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[29218] 銀の槍のつらぬく道 (東方Project) 【ほのぼの系】
Name: F1チェイサー◆5beb2184 ID:398d58fa
Date: 2011/08/22 23:46
 このたびは当SSに興味を持っていただきありがとうございます。
 当SSは小説家になろうにも掲載されていますので、ご了承ください。

 また、注意点として以下のようなものが挙げられます。

 当SSは東方Projectの二次創作作品です。
 滅茶苦茶過去から始まります。
 主人公はかなり強いですが、濡れたトイレットペーパー装甲です。
 オリキャラがそれなりに出ます。
 なるべく原作の歴史に沿うつもりですが、ずれたりねじれたりするかもしれません。
 ほのぼの系だとは思いますが、途中シリアスだったりギャグだったり。
 
 以上の点に不快感を感じる方は、回れ右することをお勧めいたします。
 拙い文章ではあるかと思いますが、宜しくお願いいたします。



[29218] 銀の槍、大地に立つ
Name: F1チェイサー◆5beb2184 ID:398d58fa
Date: 2011/08/07 22:44
当然のことであるが、全てのものには長短こそあれ歴史が存在する。

 人であれば人の歴史。
 物であれば物の歴史。

 ものによっては気の遠くなるような、とてつもなく長い歴史を持つものもあるだろう。
 そのようなものは時として優れたものであったり、大切にされてきたものであったり、はたまた忘れ去られたものであったりする。
 もし、それらのものに意思があったとするならば、そのものはどんなものを抱えて存在しているのか?


 さて、これから話すのはとても優れたものであり、大切にされてきたにも関わらず、時代の流れと共に忘れ去られたものの話である。
 それが意思を持ち自由になった時、どんな歴史を刻んでゆくのだろうか?
 さあ、早速見てみようではないか。



 * * * * * * * * * *



 「う……ん?」

 暗い部屋の中で何者かが目を覚ます。
 声は少し高めの青年のもので、小豆色の胴着に紺の袴を履いている。
 髪は研ぎ澄まされた鋼のごとき銀色で眼は黒曜石の様な輝きを持つ黒、身長は175cm程度であった。
 やや童顔だが、年齢にして10代後半から20代前半と言ったところであろう。

 「……これは一体どういうことだ?」

 青年は自分の体を手で触っていく。
 青年は困惑しており、事態が飲み込めていない様であった。
 
 ……足りない。

 何故か唐突にそう思った青年は足元に転がっているものをおもむろに拾い上げた。

 そこにあったのは、一本の槍だった。

 槍の長さは3m位の直槍で、全体が銀色に輝くその槍は青年の手に驚くほど馴染むと同時に彼の喪失感を埋めていく。
 そして彼はそれが自分の一部、いや、自分自身であることを何となく悟った。

 青年が周りを見渡すと、そこはどうやら倉庫の様だった。
 その倉庫はもう長いこと忘れ去られていたらしく、様々な物がほこりを被っていた。

 「……」

 青年はおもむろに手にした槍を振るい始める。
 その槍は青年にとって見た目の割に軽く、彼はそれを手足の様に軽々と振りまわして見せる。
 辺りの物にぶつけることなく、一つの演舞の様な槍捌きだった。
 しばらく振りまわした後、青年はその場に座り込んだ。

 「……槍を振りまわしている場合ではないな……」

 全く状況が分かっていない青年はそのまま考え事を始めた。
 まず、ここはどこなのか?
 この先どうすればいいのか?
 そして何より自分は何故人の姿を手に入れられたのか?

 「……全く分からん……ん?」

 青年がそう呟いた瞬間、倉庫のドアが何やらカチャカチャと慌ただしい音をたてはじめた。
 その音に青年は咄嗟に槍を構える。
 しばらくするとガチャッと錠前が外れる音がしてドアが開く。
 突然光が入り、青年はそれに目が眩み思わず目を覆う。

 「力を感じて来てみれば……妙な存在がいたものね」

 そこには青と赤の2色で分けられた服を着た銀色の髪の女性が立っていた。
 青年は即座に槍を構えなおす。

 「あら、私と戦うつもりかしら?」

 女性は余裕の笑みを浮かべて青年に問いかける。

 「……それは貴様次第……ッ!?」

 そこまで言うと青年の頭の中には、どこか見覚えのある精悍な顔つきの男の顔が浮かんだ。

 ―――僕には女の子や子供に手を挙げる気は無いよ―――

 ―――女の子には優しくするのは当然だろう?―――

 その男の念がどんどん青年の心の中にしみ込んでくる。
 青年はそれを受けて、槍の線を殺した。

 「……いや、女子供に向ける刃は無い。失礼した」

 「そう……気配は妖怪だったから襲われるかと思ったけれど、意外と紳士的なのね、あなた」

 青年の言葉を聞いて女性は笑みを深くした。
 
 「訊いても良いかしら? あなたは何者?」

 「……分からない。気が付けばここにいたからな……分かることと言えば俺は多分この槍だったのだろうと言うことぐらいだ」

 女性の質問に青年は眼を閉じてゆっくりと首を横に振る。

 「つまり、自分がその槍だったということしかわからないのかしら?」

 「……ああ」

 青年がそう答えると、女性は青年の肩を叩いた。

 「それなら、私がわかる範囲で教えてあげるわ。あなたみたいな存在は始めてみるけど、大体のことなら想像は付くしね」

 「……良いのか?」

 「もちろん。私の名前は八意 永琳。あなたの名前は……って分からないわよね。困ったわ、なんて呼べばいいのかしら?」 

 困ったような表情を浮かべる永琳の質問に対して青年が考えようとした時、また頭の中にどこか懐かしい男の顔が浮かんできた。
 どうやら前にこの槍を扱っていた男の様だった。

 ―――この……槍が……たけ……まさし……―――

 途切れ途切れに聞こえてくる男の声。
 なんて言っているのかは分からないが、名乗るにはちょうど良さそうだと漠然と考える。

 「……槍ヶ岳 将志(やりがたけ まさし)。そう名乗ることにしよう」

 その言葉を聞いて永琳は満足そうに頷いた。

 「どうしてそんな名前が出てきたかは知らないけれど、良い名前ね。槍ヶ岳 将志、ね。それなら将志と呼ばせてもらうわ」

 「……ああ、宜しく頼む」

 「それじゃあとりあえずここを出ましょう。
 ここは話をするには空気が悪すぎるわ」

 「……了解した」

 永琳に連れられて将志は倉庫を出る。
 外は燦々と日光が降り注いでいて、青空が広がっている。
 将志は日の眩しさに目を細めながら永琳の後をついていく。
 遠くに見える建物はどれも背が高く、天を貫かんばかりの摩天楼群がそびえたっている。
 ここはそれらの建物から離れた場所らしい。
 そして永琳が自動ドアの建物の中に入っていったので後に続いて入ると、中は研究室だった。
 研究室内はたくさんのロボットが働いており、時折ロボット同士で何やら会話をしているようだった。

 「実験室が珍しいのかしら、将志?」

 将志が足を止めて研究室を窓の外から見学していると、永琳が将志に話しかけてきた。

 「……初めて見るからな」

 それに対し、将志は研究室から眼を離さずに上の空で永琳に応えた。

 「後で幾らでも見れるわよ。今はとりあえず話をしましょう?」

 「……ああ」

 将志をそう言うと再び永琳について歩き始めた。
 しばらく歩いて行くと、「八意 永琳」と書かれたネームプレートが付けられた一室に案内された。
 永琳は部屋に入ると緑茶を二人分淹れて出した。

 「……?」

 将志は出されたお茶が何なのか分からず首をかしげる。
 湯呑みを手に持ち、それをじっと眺めては再び首をかしげる。
 その様子が滑稽で、永琳は笑いをこらえるので必死になる。

 「大丈夫よ、別に薬とか入れているわけじゃないんだから飲んでも平気よ?」

 永琳はそう言いながら緑茶に口を付ける。
 それを見て将志はそれが飲み物だと判断して永琳の真似をして湯呑みに口を付ける。

 「……っっ!?」

 「きゃっ!?」

 その瞬間、将志はビクッと一瞬大きく震えて慌てて湯呑みを置く。
 永琳もそれにつられて驚き、思わず湯呑みを落としそうになる。
 
 「ど、どうかしたのかしら?」

 「…………………」

 何があったのか訊ねる永琳に将志はジッと視線を送る。
 そして、たっぷりと間を開けた後。

 「…………熱い」

 と真顔で言うのだった。

 「…………(ふるふるふる)」

 真顔で当たり前のことを言う良い歳した男がツボに入ったのか、永琳は腹を抱えてうずくまった。
 将志は訳が分からず首をかしげる。

 「……何事だ?」

 「……~~~っっっ、い、いえ、何でもないわ……それより、あなたのことについて分かることを話しましょう」

 永琳は眼の端に涙を浮かべながらそう言った。

 そして永琳の話が始まった。
 その内容を要約するとこのようなものだった。

 ・将志は長い年月を経た槍が妖怪化したものである。
 ・槍そのものは大昔にこの町の警備隊が扱っていたもので、理論的には壊れたりすることが絶対にない。
 ・将志自身は生まれたばかりの状態であり、人間で言うなれば赤ん坊と同じ状態である。
 ・妖怪と人間は相容れないものであり、本来であるならばすぐにでも抹殺されてしまう存在であること。

 将志は真剣にこれらの話を聞き、自分の中の知識として取り入れた。
 全てを話し終わると、永琳はお茶を飲んで一息ついた。

 「それで、何か質問はあるかしら?」

 「……何故俺は殺されない?」

 将志は聞いて当然の質問を永琳に投げかける。
 永琳はそれに笑みを浮かべて答えた。

 「まず一番の理由があなたに敵意が感じられないからよ。これはあなたの生まれが関係しているのでしょうけれど、元々人間を守っていたものが変化したからだと考えられるわ。二つ目はあなたに利用価値があると考えられるから。後で体力テストをするけれど、それ如何によってはあなたがいることは私にとってプラスに働くわ。最後に私の単純な興味。人間に育てられた妖怪がどんなふうに育つかと言うことが純粋に気になるのよ。これが私があなたを殺さない理由。わかった?」

 永琳の言葉を聞いて再び将志の脳裏に自分の使い手だったと思われる男の顔が浮かんでくる。
 
 ―――誓おう、僕はあなただけは絶対に守る。この槍に誓って、この命に代えても―――

 ―――ぐ……う……ごめんよ……どうやら先に逝くことになりそうだ……―――

 男は目の前の人物に槍を掲げ、誓いを立て、戦場の中で朽ちていった。
 その心情が将志の心に流れ込み、真っ白な心を少しずつ染めていく。
 真っ白な心を染め上げたのは忠誠と戦士としての誇り、そして志半ばで散った男の無念。
 その忠誠心の方向は命を拾った永琳へ。
 将志は気が付けば槍を掲げていた。 
 
 「ま、将志?」
 
 「……誓おう。俺は主を今度こそ絶対に守る。俺の槍に誓って、命に代えてもな」
 
 突然の将志の宣言に永琳は唖然とする。
 いくら赤ん坊と同じくらい純粋だからと言って、まさかここまで言われるとは思っていなかったのだ。

 「……将志? 主ってどういうことかしら?」

 「……本来俺は何も分からず殺されるはずだった。だが、主は俺を見つけて知識を与えてくれた。言ってみれば命の恩人とも呼べる。主と認めるには十分すぎる。頼む、俺の主になってくれ」

 永琳は額に手を当ててため息をついた。
 この将志の状況を見てとある現象に思い至ったのだ。

 それは刷り込み。
 生まれたばかりの雛が初めて見たものを親だと思い込んでついて来る現象である。
 そして将志はまさに生まれたばかりであり、永琳はそれを拾い上げたのだ。
 刷り込みが起こっても何の不思議もないのだった。

 「……まあ、どの道あなたにはここに居てもらうつもりだったから良いけど」

 「……ありがたい。それではこれから宜しく頼む、主」

 将志は恭しく永琳に頭を下げた。
 永琳はそれを若干苦笑しながらそれを受ける。

 「そんなに堅苦しい態度しなくて良いわよ。それよりも今からあなたのことをもっとよく知りたいから、少しテストをさせてもらいたいのだけれど良いかしら?」

 「……構わない」

 そう言う訳で将志は永琳が出すテストに挑んだ。

 まず、50m走。

 「…………」

 「……どうかしたのか、主。遅かったのか?」

 「……いえ、流石は妖怪ね……」

 タイム、0.01秒なり。
 マッハ越えてるとか知らん。


 槍投げ。

 「はあああああああ!!!!」

 「……」

 「……」

 「…………;;」

 「……取ってくる」


 記録、測定不能(推定飛距離10km以上)



 重量挙げ

 「……ふんっ!!」

 「はい、測定不能ね」

 記録 100tオーバー(プレス機を耐える)



 耐久力

 「あっ」

 ごつん。
 がちゃーん。
 バタリ☆

 「……む、無念……(がくっ♪)」

 「何でこれだけ人間以下なのよ……しかも高所からの着地とかは平気なのに……」

 耐久力、濡れたトイレットペーパー程度。(頭上10cmからの湯呑み落下に耐えきれず、また石につまずいてコケ失神)
 


 テスト終了後。
 
 「何か色々と矛盾する結果が出てるけれど、正直妖怪だとしても生まれたばかりとは思えないスペックね。……一体何があなたをこんなに強い妖怪に仕上げたのかしら?」

 「……分からない」

 テスト結果を見て、永琳は苦笑いを浮かべて頭を掻いた。
 将志はその様子を見て何が問題なのだろうかと首をかしげる。
 とりあえず、豆腐を肩に投げつけられて脳震盪を起こす軟弱っぷリは問題であろう。

 「……主、次は何をすればいい?」

 「そうね……これほどの力を持っているなら能力を持っていてもおかしくは無いわね。今度はそれをチェックしてみましょう」

 「……了解した。それで、どうすればそれが分かる?」

 「そうね……眼をつぶって、自分の中を覗いて見る感覚でやってみなさい。こればっかりは感覚でしかないから、上手く行くかどうかは分からないけどね」

 「……やってみよう」

 将志は眼を閉じ己が内に埋没していった。
 そうしているうちに心の中が段々と静まっていき、己の中身が見渡せるようになってきた。
 そんな中、段々と頭の中に浮かんでくるものがあった。


 『あらゆるものを貫く程度の能力』


 その言葉が見えた瞬間、将志は眼を開いた。

 「どうだった?」

 「……主。俺の能力は『あらゆるものを貫く程度の能力』らしい」

 「能力まで完全に攻撃特化なのね……防御に使える能力なら良かったのだけど……」

 永琳はそう言いながら頬を掻いた。
 その様子を見て、将志はわずかながら眉尻を下げた。

 「……期待に添えなかったか……」

 「え、あ、ああ!! そう言う訳じゃないのよ!? 生まれてすぐなのに能力を持っていた時点で万々歳なんだからそこまで気にすることは無いわよ!?」

 肩を落とす将志に永琳は慌ててフォローを入れる。
 将志はそれを受けて少しだけ顔を上げる。

 「……そうなのか?」

 「ええ、そうよ。ただでさえ能力持ちはそんなに多くないのに、生まれてすぐで能力を持っているのはもう滅多にいないわよ。だから気を落とさないでむしろ喜ぶべきよ?」

 「……そういうものなのか?」

 「そういうものよ」

 「……そうか」

 そう言うと将志は嬉しそうに口角を吊り上げた。
 永琳はそれを見て思った。

 (……なんだか将志って犬みたいね……)

 永琳は試しにそこらにおいてあった木の棒を拾ってきた。
 そして将志の前に立つと、

 「将志、取ってきなさい!!」

 と言って木の棒を遠くに投げた。

 「……御意!!」

 すると将志は即座に猛スピードで木の棒に向かって走っていった。
 そして数秒もしないうちに戻ってきた。

 「……取ってきたぞ主……どうかしたのか?」

 「…………(ふるふるふるふる)」

 木の棒を取ってきどこか誇らしげな将志を見て、永琳は腹を抱えてその場に座り込んだ。
 笑いをこらえることに必死で、その肩は小刻みに震えている。
 もう永琳の眼には、将志に犬の耳と尻尾が付いているように見えてしょうがないのだった。

 「……主?」

 「い、いえ、何でもないわ……と、とにかくあなたの能力が分かったのだから、今度は実践してみましょう」

 永琳は息も絶え絶えにそう言うと、何とか立ちあがって移動を始めた。
 将志も槍を持って永琳の後ろについてゆく。
 すると目の前には巨大な金属の塊が置いてあった。

 「……主、次は何を?」

 「次はこの金属塊に穴を開けてみて欲しいのよ。まずは能力を使わずに槍で普通に突いてみて」

 「……了解した。はああああああ!!!!」

 将志は槍を水平に構え、何も考えずに自分に出せる最速の突きを放った。
 
 「ぐっ!?」

 しかし、目の前にある金属塊は固く、絶対に壊れない槍を持ってしてもわずかに傷が付く程度だった。

 「やはり無理か。それじゃあ、今度は目の前にあるものを貫通できるように能力を使ってついて御覧なさい」

 「……御意」

 永琳の言葉に将志は再び槍を構える。
 今度は意識を槍の先端と相手に集中させる。
 そして相手を貫くイメージが出来上がると同時に、自らの出せる最高の一撃を繰り出した。

 「でやああああああ!!!」

 すると今度はほとんど手ごたえ無く、まるでプリンを楊枝で突き刺したかのような感覚であっさり槍は金属塊を貫通した。

 「ぐおおおおおっ!?」

 勢い余って、将志は金属塊に顔面から突っ込んだ。

 「……あら」

 ぴくぴくとその場に倒れて痙攣する将志を、永琳は呆然と見つめる。
 永琳はしばらくしてから懐に忍ばせておいた救急キットを取り出して将志の手当てをした。
 すると、すぐに将志は意識を取り戻した。

 「大丈夫かしら、将志?」

 「……ああ……手間取らせてすまん……」

 「落ち込む必要は無いわよ。まさかあんなにあっさり貫通するとは思わなかったもの。さ、そんなことより次行きましょう。次は能力を使いながら指で軽く突いてみて」

 「……了解」

 将志は今度は金属塊に軽く指を埋没させるイメージで金属塊を押した。
 すると、金属塊の中にずぶずぶと指が沈み込んで行く。

 「……これでどうだ、主」

 「ええ、上出来よ。とりあえず、これであなたの能力がどんなものなのかは大体わかったわ。まだ実験し足りない部分もあるけれど、今日はもう遅いから明日にしましょう」

 「……了解した」

 褒められてうれしいのか、将志の顔にうっすらと笑みが浮かぶ。
 永琳はそれに笑い返すと、夜の帳が落ち始めた外に向かって歩き出した。 



[29218] 銀の槍、街に行く
Name: F1チェイサー◆5beb2184 ID:94c151d5
Date: 2011/08/08 20:37
 日もまだ出ていない、遅い月が地上を照らす早朝の中庭に風切音が響く。
 その音を辿ってみると、そこでは銀髪の青年が自分の身長よりも遥かに長い槍を振りまわしていた。
 突き、薙ぎ払い、切り上げ、打ちおろしと、銀の軌跡が流水のごとくつながっていき、くるくると舞い踊るかのように青年は槍を振るう。
 そんな青年のことをジッと無言で眺め続けている女性が一人。
 
 「……主、どうかしたのか?」

 「いいえ、たまたま近くに来たから見ていただけよ。素人目に見ても見事な動きだったわ、将志」

 「……そうか」

 眺めている女性、永琳に気が付いた将志は槍を操る手を止め、永琳の元へ行く。
 永琳が感想を述べると、将志は嬉しそうに薄くだが笑った。

 「ところで、こんな時間に何でここで槍を振っていたのかしら?」

 「……何か拙かったのか?」

 「ああいえ、そう言うことじゃないわ。ただ単に理由が知りたかっただけよ」

 槍をふるっていた理由を訊かれて、将志は何か失敗をしたのかとうろたえ始める。
 それを見て、永琳は苦笑しながら言葉を足した。

 「……そうだな……何故かそうしなければならない様な、そんな気分がした。何と言うか、体が槍を求めている、そんな感じだ」

 手にした槍を見て、不思議だと言わんばかりの表情を浮かべる将志。

 「そう……ひょっとしたら、それが持ち主の習慣だったのかもしれないわね」

 「……俺の持ち主か……」

 永琳は少し考えてからそう口にし、それを聞いた将志は槍をじっと見つめたまま、脳裏に浮かぶ懐かしい顔の男を思い出した。
 しばらくして、永琳が笑顔で将志に話しかけた。

 「そうだ、せっかくだからもう少しあなたの槍捌きを見せてもらえないかしら? あなたの槍、月明かりで光ってとても綺麗に映るのよ」

 「……了解した」

 将志は短く言葉を返すと、再び槍を振り始めた。
 月明かりに照らされ、冷たく輝きながら銀の槍は舞う。
 その様子を少し離れて永琳がどこか楽しそうに眺める。
 その光景は、月が沈み柔らかい朝日が二人を照らし出すまで続いた。

 「……どうだ?」

 槍捌きを止め、将志は永琳に自分の槍の感想を聞く。
 すると、永琳は拍手をしながら答えた。

 「綺麗だったわよ。思わず見とれてしまうくらいには、ね。……んー!!! さてと、朝日も昇ったことだし、そろそろ……あ……」

 永琳は伸びをして朝日を見つめたまま固まった。
 そして恐る恐るポケットから懐中時計を取り出し、時間を確認する。

 「……どうした?」

 「し、しまった~っ!! 今日よく考えたら学会じゃない!! そうよ、そのために私早くここに来たんじゃないの!! ああもう、もう朝ご飯食べる時間もないわ!!」

 永琳は眼に見えて慌て始め、大急ぎで研究室に駆けていく。
 将志はその横に並走してついていく。

 「……俺のせいか?」

 「いえ、そう言う訳じゃないけど……どうしようかしら、今からタクシー拾って間に合うかしら……?」

 悲しそうな声を出して問いかけてくる将志に、時計を見ながらそう返事をする。
 永琳がタクシーを拾って間に合うかどうか考えていると、俯いていた将志が顔を上げて話しかけてきた。

 「……主。場所、分かるか?」

 「え? ええ、分かるけれど……」

 「……送っていこう。主が走るよりは早い」

 将志の申し出に永琳は額に手を当てて思案した。

 凄まじい身体能力を持つ将志の背に乗っていけば、確かに今からでも時間前に付くだろう。
 しかし、人間に敵意が無いとは言え彼は妖怪、人前に姿を見せるのは極めて危険だ。
 しかし今日の学会は自分にとって、いや、人間にとってとても重要な発表である。
 それに遅れるのは言語道断であり、この機を逃せば二度と世に出ることは無いだろう。

 「……背に腹は代えられないわね。ありがとう、それじゃあお願いするわ。その代わり、妖力をしっかり抑えなさいよ?」

 「……御意」

 そう言うと、将志は身支度をして外に出た。
 外に出て、将志の背に永琳が乗り、将志は両手でそれをしっかり支えている。
 槍は間違っても主に傷が付かないようにと、永琳が背中に背負う形になっていた。

 「……忘れ物は無いか、主」

 「ええ、無いわよ。それじゃあ、お願いね」

 「……ああ。しっかり掴まっていてくれ」

 そう言うと将志は急ぎの主を一刻も早く送り届けるため、地面を蹴り猛烈な勢いで走りだした。
 突然の急加速に永琳は驚いて将志の首にしっかりつかまる。
 周りの景色は永琳が想像していたよりもはるかに速く後ろに流れ去っていた。

 「きゃああああああ!? ちょっと将志、速すぎるわ!! それからもっと人目に付かないところを行きなさい!!」

 「……失礼した」

 永琳がスピードを落とすように言うと将志は少し残念そうにそう言ってスピードを落とし、人目に付かないようにビルの屋上を飛び移ることを繰り返して走ることにした。
 スピードが落ちたことで落ち着きを取り戻したのか、永琳は現在位置を把握して将志に正確に目的地の方角を伝える。
 将志はそれをもとに行き先を決め、摩天楼の上を颯爽と駆け抜けていった。

 「……ここか?」

 「……え、ええ……」

 「……時間は大丈夫か?」

 「……ええ……10分前よ……」

 目的地のビルの屋上から飛びおりて、入口の前に着地する。
 将志が確認を取ると、永琳は少し疲れた表情でそれに応えた。

 「ふう……ありがとう、将志。おかげで助かったわ。帰りも見つからないように注意して帰りなさいよ?」

 「……了解した」

 永琳は少し深呼吸をすると、花の様な笑顔を浮かべて将志に礼を言った。
 将志はそれをわずかに笑みを浮かべて受け取ると、再び摩天楼の上に駆けて行った。

 
 *  *  *  *  *

 
 時は巡って日が沈み、再び空に月が昇った頃、永琳が学会から研究所に帰ってくると、何やら良い匂いが研究室内から漂ってきていた。
 
 「あら……これは?」

 香ばしい醤油の匂いが漂ってくる研究所の一室を覗いてみると、そこでは銀髪の青年が和服にエプロンと言う服装でガスコンロの前に立っていた。
 近くのテーブルを見てみると料理のレシピの本が広げてあり、何度も読み返したのかそのページは指紋だらけになっている。
 その隣には見本通りにきっちり作りこまれたかぼちゃの煮つけ、そして味噌汁と炊きたての御飯が出来上がっていた。
 そして現在、フライパンの上でたれにしっかりと付けこまれた豚ロース薄切り肉が焼かれていた。
 なおこの部屋には最新の調理器具がそろっていたが、将志には使い方が分からなかったらしく全て鍋やフライパンで調理されていた。

