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[29423] トリスタニア納涼祭
Name: 義雄◆285086aa ID:9f66ce7d
Date: 2011/09/01 22:41
ゼロの使い魔中編SSです。
人によっては以下の点にいらっと来たりするかもしれません。

オリ主などは無し。
戦闘も基本無し。
パロネタ多し。
原作とは若干性格が乖離しています。
ルイズさんが特に難しいです。
時系列的にはド・オルニエール寸前のちょっとしたIfモノとなっています。

なお、当SSに特定のナニかを貶したり、宣伝したりといった意図は一切ありません。
問題なければ「ほのぼの中編・トリスタニア納涼祭」お楽しみ下さい。

8/23 第一話投稿
8/24 第二話、第三話投稿
8/25 第四話、第五話投稿
8/26 第六話、第七話投稿
8/27 第八話、第九話投稿、チラ裏からゼロ魔板へ移行、第十話投稿
8/28 第十一話、第十二話、第十三話、第十四話投稿
   すっきりさせたかったので【】を除去
   十四話の最初の方に記述漏れを見つけたので加筆
   第十五話投稿
8/29 第十六話投稿
8/30 第十七話投稿
8/31 第十八話、第十九話、第二十話、第二十一話投稿
9/01 第二十一話時間帯を変更、第二十二話投稿



[29423] 第一話 白い夏と緑のデルフ、青いパーカーと黒い髪
Name: 義雄◆285086aa ID:9f66ce7d
Date: 2011/08/23 16:40
1-1 夏、時々快晴

「あっち~」

猛暑である。
ハルケギニアは地球におけるヨーロッパと類似している。
気候も似通ったもので、夏でもがんばれば長袖で通せる程度の気温・湿度だ。
日本生まれの平賀さん家の才人君にとってはむしろ涼しいくらいだろうが、双子の月が輝く世界に来てから一年以上も経っている。
こちらの気候に適応してしまったこともあり、パーカーの生地が厚いせいもあり、滴る汗は相当な量になっていた。
デルフ片手にパーカーの首もとをパタパタやって風を送り込んでも、一向に涼しくなりそうにもない。

――パーカー脱ぎてぇ、でもなぁ……

ここトリステインの貴族階級において、半袖ははしたないモノだとされている。
ノースリーブに至っては魅惑の妖精亭のようにちょっぴりいやんうふんな感じの店でしか見られない。
貴族のお坊っちゃま、お嬢様方が御勉学に励まれる魔法学院でそんなTシャツ一丁にもなろうもんなら間違いなく彼のご主人様から鞭が飛んでくるだろう。
ちくしょうめ、とぼやきながら、才人はぎらぎら光る太陽を睨みつける。
視界いっぱいに広がる空は憎たらしいくらいに青かった。
太陽は真上にあり、雲ひとつない。
あまりに暑く眩しいので「コルベールフラッシュ!!」とか叫びたくなってしまう、いや、実際に才人は叫びそうだった。

――それもこれもあのぎらつく太陽が悪いんだ。
今なら何をやっても「太陽のせい」と言えば許される気がする。
いや、ダメか、アレは結局死刑になったんだっけ?
そもそも太陽のせいで人殺しが許されるならコルベール先生もそんな悩んじゃいないよな……

彼はぼんやり眺める青空にコルベールがサムズアップする姿を見た。
その幻影がすすすーっと移動し、太陽がコルベールの頭に見えてきた辺りで一度現実に戻ってきた。
ワリと真剣な顔で「先生……俺、戻ってきたよ」とか言っちゃってる辺り限界が近いらしい。
どうでもいい話ではあるがコルベールは今も生きている、というか魔法学院の研究室でせっせとハゲんでいるだろう。
切り株の上に短い丸太を置いて一閃。
スコールでも来れば少しは涼しくなるのに、とぼやきながら再びデルフを振り下ろす。

「相棒よぉ、そのスコールってのはなんだい?」

デルフの質問で才人が思い起こしたのは白くて甘い、喉ごし爽やかな炭酸飲料。
そして次に脳裏をよぎったのは某有名RPGの主人公だった。


――ああ、スコールもいいけどコーラ飲みてぇ。
このあっつい中あの中毒者すらいる魅惑の飲料をぐびぐび飲み干したら……。

「おーい、相棒やーい」

ハッと意識が現世に戻ってきた。
それもこれもデルフが変なことを聞くからいけないんだ、と半ば以上八つ当たりな気持になった。
心持ち強めに薪を叩き割る。
才人は貴族になったとは言え、香水入りの風呂を使おうとも思えず例の釜風呂のお世話になっている。
さらに薪を割るならついでに、とマルトー親方を押し切って厨房で使う分も割っていた。

「スコールってのは、もっと南の方であることなんだけどさ。
こう、毎日のように一時間くらい降る土砂降りのことなんだ」

へぇ、相棒は物知りだね、とのたまうデルタを振り下ろす。
日本人としては夕立と言った方が良かったかな、と考えながら汗をパーカーの袖で拭う。
いや、でも夕立は毎日来るものでもないし、とぼそぼそ考えながら更にデルフを振り下ろす。

――それにしてもコーラか。
あれもある意味水の秘薬みたいなもんだから、モンモンに頼んだら作れねぇかな。
昔はホントにコカインを使っていたって噂もあるし。
タバサに頼めば氷も作れちゃうし。
こう、グラスを冷やしてちょっと高いところからコーラを勢いよく注いで、ぐいっと飲み干す!
あの甘さが今の疲れた身体に入ってきたら……もー他に何もいらないくらい、炭酸がきっと喉にも心地良いだろうなぁ。
もしコーラができたら、ジャンクな食べ物も欲しいよな。
じゃがいもはトリステインにもあるから、ポテチも作れちゃうか。
マルトー親方に頼めば塩味コンソメ何でもござれだろ。
いや、フライドポテトにしてほくほく感を残した方がいいかも。
BBQソースをたっぷりつけるのもいいし、海外ドラマでやってたバニラシェークにつけるのも向こうにいる内にためしておくべきだったな。
むしろアレか、とうもろこしもあるんだからポップコーンか!?
ポップコーンといえばキャラメル派だけど、コーラとのコンボなら断然塩味だ。
あー、ガンガン冷房の効いた映画館とかでコーラ飲みながらポップコーンかっ食らいながらアクション映画でも見てえなぁ。
今の俺ならどんなB級映画でも大満足できる気がするぜ。

思考が不思議時空へ旅行している才人の手で、デルフはやれやれと剣のクセに溜め息をついた。

「相棒は無理をしすぎるや。もちっと自分の欲望に素直になりゃあいいのによ……」

才人を気遣うデルフだが彼はかなり欲望一直線だ。
その上若干沸いている、頭が。
今だって不思議時空に旅行していた脳みそが、ちょっと寄り道するか、と桃色時空に突入している。
もはや日本なら通報されていてもおかしくない程アレな顔だった。

――ぇ、シエスタそんなことまでしちゃうの、マジでいいの?ぐへへへへ。

妄想の中でセーラー服を身にまとった黒髪の女の子と映画館行って、ゲーセン行って、その後は……。
もはや顔が『記すことさえはばかれる』レベルに近付きつつあった才人の精神をサルベージしたのは妄想彼女の親戚だった。

「こらサイト、あんたなんて顔してるのよ」
「ぅえ゛!?」

予想もしていなかった声に、才人は思わず振り向いた。
そしてできるだけキリッとした顔でもう一度振り返った。

「やぁ、久しぶりダネ、ジェシカ。君の瞳は相変わらず10万ボルトダヨ」
「今更取り繕っても遅いっつーの」

色々と台無しな再会だった。



1-2 魔法学院校舎裏

「で、なんだってこんなとこに来たのさ?」

才人発案、コルベール印の手押し一輪車に薪を載せ、厨房に向かいながらジェシカに問い掛ける才人。
魔法学院の周囲には何もない。
トリスタニアに行こうにも虚無の曜日がまるまる潰れるし、ちょっと暇だから遊びに行くか、ということもできない陸の孤島に近い。
コンビニが乱立する現代日本からやってきた才人には信じられない環境だ。
そのためか貴族、使用人に関わらず娯楽に飢えている。
常に面白いこと、新しいことはないか、と目を輝かせている人々も多く、噂話は音のように早く伝わる。

それはさておき、ジェシカはハルケギニアではあまり見られない一輪車を興味深げに観察しながら、

「まーマルトーおじさんに用があったんだけどさ、ついでにサイトにも聞きたいことがあったのよ」

シエスタにも会えるしね、とほんのちょっぴりはにかみながら答えた。
そんな彼女に純情な青少年代表(ど、にはじまり、い、におわる)である才人は暑さの補助もあってか瞬時に沸きあがった。

――え、これフラグ?フラグだよな??
ていうかコクハク寸前な感じ?
いやー俺もモテるな参っちゃうなー。
…フェイントじゃないよね?
俺、モグラなのにイイノ??
いやいや、でもアルビオンの英雄とか、そんな感じでもあるよね。
虎街道でもがんばったし、平民の星だし。
ココ、魔法学院校舎裏だし、ゼロのサイトチャマでもいいんだよね!
教えてツンデレ閣下!!

才人はラジオなのに沖縄ロケを敢行した、ヴァリエールさん家のルイズさんによく似たツンデレ大明神に祈った。
ツンデレ大明神はよくわからないボタンを押した。
途端脳内に響く『きゅんっ』という甘い声。
イケる!
才人は確信した。
無論ジェシカに告白するつもりは欠片もなく、ワリと切実なだけどどーでもいい話をしにきたつもりだった。
才人がでれっといきなり顔面崩壊することなど予想できるはずもなく、ずさっと距離をとった。

「キモッ!」

才人の精神は再び飛び立った。
アレは中学何年生のことだったか、体育祭のフォークダンスの時だ。
当時の才人は顔も悪くなく、性格も抜けていて負けず嫌い、とマイナス評価になるところはなかった。
しかし沸き立つスケベ心だけはあったのだ。
それが不特定多数の女子とお手々をふれあうことになったからさぁ大変。
はじめの頃は良かった、まだ耐えれた。
しかし、気になるあの娘が近づくにつれてどんどん妄想が膨らんでいったのだ。
俗に言う、『ロマンチックがとまらない』状態だった。
何故か踊っているのはオクラホマミキサーであるにも関わらず妄想の中のタキシードな才人とドレスを着飾ったあの娘は情熱的なタンゴを踊っていた。
シャンデリアの煌めくホールで見つめあい、激しく踊る二人。
他に誰もいないその世界で徐々に近付く二人の顔。
やがてダンスはクライマックスを迎え、重なる二つの影。
顔がでれでれと融けきった頃にあの娘の番が来た。
「キモッ」と彼女が呟いた。
バニシュ+デスよりも痛いその魔法は才人のトラウマである。

――ああ、あの日も九月なのにこんな暑かった気がするぜ。

トラウマを抉られた才人だが、涙は出なかった。
あの日もぐっとこらえたのだ。

――たとえ手と手が微妙に触れ合っていないフォークダンスでも俺はやりとげたんだ、このくらいなんでもねぇや…っ!

いきなり表情が平淡になり、顔を落とし、肩を震わせはじめた才人を不思議そうに見るジェシカだった。
ツンデレ大明神は、やれやれこれだからヒラガチャマは、と首をフリフリ、ボタンを押した。

『キューン!』

筆舌に尽くしがたい声が響きわたった。



1-3 マルトー親方の憂鬱

外は暑いが中はもっと暑い。
特に厨房は火を使うので倍率ドン!だ。
しかも貴族の子女が通われる魔法学院だ、どれだけ暑くても半袖は許されない。
そんな蒸し暑い中、シエスタは奮闘していた。
既に女王陛下より才人の専属となるよう命令を受けているが、何事も助け合いということで、特に用がないときは使用人たちの手伝いをしている。
近頃は暑さのせいで水精霊騎士団の演習も控えめとなり、毎日のように手伝いをしていた。
そんながんばるシエスタさんを見ながらマルトー親方はうんうん、と腕組みしながら頷いている。

――シエスタはホントに良くできた娘だ。
その主人、我らの剣も負けず劣らずだ。

マルトーは二人のことが大好きだった。
平民の星と言っても差し支えない才人の専属となったシエスタ。
普通の使用人なら偉ぶって驕るであろうところを彼女は変わらず働いている。
桃髪の貴族と恋の鞘当てをやらかしているらしい。
だがそれがいい、とマルトーはにやっとした。
そして何よりも、我らの剣こと平賀才人だ。
シエスタ以上に遠い存在になる、とマルトーは確信していた。
しかし、彼はそんな確信を容易く覆して見せた。

――貴族になってもアイツは何にも変わりやしない。
他の貴族どもが残しちまう料理でも残さずペロリと平らげ、食ったあとは厨房に顔を出してみんなと笑いあい、ついでだからと厨房の分の薪まで割ってくれる。

まるで平民が空想した英雄のような男になった。
水精霊騎士団の連中も才人と関わってから平民だからと無体を働く真似は一切しなくなった。
才人はきっとトリステインをどんどん変えていってくれる、希望を見せてくれる。
子供のいないマルトーにとって、才人は息子のようなものだ。
厨房の面々にとってはまさに誇り高き『我らの剣』だろう。

さて、そんな才人が無表情で厨房にやって来た。
隣にいるのは魅惑の妖精亭オーナー、スカロンの一人娘、ジェシカだ。
ジェシカはジャムの瓶が開かないときのような、少し困った顔で頭をかいている。
この暑さで売り上げが落ちているらしく、先ほど知恵を借りにやって来たがいい助言はできなかった。
シエスタの従姉妹でもあるので協力を惜しみたくはなかったが、マルトーにもいい考えが浮かばなかったのだ。
しかし今はそれ以上に才人のことが気にかかる。

「どうしたぃ、我らの剣?
そんな顔しちまって」
「ちょっとこの暑さで惚けちゃったみたいで……。
水一杯とシエスタ借りれます?」

それならいいが、と少し納得はいかないが木杯に水を汲み、シエスタを呼んだ。
シエスタは能面のような無表情の才人を見て目を見開き、その隣のジェシカを見てさらに目を剥いた。
そんなシエスタの手を引っ張り、才人の背中を押してジェシカは厨房から出ていった。


――今日の晩飯は量と油を控えた方が良いかもしんねえな。

連日の暑さで残飯の量も増えている。
潤沢な量の食材が与えられていてもマルトーはそれらを無駄にするつもりはなかった。
最近ではいかに貴族達に残さず食べさせるか、という課題に厨房一同で取り組んでいるのだ。

「お前ら!休憩は仕舞ぇだ!!」

よし、晩の仕込だ、と頭を切り替えてマルトーは彼の戦場に戻る。



[29423] 第二話 ランナーズ・ハイ
Name: 義雄◆285086aa ID:1951e32c
Date: 2011/08/27 12:59
2-1 平賀家の食卓

完全無欠な英雄はこの世に存在しない。
いや、ひょっとしたらいるのかもしれないが圧倒的少数派だろう。
某フォースと共にあらん人は一度ダークサイドに堕ちているし、落ち込んでいて教官を殺された上に逃げた先でまで運命がまとわりつく男だっている。
世界を救った男女平等パンチを放つ男子高校生も普段は不幸で鈍感だし、中国拳法を極め、多すぎる仲間の死を背負ったからくり大男だって子供の頃は貧弱で泣き虫だった。
指輪を捨てに行くだけの簡単なお仕事に見せかけた壮大な冒険に巻き込まれたホビットもいれば、一見渋くて超強いのに声が意外と高くてちょっとがっかりしてしまうコックから警察官、特殊部隊までこなしてしまう沈黙の男もいる。
しかし、彼らは紆余曲折しようとも、トラウマを持っていようとも、最後には成し遂げるのだ。
勝利を!平和を!!
そして新進気鋭の英雄足るヒリーギル・サートームもご多分に漏れずトラウマを克服して現実に帰ってきた。
ちょっぴり視界が滲んでいても彼も数多の英雄と同じく成し遂げたのだった。

――帰ってきた。俺、帰ってきたんだよ、コルベール先生。

くどいようだが炎蛇氏は生きている。
キュルケ嬢と、若干一方通行気味ではあるものの、きゃっきゃうふふあははとしながら光輝く頭脳をフル回転させ、研究に励んでいることだろう。

さて、なんだかんだ言いつつも才人は最近ストレートな罵倒を、より具体的にはキモがられることはなかった。
才人はアレだがルイズもアレなのは言わずもがな、二人が組み合わさると逆に無敵で素敵なフィールドが形成されるのだ。
その絶対領域を中和・侵食できるのは今のところ汎用冥土型決戦兵器ことシエスタさんと、風の妖精マリコルヌさんに限られている。
そしてタルブ村のシエスタさんも、曾祖父の教育の賜物か、男性をたてることを美徳としており、アレ状態の才人にも罵声を浴びせることはなかった。
オルレアンさん家のシャルロットちゃんも、アレな才人には、見てはいけないものだけどどうしよう、教えてキュルケ!といった有り様で具体的な対処はしてこなかった。
そこに、ジェシカの究極魔法「キモッ」である。
才人にとって、十年間溜めに溜めたエクスプロージョンよりも効いた。
そのせいで現実への回帰が遅れ、気が付けば木陰にいる。
しかもシエスタの膝枕だった。
困惑が混乱になりつつもがばっと起き上がる。

「サイトさん、気がつきましたか」
「お、よーやくしゃきっとしたわね」

湿度のせいか、木陰に入ると大分涼しい。
そこらへんは日本よりもマシかなぁ、と考えながら疑問を口にした。

「えっと、ジェシカ、なんでここに?」
「もー、さっき言ったじゃん。
マルトーおじさんとサイトに用があったのよ」

マルトーとスカロンが旧知の仲らしく、ジェシカはマルトーのことをおじさん、と慕っている。
シエスタが魔法学院に奉職しているのもそのツテを頼ってのことだ。
そして才人の中でさきほどのことは封印されたらしい。
トラウマを乗り越え英雄になる日は遠そうだ。

「ふーん、そうだっけ?
暑さのせいでまだぼんやりしてるや」
「ま、それはいいわ。
サイト、あなた確かひいおじいちゃんと同じトコ出身だったわよね?」
「ああ、そうだけど」

会話の合間にもシエスタが団扇をぱたぱたと扇いでくれる。この団扇は武雄ひいおじいちゃん直伝だとか。
トリステインにも何故か竹っぽい植物はあるのでそれから作るのだ。

「実はマルトーおじさんにも相談したんだけどさ、この暑さで店の売り上げが落ちてんのよ。
それでちょっと風変わりなイベントとか、料理を出したいんだけど、サイトの故郷でそれっぽいの、ないかな?」

お願いっ、と両手を合わせるジェシカに才人の胸はちょっぴり高鳴る。
日本人の血のせいか、ジェシカもシエスタも親しみやすく、しかも可愛い。
そんな娘にお願いされちゃえば否応なしにがんばるしかねぇ!と、戦場でもないのに才人のココロは震えた。
同じく木陰に転がされていたデルフはそれを微妙な気持ちで見守っていた。

――夏っぽいイベント、か。

才人が真っ先に思い付いたのは花火大会だ。
ここ、トリステインでは色鮮やかな火を夜空に打ち上げるなんて誰も思い付かないだろう。
しかし、魅惑の妖精亭単体で考えると少し弱い。

――甲子園、お盆、海水浴、山登り、七夕、他にはっと……。

「マルトー親方も料理に苦心してますよ。
どうにも残す人が多いみたいで」
「今年は暑くなるみたいだしね~。
おじさんも大変だぁ」
「今年は暑くなるって、なんでわかるんだ?」

ハルケギニアのお天気事情を知らない才人が問い掛ける。
するとジェシカとシエスタは顔を見合わせて苦笑した。

「いえ、テンキヨホウシュっていう職業を自称されている貴族様がおられるんです」
「要はお天気を占っているらしいのよ。
ヨシュズミィ・ド・イシュハァラっていうお貴族様なんだけどね。
これがまた当たらない当たらない」
「最初の頃はみんな少しは信じてたんですけど、今となっては、『占いと逆になると考えれば良い』って」
「そうなのよ。
なんでか知らないけど占いとまぎゃくになるのよねー。
で、今年は冷夏になるっていうからきっと暑くなるのよ」
「スクウェアクラスで平民にも偉ぶらない、家柄も良いと他は完璧なのにこの趣味で他の貴族様には笑われているとか」
「先週うちに来たけど『台風二号が来れば……』ってぼやいてたわよ」
「なにそれこわい」

これも元の世界との奇妙な類似点なのかもしれない。
とりあえずイシュハァラさん家のヨシュズミィさんのことは思考の隅に追いやって、才人はさらに夏らしさを追い求めた。

――ジェシカの悩みもマルトー親方の悩みも料理さえあれば解決するんだ。
考えろ、夏に食ったものを思い出すんだ!
そうめん、そうめん、そうめん……。

才人の母親は存外ずぼらなところがあったらしい。
毎日のようにそうめんを食べていたような気がした。
しかも才人は素麺の作り方など知らない。

――他の他の他のッ!!
そうめんサラダ、茄子そうめん……。

哀しいまでにそうめん尽くしだった。

「ホントはそうめん、っていう米から作る麺を使うんだけどさ。
きゅうりを細く切って、トマトをざく切りにして、マヨネーズで和えたやつは美味しかったかなぁ……」
(作者注:そうめんは小麦粉由来です。才人君は勘違いしています)
「ふんふん、パスタでも出来るかしら」
「たぶん、細いパスタだったらできると思う。
豚肉とかいれてもいいと思うし」

シエスタから団扇を受け取り二人を扇いでやる才人。
ついでに、剣って暑いとかあるのかしら、と思いながらもデルフも扇いでやった。

――夏っぽいと言えば他にもざるそばかな。
たっぷり盛られたそばを、まずは香りをかいで、そしてつゆにつけてずぞぞっと啜るとたまんねぇーよなぁ……。
トリステインにも蕎麦の実ってあるのか?
あ、冷やしうどんもアリかな。
ねぎを散らして、鰹節をたっぷりまぶして、半熟卵はやっぱ欠かせないよな。
ずるずる啜って、ある程度箸を進めたら卵を割るか、それともそのままちゅるっといくか、それが悩むんだよな~。
いやいや、冷やし中華っていう手もあるぞ。
錦糸玉子、きゅうり、ハムは鉄板として、トマトなんかもいいしミョウガ、オクラも美味かった。

そうめん祭りが終わっても才人はドコまでも麺類だった。
このままではSSの主旨がどんどんそれていってしまう。
それほどまでに才人は郷愁を覚えていた、主に食料方面で。
しかし、ここで才人に電流走る。

――枝豆……圧倒的枝豆!!
たっぷりの塩水で湯がいた枝豆がビールに合うって父さんも言ってた!
そして冷奴だ!
醤油だけ垂らしてもいいしねぎ、しょうが、鰹節、ミョウガ、ラー油系に走ってもまたアリだってばっちゃも言ってたはず。
待てよ、確かあの漫画ではホカホカの焼き鳥とキンキンに冷えたビールの組み合わせが……。

才人は遠く彼方、地下帝国に思いを馳せた。
才人君は未成年なので知る由もないが、この季節キンキンに冷えたビールは極上である。
たっぷり汗をかいたジョッキになみなみと注がれた黄金色の飲料。
その上には体積比にして2~3程度の白い泡があれば尚良し。
特に10分程度で構わないのでジョギングをするとこの世のものとは思えない味になる。
ツマミはスナック菓子などよりも塩キャベツ、枝豆、皮ポンに代表されるあっさりシンプル、なおかつ塩味強めなほうが筆者は良いと信じている。
しかし、ビールをメインと考えるか、補助と考えるかによって意見は大きく左右される。
上述した意見はあくまでビールメインのものだ。
酒をメインと考えるならば塩というものは外せないので覚えていて欲しい。
良い岩塩だけでなく、普通の食塩でも、塩を舐めるだけで案外ツマミになるモノだ。
また日本酒ならば、かまぼこをはじめとし、浅漬け、冷奴などより和風料理に傾いたものが良いだろう。
しかし、日本人としてはやはり鮮魚を試していただきたい。
休日の暑い午後、アジの刺身を肴に、よく冷やした冷酒などがあればこの世は天国に匹敵する。
閑話休題。
才人は沼に囚われそうになりつつ、必死に考えをまとめる。
筆者も残念なのだが、トリステインではワインの方が圧倒的支持を受けているのでこの案がうまくいくかは不明だ。

――だんだん頭が回ってきたぞ。
暑い中食うカレーは最高だ。
でもおそらくスパイスが足りない。
そもそもガラム・マサラがよくわかんねぇ。
ゴーヤー・チャンプルーか?
ゴーヤが手に入る可能性は低そうだ……。
考えろ平賀才人。
お前ならできる。
男なら、誰かのために、強くなれるんだ。
女の子のためならお前は英雄にも天才にもなれるんだッ!!



2-2 授業は踊る、されど進まず

才人が脳内でクライマックスを演出している頃、そのご主人様は授業中だった。
窓際の席に陣取り最早進まなくなった授業と呼べない男の意地の張り合いをぼんやり眺めている。
ギトー教諭の授業でこのような事態は珍しい。
みんなの太陽ことコルベール先生の講義は大いに脱線し、しばしば休講になる。
しかし、このくそ真面目で嫌みな教師はきっちりかっちり修業を行うことでも有名だった。
何がいけなかったのかは誰も知らない。
きっと才人ならこう答えるだろう。

「太陽のせい」

吹っ掛けたのはグラモンさん家のギーシュくんだった。
例によって絶好調で有頂天なギトー風最強授業で彼はこう言った。

――先生、先生の講義で風が最強であることはよくわかりました。

ギトーはニヤリと笑いながら、数量限定のアンリエッタ女王陛下の写し絵をゲットしたかのように、満足げに頷いた。

――しかし、先生の講義では最強である以外、何も示されておりません。
我が土の系統のように人々の役に立つようなところを見せていただけないでしょうか。

この挑発にギトーはちょっぴり頭に来た。
風は最強であるがゆえに庶民の生活とは密接しないと言うのが彼の意見だった。
ここでギーシュはさらに畳み掛けた。

――しかし、いくら最強たる風の系統でもいきなりは難しいでしょうね。

元々沸点の低いギトーだ。
これには負けておれぬ、と声を張り上げる。

――調子に乗るな。
風に不可能はない!

頭に来ていたギトー教諭は風最強、から風に不可能はない、と持論が変わってしまった。
一瞬、ギーシュの瞳が妖しく輝く。

――ならば簡単に。
この講義時間中教室を涼しく保ってください。
我が土の系統でもドットスペルで達成できることです!

言うや薔薇を一振り、現れた七体の青銅の戦乙女たちはその手に巨大な団扇を携えていた。
ワルキューレの自立稼働で団扇を扇がせ、ギーシュはギトーに向かってニヤリと笑った。
対するギトーはウィンドを唱えた。
ギーシュのワルキューレが巻き起こす風よりは強く、されどモノは吹き飛ばさない程度に弱く。
タバサですら及ばないほどの絶妙な力加減がギトーの高い実力を示している。
しかし、一分もたたないうちに風は止んでしまう。
さらにギーシュは勝ち誇って嘲った。

――このやろう!

ギトーは大人げなく偏在まで繰り出して交互にウィンドを唱えはじめた。
そんな状態で授業を進められるはずもなく、男達は不適に笑いあいながら意地を張り通していた。
そして場面は冒頭に戻る。

――はぁ、オトコってホントバカよね。
ギーシュもあのバカ犬の影響でもっとバカになってるし。

ルイズの知る限り、ギーシュはこのような愚行に走る人間ではなかったはずだ。
ちらりと見たモンランシーも溜め息をついている。
ギトー教諭ですら、今でも融通が効かないが、もっともっと頑なだったはずだ。
彼女の使い魔は方向性はどうあれ、みんなに変化をもたらしているようだ。

――にしても、サイトはどこにいるのかしら。
ご主人様がマジメに授業を受けているというのに……。

既に授業の体を成していなかったが、一応授業中である。男たちのやり取りになぜかマリコルヌ、レイナールなど水精霊騎士隊の面々も加わりはじめている。
お堅いレイナールが参加するなんて……とルイズは戦慄いた。
外から聞こえてくる声にルイズはピクリと反応し、顔を伏せた。

――あ、ああああの犬はご主人様の授業中にナニ大声で騒いでくれちゃってるのかしら。
しかもこれあのメイドだけじゃなくってジェシカの声も混じってるじゃない!

あとで鞭打ちね、とまるで卵を割るかのような気軽さで非情な仕打ちを決定した。
ギラリと光った眼に遠くからルイズを眺めていたモンモランシーはビクッと肩を震わせた。
外からの声はいよいよ大きくなっていた。

「だからエールを冷やせば良いんだよ!
俺の国のギャンブラーも言ってた。
キンキンに冷えたエールは犯罪的で、強盗すらやりかねないって!」

その後もあーだこーだと続く声。
ルイズは怒りがだんだん羞恥に変わりつつあることを感じていた。

――もー!ホントにあの犬ナニやってんのよ!?
バカバカバカ!
もう知らないもん!!

羞恥に頬を染めて、前をキッと睨めばそこには男たちの輪があった。
もはや学級崩壊と言うレベルじゃない。
教師が進んで破壊しにまわっていた。
今の議題はエレガントな涼しさの演出法。
ここはあえて火を使うべきだ!と主張するギムリがレイナールとタッグを組んで、水の円柱内で燃える炎を実現していた。
そこにギーシュが錬金で作った銅粉末を撒き散らし、マリコルヌが巧みに風を操り、炎色、形を制御している。
無駄に洗練された高度な技術に流石のギトーも感嘆した。
外の声なんて誰も気にしちゃいない。

――ふふ、そう。
そういうことなの。
ならいいわ。

教壇の近くで水精霊四天王が、燃える水柱の前で顔をぐるぐる大きな円を描く運動をしていた。
アレも才人の入れ知恵だ。
垂直だった円柱はゆっくりとひしゃげはじめ、やがて円形になった。
その中では十字型の炎が時折色を変えながらくるくる回転している。
ルイズの頭の中ではすでに決着がついていた。

――罪人、犬。
だから、私がむかむかして教壇を吹っ飛ばしたとしても、私何にも悪くないの。
あとで犬に鞭打ちでも食らわせれば、皆きっと笑って許してくれるわ。
ええ、皆笑顔でにっこり笑ってくれるわ。

羞恥が一周して再び怒りに戻ったとき、ルイズはエレガントに立ち上がり、涼しげな声でルーンを唱え、淑やかに杖を振った。
きちんと椅子に座っていた女性陣は長年の経験からサッと机の下に滑り込んだ。
一方男性陣は先ほどのオブジェにどのような名前を討議しており、ルイズの暴挙に気がつかなかった。
迸る閃光、響く爆音。
その爆発はバカどもを飲み込み、軒並意識を刈り取った。
一年ほど前とは違い、誰もゼロのルイズと囃し立てない。
いや、できない。
ルイズはこの世のものとは思えないほどの綺麗に微笑んでいたのだ。
話しかければ次は自分がやられる!という確信のもと、女性陣は爆発をなかったことにした。
男たちの屍を残しつつ真夏日は過ぎていく……。



[29423] 第三話 ICE PICK デルフリンガー
Name: 義雄◆285086aa ID:1951e32c
Date: 2011/08/27 13:00
3-1 特攻野郎Oチーム(Ondine)

その晩、アルヴィーズの食堂では前菜として珍しいものが供されていた。

「そこのメイド君、そう、君だ。
これは一体なんだい?」

ギーシュはそばを歩いていたメイドに疑問をぶつけた。
両手で覆えるほどのガラス容器にキラキラ輝く小さなカケラが小山のように盛られており、そのてっぺんには薄紅色のソースがかけられている。
日本の諸氏には夏の風物詩として馴染み深いがここ、トリステインでは真新しい料理としてうつるようだ。

「シュヴァリエ・ド・ヒラガ様の故郷の料理で、『カキゴォリ』というらしいですわ。
なんでも細かく砕いた氷にジャムを薄めたソースをかける、夏ならではのものだとか
スプーンでお召し上がり下さい」

ありがとう、とギーシュはメイドを見送った。
ハルケギニアでは氷を食するという習慣は一般的ではない。
冬場の行軍で雪を食べれば腹を下す、ということが経験則的に知られており、好き好んで食べようという気は起きないのだ。
一部の例外が貴族の中の貴族、もしくは夏でも雪には困らないアルビオン人である。
彼らは夏場に高山地帯から万年雪を取り寄せ、ワインに雪や氷を入れて楽しんだり、果汁を氷室で凍らせ、それをギザギザスプーンで砕いて食すのだ。
そんな例外を除けば、夏に雪や氷を間近で見る者は少ない。
夏に観られる氷といえばウィンディ・アイシクルをはじめとする攻撃魔法ばかりで、まさかそれを砕いて食べようなどと考えた人間は、おそらくハルケギニアでは才人がはじめてだろう。
始祖より授かりし魔法を食するとは!!とロマリアさんから怒られるかもしれない。
ちなみに氷はタバサが提供した。
好意を寄せる彼のためなら例え変なコトでも応えようとがんばる子なのだ、タバサは。

「ふむ……」

ギーシュは感嘆した。
やはり、彼は違う、と。

――少し大きな雪、といった大きさだろうか、この氷は。
この暑いときにどうやってこのようなものを作ったんだろう?
しかしこれは見た目にも涼しいな。

すっと一すくい、目の高さへ持ってくる。
赤く染まった氷と透明な氷とのコントラストが美しい。
周りは食事時の喧騒があるにも関わらず、ギーシュは一人の世界に篭っていた。
氷がじっとりと室温に融かされる様を観察し、徐に口へ運んだ。

――これはッ!!

ギーシュの精神は十年ほど前に飛んだ。

――当時、魔法を教えに来ていたメイジの先生。
丁度今の僕らほどの年齢だったか。
金色のロングヘアーに厳しい目元が特徴的な女性だった。
あの頃の僕は魔法が今よりも下手で、中々上達しなくて。
だから焦った父上は半年ほどで家庭教師を変えたのだ。
初恋だった。
僕は先生に思いを伝えたくて、駆け寄って、躓いて……。

『先生、小さいんですね。』

ああ!
子どもだったとは言え僕は何て残酷なことをレディーに言ったんだ。
そして何て無謀で命知らずだったんだ!!
僕はあの後何週間ベッドの上で過ごしたのか……。

「ギーシュ、おい、ギーシュ?」
「はっ!?」
「どうしたんだよ、食事中に固まるなんて」

左隣に座ったレイナールが少し心配そうな目でギーシュを見ていた。
正面に座るマリコルヌはそんなギーシュにお構いなく、かき氷を味わっていた。
幸せ一杯!といった面持ちだ。

「いや……あまりにこのカキゴォリが素晴らしくてね
なんというか、そう、甘酸っぱい初恋の味がしたよ」

髪をかきあげながらレイナールに応えるギーシュ。
幼少期の彼は当時頭までしこたま殴られあまり記憶が鮮明ではない。
噂によれば、さる大貴族が長女に『もう少しおしとやかになって欲しい』と知り合いのグラモン家へ家庭教師として紹介・派遣したのだとか。
その経験が実を結ばなかったことは言うまでもない。

「ああ、確かに初恋は甘酸っぱいって言うよな」
「そうさ、僕の初恋もご多分に漏れず甘酸っぱかった……はずなんだけどあまり記憶が定かではないな」

右隣のギムリが茶化すように言うが、ギーシュは首をかしげる。
ナニカあったような気がするんだけどな……とぼやいているがその思い出は封印しておいた方が良さそうだ。

「シャーベットは食べたことがあるけれど味わい・見た目ともに大きな違いがある。
しかし、これはすごい発想だね。
氷の欠片に少し酸味の強いベリージャムを使ったソースをかけるだけ。
そんなシンプルで、誰にでも思いつきそうなものなのに今までなかったなんて。
やはりサイトの故郷、ロバ・アル・カリイエには一度行ってみたいな」
「出たよ、レイナール先生のお料理評価が。
美味いモンは美味い、それだけでいいじゃねーか」
「いや、それは作り手に対して失礼だ。
舌の上でとける氷の涼しさと残る甘酸っぱい風味。
いや、ギーシュじゃないけどまさに初恋の味といっていいんじゃないかな」
「レイナールの初恋か、想像できねーな!
でもこれは美味い!!
発想はサイトだがソースを仕上げた親父さんも相当なモンだな」

ハルケギニアには果物を冷やしたデザート
余談ではあるが、ギムリは美味しい料理を作り上げるマルトーの腕に惚れ込み『親父さん』と呼んでいる。
これも水精霊騎士隊が結成されてからの話なので才人の、平民でも貴族でも気にしないというスタンスが彼にいいきっかけを与えたのかもしれない。
一方、ギムリとレイナールのやり取りを聞き流しながらギーシュはかき氷に見入っていた。

――この料理は美味で、味わった人々を魅了するだけではなく何かがある。
そう、他にも豪華な料理はいくらでも味わってきた。
中には金粉をふんだんに散らしたキャビアや、トリュフを贅沢に使ったパスタなんかもあった。
でも違う。
このカキゴォリは違うんだ!!
誰もが見つけられるものではなく、じっくりと眺めてわかる。
輝くシャンデリアのような煌き、ああ、素晴らしい。
この美しさはそう、モンモランシーのようだ!

