疾る、疾る、疾る。
それは汚染された世界。
それは人の立ち入ることを許されない瘴気に犯された世界。
――汚染物質に満たされた惑星の中において、人間の生存領域は限られている。
レギオス。
自律型移動都市/レギオス、それが僕らの住まう世界。
その中でも世界で最初に造られたのが槍殻都市グレンダン。
それが僕の故郷であり、戦乱の止まない狂った都市と言われる場所。
そして、それを守るために、僕は防護服を身に纏い、土石流の如く迫ってくる汚染獣の幼生体たちに――拳を振り上げた。
「レストレーション」
錬金鋼を復元する。
右手から肩口まで覆う一筋の装甲。
黒ずんだ黒鋼錬金鋼は硬く、剄の伝達力は悪いが頑丈で安価。
周りを走るその他多数の武芸者達が、こちらを見て「あ、やべ」とかいう目で見ているが――既に慣れ切っている。
あまりにも特徴的な錬金鋼の形状、それなりに有名になったのだと自覚している。
腰に着けた本気用の鋼鉄錬金鋼を使わないことを祈りつつ、四肢に剄を流し込み、僕は吼えた。
「天馬流星拳!」
【外力剄衝剄の変化・天馬流星拳】
咆哮と共に吐き出された剄――無数に拡散した衝剄に打ち抜かれて、錐揉みながら放物線を描き、背後へと舞い上がる幼生体たちが爆散。
それに伴い、ひたすらに殴る、殴る、殴る。
大気を叩き殴るような連撃と共にまるで流星が煌めくような衝撃波が撃ち出された。
右の拳を振り抜いて、僕――レイフォン・アルセイフは金稼ぎと生存を賭けての闘争を繰り広げていた。
駄剣のレイフォン こうして彼は駄目になった
彼、レイフォン・アルセイフは駄目人間である。
少なくとも外見上は、駄目というか眼が死んでいる。
幼馴染のリーリンだけは、「レイフォンは優しい子だよ」と褒めてくれるが、他の孤児院たちの子からは「ねえねえ、レイフォンはなんで眼が濁ってるの~?」とか言われるような顔だった。
とてもじゃないが、幼少時はとてもキラキラした将来はイケメンになるね、と言われていた顔ではない。
積極的に汚染獣が出れば「今日は豪勢になるね!」といって飛び出して、自分で倒せるレベルの汚染獣を積極的に蹴散らし。
毎日グレンダンの中でどこから手に入れたのか他都市からの新聞や情報誌などを手に入れて、「ん~、どれぐらいの実力があれば他の都市でも傭兵で稼げるんだろう?」と、首捻ってはバイトや労働に明け暮れている少年であり、それ以外は大体孤児院の中で寝て暮らしている人物である。
如何な武芸者でも、過剰な労働は負担になり、消耗を解消するには休息しかない。
汚染獣の討伐から帰ってきて、ふらふらと千鳥足でソファーに倒れて、すぐに眼を閉じて眠る。見慣れた光景である。
おかげで孤児院の少年たちからは「寝てばっかりの駄目な奴~」とからかわれている始末であり、彼の働きを知っているリーリンとしては憤慨する気持ちがあるのだが。
「どれぐらいの貯蓄があれば僕がしばらくいなくても平気かなぁ」
養父でもあるデルクにせっつき、ギリギリの経営状態などを共に相談するレイフォンの心が子供達のためであることに他ならず、リーリンを宥める彼の心を裏切るわけにもいかない。
例え「あー、世界が綺麗だったら、僕寝て暮らしたいのに」とか時々本気の声音で呟いていても、だ。
武芸の才があり、若干十一歳でありながら雌性体などの討伐にも乗り出し、撃退を成功させているほどだ。
もしかしたら天剣にも成れたかもしれないな、といつかの養父デルクの言葉でもある。
現在空席が一つ有る天剣、その十一の剣に並ぶレイフォン。
それをリーリンは想像しようとして……
「……あれ?」
リーリンは考えて、必死に考えて……まったく思いつかなかった。
宮殿の一角に立ち並ぶいつか見た天剣たち、その横に立つ――激しく目が死んだレイフォン。
「……」
何故だろうか、激しく違和感を感じた。
なんていうか、いちゃいけないんじゃない? と想うような違和感がある光景。
他の天剣がキラキラとした威容を放っていれば、レイフォンが放つのはどんよりとした佇まいと疲れた目である。
違和感だらけだった。
「……レイフォンは、レイフォンよね!」
