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国家基本問題研究所

黎明期の新幹線と中国高速鉄道 平川祐弘

黎明期の新幹線と中国高速鉄道 平川祐弘

黎明期の新幹線と中国高速鉄道

 比較文化史家、東京大学名誉教授 平川祐弘  

 

黎明期の新幹線と中国高速鉄道

 戦前、幼稚園で私は汽車の絵を描いた。蒸気列車も描いたが、流線形がはやり出した頃で電気機関車も描いた。東海道線には特急「燕」が走っていた。最後尾の展望車は子供の夢だが、そんな特急には1等はおろか3等も乗ったことはない。

 それでも、昭和14年2月、神戸から乗船して洋行する父を東京駅頭で見送った。母も神戸まで父に同行したので、残された小学1年生は淋(さび)しかった。

 ≪国鉄、投下直後に広島走る≫

 戦時中の国鉄職員に私は敬意を抱く。原爆投下の日のうちに広島を山陽本線は走った。終戦を私は金沢で聞いた。中学2年生は朝日新聞支局へかけつけ、「阿南陸軍大臣ハ自決セリ」の貼紙を見た。証明書を担任から貰(もら)って切符を買い、翌朝金沢を発ち、直江津、長野で乗り換え、17日朝に帰京した。大空襲の直後は赤茶けていた焼野原に緑の草が生えていた。

 昭和29年9月の夜、熊野灘で台風に襲われた。国鉄青函連絡船洞爺丸は沈んだが、私はそのままフランス船で留学した。1年分の奨学金で5年間、留学できたのは通訳で稼いだからだ。

 滞仏中、世界をリードしたフランス国鉄が各国関係者を招いて成果を披露したことがある。パリに向かう特急の機関車の速度計が140キロを指したとき、日本側は感嘆の声を洩(も)らした。「つばめの平均時速は65キロだぜ」

 1955年当時の日本は貧しく、国鉄代表団はパリでエレベーターのないホテルに泊まり、英語で用を足すつもりだが通じない。アルマン総裁の秘書が学生寮にきて「通訳してくれ」と頼む。私は戦争中の特別科学組のおかげで、仕事に向いていた。

 ≪仏製買わず独自開発した日本≫

 日本側は東北本線を交流電化する、狭軌用交流機関車を買いつけるという。「いいお客が来た」とフランス側は色めく。それから連日、私たちは機関車や工場を見てまわった。100輛(りょう)以上は売れる、と相手は大歓迎だ。

 だが、最後の交渉で日本側は「1輛買って後は自前で造る」と言う。「1輛だけ狭軌用に特別に造るのでは採算がとれない」とフランス側はいきりたつ。シュネデール社が業界の意見をまとめ「20輛買ってくれ」。「5輛なら買います」と日本側は言い張って破談となった。通訳の私が矢面に立たされた。「日本の技師は機関車を買うといって工場を視察してまわったが、実は買う気はないのだ。技術を盗みにきたのだ」

 それくらいで技術は盗めはしない。だがこんなことが起こった。国鉄技師が帰国して1年経(た)つと、日立が試作に成功し、さらに1年経つと、「日本の交流機関車をインドが買った。入札でフランスが敗れた」。そんな体験から、私は明治以来の日本の産業化の意義を感じた。

 フランス側は嫌みをいったが、そんな中で新幹線の生みの親、十河(そごう)信二国鉄総裁は立派で、通訳を使って話しても相手を感服させた。フランス国鉄総裁用の客車が提供されたが、冷房がついていた。当時はまだ、窓を開けて涼むのが世界的に普通だったから、私たちは驚いたのである。

 国鉄労働組合への同情を失ったのは、やはり通訳しながら、「闘士」に幻滅したためだ。といって法学部出身の官僚も大したことはない。

 列車編成簡易化のために、世界の鉄道は1・2・3等制を一斉に1・2等制に改めた。そのとき、「2・3等制にします」といって新聞の非難を回避するような姑息(こそく)な手段が上手なのが、日本では能吏なのである。そんなノウハウを戦後の法学士は尊重するようになったが、はたしていいことか。また、1・2等制にするといえば、「3等切り捨て反対」と騒ぐ日本マスコミの紋切り型の批判も愚劣ではないのか。

 ≪盗作罷り通る国の特許申請≫

 私は律義な理工系の技師が好きだった。今回の大震災で東北新幹線に脱線事故はなく、死傷者は出なかった。立派だ。原発事故でも現場で頑張るエンジニアの工場長には敬意を表するが、経産省や東電の法科系の口先だけの役人などには嫌気をおぼえる。

 科学技術は普遍的だから、発展途上国が追いつき、追い抜くことはある。古代中国は火薬などの大発明で知られるが、近代は有名な発明家がいない。特許で保護されない限り、発明に打ち込む意欲が湧かないからだ。

 ところで、科学技術と違い、人間関係を操作する文系の技術は各国の文化や体制によって異なる。中国の強権的体質を露骨に見せつけたのが温州の追突事故の事後処理だ。壊れた車輛を地中に埋め、閉じこめられた幼児の生存を確認せず救出作業を打ち切る。それでいて「中国の高速鉄道は世界一」とスポークスマンが胸をはる。

 国内では盗作が罷(まか)り通る中国だが、そんな高速鉄道が特許を諸外国に平然と申請する。一見、笑止のようだが、これも中華ナショナリズムのあらわれだ。恐ろしい国である。(ひらかわ すけひろ)

8月24日付産経新聞朝刊「正論」

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