盛大にトリップしているギーシュを挟みながらギムリとレイナールの議論は続く。

「こいつに名前をつけてやりたいんですが、かまいませんね!!」
「いいだろう、先手は僕だ。
シンプルに『カキゴォリ・初恋味』というのはどうだろう?」
「待てよレイナール、カキゴォリって発音はトリステインに馴染みがない。
なんとか詩的に捻ってやろうじゃないか」
「なかなか難しい注文をする……」
「『始祖の惠・初恋味』ってーのはどうだ?」
「それはロマリアにケンカ売られても仕方ない名前だね。
色合いを考えて銀や白といったフレーズを入れたほうがいいだろ?
『銀の恋人達・初恋味』という名前はかなりキテると思うよ」
「それなら白いこい……いや、違うな。
この名前はマズイ気がする。
そうだ!
『銀の降臨祭・初恋味』はどうだ!!」
「なるほどな、悪くない気がする。
しかし冷静に考えれば初恋が甘酸っぱくなかった人も要ると思うんだ。
『銀の降臨祭・初恋風味』と少し灰色にした方がいいんじゃないかな?」
「決まりだな、レイナール」
「ああ、ギムリ」
「「魔法学院名物『銀の降臨祭・初恋風味』だ!!」」

結局宗教がらみなのでロマリアからのクレームは避けられない可能性が高い。
そもそもこのかき氷はタバサががんばって氷を作り、才人が伝説の力を遺憾なく発揮してガシガシ氷を削った一夜限りの料理だ。
ロマリアあたりからかき氷器が流れてこない限り、再びかき氷が日の目を浴びることはないだろう。
ここでギーシュ、レイナール、ギムリの三人はマリコルヌが会話に加わらず、またぷるぷるしていることに気付く。

「どうした?マリコルヌ」

メガネをクイッとレイナール。

「何かあったのかい?」

薔薇をフリフリギーシュ。

「俺達でよければ力になるぜ!」

歯を光らせるギムリ。

「おまぇらぁ……初恋初恋うるさいんじゃボケェエエエ!!!!
僕の心の傷をえぐってそんな楽しいか?
ああ!お前らみたくモテるヒトタチはさぞかし楽しいんだろうなぁあああああああああ!!!!!!
初恋?初恋だって??
僕の初恋なんて鼻で笑われて終わりさ、ええっ!!?
近づくこともできずに終わったよ!!!
甘酸っぱい想いなんてする暇もなかったさ!!!!」

もはや彼の独壇場だった。
怨嗟の声はアルヴィーズの食堂中に広がり、一切の音を奪った。
誰も動けない、動いてはいけない。
肩で息をするマリコルヌと、同様の思い出があるのか数名の男子生徒が流す涙。
それ以外の動きは一切無く、世界中の時が止まったかのようだった、と後になって遠くの席にいたケティ嬢は語った。

「俺達が悪かった、マリコルヌ……」
「そうだな……軽率だったよ」

時計を動かし始めたのはギムリとレイナールだった。
彼らは立ち上がり、マリコルヌに向かって頭を下げた。
頭を下げる、という謝罪方式は才人が騎士隊に持ち込んだものだ。
その行為はマリコルヌに、水精霊騎士隊の絆を思い出させた。

「いや、僕もちょっと取り乱しただけで……」

と、頭をかきながらマリコルヌ。
ギムリとレイナールは頭を上げると微笑みながら手を伸ばした。
マリコルヌは二人の手をとり、硬く握った。
小さいながらも食堂に喧騒が戻り始める。

「そうだな……『銀の降臨祭・初恋風味』ではなくて……」
「『銀の降臨祭・失恋風味』にしよう!!」
「やっぱりお前ら死ねぇえええええええええええ!!!!!!!」

この日マリコルヌはラインメイジに昇格したとか。



3-2 特攻野郎・Zチーム(Zero)

「男子がうるさいわね」

ルイズ(中略)ヴァリエールはその可憐な眉をひそめ、不機嫌そうに言った。
マリコルヌフィーバーがウザい、蹴りたい、黙らせたい。
授業の後、鞭打ちを目論んでいたルイズだが彼女の飼い犬はとうとう晩に至るまで見つからなかった。
いつもどおりなら彼は授業終了後、ルイズと合流し、水精霊騎士隊の訓練をこなし、一緒に夕食をとる。
ところがここ一週間急激に暑くなり、騎士隊の訓練は休みがちになり、才人はふらふらと出歩くことが多かった。
それがルイズの癇に障る。

――もう少しご主人様と一緒にいたっていいじゃない……。
普段ならもーーちょっと許してもいいかなぁ、なんて思うんだけど今日はダメ。
お昼にジェシカとシエスタとあーんなに楽しそうにおしゃべりしていたんだから。
ご主人様である私はさらに楽しませる必要があるってこと、あの使い魔はわかってないのかしら。

昼の一件もあり、若干理不尽スイッチが入っている。
当の才人はマルトー親方にかき氷を説明し、タバサと共同作業に励み(アレな意味ではない)、かき氷と賄を貪り喰らった後、ジェシカとシエスタを伴ってどこやらに消えてしまった。
才人を探しに厨房を訪れたルイズは丁度入れ違いであったようで、表情の変化に乏しいタバサに、それとわかるほど自慢げな顔をされた。
そこに来て男どものバカ騒ぎである、きっとルイズじゃなくてもいらっとくるはず……くるかなぁ、きっとくる。
そんなルイズの両隣を固めているのはタバサ、モンモランシーだ。
左隣のタバサはちらっとルイズが見るたびに勝ち誇った顔をする。
モンモランシーはシレッと「あら、これ美味しいじゃない」とかき氷をパクついていた。
彼女達の前にはキュルケ、ティファニア、アニエスが陣取っていた。
アニエスは水精霊騎士隊の訓練で魔法学院に十日ほど前から滞在している。
当初、食事は使用人たちとともにとっていたが、オールド・オスマンに「是非食堂を使いたまえ」と請われて食事場所を変えた。
オスマン校長的には教員席でそのむ……いや、ふとも……まぁ、世間話に興じたかったようだがアニエスはルイズを見かけるとあっさり席を移った。

――これは、何か悪意を感じるわ。

ルイズのシックス・センスは始祖の見えざる手、あるいは悪魔による精神攻撃を敏感に察知していた。
もっともそれを感知していたのはルイズだけだったので、周囲の五人はそ知らぬ顔で食事を進めている。
そしてルイズはいよいよ悪意の源泉、あるいは勘違い、を見いだした。

――これがサイトの言ってた南北問題ね。

テーブルを赤道とした、南半球(ルイズ側)と北半球(ティファニア側)での貧富格差は大きかった。
ルイズは俯いた。
視界を遮るものはテーブルくらいしかない。
左右を見る。
相変わらずドヤ顔のタバサは言うまでもなく、右隣のモンモランシーだって自分と大差ない。
憎むべきは貧困(貧乳)だ、という言葉が地球には存在するが、ルイズは異なる答えを知っている、持っている。
前を見る。
己の敵をしっかり見据えた。

――ブリミル様。
この世界が貴方の作ったシステム(成長予定)どおりに動いているって言うなら、まずはその幻想をぶち殺す!

突き出した右手を勢いよく握り込むと同時に、ギラッと目が光を放った。
ひょっとしたら極小のエクスプロージョンだったのかもしれない。
ティファニアはそれを見て「ヒッ!?」と脅えて両腕でその実をかばった(誤字に非ず)。
その姿にルイズは弾力の強いババロアを幻視した。
大きなババロアをスプーンの腹で抑えれば当然形が歪む。
それと同じことが目の前で起こっていた。
それを見たルイズさんはさらにその目に焔を灯し、掌を自分に向けるよう、肘を折り曲げた。
そしてもう一度、小指から順にゆっくりと折り曲げ、握りこぶしを作る。
遠目に見ると「あの人はガッツポーズなんかして、いいことあったのかしら」程度にしか思われない。
事実、シュヴルーズ先生なんかは「あらあら、ミスタ・ヒラガの考えたカキゴォリがよっぽど美味しかったのね」なんて考えている。
しかし、平然としていたキュルケ、アニエスにすらルイズから発せられる威圧感は重かった。
キュルケは呻き、アニエスは冷や汗を流した。
「これが虚無か……」とアニエスが呟いたかはいざ知らず、ルイズのかき氷はすでにタバサとモンモランシーによって分割統治されていた。

――今なら杖がなくたって、虚無を放てる。
詠唱だって要らない。
心を解き放てば世界を平坦に、いえ、平等にできる気がするわ!!

言うまでもなく、そんな虚無のスペルは存在しない。
あったとしたら『乳崩壊』<デストラクション>とでも名前がついていたのか。
あったとしても何故ブリミルがその呪文を残したか、大いに議論されることだろう。
そんな闘志を燃やすルイズのお腹が小さく「くぅ」と鳴る。
同時に、威圧感は消え、崩壊の危機は去った。
我に帰ったルイズは才人謹製のかき氷が南半球の仲間に奪われていたことに気づいた。
親友だと思っていたクラスメートが実は魔術師だったかのような衝撃、そのクラスメートに肉体的に痛めつけられ、裏切られたかのような気分だった。
持たざる者同士、鋼の結束で繋がれていると信じていた。
特に今日のルイズは才人との触れ合いが少なかった。
授業中も、授業が終わってからも才人と会えず寂しさが少し、ほんのすこぅし積もっていた。
このかき氷のことをタバサから聞いたルイズは

「ふふっ、ご主人様にだけ奉じれば良いのに。
ま、皆に喜んでもらいたいとか、そーいう子犬みたいっていうか、純粋で健気なところもサイトの良いところなんだけど」

とタバサに語った。
そのルイズは才人との絆のように感じていたかき氷を失い、モグラのように沈みこんでしまった。
ルイズがそんなにしょんぼりするとは思っていなかったタバサとモンモランシーは謝った。
それはもう誠意を込めて謝った。
それに対して、ルイズは

「いいの、どうせほっといたら溶けちゃうんだし。
またサイトに作ってもらうわ」

と寛大な態度を示し、淑女らしく優雅に食事をとった。
その後五人に別れを告げ、部屋へ戻り、ルイズは2時間眠った。
そして、目をさましてからしばらくして、せっかく才人が作ってくれたかき氷を食べられなかったことを思いだし、泣いた。



[29423] 第四話 彼女は今日。
Name: 義雄◆285086aa ID:1951e32c
Date: 2011/08/27 01:41
4-1 あるいは『迸れエロス』

『サートームは激怒した。

(中略)

風の剣士は赤面した。』

「っていうのが今度のタニアージュでやるらしいわよ」
「ちょっと待って」

サートームさんは激怒したらしいが、才人は困惑した。
この世は人知を越えた何かが存在する。
ハルケギニアにやってきて、ガンダくんとして色々とあり得ない経験をした才人はそう信じていた。
世界が紅く染まる夕焼け空、青い竜が空をいく。
タバサからシルフィードを借りて、才人はジェシカをトリスタニアまで送っていた。
そんな風韻竜の背中でジェシカが語った超大雑把なあらすじに、才人は聞き覚えがあった。

――え、アルビオンどころか虎街道も十人抜きも、それっぽいエピソードが改変されてるけど……。
ていうかこれひょっとしなくてもアレだよな??

「ちなみにタイトルは『走れエロス』ね」
「今時中学生だってそんなこと言わねぇよ!!」

才人は激怒した。
というかまんまだった。
ジェシカが言うにはすでにこの小説はトリスタニアで大流行しているらしい。
某失格な作家の小説をベースに、実際に才人が活躍したエピソードを巧みに改造し、男同士なアレになっている。
ちなみに王の名はジョゼフ、親友はウェールズと今は亡き王族の名が使われていた。
王族への不敬ってレベルじゃない。
才人は戦慄した。
彼は忘れていたのだ。
ハルケギニアは日本で言う戦国時代的な部分があるということを。
実際の中世ヨーロッパでもそう言った事例に事欠かないことを。
戦場に娼婦を連れてくる、と言ったことは縁起が悪いとして敬遠されている。
つまり、そういったアレな文化に寛容であり、そういったテーマの本も多い。
しかしいずれも空想の人物、もしくは歴史上の人物の本であり、今を生きる人をモチーフとすることはない。
何故なら、流石にそんなことをしたらモチーフにした人物が殴り込んでくるからである。
いくら寛容とは言え、自分がモデルのそういう話を書かれれば誰もが激怒するだろう。
さらにはその本が広がって、社交界でくすくす笑われたり、あからさまに縁談の数が減ったりすると羞恥でハラキリすらやりかねない。
また、作家は基本的にメイジであるため(量産を自らで行える、平民がメイジに依頼すると高くつく)報復行為は刃傷沙汰で済めば軽いほう。
確実に周囲へ大損害を与えるため、ここ千年ほど控えられてきた愚行でもある。
そう言った意味では才人は千年ぶりの快挙を成し遂げた。
アルビオンの剣士こと、ヒリーギル・サートーム氏はガチムチだったが、今では平賀才人自身の容姿も広く知れ渡っている。
それもこれもマザリーニ枢機卿が平民に対する広告塔として彼を利用したからだ。
対貴族として彼の存在はよくない、よくないが平民にとってはどうか。
夢を見させるには丁度いい存在だ。
ロマリアがいまだきな臭いこともあって、軍に登用可能な平民は多ければ多いほどいい、メイジの肉の壁的な意味で。
メイジの数なら国土対戦力比では元々高かったトリステインだが、ここに来て通常兵力の増強にも力を入れ始めていた。
陸軍はまだしも、空軍では艦隊の運営において平民の数・鍛度が戦力に直結することも多く、軍閥貴族の間では才人の評価は上がっていた。
一方、作家メイジの間でも才人の評価(題材的な意味で)は上がっていた。
若く、武勇に優れ、エキゾチックな外見も相まって、作家たちの妄想力が溢れ出したのだろう。
現代では薄い本として出版されるであろうソレは、無駄に凝り性なトリステイン貴族たちの手によって上・中・下巻にしなければしんどいほどのモノが書き上げられていた、しかも10冊以上。
これがもし才人を良く思わない貴族の差し金ならば、みみっちすぎ、同時に有効な手段でもあった。
お金も入り、上手くいけば自刃して、後ろ暗いことは一切なし。

――え?
シュヴァリエ・ド・ヒラガ氏ですか??
彼のおかげで懐が潤っていますよ。
まったく、平民出身とバカにするものではありませんなっ!
最近ではアカデミーで効率の良い写本の仕方を研究しているくらいですよ。

と灰色卿が語ったか否かは定かではない。
『走れエロス』はそんな中でも文庫本ほどの文章量で、平民にも取りやすい良心的な価格設定になっていた。

「シエスタに頼まれたから買っておいてきたけどさ。
なんでも作者はゲルマニア出身のアーベーっていう人らしいけど、そっちの道じゃ近年随一って噂よ?
そんな人にまでモチーフにされるなんてよかったじゃない!」

ジェシカは才人の肩をバシバシ叩きながらケラケラ笑っているが、冗談じゃない。

――冗談じゃない、ていうかシエスタァ……。

そんなおとぎ話は才人に多大な精神ダメージを与えることに成功した。
虚ろな目でぶつぶつ呟きながらデルフに手を伸ばし、すらりと一息に抜き放つ。
達人の技ではあったが目がやばすぎた。
デルフは「やれやれ、相棒はてぇーへんだな」と他人事のようにつぶやいている。
彼も彼で今日は鉈になったりかき氷器になったりと、若干やさぐれていた。
切腹するならばもっと刃渡りが短いものでないといけないが、今の彼には関係なかった。
ただ、生きているのが嫌になった。

――頭を下げるのはいい。
犬でもいい、モグラでもいい。
床で寝てもいいし、生きるためならワリとなんでもやってやる。
でもソレはダメ、もう誰も信用できなくなる。
ひょっとしてコルベール先生の『炎蛇』ってソッチ由来なの!?
ソレなら『閃光』のワルドって、一見強そうだけど哀しい、すげー哀しい……。

勿論二つ名の由来はソッチ方面ではない。
一息に自刃しようとした才人だが二つ名考察で固まってしまった。
その隙をジェシカが見逃すはずがなかった。
いきなり剣を抜き放った才人にギョッとしたが、タニアっ子はいざというときの度胸がなきゃやっていけない。
それでも正面からは怖いので、才人の側面から抱きつきながらデルフを取り上げた。

「なにやってんの!?
危ないでしょ!!」
「もういいんだー!
後方からの友軍の攻撃なんて受けたくないー!!
っていうか、こんな、生き恥、止めて、くれ……」

半泣きどころか滝のような涙を流しながらも才人は止まった。
ぜんまいの切れたお猿の人形のように動きは弱々しく、とてもじゃないが英雄なんかには見えない。
デルフはすでに抱きついたジェシカの手の中にある。
才人は、普段ならば「困ったぞ」とでも言いそうな顔で、泣きながら笑っていた。
その横顔に、ジェシカはナニカ来るモノがあった。

――ナニコレ、胸が、ちょっとぎゅっと来る……。
言うなれば『きゅんっ』と来たという感じか。

ハルケギニアにチワワがいて、それがプルプルしてる様をはじめて見ればジェシカは同じ気持ちを抱いたかもしれない。
才人は童顔だ。
メタ発言で申し訳ないが、アニメではそんなことないが、西洋系の顔と比較して東洋系の顔はかなり幼く見える。
見ようによっては、才人はタバサと同年齢に見られても仕方がないくらいに感じられていた。
そんな年下に見える少年が、大人のするような泣き笑い。
ジェシカはこの年まで恋を知らなかった。
酒場で会うような男どもは基本的におっさんで、酔っ払っているせいもあってストレートにエロくてウザい、そのうえお客だから一歩引いてしまう。
職場以外には出会いなんか買い物くらいしかない。
その買い物ですら、神の見えざる手(スカロン・ディフェンス)でガードされていた。
そんなジェシカが出会ったのはご存知平賀才人。
彼は強かった。
お客としてではなく、同僚として接した時間もそれなりで人もよく知っている。
ちょっぴりスケベだけど優しくて、今まで見知ってきた男達とは違う。
しかもあれよあれよと言う間に出世して、今ではトリステインではほぼあり得ない平民出身の貴族となってしまった。
彼は距離を感じさせることもなく、今回の相談にも親身になってくれた。
そんな少年が、弱みなんか見せたことのない少年が、泣いている。
その横顔に、ジェシカはくらっと来た。

――ヤバい、なんかよくわかんないけどヤバい。
この気持ち、よくわかんないけど、うん、苦しいけど気持ちいい……。
ジェシカの胸が高鳴り、顔が熱くなる。

夕焼け以外の理由で頬がほんのり染まっていく。
日本で言う『萌え』という感情が大きくなって、赤い実が弾けるまでに、時間は必要なかった。

――のどがぎゅっと苦しくなって、アルコール入ったみたい、くらくらする感じ。
ドキドキがすっごい。
なんだろう、これ……。

「ちょっとだけ、トリスタニアまでこうさせて……」

奇しくも彼女は夕食に『銀の降臨祭・初恋風味』(結局失恋風味はボツになった)を賞味していた。
ジェシカはすっと才人の肩から背中へと身体をずらした。
そのまま少しだけ、強く少年の身体を抱きしめた。
くたっとデルフを持つ手の力が抜け、シルフィードの背中に峰が当たる。
背中でそんなむず痒くなるようなやり取りをされた上、理不尽に叩かれたシルフィードは、超迷惑そうに「きゅい……」と一声あげた。



4-2 使い魔失格

さて、困ったのは才人である。
ジェシカを送る。
話を聞く。
錯乱する。
デルフ取り上げられる。
背中から抱きつかれる。←イマココ!!

銀の戦車の人みたいな心境だ。
しかし、彼がありのまま今起こったことを魔法学院で話そうもんなら、朝日とともにその命は消え去ってしまうだろう。
途方にくれるとはこのことだ、と才人は今自分がどういうイベントをこなしているかも知らず、心の中で嘆息した。
ふと、ここで彼はあることに気付く。

――ヤバい、なんかよくわかんないけどヤバい。

それはジェシカがちょっと前に思ったことと同じだったが、意味は全く違っていた。
才人は何がヤバいのか十分に承知していたのだ。
しかし、それを口に出すのはシャイボーイ・サイトとしてははばかれる。

――これ、あたってる。
なにか大きくてあったかくて柔らかいのがあたってる。

泣いた子が笑った。
むしろ笑ったというよりも、アレになった。
背中に抱きついているため、才人のアレ顔が見えないのはジェシカにとって幸せなのかもしれない。
しかし、平賀才人は少しでも学習する男。
顔を引き締めて、それでも崩れてきたが、困ったような笑顔になった。
そして何故こうなったかを冷静に考えはじめた。

――KOOLになれ、平賀才人……。
お前はやればできる子だ、冷静に考えろ。
こういったシチュエーションはどうしたら起きる?

才人がまず思いついたのは恋愛系の漫画やドラマだった。
そういうシチュエーションで才人は「爆発しろ!」と思う側の人間だった。
それがよくない、むしろマズい。
そこで思考停止しておけばよかったのにさらに考えを進めてしまった。
彼はダメージを受けると途端に卑屈なモグラになる。

――いや、それはないな。
なぜならジェシカは昼間、俺に、俺に……ナニカ辛いことがあった気がする。
そう、きっとなじられたはずだ。
好きな人に対してそういう態度を取るのは基本的にルイズとかモンモンとか貴族。
だから違うんだ。
となると、高所恐怖症か??

第二案はまっとうなモノに才人の中では思えたが、これも即座に否定した。

――高所恐怖症の人ならシルフィードに乗ることすら嫌がったはずだ。
それに最初の頃はジェシカも喜んでたし、普通に会話も弾んでいた。
じゃあなんだ、なにか俺は見落としている……。

見落としたものはすでに遠く彼方にあった。
きっと才人がそれに気づくことはまぁないだろう。

――『トリスタニアまで』って確かジェシカは言ってた。

そうか!!
トリスタニアに何かイヤなことがあるんだ!
だからわざわざ遠い魔法学院までやってきたんだ。
ホントはマルトー親方に相談したことってのもそれに違いない!

才人は今日も絶好調だった。
日中の湯だるような暑さが脳にキテたのかもしれない。
元々ちょっぴり妄想好きな男子高校生である才人の脳内では、すでに主演自分、ヒロインジェシカのドラマが月9ではじまっていた。

――魅惑の妖精亭まで送るだけじゃダメだ。
スカロン店長に話を聞かないと。

才人はありもしない事件の解決を固く、固く誓った。
ジェシカの手からデルフを取り上げ、素早く鞘に納める。
ジェシカを背中に張り付けたまま、トリスタニアの夜景が近づいてきた。
盛んに明かりが焚かれている区画もあれば、黒く沈んでいる通りもある。

――この街の闇でどんなことが……。
いや、関係ないんだ。
どんなことがあっても関係ない。
ジェシカ、俺、絶対に守るから。
お前を傷つける連中、残らずまとめてぶっ飛ばしてやるから。
だからさ、また気楽な笑顔を見せてくれよ。

キリッとした顔でトリスタニアの灯りを睨む。
ご主人様そっちのけで「俺はジェシカの騎士になる」とデルフの鞘を固く握りしめる才人。
一方、我に帰って抱き着いていることに恥ずかしくなってきて、頬どころか耳まで染め上げるジェシカ。
今日も今日とて非生物しか相手にしておらず、自分の存在意義を自問自答するデルフ。
自分の背中で起きたことを余さずタバサへ伝えることを決意したシルフィード。
それぞれの思惑を胸に青い竜は王都の空を滑る。



[29423] 第五話 Wonderful 才人
Name: 義雄◆285086aa ID:1951e32c
Date: 2011/08/26 08:00
5-1 黒髪のバラード

ある男は言った、このような美味があったとは。
またある男は言った、お伽噺の妖精のようだ。
さらにある男は言った、唯一の欠点さえなければ聖地に匹敵する。
魅惑の妖精亭である。
唯一の欠点とはなにか、議論の余地は残されるがトリスタニアでも中堅の酒場だ。
そんな一部の男の理想郷に降り立った才人とジェシカ。
才人はシルフィードに、後で迎えに来るよう頼んで、酒場の扉をジェシカとくぐった。
噂好きのタニアっ子たちに見られているとも知らずに……。
さて、すでに日は彼方山間に接するほどであり、魅惑の妖精亭は見目麗しい女性とソレ目当ての男性で溢れていた。
才人は久しぶりに来たなー、とぼんやり店の中を見回した。

――客入りはいい。
でも、確かにジェシカが昼間言ったとおりいつもより一割二割は少ない。
やっぱりジェシカがらみでナニカあったに違いないな……。

才人はジェシカ事件(と彼は名づけた)の首謀者をモット伯のような好色貴族である、とにらんでいる。
その貴族が暗躍して客入りを少なくし、ジェシカが身売りするしかない状態に追い込もうとしている。
仮想敵対者に才人のココロは震えた。
油断無く周囲を観察し、間諜を探る。
気分は24時間な男である。
しかし周りから見れば、背の高い子どもが慣れないところに来てキョロキョロしている、といった風に見えた。
その間にもジェシカは才人を腕をとり、スカロンのところに引っ張っていく。
厨房でジェシカは気分が悪い、とスカロンに訴えていた。
流石にあんな気分のまま店には出られない。
一度気持ちを落ち着けたかった。
その頬はまだ赤く、風邪をひいたと言えば納得されそうだ。
スカロンはジェシカの顔をじっと見つめ、一言「あらあらまあまあ」と娘を部屋に追いやった。
父と母が両方そなわり、最強に見えるスカロンにはまるっとお見通しなのかもしれない。

「スカロン店長、話があります」

いつもなら「ミ・マドモワゼルって呼びなさいっ」と茶化すスカロンだ。
しかし、この時ばかりは才人の真剣な眼差しに何かを感じとり、「こっちへいらっしゃい」と事務室へと才人を誘った。

――さてさて、どういう話になるのかしら?

この時のスカロンは、先程のジェシカの様子から交際の報告かしら、なんて暢気に考えていた。
それが数分後に覆されるとは夢にも思わずに。

「ジェシカは狙われています」

椅子についたと同時、機先を制したのは才人だった。
スカロンが期待していた、若者らしい情熱やら桃色やらの空気は一瞬で消し飛んだ。
机を境に才人はかなりシリアスな雰囲気をかもし出している。
しかし、狙われていると言ってもスカロンには理解できない。
疑問を才人に返した。

「なんで、サイト君はそう思ったのかしら?」
「これから説明します」

そうして才人は魔法学院でのこと、帰り道のこと、自分の考え(妄想)をふんだんに脚色してスカロンに訴えた。
才人はマジだがスカロンは大人だ。
ああ、この子は思春期特有の病を患ったんだな、と考え、これは利用できる、と思い当たった。

――ジェシカも遅い初恋を迎えちゃったみたいだし、この件を利用しちゃおうかしら。
サイト君は自分でジェシカを守って安心するし、あの娘もサイト君がいれば嬉しい。
それにおじいちゃんゆかりの男の子がお婿さんだなんて素敵じゃない!

スカロンは職業柄か、貴族だの平民だのを一般人よりは意識しない人物だった。
それよりも才人の人柄、故郷などを思い、ジェシカにぴったりだと考えたのだ。

――シエスタちゃんには悪いけどウチの娘は手強いわよ。
ルイズちゃんからもきっと奪ってみせるんだからっ!

心の中で「貴族だからいっそ両方貰ってもらえばいいかもしれないわね」なんて本人そっちのけなことを考えながらスカロンは悩むふりをする。
心の中はウキウキだがそれを表に出すことは一切ない。
汚いなさすが大人きたない。
そして娘のために一芝居うつスカロンは父親というよりも母親に近いのかもしれない。

「そう、サイト君も気づいたのね……」
「!
やっぱりですか!?」
「ジェシカは一週間くらい前から元気が無いわ。
物憂げな雰囲気で、お店のほうでもミスをやらかすくらい」

大嘘である。
ジェシカはこの暑さにも関わらず健啖で、店に来た夏バテ気味のお客まで大いに盛り上げている。
だが才人はそんなことを知るはずもない。
自分の推測に肯定的証拠を突きつけたスカロンの悪意(あるいは善意)に気づくこともなくヒートアップしている。

「相手の黒幕は分かっていますか?
チュレンヌみたいな奴でしょうか??」
「いえ、相手が店に来ることはないわ。
ただジェシカには買出しをやらしているし、そのときに接触されているのかもしれない」
「そっか、店に来ないとなると特定が難しそうですね」
「店を回すためには、ジェシカの買出しを止めるわけにはいかないわ。
いくら一人娘が大事だからって、他の妖精さんたちの生活もあるし、店をしめるわけにも行かない。
ミ・マドモワゼルも忙しすぎて一緒についていってあげられないし……」

巧みに才人の思考を誘導していくスカロン。
汚いなさすが大人きたない。(二度目)
才人は「ああ、幸せな人なんですね」と同情を受けそうなほど自分の世界に埋没していった。
つぶやく言葉はスカロンにも聞き取れず、顔も段々うつむいてきている。

――もう一押し、必要かしら。

「サイト君、ジェシカは……大丈夫かしら?」

不安げな、野太い男声だった。
しかしそれは娘を心配する親の声だった。
才人はココロの中で決意を固める。

「スカロンさん、俺がジェシカを助けます。
きっと、救い出してみせます」



5-2 黒髪のタンゴ

コンコン、と乾いたノック音が廊下に響いた。
部屋の中からゴソゴソ動く気配がし、ゆっくりとドアが開いた。

「なに……ってサイト?」

料理が想定していた味とちょっと違った料理人のような不機嫌顔で現れたジェシカは、予想だにしない人物を目の当たりにして、あたふたと慌てふためいた。
そしてつんっと顔をそらす。

――なんでこんなタイミングで来るのよコイツは~。
もう少しですっかり落ち着けたのに……。

顔をそらすことで誤魔化せただろうか、とちょっぴり不安を覚えるジェシカ。
そんなジェシカにかまわず、才人は「ちょっと部屋、いいか?」と気軽に声をかけた。
これに驚いたのはジェシカだ。
才人は、魅惑の妖精亭で働いていた時ですら、同僚女性の部屋を訪れることはなかった。
しかも彼女にとって、さっきのことがあったばっかりである。
その意味をどう勘違いしたのか、ジェシカの顔は「ぽん!」という擬音語が相応しいほど、瞬時に赤くなった。

一方の才人である。
普段の彼はこんな暴挙に走ることはない。
それは彼が純情な青少年であるということもあり、またそんな狼藉を働けば命の危機に瀕するからだ。
だが、今の彼は素敵に無敵だった。

「散らかってるなら片付けるまで待つけど……」
「えっ!? いや、ダイジョウブダイジョウブ。
サイトが来るなんて思ってなくてびっくりしちゃった、あはは……」

さらにプッシュ。
ジェシカはさらに困惑した、いや、むしろ混乱した。
理由を聞くこともなく自分の部屋に少年を招きいれた。
普段はガードゆるゆるに見えて、実はアラミド繊維防弾チョッキを身にまとっているような、ジェシカらしからぬ行動だ。
さて、ジェシカの部屋は年頃の少女らしく、整理されていた。
清潔そうな白いシーツが敷かれたベッドに丸い机、椅子が三脚、化粧台には可愛らしい小物がぽつぽつと置かれている。
大きな編みかごに『贈答品!』と書いてごちゃっとまとめているのはご愛嬌。
部屋の主であるジェシカを差し置いて、何故か才人は彼女に椅子を勧めた。
勧められるがままに座るジェシカ。
落ち着かなそうに机の上で両手を組んだり解いたりしている。

――おかしい、おかしいわよコレは……。

先ほどの気持ちを悩んで、考えて、ひょっとしたらコレって恋じゃね?と自覚しかけていたジェシカ。
気づいた途端に押しが超強くなる才人。
まるで小説の世界みたい、とジェシカは感じた。
そしてはっと自我を取り戻して顔をふるふると勢いよく振った。

――違う違う違う、コレは恋とかじゃない!
顔が熱いのは風邪!!
くらっときたのも風邪!!
全部夏風邪!!

そんなジェシカの前で、才人も困っていた。

――どう話を切り出せばいいんだ。

ストレートすぎるとジェシカを警戒させる。
こう、オブラートに包んで、いやむしろ糖衣くらいの方がいいか。
才人君は薬の苦味が嫌いで、粉薬を飲むときはオブラートを愛用していた。
しかし一息に飲むのもこれまた苦手であり、破けたオブラートから粉薬が舌に触れてしまう。
そんな彼は糖衣タイプの薬をなるべく所望していた。
彼の嗜好はともかく、なるべくやんわりと遠まわしに、目的を伝えることなく明日からの行動だけを伝えよう、と才人は決意した。
スカロンからは、自分たちは気づいていない、というスタンスでジェシカに接するべきという助言を受けていた。

――あの娘は人に弱味を見せることを好まないわ。
だからね、気づいていることに気づかれれば一人で解決しようとして破滅するかもしれないの。
サイト君、あなたは何も知らないフリをしてジェシカを守ってあげて。
ミ・マドモワゼルが責任を持ってジェシカから詳しい事情を聞きだすから。

スカロン店長、俺、やるぜ!と才人は息巻いた。

「えっと、ジェシカ?」
「なっ、なに??」

才人の問いかけにジェシカはすげー警戒した。
ここに来て彼女はようやく夜中に狭い部屋で男女二人っきり、しかもすぐそばにベッド、という状態に思い当たった。
だが一応は才人を信頼していることもあって、席を立ったりすることはなかった。
困ったのは才人である。
ジェシカからは警戒心が滲み出ていた。
なんというか、逃げたそうなのだ、どこかへと。
ここで彼は閃く。

――ひょっとして俺が気づいたってことに感づかれたんじゃ!?

才人は清々しいまでにバカだった。
いや、彼を責めてはいけないのかもしれない。
人は誰しもイケイケモードのときには冷静になることができないのだ。
そして困った彼は、さらに普段やらないことをやらかしてしまう。

――ここは、押し切るしかない!

机の上で所在なげに置かれていたジェシカの両手をとり、ぎゅっと握り締めた。

「ジェシカ、買出しなんだけどさ、明日から俺もついていっていいかな?
ほら、スカロン店長にもお世話になったし。
店にいれば新しい料理のアイディアも出るだろうし」

ジェシカの瞳を見つめながら一気に早口で言い切った。
見つめられたジェシカは、思考が止まってしまった。

――て、にぎられてる。
そんなに、みつめないでよ、いやぁ……。

折角戻ってきた顔色も再び羞恥に染まってしまう。
瞳は潤み、胸がバクバク鳴っている。
それでも才人から目をそらすこともできず、ジェシカは硬直していた。

――これは、呆れられてるな。
もーちょっと理由を並べておいたほうが説得力増すかな?

普段の才人なら気づいたかもしれないが、今の彼は有頂天モードだ。
ジェシカの真意に気づくことなく、ひたすらにある意味ネガティブにその表情を解釈していた。

「それにさ、なんだかんだ言って魅惑の妖精亭で働いてたときは楽しかったんだよ。
賄は懐かしい味がしたし、みんな話上手くてすっげー面白いし。
スカロン店長も、見た目はアレだけど、いい人だしさ。
女の子が可愛いっていうのも、まぁあるかな……
うん、もう一度この店のために働きたいんだ」

それは才人の本心でもあった。
魅惑の妖精亭で感じた暖かさが知らず言葉になっていた。
そんな優しい場所を作り上げた一人、ジェシカが困っている。
男だとか女だとか関係なく守りたい、と才人は感じていた。
普段のスケベ心は一切なしに、キレイな思いが言葉の端々から滲み出ている。
それに参ったのはジェシカだった。

「ぇっと、あの、その……」

――すごい、ドキドキする。
才人の手、あつい。
目、キラキラしてる。

ジェシカは既にノックアウト寸前。
才人はここで、照れくさくなって手を離し、そっぽを向いた。
そして頬をかきながら。

「それに、その、なんてーかさ」

最後に、才人の余計な本心が零れ落ちる。

「ジェシカを守りたいんだ」

赤い実、はじけた。






[29423] 第六話 LITTLE BUSTER (悪ガキ、でも可愛いから許す)
Name: 義雄◆285086aa ID:1951e32c
Date: 2011/08/26 07:59
6-1 謀略妖精・雪風

双月輝く空を群青色が満たす頃、才人は魔法学院に帰還した。
夏のハルケギニアは日が長い。
地球時間にしておおよそ午前6時から午後10時まではお日様が大地を睨んでいる。
当然人々は生活サイクルをソレにあわすわけで、つまりはもう良い子は寝る時間であった。
そんな夜中に、彼はシルフィードに礼を告げ、まずはタバサの部屋へ向かう。
明日から、『ジェシカ事件』(あるいはスカロンの陰謀)の片がつくまで、往路だけでもシルフィードを借りる腹積もりだった。
暖色系の魔法の灯が照らす火の塔の階段を静かに駆け上がる。
そしてタバサの部屋の扉にノックをした。
がちゃり、と開く頑丈そうな木の扉からナイトキャップを被ったタバサが顔を出す。

「はいって」

タバサはシルフィードが学院に帰ってきてすぐに連絡を受けており、ノックをしたのは才人だとアタリをつけていた。
才人が音もなく部屋に滑り込むと、タバサは扉を閉めて『ロック』『サイレント』の魔法をかける。

――え?なんで??

