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2011年09月02日 1:05 pm JST

見えない雪

投稿者 ロイター写真部
タグ: 東日本大震災, 環境, 生活, 福島第一原発事故,

ロイター通信 写真部
中尾由里子

東日本大震災による福島第1原発事故が発生した時、私は福島で取材をしていた。福島第1原発から63キロ北西にある県の災害対策本部は大騒ぎだったが、庁舎の外に一歩出ると、町の様子は事故前と変わらず、実際に何が起きているのか、そこから把握することは容易ではなかった。停電や断水が続いてはいたが、市内には犬の散歩をしたり、自転車に乗って出かける人々の日常の姿があった。

まもなく上司から福島市から出るよう指示を受け、つい最近になるまで再びこの土地を訪れることはできなかった。震災から5カ月経った今でも放射能汚染についてのショッキングなニュースがひっきりなしに流れてくる。福島の人々が感じるつらさやストレスがどれほどかを考えると、気持ちが沈んだ。

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そんな時、福島市内にある常円寺のご住職、阿部光裕さんがヒマワリや菜の花などを育てることで福島を蘇らせようとしていると聞いた。これは行って取材すべきだという思いが湧きあがり、よく考える間もなく電話をかけ、福島行きの新幹線に乗った。

満員の新幹線から福島に降り立ったが、そこで下車する人はそれほど多くなかった。夏の日差しが照りつける中で、セミが忙しく鳴いており、全てが奇妙なほど普段どおりに見えた。寺に向かうタクシーの窓から見えたのは、水田が緑の海のようにきらめき、沿道に植えられた花が咲く美しい光景だった。あちこちで放射能汚染が発生しているとは思えないような光景だった。

持っていた放射線測定器は毎時1.3から1.5マイクロシーベルトの値を示していた。自然界で浴びる量の6.5倍に相当する数字だ。420年の歴史があるという常円寺に到着すると、ご住職夫妻が緑茶とともに迎えてくれた。

そして間もなく、私を連れて寺の敷地の角に集められた杉や松の葉を見せてくれた。ご住職がビニール袋に入った2つの放射線測定器をその近くに置くと、すぐに警告音が鳴り、毎時20マイクロシーベルト以上の値が表示された。自分の測定器でも試してみたが、結果は同じだった。

放射線量の多さにショックを受けた私は、それと同時に福島の人々が直面している事態の深刻さを思い知らされた。放射能は目には見えないが、そこに確かに存在していた。

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ご住職は、放射性物質は「見えない雪」だという。

「その見えない雪は、根雪になり、なかなか解けない長い冬をこの福島に運んできた気がする」と。

ご住職が率いる福島復興プロジェクト「花に願いを」では、約100人のボランティアの人々が放射能の浄化作用があるとされるヒマワリなどの栽培を行い、汚染対策と住民のストレス軽減に取り組んでいる。こうした取り組みが、まん延する悲観的な見方を払しょくし、希望を育てることができると、ご住職は強く信じている。

47歳のご住職は3児の父でもある。高校、中学、そして小学校に通う男の子たちだ。上の2人はすでに仏門に入ることを決めており、末っ子もおそらく同じ道をたどるだろう。放射能汚染が心配される土地で子どもを育てることへのためらいもあるが、それでも末の息子が自分と同じ道に進むと決めた場合、たとえまだ子どもであっても、地域に根ざし、寄り添い、住民の苦悩に耳を傾ける必要がある。最後は息子が決めることだと、ご住職は言う。

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ご住職の奥様も、子どもたちのことを心底心配している。ただつまるところ、福島は彼らの故郷だ。だからこそ福島での生活と長期的に向き合い、彼女が出来る限りの方法で家族を守ろうと決めたという。

8歳になる彼らの末っ子は震災後の数カ月間ずっと不安な様子だったが、そのストレスに対処する方法を彼なりにやっと見出した様だという。当時は強い風や雨の音におびえて泣き出したこともあった。ある日、雨にぬれて泣きながら学校から帰ってきた息子は、大粒の涙をこぼしながら、どうして学校に迎えにきてくれなかったのかと母に向かって叫んだ。放射能に汚染された雨に濡れたら命を落とすと、友達に言われたことが原因だった。

少年に直接、放射能の心配について聞いてみると、怖いけれどもあまり考えないようにしていると答えてくれた。考えすぎると何もできなくなるから、と。

こんな年端のいかない子どもですら、恐怖に向き合い、新たな環境を受け入れようとしている。それでも、大きくなったら父親のようになりたい、福島の人々を助けようとしている父親を尊敬している。そう語る少年の瞳の中に希望の光を見たような気がした。

私の心を揺さぶったのは、希望を失わず、困難に立ち向かう人々姿だった。ご住職の家族と過ごした3日間は非常に印象深いものだった。また、ご住職は私の目をまっすぐ見て、「報道には、すべてを白日の下にさらす義務がある。そうすれば人々自分自身で決断することができる」と語った。

東京に戻る新幹線の中で、ご住職一家の、とりわけ少年の事を考えていた。福島の「見えない雪」が消えてなくなるころ、彼は一体何歳になっているだろうか。彼が敬愛する父のように成長している姿を思い描いた。放射能の恐怖から解放され、ヒマワリ畑の中で笑っている姿を。

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(8月19日 ロイター)

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