グランセル地方編(7/20 第37話修正)
第三十九話 シェラザード、釣り上げたい男の条件とその理由
<グランセルの街 釣公師団本部>
クローゼから怪盗紳士の挑戦状に関する依頼を受けたエステルとヨシュアは、挑戦状に書かれた怪盗紳士の暗号が解けずに悩んでいた。
怪盗紳士は暗号の答えの示す場所にクローゼが行くように要求している。
その場所は政務でグランセル城に拘束されているクローゼが行ける範囲、つまりグランセル地方のどこかではないかと見当はついた。
だがエステルとヨシュアはグランセル地方の地理に詳しくなかったので、誰かに相談しようと考えた。
真っ先に適格な人物として浮かんだのはリベール通信で記者をしているナイアルだった。
ナイアルなら謎解きにも興味を持って一生懸命考えてくれそうだし、地理や歴史などにも詳しい。
しかし、いくらナイアルと親しいとは言っても国家機密を記者に話してしまうのは遊撃士としてはマズイ。
エステル達の評価を担当するグランセル支部の受付のエルナンは大幅に評価を減点してしまうだろう。
困っているエステル達にエルナンは助け船を出した。
遊撃士協会の隣の建物に釣公師団の本部があり、釣公師団の団長フィッシャーは王母生誕祭の期間中に釣り大会を企画していた。
そこで遊撃士協会に釣り場の実態と安全性の調査という依頼を出していた。
緊急性の高くない依頼だったので引き受けるのは後回しにしていたのだが、今回エステル達にこの依頼を回してくれたのだ。
「この依頼でグランセル地方の色々な場所を回れば、暗号の答えとなる地名も思い浮かぶかもしれません」
全てを見透かしているようなエルナンの微笑みに見送られて、エステルとヨシュアは遊撃士協会を出た。
エルナンの考えはどうであれ、この依頼の話を聞いたエステルは飛び跳ねながら通りを歩くほど嬉しそうだ。
「ちょっとエステル、どうしてそんなに浮かれてるのさ?」
「だって、大好きな釣りもできて依頼もこなせるなんて一石二鳥じゃない!」
「はしゃぎすぎだよ」
ヨシュアもエステルの無邪気な笑顔は好きだったが、遊撃士の立場から助言するのだった。
エステルとヨシュアが釣公師団本部へ入ると、受付では団長のフィッシャーと団員のロイドが大会の企画について話し合ってた。
「あの、お取り込み中すいません」
ヨシュアが声を掛けると、エステルに気が付いたロイドは嬉しそうな笑顔になる。
「やあ、エステル君じゃないか、君も大会にエントリーしに来てくれたのか?」
「あ、いえ、今日は遊撃士の仕事で寄らせて頂いたんですけど」
「そうか、それでは時間があったら是非エントリーしてくれたまえ」
「はい、喜んで、いえ、遊撃士の仕事が忙しいので多分無理かなあ」
ロイドの誘いに快諾しそうになったエステルは、ヨシュアににらまれてごまかし笑いを浮かべた。
エステルとヨシュアが釣公師団が遊撃士協会に出していた釣り場調査の依頼を引き受けた事を説明すると、団長のフィッシャーは笑顔でうなずく。
「ふむ、釣りの心得がある団員のエステル君が調査してくれるとは心強い」
釣公師団の団員達は釣りに夢中になって魔獣に襲われても逃げるのが遅れてしまう事があるので、エステルも実際に釣りをして安全性を調べて欲しいと言うのが条件だった。
ヨシュアは当日の警備を想定して魔獣を駆除する役割だった。
大手を振って釣りを満喫できるとエステルは上機嫌になる。
「あたし達に任せて下さい!」
エステルは堂々と宣言して釣公師団本部を出た。
手間を省くため餌が大量に入ったクーラーボックスがエステルとヨシュアに預けられた。
釣りがあまり好きではないヨシュアは生臭い匂いや糸ミミズの固まりに不快そうな顔をしていた。
「さぁて、これからグランセル地方の釣りスポットを攻略するわよ!」
エステルは釣公師団の釣り場マップを見て目を輝かせてそう宣言した。
「怪盗紳士の暗号の答えを考える事も忘れないでよ……」
依頼を引き受けずに、この地図だけもらえば良かったんじゃないかと思うヨシュアだった。