ここで才人はタバサが怒っていることに気づいた。
キュルケと二人、タバサ表情鑑定一級を自任している才人だが理由までは分からない。

「その、タバサ?」

タバサはぷいっとあさっての方を向く。

――夕方はあんなに機嫌良かったのに!?

厨房で、デルフでガシガシ氷を削っている才人のそばで、タバサはじっと彼を見つめていた。
そのときの表情は穏やかで、なんとも言えない安心感のようなものを才人は感じ取っていた。
それがいまや、常人ならたっぷり五分は見ないと分からない差ではあるが、眉がつりあがっている。
しかも顔そらす。
普段のタバサからは考えられないことだった。
夕飯の量足りなかったのかな、とズレたことを考えている才人。
もちろん真相は違う。

『おねえさま!
あの黒髪ロングは危険なのね!!
シルフィをぶったたいたうえ、おにいさまの背中に抱きついていたのね!』

シルフィードの報告全文である。
経緯も詳細もへったくれもなかった。
しかし、タバサはこれに憤慨した。
トリステイン貴族と比較すれば、タバサは嫉妬深い性質ではない
が、今回は話が話だ。
状況は良く分からないが、親切心から貸した使い魔の上でイチャつかれたのだ。
しかも相手は自分の気になる、いや、好きな騎士さま。
律儀な才人がタバサにお礼を言いに来るのは間違いないと信じていた。
そこで不機嫌をちょっとだけぶつけてやろう、とてぐすね引いて待っていたのだ。
ん!と自室のベッドを指差すタバサ。
才人の視線はタバサとベッドの間を何往復かして、しぶしぶ腰掛けた。
タバサの圧力に負けたのもある。
でも石の床に直で正座よりマシだ、とポジティブにとらえた。

――タバサがちょっと怒ってるのもきっと理由あってのことだ。
ルイズみたいに理不尽な怒りかたしないし。
説明を受けてきっちり謝って。
シルフィードを借りる約束をして部屋に戻ろう。

時間が時間なので手早くタバサのお説教を終わらせ、部屋に帰らなければマズい、主に命が。
ゴシュジンサマ&メイドの、組めば無敵の常勝コンビに何をされるかわからない。
早く帰りたいなぁ、と才人は顔で語っていた。
タバサはそんな才人の心情を知ってか知らずか、彼の膝の上に座った。
そして才人の腕を取って、自分を抱きしめるような形にさせ、頭を彼の胸に預けた。
時折すりすりと頭を胸にこすり付ける様子は、マーキングする猫のようだった。

――これと、後のことで許してあげる。
でも、このまま時間が止まればいいのに……。

タバサは目を閉じ、彼にその身を預けた。


6-2 雪風と太陽

――おかしい、これは陰謀だ!

才人は叫びたかった。
叫んで、走って、意味もなくルイズの前でバク宙決めつつ土下座したい気分だった。
タバサが彼に好意をもっていることは自覚していたが、ここまで積極的だとは思っていなかったのだ。
「ぬけている」と評価される才人が気づくはずもないが、客観的に見れば。

思い人に自分の車を貸す。
彼が女性をそれに乗せて家まで送る。(ここまでは同意あるのでセーフ)
しかも車内でイチャつく。(アウト!)
夜遅くに帰還。(ツーアウト!!)

恋人でなくとも文句は言いたくなる。
が、タバサはあえてその上を行った。

――彼は、後でルイズにいっぱい文句を言われている。
だから私は言わない。
言わないけどいっぱい甘える。

キュルケに「タバサは謀略超得意!」と言わせた頭脳が冴え渡っていた。
今のタバサは危うい立場の上にある。
ジョゼットの存在を母から明かされたタバサは、ロマリアの謀略の臭いをいかにしてか嗅ぎ取った。
すぐさま修道院に早馬を飛ばしたが、目的の人物は消えた後だった。
直後、オルレアン公夫人、イザベラ、カステルモールの三人に一時を託し、出せるだけの指示を部下に下した。
その後ガリア両用艦隊の生き残りに信頼できる兵のみを乗せて一路トリステインへ。
公式にはトリステイン王宮へ滞在していることになっている。
即位直後の王がいなくなるというありえない事態、しかし相手は謀り事においてジョゼフ王を上回るほどだ。
用心に用心を重ね、サインを日付ごとに使い分け、書簡で指示を下す。
不審を感じればすぐシルフィード、才人をはじめ、彼女を見分けることができる人物に確認をとるよう徹底している。
そんな謀り上手な彼女は、このあとにも更なるコンボをしかけている。
男からすればアリジゴクみたいな女性かもしれない。
香水でもつけているのか、才人はタバサのバニラみたいな香りにくらくらしかけていた。

――タバサがベッドの上で甘えてきてる。
くっ!
マズい、俺の右手が……。
いや、右手ならまだしも例の一部が反乱を起こしそうだ!!

しかし、才人耐える。
シリアスモードが抜けきっていなかったおかげか、理性の決壊は免れた。
だがタバサ、追撃。
頭をこすり付ける。

――ぐはぁっ!!
第三艦橋大破!総員退避!!

神の盾、ガンダールヴ号は撃沈間際だった。
おそらく彼が純情少年でなければここで間違いなく落ちていた。
だがしかし、ここで最後の力を振り絞る。
タバサの腰に手を置き、持ち上げ、勢い良く立ち上がった!

「はぁ、はぁ、はぁ」

――ヤバかった、マジヤバかった、俺巨乳好きなのにヤバかった。
幻想ならまだしも、俺の巨乳好きという現実までブレイクされそうだった。
タバサさんマジパねぇっす……。
違う、いや違う違う。
俺にはルイズがいるのにヤバかった。

ストレートに甘えられる、ということに耐性が低い才人は、息も荒いままにタバサの肩に手を置いた。
ぴくん、と跳ね上がるタバサの肩。
先ほどまでの不機嫌そうな顔ではなく、すこしぽわっとしている、と才人は感じた。

「あの、タバサ。
悪いんだけどさ、明日から朝だけでいいから、少しシルフィード借りれないかな?」

これ以上この部屋にいたらヤバい、と思った才人は単刀直入に告げた。
タバサの瞳が揺れる。

「それは、あの女の人のため?」

責めるのではなく、寂しそうな声。
才人が下心で動いていたら途轍もない罪悪感を覚えたに違いない。
しかし、この件に関して言えば、彼は100%善意で動いていた。
タバサの好きな、正直でまっすぐな瞳で、彼女を見つめる。

「ジェシカのためって言えば、そうなる。
でもコレはジェシカのためだけじゃないんだ。
魅惑の妖精亭のウェイトレスとか、コックの人、スカロン店長にも関わってくる話なんだ。
下手すればトリスタニアの他の人にも関係してくるかもしれない。
俺は、貴族の名誉とか、そういうのはよくわかんねーけどさ。
知り合いが困ってたら助けたいし、手が届く範囲なら力になってあげたいんだ」

ずるい、とタバサの口が動いた。

――そんなまっすぐな目で言われたら、私には何も言えない。

「私は、あなたの力になる」



6-3 バカ・ゴー・ルーム

日が沈んで30分ほどたっていた。
普通の人ならば眠りにつこうか、という時間。
火の塔でノックの音が響く。

『はい、どなたでしょうか』

才人は中からの返事を確認した。
孫子曰く、兵は拙速を尊ぶ。
一つ深呼吸。
ドアを勢い良く開け、倒立前転で入室し、土下座した。

「遅れてすんませんっしたーっ!!」

オリンピックに『the 土下座』という競技があれば金メダルと獲得してもおかしくない、無様なその行いはいっそ美しかった。
たっぷり10秒はその体勢を維持してからちらっと二人の様子を伺う。
ルイズはすでに布団にくるまっており、シエスタの口元はニコニコ笑っていた。

――よかった、明日の朝までは少なくとも無傷だ。

才人は安心感から立ち上がろうとした。
が、シエスタに踏まれて固まった。

「あら、誰が崩していいって言いましたか?
サイトさん」

甘かった。
シエスタさんたら目が笑ってなかった。
土下座のまま首元をつかまれ、廊下に引きずり出された。

「いいですか、サイトさん」

ラッシュだった。
ジェノサイドだった。
キリング・フィールドでもあった。
普段の行いにはじまり、どこで女の子と喋った、仲良くした、微笑んだ。
才人にとっては身に覚えがあることにはじまり、根も葉もないことすらあった。
それでも口答えは許されない。
今のシエスタさんに反論でもしようものならドラララ・ラッシュでも喰らいそうなものだ。
たっぷり一時間はシエスタさんの、小声のお説教は続いた。

――なんで俺こんなに怒られてるんだろ?
いつだったかは覚えてないけど、キスまでならおっけーとかも言ってたよな??
今日に限ってなんでこんなに……。

才人は耐えた。
一時間耐えた。
がんばった。
お説教の結びにシエスタさんはこう言った。

「いいですか、ホントはわたしもこんなこと言いたくありません。
ジェシカを送るっていうこともミス・ヴァリエールにきちんと説明しておきました。
でも、今日、ミス・ヴァリエールは泣いていらしたんですよ?
か細い声でサイトさんの名前を呼んで、寂しそうに泣いていたんです。
女の子を泣かせるようなヤツの味方にはなるな、ってひいおじいちゃんも言ってました」

才人は愕然とした。

――そんな!?
ルイズを泣かしちまうだなんて……。

何だかんだ言って平賀才人は意地っ張りで、ちっちゃくて、泣き虫な女の子が大好きだった。
ふらふらしているように見えるけど、最終的には絶対ルイズのことを優先すると誓っていた。
知らず知らずの間に寂しい思いをさせていたことに後悔した。

「わたしは今日同僚の部屋に泊まります。
サイトさんはミス・ヴァリエールを一晩かけて慰めてください!」

小声で怒りながらシエスタは階下へ歩いていった。

――ありがと、シエスタ。
心の中でシエスタにお礼を言いながらゆっくりと立ち上がる才人。
正座を続けていたせいで足はしびれていたが、心は前向きだった。
ドアを開け、部屋に入る。
ルイズは一時間前と同じように扉に背を向ける格好だったが、才人は起きていることを確信していた。

「ルイズ、ごめん」

誤魔化しなど一切ない謝罪の声。
それでも彼のご主人様は動かなかった。
才人はそのままベッドに潜り込み、後ろからルイズを抱きしめた。

「ごめん、許してくれないか?」

ルイズが身をよじって才人の腕の中から逃げようとする。
それを、より強く抱きしめることで、才人は自分の気持ちを示した。

――こ、こここ、この犬はダメだわ。
ここで許してやったら結局同じことをするもの。
しっかり、そう、しっかりは、はは反省させないと!

頭の中では強気だがもうルイズは身動ぎすらできなかった。
そのまま静かに時間が流れる。
才人はゆっくりとルイズのうなじに顔をうずめ、彼女は固まった。

「今日は、一緒にいれなくってごめん。
それと、先に謝っておく。
これからちょっとの間、俺、忙しくなる」

謝るくらいならそうしないで欲しい、とルイズは思った。
それでも才人は真剣だった。
声だけではなく、強くなる抱きしめ方や、体の熱で、ルイズは感じ取ることができた。

「いぃゎょ……。
どーせ、あんたは私の言うこと聞かないし」

ルイズがはじめて声を発した。
才人はより強く、腕の中の女の子を抱きしめる。

「ごめん、でも、一番大事なのはルイズなんだ、これだけは分かっていて欲しい」

その縋るような声にルイズは赤面した。

――やだ、この使い魔に気づかれてないわよね。

ルイズは身体中がポカポカ熱くなっていることに気づいた。
そして同時にあることに気づいた。

「サイト……」
「ん、なに、ルイズ」
「どどど、どうして、あんたから、タタタタバサの香水の匂いがするのかしら?」

くるぅり、とルイズは才人の顔を正面から見つめた。
才人は慌てて自分の匂いを嗅ぎ、タバサが最近愛用しているバニラ・フレーバーが全身から立ち込めていることを自覚した。

――なんで!?
どうしてさ!!?

才人は焦るがルイズは怒る。
午後の授業で見せたような、極上の笑顔で才人に笑いかけた。

「こ、のぉっ♪
バ、カ、い、ぬぅぅぅうううううううううう!!!!!!!!」

無駄無駄ラッシュを受けて「ヤッダバァァァ!!!」とズタボロになった才人は廊下に放り出された。
階段で本を読みながら、待機していたタバサがそれを引き摺りながら自室へ戻る。
タバサの顔が『計画通り!』と歪んでいたかはデルフリンガーしか知らない。



[29423] 第七話 Swanky Bourdonnais Street
Name: 義雄◆285086aa ID:1951e32c
Date: 2011/08/26 22:21
7-1 夏★しちゃってるGandalfr

照り返しのせいで、石畳の上は土や芝生の上よりもかなり暑くなる。
また、体感温度というヤツは人ごみで跳ね上がる。
何が言いたいかというと、トリスタニアはブルドンネ街、非常に暑かった。

「かゆ、うま……」

才人の頭はいつも以上に茹っていた。
いつものパーカー、ジーンズの上から、フードを目深にかぶったローブ姿は、贔屓目に見ても犯罪直前だ。
デルフをフードの外に背負っているのでより怪しさマシマシである。

――暑い。
朝日が昇って一時間もたっていない。
なのにどーしてこんなに暑いの?
おしーえてーおじぃーさんー♪

暑い、寝不足、身体痛い、いいことなんて一つしかない。
隣にいる女の子が可愛いだけだ。
心の声が少し漏れたのか、隣のジェシカがちらっと才人に目をやった。
ブルドンネ街朝市、昨日の約束どおり二人は買出しに来ていた。
才人のフード姿は人気フットー中の彼を守るためだ。
魅惑の妖精亭の食材消費量は多い。
ジェシカは毎朝市場にやってきては、自分の目で品物を確かめ取り置きを頼み、道が空く時間帯に厨房の野郎どもと、一気に荷車で荷物を運ぶ。
その鑑定眼、および価格交渉力はスカロンに勝るとも言われ、妖精亭の台所を切り盛りする若女将といっても過言ではない。
市場の人からも人気があり、取り置き商品のすり替え(粗悪品とのすり替えが横行している)などは行われない。
ジェシカで無理ならスカロンが出るしかなく、街商人は彼(あるいは彼女)に難癖つけられたくないからジェシカに親切だ、という噂もある。

――すっげー人ごみ。
これじゃ中々難しそうだな……。

顔を振り、暑さでショートしかけた頭をリセットする才人。
昨日に引続きシリアスモードに入った。
道の両端、ジェシカと話す商人、不自然に近づいてくる輩。
油断なく目を配るが、皆一様にジェシカのお隣の謎の人物に注目していた。

――ちっ、やっぱいつも一人のジェシカがお供を連れてりゃ怪しまれるか。

シリアスモードの彼はやる時はやる、しかしやれない時はとことんダメだった。
ジェシカがお供を連れているとかではなく、暑い中フードを被って長剣背負ったヤツがいれば否応なしに目がいってしまう。
必然、彼の周りは人が少ない、というか混雑しているのに半径1メイル以内にはジェシカしかいなかった。

「そこの怪しいヤツ、止まれ!!」

誰かが呼んだのか、人ごみの中をかきわけて銃士隊が現れた。
フードをかぶっていようが、長剣ひっさげていようが、現代日本と違って通報されることはまずない。
しかし才人はフードかぶってなおかつ長剣背負って、しかもぶつぶつ呟いてハァハァしながら周囲を観察しているのだ。
商人達は薬物中毒者、多分平民が凶器をもってうろうろしている、と詰め所に通報した。
衛士隊は「暑いし相手平民らしいから銃士隊に投げるか」と気の毒で生真面目な銃士隊副隊長にマル投げした。
そこのけそこのけ銃士が通る、と言わんばかりにミシェルさんがやってくる。
無論才人は自分が怪しい、という自覚がない。

――早速ひっかかったか!?

と自分の左右、後ろを振り返る。
その姿は不審者が今にも逃げようとしている、としか見えず、銃士隊は加速し、才人を捕縛した。

「お前、詰め所まで来てもらおうか?」
「え? 俺!?」

青い髪が涼しげな銃士隊副隊長にがっちり捕獲された。
周りは銃士隊に囲まれている。
相手は官憲まで動かせるのか、と驚き、その考えが的外れなことにようやく気づいた。
ジェシカは隣にいたが、精神的には置いてけぼりである。

――俺、不審者。
相手、警察みたいなモン。
てか俺って気づいてミシェル副隊長。

「とりあえずフードをとれ。
凶器も全て没収する」

この件が桃色貴族なご主人様に知られたら……とプルプルしながらフードをめくられた。
露になった黒髪に、青いパーカーに、幼い顔立ちに周囲がどよめいた。

「あれ、アルビオンの英雄じゃねぇのか?」
「アルビオンの、って……七万殺しのヒリーギルか!?」
「嘘、そんな風には全然見えないのに」
「間違いねぇ、王宮のお触れ見たことあるけどそっくりだ」
「てことは虎街道の英雄ヒリガル・サイトーンか、あんなちんちくりんが!?」
「ああ、ガリアの100人抜きをやってのけた風の剣士サートームだ」
「マルトー親方の『我らの剣』だ!!」

彼らは正しく間違っていた。
情報はおおよそ正しいのに名前だけはなんか違っていた。
しかし、みな物見高きトリスタニア人だ。
包囲の外から才人を覗こうとし、その圧力に若手ばかりで構成された銃士隊は若干たじろいでしまう。
自然、包囲の中のジェシカ、才人、ミシェルは密着する形になる。

「なんですって!
私のサートームがここに!?」
「あら、何を言っているのかしら。
彼はワタクシにこそ相応しくってよ!」
「ふざけんなよ!
ヒリーギル様を養うのはあたい以外いねーな」
「いーえ!
サートームには私の屋敷で執事と絡み合い、それを油絵にしてもらうわ」
「ワタクシの次回作のモチーフには彼こそ相応しい。
地下室に監禁して弱る様を観察します!」
「アレだけの題材の方向性を縛るなんて、愚かしいな。
あたいなら男も女もなんでもござれな状況に放り込むぜ!」
「おいおいお前ら。
『走れエロス』の作者であるこの俺を差し置いて見苦しいじゃないか。
いっちょ、アイツの所有権を決める勝負。
や ら な い か?」
「「「望むところよ!」」」

物見高き貴腐人どころか大御所まで現れて、もはや現場の収拾はつきそうにない。
ジェシカは才人の顔と正面から向き合い、残り20サントという距離まで押し込まれた。
即座にフラッシュバックする昨日の記憶。
おまけに、才人は才人で寝不足だわ暑いわで目がトロンとして、顔が赤い。
流れる汗で黒髪の毛先はしっとり濡れており、それがいっそう彼の元々持ち合わせていたコケティッシュさを引き立てていた。
才人の顔の一部、少しだけ開いている口元にジェシカの目は寄せられた。
ゴクリ、と意味もなく唾を飲んでしまう。

「サイト、大丈夫?
なんかしんどそうよ」
「んぁ、うん、ダイジョブ、かな」

ジェシカは才人の唇から目に視線を移したが、しっとり輝く黒い瞳にまた魅入られた。

――サイト、案外睫毛長いんだ。

ぼんやり考えながら、周りからの圧力に任せてさらに身を寄せる。
ほとんど正面から抱き合うようなカタチになった。

――ダメ、これはダメ。
かんがえちゃダメ
しえすたごめん……。

周りに押し込まれているのか、自分から身をあずけているのか、ジェシカにはもう判断できなかった。
それは一瞬にも感じられたし、長かったようにも思えた。

「えぇい!
貴様ら、散れ! 散れぃ!!
拘置所にたたっこむぞ!」

ミシェルさんがようやくキレた。
彼女はアニエスさんよりもかなり穏やかな人柄だったがそれでもキレた。
一瞬蜘蛛の子を散らすように包囲を解いた人の壁を押しのけ押しのけ、ジェシカと才人を囲んだまま詰め所に戻った。



7-2 ひょうたんから黒王号

「どうしてこうなった」

才人は拘置所で、ベッドに腰掛けながら一人頭を抱えた。
粗末ながらも壁かけベッドもあり、先ほどまでそこで寝かされていた。
パーカー、ジーンズは脱がされTシャツにパンツ一丁だ
傍らにはボロい椅子と机、その上には水差しと杯がある。

――額に濡れたハンカチ置いてたし、この待遇はヤバいことになったんじゃないだろうけど……。

額のハンカチは可愛らしい赤のチェック柄だった。
ジェシカの趣味である。
とは言え才人には途中からの記憶がなかった。

「確かミシェルさんが来て……」
「呼んだか、ファイト」

最後の記憶、ミシェル副隊長が鉄格子の外から声をかけてきた。
それ、アニエスさんの持ちネタっす、とジト目で才人は睨みつける。
それにミシェルはニヤリ、と笑い返すと鉄格子の鍵を開け、牢内に入ってきた。

「なに、貴様が余計な仕事を増やしてくれた意趣返しというヤツだ」
「んなこと言われても、俺途中から記憶ないっすよ」

ほう、とミシェルは目を丸くした。
ボロ椅子にどかっと腰を落ち着けて居座る気満々だ。

「おそらく熱中症だな。
この暑い中あんなヘンテコな衣装身に着けてるからだ
ここにはお貴族様もめったに来ないし、上着は剥いでおいたぞ」

拘置所の中で、最も風通しが良いところがこの牢屋だったらしい。
私も休憩時間だから涼みに来た、とミシェルは言った。
水差しから杯に水を入れ、一息に飲み干す。
無駄に男らしかった。
そのままもう一度水を注ぎ、飲め、と才人に差し出した
才人は素直に礼を言う。
水を一杯、それだけでもじんわり身体に染み渡って、活力が溢れてくるようだ。
そして気になっていたことを聞いた。

「あの、ジェシカは?
一緒にいた黒髪の平民の子なんですけど」
「ああ、貴様を連行する時一緒に着いてきた娘だな。
特に用もないから帰したぞ。
買出しが終わればまた迎えに来るそうだ。
それと、そのハンケチはその子のだ。
礼を言っておけ」

情けなさに才人は肩を落とした。

――守る、って言ったそばからコレかよ。
うわー、恥ずかしー。

ミシェルが見ていなければゴロゴロのた打ち回りたい気分だった。
そんな内心を察したのか、ミシェルは意地悪な顔で問いかけた。

「『せっかく荷物持ちを買って出たのにあんなことになって恥ずかしい、うわー』と、いったところか。
貴様は貴族になったというのに顔に出やすすぎるな。
アニエス隊長を見習え」

ぐうの音もでなかった。
しかし、はっと表情を改めるとミシェルに質問をぶつけた。

「ミシェルさん、最近トリスタニアで事件ってないですか?」
「そんなもの、年がら年中ことかかん」
「えっと、そう、人攫いとか人買いとか」

才人は『ジェシカ事件』の手がかりを銃士隊に求めたのだ。
これはスカロンの想定外の出来事だった。
ミシェルはふむ、と腕を組んで考えはじめた。

「スラムではそういったことは珍しくない。
ただ、最近か……待てよ、あった、あるぞ」
「ホントですか!?」
「ああ、少し待て。
あの案件はまとめてあったはずだ」

ミシェルは「お前はまだ座っておけ!」と言い残し、牢を出て行った。
才人は三等星のように暗い点と点が繋がりはじめている、と感じた。

――やっぱり俺とスカロン店長の勘違いじゃない。

その思いはミシェルが持ってきた報告書の束でより強くなる。

『商人の子女失踪の件について』

報告書によればガリア戦役直後から起きている。
集中的に起きているので、最近連続事件として正式に調査員が置かれることになった。
十件にも満たないが、共通点は以下の通りである。

・いずれも平民の見目麗しい女性が失踪している。
・失踪直前、家族は普段と様子が違うと感じている。
・不安感を訴えていたモノも三件。
・失踪は日常的に一人で出歩いていた時に起きている。

ビンゴだ、と才人は息をのんだ。

「ミシェルさん、俺、この件について心当たりがあります」

ミ・マドモワゼルもビックリだった。




[29423] 第八話 Fools in the MAGI School
Name: 義雄◆285086aa ID:1951e32c
Date: 2011/08/27 13:06
8-1 赤土の錬金術士

(筆者注:シュヴルーズ・ルールはこのSS限定の設定です。
     金属に格がある、などは原作で明言されていません。)

シュヴルーズ教諭はとかく基礎を重んじる。
戦働きも大事だが、豊かな国を作ることこそ貴族の本懐と心得ている
その授業は錬金、固定化にはじまり、効率的な精神力の用い方、土壌の改良など地味な魔法に重きを置き、自分の成果など語りたがる他の教授陣とは傾向が違う。
貴族らしからぬスタイルは、極一部の傲慢な教師の蔑みを受けている。

――戦働きで国を守らずして何が貴族か。

穏やかなシュヴルーズ教諭は反論することもなく「戦働きも大事ですわね」とニコニコ笑うだけだった。
また、彼女は一切家柄で生徒を区別しない、平等に自らの甥か姪かのように教える。
男爵家から公爵家の子女まで揃うこの魔法学院でも、そのように接しているのは珍しい。
そんな性格もあってか、彼女は教え子に、特に女子に好かれている。
わざわざトリスタニアから魔法学院まで、シュヴルーズに挨拶をしにくる卒業生も後を絶たない。
そんなシュヴルーズ教諭は授業中でも、積極的に発言・質問を受け付けている。

「先生、質問です」
「はい、なんでしょうか。
ミスタ・グラモン」

――またはじまった。

大多数の生徒はそう思った。
水精霊騎士隊の面々のみがワクワクテカテカ顔を輝かせている。

「錬金で、見たことのない金属を生み出すことはできますか?」

これはまた、とシュヴルーズは呻いた。

「理論上は可能です。
ですが、達成したメイジはおそらく存在しません」

彼女は説明を続ける。
まず、イメージが足りない。
見たことも触れたこともなければその金属を具体的に思い浮かべることができない。
そして、これはシュヴルーズの意見だが、"格"が分からない。

「錬金は、各金属に対して必要な精神力量が異なります。
これを私は金属の"格"と呼んでいますが、金属によって大きく違います」

チョークで黒板に長い縦線を書く。
そしてその横に短い線を書き足し、金属名を追記した。

「この縦線がこめる精神力量、横線が必要な精神力量です。
ゴールドは必要精神力量が多く、ミスタ・グラモンの得意な青銅は少ない。
この法則は、シュヴルーズ・ルールと呼ばれています」

自分の名前が使われるなんて恥ずかしいですが、とシュヴルーズ先生。
魔法は個人の感覚によるところが大きく、系統立てて考えるメイジは希少を通り越して珍獣に近い。
もし理論立てて順序だてて考えることができるメイジがもっと多ければ、ハルケギニアはもっと発展している。
このシュヴルーズ・ルールにしても、真鍮は大体青銅の何倍くらいの精神力量、と大雑把なものだが発表当時は波紋を巻き起こした。
すったもんだの末、正しいことが分かり、各国で広く用いられている。

「未知の金属を錬金することは大きな危険を伴います。
大昔のことで製法は失われていますが、ソジウムという金属は水に触れると爆発した、とも聞きます。
決して行わないように」

ギーシュは項垂れ、他の水精霊騎士隊の面々はひそひそと内緒話をしている。
ここでマリコルヌが手を挙げた。

「先生、砂からの金属錬金、金属からの砂錬金は広く知られています。
では金属から同じ種類の金属の細かな粉を錬金することは可能ですか?」
「非常にいい質問ですね、ミスタ・グランドプレ。
その金属粉末に対するイメージをしっかり持っていれば問題ありません。
砂からでも青銅粉末などは錬金できるでしょう」
「では、粒の大きさは制御できますか?」
「ミスタ・グラモンのワルキューレは常に同じ大きさ、形をしていますね。
それが答えです」

ありがとうございました、とマリコルヌは着席する。
水精霊騎士隊の連中は、ニヤニヤしていた。
意外とマトモな質問に拍子抜けした生徒達は、自分たちが染まりつつあることを自覚して愕然とした。



8-2 むしろコイツらがリトル・バスターズ

学院の外れにあるコルベールの研究室。
その隣にコルベール研究室・水精霊騎士隊駐屯所は建っていた。

「諸君、良く来てくれた。
掛けたまえ掛けたまえ。
丁度一段落したところだ」

ボロ小屋の中のさらにボロい椅子に腰掛ける水精霊・四天王。
マリコルヌは、潰れやしないだろうか、と心配しながら腰をおろす。
他の三人は、コルベールが奥の机からもってきた編み籠の中に釘付けだ。

「これが、例のアレですか」
「そうとも!
サイト君の故郷は実に素晴らしい!!
ミス・ツェルプストーではないが、実に情熱的だ!」
「で、コルベール師匠。
今からコイツを試すんですかい?」
「そうせっつくなよギムリ。
美しいものは万全の状態で見てこそだろう?」
「でも、こんな見た目よくわからないモノが……」

四人は何故か知能輝く教師を『コルベール師匠』と呼んでいる。
籠の中にはハルケギニア人が見れば「ナニコレガラクタ?」としか思えないものが詰まっていた。
太い紐をこより、丸くしたもの。
手のひらほどの小さな筒。
棒の先端が太くなり、そこに包帯を巻いたもの。
才人がいれば、思い当たって叫んだかもしれない。

「何にせよ、サイトにはまだ内緒だな」
「ああ、アイツ絶対仰天するぜ?」
「感動して泣き出すかもしれないね」
「訓練に来ない副隊長にはいいオシオキさ」

四人が四人、ニヤニヤしながら籠の中を見る。
コルベールは穏やかな笑みでそれを見守っていた。

「コルベール師匠
ミセス・シュヴルーズに、未知の金属の錬金は非常に危険なのでやめなさい、と言われました」
「錬金に詳しい彼女が言うなら止しておいた方がいいのだろう」
「もうひとつ。
ミセス・シュヴルーズにお願いして緑青を頂いてきました。
あと、粉末の錬金はできるけど、粉塵爆発に注意しなさい、とのことです」
「ふむ、そうですか。
可燃性の金属粉なら確かに危ない」

このコルベール研究室・水精霊騎士隊駐屯所は、爆発物を使いまくるので隔離されている。
レイナールから皮袋を受け取り、中の緑青を取り出す。

「これで青ができますな。
それでは、私は研究に戻ります。
君たちも訓練、がんばりなさい」
「「「「はい!」」」」



8-3 フルメタルなヤツら

授業終了後、日がかるく傾きはじめてから水精霊騎士隊の訓練ははじまる。

「全隊、整列!!」

ザザッ

「アニエス隊長に、敬礼!」

ザッ!

「敬礼、やめ!」

ザッ!!

「貴様らはなんだ!」

『水精霊騎士隊であります!!』

「水精霊騎士隊とはなんだ!」

『女王陛下の盾であります!!』

「貴様らの仕事はなんだ!」

『祖国の礎となることであります!』

「今の貴様らはなんだ!」

『甘ったれた小僧であります!!』

「そうだ、私の仕事は、甘ったれた鼻垂れ小僧な貴様らを使い物に仕上げることだ!
いいか! 今の貴様らは地中でうずくまるモグラにすぎん!!
そんな貴様らに求められることはなんだ!!」

『鍛え、人となることであります!!』

「それはなんのためだ!」

『女王陛下のためであります!!』

「よし、訓練開始!
まずは学院の外周十週だ!!」

『Oui! Capitaine!!』

整然とした一隊が大声を張り上げてひたすらに走る様は、悪夢のようだった。

「アンリエッタ女王が大好きな!」

『アンリエッタ女王が大好きな!!』

「私が誰だか教えてよ!」

『俺が誰だか教えてよ!!』

「1, 2, 3, 4, Ondine(水精霊騎士隊)!」

『1, 2, 3, 4, Ondine!!』

「Mes Ondine!」

『Mes Ondine!!』

「Tes Ondine!」

『Tes Ondine!!』

「Nos Ondine!」

『Nos Ondine!!』

アニエスを先頭に、男どもはさらに声を張り上げる。

「魅惑の妖精、もういらない!」

『魅惑の妖精、もういらない!!』

「私の相手は銃一丁!」

『俺の女は杖一丁!!』

「もし戦場で倒れたら!」

『もし戦場で倒れたら!!』

「棺に入ってご帰宅さ!」

『棺に入ってご帰宅さ!!』

「シュヴァリエマントを飾りつけ!」

『シュヴァリエマントを飾りつけ!!』

「ママに教えて勲功!」

『ママに教えて勲功を!!』



「悪夢ね……」
「ええ……」

木陰でティータイムと洒落こんでいたルイズはキュルケに同意した。



8-4 隊長アニエス・シュヴァリエ・ド・ミラン

「はぁ……」

火の塔一階、与えられた部屋でアニエスはため息をついた。
甲冑を外すこともなく、ベッドの上でへたれている。

――つかれた、じんせいにつかれた。

はじまりは女王陛下の一言だった。

『ロマリアもなにか企んでいるようだし、軍備を増強しておいたほうがいいわね。
でも下手に信用できない貴族たちを強化するのは……。
そうだ! アニエス、水精霊騎士隊の訓練に行ってきて。
さらさらさらっと。
これ命令書ね、アンリエッタがサイト殿を気遣っていたと伝えておいてね』

それが十日ほど前の話。
疲れているのか、かるぅーい感じで出された命令を受け、アニエスは訓練に来ていた。
最初の頃は軍隊式調練ではあるものの、こんな風じゃなかった。
フルメタルじゃなかった。

――全部、サイトが悪い。
大体、副隊長のくせにアイツが訓練に来ないとはどういうことだ!

たれアニエスさんは憤慨した。
たれた顔のまま目だけがクワッと見開かれる。
だがすぐに力を失うとよりいっそうへたれた。
はじまりは例によって才人の余計な一言だった。

『なんか思い出すなぁ……』
『ん、何をだい?
シュヴァリエ・ド・ヒラガ殿』
『そういう意地の悪い言い方しないでくれよギムリ。
いや、俺の故郷の、んー、演劇でさ、軍隊をテーマにしたヤツがあったんだよ』
『へぇ、どんな?』
『こう、小太りな教官が出てきてさ……』

ギムリはその話を大変面白がった。
そして四天王に話を通した。
翌日から訓練風景が変わった。
それが一週間ほど前の話。

――自分達でやる分はいいが、私まで巻き込まないでくれ……。

それでも才人がいた頃は良かった。
彼を集中的に怒鳴りつけることで引き締めができたからだ。
しかしここ二、三日彼がいない。
大貴族の子女を怒鳴りつけ、時には殴りつける。
元・平民、銃士隊隊長とは言え、一介のシュヴァリエには新手の拷問だった。
しかも才人は余計ことをしていた。

『というわけで、訓練中のみ名前を変えよう』
『それはまた、一体どういう意味があるんだ?』
『うるさい、様式美だレイナール。
お前は、そうだな、ジョーカーだ』
『いいじゃねぇか、隊員の代表格の俺らはアニエス隊長に怒鳴られることが多い。
家名よりも、簡単なあだ名の方がアニエス隊長もやりやすいだろ』
『わかってるな、ギムリ。
じゃあお前はカウボーイだ』
『サイトは毎度毎度変なことをやらかすな。
まぁ怒鳴りつけられるのは、こう、クルものがあるからいいけどさ』
『マリコルヌは微笑みデブ』
『『『素晴らしいあだ名じゃないか!!』』』
『黙れ! どこが素晴らしいって言うんだ!!』
『想像してみろ、マリコルヌ』
『アニエス隊長がお前を「微笑みデブ!」と罵る様をよ』
『……トレビアン』
『で、僕のあだ名はやはりエレガントに』
『『『『お前は「薔薇野郎」だ』』』』
『ちょっ! モンモランシーに変な意味に取られたらどうするんだ!?』

特に素晴らしいあだ名をもらったマリコルヌの処遇に困った。

『何をやっている微笑みデブ!
貴様がノロノロしてると連帯責任でもう十周追加するぞ!!』
『あひん!
も……もっと!!』

始末に終えない、とまたため息を一つ。
最近彼は杖にシャーリーンという名前をつけて磨いているらしい。
もう色々と末期だった。
このままではアニエス隊長がトイレで殺されかねない。

――コンコン――

ノック音にアニエスは起き上がり、どうぞ、と声を掛けた。
ドアを開けたその者は……!!




