋。向かいあった二人は情報交換も兼ねて、今後の方策を話し合っていた。

そんな中、レーメは己の失策を望に伝え、望は腕を組みながらレーメの話を聞いている。

「ノゾムよ……アレは汝が」

「言わなくても分かってる。胸倉掴んだ時にも驚かずにこっちを見続けてたんだ………色々と、俺に似過ぎだよ…あの子…」

一通りの話を聞いた後に頭を抱えながら、それでも何かを懐かしむように望は目を細める。

「……どうするのだ?」

たまり兼ねたレーメがなのはの今後について尋ねる。望はそれに軽く腕を伸ばしながら応じた。

「しばらくは様子を見よう。見込みの種はあるんだろ?」

「無い事はないのだが……」

レーメが少し言い澱(ヨド)む。

「…?」

「ナノハの奴……どうも運動神経が切れておるというか…」

「…運動音痴、と」

黙ったまま、レーメがコクリと頷く。対する望は別段に気にした風も無く、気軽に言い放った。

「そこらへんは問題無いさ。俺だって力を手に入れる前は、運動出来た方じゃなかったしな」

「だが…」

「レーメ、忘れるなよ。俺達は今までスタンドプレーでやって来たから総合力を求めてきたんだ。でもなのはちゃんは違う…彼女をアシスト出来る存在がいる。だから彼女には死角があっても、ある程度までは問題無いんだよ」

望の言う事にレーメは軽い衝撃を受ける。確かに望の言う通りだ。自分達も複数人で行動しているが、望が本気で戦う時は一人になってしまう。

故に、いつの間にかレーメは戦闘力を総合で見てしまう癖がついてしまっていた。

「…うむぅ…一理あるな…」

「だったらそれでOKだろ?」

「確かにノゾムの言う通り…なのだが…」

その理論は今、現在進行形で根底から覆されようとしている。



「そろそろ助けに行かんとあのイタチが三枚おろしになるぞ?」



望がダッシュの姿勢を取るのに二秒と掛からなかった。





〜〜〜〜〜



「殺ァっ!!!」



シャン!!



銀光一閃。

恭也の腰元から放たれた白銀の煌めきは、音すら置き去りにして白い軌跡を描く。だが恭也自身は納得がいかないらしく、顔をしかめるばかりだった。

「まだだ!まだ剣筋が甘い!!」

先の一撃を放った恭也は苛立つように道場の隅へ行き、刀の手入れを始める。

小太刀を主に使用する御神流にしては珍しく、それはいわゆる『打刀』と呼ばれる一般的な日本刀であった。

「…恭也、何をしているんだ」

鬼気迫る勢いで刀を研ぐ恭也に、道場に上がって来た士郎が静かに声をかける。

「父さん…ごめん……でも、俺は父さんみたいに冷静でいられないから…」

刀を研ぐ手を止め、恭也は士郎に己の心情を吐露する。懺悔をする迷える子羊が如く、揺れた眼差しで士郎を見た。

「俺が未熟なのは十分に分かってる!…でもっ、これだけは!!」

そんな恭也の肩を士郎は静かなままにそっと叩く。恭也は思わず顔を上げると、そこには全てを含んだ、己の『父』であり『師匠』である高町 士郎の柔らかな表情があった。

やがてゆっくりと士郎は口を開く。

「恭也………今はそれで良いんだ」

「父さ…師匠………でも…」

「人とは誰しも未熟なのだよ。私とて、まだまだ人として至らないさ……だが、その未熟さ故に人は上り詰める事が出来る」

「………」

「己が未熟である事を忘れるな。そうすればお前は、更に強くなれる……」

「……ありがとうございます…師匠……」

御神の師弟は互いを見合い、志も新たに次へ至る決心を確かめあった。

「さて…」

不意に士郎が沈黙を破る。視線を道場の中に遣り、目標を確認すると満足そうに微笑んだ。

「恭也、師弟としてはここまでだ」

言いながら士郎は蝋燭を付けた純白の鉢巻きを頭に巻き、どこから出したのか釘をしこたま打ち付けた『金属バット』を腰だめに構える。

「…フッ、分かったよ…父さん」

軽く笑いながら恭也も刀の水気を綺麗に拭き取り、丹念な手つきで仕上げを施す。

そんな道場の中央には、



泡を吹きながらピクリとも動かず、天井から吊され、ぐるぐるに縛り上げられたままのユーノ・スクライアの姿があった。




そう、師弟としてはここまで。

これからは、

ここから先は、

娘を愛する家族(修羅)の領域だ……!!




「「まずは皮から、だな」」




落ち着け、お前ら。



〜〜〜〜〜



「ストォォォォォォッップ!!!!」

望が道場に着いた瞬間は正しく間一髪だった。士郎がバットを振り上げた姿勢のまま固まる。それを確認しながらも、慌てて望はユーノへと駆け寄った。

「おい!ユーノ!?」

「ぶくぶくぶくぶく…」

「……手遅れ…だったか………」

ユーノをそっと縄から外し、望は士郎に向き直る。

「……士郎さん…何故……?」

「…家族を想う事は、罪なのかね?」

士郎はその瞳に僅かな罪悪感を滲ませながら返す。しかし望は追撃をやめない。

「……彼も…家族でしょう……貴方は受け入れたんじゃないんですか!?」

「だがそいつは娘を危険に晒した!!…だからっ!………だか…ら……」

血を吐くが如く、士郎は胸の内を打ち明ける。

「それを危険だと思うなら、他にやり様はあったでしょう?」

「私は……不器用だったんだ…それしか知らなかったんだよ……」

「そんな事を言っても…ユーノは戻っては来ないんですよ!?」

「……私は…わたしはぁぁ……っ!!」

ついに士郎が泣き崩れる。そんな士郎を庇う形を取りながら、恭也が二人に割って入った。

「やめてくれ!!父さん一人だけじゃない、俺だって一緒に殺ったんだ!」

「…恭也さん、でもそれは………」

「恭也……!こんな所に情けなど無用なのだ!!」

「父さん、でも!!」

「…お二人の言い分は分かりました……詳しくは…」

「ああ…すまない………罪には然るべき罰がある……そうだな…」

「俺も行くよ……父さん……」

娘を愛する親子は手を取り合い、その場を静かに去ろうとする。そんな二人の背中を望は静かに追いかけた…………。




「……ドラマの見すぎだ、アホどもめ!!!」





〜〜〜〜〜




「………ってな感じで術の発動を促す訳なんだけど」

「…自分の魔力タンクを開くパスワードみたいな?」

「そうそう。そんな感じかな」

時間は経ち、なのはの自室。なのははユーノから本格的に魔法の講義を受けていた。


あれから結局、望を仲介に置いたなのはと士郎・恭也の愛娘連合軍は実に三時間にわたる攻防戦を繰り広げた末に、

「お父さん達なんか大っ嫌い!!!!」

という核爆弾を落とされた連合軍の惨敗に終わる。

二人は断腸の思いで望に全てを託すと、心の荒野を潤す為に、缶ビール片手になのはのアルバムを引っ張り出して自室へと引き上げた。

さっきから啜り泣く声が鬱陶しい。

そんな呻(ウメ)き声をBGMに、望はなのは育成計画を練り上げた。

技術面は持ち込んだユーノに

戦闘面は要員の恭也・士郎・望に

戦いの心構えはレーメに任せて、なのはの育成計画は始まった。

元々が責任感の強い望なので、一度協力すると決めたからにはかなり真剣に取り組んでいた。

今はユーノによる座学の時間。フィーリングで適当に使う力の危険性を指摘する目的だったが、なのはは驚くほど真剣な姿勢を見せていた。

「……とまあ、こんな所かな。次はあさってだからね」

「ありがと、ユーノくん!」

やがてユーノの講義が終わる。夜も良い時間なので寝る事になるのだが………



「そういえば望くんって何処で寝てるの?」



争いの火種は、尽きそうに無い。





 



少女は新たな道を選び

少年は新たな種を育てる

親バカの船は儚く轟沈し

ここに新たな可能性が生まれた










[28603] 第11章 ~真・初陣~
Name: 岌斗◆1092524c ID:d2aaa1c9
Date: 2011/07/04 01:33
ある晴れた昼下がり。

「い〜ちばーへつづーくみち〜♪」

「何をいきなり歌いだしておるのだノゾム?」

「いや、何となくだったんだけど…」

「馬鹿をやっておらんでしっかりとナノハを見ておれ。今日が実質の初陣だぞ?」

半眼になりながらレーメは望を睨む。レーメの言葉を受けて一転、望の表情は厳しい物となった。

「…そうだな。なのはちゃん、調子とかは大丈夫?」

「バッチリだよ!」

なのはは気負った風も無く、不敵に笑いながらレイジングハートを構えた。

ただし、その眼だけは完全に死んだ魚のそれだったが………。

そんな三人の目の前には、覚醒したばかりのジュエルシード……パーマネントウィルが魔力を放ちながら漂っていた。




〜〜〜〜〜




「そろそろ実戦をしても良いとおもうの」

そう言った瞬間に望とレーメから同時に頭をハタかれた。

「ったぁー!」

望は呆れながら手元の本に視線を戻す。そんな望を余所に、涙目で転がり回るなのはをレーメが叱り付ける。

「講義と訓練を始めてまだ三日目だぞ!そんな簡単に実戦に出られる訳が無かろう!」

「ほら!やっぱり無理なんだってば!!なのはには早いって言ったろ!?」

先日レーメからのタレコミで実態が露見したユーノは最早、気にする事なく声を張り上げる。

場所は高町家のリビング。休日の午後という事で、翠屋で働いている士郎と桃子以外は自宅でゆっくりと羽根休めをしていた。

…そこになのはの「実戦」発言が出たのだ。

当然、訓練を始めて幾許も経たない内からそんな許可を出せる筈も無く、望たちはこの意見を突っぱねる。

しかし、望とレーメの二人に対し、意外な人物からなのはへの許可要請が出たのである。

「…望……その…俺からも…許可を頼みたいんだが……」

「キョウヤもだと!?汝まで何を考えておるのだ!」

「いや………その……な…?」

詰め寄るレーメに後ずさりながらも、弱々しく言葉を返そうとする恭也。

望もコレは流石に看過出来ずに、本格的に事情を聞く為、読んでいた本を閉じて腰を浮かせた。



Prrrrrrr……Prrrrrrr……



そこへ示し合わせたかのように電話が着信を告げる。距離的にも電話まで一番近い事もあって、望はその電話に出る事にした。

「はい、高町です……あ、桃子さん?………え?はい……あぁ…分かりました…色々と……いえ、こっちの話です…じゃあ、失礼しますね」

深い溜息をひとつ、何処となく重い足取りでレーメ達の元に行く。

「モモコからだったらしいな………どうしたのだ?」

「…士郎さんが帰って来るそうだ」

「シロウが?まだ翠屋は営業時間ではないのか?」

最もな事を聞くが、望は頭を抱えてレーメの疑問を払拭した。

「『使い物にならないから強制送還』だってさ。コーヒー豆を挽かずに直接熱湯注いだらしい」

「何がしたいのだあ奴は!?」

「…なのはちゃん?」

それまでの会話を唐突に切り、なのはへ声をかける望。

「ぎくり」

“いかにも何かやりました”と如実に分かる反応を示す高町なのは(9)。そもそも口に出すってどうなん?

「汝はもう少し“お約束”を学ぶがよい」

…精進します。

「……なのはちゃん?…今なら、まだ、間に合う、かもよ?」

一節一節を区切り、一言ごとに一歩ずつなのはに近付く望。

既に背中を壁にぺったりと張り付けたなのはは、涙目で震える事しか出来ない。

元々反対派のレーメが冷たい目をするのは当然の事、ユーノも眉根を寄せるばかり。やはり心配が勝る恭也は正座したまま何も言わず、最後の砦な筈の美由希は、リビングの端で数珠を持ちながらなのはに手を合わせていた。

「…どこから持ち出したのだ?」

「細かい事は気にしない!」

「……まあ、とにかく。ユーノ!何か事情を知ってるか?」

埒が明かないと、望はユーノに話題を振る。ユーノも反対派らしく、割とすんなり答えが出てきた。

「実は昨夜に…」

「ユーノくん!私の事を売るの!?」

「昨夜に恭也さんと士郎さんに同じ話題を出しまして」

「わーっ!わーっ!」



「『一緒に賛同してくれないとずっと“師匠”としか呼ばない』と…」



「………なるほど………ね……」

「この前に望さんと一緒に寝る事を却下された腹いせも兼ねてるみたいです」

「…………」

比喩を抜きにしてリビングの温度が五度ほど下がる。その濃密な気に当てられてユーノが尻尾を倍以上に膨らませた。

「の…ノゾム…?」

流石のレーメも冷汗を流し、恐る恐ると望に声をかける。その声にも望はなんら変化を見せず、能面の如きのっぺりとした笑顔をその顔に張り付けている。



「じゃあ次の奴が出たらそうしようか?」



「「「「!?」」」」

なのはは勿論、その場の全員が現実を疑う。その発信源である望は表情を崩さずに続けた。

「バックアップは俺とレーメでやる。対象は次に覚醒したジュエルシード。相手が悪いと判断したら即中断、俺とレーメでやる……それでいいな?」

「うんっ!!!」

満面の笑顔でなのはが頷く。嬉しさの余り、その場で踊りすら披露していた。

「ノゾム……良いのか?」

おずおずと尋ねるレーメに望はコクリと頷き、その口を開いた。

「ああ……だが代わりに」

「?」

「少し地獄を見てもらうさ」

「……………………!!」

その言葉にレーメは顔を青ざめさせ、ガチガチと歯の根を鳴らす。

「実戦の前には“馴らし”が必要だろ?」

「あ、あぅぁ……」

「軽ーい“特訓”だよ。問題無いさ」

「…にゃー…………」

そんなやり取りなど聞こえていないのか、なのはのオンステージは小一時間続いた。




〜〜〜〜〜



「あ゛ぁーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーッ!!!!!!!!!!!」



〜〜〜〜〜




「さて、なのはちゃん。これから俺は手出しをしない……今から君の味方はユーノだけだからね?」

「了解なの!!」

「後は前に伝えた通りだから、頑張って」

「頑張るの!!」

軍隊式の敬礼を見事に披露したなのはは踵を返し、ジュエルシードへと向かって行った。

「…多少、幼児退行しておらんか…?」

「命の天秤には架けられないさ」

「…まあ、そうだが……」

口ごもりながらも引き下がる。そしてすぐに、表情を厳しい物へと移す。



戦いが、始まる。

高町なのはという少女の、本当の意味での『初めての戦い』が。




〜〜〜〜〜



グルルルルルルゥ…………

ジュエルシードは初めて見たタイプのうごめく影の形を取っており、否が応にもなのはのトラウマを刺激する。

「…でもっ!」

なのははレイジングハートを握り直す。その手にはじっとりとした汗が染み出していた。

「負けられない!」



そうだ、負けられないのだ。

新しく出来た姉が見てくれている。

新しく出来た友達が見てくれている!

誰より愛しい男の子が見てくれている!!

何より―――



「あの地獄に比べたら!!!!」



気分一新、なのははジュエルシードに突っ込んで行った。




〜〜〜〜〜



「ふっ!」

軽いバックステップを踏み、影から伸びる二本の槍を回避。

影は攻撃を回避されたと見るや、本体から更に五本の槍を展開。軽いブラフを交えつつ、本命を撃ち込まんと肉薄する。

しかしなのははそれに全く動じる事無く、上体を軽く捻り、膝を曲げるだけで全弾を回避した。

グゴァァ!

「!!」

回避したかに見えた瞬間、槍の一本が枝分かれし、なのはに襲い掛かる。目を見開くのも一瞬。咄嗟にレイジングハートの柄尻をあてがい、一気に振り抜く!

!!!

奇襲に失敗した事を悟ると、影は一気に距離を置いた。



〜〜〜〜〜



「…なかなかに」

「悪くは無い……が」

意外そうに呟く望とレーメ。少しなのはの評価を上方修正しなければ、と二人は肝に銘じる。

「レーメ…お前はなのはちゃんの実力、どう見る?」

「そうだな……」

顎に手を遣り、それでも視線はなのはから外さない。

「空間認識が異常なまでに手慣れておる。最少の動きだけで回避、直撃だけを見極める観察力………今はまだ生存本能に支配された動きが見受けられるが……物に出来れば化けるであろうな」

レーメが中々の評価を下す。望は黙って言葉の先を待つ。

「やはり運動オンチが致命的か……吾の座学には終わりがあるからな。余裕が出てくれば模擬戦の量も増やせるぞ」

そこまで言って、レーメはふと気付いた様に目を見開き、望に問い掛けた。

「そういう望はどうなのだ?」

「概ね同意見だな。ただ俺は…短所を消すよりも、長所を伸ばす方が得策に思う」

「?」

「恭也さんと士郎さんの特訓を少し変える。具体的には相手との距離の置き方と防御面を特化」

「なるほど……“待の先”を叩き込む訳だな?」

スラスラとなのはの育成内容を決める。当の本人は相棒と共に、バインドで相手を雁字絡めにしていた。

「今の体力作りは続行か?」

「それは勿論だ。その後にしている模擬戦の毛色を変える」

「了解だ。帰ったらシロウ達に報告だな」

「ああ………っと、そろそろ決着みたいだぞ」

言い終わらない内に、なのはが掲げた杖から光が溢れ、影に絡み付く。先日のそれとは、段違いの力強さを持った光だった。

「うむ。及第点はあるだろう」

「ああ、悪くない」

満足げに微笑む二人の前で、なのはは誇らしげにVサインを掲げている。

ここに高町なのはの初陣は終結したのである。



〜〜〜〜〜



「望くん!!見ててくれた!?」

ブンブンと尻尾を振りながら(幻覚ではない)、なのはが望に駆け寄る。

「ああ、見てたよ。よく頑張ったね!」

そんななのはの頭をぐりぐりと撫でる望。自分だけに向けられた優しい笑顔と頭ナデナデになのはは最早とろける寸前である。

「………………」

ジト目になっているレーメは今は放置が吉だろう。

「これっ!」

なのはが何かを差し出す。見るとそれは表面にXVIIの字が浮かび上がったジュエルシードだった。

「?」

望は訳も分からずに首を傾げる。

「あげるの!!」

「「「!?」」」

いきなり何を、と他三人(二人と一匹?)が慌てる。特にユーノの狼狽ぶりが凄まじかった。

「な、なのは!?それは元々…!」

「でも望くんの方が強くて頼れるよね?」

イタチ、轟沈。

そんなユーノを尻目に、望はやんわりとなのはの説得にかかる。

「だから望くんにあげるの!」

「なのはちゃん?気持ちは嬉しいけど、それは君が頑張った証だから……」

すると、なのはは悪戯っ子のような笑い方をして望に顔を近付けた。

「でもタダじゃないよ」

「え?」



「明日一日、ずーっと甘えさせてくれるならコレあげる!」



……結局、なのはの説得は失敗し、高町家に新たな修羅伝説が誕生する事は回避できなかった。ただ、いつもと違ったのは修羅が一人増えていた事だろう。



〜〜〜〜〜



「…………で、どうだった?」

「うむ、間違いなく吾らは持っていない……新しいパーマネントウィルだ」

「…名前と効果は?」

「名は『バルハの竜骨』、アタックスキルのようだが……詳しくは分からん」

「吸収してのお楽しみ……か」

「そうなるな。まあ、マイナスにはならぬ。そこは安心しておけ」

「そうだな……おやすみ、レーメ」

「うむ。おやすみなのだ、ノゾム」





その手に握るは新たな力

その手に入れるは新たな覚悟

役者の着付けはもう終わり

お色直しも程々に……









[28603] 第12章 ~姫の不機嫌~
Name: gift◆1092524c ID:7ea2b776
Date: 2011/07/04 11:36
むっすぅぅ〜〜〜〜……………



「なーにを怒ってんのよ、なのは?」

「朝ご飯食べなかったの?」

「……自分の浅はかさに憤慨してるだけだもん」

「難しい言葉知ってるわね…」



なのはが初陣を勝利で飾った翌日、彼女の機嫌は頗る悪かった。

原因がいくら自分にあるとはいえ、やはり不機嫌になる事は否めない。そんな不機嫌真っ只中のなのはに話し掛けるのは、親友であるアリサ・バニングスと月村すずか。
アリサとすずかとは、とある揉め事を境にずっと友誼を結んでいる。

この二人になのはを含め、聖祥附属きっての仲良し三人組として名を馳せていた。

そんな中に居て尚、なのはを不機嫌にさせている理由が、目の前に広がっていた。



「まだまだ巻き返せるぞー!!」

「上がれ上がれ!キーパー止めろ!!」



高町 士郎率いる『翠屋JFC』、その試合日にアリサ達と一緒に応援する事を、なのははすっかり失念していたのである。

流石になのはも親友の手前、望にすり寄る訳にいかず、その望も折角の友情に余計な水を差すまいと、少し離れた位置からレーメと観戦をしていた。

それがまたなのはには面白くない。

結果として高町なのはの機嫌が底打ち状態となっているのである。

その内になのはから段々と無気力オーラが放たれ始めた。

「ガッツ見せなさーい!!」

「頑張ってー!」

「頑張れー…」

「…って、ちょっとなのは!アンタいくら何でもテンション低すぎよ!?」

「うにゅぅ………」

アリサがどれだけ檄を飛ばしてもなのははぐねぐねとした動きを止めない。

遂に業を煮やしたアリサが何処かに走って行った。その行き先は………………




〜〜〜〜〜




《……で、使い道が果てしなく難しいと》

《そうだな。カタストロフィに比べれば範囲を大幅に絞れるが……それでも撃滅型には変わりないぞ》

《技のプロセスとしては………》

《…ならばその段階で止めて…》

なのは達がモチベーションで言い合いを繰り広げている場所からフィールドを挟んで向かい側、望とレーメは神獣とその主の間にある念話を用いて、新しいスキルに対する評価を相談していた。



導かれた結論は『中規模殲滅型アタックスキル』



エクスプロード以上カタストロフィ以下と言う辺りで落ち着く。

しかしこのスキル、応用が利きやすい反面、「範囲内の敵を容赦なく挽肉にする」という物騒極まりない威力を持っていた。

範囲に融通は利くが、威力は減らし様が無いという、異色のスキルだったのである。

結論としてここから先、当分は使わない事を決意。だが副産物である双刀型の黎明は使い勝手が悪くない為、これからの望の自主鍛練に双刀が追加された。

そんな取り留めも無い話をしている中、



「ちょっとアンタ!」



なのはの友達である女の子から声を掛けられた。



〜〜〜〜〜



「………あれ?アリサちゃんは?」

「それすら気付いてなかったんだ……」

やっと顔を上げたなのはが開口一番、そんな言葉を漏らす。流石にすずかもその言葉には苦笑いしか出てこない。なのははしばらくキョロキョロと周りを見渡し、ある一点でその視線が固定される。

「アリサちゃんならさっきね、なんか…」

「あ、うん。見えてるから大丈夫だよ」

口元だけ三日月の笑顔を作り、なのははベンチからゆったりと立ち上がる。そんな間も視線は全く外れない。

それどころか瞬きひとつしていない。

そんななのはの視線の先にはとある男女があった。

そこには、

自分の親友が、

自分の一番愛しい人と、

仲睦まじそうに、

顔を、

寄せ、

合って、

……………



〜〜〜〜〜



「なのはちゃんが全然モチベーション上がらない…か。俺でどうにかなるのか?」

「むしろアンタ以外考えられないわ。隣にいるだけで随分違うと思うから、悪いけどお願いできない?」

「レーメ?」

「吾は構わん。ナノハの所なら吾はおらん方が賢明だろう」

「そうか…」

「話はまとまった?じゃあ…」

アリサが望を連れ出そうと柏手を打とうとした瞬間、



ゾッ!!



「「…!!!」」

言い知れぬプレッシャーが望たちを包み込む。殺気とは違う、『刺し貫く』ではなく『閉じ込め縛る』ような感覚。

すぐにスイッチを切り替え、周囲への警戒を最大まで引き上げる。

「いきなり何怖いして………ひぃ!?」

望たちのいきなりの雰囲気の変わり様に首を傾げたアリサが、その体勢のまま小さな悲鳴を上げる。

二人もアリサの視線の先を確かめる様に首を回す。

そして、

「ア・リ・サ・ちゃん?……何してるのかな?」

昨日の『濁った眼』でありながら、その全身に奇妙な『氣』を漲らせた妹分がこちらに向かってゆっくりと歩を進ませていた。

なのはは望に眼もくれず、一直線にアリサへと進み、顔をアリサの鼻先二センチでピタリと止めて口元だけの笑顔を浮かべる。

「な、なのは…?どうしたのよ……そんな……」

「ねぇ」

「はいっ!?」

「望くんと何を話してたの…?」

「そ、それは……」

ここでアリサは選択を間違えた。素直になのはの事が心配だと言えば、何も問題は無かった。が、生来のプライドがそれを拒否したのだ。

「あ、アンタに関係無いわよっ!男女の会話に茶々入れないでくれる!?」



ぷっちん



「「あ」」

「え?」





加速していく刻の中

少女は世界に辿り着く

光が少女の世界を覆い

神の剣をそのt「勝手に終わるななの」

……サーセンした………



〜〜〜〜〜



「…………何があったの?」

「何も無かったわよごめんなさい」

「アリサちゃんが私の為に何か考えてくれてたみたい」

「でも…」

「きっと大丈夫だよ」

何処かカクカクとした動きで受け答えをするアリサに、どこか遠くを見たまま視線を動かさないなのは。

やはり気にはなるが、開けてはならない扉だと分かってしまうすずか。そして月村すずかと言う少女は、決してフロンティアスピリッツを持ってはいなかったのだ。

「……ならいいけど」

日和見主義ともいう。

「…否定材料がないよぅ………」



〜〜〜〜〜



「……やはりモモコの娘、か…」

「遠い眼してまで言う事か?」

「様式美だ」

「違うからな」

アリサとなのはの介入でグダグダになった二人は、先刻より更に取り留めもない話を繰り広げていた。

最早討論を続ける気力もなく、何の気なしにサッカーコートに目をやる。

「「あ」」



ピピーッ!