<グランセル地方 エルベ離宮>
釣り場の調査のためにエルベ離宮へとやって来たエステル達は、入口の門にハーヴェイ一座の公演予定の看板が立てられているのに気が付いた。
「もしかして、ルシオラさんやブルブランさん達に会えるかもしれないわね」
「そうだね」
エステルの言葉に、ヨシュアはうなずいた。
しかしエルベ離宮の中に足を踏み入れても、正面の庭にはいつも通りの家族連れの憩いの場となっていて変わりが無い。
ハーヴェイ一座のテントも張られては居なかった。
「あれ? ここで公演をするんじゃないのかな」
「看板だけ置いてあるのかもしれないね」
ガッカリしたエステル達だったが、地図に乗っていた釣りスポットを見つけて釣りを開始した。
「エ・ス・テ・ル~! 仕事をサボって釣りだなんて、いい度胸しているじゃない」
エステル達が釣り糸を垂らしていると、怒った顔のシェラザードが2人に近づいて来た。
「違うよシェラ姉、これは依頼なんだって」
「釣りをして遊ぶのが依頼ですって?」
エステルが言っても、シェラザードは疑いの眼で聞き返した。
「エステルの言っている事は本当なんです、実は……」
ヨシュアが事情を話すと、シェラザードは納得したようにため息をもらす。
「なるほどね、それならエルナンさんの判断は適切としか言いようが無いわ。まるで先を読んでいる感じね」
「シェラ姉はどうしてエルベ離宮に居るの? 入口に立てられていたハーヴェイ一座の看板と関係あるわけ?」
「ええ、そうよ」
エステルの質問にシェラザードはうなずいて、受けた依頼の内容を話し始めた。
王母生誕祭の期間に合わせてハーヴェイ一座はグランセル地方で公演を行う予定なのだ。
会場は王都の郊外にあるエルベ離宮が選ばれたのだが問題があった。
「離宮の中に魔獣を入れる事に公爵さんが猛反対してね、そんな形になったのよ」
「あはは、あの公爵さんなら魔獣を恐がってしまいそうね」
シェラザードのつぶやきに、エステルは苦笑した。
対応策を考えたハーヴェイ団長は魔獣を使うショーのテントとステージはエルベ離宮を取り囲むエルベ周遊道の広場に配置し、人間のみで行うショーはエルベ離宮の中庭で行う分散形式での公演を思い付いた。
そこでエルベ周遊道の安全確保の依頼をハーヴェイ一座と縁の深いシェラザードが引き受けたわけだ。
「じゃあルシオラさん達はここに居るんですね」
「ええ、奥の方で準備しているわよ」
ヨシュアの質問にシェラザードが答えると、エステルは名案を思いついて手を叩く。
「そうだ、ルシオラさんに占ってもらえば暗号の答えが分かるかも」
「エステル、ブレイサー手帳に占いで解決しました、なんて書けないよ」
エステルの言葉を聞いてヨシュアがあきれたようにぼやいた。
「占いと言うのは、具体的な答えを指し示す物じゃないのよ」
「そうなの?」
「私だって、ルシオラ姉さんに理想の男性の居場所を占ってもらっているけど、なかなか捕まらないもの」
シェラザードはウンザリした顔で愚痴をこぼした。
「そう言えばシェラザードさんって、クルツさんやリシャールさんに声を掛けるのは分かるけど、どうしてオリビエさんにまで声を掛けるの? オリビエさんって遊び人って感じじゃない」
「真面目だけが良いと思っているなんて、エステルはまだ甘いわね」
「どういう事?」
「私はね、自分の意志をしっかり持っている男に惹かれるの。周りに流されっぱなしのヘタレに興味は無いわ」
エステルが不思議そうに尋ねると、シェラザードはキッパリと言い切った。
「エステル、あなたも気をつけなさいよ。あっさりと夢や目的を捨てるなんてロクな男じゃないんだから」
シェラザードはヨシュアの方をちらりと見てそう言って去って行った。
そのシェラザードの言葉はヨシュアの胸にきつく刺さった。
エステルは離宮の中庭で準備をしているハーヴェイ一座の団員達にも顔を出した。
「やあエステル君達、ルーアンの学園祭で会って以来だね。あの劇でのヨシュア君の姿はとても綺麗だったよ」