[29423] 第九話 酉州峪亜の女性ジェシカ
Name: 義雄◆285086aa ID:1951e32c
Date: 2011/08/27 22:38
9-1 スーパーサイト人

才人はグレた。

「へぇ、あんまり、っていうか……。
ないわね、これはない」
「あぁ、これはないな」

女性陣からのダメ出しに才人は泣きそうだった。
すっげー!と思って水に濡らした髪を逆立てて遊んでいたハイテンションも、今は地平すれすれを飛んでいる。
「クリリンのことかー!!」とニヤけながら叫んでいた姿は見る影もない。

「サイトって、黒髪以外ありえないのね」
「なんというか、貧相さがより際立つな」

フルボッコだった。
るーるーるーと静かに涙した。
彼は今、金髪である。

「ま、いいわ。
これで街に出てもダイジョウブでしょ」
「またあんな騒ぎは起こしてくれるなよ」

とにかく才人は目立つ。
特に黒髪が目立つ。
トリスタニアで黒髪を見れば、タルブ村出身だな、と分かるくらいに希少な髪色だ。
さらに不可思議な服装、とくれば個人特定は余裕である。
ジェシカは一計を案じ、才人のイメチェンに成功した。
二人で通りを歩いても注目される気配はない。

「にしても、コレどうなってんだ?」
「さぁ? 水メイジの知り合いにでも聞いてみたら」

ハルケギニアでは派手派手しい髪色の人が多い。
そんな人たちが互いに見て「コイツの髪、良い色だ」とか「俺もこんな色合いだったらなぁ」と思ったのが魔法染料のはじまりだとか。
今ではかなりの数が作られており、才人が使ったのは30分お試し瓶だ。
安価な代わりに効果もすぐ終わる。
これで髪色の具合を見て効果の長いモノを買うのだ。

――なんつーか、髪の色でファッションっていうのは日本と同じなんだな。
やべ、なんか涙出てきそう。

母親にメールを送ってから、才人は日本を懐かしむことが多くなった。
ふとした拍子にこみ上げて来る郷愁に、視界がうっすらと滲む。
ジェシカはそんな才人を少し心配気な顔で見ていた。

――いきなり涙ぐんでどうしたんだろ。
よっぽどダメ出しが効いたのかしら?

才人を慰めるために、えいっとジェシカは彼の左腕に抱きついた。

――や、柔らかい!!

昨夜タバサに転びかけた彼は、改めて巨乳の偉大さを知った。
さっきまでは寂しさで苦しかったのに、今ではなんともない。
むしろ元気ハツラツゥ!!と叫びたいほどだ。

「よっ、ジェシカ!
そんな冴えない男より俺にしとけよ!!」
「おあいにく様、私は良いトコ知ってんのよ!」

ジェシカはハゲ頭の店主のからかいも軽くあしらっている。
それでも少しは恥ずかしかったのか、抱きついていた力が弱まった。
そのタイミングで才人は現実に回帰した。

――ルイズは可愛い。
でもやっぱりおっぱいは偉大だ。
これは早急に対処しないといけない問題だ……。

回帰しきれていなかった。
巨乳と可愛さがあわさって最強に見えるルイズを想像しかけて、才人ははっとした。

――違う!
早急に対処しないといけない問題は『ジェシカ事件』だ!!

一気に体温が下がる。
ふらふらしていた今朝と違って周りが良く見えるようになった。
やはり怪しい人影は見えない。
腕に抱きついているジェシカも不安げな感じはしない。
むしろ少し楽しそうだ。
だが顔の右半分はシリアスで左半分はでれっとしている才人は非常に怪しかった。
才人は周りを気にしていないアピールとして、歌を口ずさみ始めた。

「マリーって誰よ?」
「さぁ……巴里に住んでる金持ちの子、かな?」
「自分で歌っといてなんで疑問系なのよ」
「そういう歌なんだから仕方ないじゃん」
「それにあんた町外れじゃなくて魔法学院に住んでるし、絵描きじゃないし」

ジェシカのお気には召さなかったようだ。
歌には自信あるんだけどなー、と一人ぼやく。
この時代の歌は、麦踏歌や英雄譚が主なので、某イタリアの狂想曲なメタルバンドの歌は受けるだろう。

――妖精亭に戻ったらスカロン店長に報告しよう。

と、ここで才人はかいだことのある匂いに気づく。
露店が立ち並び、様々なスパイス、香水の匂いでいっぱいだった。
しかし、彼がこの匂いを嗅ぎ間違えるはずもなかった。
あー匂いにも幻ってあるのか、幻臭とか、と考え、ようやく振り向く。
その露店では蝋布で密封された壺詰が大量に並んでいる。
何人か客が並んでいて、栗色の髪の店主がそのうち一つの壺の中身を小皿に移し、客に味見を勧めていた。

「ジェシカ、あの露店見ていいかな」
「え、いいけど、どしたの??」

許可を求める、というよりも確認だった。
ふらふらと露店に近寄る。

「これなるは私の故郷、ロマリアの味、ガルム!
素晴らしい調味料だ、是非味見をしていってくれ!!」

才人も指を伸ばし、黒々とした液体を指先につける。
舌で味わえば、懐かしさに再び涙が零れ落ちた。

「しょうゆだ……」

周りの客も店主もドン引きだった。
調味料を舐めたらいきなり泣き出した金髪の男。
店主は慌ててガルムの味を確かめ、腐っていないか確認する。
ジェシカは潤んだ瞳の才人を見てちょっとだけドキッとした。

「大丈夫……?」
「うん、ダイジョウブ
おっちゃん、そこの壺全部しょ、ガルムってヤツ?」
「ああ、そうだが……」
「どのくらいで腐るかな?」
「保存の仕方によるな。
上手くやれば一年近く保つ。
不安なら、解除の手間は増えるがメイジに依頼して固定化をかければ良いだろう」
「これで、買えるだけ全部下さい!」

皮袋から30枚ほどの金貨を無造作に差し出す。
平民一人が暮らすのに一年120エキューなのでこれは大金だ。
店主は慌てて、しかしゆっくりと金貨を数えて言った。

「24エキューあるな。
私が持ってきたガルム20壺の対価として、とてもではないが釣り合わない。
5エキューで結構だ」

昔は高級な香水より高かったらしいがな、と店主は笑う。
これにはジェシカが驚いた。
商人の基本は安く仕入れ、高く売る。
さっきの才人の様子を見ればどれだけふっかけても買い占めるだろう。

「あの、そんなんでいいの?
あたしが言うのもなんだけど、もっとお金とれるのよ?」
「私は、商売とは誠意である、と考えている。
人を騙して得た金は往々にして失いやすいものだ。
それにロマリアで買った分、輸送費、旅費など元は十分以上にとれている」

それに私の本業は商人ではなく温泉技師だ、と店主は言った。
才人は店主の人柄に感極まって、ジェシカの腕を振り解いて抱きついた。

「おっちゃんありがとーー!!」
「ははは、何をする。
いや、やめてくれ、本心からやめてくれ」

違う、私は違うんだ、と店主はホント嫌そうな顔をしていた。
何か嫌な思い出があるのか、冷や汗を流しながら腰が引けている。
その様子にジェシカは、サイトってホントにそっちのケがあるのかしら、と衝撃を受けている。
しばらくその一方的な抱擁は続き、詰め所を出てから30分がたっていた。

「あ」
「「「「え?」」」」



9-2 もしトラ(もし虎街道の英雄が異常に広い交流関係をもっていたら)

才人は物見高き貴腐人、タニアっ子、ガチっぽい人たちの追撃を、デルフ片手に縦横無尽に駆け抜け振り切った。
ジェシカを背負っているのでココロの震えは3倍増しだ。
デルフリンガーは、俺最近こんなのばっかだ、としょげている。

「さ、さっすがアルビオンの英雄サマは違うわね。
すっごく速かったわ」
「ま、半分ズルみたいなもんだけどさ。
あとその『英雄』ってやめてくれ」

こっ恥ずかしくて顔が赤くなる、と才人。
実際彼の顔は、二つの果実のおかげで紅くなっていた。
一方ジェシカも昨夜に引続き才人の背中に抱きつき、首筋に顔をうずめていたせいで耳まで赤い。
魅惑の妖精亭裏口を使って店内に滑り込む二人、ここでようやくジェシカは才人の背中から降りた。

「ありがと、お疲れさま」
「いえいえ、どーいたしまして」

むしろ買い物の邪魔しちまったしなぁ、と言う才人にジェシカは笑いかける。

「いいのよ、サイトって見るからにトリスタニア慣れしてないし。
何事もなく買い物が終わるなんて思ってなかったわよ」
「げっ、元々信用なかったのかよ」

ちぇー、と口を尖らせて才人は厨房奥の事務室に向かう。
彼の背中を見送った彼女はため息をついた。

――ダメだわ、近づきすぎた。
どんどん惹かれていってる気がする。
少し距離をとらないと……。

心の中で反省する。
優しい彼女は従姉妹と男の取り合いなんてしたくなかった。

――シエスタのほうが絶対良い子なんだから。
あたしなんかがでしゃばってもいいことない。

よし、と力を込めて、ジェシカは自室に引っ込み、一眠りすることにした。



「スカロン店長、今大丈夫ですか?」

一方才人はマジモードだった。
帳簿をつけていたスカロンは顔を上げる。

「何かあったのかしら?」

おかしい、とスカロンは感じる。
才人の表情が真剣すぎる。

――ひょっとして、運良く、いえ運悪く酔っ払いにでも絡まれたのかしら。
いつもよりかなり時間もかかってたみたいだし。

スカロンはニヨニヨしながら話を聞くつもりだったが、度肝を抜かれてしまった。

「やっぱりジェシカが狙われている可能性は高そうです」

そして詰め所で得た情報を才人は説明した。
トリスタニアは広い、商工会は存在するが、東西南北の区によって独立している。
ブルドンネ街はちょうど西区に存在しており、失踪が起きた他の区の情報がまだ入っていなかった。

「失踪は西区ではまだ起きてません。
おそらく次狙われるのは西区、もっと言えばジェシカだと思います」
「えぇ……トリスタニアでこんな事件がおきていたなんて」

情報を制する酒場の商人らしからぬ失態だった。
スカロンは急いで考えをまとめる。

――これは、ちょっとやっちゃったかしらね。
実際に事件が起きているとなると、あら?
そうでもないかしら??

元々才人の協力はとりつけてある。
この機会によりジェシカと近づいてもらってそのままゴールインできるんじゃ、と楽天的に考えた。

――話が大きくならなければ問題ないわね。
一応サイト君に釘を刺しておかないと。

しかし、最近の才人は電光石火の素早さで色々やらかしている。

「店長、安心してください。
銃士隊にも話は通してますし、衛士も二時間に一回はこの付近に来てくれるそうです。
あ、それからたまたまゼッサール隊長にも会って、色々手を回してくれるみたいですよ」

本来銃士隊は近衛であって、女王陛下の権限なく動かせない。
だがゼロの使い魔こと、平賀才人は女王陛下の歓心を得ている。
ミシェルはそのことを良く心得ていて、一筆したため鳩でアンリエッタに書簡を送り、緊急時に権限を彼に与えることが承諾された。
ゼッサール・マンティコア隊隊長も、ワルド裏切り事件から才人のことを、元平民とバカにせず高く評価している。
今回のきな臭い件も二つ返事で協力を約束し、非常時の命令権限を書にしたためてくれた。
嬉しそうに二つの権利書をスカロンに見せる才人。
ミ・マドモワゼルは意識を飛ばした。



9-3 炎の食材

才人はスカロンが倒れたのを見て「スカロン、あなた疲れてるのよ」となんとなく呟き、彼をベッドまで運んであげた。
さて、親切な店主が妖精亭までガルムを運んできてくれた。
才人は小躍りしながらそれを受け取り、厨房にこもった。
まず彼は考えをまとめる。

――醤油、待ちに待った醤油だ。
日本のヤツとどう違うか、確認しないと。

一つの壺を開封し、小皿にあける。

――色はいい、ほとんど変わらない。
においも、魚を原料にしてたってワリにふつうだ。

じっくりと皿を睨みつけ、鼻を近づける。
続いてゆっくりとスプーンでガルムをすくい、舐めた。

――なんだろ、ちょっと違う。
甘みがあるっていうのかな?

日本の醤油とは違うものの、おおむね納得できる味だ、と才人は満足した。

――コイツで何を作るか、それが問題だ。
これだけは、これだけは俺がやらないと。
マルトー親方やシエスタに投げたくない。

ハルケギニア流日本料理第一号は独占したいし、せっかくだから完成品を賞味して欲しい。
才人は決意を新たに再び皿を睨みつけた。

――でも、俺は難しいことはできねぇ。
しっかりと思い出さないと……。

とりあえず自分ひとり味わうのもなんなので、デルフに味あわせることにした。
裏口を出てデルフにとぽとぽとガルムをかける。
嫌がらせ以外のなにものでもなかった。
デルフは一言も発しなかった。

――むぅ、デルフにはあわなかったか、この味。
ロマリアの人はよく使ってるみたいだから、ハルケギニア人の味覚にあわない、ってことはないだろうけど……。

才人はデルフをただの剣とは思っていなかった。
相棒だと胸を張って言える。
ただ相棒のねぎらい方は最悪だった。
暑さと醤油が手に入ったテンションで、彼の頭は冷静に沸いていた。
時間も忘れて考えにふける。
彼が気づいた時にはすでに日が傾き始めていた。

「やべ、今日も訓練サボっちまった」

今頃みんな外周を走っていることだろう。
そのとき、起きたジェシカが厨房にやってきた。

「あら、サイト。
厨房こもってなにやってんの」
「いや、朝に買ったガルムでちょっと。
故郷の料理を作ろうと思ってるけど、なかなか良いのが思いつかなくってさ」
「へー、一口もらうね」

ジェシカは才人が止める間もなくガルムを指にとり、舐めた。

「んー、なんというか、独特な味よね。
魚にも肉にもあいそうって言うか」
「ワリと万能の調味料だから逆に悩んじゃうんだよ。
あ、でもコレ使った料理第一号は俺が独り占めしたいんだ。
ジェシカは手出ししないでくれ」
「はいはい、じゃーパパを起こしてくるわ」

ジェシカが去った厨房で、再び一人考え込む。

――味噌とか、みりんとか、日本酒がない。
純粋な和食を作るのは多分難しい、そんな腕前もないし。
素材勝負なら刺身だけど、流石にガンダールヴでもそれは無理だろうな。

「あらあら、サイト君。
こんなところで何してるの。
あら、それってガルムかしら?」

ジェシカとスカロンが厨房にやってくる。
スカロンは局所的記憶喪失にでもなったのか、ショックで気絶したとは思えないほど元気に見えた。

「おじいちゃんが長年欲しがってたけど、昔は高くってついに買えなかったのよ。
アレがあればヤッコもサカムッシュも、テリヤキもできるのに、って肩を落としてたわ」

故武雄氏は豊富な料理の知識があったようだ。
何かに気づいた才人は、スカロンの顔を食い入るように見つめた。

「いま、テリヤキ、って言いましたよね」
「え、えぇ……。
お魚の切り身にガルムから作った調味料を塗って食べるんでしょ?
おじいちゃんは『将来ガルムが手に入れば味わってくれ』って、色々レシピを残しているけど」

才人の心が燃え上がった。



[29423] 第十話 Get drunk! Get drunk! Get drunk!
Name: 義雄◆285086aa ID:b6606328
Date: 2011/08/27 23:43
10-1 ファントム・ルイズ

果たして、ドアを開けたのはルイズだった。

「ミス・ヴァリエール、何か問題でも?」

彼女はずいっと右手を突き出した。
瓶の中は琥珀色の液体で満たされている。

「ろむわよぉ」

アニエスは額に手を当てた。

――さて、『ろむわよぉ』と来たわけか。
まずこの意味を理解する必要があるな。
単語ごとに分解すると『ろむ』『わ』『よぉ』になるか。
『ろむ』とはなんだ?
ああ! 昔聞いたことがある。
会議などに出席はしているが一切発言をしない人のことをそう呼んだ、と聞く。(Read Only Member)
では、『わ』は?
これは『は』ではなかろうか。
最後の『よぉ』が難しい。
よぉ、よぉ、よぉ。
通常呼びかけに使われる言葉だが……。
いや、ここは捻らず普通に解釈しよう。
つまりミス・ヴァリエールはこう言いたいわけだ。
『ROMはよぉ』
つまり、ROMを行っている人に何か伝えるべきことがある、ということだな。

うんうん、とアニエスは自分の考察に満足した。
腕を組んで次の言葉を待つ。

「ろむわよっれいっれんのよ!」

アニエスは再度額に手を当てた。

――前半はいい、先ほどと同じだ。
つまり先ほどの言葉を補足しつつも新たに伝えたいことを発言した、ということか。
『っれいっれんのよ』か。
小さい『っ』は雑音だな、ミス・ヴァリエールにはたまにどもると聞いている。
ということは『れいれんのよ』。
これもまた分解してみようか、『れい』『れん』『のよ』
『のよ』は語尾だな、間違いない。
『れい』もおそらく『零』か、ミス・ゼロらしいというかなんというか。
では『れん』はなんだ……。
これは難問だ。
れん、れん、れん……。
わからん、さっぱりだ。
『れん』の意味は、ああ!
噛んだのか!!
確かにミス・ヴァリエール主従は噛みやすい、という噂が一時立っていた。
噛み様、噛み噛み王との異名をサイトも持っていたはずだ。
何を噛めば『れん』になるのか、多分『てん』だな。
となると『点』か。
『零点のよ』
うむ、のよ、というのはおかしいな。
だからきっとこう言いたかったに違いない
『ROMは零点なのよ!』
きちんと意味が通るではないか。
つまり、簡単でもいいから感想が欲しい、ということが言いたかったわけだな、彼女は。
アニエス隊長は良い顔で額の汗を拭った。

「わかった、確かに伝えておこう」
「らから、ろむわよっれいっれんのよ!!」

またか、三度手をやる。

――『らから』
まっとうにとれば、『ら、から』だ。
つまり『ら、より』と同義語になる。
『ら、からROMは零点なのよ!!』
うむ、意味不明だ。
『ら』に焦点を当ててみるか。
『ら』つまり『RA』ないし『LA』
なにか省略した、ということか?
私に若者言葉の解読を求めないで欲しいんだが……。
RARARA、う~ん。
お、そういえば。
『RA』には無作為に接続する、という意味があったはずだ。(Random Access)
『RA、からROMは零点なのよ』
ふむ。
彼女が言いたいのは「SSを手当たり次第に読み漁っている暇があれば、お気に入りの作者さんのために感想書いてあげなさい、じゃないと零点なんだから!」ということか!!
アニエスは異文化コミュニケーションに成功したことに手ごたえを感じていた。

――私も召喚ネク、Thornsmancerの端くれだ、某SSの感想を今度書こう。

分かる人にしか分からない、憎恐破三兄弟をボコるゲームをアニエスさんは想像する。

「なるほど、確かに感想はやる気につながぼぉっ!!」
「きぃぃぃいいい!!!」

ルイズさんは酒瓶をぶち込んだ。
なんというか、メタメタだった。



10-2 苦労人の攻撃

ルイズを探してシエスタがアニエスの部屋を訪れた。
ドアから覗いて仰天した。

――ミス・ヴァリエールが正座してる!!

背中しか見えないが特徴的なピンク・ブロンドですぐにわかる。
そのまん前にアニエスさんが椅子にどっかりと腰をおろしてナニかをラッパ飲みしていた。

「メイド、貴様も入れ」
「は、はい」

目が据わっていた。
シエスタは基本従順な子なので大人しく部屋に入り、威圧感に負けてルイズの隣に正座した。
アニエスさんが語りはじめた。

「何なんだ貴様らはよぉ。
口を開けばサイトサイトサイトって。
銃士隊なめてんのか、あァ!?」

本職顔負け、というか本職だった。

「だぁいたいそのサイトはどこいってんだこらぁー!!!
ぁんであたいが来たとき見計らったみたいにトリスタニアいってんだぁ!!」

アニエスさんは初弟子の才人を非常にかわいがっている、力士的な意味で。

「ァアンリエッタもアンリエッタだ。
な~に~が~気遣っていただぁ!!
気違いの間違いだろうが!!!」

不敬ってレベルじゃない。
今のアニエスさんはさくっと斬首されても文句をいえなかった。
ルイズはぷるぷる怯えている。
シエスタもがたがた震えている。

「あの女は男のために国政疎かにするタイプだ、間違いねぇ!!
てかサイトのために国傾けるに決まってんだろぉがよぉおおおおお!!!!」

ぐいっと瓶を傾ける。
シエスタのメイドアイが、アルビオンモノの非加水ウィスキーであることを見出した。

――アレってすごく強力なお酒だったはず……。

「おい、メイド」
「は、はいっ!?」
「貴様もやれ」



10-3 メイドの復讐

タバサは珍しい客を迎えていた。

「ミス・タバサ、ちょっとよろしいでしょうか」

黙って部屋に迎え入れた。
頬を染めて目がトロンとしたシエスタには妙な色気がある。

「あなた、調子乗ってませんか?」

タバサは早速後悔した。

「ちょっとちっちゃくて可愛いからってなんですか。
なんなんですか。
温厚なわたしだって怒りたくなります。
てか横から入ってきてるんじゃねぇこの泥棒猫がぁ!!」

シエスタは噴火した。
顔も怒りで真っ赤に燃える。

「サイトさんが高貴な血筋に弱いからって!
なぁにが『わたしの騎士様』ですか。
ずっと前からサイトさんは『我らの剣』なんです!!
むしろ『わたしの剣』です!」

そしてわたしは肉の鞘です、とシエスタは真顔で最低なことを言った。

「だいたいあなたの体型、ミス・ヴァリエールとかぶってるんですよ。
怒った? 怒りました??
でも言います。
あなたみたいなちんちくりん、もう必要ありません!!」

タバサはここでシエスタの左手に酒瓶が握られていることに気づいた。

「ちょっと妹的立場を利用してサイトさんに甘えちゃって。
昨夜のアレもなんですか、マーキングですか、発情期の猫ですか。
やっぱり泥棒猫じゃないですか!!
ああやらしい!」

シエスタはいよいよ有頂天だ。

「あなたたくさん本を読んでますよね。
きっと恋愛小説もたくさん読んでるんでしょ?
恋の駆け引きとか略奪愛のススメとか読んでるんでしょ??
それともアレですか。
バタフライ伯爵夫人も真っ青なぬちょぬちょぐちゃぐちゃなヤツですか!
まぁやっぱりいやらしい!!
今度貸してください!」

タバサは酒瓶を奪おうと手を伸ばす。
しかしシエスタはそれをかわす。

「どんなことが書いてあるんですか。
あとで借りますけど教えて下さい。
さぁ、早く、今すぐ語ってください。
あなたの欲望を解き放ってください」

タバサは「ダメだコイツ、早く何とかしないと……」と思いながらレビテーションを唱えた。
宙を舞う酒瓶を左手でキャッチする。

「そぉい!!」

シエスタが、よせばいいのに飲み口をタバサの口内へダンクシュートした。



10-4 新たなる犠牲

「あら、珍しいわねタバサ」

キュルケはちょこんと青いナイトキャップをかぶったタバサを見て驚いた。
彼女は幽霊やらお化けやらが怖いので夜間に火の塔内部を移動するのは珍しい。

「いれて」

タバサは珍しくキュルケをぐいぐい部屋の中に押し込んだ。
さらにぐいぐい押し続け、キュルケをベッドに押し倒した。

――え、この子どうしちゃったの?
サイトを好きになったんじゃなかったの??

タバサはマウントポジションをとった。
頬が染まっている。
目も垂れ下がっている。
キュルケは百合百合しい気配を感じた。

「あのね、タバサ。
あなたの気持ちは嬉しいけどッ!?」
「ん」

タバサは酒瓶を突っ込んだ。

「飲んで」

「飲んで」

「飲んで」

「飲んで」

「飲んで」



10-5 微熱の逆襲

ルイズはようやく部屋に戻ってきた。

――なんで私あんな目にあったのかしら。

気がつけばアニエスの部屋で正座していた。
しかも部屋の主は椅子に座ったまま寝ていた。
体内の毒を吐ききったかのように、穏やかな顔で眠っていた。
何故か痛む頭を抱えながら自室へ帰ったのは、もう日付が変わる頃だった。

――早く寝ましょ、明日に響くわ。

うつぶせにベッドへ倒れ込んだ。
ごろんと仰向けに転がる。

――ベッド、広いな。

横に転がる。
外から水精霊四天王の声がする。

――あいつらまだ騒いでるんだ。
サイトもいないって言うのに……。

ため息を一つ。
窓の外が不自然に明るい。
きっと何か燃やして遊んでいるのだろう。

「サイト……」

彼は功績を上げすぎた。
それがルイズの不安を煽る。
彼に思いを寄せているのはシエスタ、タバサ、ティファニア、たぶんジェシカ、そして、おそらくアンリエッタも。

「バカ……」

枕を抱きしめる。

――確かに今日はもう帰ってくるな、って言ったわよ。
それでも誠心誠意謝れば許さないでもなかったわ。
なのにサイトったら……。

寝返りを打つ。

――やめよう。
高圧的に出るのはよくないわ。
もっと、心の底から素直にならなきゃ。

誰かにとられちゃう、という言葉が部屋の空気に溶けた。
そのときドアをノックする音が鳴り響く。

――サイトだわ、やっぱり帰ってきてくれたんだ!!
ルイズは跳ね起き、ドアを開けた。

「るいずぅ、水をちょぉだぃ……」

サイトじゃなかった。
ルイズは静かにドアを閉めた。
強く叩かれる扉。

「なに、私、もう寝るの。
おやすみ」
「その前にお水……ぅうっ!」

『くらえッ! ルイズッ!
半径1メイル○○○○○スプラッシュをーーーッ!!』



10-6 才人の帰還

明け方、シルフィードに乗って才人は魔法学院に戻ってきた。

「……なんだこれ」

ヴェストリの広場に点在する燃えカス。

「……なんだこれ」

ドア開きっぱの上、椅子に座りながら眠るアニエス。
しかも顔がニヤけている。

「……なんだこれ」

キュルケの部屋もドアが開いている。
何故かベッドにはタバサが倒れていた。

「……なんだこれ」

ルイズの部屋の前にはナニカが散乱していた。
それを避けて部屋に入ればルイズとキュルケが一緒に寝ている。

「一日で何があったんだよ……」

明確な答えをもっている者は誰一人いない。



[29423] 第十一話 スマイル
Name: 義雄◆285086aa ID:b6606328
Date: 2011/08/28 16:26
11-1 続・炎の食材

神の左手ガンダールヴ。
勇猛果敢な神の鍋。
左に握った大鍋と、右に掴んだ包丁で、選ばれし食材を捌ききる。

神の右手はヴィンダールヴ。
心優しき神の斧。
あらゆる獣を操りて、選びし食材を屠るは地海空。

神の頭脳はミョズニトニルン。
知恵のかたまり神の舌。
あらゆる知識を溜め込みて、選びし食材に調味を呈す。

そして最後にもう一人……。記すことさえはばかれる……。

「ゲーッハッハハ!!」

絶好調である。
強力な炎の上で中華鍋が乱舞する。
宙を舞う褐色のソースは弧を描き、再び鍋に収まっていく。

「ホント厨房は地獄だぜぇぇっ!!」



今日は週に一度の虚無の日。
はじまりはこんなこと。

「おぅ、どうした我らの剣」

厨房に一人立ち尽くす才人の背中。

「マルトー親方……!」

振り向いたその顔には滂沱の涙。

「料理がしたいです……」

そのままがっくり膝をつく才人。
意味は良く分からなかったが、マルトー親方は快く一つの竈、器具、少々のスペースを貸した。
それが大体昼食直後のことである。
才人はまず皮袋からタマネギを取り出した。
さっと水洗いして皮を剥き剥き。
そしてまな板の上に置く。

「厨房は戦場、食材は敵兵。
ならば、包丁は敵を打ち倒す武器!
フライパンは攻撃もできるバックラー!!」

ぴかーんと厨房を満たす神々しい光。
ガンダールヴの無駄づかいにもほどがある。

「うぉぉぉおおおおお!!!!!!!」

七万の敵兵に突っ込むかのような、雄々しい咆哮を上げながら、彼は両手の包丁を振りかざした。
それは嵐のような調理風景だった。
まな板の上で煌く銀閃は豪雨、間断なく生み出される音は軒先を叩く雨音、あまりに素早いその包丁撃は厨房に風を巻き起こした。

「あ、ダメだ。
だけど涙が出ちゃう、だってオトコノコだもんっ……。
いや、これは辛い、痛い痛い」

だが、アルビオン兵七万人を止めた男もタマネギには勝てなかった。
すぐにヘタレて動きが止まる。
まな板の上ではみじん切りにされたタマネギがつやつやと輝いていた。
それをフライパンにうつし、強火の竈にかける。

「ゲーッハッハハ!!
タマネギどもよ!
我が力によって狐色になるがいい!!」

フライパンを振るう必要もないのに振りまくっている英雄。
先ほどの光景とは違って実にアレだった。
こんがり色づいたことを確認し、フライパンの底を水につけた。

「よーしっ、次だ」

次に皮袋から出てきたのは、何かの葉でくるまれた牛肉と豚肉だった。

「うぉぉぉおおおおお!!!!!!!」

川の中州で歴戦の兵どもに挑むかのような、猛々しい雄たけびを上げながら、彼は両手の包丁をくるりと一回転させ、振り下ろした。
それはダンスのような調理風景だった。
二振りの刃がまな板の上を踊る、踊る、踊る。
小刻みな包丁音はプロが踊るタップダンスを連想させた。
最後に才人は包丁をくるくる回し、カカンッとまな板に打ち付けた。

「ふぅははははははぁ!!」

続いて卵を手にとり、小鉢へ流星の如く叩きつける!
一切の殻を紛れさせることなく艶やかな中身が現れ、黄身と白身を選り分けた。
ミンチになった肉、狐色のみじんタマネギ、卵の黄身、パン粉。
これらを一つのボウルに入れ、袖をまくり、手を突っ込む!

――俺が作ろうとしているのはなんだ?
ハンバーグだ。
でもそれだけじゃない。

左腕でボウルを抱え、一心不乱に肉をこねる。

――最終目標を想像しろ。
俺が作るのはなんだ?

ルーンが仄かに輝きはじめた。

――これはなんだ。
ハンバーガーだ。
ハンバーガーとはなんだ。
日本どころかを世界を制圧するファーストフードだ。
ならば、これはただの料理なんかじゃない。
俺が作るのは、胃袋に対する武器だ。
天下無双の攻撃力をもつ武器なんだ!!