 「む……帰ったか、主」

 「あ、あなた何をしているのかしら?」

 永琳が調理場に入ってくると、将志は永琳の気配を察して声をかけた。
 永琳が声をかけると、将志は少し不安そうな表情で答えた。

 「……今朝方、主は朝食を摂ることが出来なかった。だが今日俺が送っていった時、時間は10分残っていた。と言うことは食事の準備を俺がしていれば主はわずかでも朝食を摂れたはずだ。ならば俺が食事を用意することが出来れば、忙しい主の手伝いになると思ったのだが……」

 実は将志は永琳を送った後ずっとそれについて考えており、それが彼を料理させるに至っていた。
 しかも、主にがっかりされたくない一心で何度も何度もずっと調理場で練習を繰り返していたのだった。
 恐るべきは将志の主人愛と言ったところであろう。
 将志が伺いを立てる様にそう言うと、永琳はしばし驚嘆の表情を浮かべた後、にこやかにほほ笑んだ。

 「ふふふ、ありがとう。それじゃあお願いしても良いかしら?」

 「……任された。今はまだ献立も少ないが、その辺りは勉強させてもらおう」

 永琳の言葉を受けて将志は満足げに頷いて足取り軽く調理場に戻っていく。

 「…………(ふるふるふるふる)」

 そんな将志に、永琳は嬉しそうにパタパタと振られる犬の尻尾が付いているのを想像して思わず笑いそうになり、俯いて肩を震わせる。
 しばらくして豚の生姜焼きが焼きあがり、千切りキャベツとくし切りのトマトと共に皿に盛り付けられて永琳の前に運ばれてくる。
 
 「……待たせた」

 「いえ、そんなに待ってなんかないわよ。さあ、食べることにしましょう?」

 「……?」

 永琳の言葉に将志が首をかしげる。
 そんな将志を見て、永琳はとあることに気が付いた。

 「将志? あなた、自分の分はどうしたのかしら?」

 「……考えていなかった。失敗作を食したからな」

 キョトンとした表情でそう言う将志に、永琳は苦笑した。

 「そう。次からは一緒に食事を摂りなさい。そうすれば後片付けの手間も省けるでしょう?」

 「……了解した。次回からは主と共に食事を摂るとしよう」

 将志はそう言うと使った調理用具を片付け始めた。
 鍋にフライパン、ボールに槍にまな板と将志は洗っていく。
 その様子を見て永琳は眼を丸く見開いた後、目じりに指を当てて溜め息をついた。

 「……将志。何で槍を洗っているのかしら?」

 「……槍を調理に使ったからだが……」

 「包丁はどうしたのかしら?」

 「……無かった」

 永琳が調理器具の入った棚を確認すると、確かに包丁が入っていなかった。
 永琳は一つため息をついた。

 「将志、明日包丁を買いに行くわよ」

 「……俺が外に出るのは拙いのではないのか?」

 「大丈夫よ。見た目は人間なんだから妖力を抑えることが出来ればそう簡単にバレたりはしないわ。そのための道具もちゃんと作って、今日完成したはずだから安心しなさいな」

 「……かたじけない」

 永琳の言葉に将志は深々と頭を下げた。
 それを受け取ると、永琳は席に戻った。

 「それじゃあ、冷める前にいただくわ」

 「……ああ」

 永琳は目の前に置かれた豚の生姜焼きに手を付けた。
 口の中に入った瞬間、醤油だれと肉の旨みが全体に広がる。

 「……どうだ? 口に合えば良いんだが……」

 「基本に忠実な味でおいしいと思うわ。初めて作ったにしては上出来だと思うわよ」

 感想を訊いてくる将志を永琳は素直に褒める。

 「……そうか……」

 しかし、帰ってきた反応はどこか不満そうなものだった。
 将志の満足そうな微笑が見られると思っていた永琳は思わず首をかしげた。

 「……どうかしたのかしら?」

 「……いや、自分で味見をしたときに何かが足りない様な気がしたのだ。それが何なのかは分からんが……」

 そう言うと将志は腕組みをしながら考え事を始めた。
 一方、将志の発言を聞いた永琳は納得がいったようで、頷いていた。

 「そう言うこと……なら、色々と研究してみれば良いと思うわよ? 色々試してみて、それで自分がおいしいと思うものが出来たら、また私に食べさせてちょうだい」

 「……了解した」

 将志は一つ頷いて食事を摂る永琳の前に座り、緑茶を飲んだ。
 主のために最高のお茶の淹れ方をマスターすべく今日一日で5リットルは飲んでいるそれを、将志は味を確かめる様に飲む。
 将志はそれを飲んで少し顔をしかめると、永琳の前に置かれた湯呑みを取り上げて流し台に向かおうとする。

 「あら、どうかしたのかしら?」

 「……茶を淹れるのに失敗した」

 「別に良いわよ。喉が渇いているからそのお茶ちょうだい」

 「……俺の出せる最高の物では無いんだが……」

 「それでもよ。それにおいしいかどうか判断するのは私でしょう?」

 「……了解した」

 将志は苦い顔を浮かべて永琳の前に湯呑みを戻す。
 永琳はそれを受け取ると、湯呑みに口を付けた。
 少し冷めてしまっているが、お茶の旨みは十分に永琳の口の中に広がった。

 「ふう……これ、十分においしいわよ? 何でこれを捨てようなんて思ったのかしら?」

 「……俺が一番うまいと思ったものよりも甘みが少し足りない。恐らく、温度の調節が甘かったんだろう」

 「淹れてもらえるなら私は文句は言わないわよ?」

 「……それでもだ。俺は主には常に最高の物を出していきたい。これは俺の意地だ」

 将志は永琳の眼を真正面から見据えてそう言った。
 そのあまりに真剣な表情に、永琳は思わず笑みを浮かべた。

 「ありがとう。でも、程々にしときなさいね? 張りつめた糸ほど切れやすいのだから、少しは妥協を覚えないとダメよ?」

 「……善処しよう」

 そっぽを向いておざなりに答える将志。
 明らかに善処する気のないその態度に、永琳は苦笑するしかなかった。


 *  *  *  *  *


 翌日の朝、朝日がさす中庭で将志が槍を振っている所に永琳がやってきた。
 主がやってきたのを確認すると、将志は手を止め主の所にまっすぐやってくる。

 「おはよう、将志。今日も精が出るわね」

 「……おはよう、主。朝食ならすぐに作るから少し待っていてくれ」

 「ああ、その前に一つ渡しておくものがあるわ」

 永琳はそう言うと将志にペンダントを手渡した。
 ペンダントは曇りのない真球の黒曜石の周りを銀の蔦で覆ったようなデザインをしている。

 「……これは?」

 「あなたが妖怪だと思われないように妖力を抑える道具よ。これを付けていればあなたも町の中を堂々と歩くことができるわ」

 「……ありがたい。早速つけさせてもらおう」

 そう言うと将志はペンダントを首にかけた。
 将志は動作を確かめるべく体を動かす。

 「どうかしら? 何か違和感はある?」

 「……いや、特には無い。強いて言うならば体から漏れ出していたのが閉じたような感覚があるだけだ」

 手を開いたり閉じたりしながらそう話す将志に、永琳はホッとした表情を浮かべた。

 「そう、特に問題は無いのね。それじゃ、今日は朝ごはん食べたら買い物に出かけましょう」

 「……了解した」

 将志と永琳は朝食をとると身支度をして外に出た。
 なお、朝食は将志が前日の夜に死ぬほど練習を重ねたふわふわのオムレツだった。


 *  *  *  *  *


 町に出た二人はまるで誘われるかのように摩天楼群の中にぽつんと存在する古めかしい金物屋に向かい、包丁の棚を覗き込んだ。
 そこには鉄も斬れることを謳い文句にした包丁や、何に叩きつけても切れ味が落ちないことを売りにした包丁など様々な包丁があった。
 
 「それじゃ、この中から気に入った物を選びなさいな。お金なら馬鹿みたいに高いものを買わなければ大丈夫だから、心配しなくて良いわ」

 「……了解した」

 将志は一つ頷くと包丁をじっと見つめ、良さそうなのを手にとって握る。
 次々と試していく中、将志の眼にとある一本の包丁が目にとまった。

 その包丁は何気なく棚に並んだ、ありふれた三徳包丁。
 しかし、将志はその一本だけが輝いて見えた。
 将志は『六花(りっか)』と銘打たれたそれを手に取る。
 すると、その包丁は将志の手に驚くほど馴染んだ。

 「おや、その包丁が良いのかい?」

 将志が包丁を眺めていると、その店の店主が将志に声をかけてきた。
 店主は将志を興味深そうに見つめると、包丁について語りだした。

 「その包丁はこの店にある物の中でも一等古くてね、ずっと昔からここにある包丁なんだよ。それで良いのかい?」

 「……ああ。俺にとってはこれが一番良い」

 「そうかい。はあ……ようやくこの包丁も使い手を選んでくれたかね」

 店主は感慨深げにそう呟いた。
 店主の言葉に、将志は首をかしげた。

 「……使い手を選ぶ?」

 「あたしの店にある包丁はねえ、そこらの大量生産品と違って一つたりとも同じ包丁は無いんだよ。それで、包丁は自分で使い手を選ぶんだ。自分を大事に使ってくれる使い手をね。この店の包丁を衝動買いしたくなったりした時は、うちの包丁が使い手を呼んでいる時なのさ」

 店主はそう言いながら、大量に包丁が並んだ棚を見やった。
 その棚の包丁は静かに佇んでおり、将志にはそれが未だ見ぬ自らの使い手を求めているように見えた。
 ふと手元に眼を落すと、手元にある包丁はキラリと満足そうに輝いた。

 「……そうか。と言うことは、俺もこの包丁に呼ばれてここに来たのか?」

 「そうだろうねえ。まあ、大事に使ってくりゃれ」

 将志は店主に包丁の代金を支払い、金物屋を後にした。 


 *  *  *  *  *


 「気に入ったのがあって良かったわね、将志」 

 永琳は手元にある梱包された包丁をじっと眺める将志に声をかける。
 将志は永琳の声にしばらくしてから言葉を返した。

 「……俺も、この包丁の様に主を呼んだのだろうか?」

 「……将志? どうかしたのかしら?」

 「……いや、何でもない」

 永琳に短く答えを返すと将志は包丁から顔を上げる。
 永琳は将志が何を考えていたのか気になったが、深く追求することはしなかった。

 「そうだ、最近このあたりにおいしいコーヒーや紅茶を出してくれる喫茶店が出来たのよ。将志、そこに寄っていかない?」

 「……主が望むなら行くとしよう」

 「決まりね。それじゃ、行くとしましょうか」

 そう言うと、二人は摩天楼群から少し離れたところにある路地にやってきた。
 そこには鉄筋コンクリートの建物に挟まれた、小綺麗なログハウスがあった。
 永琳はそのログハウスのドアに手をかけ中に入る。
 まだ開店して間もないせいか、店内の客は永琳と将志の二人だけの様だった。
 店員に案内されてカウンター席に座ると、永琳が話を始めた。

 「この店、機械化が進んだ最近じゃ珍しい全てが手作業の店なのよ。噂では機械じゃ出せない絶妙な味が味わえるって話なんだけど」

 「……ほう……」

 永琳の話を将志は興味深いと言った面持ちで聞く。
 しばらくすると、店員がメニューを持ってきたので二人は注文をすることにした。

 「そうね……ラムレーズンのシフォンとミントティーを頂けるかしら?」

 「……ブレンドを頼む」

 「かしこまりました。それでは今からご用意いたしますので、お時間が掛りますがしばらくお待ちください」

 店員がオーダーを伝えると、マスターがカウンターの前に来て湯を沸かし始めた。
 湯が沸くと、マスターは流れるような手つきで紅茶とコーヒーを淹れていく。

 「…………」

 その様子を将志がじっと眺めている間にコーヒーも紅茶も完成し、出来あがったオーダーを店員が受け取ると二人の前に持ってきた。
 紅茶とコーヒーの香ばしい香りと甘いシフォンケーキの匂いが漂ってくる。
 永琳はミントティーを口に含むとリラックスした表情を浮かべた。

 「ふぅ……評判どおり、機械で淹れるよりもおいしいわね」

 「……そうか」

 将志の頭の中で『人の手>機械』という図式が出来上がる。
 そして将志は目の前に置かれたカップを口に運び、コーヒーを飲んだ。

 「……ッッ!!!」

 口の中に広がる心地の良い苦みとほのかな酸味とかすかに甘い後味、そして芳醇な香りが脳まで突き抜けていく。
 その瞬間将志は凄まじい衝撃を受け、カッと目を見開いた。

 「……美味い……」

 将志の頭の中ではあまりの美味さに見ず知らずのオッサンが口から極太のビームを発射して叫んでいた。
 将志は口の中でコーヒーを転がしながら飲み、しっかりと味わった後で永琳に話を切り出した。

 「……主、相談がある」

 「ん? 何かしら?」

 シフォンケーキを口に運んだ状態の永琳が将志の方を見る。
 将志はこれまでに無いほど真剣な目をして、

 「……お代りを頼んでも良いか?」

 と、のたまった。

 「…………(ふるふるふるふる)」

 あまりに真剣な表情で、あまりにくだらないことを言い出す将志に永琳は撃沈した。

 「あ、主、どうかしたのか?」

 机に突っ伏し肩を震わせて笑いをこらえる永琳に将志は困惑する。
 『……』が付いていないことからかなりうろたえていることが分かる。
 永琳はこみ上げる笑いを何とか落ち着かせて、ミントティーを飲んで一息ついた。

 「ふぅ……いいえ、何でもないわ。良いわよ、それ位なら」

 「……かたじけない」

 再び店員にオーダーをし、マスターがコーヒーを淹れ始める。
 その様子を将志は穴があくほど凝視する。
 そんな将志を見て、永琳は将志が何をしたいか察した。

 「……お金、足りるかしら?」

 永琳はこの後も注文しまくるであろう将志を見て、乾いた笑みを浮かべた。

 その後、案の定将志はコーヒーを何度も注文し永琳に泣きつかれ、己の不忠に大いに凹むことになるのだった。
 
 



[29218] 銀の槍、初めて妖怪に会う
Name: F1チェイサー◆5beb2184 ID:398d58fa
Date: 2011/08/09 22:27
 皆が寝静まった静かな夜。
 空高く上った蒼い月の下で銀の槍が風を切る。
 その槍の担い手である槍とおそろいの銀の髪の青年、将志は一心不乱に槍を振り続けている。

 「……せいっ、ふっ、やあっ!!」

 体が覚えている動きを自らの出せる最高速度で繰り出していく。
 その結果、槍の形は眼に捕えられなくなり、見た目には現れては消える銀の軌跡だけが見える状態になっていた。
 将志は何も考えず、ただひたすらに槍を振り続ける。

 「いや~すごいね♪ 何度見ても惚れ惚れするよ♪」

 「……ッ!!」

 「ひゃあ」

 突然後ろから声をかけられ、将志はとっさに槍を声がした方へ突きだすと、声の主は突然の攻撃に驚きの声を上げた。
 将志が振り向いた先には、フリルのついた黄色いスカートとオレンジのジャケットを着て、赤い蝶ネクタイと赤いリボンのついたシルクハットを身に付けた小柄な少女が倒れていた。
 スカートには四方にトランプの柄が1種類ずつ描かれていて、ちょうど同じ色の柄が対面に来るようになっている。

 「……誰だ」

 将志がそう問いかけると、少女はむくりと起き上がり近くに落ちていた黒いステッキを拾い上げ、近くに転がっていた黄色とオレンジの二色に分けられたボールの上に飛び乗った。
 少女はうぐいす色のショートヘアーの頭をさすると、将志に向かって話しかけた。

 「あいたたたた……ひどいなぁ~、突然攻撃するなんて♪」
 
 「…………誰だ」

 「きゃあ! ちょ、ちょっと待って、そんな怖いもの突き付けられたら僕泣いちゃいそう♪」

 槍をつき付けられた少女は軽い口調でそう言いながら器用に乗っているボールを転がして後ずさる。
 その様子に将志は引き続き警戒をしながらも一旦槍を収める。

 「やれやれ、いきなり槍を突き付けられるとは思わなかったよ♪ 女子供に手を上げない紳士な君はどこに行ったのかな♪」

 「……主に危害を加えるのであれば例え女子供であっても容赦しない。もう一度聞く、お前は誰だ?」

 将志が再度そう問いかけると、少女はよくぞ聞いてくれましたとばかりに手を叩いた。
 
 「僕の名前は喜嶋 愛梨(きしま あいり)、しがないピエロさ♪」

 喜嶋 愛梨と名乗った少女は、歌うようにそう言いながら帽子をとってボールの上で深々と礼をした。
 その様子を、将志は怪訝な顔で眺めた。

 「……こんな時間に出歩くと言うことは、お前は妖怪か?」

 「その通り♪ 僕は妖怪だよ♪」
 
 「ちっ!!」

 「うきゃあ」

 将志が槍を横に薙ぎ払うと、愛梨はそれを後ろにジャンプして避ける。
 将志はそれに追撃を加えようとすると、慌てた表情で愛梨が声を出した。

 「待って待って待~って!! 僕は別に人間を襲うつもりは無いよ!! 僕が用があるのは君さ♪」

 そう言う愛梨に将志は槍をピタッと止める。

 「……俺に、何の用だ?」

 「君を笑わせに来たのさ♪」

 槍を構えたままそう訊ねる将志に、愛梨はウィンクしながら答えた。
 将志は訳が分からずに首をかしげる。

 「……何故そんなことを?」

 「そうだね、君が槍を振るうのと同じ理由かな♪」

 「……どう言うことだ?」

 「そういう妖怪だからさ♪」

 将志の質問に愛梨はボールの上で楽しそうにくるくると回りながら答える。
 返ってくる答えに、将志は俯いて首を横に振る。

 「……分からない。そういう妖怪、とはどういうことだ?」

 「あれ、ひょっとして良く分かって無い?」

 愛梨は回るのをやめてボールの上に座って瑠璃色の眼で将志の眼を覗き込んだ。
 大きなボールの上に座っているので愛梨の視線がちょうど将志の視線と同じ高さになる。
 
 「君も妖怪でしょ? だったら、君は何をする妖怪かな?」

 「……そんなものは知らん。俺はただ主を守れればそれで良い」

 「何だ、君はそういう妖怪か♪」

 はっきりと言い切った将志に愛梨はそう言って笑った。
 将志はその声に顔を上げ、愛梨の眼を見る。

 「……どう言うことだ?」

 「つまり、君は君の主様を守る妖怪だってことだよ♪ きっと、君は誰かを守りたいって気持ちが妖怪にしたんだろうなぁ♪」

 ここまで聞いて将志の頭の中はこんがらがってきた。
 永琳の話によれば、人間と妖怪は互いに相容れない存在である筈だ。
 ならば、人間を守るために存在している自分は矛盾しているのではないか?

 「……妖怪とは、何だ?」

 「いろんな感情が生みだした存在だよ♪」

 「……感情が生みだした存在?」

 「そ♪ そうして、誰かの思いを叶えて、それを糧にするのが妖怪さ♪」

 ボールの上で片手で逆立ちをしながら愛梨はそう言った。
 将志はますます妖怪が分からなくなり、頭を抱える。

 「……分からない。それなら、何故妖怪は恐れられる?」

 「それはね、生き物全てに共通する強い感情が恐怖だからさ♪ 例えば、夜になるとお化けがやってきて、捕まったら食べられちゃうと子供が信じたとするよね? これって、そうなったら良いって考えるのと一緒で、恐怖から妖怪が生まれて、生まれた妖怪は当然それを叶えるのさ♪ そうして妖怪が人に信じられると、妖怪が生みだした恐怖からまた新しい妖怪が生まれて、信じた人の数だけどんどん人を糧にする怖い妖怪は増えるんだ♪ そりゃ当然恐れられるってものさ♪」

 笑顔を崩さずに愛梨はそう言う。
 そんな愛梨に、将志は疑問を投げかける。

 「……お前は何者だ? 何がお前を妖怪にした?」

 「僕かい? さっきも言ったでしょ? 僕は誰かを笑わせるピエロさ♪ 僕の糧はみんなの笑顔だよ♪」

 鈴の音の様な澄み切った声でピエロの少女は笑う。
 そして愛梨はボールから飛び降りると、スッと姿勢を正して礼をした。

 「さて、これから始まりますは歓喜の宴。しがない道化師の私めでございますが、精一杯おもてなしをさせていただきます。皆様、笑顔のご用意をお忘れなく。それでは、開演と行きましょう♪」

 愛梨がそう言って顔を上げると、手にしたステッキが急に5つの小さい玉になった。
 
 「ではでは玉の舞をご覧に見せましょう♪ お客さんも宜しいですね?」

 「あ、ああ」

 「それでは皆様ご注目♪ 宙を舞い踊る色とりどりの玉の宴をどうぞ♪」

 そう言うと愛梨は困惑する将志に2つの玉を渡し、手にした3つの玉でジャグリングを始めた。
 愛梨の手によって玉はまるで意思を持っているかのように宙に舞う。
 宙を舞う玉は時には高く飛び、時には消えたり現れたりし、時には3ついっぺんに空へあがったりする。
 玉を操る愛梨は心の底から楽しそうに笑っていて、将志はその演技と笑顔に段々と引き込まれていった。

 「さあさあ次は高く上げた玉をくるっとまわってから取るよ~? それでは皆様、ワン、ツー、スリーで行きますからお見逃しなく♪ 行っくよ~、ワン、ツー、スリー!!」

 そう言って愛梨は手にした玉を1つ高々と放り投げてその場でくるくると回りだした。

 「あ、あらららら!?」

 しかし、途中で眼をまわして倒れてしまう。
 
 「うきゅ~……はっ!? おととっ!!」

 しばらく倒れていた愛梨だったが、ハッと大げさなほどコミカルに驚いて、寝っ転がったまま落ちてきた玉をキャッチしてジャグリングを続ける。
 
 「はぁ~危なかった~♪ 皆様、ご心配をおかけしましたが、何とか成功だよ♪ 拍手とかしてくれたら嬉しいな♪」

 そういわれて、将志は自分でも気がつかぬうちに手を叩いていた。

 「ありがとう!! それじゃ、次は玉を5つに増やしていくよ? それじゃ、玉を持っている人は僕に向かって投げてくれないかな?」

 愛梨は笑顔で礼をすると、将志に向かってそう言った。

 「……ああ」

 将志は手にした2つの玉を投げてよこす。
 愛梨はそれを上手く受け取ってジャグリングの中に組み込んだ。
 それからまたしばらくジャグリングは続き、愛梨は次から次へと技を成功させていく。

 「さあ、次が最後だよ♪ 最後は空に虹をかけるよ♪ それでは皆様、しっかりとご覧ください!!」

 そう言うと、愛梨は5つの玉をシャワーと言う技と同じ方法で空高く上に放り投げる。
 そしてそれらが放物線の頂点に届いたころ、
 
 「ワン、ツー、スリー!!!」

 と言って指を鳴らした。
 すると空中で玉が弾けて虹色の光が飛び出し、月夜の空に綺麗な虹が掛った。
 将志はその光景に心を奪われ、ただジッとそれを見つめる。

 「はいっ、玉の宴は以上だよ♪ 皆様、ありがとうございました!!」

 元に戻ったステッキが落ちてくるのをキャッチしてそう言うと、愛梨はくるりと回って帽子をとり深々とお辞儀をした。
 将志はそれに自然と拍手を送っていた。

 「どうだったかな? ……って、訊くまでもないみたいだね♪」

 将志に声をかけた愛梨は満足そうに頷いた。
 その視線の先には、微笑を浮かべて拍手をする将志が立っていた。

 「……ああ。何と言うか、綺麗だった」

 「キャハハ☆ 君の笑顔、一つ頂きました♪ あ、そうだ君の名前を訊いても良いかい?」

 「……槍ヶ岳 将志、槍の妖怪だ」

 「槍ヶ岳 将志 君、だね♪ 覚えたよ♪」

 そこまで言うと、突然ぐ~っと腹の鳴る音が2つ聞こえてきた。
 将志は眼をつぶって押し黙り、愛梨はポリポリと頬を掻く。

 「……腹が減ったな」
 
 「そ、そうだね♪」
 
 「……何か食うか?」

 「そうしよっか♪」

 二人はそう言うと研究所の中に入っていった。
 調理場に入ると、将志は愛梨に話しかけた。

 「……何が食いたい?」

 「そうだね……君に任せるよ」

 「……そうか」

 将志はそう言うとやかんに湯を沸かし始めて冷蔵庫を開けて中身を確認し、調理を始めた。
 やかんの湯が沸くと将志は一旦調理の手を止め、愛梨に緑茶を差し出した。

 「……料理ができるまでこれでも飲め」

 「ありがと♪ それじゃ、頂きます♪」

 愛梨は差し出された緑茶を笑顔で飲もうとする。
 すると、将志はふと思い出したように愛梨に振りかえった。

 「……ああ、そうだ。それを飲むときは「あっつぅ!?」……遅かったか」

 将志は熱いから注意するように言おうとしたが、愛梨は既に緑茶を飲んで舌を火傷した後だった。
 将志は冷凍庫から氷を取り出し、愛梨に手渡す。

 「うぅ……こんなに熱いなんて聞いてないよ~……」

 「……済まなかった」

 若干涙目になりながら火傷した舌に氷を当てて冷やす愛梨。
 そんな愛梨に将志は調理をしながら詫びを入れる。
 しばらくして、プレーンオムレツが出来上がり愛梨の眼の前に差し出された。