ブルブランが冗談めいた口調で声を掛けると、ヨシュアは下を向いて黙り込んだ。
そのヨシュアの様子を見てブルブランが不思議そうに尋ねる。
「おや、ヨシュア君はどうかしたのかい?」
「ちょっとごく最近にまた女の子の格好をさせられた事があったから……」
「そうか、傷をえぐってしまったな」
エステルが苦笑しながらそう言うと、ブルブランはそれ以上からかうのを止めた。
「そうだ、ブルブランさんが興味を持ちそうな面白い話があるのよ」
「ほほう?」
「怪盗紳士ってやつが残したカードなんだけどね、暗号のような物が書いてあったのよ」
エステルはそう言ってブルブランに怪盗紳士のカードを見せようとすると、ブルブランは慌てた様子でそれを止める。
「面白そうな話だが、私も忙しくてね。用事があるので、これで失礼するよ」
冷汗をかきながら、ブルブランはエルベ離宮の外へと出て行ってしまった。
「さっきまで暇そうにしていたのに、どういうことかしらね」
「ルシオラさん、お久しぶりです」
穏やかな笑みを浮かべながら現れたルシオラに、ヨシュアとエステルは会釈をした。
「まだ、悩んでいるのかしら?」
「えっ?」
突然ルシオラに言われて、ヨシュアは驚いた顔になった。
「諦めてしまうのは早いわ、まだ時間は残されている。決断を下さなければならない時にはすでに光をさえぎる壁は取り除かれて、明るい未来が見えていると出ているわ。安心しなさい」
「はい、分かりました」
ルシオラに励まされたヨシュアは不思議そうな顔をしながらもうなずいた。
「ねえヨシュア、ルシオラさんは何の話をしているの?」
「さあ、僕にも良くは解らないよ」
輪を掛けて訳が分からないと言った顔をしたエステルに尋ねられて、ヨシュアは首を横に振った。
ルシオラは何か含みがありそうな微笑みをエステルとヨシュアに声を掛ける。
「ふふ、シェラザードよりもあなた達の方が先になりそうね」
エステルはルシオラの言葉の意味が分からず首をひねったまま固まった。
「じゃあ、私はそろそろ行くわね」
”希望”と小さくつぶやいてルシオラはエステル達の前から立ち去って行った。
その場に残されたエステルはヨシュアにそっと話し掛ける。
「ルシオラさんって、遠回しな物の言い方をするから分かりにくいのよね」
「占い師の職業病なのかもね」
ヨシュアはエステルに同意してうなずいた。
<グランセル地方 ロマール池>
エルベ離宮の釣りスポットを巡ったエステル達は、エルベ周遊道を進み次のスポットであるロマール池へと向かった。
ここにもハーヴェイ一座のテントや魔獣の檻が置かれていた。
「おやおや、君達もシェラザードの依頼を手伝いに来たのかい?」
エステル達の姿に気が付いて声を掛けて来たのはハーヴェイ一座の団員、カンパネルラだった。
「いや、あたし達は別の依頼で来たんだけどね」
エステルが釣公師団からの依頼の内容を話すと、カンパネルラは軽くため息をつく。
「残念だけど、一座の関係者以外は立ち入り禁止になっちゃうから釣りをするのは無理だろうね」
「そっか、釣りが出来ると思ったのに」
カンパネルラの話を聞いて、エステルもガッカリした様子でため息をついた。
「エステル君は関係者だから、問題無いんじゃないかな」
「そっか♪」
「君だけが釣りが出来たって意味が無いでしょ」
ヨシュアはエステルにすかさずツッコミを入れた。
「でもさ、ここでもちょっとだけ釣りをしていかない?」
「エステル、他にも回らなければいけない場所があるんだから、ゆっくりしている暇はないよ」
ヨシュアがエステルを止めていると、池の水面が激しく波立った。
「おや、餌の時間みたいだね」
カンパネルラがニンジンを持って行った池の中にはペンギン型魔獣が泳いでいた。
「それって、あたし達がヴァレリア湖で退治した魔獣?」
「そうだよ、カシウスさん達から野生に還すように言われたんだけどね、こいつだけ僕に懐いちゃったんだよ」
