第11回
2010.12.16
テレビ文化の越境と対話の可能性
これまで、グローバル化という視点から、今のテレビ文化とそのコンテンツの流通についてお聞きしてきました。今日は、その中間総括ということで、前々回もお話をいただいた天城さんから、まず「まとめ」をしてもらい、続いて、このグローバル化のセッションをずっと聞いていただいた東京芸大准教授の毛利嘉孝さんからコメントを付けていただいたあと、皆さんも交えてディスカッションをしていきたいと思います。
毛利氏
毛利 嘉孝 東京藝術大学 准教授

京都大学経済学部卒。ロンドン大学PhD取得。
専門は社会学、メディア研究・文化研究。特に音楽や現代美術、メディアなど現代文化と都市空間の編成や社会運動をテーマに批評活動を行う。主著に「ストリートの思想」、「文化=政治」など。
天城氏
天城 靱彦 NHKエンタープライズ 副社長

1969年 NHK入局 札幌放送局 1973年 報道局
1978年 スペシャル番組部 主な制作番組 「シルクロード」など
1985年 アメリカ総局  1988年 報道局
2000年 スペシャル番組部
2003年 国際メディア・コーポレーション
2010年 NHKエンタープライズ副社長
コメント…NHKエンタープライズ 副社長 天城 靱彦
【天城】第8回から第10回まで3回の講義で、テレビは国境を越えて展開する可能性があることをご理解いただけたのではないかと思います。今回はまず「冬のソナタ」が日本でどう受け止められたかについて紹介します。NHK放送文化研究所の調査結果では、「このドラマにはまったと思った」が28%、「韓国のイメージが変わった」が26%、「韓国への興味が増した」が22%、「韓国文化の評価が変わった」が13%ありました。東京大学教授の林香里さんが書かれた『「冬ソナ」にハマった私たち』によると、ほかの韓国ドラマや映画を見た人が71%、韓国に関する本や雑誌を購入し始めた人が55%、料理や観光に興味を持った人が44%、日韓の歴史や政治に関する報道に注目するようになった人が39%いて、いずれの結果からも「冬ソナ」によって韓国についての日本人の意識に大きな変化があったことがわかります。

【天城】 アメリカのジョセフ・ナイが提唱したソフトパワー論を、具体的に、積極的に進めているのが韓国です。韓国には極めて巧みな戦略があります。日本もクールジャパン室を経済産業省に設けて、国を挙げてクールジャパンを世界に広めようとしていますが、韓国は先鞭を切った形で、韓国文化コンテンツ振興院をはじめ、さまざまなものをまとめて、数年前、韓国コンテンツ振興院(KOCCA)という大きな組織にし、コンテンツの展開を支援しています。KOCCAの去年の予算規模は日本円で130億円とか150億円くらいです。巨額の予算とはいえませんが巧みな使い方でコンテンツの展開を図っています。そのいちばん大きなターゲットは日本です。韓国コンテンツの対日輸出額を見ると、「冬ソナ」がNHKで放送された2004年あたりから、急激に伸びています。今、韓国でドラマを作るとき、半分はまず日本での売上げをもとに事業計画を立て、残りの半分をアジア各国で展開するというスキームになっています。それくらい韓国ドラマにとって日本は、世界への展開のなかで大きな位置を占めています。

【天城】 世界を見てみますと必ずしも外国のテレビ番組が自由に国境を越えているわけではありません。日本の場合は、規制はまったくありません。アメリカもありません。ところが、EU諸国には、外国の番組は一定の比率以下にしなければならない規制があり、ヨーロッパ製の番組をできるだけ流通させようとしています。中国の場合は、極めて厳しくコントロールされていて、外国に限らずドラマについては審査があります。しかも外国ドラマの輸入量については割当てがあります。アニメについても、夜のプライムタイムに外国語アニメを放送することは禁じられています。韓国は、日本のドラマの地上波での放送を禁じる措置がまだ残っています。

【天城】 国境を越えてテレビの番組を展開する方法の一つとして、国際共同制作があります。おカネを投資し合ってドラマなどを作り、世界中に展開しようというケースが多い。NHKで放送している「蒼穹の昴」がそうで、日本の原作ですが、国際共同制作として中国内では国産のドラマと認定されて放送されています。膨大な制作費を分担する型の共同制作も多い。NHKの「ローマ帝国」というドキュメンタリーがそのひとつです。フランス5(公共放送局)と共同して、NHKのプランに基づいて制作しましたが、日本人学者のコメントをフランス人に入れ替えたフランス版がフランスでは放送されています。今のネット時代、例えば中国人は日本のドラマやドキュメンタリーをあっという間にネットで手に入れ、見て楽しんでいます。私たちはこうした違法を排除して、共同制作などの方式で日本のコンテンツが海外に出るやり方を実現しようと努力しています。

【天城】 思いがけないものが国境を越えることがあります。その一つの例が「ハーバード白熱教室」です。これはアメリカPBSのWGBHというテレビ局が、ハーバード大学で評判がいい授業をテレビ番組化したのです。それをNHKで放送することを持ちかけられて、頭を抱えましたが、やってみようということで放送したところ、想像を超える反響でした。そのNHKでの大成功を売り文句にして、今や、韓国など世界中に売り始めています。こうした番組の潜在的な展開可能性には誰も最初は気がつかなかったけれど、今の事態は、国境を越えて展開する可能性がまだまだあることを示しています。