 「……出来たぞ」

 「うわぁ……♪」

 出てきたオムレツを見て愛梨はキラキラと眼を輝かせて感嘆の声を上げた。
 そして、その眼を将志に向けると興奮した様子でしゃべり始めた。

 「すごいや♪ 君はいつもこんなものを作って食べてるんだね♪」

 「……そう言うお前は普段何を食べてるんだ?」

 「みんなが笑えるなら何でも食べるよ♪」

 「……そうか」

 愛梨は手にしたスプーンで次々とオムレツを口に運んで行く。
 将志は向かい側で、今回の出来栄えを確かめる様に味わい、改善点を探す。

 「ん~♪ 美味しい!! 将志君は料理上手だね♪」

 「……それはどうも」

 将志は自分の料理がほめられたことに満足げに微笑んだ。
 それを見て、愛梨が嬉しそうな表情とともにあっと声を上げる。

 「あ、本日2度目の笑顔いただきました♪ やったね♪」

 「……それはそんなに嬉しいものなのか?」

 「もちろん!! 楽しい笑顔を見るのが大好きなんだ、僕は♪」

 太陽のように笑いながら愛梨はそう言ってオムレツを頬張る。
 すると、ふと思い出したように愛梨は将志に問いかけた。

 「ところでさ、将志君は人間を食べたことはあるのかな?」

 「……何?」

 突然愛梨にそんなことを言われ、将志はオムレツを食べる手を止めた。
 愛梨は相変わらずオムレツを口に運びながら話を続ける。

 「だから、人間を食べたことはあるのかな?」

 「……無いし、主の同族を喰うつもりも無い。……例外があるとすれば、主に命じられた時だけだろう」

 「そっか♪ 僕は食べたことあるよ♪」

 「……何だと?」

 明るい口調でそう言われ、将志は愛梨を睨みつける。
 愛梨が主である永琳を襲う可能性が出てきたからである。
 それに対して、愛梨は手をパタパタと振った。

 「ああ、そんな怖い顔しないで欲しいな♪ 僕はわざわざ人を襲ったりしないよ♪ ただ単に友達からもらっただけさ♪ その友達を笑顔にするために人間を食べたのさ♪」

 「……では、主に危害を加えることは無いんだな?」

 「そんなことしないよ♪ 怖がられたら笑ってくれないじゃないか♪」

 「……信用していいんだな?」

 「いいともさ♪ むしろ信用して欲しいな♪」

 「……その言葉……」

 「ひゃあ」

 愛梨の言葉を聞いて、将志は槍を愛梨に突き付けた。
 愛梨は将志の突然の行為に思わず椅子ごとひっくり返りそうになる。

 「……嘘だったら後悔することになるぞ」

 将志は愛梨を鋭い視線で睨みつけながらそう続けた。

 「だ、大丈夫だって!! そんなことしたら君が笑えないでしょ?」

 若干慌て気味に愛梨はそう言った。
 将志はそれを聞いてようやく槍を収め、食事を再開した。
 
 「やれやれ……君の主人愛はすごいね♪」
 
 「……主は俺の命の恩人なのだ。当然のことだ」

 将志は当然のようにそうつぶやくと、またオムレツに口をつける。
 しばらくすると、今度は将志の方から質問を始めた。

 「……俺から質問だ。最初の玉と最後の虹、どうやって出した?」

 「ああ、あれ? 最初の玉は単純に妖力を変化させた奴で、最後の虹は僕の能力も使ってるよ♪」

 「……お前の能力?」

 「そ♪ 僕の能力は『人を笑顔にする程度の能力』さ♪ だから、誰かを笑顔にさせるためなら何でもできるのさ♪」

 「……妖力の変化は?」

 「あれ、君はしたこと無いのかな? 体の中の妖力を外に出してやれば色々と出来るんだけどな♪ ほら、こんな感じ♪」

 愛梨はそう言うと右手を手のひらを上に向けた状態で差し出した。
 そして手のひらの上に妖力で伍色に光る炎を生みだした。

 「……そうか。……はっ……!!」

 それを見て、将志は真似をして手を突きだして妖力を送り込む。
 しかし、出そうとした炎は起きず、手のひらからわずかに煙が上がるだけだった。

 「……上手く行かんな」

 「まだ初めてだから仕方ないよ♪ 練習しないとね♪」

 落胆の表情を浮かべる将志を愛梨がそう言って励ます。
 すると、愛梨が良いことを思いついたと言わんばかりの表情を浮かべた。

 「そうだ♪ 今度から僕が妖力の使い方をレクチャーしてあげるよ♪ どうだい、将志君?」

 「……良いのか?」

 「良いの良いの♪ 僕らはこうやって一緒にご飯まで食べた友達だよ? 遠慮はいらないさ♪」

 「……願ってもない。お願いしよう」

 「了解♪ それじゃ今日はもう遅いから帰るけど、明日の夜から教えてあげるよ♪」

 「……そうか」

 愛梨は席を立ち、研究所の外に出る。
 将志も見送りのために一緒に出る。
 外に出ると、入口のすぐ近くに置いてあった玉乗り用の玉に乗った。
 
 「それじゃあ、また明日♪ ばいば~い♪」

 愛梨がそう言うと、愛梨を乗せた玉がバウンドをしながら遠のいていく。
 将志はそれを無言で見送ると、空を見上げた。
 空は月がかなり低い位置まで移動していて、その反対側からは太陽の光が少しずつ空を照らしはじめていた。

 「……槍でも振るか」

 将志は背負っていた槍を取り出すと、いつものように振り始めた。
 槍を振り始めてしばらくすると、近くに人の気配が近づいて来るのが分かった。
 将志は槍を振るのをやめ、そちらの方を向く。

 「……おはよう、主」

 「おはよう、将志。今日も朝から元気ね」

 将志は主である青と赤の二色で分けられた服を身にまとった銀髪の女性に挨拶をする。
 主である永琳もにこやかな表情で将志に挨拶を返す。
 すると、永琳が何かに気が付いたように声を上げた。

 「あら、そう言えばいつもより表情が柔らかいわね。どうかしたのかしら?」

 永琳にそう言われて、将志はこれまでの出来事を思い返す。
 すると、主以外の初めての友人の顔が脳裏に浮かんできた。
 それを受けて、将志は微笑を浮かべて永琳の質問に答える。

 「……いや……少し良いことがあっただけだ」

 「それは良かったわね。良かったら何があったか聞かせてもらえるかしら?」

 「……ああ。実は……」

 二人は会話をしながら研究所の建物の中に入っていく。
 その後、将志に妖怪の知り合いが出来たことで一悶着あったのだが、それはまた別の話。






* * * * *

 オリキャラ2人目降臨。
 そう言えば東方で僕っ子って居たかなぁとか思いつつ書いてみました。

 それと、妖怪に関しては自分の独自解釈です。
 これはおかしいと思ったら遠慮なく申し出てください。

 それでは、ご意見ご感想お待ちしております。



[29218] 銀の槍、その日常
Name: F1チェイサー◆5beb2184 ID:94c151d5
Date: 2011/08/11 00:59
 月も沈まぬ早朝の研究所の一室で、短い睡眠から槍の妖怪は眼を覚ました。
 この妖怪、今まで一度も横になって寝たことが無く、いつでもすぐに主の元に駆けつけられるように座って寝ているのだった。
 槍の石突を地面に突き立ち上がると、銀の髪の青年はいつもの服である小豆色の胴着と紺色の袴を脱ぎ、全く同じもう一着を着用する。
 この格好、街中ではメチャクチャ浮くのだが、本人は全く気にした様子が無い。
 なお、永琳からもらった黒曜石のペンダントは、片時も肌身離さず身につけている。
 
 着替えると、青年は槍を持って洗面所へ。
 槍を常に持ち歩いているのはその本体が槍であり、それから一定距離以上離れることができないからである。
 青年は洗面所でそのやや童顔な顔を洗うと、そのまま中庭へ出る。
 
 「……はっ!!」

 中庭に出た青年は眼をつぶって精神統一をすると、カッと目を見開いて槍を振るい始める。
 彼はこの日課を、生まれてこの方一日たりとも欠かしたことは無い。
 この弛まぬ鍛錬の結果、青年の槍捌きは更にどんどん上達していったのだった。

 「……ふっ!!!」

 なお、最近では自分なりに槍の振るい方を変えてみたりして更なる高みを目指すべく奮闘している。
 また、自らの分身を仮想の対戦相手として作り出し、それを相手にすることで何か欠点が無いかを探ったりもしていた。

 「…………」

 そして、そんな青年を横で眺めるのがその主の日課となっていた。
 この時ばかりは余程のことがない限り、永琳が声をかけるかひと段落つくまで手を止めないのがこの場の暗黙の了解である。 
 そしてひと段落ついたのか、青年は槍を振る手を止めて槍を収める。

 「お疲れ様。今日も調子が良さそうね、将志」

 「……ああ、おはよう、主」

 永琳が笑いかけると、将志はそれに対して右手を上げて返す。
 そうやっていつも通り挨拶を交わすと、研究所の中に戻っていく。
 研究所の中に入ると将志は真っすぐに調理場に向かい、朝食の用意を始める。
 将志は手にした『六花』と銘打たれた包丁でリズミカルにキャベツとトマトを切り、水煮にしたコーンを添える。
 それから玉ねぎとジャガイモをコーンと一緒に炒めた後に生クリームと水を加えて煮込み、出来あがったものをミキサーにかけて鍋に戻す。
 煮込んでいる間にパンをトースターに入れ、卵とベーコンを焼き始める。
 今日の献立はベーコンエッグにコールスローサラダ、コーンスープにトーストである。
 なお、将志は高度な調理器具は使わず、ほとんどを手作業で行っている。
 どうやら彼の頭の中では『手作業>>>>(越えられない壁)>>機械化』の考え(偏見を多分に含む)が強く根づいているようだった。

 朝食の準備を終えると、将志はラボで論文を読んでいる永琳を呼びに行く。
 永琳が台所に入ると、そこではいつも将志が気合を入れて作った朝食が並んでいる。

 「それじゃ、いただきます」

 「……ああ」

 二人は同時に席に着き、朝食を食べ始める。
 永琳が食事をしながら笑みをこぼすところから、将志の努力は報われているのだろう。
 将志もそれに満足して微笑を浮かべた。

 「将志、今日の予定は?」

 「……いつも通りだ。主もいつも通り研究か?」

 「そうね、もしかしたら午前中出かけることになるかもしれないから、午前中はここに居てくれないかしら?」

 「……了解した」

 食事をしながら一日の予定を確認する。
 将志は永琳の予定を聞くと、自分の予定を微調整する。
 そうして雑談交じりの食事が終わると、将志は後片付けをして槍を持って外へ出て、食後の運動を始める。
 この運動は自分の能力の扱いの練習も兼ねていて、将志にとって最も重要な運動とも言えよう。

 「はあっ!!」

 将志は抜き手で目の前の金属の塊をつらぬく。
 2m四方の巨大な金属の塊は日々の特訓によって穴だらけになっていて、将志の努力の程が窺える。
 
 「せいやっ!!」
 
 将志がしばらく突き込んでいると、金属の塊が限界を迎えて崩れ落ちた。

 「のおおおっ!?」

 「将志、またなの!? そうなる前に言いなさいって何度も言ってるでしょう!?」

 その際に金属片に埋もれて気を失い、将志の断末魔を聞き付けた永琳が血相を変えて飛んでくるのもいつものことである。 


 
 さて、永琳の治療によって眼を覚ました将志は、今度はテレビが置いてある部屋に向かう。
 そこで将志は小型のメディアを取り出して、プレーヤーにセットする。
 
 「さあ、今宵の料理の超人はどのような物を出してくるのか? そしてそれに対し挑戦者はどんな料理で対抗するのか? 今ここに世紀の料理対決が開宴する!!」

 中に録画されていたのはプロの料理人同士が料理の腕を競う料理番組だった。
 将志はその番組の料理人が調理している風景を食い入るように見つめる。
 そして料理人が技を繰り出すたびに巻き戻し、その技を目に焼き付ける。

 「……ふむ」

 料理人の技をしっかりと覚えた将志は、早速実践すべく料理場へ向かう。
 そしてその料理人が作っていた料理を自らの全力で持って作る。
 全ては主に喜んでもらうためであり、将志はそのための努力を惜しまない。
 失敗作をいくつも作っては、自分が納得のいくまで作り直すのだった。

 「……ま、また随分作ったものね……」

 「……そうだな」

 その結果、将志は昼食に大量の失敗作を処理することになり、永琳がそれにひきつった笑みを浮かべるのが常となっている。
 なお、永琳には一番上手く出来たものを昼食に提供しており、かなり好評である。
 将志がプロ並みの料理人になる日は近い。


 「……主、出かけてくる」

 「ああ、行ってらっしゃい。どれくらいで帰ってくるつもりかしら?」

 「……少し遅くなりそうだ」

 「そう、分かったわ。それじゃあ晩御飯は先に食べてるわね」

 「……夕食はいつも通り冷蔵庫に入っている。それでは、行ってくる」

 午後になると将志は決まって町に足を運ぶ。
 永琳からもらったペンダントのおかげで将志が妖怪だとバレることは無い。
 ……もっとも、周りが洋服を着ている中、一人で和服を着て布を巻いた長物を持ち歩くその姿は途轍もなく目立つが。

 将志が向かった先は摩天楼群から少し離れたところの路地にあるログハウスの喫茶店。
 いつの日か永琳に連れて行ってもらったあの店である。

 「お、将くん待ってたよ。さ、早く着替えて手伝ってくれるかい? お客さんが多くて手が回らないんだ」

 「……了解した」

 将志はマスターにそう言うと店の奥に入っていつもの服から店の制服に着替えて戻ってくる。
 
 「来たね、それじゃあこれを5番テーブルに運んでくれないかい?」

 「……了解した」

 将志はマスターから品物を受け取ると5番テーブルまで運んで行く。

 「……ブレンドと紅茶のシフォンだ」

 将志は仏頂面で、しかし丁寧に仕事をこなす。

 そう、将志はこの喫茶店で昼から夕方までバイトしているのである。
 その理由は、料理の練習に使う食材の代金を稼ぐためと、ここのマスターのコーヒーや紅茶を淹れる技を盗むためである。
 なお、無愛想だがその丁寧な仕事ぶりから客には割と受け入れられているようだ。
 

 え、主大好きの彼が主を放り出して何でそんなことを出来るのかって?
 またまたご冗談を、あの忠犬槍公が主を放り出していけるわきゃねえのである。
 じゃあどうしているかと言えば、

 「……主を頼む」
  
 「君が笑顔になるならお安いご用さ♪」

 と言う訳で、将志がバイトに言っている間は愛梨が留守を密かに預かっていたりするのである。

 閑話休題。


 夜が近づき喫茶店から客足が遠のくと、将志とマスターは二人でカウンターの前に立つ。
 マスターの前で将志は自らの手でコーヒーを淹れる。
 香ばしい匂いと共にコーヒーが淹れられ、将志はそれを2つのカップに注ぐ。
 マスターはそれを受け取ると、それを口に含んだ。

 「うん、結構良くはなってるけどまだ少しお湯の温度が高いかな? ちょっと香りが飛んじゃってるね」

 「……そうか……」

 「でも、これくらいのレベルならあと少しでお客さんに出せるレベルのものが出来ると思うよ。頑張ってね」

 「……そうか」

 マスターの評価を受け取り、改善点を確認しながら自分が淹れたコーヒーを飲む。
 このコーヒーは日によっては紅茶だったりするが、そちらも将志は勉強中である。
 
 「……指導に感謝する」

 「どういたしまして、次も宜しくね」

 それが終わると買い物をして研究所に戻る。
 研究所に帰ると真っ先に愛梨の元に行き、引き継ぎを受ける。

 「……主に変わりは無いか?」

 「無いよ♪ それじゃ後でね♪」

 それを済ますと次は緑茶を淹れ、永琳のラボに持っていく。

 「……主、茶が入った」

 「あら、ありがとう。今日の晩御飯もおいしかったわよ」

 「……そうか」 

 永琳の感想に頷くと、今度は自分の夕飯を作る。
 今日の様に永琳と別に食べる場合、やはり料理の特訓が始まる。
 なお、永琳と一緒に食べる場合は何事もなく雑談をしながらの夕食になるのだった。
 そうして出来た料理を腹に収めると、三度槍を持って鍛錬をする。

 「やあ♪ また来たよ♪」

 陽気な笑顔を浮かべた顔なじみのピエロがボールに乗ってやってきたら槍を収めて、今度は妖力を操作する特訓が始まる。

 「う~ん……だいぶ良くなってるけど、数が増えるといまいち制御が上手くいかないみたいだね♪」

 「……む」

 将志は愛梨に妖力の操作を一から教わっていて、妖力を形にするところからその変換や数の増加など幅広く習っている。
 その結果、こちらも槍術程ではないが進歩していっているのだった。
 
 「それじゃあ、ちょっと遊んでみようか♪」

 「……良いぞ」

 愛梨はそう言いながら妖力で大量の玉を作って将志に向けて飛ばす。
 将志もそれを同じように妖力で弾丸を作って愛梨に向かって放つ。
 これは二人の間の特訓を兼ねた遊びで、妖力操作の特訓の最後に必ず行っているものだ。
 これをすることで将志は妖力の操作、愛梨は攻撃の回避の練習になるのだった。

 「……終わりか?」

 「そうだね♪ また全部避けられちゃった♪」

 愛梨が可愛らしく舌を出してはにかみながらそう言うと特訓終了。
 それと同時に二人は真っすぐ台所に向かう。
 この時間になると夜も遅く、永琳もとっくに就寝しているので音を立てないように注意して向かう。
 なお、将志は愛梨を研究所に立ちいらせることの許可を永琳から台所と通路限定でもらっている。
 
 「……出来たぞ」

 「わぁ♪ これはまたおいしそうだね♪」

 ここでも例によって例のごとく料理の試作品を作る。
 将志にとってここは自分の料理の意見が貰える貴重な場所であり、やはり将志は気合をいれて料理を作る。
 愛梨にとってはおいしいご飯が食べられるところなので、愛梨はこの時間をとても楽しいにしている。
 なお、毎夜毎夜ここで出される料理のせいで段々と愛梨の舌が肥えてきているが、二人とも特に気にしない。
 将志はそれならそれでそれを納得させられるように努力するし、愛梨は愛梨でどのみち将志の料理の腕が上がってくるので問題は無いのだ。
 ……将志が槍の妖怪なのか料理の妖怪なのか分からなくなってきている気がするが、瑣末な問題である。

 「ん~♪ おいしい♪ この魚、塩味が良く効いてておいしいよ♪ オリーブオイルの風味もいいね♪」

 「……そうか」

 にっこり笑っておいしそうに食べる愛梨の顔を見て、将志は満足げに微笑を浮かべる。
 
 「はい、笑顔一つ頂きました♪ 良い笑顔だよ、将志君♪」

 「…………そうか」

 愛梨にそう言われて将志は気恥ずかしげにそっぽを向いた。
 それを見て、愛梨は浮かべた笑みを深くした。

 「キャハハ☆ 照れた将志君は可愛いなぁ♪」

 「……うるさい」

 こうして料理の品評会が少し続いた後、食後のお茶会が開かれる。
 今回は今日教わったコーヒーを二人で飲む。

 「ふぅ♪ 食後のコーヒーもおいしいな♪」

 「……まだまだだな」

 笑顔でコーヒーを飲む愛梨の横で、将志は自分の淹れたコーヒーを飲んでそう呟いた。
 すると愛梨はキョトンとした表情を浮かべる。

 「えっ、これでダメなのかい?」

 「……マスターのコーヒーには届かん」

 「本当に自分に厳しいなぁ、君は♪」

 苦い表情を浮かべる将志に、愛梨はニコニコと笑いかける。
 このようなやり取りが大体毎夜行われるのだった。
 そうしてお茶会が終わると、将志は愛梨を見送る。

 「将志君、また明日♪」

 「……ああ」

 その後はサッと風呂に入って、部屋に戻るとベッドの上に座り壁に寄りかかって眠りに就くのだ。
 


 ……こんな日々が何年か続いたある日、将志は永琳に呼び出された。

 「……主、どうかしたのか?」

 「将志、月に行くわよ」

 唐突にそう言われて、将志は首をかしげた。

 「……月に行く? 何故だ?」

 「近年の妖怪の被害やその他諸々の問題から、議会でこの都市を放棄することが決まったのよ。その移住先が月なのよ。今までは理論上永住が可能であるとなっていたのだけれど、実地試験で確証が得られたから、本格的に移住が始まることになったというわけ」

 「……俺の扱いはどうする気だ?」

 「あなたは私の連れと言うことにしてあるからちゃんと月で暮らせるわよ。その代わり、これまで以上に妖怪だとバレないようにしないとならないけどね」

 「……そうか。いつ発つんだ?」

 「一週間後よ。それまでに将志も準備をしておきなさい」

 「……了解した」

 将志はそう言うと永琳の部屋を後にした。
 月に行くことに関しては将志は特に異論は無かった。
 主が月に行くと言うのだ、それについて行くのを断る理由は無いし、その気もない。
 将志はそう思いながらその一週間の間ですることが無いかを考え始めた。
 あれこれ考えていると、ふとあることが脳裏によぎった。

 自分は地球には何の未練もないはずだ。だが――――

 『それじゃ、将志君♪ また明日♪』

 ――――あの太陽の様な笑顔がもう見られないのは少しさびしいかもしれない。

 「……せめて挨拶くらいはしておくべきか」

 将志は次に愛梨にあった時に、別れについて話すことを心に決めると、その日の夕食を作るべく調理場に向かうのだった。



[29218] 銀の槍、別れ話をする
Name: F1チェイサー◆5beb2184 ID:398d58fa
Date: 2011/08/11 22:48
 永琳から月への移住を告げられた翌日の夜、将志はいつも通り槍を振るっていた。
 その槍捌きはいつも通り冴えており、将志の心に乱れが無いことが見て取れる。

 「やっほ♪ こんばんは、将志君♪」

 そこに、笑顔のまぶしいピエロの少女がオレンジと黄色に塗られたボールに乗ってやってきた。

 「……来たか」

 将志はそれを確認すると槍を収め、愛梨の方を見た。
 愛梨はいつものようにボールの上に座っていた。
 将志がジッとその様子を見ていると、愛梨がその視線に気づく。

 「あれ、今日は何かいつもと雰囲気が違うね♪ 何か僕に言いたいことでもあるのかな?」

 愛梨はそう言って笑顔のまま首をかしげ、瑠璃色の瞳でじーっと将志を見つめる。
 
 「……ああ。だがそれは後で話そう。今は練習をするとしよう」

 「おっけ♪ それじゃ、早速始めよっか♪」

 そう言うと二人はいつも通り妖力操作の練習を始めた。
 この数年間で将志の妖力操作も慣れたもので、今では教官役の愛梨に追いつかん勢いである。
 将志は妖力を銀色の炎に変えて自分の周りにいくつも浮かべている。
 愛梨はその様子を自分も同じように伍色の炎を浮かべながら見ている。

 「うんうん♪ 将志君もだいぶ制御が上手くなったね♪」

 「……そうでもない。空を飛ぶことに関してはまだまだだ。まだ走る方が早い」

 「そ、それは君の脚が速すぎるだけだと思うな~♪」

 厳しい表情を浮かべる将志に、愛梨はうぐいす色の髪の頭を掻いて苦笑いを浮かべた。
 実際空を飛んだ時、将志は愛梨と同じか少し劣る程度の速さは出ている。
 しかし、将志の場合は妖力を使って空を飛ぶよりも、妖力を使って作った足場を蹴って移動したほうがはるかに速いのだった。