再び厨房を満たすルーンの光。
始祖ブリミルも草葉の影で泣いているに違いない。
竜巻のように荒々しく、しかし乙女のむ、いや肌に触れるように優しく、彼は肉を蹂躙した。

「親方、空いてる竈もいっこ借ります」
「お、ぉういいとも」

肉を円形に整え、熱したフライパンに優しく並べる。
我が子の旅立ちを見守るような眼差しで蓋をし、地球製リュックサックから底の丸い、中華鍋のような鉄鍋を取り出した。
そして舞台は冒頭へ戻る。

「ゲーッハッハハッ!!」

醤油、砂糖、武雄印の日本酒モドキを混ぜ合わせた液体が飛び立ち、鉄鍋と言う名の巣へ帰る。
勿論、ソースを作る際に虚空を踊らせる必要は一切ない。
才人に言わせるならば、様式美だ。

「親方!
マヨネーズとレタス、ありましたよね!?」
「あるにはあるが……」

こりゃ一体なんだ、とは口に出せなかった。
目がギラついている。
三日間何も食べていない人間のようだ。
マルトーは素直にその二つを差し出した。
そうしている内にも才人はフライパンのハンバーグをひっくり返し、皮袋からバンズを取り出す。
そして右手に構えたナイフを一閃。
見事な技術だがやっぱり無駄だった。
やがて肉は焼き上がり、ソースが完成した。
ハンバーグをたっぷりとソースに絡める。
皿の上にバンズ、レタス、 ハンバーグ、マヨネーズ少々、レタス、バンズを重ねる。
崩さないように両手で持ち上げる。

「ゆ、夢にまで見た照り焼きばぁがぁ……」

すべての食材に感謝の意を示し。

「いただきます」

かぶりついた。

――美味しい。
美味しい美味しい美味しい!
だけどなんでだ。
なんで涙が止まらないんだろう。

厨房の面々はさっきからドン引きしてたが、マルトーが代表して話しかけた。

「どうした……我らの剣」
「メインディッシュ、決定だ」

今なら十連くぎゅパンチも打てる。
彼は、答えを得た英霊のような、満ち足りた笑顔で呟いた。



11-2 メタ・ナイツ

「サイト、サイトじゃないか!」
「んぁ、ギーシュか」

あの後、武雄レシピをマルトーへ託し、一品だけ料理を依頼して才人は青空の下に出てきていた。
そこに駆け寄ってくる水精霊四天王。
この暑い中、しかも貴重な休日、額に汗をにじませながらナニかをしていたようだ。

「いや、久しぶりだな副隊長。
なんというか、はじめて会ったような気がしないでもない」
「そりゃどういう意味だよレイナール」
「はっはっは、三日前にも会った、いや、会ったっけ?
言われてみれば僕もはじめて会った気がする」
「いやいやいや、おかしいだろお前ら!」
「実は俺も……はじめて会ったような」
「僕も僕も」

これは新手のイジメだろうか、と才人は嘆息した。

「いーよもう、折角訓練前に旨いモン食わせてやろうと思ったのに」
「サイト、僕たち親友だよな?」
「顔が近い暑い近寄るなマリコルヌッ!!」
「君が泣くまで近寄るのをやめない」
「ココロの中ではもう泣いてるよ!」
「まぁまぁ、ここは僕に免じてお互いおさめたまえよ。
というか見てるだけで暑くなってくるから離れてくれよ」

後で十連くぎゅパンチをお見舞いすることを決意する才人。
渋々マリコルヌは距離をとり「あとで絶対食べさせてくれよな」と念を押した。

「にしても、こんなくっそ暑いのにナニやってんだ?」
「いや、ナニ。
昨日ヴェストリの広場を散らかしてしまってね、その片づけさ。
まぁ僕のワルキューレのおかげで一瞬で終わったがね」
「ギーシュ、最初制御に失敗して余計散らかしたじゃないか」
「サイトがいない夜も楽しかったぜぇ?
コルベール師匠も大興奮だった」
「コルベール師匠が興奮するのは珍しくないけど、確かに心躍ったね」
途端、顔を見合わせてニヤニヤしだす四天王。
「なんだよもったいぶらずに教えてくれよ」
「本当に、教えて欲しいのかい?」
「そりゃ勿論」
「「「「だが断る!」」」」

キレイに唱和されて逆にいらっときた。
そして、ギムリやレイナールの言葉に街での出来事を思い出す。

――こいつらは戦友だ。
俺も信じたい、信じたいんだ。
でも、でも……怖いんだ。

灰色卿の陰謀は、才人の心を着実に削っていた。
尻方面をかばい、才人は思わず後退してしまう。
そんな彼を若干不審気な目で見ながら、ギーシュは薔薇をふりふり説明した。

「なにせこの暑さだ。
他の隊員のやる気は落ちている。
士気を保つのも隊長の仕事、ということで色々画策しているのさ」
「ま、訓練に来ない副隊長にはナイショだナイショ」

薔薇を振って、ああ、僕って素晴らしい隊長だ、と自己陶酔するギーシュの横でニヤニヤする三人。
こいつらニヤけっぱなしで気持ち悪い、と思いながら才人は弁解する。

「いや、そりゃあ副隊長なのに訓練行かないのは悪かったけどさ。
ちょっと色々あったんだよ。
というか現在進行形で巻き込まれてる。
ちゃんと証拠もあるぞ」

ほら、と二枚の権限付与書を才人はリュックサックから取り出した。

「何々、緊急時にこの者へ副隊長権限を与える?
って、これ銃士隊だけじゃなくてマンティコア隊もあるじゃないか!!」
「マジかよ!?」
「ナニに巻き込まれてるんだよ副隊長!」
「女性だらけの銃士隊の副隊長権限だって!?
けしからん僕によこせ!!」

マリコルヌは一人ずれたところに怒っていた。
さらっと手渡された書類がそんなすごいものとは思っていなかった才人は、そのリアクションにむしろ驚いた。

「え、コレそんなすごいもんなの?
だって、俺も一応近衛隊の副隊長じゃん」
「バカか君は!
確かに水精霊騎士隊は名前こそ伝説になったものだが、現状では学生の寄せ集めだ!
銃士隊は女王陛下が最も信頼なさっている部隊だし、マンティコア隊は言うまでもない!!」

激昂したレイナールに続いてギムリが語りだす。

「グリフォン、マンティコア、ヒポグリフと魔法衛士隊は三つあるが、一番強力なのがマンティコア隊だ。
先代隊長の『烈風カリン』が鍛えた部隊は負け知らず。
当代隊長のド・ゼッサール殿だってトリスタニア最強の騎士と言われているぜ」
「つまり、君は王都最強と女王お抱えの騎士隊、両方の副隊長権限を一ヶ月とは言え与えられたわけだ」

ギムリを引き継いでギーシュが締める。
なんだかすごいなぁ、と才人はあまりよく理解していなかった。

――ド・ゼッサール隊長なんてすごい気軽に渡してくれたのに、すごいモンなんだなコレ。
てかあのヒゲ野郎も……。

才人はワルドのことを思い出して渋い顔をした。
そもそもグリフォン隊はタルブ村の攻防で壊滅的打撃を受け、ヒポグリフ隊はアンリエッタ誘拐事件で全滅している。
つまり、才人は今王都で実質動かせる二部隊の副隊長権限を持っていた。
その気になれば色々やりたい放題だが、地位欲に乏しい彼は軽く流した。

「ま、すごいってことだけはわかった。
でも多分、銃士隊はちょこっと借りるけど、マンティコア隊なんてお世話になることないぜ」
「うぅむ、なにか上手いこと水精霊騎士隊の権威付けに使えないかな」

レイナールは悩んでいたが他の四人はむしろ関わりたくなかった。
王都最強騎士隊の手を借りるなんて恐れ多すぎて足が震えてしまう。

「そんなことよりも、後でちゃんとナニ企んでるか教えろよな」

四天王は顔を見合わせた。

「「「「ひ・み・つ!」」」」

才人の顔は凄いコトになった。



※エキストラエピソードです。
 某on the radioを聞いていないと一切着いてこれません。

11-ex 十連くぎゅパンチ

「顔が近い暑い近寄るなマリコルヌッ!!」
「君が泣くまで近寄るのをやめない」
「えぇいうっとうしい!
これでも喰らえ! 十連くぎゅパンチ!!」

『バカ!』
「がっ」

『キモッ!』
「ぐっ」

『うっぜーなぁ!』
「げほっ」

『なめんなよ~?』
「ぐぁっ」

『わかるわけないじゃん!』
「つぅっ」

『バカじゃねぇのかよぉ!』
「ぇあこんっ」

『告白とかされてみたい!』
「がぼっ」

『きゅんっ!』
「キューン」

『死んじゃえばいいよ!』
「ぐぶぁあっ」

『好きな人にしか言わないよ?』
「がぐはぁっ!!!」

マリコルヌはたっぷり十メイルほど空を翔け、地面にたたきつけられた。
パンチを放った才人もこれには驚き、慌ててマリコルヌに駆け寄った。

「マリコルヌ!
大丈夫かよおい!!」

彼は幸せな笑みを浮かべていた。
口元からは血が溢れ、顔は青あざだらけ、身体中無傷なところはなかった。
それでも彼は満ち足りた笑顔で友に言った。

「い、いん、だ……しあ、わせ、だから」
「マリコルヌ!」
「レイナール、傷はどうだ!?」

ギムリの言葉にレイナールは静かに首を振った。
もう間に合わない。

「さい、ごにっ……一つ、だけ」
「なんだ、言ってみろマリコルヌ」

才人は太っちょな少年の手を握り締める。

「ラジオ……再、開、おめ……で、とう」
「マリコルヌゥゥゥゥゥ!!!!」

一つの命が星に還った。
風上の二つ名は以降水精霊騎士隊で語り継がれ、伝説になったという。



[29423] 第十二話 They have a theme song
Name: 義雄◆285086aa ID:b6606328
Date: 2011/08/28 20:21
12-1 ヴェルサイユ条約

「淑女協定の締結を提案するわ」
「あたまいたい……」

魔法学院のとある一室、ピンクブロンドの髪もぼっさぼさのまま、ルイズさんは提案した。
制服がだいぶ乱れて、あと若干乙女に相応しくない臭いを放つ、キュルケさんも同意した。

「私たちは真夏の夢を見ていた。
そうよね? ミス・ツェルプストー」
「もちろんでしてよ、ミス・ヴァリエール」

寝起きでよくわからないけど、キュルケは同意してあげた。
ドア付近のナニかはすでに片づけられている。
誰かは知らないけどちゃんと掃除してくれたみたいね、とルイズは感心した。
とりあえずシャキッと起き出そう、と彼女は決めた。
才人が一度来たのか、洗面器に水が張ってあるので顔を洗う。

「ぬるい……」

すでに日は高く上っている。
室温もそれなりに高く、夏真っ盛りだった。
水は汲まれてから相当時間がたっているらしく、シャキッと目は覚めなかった。
キュルケはいつもの血色いい顔が微妙に青ざめている。

「じゃ、あたしも、部屋に戻るわね」

二日酔い~、と呻きながら彼女はドアから出て行った。

――昨日は確かアレから……。

ルイズことルイズ・(中略)・ヴァリエールは「ゼロのルイズ」と呼ばれている。
昔は蔑称だったが今では違う。
彼女は虚無(ゼロ)の担い手なのだ。
6000年ぶりの逸材なのかどうかはいざ知らず、一般的な系統魔法では考えられない効果をもつ魔法を扱うことができる。
その一つに、瞬間移動(テレポート)があった。

――人間、やればなんだってできるのね。

昨夜、キュルケの攻撃の瞬間、彼女は覚醒した。
虚無の魔法は通常、王家に伝わる秘宝がなければ習得することができない。
ルイズは、その手段を水のルビーと始祖の祈祷書に頼っていた。
しかし昨日はそんな悠長なことをしている時間がなかった。

――コレは、マズい!!!

酔っ払いがどのような攻撃をするのか、一時とはいえ魅惑の妖精亭で働いていたルイズは一般貴族より熟知していた。
すなわち、メガトンパンチ、はたく、からみつく、ハイドロポンプだ。
基本的に技の上限は四つなので、人によっては「ほえる」を覚えたり、回復手段として「ねむる」を確保したりしている。
「のしかかる」や「から(服)をやぶる」という選択肢も存在する。
そして昨夜のキュルケは明らかにハイドロポンプ5秒前だった。

――ほのおタイプなのにみずタイプ最強技を使えるなんて!

やんごとなき血筋であるルイズはハイドロポンプの直撃を何としてでも、何かを犠牲にしてでも避けたかった。
彼女のHPでは威力120の、しかもとくこうの高いキュルケの攻撃に耐えられる自信がなかった。

――助けてブリミル様!!

ブリミル様は「んー、まぁいいよー」と気軽に答えてくれた、気がした。
実はこの瞬間、遠きロマリアでヴィットーリオ教皇が子守唄がわりに始祖のオルゴールを使っていた。
その調べは遠くトリステインは魔法学院にまで届き、ルイズに新たなスペルを授ける。
そして彼女は瞬間移動に目覚めた。
その場にキュルケを残して二メイルほど後退する。
ロマリアのこととか精神力温存とか一切考える余裕はなく、この瞬間彼女は人間の尊厳を守るだけで精いっぱいだった。
そしてキュルケのハイドロポンプはその高い命中率を生かすことなく外れてしまった。
しかもうまい具合にキュルケには飛沫たりともかからなかった。
ルイズは多大な精神力を消費し、肩で息をしながらその様子を見守っていた。

――あ、もうダメ。

急速な眠気に襲われ、隣にあったベッドに倒れこんだ。
その場に残されたキュルケは困った。
それはもうすごい困った。
部屋に戻れば妖しい雰囲気のタバサがいるし、このまま自分のようかいえきを放置していくのも悪い気がした。
さらに、さいみんじゅつを食らったかのように眠気を自覚した。

――ま、とりあえず、寝ればいっか。
ルイズのベッドでも借りましょ。

陽気なゲルマニア出身の彼女は酔っぱらっても陽気だった。
というか何も考えちゃいなかった。
それもそのはず、ハイドロポンプは非常に体力を消費する技なのだ。
PPが5しかないのも頷ける。
とりあえずそのままルイズのベッドにもぐりこんで、眠りについた。



次にキュルケが気づいたのは朝日が昇るまであと二時間、といった頃だった。
自然な眠りではなく、何かに起こされた。
少し不機嫌さを感じながら彼女は起き上がろうとして、失敗した。

――ナニコレ。

桃色頭のナニかが彼女にしがみついていた。
口元はだらしなく緩み、抱きつくどころか足までからみつけている。

『まったくぅ、このいぬったら……。
ごほうび、ごほうびよぅ……。
きすしなさぃ……』

人に聞かれたら飛び降りかねない寝言だった。
キュルケは優しく微笑んだ。

『やぁだぁ、どこにきすしてるのよぉ……』

しかも抱きつきながらくねくねしている。
この主人あっての使い魔ね、とキュルケはため息をついた。
仕方なく、揺すり起こしてあげることにした。

『サイロ?』
『ルイズ……』

キュルケは切ない生き物を見るような目で、言った。

『良い夢見れたかしら?』

それに一度完全覚醒し、キュルケがまたどうでもよさげに横になったので、ルイズももう一度寝てしまった。

――さささ、最悪だわ。
よりにもよって、よりにもよってきききゅるけにあんな夢見てることを知られるなんて!

どんな夢だったかは具体的には言えない。

――ちゃんとアイツ淑女協定守るわよね……。

キュルケは寝なおした後「あら、冷静に考えればあたし、もどしちゃっただけじゃない」と協定の破棄を決定した。
ルイズはその日一日、可哀そうな子を見る目にさらされた。



12-2 すっぱい気分にご用心!!

「これがッ! これがッ!! これが焼き鳥だッ!!
こいつを食べることは死を意味するッ!!」
「「「「死ぬの!?」」」」

バルバル言いながら才人は焼き鳥を掲げた。
先ほどの照り焼きバーガーは確かに美味しかった。
美味しかったが、才人が愛用していたらんらんるーなお店の味とは違っていたのだ。

――なんていうか、和風っぽい。

というわけで才人はマルトーに、残ったソースで焼き鳥を作ることを頼んでいたのだ。
ちょうど訓練のはじまる30分ほど前に納得いくモノが完成したようで、才人は嬉々として四天王に見せびらかした。
竹っぽい串に連なる肉は、褐色のソースでからめられていて香りも食欲を誘う。
縁日の焼き鳥よりも一つ一つが大きく、エレガントに食すことはできなそうだ。
才人は五本マルトーから受け取り、残りは厨房の面々に残してきた。

「俺の故郷では、キンキンに冷やしたエールとコイツをやるのが最高、って人間のクズに言われてるんだ。
是非食べてくれ、そして感動しろ!」
「人間のクズ……」
「食う気なくすようなこと言うなよな……」

五本の串を指に挟んで手をビシッと突き出す才人。
才人は某賭博漫画が好きだったが、主人公に対してワリと辛辣な評価を下していた。
異世界に来て一騎当千の力を手にした彼と比べれば、確かにヤツは人間のクズではあるが。
しかしそんなことを言われても異世界の四天王にはわからない世界だ。
ギーシュとギムリは困ってしまう。

「いや、でも縁日、って言ってもわかんねぇか。
お祭り! お祭りの屋台でも定番の料理っつーか食いモンなんだ。
マジで旨いんだって!」
「いや、君の故郷の料理は『銀の降臨祭・初恋風味』でよくわかっている。
遠慮なくいただくよ」
「初恋……ッ!!」
「銀の降臨祭? まぁ食べてくれよ」

お料理番長レイナールとスゴイ形相になったマリコルヌ。
せっかくなので、みんなでせーので頬張った。

「これは……旨いッ!」
「いやいや、クズとかいうから引いたけど、これはイケるじゃないか!」
「うん、『銀の降臨祭・初恋風味』ほどではないがこれも美味しい。
香りもいいけど、この独特のタレがまた鶏肉に合うね。
ステーキとは違って手間取らず食べられるのもいい」

うんうん、と才人は嬉しそうに頷いた。

――なんか、日本の食いモン褒められるのってすげー嬉しい。

お昼の照り焼きバーガーも、ハンバーグが余っていたので厨房の連中に振舞った。
正直もっと食べたかったが、その時もみんなの笑顔を見て心を満たすモノを感じていた。
が、一人マリコルヌは微妙な顔をしている。

「どうしたマリコルヌ?」
「君らしくないじゃないか、こんな美味しいモノを食べて無言だなんて」
「そうそう、いっつもいっつもウマウマ言いながら食ってるじゃねぇか」
「なんか、照り焼きソース口にあわなかったか?」

マリコルヌは頭を振ってこたえた。

「僕のヤツ、生焼けだ……」

流石のマルトーも初見のソースのせいで火の通り具合がイマイチわからなかったようだ。
マリコルヌ以外の四人は顔を見合わせ、スルーした。

「いやー懐かしいなーうまいうまい」
「なんというか、うまいこと肉汁がつまってていい。
流石に親父はいい仕事してやがる」
「そうだね、このソースがほんのちょびっとだけ焦げているのもイイ!
煙の香りがうまく味を引き締めている」
「羊肉をミンチにした串は食べたことがあるが、また違うね。
このソースどうやって作ったんだい?」
「それはだな……」

ハブられたマリコルヌは静かに涙した。



12-3 再・フルメタルなヤツら

トリステイン魔法学院には、クルデンホルフ大公国の精鋭、空中装甲騎士団の内二十名が駐屯している。
ベアトリス嬢が祖国から引っ張ってきた彼らは、暇を持て余していた。
当初は女の子をナンパしたり使用人に難癖つけたりしていたが、何か違う。
続いて酒を飲んだりカードで賭けたりしたがコレも違う。
訓練をいつもの三倍やってみるもやっぱり違う。
日々連続しており、彼らはもやもやしていた。
刺激を求めていた。

「アンリエッタ女王が大好きな!」

『アンリエッタ女王が大好きな!!』

「私が誰だか教えてよ!」

『俺が誰だか教えてよ!!』

「1, 2, 3, 4, Ondine(水精霊騎士隊)!」

『1, 2, 3, 4, Ondine!!』

水精霊騎士隊の訓練を遠目で見ていた彼らは、なんか楽しそうだなぁ、と感じた。
感じたから、マネしてみよう、と思った。
思ったけど、まんまモノマネは空中装甲騎士団の沽券に係わる、と考えた。
考えた末に、彼らは歌詞だけでも違うヤツにしよう、と決定した。
決定に従い、一日かけてちょっぴりアダルティな作詞を行い、練習した。
練習した成果を、彼らは披露した。

「タニアのヤツらの噂では!」

『タニアのヤツらの噂では!!』

「女王の○○○は極上○○○!」(伏字部分はご想像にお任せします)

『女王の○○○は極上○○○!!』

「うん よし!」

『感じよし!!』

「具合よし!」

『すべてよし!!』

「味よし!」

『すげえよし!!』

「おまえによし!」

『俺によし!!』

最低だった。
彼らはアダルティの意味を取り違えていた。
学院の窓が次々閉められていく。
木陰で語り合っていた恋人なんかは、見てはいけないものを見てしまったように逃げ出した。

「アイツら……」
「なんて破廉恥な……」
「許せねぇな……」
「白百合を汚すなんて……」

水精霊五巨星である。
一般の人々は彼らに期待した。
しかし隊長は鼻血を流していた。

「ってギーシュナニやってんだよ!?」
「いや、ね。
ちょっと想像してしまって、ぶふっ」

隊長はアテにならない。
四人は肩を組んで相談した。

「どうする?」
「副隊長がいれば制圧はたやすいと思う」
「いや、バラけて各個撃破されたらあぶねぇぜ」
「僕も、それは危険だと思うんだ」

ノープラン才人にちょっぴり潔癖な決戦派レイナール。
ギムリとマリコルヌは妨害派として結束した。
沸いててもハルケギニア最強の竜騎士団だ、慎重になるに越したことはなかった。
一分ほどで結論は出た。

「水精霊騎士隊、集合!」

マリコルヌの大声が風に乗って学院中に響き渡った。
十秒ほどで歴戦のつわものが集合した。

「少し早いが訓練をはじめる!!」

鼻血だくだくのギーシュを無視して才人はしきった。

「いつも通り外周十周からだ!
だが、今日は下品なヤツらが俺たちのマネをしている!
ヤツらよりも小さな声を出すようなら、承知せんぞ!!」
『Oui, Capitaine!!』

こうして血で血を洗うような、壮絶な絶叫戦がはじまった。
やたら生々しい歌を叫ぶ空中装甲騎士団。
対する水精霊騎士隊は洗脳されてしまいそうな歌を叫ぶ。
徐々にその戦いはエスカレートしはじめ、風の魔法によってより広域に拡散していく。
窓を閉めても効果はなく、歌は魔法学院を満たす。
まさに地獄の一丁目だった。



[29423] 第十三話 Please Old Haussmann
Name: 義雄◆285086aa ID:b6606328
Date: 2011/08/28 20:21
13-1 Apocalypse Now

悲惨な光景だった。
地面は抉れ、男たちは倒れ、風音しか聞こえない。
太陽だけが平等に大地を照らしていた。

「ルイズ」

平賀才人はその小さな女の子を見上げた。
ピンクブロンドの髪には天使の輪が光臨している。
その顔は逆光で、よく見えない。

「サイト」

その声はどこか虚ろだった。
温度がない、と言ってもいい。

「ルイズ、あのさ」
「サイト」

ご主人様は使い魔の声を遮った。
ぎらつく太陽に雲がかかる。
才人は、少女が笑っていることを知った。

「いいの、何も言わなくても」

楽しげだった。
才人は、どこか頭の奥から、カチカチという音が響いてくるのを聞いた。
自分の歯の根がかみ合わない音だった。
しかし、と彼は腹に力を込める。
ここで彼が退けば、今以上の悲劇が起きる。
それは確定された未来だった。

「ルイズ、聞いてくれ」
「いやよ」

あどけない、笑みだった。
まるで赤ん坊がその母親に向けるような。
ルイズは、才人からつい、と目を離した。
視線は彼の後ろに向かっている。

『……』

膝をつき、手をつき、頭をこすり付ける。
その屈辱はあまりあるが、命にはかえられなかった。
しかし、女神は時に非情だ。

「あんたら」

にっこりと笑い

「全員」

杖を振り上げ

「バカ犬よぉぉーーー!!!!!」

光と音が世界を満たした。



際限なくバカになっていく男たちを止めるのはいつの時代だって聖女だ。
そして魔法学院にも聖女は存在する。
水都市の聖女こと、ルイズ・フランソワーズだ。
彼女は伝説にある戦乙女のように勇ましくヴェストリの広場へ現れ、一撃の下彼らを薙ぎ払った。
サイトがいない状態で精神力がたまりやすい彼女は景気よくエクスプロージョンを放ったのだ。

「もう、バカ!
ホントバカ!!
バカバカバカ!」

トリステイン魔法学院生徒による女王陛下直属の近衛隊、水精霊騎士隊。
クルデンホルフ大公国が誇る栄えあるハルケギニア最強竜騎士団、空中装甲騎士団。
爆発でノびている数名をのぞいてみな正座をしている。
日が傾き始めているとはいえ炎天下、汗がだらだらながれていた。
そんな彼らの前で有頂天ルイズ。

「あんたたちねぇ、流されすぎなのよ!
それでも貴族なの? ねぇ答えなさいよ!!」
「そ、そうです」
「黙ってなさい!」

ボン、と顔面真ん前でエクスプロージョン。
あわれマリコルヌは意識を失ってしまう。
なんというか、理不尽の極みだった。

「この調練言い出したの、サイトでしょ?
犬の言うことを聞くなんて、あんたたちもう人間じゃないわね。
ナニか切ない生き物だわ!」

怒鳴るルイズの後ろにはタバサ、キュルケ、ティファニアがパラソルの下で紅茶をたしなんでいる。
シエスタは三人のお世話をしていた。
この四人がルイズに向ける目は、ナニか切ない生き物を見るようだった。

「ねぇ、ルイズって……」
「テファ、言わないであげて。
あの子も可哀そうな子なのよ」
「ミス・ヴァリエールは、その、サイトさんと同じで少しアレですから」
「バカばっか」

四人の会話をしっかり耳に入れていたルイズが怒った。

「なんなのよアンタらも!」
「なんなの、って……」
「ミス・ヴァリエールの方が……」
「なんなのよ、って感じ」

怒られた四人は困惑した。
そしてテファ以外の三人はお互いの顔を見て、きっちり反撃した。
キュルケ、シエスタ、タバサの三人は宝探しも一緒にした仲である。
そりゃもう息もぴったりだった。
ルイズに向ける気の毒そうな目もほとんど形だった。
見かねたテファがフォローに回る。

「だ、だいじょうぶだよルイズ。
夢の中だもん、深層心理が出ちゃうのはしかたないよ。
心の底からサイトといちゃつきたいんだって」
「結局、あなたはサイトといちゃいちゃしたいだけ。
できないからすぐ怒る、欲求不満?」

フォローじゃなかった。
テファのパスを拾ってタバサが追撃する。
ルイズは逆ギレした。

「え~そうよ!
私だってサイトといちゃいちゃしたいわよ!!
なのにコイツときたらあっちへフラフラこっちへフラフラ。
夢の中でぐらい好きにしたっていいじゃないのよ!!」
「ルイズ……」

才人は立ち上がり、ルイズの手を取った。

「ごめん、そんな寂しがらせてたなんて」
「いやよ! 離してよ!!」
「やだ、あんなこと聞いたら離せない」
「離してって言ってるのに!」
「だったら、いつもみたいに魔法でもなんでも使えばいい」
「……」

才人はまっすぐルイズを見つめた。
ルイズは赤くなってそっぽを向いた。
正座しているヤツらは「あれ、俺らとばっちりじゃね?」と思った。
テファは嬉しそうに二人を見ていた。
キュルケはニヤニヤいやらしい笑みを浮かべていた。
タバサとシエスタは般若にジョブチェンジした。

「サ、イ、ト、さんっ
ずいぶんと、ずいぶんと女性の扱いがうまくなられましたね」

シエスタは二人の手をほどき、左腕をとった。
そして魅惑の果実を押し付ける。

「うっ!?」
「ジェシカに教えてもらったんですか……?
もう、ホントに、い・け・な・い・人」
「ひぅっ!」

やわらかな感触に、ガンダールヴの槍を構えかけた才人。
しかし、ガンダ君は目だけ笑っていないシエスタの威圧感で槍を折られてしまった。
次いで、背中にぽすっと軽い音。

「サイト……」
「タバサ……??」
「好き……」

変化球など必要ない! と言わんばかりの直球剛速球だった。
背中に抱きつき、つま先立ちになって耳元で愛の言葉を囁く。
これにはさすがにサイトの顔も赤くなった。
赤くなったが、すぐ青くなった。

「へぇ……魔法でもなんでも、ねぇ」

――ジーザス!!

彼はキリスト教でもなんでもない。
そもそも、ハルケギニアまで助けが及ぶことはないだろう。

「あんたたち」

正座をしていた男どもはびくっと肩を震わせた。
その声は低く、地獄の底よりなお昏い場所を連想させる。
シエスタとタバサはさっと飛びのいた。

「演習、目標、バカ犬。
制限時間なし、兵装自由、魔法自由。
かかりなさい」
『Oui、Mademoiselle!!』

過酷な演習が幕を開ける……!



13-2 トリステイン三羽烏

「ワシ、思うんじゃよ」

長い白ひげをしごきながら老人は言う。
ふと、窓の外に目をやりたっぷり十秒は何も語らなかった。

「何をですかな」
「もったいぶらずともよいでしょう」

白を基調とした豪奢な部屋に、男三人。
トリスタニアは王宮である。
オールド・オスマンはこの日、新年度の宣伝へやってきていた。
魔法学院は入学こそ春ではあるが、入学手続きはいつでも行っている。
貴族からお金をいかに巻き上げるか、と画策するオスマンは宮廷工作に余念がない。

「表向きは平和になったじゃろ?」
「そうですな、ガリア戦役も無事終わりました」
「魔法学院の生徒が活躍したと聞きますぞ」

オスマンは宮廷に来たとき必ずこの三人でお茶を飲む。
一人は王宮の勅使、ジュール・ド・モット伯。
そしてもう一人はデムリ財務卿。
いかにしてこの三人が友誼を結んだか、それは余談になるのでここでは置いておく。
ただ一つ言えることは、類は友を呼ぶ。

「なーんかのぅ、物足りないんじゃよ……」

紅茶で満たされたカップを見ながらオスマン老は呟く。
去年まではよかった。
ミス・ロングビルがいた。
なんというか、お色気方面の補充は十分だった。
しかし今はいない。
新入生であるティファニア嬢に目をつけようもんなら、虚無の担い手とその使い魔がやってくる。
あしらえないわけではないが、めんどくさいので今彼はナニか別方向を模索していたのだ。

「物足りない、ですか」

モット伯はうぬ、と考え込む。
言われてみればそういう気もする。
去年手に入れ損ねたメイドのことを思い出した。

――珍しい黒髪をもつメイドがいれば、何か違ったか。

その節は、友人オスマンともだいぶ揉めたし、結果的には異世界の本も手に入れたので文句はない。
ないが、もしものことを考えてしまう。
どうやら彼も満たされていないようだ。

「わからんでもないですな」

デムリ財務卿はカップ片手にそう返す。
彼は非常に気が利く男だ。
今はトリステインの英霊となってしまたド・ポワチエに元帥杖を送ったこともある。
またアンリエッタが売り払うよう指示を下した風のルビー、これを確保しておいたこともあった。
そんなスーパーサポーターとして高い実力を持つ彼は、やはりモテる。
モテるが最近は少しご無沙汰だった。

「「「ぬぅ……」」」

つまり、彼らはエロスの固い絆で結ばれた仲だった。

「あとアレ、ウチのサイト君の本、アレはないわ」
「あの使い魔の少年ですか。私も趣味ではないですね」
「シュヴァリエ・ド・ヒラガは確かに幼い顔立ちをしている。
しかし、そんな持て囃されるものとは、世間はわかりませんな」

文官はソッチ系の趣味をほとんど持たない。
そういう性癖が必要になるのは武官だからだ。
オスマンは若いころあちこちの戦場でぶいぶい言わせたものだが、ワンマンアーミー状態だったので一人で勝手に戦場を離れ、娼館に入り浸っていた。

「何か新しい境地を求めたいものですが……」
「ガリア、ロマリア、トリステインのことはあらかた調べましたしな」
「残るはゲルマニアかの、たまには褐色の肌も悪くないじゃろ」

オスマンはそう言いながらもあまり気乗りのしない顔だった。
先ほど述べた三国の人はいずれも肌が白い。
その白さに慣れきったオスマンからすると、ゲルマニア人の奔放な性格こそ好ましいが、少し躊躇してしまう。

「難しいのぅ……」
「乳、尻、太ももについても語りつくした感がありますし」
「改めて性格の話をするのも、その、ナンですな」

むむぅ、と再び呻く三人。
場所が場所なので、傍目には国政について論じ、悩みぬいているようにも見える。
だが残念ながら彼らはただの男だった。
いい年したおっさんたち、一人は老人、が中学生のような会話をしているのを他人は何と思うだろうか。

「そうだ」

ガタッ、とデムリが席を立つ。

「どうしたのですかな」

紅茶を飲みつつモットさん。

「何か思いついたのかの?」

クッキーをつまむオスマンさん。

「今まで我らの語ってきた議題、何か足りんと思いませぬか?」
「なにか、か。
いや、私には思いつきません。
オスマン老はいかがですかな?」
「ふむ……若さ、かの」

ある意味彼らは超若い。
デムリは、ノンノン、と人差し指を振り、言い放った。

「衣装ですよ」

む、と二人は目をむいた。

「我々は今までいかに脱がせるか、ということは存分に議論しました。
しかしどうです。
着衣のまま、というのはまだ話しておりません」

デムリは得意げな顔で、王宮に見合わない最低なことをのたまう。

「いやはや、素晴らしいのぅデムリ君。
魔法学院時代から君はいつか、素晴らしい功績を残すと思っておったよ。
その瞬間に立ち会えるとは」

オスマンは教え子の成長に涙した。
デムリはそんな彼の手をとり、固く握りしめる。

「オールド・オスマンの教えあってのことです。
貴方と出会わなければ、今の私はなかった」

出会わなかったほうがよかった、という意見もある。

「スカートが翻った瞬間、白い太ももが見える。
ワシも昔はそんな情景にドギマギしたもんじゃ。
議論が煮詰まった暁にはその現象に名前をつけようで」
「いえ、オールド・オスマン」

モットがオスマンの言葉を遮った。

「私は東方からやってくる商人に、その現象名を聞いたことがあります。
確か、エルフの言葉で……」

モットは一拍置き、呟いた

「チラリズム」



[29423] 第十四話 Thank you, her twilight
Name: 義雄◆285086aa ID:b6606328
Date: 2011/08/28 21:07
14-1 ルーレットは回り続ける

――今日はついてない。

才人はモグラへ退化した。
ヴェルダンデに泣きついて、膝を抱えればすっぽり埋まるほどの穴を掘ってもらう。
入る。
嘆く。
モグモグ言ってみる。
背中のデルフはカタカタ揺れるだけで何も言わなかった。
ため息をつけば肺どころか体中から空気が抜け、しぼんだ風船みたいになってしまいそうだった。
彼はむしろそうなりたかった。

――いや、照り焼きバーガーは美味しかった。
焼き鳥も旨かった、厨房のみんなも喜んでくれた。
でも……。

もう一度ため息をつく。
夕日が穴の中にまで差してくる。
彼は最近、といってもここ三日ほどルイズとあまり話をしていなかった。
なにせ忙しい。


――最初は暑いから、授業に顔を出さなくなって。
ジェシカが来て、料理の話して、見送って、怪しい雰囲気を感じ取って。
遅くに帰ってきたらタバサに座られて、シエスタに一時間怒られて、謝ったら部屋をたたき出された。

二日前のことを三行でまとめてみる。

――朝起きたらタバサの部屋で、トリスタニアいって、騒がれて、連行されて、しょうゆみつけて。
スカロン店長に頼み込んでレシピと秘蔵の日本酒モドキももらったんだっけ。

昨日のことは二行。
だが今日の出来事は。

――早朝シルフィードが迎えに来たから乗って帰ったら、部屋の前にナニカあった。
それ片づけて部屋ちょっと掃除して、照り焼きバーガーつくって。
焼き鳥も食べて、訓練して、対抗して、追いかけっこして。
でも空中装甲騎士団とは打ち解けて。
あれ、そんなに悪く、ないか?

良くも悪くも彼はポジティブだった。
いいところを探そう、と言われるまでもなく悪いことを忘れていくので、いいところしか見つけられないタイプだった。
そもそも、ルイズとここ最近話していない、という問題点を忘れている。
クルデンホルフ大公国所属の空中装甲騎士団は、以前水精霊騎士隊と反目していた。
しかし何が幸いするのかわからないこの世の中、才人を追いかける、という目的の中すっかり仲良くなってしまった。
才人・ハントが終われば騎士団代表は「なにかあったら言ってくれ、なんだって力になってやる」と力強い言葉までかけてくれた。

―冷静に考えたら、照り焼きバーガーの時点でプラスもプラス、大勝利だろ。
何に勝ったのかはよくわかんねーけど。
コイツさえあればあと十年は戦える!
うん、やっぱり人生って美しい!!

才人は人間に進化した。
先ほどまでうつむいてモグモグ言っていたのがウソみたいだった。
垂直式に掘られた穴の中から飛び出し、大きく伸びをした。

「んんっ……!」
「やぁっといつもの調子に戻ったな、相棒」

今まで沈黙を保っていたデルフも話しかけてくる。
よくできた男(?)である彼(?)は空気も読める。
男には誰しも一人でいたい時があり、そういう時に話しかけられてもうっとうしいだけだ、と経験から学んでいた。

「おぅデルフ、俺はいつだって元気だぜ」

才人も嬉しそうにデルフに返す。
腰を下ろし胡坐をかいてから、穴の脇に置いてあったリュックサックをあさり、迷わずにひとつ、まるい紙袋をもぎ取った。

「デルフは醤油あんまり好きじゃないみたいだけど、コレはすっげー上手いんだぜ?
一口食うか??」

がさごそ開いた紙から照り焼きバーガーが姿を現した。
ニヤニヤ、というよりはウキウキしながら才人はバーガーにかぶりつく。

「いや……いいよ、相棒。
気持ちは嬉しい、すっげー嬉しいんだよ」
「ほうか?
んぐっ、やっぱ美味しい。
なら、遠慮なく全部食うぜ」

あと、もし次やるなら醤油とやらを拭いてから鞘に収めてくれ、とデルフは嘆願した。
鞘の中はところどころ、黒い液体が付着している。
早く処置しないとトンでもないことになりそうだった。

「……サイト?」
「んぁ、はばは??」

背後からの声に、大口開けてハンバーガーをくわえながら振り返る。
雪風の少女が、その身を黄金に染めながら佇んでいた。
背丈よりも大きな杖を右手に、才人の目をじっと見る。
その視線はつつーっと彼の右手にうつった。

「なにそれ?」
「んんっ、っと、夕食だよ夕食。
ルイズは結局許してくれないし、食堂とか厨房にいけないんだ」

タバサはなおもじっとそれを見る。

「ああ、俺の故郷の味で、照り焼きバーガーっていうんだ。
一口食べる?」

ずいっと才人はそれを突き出した。

――どうしよう!?
このシチュエーションは知ってる、わたし知ってるわ!
ああ、ちょっと幸せすぎて錯乱しちゃいそう!!
タバサ困っちゃう!

十分錯乱していた。
思いがけぬ間接キッスのチャンスにタバサは顔を染める。
自分から謀略をしかける際は、覚悟完了してるタバサさん。
才人から攻めてくるとは思わず、反撃の余地がない相手が実は後方に周って突撃された時のように、混乱してしまう。
それを勘違いする才人。

「ん、いらないか。
タバサもこういうの好きそうな気がしたんだけど」
「ぃぅ、いるっ!」

噛んだ。
金色の光を浴びながら顔は赤く茹っていく。
才人はその様子に微笑ましさを感じて笑ってしまう。

「も、もぅっ!」

タバサは新・必殺技「照れ隠しアタック」を繰り出した。
腕を振り上げて才人をぽかぽか叩く。
シルフィードをオシオキするように、杖を使ったりなんかはしない。
物理的打撃を加えるのではない、精神的打撃を与えるのだ! と指南書に書いていた通りに、タバサは再現を試みる。
からかわれた時などに使う、弱点持ちならば即死級のダメージを負うはずだった。

「ははっ、ごめんごめん」

しかし、才人には全く効果がなかった。
それもそのはず、ハルケギニアで一番ツンデレを扱っている男は伊達じゃない。
ルイズなんか似たような動作を致死性の攻撃にのせて行うのだ。
そういう照れ隠しは命に係わる、と魂の奥底に染みついた才人にとってむしろ違う意味で精神的打撃を受けてしまう。

「おっと」

がくっと膝が折れ、タバサは才人の胸の中に倒れこむ。
彼は避けようともせずタバサを抱きとめた。
そしてはっとして腕をほどく。

「ごめん、反射的にやっちまった」

――むしろもっとやってほしい!!

タバサたんは流石にそこまで言えなかった。
才人の瞳をじっと見る。
彼は視線を逸らして照れ笑いをしていた。
その瞬間タバサは光の速さで考えを巡らせた。
一瞬で脳内タバサ会議が招集され、各人員が席に着く。
五人の二頭身タバサたちが円卓につき、戦略を立てる。

――今こそ押すべき、異論は?