瞬間、脚を押さえて倒れ込む我らが翠屋JFCゴールキーパーの姿を二人は確認した。



〜〜〜〜〜



「参ったな………」

そう言いながら士郎は思わず頭を抱える。

原因はフェイント。パス回しが秀逸だったのだが、最後の瞬間に渾身のシュートの軌道を読み間違え、キーパーの膝頭に直撃したのだ。

士郎が診た所では軽い捻挫になっている。

運悪くベンチにはキーパーがいない。代理を立てる事は出来るが、キーパーは読みの良さと何よりも度胸勝負が要となる。いきなり言ってもまともに機能しないだろう。

「だが…致し方無し……か」

多少のリスクは……と覚悟を決めた時、士郎の視界の端に、駆け寄って来る少年が写った。



〜〜〜〜〜



「………で」

「こうなった、と。似合っておるぞ?」

若干ニヤつきながらレーメが茶化す。望はげんなりとした表情を見せると、頭に手をやった。

《…こんなにのんびりとしてて大丈夫なのか?》

《仕方あるまい。吾らは戦闘に特化し過ぎた。本格的な指針が決まるまでは何もする事が無いであろう》

《ナルカナと先輩に任せっきりってのが、どうしても引っ掛かるんだよ》

やはり罪悪感を残す望。それにレーメは暫しの間キョトンとすると、悪戯な笑みを見せて何もないかの様に返した。

《それは問題ないぞ。サツキもナルカナも進んでしておるのだ。献身、という意味ではあ奴らとしても本望だろう》

《そういう物なのか…》

《それに》

《?》

《私的な部分なら文字通り『喰われて』おるではないか》

《やめい!》

真っ赤になった望を意地悪く見ると、そのままレーメはなのは達のいるベンチまで駆けて行った。

二人が念話で会話している最中も士郎は解説を止めない。望は大きく息を吐くと、自分のポジションへと小走りに寄った。

「望くん、何よりキーパーは度胸勝負だ。上手い事止めてくれよ?」

道すがら、士郎が望に最終確認を取る。

「分かりました。ゴール周りは手を使ってそれ以外なら脚、と」

「基本それでペナルティは無い筈だ。期待してるよ」

「努力はしますよ。それじゃ」

試合終了まで残り十五分、望は遺憾なくその鉄壁ぶりを披露する。



〜〜〜〜〜



「のっぞむくーん!!頑張ってー!!!」

「さっきまでの無気力どこに行ったのよなのは!?」

「あはは…まぁ、なのはちゃんらしい…のかな…?」

「みんなもファイトだよー!!」

先の無気力は何処へやら。先陣を切って応援するなのはにアリサは飽きれ、すずかは苦笑いだった。

……さっきと反応一緒じゃね?

「だったら語彙増やしなよ…」

…返す言葉もありません………。

「頑張れー!!!」



応援しているなのはは気付かない。

前のキーパーが付き添いの少女の前で、物憂げに懐から出したモノを。

蒼く輝くソレに、Xと刻印されている事を。



〜〜〜〜〜



「3-1で翠屋JFCの勝利っ!」

『『ありがとうございましたー!!』』

結局点を入れられたのはキーパーが望に代わる前の一回のみ。それ以降は望が城塞が如き完璧な守備力を見せつけ、あまつさえ自分のゴールポストから直接相手ゴールにシュートを決めるという離れ業をもやってのけた。この結果に士郎が再び目を光らせた事は言うまでもない。

「じゃあ皆!翠屋に移動するぞー!!」

意気揚々と士郎が声を張り上げる。それを合図に各々は荷物を担ぎ始めた。



〜〜〜〜〜



「なぁ、ナノハよ」

「どしたの、レーメちゃん?」

「汝の願い、日を改める事は考えなかったのか?」



「あ」



〜〜〜〜〜



翠屋は流石に貸し切りとなっていた。店内では少年達がひしめき、騒がしくも楽しい一時を過ごしている。

そんな中、なのは達は騒がしいのが苦手な様で、店の外にあるテーブルで少々の茶菓子を伴いレーメ、アリサ、すずかと共に会話に華を咲かせていた。

「名前が漢字のがおらんと言うのも、稀有ではあるな」

「確かにそうかも」

レーメの言葉に相槌を打つすずか。その言葉を皮切りにアリサがズイッと身を乗り出す。

「で、なんでレーメが高町家に転がり込む事になったのかしら?」

「詳しい事はまた今度話す。今は勘弁して欲しいぞ」

「なんでよ!?」

「尺が足りんのだ」

「「「??」」」

「もう少しすれば判るぞ。今はそれで納得せよ」

そんな事を言いながら、他愛もない雑談に転じ、それなりの盛り上がりをしていた。

「そういえば望は?」

「ノゾムならばシロウ達に用があると言っておった。厨房ではないか?」

「あそ。まあどうでも良いけどね」

「辛辣だね、アリサちゃん……」

少女達の午後は過ぎて行く。



〜〜〜〜〜



「じゃあこれで解散だ。各自気をつけて帰るようにな!」

『『ごちそうさまでした!!』』

祝勝会も解散し、翠屋からぞろぞろと少年達が出て来る。キーパーの少年は付き添いの少女と手を繋ぎながら帰って行った。

「……いいなぁ…」

「だったら相手見つけなさいよ」

「勇気を出した特権だと思うなぁ」

「にゅぅ……」

「度々思うのだが…汝ら、少しマセ過ぎだぞ?」

そんな事を言いながら、手を繋ぐ二人を見送っていく。

終始なのはが気付く事なく、蒼い宝石は人波の中に流れて行った。





そして、それは牙を剥く。







[28603] 第13章 ~重なる流れ~
Name: 岌斗◆1092524c ID:d2aaa1c9
Date: 2011/07/04 23:16


「レーメ!そっちはどうだ!?」

「一通りは見たが、被害者はおらん!」

「こっちにもいませんでした!!」

人気の無くなった住宅街、その十字路で落ち合った三人は相互確認を取る。

「一先ずは安心か……それにしても」

呟きながら望は十字路の先に眼を遣る。そこには幾重にも絡まった大樹の幹が姿を晒していた。

海鳴の街を巨大な樹が蹂躙する。ここに来ての原因など言うまでもないだろう。

「望くーん!こっちもいなかったよー!!」

バリアジャケットを纏ったなのはが駆け寄る。その姿を見た望は情報整理をする為に、再び散ろうとする全員を呼び寄せた。

「とにかく、情報の整理だ。レーメ、被害状況は?」

「範囲は約二キロ四方、今の所はまだ一軒も倒壊しておらんが、時間の問題だろう。樹は全部で九本だ。力の流れを読む限りでは、中心はあの樹だぞ」

そう言ってレーメは中央の樹を指差す。望はそれに一つ頷き、今度はユーノに向き直る。

「ユーノ、お前達の魔法文化の中には認識阻害や視覚妨害の術はあるのか?」

「あります…けど…」

「どうした?」

「多分コレは認識阻害じゃありません」

「何?」

「僕達の魔法の中には空間を『切り取る』魔法があります。これだけの異常が起きながら、街に騒ぎが全く無い……でしたら、これは間違いなく空間隔離の魔法です」

「軽い異次元空間か……」

言いながらも望の表情は益々険しくなる。レーメも何かを考える様に軽く目を閉じて腕を組んでいた。

「今は事態の収集が先、か……レーメ!」

望がレーメを呼ぶ。呼ばれたレーメはいつの間にか耳に手を宛てがい、静かに目を開いた。

「…探索完了だ。隔離されたのは半径約三キロ四方、樹を包みドーム状に展開されておる。人は吾らのみだがあの樹の中心部分に更に二つの生命反応があった」

「反応の質によって対応が違って来る。正確に分からないか?」

「暫し待て…………これは……人だな。ナノハとおそらく同年代の男女がいる」

「人か………」

望は軽く溜息を一つつき、徐に黎明の柄に手を掛けた。



「疾ッ!!」



ドフッ!という鈍い爆音と共に手近にあった大樹の幹の一部が吹き飛ぶ。しかし吹き飛んだのも束の間、ごっそりとその身を削られた幹は瞬く間に細い枝を寄り合わせ、太い幹へとその姿を変えた。

「超回復か……強度は無いけど厄介だな」

「ノゾムは昔からこの手合いが苦手だったな。やはりまだ克服には遠いのか?」

「ああ、精進あるのみだ」

「いやいやいやいや!!」

ユーノが慌てて手を振りながら望に詰め寄る。望もレーメもキョトンとしてユーノを見た。

「「どうした?」」

「相手の魔力強度はかなりの物ですよ!そんなのを軽々と吹き飛ばしてまだまだって!?」

混乱状態にあるユーノが支離滅裂に言葉を紡ぐ。二人は最初、何を言っているのか全く分からなかったが、やがてレーメが得心したかの様に手を叩いた。

「ああ、汝は『相手の魔力防御は並の強度ではないのにどうやって軽々と破壊したのか』を尋ねたい訳だな?」

がくがくと首を上下させるユーノ。その横でなのはは茫然自失と立ち尽くしていた。

レーメはうむ、と大きく頷く。そして人差し指をぴんっと立て、

「事態の収拾もあるから手短にな」

望に冷たくそう言われ、しおしおになりながらも話し始めた。

「……まあ、今後にも関わる。手早くではあるが説明するぞ」

ユーノは黙る事で先を促した。

「汝らの魔法障壁には『物理防御』と『魔法防御』の二種があるだろう」

「ええ、状況で使い分けたり両方の効果を持たせたりしています」

「あの樹は魔法防御にのみ重点を起き、物理面は樹の本来の硬さで補う型をとっておる。つまり、物理防御の障壁は働いておらんのだ」

「……言いたい事は分かりましたが…どうやってその樹を?」

訝るユーノはまだ納得出来ない。なのははそもそも理解していない。




「だから、余計な魔力は使わずに剣の衝撃波だけで樹を吹き飛ばしたのだ」




今度こそユーノが言葉を失う。なのはは元から聞いていない。

「レーメ、そろそろ動きがありそうだ」

望からの制止がかかる。レーメも潮時とばかりに切り上げた。

「ナノハにはまた詳しく話す。今は理解だけしておけ」

「そこはわかったの!」

……最近アホの子になってない?




〜〜〜〜〜




「で、今回の標的なのだが……」

レーメが切り出した言葉に一同が耳を傾ける。

「見ての通り…形態変化を始めて核となっている二人を中心に、包み込むような形を取りはじめた。判明したジュエルシード、パーマネントウィルの名前は『コバタの森の風』……相手が大樹の形をしているのはこれが理由と考えられる」

「で、ユーノに質問だ」

望がレーメの後を引き継ぐ。ユーノは頷く事で返事の代わりとした。

「ジュエルシードは力の発現に指向性を持たせる事が出来るのか?」

「ええ、ですがジュエルシードそのものは、望さんの説明にあった通りの力の結晶です」

その言葉にレーメが疑問を口にする。

「待て、ノゾム。パーマネントウィルにはそんな力は無いだろう?」

「既存のルールは通用しない。ユーノの一族にあった情報もある程度は、実際に起こった事を元にして作られている筈だからな、無視は出来ないよ」

そう言われると否定出来ない。今はどんな些細な情報も見逃す事は出来ないのだ。

「すまぬ。吾のせいで話が逸れてしまったな。続けてくれ」

「わかった…で、ユーノ。今回、中心にいる奴らが『願った事』の検討はつくか?」

「願った事…?」

「『願望の実現』が力だっていうなら『実現』させる為の『願望』がある筈だろ?」

「確かに……『空間』を『隔離』して更にその身を『大樹』で『包む』……この条件を全て満たす願い事…?」

難しい顔をして一同は黙り込む。そんな中、これまで沈黙を守っていた少女がポツリと口を開いた。



「『二人きりの世界』……」



「「「え?」」」

「多分なんだけど……自分達だけの世界を望んだんじゃないかな…?」

なのはの言葉を受けて、瞬く間に疑問が氷解する。

「…確かに、それなら納得が出来る」

「身を包むのも二人きりの聖域を護る為……か。中々にロマンな話だが、はた迷惑も良い所だな」

呆れ声でレーメがぼやく。

「どうしましょうか…?」

ユーノが対策指針を決める為の疑問を呈する。望がそれに簡潔に答えた。

「作戦は一応は出来てる。その為に……なのはちゃん、君の力が必要だ」

望はそう言ってなのはを見遣る。そしてそう言われたなのはは、

「なんでもするの!!」

かつて無い程の輝きを込めた瞳で大きく頷いた。

かくして、戦いは始まる。



〜〜〜〜〜



「いきなり使う羽目になるとは……」

うんざりした様に望が呟く横で、なのはが精神集中を極限まで引き上げている。

「なのはちゃん、最終確認だ。俺はこれからあの大樹に突っ込んで標的までの軌道を確保する。そしたら」

「私がこの魔法で一気にジュエルシードを封印する。だね!」

不敵に笑うなのは。その表情はどこか頼もしげであった。

「よし、じゃあ行くよ……三、二、一…」




「「GO!!」」




そして、戦いは加速する。



〜〜〜〜〜



駆ける。

ただ、駆ける。

中心までは約一、五キロの距離がある。ただ駆けるだけでは駄目だ。今回は軌道の確保という任務がある。

自分では、中心にいる子供の命の保障が出来ない。普段なら賭けに出る場面だが、今回は確実な手段があるではないか。ならば使わない手は無いだろう。

そう思いながらも、少し彼女の成長に期待している自分がいる。その事を軽く鼻で笑うと、望は表情を戦いのそれへと変えた。

望が疾走しながら黎明を抜刀、その柄尻を合わせ、一つの双刀に姿を変えさせた。

そのタイミングを見計らい、追走していたレーメが声を張り上げる。

「『バルハの竜骨』限定六パーセント解放!全長指定、七百メートル。効果範囲、剣先に固定!!」

レーメの言葉を受け、望が双刀となった黎明を高速回転させる。

すると黎明の鍔に当たる部分から黒白のオーラが溢れだし、瞬く間に黒白の渦が出来上がった。

「ふっ!」

速度を緩めない望が黎明の回転を止め、持ち直した黎明の剣先を渦の中心に突き立てる。



カッ!ビュゴオォォオォォォォ!!!



次の瞬間、黒白の渦は猛烈な黒白の竜巻へとその姿を変える!

「上手く調整できてるか…!?」

天に届かんばかりのその竜巻を刀身に纏わせた黎明を、望は大きく振りかぶった!!




「テンペスト!!!」




グォガギギギィン!!!!!!!




竜巻が大樹と激突し、その幹を容赦無く削り取る。その手応えを感じながらも望は油断なく周囲を見渡し、鋭い声でレーメに呼び掛けた。

「レーメ!再生速度が予想より速くなってる、範囲をもう少し広げてくれ!!」

「了解だ!『バルハの竜骨』出力変更、十一パーセント解放!全長指定千二百メートル!!」

レーメに纏わせた竜巻の密度と大きさが膨れ上がる。その波動を受けて再生をしていた大樹の枝が一斉に望へとその先端を向けた。

「防衛本能もあるのか……!」

伸びる枝をかい潜り、目標のいる大樹の元へと辿り着く。

「ノゾム!ナノハへの軌道が確保できておらんぞ!!」

若干の焦りを含んだレーメの言葉を受け、望は一瞬だけ思案顔になる。しかしその態度もすぐに終わり、レーメに指示を出した。

「まずはテンペストでなのはちゃんまで大まかな道を作る。直後に中心近くまでライトバーストで一気に掘り抜いて届かせるぞ!」

「わかった!……ッ!!ノゾム!!!」

方針を決めた瞬間、レーメから切迫した声が聞こえる。何事かと望が振り向いた瞬間に、それは視界に捉えられた。

「なに…っ………マズイ!?」

そこには、迫り来る枝を必死に避けるなのはの姿があった。

ユーノが結界やなのはの死角を補う形でサポートしているが、チェックメイトは時間の問題だろう。

「…ッ!一旦退く!!」

そう告げて踵を返そうとした瞬間、





「…この手合いの護衛対象が慣れないのは分かりますが、少し判断を誤りましたね」





斬!!

なのはを捉えかけた一際太い枝が綺麗に切断されて、切られた枝が瞬時に燃え上がり炭化する。

「「え?」」

自分の身に何が起こったのか理解出来ないなのはとユーノはその時間を停止させている。

「望さん、基準が少し高すぎます。これからはその強さの基準を少し下げるか…」

パンッという柏手を打つ渇いた音。


ガチィ…ン…!


直後、広範囲に展開されていた巨大な樹が残らず氷漬けにされた。

「でぇっ!?」

その余りの光景にユーノが表情を引き攣らせる。しかしまだ混乱の最中にいるのか、その表情はそれ以降は変化しなかった。

「望さんの基準にその女の子を届かせて下さいね。戦いに関わらせるなら尚更ですよ?」

氷の大樹が粉々に砕け散り、光球に包まれた男女がゆっくりと地面に下りていく。

光球が地面に触れた瞬間、視界が軽くぶれて、街に人の気配が戻ってきた。

「さて、望さん?」

「あ、ああ………え?」

「汝……来ておったのか?」

やっと少しだけ言葉を搾り出す二人。今はそれが精一杯だった。

そんな二人を前に先程、なのはの窮地を救った少女は望に軽く近寄ると、脱力した望の頭をトスッと人差し指で軽く突いた。

「少し言いたい事もありますが、今はやめておきましょうか。ちょびっとお久しぶりです、望さんっ♪」

そう言うとイルカナは、いたずらっぽく微笑んだ。




ついに流れの一つが重なる

たとえ全ては遠くとも

それは確実に繋がり始める

その流れの名は……








[28603] 第14章 ~贖罪、名も無き墓標~
Name: 岌斗◆1092524c ID:d2aaa1c9
Date: 2011/07/04 23:21


「イルカナ・高町か……何かエキゾチックな感じだな」

「吾は何故に高町レーメなのだ?」

「元になってる名前が黎明だからな。語感が日本語寄りなんだよ」

「むぅ……」

眉根を寄せたままレーメがおとなしく引き下がる。若干の苦笑を交えながら、名付け親である望が自らの頬を軽く掻いた。

「それにしても……」

話題のイルカナ本人が緑茶を軽く啜りながら望とレーメを見る。

「この家の懐の広さは驚嘆に値しますね」

「うむ!吾も常々そう思うぞ!」

「なんでお前が胸張るんだよ」

「それが吾だ!!」

「答えになってないし」

「ふふっ、ずっとレーメさんはそんな感じですもんね」

「うむ。………ノゾムよ、神獣の主よりも神剣の化身、それも分身の方が理解しているとは何事か!」

「また俺が悪くなってるし!」

そんな会話をしながら望たちの夜は更けて



「そうは問屋が卸さないの!!」



……いかねぇわなー…

「あら、なのはさん。どうしました?」

「どうもこうもないよ!」

怒髪天を衝く勢いでイルカナに迫るなのは。対するイルカナは相変わらず緑茶を嗜んでいる。

そんなイルカナをなのはは『ビシッ!』と指差し、イルカナに問いかけた。

「ココはどこッ!!」

「私は誰?」

「ちーがーうーよー!!!」

髪をくしゃくしゃに掻きながらなのはが改めてイルカナに問い直す。

「今!イルカナちゃんがいるのはどこなのかな!?」

「望さんの部屋ですね」

「今夜イルカナちゃんが寝るのはどこ!」

「望さんの部屋ですね」

「じゃあなんでこの部屋に布団は二つしか無いの!?」

「………………………………………………………………………………………………………………………………ぽっ////」




「むっがああぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!!!」




ついに暴れ始めるなのは。イルカナは静観を決め込み、ストッパーは望とレーメが担当する羽目になった。

「みんな警戒心がなさすぎる!」

「落ち着かんか!汝が何を言ってるのかさっぱりだぞ!!」

「なのはちゃんが不機嫌だって事は理解したから取り敢えずおとなしくしてくれ!」

レーメがなのはを羽交い締めにするが、尚も暴れ続けるなのは。最初は困った様に宥めていたが、しばらくして流石に見兼ねた望は少しばかり眦(マナジリ)を吊り上げ、なのはに寄った。


「なのはちゃん」


重みを持たせたその言葉に、暴れていたなのはもビクリと肩を震わせて動きを止める。

「時間も時間だから、あまり聞き分けが無いのは感心しないな」

「…にゅ……ごめんなさい…」

望の言葉を受けてしょんぼりするなのは。

……が、このお叱りの半分はなのはにとってご褒美になりつつあった。

度重なる訓練や、不意に見せる優しさ。共に過ごす日常の中でなのははその心に『望はなのはの王子様』から『望はなのはの〇〇〇様』と言った刷り込みの更新を自ら無意識で行っていたのだ。

普通なら「そんな短期間でか?」となってしまう所だろうが、そこは半端に『ませた』九歳児。良くも悪くも『恋は盲目』である。

そんな危険思想が育ちつつある事など知らず、なのはの様子を望は反省と受け取り、優しい声音でなのはに語りかけた。

「自分のイライラをぶつけるだけじゃ、何を言いたいのか誰にも伝わらないだろ?だったら、なのはちゃんが何を不満に思ってるのか言わないと」

「うん…」

「言ってごらん?」

「……望くんとイルカナちゃんが、同じ布団で寝るのがズルイと思うの」

「「……え?」」

望とレーメの声が重なる。イルカナは白々しさ全開で、あさっての方向に視線を泳がせている。その様子になのはは首を傾げた。

「にゃ?」

「……なのはちゃん…」

「ん?」

「…イルカナと共に寝るのは吾だぞ?」

…………

………

……





〜〜〜〜〜



パリンッ!

「あら?窓ガラスが」

「鳥か何かか?」



〜〜〜〜〜



「でさでさ、望くん!次の休みにすずかちゃんの家でお茶会するんだ!よかったら一緒に行かない?すずかちゃんも歓迎するって言ってたの!」

「照れ隠しに必死なのは分かるが顔が近いわ!それに吾はノゾムではない!!」

「なのはちゃん、もう大丈夫だから一旦落ち着こう。これじゃさっきと何も変わらない!」

先程の怒りは無くとも、それ以上の勢いで顔を真っ赤にしながらレーメに詰め寄っているなのは。そんな様子を見ながら実害の全く無いイルカナはころころと笑うばかりだった。

「あらあら、これが俗に言う『テンパる』と言うヤツですね」

「イルカナも悠長な事をのたまっておらずに手伝わんか!!」

「なのはさん、取り敢えず深呼吸です」



すーはーすーはー



「で」

「お茶会の誘いだけど……ちょっとその日は用事があってね」

望のその返事を聞いた途端、クタクタと脱力するなのは。それを見る望も申し訳なさそうに頭を下げる事しか出来ない。

「埋め合わせは絶対するからさ。今回は失礼させて貰って……いいかな?」

『埋め合わせ』に反応を示すなのは。のそりと起き上がると濁り切った眼で望を見て、にんまりと笑う。幸か不幸か、望はその濁った眼に気付かない。

「じゃあ……」

「うん?」

「……やっぱりその時まで待って貰うの」

なのはの言葉に、望は余り深く考えずに頷く。

「わかったよ。ちゃんと聞くからね」

「言質とったの!!レーメちゃんもイルカナちゃんも聞いたね!?」

鬼の首でも取ったと言わんばかりに、声を張り上げるなのは。レーメは若干引きながら、イルカナはなのはと同種の笑みを浮かべてそれに同意した。

「あ、ああ……吾も聞いたが…何故にその年齢でそんな言葉を知っておるのだ…?」

「そんなの良いの!イルカナちゃんも聞いたよね!?」

「望さん…言質、確かに頂きました」

「……?…まあ、うん…?」

未だに理解が追い付かない望はポカンとしたまま首を縦に振った。



〜〜〜〜〜



ドシャッ!

なのはが前のめりに倒れ込む音が森の中に響く。

場所は自宅に近い森。望が『変則的状況での実戦に』と始めた模擬戦だった。

「違う、背後に回り込まれたら向き直るより先に気配に向かって牽制だ!」

「はいっ!」

望からアドバイスを受けた直後、再び望の姿が消える。

(速い!?いや、違う!)

木の陰を縫うように近付く望の気配。それがなのはの真後ろに迫った。

「ふッ…!」

気配に向かってレイジングハートの柄を跳ね上げるよりも先に、自分の正面に背中を向けて気合を込める望の姿を見る。

「え!?」

グッ…

(しまっ……!)

ゴドン!!