 誤解がないように言っておくが、愛梨も決して弱い訳ではない。
 愛梨も能力が持つほどの実力者であるし、仮に対妖怪用の武器を持った人間に襲われてもそれに対処する力はあるのだ。
 単に将志の身体能力が異常なだけである。

 「じゃあ、今日は練習はこれくらいにしてあそぼっか♪」

 「……良いぞ」

 将志はそう言うと自分の周りに円錐状の銀の弾丸を生みだした。
 一方の愛梨も、手にした黒いステッキから様々な色の弾丸を作り出して自分の周りに浮かべた。

 「それじゃあ将志君、宜しくね♪」

 「……ああ、宜しく頼む」

 愛梨がシルクハットを取って恭しく礼をすると、将志も礼を返した。
 二人が顔を上げた瞬間、銀の弾丸が愛梨に飛んでいき、伍色の弾丸が将志に向かって飛んでいく。
 それと同時に、二人も空を飛んで弾丸を避け始める。

 「キャハハ☆ まずはウォーミングアップだね♪」

 「……そう言うところだな」

 愛梨は銀の雨を楽しそうに潜り抜けていき、将志は必要最低限の動きで無駄なくかわしていく。
 こと回避に関して言えば、将志は愛梨よりもはるかに上手い。
 何しろ将志は耐久力の問題で、一発でも被弾しようものなら即座に戦闘不能になってしまうのだ。
 そこで将志は死ぬ気で回避を練習した結果、身体能力も相まって驚くべき回避性能を得ることに成功したのだった。

 一方の愛梨も将志の妖力制御が上手くなって弾数が増えていくにしたがって、回避の腕前は上がっていっている。
 それに加えて、回避上手な将志に何とか一発当てようと努力した結果、愛梨自身の妖力制御技術や弾幕の密度も上がっていくのだった。
 
 「……そろそろ行くぞ」

 「おっけ♪ こっちもいっくよ~♪」

 お互いにそう言うと、それぞれの弾幕の密度が跳ね上がった。
 それに応じて、避ける側も一気に動く速度を上げる。

 「……せいっ!!」

 将志は銀の弾丸の雨の合間に、槍の形に固めた妖力を投げつける。
 弾幕で相手の動きを制限された中で投げつけられるそれは、高速で愛梨に向かって迫る。
 しかも、その槍は船が通った後の波の様に弾丸をばらまいていく。

 「おっと♪」

 愛梨は風を切って飛んでくるそれを、トランプの柄が書かれた黄色いスカートを翻しながらギリギリで避ける。
 そのお返しに、5つの玉を将志に向かって飛ばす。
 5つの玉は将志を囲む様に飛んでいき、将志がその中心に入った瞬間爆発して大量の弾をばらまいた。

 「……ちっ!!」

 将志はとっさに足場を作り、その常識はずれな脚力で一気にその場から離脱した。
 将志を狙った弾丸は彼の紺色の袴をかすめるにとどまり、本人は被弾しなかった。

 「すごいなぁ♪ あれも避けちゃうんだ♪」

 愛梨は自分の攻撃を避けられたと言うのに、嬉しそうにそう笑った。
 それは、今この時間を心の底から楽しんでいる事を示した証拠であった。

 「……」

 将志はその表情を見て、内心複雑な心境を抱えていた。
 この笑顔が見られるのも、あと数回もない。
 正直に言って、将志はこの笑顔を見るのが好きだ。
 だが、一番大事な主を守るためには、別れも仕方がないことだ。

 「あっ!?」

 将志が弾幕を避けながらそんなことを考えていると、突然愛梨が焦ったような声を上げた。

 「……む? ぐはああ!?」

 それに気が付いた瞬間、将志は研究所の壁に勢いよく頭から突っ込んで行った。
 当然、頭に棚の上から湯呑が落ちてきた位で気絶する将志に耐えきれる筈は無く、将志は気を失った。


 *  *  *  *  *


 「……うっ……」

 将志が目を覚ますと、そこは研究所内の台所だった。
 頭の上には濡れタオルが置かれていて、その心地よい冷たさが激しくぶつけた痛みを癒す。
 体には体が冷えないように配慮されたものなのか、オレンジ色のジャケットが掛けられていた。

 「あっ、気が付いたみたいだね♪」

 声がする方を見てみると、ジャケットを脱いでブラウス姿の愛梨がこちらを見ていた。
 将志が体を起こすと、愛梨は安心したように笑みを浮かべた。

 「びっくりしたよ、突然壁に向かって突っ込むんだもの♪ どうかしたのかな?」

 「……少し、考え事をな」

 「それは、今日話したいことに関係することかな?」

 「……ああ」

 将志はそう言って立ち上がると、愛梨にジャケットを返して調理場に向かう。
 
 「将志君?」

 「……心配をかけたな。すぐに食事を作るから待っていろ」

 将志はそう言うと冷蔵庫から食材を取り出して料理を始める。
 調理場は将志が調達してきた調理道具で溢れていて、作れない料理は無いと言わんばかりに並べられていた。
 その中から、将志はひと際丁寧に管理されている包丁に手を付ける。
 包丁は将志が手に取った瞬間、意思を持っているかのようにキラリと光った。

 「……始めるか」

 将志は手にした『六花』と銘打たれた包丁でまたたく間に食材を切っていく。
 何度も何度も料理のプロの包丁捌きを見返して盗んだそれは、その手本となった動きに遜色ない。
 全ての食材を切り終わった後、将志はそれらを調理していく。
 その間にも様々な小技を積み重ねて、少しでもおいしくなるように工夫をする。
 そうして出来た料理は、見た目も色鮮やかで食欲を誘う香りを放つ見事なものだった。

 「……出来たぞ」

 「いやいや、相変わらずすごいね♪ 流石は料理の超人に勝ったシェフだね♪」

 愛梨はそう言いながら台所の隅に置かれたトロフィーを指差した。
 そう、将志は自分が料理の研究のために見ていた番組に出演し、勝利を収めていたのだ。
 なお、出演するきっかけになったのは、

 「将志、随分と料理の腕を上げたわね。いっそのこと、料理の超人にでも出てみたら?」

 と永琳が冗談めかして言った言葉を真に受けたためである。
 この勝利によって将志には様々なレストランからスカウトが来るようになったが、全てを断っている。
 ……加えて言えば、すべて独学でここまで上り詰めたところから『料理の妖怪』等と言う妙に的を得た称号を得ている。

 「……そんなことはどうでも良い。早く食わないと冷めるぞ?」

 「そうだね♪ それじゃ、いただきます♪」

 将志に促されて愛梨は目の前の料理に手を付けた。
 食材こそ町のスーパーで売られているようなものであったが、将志の手腕によって極上の一品に仕上がっていたそれを口にした愛梨の顔からは笑顔がこぼれる。

 「う~ん、おいしい♪ 本当にお店が開けそうな味だよ♪ ねえねえ、やってみる気は無いのかい?」

 「……俺の料理は主の為のものだ。売り物にする気は無い」

 「でも、僕はそれを食べさせてもらってるけど?」

 「……それは日頃の礼だ。そうでなければ振る舞ったりなどせん」

 「そっか……つまり僕は君にとって特別なんだね♪ 嬉しいな♪」

 「……かもしれんな」

 愛梨は将志の呟きを聞いて、料理を食べる手を止めた。
 普段の彼であるならば「うるさい」と言ってそっぽを向くのだが、今日の将志は心ここにあらずといった様子で呟くのみなのだ。
 そんな将志の変化に、愛梨は首をかしげ、瑠璃色の眼でじーっと将志を見つめる。

 「……将志君、本当にどうしたんだい? さっきの特訓の時といい、今の受け答えといい、何か変だよ?」

 愛梨の言葉に、将志は眼を閉じて軽くため息をついた。
 そして静かに目を開けると、話を切り出した。

 「……実はな……月に移住することになった」

 「……え?」

 将志の一言に愛梨は呆けた表情を浮かべた。
 将志は眼を伏せ、話を続ける。

 「……何でも、町の議会がこの都市を放棄することに決めたらしくてな、住民全員月に移り住むことになったらしい。無論主もその中の一人に含まれているし、俺も主についていくことになる」

 「そ、それじゃ……」

 「……ああ、お前とももう会えなくなる」

 うろたえる愛梨に、はっきりと会えなくなることを将志は告げた。
 愛梨は力なく腕を下げ、俯く。

 「……いつ、月に行くんだい?」

 「……6日後、だ。いや、もう日付も回ったから残り5日か」

 「そっか……寂しくなるな……」

 いつも太陽みたいな笑みを浮かべていた愛梨の寂しげな表情に、将志の心は痛む。
 普段、表情の変化や反応が乏しいため誤解されやすいが、将志はかなり情が深く、感情的な性格である。
 それ故数少ない友人、それも永琳を除けば一番の親友とも言える愛梨を悲しませた事実は、将志の胸に深く突き刺さった。

 「……すまない」

 「ううん、君が謝ることは無いよ♪ 決まっちゃったものは仕方がないさ♪」

 謝る将志に、そう言って笑顔で答える愛梨。
 しかし、その表情は普段通りではなく、どこか痛ましい笑顔だった。

 「そ、そうだ♪ ちょっと喉が渇いたから、コーヒーをもらえないかな? ついこの間免許皆伝を受けたコーヒーが飲みたいな♪」

 「……ああ。すぐに用意しよう」

 辛い感情をごまかすような愛梨の言動に耐えかね、将志は調理場に引っ込む。
 そして自分の心をごまかすように湯を沸かし、豆を挽き始めた。
 
 「…………」

 深呼吸をし、黙想をすることで自らの心を落ち着かせ、コーヒーを淹れることに集中する。
 そうやって愛梨のために淹れられたコーヒーは、悲しいほど最高の出来栄えだった。

 「……待たせた」

 「ありがと♪ ……良い香りだね♪」

 愛梨はいつの間にか料理を食べ終えており、将志からコーヒーを受け取るとまずはその香りを楽しみ、口に含む。
 将志はその様子を食い入るように見つめている。

 「ふぅ……おいしいや……これが君がずっと追いかけてきた味なんだね♪」

 「……ああ。たどりつくのには苦労した」

 どこか切ないが、それでも自然に笑ってくれた愛梨に将志は笑いかける。
 すると愛梨はそれに笑い返した。

 「あ、今日初めての笑顔頂きました♪ やっぱり君は笑顔が一番だよ♪」

 「……そうか」

 将志は愛梨の言葉に微笑を浮かべて頷き返す。 
 それはしばらくしてコーヒーを飲み終わるまで続けられた。

 「それじゃ、今日はこの辺で帰るね♪」

 「……ああ」

 愛梨はそう言いながら来るときに乗ってきたボールに飛び乗る。
 
 「それじゃあね~♪」

 愛梨は将志に手を振りながら、弾むボールに乗って去っていく。
 将志はそれに対して手を振り返して見送った。



 
 それから愛梨は将志の所に顔を出さなくなった。
 将志は毎晩いつものように槍を振るっていたが、陽気なピエロはついに現れることは無かった。
 そして月へ旅立つ前日、将志は槍を振るうでもなく、地上から見る最後の月を眺めていた。
 すると、将志の背後から誰かが近付く気配がした。
 将志がその気配に振り向くと、そこには永琳が立っていた。

 「珍しいわね、将志。あなたが外に出て槍を振るわずに空を眺めるなんて。何かあったのかしら?」

 「……いや、明日にはあの場所に旅立つのだな、と思ってな」

 将志はそう言うと、視線を空に映る蒼い満月に向けた。
 永琳も将志の隣に立ち、同じようにその月を眺めた。

 「穢れの無い世界、ね……そこに行けば人はもう死に怯えることもなく生きられる……将志、これをどう思うかしら?」

 永琳の唐突な問いかけに将志は首をかしげ、考え込んだ。

 「……分からん。そもそも、俺は死ねるのか?」

 将志の答えを聞いて、永琳は苦笑を浮かべた。

 「そうか……そう言えばあなたは死ねるかどうかすら分からないのよね……それじゃあ、あなたは死についてはどう思うかしら?」

 永琳の質問に将志は俯いて再び考え込む。
 しばらく考えて、将志は顔を上げた。

 「……やはり分からん。分からないが、それでも死という概念があるからには、そこには何か意味があるのだと思う。逆に、死なないことにも何か意味があるのだろうとも思う」

 「そう……あなたはそう考えるのね……」

 「……主?」

 眼を閉じて将志の言葉の意味を捉える永琳。
 将志は質問の意図が分からず、永琳に声をかける。
 すると永琳は眼を開き、言葉を紡ぎ始めた。

 「私はね、正直にいえば寿命が延びることはどうでも良いのよ。精々が無限に時間を与えられることで出来ることが増えるくらいだしね」

 「……では、何故あのような質問を?」

 将志の質問に永琳は言葉を詰まらせる。

 「……何故でしょうね? 本来ならば、永遠に与えられた時間をどう生きるかを考えるべきなんでしょうけど……これから失うものに対する未練、かしらね?」

 自分でも良く分からないという風にそう口にする永琳。
 それに対し、将志は月を見上げて質問を重ねる。

 「……死に未練があるのか?」

 「無いと言えば嘘になるわね。私は医師でもあって、死に抗うための研究をしていたから」

 「……では、主は無限の時間をどう過ごす?」

 「さあ? 何をするかなんてその時にならないと分からないわよ? 何か研究をしているかもしれないし、教育者として教鞭を振るっているかもしれないわ。そう言うあなたはどうするつもりかしら?」

 永琳の質問に将志は眼を閉じ、一つ息を吐いて永琳の方に向き直った。

 「……俺は何をしていようと変わらん。俺はただ、主に忠を尽くすのみだ」

 将志は一切の迷いもなく、力強くそう言い切った。
 それを聞いて、永琳は蒼く輝く月の様な、綺麗で穏やかな笑みを浮かべた。

 「そう……それならこれからも頼りにさせてもらうわよ?」

 「……ああ」

 笑いかけてくる永琳に、将志は笑顔で頷き返すと、再び月を見上げた。
 永琳もその隣で静かに月を見上げる。
 そんな二人を、月はただただ蒼く柔らかい光で照らしだしていた。




[29218] 銀の槍、意志を貫く
Name: F1チェイサー◆5beb2184 ID:398d58fa
Date: 2011/08/12 20:20
 「将志、準備は出来たかしら?」

 「……ああ、いつでも出られる」

 「そう、それじゃ、出発しましょう」

 月へ移住する当日、将志と永琳は荷物を最低限まとめて研究所を出て、月へ向かうスペースシャトルの発射台へと向かった。
 公共の交通機関が全て停止しているため、二人は歩いて移動することになる。
 永琳の研究所は町のはずれにあるため、発射台のある基地からはもっとも遠い。
 その結果、かなりの距離を歩くことになる。

 「…………」

 途中の街を、将志は黒曜石の様な眼でじっと眺めながら歩く。
 普段大勢の人々で賑わう街には誰もおらず、その綺麗なまま打ち捨てられた様子には物悲しいものがあった。

 「どうかしたのかしら?」

 「……あれほど賑わったこの街路も、随分淋しくなったものだな。死んだように静かだ」

 そう語る将志の口調は、どこか淋しげだった。
 将志にとってはまだ短い生涯ではあるが、生まれてからずっと過ごしてきた街なのだ。
 それが無くなると言うのはやはり悲しいものなのであろう。
 そんな将志に、永琳は頷く。

 「……そうね。人がいなくなると言うことは、街が死ぬと言うことですもの。その表現は言い得て妙ね」

 「……そうか……街も死ぬのか……では、槍である俺もいつかは死ぬ時が来るのだろうか?」

 「かもしれないわね。けど、来たとしても当分先だと思うわよ?」

 二人はそう話しながら街中を歩いていく。
 すると、目の前に一件の古びた背の低い建物が見えてきた。
 そこは、かつて将志が包丁を買いに来た金物屋だった。
 通りざまに将志が外から中を覗くと、中にはまだかなりの量の金物が残っていた。
 そして、将志がとある一区画を見た時、彼は笑みを浮かべた。

 「……くく、あの店主らしいな」

 将志が見たのは、包丁が並べてあった一角だった。
 他のものが随分残されているにもかかわらず、包丁だけは全てが持ち出されていたのだ。
 将志はそれを確認すると、どことなく安堵感を感じながら自分の背負った鞄を見やった。
 その中には、ひと際丁寧に梱包された、将志の愛用する『六花』と銘打たれた包丁が入っていた。

 「将志?」

 「……ああ、今行く」

 突如立ち止った将志に、永琳が声をかける。
 将志はそれに応えると、駆け足で永琳の所に戻っていった。

 しばらく歩くと、摩天楼群を抜けて住宅街に入っていく。
 そして、二人はその中に一件のログハウスを見つけた。
 将志はその前で立ち止まり、ログハウスを見上げた。
 そこは、将志がずっと修業をしていた喫茶店だった。

 「……ここも、今日で見納めか……」

 そう話す将志は、やはりどこか淋しげだった。
 そんな将志を見て、永琳はふと何かを思いついたような表情を浮かべた。

 「ねえ、将志。少し寄って行かないかしら?」

 将志は突然の永琳の提案に首をかしげる。

 「……主?」

 「ほら、私達が乗るシャトルは最終便だし、今から行っても少し早すぎるのよ。だから、少し休憩したいと思うのだけど?」

 そう言ってほほ笑む永琳を見て、将志は頷いた。

 「……了解した。少し待っていてくれ」

 将志はそう言うと、鞄の中から鍵を取り出した。
 それは鞄の中に入りっぱなしになっていた、この店の鍵だった。
 将志は鍵を開けて中に入ると、思い出をかみしめる様にカウンターの中に入っていく。
 店の中の物は殆どが運び出された後であったが、その中の一角にぽつんとコーヒーセットとティーセットが一組ずつ置いてあった。
 将志はそれを確認すると、怪訝な表情でそれに近づく。
 すると、そこには一枚の置手紙が置いてあった。
 将志はそれに目を通した。

 『将くんへ
 将くんのことだから、きっと月に行く前にこの店に来ると思って、この手紙を残します。
 月に来る前に、この思い出の詰まった店でコーヒーでも紅茶でも好きに楽しんでください。
 私は先に行って、将くんのことを待っています。
 月でまた一緒に喫茶店を盛り上げていきましょう!!
                             マスターより』


 「……マスター」

 将志は手紙を大事そうに懐にしまうと、永琳に声をかけた。
 
 「……主、何か飲みたいものはあるか?」

 「あら、今何か用意できるのかしら?」

 「……紅茶でもコーヒーでもどちらでもな」

 「そうね……それじゃ、コーヒーをもらおうかしら?」

 「……了解した」

 永琳のオーダーを聞いて、将志はガスの元栓を開きお湯を沸かし始めると同時に、ミルでコーヒー豆を挽き始めた。
 将志はこの店で淹れられる最後のコーヒーを淹れるために、手際よく作業を進める。

 「……出来たぞ」

 将志はカップにコーヒーを注ぐと、ソーサーに乗せ、カウンター席に座る永琳に出した。
 コーヒーは香り高く湯気を立て、将志の修業の成果が如実に現れている。
 永琳はそれを受け取ると、しばらく香りを楽しんだ後、口に含んだ。
 すると、口の中にさわやかな風味が漂うと同時に、深みのあるまろやかな苦みが広がった。

 「ふふふ、流石ね。インスタント何かとは比べものにならないわ」

 「……喜んでもらえて何よりだ」

 笑みをこぼした永琳に、将志は満足げに笑い返し、自分の分のコーヒーを飲む。
 その味は、自分が修業を積んだ場所に対する敬意と感謝の籠った、温かみのある味だった。



 喫茶店を出て、二人は再び基地に向かう。
 基地の周囲では、妖怪の襲撃に備えて数多くの兵士達が待機していた。

 「八意博士、お待ちしておりました。失礼ですが、乗船許可証の提示をお願いいたします」

 「ええ、これで良いかしら?」

 永琳が入口に居る物々しい対妖怪用の銃を持った兵士に乗船許可証を見せると、兵士はそれを確認した。

 「八意 永琳 様、槍ヶ岳 将志 様、確かに確認しました。それでは中にお入りください」

 そう言うと兵士は道を開け、二人は中へ入っていく。
 基地の中では、そこでは月へ向かうスペースシャトルがずらりと並んでいて、人々が乗り込んでいっていた。
 永琳が乗りこむのは兵士や技術者たちのために用意されたものであった。
 この計画の最高責任者である永琳は、不具合が起きた時などに備えて最後まで待機することになり、将志はそれに付き合う形になる。

 「状況はどうかしら?」

 「現状全く問題はありません。先発の船からのシグナルも異常は無く、全てが順調に行っております」

 「そう。少しでも異常を見つけたらすぐに私に言いなさい」

 「分かりました」

 この移住の指揮を取っている本部に着くと、永琳は早速中にいる技術者と話をする。
 その間、将志は技術者たちの邪魔にならないように本部の外で待機をする。
 そして、いくつかのシャトルが月へと旅立った時、兵士の一人が血相を変えて本部に飛び込んできた。

 「大変です!! 妖怪たちが今までにない大群でこちらに向かってきています!!」

 その一報を受けて、本部は一気に騒然となった。

 「落ち着きなさい!! まだ妖怪たちが来るまで時間はあるわ!! 全員緊急の会議を行うから、ただちに集合しなさい!!」

 慌てだす技術者達を永琳はその一言で落ち着かせ、技術者と軍の上官を呼び集めた。
 役員全員が集まると、永琳を議長として緊急の会議が始まった。
 会議の内容は妖怪達の軍団の規模と進行状況、交戦までの時間、現存勢力での相手の撃退の可否など、様々なことが議題に上がった。
 その結果、交戦までの猶予はほぼなく、更に現在地上に残った軍の現存勢力での撃退は不可能であるなど、ネガティブな要素が多数確認された。
 そして会議の結果、シャトルの発射時間の繰り上げが決定し、全員に通達された。

 「将志」

 会議が終わると、永琳は即座に将志の所へ向かった。
 シャトルの搭乗予定時刻よりはるかに早い主の登場に、将志は首をかしげた。

 「……主? どうかしたのか?」

 「シャトルの発射時間が繰り上がったわ。もうすぐ発射するから急いで乗りなさい」

 「……了解した」

 永琳の言葉に頷き、将志は自分が乗る予定のシャトルに乗り込む。
 永琳もシャトルに乗り込むと通信室に入り、月の先遣隊との通信を始めた。

 「月管制塔!! 当方は妖怪達の攻撃を受けているわ!! 今から残りの全機が発射するから急いで準備しなさい!! ……無茶でも何でも良いから、死ぬ気でやりなさい!! アウト!!」

 永琳はそう言うと、通信を一方的に切断した。
 ちょうどその時、外から新たな報告が飛び込んだ。

 「緊急連絡!! 妖怪達が基地内への侵入を始めました!! 物凄い勢いでこちらに侵攻しています!!」

 「何ですって!?」

 その報告に永琳は眉をしかめた。
 妖怪達の侵攻速度が算出されたものよりもはるかに速かったのだ。
 永琳は俯き、唇を強く噛んだ。
 切れた唇からは血が流れ、その白い肌に赤く線を引いた。
 そして、永琳は苦渋の決断を下した。

 「……軍部に通達!! 発射までシャトルを防衛しなさい!! 生き残れば絶対に救援を寄越すわ!!」

 その通達を受けて、軍の兵士達が次々とシャトルから飛び出し、シャトルを守るべく妖怪達との戦闘を開始した。
 兵士たちは理解していた。
 この戦場が自分達の死に場所になると。

 「総員、何が何でも、燃え尽きるまでシャトルを守り通せ!!!」

 兵士たちは仲間を守るため、自らの命を捨てて奮戦する。
 
 「お前達、何としてでも人間共が月に行くのを阻止しろ!!」

 一方の妖怪達も、何か譲れないものがあるらしく、捨て身の攻撃を仕掛けてくる。
 一人、また一人と人間もしくは妖怪が倒れていく。
 戦況はしばらくの間膠着状態に陥っていたが、物量に優る妖怪達が段々と押し始める。