軽く汗を流しながらも、リーリンは激しく頷いて結論する。
大降りの胸を揺らし、必死に自分を納得させようとする彼女はどこか健気だった。
何故彼が駄目な目をするようになったのか。
それは早すぎる精神の成熟が原因だった。
そう、彼が四歳の頃である。
孤児院での生活、彼を育てる養父の愛情と幼馴染リーリンの存在だけが彼の支えだった。
いつか強くなろう。
乏しい物資、貧しい食事、いつも苦悩するデルクの顔、自分よりも幼い孤児たちの飢えた声。
それが彼を金への執着という形で歪め始めた頃。
「?」
彼は出会った。
グレンダンでも少ない憩いの土地、人の立ち寄ることの少ない名も無き公園にて。
「やぁ」
奇妙な格好をした人間を見かけた。
不思議なことに真っ赤なコート、カウボーイハットを呼ばれる帽子に、紫色の染め上げた髪を揺らした女性がベンチに腰掛けていた。
其処に確かにいるのに、誰も目線を向けない。
ただ幼いレイフォンだけがそちらを見て、気が付いた。
「だれ、おばさん?」
子供らしい愛らしい顔と舌ったらずな声で、愛くるしく疑問を発したのだが。
――次の瞬間、ゲシリっという音と共に地面にキスをしていた。
「おばさんじゃない、お姉さんだ」
「いたーぃ!!」
頭ごと踏まれて、レイフォンが声を上げる。
そして、じたばたしていると、その服の裾を掴まれて。
「で? 君は」
「れ、れいふぉん・あるせいふ!」
名前を名乗り、胸を張った。
行き届いた教育の結果だった。
しかし、彼女は。
「そうか。ま、どうでもいいが」
軽やかに流した。
レイフォンが少しだけむっとしながらも、言葉を続ける。
「おねえさんは?」
「名前は……そうだな、ウィッチと呼べ」
訊ねられて、適当に考えてたとばかりに女性は答える。
「ウィッチ?」
「この時代だと認識されてない言葉かな? まあ、此処で私を認識したのも何かの縁か。よろしく、といっておこう」
「よろしくおねがいします」
挨拶に、挨拶を返した。
そんなレイフォンに気を良くしたのか。
「じゃあ、これをやろう」
女性がポケットから取り出した飴玉。
それをレイフォンは受け取り、久しぶりの甘味に喜びの声を上げた。
「ありがとー」
「ははは、そうだな。なんか才能ありそうだ、これから来てくれれば飴をやろう」
「ほんとう?」
「もちろんだ、ついでにいいことも教えてやる」
「わーい」
典型的な騙され方だった。
デルクは教えてくれなかったのである。
――物をくれるからって、知らない人に付いていってはいけないよ。
という当たり前の教訓を。
それが彼女との出会いであり、レイフォンは数年後こう語る。
「……出会わないほうがいいって、こともありますよね」
そう疲れた声で告げたのだ。
時間は巻き進む。
レイフォンとウィッチと名乗った女性は色んな話をした。
レイフォンは告げる。
孤児院が苦しいこと、デルクや他の仲間たちに楽をさせたいということ、お金が欲しいこと、あとリーリンがいい子だよ、という主張を。
ウィッチは語る。
ならばお金を稼げばいい。あとここはグレンダンだろう、強くなるのが一番だな。あと良い子なら嫁にすればいいじゃない♪ とアドバイスをした。(後日、幼少時レイフォンが、リーリンをお嫁にしてあげるーと告げて、真っ赤になったリーリンが頷いた)
そして、ウィッチは教えた。
「一番手っ取り早いのは天剣になることだが、正直それ以外の方が効率がいいな」
「天剣? なんでー、えらいんでしょ?」
毎日のように聞こえる天剣への武芸者達の言葉が、レイフォンには染み付いている。
しかし、彼女は首を横に振った。
「地位と収入は直結しない、ということだ。それに偉くなれば、早々汚染獣への出撃もしにくくなるだろうしな」
といって、どこかからか買ってきたのか、他の都市における傭兵とかの給料などの載った情報誌をレイフォンに見せながら説明をした。
簡潔にいうと。
グレンダンの傭兵=給料安いが、戦場沢山、ひゃっほぉ! 経験値稼ぎまくりだぜ! ただし死ねます。
他の都市の傭兵=戦場が少ないが、大物を倒せばちやほやされるぜ! 戦闘少なくて欲求不満以外はお金ザクザク!