「がふっ…!?」

構えた望の肩口から強烈な衝撃が与えられる。一応は手加減する為に、その衝撃波はなのはの身体を抜けるように焦点をずらされている。

とはいえ、それで完全に威力を削ぐ事など出来る訳が無く、結果として殺し切れない衝撃でも、なのはの意識を刈り取るには十二分な力があった。



当然のように今回の模擬戦も、望に軍配が上がる事となる。



〜〜〜〜〜



「………ん…」

「あ、気が付いた?」

「…あれ?…私……」

「まだ動けないだろうから、悪いけど我慢しててね」

そう言いながら望はなのはを軽く背負い直す。そしてしばらくの間、望の背中に揺られながら、なのはは望から受けた攻撃で気を失った事を思い出した。

「…また負けちゃったかぁ……」

声に出してはいるが、実情は全く悔しくなんかない。むしろ『私の〇〇〇様はこんなに凄いんだ』という誇らしさが膨らむばかりだ。

とはいえ、気になる事はある。

「ね、望くん」

「ん?」

「最後のいきなり前に現れたヤツ、どうやったの?」

「攻撃?それとも動き方かな?」

「どっちも」

少し欲張りかとも思ったが、思い切って聞く事にする。これは力を付ける為に必要な欲張りだ。

望もその考えには異論は無い。歩みを止めずに背中のなのはに説明する。

「まずは動き方だね。アレ、動いたのは最初だけなんだよ」

「え!?」

なのはの驚き方に望は軽く笑いながら続けた。

「『気配を殺す』ってあるだろ?それを更に応用させるんだ」

「どうやって?」

「まずは自分の気配を完全に殺す。で、魔力を上手く操って自分と同じ大きさにする…」

「自分の気配もなくすから上手に隠せば分からないんだね」

「そう。で、その作業をする直前に軽く動く事で相手に『自分はこれから動くんだ』ってイメージを植え付けると」

「その動きからもっと相手が誤解するんだね」

ひらめく様になのはが続ける。望は満足げにひとつ頷き、それに続いた。

「そういうコト。なのはちゃんにはまだまだ難しいから、今回はそんな方法があるって事だけ、覚えておいて欲しかったんだ」

「いつか、教えてくれる?」

「覚えられるくらいに力を付けたらね」

「うん!」

そうした話をしながら、やがて自宅が見えてくる。レーメが駆け寄るのを見ながら、望は夜のなのはの訓練メニューに背後へのカウンター技を追加させる事を考えていた。



〜〜〜〜〜



そんな訓練を続けていた数日後、高町家の前に車が一台停められる。

「じゃ、行ってきまーす!」

「行ってきます」

そう言ってなのはと恭也が高町家を出発する。なのはは先日の約束もあり、駄々をこねる事もなくすんなりと出掛けて行った。

「やけにあっさりしておったな」

「ま、成長したって事じゃないか?」

「だと良いが……」

懸念を示すレーメに望は気負った風もなく返す。それを後悔する日は近いのだが、今の望は知る由も無い。

「とにかくだ。イルカナ!」

仕切り直しの声を上げ、望は今日の都合を作らせた原因である少女の名前を呼ぶ。その声を受けたイルカナが軽い足取りで望に寄って来た。

「はい、準備は出来てますよ」

「OK、手早く終わらせようか。レーメも大丈夫か?」

「無論だ!」

「じゃ、最終確認だ。今回の目的はマナホールの原因を作り出した分枝世界を、外側から確認する事。潜入はどんな危険が伴うか分からないから今回は見送りだ」

「加えて、分枝振動が可能な状態かの調査にマナバーストが起こる可能性までの残り時間の調査…か………イルカナよ、場合によっては全て終わらんかも知れぬぞ?」

そんなレーメの言葉にイルカナは軽い調子で答える。

「全ての用事の冒頭に『可能であれば』という言葉が付きます。あくまで今回は、確認がメインだと思っていて下さい」

「わかった。それじゃ、絶対座標の確認も終わったな?行くぞ!!」

「応っ!」

「はいっ」



そして、三人は世界を離れる。





〜〜〜〜〜



道中、特筆すべき事も無く、一行は目的地に辿り着く。その眺めに望が思わず声を漏らした。

「…ココが原因の分枝世界……」

「まるでアリの巣だな…」

レーメが率直な感想を抱き、それを口にする。イルカナがそれに頷きながら、望たちに説明をし始めた。

「この分枝世界がマナホールを生み出す原因であり、同時に今現在、マナバーストを引き起こす可能性が最も高い世界……彼らの間で“ミッドチルダ”と呼ばれる世界です」

「……ミッドチルダ…」

反芻する様に口の中でその言葉を転がす。望がミッドチルダに繋がる無数のマナホールを見ている時、レーメがふと何かに気付いた。

「…ん?イルカナよ、あの世界から無数に伸びている糸の様なモノは何なのだ?」

「ああ、ソレですか?…それは言ってみればレーダーですよ。ソレに他の分枝世界が引っ掛かると、あの世界がそれを元に新しいマナホールを開けるんです」

「…はた迷惑な触手だな」

「本質はそうかも知れないけど、もう少し言い方を考えてくれないか?」

呆れ交じりの望の声。しかしレーメは気にした風もなく、マナホールに視線を移していた。



「望さん」


唐突に、聞き慣れない真面目な声でイルカナが望に話しかける。

「…どうした?」

自然と、身構えてしまう。

「どういうつもりですか?」

主語も何も無い、イルカナの言葉。

しかし望も、傍にいるレーメも、それが何の事かを理解してしまう。

「…何がだよ…?」

それでも抗ってしまうのが、哀しき性という物か。

「言うまでもないでしょう。高町なのは、あの少女の事ですよ」

それでもイルカナは、容赦なく刃を突き立てる。

「なぜ、彼女を鍛えているのですか?」

「それは…」

何かを言おうとする望の言葉を、イルカナは遮りながら更に続ける。

「私達はエターナルです。いくら神剣を所持しているとはいえ、ほんのひと欠片…それも扱い易くする為に変質された物などにかまける必要などありません」

「…すまない……少しばかり、懐かしくてな…」

「違いますね」

望の呟きすら、イルカナは切り捨て責め立てる。

「かつてのあの子達への贖罪でしょう。過激派のエターナルに強醒体にされた、あの使い捨ての転生神たち…」

まずそれに反応したのはレーメだった。

「馬鹿者…!」





「イルカナァぁぁぁぁぁぁぁ!!!!」





『強醒体』の言葉を聞いた瞬間、望が爆発した。

胸倉を掴み、イルカナに殴りかかる。しかし殴る直前で咄嗟にレーメが望の袖口を引っ張り、なんとか思い留まる。

「…………っち!!」

「……ノゾム…」

レーメが望に声を掛けるが、望はろくに反応をしない。

「……分かってる………分かってるよ…」

レーメとイルカナから顔を背け、そう自分に言い聞かせる様に何度も何度も呟く。レーメにはそんな望の背中が妙に煤けて見えた。









[28603] 第15章 ~新たな布石、牙剥く獣~
Name: 岌斗◆1092524c ID:d2aaa1c9
Date: 2011/08/15 21:54
「……少しは落ち着いたか?」

レーメが冷酷にならないまでも、少し冷めた口調で望に話し掛ける。その同情も責め立てもしない声音が、今の望には何よりも心地好い響きだった。

「………ああ、取り乱して済まなかったな……イルカナも、ゴメン…」

「構いません。私がそうなるよう仕向けたんですから」

その言葉を聞き、レーメの視線に怒気が篭る。反対に望は得心したかの様に、全身に漲らせた緊張を解いた。

「………やっぱりか」

「ええ、鍛練の様子…見たのは一度きりでしたが、貴方がどれだけ彼女を死なせたくないかが伝わりましたよ」

「イルカナ、吾らの中にアレを引きずってない者などおらぬ。汝とて例外ではない筈だ」

非難を織り交ぜたレーメの言葉にも動じる事なく、ソレを想定していたかの様にイルカナは言葉を返す。

「勿論ですよ。あれ程の出来事はそうそうは忘れられない………いえ、忘れたくないと言うべきでしょうか」

「イルカナ……」

「私達だけではありません。あの一件は聖賢者ユウトや永遠のアセリアの逆鱗にも触れました……子を持つ親の真骨頂、でしょうね」

「……すまぬ。吾も言葉が過ぎたようだ」

レーメがイルカナに頭を下げる。それに頷く形で返事としたイルカナは、大きく一つ柏手を打つ事で表情を一転させた。

「さて!自分から振って何ですが、この話題はお開きにしましょうか!」

普段通りの明るさに戻ったイルカナの様子に、表情を和らげた望は同意を示し、レーメもそれに倣った。




〜〜〜〜〜




「さて、大前提であるミッドチルダの確認は済みましたが……どうします?」

「マナバーストの危険とかも調べるんじゃなかったか?」

尤もな意見を述べる望に、イルカナはチロリと小さく舌を出し自分の頬に手を宛がう。

「以前の調査でマナの濃度を調べてます。実は今回は濃度の変化を見て、成長率を調べるだけなんですよ。さて…………………………終わりました」

「「はやッ!」」

自分達は本当に見る為だけに来たのかと目眩に見舞われる望とレーメ。対するイルカナは特に悪びれる事もなく、笑みを浮かべながら望を見ていた。そんな中、レーメがふと何かに気付いた様に眼を見開く。

「さて、これからの予定も無い事ですし……どうしますか?」

軽く尋ねるイルカナだが、その返事はレーメから真剣に返される。

「予定が無いならば、早々にナノハのいる世界に戻る事を吾は推奨したい」

「あら?世界の見学ツアーとかはしなくても?」

「アホか!そんな悠長な事は出来んわ!!」

レーメに若干の焦りが見て取れる。不審に思った望は尋ねる事にした。

「どうした?あの世界に何かあるのか?」

「違う。飽くまで憶測の域は出ないが、パーマネントウィルの危険性に新たな項目を追加せねばならん」

レーメの焦り様に、望が暫し思考を巡らす。そしてとある可能性に行き着き、その顔を青ざめさせた。

「…………同時起動か!」

「それだけでは無い。マナ……魔力を認識できる者がパーマネントウィルを狙う可能性も十分に考えられる」

その言葉にイルカナもハッとなる。

「……盲点でした。ある程度の見積もりはしてましたが、『神剣が無い』という情報を念頭に置きすぎていましたね」

「『パーマネントウィル』としての価値を見出だせずとも『魔力の塊』としての価値は存分にある。事態がすぐに起こるなどという事は有り得ぬが、対策を講じねばなるまい」

「ミッドチルダの監視の網をかい潜り、来るまでに時間がかかってますから……」

イルカナの言葉に望は懐中時計を見る。なのは達の世界に時間を合わせた発条(ゼンマイ)式のそれは短針が四を指し示していた。

「……ルートは来た時よりハッキリしてるから、辿り着くのは午後五時頃か…」

「そうだな。下手に焦れてヘマをやらかすでないぞ」

レーメの注意に軽く頷き、望はその身を翻らせた。

「戻るぞ!!」




〜〜〜〜〜




「………っく!全員いるか!?」

人気の無い公園の木の陰に隠れる様に着地した望が周りを油断なく見渡す。発した言葉には緊張を和らげる為におどけた調子のレーメが返した。

「三人だけで全員も何もあるまい。問題ないぞ」

「……完了、と………望さん、マナを調べましたが今のところ発動体はありません」

イルカナの言葉に、今度こそ望は身体の力を抜く。

「そうか…」

「一先ずは安心か……ノゾムよ、人気を感じない内に退散するぞ」

「勿論だ。士郎さん達も心配するだろうし、さっさと戻ろう」

そう言いながら望は戦闘装束を解除し、見た目相応の少年らしい普段着に戻る。イルカナとレーメもそれに倣い、普段着に戻った。

「えいっ」

一歩目を踏み出した望の左腕に、唐突にイルカナが絡み付く。

「っと、どうしたんだ?」

「軽いスキンシップですよ。構わないでしょう?」

可愛らしい仕草で、望の顔を覗き込むイルカナ。その様子に不覚にもグラリと来た望は頬を赤らめながら上を向き、

「……まあ、好きにしてくれ」

それだけ言う事が限界だった。

「はい♪」

一応の恥じらいはあったのか、イルカナも頬を染めながら望の腕を抱き、その掌に己の掌を重ねた。



ぎゅむっ!



「あだぁっ!!」

右足を踏まれた様な痛み。まあ、実際踏まれているのだが。

「な、なんだよレーメ!?」

「別に」

絶対零度に近いその言葉に、さしもの望も背筋を冷やす。そんな中でレーメは強引に望の右腕を取った。

「れ、レーメ?」

「軽いスキンシップだ。構わぬだろう?」

ぷくりと頬を膨らませ、不機嫌そうに言いながらも、望の腕に顔を当てて望に体重を預ける。朧げながらもレーメの言わんとする事を察した望は、何も言わずに高町の家へと足を向けた。



道中のすれ違う人々が送る視線の生温さを早く忘れたい望だった。




〜〜〜〜〜




「あら、おかえりなさい三人とも」

「うむ、ただいまだぞモモコよ」

「あ、桃子さん。ただいま」

「ただいま戻りました」

三者三様に声を返す。桃子は満足そうに一つ頷き、それから急に望へと詰め寄った。

「ねえ、望くん」

「な、なんでしょうか……」

「魔法の力って具体的にはどんな感じなのかしら?」

「近いです近いです………具体的に、とは?」

「うーん……あ!ゲームとかで攻撃魔法とかあるじゃない。あれもだけど、サリーちゃんとかの『漠然と何でも起こせるヤツ』も魔法でしょ?どっちの毛色が強いのかなーって思うのよ」

上半身をこれでもかと引いた望に、ずいっと身を乗り出し、望に詰め寄ったままの桃子。そんな二人の間にレーメの手が入り、それに伴いイルカナが仲介役の姿勢を取った。

「まずは落ち着くのだ」

「あ、ごめんなさいね。つい自分を見失っちゃって」

レーメの諌言に桃子はようやく冷静さを取り戻す。桃子のクールダウンを確認したイルカナがすかさず言葉を紡いだ。

「まずは桃子さんの質問に答えますが……桃子さんの基準にしますと、我々の魔法の力とはゲームで使われる様な物が一番近いですね」

その言葉に桃子が目に見える落胆の色を示した。そのあまりの落ち込み方に思わず望が声をかける。

「………どうしたんですか?」

聞いたものの、桃子からの返事は無い。どうした物かと望が首を捻った所に、廊下から美由希が姿を見せた。

「この永久(とき)より♪黒き刹那(とき)を♪…おや?望くん、帰ってたんだ」

「あ、美由希さん。ただいま………ちょっと聞きたい事があるんですが」

「あら、珍しい…って、あぁ……母さんだね」

意外そうに呟くが、部屋を見た時に力無くうなだれた母親を見て合点がいった様に一息ついた。

「桃子さん、どうしたんですか?」

「いや、それがね」

「ふむ」

「店に来た昔の同級生に『老けたね』って言われたらしいのよ」



ぐっさあ!!!!



その時、望たちは確かに刃物が肉を刺し貫く音を聞いたという。

「ま、例のイベントも間近だから起死回生狙えるし、大丈夫じゃない?」

気楽そうに告げながらリビングを去る美由希。残された望たちは何とも言えない表情をしていた。

蛇足ではあるが、その夜の美由希の鍛練はとある人物の要請によって、苛烈を極めた事をここに書き記しておく。




〜〜〜〜〜




扉を開けると、そこは腐海だった。



バタァン!

「げほっ、がふっ!」

「眼が!めがぁぁぁ!!」

「くぅッ!……肺に少し入った…!」

各々が好き勝手にリアクションを取る。微かに扉の中からうめき声も響いて来ている気がする。

おかしい。扉には確かに『なのは』のプレートが掛かっている。

「まさかこんな所に次元の扉が!?」

「そんな訳ないでしょうが!助けてぇー!!!」

中からユーノの切実な悲鳴が聞こえる。意を決した望は再びドアノブに手を掛けた。





「……うぼぁぁぁぁ〜…」





…その光景に、言葉を失う。

部屋の中央にはこの部屋の主である筈の少女。その少女はもはや言語では語り尽くせない『ナニカ』と化し、その場に蹲っていた。

「……ナノハ…?」

レーメが唇を震わせながらなのはに話しかける。だが、なのはは少し身をよじっただけで、後は動かなくなった。

「……一体何が……?」

絞り出す様な望の呟き。その言葉が届いたのか、なのはの身体がビクリと震えた。のそのそとなのはがその身を動かし、ようやくその眼が望を捉える。

「……あ…」

途端、なのはの双眸にみるみる涙が溜まっていく。

「なのはちゃん……」

その様から、望は少女が何かを失敗した事を悟る。それを理解した望は何も言わず、なのはの頭を優しく抱きしめた。

「…大丈夫だよ。なのはちゃん……俺は、咎めない」

それが少女の限界だった。堰を切った様に大声で泣き出すなのは。自分の服が濡れる事も厭わずに、望はなのはを見遣っていた。

「……だから汝はスケコマシと言うに」

「天然モノほど始末に負えない物はありませんね」

外野、黙ってろ。

「「なのはの泣き声が聞こえたんだが!?」」

「フラベルム!!」

「「ぬぁぁぁー!!!」」

愛娘連合軍、退場。



「…シリアス返せよ……」




〜〜〜〜〜




「…って訳で、ジュエルシードを奪われてなのはが落ち込んでたんですよ」

「もはや腐っておったぞ」

「まぁ、そんな感じでしたが」

なのはもなんとか落ち着き、三人はユーノから説明を受ける。暫しの沈黙を破り、レーメが腕を組んだまま思った事を口にした。

「…懸念通りとはな。運命も中々にままならぬという事か……」

「懸念?」

ユーノが素朴な疑問を口にし、望が簡潔に答えた。

「今日ちょっと出掛けた時にね。レーメがもしかしたらこんな事態があるかもって予想をしたんだよ」

「なるほど。それが敵勢力の出現と」

「それだけじゃないけど、まあそんな感じかな」

「……ちょっと待って…望くん、レーメちゃんと出掛けたの?」

妙な部分に反応するなのは。別に隠す必要すら感じないので、望は何の気無しに応じた。

「いや、イルカナとレーメと俺の三人だけど?」

「……………ふーん…」

それだけを告げてそっぽを向くなのは。望は訳も分からずに首を傾げる他無かった。

「流石だな」

「流石ですね」

「??」

「……まあ、とにかく。なのはが負ける程の実力を持っている…って事か?」

脱線しかけた話題を望が強引に戻す。その言葉にユーノは首を横に振った。

「言うなれば、試合に勝って勝負に負けた……と言うべきでしょうか」

「?」

「『相手を倒す事』に躍起になり過ぎて、『ジュエルシードの入手』を相手に許したんですよ」

「目的と手段の入れ替わりだな。ナノハの年頃では仕方あるまい」

少し気難しそうにレーメが言う。それを聞いた望はやっと合点が行き、なのはに正面から向き合った。


「なのはちゃん」

「はい……」

「相手に勝つ事に、夢中になり過ぎたんだね?」

その言葉にしゅんとなるなのは。そんななのはを望は責めず、頭に手をぽんと置く。

「なのはちゃんは今日、ひとつの失敗をしたね」

「うん……」

「そして今、なのはちゃんはその失敗を失敗したと反省してる」

「うん…」

「なら、またひとつ君は強くなれる」

「…ふぇ?」

少しばかり唖然となるなのは。望は気にせずになのはの頭を優しく撫でる。

「失敗ってのはね、強くなる為に必要なんだよ」

「強く……なる」

「うん。次に同じ失敗をしなければ、それは『失敗しない』強さを手に入れた事になるだろ?」

その言葉で、なのはの瞳に力が戻る。

「……うん!」

「それもだけど、この部屋に入った時のなのはちゃんを見て、ユーノに話を聞いて…やっぱり心配した。なのはちゃんは元気な時が一番輝いてるからね」

「うん!!」

ついでに余計な濁りも入る。

「だから……」

そして望は撫でていた手をなのはから離す。

「あ……」

名残惜しそうに離された手を見るなのは。そんななのはの様子などつゆ知らず、望は人差し指と中指をピンと合わせて立てる。

そして、普段ナルカナや沙月にやっている要領で、深く考える事もなく。




その指をなのはの唇に押し当てた。




「!!!?!??!!??!??」

「強くなろう。心も身体もね」

最早なのはは何も聞こえない。急速な勢いで脳内を黒い靄が覆う。

「望さん…」

「ノゾム…」

「「どうなっても知らんからな(知りませんからね)」」

諦めと諦めと諦めを織り交ぜたレーメとイルカナの視線を受け、背筋にずくりとした奇妙な予感が走る。不審に思った望はなのはにした事を改めて考え



ガシィッ!!!!



る前にその手をなのはに万力の力で固定される。

そして、

「んむっ…ちゅぷぅ……」


 





夜明けは己の在り方を知らず

ついにその身を野獣に晒す

前門に構えるは不屈の餓狼

後門は未だ、開かずのまま






[28603] 第16章 ~接敵、勝利と敗北~
Name: 岌斗◆1092524c ID:d2aaa1c9
Date: 2011/08/15 21:55
(のっ、望くんのっ!!指、唇!?ゆくちッ!?あっでも…幸せ…だな…………もうちょっとくらいは……こうして…ん……っ!離れる?指が……駄目!ダメだよ!!せっかく!折角なのに!!……離さない、離したくない!!でもっどうしたら!?…………ッ!!!)



ガシィッ!!!



「んむっ…ちゅぷぅ……」



そして、世界は凍り付く。

精々がうっとりして腰砕けになる程度だろうと、そう高を括っていたレーメは目を見開き硬直。イルカナもなのはの予想外の淫靡さに感心して顔に手を宛てがい、静観に徹する事にした。

「れろっ…んちゅ、ぷはっ」

指先の指紋ひとつひとつに至るまで、丹念に何度も舌を這わせる。

「ちゅぴっ、あふっ………んむ…んくっ!はふぅ……ちゅる」

硬直して動けない望の人差し指と中指を、なのはは舌で強引に押し開いて、更に望を味わおうと指を甘噛みした。

「れろれろっ………ぴちゃ、ちゅっ…はぅ…」

ほんのりと桜色に染まった頬に、蕩けて潤んだ瞳。本当にコイツは9歳なのかと疑いたくなる様な、色気を存分に醸し出している少女に、しかしそれを指摘できる者はこの場にいない。

少女の口腔で温められ、程よく柔らかくなった指先。その爪の隙間に歯を入れて、僅かに残った爪垢をなのはが削り取る。望の一部であるその味に、なのはの背筋がぶるりと震えた。

「ひゅむぅ!!……んあっ……く……ぷはっ…はぁぁぅ………」

ようやくその唇を望の指から離す。指先から唇に架かった、てらてらと光る唾液の掛橋をなのはが確認したのも束の間、再びその唇の中に指を招き入れる。

「はむっ…ちゅ…ちゅぞぞっ!………んくぅ……ごくっ…んふ………ぷぁ」

指の隙間の僅かな谷間に溜まった自分の唾液を吸い取り、その勢いのまま嚥下。

自分のものである筈のそれが、望というフィルターを通すだけでこれ程まで熱く、また愛おしくなれる事になのはは感動すら覚える。それでも舌が運動をやめる事は無く、逆にその感動は動きを加速させる為のスパイスにしかならない。

「ふ………れぷっ……ねろん……れるれるっ……むちゅ」

先程とは趣向を変え、望の指を舌の裏側に回し、舌の表面より更に柔らかい場所で望の指を転がす。ある程度小馴れてくると、今度は頬の裏側まで指を導き、歯茎と頬で指を刺激した。

「………ぷはっ…」

今度こそなのはが唇から望の指を解放する。そこには先程よりも遥かに濃厚な橋が幾重にも見て取れた。唾液は望の指だけに留まらず、その手全体に広がる。それでも直接咥えられた望の人差し指と中指の様相は凄まじく、長時間の愛撫にふやけ切り、濡れた指先特有の深く刻まれた皺に溜まった僅かな唾液が、その本来の発生源から糸を引いている。

「……舌…疲れちゃった………」

糸を引いたままの口からぽつりとなのはが言葉を漏らす。少し困った表情で望を見上げ、その視線にようやく望の時が少しだけ動き始めた。

「…………え………?…あ……と……?」

尤も、混乱の最中に止まった時間から解放されただけなので、再び動いた所で混乱が続くだけではあるのだが。

そんな混乱などお構いなしに、なのはの表情が再び輝きだす。

「……そうだ!これなら………」

言うや否や、なのはは望の乾き始めた指に再び唇を当て、



一気に限界までその指を口の中に突き込んだ。



「んぐっ…!んっ…んっ!…んっ…んふっ…!」

そのまま顔を前後させ、なのはは指を喉で愛撫する。

「………っ!!」

ちゅぽんっ!

ようやく事態を飲み込み、正気に戻った望が手をなのはの口から引き抜いた。

「んぷぁっ!」

「なっ!なっ…なっなっ……なんっ!?」

まともに言葉を発する事も出来ず、呆然となのはを見る。そんな望の様子に気付かないなのはは、潤んだ瞳を更に情熱に焦がしていた。一度燃え上がった以上、最早少女のリビドーは止まらない。

「ぃやぁ……やぁぁ…」

イヤイヤと首を振りながら、望の服に縋り付く。桃色に潤んだ瞳に涙を湛え、上目遣いに望の顔を覗き込んだ。

「いやって……え?なにっ……が!?」

予想だにしないなのはの行動に、いくら正気を取り戻したとはいえど、望は普段と掛け離れたなのはに戸惑うばかりである。

「やぁなのぉ…もっと……もっとぉ……」

混乱した望などお構いなしに、なのはが必死におねだりする。その涙ながらの訴えに、望に残された何とか稼動する理性が反応を示した。

ただ、その反応に問題点があったとすれば、



すっ



『放っておけないお人よし』の方面に発揮されてしまった事だろう。

「はむっ!!」

嬉々として指先にしゃぶりつくなのは。その笑顔に望も僅かに表情を和らげた。



「ド阿呆ぉー!!!!」

ゴキャッ!!



〜〜〜〜〜




「ごめんなさいなの」

数分後、見事なたんこぶの塔を頭に築いたなのはがどこか満ち足りた表情に、つやっつやの頬で胸を張りながら正座していた。その様子に先程から火を噴きっ放しのレーメが再度噴火する。

「本当に反省しておるのか!?」

詰め寄るレーメにも動じずに、なのはは自信満々に答えた。

「反省はしている。後悔はしたくない」

「強くなりましたねぇ…」

「こんな強さなど求めておらんわぁ!!」

ホロリと漏らしたイルカナの呟きに、再三レーメが噴火する。望は手を洗う為に、先程洗面台へと赴いた。

それまでの流れを切る様に、イルカナが主語も無くなのはへと問い掛けた。

「で、どうでした?」

言われた瞬間、なのはが無表情になる。先程の行為を反芻、少しばかりの間を置いた少女は相好を『にへら』とだらしなく崩し、

「ごちそうさまでした……」

それだけ言うとお花畑へと旅立っていった。それを見たイルカナは満足げになのはを見遣り、レーメはというと、

「………」

逆光を纏う無表情で右手を振り上げていた。




〜〜〜〜〜




「お待たせー………って、また増えてないか?」

望が戻ると、最後に見た時より更に三段ほど頭の塔を増築させたなのはが、うっとりとした表情で虚空を見詰めていた。

「………どしたの?」

「絶賛トリップ中。ですね」

何気なく告げるイルカナに、怒る気力も失せて若干燃え尽き気味なレーメが続いた。

「……今日は最早話にならん。イタチよ、汝から相手について詳しく聞きたい」

話を振られたユーノが、棚の上にあるレイジングハートを持って来る。

「「「?」」」

「話を聞くよりも実際に見た方が早いでしょう。デバイスには記録機能もあるので」

そう言いながら茶菓子を載せて来たお盆にレイジングハートを置く。

「……微妙に便利だな」

「それは褒めてるのか?」

「判断し難いのだ。仕方あるまい」

そうこうしている内にレイジングハートから光が溢れ、立体映像が顕れる。

「「「おぉー……」」」

三人の口からそれぞれ漏れる感嘆の声に、ついつい得意げになってしまうユーノ。

そして、映像が流れ出した。




〜〜〜〜〜




二人の少女が対峙する。一人は見慣れた居候先の末娘。もう一人は……………

「あの年頃でこの格好か……」

「若干痛々しい……ぞ?」

「全部自分達に跳ね返るから何も言いませんよ」

「「ぐはぁっ!」」

「………続けますよ」

映像は止まらない。

「ふっ…!」

「………!」

なのはが飛行魔術を展開、対する少女がそれに反応して斬撃型の遠距離攻撃を放つ。レイジングハートが防壁を張り、魔力同士で爆発を起こした。

「…!!」

黒い少女は爆発が収まる前に距離を詰め、なのはの首筋に刃を突き付けようと振りかぶる。その挙動を気配だけで見極めたなのはが爆煙の中から右足を即座に跳ね上げ、鎌の棒に当たる部分を蹴り飛ばして地面へと着地、全身をバネにする様にしなやかに姿勢を下げた。

「!!」

突撃の気配を察した少女はデバイスを蹴り飛ばされた反動を利用して距離を稼ぐ。視線をなのはに固定したまま滑空、三十メートル程の距離を置いて改めて少女達は再び対峙した。

「………」

「………」

互いに無言。空気すらも動きを止めた様に音が止む。



ただ、静寂。



「ふッ!!」

先に動いたのは、なのは。飛行魔術の出力を全て相手へと向け、更に自身の筋力を上乗せする。限界まで腰を落としたそのロケットスタートに、望は舌を巻いていた。

「実戦成長型……突撃と同時にバリアを張って防御も兼ねる、か………たった一回の実戦でここまで…」

「…一番伸び代がある反面……」

「一番命のリスクが高いですね…」

レーメとイルカナの言葉に、暗澹としながらも心根では素直に教え子の成長を喜びたい。望は複雑な表情で映像を見る。

「くぅッ!!?」

なのはのロケットスタートに驚愕したのも一瞬、何とか上体を捻り、更にデバイスを敢えて前に突き出す事で起動を逸らしにかかる黒衣の少女。

ギャリン!!