 「準備完了しました、発射します!!」

 そんな中、一機、また一機とスペースシャトルは月に向かって飛び立っていく。
 そして、残るは永琳たちが乗ったものただ一機となった。

 「ほ、報告します!! 1,4,7中隊、全滅しました!! 我が隊もほぼ壊滅、うわあああああああああ!!!」

 通信機からは、防衛部隊からの戦況報告が届く。
 そしてそのほとんどが、隊員の全滅を知らせるものだった。
 永琳はそれを悲痛な面持ちで聞き届ける。

 「管制塔!! 発射許可はまだ出ないの!?」

 「こちら月管制塔、許可が下りました!! 準備が整い次第発射してください!!」

 「了解!! 機長、ただちに発射を……」

 永琳は窓の外を見て凍りついた。
 何故なら、窓の外にこちらに迫ってくる妖怪の大群が見えたからだ。
 その前には防衛部隊はすでに存在していなかった。
 
 ――――間に合わない。

 永琳は奥歯を噛みしめ、来るべき衝撃に身構えた。



 ……しかし、いつまで経っても衝撃は来なかった。
 永琳が不思議に思って窓の外を見ると、妖怪達の大群を銀が切り裂いていくのが見えた。

 「ま、まさか!!」

 永琳は窓に駆け寄り、外を注視した。
 そこには、妖怪の大群を相手にたった一人、槍一本で立ち向かう銀髪の青年の姿があった。

 「将志!!」

 永琳は青年の名を叫んではめ殺しになっている窓を叩く。
 すると将志はそれに気が付き、永琳の方を向いた。
 そして、今までにない形相で永琳に何か言葉を発した。
 それは明らかにこう言っていた。

 主!! 何をやっている、早く行け!! ……と

 永琳はそれを見た瞬間、思わず息を飲んだ。

 「……っ……機長!! 準備が整い次第発射しなさい!! この戦場で散っていった者のためにも絶対に月に行くわよ!!」

 永琳は血が出るほどに拳を握りしめ、涙をこらえながらそう言った。
 ……その言葉は、天才ゆえに周囲から敬遠されてきた自分を主と呼ぶ、初めての親友との別れを意味していた。




 一方、シャトルの外では、将志が妖怪達を相手に手にした銀の槍で戦っていた。
 そんな彼の胸中には、主を守るという、強い使命感が渦巻いていた。
 その思いに応えるように銀の槍は主に害を為す妖怪達を薙ぎ払っていく。

 「……はああああああ!!!」

 将志が槍を一振りすれば、近くにいた妖怪がまとめて倒れる。
 一突きすれば、前にいた妖怪がまとめて串刺しになる。
 その戦いぶりは、まさに獅子奮迅と言っても過言では無かった。

 「くっ……人間共の中にこれほどの者がいたとは……」 

 大将格であろう妖怪が将志の戦いぶりを見て、思わずそうこぼした。
 妖怪の大将は将志を見やると、妖怪達に指示を出した。

 「者ども、あの男は無視して背後の宇宙船を破壊せよ!!」

 大将の指示に従って、妖怪達は一斉にシャトルに向かっていく。

 「……船には誰一人として手を触れさせん!!」

 将志はその妖怪の中を眼にもとまらぬ速さで駆け抜ける。
 銀の軌跡が通り過ぎた所にいた妖怪は、一斉に崩れ落ちた。
 その様子を見て、妖怪の大将は将志を睨みつけた。

 「……貴様、妖怪だな?」

 「……それがどうした」

 「妖怪の身でありながら、何故人間に味方する?」

 妖怪の大将の言葉を聞いて将志は深々とため息をついた。

 「……何かと思えばそんなくだらない話か」

 「何だと?」

 心底くだらないと言った表情で放たれた将志の言葉に、妖怪の大将は眉を吊り上げる。
 それに対し、将志は妖怪の大将を睨みつけ、槍の先端を大将に突き付けた。 

 「……妖怪であろうが人間であろうが関係ない。俺はこの身に代えても主に忠を尽くし、主を守る。……誰に何と言われようと、俺はこの意志を貫く!!!」

 そう言う将志の黒曜石の様な黒い瞳には、その言葉を裏付けるかのように強烈な意志が宿っていた。
 直後、その背後から轟音が鳴り響き、強烈な突風が吹き始めた。
 スペースシャトルが発進し、月に向かってどんどん高度を上げ始めた。

 「くっ、者ども、追え!!」

 大将の一言によって妖怪達は飛び立つシャトルに向かって飛び付き始める。
 その様子は、横から見ると塔の様に空へ向かって伸びていた。

 「……その船に、主に触るなぁ!!!」

 将志はその妖怪の塔を作りだす妖怪を蹴散らしながら、神速とも言える速度で駆け昇っていく。
 それは、一本の銀の槍が天を貫かんばかりに伸びていくように見えた。

 「おおおおおお!!!」

 「ぐええええええ!!!」

 そして将志は、その塔の最上部にいた妖怪を貫く。
 いつしか将志は永琳の乗るスペースシャトルを追い抜いていた。
 後ろから追いかけてくる妖怪はもういない。
 将志は慣性に身を任せ、空を漂う。
 その空中で止まった将志を、スペースシャトルはゆっくりと追い抜いていく。
 将志がすれ違うスペースシャトルを見ると、ちょうど窓から中を除くことができた。

 その窓には悲しみを抑えきれず、涙を流しながらこちらを見ている永琳の姿が映っていた。

 「……主……」

 将志は、そんな永琳に笑いかけた。
 自らの主を守り切ったことによる達成感と安堵感から生まれた笑みだった。
 それを見て、永琳は呆けた表情を浮かべて泣くのをやめた。
 
 そしてスペースシャトルは完全に将志を抜き去り、宇宙に向かって飛び出していった。

 「……ぐあっ!?」

 その直後、将志は相手の妖怪の攻撃を受け、地上に落下する。
 地上には、刃の根元に蔦に巻かれた黒曜石が埋め込まれた銀の槍が落ちてきた。
 
 「ぐあああああああああ!?」

 その槍は、まるで意思を持っているかのように妖怪の大将を貫いた。
 銀の槍に貫かれた妖怪の大将は、音もなく砂の様に消え去っていく。
 それに呼応するかのように、戦う相手のいなくなった妖怪達も次々とその場から去っていった。



 ……そして、誰も居なくなったその場には、一本の銀の槍だけが残された。


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 転げまわりたくなる話である。
 だって、何だかとっても中二っぽいんですもの。
 自分じゃこんな展開しか思いつかなかったし。

 それでは、ご意見ご感想お待ちしております。



[29218] 番外:槍の主、初めての友達
Name: F1チェイサー◆5beb2184 ID:398d58fa
Date: 2011/08/13 21:16

 今回はちょっと番外編。
 永琳が月に行く前のお話。

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 天に届かんばかりにそびえたつ摩天楼群から離れた位置にある森の近くに、一つの研究所があった。
 その研究所はある一人の天才のために与えられた、専用の研究施設だった。

 「ふぅ……こんなものかしらね」

 その天才と言われる銀色の髪の女性、八意 永琳は一人研究を続ける。
 彼女がいる最新設備がそろった研究所では、工学、医学、薬学、理学、生物学、そして妖怪に関する研究など、幅広い研究がおこなわれている。
 そのすべてに精通する永琳の提出する論文は、全てがその最先端を行っていた。
 よって討論をしようにもそれについて行けるものが居らず、それならばその思考を邪魔することがないようにと、永琳以外は入ることが出来ない研究所が与えられることになったのだ。

 故に、常に一人だった。
 しかし、永琳はそれを特に気にすることは無い。
 何故なら、彼女は常に一人だったからだ。

 永琳は幼いころから才気を発し、周囲から注目を浴びてきた。
 その凄まじいまでの才能から、永琳は英才教育を受け続けることになった。
 永琳は驚くほど短期間でものを学び理解し、全てを理解すると講師を変え、その知識を深いものにしていった。
 そして気が付けば、周囲から天才と呼ばれ、尊敬を集めていた。
 しかし、そんな人生を送っていたため、永琳は友人との語らいや、人並みの恋などを経験することは無かった。
 更に言えば、永琳はそんなことを気にすることもなかった。
 その存在そのものを知らなければ、気にしようもないのだ。
 それ故に、永琳は自分が一人でいることに何の疑問も抱かなかった。

 そんな彼女に、ある日転機が訪れた。
 永琳はその日、自室で研究レポートをまとめていた。
 内容は、妖怪の生態学に関する最新レポートであった。
 すると、突如モニターに異常を知らせるシグナルが点った。
 研究所内のセキュリティシステムが、永琳以外の生体反応を感知したのだ。
 しかもそのシグナルは妖怪のものだった。
 そしてそれは、研究所の敷地の隅にある倉庫エリアから出ていた。

 「嘘……何でこんなところに……!!」

 永琳はとっさの判断でその倉庫に向かうことにした。
 妖怪の中には、すぐれた知能を持つ者もいる。
 それが、倉庫の中の道具を使って大暴れする可能性がある。
 ならば、警備隊に通報するよりも先に自ら抑えに行く方が良い。
 そう判断した永琳は、武器を隠し持って倉庫に向かうことにした。

 倉庫エリアに着き、永琳は漂っている妖力を辿って場所を特定する。
 その結果、首をかしげることになった。
 その倉庫はこのエリアの中でも特に古びた倉庫で、この研究所が出来る前からあったものだった。
 そしてその倉庫の鍵は、しっかりと掛ったままだったのだ。
 しばらくして、壁を通り抜けられる妖怪の可能性を考えることで納得した永琳は、急いで倉庫の鍵をあけることにした。
 倉庫の扉をあけると、中のほこりが舞い、光が差し込む。
 
 そして、そこには一人の青年が立っていた。
 
 青年は眩しさから眼を手で覆っていて、その反対の手には銀色の槍が握られていた。
 永琳は、彼を見て内心驚いた。
 何故なら、妖力の流れが青年からではなく、手にした槍から流れているからだ。
 それを見て、永琳はこの倉庫に置いてあった槍が長い年月を経て、今この時に妖怪になったと結論付けた。
 その結論に、思わず永琳は笑みを浮かべて言葉を発していた。

 「力を感じて来てみれば……妙な存在も居たものね」

 永琳がそう言うと、目の前の妖怪は手にした槍を彼女に向けた。
 その黒曜石の様な瞳には、強い警戒心が生まれていた。

 「あら、私と戦うつもりかしら?」

 永琳はそれに対して敢えて笑顔で挑発した。
 もしこの妖怪の糧が恐怖であるのならば、それを容易に見せるのは危険であるからだ。
 更に言えば、生まれてすぐの妖怪ならば自分でも倒せると踏んでの判断だった。

 「……それは貴様次第……ッ!?」

 妖怪は何か言おうとしたが、突然言葉を詰まらせた。
 良く見てみると、その眼は焦点が合っておらず、どこか遠くを見ているような眼をしていた。
 永琳は少し警戒しながら事の次第を見届けることにした。
 しばらくすると、妖怪は槍を収めた。

 「……いや、女子供に向ける刃は無い。失礼した」

 殺気を引っ込めて、申し訳なさそうに頭を下げる妖怪。
 それを見て、永琳はその意外な行動に笑みを深めた。

 「そう……気配は妖怪だったから襲われるかと思ったけれど、意外と紳士的なのね、あなた」

 永琳がそう言うと、妖怪は無言で視線を切った。
 興味がない、と言うよりは紳士的だと言われてくすぐったかったのだろう。
 おまけに、視線を切るという動作から目の前の妖怪の敵意が無くなっていることも感じ取ることができる。
 永琳は、そんな妖怪に興味を持った。

 「訊いても良いかしら? あなたは何者?」

 「……分からない。気が付けばここにいたからな……分かることと言えば俺は多分この槍だったのだろうと言うことぐらいだ」

 永琳の問いに妖怪は首をゆっくりと横に振った。

 「つまり、自分がその槍だったということしかわからないのかしら?」

 「……ああ」

 永琳はその妖怪の眼をじっと見つめながら妖怪に質問を重ねた。
 妖怪の声色に嘘は見受けられず、また眼の動きも落ち着いているため、永琳は彼の言い分が本当であり、彼は生まれたばかりであると確信した。
 それから永琳は少し考えて、目の前の銀髪の妖怪の肩を叩く。
 妖怪がそれを受け入れたことから、永琳はこの妖怪の敵意が完全になくなっていることを確信した。
 そこで、永琳の中である一つの面白い考えが浮かんだ。

 「それなら、私がわかる範囲で教えてあげるわ。あなたみたいな存在は始めてみるけど、大体のことなら想像は付くしね」

 「……良いのか?」

 「もちろん。私の名前は八意 永琳。あなたの名前は……って分からないわよね。困ったわ、なんて呼べばいいのかしら?」 

 永琳がそう訊ねると、妖怪は少し困ったように額に手を当てた。
 すると、妖怪の眼の焦点がまた急に合わなくなり、宙をさまよいだした。
 そしてしばらくすると、妖怪はゆっくりと口を開いた。

 「……槍ヶ岳 将志。そう名乗ることにしよう」

 これが、一人の天才と銀の槍妖怪の出会いであった。
 その後、この槍妖怪が自分を主と呼び出したり、身体テストが異常な結果だったり色々あって、永琳はそのたびに驚くことになる。

 その日の夜。
 永琳は自室に戻り、日誌をつけるべく端末の前に座った。
 モニターには研究室で行われた実験のデータが次々と映し出されており、永琳はそのデータをレポートにまとめる。
 全てのデータがまとめ終わって端末の電源を落とそうとした時、ふと永琳の動きが止まった。

 「……そうだ」

 永琳はそう呟くと、端末を操作してモニターに新しいファイルを作成した。
 そのファイルには、『妖怪観察日誌』と題をつけ、早速記録をつけるためにそれを開いた。


 ○○/○/○
 倉庫エリア16番倉庫にて生体反応を感知、生後間もない妖怪を保護した。
 外見は身長175cm、体重65kg、銀髪黒眼の10代後半から20代前半くらいの人間の男性型で、小豆色の胴着と紺色の袴を着用していた。
 個体は『槍ヶ岳 将志』と名乗り、著者のことを主と認める様になったことから、刷り込みが発生したと考えられる。
 身体能力は異常なほど発達しているが、耐久力のみ人間以下であった。
 能力は発現しており、『あらゆるものを貫く程度の能力』であるらしいことが判明した。
 妖力に関しては生まれて間もないが、既に中級妖怪以上の力を見せている。
 これに関しては、本体である槍が既に長い年月を経ておりかつ、持ち主の残留思念が強かったためと考察される。
 知性は言語を操りこちらの言うことも理解をしているところから、人間と同等程度の知性を有すると考察される。
 しかしながら、以上の知見はまだ確実と呼べるものではなく、これから検証していく必要がある。
 よって、本日より人間が妖怪を育てた事例のサンプルとして、『槍ヶ岳 将志』に関して観察日誌をつけるものとする。


 「……こんなところかしらね」

 永琳はその記録を保存すると、今度こそ端末の電源を落とした。
 その横にあるモニターの電源をつけて確認すると、将志はベッドの上で槍を抱えたまま座り込んで眠っていた。

 「ふふっ、まるで戦争中の武者みたいね」

 将志の寝姿に、永琳は思わず笑みを浮かべた。
 永琳はモニターを消し、部屋の電灯を消してベッドに横になった。



 翌日の朝、永琳が学会のために朝早く起きてモニターを確認すると、観察対象はそこに居なかった。
 永琳は少し考えて脱走の線は消し、研究所内を探すことにした。
 しばらく探していると、中庭からかすかに声が聞こえてきた。
 永琳はそこに向かうことにした。

 「……はあっ!!」

 そこでは、将志が槍をふるっていた。
 彼の槍は月明かりに照らされて、幻想的に冷たく輝いていた。
 それが、将志の手によって縦横無尽に動き回り、銀の線を残していく。
 担い手である銀の髪の青年は洗練された動きで槍を振るっていく。
 その動きはまるで踊っているかのような、神秘的で華麗なものだった。

 「…………」

 気が付けば、永琳は我を忘れてそれに見入っていた。
 永琳にはその動きがどこか物悲しく、それでいて強い意志が込められているように見えた。
 しばらくして、将志が気付いて寄ってくるまで永琳はそれを見続けていた。
 永琳は何故槍を振るうのか、と将志に尋ねた。

 「……そうだな……何故かそうしなければならない様な、そんな気分がした。何と言うか、体が槍を求めている、そんな感じだ」

 すると、将志は手にした槍を見つめながらそう答えた。
 永琳はその視線の先を追った。
 銀の槍は何も語らず、月明かりを受けて輝いている。
 しかし、永琳はその槍から言葉に出来ない様な強い意志を感じ取った。
 それは、『主の命がある限り、主を守り通す』という、悔恨を孕んだ強い意志だった。
 その温かい意志を受け、永琳は将志に笑いかけた。

 「そうだ、せっかくだからもう少しあなたの槍捌きを見せてもらえないかしら? あなたの槍、月明かりで光ってとても綺麗に映るのよ」

 永琳は観察のためではなく、純粋に将志が槍を振るう姿が見たいと思った。
 将志はそれに応え、再び槍を振るい始める。
 そして演武は日が昇り始めるまで続き、永琳は学会に遅刻しかけて送ってもらう羽目になるのだった。



 学会から帰ってきた永琳は、研究室内に漂う醤油の焼ける匂いに気付き、首をかしげた。
 台所に行ってみると、将志が真剣な表情で眼の前で焼かれている豚肉を見つめていた。
 何をしているのか聞いてみれば、

 「……今朝方、主は朝食を摂ることが出来なかった。だが今日俺が送っていった時、時間は10分残っていた。と言うことは食事の準備を俺がしていれば主はわずかでも朝食を摂れたはずだ。ならば俺が食事を用意することが出来れば、忙しい主の手伝いになると思ったのだが……」

 という答えが返ってきた。
 永琳はまさかそんなことを考えているとは思わず、唖然とした表情を浮かべた。
 ふと、その横を見てみると、大量のキャベツの芯や、豚肉のパック等が置いてあった。
 その様子から、将志が何度も何度も作り直しをしたことが垣間見えた。
 自分のために一生懸命頑張った将志の様子が微笑ましくて、永琳は思わず笑顔を浮かべた。

 「ふふふ、ありがとう。それじゃあお願いしても良いかしら?」

 「……任された。今はまだ献立も少ないが、その辺りは勉強させてもらおう」

 永琳がそう言うと、将志は嬉しそうにそう言って台所に入っていった。
 その後、永琳が将志の体に犬の耳と尻尾が生えているのを想像して笑いそうになったり、将志が料理に槍を使っていたことに呆然としたり色々なことがあった。


 その夜、永琳は端末の電源をつけると一番にペン型のデバイスを手に取った。
 その理由は、将志にあげる妖力を抑える道具のデザインの決定のためであった。
 将志には、もう漏れ出す妖力を抑えるための道具を作ってあると言ってある。
 しかし、実際はそう言わないと将志は遠慮して作らなくて良いと言いかねないため、そう言ったのだった。
 つまり、永琳は一晩で妖力を抑えるための道具を作らなければいけなくなったのだ。

 「どんなデザインにしようかしら……」

 永琳はペンを握って考える。
 実際、妖力を抑える道具を作ること自体は永琳の手に掛れば楽な物である。
 本人のイメージから、材質はもう銀と黒曜石と決めてある。
 問題はどんなデザインにするかであった。
 常に身に付けられるようなアクセサリーの形をとることは既に確定。
 料理を作ると言う点から指輪やブレスレットは不可。
 服装からベルトやタイは却下。
 ピアスは本人のイメージにどうしても合わせられなかったため、不採用。
 結果的に、道具はペンダントの形を取ることになった。
 次はペンダントの形とした際のデザインである。
 黒曜石が中心になるのは既に確定済み。
 後はそれに銀をどの様に組み合わせるのかが問題であった。
 永琳は、材料となる黒曜石を見つめた。
 その透き通った黒い色は、強い意志を秘めた槍妖怪の瞳の色に良く似ていた。

 「……そうね」

 永琳はおもむろにペンを走らせ始めた。
 思いついたのはゆがみない真球に削りだした黒曜石を、銀の蔦で覆うようなデザイン。
 そのデザインは、永琳の将志に対するイメージから考えられたものだった。
 もし私が本当に危険な目に遭ったら、将志は本気で命を捨ててでも自分のことを守りかねない。
 そうなったときに、誰かが彼を守ってくれるように。
 永琳は出会って間もない妖怪の本質を見抜き、真っすぐな心の将志を真球の黒曜石に見立て、それを支える生命として銀の蔦で覆うデザインにしたのだ。

 「……これで良いわね。それじゃあ、作るとしましょう」

 永琳は出来たデザインを加工する機械に送信し、作業を開始させる。
 それから手早くデータをまとめると、その日の日誌をつけることにした。



 ○○/○/X

 槍の残留思念は強いらしく、本能的に槍を振ることを求めているようであった。
 その腕前は素人目に見ても見事なものであり、前の持ち主の技術が受け継がれたものと考察する。
 また、料理の勉強を始め、その探求に意欲を見せたところから、やはり人間並みの知性は有しているものと考えられる。
 本妖怪の性格は妥協を許さない性格であると同時に、心を許した者にはかなり尽くす性格の様である。
 なお、経験が浅いためか包丁代わりに槍を使うなどの奇行も見られたため、まだ成長過程にあるとも考えられた。



 「……これで良いわね」

 永琳はそう言うとモニターで将志が寝ていることを確認したのち、眠りについた。



 それからしばらくの間、二人きりの生活が続いた。
 永琳は観察の一環として会話を重ね、話すごとに将志のことを理解していく。
 将志は主のために日々努力を重ねていく。
 少しでも主を喜ばせようと、永琳の実験に負けないほど料理の研究を重ね、有事の際に主を守れるように鍛錬を忘れない。
 そんなひたむきに自分のためにと尽くしてくれる将志に、永琳は段々と心を許していく。
 永琳にはここまで近くで尽くしてくれる存在と接するのは初めてであり、その存在が輝いて見えたのだ。
 そして気が付けば、永琳は観察するために将志と関わるのではなく、将志と関わるために観察をするようになっていた。
 悲しいことに近くに親しい友人など居なかった永琳はどう接すればいいのか分からないため、将志に話しかけるのに理由が必要だったのだ。
 ……もっとも、当の将志はそんなことこれっぽっちも気にしちゃいないのだが。


 そんな中、火種は放り込まれたのだった。
 ある日永琳がいつものように将志が槍を振るうのを見に行くと、将志が話しかけてきた。

 「……おはよう、主」

 「おはよう、将志。今日も朝から元気ね」

 永琳は将志に挨拶を返すと、将志の表情がいつもより心なしか柔らかい様な気がした。

 「あら、そう言えばいつもより表情が柔らかいわね。どうかしたのかしら?」

 その発言に対して、将志は微笑を浮かべて答えを返した。

 「……いや……少し良いことがあっただけだ」

 「それは良かったわね。良かったら何があったか聞かせてもらえるかしら?」

 「……ああ。実は、妖怪に知り合いが出来たのだ」

 「……え?」

 永琳は将志の言葉を聞いて一瞬固まった。

 「……それで、その妖怪に妖力の使い方を教わることになったのだ」

 そんな永琳に合わせて将志も立ち止まる。
 一方の永琳は呆然としたままその言葉を聞いていなかった。
 将志は元々妖怪である。
 その将志が妖怪と関わると言うことは、今は人間側についている将志が妖怪側に移ってしまう可能性が考えられたのだ。
 もちろん、将志の性格を考えればその可能性は限りなく低いと言える。
 しかし、妖怪の人間に対する評価を聞いて失望し、離れていってしまう可能性がない訳では無かった。
 その可能性に、永琳は危機感を覚えた。

 「……将志、その妖怪はどんな妖怪なのかしら?」

 「……良くは分からんが、誰かを笑顔にする妖怪と言っていたな」

 俯いた永琳の言葉に、将志は表情を変えずに答えた。

 「悪いけど、私はそれを信じる訳にはいかないわ。その妖怪があなたを騙している可能性は考えなかったのかしら?」

 「……そうだとしても、俺はあの妖怪に会う事で得られるものがあると思っている。それに、あいつを主に合わせるつもりは毛頭ない」

 「駄目よ、相手が幻惑するタイプの能力を持っていたらあなたどうするの?」

 「……ならば主、それを防ぐことのできるものを作ってくれないか?」

 「今はその材料が無いわ。だから無理よ」

 「……それならば俺の方で材料を発注しておこう。材料を言ってくれ」

 「……発注はこっちでするから良いわ」

 いつもと違って頑なにその妖怪の知り合いに会うと言ってきかない将志。
 そんな彼に、永琳はいらだちを募らせていく。
 すると、将志は永琳の様子の変化に気付き、問いかける。

 「……主? どうかしたのか?」

 「何でもないわよ」

 永琳は早足で廊下を歩いていき、将志はその後を追う。
 将志が追いつきそうになると、永琳は更に歩く速度を挙げた。

 「……何でもないことは無かろう」

 「あるわよ!!」

 「……では、何故泣いている?」

 「……っ!!」

 将志の言うとおり、永琳の眼からは涙があふれ出していた。
 それを指摘された永琳は立ち止り、その場で肩を震わせる。
 将志はそんな永琳の前に立ち、深々と頭を下げた。

 「……主、俺が何か不義を働いたと言うのならば謝ろう。だが、俺は何としても主のために強くなりたいのだ。ここで妖力が使えなかったから主を守れないなどと言うことになる、こうなったら、俺は死んでも死にきれん!! 主、対価なら何でも払おう、だからこれだけは許してくれ!!」