「ニンジンを食べるんですか?」
「どうやら菜食主義者みたいで、魚も食べないんだよ」
「ふーん、珍しいわね」
エステルは感心したようにため息をついた。
会ったついでにエステル達は怪盗紳士のカードをカンパネルラに見せると、カンパネルラは愉快そうに笑う。
「こんな簡単な暗号、すぐに解けちゃったよ」
「え、教えて教えて」
カンパネルラの言葉を聞いて、エステルは身を乗り出した。
「そうだね、ヒントをあげよう。数字に注目してみるんだね」
「えーっ、答えを教えてくれないの?」
「はははっ、どうしても暗号が解けなかった時はここに来ると良いよ」
カンパネルラは笑顔でそう言ってエステル達の前から立ち去って行った。
そしてエステル達は次の釣り場の調査へと行くのだった。
<グランセルの街 地下水道>
エステル達はクタクタになりながらも、釣り場の調査を続けていた。
釣好きのエステルでも、1日にこんなに多くの場所で釣りをするのは初めてだった。
クーラーボックスには釣り上げた魚が入っていたので、運んでいるヨシュアの方も重労働だった。
「これじゃ、釣り大会に参加する人達も大変ね」
「まあ1日でこれだけの場所を回る人は居ないだろうけどね」
地下水道は迷路のような場所になっていて、釣りスポットを探すのにも苦労していた。
団長のフィッシャーがロイドと爆釣勝負を地下水路で行った事があると聞いたエステルとヨシュアはその釣魂に驚くばかりだった。
地下水路の奥には魔獣の巣があると言われていて、時々手配魔獣が出現するほどだったからだ。
「ふーっ、やっと地下水路の最後の釣りスポットを見つけたわね」
「餌ももう無くなりそうだから、今日はこれで報告に行こうか」
疲れた様子でため息をついたエステル。
ヨシュアもホッとした様子で息を吐き出した。
エステルが釣りを始めてしばらく経った頃、地下水路に重い岩が動くような音が響いた。
「今の音は?」
「何かが動くような音だったけど……まさか!」
エステルとヨシュアは荷物をその場に置いて、今まで歩いて来た通路を引き返した。
すると、やって来た通路が大きな石の壁によって塞がれていた。
それを見たエステルが驚いてヨシュアに問い掛ける。
「ちょっと、これってどういう事!?」
「多分、仕掛け扉なんだと思う。離れた場所に操作する仕掛けがあるんじゃないかな」
「じゃあ、あたし達は誰かに閉じ込められたってわけ?」
「うん、僕達を狙ったのかどうかは分からないけど、誰かが仕掛けを動かしたのは間違いないね」
ヨシュアの答えを聞いたエステルは怒りに任せて叫ぶ。
「こらーっ、仕掛けを戻してあたし達を開放しなさーい!」
「エステル、そんな事言ってもダメだよ」
ヨシュアはウンザリとした顔でエステルにツッコミを入れた。
道が塞がれたとなっては、水路を泳いで脱出するしかない。
しかしこの辺りは水流の勢いが激しい場所だった。
とても服を着たまま泳げるような感じではなかった。
「エステル、僕が先に行って助けを呼んで来るよ」
「あたしも行くわ!」
「だって君に恥ずかしい思いをさせるわけにはいかないよ」
「べ、別にあたしはヨシュアに見られても平気よ、下着姿もヨシュアに見られた事あるし」
「それってまだエステルが10歳ぐらいの時の事じゃないか」
服を脱ごうとしているエステルをヨシュアが力づくで押し止めた。
エステルとヨシュアが騒いでいると、大きな声がエステルとヨシュアの耳に届く。
「おーい、誰か居るのか?」
エステルとヨシュアはその声に聞き覚えがあった。
「リシャールさん!?」
「おや、君達はカシウスさんの……」
水流に阻まれた薄暗い地下水路の対岸に姿を現したのは、リシャールとカノーネだった。
岸越しにエステル達が閉じ込められた事情を話すと、リシャールは自分達が水路を通るために仕掛けを動かしてしまった事を謝った。
どうやらレバーによって厚い石の壁が扉のように移動する仕組みだったらしい。