確かな手応えと共に軌道がズレる。その結果に少女は笑みを浮かべ、



ドゴォッ!!!



「ガ…はァッ…!?」

途端、脇腹の衝撃。

ロクな受け身も取れず、少女は森の中へと吹き飛ばされた。

「……自分が砲弾になるが故の利点…」

レーメが呟く。あの少女には何がどうなったかなど、理解できないだろう。

だが、仕掛けた側ならば解る。仕掛けた側の情報だから解る。



なのはと少女が擦れ違う瞬間、なのはがレイジングハートを無理矢理に振るって少女の脇腹を強打したのだ。



だがそこは相手もさる者。バリアジャケットと咄嗟の魔力障壁で決定打になり得るダメージは無いらしい。

更に続く映像だが、ユーノがレイジングハートに触れて再生を止める。

「………で」

「あの娘を弾き飛ばした先にジュエルシードがあって持ち逃げされた、と」

「まぁ、有り体に言えば」

先の話を併せ、結論づけたレーメにややげんなりとしたユーノが言う。

「まぁ、ナノハがあれだけ意気込んだならば次はあるまい。汝も戦いのセオリーを覚えておく事だな」

「はい!」

意気込むユーノに、望は少し疑問を投げ掛ける。

「それよりも…」

「?」

「いや、なんでもない」

気のせいだろう。そう望は自分に言い聞かせ、浮かんだ疑問を飲み込んだ。




〜〜〜〜〜




「………とまぁ、そんな行事でな。こればっかりは君達にも参加して貰いたい」

「いえ、こっちからでもお願いしたいくらいですよ」

翌朝の高町家、リビングで朝の鍛練を終えた望と士郎が何やら話し合っていた。

「…うぃー…」

のそのそとした動きで歩いて来たレーメがフローリングの溝にべちゃりと躓く。そのまま再び夢路に旅立つレーメを望が慌てて起こしに行った。

「………願わくば、この平和を…か」

誰にも聞こえない様に、小さく士郎が呟く。その手に握った拳は、果たして何の為を思ってか。

一瞬、ほんの一瞬だけ表情を陰らせた士郎は、顔を上げると普段の表情に戻る。パンパン手を叩き、一日を始める為に軽く気合を入れた。

「さ、今日も頑張るか!望くん、なのははどうした?」

「寝てますね。少し疲れてたみたいだから今朝は控えました」

「そうか。レーメちゃん、起こしてきてくれないか?」

「既に来とるぞ?」

意識を覚醒させたレーメがクイッと下を指差す。



「…む゛ぁぁ゛ぁぁー…………」



そこに全身を引き攣らせて悶えるなのはがいた。

「……?」

事情を飲み込めない士郎が思わずなのはを指差しながら望を見る。

「多分…筋肉痛……?」

「……あのロケットスタートからの無理な姿勢変更。当然といえば当然か」

呆れて肩を竦めたレーメが独白する。一方の士郎は望の言葉に一応の納得を見せた。

「まあ、本格的に始めたのは最近だから仕方ないだろう」

まずは筋肉痛の為のマッサージからか、と士郎がなのはのケアを考えながらコーヒーメーカーをセッティングし始めた。

今日も、高町家の一日が始まる。







記録の向こうではあるが

夜明けは新たな邂逅を果たす

その命の在り方に

果たして何を思うのか







[28603] 第17章 ~果たせし再会~
Name: 岌斗◆1092524c ID:d2aaa1c9
Date: 2011/08/15 21:57

ぐいん

「おふぁ」

ぎゅん

「むぎゅぅ」

「…………レーメ、無理するなよ?」

「…だ、大丈ぷっ………」

「最後の二文字が完全にダウトだろ…」

山道を行く車内で望は溜息を一つつく。

理由は自分の右側にいる『黎明の神獣』であるレーメの存在だった。なんとコイツ、車に酔ったのである。

いくら山道とはいえ、傾斜はなだらかでありそれほど曲がりくねっている訳でもない。それでもこれ程までグロッキー状態なのには明確な理由があった。

「…うぉぉー…」

「無理すんなよ。考えてみりゃ初めてだったよな…お前がちゃんと乗り物に乗るってのは」

そう。

レーメは乗り物に乗った事が無い。
厳密には『入った』だけで『乗った』とは言い難い。彼女は本来、浮遊しながら移動し、尚且つ身体のサイズが十八センチに満たない為に、まともに乗り物に乗った事が無いのだ。

故に、

「…ぬぁー……」

このグロッキーである。

どうしようも無い事ながら、心配そうに目を伏せていた望がふと前を走っている車へと視線を向ける。視線の先には女性だけで彩られ、姦(カシマ)しさが見ただけで伝わるなのは達が乗り込んだ車があった。イルカナもそちらに乗り込んでいる。そんな中、段々とレーメの呼吸が浅くなりだした。

「……レーメ、此処からならそんなに遠い訳でもないから十分に歩いて行けるぞ?」

ついに見兼ねた望が妥協点を探る為の交渉を始める。幸いな事に、事前に渡されていた『旅のしおり』の予定時間ならば歩いても二十分かからない。

「どうする?」

「……………」

最早言葉を返す事も叶わずに、手をひらひらと振るう。しかし長年に渡った相棒の仕種を見逃し、しかも意味を汲み取れない望ではない。

運転席にいる士郎に向かい、望は申し訳なさそうに降りる旨を告げる。レーメを心配していた士郎もこれに快諾し、レーメと望は車を降りる事となった。




〜〜〜〜〜




「ふぬっ…、くぁぁ〜……!!」

車を見送り手を振る望を尻目に、大きく伸びをするレーメ。その様子に先程の不調は全く見受けられない。

ジト目になった望がレーメを睨むが、当のレーメはどこ吹く風である。

「さて、こうして体調も戻った事だ。さっさと合流して堪能するぞ!」

「……ま、それがベストだな。折角の温泉旅行だから皆で楽しみたい」

柳眉を和らげ、望はそう口にする。



高町家主催の温泉旅行。場所は近いが、親睦を深める意味合いも籠め、年に何度か催される。

今回、望たちも家族の一員としてその旅に同行する事になったのだ。



「温泉など、随分と久々だな……」

どこかそわそわとしながら若干歩調を早めるレーメ。広い浴場の至福の刻を待ちきれない事は、望の目にも明らかだった。

「レーメ、そんなに急がなくても温泉は逃げないぞ?」

「愚か者!温泉は逃げずとも時間は逃げるではないか!!」

のんびりした望を一喝し、小走りに坂道を駆け上がる。そんな己の相棒に微笑ましい表情を浮かべた望も、レーメに追いつこうと歩くペースを上げた。




……――――ィィイイン―――!!!!




「「!?」」

突如として、二人に降り懸かる圧力。並の物では無い、それこそエターナル…もしくは『第一位クラスの神剣』に匹敵するパワーを確かに感じる。

「「……!!」」

そして、それほど間を置いた訳でも無いのに懐かしさを帯びた『彼女』の波動。

「……まさか」

「あ奴が…来た……のか…?」

二人が結論に至り、気配を感じる方角に向き直ったその時、

「…のっぞむぅー!!!!」

ガコォーン!!

「げっぼふぅあ!!?」

「ノゾム!?」

弾丸よろしく飛来した『彼女』に直撃され、錐揉み回転をしながら弾き飛ばされる我等が世刻 望(小)。

「逢いたかったよー!!………って、あれ?いない…望の気配…この辺りに確かに……」

「愚か者がぁ!!たった今すっ飛んで逝きおったわ!」

いや、まだ逝ってないからね。逝ったらこのSS終わるからね。

「あら?チビスケが此処にいるって事は……」

「チビスケいうなぁ!後、汝は人の話をちゃんと聞けい!!」

そんなレーメの話も聞かずに、思考の世界に沈む女性。尚もレーメは噛み付いて行くが最早聞こえてはいないだろう。

考え事の最中の女性に小さな女の子が食ってかかるという若干シュールな構図に、先程吹き飛ばされた被害者から声が掛けられた。

「ぁたた……レーメ…怪我は…?」

「汝にピンポイントで襲撃しておるのに負傷する道理が無かろう。吾なら問題ない」

「そか……じゃあ大丈夫だな」

「全く…その言い草だと汝も問題あるまい」

互いの安否を確かめ合い、改めて女性の方を見る。

「……相変わらずか」

「ま、その方が『らしい』よ」

「………あれ、望じゃない?そんな、気配は確かに」

「ナルカナ」

再び考え事に集中しようとする女性を遮り、望がその名前を告げる。ナルカナと呼ばれた女性はポカンと呆気にとられた表情となった。

「……あや?なんで私の名前知って…」

「愚か者めが、ちゃんと見れば解るであろう」

「…ってチビスケが大きく……小さく…膨らんで…縮んで………」

「…言い方が一々腹立たしいな」

片眉をヒクつかせながら絞り出す様に呻くレーメ。そして望は苦笑いでそれに応じるしかない。

「珍しい物見れてるんだから、それで相殺しよう」

呆気にとられながらも、やがて一つの結論に至ったかの様にピンとした表情になる。それでも自信は持てないのか、おそるおそるという、正しくナルカナらしくない様子で尋ねた。

「………………………………………………………もし……かし…て………………………………………………のぞ、む……?」

「「うん」」




〜〜〜〜〜




「「…ハッ!!」」

「どうしたのよ、なのは?」

「イルカナちゃんも…?」

「大切な瞬間を見逃した気配が…!」

「新しいハードルが出現した気配が…!」

「「?」」




〜〜〜〜〜




「きゃー!!なにこれ、ナニコレ!?ちっさ、ちっさ可愛いー!!!望なんだ!望なんだよね!?」

ボルテージが限界を振り切り、ナルカナが暴走状態に陥る。止めに入ったレーメはとっくに弾かれて目を回し、望はナルカナにわやくちゃにされていた。

「いや、ムグっ。原い…ぷはっ…わからモガっ」

「きゅぅぅ〜……」

「これは、これはもうテイクアウト決定よね!?お持ち帰りの為のサイズよね!堪能しちゃって大丈夫よね。吸い放題で食べ放題よねぇ!!?」

「なるッカナっ!?人のぐみゅっ話をうぶっ!ムグぐぐぐぐ……」

ついにナルカナの豊満すぎる胸元に抱き込まれ、呼吸すらままならなくなる望。必死に抵抗を試みるも、子供の状態では体型は疎か、筋力すらもナルカナに劣る。

「あーもぉーっ!可愛いカワイイ可愛いかーわーいーいー!!」

やがて胸の谷間から僅かに顔を覗かせた望の顔色が蒼白になり、だらりと全身から力が抜ける。

「……おゃ?」

己の胸元からの抵抗が無くなった事にはたと気付いたナルカナ。

「…………………」

ぐったりとした望を近くの茂みの中に、ナルカナが静かに横たえる。

そのままゆっくり膝枕。

「はふぅ…♪」

ふにゃっとした笑みを浮かべ、至福の刻を堪能する。頬をつついては更に相好をだらし無く崩す。

「………そうだ…!」

何かに閃いたらしい。頻りに周囲を確認する。

右、適度に整備された森。

左、気絶したレーメと岩。

正面、道路から見え辛い様になった茂み。

後ろ、やっぱり森。

上、青空。

下、望。



「…じゅるっ…………」



………あぁ、そういう事ね。

ふと、ナルカナの眼がそれまでのふざけていた色合いを排除し、鋭い眼光で正面を見据えた。

ざわめいていた木々が鳴りを潜め、静謐な空間がナルカナを中心に広がる。

静かに、そして丁寧に己の両手を合わせて何かを崇拝するかの如く、無心の瞳を貫き通す。その姿は正に聖女と呼ぶに相応しく、見る者を跪かせる神々しさを持っていた。

やがて、その口から放たれるたった一言。




「―――――いただきます」




次の瞬間、意識を取り戻したレーメが『ナルカナ用』と書かれた巨大なハリセンを大きく振りかぶった。




〜〜〜〜〜




「遅い!!」

旅館の入口の前でなのはが吠える。その隣ではアリサもなのはと同じ仁王立ちの姿勢で、未だ到着しない子供組の緑一点を待ち構えていた。

「ほんっとに遅いわね!これは着いたら罰ゲームかしら!?」

「なのはちゃんもアリサちゃんも先に入っちゃおうよ……」

二人が入らずに待っている事に負い目を感じているのか、すずかも旅館に入らずに先程から旅館の入口でうろうろしている。

なのはとアリサが喚いている中、ついに坂の下から歩いて来る三つの人影がなのは達の目に写り始めた。

「「「………え?」」」

やがて人影がはっきりとし、顔が確認出来る様になった頃、アリサとすずかの頭に疑問符が浮かぶ。

なのはの頭の中は言うまでも無い。




〜〜〜〜〜




「…流石は望だわ。私には到底至れない境地ね」

「痺れも憧れもしないがな…」

場所は旅館の部屋の中。ナルカナとの情報交換を兼ねた現状報告を行っていた。

望の正座はデフォである。

望の正座はデフォである。

大事な事なので(ry

「ナルカナよ、汝が来れたと言う事は、根源回廊の問題が解決したと見て良いのか?」

「話せば長くなっちゃうけど……そうね。水車小屋を造ったから粉挽きが終わるのを待つ感じかな?」

逆に分かりにくい表現で説明するナルカナ。

“『根源変換の櫃』を造ったからマナ変換されるのを待つ”と言うニュアンスが一番分かり易いだろう。

「…そうか。サツキはどうなのだ?」

「後一ヶ月は掛かるんじゃない?」

「……中々の重労働だな」

その言葉に罪悪感を滲ませる望。

しかしその表情は罪悪感の暗さに痺れた脚の感覚から来る半笑い、更にレーメとナルカナのプレッシャーを受けた冷や汗がミックスされて面白い事この上ない。

「ま、詳しい話なら夜にだって出来るわ。今は楽しみましょう」

「汝が仕切るな!とにかく温泉だ!!」

言い合いながらナルカナとレーメが部屋を出ていく。二人から解放された望は大きく息を吐き、痺れ切った脚を大きく伸ばしてゴロリと転がった。

「はぁ……やっと」

ガラッ!

「話は終わった!?」

「…解放されないなぁ……」

鼻息荒く望の元に訪れたのは高町なのは。先程の黒いオーラが嘘の様にその表情は輝いている。

「どうしたの?」

「お風呂なの!」

「?」

「この前のお願い!!」

「…あぁ、あれか……で、何をお願いするんだい?」



「一緒にお風呂に入るの!!」








[28603] 第18章 ~接触、覚悟とココロ~
Name: 岌斗◆1092524c ID:d2aaa1c9
Date: 2011/08/15 21:58

…………

………

……



「なのはちゃん?」

「ん?」

「それは…ちょっと無理、かな」

首筋に滲む冷汗を悟られない様に、ポーカーフェイスを心掛けながら慎重に言葉を選ぶ。だがそんな努力も虚しく、しかし当然になのはは爆発した。

「なんで!なんでさ!?」

ずいっと強気に顔を寄せるなのはに首を竦めながらも、望は一線を譲らない。

「それは仕方ないよ。俺だけならまだしも、今日は皆…高町家だけじゃない。なのはちゃんの友達や、ナルカナだって来てるんだ。流石に見られたくないだろうし、見たくもないだろうからね」

なまじ話の筋が通っているだけに、なのはには返す言葉が見つからない。不満げに唸りながら抗議の視線を向ける事が少女の出来る責めてもの抵抗だった。


「あら、私は気にしないわよ?」


「「!?」」

この場にいない筈の声が後ろから聞こえる。なのはが勢いよく振り向くと、いつの間にか温泉に行った筈のナルカナがにんまりとしながら望を見ていた。

「……そりゃお前は気にしないだろうよ」

そこにいた事に最初から気付いていた望は特に気にした風もなく、ナルカナにポツリと漏らす。

「でも、私は気になるなぁー?」

不敵な笑いを浮かべ、手をワキワキと動かしながらナルカナが望へと近付く。

しかし、その歩みはなのはによって遮られた。

「ナルカナさん……だっけ?…残念ながら今回は私に優先権があるの」

ナルカナに負けていない不敵さで、なのはがナルカナを見遣る。ナルカナは一瞬だけ眉をしかめると、なのはへと問い質した。

「あら、随分な自信ね……何かしらの根拠でもあるのかしら?」

瞬間、『その問いを待っていた』と言わんばかりになのはがポケットからレイジングハートを取り出し、映像を再生させる。内容は先日の望がなのはの我が儘を聞くと言った旨の会話。『……ちゃんと聞くからね』と、映像の望が締め括って映像は途切れていた。


……いつの間に録ったんだ…………


「とまあ、この権利を今使おうと「他人様に迷惑だから却下!!」

なのはが言い切る前に望がカウンター気味に返す。

「むぅぅぅぅ〜…」

なのはが拗ねているが、望としてもこればかりは認可できない。望のガードの硬さを理解しているナルカナは、お手上げのポーズを取りながら今度こそ温泉へと足を運ぶ為に部屋を後にした。

「他人様に迷惑掛からないならちゃんと聞くから、なのはちゃんもその辺考えよう」

「……わかったの」

渋々と頷き、なのはも部屋から退出。後に残された望は大きく溜息をつき、ぼんやりと虚空を眺めながら、誰にともなく呟いた。

「……何処で何を間違えたんだ…?」




〜〜〜〜〜




高町、月村両家の面子で温泉へと向かう。その中でなのはから黒き波動が漏れ出しているが、まだ安全域なので未体験のファリン以外は誰も気にしていない。

引き戸をカラカラと開け、脱衣所へと入る。最後にレーメが引き戸を閉めて、小走りに脱衣篭へと近寄った。

「ふぃー、やっとこ入れるのだ」

「あ、レーメちゃんも楽しみにしてたんだ。見た目が欧風だからシャワー文化だと思ってたよ」

美由希が不意に呟く。その言葉への返答が横合いから入った。

「温泉は素晴らしいですよ。二人して楽しみにしてました」

「あらあら、イルカナちゃんにも言って貰えるなんて何だか嬉しくなるわね」

さりげない一言に桃子が顔を綻ばせる。そのままイルカナは桃子、美由希との雑談になり、レーメはアリサから質問をされていた。

「で、このイルカナをそのまま成長させた様な人は誰なのかしら?」

「あ、それ私も気になってた。なのはちゃん、その方はどちら様?」

すずかも好奇心を隠し切れない様に、その話題に便乗する。

「ナルカナさんって言うんだって」

なのはとしてもそれ以上の事が分からないので、他に言いようが無い。少し困った様に眉根を寄せるなのはに、これまたイルカナのフォローが入った。

「私の姉に当たる人ですよ。ほら、姉さんもご挨拶して下さい」

「ん?…あぁ、自己紹介ね。私はナルカナ、人々は敬意と尊敬の念で以て『ナルカナ様』と呼ぶわ」

「旅してるのに何処の人々が呼ぶのよ」

「敬意も尊敬も同じよね?」

美由希と忍が衣服を畳みながら冷静にナルカナの言葉を分析する。

「外野うるさい!兎に角、敬意云々はともかく、目上を敬う気持ちは今の内に育てときなさい。あんた達は私を呼ぶ時に『さん付け』を忘れない事!わかった?」

「「「はーい」」」

そんな様子を見ながら、レーメが軽く頭を振った。

「ノゾム達と出会った当初からは想像もつかん変わりっぷりだな……」

その声は誰の耳にも届く事は無く、かといってレーメは気にせずに身に纏った衣服、その最後の一枚に手を伸ばした。




〜〜〜〜〜




女性陣が風呂へと向かい、手持ち無沙汰になった望は何をする訳でもなく、旅館に設えられた茶を飲んでいた。

と、

「………望さーん、僕にも頂けないですかね…」

息も絶え絶えにユーノが押し入れからにゅるりと這い出してくる。

「あれ?風呂に行かなかったのか?」

以外そうに言いながら、取り敢えずユーノの為に緑茶パックを出して湯を注ぐ。

「…今のままだと女湯に連行される事が目に見えるんで」

自分の緑茶を啜りながら、望は先行していた車内を思い起こした。

「……お前、完全にファービー扱いだったもんなぁ」

「…どーも最近僕が生き物であるという事が忘れられてる気が………」

しみじみと呟きながら、後ろ脚だけで器用に立ち、前足でこれまた器用に湯呑みを抱え、緑茶を事もなげに啜って一息つく。あたかもそれは正座で茶を嗜むそれに酷似していた。その様子を目の当たりにした望の反応は、至極当然と言えるだろう。

「…なぁ、ユーノ」

「はい?」

「お前、もしかして人間か?」




〜〜〜〜〜




注:女湯という場所の都合上、音声と『効果音』(←ココ重要)のみでお楽しみ下さい。



「わぁ…ナルカナさんの、凄く大きいですね……」ぺたーん

「妹だからってこれだけの戦力差は悪意を感じますね。姉さん、半分要求します」ほんのり

「イルカナ!あんたには聞きたい事があったけど納得したから不問にするわ!そのかわり罰として永劫そのサイズだからね!!」ぼるんっ!

「前半自己解決!?イルカナちゃん、何したの!?」つるーん

「ふふっ、なのはさんはまだ知らなくて良い事ですよ」ほんのり

「後半の言葉の不自然さはノータッチなんだ……」ぺたーん

「くっ!このサイズ差は埋められないのかしら!?」ぺたこーん

「下の毛すら生えてないガキがナマ言うんじゃないわよ!!」ぼるんっ!

「私は……はぁ…」ぷりんっ

「美由希ちゃん、最後の伸びに期待よ!!」ぷるっ

「忍さん…!」ひしっ!むにゅうぅぅ

「…美由希はサイズよりバランス重視よ?そういう育て方だったから」ぽよっ

「……モモコは本当に出産経験があるのか?その張りは有り得ぬだろう」つんつん

「…最近ちょっと気をつけないとダメになりだしたのよねぇ……」ほよほよ

「母さん、それ世間様に喧嘩売ってるよ」ぷりんっ

「桃子さん…羨ましいなぁ……」ぷるっ

「ふふっ、美由希も忍ちゃんも大丈夫よ。何てったって、私の娘なんだから!………あら?…なのはは何処に行ったのかしら?」きょろきょろ

「ふんっ!ふんっ!」がしっ!ぴょこっ

「…って、なのは!?」ぷりんっ

「男湯覗く小学生ってどうなのよ?」ぺたこーん

「諦めないの!」がしっ!がしっ!

「全裸でウォールクライミングとかいう果敢な挑戦ご苦労様なんだけど」ふるふる

「なあに?お姉ちゃん!?」がっ!

「奥の露天風呂は混浴だよ?」ぴっ

「がっでむ!!」つるっ!ぼちゃーん!!

「……何がなのはを狂わせたのだ…?」ほわっ

「不屈の心はこの胸に!なの!!」ぷかっ、だっ!!