王様タバサが意見を募る。

――ない、体当たりで胸に飛び込む。

将軍タバサが基本方針を示す。

――なるべく強く、かつ痛くない程度に。

軍師タバサが心証を考え補足する。

――ルイズが食堂にいる今がチャンス。

斥候タバサが状況を述べる。

――早食いで出てきたかいがあった。

補給タバサが自分の早食いを讃える。

――今ならシエスタも来ない、押して押して押すべき。

軍師タバサがさらに有利な点を告げる。

――いつまで、どこまでいくべき?

王様タバサが再び問う。

――どこまででも!

四人のタバサの声が重なる。

――反対意見なし、突撃します。

王様タバサが決断する。

タバサ会議は開始二秒で解散した。
むん、と気合を入れて、もう一度彼の胸に、今度は自分から飛び込んだ。
夕焼けで世界は山吹色に染まっている。
背の高い草がさらさらと揺れていた。

――恋愛小説みたい。

とさっと軽い音がする。
才人は食べかけの照り焼きバーガーを落としてしまった。
タバサは彼の背中に手を回す。

「たば、さ?」

才人はなにか、ありえないものを見たかのように固まってしまった。
風がやむ。
時が止まる。
世界に心臓の音しかなかった。

「ん……」

タバサは才人の胸に顔をしっかりうずめ、脱力した。
才人の頭はすでに混乱しきっていて状況が流れるままにまかせている。
このままではよくないことになりそう、でもどうすればいいのかわからない。

「はぁ……」

タバサが大きく息を吐いた。
そして、うずめていた顔をあげ、才人と目を合わせる。
ずれたメガネ、少し乱れた髪、そして夕焼けの黄金と雑じりあって描かれる茜色。
才人は青い瞳から目を離すことができない。
永遠にも等しい時間が過ぎ、タバサは腕をほどいた。

――お、終わりか?

解放される、と才人は安心と残念さが入り混じった気持ちを抱いた。
しかし、タバサは、今度は彼のほほを両手で挟んだ。
瞳に吸い込まれそうになりながら、才人は決して目を逸らすことはなかった。
そして、そのまま手を首へと這わせ、しっかりと抱きしめる。
彼女の顎は右肩の上にあった。

――い、いいぃいいかんですよ、これは非常にいかんですよ!!

ルイズやシエスタとだってこんなじっくりしっとり抱き合ったことはない。
ほかの女性を引き合いに出すことはいかがなものかと思われるのが、彼には余裕がなかった。
そのまま再び時が止まる。
才人は、動けば世界が終ってしまう、という気持ちで必死に自制した。
タバサの柔らかい体が、奈落への入り口のように感じられた。

「サイト……」

タバサの呟き。
きっと意味はない。
だけど、才人は答えてしまう。

「な、なに?」

語尾が跳ね上がる。
情けないほど動揺していて、おそらくそれは彼女に伝わった。
タバサは首に回していた手を、再び彼のほほにあてる。
その光景は人によって評価が分かれるだろう。
ある人は、兄にべったりと甘える妹、と。
ある人は、年上の恋人に抱き着く恋人、と。

「気づいて」

瞳が潤んでいる。

「感じて」

顔が近づいてくる。

「私の、気持ちを」

瞬きすらできない。
反してタバサは目を閉じる。

「私の」「「そぉぉおいっ!!!」」

桃と黒の風が駆け抜ける。
メキャキャッと、才人の首から破滅的な音が響いた。

「ぶろぁああっ!!?」

才人は吹っ飛ばされ、地面を跳ね、たっぷり十メイルは吹き飛んだ。
タバサは頬に添えていた手の形をそのままに、首をギリギリと動かす。

「なんで」
「当然です!」
「なにやってんのよ!」

シエスタとルイズが、肩で息をしながら仁王立ちしている。
なんだかんだ言って仲がいい二人が、口づけをかわそうとする才人(ルイズ主観)の首にとび蹴りをぶちかました。
今彼は仰向けに転がり、口から白いモヤモヤが出かけている。
才人は多分、あんまり悪くない。
敗因は動かな過ぎたことだ。
彼の攻撃力は非常に高いが防御力は紙に等しい。

「なんで!
こんな抜け駆けみたいなこと、したんですか!!」
「恋は駆け引き」

シエスタがタバサに食って掛かるが、彼女は涼しい顔だった。
そして追撃を加える。

「ルイズはサイトを痛めつけすぎる。
それに、私は別に彼が何人愛そうがかまわない。
一番愛を注いでくれるなら、それでいい。
あなたがいても全然おっけー」
「くっ、それは魅力的な提案ですが……」
「なに買収されそうになってるのよ!」

的確に事実をついているのでうまく反論できなかった。
才人に対しては破城槌のごとき強さを発揮したルイズ・シエスタペアだが、思わぬお得な提案をされてコンビ解消の危機に陥っている。
恋は駆け引きで、抜け駆けされる方が悪い。
たとえどれだけ汚い策略でも勝てば官軍なのだ。
それでも、シエスタは欲望を断ち切るように、叫んだ。

「とにかく、ダメです!
ひいおじいちゃんも言ってました!!
戦いは正々堂々仲良くやれって!」

タバサの顔が魔法学院入学当初のものになった。
その目に温度は感じられない。

「そんな戦い、ありえない」

タバサは暗い昏い穴の底で戦い続けてきた。
シエスタはその表情に気圧される。
ルイズは、彼女の境遇に思い当たった。

「奇跡なんて、起こらない」

じりっとタバサがにじり寄る。

「だからこそ、わたしは」

雪風のように冷たい空気。
シエスタとルイズは知らず、後ずさる。

「今日が最後の日でもいい、後悔しないように動く」

二人の横を通り抜け、寝転がっている才人に駆け寄った。

「サイト、起きて……」
「「なぁっ!?」」

タバサは新婚さんのように才人を優しく揺り起こす。
桃黒コンビはただわなわなと震えている。

「ん……タバサ?」
「おはよう、サイト」

夕焼けの中にあっても、向日葵のような笑顔だった。
才人は思わず見とれてしまう。
普段は口数も少なく、表情もあまり変化しない少女の大輪の笑顔、意外にも程があった。
ここでタバサはちらっと二人を振り返り、ドヤ顔を決めた。

「「……」」

びきっと、青筋が走る。

「なんか、あんまり記憶がない……ん、だけど」
「ええ、、とってもいい気分だったと思うわよ、サイト」
「そうですね、きっとあまりに気分がよくって忘れちゃったんでしょうね」

鬼がいた。

「さんきゅー、まい、とわぃらいと」

才人は山間に沈む夕日へ感謝を告げる。
奇跡は起こらなかった。
今日が、最後の日になった。



[29423] 第十五話 モット・ゴーズ・トゥ・バビロン
Name: 義雄◆285086aa ID:b6606328
Date: 2011/08/29 21:49
15-1 蝉っぽい味になる予感

「ジェシカぁ、いるかしら~?」
「なぁにぃ、パパ!」

魅惑の妖精亭、店開き直前。
スカロンはジェシカの部屋に入った。

「あなた、今日からこれで店に出なさい」
「え!?」

スカロンが持ってきたのは、ハルケギニアではまずお目にかからない衣装だった。
若草色の大きな布地に、白い太い帯。
ワンピースやTシャツとは違い、首を通すべき穴などない。
袖はゆったり、たっぷりと大きい。
広げればかなりの大きさになり、全身を隠してしまえるほどだ。
どちらかといえばカッターシャツに構造は近い。
しかしボタンなどは見当たらず、このままなんとかして着ようとしても身体の前がモロに出てしまい、いやん、なんてジョークじゃすまされないほどだろう。

「これ、『ユカタ』じゃないの。
なんだってこんな野暮ったいの、店で着なくっちゃいけないのよ」

佐々木家伝来の浴衣である。

魅惑の妖精亭は、男にいけいけごーごーな気分にさせるために露出激しい衣装を採用している。
スカロンなんて身を削って、あるいは趣味か、珍しいタンクトップ一丁だ。
それはさておき、ほぼ肌を覆い隠してしまうような服装は避けるべきだった。
まず客受けがよくない。
目標の一つを潰してしまうのだ、当然チップもいただけない。
そして、従業員の反感を買う。
みな恥ずかしいのを我慢して露出の激しい衣装を身に着けているのだ。
そんな中一人だけ違う和装。
しかも店長の娘。
反感は避けられなかった。

「ジェシカ、あなたの言いたいこともよくわかるわ。
だから、今日は厨房担当よろしくね。
あそこならそんな服着てても誰も何も言わないわ。
むしろ気の毒に思われるかもね」

スカロンは茶目っ気たっぷりにウィンクする。
厨房は常に火を焚いているので暑い。
夏場ならなお暑い。
いくら浴衣が薄手でも汗まみれになってしまうだろう。

「パパ、あたしがホールでないでどうしろ、っていうのよ」

チップレースの期間中だけでなく、ジェシカは店のトップだ。
彼女目当てにやってくる客は多く、その分店の儲けも大きくなる。
彼女を引っ込めるにはデメリットばかりが多く、メリットが少ないように見えた。

「あなた、昨日サイト君の横で料理見てたじゃない。
いくつか再現できるでしょ?
新しい店の料理としてじゃんじゃん出すわ!」
「うっ」

そう、ジェシカは才人の料理を隣で観察していた。
だが観察していたのは料理ではなく、才人自身だった。
しっかりきっちり彼の料理を再現できる自信は全然ない。
でもそんなことを言うのは恥ずかしすぎてとてもじゃないができそうになかった。

「でも、やっぱり売上落ちるわよ。
あたしがホールにいないとお酒すすまないお客さんもいるんだし」
「ジェシカ」

娘の肩に手を置く。
スカロンは母のように優しい眼差しでこの世の心理を告げる。

「男はバカなのよ」
「へ?」

ジェシカは唐突すぎるその言葉にびっくりした。
パパも一応男じゃん、と思いながらも父の声に耳を傾ける。

「いいこと、お気に入りのあの娘の手料理。
どんなヤツでも大枚はたいて買うわ。
むしろあなたが厨房に入れば、その分売り上げが伸びるのよ!!」

ギリギリまで吹っかけるわ! とスカロンはいい声で商人らしいことをのたまった。
なんというか、ガルムを売ってくれた温泉技師とは大きな違いである。
しかしこれはスカロンの建前に過ぎない。
彼は、ただ一人の娘を思いやっていた。

「もちろん、隣でじっっっと見てたんだからできるわよね?
ミ・マドモワゼルはその程度にはあなたに料理を仕込んできたんだから」
「う、うぅ……」

ジェシカは窮地に立たされた。
できない、なんて言えばなんと追及されることやら。
俯き呻くしかできなかった。

「はぁい、決定ね!
じゃあ早くユカタ着て厨房に行きなさい。
ちゃんと着付け方、覚えてるわね」
「そりゃ覚えてるけど……。
やっぱりいきなりホール休むの悪いわ。
そう! 何日か前に告知してからやりましょ?」

この期に及んでジェシカは往生際が悪かった。
スカロンはやれやれ、と首を振り腕で大きなバッテンを作った。

「だめっ!
あなたは今日厨房!」
「うぅう……はい、パパ」

しょんぼりジェシカ。
ドアを閉めると渋々浴衣を身に着けはじめた。
スカロンはジェシカの部屋から離れると、手をほほにあて、息をついた。

「はぁ……わたしも親ばかなのかしらね」

店に出ている以上、娘と他の妖精さんを区別することは本来なら許されない。
反感を呼び、チームワークを乱し、足の引っ張り合いになるからだ。
それでも、スカロンはジェシカに幸せになってほしかった。
母親を失って十数年、親らしいことをマトモにできなかった、と後悔していた彼(あるいは彼女)は、娘の初恋を全力で応援してやろうと決意した。
たとえ従姉妹のシエスタや貴族のルイズが敵にまわろうとも、できうる限りのサポートはしてやるつもりだ。
今回の件も。

――サイト君、ごめんなさいね。

才人が武雄氏と同郷であることはすでによく知られている。
そして浴衣は武雄氏が故郷を思い、記憶を頼って妻と織り上げた、ハルケギニアでは佐々木家以外に存在しない衣装だ。
浴衣を見て才人は何を思うだろうか。

――普通なら、親近感を覚えるわ。
でも今は、今ならもっと攻めることができる。

浴衣を見れば懐かしさからよりジェシカと親しくなるだろう。
普段ならそれで終わるかもしれない。
しかし、今才人はジェシカの護衛を引き受けている。
郷愁を誘う少女と危険な事件にあえば、危険な事件でなくとも緊張感が普段よりも強い生活を強いられればどうなるだろうか。

――この事件、利用させてもらうわ。

スカロンはただ愛娘の幸せのため、鬼になる決意をかためた。
正直見た目は鬼よりもアレだった。



15-2 料理の鉄人・入門編

「えぇっと、サイトはどうやってたっけ」

「まずソースよね」

「ガルムは結構おいていってくれた、量は気にせず使えるってわけね」

「確か、砂糖とニホンシュモドキとガルムだったかな?」

「えっと鍋にいれてことこと火にかけてたはず……」

「どばどばどば~っと、これくらいの分量だったわね」

「念のためメモしておきましょ」

「ん~、表情とか手捌きだけなら思い出せるのになぁ」

「……」

「なし! やっぱ今の独り言なし!!」

「あぁっ、底焦げ付いてる!?」

「うぅ、苦い、焦げ味する」

「はぁ、やりなおし」

「今度はおたまでかき混ぜながらやりましょ」

「あっついな~、髪あげますか」

「そういえばサイトはどんな髪型……」

「っと、あぶないあぶない」

「またかき混ぜるの忘れてたぁ」

「サイトめ、そう好き勝手やらせないわよ」

「って違うわよ!!」

「ん、確かこんなとろみだった」

「お~こんな味こんな味」

「やればできるじゃん、あたし」

「これでサイトにも作ってあげれるわね」

「だから違うのよ!」

「そう、そういうのじゃなくって」

「ほら、サイトって子犬みたいじゃない?」

「だから餌をあげるみたいな、そんな感じ」

「そうそう、そういう理由」

「……はぁ、どうしてこうなっちゃったんだろ」

以上、ジェシカさんの厨房での独り言でした。



15-3 どろり濃厚モット伯

モット伯はトリスタニアの西区、ブルドンネ街近くの貴族街に別宅をかまえている。
虚無の曜日には身分を偽って平民に混じり、通りを散策する趣味をもっていた。

「それにしても暑い……」

生来の性格か、彼は好奇心が強い。
それが派手な女遊びに繋がっていたりもするが、毎回のお茶会を楽しみにしていた。
オスマン老、デムリ財務卿との討論は毎度楽しく、新しい発見に満ち溢れている。
異世界からの本を手に入れたときのような満足感を今回も得ていた。
その良機嫌のまま、王宮に上がるような格式ばった服装でブルドンネ街に来てしまった。
あからさまに高級貴族の雰囲気をまとうモット伯を避け、彼の周りには空白ができている。
それでも日が落ち切らないうちは暑く、彼はどこか飲み物を供する店を探した。

「くっ、ないな……」

あたりを見回してもそれらしき店舗は見えない。
モットは人が流れるままに移動をはじめた。
そして、少し行ったところでひときわ明るい店を見つけた。
平民が多数出入りしており、繁盛しているようで店の中は騒がしい。

「えぇい、あそこでかまわんか」

人の河をかき分け、モットは魅惑の妖精亭に立ち入った。

『いらっしゃいませー!』

さっそく妖精さんの歓待を受けるモット。
意外なことに彼はこのような店ははじめてであり、案内されるがままに奥の座席へ座った。
店の様子が見えないかわりに、ぶしつけな視線を送られることもない。
彼は席の場所にまずまず満足してある妖精に、何か飲み物と軽く摘まむ物を、と注文した。
これにオーダーを受けた娘は困ってしまった。
なにせモット伯の今の格好は街の居酒屋にいるべき人物ではない。
もっと優雅なところにいるべき服装だ。
彼は気を利かせ「店に入ったのは私だ、何も文句は言わん」とだけ言った。
妖精さんは急いで厨房へ駆けて行った。

――ブルドンネ街にこのようなところがあったとは。
私の散策もまだまだ未開の地が多い。
しかし、よくないな。

モットは妖精さんの衣装に注目した。

――露出は多い、ひらひらしている。
だがそれだけだ。

昼に議題として提示された衣装、そこに提示するほどのレベルではに、とモットは判断を下した。
続いて店の喧騒に耳をそばだてる。
先ほども述べたように、彼は平民が利用する居酒屋に来たことはない。
持ち前の好奇心が首をもたげたのだった。

――このようなところで、平民は何を食べ、何を飲み、何を話すのか。

わざわざ奥まった席にいるのに、顔を伸ばして店内を覗き込む。
大半の男たちは小さめの木製のジョッキを手に語り合っている。
時折酔っ払いがジョッキ同士を打ち付ければ赤い液体が宙を舞う。
銘柄はともかく赤ワインを飲んでいるのか、とモットは納得した。
机に並んでいるのも魚介類であったり、牛肉であったり、腸詰であったりと彼の知識を逸脱するものはない。
次に、彼は見覚えのある顔を見つけた。
テーブルに向かい合っている青髪と、茶髪の女性。
銃士隊副隊長のミシェルとその部下だった。
ミシェルがモットに気付いたのか目礼を送ってくる。
どうやら隠密の仕事らしい。
彼はそのまま視線を巡らせた。
ふと、一回り大きなジョッキが存在することに彼は気付く。
しかもたっぷりと汗をかいており、宙を舞う液体も金色をしていた。
大きなジョッキを携える彼らの机には、串にささったよくわからないモノがあった。

「お前、そこのお前だ、少しいいか?」

モットは上級貴族らしい尊大な物言いで先ほどの妖精さんを呼び止めた。

「はい、なんでしょうか?」
「あの連中、今ジョッキを打ち合った連中だ、彼らが飲んでいるのはなんだ?」
「エールでございます。氷室でよく冷やしたエールです」
「氷室で冷やしたエール?」

エールは麦から作る酒で、アルビオンの名産だ。
しかしトリステインをはじめとする空にない国ではあまり人気がない。
モットも飲んだことはあるが、そこまでウマいとは思わなかった。

「では、あの皿の料理はなにか」
「アレは、シュヴァリエ・ド・ヒラガ様の故郷の料理、『ヤキトリ』といいます。
鶏のもも肉を特製のソースにつけこんで焼いたものです」

シュヴァリエ・ド・ヒラガ! と彼は目を剥いた。
昼も若き英雄の話は出ておりなにか因縁めいたものを感じる。
俄然その料理に興味がわいた。

「気が変わった、オススメのものではなくエールと、そのヤキトリというのにしろ。
これはチップだ」

モットは妖精さんの手のひらにエキュー金貨を五枚落とした。
平民の半月の生活費である。
妖精さんはまず手のひらをまじまじと見つめ、モット伯の顔を見て、もういちど手のひらに目を落とした。

「いそげ、私は喉が渇いている」

「それと」モットは言葉を連ねる。

「食事は静かに、というのが私の信条だ。
酌も何もいらん、ただエールと料理を急げ」



[29423] 第十六話 バビロン~妖精の詩~
Name: 義雄◆285086aa ID:b6606328
Date: 2011/08/30 08:27
16-1 10倍のなにか

五分もしないうちにモットの前に木製のジョッキと皿が並べられた。

「ふむ……」

皿をじっと眺める。
見たことのない調理法だ。

「どうやって食べればよい?」
「串をもってかぶりつく、とシュヴァリエ・ド・ヒラガ殿は申していましたが……」

なるほど、とモットは頷く。
風習は土地それぞれ、極力そこに合わせた方がいい。
ロマリアに入っては坊主に従え、という言葉もあるくらいだ。
彼はどこか野性的なその食べ方を選択した。

「む」

口に入れた瞬間独特の香りが広がる。

――今までに食べたことのない、不思議な味だ。
しかし、若干とろみのあるソースは決してマズくない、むしろ美味い。
どこか煙の香りを感じるところがまた素晴らしい。
鶏肉を噛めば肉汁があふれ出てくる。

次いで、モットはジョッキに手を伸ばした。
以前飲んだ、苦いうえ後味が口の中にべったり残る感触を思い出す。
ふぅ、と一息つき、一気に飲み干した。
偶然にもそれは美味しいエールの飲み方だった。

――以前のモノとは違う。

モットが以前飲んだエールは輸送状態が劣悪だった。
そのためエール本来の香りが逃げてしまい、コクは酸化によって変化してしまった。

「なんだ、いけるではないか」

冷やしたエールはのど越しもよく、モットは爽快感に満足する。
誰とも話すことなく、誰にも話しかけられることなく食事は続く。
チップをもらった妖精さんはきっちり仕事をしてくれたようだ。

「ふぅ、なかなかのものだった」

モットは彼なりに高い評価を下す。
そして料理人を呼ぶかどうか、悩んだ。
貴族の常識からいえば、料理人を呼び讃えることは、何にも勝る褒美だ。
誰それにお褒めの言葉をいただいた、と言う事実があればそれだけ高く評価される。
しかし、ここは平民の店。
繁盛しているようだし、と彼には珍しく平民を気遣ってしまう。
だが、結局貴族の常識をもとに行動した。

「おい、お前。料理人を呼んで来い」
「え? は、はいかしこまりました」

クレームをつけられると勘違いしたのか、妖精さんは青い顔ですっ飛んで行った。
モットは考える。
なんという賛辞を下賜しようか、と。

――素晴らしい味だった、精進せよ。
うぅむ、簡潔すぎるな。
このエールとヤキトリはもう少し捻ってもいいくらいには私を満足させた。
高い技術と料理に対する探究心が感じられる、また来よう。
うん、これはいいな。
なにより見た目が粗野とは言えども未知の味付け、それに火の通り具合も完璧だった。
しかし、また来ようというのは持ち上げすぎか?

モットがうんうん考えていると妖精さんが戻ってきた。
彼は、ええいままよ、と思いながら料理人に目を向けた。
そして、そのまま目を奪われた。

「あの、お客様?
どうかなされましたか??」
「あ、ああ……」

黒い髪、黒い瞳、なるほど料理人はシュヴァリエ・ド・ヒラガゆかりの者であるようだ。
ただ、何よりもモットの目を引いたのがその服装だった。

――なんだ、この服装は。
今まで見たことがない。
エルフと交易を結ぶ商人に似姿を描かせたこともあるが、違う。
わからん、いったいどうしたらこのような服にたどり着くのか。
しかし、少しだけ見える鎖骨がなんとも……。

「すまんが、君と二人で話したい。
外せるか?」
「はぃいっ!」

妖精さんは飛び上がってまた引っ込んでいった。
黒髪の少女、ジェシカは笑顔で、だが怪訝な目でモットを見ている。

「いや、すまない。
その服装は、どこかで求めたものなのかね?」

先ほどまでの妖精さんに対する態度とは打って変わって優しげだった。
彼は平民は平民である、貴族と並び立つモノではない、と考えている。
だが同時にこうも考える、極稀に下手な貴族とは比べ物にならない人物がいる、と。
ある一点だけでも価値を認めればモットは丁寧に対応する。
ジェシカはそのお眼鏡に適ったということになる。

「これは、曾祖父の故郷の衣装です。
ユカタ、と言って気軽に着るものです。
サイト、いえ、シュヴァリエ・ド・ヒラガ様の故郷でもあるニッポン、その伝統的服装だと聞いています」

モットは鷹揚に頷いた。
そして、ジェシカの手に十枚のエキュー金貨を落とした。

「これが勘定だ、余った分はチップにするといい」

未知の服装を知る。
トリステイン三羽烏による賢人会議と同様の満足感を得たモットは気前よく金を払った。
ここトリステインの飲食店は基本的に料理と引き換えに金が支払われる。
だが、貴族はそれに当てはまらない。
食事後に、自分の認めた価値を払う。
それが元々の値段よりも低ければ平民の間で笑い話になる。
料理人はしょんぼり肩を落として引き下がるしかない。
しかし、素晴らしいと認めれば一部貴族はふんだんに謝礼を払う。
平民が利用する店を使うような連中から言わせれば十エキューきっかり払うのが「粋」であり、最高級の賛辞らしい。
一か月分の生活費で遊ぶもよし、増やすもよし、備えるもよし。
あまり際限なく金を払って身を持ち崩してその店がつぶれるのを避けるため、このような「十エキュールール」が制定された。
言いだしっぺは前マンティコア隊隊長、現魔法衛士隊総隊長ド・ゼッサールである。
もちろんそれは平民の口にも噂に上ることがある。
当然受け取ったジェシカは仰天した。
それでも、にっこりと最上級の笑顔を作り、ジョッキと皿を手に取って席を後にした。
その瞬間、モットは「ライトニング・クラウド」を受けたかのような衝撃を感じた。

――なん、だと!?

今のジェシカは黒髪をポニーテールにしている。
そしてその肌は厨房の暑さのせいでほのかに、桜色に染まっている。
モットはその光景にくらくらした。

――うなじ。

浴衣の首元は洋服のそれと違い比較的自由が利く。
それでも、ふつうに着ればそこは見えないはずだった。
だが厨房はあまりに暑い。
ジェシカは浴衣の肩を着崩して涼を取っていた。
才人が見れば迷わず飛びついたかもしれない。
対してモットは大人だった。

――これが、これが、チラリズムか。
エロフどもめ、メイジ10人分というのは伊達じゃない。

大人だったからこそ、冷静にそのエロスについて考察することができた。
エルフがメイジ10人分というのはその戦闘力であって、別にエロさが一般人の10倍というわけではない。

――なんということだ。
今までの賢人会議では乳・尻・太ももについて存分に議論してきた。
鎖骨についても議題にあがったことはあった。
だがこのユカタという着物はなんだ?
今まで我々が注目してこなかったうなじの魅力を引き出している。
いや、もはやこれは魅了の魔法に近い。

「待ってくれ!」

思わずモットはジェシカを制止した。

「その、ユカタというのはどこで手に入る?
それとも作らねばならないのか??」
「ユカタなら、おそらく手に入れる手段は一つです。
タルブ村の、私の曾祖父の家系が作るしかありません」

モットはうめいた。
普段の彼ならジェシカごと買おうとしたかもしれない。
だが、そんなことを思いつかないほど彼は浴衣の魅力にやられていた。

――素晴らしい!
これがあれば次の賢人会議、活発な議論が期待できる。
それどころかこれをトリスタニアの城下で流行らせれば……。

モットは今のジェシカこそ正しい浴衣の着方をしている、と勘違いしていた。
本来はもう少しかっちりしている。
彼はその邪な野望を感じさせることのない、きりっとした顔でジェシカに言った。

「二百エキュー払おう。
そのユカタを二日、いや、できれば明日の夜までに一着仕立てていただきたい」



16-2 ミシェルの日記

商人子女連続失踪事件の手掛かりを手に入れた。
知らせてくれたのは女王陛下のお気に入り、シュヴァリエ・ド・ヒラガだ。
彼からは格式ばらないでいい、とも聞いているし、報告資料ではないので以下サイトで統一する。
ただ、この日記はいずれ提出する報告書の元になるものだ、手は抜けない。
ターゲットにされている可能性が高い女性。
黒髪長髪、タルブ村出身、背は標準、発育はよい、名前はジェシカ。
魅惑の妖精亭店長スカロンの一人娘であり、店でも一番の娘だそうだ。
見た目は素晴らしい美しさ、というわけではないが、愛嬌があり話がうまいらしい。
容姿は今まで失踪した子女とよい勝負だろう、とアタリをつけている。
ただ珍しい黒髪に誘拐犯が希少価値を感じる可能性は大いにありうる。
油断は一切できない。
罪を犯した私に温情を下さった女王陛下、そして受け入れてくださったアニエス隊長に報いるためにも、今回の件は全力を尽くす。


五時
店開店。
信頼できる部下のステファニーとともに入店。
ステフは喧嘩っ早く口が悪い。
だがそういうところがこういった店の雰囲気に合うだろう。
おそらく私一人では浮いてしまう。

「ミシェル副隊長、これって公費で落ちますかね??」

まだ無理だ、というとヤツは肩を落としていた。
どうやら国の金で遊ぶつもりだったらしい、けしからんヤツだ。
適当に注文する。
私は任務のつもりなので酒を飲む気はなかったが、ステフのヤツに諭される。

「こんな店来て顔赤くしてない方がまずいですってば」

言われてみれば、と思い安ワインを注文する。
あまり酒には強くないがこれも仕事だ、仕方あるまい。
店は開店直後だがある程度にぎわっている。
これはただの勘だが、今のところ怪しいヤツはいない。

「あ、これチョー美味しい」

ステフは周りに気を配ることなく飲み食いしている。

「あからさまに二人ともきょろきょろしてるとまずいですよー。
私が店の入り口側、ミシェル副隊長が奥側をお願いしますね」

いや、見た目に騙されてしまった。
私はどうにもこういう任務に向いていないようだ。
確かに彼女の席からは入り口、私からは奥側が見やすい。
ワインをちびちび舐めながら料理に手を伸ばす。
うまい。
少し変わった味付けだ。

「ぶっ!?」

店に入って一時間もしないうちに、いきなりステフが噴き出す。
汚い。
ワインの染みはなかなか落ちないからそんな興奮しないでほしい。

「も、モット伯ですよアレ。
しかも王宮用の服装着てます!」

店の奥に行ったのは、なるほど確かにモット伯だ。
ある意味これ以上ないほど怪しいが、彼は間違いなく潔白だ。
なぜなら、彼は女を買う際いっそ清々しいまでに隠さない、恥じない、金を惜しまない。
誘拐などという後ろ暗い手段には走らないだろう。
奥まった席に行ったにも関わらずモット伯が顔を出す。
目があったので目礼を返した。
あれで優秀な方だ、これで隠密任務と理解してくれるだろう。
気づけばテーブルの上には白い泡が立った大きなジョッキとよくわからない肉の串が来ていた。

「これ、すごいっす! うまいっす!!
チョームカつく! でもうまいから許す!!」

肉を頬張り、エールを流し込む。
ステフはこれ以上ないほど店に溶け込んでいた。
こういった任務はおそらく彼女の方が適任だ。
見習って私もエールを流し込む。
よく冷えていてうまい、肉もあつくてうまい。
酒に弱い私でもこのエールの冷たさには勝てなそうだ。
しばらく飲み食いを続けていると、ターゲットがモット伯の席へ向かう。
五分ほどたったころ、ターゲットが席を離れる。
同時にモット伯が彼女を追いかけ、何か言い募っている。
無礼討ち、といった雰囲気は感じない。
ひどく興奮している。
やがて何か言質をとったのか彼は珍しく、すこぶる上機嫌だ。
どうやら何かいいことでもあったようだ。
王宮を歩いているときはデムリ財務卿などと喋っているとき以外はむっつり黙っているのに。
今は満面の笑顔だ、子供でもあんな顔をしないと思う。

「副隊長……無邪気な笑顔って、イイですよね」

ステフも店の奥側を覗いていた。
どうでもいいがコイツは趣味が悪すぎる。
モット伯が店を出る。
大体開店から一時間半ほど時間がたっている。
あまり長時間居座っても怪しまれる。
ここらへんで交代要員と入れ替わることにした。

「え? もーちょっとこのヤキトリってヤツとエールを飲みましょうよ」

厳密に言えば、今は勤務時間ではない。
私は真面目すぎる、と文句をよく言われるのでたまには彼女に合わせるのもいい。
それに見張り方を教えてくれる彼女がいなければ明らかに店内で浮いていただろう。

「マジですか!?
明日はじゃあ雨だなぁ……」

失礼なことを言うステフを叩く。
それにしても、酒のせいか暑い。
エールを呷る、冷たくてうまい。
ヤキトリを齧る、熱くてうまい。

「あの、副隊長?」

目の前で誰かが何か言っている。
ヤキトリにかぶりつく、熱くてうまい。

「副隊長ってば~」

熱いうまい。
あつい うま



[29423] 第十七話 Go! Go! Tristain
Name: 義雄◆285086aa ID:b6606328
Date: 2011/08/31 19:01
17-1 オクレ兄さん

「うぅむ、そちらはどうだ」
「はい、やはり間違いないようです」

あと二時間もすれば陽が沈むであろう時間。
こちらトリステイン王国財務省の執務室。
家具がなければ非常に広い部屋だが、日本の一般的なデスクの三倍ほどもある机が並んでおり、パッと見は狭く見える。
机の上には数々の羊皮紙、書簡、書類が山と積まれていた。
部屋の窓際には大きな鳥かごがあり、伝書鳩部隊が出番を待っている。
時間にゆとりがある時なら職員だけでなく、デムリ財務卿も鳩がくるっぽーと喉を鳴らしたりうろうろしたりするのを鑑賞して楽しむ。
が、今はまったくゆとりがなかった。
金銭的な意味で。

「「「「お金がない」」」」

三名の幹部とともにデムリ財務卿はため息をつく。
さきほどから皆で収支の計算を行い、あまりに低い収入に驚き再計算し、ついでにもう一度計算した。
その結果、ほぼ同じ値が得られている。

「やはりアルビオンでの敗戦が問題か……」

トリステインはアルビオンに勝利した。
それが公的な見解ではあったが、人の口に城壁はたてられない。
ましてや兵の慰撫のため大勢の商人が城の大陸に渡ったのだ。
そこで見た光景は、お世辞を重ねに重ねてもう一つオマケしても大敗だった。
アルビオンの英雄、シュヴァリエ・ド・ヒラガがいなければどれだけの命が失われたか。
それを理解した大商人は、半年に一度の税の納付を渋った。
貴族が偉いのはなぜか、万が一の時には肉の壁になるからだ。
その義務がアルビオン戦ではほとんど果たされなかった。
これは国内にいても貴族がいざとなればトンズラかますのではないか、と疑念を抱いた国内有数の大商人たちは遠回しな抗議を決意する。
あれこれ理由を並べて納付期間が過ぎても税金を滞納している。

「一ヶ月以内に納められなければ、下級貴族の年金が払えんぞ」

幹部たちも困ったように顔を見合わせた。
しかも具合の悪いことに諸侯から納められるべき税金すら届いていない。
皆戦争で台所事情は火の車、待ってもらえるならいくらでも待ってほしいのだ。
大商人の税金さえ納められればギリギリの線で持ちこたえられる。
最悪中の最悪はクルデンホルフに頼ることだが、これ以上貸しを作るのは危うかった。

「どうしましょうか、財務卿」
「儂に言われても困る」

う~ん、と男四人で顔を突き合わせる。
ふと、商人事情に明るい幹部が閃いた。

「商人に便宜を図ってはいかがでしょうか」
「便宜、と?」
「はい、今回の納付遅れは明らかに貴族の義務を果たさなかった、逃げ腰の男色趣味のくそったれ武官どもが悪いです」

彼はナチュラルに毒を吐きまくる。
まわりは当然気にも留めない。
どこの世も武官と文官は仲が悪かった。

「そこで、商人がうまく利用すれば稼げるような法案を通すのです」
「それはいかん。
悪しき前例となってしまう」

言っていることは一理ある、一理あるが危険すぎた。
次もまた同じように納付を渋られる可能性が跳ね上がってしまう。

「そうですね……私からは他の案が出ません」
「そうか」

むむむ、と再び唸る男四人。
今度は、平民事情に明るい男が声を上げた。

「パレードですよ!」
「パレード?」
「そうです、一応ガリア戦役も終わりました。
でも国を挙げての公式行事はまだ行っていません。
祭りとなれば民の財布も緩みます」
「ふむ……機会はやるから勝手に稼げ、というわけか」

ギリギリのラインだった。
大商人の顔を立てつつもそこまで譲っているわけではない。
デムリは「それしかあるまい」と頷いた。

「では儂はこの件を女王陛下に上奏した後帰宅する。
諸君らも、今日はもう休みたまえ」
「「「はっ」」」



「女王陛下に財務省の案件で上奏に来た。
今は、問題あるかね?」
「いえ、ありません、どうぞ」

アンリエッタの部屋の前に控える二人の衛士隊隊員が大きな黒樫の扉をノックし、「ド・デムリ財務卿閣下、ご入室!」と声を張り上げる。
デムリはドアノブに手をかけ、部屋に入った。
アンリエッタは寝室と執務室を兼用している。
それはどうなのだろう、とデムリは思うが、彼女が主張するには移動時間の短縮らしい。
扉をくぐった彼は、立ち込める香に顔をしかめた。
その香を彼はよく知っている、年ごろの娘の部屋で焚くようなものではない。
天蓋付きベッド以外には色んなモノが積み上げられた机しかない殺風景な部屋。
デムリはベッドで俯せに倒れている意外を通り越してありえない人物を見て、仰天した。

「マザリーニ枢機卿!?」

デムリよりもおそらくアンリエッタのスーパーサポーターとして働いている男、それがマザリーニ枢機卿だ。
彼はただひたすらトリステインに忠誠を誓い、あらゆる手段を国家のために尽くしてきた。
その功績はデムリもよく知るところだ。
働きすぎて頬がこけ、白髪も増え、たまにぷるぷるしている。
実年齢が40過ぎであるにもかかわらず、見た目は60を越えようかという老人に見えるともっぱらの評判だ。
それが女王陛下のベッドで寝ている。

――まさか、マザリーニ枢機卿はロリコンだったのか!
だから可愛らしいアンリエッタ姫をサポートしていた。
そしてとうとう我慢できなくなったのか!!
なんという聖職者だ!
うらやましい……いやいや、けしからん!!

