私の恩師-3: 一緒に仕事を始める

(名前のわからないバラがガレージの屋根の下で無数咲く。5月14日撮影。)

 恩師がよくあるたびに言われた言葉があります。われわれに覚えてもらいたかったのかどうかわかりませんが、以下に下線をしいた言葉がそれに当たります。

 私が博士課程に進学した後、原子核乾板の研究から、電子回路やシンチレーションカウンター、当時最先端のスパークチェンバーを使った、いわゆるカウンター実験に方針を変えました。研究の内容やシミュレーション関係の検討のために、先生と密接に議論するようになりました。

 新たな研究対象を簡単に説明しましょう。超高エネルギー宇宙線が大気に突入して核反応を起こします。多数のパイ中間子やケイ中間子が反応で作られますが、それらが崩壊してミューオンという、透過力の高い素粒子が生まれます。特に、核反応一回で2個以上の高エネルギーミューオンが作られる現象を選び出します。この束になって透過してくるミューオンを「ミュー束」と名づけました。高エネルギーミューオンは地下深く透過していきます。地下500メートルにミューオンを捕らえる観測器を設置します。捕らえられたミューオンは200GeV以上のエネルギー持っています。

 以上から、まず、親の核反応は超高エネルギー反応のみを選べます。次に、ミュー束を選ぶことにより、多くのパイ中間子を生成する核反応、つまり、大気に突入する宇宙線の元素組成、特に鉄のような重元素の割合の情報を得ることができます。超高エネルギー宇宙線が宇宙のどこで生まれているのか大きな謎でした。それを調べる情報のひとつが、元素組成、特に重い元素がどの程度含まれているのかが、鍵を握っていると思われていたのです。

 観測装置の大きさ、大雑把な観測時間を決めておく必要があります。このあたりの検討は、小柴先生と延々と行い、それをノートする仕事をおこなっていきました。当時ミュー束は多くても3,4個くらいのミューオンを捕まえているだけでした。

 3,4個のミューオンじゃ話にならない。研究は人のやらないことをやること。15個以上のミューオンからできミュー束を捕まえるように装置の大きさを決めろ。

 この一言でほとんどが決まってしまいました。3メートル×3メートルの装置が必要です。大きな装置を作る作業も大変ですが、大きな装置を選んだことで、小柴先生もお金の算段をしなければなりませんでした。ここはアメリカじゃなく日本です。小柴先生が金を集めるために苦労するのをじっくり見学することができました。

 国民の血税を使わせてもらって役にも立たない研究をさせてもらっているのだ。徹底的に安くしろ。

 業者さんは小柴先をものすごく恐れて近づきませんでした。小柴先生の叱咤激励はニュートリノの研究を始めてから退官のときまで続きました。この辺も大いに勉強しましたが、根が優しいものですから、小柴先生ほど恐ろしくなれませんでした。

 硬い岩盤の地下500メートルに良質な場所などいくつもありません。奥飛騨に鉛と亜鉛を出す神岡といういい山があり、調べてみると装置を置くのにぴったりの今使っていない穴がありました。ここからは小柴先生の出番です。
小柴先生、神岡を操業する三井金属鉱業のトップとあたりを付けました。先生が古いWVを運転して私や他の学生も同乗して奥飛騨までよくいきました。国民の血税を使うのですから、泊まりはすべて鉱山の各施設をお願いして、食事には毎夕お銚子一本の豪華さでした(鉱山のおごり)。そして、地下の穴の電源回り、装置を置く架台も鉱山にお願いできることになりました、ついでに、50キログラムの重さがある鉛のインゴットをたくさんお借りして、岩から降ってくる電子をどけてミューオンをしっかりと同定することができました。インゴットの借受は無論無償でした。

 小柴先生の腕力を使っても、装置建設のためのお金を予定通りに集めることはできませんでした。このためと、さらに装置建設の遅れが加わり、私の博士論文が完成したのは、30歳の声を聞いた1972年でした。

 データ解析では、私の作った式とその結論を小柴先と毎日のように議論しました。最高18個のミューオンが降ってきたミュー束を見つけました。厳しかったですが、大いに楽しみました。

 博士論文の英語の添削も厳しいものでした。私が書きなぐった草稿を秘書さんが3スペースでタイプします。それを小柴先生が目を通して、文字通り真っ赤に朱が入って戻ってきます。修正した原稿を再び3スペースでタイプしてもらいます。驚くじゃないですか、先生が真っ赤に直した部分が再び真っ赤になってくるじゃないですか。こんなことが何回も続き、ついに見事な英語の博士論文が完成しました。

by fewmoremonths | 2008-05-22 18:00 | 教育


<< 私の恩師-4: お酒の好きな恩... 私の恩師-2 >>