「ちなみに望って風呂は夜に入るタイプよ?」ばしゃっ、ぼるんっ


「ジーザス!!!」




〜〜〜〜〜




「………言ってませんでした?」

「初耳だよ」




〜〜〜〜〜




温泉も堪能し、頬をほんのりと染め上げた三人娘+ナルカナが廊下をのたくたと歩いていた。他のメンバーは脱衣所のマッサージチェアで「う゛い゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛」と言っている。

「……だから風呂上がりはコーヒー牛乳なの!ほてった身体をクールダウンさせて、コーヒーの苦味で頭もスッキリさせるんだよ!!」

「はん!風呂で頭がぼんやりするなんてお子ちゃまの証明じゃない!!イイ女だったらフルーツ牛乳で瑞々しさをアピールよ!!」

「なんでそこでイチゴ牛乳が出ないの?バカなの?あの優しい口当たりが一番なんじゃない!」

「ストレートを提言しないアンタ達に脱帽よ。やっぱりまだまだ早いのかしら?」

……かなり白熱した議論をかましている。特にすずかは普段の気弱さが信じられない程の発言をしていた。

白熱しながらも栓無い議論を繰り広げる。ヒートアップしているせいで、なのは達は廊下の向こう側から来る人影に気付いていなかった。

「おっと」

「あ、ごめんなさい」

先頭を歩いていたなのはが女性にぶつかる。見た目で歳の頃はナルカナよりも少し下といった所だろうか、八重歯が特徴的だった。

「……………」

「…っ?」

その女性は何も言わずになのはを見続けている。アリサとすずかは訳が分からなかったが、ナルカナとなのははその視線に殺気が篭っている事に気付いていた。

「……随分と無粋な殺気(モノ)、向けてくれるじゃない?」

殺気を向けられているなのはを庇う様に間に割って入るナルカナ。無言の牽制はまだ続く。




〜〜〜〜〜




「へぇ…そんな姿だったんだ」

「…知りませんでした?」

「知らねぇよ」

「あっちの方が燃費良いんですよ」

「その為にお前はペットフードを躊躇い無く口にするのか…」

「意外と美味しいよ?」

「だからって人間の状態でバリボリ喰うな。何処から出したんだよソレ」

「デバイスの応用」

「あぁそう」




〜〜〜〜〜




「そっちのお嬢ちゃん達は先に行きな。私はそのコに用があるからね」

徐に女性がそんな事を言う。強気なアリサとしては当然、認可出来る事ではない。

「んなっ!なのは、反応見る限り知り合いじゃないんでしょ!?だったら…」

「いいの!アリサちゃん。すずかちゃんと一緒に先に行ってて」

噛み付こうとするアリサをなのはが遮り、この場から退く事を促す。それを受けたアリサは渋々ながらも矛を納め、

「早く来なさいよ!!」

と檄を飛ばしながらすずかの腕を引き、この場から去って行った。すずかはまだ心配なのか、頻りにこちらを振り返っていた。

「ふん……で、アンタは一体『何』なのかしら?」

「?」

ナルカナの発言になのはは首を傾げる。一方、質問の意図を理解した相手の女性は片眉をぴくりと動かした。

「へぇ……よく分かったね。アタシは使い魔のアルフ、魔法生命体さ」

その言葉を受け、ナルカナも眼を細める。

「ほっほーぅ、『使い魔』って事はアンタを使う主がいるって事よね?」

「ご名答。それについてはそっちのおチビちゃんが良ぉーく知ってる…わ!」

最後の一言に思い切り殺気を込め、なのはを睨みつける。ひぅっと軽く悲鳴を上げ、ナルカナの後ろに隠れたなのはは、軽く震えていた。

「はいはい。アンタ……アルフだっけ?さっきから見てりゃ、随分とこの子にご執心みたいじゃない?」

その言葉が引き金になったらしい。余裕の笑みを引っ込め、アルフが激昂した。

「当たり前じゃないか!!アタシのご主人はソイツにアバラをヤられてんだよ!?」

その言葉になのはが震えを止める。先の怯えが嘘の様に、逆にアルフに詰め寄る。

「あの娘の事、知ってるの!?教えて!なんであの娘もジュエルシードを狙ってるの!?」


「アンタには分からないだろうさ!!そもそもアバラを折った事への謝罪は無しかい!?」

「戦った相手には謝らない!!戦った以上はぶつかり合う何かがあるから、だから謝る事は相手に失礼だって教えて貰ったの!」

そう啖呵を切り、さらに言葉を続ける。

「でも!私はそれだけじゃ寂しいと思うの!だから分かり合いたいと思う。分かり合えたら、その時に謝りたいと思う!!」

その言葉にナルカナは眩しい物でも見るかの様になのはを見つめる。

「生意気だねぇ…!!」

ギリギリと歯を軋り、先程以上の殺気でなのはを睨みつける。しかしなのはは動じず、それがまたアルフの神経を逆撫でする。

「取り敢えず舌戦はこの子の勝ちみたいね。両方ともその辺りにしときなさい」

そう言ってナルカナはなのはの頭に手を置き、空いた手で背後を指さす。視線を移すとそこには桃子達が何やら話し合いながらこちらに向かっている様子が確認できた。

「っち!」

大きく舌打ちをすると、そのまま温泉に向かう。離れる間際に念話で、

『痛い目見ない内に手を引きな!!』

と捨て台詞を残して。

「「……」」

二人は無言でアルフを見送る。いずれぶつかる存在を。

入れ代わりに桃子達が近付いて来るが、こちらに気付いた様子は無い。何かを語り合っている様だ。

「………だからコーヒー牛乳だってば!!なんで母さんも忍さんも分かんないかなー」

「美由希ちゃん、私は断絶イチゴと思うのよ。ちょっと普段飲まないなーってトコに惹かれるでしょ!?」

「美由希も忍ちゃんもどうしてフルーツ牛乳の良さが分からないのかしら?」

「汝らにストレートの意見は無いのか!!」

「「……………………」」




〜〜〜〜〜




「望さん」

「望でいいよ。タメ口のが気楽だ」

「ありがと、望」

「てか戻ったのか」

「気楽だからね」

「人としてどうよ?」




〜〜〜〜〜




「望ー!」

「あ、ナルカナ。皆も戻ったんだ」

すずかとアリサは自販機前でなのはを待っていたらしい。結局女性陣は一緒に戻って来ていた。

「ノゾム!」

ずん、とレーメが望に詰め寄る。望は少したじろぎながらもレーメに先を促した。

「風呂上がりの牛乳は何派だ!!」

「メロン」

その回答に女性陣全員がずっこける。訳が分からない望とユーノは互いに顔を見合わせた。









[28603] 第19章 ~魔法使いの夜~
Name: 岌斗◆1092524c ID:d2aaa1c9
Date: 2011/08/15 21:59

「…随分と豪勢ですね」

用意された夕食に思わずといった感じでイルカナが呟きを漏らした。

「遠慮は無用!料理として出された以上は食すのが礼儀だ!!」

堂々と士郎がそう言い切る。それも尤もだと望は考えながら、それでも礼は弁えねばなるまいと士郎の正面に立ち、正式な所作に則って頭を下げた。

「………此度の家族旅行。我々のような流れ者を迎え入れるだけでなく、飛び入りの者が居ても受け入れて頂いた事……誠に有り難く思います。我々を代表して私こと世刻 望より、無上の感謝を此処に……」

深々とした礼。その望の礼に引き続き、レーメとイルカナも頭を下げた。ナルカナは先に部屋で邪魔な髪を纏めると告げ、この場にいない。

「ふむ。正式な御礼として、高町家代表、高町 士郎が確かに承った。なれば、此度の家族旅行に於いては君達に『無礼講』を課す事にしよう。他人という垣根を取り払って貰おうではないか」

厳めしく言った士郎はその表情を破顔させ、乾杯の音頭を取ろうとした所にタイミング良く髪を結い上げたナルカナが姿を現し、そのまま宴会はスタートした。




〜〜〜〜〜




「ぐーるぐーるぐーるぐるっとぉ」

両手で別々の幾何学的な模様を器用に描きながら、ヨロヨロと自分に宛がわれた部屋をめざすナルカナ。心配になった望が後を追っているが、余りのナルカナの惨状に頭を抱えて首を振る羽目になった。

「ナルカナ……呑み過ぎだよ…」

「…うぃ〜っくぅ」

「いつの間に呑んだんだお前」

すっかり油断していたが、此処に来てレーメにも酔いが回り始めたらしい。目を回してふらついている。

途中何度か柱にぶつかったりしたものの、なんとか部屋への誘導に成功した。面倒になったのでレーメも一緒に寝かしつけ、望はナルカナの部屋を後にした。




〜〜〜〜〜




「おや、望くん。ご苦労だったね」

宴会モードから一転、静かに酒を嗜む月見酒に移行した高町、月村家大人組が望を出迎える。

「いえ、大丈夫ですよ………あれ?イルカナは?」

「なのは達と一緒に部屋に行ったよ。今頃はガールズトークの最中だろうさ」

望がこの中に足りないメンバーがいる事を訝り、士郎がその疑問に軽く返す。

「そうですか、じゃあ『大丈夫』ですね」

そう言って望は僅かに眼を細める。

「さて……」

一息つき、士郎が手元のグラスの中身を一気に飲み干す。次の瞬間には高町 士郎はそこにはおらず、不破の姓を冠する歴戦の勇士である『不破 士郎』がその姿を覗かせる。

「良いんですか?」

「構わんよ。この場に居合わせているのは全員がそうだ」

質問の意図が理解出来ている以上、余計な主語に意味は無い。その答えに理解を示した望は居住まいを直し、次の瞬間には全員に緊張が走る。

そんな中、今回の催事を画策した本人である士郎が口火を切った。

「今回の小旅行、君が裏の意味を汲み取ってくれた事に感謝する。まずは紹介しよう、こちらは海鳴の『裏』を取り仕切る月村家現当主である月村 忍嬢だ」

「月村 忍です。不肖の身ではありますが、先代よりこの地を治める全権を委ねられました」

「月村家侍従長、ノエルと申します」

「同じく月村家侍従、ファリンです」

士郎の言葉を引き継ぎ、忍が頭を下げる。それに伴い、忍の背後に控えていたノエルとファリンもそれぞれに名乗り、簡易の挨拶をした。

「今回、君達が当たっているトラブルの規模が中々に小さくはない様子なのでね。ならば責任者に話を通し、場合によっては民間人への配慮をしなくてはならない」

「道理ですね。なら、こちらも遅ればせながら……」

そう言って望は姿勢を正し、畳に両手をついて頭を垂れる。

「こちらの都合上、詳しい事情を説明出来ない非礼を平に御容赦願います。姓は世刻、名は望。重ねて無礼ながら、根無しの旅人という事でどうかこの場は納得して頂きたい」

そこで望は一旦言葉を区切り、下げていた頭を上げる。

「そちらの膝元であるこの地を騒がせたにも関わらず、今日まで謝罪すら無かった事を…深くお詫び申し上げます」

そう言って再び望は頭を下げる。見た目が子供である望から、これ程までに丁寧な挨拶が出る事に忍達は内心舌を巻いていた。

「顔を上げて下さい。挨拶と謝罪、確かに受け取りました」

そう言って忍は望に微笑みかける。その所作に望は眼光を緩めないまでも、軽く身体の力を抜く。

「挨拶は済んだね。では失礼ながら、望くんには少し、尋ねたい事がある」

互いの挨拶が終了した事を見届けた士郎が、望に言葉を差し向ける。

「そう……君達を我が家に招待した時にも感じた事だ。私は君を子供として見ていない…」

少し、言葉を選ぶ様に軽く舌を転がす。考えを纏めるのにそう時間は掛からなかったらしい。

「ふむ、やはり回りくどいのは性に合わない。単刀直入にいこう、望くん…君は一体何歳かね?」

その言葉に、望は逡巡する。あくまで一般人である彼等に神剣使いの情報を流した所で、出来る事など高は知れている。それにエターナルである自分達がこの時間樹を離れた時、彼等は望達の記憶の一切を失うのだ。

しかし、この時間樹に於いては迂闊な行動は取れない。取る訳にはいかない。



第一の理由はミッドチルダ。

あの分枝世界の枠を超越する程の力を持った世界が、人の心を盗み見る技術が無いとは言い切れない。そんな彼等がエターナルの情報を入手した時に取る行動など容易に想像できるだろう。


第二に、彼等の中にある神剣の欠片。

これに余計な情報を流し込む事で神剣使いとしての覚醒が始まってしまえば、どうなるのか解った物ではない。神剣使いとは人間ではなくマナ生命体なので、最悪この時間樹に消化される可能性もある。沙月と合流して最終的な進路を決めない限りは下手を打つ訳にいかないのだ。


最後に、個人的な感傷がある。

頻繁に時間樹に出入りをするならば、記憶など気にする必要は無い。

しかし、望はそれを認める事は出来なかった。エト・カ・リファを出ていく瞬間、エターナルである『ノゾム』として歩き始めた第一歩。

あの時によぎった、『世刻 望』としての最後の未練。黄昏の校舎で笑い合う、顔も思い出せなくなってしまった親友。顔は思い出せずとも、誓いを立てた時計は今でも懐に忍ばせている。顔を思い出さなくとも、あの時に笑い合った事実はこの胸に焼き付いている。

それを、出来る限り否定したくなかった。

踏みにじるのは、一度きりだ。



「望くん?」

士郎の呼びかけに、望は一気に意識を現実に戻す。

「あ、すみません…えぇと、その件は……」

「君なりの考えがあるなら、無理強いはしないさ。忍ちゃん達にも事情は説明してある。悔しい事だが、この件については君達が適任だ」

笑顔の中に憂いを混ぜて、士郎が笑う。いや、自嘲すると言った方が近いのかも知れない。やる瀬ない怒りのやり場に困っているのだろう、握り締めた拳から血が滴っているのが丸分かりだ。

「あなた」

そう言って桃子が士郎の手を包む。指摘された士郎は初めて己の拳の状態に気が付いたらしい。ファリンが慌てて持ち合わせの道具で手当をする。

「望くん、時間を取らせて済まなかったね。風呂はまだなんだろう?」

場の空気を敢えて壊す為に士郎がそう言う。対した望もその意志を感じ、それに返答した。

「ええ。折角だから浴衣にも袖を通し――――」



――キィン―――――!!



「…の前に、ちょっと野暮用らしいですね。終わったら、入らせて貰います」

表情はそのままに、纏う空気は戦士の物に変わる。

魔法使いの、夜が始まる。




〜〜〜〜〜




「くぅ………くぅ………」

「…あ、やべ……望に夜這いかけないと………」




〜〜〜〜〜




「あった…!」

闇に紛れて、少女の声が僅かに響く。側には紅い狼が控えて、辺りを警戒していた。

視線の先には蒼く輝く神秘の結晶。それを封印処理する為に、機械的な黒い錫杖を構え、

刹那、

「!! フェイト!」

「!?」

狼の呼びかけに、少女が咄嗟の反射で飛びのく。

バチン!

すると少女の立っていた場所に、桜色の光が弾けた。

「……!」

「あの、チビ…!!」

鋭い嗅覚で狼が瞬時に相手の居場所を掴む。念話で傍らの少女に警戒を呼びかけ、一気に魔力の発信源に近付く。


グルル……ガァァァッ!!!


相手への牽制も兼ねた唸りを上げて、死角となる茂みから飛び掛かる。

「!?」

宵闇に馴れた視界に捉えたのは、昼に生意気な事を言われたあの小娘の驚いた顔だ。一緒にいた女は匂いも気配も一切ないから、この場所には来てないのだろう。だったら多少痛い目を見て貰おうと、肉球に引っ込めさせた爪を出す。

が、しかし

ざっ、ガギィン!!

「ちぃっ!?」

思考に気を取られたからか、少女はその一撃をバリアでいなして手に持ったデバイスを片手でスイング、回避が間に合わないと判断した狼は『姿を変えて』飛びのいた。

「貴女は昼の!?…えっと、アルフさん?」

「……」

狼から変身した女性、アルフは沈黙を貫くが、なのははお構い無しに言葉を続ける。

「貴女が此処にいるなら、あの娘も此処に!?お願い、お話しをさせて欲しいの!!」

その言葉に再びアルフが激昂する。人間の状態ながら、犬歯を剥き出しにして唸り声を上げる。

「どこまでもナメた真似を…!」

なのはに怒鳴ろうと息を大きく吸い込み、声帯を震わせようとした瞬間、自分の主である金髪の少女から声がかけられた。

「アルフ」

「こむぐっ…!ふ、フェイト!?終わったのかい?」

一瞬言葉に詰まりかけたが、なんとか持ち直したアルフがフェイトと呼んだ少女に向き直る。一方の少女は、その視線の先になのはを捉えていた。

「キミは……」

「あの時の娘……だよね」

なのはが少女の言葉を引き継ぎ、確認を取る。僅かに細められた眼がその答えである事の証明だった。

「教えて。どうしてジュエルシードを集めるのか…」

「フェイト、聞くんじゃないよ!!こんな…」

罵りの言葉を吐こうとするアルフを手で制し、少女がなのはと正面から向き合う。

「…キミこそ、どうしてコレを集めようとしてるの?」

そう言って少女は構えたデバイスから、先日獲得したXIVの字が浮かぶジュエルシードを取り出す。

「コレの危険性はキミだって理解出来る筈だ……酔狂で集めるには、リスクが過ぎる代物だよ」

物憂げにジュエルシードを見遣り、なのはに忠告する。ひとしきり眺めると満足したのか再びデバイスに吸い込ませ、なのはに向き直った。

「それでもキミが集めるって言うなら、それはきっと私と同じくらいに強い意志なんだと思う」

そう言われたなのはは、無言で端を握っていたレイジングハートをクルクルと回し、構え直す。その反応に少女は一つ頷くと、そのデバイスを展開、光の鎌を出現させた。

「……そうだ。理由は分からなくても、私達の意志の強さは同じ。だったら………」

「フェイト……」

「アルフ、この戦いは、きっと必要な戦いだ。これは私が乗り越えるべき試練だって、私の中で何かが叫んでる」

「貴女が負けたら、理由を話して貰うの」

「足りないよ。自分の決意をさらけ出すんだ」

言外に、ジュエルシードを賭ける様に少女が促す。しかし、なのはにはそれに応じる資格が無い。

「……私は今、ジュエルシードを持ってないの」

宛てが外れた少女は、軽く舌打ちをする。と、そこに闖入者が現れた。

「……構図は掴めたが、状況はイマイチ分からないな…」

「「っ!?」」

「望くん!?」

この中で、唯一その人を知るなのはだけが名前を呼んだ。それに望が片手で軽く応じると、なのはと対峙していた少女達を見遣った。

「話は途中からだが聞かせて貰った……君達が何故コイツを狙うのかという理由、そしてコイツそのものを今回の対決の賞品にしたんだろ?」


そう言って望は先日レーメに渡しそびれていたジュエルシード……パーマネントウィル『コバタの森の風』を指先で軽く弾く。何度か弾くと、それをそのままなのはに投げて寄越した。

「無理矢理にでも聞き出したい所だけど、あの眼は絶対に納得するまで喋らない……そんな眼だからね」

一拍、

「なのはちゃん、頑張って。君は答えを知っている。あの娘に、それを見せ付けてやるんだ」

笑顔でなのはにそう告げて、下がって行った。

「……うん!!!」

満面の笑みを湛えたなのはが、改めて少女に向き直る。少女は表情を崩さないまま、そのやり取りを見つめていた。

「私立聖祥附属小学校三年、高町なのは!!」

「フェイト・テスタロッサ」

「いざ!」

「尋常に…!」




「「勝負!!」」









[28603] 第20章 ~黄金と桜花の鉄火咲き…~
Name: 岌斗◆1092524c ID:d2aaa1c9
Date: 2011/08/15 22:01


ザザザザザザッ!

ダンッ!

ガシィ!!

トン、タタタッ

闇の中、二つの小さな影が交わっては離れる。片や桜色の燐光を纏わせ、片や黄金色の雷光を放ちながら、夜闇の森を彩った。

「くっ…!」

フェイトは中々に捉えきれない敵の影に、苛立ちを募らせる。何故だ、何故見つからない。敵に有効打の気配も無く、只、自分だけが消耗しているかの様な感覚に冷静な判断を奪われる。

「何処だ……!?」

『余裕を失わせる』事すらも相手の策略の内。フェイトはその事にすら気付かず、徐々に募る焦燥感に捕われていた。

「…負けない……!」

頭を大きく振り、弱った心をふるい落とす。両足に飛行魔法を展開し、木々の合間を縫う様に飛び去る影を追う為に、フェイトは更に神経を研ぎ澄ませた。




〜〜〜〜〜




「よっ、と!…ほぃっ」

対するなのはは、余裕を持ってフェイトの追撃をかわしていた。

ガキッ!たんっ

木々の合間を縫い、相手の撹乱と消耗を念頭に置いた不規則な動き。望ほど完璧な囮や隠行は無理だが、魔力をチラつかせて相手をつかず離れずに誘導する。

「…ぃしょ!っと」

レイジングハートを木の枝に引っ掛けて跳躍と方向転換を同時に行う。正に変幻自在と呼ぶべき動きを見せながら、しかし速度は速くない。

ビュオン!

「こっちか!?」

音も無く木の枝に着地した瞬間、フェイトが猛スピードでなのはが乗った枝の真下を通過した。

「……そろそろ、かな?」

通過した瞬間のフェイトが見せた焦りの表情を確認したなのははそう呟いて、バリアジャケットのリボンをしゅるりと外した。




〜〜〜〜〜




「あや……?……着替えも浴衣もある…………外かにゃ?」




〜〜〜〜〜




「ふざけてるのかいっ!?」

戦闘の一部始終を見ているアルフが望に詰め寄る。一方の望は飄々とした様子でアルフをあしらっていた。

「それは俺に聞くべき事じゃないな。なのはちゃんが真面目なら、これは間違いなく真剣勝負なんだろうさ」

「逃げ回るだけじゃないのさ!」

「そりゃそうだ。尋常な立会いなら、まず万全のコンディションにしないと。勿論、メンタルもね」

自らの主に手だしを禁じられている以上、助太刀は出来ない。やり場の無い怒りを鎮めようとアルフは望の胸倉を掴み上げた。

「アタシ達の目的はジュエルシードなんだよ!こんな茶番に付き合えるかい!!」

「そこだよ」

「!?」

突然に望が謎の指摘をする。思わず力を緩めてしまったアルフの手元から脱出した望が難無く着地し、続く言葉を紡ぎだした。

「あのな……――――」




〜〜〜〜〜




「見付けた………!!」

ようやく標的の姿を確認したフェイトの口元に笑みが浮かぶ。その視線の先には一直線に飛び去ろうとするなのはの後ろ姿があった。

「バルディッシュ!」

《Yes,master!》

即座に己のデバイスへ指示を飛ばし、光の鎌を射出させる準備に入る。この一撃は何としても命中させようと、殊更に気合を籠めるフェイト。やがてなのはの背中が木々の合間に消えようと、

「させないっ!アークセイ……」



「ばあっ!!!」



突如、ガサリと大きな音をたて、フェイトの眼前に背中を見せていた筈のなのはが逆さ吊りの状態で現れる。

なぜかキャミソール姿で、ご丁寧に両手を広げて威嚇する様にしながらだ。

よく見れば真上の木の枝に足を引っ掛けているのが確認出来るが、追いかけていた背中がなのはだと思っていたフェイトにそんな事を確認するような余裕など無く、

「ひああぁぁっ!?」

予想外といえば余りに予想外な出来事に対処が遅れ、結果として悲鳴を上げる事しか出来ないフェイトは、ペたりとその場に女の子座りになる。

「引っ掛かったね!残念でしたー!!」

「なっ、な、何が…!?」

満面の笑みを顔に張り付けたなのはとは対照的に、未だに事情を飲み込めないフェイト。下着姿のなのはが軽く指先を動かし、先程までフェイトがなのはだと思っていた物体を呼び寄せる。フェイトはその物体に視線を釘付けにした。

それは、そこら辺に落ちていた枝を即興で組み上げてバリアジャケットを着せた、言うなれば案山子とも呼ぶべき物だった。

「まだ望くんみたいな機動は無理だから、より囮っぽくしてみたの」

聞いてもいない説明をして、案山子から自分のバリアジャケットを剥いていく。段々と落ち着きを取り戻していくフェイトの表情には、代わりに怒りの色が窺えた。

「…馬鹿にしてるの……!?」

戦いの最中なのに、つい出てしまう非難の言葉。無理からぬ事ではあるが、やはり自分が真面目にしているのを虚仮にされているのは気分が悪い。

だが、なのはから聞こえた言葉は信じられない程に真面目さを含んでいた。

「違うよ。言ったよね?『尋常に』勝負って」

「だったら!」

「お互いに万全でなくちゃダメだよ」

「っ…!?」

思わぬ返しに一瞬、告げるべき言葉を失う。これを好機と見たなのはが畳み掛ける様にまくし立てた。

「そんなにガチガチに固まったままだったら、満足に動ける訳ないよ。私は身体も心も万全のフェイトちゃんと本気の勝負がしたい。そして……」

一息、



「本気でぶつかって、フェイトちゃんと仲直りして、友達になりたい!!」




〜〜〜〜〜




「ふざけんなぁぁ!!」

叫びと共に、アルフの握り締めた拳が放たれる。しかしそれは望に届く事無く、背後の樹木に風穴を開けるだけに終わった。

「こっちは本気なんだよ!そんなスポーツ感覚のお遊びに付き合ってられるかい!!」

二撃、三撃と断続的に発射される、体重と魔力を絶妙に乗せられたソレは虚しく空を切る。

「俺に言われてもなぁ……」

ひょいひょいと紙一重でアルフの攻撃をすべて避け切っている望が、困った様に頬を掻く。

あの夜、立ち直ったなのはの決意表明を聞かされた身としてはどうしようもない。それに、今の望にはそれ以上に気に掛かっている事があるのだ。

「とにかく、早くアレを集めないと…!」

「………?」

アルフの焦りように望は眉を潜める。その言葉を出した瞬間、アルフの表情が怒りから哀しみへと変わったからだ。

「………………」




〜〜〜〜〜




「…にゃんで森の中に?……微妙にマナも荒れてるし………まいっか…たまには外で…………あぁ…ショタ望かぁ……………じゅるっ」




〜〜〜〜〜




「フォトンランサー!」

フェイトの掛け声に呼応し、四筋の光弾がなのはに迫る。なのははフェイトの掛け声と同時に飛びのき、最初の牽制の一発を木の影で回避。続く光弾をプロテクションで相殺する。

「…っ!」

プロテクションの為に手を出した隙を狙って、残る二発が時間差でなのはに肉薄する。

「ここと…ここっ!!」


ガギン!バチッ!


「へ!?」

信じられない光景に、思わずフェイトが間抜けな声を漏らす。確実に仕留めたと思っていたフェイトには想像もつかなかっただろう。

なのはが普段から死角に対する対処とカウンターを徹底的に教え込まれている事など、普通ならば予想できない。

なのはは視線をフェイトに固定したまま、逆手に持ったレイジングハートを左手のみでフルスイング、一つ目のフォトンランサーを叩き落とす。命中を疑わなかったフェイトは当たった事を前提に、二発目の軌道計算をしていたので、軽く身を捻ったなのはにかわされ、光弾が一瞬動きを止める。その隙になのはが手刀を叩き落とし、二発目は呆気なく消滅した。

「ふぅ……………っ!!」

一息つこうとした所に、フェイトの光刃が迫る!


ギィン!!


咄嗟に弾こうとレイジングハートを振るが、先程なのはの実力を認め、緊張も程よく解れたフェイトに最早隙は無い。距離を置こうとしたなのはの意図を読み、軽くブラフとパリィを掛けて近接戦闘に持ち込んだ。

「正直、友達ってのがどんなモノか、私には分からない…!」

上段からの袈裟掛け、弾き返しと受け流しの応酬を繰り返す中でフェイトが言う。デバイス同士が火花を散らし、金属音が響く中、その声は何故かよく通って聞こえた。

「でも、キミを見てるとっ!何処か、胸がギュッてっ!なって!」

なのはは話を聞きながら、脚払いでフェイトの体勢を崩そうとしゃがむ。しかしフェイトは展開していた飛行魔法を発動させ、それを許さない。

「キミに!友達に、なりたいって!言われた時…身体がフワッてなった……!」

せめて同じだけのアドバンテージを得る為に、なのはも足元に魔方陣を浮かべるが、フェイトが妨害の為に攻撃を足元に集中させたり、フォトンランサーを小出しにして撹乱して来るので上手くいかない。

「よく分からないけど!これが友達だって言うならっ!なんだか……温かくなる…わかんないよ…何なの……これ…?」

空中からフォトンランサーの連射をしながら、多少の余裕が出来たので、考えをまとめようとする。しかし、なにぶん未体験の感情だ。フェイトだけで解決出来る訳がない。

「フェイトちゃんは!まだ、わっ!分からないんだよ。と!最初から分かる事なん…てやっ!無いから、少しずつだよ!」

地上で情熱的なタップダンスを踊りながら、なのはが語りかける。足元狙いはバリアジャケットと蹴りで捌き、上半身へ向かう光弾はレイジングハートで叩く。

「……!!」

フェイトが混乱しながらも、とにかく敵を倒さないとならないと叫ぶ戦士としての本能に従い、なのはに突撃を仕掛ける。フォトンランサーの連撃が止んだ事を確認したなのはもフェイトに向き直り、これに応戦。

戦いは鍔迫り合いへと持ち込まれた。




〜〜〜〜〜




「……ぐぅ……っ!!」

満身創痍のアルフが堪え切れずに片膝を着く。対する望は冷ややかにその様子を見ていた。

「…歩み寄りは大事だぞ?ましてや相手からの譲歩だ。裏を勘繰るのは正解だが、いきなり襲うのは下策だったな」

「うるさぁい!!」

望が言い終わる前に狼へと変身し、再び突撃を掛ける。

「だから」

ヒュッ

アルフが力を溜め込み、地面を蹴ったその瞬間に軌道から外れて突撃を回避。

「少しは」

ガチン!

次の突撃を行う為の着地を考えているアルフの顎を軽く叩き、舌を噛ませて思考を一時的に奪う。

「人の話を」

ガシッ、ビュン…!