デムリは憤慨した。
マザリーニはたまに「姫様やめてやめてやめてそれ以上無理」と寝言でうなされている。
お世辞にも幸せな寝顔とは言えず、拷問を受けながら眠りにつきましたー、と言われたら納得できるほど苦悶に満ちている。

――そんなにもヤッたのか!?
女王陛下のお姿はここ五日間ほど見ていない。
まさかその間ずっと……儂もそんなことされたい!!

冷静に考えれば、衛士が通した以上そんな艶々した出来事はあるはずがない。
しかし、デムリ財務卿は疲れていた。
何度も何度も計算しまくって疲れていた。
その時、机に積み上げられた書類の一角が崩れた。

「うふ、うふふ、うふふふふ……」
「女王陛下ーーー!!?」

なにかトリップしてらっしゃるー!!
ガビーン、とデムリは衝撃を受けた。

――まさか枢機卿とのプレイで精神に異常を!?
いや、寝言的には女王陛下の方が積極的だったはず。
いいなぁ、若くて積極的な女性は。
儂もアンアン女王とぬちゃぬちゃしたい。

彼はそろそろ不敬罪で首チョンパされてもいい。
心の中だけのことなので彼を罰することはおそらく彼以外誰にもできないが。

「あら、デムリ財務卿。
なにかありまして?」
「いえ、その、マザリーニ枢機卿は、何を?」

思わずデムリは「すいませんごめんなさいでした」と謝りそうになった。
今のアンリエッタはすごい。
まず顔色すごい、もう土気色、いつ死んでもおかしくない。
そして隈、化粧でがんばって隠してるかもしれないが、控えめにいってパンダみたい。
そして今デムリと喋りながらふらふらしてる、首が座ってない。
あと視線、視線が一定してない、普通の人には見えない何かを追いかけてそうに見える。
それにこうして話している間にもどんどん机の上の書類をとっては目を通してサインをしている。
有体に言ってしまえば、デスマーチだった。
部屋に立ち込める香は強壮効果をもたらすものだし、机の上には水の秘薬の空き瓶がエノキ茸のように立ち並んでいる。

「彼はだらしないわね。
まだ仕事徹夜四日目だというのに朝食前にいきなり倒れたりして。
仕方ないから衛士に頼んでベッドに放り込んでおいたわ」
「それは、また……」

ナニこの女王こわい、とデムリは思った。
流石の彼も三日間徹夜すれば倒れるどころか、死んでしまいそうだ。
それを彼より、見た目的にも体の中身的にも、遥かに老いているマザリーニはがんばったのだ。
朝から今まで、ということは十三時間近くは眠り続けている計算になる。
心の中で黙とうした。



さて、なぜアンアン女王陛下はこんなにもがんばっているのか。
それはきっと、彼女がある意味幼いところからきている。
彼女は信頼できる部下を求めている。
中でも実力、物言い、まっすぐさから、親友であるルイズ嬢の使い魔、平賀

才人はピカイチの物件だ、と目をつけていた。
だが彼はまっすぐすぎる。
なんとか彼に国家、もっと言えばアンリエッタに対する忠誠心を植え付けようと考えた。

――普通の人なら、どうすれば忠誠を誓うかしら?
やっぱり嬉しいことをされれば恩義を感じる、はずよね。
でも、前に渡したお金もあんまり使ってないようだし、あんまりお金には興味がないみたい。
平民、ということは爵位とか土地あげれば超喜ぶわよね。
決まり! 首輪つけるためにもなんとか爵位と土地を授与しましょう。
首輪……首輪もいいわね、今度ルイズに言ってサイト殿につけてもらいましょ、うふ。

この女王陛下は実にダメだ。
実はタニアリージュ・ロワイヤルで行われる演劇『走れエロス』を強力にプッシュしたのは彼女だ。

――素敵じゃない!

と、すんごい良い笑顔で通した。
ウェールズ王子が没して以来、彼女は若干倒錯的な趣味を持ちはじめた、あるいは覚醒した。
それはさておき、ここで問題になるのが反対勢力だ。
彼女の中でも強大な敵は二人、母と枢機卿だ。
実の親であるマリアンヌ太后と、第二の父といっても過言ではないマザリーニ枢機卿。
この二人は絶対に、格式がどうの歴史がどうの言って反対してくる。
彼女は一計を案じた。

――きっと政務をがんばったら認めてくれるわ!

日本の子供が母親に「次テストで100点とったらゲーム買ってよ!」というのと変わりなかった。
最近政務に励んでいるとはいえ、彼女は箱入りお嬢様。
あまり世間の道義だとか道理は理解してなかった。
そして極端な人だった。

――完徹ぶっ続けで五日間仕事すれば認めてくれる! 気がする!!

付き合わされたマザリーニは、もうなんとも同情しかできない。
手始めに彼女は、計画実行数日前からアニエスさんを魔法学院に追いやった。
完徹なんて彼女に知られれば、ねっちねちねちねち小言を言われるに違いない。
それに、よく我儘に突き合わせている隊長殿も、たまには羽を伸ばしてもらいたいと思っていた。
その隊長殿は余計に苦労しているとはアンリエッタもさすがに知らない。
そしてマザリーニとともに引き籠った。
読みに読んで、わからないところはマザリーニに聞きまくって、ひたすら仕事をぶっ続けた。
しかし、上奏されてきた案件はいくらたまっているとはいえ、四日間も缶詰になっていればかなり片付く。
時折挟まれる会議の案件も終わりが近い。
机の上の山は彼女の努力の成果だった。
あと小一時間もすればすべてに片が付きそうだ。

「さて、とはいってもわたくしも乙女。
そろそろ寝ないとお肌がすぐに荒れちゃいますわ。
なるべく手短にね」
「はっ! 陛下、終戦パレードをお願いします」
「パレード、ですか」

デムリは頭がかっくんかっくん揺れているアンリエッタにきっちり説明した。
大商人の税金納付が遅れている、ということには「うふふ」とヤバげな笑みを浮かべるだけだった。
だが土地持ち貴族の税金納付が遅れている、ということには「……コロス」と小さく呟いた。
デムリは「儂納付しといてよかった」とちびりそうになりながらも思った。

「まぁ、わかりましたわ。
そうですね、急な話になるけど一週間後、ブルドンネ街をわたくし自ら出ましょうか。
ガリア戦役で唯一矢面に立った水精霊騎士団に連絡しておかないと。
彼らならお金もかかりませんし」
「陛下、お言葉ですが、ブルドンネ街を使うのは難しいかと。
あそこは露店でいっぱいですし、その露店を無理やり撤去すればいらぬ反感を買います」
「では、露店が引っ込む夜にしましょう。
ダエグの曜日(虚無の曜日の前日)なら夜遅くても問題ないでしょう。
進行など、諸々のことはよきにはからってください」
「はっ、では失礼いたします。
くれぐれもご自愛ください」
「それができればもう寝てるわ」

デムリの切実な言葉に、アンリエッタはより切実な言葉で返した。
でも彼女はある意味事項自得だ。
部屋を退出したデムリはよし、と頷いて、結局執務室へ戻ることにした。



[29423] 第十八話 月のまーがれっと
Name: 義雄◆285086aa ID:b6606328
Date: 2011/08/31 14:38
18-1 酒場で格闘ドンジャラホイ

「ちょ、ちょっとぉ、困ります~!!
ミ・マドモアゼル困っちゃいますぅ~!」

酒場の華とは何か。
人は言う、多様な酒だと。
またある人は言う、多岐に渡る料理だと。
さらにある人は言う、見目麗しい妖精だと。
しかし、ここトリスタニアでは、現代日本では想像もできないようなモノが華となる。
喧嘩だ。

「青髪に五スゥだ!」
「なら俺は茶髪に六スゥ出すぜ!!」

魅惑の妖精亭、ここで喧嘩をするヤツらはほとんどいない。
喧嘩をすれば次から出禁を食らうし、腕っぷし=モテると直結しないことをよく理解しているヤツらも多いからだ。
しかし、今は実際に客が喧嘩をしている。

「よくもやったな!!」
「あんたいっつも固すぎるんだよ!
チョームカつく!!」

平民がもみ合っている。
ヤツらの服の下には鍛え上げられた筋肉がある、ということを皆直感的に理解していた。
直接的な殴り合いには発展していない。
いかに関節をとるか、相手をねじ伏せてマウントポジションを取るか、ということに終始している。
それでも観客にとっては十分で、すでに金を賭ける者までいた。
むしろガチ殴りじゃなく終始有利な体勢をとろうとしているため、逆に動きがぬるぬるしているというか、こう直線的ではなくって曲線的な動きがアレだというか。
二匹の蛇が牙を使わず戦っているようだった。
当然そんな動きをしていれば色んなものがめくれたりしてくるわけで。
パンツルックなミシェルちゃんと違って、ステフちゃんはスカート装備なのでさらにピンチ!
すでに幾人かの紳士が床に這いつくばってすんごくがんばっていた。
彼らは時折もみあった二人に踏み抜かれるが、イイ笑顔で沈んでいく。
二人の格闘が続く中、ヴァイオリンの音が近づいてくる。

「話は聞かせてもらった!」

いきなり妖精亭のウエスタンドアが蹴り開かれた。
現れた男は異様な姿をしていた。
まずヴァイオリン、なぜか腰だめで弾いている。
そして髭も髪も黒く、伸びるに任す、といった風情でボサボサだ。
黒髪はタルブ村出身の証と言っても過言ではない、ないけどそんな定説をこの時ほどスカロンは恨んだことがない。
あんな異様な男は親戚にいない、というかタルブでも見たことがない。
次にデコが広い、コルベールより結構マシ目程度。
何より服装が不思議だった。
大都会、トリスタニアでは見たこともないような衣装。
田舎の農民がしているかな……いや農民でもしねぇよあんなカッコ。
一番正しい表現は「森の妖精(っぽいもの)」だ。
腰だめのヴァイオリンをゆらゆら揺れながら弾き狂っている。
しかも無表情。
正直関与したくない手合いだった。
その男の登場で酒場の空気が変わる。
最初は気まずげにみんな固まっていた。
ぬるぬるもみ合っていたミシェルとステフもかたまっている。
だが、男のヴァイオリンが奏でる旋律のせいか、次第に熱気があふれてくる。

「なんか、なんかこう、やべぇな……」
「ああ、やべぇ、ダメだってわかってるのにやべぇ」

それはいかなる魔法だったのか。
森の妖精(仮)はその音楽をもって、酒場に狂気を降臨させたのだ!

「やっぱあんたチョームカつくんだよぉお!!」

バキッ、と今までにない音が響く。
ステフがミシェルの顔を殴った。
これに、ミシェルがキレた。

「てめぇもオゴリって言った瞬間高い酒頼んでんじゃねぇよ!!」

ボグッ、とミシェルが腹に強烈な一撃をいれる。
吹き飛ばされたステフは周りの客を巻き込んで派手に倒れこむ。
酒場にカオスが顕現した。

『ヒャッハァーー!!!!』

机に飛び乗ったり椅子を振り回したりジョッキを投げつけたりやりたい放題である。
誰かが最終兵器お父さんであるスカロンをブッ飛ばした。
なぜ暴れるのか。
誰も知らない。
ただ彼らは後日きっとこういうだろう。

『むしゃくしゃしてやった。今は反省している』



「ちょっとアンタらナニやってんのよ!!?」

あまりにうるさいので厨房からジェシカが飛び出してきた。

『……』

酒場の時が止まる。
ジェシカは絶世の美人、というわけではない。
街を歩いていればたまーに見かけるかな、俺でもなんとかがんばればいけるかな、という容姿である。
しかし、今の彼女は日本の最終兵器・YUKATAを着用している。
頬は厨房の暑さで上気しており、うっすらかいた汗で肌がいつもよりしっとりしているように見える。
いつもは下ろしている長い黒髪をポニーテールにして結い上げ、髪の生え際は雫となった汗で輝いている。
若草色の浴衣は確かに地味だが、白い帯が清楚さを引き出している。
異国風の和装はどこか高貴な印象すら与えた。

『天女だ……』
「は?」

男どもは拝みだした。
よくわからないけど拝みだした。
酒場を満たしていた混乱は去り、後には酔っ払いの死体だけが残る。
ヴァイオリンを弾いていた男はいつの間にか姿を消していた。
あ、あとミシェルとステフは出禁食らいました。



18-2 才人の豆知識

桃黒さんたちにのされた才人は、ルイズのベッドに気が付いた。
あたりはすでに暗くなりはじめており、魔法のランプがゆらゆら部屋を照らしている。
何も声はしない。
体を起こした。

「サイト、起きたの?」

心配そうな声がかかる。
ぼんやりと顔を向ければこれまた不安げなルイズの姿があった。
すでに入浴をすませたようで、パジャマに身を包んでいる。

「あぁ、今起きたけど、うん」

才人が見た最後の光景は、二人の極上の笑顔だった。
それから何があったのか……きっとひどい事件があったに違いない。

「シエスタは今おしぼりを取りに行ってるわ。
あんたが、あんまり寝てるもんだから心配してたわよ」

心配するくらいなら、ツープラトンキックとかやらないでほしい、と才人は思った。

――しかし、これはチャンスと言えばチャンスだ。
最近ルイズとコミュニケーションをとっていない。
コイツ、やきもちやきだからたまにはしっかり相手してやらないと。

ふと、才人は考える。
レモンちゃんやらにゃんにゃんやらをいれなければ、ルイズに愛の言葉を囁いたことは片手の指で数えられるくらいだ。
ここは最近仲睦まじいギーシュ・モンモンペアを見習って、それらしい言葉をかけてやれば、ルイズも喜ぶのではなかろうか。
そう思い至った彼は、心の中で頷く。

「ルイズ、話があるんだ」

才人は床の上に正座をする。
石で造られた部屋で正座は、正直痛い。
でも彼はマジメな話をするつもりだった。
真剣に思いを伝えようと思った。
だからこそ、きっちりした格好をしたかった。

「な、なによ、サイト。
いきなりあらたまって」

ルイズはそんな彼の姿勢を見て身構える。
何か真剣な話があることを本能的に感じ取っていた。
頬がだんだん赤らんでくる。
期待が胸を満たしていく。

「実はさ……」
「うん……」

――ルイズに好きだって言いたい。
でも、恥ずかしい……冷静に考えたら恥ずかしすぎるッ!!

ド直球な告白をかまそうと決意していたのに才人はチキった。
彼は元々平凡な日本人高校生。
告白なんてルイズにしかしたことないし、愛の言葉を囁くなんて恥ずかしすぎる。
シャイボーイ・才人はノリとテンションと勢いがなければ一介の、ちょっと内気な男子高校生に過ぎないのだ。
恥ずかしすぎて、誤魔化すことを選択してしまった。

「俺のいた日本じゃ、月にうさぎが住んでるっていうんだぜ?
他の場所だったら蟹とかバケツを運ぶ少女とか。
ハルケギニアではそんなのない?」
「はぁ?」

今のわたしには理解できない、といった顔でルイズは聞き返す。

――い、今才人はすっごい真剣な表情してたわよね。
それが、なんだっていきなり月の話になるのよ!
サイトのいた世界じゃ月の話ってそんなシリアスになるものなの!?

著名な文人は愛の告白を「月が綺麗ですね」と訳している。
そのくらい月というのは美しく、儚く、うつろいやすいものだと日本では評価されていた。
もちろんハルケギニア代表ヴァリエールさん家のルイズちゃんにはわからない。

「さ、さぁ……わたしは聞いたことないわ。
タバサがそういうのに詳しそうね……」
「そ、そっか」

――あああああ! わたしのバカ!!
なんでよりにもよってタバサにパスしちゃうのよ!?
あの子ちっちゃいナリして最近は危険すぎるじゃない!

――なんで俺はいきなり月の話なんてし出すんだ!?
違うだろ! 愛の言葉だろ!!
いつものレモンちゃんとかじゃない、真剣なヤツ!
ギーシュを思い出せ……。

「ルイズ」
「ひゃぃっ!?」

――跳ねた。
このピンクっ子超跳ねた。
すごい、まるで釣り上げてすぐの魚。
鮮度抜群、もー刺身でいただくしかないね!

才人にカニバリズムな趣味はない。
いただくとは勿論レモンちゃん的な意味だ。
彼はルイズの両肩へ手をやり、そのまま窓の外、夜空を見上げる。

「月が、綺麗だよな」
「え、えぇ、そうね」

――あれ、通じてないのか?

「え、えっと、ルイズ?」
「な、なによさっきから。
月の話ばっかりしちゃって」

まったく通じていなかった。
それもそのはず、ハルケギニアにかの文豪は存在しない。
才人は何を思ったか、意味を説明しだしてしまう。

「俺の世界って、言葉がいっぱいあるんだ。
「うん……」
「それでさ、俺が使ってたのは日本語ってヤツなんだけど。
英語っていう、多分世界で一番使われてる言葉があったんだ」
「なんで、それに統一しないの?」
「わかんね、多分歴史とか、そういうのだと思う。
まぁ違う言葉を自分の使う言葉になおすことを翻訳っていうんだ。
それで、その、『月が綺麗ですね』っていうのは……」

ここまで言っておいて、彼は猛烈に恥ずかしさがこみ上げてくるのを感じた。

――って、なんで俺はこんなこと説明してんだよ!?
自分のはずしたギャグを解説するよりきっついぜ!!

知らず顔が紅潮していく。
今なら額でお湯を沸かせそうだ。

「それで、『月が綺麗ですね』ってどういう意味なの?」

ルイズはなんとなく、うっすらと才人の意図を理解した。
それは赤くなった彼を見て確信に至る。
でもフォローはしない。
せっかくの機会だから、彼自身から甘い言葉を囁いてほしかった。
にゃんにゃんとかじゃない、全うな言葉が欲しかった。

「その、『月が綺麗ですね』っていうのは……」

ぬぐぐぐぐ、と才人は呻く。
ルイズは彼の様子を見て胸を満たすナニかを感じた。

――やっぱり、なんのかんの言ってサイトはわたしが好きなんだ。
大丈夫、きっと信じていられる。

才人がすっと目を合わせてくる。
吸い込まれそうなほど深い、黒い瞳だ。

「『月が綺麗ですね』っていうのはっ!」
「ミス・ヴァリエール、おしぼりとついでに紅茶も持ってきました」
「きゃぁぁああああ!!!!」
「べぶらっ!?」

才人、叫ぶ。
シエスタ、入室する。
ルイズ、殴る。
才人、吹っ飛ぶ。

「えぇっ!
ミス・ヴァリエール何をなさるんですか!?」

ルイズははっと気づき、後悔した。
才人の愛の言葉に胸が高鳴り、顔が近づいているときにいきなり入室してきたシエスタ。
照れ隠しに思わずパンチを叩き込んでしまった。
あんたは空気読め!! とルイズは彼女を睨みつける。
しかし、逆にシエスタにぎろん、と睨み返された。

「ミス・ヴァリエール、ミス・タバサじゃありませんが、あなたはサイトさんを殴りすぎです!
サイトさんがこれ以上頭弱くなっちゃって、女の子に節操がなくなったらどうなさるんですか!!」
「うぅ……すいません、ごめんなさい」

今のシエスタはマンティコアを従えそうなくらい怖い。
ルイズは貴族なのにごめんなさいと謝ってしまった。

「もう今夜は任せておけません!
サイトさんはわたしと一緒に使用人の部屋で寝てもらいます!!」
「そ、それはダメ!」
「あぁ!?」

シエスタ睨む、超怖い。
ルイズはチワワのようにぷるぷる怯えて縮こまってしまった。
その隙にシエスタさんは才人の首根っこつかんで部屋から出て行ってしまった。

「なんで、どうしてこうなっちゃうのよー!?」

キィーッ! とハンカチを噛んで悔しがるルイズ。

「そりゃ娘っこが悪いと思うぜ」

カタカタデルフが震える。
空に輝く双月は、綺麗だった。



[29423] 第十九話 Beautiful evening with you
Name: 義雄◆285086aa ID:b6606328
Date: 2011/09/01 18:04
19-1 ノスタルジア

――シエスタと月が俺を見下ろしてる。

二日前の昼と同じ光景だった。
頭の下も同じように柔らかい。
ただ違うのは、気温と時間と、シエスタ。
空にお日様が輝いていないこの時間帯は流石に涼しく、時折囁く風が心地よい。
そして、才人は目を見開いた。

「サイトさん、気がつきましたか?」
「シエスタ!?」

思わず跳ね起き、シエスタをまじまじと見つめる。

「ミス・ヴァリエールったらひどいんだから……。
って、サイトさん。そんな見つめられると、ちょっと恥ずかしいです」

ぽっと頬を赤らめいやんいやんと手をあてるシエスタ。

――可愛い。
いや、違う違う、そうじゃない。

「それ、ひょっとして……」
「あ、やっぱりサイトさんもご存知でしたか。
ひいおじいちゃんがひいおばあちゃんに頼み込んであつらえてもらったそうです。
ユカタ、って言うんですよね」

サイトは知らないが、魅惑の妖精亭で今働いているジェシカと同じ、草色の浴衣姿のシエスタがちょこんと正座していた。
その前にサイトはあぐらをかいて座りなおす。
その間も視線はシエスタにくぎ付けだ。

「あ、ああ、知ってる。
知ってるも何も、俺の国の服だし」
「じゃあ、こっちも知ってますよね、はいっ」

じゃーん、と言いながらシエスタが手渡してきた服も、もちろん才人は知っている。
暑い夏場はTシャツ短パンよりもこれを着た方が幾分か涼しい、と感じる。
シエスタの浴衣と同じ、草色の甚平がそこにある。

「これ、これ、いいの!?」
「ええ、サイトさんに着てもらうために暇を見てせっせと繕いました」

いらないなんて言われたらショックです、泣きます、とシエスタ。
才人に持たせて火の塔の影まで彼を連れ込んだ。

「はい! 向こうで待ってますから着替えてきてくださいね」

なるべく早くしてくださいね、と言ってシエスタは来た道を戻っていった。
残された才人は手元の甚平に目を落とし、パーカーを脱いだ。
下着以外は全部脱ぎ捨てて甚平に袖を通す。
前を合わせ、紐は蝶結びで括る。
麻の肌触りが懐かしかった。
用意のいいことにシエスタは雪駄も手渡してくれた。
日本にいたころは雪駄なんて、履いたこともなかった。
ビーチサンダルとほとんど変わんないな、と足を通す。
甚平、雪駄の完全な和装才人が完成した。

「シエスタ、着替え終わったよ」
「はいはい、まぁ!
やっぱりサイトさん素敵ですね。
よく似合ってますよ」

パーカー、ジーンズを適当に畳んでシエスタの元に戻る。
彼女は、お揃いですね、なんて嬉しそうに言った。
黒髪の、浴衣姿の少女が微笑む。
それは、才人の心の栓を、決壊させてしまった。

「うっ、うう、くっ……」
「サイトさん!?」

シエスタはいきなり泣き出した才人に目を丸くする。
彼は袖でゴシゴシ目を拭うがあふれる涙は止まりそうにない。
手に持っていた服は落としてしまっている。

「俺っ、俺この間までは、ぜんっぜん、平気だったんだ。
なのに、母さん、母さんからのメールでっ、もう、懐かしくって……。
疲れてた……かあさん、母さんは、あんな顔、見たことなくって……」
「サイトさん……」

シエスタは自然、才人の手を強く引いた。
膝をつき倒れこむ才人を、その豊かな胸で慈しむように、抱きしめた。
左手を背中にまわし、右手は黒髪を撫でる。
浴衣の胸元が濡れていく。

「もう、ダメなんだ。
さみしくて、なつかしすぎて……ッ。
割り、切れねぇよ。
ルイズは、ルイズ、ルイズは大事なのに……!」
「……」

しゃくりあげながらシエスタに心情を吐露する。
そこにアルビオンの英雄も、虎街道の英雄も、ガンダールヴもいない。
ただ故郷を、家族を失った少年がいた。
シエスタは優しく、優しく彼を抱きしめ、髪を梳く。

「なのに、さいきん、日本のこと、ばっか、かんがえてて。
つらいんだよ……!
俺、こんなところで、友だちも、守るヤツも、できたけどさ……!
日本のこと、ぜんぶ、すてるなんて、できねぇよ……!!」
「サイトさん……」

シエスタは瞳を閉じて、彼を撫でる。
ゆっくり、ゆっくりその心を解きほぐすように。

「サイトさん」
「……」
「わたしが、抱きとめてあげます。
あなたの寂しさも、弱さも、全部受け止めます」
「シエスタ……?」

シエスタは才人の肩に手を置いて引きはがし、目を合わせる。
彼が見上げたその瞳は、決意に燃えていた。
肩越しに、双月が煌々と浮かぶ。

「わかってるんです。
サイトさんが、心の根っこではミス・ヴァリエールのことしか見てないって」
「……」
「でもいいんです。
ここまで育っちゃった気持ちを捨てるなんて、わたしにはできません。
もう決めちゃいました。
たとえ傷ついたって、酷い目にあったって、もう、戻りません」

言い切ると、シエスタは才人と唇を重ねた。

「んっ……」

――あ、したはいってる。

才人はとりとめもなくそんなことを思った。
意味もなく息をとめてしまう。
シエスタの後ろには冴え冴えとした月が見える。
その輝きを見惚れていたのか、才人は彼女のされるがままになっていた。

「「ぷはっ」」

二人の口を銀の橋がつなぐ。
それは細くなり、やがては切れた。

「だから、わたしの居場所も、少しは残しておいてくださいね?」

黒髪の少女は微笑む。
それは月明かりの下で、目を離せば消えてしまいそうなほど儚い笑みだった。



しばらく才人は呆然としていた。
シエスタは急に恥ずかしくなってきたのか、視線を彼の顔から外す。
どんどん顔が熱くなっていくのを自覚していた。
やがて才人はのっそりと立ち上がり、くるりと後ろを向いて、叫んだ。

「イェーーー!!」
「!?」

そして走り出す。
芝生の上を犬がはしゃぐように転げまわる。

「イェーーー!!!」

立ち上がり、月に向かって腕を振りかざす。
両腕を真上に突き上げる。
その寂しさを振り切るかのように、全力全開で叫んだ。

「アウイェーーーー!!!! イェァーーーーー!!!!!」

力尽きたように背中から倒れこんだ。
どんっと鈍い音とともに草がぱらぱらと宙を舞う。
その切れ端を風が運び、やがて地面に落ちた。
シエスタは、この人大丈夫かしら? と不安げな目で見ている。


「サイトさん?」


「ありがと、シエスタ」

草を払いながら才人は立ち上がる。
そしてシエスタを見つめてにっこり笑う。

「寂しいし、懐かしいのは確かだけどさ。
女の子にあそこまで言われちゃ元気出すしかねぇよ」

その笑顔にシエスタはきゅん、とときめいてしまう。
胸にあふれだす感情のままに彼女は才人の胸に飛び込んだ。
才人はそれを抱き留め、腕を背中に回す。
強く、しっかりと抱きしめて、感謝の気持ちを伝える。

「俺、シエスタに会えてよかった。
本当に、感謝してるんだ」
「……サイト、さん」

空には変わらず白いお月様たち。
群青色の空にぽつぽつと浮かぶ小さな灰色の雲は、風が早いのかすぐに形を変えていく。
世界に二人しかいないような、静かな夜。
少年と少女の影はいつまでも一つに……。

「はなれて」
「「え!?」」

一つではいられなかった。



19-2 ピンクの悪魔

「ちょっろ、ひいへるの? ひゅるけ~」
「はいはい、聞いてるわよ」

この子、めんどくさっ! とキュルケは思う。

――昨夜お酒であんなひどい目にあったのにまた飲むなんて……。
学習能力がたりてないのかしら?
それともこの子実はドMでひどい目にあいたいとか??

すごく失礼なことを考えながら、キュルケは目前に座る少女を見る。
木製のコップに注がれた赤ワインを舐めるようにして飲む少女、ルイズ・(後略)である。
先ほどシエスタの声がしたと思ったらこの部屋にやってきたのだ。

「それって、結局あなたが悪いんじゃないの、ルイズ」

諸般の事情によりブドウジュースを飲みながらキュルケは返す。
結局ルイズが悪い、今回はその一言に尽きる。
せっかく才人が勇気を振り絞って愛の言葉を囁こうとしているのに。
メイドが入ってきて驚く、ここまではいい。
そのあとグーパン顔面に叩き込むのないわ、とキュルケは思う。
関西人のように、ないわ、と思ってしまう。

「れも、れも~、あんなろきに、はいっれこなくれも……」

アニエス隊長のところに突貫した昨日ほどひどくはないが、ルイズもべろんべろんだ。
顔がゆでだこのようになっている。

「にしても『月が綺麗ですね』か。
サイトの国には素敵な言い回しがあるのね、ハルケギニアのどの国よりも奥ゆかしいと思うわ」

派手な身なりをしているがキュルケは淑女のたしなみとして様々な芸術に触れ親しんでいる。
その中には当然詩もあり、彼女はかなりの知識を蓄えていた。
しかしそんな遠回しな表現で自分の気持ちを伝えることはない。
ハルケギニア人はストレートだ。

――ロマリア人の口説き文句なんて、サイトの国にいけばむしろ浮いちゃうわね。

昨今の日本ではストレートに言われたい女性が増えているらしい(未確認情報)なので一概にそうとは言えない。
それはさておき、自分の部屋で飲んだくれるのはやめて欲しかった。

「ほら、明日もまた授業があるんだし、もう寝なさいよ」
「……や!」

子供のように駄々をこねるルイズ。
見た目と言動が一致して、キュルケは苦笑してしまう。

「ほらほら、いい加減もう飲まないの」
「ぅ~~」

キュルケは窓を開けてコップに残る赤ワインを捨てる。
水差しからぬるい水を注ぎ、ルイズに手渡してやった。
その時、叫び声が聞こえた。
それが続くこと四回。

「あら、こんな時間に誰かしら?」
「ぅう~~」

ルイズはコップの中を見ながら唸っている。
先ほどあけた窓から外を見下ろし、パタンと窓を閉めた。

「さ、ルイズ。もう寝ましょ?
寝つけないなら添い寝してあげるわよ?」
「ぅ??」

これ以上ないくらい優しげな笑顔でキュルケはルイズの手を引く。

――アレはまずい。
あんなのルイズに見られたらまた癇癪起こすに違いないわ。

キュルケが見たものは、抱き合うシエスタと才人だった。
しかもすごくしっかりと抱き合っていた。
むしろ恋人にしか見えなかった。
彼女はルイズをベッドに引きずり込み、軽く抱きしめてやる。

「はいはい、寝ましょうね~」
「ぁぅ……」

背中を一定のリズムでとんとん叩く。
そのリズムが心地よかったのか、ルイズはすぐに眠ってしまった。

「はぁ……サイトったら、仕事増やさないでよ」

今度何か奢ってもらおう、いや、あの『始祖の降臨祭・初恋風味』をジャンと二人に振舞ってもらおう。
そう考え、やがてやってきた睡魔に身をゆだね、眠りに落ちた。



19-3 大岡裁き

「いやです!」
「はなれて」

二人を引きはがそうと、タバサはシエスタを引っ張る。
シエスタはシエスタで引きはがされまいとより強く才人にしがみつく。
なんというか、モテモテだった。

「あの、お二人さん?」
「「あなたは黙ってて!!」」
「……はい」

男はこういう時弱い。
才人君は何も言えなかった。

「あなたはずるい」
「どこがずるいんですか!」
「正々堂々って言った」
「う……」

タバサは見た目幼い。
見た目だけではなく実年齢もシエスタより3つも下だ。
そんな子どものじっと訴えかけるような視線にシエスタお姉さんは弱いのだ!
タバサは次に才人を見る。

「それに……わたしは抱きしめてくれなかった」
「う!」

今度は才人をじっとりと睨む。
彼は一応(?)ルイズのことが好きなので、ほかの女の子は極力(??)見ないようにしているのだ!
だがその努力が実ったためしはあまりなさそうだ。

「とりあえず、わたしの部屋まで来てもらう」
「だーめーでーすー!」

タバサはさらに才人の腕をとる。
シエスタも才人の腕をとっている。
ひっぱる。
結果、痛い。

「痛い痛い痛い!」
「はなしてください!」
「あなたこそ!」

さらに引っ張り合う。
結果、超痛い。

「痛い痛い痛いイタイイタイ!!」
「彼のことを真に思うなら、手を放すべき!」
「それはミス・タバサも同じこと!」
「俺のために争わないで! ワリと切実に!!」

ぐだぐだな引っ張り合いはその後三十分にわたり続いた。
結局シエスタと才人はその晩、タバサの部屋で眠ることになった。



[29423] 第二十話 嘘吐きガイコツ
Name: 義雄◆285086aa ID:b6606328
Date: 2011/08/31 16:13
20-1 調理法・不明

「というわけで、昨日は大変だったのよっ!」
「へいへい」
「あ、聞いてなかったなこいつっ」

魅惑の妖精亭厨房、今日も今日とて才人はジェシカの買い物に付き合っていた。
昨夜大変だったのは才人も同じだ。
結局あのあとタバサの部屋で寝ることになったが、なんだかいつもと違う匂いにくらくらしてあまり眠れなかった。
今日も寝不足だ、と才人はひとりごちた。

「それに、昨日は銃士隊の副隊長なんて人が来て、暴れて行ったんだから。
あんまりにもひどかったから出禁にしちゃった」
「マジぽん!?」

――ミシェルさんなにやってんだよ~!
いや、あの人そもそも短気っぽいし……もともと無理系だったのかな?
まぁ、でも違う人が来るよな、きっと。

きっとミシェルさんはあんまり悪くない。
派手になった元凶は森の妖精さんだ。
妖精さんのメロディは酒飲みを狂暴化させる作用があるのだ。
あとで詰所によることを決意して、才人は皮袋から食材を取り出す。
黄色の粒粒した野菜。
にょろにょろした魚。
そして、ずっしりと手に重い麻袋。

「あら、また料理?」
「ん、今日も料理、あのタレ使って作れそうなもんはいろいろ試してみる」
「あ、昨日ヤキトリってヤツすっごいウケたわよ。
その銃士隊副隊長が一人で十本も二十本もむしゃむしゃ食べてたわ。
あの冷えたエールとあうみたい、エールも五杯は飲んでたかな」
「へぇー、ウケたんなら何よりだ。
今度はねぎまとか、塩味も作るべきかな」
「あと、モット伯が来てたわ」
「モット伯!?」

シエスタの件を思い出した才人は冷や汗を垂らす。

――あのおっさんが例の犯人じゃないだろうな?

「でもなんか噂ほど女にギラギラしてなかったわ。
あたしのユカタ見て、二百エキューで仕立ててほしいって。
前金で百エキューも置いてったわ」
「に、にひゃくえきゅぅ!?」

浴衣一枚にポン、と出せるような金額ではない。
流石にモットは金持ちだった。
ふと、才人は疑問に思ったことを聞く。

「ユカタって、シエスタと同じヤツ?」
「あら、知ってたんだ。
そうよ、色合いも何もかも一緒」
「へぇ、昨日見せてもらったんだ。
あ、甚平もらったんだよ!
もーすっげー嬉しかった、俺シエスタ大好き!!」
「そ、そう……」

――サイトって、確かまだルイズの恋人よね?
あの子、意味を教えてないんだ。

ジェシカの好きな、すごいキラキラした瞳で笑う才人。
そんな彼を見ても彼女は冷や汗しか浮かばない。
浴衣や甚平は、シエスタさん家でしか作れない。
売るものでもないのでそんな頻繁に仕立てたりはしない。
そして他人においそれとあげるようなものでもない。
では、どのような時に渡すのか。

――未来の旦那に渡せ、って言われてるんだけど。
教えてあげた方がいいのかなぁ。

佐々木家の血族に連なるのだから、甚平くらいは持っておけ、とはひいおじいちゃんの言葉らしい。
タバサの黒さに感銘を受けて、シエスタさんは家族の力を使って外堀を埋めに来たようだ。
もしタルブ村で甚平に袖を通す機会があれば、才人はすごく歓待されるだろう。
婿的な意味で。

「それに、スカロン店長の持ってないレシピも見せてくれるって。
今度タルブ村にいってくるよ。
折角だから、箪笥の肥やしになってる甚平も何着かくれるって」

――ああ! シエスタに何があったのかしら!?