 永琳は将志の言葉を聞いて、こぼれる涙を手で拭った。

 「……私の、ため?」

 「……当たり前だ。主が何を考えているかなど、俺には分からん。だが、俺が主から離れていくことはあり得ん。俺はこの槍に誓って、主への忠を尽くすつもりだ」

 将志の言葉は優しく、それでいて並々ならぬ決意がこもっていた。
 その言葉を聞くと、永琳は深呼吸をして将志の顔に目を向けた。 

 「そう……なら、少し私の話を聞いて行きなさい」

 将志はその言葉に姿勢を正した。
 永琳は軽く息をつくと、ゆっくりと話を始めた。

 「私はね、幼いころから天才と言われてずっと大事にされてきたわ。自分が何かをするたびに周りはそれを褒めてくれて、私は幼心にそれが嬉しくて褒められたい一心で勉強を始めたわ」

 「……主らしいな。それで?」

 「それはもう色々なことを勉強したわ。学問と言う学問は網羅した。それでも飽き足らず、研究者になって更に勉強しようとしたわ。研究者になれば新しいことを発見できるし、学者同士の意見の交換は一番の勉強になる……少なくとも、私はそう思っていたわ」

 ここまで話すと、永琳は若干声のトーンを落とした。
 将志は眼を閉じ、次の言葉を促すことにした。

 「……と言うことは、違ったのだな」

 「ええ……結果的にはそうなるわ。実験をしても自分の理論通りの結果しか出ない。意見交換をしても誰も私の話について来れない。周りの評価も変わったわ。もてはやすのは変わらないけど、『私なら出しても当然』っていう感じになったわ」

 「……それは、辛いことだったのか?」

 「少し退屈ではあったわね。でも、全ては私の掌の中って言う優越感があったし、叩かれているわけでもなかったから辛くはなかったわ」

 永琳は何でもないことのようにそう言う。
 それに対して、将志は首をかしげた。

 「……では、問題は無かったのではないか?」

 「……○○年○月○日。全てが始まったのはこの日よ。将志、この日が何なのか分かるでしょう?」

 永琳は眼を閉じ、その意味をかみしめる様にとある日付を口にした。
 将志はその日付を聞いて、あごに手を当てて考える。
 そして、ふと気が付いたように顔を挙げた。

 「……俺が、ここに来た日……?」

 「そうよ。最初に話した通り、私があなたを拾ったのは単純な好奇心からだったわ。単純に学術的な意味で妖怪を人が育てたらどうなるのかを調べる。それだけの筈だった。でもね、そうはならなかったのよ。あなたは私のことを主と認めて、尽くすようになった。いつでも私のそばに居て、どんな些細なことでも話を聞いてくれて、私のために精一杯努力してくれた。そして、私はある日気が付いた」

 「…………」

 将志は永琳の言葉を無言で聞き続ける。
 将志の眼は、しっかりと永琳の眼を見据えていた。

 「私はあなたがくれたその温かさを、今まで褒めてくれた誰からももらっていなかったのよ。親の愛情を受ける間もなく勉強をして、講師と親しくなる間もなく次の講師に代わり、研究者は肩を並べる前に抜き去っていた。褒めてくれた人たちも、私の才能や知識しか見ていなかった。思えば私はずっと一人だったわ……」

 不意に永琳は将志に微笑んだ。
 その笑みは、優しく温かく、どこか儚い笑みだった。

 「だから、それに気が付いた時はあなたに心の底から感謝したわ。あなたが居なければ、私はあんなに温かい気持ちを一生知らなかったかもしれない。私には、友達と言える人も居なかった、しね……」

 言葉を紡ぎながら、永琳の笑顔はどんどん崩れていく。
 言い終わるころには俯いて、肩が震えはじめていた。

 「……だから、私はあなたを絶対に失いたくない!! あなたをその妖怪に取られたくないのよ!! 将志、お願いだから私を置いて行かないで!!!」

 永琳は自分の感情の全てを将志にぶつけて、将志に飛び付いて泣き始めた。
 泣き叫ぶような永琳の言葉を聞いて、将志は溜め息をついた。

 「……主、失礼する」

 「え?」

 将志はそう言って腰に抱きついた永琳をそっとはがして、両肩に手を置いて永琳の眼を覗き込んだ。
 永琳は呆然とした様子でそれを受け入れる。
 そして、将志はそっと永琳を引き寄せて――――――





















 「……てい」

 永琳の頭にからてチョップを喰らわせた。

 「あいた!?」

 永琳は訳が分からず、頭を抱えてその場に屈みこんだ。

 「……すまん、あまりに遺憾だったのでこのようなことをさせてもらった。主に忠を誓った俺が、どうして主を置いて立ち去ると言うのだ? もう少し信頼してくれても良いと思うのだが?」

 「……はい……」

 「……挙句、その胸の内を隠して俺に突っかかって八つ当たりをするとは……正直悲しいものがあるのだがな?」

 「はい……はい……」

 ふてくされたような態度で淡々と文句を言う将志に、永琳は頭を抱えたまま返事をすることしか出来なかった。
 ふと、しゃがみこんでいる永琳の顔を将志は覗きこんだ。

 「……主、俺はその必要がない限り、決して主を置いていくようなことはしない。それに友人が居ないと言っていたが、俺が友人では駄目なのか?」

 その一言に、永琳はキョトンとした表情を浮かべる。

 「ま、将志? 私はあなたを研究対象にしていたのよ?」

 「……主は友人と言う言葉に少し固くなりすぎてはいないか? 元の扱いなどどうでもよかろう。友人とはもっと気軽な物だと思ったのだが……」

 「で、でも、あなた私のことは主って……そ、それに人間が友達で良いのかしら?」

 「……友人に身分も種族も関係ないと聞いたが?」

 「……え、ええと……良いのかしら?」

 「……そもそも、良くなければ普通このようなことは言わんと思うが……それとも、俺と友人になるのは許容できないのか?」

 「い、いいえ、そんなことは無いわよ!?」

 混乱している永琳の言葉に、将志はこれ見よがしに大きくため息をつく。
 それに対して、永琳は大慌てで将志の言葉を否定した。
 それを聞いて、ようやく将志は微笑を浮かべた。

 「……なら、これで俺と主は友人だな。今後とも宜しく、主」

 「え、ええ、宜しく」

 そう言いながら二人はがっしりと握手をした。
 その時、ふと思い出したように永琳が将志に声をかけた。

 「そう言えば、少し良いかしら?」

 「……む? どうした、主?」

 「それよ。せっかく友達になったのに、何で未だに『主』って呼ぶのかしら?」

 「……これは俺のけじめだ。俺は二君には仕えん、故に主と呼ぶのは主だけだ」

 「普通に名前で呼んでくれても良いと思うのだけれど?」

 「……それでもだ。俺は主にずっと仕えると言う、この気持ちを忘れたくは無い」

 「あら、そう呼ばなきゃ維持できない気持ちなのかしら?」

 「……そう言う訳ではないが、俺の気持ちの問題だ。すまん」

 そう言って頭を下げる将志に、今度は永琳が大きくため息をついた。

 「……はぁ、分かったわよ。それじゃあ、気が向いたら私のことを名前で呼びなさいな」

 「……気遣いに感謝する」

 そう言いながら、友人同士になった二人は朝食のために台所に向かった。
 その日の食事は、いつもよりも少しだけ豪華だった。

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 という訳で、将志が現れてから愛梨がやってくるころまでの、永琳サイドのお話でした。
 ……なんと言うか、友達一人作るのにすげえ会話してんな……
 

 それでは、ご意見ご感想お待ちしております。



[29218] 番外:槍の主、テレビを見る
Name: F1チェイサー◆5beb2184 ID:398d58fa
Date: 2011/08/14 22:47
 今回も番外。
 ちょっと短め。

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 将志が永琳の友人となってしばらく経ったある日のこと、永琳はいつものように研究所で実験データを見ながら理論を組み立てていた。
 この日将志は出かけており、いつ帰ってくるか分からないとのことだった。

 「……それにしても、将志はどこで何をしてるのかしら……」

 永琳はやたらと気合の入った表情を浮かべて出かけていった親友の顔を思い浮かべた。
 一度考え出すと、永琳は組み立てていた理論を一度棚に置き、大きく伸びをした。

 「さて、喉も渇いたことだし、一度休憩にしようかしら」

 永琳はそう呟くと、台所に言ってお茶を淹れ、休憩室にやってきた。
 その白い壁紙の休憩室のなかには観葉植物などが植えられていて、リラックスできる空間になっていた。
 その部屋にある白いソファーに座ると、永琳はお茶をすすった。

 「……ふぅ、やっぱり将志が淹れたお茶には敵わないわね……」

 日ごろ世話をしてくれている親友に感謝しながら、永琳はテレビの電源を入れた。
 すると、いつも将志が見ている番組が放送されていた。
 なおこの番組は、ふだん所謂ゴールデンタイムに放送されている視聴率の高い番組であった。

 「さあ、生放送でお送りしている今日の料理の超人スペシャル、数多くの料理人達のによって繰り広げられてきた激戦を勝ちあがってきた男が、満を持して超人に挑みます!! それでは、出でよ挑戦者!!」

 司会の一言でスモークが噴き上がり、ゲートが煙で覆われる。
 永琳はお茶を飲みながら新聞のテレビ番組表を見て、見たい番組を探している。

 「本日の挑戦者、並み居る強豪を相手に奇抜なセンスの料理を繰り出し、圧倒的なポイントで薙ぎ倒してきた最強の素人、槍ヶ岳 将志の入場です!!」

 ぶはぁっ。

 永琳は突然聞こえてきた名前に緑茶を噴き出した。

 「……え?」

 永琳は緑茶にぬれた顔をぬぐうことも忘れ、呆然とした表情でテレビに眼を移した。
 するとそこには、いつも見慣れた仏頂面があった。

 「な、何をやっているのよ、あなた!?」

 そう叫ぶ永琳を余所に、司会は将志と話を始める。

 「槍ヶ岳さんはどこかで修業を積んでいらしたんですか?」

 「……いや、すべて独学だ」

 「それにしてはプロ顔負けの技をたくさん使っていましたが、どこで覚えたものですか?」

 「……この番組を見て覚え、出来るようになるまで、納得できるまで何度も練習をした」

 「あ、いつもご視聴ありがとうございます。それと、これまでユニークな料理が多く出ていましたが、あれはどうやって考えられたものなんですか?」

 「……単に味が合いそうだから作ったものだ。恐らく、学がないからこそ出来たものだと思う」

 「それでは最後に、今回の戦いに対する意気込みをどうぞ」

 「……応援している人のためにも、全力を尽くす」

 永琳は淡々としゃべる将志が実はガチガチに緊張しているのが分かった。
 何故なら、眼を閉じっぱなしにして周りを全く見ていないからだ。
 これは将志の緊張した時に良くやる癖だった。

 「ありがとうございます。さあ、この恐ろしいまでの料理センスを持つ男を迎え撃つのは……」

 対戦相手を紹介している間に、永琳は台所から夕食を持ってくることにした。
 今日の夕食は、黄金の煮こごりを使った冷たい前菜に、じっくりと煮込まれたソラマメのポタージュ、冷めてなお芳醇な香りを放つパンに、肉が口の中でとろけるようなビーフシチュー、そして飴細工の飾りが付いたフルーツケーキ。
 ……誰がどう見ても、一般家庭で通常出るような料理では無かった。
 なお、この一見豪華なコース料理がここでは希望によって和・洋・中と形を変えて毎日出ている。
 しかも、材料は全て近所のスーパーで売られているありふれたものである。
 流石将志、まったくもって自重をしやしねえ。

 「それでは、調理、開始!!」

 司会の一言で料理が始まる。
 両者ともに会場の真ん中に置いてある食材から欲しいものを取り、調理を始める。
 料理の超人は流石のもので、次から次に手際よく料理を作っていく。
 一方の将志も、手際良く料理を作っているのだが……

 「……はっ!!」

 何かパフォーマンスが始まっている。
 フライパンから昇るフランべの火柱、宙を舞う料理、素早い飾り切り。
 その光景が面白いので、カメラは将志の手元に釘づけになる。

 ……実はこれ、愛梨が仕込んだ芸だったりする。
 愛梨が面白半分でやって見せたところ、将志が本気になり、猛特訓を重ねた結果が今の料理法である。
 なお、その技術は将志の体にしっかりと染みついており、眼をつぶってても出来るようになっていた。

 「…………」

 永琳は将志の料理の光景を見て食事の手を止め、手元にある料理をじっと眺めた。
 今食べている料理が、どんな様子で作られたのか気になったのだ。
 当然の反応である。

 「さあ、勝負も佳境に入ってまいりました!! 両名共に仕上げの段階に入っております!!」

 司会の言葉に、制限時間が迫っていることが言外に告げられた。
 
 料理の超人の料理は、見た目は正統派のフランス料理だが、中身は別物。
 細部まで事細かに仕事がしてあり、見た目も色鮮やかである。
 食べればその芳醇な味わいが口の中に広がるのは約束されたようなものである。

 一方の将志の料理は、一目で従来の料理の型にはまっていないことが分かる料理だった。
 パッと見たときには洋風に見えるが、アクセントを加えているのは和の食材である。
 色とりどりの食材で構成されたそれからは、どんな味がするのか想像もつかない。

 「それでは、試食タイムと参りましょう。まずは挑戦者、槍ヶ岳将志の料理からです!!」

 司会の一言で、将志の料理が審査員の前に運ばれてくる。
 そして、審査員たちは一斉にそれを口にした。

 「ンまぁーーーーーい!」

 「うーーーーーまーーーーーいーーーーーぞーーーーーーーー!!」

 二人目の審査員が評を口にした瞬間、画像が乱れた。
 画面はブラックアウトし、信号が途絶えたのが分かる。

 「……何事?」

 テレビの前の永琳は何が起きたのか訳が分からず、放送再開を待った。
 しばらくすると、別のカメラが起動し会場を映し出した。
 会場には、何故かビームか何かが薙ぎ払ったような跡があった。

 「えー、大変申し訳ありませんが、時間の都合上すぐに判定に移りたいと思います。それでは、点数の表示を、お願いいします!!」

 会場のライトが落とされ、ドラムの音が鳴り響く。
 テレビに映し出された将志は眼を閉じ、緊張した面持ちであった。
 それに合わせて、永琳も背筋を伸ばして、緊張した面持ちで結果発表を待つ。

 「挑戦者、9点、9店、10点、トータル、28点!! 超人、9点、9点、9点、トータル27点!! よって、挑戦者、槍ヶ岳将志の勝利です!! おめでとうございます!!」

 司会の言葉と共に将志にスポットライトが当たる。
 その結果を受けて、将志は誇らしげな微笑を浮かべて礼をした。

 「……お祝い、どうしようかしら?」

 永琳はテレビを見ながら、自分の親友と呼べる人物に対する祝いの品について考えだした。
 


 そしてその翌日。
 永琳が部屋で過去の文献を確認していると、通信が入った。
 相手は買い物に出ていた将志だった。

 「もしもし、どうかしたのかしら?」

 「……主、助けてくれ……」

 「え?」

 将志は若干疲れた声で永琳に答える。
 永琳は訳が分からず、聞き返した。

 「ちょっと、どうしたのかしら!?」

 「……何故かは知らんが、人に追われている」

 その言葉を聞いて、永琳は気を引き締めた。

 「将志、追手の人数は?」

 「……今は3人だ」

 「人並みの速度で撒ける?」

 「……いや、相手はかなり足が速い上に、チームワークが良い。人間の速度では振り切れん」

 「それじゃあ……?」

 永琳はここまで聞いて、少し考えた。
 もし妖怪だとバレているなら、将志は連絡するまでもなく返り討ちにしているはずである。
 しかし、将志はそれをしていない。

 「……将志。追手の装備は何かしら?」

 「……カメラだ」

 その言葉を聞いて、永琳は一気に脱力した。

 「……取材くらい受けてあげれば?」

 「……カメラは……苦手なんだ……」

 将志は半分泣きそうな声で永琳にそう話す。
 永琳はそれを聞いて小さくため息をついた。

 「……将志、一番早い方法を教えるわ」

 「……何だ?」

 永琳の言葉に、将志は少し明るい声で方法を訊いてくる。
 それに対し、永琳はニッコリ笑って答える。

 「……諦めなさい」

 「……ぐ……」

 永琳の非情なる一言を聞いて、将志は絶望の声を上げる
 それっきり、通信は途絶えた。
 無音になった部屋で、永琳は再び文献を読み始めることにした。




[29218] 銀の槍、旅に出る
Name: F1チェイサー◆5beb2184 ID:398d58fa
Date: 2011/08/15 23:38
 永琳達が月に移住してしばらくして、世界では人間と妖怪の対立が深刻な物になっていた。
 その切欠となった出来事は永琳達の月への移住が原因であった。
 月への移住が成功したのを切欠に、各地で人間達の月への脱出計画が練られるようになったのだ。
 それを妖怪達は見過ごすわけにはいかなかった。
 何故なら、妖怪の糧となるのはある種の信仰なのである。
 そしてその大部分を供給する人間の消失は、妖怪の消失を意味するのだ。
 妖怪達は自分達の生活を守るべく、人間を誰一人として月へ行かせまいとして、その拠点を攻撃していった。
 一方の人間達も黙ってやられるはずがない。
 人間達はある者は一人でも多くの人命を穢れのない月へ運ぶため、ある者は愛する人を守るために武器を取って妖怪に立ち向かい、散っていった。
 その戦いに善悪など存在しない。
 誰もが皆生きるために戦い、命を燃やしつくし、戦場の華と散っていった。
 そして、いつの日か戦火は世界中に広がり、多くの命を飲みこんで行く。


 後に、人妖大戦と呼ばれる戦いであった。


 かくして、世界を飲み込んだ人妖大戦が終結してから数年後。
 打ち捨てられた基地の中に、一本の槍が刺さっていた。
 その槍は穂先の中央に銀の蔦に巻かれた黒曜石の球体をあしらった、全身が銀色に光る見事な槍であった。
 数年間放置されていたにもかかわらずその槍には錆一つ見つからず、気高い輝きを放っていた。
 


 その日の空は雲ひとつなく、青白い満月の日であった。
 月の明かりは物悲しくも神秘的で、荒れ果てた基地を優しく照らし出していた。
 銀の槍も月明かりに照らされ、埋め込まれた黒曜石はかつて自分を構成していた、己が主を守るために奮戦し、見事に守り切った者の強い意志の籠った瞳の様に、誇り高い輝きを静かに放っていた。
 その輝きに答える様に月はその黒曜石を照らし続ける。
 すると、黒曜石は月の光をどんどん集めていき、強い輝きを放ち始めた。
 

 そしてその輝きが収まると、そこには銀髪の青年が現れていた。


 青年は辺りを見回し、自らの状況を確認した。
 自分の体には特に違和感は無い。
 身につけているものもいつもの通りの小豆色の胴着に紺色の袴、そして黒曜石のペンダントだ。
 違うものがあるとすれば、青年は黒い鞄を身に着けていた。
 中身を確認してみると、そこにあったのは一本の包丁であった。
 『六花』と銘打たれたその包丁は丁寧に包装されており、取り出すと再び担い手に握られることを喜ぶかのように光を放った。
 青年は自分の状況を確認し終えると、静かに目を閉じた。

 「……主」

 青年が思い浮かべたのは自らが守り通した主と呼んでいた女性のこと。
 ……主は息災だろうか。
 青年はそう考えるも、確認する手立てもないので振り払う。
 ここで、青年は主のとある言葉を思い出した。

 ――――――生き残れば絶対に救援を寄越す。

 主がそう言っていたのを思い出した青年は、静かに発射台の残骸により掛って地面に座った。
 そして、その日から青年はずっと待ち続けた。
 雨が降ろうと、雪が降ろうと、青年はそこから一歩も動くことなく、月からの迎えを待ち続けたのだ。

 その行動は無駄であると言うのに。
 正規の軍人は個人IDを登録することで生死が確認できるようになっていたのだが、当然将志にはそんなものは付いていないのである。
 よって、生存が確認できないのであるため、月からの迎えなど何億年経とうと来るはずがないのだ。
 それでも青年は待ち続けた。
 主に忠を尽くし、主を守る。
 その意志は、未だに貫かれたままだった。

 いくつもの夜を超えたとある日のこと。
 青年はいつも通り空を眺めていた。
 空は生憎の雨模様で、銀色の雲が一面を覆っていた。
 
 「……?」

 ふと、将志は何ものかの気配を感じてその方向を見た。
 それは長い間待ち続けていた中で、初めての他の存在を認知した瞬間であった。

 「……は、はは……こ、こんなことってあるんだ……」

 そこに立っていたのは一人の少女であった。
 オレンジ色のジャケットは雨に濡れており、トランプの柄の入ったスカートは擦り切れてボロボロになっていた。
 その表情は信じられないものを見たという感じであり、また雨で良く分からないが、その瑠璃色の瞳は泣いているようでもあった。

 「……愛……梨?」

 青年は自分の友人の、その懐かしい少女の名前を呼んだ。
 その瞬間、少女の手から黒いステッキが滑りおち、カランと音を立てて雨にぬれたコンクリートの地面に転がった。

 「将志君!!!」

 愛梨は将志の胸に飛び込んだ。
 将志はとっさに愛梨の小さな体を受け止める。

 「……みんな、みんないなくなっちゃった……もう誰も居ないと思ってた!!! もう誰も笑ってくれないって思ってた!!! 君がいてくれて本当に良かった!!!!!」

 愛梨は今まで溜めこんでいた感情の全てを将志に吐きだし、泣き始めた。

 「…………」

 将志はそんな愛梨をそっと抱きしめ、その全てを受け止める。
 二人は、雨が止むまでずっとそのまま抱き合っていた。




 雨が止むと、二人はお互いのことについて話し合うことにした。
 愛梨もさんざん泣いてすっきりしたのか、少し気は楽そうである。

 「……あれから何があった」

 「世界中で妖怪と人間が戦争をしていたんだ。それで、最初に人間がいなくなって、次は妖怪がどんどん消えていった。僕の周りの妖怪もみんな消えちゃったし、僕ももうすぐ消えてしまうところだったんだ。それで……消えてしまう前に君のことを見たくなってここに来たら……と言う訳さ」

 「……平気なのか?」

 「今はもう大丈夫だよ。将志君の感情が、さっきので伝わってきたから」

 そう言う愛梨は未だに将志に抱きついている。
 先ほどと違う点があるとするならば、今度は泣き顔では無くて穏やかな笑みを浮かべているところである。

 「ねえ、将志君は何をしてたんだい?」

 「……主は生きていれば必ず迎えに来ると言っていた。だから、俺はここで主を待っている」

 将志がそう言うと、愛梨は押し黙った。
 愛梨は月からの迎えが来るはずがないことを理解していたのだ。
 しかし、将志は必ず迎えが来ると信じて疑っていない。

 「……そっか……早く迎えが来ると良いね♪」

 愛梨は、そう言って将志に笑いかけた。
 
 「……ああ」

 将志はそう言って頷くと、空を眺め出した。
 雨上がりの空は、少しずつ青空を取り戻しつつあった。

 「…………」

 その横顔を、愛梨は複雑な心境で見ていた。
 このまま放っておけば、それこそ将志はこの世の果てまで主を待ち続けるだろう。
 しかし、そんないつまで経っても報われないことをしようとする最後の友達が、愛梨にはどうしても許せなかった。

 「……ねえ、将志君♪ 喉が乾いちゃったな♪」

 「……愛梨?」

 横で突然喉の渇きを訴え出した愛梨に、将志は首をかしげた。
 そんな将志の着物の袖を、愛梨はぐいぐいと引っ張る。

 「ほら、前に君が話してくれた喫茶店があるじゃないか♪ 連れてって欲しいな♪」

 「……だが……」

 将志は再び空を眺めた。
 ……もしこの場を離れた時に迎えが来ていたら……将志はそんなことを考えていた。

 「大丈夫だよ♪ あの人たちなら、きっとどこに居ても見つけ出してくれるさ♪」

 しかし、愛梨にその考えは読まれていたようだ。
 その言葉に将志は少し考えると、ゆっくりと頷いた。

 「……良いだろう。それではついてこい」

 そう言うと将志は基地の出口に向かって歩き出した。
 その後ろを、愛梨は黄色とオレンジのボールの上に乗って器用に転がしながらついて来る。
 
 「…………」

 将志は打ち捨てられた街の中を眺めながら歩く。
 妖怪が気付く前に脱出したせいか、街に襲撃の跡は見られず、昔の面影をそのまま残して佇んでいる。
 その一方で、流れる年月の中で管理する者がいなかったその街は、その年月の中で確実に風化が始まってきていた。
 綺麗だった町並みは長い年月によって少しずつ浸食をうけ、ところどころが崩れかけていた。
 そんな中で、将志は一軒のログハウスの前に立った。
 それは、いつか将志が永琳に最後のコーヒーを振る舞った時のまま、静かにその場所に建っていた。