前脚二本を右手、後ろ脚二本を左手で引っ掴み、アルフの突撃のスピードを利用して大回転。

「聞け!」

ビタァン!!

腰を入れたフォームでそのままアルフを木の幹に叩き付けた。

「はぁ………」

「まだだぁぁぁ!!」

どう考えても立てそうにないアルフがまだ立ち上がる。どうも変なスイッチが入ったらしい。

「…………」

本腰を入れるか、そう考えた瞬間にこの場に似つかわしくない呑気な声が響いた。



「の・ぞ・む・はっけぇーん!!」




〜〜〜〜〜




突然だが此処でレイジングハートについて説明しよう。

本来、ユーノ・スクライアの所持品であるこのデバイスは「杖型」デバイスとして、使用者の魔法発動の補助を行う。

あくまで『魔法発動の補助』を行うデバイスなのだ。では今回、なのははレイジングハートをどう使っていたか。

・森の中を駆け巡る際、木に引っ掛けて使用した。

・フェイトのフォトンランサーを迎撃。但し魔法でなく本体で。

・近接格闘に特化したバルディッシュと数十合打ち合う。

・これまたバルディッシュと鍔迫り合い←New!

……当然ながら魔法使いの杖がそんなダーティな戦い方に対応している訳がない。



ビキィ!!



「うそぉ!?」

レイジングハートに亀裂が走り、なのはが驚愕の声を上げる。その一瞬の怯みをフェイトが見逃す筈もなく、あっさりとレイジングハートを弾き、喉元に刃を突き付けた。

今回の勝負、軍配はフェイトに上がる。




〜〜〜〜〜




「こんな夜中に何処に行ってるのよ〜……お姉さんは許しませーん!」

望にタックルをかまし、呆然とするアルフを尻目に酔っ払いが大攻勢をかける。

「許さないから罰としてー……おねーさんの夜伽を命じまーす!!」

「酔い過ぎだナルカナ!今の状況分からないのか!?」

「…んー?」

望に抱き着いて頭をぐりぐりと押し付けていたナルカナは、言われて初めて周りを見渡す。ぐるりと視界を確認し、アルフの部分でぴたりと首を止めた。

「なーによ、昼のじゃない。なにしてんのよ」

「そいつと戦ってんだよ!邪魔立てするなら…!!」

犬歯を剥き出しにして昼間と同様に威嚇する。対するナルカナも酒で濁った瞳をアルフに向け、不機嫌そうに唸る。

「…なーんで戦おうとしたのかしら?」

痺れを切らしたナルカナが、アルフの腹に探りを入れる。しかしそこは単純なアルフ、アッサリと思惑を暴露した。

「決まってるじゃないか!ジュエルシードを狙ってるんだよ!!」

「ふーん」

それを聞いたナルカナが腕を振る。その先に光を確認したアルフが何かを投擲された事に気付き、臨戦体勢を取った。

しかし、その飛来物を確認した時、望とアルフの時間が止まる。

「「………え?」」

「…なによー、それ狙ってるんじゃないの?」

アルフに投げて寄越したのは、ジュエルシード。

それも四個だ。

「ほら、上げるからとっとと消える!ナルカナさまはこれから望とのミツゲツなのですよ〜」

上機嫌に望の首筋を舐める。呆然としていた望はそれで現実世界に引き戻された。

「おまっ、ナルカナぁ!?何考えて…!!」

猛然と抗議を吹っ掛けようとするが、その唇をナルカナが己の唇で以て塞ぐ。

あ、舌入れやがった。

「……ぷはっ…あら、まだいたの?もしかして…見るのが好きなのかしら?」

婉然と微笑み、先程望を奪ったその唇に指を乗せる。アルフが慌てて背を向け、望たちに言葉を放った。

「そ、そんな訳ないだろう!!とっとにかく、アタシは礼は言わないからね!?」

それだけ言うと、フェイトが居るであろう方角へと走って行った。まだダメージがあるらしく、ぎこちない走り方ではあったが。

「はいはーい♪……さて、これで邪魔は無し。と」

半端に望に抱き着いた姿勢を直し、本格的に馬乗りの体勢を取る。

「まだなのはちゃんが戦ってるんだよ!見られたら……ってオーラフォトン!?何時の間に!!」

「それじゃ、改めまして………」

そして、昼と同じくひたすらに無の存在を体言したナルカナが、祈りを捧げる様に両の掌を合わせる。その姿に、望までもが一瞬ではあるが魅せられた。

ただ一点、昼と違う所があるとすれば…



「―――いただきます」



今は、ストッパーがいない。




〜〜〜〜〜




ポタリ

「あら、水仙の花が」

「脈絡も無ければ季節も違うな」




〜〜〜〜〜




「なのはー!」

「ユーノくん!?」

敗北の証として、レイジングハートがジュエルシードを吐き出す。そのタイミングでユーノがなのはの元に駆け付けた。

「どうしたの?」

「いい加減遅いから心配だってイルカナさんが僕を寄越したんだ」

「え?………わっ!もうこんな時間なの!?」

言われて初めて、現在時刻に気付く。旅館に戻ろうと脚を動かそうとするが、フェイトがその場から一歩も動かずにこちらを見ていた。

「……やっぱり、胸がギュッてなるよ…」

ポツリと、小さく呟く。それだけ言うと、フェイトは今度こそなのはに背を向けた。

「フェイトちゃん!」

なのはの呼びかけに、思わず脚が止まる。

「……待ってるからね!」

なのははそれだけ言うと、今度こそ旅館に駆けて行った。

「…………」

フェイトは何も言わず、黙って飛行魔法を展開した。



どうやら、今夜は雨らしい。




〜〜〜〜〜




「イルカナちゃん!ありがとうね!」

旅館に戻って静かに寝床に着いたなのはがボソボソとイルカナに礼を言う。薄く目を開けたイルカナがそれに口元だけの笑顔を見せた。

「いえいえ。こんな夜更けに女の子が出歩くのは、流石にまずいですからね。それになのはさんもお疲れでしょう?早く寝ないと、明日に響きますよ」

小声になってイルカナも返し、なのははそのまま睡魔に襲われる。

何かを忘れていないかと、奇妙な感覚を残しながら、夢の世界に旅立った。




〜〜〜〜〜




「さて…」

なのはが眠ったタイミングを計り、イルカナがその身を起こす。いそいそと着替えを用意して、音も無く部屋を出て行った。

それとない下準備はしていた。戦いに夢中になっている所にユーノを投入、意外な人物を介入させる事で望が居たというイメージを薄れさせる。

更に時間を確認させて心から余裕を奪い、心配している相手がいる事を告げて、なのはの中から完全に望の存在を消し去った。最後になのはに疲れを自覚させ、夢の中に誘う言葉を掛ければ作戦は完了だ。

「細工は流々、仕上げを御覧じろ…と♪」

ぱたぱたと軽い足取りで廊下を進む。



目指す聖地は、露天風呂。

そろそろ二回戦が始まる頃だ。




〜〜〜〜〜




ボタリ

「あら、向日葵の花も」

「もう何でもアリだな!」




〜〜〜〜〜




朝一番。



「ヘタ、こい、たぁぁあぁああぁああぁぁぁあぁぁあ!!!!!!!!」



なのはの叫び声が旅館の中に木霊する。

「おーい、なのはー。そろそろ帰る準備だぞー」

恭也がなのはに声をかけるが、そんな事が聞こえている訳がない。やれやれと肩を竦め、ぐるりと視線を巡らせれば、



何故か簀巻きにされて石の座布団を抱くナルカナ・イルカナ姉妹の姿があった。



「……レーメちゃ「聞くな」…いや、で「聞くな」……了解した」

触らぬ神に祟り無し。文字通りの言葉が恭也の脳裏に浮かぶが、眉間を揉んで追いやった。

そんな責め苦を受けているにも関わらず、ツヤッツヤの頬に恍惚の表情を浮かべているのは言わぬが華だろう。



ちなみに、かき集めれば丁度『十歳程度の男子一人分』になるだけの壁のシミや足元に広がる挽肉は公然の秘密である。




〜〜〜〜〜




「…いてて…死ぬかと思った……」

なんで生きてんのお前。

「楽しめたかね?」

快活に笑いながら、士郎が望に話しかける。

「ええ、ありがとうございます」

「それは何より。帰ったらまた、よろしく頼むよ」

何を、とは言わない。それでも望はひとつ頷いて窓の外に目を遣った。

「………あの娘……」

気にかかるのは昨夜のフェイトとか言う少女。悩みの種が増えた事を自覚しながら、それでもその鬱憤を少しでも和らげたくてその言葉を小さく呟いた。




「…ミニオン……だよなぁ………」






緒戦を飾るは金の鎌

不屈の桜は倒れない

夜明けの二刀は行方を見据え

世界の真理を垣間見る







[28603] 第壱章 ~騒乱の間隙~
Name: 岌斗◆1092524c ID:d2aaa1c9
Date: 2011/08/15 22:02


如何に望達の周りで厄介事が渦巻いているとはいえ、毎日が騒ぎに直結している訳ではない。

彼らの日々にも確かに『隙間』は存在するのだ。



《……だからよ、俺の言いたい事を要約したらな?》

「愛娘が可愛いんだろ。…今、お前の出した話題が合計七。その中から要約した話題で同じ結論に達した話は実に五だ。これに対して何かコメントは?」

場所は高町家に用意された望達の部屋。宙に浮かぶ四角い画面から掛けられる声に、いい加減ウンザリだと言わんばかりの望が声を張り上げた。

《分かってるじゃんかノゾムも。俺の中で株が少しだけ上がったぞ?》

「ありがとよ。俺の中じゃもうお前の株の上場は廃止されてるけどな」

《ストップ安すら突破したんかい》

望の冷めた眼差しを飄々と受け流し、画面内の青年が肩を竦める。不意に、不機嫌そうに机を指で叩いていた望が真剣な顔つきで画面に向かって尋ね事をした。

「で、ユウト。わざわざこんな回りくどい六次元干渉型の遠距離通信なんか使って俺に連絡を取ったんだ……用事、そんだけじゃないんだろ?」

《いや、単にユーフィーが帰って来ない事に対する愚痴だ》



ぶちん




〜〜〜〜〜




「……ったく…」

静寂を取り戻した部屋の中、望は呆れながら通信用に調整されたパーマネントウィルを懐にしまう。



パーマネントウィルには神剣使いの能力を高める他に、単体としての事象を引き出す力がある。望が今しがた使用していた通信はその応用であり、ナルカナが独自に開発したツールだった。



「…未だに理解できないな……どうやって稼動してるんだ?」

ふと、懐にしまった先程まで通信ツールとして運用していた物を取り出す。複数の宝石が埋め込まれたソレを掌で転がしながら、何となしに呟いた。

「だーかーらー、『高みの眼鏡』で対象を捕捉して『遠方の光伝』で通信すんのよー。その時に『内なる光輪』で画面出すと如何にも会話って感じするでしょ?…んで『二元を分かつ門』を使ってリアルタイム通信を実現すると同時に機密を保持するワケ。おーらい?」

「……その前になんで鍵かけた部屋に入れたのか教えてくんないかな」

先の通信でツッコミの気力を根こそぎに持って行かれた望は、肩を落としながら無駄に終わるであろう質問を横から凭れかかって来るナルカナに繰り出す。

「愛の力は偉大らしいわね」

「……」

何の説明にもなっていない事にガックリと肩を落とし、大きな溜息を零す。

「ほらほら、望もそんな顔しない!溜息は幸せが逃げるんだから」

ふて腐れた望の頬をつつきながら、ナルカナが苦笑気味に望へ話し掛ける。それでも望の機嫌は戻らない。流石に困ったナルカナが、仕方ないとばかりに望の右頬に手を添えて、

「ナルカナ様の元気の源だよ」

そう言ってナルカナが先程までつついていた望の左頬に唇を近付け、

「やらせないの」

反対側にいたなのはが差し出した掌へと軽く口づけをした。

「むぅ……邪魔しちゃダメじゃないの」

この部屋のセキュリティに対して真剣に疑問を持ち始めた望を尻目に、ナルカナが可愛いらしく頬を膨らませる。対したなのはは何処吹く風と言わんばかりにごろごろと喉を鳴らしながら望の胸元に顔を埋めた。

「うみゅー……♪」

幸せそうに鳴くなのはに対抗すべく、ナルカナも望を後ろからぎゅっと抱き込んで髪の毛に顔を埋めた。

「…ちっちゃい望の匂いだぁ……♪」

その言葉を最後に、部屋の中に静寂が流れる。もうどうにでもなれと望は思考を放棄し、二人にその身を預けた。


ヴンッ


《言い忘れてた。ノゾ…



ぶちんっ




〜〜〜〜〜




カチャリと、カップをソーサーに置く音が微かに響く。

「……なるほど、つまり霊脈の整理と澱みの浄化を同時に行う。と?」

僅かな沈黙を破り、月村 忍は相対したイルカナに確認を取る。

「そうなります。幸いにしてこの地には大きな歪みなども無く、すぐにでも取り掛かれるでしょう」

穏やかにイルカナは返し、逆に忍は眼を細めた。海鳴の地を治める身としては、これからが本番だった。

「……そちらの反応を見る限り、メリットばかりが目立ち過ぎるわ。月村としてはもう少し詳しい所を聞かせて頂きたいのだけど?」

その言葉を受けたイルカナは笑みを一旦引っ込め、あくまでも事務的に告げた。

「ジュエルシードの発動の抑制と、悪性の霊的現象、及び存在に対する長期の予防策」

「それがメリットね。デメリットは?」

「土地の安定化に伴う発展性の難化。停滞の可能性」

「詳細」

「運営方針の転換に際しての障害。特に大転換の際には破綻の可能性も此処に示唆しておきます」

「対策」

「浄化の際に純粋なエネルギー結晶を構築。その一部を託しますので土地に利用すれば問題無いかと」

「危険性」

「貴女達次第です」

「見返り」

「他言無用。機密保持で」

そこまで言って、初めて忍は相好を崩した。肩から力を抜き、改めてイルカナに右手を差し出す。

「成立ね。早速でも構わないわよ」

「ありがとうございます」

イルカナもそれに応じ、その笑みを深める。握手を終え、イルカナはティーカップに手を伸ばした。

「……にしたって、貴女みたいなコが此処まで交渉できるとはねー…」

感心した様に呟く忍に少し子供っぽく笑いかけ、イルカナは言った。

「デキるオンナって憧れなんですよ。それに…」

「?」

「仕事しないと左遷されちゃうので」

そうやってぺろっと舌を出し、悪戯が成功したような小悪魔的な表情を浮かべた。

「ふーん……?」



カチャリ




〜〜〜〜〜




忍達が交渉に勤しむ屋敷の下の階では、張り出したテラスから庭で戯れる猫を眺めるアリサとすずかの姿があった。

「ねえ、すずか」

マナーとしては少し悪いが、テーブルに肘をついたアリサが庭に視線を固定したまま向かいの少女に問い掛ける。応じた少女も庭から視線を動かさずに答えた。

「何?」

「アタシ達………空気じゃない?」

「言っちゃダメだよ」



にゃーにゃー




〜〜〜〜〜




薄暗い空間が無限を思わせる広がりを見せる。所々に神秘的な立方体が浮き、淡い燐光が降り注ぐ樹の根は脈打つ様に青白い光を胎動させていた。

そんな静謐さを湛えた空間に、女性の声が木霊する。

「ああもうっ!ココも混線してる!!面倒ね!………ケイロン!!」

「御意!」

「完・全・分・解!はああぁぁッ!!」

赤みがかった長髪の少女……沙月の掛け声と共に情報の澱みが分解され、続くケイロンのマーシレススパイクが途切れた情報網を正しく繋ぎ直す。

「っし!…少し休憩しましょうか、パーマネントウィルも随分と疲労してきたし」

「そうですね。では」

沙月が提案し、樹の幹らしき物に腰を下ろすのを確認したケイロンは、その身から鈍く輝く宝石を取り出し、すぐ傍にあったマナの涌き水の中にそれを浸ける。すると宝石が淡く輝き、内部の澱みが浮きだして来た。その澱みは涌き水の流れに押され、涌き水溜まりから押し出される。ぼんやりとその様を眺めていた沙月が、ぽつりと呟いた。

「……ココに来てからどのくらい経ったのかしら?」

「私の主観では約三十日前後かと」

ケイロンが沙月の疑問に律儀に応え、何処から取り出したのか湯気の昇るコーヒーカップを沙月に渡す。

「ん、あんがと」

ケイロンから受け取ったコーヒーを一口飲み、落ち着きを取り戻したのか先程までの弱々しさは鳴りを潜め、段々とその眉が釣り上がって来た。

「…一ヶ月よ、一ヶ月。ココに来てから一ヶ月……私は望くんと会ってないの。軽いスキンシップも、ちょっとした嬉し恥ずかしハプニングも無ければしっぽりイベントも無いの。会ってないんだからそんなの当然でしょとか言われたらそこまでなんだけど私が不満を感じるのは当たり前の事象であって今私がココで愚痴っても望くんが来てくれる訳でもなくましてや作業が終わらないうちにこっちから会いに行こうものなら約束破りの女だって思われるだろうしナルカナに笑われるのだけは断固として許す訳には行かず望くーん!!!!!!」

「沙月、落ち着いて下さい。」

途中から息継ぎ無しでまくし立て、最後に沙月がシャウトしたタイミングを見計らい、間髪入れずにお茶請けのクッキーを出すケイロン。沙月がぜえぜえと息を荒げながら差し出されたクッキーを掴むとバリボリと咀嚼する。

「まあ、外側の構造を変えるだけで随分と中身も改善されてるみたいだし…結構早くに終わりそうね」

「ナルカナ殿のバグチェッカーも問題なく動いていますし、外側も後三割を切っています」

ケイロンの言葉を受け、沙月が軽く屈伸を始める。光輝を軽く振りながら、ケイロンの方へ向き直った。

「さってと!パーマネントウィルは……もう暫く掛かるか。ケイロン、『マルツの松脂』を!」

「御意!!」



キィン!!




〜〜〜〜〜




「ノゾムよ、かれこれ此処に厄介になって随分と経つが……」

「まぁ、自分でも馴染み過ぎだとは思ってるけどさ」

レーメの言葉に苦笑しながら床に布団を敷いていく。そんな望の返事にレーメは軽く首を振り、そうではないと訂正した。

「あの時から少し……ノゾムは根を詰めすぎなのだ。今日とてユウトが連絡してきただろう」

「…………まあ、な…」

少しバツが悪そうに頬を掻き、レーメから視線を外す。どれだけの時を経ても、やはり少しだけ残る子供っぽい一面に、レーメは優しい笑みを零した。

「本来の目的は休憩だったのだ。少しぐらい、こんな日があっても良かろう」

そう言って、優しく望の頭を撫でる。以前はそのサイズ差から、満足に行えなかった事だ。そんな行為に若干の新鮮さを感じながら、望は蛍光灯から下がった紐に手をかける。

「あぁ……とにかく、今日はオヤスミだ。先輩と合流したら、本格的にのんびりしようぜ」

「うむ!また明日だな、ノゾム!」

「レーメも、おやすみ」



パチパチっ



如何に望達の周りで厄介事が渦巻いているとはいえ、毎日が騒ぎに直結している訳ではない。

彼らの日々にも確かに『隙間』は存在するのだ。









[28603] 第弐章 ~影の浸食~
Name: 岌斗◆1092524c ID:d2aaa1c9
Date: 2011/08/15 22:03


暗い室内に、少女の悲鳴が響き渡る。同時に聞こえる、鋭い打撃音。それに併せて聞こえるのは、妙齢の女性の苛立った声だった。

「……全く………貴女は!この!私の!娘なのよ!!」

区切る毎に鋭い音が重なっていく。いつしか少女の悲鳴は聞こえなくなっていた。しかし、依然として打撃音は止む気配が無い。

「こんな!不様が!許される!訳が!ないでしょう!!…………あら…」

言葉を区切った所で漸く、女性はフェイトが失神している事に気が付いた。

「………………」



バヂィンッ!!!!



「ぎゃぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!!!!!」

気絶したフェイトに女性が先程まで使用していた鞭を巻き付け、魔力を流し込み覚醒を促す。容赦の無い電撃にフェイトは堪らず覚醒し、絶叫するが、電撃は断続的に続いていた。

ビクンッ!ビグッビクビクッッ!!

気絶と覚醒を際限なく繰り返し、それでも電撃は止まらず、やがて生体電流が狂い始めてフェイトが泡を吹きながら白目になる。心音が不整に脈打ち、ショック症状を引き起こすかといった頃に、やっと電撃は止まった。

ぐったりとしたフェイトの頬を叩き、その顎を掴んでフェイトの顔を正面に向かせる。

「フェイト?貴女はこのプレシア・テスタロッサの実の娘なの………失敗は、許されないのよ!」

「…………はい……母さ…ん………」

呂律の回らない口でやっとそれだけを搾り出すと、プレシアは満足したのかフェイトを拘束していた陣を消す。次の瞬間にはフェイトは糸の切れた人形の様にその場に倒れ伏した。




〜〜〜〜〜




「ごめん…ごめんよ……フェイト……フェイトぉ……………」

プレシアがフェイトを折檻していた部屋の外で、アルフが涙と鼻水で顔をぐちゃぐちゃにしながら必死に謝っていた。

去来するのはあの夜、自分を散々に痛めつけたあの少年。



―――話を、してくれないか?―――



何故、あの手を払いのけた。

決まっているだろう。情けはかけられたくなかったからだ。

何故、話をしなかった。

決まっているだろう。それは紛れも無い屈辱だからだ。



そのプライドは、主よりも大切だったのか。



「うわあぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!!!!」

耳を塞ぎ、未だに止まらない涙を流す瞳を閉じる。

「ごめん…ごめん…ごめん…ごめん……ごめん………ごめん…………」

もはや何に対する謝罪なのかも分からずに、ただその言葉を繰り返す。

滑稽なまでに、憐れな程に。




〜〜〜〜〜




「…………っ……はっ!?」

プレシア・テスタロッサが自室に戻った瞬間、その頭を抱え込む。

「私…は…何を………?」

思い出せない、自分が何をしていたのか。




「…そう言えば、今日はフェイトが帰って来る日だったわね」



ふと、サイドテーブルに視線を遣ると、ケーキボックスが鎮座していた。



「……そうか、疲れたから寝るって言ってたんだっけ」



フェイトが持ってきてくれたお土産を一緒に食べながら、色々な話をしたかったが……本人が疲れてるなら仕方ないと、それを諦める。

「……次はいつになるのかしら」

ふとそんな事を思いながら、ちゃんと娘と話せる機会を窺いながら、プレシアは箱の中に入っていたシュークリームを一口かじった。

「一緒に……食べたかったわね…」

そう呟くプレシアの胸元には、淡い燐光を放つ青白い紋様が刻まれていた。








[28603] 第21章 ~急展直禍~
Name: 岌斗◆1092524c ID:d2aaa1c9
Date: 2011/08/15 22:05



表現の仕様がない暗いトンネル。強いて表現するなら赤黒いベースにライトパープルをぶちまけさせた様な、そんな混沌とした壁が筒状に果てしなく続いていた。そのトンネルの内部を、悠然と銀色の『船』が進む。


『巡航L級8番艦アースラ』


ミッドチルダを統べる時空管理局が保有する戦艦の一隻であり、現在は哨戒任務を終えて帰還の為に進路を転換した所だった。

「艦長」

粛々としたアースラのブリッジ、その沈黙に若い女性の声が響く。

エイミィ・リミエッタ

若くして時空管理局執務官補佐の地位に就き、アースラではオペレーターを担当する将来を期待された少女である。

「これ……いや、でも…あれ?」

そんなエイミィが言葉を濁し、眉をしかめる。普段ではあまり見掛けない仕草に、艦長と呼ばれた人物が続きを促した。

「エイミィ、報告があるなら正確に。些細な事であろうと、無視出来ないのなら伝えなさい……私達の仕事はその積み重ねで成り立つのよ」

嗜めた艦長と呼ばれた女性、リンディ・ハラオウンはそう言うと視線を和らげ、改めてエイミィに報告を続けさせる。

「はい!……で、報告なんですけど。ココと…ココ。なんて言うか…………」

そう言って計器の一つを指差し、ログを呼び出す。データの内容を次元安定の規準値と照らし合わせ、報告は続いていく。

「…『安定しすぎ』じゃないですか?」

そろりとした、自信のなさ気な声色だが、その異常さを確かにこの少女は読み取っていた。計器に目を遣るリンディもそれを見逃さない。

「そうね……でも…」

「範囲も狭すぎなんですけど、偶然にしては…ちょっと」

あくまでもエイミィの私見でしかないので明言は避けているが、リンディから見てもその値は無視できる範疇を超えていた。そんなリンディの気配を察知したエイミィが、素早く必要な情報を洗い出す。

「エイミィ」

視線を計器に固定したまま、オペレーターに声をかける。

「『第97管理外世界、地球』です。管理外なので次元交流はありません。アースラのエネルギー残量は79パーセント、報告予定は二週間後になります」

己の有能な部下を内心で誇りに思いながら、リンディは声を張り上げた。

「いけるわね、アースラはこれより第97管理外世界、地球に向かいます。総員、第二種態勢を維持……アースラ、転進!」

「「「「了解!!」」」」




〜〜〜〜〜




「ぬぅぅ………」

レーメは非常に苛立っていた。理由は先日の温泉宿での一件、ナルカナが敵にジュエルシードを四個も渡したと言うのだ。

「でさ、この装置なんだけど」

「…カートリッジシステム……?」

「これは…場合によっては切り札に成り得ますね」

先程から部屋の中をうろつき、頻りに眉間を解しながらも、その柳眉からは険の取れる気配が無い。

「……むうぅぅ………」

「そうそう。今まで単なる予備弾倉だったヤツを押し込めてさ」

「反動も何も考えてないな…」

「でも元の望さんなら大丈夫ですよ。付加無しの基礎スキルだから余計に相性が良いですし」

「将来的には可能性アリか…………」



「貴様らぁっ!!少しは話を聞けぇぇぇいっ!!!」




〜〜〜〜〜




「記憶にございません」

ヨレヨレになったハリセンを構えたレーメに、ナルカナがしれっと言う。当然そんな抗弁が通用する訳も無く、結果としてナルカナの言葉はレーメのハリセンを更にヨレヨレにさせる理由にしかならなかった。

「……吾の持っていた分からは減っておらぬ。ナルカナはアレを何処から入手したのだ?」

「望の所に行く時に邪魔したから」

あっけらかんとナルカナが答え、その返事に溜息をつく。どうせ渡してしまった分は戻って来ないのだとレーメは見切りを着け、必要な情報を抜き出す為にナルカナへと向き直った。

「……とにかくだ。ナルカナよ、汝が持っていたあのパーマネントウィル……名前を覚えている限りで良い、教えてくれ」

「んじゃ見返りちょーだい……そうね、望の抱き枕とか!」



この瞬間、約五分前に制作されたハリセンが早くも寿命を迎える事となる。




〜〜〜〜〜




「あたた………取り敢えずは『黄道宮の供物』と『忘却神殿の巫女』……後は新種が『彷徨う絶対座標』だったわね。……残りの一つはまだ解析してないから分からないわ」

打たれた後頭部をさすりながら、ナルカナがレーメに報告する。直接的な破壊力に繋がらない内容だと知ったレーメはひとまず肩の力を抜いた。

「ナルカナ、後一個について何か分かる事は無いか?」

望がレーメの後を引き継ぎ、ナルカナに質問する。多少の油断が命取りに成り兼ねない現状を望は警戒していた。

「うーん……多分なんだけど、オンリーワン系のだと思う。ちょっと『黄色い感じの波動』だったし…危険な物じゃ無かったから解析サボったんだし、その辺りは大丈夫よ」

顎に手を宛がいながら、望の疑念を払拭するナルカナ。そんな三人の後ろでは、イルカナがユーノから受け取った研究レポート等を熱心に読み込んでいた。



「で、此処からが本題だ」



その一言に、場が凍りつく。

眉をしかめていたレーメの眉間からは皺が消えるが、その気迫は先刻と比にならない程の規模を誇っている。イルカナもレポートから視線を外して虚空を睨み、ナルカナは気怠い仕草でテーブルに肘をついた。それぞれが聞きの姿勢に移った事を確認した望は、緊張感もそのままに口火を切る。

「俺としては、先ずナルカナの見解を聞きたい。アレは………」

「映像で判断は出来ないわ。でも望の話と併せて考察するなら、ほぼ間違いなくミニオンでしょうね」

あくまで考察だと言っているが、望はそれが正解だと確信していた。

「でも、あのミニオンには間違いなく『意志』の光があった……」

望の独白に、レーメ達は神妙に頷く。

「うむ。それが真ならば、吾らは大きな『鍵』を見付けた事になる」

「アレの動向を探って、製作者の足取りを掴む所から…かしらねー」

今後の方針の大綱をまとめようと、ナルカナが話をまとめにかかる。しかし、それは望によって遮られた。

「ナルカナ、そこなんだけどな」

「?」

「どうも彼女は自身を人間だと思っている節がある」

「……何よそれ。厄介窮まりないじゃない…」

どんよりとした視線を望に向け、思わずといった風にごちる。望は苦笑しながらも、己にとって譲れない意志を伝えた。

「神剣のシステムでこのザマだしな。ミニオンとは言え人間に近い物だから、場合によっては……」

「人間のまま一生を過ごさせる……か。イルカナ、あんたの意見は?」

望の意思を汲み取り、後を引き継いだナルカナが、一応はと静観を決め込んでいる己の妹に視線を移す。

「望さんに一票を投じましょう。命に格差は付けませんよ」

「吾は言うまでもないな」

イルカナに次いで、レーメも意思を表明する。ここに、一応の方針は決定した。



「ミニオンとの対話、魂の解放……か」


ボソリと、望がそんな言葉を呟いた。

その瞬間、

「のっぞむくーん!あーそーぼー!!」

けたたましく扉を開き、テンション最高ななのはが突撃してくる。最近は身体の使い方が巧くなったのか、トレーニングをしても余力を残す様になってきた。

「で、その皺寄せがこっちに来る訳か…」

一種の諦観を伴い、なのはを受け止める。望は軽く頭を振って、なのはの相手をする為に座布団から立ち上がった。

「了解りょーかい。何して遊ぶ?」

「お医者さんごっこ!!」

……流石にちょっと幼すぎない?