コメント…東京藝術大学 准教授 毛利 嘉孝
【毛利】 1990年代に入ってから急速にグローバリゼーションが進みました。80年代までの国際化の議論は、アメリカ的なものが世界を覆い尽くしていくイメージでした。その代表的な議論に、文化帝国主義論があります。ところが、90年代になってから、そんなに簡単に文化は均質化していくわけではないことがわかってきました。とりわけ東アジア地域においては、「東京ラブストーリー」の(ポスト)トレンディドラマをはじめ日本の文化がとても流行ります。こうした東アジア地域のつながりをリージョナライゼーション(地域化)あるいはリージョンメイキング(地域形成)という呼び方をする人もいました。均質な世界が全部を覆うのではなく、中間的な領域の文化の発達が顕著になるのが、90年代からだと思います。

【毛利】 2000年代には、これまで周縁化されてきた文化やメディア産業が、今後の中心的な産業になるのではないかという議論の中から、ソフトパワー論がもう一度見直されるようになりました。これからはGNPの時代ではなくGNC(グロス・ナショナル・クール)の時代で、日本はGNPではもう世界をリードすることはできないかもしれないが、国民総クール度ではリードできるという考え方です。「クールジャパン」という語も、この辺りから、行政の言葉として使われるようになりました。今は、90年代のような日本文化の爆発的な人気は海外では失われている印象もありますが、それは悪いことではなくて、一定程度認知されて、派手さはないかもしれないけれど、好きな人は好きだという安定的な状況になっている、という言い方ができると思います。

【毛利】 日本のドラマ、あるいはアジアのテレビ番組制作には今、いくつかの動向があります。その一つはリメイクというやり方です。日本のマンガ連載のドラマ化が台湾で先に進み、05年に日本でも作られたTVドラマ「花より男子」は、さらに韓国で2009年に作られました。それまでは、あるドラマを作ると、吹き替えか字幕で海外に輸出するというやり方でしたが、今度は国ごとの文化の差をどう乗り越えるかを真剣に考え、例えば原作だけ、あるいはフォーマットだけを海外に渡していく新しいビジネスが生まれるのではないでしょうか。

【毛利】 グローバリゼーションは、国と国があって、その間でソフトがやり取りされるという単純な話ではありません。人の移動がこの20年間にすごく盛んになったことを考えなければならない。単純に文化だけが入ってきているのではなく、実はその背後には、人の移動がはっきりと付いています。例えば、在日外国人は、90年代から2000年代にかけて1.8倍から2倍ほどに増えています。異文化に触れている日本人海外経験者も増えています。そうした人たちも意識して今後は番組を作らざるをえないないし、基本的に日本人を対象に番組を作っている今のメディアのあり様自体が、今後かなり変わっていくという予感がします。もう一つ、発信と受信のバランスが重要です。日本人は情報発信に熱心ですが、海外の放送局が作ったニュースや報道などをあまり見ていない。こうしたバランスをどう考えるかがこれから交流を深めていくときに重要なテーマになると思います。

【毛利】 NHKに代表される公共放送は、グローバル化の中で公共性をどう確保していくのかがテーマになっていくでしょう。公共性はどこで定義されるか。一つは、ある議論の場を作っていくことです。公共性にとって重要なのは、合意を形成するための場所であるということです。異質な人や違った意見のある人の声をきちんと聞いていく形で存在しなければいけない。まさにそこに公共性の成否は懸かっているわけです。というときに、トランスナショナルな場でも公共性を確保していくことはものすごく難しい。住む国によって意見が違う人たちを、とりあえず一つのリージョナルな枠組みにはめて、ある種の合意形成を図りつつ、議論するところはしていくようなメディアは実際可能なのか、ということも考えなければいけない時期に来ています。番組の制作そのものが変わってくるでしょう。これまでのように、日本で番組を作って海外に出していくことだけではなくて、今日もいくつかの例があったと思いますけれども、国際共同制作が増加していく中で、共同制作をするときの視点、公共性はいったいどこにあるのかということが問われる時代になっています。




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文化構想学部1年
1990年代のトレンディドラマブームの際も、日本人が夢中になったからこそアジアに広がったのである。今日の日本のテレビは、ただでさえ日本人の視聴率が低下していることを踏まえると、やはりまずは日本国内で、大きく流行するものを制作する必要があると思う。
文学部1年
日本のコンテンツ制作者たちが思いきった行動に踏みきれるように、日本政府はもっとコンテンツ振興策をとるべきだと思う。ハードパワーではアメリカや中国にかなわなくても、ソフトパワーなら対等にわたりあえるレベルになれるだけの技術を日本は持ち合わせていると思う。だからコンテンツ制作者たちに勇気と希望を与えられればよいと思うのである。
商学部2年
文化の交流には長所・短所の両方があるとは思うが、ソフトパワーというものがあることは確かなので、その交流は盛んになるに越したことはない。日本は、自国発信のコンテンツをアピールしながらも、各国間のメディア文化の交流を促進するような位置を確立していければいいと思う。


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