 「……ここだ」

 「あ、ここなんだ♪ それじゃあ、おじゃましま~す♪」

 二人は思い思いに店内に入る。
 店内はところどころほこりを被っており、過ぎた時間を感じさせる。

 「……まずは掃除だな」

 「そうだね♪」

 そう言うと、将志はロッカーから、残されていた掃除用具を取り出して掃除を始めた。
 愛梨も手伝おうとして箒に手を伸ばすと、それを将志が手で制した。

 「……座って待っていてくれ」

 「何で? 二人で掃除したほうが早いと思うよ?」

 「……客に掃除をさせる店などない」

 「キャハハ☆ そう言うことなら待ってるよ♪」

 生真面目な店員に笑顔でそう言うと、愛梨は将志が掃除したカウンター席にの真ん中に座った。
 将志は慣れた手つきで掃除をし、店内の時間を巻き戻していく。

 「♪~」

 そんな将志の様子を、愛梨は楽しそうに眺めている。
 しばらくして掃除が終わり、将志は店のブレーカーを上げる。
 予備電源がまだ生きていたこともあり、喫茶店は再び息を吹き返した。

 「……ふむ」

 将志は感慨深げにうなずくと、カウンターの中に入って中にあるものを確認した。
 そこには、この店のマスターが置いていった紅茶が未開封のまま残されていた。
 試しに開けてみると、中からは紅茶の良い香りが漂ってきた。

 「……紅茶になるが、それで良いか?」

 「うん、良いよ♪」

 愛梨の返事を聞いて、将志は湯を沸かし始めた。
 お湯が沸くと、将志は二つのティーポットとカップにお湯を注ぎ、温める。
 ポットのふたが十分に温まったらそのうち一つのお湯を捨て、茶葉をいれて熱湯を注ぎ、しばらく待つ。
 最後にもう片方のポットのお湯を捨て、その中に茶漉しを使ってポットの中の紅茶を移す。
 その最後の一滴まで淹れ終わると、将志はそれを温めたカップと共に愛梨の元へ持っていった。

 「……出来たぞ」

 「うわぁ、ここからでも良い香りがするね♪」

 愛梨は運ばれてきた紅茶の香りに、顔を綻ばせた。
 将志は愛梨の横に立ち、カップに紅茶を注ぐ。
 二人分の紅茶を注ぎ終わると、将志は愛梨の隣に腰を下ろした。

 「ん~♪ 久しぶりに飲んだけど、やっぱりおいしいね♪」

 「……そうか」

 「あ、久々の笑顔、頂きました♪ やっぱり笑顔は良いね♪」

 「…………そうか」

 紅茶を飲みながら、二人は笑顔で会話をする。
 数分後、そこには空のポットとカップが置かれていた。
 将志はそれを片付けるために席を立とうとすると、愛梨が引き留めた。

 「……将志君。話があるんだ」

 「……何だ?」

 「僕を、君の傍に置かせてもらえるかい? 僕にはもう君しか残っていないんだ……もう、一人は、淋しいのは嫌なんだよ……」

 愛梨は将志の手を握り、縋るような眼で将志を見つめた。
 それに対して、将志はふっと溜め息をついた。

 「……何故ことわる必要がある? 友人とは支え合うものなのではないのか?」

 将志はぶっきらぼうにそう言うと、ティーセットを片付け始めた。
 愛梨はそれを聞いて、ぽろぽろと涙をこぼし始めた。

 「ありが、とう……」

 愛梨は将志が全てを片付け終わるまで、静かに泣き続けた。




 店を出る直前、愛梨は再び将志を引き留めた。
 将志はそれに振り向き、愛梨の元へ行く。

 「将志君、君はこれからどうするつもりなんだい?」

 「……俺は生きて主を待ち続ける。今の俺が主のために出来ることはそれだけだ」

 愛梨の質問に、将志はやや強い口調でそう言った。
 その一字一句予想通りの返答に、愛梨は思わず苦笑した。

 「それは違うよ将志君♪ 君に出来ることはまだあるはずだよ♪」

 「……何?」

 「将志君、僕と一緒に旅に出ないかい? 世界を回って色々見て、それを話して君の主様を喜ばせてみたいと思わないかい?」

 首をかしげる将志に、愛梨は腕を大きく広げてそう話した。
 それを聞いて、将志は少し俯いて考え込んだ。

 「……ああ、それも良いかもしれないな」

 将志の言葉に、愛梨は嬉しそうにその場で飛び跳ねた。

 「そうこなくっちゃ♪ それじゃ、早速準備をしようか♪」

 そう言うと、愛梨は何故か店の中へ戻っていった。
 訳が分からず、将志は首をかしげる。
 しばらくすると、愛梨はコーヒーと紅茶のセットに、それを作るための水を用意してきた。

 「……それ、持っていくのか」

 「旅には楽しみが必要でしょ♪」

 「……まあ、別に構わんが」

 呆れたと言う風に溜め息をつく将志に、愛梨は笑顔でそうのたまった。
 そして持ってきたものを、愛梨は自分の乗っていたボールの中にしまい込んだ。
 ボールの中は七色に光っているような、全てが溶け合った抽象画の様な、不思議な空間になっていた。
 それを見て、将志はジッと愛梨を見つめた。

 「……それ、そんなことができたのか?」

 「ピエロは魔法使いだよ♪ これくらいならお茶の子さいさいさ♪」

 「……そう……なのか…………?」

 愛梨の発言に、流石に将志も首をかしげ、「……ピエロは関係あるのか?」と呟いた。
 それを気にした様子もなく、愛梨はそのボールの上に飛び乗った。

 「さあさあ、どんどん準備しよう♪」

 「……ああ」

 それから二人はしばらく誰も居ない、閑散とした街を歩き回った。
 途中で店を見つけては、何か使えそうなものは無いか探しまわった。

 「そ、そんなに持っていくのかい?」

 「……出来るだろう?」

 「そ、そりゃ出来るけどね?」

 ……途中、妥協と自重をしない男が金物屋やデパート跡で調理道具や、それに関係する資料をかき集めたりしたが、何とか準備は整った。
 準備を終えると、将志が寄りたいところがあると言ったので、そこに行くことにした。

 向かった先は、永琳の研究所だった。
 研究所の中には、置き去りにされた研究用の機材がいくつも残されていて、それは静かに佇んでいた。
 鍛錬を重ねてきた中庭、気絶するたびに運ばれていた医務室、愛梨と語らった台所と、将志は回っていく。
 最後に将志は永琳の私室だった場所に足を運んだ。
 そこにはもう据え置きの家具しか残されておらず、がらんどうの状態だった。

 「……主……いつか、必ず」

 将志はそこで永琳との再会を誓うと、踵を返して部屋を後にした。

 外に出ると、愛梨がボールの上に座って将志の帰りを待っていた。
 愛梨は将志が戻ってきたことに気が付くと、ボールを転がして将志の所に寄ってきた。

 「あ、もういいのかな?」

 「……ああ、もうここには未練は無い」

 「そっか♪ それじゃ、行こっか♪」

 「……ああ、行こう」

 二人は笑いあってそう軽くやりとりをかわすと、全ての始まりであった街を旅立った。
 

 ……そして、二人が旅立った街には、思い出だけが残された。


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 というわけで、将志復活。
 何で復活したかはその内やるつもり。


 それでは、ご意見ご感想お待ちしております。



[29218] 銀の槍、家族に会う
Name: F1チェイサー◆5beb2184 ID:398d58fa
Date: 2011/08/18 04:18
 将志が愛梨と旅に出て、かなりの時間がたった。
 最初の方こそ時間を数えていたが、今はもう数えるのをやめている。

 「ガアアアアアアアッ!!」

 「……来い……!!」

 ある時点では眼の前に立つ、巨大なトカゲを相手にして、将志は槍を構えた。
 その日の夕食は、オオトカゲのステーキと相成った。
 
 「…………」

 ある時は、水中鍛錬のついでに海洋生物を狩っていた。
 ちなみにたゆまぬ鍛錬の末、将志は水中でも滅茶苦茶な機動力と攻撃力を持つようになった。
 陸海空全域対応槍妖怪とはこれいかに。

 「将志君、大丈夫?」

 「……だ、大丈夫だ……」

 ある時は、飽くなき食への探求心から未知の食材を食し、毒に当たった。
 その看病は全て愛梨の役割である。
 こいつはいつになったら自重をするのか。

 「うわぁ~♪ これは凄いや♪」

 「……ああ」

 ある時は大自然の雄大な景色に愛梨と二人で感動を覚えた。
 巨大な滝、空を覆うオーロラ、荒々しく活動する火山、生命の溢れる巨大な森など、世界の至る所を回った。

 「それじゃあ、行くよ~、将志君♪」

 「……来い」

 ある時は二人で永琳の研究所時代のように特訓をした。
 その結果、将志は弾幕を避けるだけでなく斬り払うことも覚え、愛梨は様々なバリエーションの弾幕を会得した。

 その長い旅の間、将志と愛梨はいつもどんなときも一緒だった。
 そして、それはこれからも続くのだろう。
 少なくとも、二人はそう思っていた。



 ある日、その二人きりの旅に変化が訪れた。
 その日はいつもの通り、手ごろな洞窟で一夜を過ごすことにした。

 「キャハハ☆ いっぱい濡れちゃったね、将志君♪」

 うぐいす色の髪から水を滴らせながら、愛梨は楽しそうに笑う。

 「……全く、突然の雨は困る」

 その一方で、銀色の髪から水滴を落としつつ将志がそうぼやく。
 突然の雨にぬれた二人は濡れた服を着替え、濡れた服を適当なところに広げておいた。
 将志はその日の夕食を作るべく、自分の鞄から包丁を取り出そうとした。

 「……っ!!!」

 そして、鞄の中を見て将志は眼を見開いた。

 「おや、どうしたんだい、将志君?」

 「……無い」

 「え? 何が?」

 「……包丁が、無い」

 「嘘っ!? ついさっきまであったはずだよ!?」

 「……その筈なのだが……ご覧の有り様だ……」

 将志はそう言って鞄の中身を愛梨に見せた。
 鞄の中身は、確かに空っぽだった。

 「ホントに無いや……どうするんだい? これじゃ料理は厳しいよ?」

 「……久々にやるか」

 そう言うと、将志は自分の本体である銀の槍を取り出した。

 「……将志君……君、まさか……」

 「……離れていろ」

 将志はまな板の上の食材に対して槍を向けた。
 眼を閉じ、精神を集中させると、将志は眼を見開いた。

 「……はっ!!」

 将志はまな板に槍の柄を叩きつけた。
 その衝撃でまな板の上の食材が跳ねる。

 「でやああああああああ!!!」

 その宙に浮いた食材を将志は槍の穂先で何度も切りつけた。
 槍がかすめるたびに食材は下に落ちることなく切れていき、段々と細かくなる。
 最終的に、まな板の上には賽の目に切られた食材が揃っていた。

 「……まずまずだな」

 将志は残心を取ると、まな板の上の食材を見てそう言った。
 それを呆然と見つめる瑠璃色の視線。

 「ねえ、将志君……ひょっとして包丁要らないんじゃないかな?」

 「……いや、あれがないと飾り切りが出来ない。それに、あれで切ったほうが楽だ」

 「……えっと、一応聞いとくけど、どんな切り方が出来るんだい?」

 「……一通りの切り方は出来る。イチョウ切り、小口切り、乱切り、千切り、短冊切り、この他にも基本的な切り方はこいつで出来る」

 「キャハハ☆ それは凄いや♪ それじゃあ、ご飯が食べられなくなる心配は無いね♪」

 「……ああ」

 その日二人は普通に食事を取り、少し遊んでから休息を取ることにした。



 翌朝、いつものように槍を抱えて座って寝ていた将志の肩を、揺らす影があった。

 「お兄様、お兄様、朝ですわよ?」

 「……む」

 少し低めの色香を含んだ女性の声で起こされ、将志は眼を覚ます。
 将志は立ち上がって軽く伸びをすると、いつも通り槍を振るって稽古をする。

 「……♪」

 透き通った黒い瞳からのご機嫌な視線を受けながら、将志は気にせず槍を振るう。
 しばらくしてそれを終えると、今度は朝食の準備に取り掛かる。

 「……はっ!!」

 将志は昨日と同じように槍で食材を刻み、着々と支度を進めていく。

 「すごいですわね。包丁なしでもここまで出来るものですの?」

 「……それは練習次第だ」

 質問に淡々と答えて朝食の準備を済ませ、将志は愛梨を起こしに行く。

 「……愛梨、朝だぞ」

 「う……ん……もうそんな時間か~……」

 愛梨は眠そうな目をこすりながら今日の食卓へと歩いていき、将志はその横をついて歩く。

 「来ましたわね。それじゃ、食べましょうか」

 「「「いただきます」」」

 そうして朝食が始まった。
 今日の朝食は魚のソテーに、木の実の粉で作ったパンにスープと言う、シンプルなメニューだった。

 「で、将志君♪ 今日はどこに行くのかな♪」

 「……そうだな。今日は東の方に行ってみよう。あの方角はもう長いこと行っていない筈だ。何か変わったことがあるかもしれない」

 「へえ、それは面白そうですわね」

 「……反対意見は無いのか?」

 「無いよ♪ 君と居ればどこだって楽しいよ♪」

 「私も特にありませんわ。それじゃ、早く食べて準備しましょ」

 朝食を食べながらその日の段取りを決めていく。
 今日はどうやら東の方角へ進むようだ。

 「ところで将志君♪」

 「……なんだ?」

 「君の隣の子は誰かな♪」

 そう言われて、将志は自分の隣に座っている人物を見た。

 「……(にこっ♪)」

 将志に見つめられて、少女は満面の笑みを浮かべる。

 「……誰だ?」

 将志は首をかしげた。
 その瞬間、愛梨は全身の力がガクッと抜けてずっこけた。

 「今まで分かんないで喋ってたの!? 流石にそれはどうかと思うよ!?」

 即座に立ちあがって愛梨は将志に抗議する。
 一方、件の少女はと言うと相変わらずニコニコと笑いながら将志のことを見ていた。

 「もう、酷いですわお兄様。もう数えられないくらい長い時間を一緒に過ごした私をお忘れになって?」

 「……む……ぅ???」

 微笑を浮かべたまま将志の腕に抱きつきながら、少女はそう責めた。
 しかし、そんなこと言われても将志には少女が何者なのかさっぱり分からなかった。
 将志は再び少女のことを良く見てみる。
 少女は将志と同じ銀色の髪を長くのばしていて、眼も将志と同じ黒曜石の瞳に、非常に色気のある赤い唇で顔立ちは芸術的なほど整っている。
 身長は将志よりも少し低いくらいで、160後半くらいの身長。
 スタイルは出るところはしっかり出ていて、引っ込むところは引っ込んでいる、所謂スタイル抜群の人であった。
 おまけにそれでいて服装は赤い長襦袢に深緑色の帯、髪に小さな花がいくつか並んだ髪飾りと言う服装で、将志からは見えないが、何かが帯に挿してあった。

 「……ああ、そう言うことか♪」

 将志が考え込んでいると、愛梨が何か思い当たったようだ。
 愛梨は少女の所に駆け寄ると、耳元で何かをしゃべった。

 「ふふふ、正解ですわ」

 「キャハハ☆ やったね♪ そう言うことなら早く言ってくれればいいのに♪」

 「いきなり名乗っても面白くありませんわ。これくらいの余興があったほうが良いんじゃなくて?」

 「それもそうだね♪」

 いきなり仲良く話しだす二人に、将志はますます訳が分からなくなった。
 その光景を見て、少女はくすくす笑っている。

 「ヒントを差し上げますわ。ヒントは私の髪飾りですわよ」

 「……む」

 少女に言われて、将志は少女の髪飾りを注視した。
 髪飾りは小さな花が6つ円形に並んで居る髪飾りだった。
 それを見ながらしばらく考えていると、将志はとある名前に思い至った。

 「……『六花』……?」

 「何ですか、お兄様?」

 名前を呼ばれたらしい少女は、将志に対して嬉しそうに微笑んだ。
 将志はその少女の眼をじっと見つめた。

 「……お前、俺の包丁か?」

 「ええ、そうですわよ。自己紹介いたしますわ。お兄様の名字を借りるならば、槍ヶ岳 六花(りっか)。お兄様の妹であり、長年連れ添った包丁ですわ」

 そう言って、六花と名乗った少女は恭しく礼をした。
 それを聞いて、将志は更に首をかしげた。

 「……俺の妹?」

 「ああ、そう言えばお兄様はご存じないかもしれませんわね。私とお兄様は同じ刀匠が鍛えたものですわよ?」

 「そういうことか♪ でも、何で六花は将志君がお兄さんだって分かったんだい?」

 「私、お兄様の兄弟槍を見てますの。その槍とお兄様が持っている槍がほぼ一緒なんですのよ。一目見て、兄妹だって分かりましたわ」

 「……あの時、俺を選んだのか?」

 将志が言っているのはあの金物屋で包丁を買った時のことである。
 六花はそれを聞いて頷いた。

 「ええ、もちろん選びましたわ。自分の家族が妖怪になって包丁を探しているなんて、運命を感じましたもの。それに大事に扱ってくれましたし、今でもあの選択は間違っていなかったと思っていますわ」

 どこか熱の籠った視線で六花は将志を見ながらそう言った。
 それに対して、将志は更に質問を続けた。

 「……長い間残っていたと店主が言っていたが、何故だ?」

 「ああ、それは単に良い相手が居なかっただけですわ。どうも、パッとしない人ばかりでしたの。あの時、半分諦めかけていたんですのよ?」

 「……そうか」

 将志はそう言うと、食事を再開した。
 六花はそんな将志のことを、笑顔を浮かべたままジッと見つめる。

 「……冷めるぞ」

 「ふふ、それはいけませんわね。それじゃあお兄様の料理、頂きますわ」

 六花はそう言うと、目の前に置かれていた料理に手をつけた。
 ……何故ナチュラルに3人前用意してあったのかは気にしてはいけない。

 「……ん~、おいしいですわ!! お兄様の料理初めて食べましたけど、こんなにおいしいとは思いませんでしたわ!!」

 「……そうか」

 将志の料理を食べた六花は、絶賛しながら大はしゃぎした。
 初めて食べた料理がおいしかったことが嬉しいようだった。

 「キャハハ☆ そりゃあ、料理の妖怪ってあだ名が付く様な料理人だもんね♪ でも、将志君これでもまだ修業中って言うんだよ♪」

 「そうなんですの?」

 愛梨の一言に、六花は将志の方を見た。
 将志は眼を閉じ、ゆっくりと頷いた。

 「……道を究めることに、終着などない。どこまで上り詰めても、たとえ自分の上に誰も居なくなったとしても、上ろうと思えばどこまでも上ることができる。槍も料理も、俺は存在が無くなるまで修練を続けるつもりだ」

 「ひゅ~ひゅ~♪ カッコイイこと言うね、将志君♪」

 「お兄様、素敵ですわ♪」

 将志の言葉を聞いて、愛梨は笑顔ではやし立て、六花は眼を輝かせた。

 「……うるさい」

 それに対して、将志は静かにそう呟いてそっぽを向いた。



 食事が終わると、三人は食器を片づけて出る支度をした。
 荷物を愛梨のボールの中にしまい、その上に愛梨が飛び乗る。

 「ところで六花ちゃん♪」

 「何ですの?」

 「今まで聞いてなかったけど、君は本当に僕達について来るのかな?」

 愛梨はボールの上にしゃがみこんで、六花に問いかける。

 「ええ、もちろん。私はお兄様の包丁、そうでなくてもたった一人の家族ですもの」

 それに対して、六花は迷うことなく笑顔で頷いた。

 「そっか♪ 歓迎するよ、六花ちゃん♪ それと、笑顔ごちそうさまだよ♪」

 六花の返答を聞いて愛梨は嬉しそうにボールの上で跳ねた。
 その横で、将志は眼を瞑って立っていた。

 「……家族、か……」

 「どうかしまして、お兄様?」

 将志の呟きに、六花がその顔を覗き込む。

 「……いや、何でもない。では、行くとしよう」

 将志はそう言うと、前に向かって歩き始めた。

 「あ、待ってよ将志君♪」

 「おいてかないでくださいまし、お兄様!!」

 その後を、二人の少女が続いていく。
 こうして、二人で続けてきた旅に、新たなメンバーが加わった。










 「ところで、東ってあっちだよ♪」

 「……あら?」

 「……間違えたか」

 ……お後が宜しいようで。




[29218] 銀の槍、チャーハンを作る
Name: F1チェイサー◆5beb2184 ID:398d58fa
Date: 2011/08/17 22:13
 「……む……」

 旅を続けてさらに幾年、その日の休憩所に使っている洞窟の中で、将志は中華鍋を前にして唸っていた。
 中華鍋の中には米の代用品の穀物を使った見事な試作品の黄金チャーハンが出来上がっていた。
 しかし、それを作り出した将志の顔は難しい表情だった。

 「お兄様? どうかしたんですの?」

 中華鍋を前にして腕を組んでにらみを利かせる将志に、六花が話しかける。
 それを受けて、将志は六花に対して無言で目の前の黄金チャーハンを乗せたレンゲを差し出す。

 「…………お兄様?」

 「……食べてみろ」

 しかし、六花は少しあきれたような表情を浮かべて首を横に振った。

 「違いますわ、お兄様。そういう時は、あ~んってするのですわ」

 その言葉を聞いて、将志はあごに手を当てて首をかしげた。

 「……いつも疑問に思うのだが、そういうものなのか?」

 「そういうものですわ」

 将志の質問に六花は即答した。
 それを聞くと、将志は一つため息をついて再びレンゲを差し出す。

 「……あ~……」

 将志はレンゲを差し出しながらそう声を出した。
 ちなみにこの男、これがどんな行動だか欠片も分かっていない。

 「あ~ん♪」

 それを見て、六花は大層嬉しそうに笑ってレンゲの上のチャーハンを食べた。
 口の中でパラリと解け、程よい塩味と深い味わいが口の中に広がった。

 「……お兄様、この黄金チャーハン普通においしいですわよ? 何を悩んでいるんですの?」

 「……このチャーハン、火の通りが少し甘い。今使っている火では弱い」

 「そうなんですの?」

 「……ああ」

 将志はそう言うと再び腕を組んで唸り始めた。
 すると、そこに鈴の音のような澄んだ声が聞こえてきた。

 「あ♪ 将志君チャーハン作ったんだ♪ ねえねえ、僕にもくれないかな?」

 愛梨は瑠璃色の瞳をキラキラと輝かせて将志にそう尋ねた。

 「……良いぞ」

 将志はそういうと、レンゲでチャーハンをすくって愛梨に差し出した。

 「……あ~……」

 ……この声付きで。

 「あ、あ~ん♪」

 突然の将志の行動に一瞬戸惑ったが、愛梨はすぐに持ち直してチャーハンを食べた。

 「……どうだ?」

 「え~っと、おいしいんだけど、前に将志君が作ってたチャーハンはもっとおいしかった気がするよ♪」

 「……やはりな……」

 将志が感想を訊くと、愛梨は少し赤い顔で答えた。
 それを受けて、将志は再び考え込んだ。

 「お兄様のチャーハンって、これよりもおいしいんですの?」

 「うん♪ びっくりするほどおいしいよ♪ あんなチャーハンまた食べたいな♪」

 愛梨はうっとりとした表情で将志が以前作っていたチャーハンに思いを馳せた。
 六花はその様子を羨ましそうに見つめた。

 「……食べてみたいですわ、そのチャーハン……」

 「……だが、さっきも言ったとおりそのチャーハンを作るには火力が足りない。何らかの方法で火力を補わなければ最高の味は出せん」

 「妖力で炎は出せないんですの?」

 「……炎を出しながら料理をするのは難しい。それに、俺はそういった妖力の使い方は苦手だ」

 「残念ながら、僕もあんまり得意じゃないんだよね……失敗すると、鍋が溶けちゃうんだ♪」

 「うっ……お二人のどちらかが出来るかと思ってましたのに……」

 それから三人はしばらくの間なにか良い方法がないか考えていたが、なかなか良い案が出てこない。
 結局考えはまとまらず、三人はとりあえずの行き先を決めて歩き出そうとした。
 すると、目の前にあるものを見つけて一行は止まった。