誰の影響を受けたのか、どんどん強かになっていく従姉妹を思ってジェシカは戦慄いた。

「でも甚平はホント嬉しい、寝巻にしてたから、懐かしい」
「ユカタは着ないの?」
「うん、温泉行ったときにアメニティであったヤツ着たけど、甚平の方が好き」
「あら、そうなの。
昨日の騒動のあとで衣服屋にユカタ量産しないか、って言われて受けたんだけど。
サイトには関係なさそうね」
「え、マジで!?
トリスタニアで浴衣が見れる、ってうれし……。
いや、なんかガイジンがユカタ着てるちぐはぐな感じになるのか?」

天女としてなぜか拝まれたジェシカにあのあと近づいたものがいる。
ロマリア系の衣服屋だ。
どうやらユカタを売れると踏んで、今度仕立て方を買いたい、と言ってきたのだ。
モット伯とは関係のないところで着々とトリスタニア時代劇村化計画が進んでいく。
才人は鍋に少し茶色いアンチクショウをぶちまけた。

「ん~、ちょっと色がくすんでるというか、玄米系?
てか一合の量り方も、水の量すらわかんねぇ」

そう、彼が手に入れたのは米だ。
東方からやってきたらしい。
非常に高価で、一掬いで同じ量の黄金と等価、と言われた昔のコショウほどではない。
しかし中くらいのコップ一杯で三十スゥもした。
これは大体平民一人の食費二日分にあたる。
それを才人は気前よく袋で購入した、三エキューである。
最近の彼は食道楽になりつつある。

「よし、米は食いたいけどよくわかんねぇ!
ちょっと保留だな」
「あら、折角買ったのに食べないの?」
「うん、調理法はわかるけど具体的な水の量がわからないから。
高かったし、食べ物で遊ぶともったいないお化けが出るっていうしさ」
「お化け?」

ビクン、と厨房の奥で座っていた青髪の少女の肩が揺れる。
今日は珍しくタバサも同行していたのだ。

「ああ、もったいないお化け。
モノを無駄にしたり、食べ物を残したりすると出るんだって」
「……ウソ」
「や、ホント。
俺の国では毎年何百人ももったいないお化けに出会ってる。
すんげー怖くて気絶しちまうらしいぜ?」

才人は懐かしい気持ちでいっぱいになった。

――召喚当初はこうやってルイズをからかっていた気がする。
それにタバサはリアクションが小動物系で、なんか可愛いんだよな。
今もなんかぴくっぴくっ、てなってるし。

才人はほっこりした。

――もったいないお化け……!
わたし、モノを無駄にしたり、食べ残しとかしてない、だいじょうぶ!
大丈夫だよね……?

タバサはガクブルした。
そんな二人を見てジェシカは、やれやれ、とため息をついた。

「ま、ウソだけどな」

ニカッと才人は笑う。
まさに悪戯が成功した子供の笑顔だ。
タバサはむっとして杖を振り上げ、ゆるゆると力なく下ろした。

――怒っちゃダメよシャルロット、あなたは強い子。
それよりもこの機会を利用することを考えなさい。
ほら、目の前に敵がいるのよ?

タバサはジェシカを見る。
胸元をじっと見る。
明らかに敵だった。

――タバサ、出る!!

才人の胸元にしがみついた。
そしてちらりとジェシカを盗み見る。

――アレは明らかにむっとしてる。
やっぱり胸だけじゃなくわたしの騎士様を狙う敵だわ。
この泥棒おっぱい! むしろおっぱい泥棒!!

タバサは、ガリア王族の発育が悪いのは誰かに吸い取られているせいだ、と信じていた。
考えてみてほしい。
女系の王族は現在ガリア、トリステイン、アルビオンにそれぞれいる。
ガリアの王族はシャルロット、イザベラお嬢様の二名。
残念ながらぺったりしている。
トリステインは白百合ことアンリエッタ女王陛下。
Ohモーレツ! というレベルのお胸様だ。
では、アルビオンは……?
そんな胸革命知りません! とタバサはキレた。
これらの傾向を見ると、虚無を継ぐ王家の血筋はバインバインにならなければおかしい。
つまり、それを邪魔する存在がいる、と彼女は結論付けた。
王家の血を引くヴァリエール家の人たちのことは意図的に無視した。

「ははっ、よしよし」
「サイト……ずいぶんその子と仲が良いのね」

才人がタバサを撫でてやれば、ジェシカがむすっとした声をかける。
明らかに嫉妬している様子だ。
タバサは胸中でほくそ笑んだ。

「ああ、タバサって小っちゃくて可愛いじゃん。
なんつーか妹みたいで」

妹みたいで……。
妹みたいで……。
妹みたいで……。

タバサは自分の足元がガラガラと崩れていくような感覚を味わっていた。
そう、才人は抜けている。
タバサは今まで味方がほとんどいなかった。
それを体を張ってエルフまで撃退せしめた勇者が現れた。
そんな存在がいきなり出てきたらどう思うだろうか?
普通は好意を抱くだろう。
それが男女の仲なら恋に落ちても仕方がない。
だが、決定的に、タバサの外見はずいぶんと幼かった。

――今までタバサはほとんど味方も、家族も心を狂わされていなかったんだ。
こんなちっちゃい子なのに今まで苦労して。
だから、きっと俺のことをお兄ちゃんみたいと思ってるんだ。
なら兄貴としてその期待に応えてやらないと!
惚れられる? そんなのイケメンたちの特権だろ??
それにタバサみたいなちっちゃい子に何を考えてるんだ!

残念ながら彼は抜けていた。
さらに実年齢を知らず、大体十二、三歳くらいだと思っている。
ここ最近のタバサのアプローチを完全に勘違いしていた。
タバサがわなわな震えていると、ジェシカと目があう。
ふっ、と勝ち誇った顔をされた。
今まで自分がするケースばかりだったタバサは、非常にいらっときた。
それを才人は勘違いした。

「ほらほら、そんな不機嫌顔すんな。
今旨いモン作ってやるからさ~」

そういって才人は黄色の粒粒野郎どもを三本網に乗せ、火にかけはじめた。

「それは、ナニ?」
「んー、これなー。
焼きトウモロコシってんだ。
昔屋台でじっと見てて作り方覚えたんだ。
なんか、くじびきとかよりもそういうのが好きだったんだよ」

だから大体の屋台料理は作れる気がする、と才人は言った。
鼻歌までしながら上機嫌だ。
タバサはなんとなく、才人の背中にべちゃっと張り付いた。

「はははっ、タバサは軽いな~」

――ま、まったく意識されてない!
この前の夕焼けのがんばりは無駄だったの!?

その時のことは、不幸な事件によって才人の記憶から消し去られている。
今の彼にとってタバサの張り付きは、まさに妹が兄に甘える図式だったのだ。
タバサの肩がチョンチョンと叩かれる。
振り向けば偉く勝ち誇った顔のジェシカがいた。

「そういえばジェシカ」
「なぁっ!? な、あによ?」

そこに才人が声をかけた。
顔はじっとトウモロコシに向けられている。
そのままぽつりと何気なく話しかける。

「俺、なんか迷惑かな?」
「そ、そんなことあるはずないじゃないのっ」
「いや、今日のジェシカから、なんか距離を感じてさ。
俺の気のせいだったらいいや」

んーもーちょい、と言いながらさらにトウモロコシをころころ転がす。
ジェシカは意外なことを言われて少し固まってしまった。
確かに、彼女は才人から少し距離をおくようにしていた。
それはほかでもない、彼女の従姉妹のためだ。
これ以上近づきすぎればおそらく完全に惚れてしまう、という確信をもっていた。
だから辛くても今は少しだけ距離をとろう、と思っていたのだ。
しかし、才人は思いのほか鋭かった。
好きとか嫌いが関係なければ、人の感情の機微には多少勘づくようになったようだ。

「ま、あんまりベタベタしてたらシエスタにも悪いでしょ。
だから少しだけ距離をとってたのは認めるわ」
「あ、なるほど。
ごめん、俺そーいう距離感はすっごい疎いんだ。
ジェシカが気を使ってくれると助かるかも。
でも、俺はジェシカと仲良くしたいから、変に意識しすぎないでくれよな」

いや、でも俺が好きなのはルイズなんだよ!? と才人はのたまう。
ジェシカは自分の胸の痛みを感じた。
ぽっかりと空いた胸に風が吹き込むような。
あるいはチクリと刺すようなそれは、どうすれば治るのかはわかりそうにもない。
タバサも腕に力をこめて、ひしっと張り付いている。

「よーし、刷毛刷毛。
このタレをどわーっと塗って、と」

厨房内にタレの焼ける香りが立ち込める。
タバサがくいくいと才人の袖を引っ張った。

「もーちょい待ちなさい。
あとちょっとでできるんだから。
ウナギの方はよくわからんけど……いや、安かったし焼くだけ焼くか」

――確かに匂いはいい、いいけれど。

ジェシカはどこか、寂しさを覚えていた。



[29423] 第二十一話  Hot Hot Kiddie
Name: 義雄◆285086aa ID:b6606328
Date: 2011/09/01 18:18
21-1 フレイムのお料理教室

「俺は~ヒラガ・サイトー不死身なおとーこさー」

時々のびちゃう、ってかのされちゃうけどな! と才人はウキウキしている。
それもそのはず彼の背中には、今待ちに待った日本人には欠かせないアンチクショウがいる。
これから厨房のマルトーを訪ねて炊飯方法を一緒に考えるのだ。

「んっふっふっふっふ~、いやーテンションあがってきた!!」

いぇーい、とノリノリで阿波踊りっぽいダンスを踊ってみる。
廊下を歩くケティ嬢と目が合う。

「あ、いえ……その、すいません」

謝られた。
死にたくなった。

「でも大丈夫、お米があるもん!」

再びノリノリで歩き出す。
なんというか、懲りない男だった。

さて、才人は焼きトウモロコシを振舞ってから魅惑の妖精亭を出た。
勿論帰りには詰所に立ち寄った。
ミシェルから詳細な話を聞くためだ。
ところが、彼女の話は珍しく要領を得ない。

『いや……モット伯が帰っただろ。
そのあとステフと少し飲んでたんだ。
でも、なんでだろうな、何でああなったのかはよくわからん。
間接の取り合いに終始していたときは意識があったが……。
ヴァイオリンが聞こえてからは正直、覚えてない』

才人は「太陽のせいですよ」とすごくいい笑顔でミシェルをねぎらった。
彼にもそうやって魔がさすことが多々ある。
今度ヤキトリを好きなだけ焼くことを誓わせられ、逆に今夜も違う隊員を派遣することを約束され、詰所を出た。
そのままシルフィードに乗って、魔法学院に戻ってきたころにはお昼前だった。
タバサとはすぐそこで別れた。
彼女は「戦略の見直しを……」と呟いていたが才人は首を傾げるだけだった。
罪深い男だ。
しかし、テンションのあがりきった彼は奈落の底に突き落とされた。

「お、米か。
ボイルしてサラダに使うくらいしかわからんぞ」
「なん……だと……?」

そこからの記憶はない。
どうやってか、気づけば厨房を裏口から出て木陰に座っていた。

「あ、っと夕食時だからまだ厨房忙しいか」

生徒の使い魔がもさもさ裏口前に集まっているのに時間を悟る。
先ほどのことはナチュラルにスルーした。

――きっと親方も夕食前で忙しいからあんないじわる言ったんだ。
ちゃんと暇なときに行けば一緒に考えてくれるっさ!!

少し待つか、と空を見あげる。
今日もまた、いい天気だった。
茜に染まる空には、心なしか雲が多い気はする。
一雨降れば涼しくなるかな、なんて才人はひとりごちた。
その間、なんとなく麻袋の中に手を伸ばしてお米の感触を楽しむ。

「むふ、むふふふふ」

完全に変質者だった。
口はだらしなく歪み、涎が溢れている。
目は、ここではないどこか遠くの世界を見ているのか、焦点が合ってない。
そんな才人にのしのし近づいてくる影がある。

「どぅふふふふ……って、フレイムじゃんか。
お前も飯待ちか~」

ぽんぽんと自分の隣を叩く。
のっそりとフレイムはそこに巨体を横たえた。

「見てくれよフレイム~。
お米だぜお米?
羨ましいだろほれほれー」

才人は両手いっぱいのコメをフレイムの目の前にちらつかせる。
実にうっとうしい人間だ。
フレイムがそう思ったのかはわからないが、彼はのっそり立ち上がる。
そしておもむろに才人の手を、口に入れた。

「あちゃーー!!?」

サラマンダーは尻尾が燃えている。
当然体温も高い。
口の中もまた然りである。

「あっつ! あっつぁ!!
おま、フレイム、ナニしてくれてんだよ!?」

才人は瞬時にフレイムの口中から手を引き抜いた。
流石に大やけどを負いそうになってまでお米は確保できなかった。
うう、俺の米が食われた、と嘆く。
そんな才人を後目にフレイムは鼻から猛烈な勢いで蒸気を噴出していた。
ふしゅーふしゅー、と蒸気とともに広がるにおい。

「え、あの、フレイム先生?」

ぎろり、と才人を睨むフレイム。
爬虫類系の目は怖い。
才人は思わず縮こまった。

「いえ、なんでもないです、はい、ボクモグラなんで……」

才人が勝手に卑屈になっている間にも蒸気は出続ける。
一分ほど待ったか、フレイムはべろっと茶色い粒粒を吐き出した。

「ま、マジぽーーん!!?」

つやつやした玄米ご飯がそこにはあった。
そこに、というのは芝生の上なのである意味もう台無しではあったが。

「え、ちゃんと炊けてる。
流石に食う気はおきないけどこの柔らかさは炊けてる!
すげぇ! 意味わかんねぇ!! ファンタジーなめんな地球!!」

ひゃっほーい、と天高く腕を突き上げて雄たけびを上げる。
フレイムはやれやれ、といった面持ちで才人を見ていた。

「ちょ、フレイム口の中見せてよ。
どんな構造になってんだ?
なんか遠赤外線とか銅とかそっち系なの??」

フレイムの口をこじ開け中を見る才人。
彼(彼女?)はすんごいイヤそうな表情をしている。
才人は知る由もないが、サラマンダーの口中は熱い。
そして彼らも当然水分、唾液を分泌している。
つまり、彼らの口は蒸し器のようなものなのだ。
さらに唾液の消化酵素とか、火のエレメンタル的な何かがいい感じに作用し、驚異の速さで炊飯を実現できたのだ!
吐き出したのは、消化しやすいようとりあえずアルファ化してみたものの、お口にあわなかったからだ。

「んー、見た感じふつーの爬虫類系なのか?
いや、ワニの口とか見たことないけど。
ふつーに粘膜系だ、金属とかじゃないよな」

でもこれ応用できねーなー、とぶつくさ言いながらさらにフレイムを弄り回す。
才人はそのまま口内に顔を突っ込んで無遠慮に観察し始める。
いい加減邪魔になったのか、フレイムはそのまま口を閉じた。



21-2 燃えよ杖・上

「サイトの声がしたような……?」
「ルイズ、ここにいたのかい」
「ギーシュ?」

アルヴィーズの食堂、夕食時。
自分の席へ向かうルイズを引きとめたのは、微かに聞こえたような気がする才人の叫び声、そしてギーシュ・ド・グラモンだ。
彼はモンモランシーを伴ってルイズに話しかける。

「サイトは見なかったかい?」
「サイト……朝から見てないわよ」
「あら、とうとう愛想つかされたの?」

ギーシュの問いは、むしろルイズ自身が聞きたいことだった。
モンモランシーの笑いを含んだ声にルイズはきっと睨みつける。

「そんなこと、ないもん」
「あらま、またいつもの恒例行事ね」
「そう言わないであげなよ、僕のモンモランシー。
彼らはこうやって絆を確かめあっているのさ」

僕らのように確かな絆を作ろうとしているんだよ、と気障ったらしくギーシュは続ける。
それに少し、ほんの少しだけ頬を染めるモンモランシー。
少し前までの彼女なら軽くあしらっていた。

「あら、あんたらなんか……雰囲気変わった?」
「やはりわかるかい?」
「そんなわけないでしょ!」

さて、こういうケースではどう考えればいいか。
ルイズは思考を巡らせる。
あ、どうでもいいわ。

「そ、じゃあ良いわ。
わたしお腹すいてるの、じゃあね」
「「少しくらい聞かないの!?」」
「正直な話ね」

自分の席へ向かおうとしていたルイズはくるっと二人に向き直る。

「うん、ワリとどーでもいいわ」
「そ、そう……」

モンモランシーは意外と残念そうな顔をしている。
仕方なく、心優しい貴族であるルイズさんはフォローしてあげた。

「仕方ないわね。
ご飯の後だったら聞いてあげるわ。
でもあなたの、多分惚気話は、わたしにとって晩ご飯よりも価値のないものなの
わかるわよね?」
「「……」」

フォローじゃなかった。
むしろこれは挑発だ。
でも仕方ない。
彼女は王位継承権第二位とかヴァリエール公爵家とかそんな感じで偉いのだ!

「ま、まぁルイズ。
サイトを見かけたら水精霊騎士隊駐屯所で待っている、と伝えてくれないか」
「見かけたらね。
じゃあまたあとでね」

モンモランシーとギーシュはすごく微妙な顔で尊大な少女を見送った。

「アレは、いらついてるわね……」
「そうだね、正直怖かった。
見てくれよ僕のモンモランシー、足が震えて言うこと聞いてくれない」

がたがた揺れる自分の足を指さして言うギーシュ君。
そんな情けない恋人の腕を、モンモランシーは抱きよせた。

「もう、シュヴァリエがそんなんじゃカッコつかないわよ。
ただでさえ水精霊騎士隊はサイトが隊長、って言われてるのに」
「いや……彼が実質上の隊長なのは僕も認めているんだが」
「もうっ、しゃきっとしなさい男の子!」

ばしん、とモンモランシーが強めにギーシュの背中をたたく。
すると不思議なことに彼の足はピタリと止まった。

「やっぱり、僕には君が必要みたいだよモンモランシー。
見てくれ、さっきまでみっともなく震えていた足も、君が勇気をくれたおかげでなんともない」
「はいはい、調子のいいことで。
わたしたちもご飯食べるわよ」

きゃっきゃ、うふふ、といった雰囲気で去っていく二人。
その背後を窺う者たちがいた。

「どう思われますか、カウボーイ」

柱からひょっこりレイナール。

「アレはいかんぞ、なぁ微笑みデブ」

机の下からのっそりギムリ。

「あんの薔薇野郎……く、くくくくく」

天井からふわり、と降り立つマリコルヌ。
水精霊四天王マイナス一名だ。
周りの生徒はぎょっとした。

「では、昨日思いつきで制定した『隊中法度』に従い処断を行おうか」
「ああ、誰よりも隊長が規律を守るべきだ」
「ふふふふふ、薔薇野郎の分際がぁ……!!」

隊中法度とは、暇を持て余した三人が、なんとなく思いついたことを詰め込んだルールブックである。
適用範囲は水精霊騎士隊のみ。

一、女王陛下に背きまじきこと。
一、隊を脱するを許さず。
一、イチャつく男を許さず。

この三つからなる簡潔な決まりだ。
一番目はレイナール。
これは水精霊騎士隊の存在意義だから、という彼らしい真っ当な理由だ。
二番目はギムリ。
なんとなくコレつけときゃカッコよくね、という雰囲気重視の彼らしいてきとーな理由だ。
無論最後の一つはマリコルヌが付け足した。
では、ブリジッタという彼女がいる彼自身はどうなるのか。

『ブリジッタとぼくはね、何か違うんだよ。
イチャつくとかイチャつかないとか、そういう次元じゃないんだ。
ぼくはね、ただ、あんな風に青春っぽく……爽やかにラブってるヤツが許せねぇんだよぉ!!』

とのことである。
ただの僻みだった。
しかし、隊規は隊規だ。
これが隊長、副隊長を通さず、昨夜なんとなく暇つぶしに決定されたものでも隊規なのだ。

「さて、処罰内容を決めていなかったが、どうする?」
「決まってるだろ、ジョーカー。
こういう時は微笑みデブが決めるもんさ」

そう言ってマリコルヌを見る二人。

「そうかい?
ぼくが決めちゃっていいんだねやっちゃっていいんだね……!!」

ああ、ギーシュの運命やいかに!?
次回に続く!



21-3 夢の国から

「お、ギーシュにモンモンじゃん」
「おお! 探したよサイト。
水精霊騎士隊に新たな任務が下ったのさ。
あとモンモン言うな」

ルイズの力を借りることなくギーシュは才人を発見できた。
なぜか才人の顔は赤面とか、甘酸っぱい系ではなく非常に赤かった。

「ちょっ、サイト、君火傷してるじゃないか。
しかも、こんな広範囲の顔って……なにをしていたんだい?」
「いや……好奇心に負けたというか、好奇心は猫を殺しちゃったんだよ」
「? 意味わかんない。
まあお金もらうけど手当してあげるわ」

そのままモンモランシーがペタペタ秘薬を塗るに任せてぼーっとしている才人。
気を取り直したギーシュは意味もなく薔薇を振りかざしていった。

「水精霊騎士隊に新たな任務が下ったのさ!」
「さっき聞いたよ」
「なに、仕切り直しというヤツだ」
「ちょっと動かないでよ」

ニヤリ、と笑う。
才人はギーシュの機嫌がいいことを見抜いた。
そして、この分だとコイツの名誉やら何やらを満たす任務だ、と推測する。

「いや、任務はいいけど安全なんだろうな?
前みたくいきなりロマリアで聖戦とかイヤだぜ」
「安心したまえ。
これは重要だが、危険性はほとんどないといってもいい。
何より、水精霊騎士隊の名を知らしめるのにピッタリな任務だよ」

ああ、女王陛下はぼくたちのことを考えてくれていらっしゃる、と陶然とした表情で語るギーシュ。
才人の手当てを終えたモンモランシーは、やれやれ、と肩をすくめた。

「……あれ、モンモンってそんな感じだっけ?」
「だからモンモンって……あなたもルイズと同じこと言うのね」
「やはりわかってしまうんだよ、ぼくのモンモランシー」
「いや、どうでもいいから流してくれ、任務の話しろ」
「「そんなとこまで同じ!?」」

がびーん、といつぞやの財務卿のようにショックを受ける二人。
才人は心底どうでもよさそうな顔をしていた。

「まぁ後でたっぷり時間を取って、お互いの理解を深め合う必要がありそうだね」
「ない、はやく、しろ、おれ、ねむい」
「そんな片言で言わないでくれよっ」

よよよ、とギーシュが才人に泣きつく。
モンモランシーは「さっさと話を進めなさい」と言わんばかりの顔だ。
ギーシュは気を取り直して薔薇を振りかざす。

「今度の任務は、パレードだ。
月の輝く美しい夜に、ブルドンネ街を行進する。
先頭には女王陛下、その次にはぼくと才人が並ぶんだよ!」
「パレード?」

才人はエレクトリカルなパレードを連想した。

「電飾なんて持ってないぞ?」
「デンショク??」
「よくわからないけど、この話題はやめたほうがいいわ」

夢の国から徴税官がやってくるわ、と金銭に関しては抜群の嗅覚を誇るモンモランシー。
電飾ではない、ではなんだろう。

「パレードって、歩くだけ?」
「……どうだろう、実はぼくも詳しいことは聞いていないんだ。
先ほど伝書鳩が来てね、詳しくはラーグの曜日(虚無の曜日の四日後、平日のど真ん中)に王宮まで、とのことさ」
「へぇー、季節がら花火大会でもやればいいのにな」
「花火大会?」
「前に花火、って話しただろ?
その中の空に丸い火を打ち上げるっていったヤツ、打ち上げ花火を何百発も、多いのだと何万発かな、打ち上げるんだ。
それを見るときは浴衣とか甚平って服着て、屋台が出て、すっげー楽しんだぜ。
花火は綺麗だし、この季節のデートって言ったら多分それだ」
「へぇ……なるほど」

ギーシュは才人に見えないよう、表情を歪めた。

「まぁ、パレードの話はまたラーグの曜日ってことだな」
「ああ、というわけでぼくとモンモランシーの話になるんだけど」
「それは心底どうでもいい」
「「なんで!?」」

なんてひどい主従だ、とギーシュランシーは思ったとか。



[29423] 第二十二話 BOYS BE PYROTECHNIST
Name: 義雄◆285086aa ID:b6606328
Date: 2011/09/01 22:29
22-1 燃えよ杖・下

「隊中法度、イチャつく男を許さず。の条文に抵触。
以上の罪によりギーシュ・ド・グラモン隊長の処罰を行う!」
「ちょっ、意味が分からな過ぎるんだけど!!」

水精霊騎士隊、それは鋼鉄の規律で結ばれたトリステイン狼(略してトリ狼)たちの集団。
その隊中法度は以下の三つ。

一、女王陛下に背きまじきこと。
一、隊を脱するを許さず。
一、イチャつく男を許さず。

これに抵触せしものには厳罰をもって処分する。

「シュヴァリエ・ド・ヒラガ副隊長、このような場合どういった罰が適当かと」
「ハラキリ、ですな」

ノリノリのレイナールと才人。
ただその表情に遊びの色は一切見えない。
ハラキリ、という言葉を聞いてギーシュは青ざめた。
ちなみに才人は隊中法度の存在を今の今まで知らなかった。
それでも肯定的なのは生来のノリか

「ハ、ハラキリって死ぬじゃないか!」
「隊規に背きしは厳罰をもって処す。
十分かと私は考えます」

叫ぶギーシュに、至ってマジメな表情でギムリは返した。
さて、ここでギーシュの格好について説明しよう。
まず青銅製の十字架、これに鎖で括りつけられている。
遠く地球の聖人と同じ格好だ。
勿論いつもの薔薇杖は没収されていた。
足元には大量の木材がくべられている。
控えめに見ても火刑の準備だ。

「副隊長、待っていただきたい。
この者、ギーシュ・ド・グラモンは隊規を破ったものの、今までの功績には目を見張るものがあります。
そこで、別の罰をもって処分と成すのはどうでしょう」

これもまたいつもより引き締まった顔のマリコルヌだ。
彼らは真剣だ、真剣に演じ切っていた。
整然と並んだまわりの水精霊騎士隊は沈黙を保っている。
夕刻の山吹色が彼らを染め上げている。

「マリコルヌ、お前がこの者の罪に相応しい罰を提案する、と。
つまりはそういうことだな?」
「はっ、左様にございまする」

才人に向けて静かに頭を下げるマリコルヌ。
こんなこと一年前の彼では想像すらできなかっただろう。
良くも悪くも才人はみんなを変えた。
そしてフルメタルな調練はさらに変革をもたらした。
こうして部下に驕らず、上司に媚びない、トリステイン最強の士官たちが今年度羽ばたいていく。
それはさておきギーシュの処罰である。

「許す」
「では、僭越ながらわたくしめが。
わたくしがこの者と旧知の仲であることは、みなさんご存知かと思われます。
そこで、このようなものを用意しました」

ここでようやく、マリコルヌは真面目な顔を崩した。
崩された表情は、邪悪で、おぞましく、虫けらを見るような眼差しでギーシュを見上げていた。
そして懐から、ノートを取り出す。

「そ、それは、まさか!!」
「そう、君のノートさ。
しかもいつのだと思う?
四年前のノートだよ!!」
「やめろぉぉぉおおおお!!!!!」

ギーシュは懸命に叫ぶ。
己を拘束する鎖を千切ろうと腕にすべての力をこめる。
それは無駄な努力でしかなかった。
ゆっくり、ゆっくりとマリコルヌはノートを開き、朗読しはじめた。



22-2 砂糖、スパイス、素敵な何か

「というわけで、わたしもギーシュを認めることもやぶさかではない、って思いはじめて……。
って、ルイズ、あなた聞いてるの?」
「はいはい、聞いてます聞いてます」

自分がうまくいっていない時ほど他人のノロケがうざい時はない。
この女はそれに思い至るべきだわ……! とルイズは拳を握りしめた。
さて、すでに月が見える時間が近づきつつあるここは火の塔ルイズのお部屋。
律儀に約束通りモンモランシーはルイズに惚気に来たのだ。

「で? ギーシュがいつ裸踊りをしたっての?」
「そんなことするわけないでしょ!
まったく、サイトとうまくいってないことはわかってるけど、いつまでもそうしていられないわよ」

そういってカップを手に取り紅茶の香りを楽しむ。
ヴァリエール家が贔屓にしている茶葉で、シエスタが入れてくれた紅茶だ、マズいわけがない。
ルイズもじっとカップに目を落とす。
赤みがかった琥珀色がゆらゆら揺れている。
飲む。
心境のせいか、いつもより渋く感じた。

「わかってるもん……」
「いいえ、わかってないわ」

先輩風を吹かすモンモランシーをルイズは睨みつける。
やばいときのオーラは一切なく、ただ可愛い生き物がそこにいた。

「はぁ、いつもその調子で甘えられればいいのにね」
「甘えるなんてしないもん、わたしご主人様なんだから」
「そんなこと言ってると、誰かに取られるわよ」
「あのメイドしかり、タバサしかり、ケティとかいう子もなにかあったらころっといくかもしれないわ。
大体ね、あなたの魅力ってなによ?」
「……あふれ出る大人の色香?」
「……」

切ない生き物を見るような眼差しを向けられるルイズ。
最近一日一回はこの視線を感じるようになってきていた。

「冗談よ、冗談」
「一切冗談に聞こえなかったわ」
「それはそうと、わたしの魅力ね。
顔と、高貴さと、家柄と、虚無魔法?」
「逆に欠点は」
「ないわ」

強いて言うなら胸、かもしれないわね。とルイズは胸中で呟く。
その答えにモンモランシーはいよいよ大きなため息をついた。

「あなた、今挙げた魅力なんてどうとでもなるものよ。
顔は好みによって違うし、高貴さ・家柄ならタバサなんてガリア女王じゃない。
虚無魔法だって、私たちならともかくサイトはそんなこと気にするタイプじゃないでしょ。
それに女の勝負する土俵じゃないわ」

それに、とモンモランシーは続ける。

「あのメイド、ずいぶんサイトと仲が良いわよね。
あなたの挙げた魅力であの子が勝ってる点はある?
ないでしょ、つまりサイトは別の場所にナニカを感じているはずなのよ」

ぐむ、とルイズは呻いた。
モンモランシーのくせに生意気な、とより強く睨んでみる。

「そんな顔してもダメよ。
あなたはもっと、あなたの使い魔について真剣に考えるべきよ。
貴族として、よりも女の子として、ね」

夜がはじまろうとしている。



22-3 白いベリー

「さて、サイト。
そこで死んでいるギーシュは放っておいて、君に話がある」
「お、おう」

マリコルヌの演説、あるいはギーシュの闇の吐露、は三時間も続いた。
最初は大声で打ち消そうと努力していたギーシュも十分を越える頃には疲れ果て、その後はマトモな反応を返さなかった。
マリコルヌは、ハラキリよりも恐ろしい処罰を下したのだ。
そんな彼がこれ以上ないほど穏やかな笑みを浮かべている。
才人は本能的に後ずさりした。

「そう怯えないでくれ、なんだか新しいモノに目覚めそうだ」
「お前一度死んでくれよ」

無駄に爽やかなマリコルヌの笑顔が怖い、才人は背筋がぞわぞわするのを感じた。
すでに双月の明かりが夜空を支配する時刻になっている。
その時間帯のせいか余計に危機感をあおられる才人。

「まぁ、付き合ってくれよ副隊長」
「例によってヴェストリの広場だな、師匠呼んでくるぜ」

ギムリはコルベールの研究室へ駆けて行った。
レイナールは魂が抜けたギーシュをぺちぺち叩いている。
それに反応してギーシュも呻きながら体を起こす。
マリコルヌは相変わらず裏の見えない笑顔を浮かべている。

――こいつら何のつもりだ?
ちょい前に言ってた秘密のナニかか??

才人は密かに冷や汗を垂らす。
あまりよくない予感がする、という錯覚を抱いていた。

「やあサイトくん、君がいるということは、とうとうお披露目かい」
「その通りですとも、師匠」
「副隊長、悪いが後ろを向いていてくれ」

――お、お披露目って俺は何を披露されるんだ!?
性癖、とか言わないよな、俺の仲間はそんなヤツらじゃないよな!!

微妙に信じきれない才人はこっそりデルフを握った。
鞘からは抜いていないので声があがることはない。
後ろで五人は何か作業をしているらしいが、とくに大きな音もたたないのでその様子はうかがえない。

「よし、こんなところか」
「サイト、こっちを向いてくれ」
「お、おぅ……」

恐る恐る才人は振り返る。
五人の前には小さな筒が地面にたてられていた。
その数は五、コルベールの前にだけは一際大きな筒がある。

「ふふふふふ、いつだったか君に言ったね、隊員をねぎらうのも隊長の仕事だと!」
「あ、ああ、言ってた気がする」
「というわけで副隊長、今日は君のためのイベントなんだ」
「目ん玉かっぴろげてよーく見やがれよ!」
「君が都合よく学院にいなくて助かったよ」
「では、はじめようか諸君」

水精霊四天王はみんながみんな、にんまりと笑っている。
ひどく幼い、というよりガキ臭い笑顔だ。
コルベールが代表して杖を振り上げる。
そして筒の根元めがけて魔法を放った。

「ウル・カーノ!」

発光。
夜の暗闇に合ってその炎は昼のような明るさをヴェストリの広場にもたらした。
レイナールは青。
ギーシュは白。
ギムリは赤。
マリコルヌは緑。
それぞれの前にある筒は火花を吹き散らす。

「え……ええ!?
ちょ、こ、これって、マジぽん!!?」
「「「「マジぽん!!」」」」

四人は悪戯が成功した悪ガキのようにサムズアップを決めた。

「花火、花火じゃんこれ!
え、なんで!? すげぇ!! ちょっとなんだよ!!
デルフも見てくれよこれ! 花火だ花火!!」
「おお、こりゃおでれーた!
こんな風に火を見せるなんてはじめて見たぞ!!」

才人は嬉しさのあまりかデルフを抜いて振り回しはじめる。
デルフも才人の喜びに引き摺られて大声を張り上げた。

「ノンノン、君はまだコルベール師匠というものを理解していないね」
「そうとも、腰抜かすなよ」
「ふっふっふ、ではいこうか諸君、ウル・カーノ!」

ぼっとコルベールの前に合った大きな筒の根元に火が付く。
ほんの少し時間をおいて、ぽしゅっという音とともにナニかが打ちあがった。

「まさか……」

ドン、と痺れるような爆音を才人は浴びた。
夜空に描かれる少しいびつな菊の花。
打ち上げ花火だ。

「す、すげぇ。
すげぇよコルベール先生!!」

それは日本では二千円も出せば買えるレベルの打ち上げ花火だった。
それでも、才人にとっては懐かしく、ハルケギニア唯一の花火だ。
才人はコルベール教諭に駆け寄り、その手を握ってぶんぶん振り回した。
今彼に尻尾が生えていればそれはもう激しく振られていただろう。

「なに、ほんの少し工夫をしたまでだよ。
発案は彼らだ、彼らに感謝したまえ」
「お前ら最高ォーー!
もーみんな大好きだーーーっ!!」

今度は水精霊四天王の下へ走る。
コルベールの言うほんの少しの工夫。
それは聞くも涙な努力の結晶だった。
彼はまず、火の秘薬を原料に花火を作ってみた。
もっともスケールの小さいねずみ花火だ。
それに発火の呪文をかける、爆発して消し飛ぶ。
彼は考えた。
爆発力を落とそう。
次いで火の秘薬に乾燥した土を混ぜてみる。
火をつける。
消し飛ぶ。
幾度かそれを繰り返す。
失敗する。
さらにアニエスさんを訪ねて必死に頭を下げる。
下げた頭のまぶしさに根負けしたアニエス隊長から銃用の黒色火薬を受け取る。
試みる。
ここでようやくねずみ花火が完成した。
打ち上げ花火に至っては才人が詳しい構造なんか覚えているはずもなく、話半分のことをなんとか再現したのだ。
当初は打ち上げの機構すら思いつかず、高価な風石を仕込んでまで空を飛ばしていた。
なのになぜ彼はそんなさらっと流したのか。
それはコルベール教諭が教師で、才人は生徒だからだ。
教え子にカッコ悪いところを見せたがる教師はいない。
それに、水精霊騎士隊の面々に頼み込まれなければコルベールは花火を作らなかっただろう。
四人そろって、才人に故郷の夏を再現してほしい、と頭を下げに来たのだ。

「きみは本当に、良い仲間に恵まれた……」

水精霊五巨星を見るコルベールの瞳はこれ以上ないほど優しかった。


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