「だから、そこはちょっと大人っぽく産婦人科ごっこなの!!」

スパァン!!

「アホかぁ!」

思わず言葉より先に手が出てしまったレーメだが、生憎とそれを咎める者はいない。

「……でももう分娩台も用意したし…」

「「「何処から!?」」」

「え……もちろんお『キィン!!』「「「「!!!」」」」

もはや馴染みつつある感覚に、全員が反応する。一旦この事を頭の片隅に追いやり、望は鋭く指示を飛ばした。

「なのはちゃんは今回、レイジングハートが破損してるからお休みだ」

「フェイトちゃんが来るなら私も…!」

先日の少女を思い、なのはが食い下がるも望はその願いを一蹴した。

「ダメだ。危険が伴うなら連れては行けない……この前の樹の時に痛感したからね」

思い起こされるのは『コバタの森の風』の折、なのはがピンチに陥った瞬間。イルカナの介入が無ければと思うと、やはり後悔が滲み出る。

「…イルカナはなのはちゃんの護衛を兼ねて待機。ナルカナとレーメは俺と来てくれ」




〜〜〜〜〜




フェイト・テスタロッサは戸惑っている。アルフはそれに気付いている物の、咎めようとはしなかった。

「フェイト、アタシが先に仕掛けるから早めにケリを着けちまおう」

「うん……」

アルフがわざと明るく振る舞うが、フェイトの表情は中々に晴れない。その原因と思われる少女を苦々しく思いながらも、目の前の標的に意識を向ける。

「……シィッ!!」

狼の状態にて牽制を開始。肉塊を植物で人型に固定させたような醜悪な外見をした暴走体に対して、その爪を突き立てた。




〜〜〜〜〜




フェイト・テスタロッサは戸惑っていた。己の内側から溢れ出る、不可解な『力』に対して。

「……?」

思い当たるとすれば、母親からの『しつけ』だろうか。意識を取り戻してから、何故か己の力が増幅された感覚がある。気絶した後に治療を施してくれたのかと、そんな考えが脳裏を過ぎった。

「…まだ……」

フェイトがその雑念を振り払い、戦いに集中しようとアルフに意識を向ける。再生力が尋常ではないらしく、有効打らしき跡は見受けられなかった。

「っ…しゃらァアアッ!!!」

肉塊が木の枝を振るった決定的な隙を見計らい、限界まで伸ばした爪を見舞う。それを好機と取ったフェイトがバルディッシュを構えた。

「よし…!!」

ぞぶり、と生々しい音をたてながら、アルフの爪が肉塊の腹らしき部分に深々と突き刺さった。



その瞬間、



「!!?」

肉塊だった部分が瞬時に木へと変貌し、アルフの爪を固定した!

「くっ!このォ…!!」

必死に離脱を試みるも、暴れるアルフに肉が絡み付き、それを木に変える事でジュエルシードは完全にアルフの動きを封じ込めた。

がぱァ……

何もないツルリとした顔面が縦に裂け、中からジュエルシードらしき塊が姿を除かせる。絶好の好機ではあるが、至近距離にアルフが捕まっている為にフェイトは迂闊に手を出せない。葛藤している間にも、露出したジュエルシードの光が輝きを増していく。

「…って、アレは…!?」



カッ!!



直後、閃光。




〜〜〜〜〜




「……………」

「…………そんな…」

「……莫迦な…ッ!!」

三者三様に、その光景を黙視する。視線の先には、件のフェイト・テスタロッサ。

左肩にアルフを抱え、バルディッシュを杖にしながら、ピクリとも動かない。身体から命のマナを感じ取れる事から、本能に則した急激な稼動に頭が追い付かず意識が朦朧としている様だ。目立った外傷は無いが、ソニックムーブの反動かバリアジャケットがボロボロになっていた。

しかし、問題はそこではない。

そんな所に問題は無い。

望達が凝視している対象であるフェイトの右腕、指先から肘の手前辺りまでに、



青白い紋様が浮き上がっているのだ。



「……ナルが…この時間樹に………!?」

呆然と呟いた言葉に反応出来るだけの者はいない。

「…レーメはサポートに徹してくれ。ナルカナはあの娘の解析を最優先に、最悪戦闘に参加しなくて良い……仕掛ける!」

なんとか思考を切り替えた望は動けないフェイトを護るべく、レーメとナルカナに指示を送りながら第二射を放とうとしているジュエルシードへと駆け出した。








[28603] 第22章 ~スキマを継ぐモノ~
Name: 岌斗◆1092524c ID:d2aaa1c9
Date: 2011/08/15 22:06



「……?………何…が……」



全身が悲鳴を上げている。


なのに、何故か痛みを感じない。


何かが身体を蝕んでいる。


なのに、何故か力が沸き上がる。


何が、起こった。ともすれば二度と起き上がれそうに無い全身の倦怠感を感じながら、途切れそうになる意識を必死で繋ぎ留めて、フェイトは現状把握に努めた。

「……そうだ………」

ジュエルシードの光を見た瞬間、己の直感が警告を発した。その本能に従い、アルフを敵から助け出したんだと。

そこに考えが至ったフェイトは、自分が動けない程に疲弊しているのが、限界を遥かに超越した機動による反動なのだと理解した。

だが、あくまでも敵からアルフを引き剥がしただけであり、相手は未だに健在なのだ。

「……っく!」

体勢を立て直そうと試みるが、身体が動かなければ意味が無い。その為体(テイタラク)に半ば呆然としながら、敵を見る。先程と同じ光がジュエルシードに収束し、



「レーメ!出し惜しみは無しだ!!」

「うむ!『大いなる和睦を呼ぶ笛』発動!」

「万象、貫く能わず!!“オーラフォトンバリア”!!!」



刹那、謎の光がフェイトとアルフを包み、球状の力場が形成される。

「え!?」

疑問を漸く口にした瞬間、ジュエルシードから光が放たれた。



カッ!ガギギギギギギギギギギギギギギギギギギギギッ!!!



……その光の氾濫を、フェイト・テスタロッサは生涯忘れないだろう。

押し寄せる光が、ぶつかり、分解されて淡い燐光となる。その輝く欠片は宛てなく漂ってしまいそうな儚さを持ちながらも、間断無く放たれ続ける光に押されて圧倒的な流れを形作った。

「………すごい……!」

それは間違いなく、少女にとって初めての光景。殺伐とした実家、清潔にされながらも何処か虚ろな自宅、霞がかった記憶の隅にある白い草原………

それら全てを呑み込む程の、己の眼前に広がる奔流。

この瞬間、フェイトは意味が無くとも涙が流れる事を知った。




〜〜〜〜〜




「………ノゾム……!!」

フェイトの周囲にオーラフォトンバリアを展開し、ジュエルシードの攻撃から少女を護る望とレーメ。相手からの攻撃を完全防御する事に成功して安心したのも束の間、内包されたパーマネントウィルを看破した三人からは余裕の色が失せていた。

「『滅亡の光』……これまた、とんでもない厄ネタが転がり込んだモンじゃないの」

うんざりだと言わんばかりにナルカナがぼやく。しかし、その雰囲気や言葉の端々に刻み込まれた緊張感を拭い切れてはいない。

「当然それだけじゃない…よな」

肉塊を睨み据えたまま、望は相手の分析に意識を割く。もしも自分の予想通りであるならば…

「やはりパーマネントウィルを制御する為の因子が組み込まれておる…な。よりにもよってこんな所で適合せずとも良かろうに……!!」

いち早く分析を終えたレーメが忌々しげに呟く。その言葉を受けた望とナルカナも、己の予想が的中した事に顔を歪めた。

『滅亡の光』

その名が指し示す通り、その光は等しき滅びを容赦なく齎(モタラ)す。それは放ったモノとて例外ではない。

そんな光を放ちながら自身は滅びず、あまつさえ指向性を持たせたのだ。それはつまり、パーマネントウィルを取り込んだ存在が『滅亡の光』を御する因子を持っている証に他ならなかった。

「あの娘のナル化もあるってのに、なんでこう次から次へ……」

半眼でオーラフォトンバリアに護られている少女を見遣る。

「……少なくともフェイト・テスタロッサのナル化は表面的な物らしい。あのジュエルシードは倒しさえすれば解決できる」

望が判断を下し、黎明を軽く振った。

「まずはアレからだ」

「……そう簡単には行かぬぞ。心せよ」

レーメが警告を送るが、だからと言って望がするべき事は変わらない。

「…今の俺じゃ少し厳しい闘いになる。ナルカナ、フェイト・テスタロッサに張り付いておいてくれ」

「りょーかい、用心しなさいよ?」

ナルカナからもレーメと似たような言葉を掛けられ、望はガクリと肩を落とした。




〜〜〜〜〜




「…………!…」

ジュエルシードからの砲撃が止む。フェイトは最後まで無事だった事に安堵しながら、僅かな名残惜しさを感じている自分に戦慄した。

「…………ん…フェイ…ト……?」

「っ、アルフ…!」

そんな折、左肩に抱き抱えたアルフが目を覚ます。先程の自分を振り払う為に、アルフに話し掛けた。

「アタシ…は……?」

フェイトの超加速に耐え切れず、朦朧とした意識のままでアルフは言葉を発する。

「私が無茶な助け方した所為で気絶したんだ……ごめんね」

「いや……お陰で生きてられるんだ。流石はアタシのマスターだよ」

弱々しくも、何処か誇らしげに微笑する。フェイトはその笑顔に、何故か救われた気がした。

「とにかく今は、アレを回収しないと…」

自分の本来の役目を思い出し、どうにか動く身体を引き擦りながら、ジュエルシードに向き直ろうとする。



「はい無茶しなーい。ココはナルカナ様と愉快な仲間達にまっかせなさーい」



…が、妙に間延びした気の抜ける声が掛けられ、気勢を一気に削がれた。

「アンタっ…!」

面識のあるアルフが声を荒げるも、思う様に身体が動かない。そんな我が身を煩わしく思いながらも、従わざるを得ない状況にどうにか言葉を引っ込めた。

「……貴女は…」

「問答無用!いいから離れるわよ!」

言うが早いかフェイトとアルフの襟首を掴み、跳躍する。

「こっ、こら離せ!」

アルフが抗議し、暴れようと身構える。その気配を察知したナルカナはキッと眦を吊り上げ、アルフを睨みつけた。

「…離す分には構わないけど、遺書は書いたの?」

その言葉を聞いたフェイトとアルフが疑問を抱くより早く、背後から巨大な光芒が立ち上った。




〜〜〜〜〜




「ノゾム、今の状態では上級以上のパーマネントウィルは使えぬぞ!」

レーメが背後から警告を促す。その警告を尻目に、望は黎明を抜き放ち、ジュエルシードへと斬り掛かった。

ザギュッ!

「!!」

この感触、樹と肉を交互に絡ませて勢いを殺いでいるのか!?予想外な手応えに驚くも、咄嗟の判断で黎明を手放す。グズグズと肉が絡み付く前に黎明の顕現を解除し、手元に再度形作るとレーメに指示を飛ばした。

「レーメ、オーラフォトンバリアを全域に展開だ!レーメはその維持に専念しろ!」

「心得たが……一人でやれるか?」

懐疑的な視線を送るが、生憎と望は反応しない。その様子に何かしらの算段を察知したレーメが、改めて望に問い質した。

「いや、考え過ぎたか。ノゾム!譲渡するパーマネントウィルは!?」

「そうだな………『繰り返す戒』、『星宮の麦』、『内なる光輪』、後は『クゥルトクゥル界の稲穂』を!」

「心得た!これより『繰り返す戒』、『星宮の麦』、『内なる光輪』、『クゥルトクゥル界の稲穂』、以上のパーマネントウィルの発動権限を一時的に譲渡する!!」

レーメがそう宣言した瞬間、レーメの胸元から四つの光が望へと飛んで行った。その光は望の周囲を軽く漂うと、一斉に望の胸元へと入り込む。その様子を望が確認すると、黎明の柄を軽く握り直した。

「よし……行くぞ!!」

ガッ!!

足元を大きく凹ませ、大上段から黎明を振り下ろす。結果は先程と同じく、途中で肉と樹の波状の衝撃吸収と黎明の取り込みだった。

だが、先程とは決定的な違いがある。

「ブチ貫け…!」

それは、



「“オーバードライブ”!!」



今の望には、切れる札があるという事だ。
望の掛け声と共に、ジュエルシードに食い込む黎明が発光。その光を起爆剤に、振り下ろした時とは比にならない程の激烈な突きが軟らかそうな肉の腹へと見舞われた。

ボゴン!!

樹と肉で組成された腹部が大きくたわみ、オーバードライブの衝撃を逃がそうと全体が不気味にのたうち回る。

「ここかぁッ!!」

のたうち回る巨体、その体軸を見極めた望が蹴りを放つ。衝撃を逃がす事に専念しているジュエルシードは為すが侭にその体躯を宙に舞わせた。
刹那、肉のたわみが鎮静化する。衝撃を逃がし切ったのだと望が判断する前に、肉塊の表面がゴツゴツとした樹に被われた。

しかし、

「“ライトバースト”ォォォ!!」

望の叫びと共に、迸る閃光がジュエルシードを取り囲む!

そして、



ガキュキュキュキュキュキュキュキュンッ!!!




〜〜〜〜〜




「何なんだい……アレは…!?」

茫然自失としたアルフが、溜まり兼ねた様に小さく漏らす。フェイトに至っては瞬きすら儘ならず、繰り広げられる闘争に魅入っていた。

「アンタ達がムキになって首を突っ込もうとしてた厄ネタ。そんだけよ」

先程の望とジュエルシードの攻防、それは五秒に満たない間に行われていたのだ。フェイト達にとっては未知に等しい密度の戦闘。それをこのナルカナとか言う女性はさも当然の事とばかりに受け止めていた。

「…貴女達は…何者なの……?」

並の魔導師で無くとも、到底至れない程の高み。そんな存在を疑問に思うのは当然だと思えた。しかし、ナルカナはその疑問を一瞥する事も無く流す。そしてこちらの主張を通すべく、一方的な告知をした。

「……悪いけど、アレは私達が回収させて貰うわ。アンタ達は退きなさい」

「なッ!?ふざけんじゃないよ!!」

案の定と言うべきか、アルフは激昂する。しかし此処で、アルフにフェイトからの待ったが掛かった。

「アルフ、悔しいけど今回は旗色が悪い。この人達に任せよう」

「フェイト!」

非難めいたアルフの視線から眼を逸らし、フェイトは軽くナルカナを睨む。

「それに」

「……」

次の言葉を察するも、ナルカナはそれを口にはしなかった。

「ジュエルシードを諦めた訳じゃない。此処は任せて、改めて奪えば良いんだ」

予想はしていたが、やはり気分の良い物では無い。ナルカナはフンと軽く鼻を鳴らし、ジロリとフェイト達を睨み返すと不機嫌さを隠しもせずに棘のある言葉を放った。

「堂々とした山賊宣言ごくろーさま。でも、当然仕掛けるからには『返り討ち』の可能性も理解してるのよね?」

脅しも兼ねて殺気を軽く込めたその言葉に、フェイトが一歩、後退る。しかし次の瞬間にはそれ以上に大きく一歩を踏み出し、ナルカナに吠えた。

「…だとしても、私は母さんの役に立ちたいんだ!!大魔導士プレシア・テスタロッサの娘は……こんな所で立ち止まれないっ!!」

その、言葉に籠められた、

「へぇ…」

真意と真理をナルカナが理解しない訳が無い。

「ま、いいわ…今の所は見逃してあげる」

瞬時に鋭くなった眼光を和らげ、相手から得た情報を漏らさずに平静を装う。
ささやかな対抗心からの手落ち。それすらも手札に仕舞い込むその手管は、流石の手練と言うべきか。

「……アルフ」

「…わかったよ」

次の瞬間に二人は飛び上がり、飛行魔術を展開してその身を隠した。

「………さてと、後は望なんだけど…」



ボ ォ ン ! !



聞き慣れた、しかし聞き慣れない奇妙な破裂音がナルカナの耳に飛び込んで来た。









[28603] 第23章 ~黎明の黄昏~
Name: 岌斗◆1092524c ID:d2aaa1c9
Date: 2011/08/15 22:13


「…やった……のか?」

ライトバーストの光に眼を閉じていたレーメが、恐る恐ると相手を確認する。未だに採光機能が麻痺した視界ではそれもままならないが。
徐々に取り戻し始めた視力で、先ず捉えたのは黒い塊だった。

「これは……」

丸く、円く、黒い。黒焦げになりながらも認識できるそのゴツゴツとした表面は、間違いなく樹のそれだろう。
この有様を見る限り、動き出しそうにはなかった。それを看取ったレーメが視線を巡らせる。そして、レーメの視界に見慣れた青い衣服を捉えた時、我知らずと声を掛けていた。

「ノゾム!」

咄嗟にこの塊を作り出したであろう己が主の名前を叫び、駆け寄ろうとする。しかし名前を呼ばれた望は、レーメに見向きもしない。

「ノゾム、どうした「近寄るな!!」

刹那、



ボ ォ ン ! !



望の一喝にレーメが身を縮ませるより疾く、黒い塊から光を反射させる程に瑞々しい肉の塊が溢れ出した。

「な!?」

驚愕に眼を見開くレーメの眼前に、肉の暴流が押し寄せる。

「ッち!」

が、警戒を解かなかった望がそれに反応してレーメを小脇に抱え、その場から離脱した。

「馬鹿が、お前も最近弛んだんじゃないのか!?」

望が珍しく罵倒の言葉を口にする。返す言葉も無いレーメは、そのままうなだれるしかなかった。
だが、此処である疑問が鎌首をもたげる。何故あの肉塊がまだ動く事を望が悟っていたのか、レーメは気になった。

「ノゾムは……何故まだ終わっていないと解ったのだ?」

「肉の灼ける匂いが全くしなかった。それだけだ」

その問への答は、至極簡潔な物だった。そんな初歩的な事も気付けなかった自分を、改めて恥じる。
ある程度の距離を取った所でレーメを降ろし、望はジュエルシードに向き直る。

「……?」

何かが、おかしい。
樹の部分を根こそぎ焼き尽くされ、余計に生々しい蠢動を見せる肉塊。望にはその動きが、先程とは違う物に映っていた。

「……レーメ、“オーラフォトンバリア”の出力を限界まで引き上げろ。最悪パーマネントウィルが破損しても構わない」

首筋に感じた悪寒の銘ずる儘に、望がレーメに指示を飛ばす。

「んなっ…!?」

言われたレーメが咄嗟に声を荒げようとしたが、望の余りにも真剣な表情に口を噤む。指示に従おうとマナを練り上げようとした瞬間、横合いから二人に話し掛ける声が上がった。

「…それよかさぁ」

視線を移すまでもなく、その声の主はナルカナ。此処に来たという事は、恐らくフェイト・テスタロッサの説得に成功したのだろう。そうアタリを付けた望は、黙ってナルカナの言葉を促す。

「私が此処で防御に専念して、望達が二人がかりで行った方が良いわよね。先刻までは無理だったけど私が手隙になったからその作戦でも大丈夫よ?」

先程とは状況が違い、今此処に護衛すべき対象は無い。

躊躇う理由は何処にも無かった。

「レーメ、パーマネントウィルを返還するぞ!」

「うむ!」

先程とは逆の軌道を描き、望の胸元から現れたパーマネントウィルがレーメへと吸い込まれていく。その作業を行っている間に、ナルカナは“イミニティー”の展開を終えていた。

「ナルカナ!嫌な予感がする……絶対に気を抜くなよ!?」

「誰にモノ言ってんのよ!」

望の言い樣にナルカナが不敵に笑う。この分なら心配は要らないだろうと踵を返…

「「…んっ……!」…!?」

した瞬間、全くの不意打ちでナルカナに唇を奪われる。ほんの一瞬の出来事だったソレは、しかし望が動揺するには十分すぎた。
そして、ナルカナは望の耳元で囁く。



「貴方の……伴侶なんだから…」



これ以上なく赤面した望が慌ててジュエルシードに向き直る。レーメからのじっとりとした視線にも気付かない辺り、余程に切羽詰まっているようだ。そんな望の様子をひとしきり堪能したナルカナが、改めて望達に大声で告げた。

「さ!チャチャっと終わらせなさい!」




〜〜〜〜〜




ボチュッ!!!



ジュエルシードを中核とした、醜悪な肉の塊。
その塊から白い弾丸が発射される。
いや、弾丸ではない。その白い物体は良く見れば骨の形をしていた。

「ふっ!」

迫る骨の弾丸を、紙一重で躱す。続けざまに二連射、こちらは黎明で軌道を逸らした。

ガン!!

軌道を逸らす一瞬の隙を狙い、肉の裂け目から鮮血を撒き散らして大きく湾曲した骨を突き立てる。
その形態から推察するに恐らくは肋骨か。

ガゴッ、ボギン!!

しかし、その狙われた一撃すら望には届かない。もう片方の手に握られた黎明を振るい、肋骨の一撃を妨害。
その間に構え直した黎明を肋骨に宛てがい、恰(アタカ)もハサミで物体を無理矢理に捩り切るかの様に肋骨を折り砕いた。



ジュエルシードの戦い方が、着実に変化している。



それまでの無闇矢鱈な威力行使から、追い込みをかけて仕留めに掛かる。そんなジュエルシードの『成長』を、望は感じ取っていた。
ふと、骨を叩き折った瞬間に肉塊の動きが止まる。

「……?」

様々な疑問を思考の隅に追いやり、戦う事に専念していた望も思わず疑問に顔を強張らせる。それまでの動きが実戦に重きを置いた成長を見せていた分、その疑念にも一層の深みがある。



うじュる……グずっ……



動く。
これまでの攻撃に備えた予備動作やフェイント、それらを欠片も感じさせない無秩序なる蠕動。震え、膨らみ、捻れ、伸びる。
その形状は華を思わせ、花弁にあたる部分は薄い皮膜で形作る。

そして、



ガパぁ………



その花弁から一斉に、口のような物が現れた。

「「!!!!」」

望とレーメがその思惑に気付く瞬間、



光の華が、咲き乱れる。




〜〜〜〜〜




言うなれば、それは花火に酷似していた。

咲き乱れる肉の華を中心に、四方八方に撒き散らされる光の暴虐。
しかしその光が周囲を破壊する事は無い。紅に輝く結界が、その全てを阻むのだ。
破滅を匂わせる白が紅に触れた瞬間、眼にも鮮やかな火を散らせ、それが地へと降り注ぐ。正しく花火と呼ぶに相応しい光景が、展開されていた。



ギィュアアアァァァァァ!!!!