リシャール達は生誕祭の期間に地下水路を使った犯罪を防止する調査のために地下水路に入ったと説明した。
生誕祭の期間は地下水路は緊急連絡通路として使われるため立ち入り禁止になるのだろ言う。
「それじゃあ、あたし達は地下水路に入る必要が無かったじゃないの」
「事前の情報収集が不足していたね」
服を脱ぐ脱がないでお互いにレスリングをした上に、自分達の調査が無駄になってしまったと知ったエステル達は、疲れが噴き出してしまった。
「ふむ、この仕掛けは使えるかもしれないな。ありがとう、君達のおかげで作戦を立てやすくなったよ」
「それは良かったわね」
リシャールにお礼を言われても、エステルは嬉しくなさそうな顔で返した。
地下水路を出たエステル達は元気の無い足取りで釣公師団本部へと戻った。
<グランセルの街 居酒屋サニーベル・イン>
その日の仕事を終えて居酒屋に入ったシェラザードは、店のピアノを弾いていたオリビエを見つけると嬉しそうに声を掛ける。
「ふふ、どうやら逃げ出さずに待っていてくれたようね」
「僕が美しい女性の誘いを断るわけがないじゃないか」
「あら、嬉しい事を言ってくれるじゃない」
オリビエの答えにシェラザードは満足したようだった。
「……それに逃げると後が怖いし」
「何か言った?」
「いいえ、何でもありません……」
オリビエはピアノから離れ、シェラザードと同じテーブルに着いた。
そしてシェラザードはオリビエとワインで乾杯を交わす。
「やっぱりいい男と飲むお酒はおいしいわね」
そう言ってワインをグイグイと飲み干すシェラザードをオリビエは不安そうに見ていた。
今日のシェラザードはイライラしている気持ちを酒にぶつけているようにオリビエには見えた。
楽しんで酒を飲んでいる様子では無い。
そんなシェラザードの様子を見て、オリビエが声を掛ける。
「どうしたんだい、今日の君からは刺々しさを感じるよ」
「フン、美しいバラには棘があるのよ」
「それは失礼。でも、君はバラよりユリの方が似合うと思うけどな」
オリビエがそう言うと、シェラザードはまた面白くなさそうな顔で黙ってワインを飲み続けた。
しばらく流れた気まずい沈黙を破ったのはシェラザードの方だった。
「あんたのせいよ……」
「僕の?」
「ロレントから突然姿を消してしまったじゃない」
「僕は一つの所には止まって居られない渡り鳥なのさ」
「私が本気で告白したから、逃げたんでしょう?」
シェラザードは鋭い目をオリビエに向けた。
そしてオリビエを見つめたまま話を続ける。
「あんたが他の地方に居ると聞いた時、私も追いかけて行きたかったけど、私はロレント支部の遊撃士だしね。私情のために配置換えを頼むなんて出来なかったわ」
そこまで言ったシェラザードは目から怪しい光を放つ。
「でもここで会ったが年貢の納め時よ、もう黙って逃げるなんて手は使わせないわよ」
シェラザードの言葉を聞いたオリビエは、困った顔になってため息をついた。
そして真剣な瞳でシェラザードを見つめると、質問を投げ掛ける。
「君はどうして僕にこだわるんだい? 占いで言われた”運命の相手”だからか?」
オリビエの質問にシェラザードは首を横に振る。
「あの時はごめんなさい、悪い言い方だったわね。私も自分のプライドが邪魔して素直に言えなかったけど、あんたと付き合ってみて、本当に良い男だと思ったから告白したのよ」
「君なら、良い男の方から言い寄って来ると思うけどな」
オリビエの言葉を聞いたシェラザードは不機嫌な顔になって首を左右に振る。
「私に媚びて来るような男は全然ダメ、私の顔色ばかりうかがって話にならないわ」
「僕は見ての通り、いい加減な男さ。真剣に交際するなんて向かないと思うんだけどな」
「いいえ、私は従順と誠実は違うと思うわ」
シェラザードはキッパリとそう言い切ると、自分の過去を語り始めた。
自分の父親は家族を大切にする優しい父親だったとシェラザードは語った。
シェラザードの父親はボースの街で商人をしていが、ある日友人の頼みを断りきれずに連帯保証人となってしまった。