「ということだ」
「えーと、えーと」
「グレンダンで金策は諦めろ」
「ええー!」
がびーんとレイフォンがショックを受けた。
信じていた現実が打ち砕かれていた。
「あと強くなりすぎても、離してくれなさそうだしなぁ。そこそこ強くて、他のところで出稼ぎが一番賢いな」
「そこそこ?」
「まあ、そこそこだ。私もそこまでは知らんぞ」
といって、ウィッチは話題を変えて色んなことをレイフォンに話した。
ためになる話から、役に立たない話の方が八割ほどあったが、何故か話しているとレイフォンは気が楽になった。
溜め込んでいた悩み事も、彼女の手に掛かれば簡単な方程式のように答えを教えてくれたし、時々騙されて人の悪さも学んだ。
不思議なことに、数年経ち、数ヶ月に一度ぐらいしか立ち寄らないこともあったが、彼女はまるで変わらぬ様子で、いつものように本を読みながら挨拶をした。
一度としてそこから離れた姿も見なかった。
武芸者としての道を目指し、養父からの修行を受け始めた七歳頃の時期である。
「レイフォン、これをやろう」
「?」
彼女から手渡された複数の本があった。
文字は読めなかったが、彼女はこう言った。
「それはとある過去の武芸者たちの歴史書でな、絵と文字で読み物にしたものだ」
「え?」
「その主人公の最初の技、ペガサス流星拳を覚えてみろ。お前ならやれるはずだ」
「ぺ、ペガサス?」
「具体的にはこれだな」
といって、①という文字だけ読める背表紙の本を開いて、なにやら打撃だけで相手を吹っ飛ばす全身に装甲を纏った少年の姿があった。
「剄と書いて、小宇宙。それを燃やせば行けるはずだ」
「こ、コスモ……?」
初めて聞いた単語に、レイフォン七歳の顔が怪訝に歪む。
少々性根がゆがみ、疑い深い歳になっていた。
「フッ。疑うならそれでもいい、まあちょっと読んでみろ。中の文字は横に私が翻訳したのと、あとメモだ」
といって、一枚のメモ用紙でなにやら人の台詞みたいなのが書かれている。
そして、一番端に『聖闘士聖矢』と書かれていた。
本のタイトルだろうか?
武芸者ではなく、闘士?
「ま、読み終わったらまた来い。エピソードGから、ロストキャンバスまで私は持っていたからな」
といって、ごろりとベンチに寝転がった。
しょうがなく、レイフォンはそれを持ち帰り。
ハマった。
瞬く間に単行本二十八巻に、エピソードGから、ロストキャンバス(同じ話のはずなのに絵柄が全然違った)三種の物語をレイフォンは読み終えた。
娯楽の無い孤児院生活に加えて、ちょびっとカッコイイ物にあこがれる年頃である。
染まらぬ理由などどこにもなく。
「燃えろ、僕の剄(コスモ)ォオ!!!」
と、叫びながら道場で衝剄の変形技を練習するレイフォンが其処にいた。
目指すはペガサス流星拳、そして黄金聖闘士への道だった。
そうやって彼は聖闘士の技を(ファン心理で)修得してみせた。
本来ならば他人の剄脈を読み取ることで、真似できる超絶的な才覚をレイフォンは修得していたが。
漫画の中の情報しかない上に、ウィッチの「コスモを燃やし、天馬星座の13の星を描く軌道から秒間百発以上の音速の拳を繰り出すのだ」という曖昧なアドバイスしか得られない。
しかし、それでもレイフォンは滾る若い情熱に任せて修練し、本来のサイハーデン流の剣技を納めつつも、化錬剄などの技術も修得し、擬似的に再現に成功。
これが現在のレイフォンの武芸に対するスペックの始まりである。
その時の頃のレイフォンに関してデルクはこう告げる。
「いささか変わった叫び声や剄技だったが、どこか吹っ切ったように熱中するレイフォンに私は少しだけ安心をした。例え、『ねえねえ、どう殴ったら前から殴って後ろに仰け反りながら吹っ飛ばせるようになるの?』という不思議な質問をしても、私の家族だった」
その頃のレイフォンに関してリーリンはこう言った。
「レイフォンが明るくなって、とても嬉しかったの。でも、時々『リーリン! 僕はリーリンのためなら十二宮だって突破するよ!』 と言ってくれた時のレイフォンは真っ直ぐな目をしていて、とても嬉しかったなぁ。えへへ」
その頃の自分に関して、レイフォンはのた打ち回りながらこう言った。
「やめてー! あの頃は馬鹿だったんだよ! 恥ずかしすぎるよ!!」
一時の熱狂は、後に黒歴史となるものである。
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駄目人間なレイフォンを書いてみたかった。
反省はしているが、後悔はしていない。
レイフォンのスペックなら「馬鹿だね。聖闘士に同じ技は二度と通じないっ」を普通に出来ると思う。
青銅聖闘士の技を使うレイフォンが見てみたかっただけですw
雷光電撃(ライトニングボルト)とか、使うサヴァリスが頭に浮かびましたが、あまりにも普通に出来そうで怖い。
多分続かない。
追記:養父の名前間違えてました。
記憶だけで書いたら駄目ですねww