「………ッ!!」

その悲鳴に、ナルカナが眉を顰める。いくら“イミニティー”で無差別砲撃を無効化しているとは言え、音を防ぐ機能は無い。そしてジュエルシードの発する悲鳴は、看過できない程に耳障りな響きを纏っていた。

「……?」

ふと、ナルカナの脳裏を疑問が過(ヨ)ぎる。

何故、今になって雄叫びを上げる?
これだけの悍(オゾ)ましさと不快感を煽る音だ。決定打にはなりえないが、それこそ相手の気を散らせる等のサポートとしては十二分に威力を発揮するだろう。
何が起こるか分からないとはいえ、余りに闘いの定義から外れている。

或いは、それすら策の内なのか。

「……望…っ!」

言い知れぬ焦燥に駆られ、思わず敵と相対している己の主の名を呟く。

ただ、想いだけを籠めて。




〜〜〜〜〜




「………!!!」

突如、望がくしゃりと顔を歪める。悲痛さすら篭ったその表情に、レーメが怪訝な面持ちをした。

「どうしたのだ?」

そう尋ねるも返答は無い。レーメが疑念を抱くその表情には次第に憤怒が交わり、狂暴さすら伺わせる険しさを覗かせる。
その顔を見てしまったレーメが思わず身体をビクリと強張らせ、続けざまに発しようとしていた言葉を飲み込んだ。

「……後で話す。レーメ…『星宮の麦』と『クゥルトクゥル界の稲穂』……後は『天翼剣レオンダート』を」

ボソボソとした僅かな声でそれだけを告げると、レーメからのアクションを待つだけの体勢に入った。
レーメが慌ててパーマネントウィルの譲渡を行うと、望が静かにグローブを嵌め直す。その所作一つひとつに凄まじい怒りを感じ取るレーメは、気が気では無かった。
やがて、望が黎明の柄を力強く握り締める。

「レーメ」

「…なんだ?」

不意に、柔らかい声が掛けられた。望の優しさを一点に集めた様な、そんな声。
全身の緊張を一気に解されたような感覚に襲われたレーメは、返事をするだけがやっとだった。

「…少し、離れててくれ」


その、言葉に。


「これから」


その、声音に。


「ちょっと」


その、佇まいに。


「馬鹿な事、するからさ」


レーメは、全てを悟る。


「ナルカナも聞こえてるだろ?」


剣を交えたからこそ理解できる、


「ちょっとだけ…」


敵の、正体。


「……耳、塞いでてくれ」


これから斬るべき、その相手。


「……行くぞ…!!」


レーメが見上げた空に、暗雲が立ち込めて来ていた。




〜〜〜〜〜




ガッゴォ!!!

踏み込みと呼ぶには、余りにも荒々しすぎるその一歩。アスファルトを砕き、その下地になっているコンクリートすら凹ませ、ジュエルシードとの距離を零にする。

「ッらぁぁ!!!」

ジュエルシードの発する、隙間を極限まで削られ死角が無きに等しい、全方位への光線照射。
望はその砲撃の嵐に対して“オーバードライブ”の攻撃マナを刀身全体に集中、そのフォースを鏡の様に利用し、その身に迫る砲撃を強引に反射、相手の懐に潜り込むという荒業をやってのけた。


チュガガガガガガガガガガガガガガッ!!!!


やがて反射された光線はビリヤード現象を引き起こし、ただでさえ死角無しに見えた光の放射が、更に無軌道な動きを見せる。
外へと向かう光の筋は、ナルカナの“イミニティー”が残らず火花に昇華させる。
地面に向かう光は、赤く焼けた跡を遺し、光に応じた大きさをした穴を刻み込む。

そして、



ヂュガッ!!


ビギャァァアァアアァァァァァァァァァァァァァァァ!!!!!!



そしてまた、ある光は発したその身を焼き焦がし、その肉の一部を削ぎ落とす。
ジュエルシードが一際大きな悲鳴を上げ、更に光線を撒き散らせる。
しかし、それは己が身を更に灼く行為に他ならない。体組織の二割程度を焼き払い、ジュエルシードはやっと光を収めた。肉の華を仕舞い込み、今一度塊に収斂させる。

「疾ッ!!!」

その決定的な隙、見逃す愚は犯さない。
華の茎に相当する部分を、二刀で切り上げ支えを奪う。自由落下までの僅かな滞空時間、渾身の蹴りをかまして更に空中へと飛ばす。

「乾坤一擲…!」

黎明を握る右手を左の腰溜めに、抜刀術の様な構えを取る。左手は右の肩口に親指を触れさせ、黎明の峰を背中に預けさせた。左足を軽く引き、膝を軽く曲げて突撃の体勢を整える。転瞬、



「“ブレードラッシュ”!!!」



限界まで引き絞った筋肉を、爆発させる。
たった二振りの剣によって起こされるそれは、嵐と呼ぶに相応しかった。外周の肉を三ヶ所同時に切り落とし、返す刀で膨らみかけの部分を斬り飛ばす。
敢えて剣筋を変え、斬り辛い状況を作る事で相手に黎明が刺さったままにさせ、それを振り上げる時に肉塊を丸ごと持ち上げる。次の瞬間には刺さっていた部分の肉を丸ごと斬り飛ばし、その動きを全方位から仕掛ける。傍目には、謎の塊が血を吹き続けている様にしか見えない。
やがて三メートルはあった肉塊が一メートル前後までサイズダウンする。膨らもうとした分の肉も含め、周囲は血肉の海としか表現できない様相を呈していた。

「……」

返り血でその身を余す事なく染め上げた望が無言で近付く。しかし、所々から骨を覗かせ、静かに転がるジュエルシードに動きは無いし、その兆候すら見せない。再生できない程に消耗したのか、それとも何が起こったのかを未だに理解していないのか。

「…汝、その存在を縛れ!」

望が腕を振り、“グラスプ”を展開する。この世界に到着した直後に見せた物とは違う、正真正銘の出力でだ。

ギヂィィ……!!!

肉の表面が完全に隠れる。光の帯が肉塊を締め上げ、その光条の隙間から血がボタボタと零れ落ちる。

宙に漂い流れながら、血を滴らせる光球。


この上なく不気味であり、同時に神秘的でもあるその光景に、だがしかし感慨を覚える観客は居ない。

「………ごめんな」

たった一言、望の懺悔が響く。今にも泣き出しそうな儚い表情を湛え、光球に眼を向けた。慈しみを以て黎明を構え、ジュエルシードに向き合う。



「……稲穂を撫でるは、夜半(ヨワ)の風」


言葉を発した瞬間、望の眼は戦士のそれと化していた。



「帝に捧げし、星の麦」



そこに一切の容赦は無く、



「我、導くは」



そこに一片の曇りも亡い。



「其の御霊」



ギイイィィィン……!!

右手に構えた黎明が輝きを放つ。その鍔に当たる白い宝玉が橙の輝石へとすげ替わり、更に刀身が強く輝いた。



「汝の息吹に祝詞を給い」



輝きが最高潮に達し、望の右腕に巻き付けられたベルトが一本弾け飛ぶ。



「息災願いて」



腰を落とし、黎明の切っ先を下げる。溜めに溜めた力の渦が、望を取り囲む。

そして、



「夜を穿つ!!!!」



その叫びと同時、望が黎明を光球に突き立てる。否、突き立てるなどという表現では足りない程に、その一撃は激烈過ぎた。



ブクゥッ!ボゴベゴッ!!!



ボパァァァァン!!!!



肉塊を縛り上げていた光条は、余りの余波にその戒めを緩め、標的とされた肉塊は血を滴らせる余裕もなくその身の大部分を吹き飛ばした。

ビキッ!!

突如、望の手元から罅割れる音が鳴る。見れば、橙の輝石………パーマネントウィル『星宮の麦』が、その輝きを失って砕け落ちていた。

「…後は……」

ゆっくりと歩を進め、ジュエルシードへと近付く。
緩み、球状の檻を彷彿とさせる“グラスプ”をくぐり抜け、その眼前へと立つ。



蒼い輝きを放ち、横で一緒に漂う胎児と臍の緒によって繋がれた『滅亡の光』へと。



「謝りはする………赦して貰うつもりは無い」

望はそう言って、胎児とジュエルシードを繋ぐ臍の緒を斬る。胎児を胸に抱き、指を軽く弾く。パチンという微かな音を合図に、漂っていた光条が望を避けてジュエルシードに殺到。
その封印を恙(ツツガ)無く終わらせた。

「…仕上げを、ご覧じろ。ってか……」

軽く自嘲めいた呟きを漏らし、その腕に抱いた赤ん坊を、両手で空高く掲げる。



「…翼を託せし、天の剣」



その言葉に応じ、望の周囲に蒼い光が踊り始める。



「憎み給え」



それは、誰への挑発か。



「赦し給え」



それは、誰への謝罪か。



「諦め給え」



それは、何への宣告か。



「裁きは此処に、救いは天に」



その言葉を皮切りに、蒼い光が望を伝って赤ん坊を包み込む。眠る赤子を布で包む様にも、また死した赤子を火葬する様にも見えるその光景は、正しく『浄化』という言葉を体現していた。



「“オーラフォトンレイジ”」



その言葉を告げると共に、蒼い光が散滅する。望の降ろした両手に乗っていたのは、黒ずみ、腐食し、罅割れた、辛うじて骨であると認識出来る物体だけであった。

「……ノゾム………」

いつの間にか、レーメが背後に立っている。望は気にした風も無く、誰にともなく独白した。

「…………重いなぁ…」

「………っ」

息を、飲む事しかできない。

「こんなに小さいのに……持ち切れないよなぁ…」

ただ、無言。しかしそれでも、レーメは己に為せる事を準備する。

「……女々しいって笑われても、これだけは変えらんねぇ……な………」

笑っている、筈なのに。
堪えている、筈なのに。
レーメにはその表情が見ていられなかった。



「…神の山にて音色識る」



レーメが、その言葉を紡ぐ。レーメの掌から溢れるその輝きが、黒ずんだ骨に降り注ぐ。



「汝に天への導きを………“セレスティアリー”」



パッとした光が望の手から弾け、骨が融ける様に消え失せた。少し眼を見開く望に、ゆっくりと歩いて来たナルカナが声を掛けた。

「…この魂に、憐れみを。か………なーんか…シリアス入っちゃってるわねぇ…」

気怠そうに告げた瞳は、間違い無く揺れている。それを知っているからこそ、望もレーメも、一言も言葉を発しなかった。



――――キィ……ン――



「「「…!?」」」

突然、目の前の空間が揺らぐ。ビキビキと空間を侵食し、空気が結晶化していく。
知っている、この現象は――!



―――パキィン――!



……パーマネントウィルの、顕現。そこに産まれた新たなる神秘を、望は思わず手に取っていた。

「……ッ…!!!!」

流れ込む、情報。

望まれなかった命。

棄てられた未来。

愛を識る、樹木。

生の喜び、死の概念。

そこに転がり込んだ、神秘。



そして、



「……ぁ…」



最後に告げられる。


「………あ…ぁ……」



産まれたての神秘の、


「……ぅあ…あぁぁ………」



その名前。



『快楽主義者の功罪』



「うああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ----------------------------------------------------------------------------------------------------------------------------!!!!!!」




慟哭。

ただ、嘆き。
レーメとナルカナは、その背中を見つめる事しかできない。
そのイメージはナルカナ達にも伝わって来ていた。しかし、矢面に立っていたのは何時だって望だ。
その想いを、その慟哭を、理解しようとは思わない。望にとっての最大の救いは、何時だって変わらぬ自分達の懐だから。

だから、

「……ま、死が何か知らないだけ……幸せだったんじゃない?」

だから、

「愚か者……幸せな死など、存在する訳が無かろう…」

だから、どうかこの涙だけは望に知られませんように。

何時しか結界は失われ、大粒の雨が望達を叩く。

たが、今はこれで良いのだろう。



いま、この瞬間だけは…………。









[28603] オリジナル設定その一
Name: 岌斗◆1092524c ID:d2aaa1c9
Date: 2011/09/02 22:09
「はい、注もーく!これからこのSSの至る所に織り込まれたオリジナル設定とかの説明タイムにしまーす!説明はこの私、チュートリアルの女神こと斑鳩 沙月と」

「ステージ説明係である黎明の神獣、聖レーメでお送りするぞ!…………なぁ…サツキよ、自分で虚しいとは思わんのか…?」

「うるさいわよレーメちゃん!ここら辺りでちゃんと顔を売っとかないと本編出た時に『……こんなんいたっけ?』みたいな反応されるのがオチに決まってるわ!!」

「……その辺のポジションは既にイタチが持って行ったぞ?」

「きぃー!私の立場を徹底的に潰したがってるのかしら!?でも負けないわよ!今に吠え面かかせてやるんだからー!!」

「とにかく設定についての説明だ。この空間においては本編とは何も関わりが無いのでな、メタな発言は全力でスルーすることを推奨するぞ。…サツキ!そろそろ戻って来るのだ!」

「そもそも何であの時別行動とか…!…はっ!…あらー、ごめんなさいレーメちゃん。それじゃ気を取り直して……」

「「最後までよろしくお願いします(なのだ)!」」



世界観

「これは言わずもがなよね。序章で粗方の説明は終わってるし」

「うむ、なのでここではなぜこの時間樹が危機的状況にあるのかを説明するぞ」

「『時間樹』って名前でも分かる通り、時間樹は全体として樹の形をしてるのね。
そして『分枝世界』と呼ばれる細かい枝葉の一つひとつに至るまで、全てに世界が存在してるわ」

「そして、樹である以上はその身を成長させねばならん」

「ところが!この時間樹の中に存在している、とある分枝世界が『他の世界』が存在する事を認識してしまったのよ」

「人間とは元来、欲の深き存在だ。『他の世界』を調べる内にまた『他の世界』を知ってしまい…といった所だな」

「オマケにこの世界は自分が知った世界を手元に置きたがってね、『自分の世界』と『知った世界』をパイプで繋いじゃったのよ」

「それが『マナホール』と言う訳だな」

「その通り!…で、そのマナホールなんだけど…」

「うむ。枝葉同士を固定するから、成長そのものを阻害されておる。
加えて次の分枝世界を造る養分となる『滅ぶべき世界』までもがパイプに固定されマナの供給を受けており、滅ぶに滅べず生殺し状態にされておるのだ」

「エト・カ・リファみたいに規模の大きな時間樹ならそれほど問題は無かったんだけどねー……この時間樹、まだ苗木の段階だった物だから…」

「相対的に見て、かなりの問題となってしまったのだ…」

「更にそこから神剣使いを消化するプログラムが入ってたもんだから私の仕事が増えた増えた……」

「そこなのだ」

「あら、どうしたのレーメちゃん?」

「神剣使いを消化すると言っておきながら、吾らは消化されている実感などカケラも無いぞ?」

「そりゃ問題ないわよ。あのね、レーメちゃん、私達は永遠神剣第一位の一部なのよ?海の水を紙コップで掬い続けて干からびさせるようなモノなの」

「下位の神剣使いなら致命的だが…といった所か」

「イグザクトリー!この時間樹には元々から管制の神剣以外は、七位以下の神剣しか無かったみたいだから割とあっさり吸収されたみたい」

「結果、吸収された神剣使い達は…」

「ええ、僅かな欠片としてあらゆる命に恩恵を与えた……」

「それだけで済めば、話は楽だったんだがのう………」



マナバースト

「この時間樹から神剣使いが消えたが故に、本来起こり得ない事象が発生したのだ」

「それがマナバーストって訳よ」

「分かりやすく言ってしまえば、風船の膨らまし過ぎによる爆発だな」

「…身も蓋も無い言い方だけどね。まあ、大体それで合ってるから良しとしましょうか。
私達神剣使いは世界に浮遊している所謂『浮遊マナ』の濃度を一定に保つ必要があるのよ」

「これが濃すぎると、生命のバランスが狂ったり、突然変異などが起こり得るからな。
吾らは分枝世界をなるべくに維持していく事も必要なのだ」

「マナが枯れた世界に関してはその限りじゃないけどね。少し話が反れたわ。本題を続けましょうか」

「うむ。で、今回のマナバーストの原因は、神剣使いが消えたが故に、マナの濃度を調整する役目がおらん様になってしまったのだ」

「マナの調整役が消えて、とある分枝世界が力を持ちはじめ、マナの濃度の概念を知らない人々は『マナは無限の恩恵を与えてくれる』と思い込んで別の世界からマナをかき集めてる…」

「濃度が上がり放題、という訳だ」

「で、そこから更にパイプで世界を連結なんかしてるもんだから……」

「連鎖爆破、と言った所かのう」

「………」

「………」

「「………はぁ……」」



パーマネントウィル

「結局本編ではノゾム達が自己解決していたから、読者には伝わりにくかったのではないか?」

「だから今ココに回されて来たんじゃなーい!喋るチャンスは私にとっては死活問題なのよ!」

「分かった、分かったのだ!顔が近いぞサツキ!」

「オホン……で、このパーマネントウィルが何故に人を襲うのかなんだけど…」

「イマイチ吾は理解しとらんのだ……」

「説明したら簡単な話でね、パーマネントウィルって神獣に食べさせる事で力を発揮するでしょ?」

「ふむふむ」

「だけど力を発動させるのは神剣使いなのよ」

「そこは理解できるぞ」

「言うなれば『神獣としての神秘』を携えた存在がパーマネントウィルを吸収したけど、力が大きすぎて暴走したのよ」

「なるほど!器が小さいのに大きすぎる中身が無理矢理に入ろうとした結果だな?」

「そんなトコロよ。パーマネントウィル単品で襲って来たのは、大方パーマネントウィルの中に神秘が潜り込んだからでしょうね」

「うむぅ……イレギュラーだらけだな、この時間樹は…」

「その修正の為に今、私達が奔走してるのよ」

「ノゾムは手伝わなくて良いのか?」

「望くんは戦闘要員だから問題無いわよ」

「役割分担、という訳か」



技の威力

「レーメちゃん?」

「どうした?」

「そういえば初めての戦闘の時に『限定解放』とか言ってなかった?」

「うむ、力加減を行ったのだ」

「そんな事できるの?」

「ノゾムの奴が考え無しに全開で技を打ち込むのでな、必然的に吾が力配分をする事にしたのだ」

「あー…、確かに望くんだとどれも力加減難しそうな技ばっかりだもんねー」

「だから、吾が取り出す力を調整しておる。あの時のグラスプは四パーセントだったか?フォースダメージ500の四パーセントだから……フォースダメージ20の技になったのだな」

「聖なるかな知らないと何がなんだか分からない説明ね……」

「もとより承知だ。さて、今回の説明はこんな物か?」

「ええ、そうね。また分からない所があれば感想掲示板に連絡してちょうだい。作者がなるべく答えるらしいから」

「では、これからも『聖なるかな〜A lyrical magical eternal〜』を、よろしく頼むぞ」

「絶対に近い内に出てやるんだからー!」





あとがき

なろうの方では早くに投稿していた物です。正直これはアルカディアのノリではないのですが、説明補完の為に試験的に投稿しました。
今でも迷いはあるので、反応次第では消去しますことを、あらかじめご了承ください。



[28603] オリジナル設定その二
Name: 岌斗◆1092524c ID:d2aaa1c9
Date: 2011/09/02 22:10


「アップルジャーック!!!!」

「ぬがっ!?ば、莫迦者ぉ!いきなり耳元でがなり立てるな!!」

「なーに呑気に寝言なんか言ってるのよ!どれだけ久々の登場か分かってるの!?」

「…第壱章に出ておるではないか」

「望くんとの絡みが無い出演に意味は無いわ!!」

「断言するでない!そもそもが此処は作者の描写不足を補う貧乏クジなのだぞ!?」

「そんなのスタメン落ちに比べたらナンボのもんじゃないの!!とにかくアピールしないとこの前みたいに忘れられるんだから、使える物は使い潰すわよー!」

「……このバイタリティだけは見習うべきだな…」

「さてっ!気を取り直して行くわ!」

「今回は事柄こそ少ないが、この作品を読む上ではかなり重要な説明だ。心して聞くが良い!」

「ついでに描写不足な点のフォローもいくつかするけど、そっちは話半分に聞くだけで構わないわ」

「こら、話半分では理解出来ぬ点も多々あろう。しっかり説明せよ」

「無茶な事言わないでよー。今回このコーナーぶち上げる為に書き溜めた設定資料出したら、ノート三冊丸々になったのよ?」

「なにぃ!?」

「しかもA'sとStSの資料までごっちゃにしてるモンだから、ダブり設定と時系列の整理だけで三日作業。その所為でレポート忘れて教授に謝りに行ったんだっけ?」

「止めてやれ!作者のライフはもうゼロだぁ!!」

「しかも設定からそれたネタバレ文章構成を、寝ボケてそのまま投稿して半泣きになってるし」

「……マサキか!アンズなのだな!?」

「何の話かしらー?さて、改めて説明タイムに入るわよ!次回、『城之内死す』デュエルスタンバイ!!」

「うぁぁー!サツキが壊れたぁー!!」




パーマネントウィル 概念篇


「さて、第23章でかなり大それた事をやらかしておるからな。まずは此処から始めねばなるまい」

「そうね。じゃあまずは大前提から説明するんだけど、この作品に於いてパーマネントウィルは『技の発動体』としての他に『神秘』を指し示す物として取り扱っているわ」

「もう少し正確に言えば『神秘の名称』だがな」

「うーん……その辺りを詳しく定義しちゃうと今後の説明がガッタガタになっちゃうから、とりあえずは漠然としたイメージだけ抱いておいて頂戴」

「そしてこのパーマネントウィルだが……吾らが技の発動をする為に解放をするのとは別に、もう一つ『概念そのもの』として解放する事が出来る」

「例えば『梢で眠る猫』だと……ほら、実際に寝てる猫がこうして出てくるわ」

「しかし、この猫はパーマネントウィルの概念でしかない。故に寝息は立てておるが生きてはおらぬし、目覚める事も無い。あくまでも概念は概念でしか無いという事を胆に銘じよ」

「で、物質として成立するパーマネントウィルとは違って『コバタの森の風』や『クォルネ海の波濤』といった…此処では事象的概念とでも呼びましょうか。その事象的概念を内包したパーマネントウィルは、名称として成立している事象が込められた匣が顕現するの」

「うむ。そしてこの匣を一緒に顕現された鍵を使って開けば……」

「その事象が出てくる。って訳よ」

「この作中ではその描写はまだ無いが、今後次第ではまだまだ考えられる。心の内に留めておくが良い!」




パーマネントウィル 発動篇


「で、今回の説明の目玉なんだけど……あの時の望くん、一体何したの?」

「パーマネントウィルが壊れたあの一撃か?」

「そうそう。パーマネントウィルが壊れるなんて限界酷使以外に有り得ないでしょうし………回復させなかったの?」

「失念するでない。それも本作のオリジナル設定であろう」

「あら…………あぁ、そうだったわね!ごめんなさい。まずはパーマネントウィルの消費についてから説明するわ!」

「プレイした汝らならば理解出来るだろうが、それぞれのスキルにはそれぞれ発動回数が定められておる」

「で、本作はこの設定に一工夫入れて『スキル回数がゼロになっても後一回だけスキル発動が可能である』ってのを追加してるのよ」

「その場合はパーマネントウィルが限界を迎え、破壊されるのだ」

「複数あるパーマネントウィルならそんなに実害が無いけど……ワンオフ仕様のパーマネントウィルだったら結構な痛手になるのよねー」

「で、スキル回数が消費されたパーマネントウィルだが……回復方法は既に作中で示されておるからな。ココは割愛させて貰うぞ」

「そんなこんなで本題ッ!!何故、望くんのパーマネントウィルはたったニ回の発動で壊れたのでしょうか?」

「うむ、それこそが今回の要、『クライシス』なのだ!」

「クライシス!?………って、ナニ?」

「大雑把に言ってしまえば、パーマネントウィルで使用できるスキルを一撃に凝縮して撃つ。そんな技なのだ!!」

「…………つまり?」

「あの時のオーバードライブの残り回数は十五回、つまりオーバードライブ十五発分の威力であるM:2700 F:4500のダメージと、追加効果である抵抗力150%ダウンがあの一撃に集約された訳だな」

「…なによそれ!反動とかどうなってんの!?」

「反動に関してはパーマネントウィルが自身で引き受けて相殺、結果として通常のスキル発動と同じ反動まで落とせるのだ。その為にもパーマネントウィルを直接神剣に顕現させ、反動を吸収させる。その代わりに、パーマネントウィルは壊れてしまうがな」

「……にしたって破格過ぎるわよ。デメリットとか無いの?」

「…ま、当然と言うべきか……デメリットは存在する。まずは先に述べたパーマネントウィルが破壊される事だ」

「……よくよく考えてみれば、中々に難しい技よね……迂闊に使っちゃうと今後に響く上に残り回数に左右されるんだから、モノによったらそんなに恩恵も受けられないし……」

「その通りなのだ!更にこの技には重大な欠点があってな、発動の際には使用するパーマネントウィルに対する祝詞と呪文が必要になる」

「望くんが唱えてたヤツね?」

「うむ、発動までに時間が掛かる上に、基本的にその間は他のスキルが発動できない」

「あらら………って、普通にグラスプ発動してなかった?」

「黎明は二本あるのだ。忘れるでない」

「なるほど、あの時は代わりに防御スキルが使えなかった状況なのね」

「うむ、普段であればさしたる問題も無いのだが……吾らが合体した時にこの問題は浮き彫りとなる」

「…そっか、そうなるわね……」

「まあ、以上の通りに使い所が難しい上に発動までのタイムラグ、更に状況を鑑みると………決して便利とは、言い切れぬな」

「なるほどねぇ………………あれ?でもレーメちゃん、クライシス使わない場面でも呪文唱えてなかった?」

「本来の用途から少し外れた方法だからな。その場合にも呪文を扱う必要があるのだ」

「なるほどね、力の方向性を変えるって訳ね?」

「うむ!」




強醒体


「……話さなきゃ、駄目?」

「全てで無くとも良い。ノゾムが何故あれ程までに固執するのか……それが伝われば多くは望まぬ」

「ま、イルカナに食って掛かったりパーマネントウィル壊してまで魂を送ったりしてるからねぇ……触りだけよ?」

「構わぬ。吾は多くは語れんからな」

「まぁ、話の大元はロウ・エターナルの急進派とカオス・エターナルの裏切り者が極秘に繋がりを持った所から始まるんだけどね?」

「ふむ」

「このロウ・エターナルが自分達の最終目標を楯にして、砕いた永遠神剣を幼い子供達にバラ撒いてまとめてエターナルにしちゃったのよねー…」

「……」

「で、エターナルになれば存在を忘れられて、当の本人達はまだ自分が何かすら理解出来てない子供。そこに神剣の記憶を流し込めば……」

「…その辺りでよい。その戦いの中に、ノゾムもいた………今は、それだけで良かろう」

「でも、この事件でユーフォリアがロウ・エターナルの処に行っちゃったんだし…」

「それは結果論であり、話の本丸には関与しておらん。今は野暮になってしまうぞ」

「……なんかちょっとヘビーな話題になっちゃったわね…」

「今回ばかりは仕方あるまい。その代わりに、次を盛り上げれば良いのだ!」

「そっか……そうよね!よーし、次はハイに行くわよー!!」



 



 



 



 



「…次があれば、だがな」

「ちょっ!?」





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