そして友人の借金を背負わされることになってしまい店は潰れた。
シェラザードの一家はスラム街へと移り住む事になった。
父親はすっかり塞ぎ込んでしまい、母親は働きに出て、自分は物乞いをして生計を立てていた。
いつか父親も立ち直ってくれるとシェラザードも信じていた。
しかし母親は仕事の無理がたたって病気で倒れてしまった。
母親は親しくしていた近所の女性に看病を受ける事になったのだが、それがさらなる悲劇の始まりだった。
シェラザードの父親はその女性と駆け落ち同然に妻と子供を捨てて家を出て行ってしまったのだ。
その女性は独身で、今の生活から逃げ出したいとシェラザードの父親に話しているのは知っていたのだが、流されてしまったのだろう。
裏切られたシェラザードの母親はショックを受けて逝ってしまい、身寄りの無いシェラザードは孤児となってしまった。
やけになったシェラザードは生活のために盗みを始めてしまった。
しかし捨てる神があれば拾う神もある。
シェラザードはハーヴェイ一座の団長とルシオラに出会って団員となったのだった。
ハーヴェイ一座はクロスベル州の帰属をめぐって各国の緊張が高まっている時に興行が出来ない時期があった。
興行が出来なくなってハーヴェイ一座の収入が激減しても、団長とルシオラは支え合って乗り越えハーヴェイ一座の団員を見捨てる事はしなかった。
大富豪がハーヴェイ一座を買い取ると言う話を持ち掛けても団長は断った。
貧しい中でも自分達の意志を貫くハーヴェイ団長とルシオラの強さにシェラザードは心を打たれたのだった。
それでシェラザードは父親となるべき男は強くあるべきだと感じたのだった。
魔獣使いの仕事をしている間にカシウスと出会って、外から一座を支えるために遊撃士となったのは蛇足の話だったが。
「私は思ったわ、優しそうに見えても周りに流されてしまう従順なだけの男はダメだって。父の優しさは、私達に嫌われないようにするための自分勝手な優しさだったのよ」
「なるほど、だから君は良い男にこだわるのか」
シェラザードの長い話を聞いたオリビエは納得したようにうなずいた。
「もちろん、あんたが根っからの遊び人で不誠実な男だったら声を掛けたりはしないわよ。いろんな男から声を掛けられて付き合ってみて、私の男を見る目は磨かれているつもりだし。あんたは敢えて遊び人を装っている、そんな感じがするのよ」
「ふっ、君にそう言ってもらえるとは至極光栄な事だね。では僕も言わせてもらおう。……断る!」
オリビエがそう断言すると、シェラザードは大きく息を吐き出す。
「そう、残念ね」
「きっと君の”運命の相手”とやらは他に居るさ」
澄まし顔でそう言ったオリビエを見て、シェラザードはニヤケ笑いを浮かべる。
「私の誘いを潔く断るなんて、さては本気で好きな相手が出来たわね?」
「……君に隠し事は通じないか」
「あーあ、振られちゃったか。でも返って清々としたわ」
「まあ、愚痴を聞いてあげる事ぐらいはできるかもしれないな」
オリビエの言葉を聞いたシェラザードは目を輝かせる。
「じゃあ今夜は思いっきり愚痴に付き合ってもらおうかしら」
「うわ、墓穴を掘った」
そんなシェラザードとオリビエのテーブルに、仕事を終えて店に入って来たエステルとヨシュアが近づいて来た。
しかし、シェラザードのただならぬ気配を感じると、黙って引き返そうとする。
「おっとエステル、何を逃げようとしているのかしら?」
「ひえーっ、お許しを!」
「だから今は近づかない方が良いって言ったじゃないか」
ヨシュアがエステルにそう言ってももう後の祭り。
エステルとヨシュアとオリビエは、シェラザードの飲み会に付き合わされることになってしまった。
すっかり酔わされたエステルとヨシュアは、怪盗紳士の暗号の答えを考えるどころではなくなった。
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