 「……使えそうか?」

 「うまくいけば使えるかもね♪」

 「少なくとも私達が火をおこすよりは良いと思いますわよ?」

 三人の目の前にあるのは、もくもくと噴煙を上げる活火山だった。
 どうやら、溶岩を火の代わりに使おうという算段のようだ。

 「……行くか」

 「うん♪」

 「行きましょう」

 こうして、何も具体的なことを言わずとも即座に次の行動が決まるのだった。



 「……ふっ、はっ!!」

 将志は跳ぶようにして火山を登っていく。
 妖怪の中でもずば抜けた脚力を持つ将志は、あたりの景色を次々と置いてきぼりにしていく。

 「うわぁ~、相変わらず速いね、将志君♪」

 「ちょっとお兄様!! あんまり置いてかないで欲しいですわ!!」

 その後ろからボールに乗って飛んでくる愛梨と、普通に空を飛ぶ六花が追いかけてくる。
 しかし将志の足は速く、どんどんと差がついていく。

 「聞こえてないみたいだね♪ 六花ちゃん、少し僕に掴まっててくれるかい?」

 「え? ええ、分かりましたわ」

 六花が愛梨に掴まると、愛梨は六花を自分が乗っているボールの上に乗せた。

 「よ~し、それじゃあ、いっくよ~♪」

 「え、きゃああああああああ!?」

 愛梨はそういうと、乗っているボールを地面に落とした。
 突然の落下する感覚に六花は愛梨にしがみつく。

 「せーの、それっ♪」

 そして着地する瞬間、愛梨はボールに溜めていた妖力を爆発させた。
 その勢いで、ボールはものすごい勢いで上に登って行く。

 「いやああああああああああ!?」

 今まで体験したことのない速度に、六花は悲鳴を上げる。
 愛梨はそれを敢えて無視して、同じ行動を何回も繰り返した。
 その結果、愛梨達は将志に追いつかんばかりの速度で山を登っていった。

 

 「……この辺りか」

 「キャハハ☆ 着いたよ、六花ちゃん♪」

 「や、やっと着きましたわ……」

 将志達は火口に着くと、料理に使えそうな溶岩が無いか捜索を始めた。
 ただし、フラフラの状態の六花はしばらくの間休憩を取ることになった。

 「……六花に何をした?」

 「ちょっとね♪ 六花ちゃんを乗せて全速力出したから♪」

 将志は愛梨と一緒に溶岩を探す。
 しかしどれもこれも冷えていて、目的を達成できそうなものは無かった。

 「……無いな」

 「……そうだね……」

 二人は場所を変えながら使えそうな溶岩を探していく。
 そんな中、突然地面が揺れ始めた。

 「わわわ、これはひょっとするかな?」

 「……来る」

 将志達が身構えたその時、轟音を響かせて火山が大爆発を起こした。
 溶岩が空高く吹き上がり、黒い煙が空を覆った。

 「うわぁ、噴火した!!」

 「……一度退くぞ!!」

 将志はとっさに愛梨を抱えて走り出した。
 空から降ってくる火山弾を躱しながら、将志は六花のところまで一気に駆け抜ける。

 「お兄様、どうしますの!?」

 「……一度安全なところまで退避して、それからもう一度探す。とにかく今は逃げるぞ」

 「わかりましたわ!!」

 三人揃って、一度安全なところまで下山し、活動が沈静化するのを待つ。
 しばらくすると揺れも収まり、火山の活動も穏やかになってきた。

 「……そろそろ大丈夫か?」

 将志はそう言いながら山の頂上を見る。
 頂上では勢いよく吹き上がっていた溶岩もなりを潜め、噴煙も少なくなっていた。

 「大丈夫そうだね♪ 行ってみよう♪」

 「そうですわね」

 「……行くか」

 三人はそう言うと、再び火口を目指すことにした。

 「……っと、その前に将志君♪」

 「……何だ?」

 突然声をかけられ、将志は愛梨のほうを向いた。
 愛梨は人差し指を立て、口元に当てて、

 「君は走ると僕達を置いてっちゃうから、僕より前に行っちゃダメだよ♪」

 と、将志に注意した。

 「……む」

 全力で山を駆け上って鍛錬をしようとしていた将志は、どこと無く不満げな顔で頷いた。





 「……これは……」

 「真っ赤だね♪」

 「これなら大丈夫そうですわね」

 火口に行ってみると、先ほどの噴火によって飛ばされてきた赤い溶岩がところどころに落ちていた。
 その周囲は、都合がいいことに歩いて近づける場所が沢山あった。

 「……始めるか」

 将志はおもむろに調理道具を広げ、料理を始めた。
 中華鍋に油を引いて溶き卵を流し込み、それが固まる前にあらかじめ炊いた米をいれてサッと絡める。
 その中にほかの具材を投下し、溶岩の強火ですばやく炒める。

 「……完成だ」

 将志はそう言って出来たチャーハンを皿に盛って、一人一皿ずつ配った。

 「わ~い♪ いただきます♪」

 「それじゃあ、いただきますわね」

 「……ああ」

 三人はそう言ってそれぞれにチャーハンを口に運んだ。

 「ん~♪ これこれ!! これが将志君のチャーハンだよね♪」

 「っ!? この前のとは段違いに、本当に驚くほどおいしいですわ!!」

 「おおおお、俺こんなにうまい飯初めてだああああああ!!!」

 「……そうか」

 感想を聞いて、将志は薄く笑顔を浮かべて頷いた。

 「「…………」」

 その一方で、愛梨と六花は口にレンゲをくわえた状態で固まっている。

 「うおーっ、うめええええええ!! 兄ちゃんお替り!!」

 「……了承した」

 「「ちょっと待ったあああああああ!!!」」

 何の疑いも持たずにお替りをよそおうとしている将志に、二人が待ったをかけた。
 将志は訳が分からないといった表情で二人を見た。

 「……どうした?」

 「どうしたもこうしたもありませんわ!! どうみても一人増えてますわよ!?」

 将志は慌てふためく六花にそう言われて、辺りを見回した。

 「お~い、兄ちゃ~ん。お替りまだか~?」

 お替りを催促する声を聞いてそっちを向くと、そこには炎のように赤い髪をくるぶしまで伸ばし、真っ赤なワンピースを着た小さな少女が立っていた。
 少女は空の皿を両手で持って、オレンジ色の瞳でじ~っと将志の事を見ていた。

 「……誰だ?」

 「いやいや、最初の時点で気付こうよ!? ていうか前にもあったよね、こんなこと!?」

 将志の一言に愛梨が全力でツッコミを入れる。
 それに対して、将志はただ首を傾げるばかりだった。

 「おうおう、俺が誰かって? 俺は炎の妖精、アグナ様よ!! 分かったか!? 分かったな、良し!!」

 アグナと名乗る少女はそう言うとえっへん、と胸を張った。
 よく見ると、足元からは炎が噴き出していて、少女が言っていることが本当であるっぽいことが分かる。

 「……炎の妖精?」

 「おうよ!! 『熱と光を操る程度の能力』でちょっとした暖房代わりから森を一瞬で焼き尽くす炎まで、何でもござれよ!! そんなことよりお替りだ!!」

 アグナはそう言いながら小さな体で一生懸命伸びをしながら将志に皿を渡そうとする。

 「……すまん、もう鍋が空だ。お替りがない」

 将志が鍋の中を確認してそういうと、アグナはカッと眼を見開いた。

 「そんなわけあるか!! あると思えばそこにあるんだ、あきらめるのはまだ早いだろ!! もっと熱くなれよおおおおおおお!!!!」

 「……うおっ!?」

 アグナはそう叫ぶと、足元から巨大な火柱を噴き上げた。
 将志は即座にその場から退避した。

 「……俺の分ならあるが……」

 将志がそう呟くと、アグナは火柱をあげるのをピタッと止めた。

 「本当か!?」

 「……いるか?」

 「いる!!」

 瞳をキラキラと輝かせながらアグナは将志に元気よく返事をした。
 将志は自分の皿を手に取ると、レンゲでチャーハンをすくってアグナに差し出した。

 「……あ~……」

 ……やっぱりこの声付きで。

 「ふおおおっ!? 何だこれは、俺をナンパしてるのか!? むむむ、俺に目をつけるとは見所がある、しかも初対面でこの度胸、うん、気に入ったぞ、兄ちゃん!!」

 アグナは顔を真っ赤にしてそう一息でまくし立てると、将志のレンゲを差し出す手をがしっと小さな両手で握った。

 「じゃあ、ありがたくいただくぞ!! はむっ♪」

 アグナは将志の両手をしっかりと掴んだまま、差し出されたレンゲに食いついた。
 小さなアグナが将志のレンゲを小さな口でほお張るその姿は、えさを食べている小動物を連想させた。

 「「(あっ、かわいい……)」」

 その姿をどうやら二人の見物客は気に入ったらしかった。

 「むぐむぐ……んっく、よし次だ!!」

 「……あ~……」

 「はむっ♪」

 将志はアグナにチャーハンをどんどん食べさせていく。
 アグナは満面の笑みを浮かべてどんどん食べる。
 なお、チャーハンを口に運ぶたびにアグナは将志の手を逃げないように両手で捕まえている。
 その様子を、残る二人はジッと見ていた。

 「ねえねえ、そういえば将志君があ~んってやってるのはどうしてなのかな♪」

 「……む? そういうものではなかったのか?」

 愛梨の質問に将志はアグナに食べさせながら首をかしげた。

 「ちょっと違うと思うよ♪」

 「……六花はそういうものだと言っていたが」

 「……六花ちゃん?」

 「ちょ、ちょっとしたお茶目でしたの、オホホホホホ……」

 愛梨が六花のほうを向くと、六花は眼をそらし、乾いた笑みを浮かべながらそういった。

 「まあ良いけどね♪ 笑顔があればそれで良し、だよ♪」

 「……そうか」

 笑顔を見せる愛梨の言葉に、将志は頷いた。

 「それはそうと、何で皿ごと渡さなかったんですの?」

 六花の言葉に将志とアグナは食事を中断した。
 そして、六花のほうを見て、チャーハンの入った皿を見て、お互いの顔を見合わせた。

 「「……あ」」





 「ふぃ~……食った食ったぁ!! ごっつぁんです!! めちゃくちゃうまかったぜ!!」

 「……そうか」

 食事が終わると、将志は空になった食器を片付け始めた。
 将志が片付けている最中、アグナが寄ってきた。

 「おう、兄ちゃん!! そういや兄ちゃんはこんなところに何しに来たんだ?」

 「……チャーハンを作りにきただけだ」

 威勢よく声をかけるアグナに、将志は淡々と事実を告げる。
 すると、アグナは大げさなまでに驚いた。

 「おおう!? あれを作るためだけにこんなところまで来たのかよ!? そりゃまた何でだ?」

 「……手持ちの道具では火力が足りん。あれを作るには強い火が必要だった」

 「なるほどねえ……」

 アグナはそういうと、何か考えるような仕草をした。
 少しすると、アグナはポンッと手をたたいた。

 「そうだ!! 兄ちゃん達、俺も一緒に連れてっちゃくれねえか? 強い火が必要なら、俺は役に立つぜ? もちろん、加減した火だって出せるがな!!」

 「……願っても無い話だが、良いのか?」

 「良いってことよ!! ここは住み心地はいいが、飯がねえし、その上まずい。だったら、兄ちゃん達についてってうまい飯にありついたほうがずっと良いってもんよ!!」

 アグナが威勢よくそう言い終わると、将志は愛梨と六花の顔を見た。

 「……愛梨、六花……」

 「私には反対する理由はありませんわ。賛成する理由ならありますけど」

 澄ました笑顔で六花は賛成票を入れる。

 「キャハハ☆ これでおいしいご飯が毎日食べられるんだから僕としては万々歳だよ♪ 笑顔もかわいいし、ぜひとも連れて行きたいね♪」

 愛梨は太陽のような笑みを浮かべてOKサインを出した。
 その二つのサインを見た将志は笑みを浮かべて、

 「……そういう訳だ。これから宜しく頼む」

 といってアグナの頭を撫でた。

 「よっしゃあ!! うおおおおお、燃えてきたあああああああ!!!」

 アグナが眼に炎を宿らせて熱くそう叫ぶと、再び火山の火口に巨大な火柱が立った。



 ……その中央付近に、煤がついた銀の槍があるような気がするが気にしてはいけない。


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 オリキャラ4人目。
 アグナの大きさはチルノよりも更に小さい、てかぶっちゃけ見た目幼女。
 さて、次回は2人目の原作キャラが出てきます。


 そんなこんなで、ご意見ご感想お待ちしております。



[29218] 銀の槍、月を見る
Name: F1チェイサー◆5beb2184 ID:398d58fa
Date: 2011/08/18 22:16
 アグナが一行に加わってから、また長い年月が過ぎた。
 将志達は相変わらず世界中を飛び回っていた。
 そうやって世界を旅している内に、世界はどんどんと変遷して行った。

 「……む……もう材料がなくなったか……」

 「きゃはは……星が降ってきてから一気に食事が出来なくなったね……」

 「ぬおおお……腹減ったああああああ!!!」

 「叫んでも火柱を上げても無い物は無いんですわ……」

 隕石が落ちてきて、食糧難に陥った事もあった。



 「……せいっ!!!」

 「キャハハ☆ 晩御飯ゲットだね♪」

 「おっしゃあああ!!! 今日の飯は焼肉だああああ!!!」

 「きゃあ!? ちょっとアグナ!! 突然火柱を上げないでくださる!?」

 「おお、わりぃわりぃ」

 氷河期の雪原でマンモスを狩ったりした事もあった。



 「……ぐふっ……」

 「お兄様……道端に生えているキノコを興味本位で衝動的に食べるのはどうかと思いますわよ……」

 「キャハハ☆ いつもの事だから仕方がないさ♪」

 「どうした兄ちゃん!! 毒にあたったくらいなんだって言うんだよ!! その気になれば毒なんて平気だって!! もっと熱くなれよおおおおおおおお!!!!」

 「……こっちも平常運転ですわね……」

 暖かくなって、新しく現れた植物やキノコを食べて中毒を起こすこともあった。
 つくづく学習しない男である。
 


 そうやって過ごしている間に、一行はとあることに気が付いた。

 「……久々に見たな……」

 「うん……僕もだよ♪」

 「最後に見たのはいつでしたっけ……」

 「何だ何だ? ありゃ何かの家か?」

 一行の前には、簡単な作りの家が並ぶ集落があった。
 その集落の真ん中には、宵闇を照らし出す炎が揺らめいていた。
 そこには、直立二足歩行をする生物が集団で生活していた。
 そう、人間が再び姿を現したのだ。

 「…………」

 将志はその集落を見た後、空を眺めた。
 その黒曜石の瞳には、青白く輝く月が映っていた。
 将志の表情は無表情だったが、どこか淋しげに見えた。

 「ん? どうしたんだ、兄ちゃん?」

 そんな将志を見て、赤く長い髪の炎の妖精が首をかしげた。
 それに対して、六花は少し悲痛な面持ちになった。

 「……月に、お兄様の大切な人が居るんですの」

 「そうなのか? 兄ちゃんに俺達の他にダチが居るってのは初耳だぞ?」

 「友達じゃありませんわよ。お兄様にとってはもっと大事な誰かですわ」

 「ぬうううう……俺にはわからんぞ……」

 頭から黒い煙を出しながらアグナは唸る。
 そんなアグナの前に、六花はしゃがみ込んで頭をなでた。

 「大丈夫ですわよ、私にも分かりませんもの。分かるのは、お兄様とその相手だけですわ」

 「むぅ……」

 六花の言葉に、アグナは納得がいかないといったように頬を膨らませた。


 その一方で、空を見上げる将志のところに愛梨が近寄った。

 「将志君♪」

 愛梨が声をかけると、将志はその方を向いた。

 「それっ♪」

 「……っ!?」

 それに対して、愛梨はにっこりと笑って差し出した手のひらから強烈な光を発した。
 突然の閃光に、将志はとっさに腕で眼を覆った。

 「キャハハ☆ びっくりしたかな、将志君♪」

 「……何のつもりだ?」

 「君、主様のこと考えてたでしょ? だったら、もっと笑わなきゃ♪」

 どことなく暗い雰囲気の将志に、愛梨は笑いかける。
 将志は愛梨の言葉の意味が分からずに首をかしげた。

 「……何故だ?」

 「だって、将志君のお話だと主様はまだ生きてるんだよね? それなら、会おうと思っていればいつかは会えるよ♪」

 「……そういうものか?」

 「そういうものだよ♪ だって、不可能じゃないんだからさ♪」

 優しい口調で愛梨は将志にそう声を投げかける。
 それを聞いて、将志はふっとため息をついた。

 「……そうか」

 「それに、将志君ひどいよ? 僕も六花ちゃんもアグナちゃんも居るのに、そんな淋しそうな顔するなんてさ♪」

 少し拗ねたような表情を浮かべる愛梨に、将志は微苦笑した。
 それは苦笑いであったが、どこかすっきりした表情だった。

 「……それはすまんな」

 「謝るんならみんなに謝んなきゃね♪ お~い、みんな~!!!」

 「……む?」

 愛梨は大声で六花とアグナを呼び寄せた。
 その声を聞いて、赤い服を着た二人組みがやってくる。

 「どうかしましたの?」

 「呼んだか、ピエロの姉ちゃん?」

 「将志君、僕たちが居るのに淋しかったみたいだよ♪」

 「……いや、実際に淋しかったわけでは……」

 「あら……それは頂けませんわね……」

 愛梨の言葉に訂正を入れようとするも、その前に六花が反応した。
 六花は将志の背後に回ると、少し強めに抱きついた。
 
 「ひどいですわ、お兄様。淋しいのでしたら言ってくれれば宜しかったのに……」

 六花は吐息がかかる様な距離に赤く艶やかな唇を持っていき、そう囁きかけた。

 「……別に淋しかったわけではない……ただ淋しそうな顔をしていると言われただけなのだが……」

 「それも同じことですわよ? そういう訳で、今日は私がお兄様に添い寝してあげますわ♪」

 「……好きにしろ」

 それに対し、将志はいろいろ当たっているにもかかわらず顔色一つ変えずにそう答える。
 そんな将志の反応を見て、六花はため息をついた。

 「はぁ……その返し方は少し冷たすぎますわ、お兄様。かわいい妹の申し出なんですのよ?」

 「……それはすまん」

 「む~……」

 そっけない態度を指摘されて将志は謝るが、六花はそれでも面白くなさそうな顔をしていた。

 「……あむっ」

 「……っっっっ!?」

 六花は将志の耳をおもむろに甘噛みした。
 突拍子の無い行為に、さすがに将志も背中をぞくりと震わせた。
 その反応を見て、六花は満足そうに笑った。

 「ああ、やっと反応してくれましたわね、お兄様」

 「……お前は何がしたいんだ?」

 「別に何でもないですわ。愛情表現を兼ねて少しからかってみただけですわよ」

 六花はそういうと、呆れ顔の将志から離れていった。
 そんな六花に、愛梨が話しかけた。

 「六花ちゃん、あれはやり過ぎなんじゃないかな♪」

 「愛梨、お兄様は手ごわいですわよ。私が思ったとおりの反応をしてくれませんわ」

 「というより、あんなからかい方どこで覚えたんだい?」

 「店に居たときに見た、仲の良いカップルを参考にしましたわ」

 「きゃはは……普通、兄妹でそんなことしないと思うけどなぁ……」

 六花の発言に、愛梨は乾いた笑いを浮かべることしか出来なかった。
 
 「なあ、兄ちゃん。兄ちゃん、淋しいのか?」

 そんな二人を尻目に、アグナが将志に話しかけていた。
 将志はそれに対して首を横に振った。

 「……いや、淋しいわけではない」

 「何だ、そんなら何も問題ねえな。そんなことより腹減っちまったぜ!! という訳で、兄ちゃん飯!!」

 元気いっぱいのアグナの一言に、将志は思わず笑みを浮かべた。

 「……了承した。アグナ、火は任せるぞ。六花、包丁を貸してくれ。愛梨、テーブルのセットは頼んだ」

 「合点だ、兄ちゃん!!」

 「了解ですわ、お兄様」

 「おっけ♪ 任されたよ♪」

 そういうと、将志は料理を始めた。
 その日の調理風景はいつもより気合が入ったものになった。
 料理が出来るにしたがって、周囲には料理の良い匂いが漂い始めた。

 「……出来たぞ」

 「それじゃ、食べよっか♪」

 「頂きますわ」

 「うおおお、腹減ったぁー!!」

 「ふむ、ウワサに違わず旨そうだな」

 テーブルの上に並んだ色とりどりの料理を見て、全員用意された席に着いた。
 席に着くと、それぞれ思い思いに料理を食べ始める。

 「確かに評判どおり、いや、想像以上に旨い……この料理はなんて言うのだ?」

 「……料理の名前など特に決めてはいないが……名前が必要なのか?」

 「必要であろう。名前があればその料理の説明が楽になるであろう?」

 「……ふむ、確かにそうかも知れん」

 「そうかも知れん、ではなくそうなのだ。しかし、聞いていた以上にこの味は良い……我が食した中でも五本指に入る旨さだ」

 「……そうか」

 他愛も無い話をしながら、それぞれ食事を続ける。
 そんな中、ふと将志が食事の手を止めた。

 「……ところで……お前は誰だ?」

 「……何故その質問が会話の最初に来ないかが我には不思議でならない……」

 将志のあまりに今さらな質問に、質問された人物はがっくりと脱力した。  

 「我が名は八坂 神奈子。大和の神の一柱なり」

 注連縄を背負った神は気を取り直してそう名乗った。
 将志はそれを聞いて首をかしげた。

 「……その神が、いったい何の用だ? 食事だけというのならば別にかまわんが」

 「驚きもしないとは、ずいぶんと肝が据わっておるな」

 「……神ならばこれまでにも何度か会ったからな。現にいくつかの神はまれにこの場に顔を出す。それ故、またどこぞの神が食事に来たのかと思ったのだが……」

 「……道理で頼んでも無いのに我の分の食事が並んだわけだ……しかし、幾らなんでも初対面の相手と誰も何の疑問も持たずに食事をするというのは……」

 神奈子はそう言って同席している者を見回した。

 「キャハハ☆ それが将志君だから♪」

 「正直、もう慣れましたわ」

 「飯がうまけりゃそれで良し!!」

 神奈子の質問に、愛梨は満面の笑みで答え、六花は苦笑いと共に返し、アグナは威勢よく言い切った。

 「……だそうだが」

 「……もう良い、貴方達としゃべってると威厳を保つのが馬鹿らしくなってきたわ」

 将志達の言葉を聞いて、神奈子は頭を抱えた。

 「……悩んでいるようだが、どうかしたのか?」

 「誰のせいで頭抱えてると思ってるのよ!?」

 神奈子に言われて、将志はあごに手を当てて考えると、

 「……誰だ?」

 と、首をかしげながらそう答えた。
 なお、将志は本気で考えた末にその結論を出している。
 この男、ピンポイントでアホになるときがあるため困る。

 「自分だって言う答えに何故たどり着けないのよ……」

 神奈子はそう言うと、テーブルの上にぐったりと伸びた。

 「……修行が足りませんわね。お兄様の話相手をするにはコツがありましてよ?」

 六花は優雅にスープを口に運びながらそう言った。
 神奈子はそれを聞いて、顔を上げた。

 「そのコツって何?」

 「細かいことを気にしないことさ♪」

 「……………………」

 愛梨のアドバイスに、神奈子は沈黙するしかなかった。
 神奈子はその場で首を振り、目の前に置かれたスープを飲んだ。
 そして一息ついてから、将志に向き直った。

 「槍ヶ岳 将志!! 貴方に頼みがある!!」

 今までの醜態を振り払うように神奈子は大声で叫んだ。
 将志はそれを自然体で聞き入れる。

 「……何だ?」

 「次の宴会で料理を作ってほしい!!」

 神奈子の言葉に、将志は首をかしげた。

 「……何故神が俺に宴会の料理を依頼する?」

 「今、夜になっているわね?」

 神奈子はそういって空を指差した。
 空は満天の星空で、その中心に見事なまでの満月が浮かんでいる。
 誰が見ても、見紛う事なき夜の姿であった。
 将志はそれを見てこくりと頷いた。

 「……ああ」

 「これ、当分の間夜明け来ないわよ」

 「……何故だ?」

 「うちのところの引きこもりが引きこもったせいよ。あれが出てこないと朝は来ないわ」

 そこまで聞くと、将志は納得したように頷いた。

 「……成る程、それでおびき出すために宴会をするから、その料理を作れというわけだ。しかし、何故俺なのだ?」

 「なに、知り合いの神が旨い料理を食わせる妖怪が居ると言っていたのよ。だから試しに来てみたのだけれど、想像以上だったわ。これなら宴会を盛り上げることも出来るわ」

 「……別に俺でなくとも料理の上手い奴はいるだろう?」

 「それが、今までの料理担当者が過労で倒れてね。その代役を探してるのよ。駄目かしら?」

 神奈子はそう言うと将志の返答を待った。
 一方の将志は、あごに手を当てた状態で愛梨達に目配せをした。

 「キャハハ☆ いーじゃん、将志君♪ やってあげようよ♪ 神様に混じって大騒ぎできるなんて滅多にないしさ♪」

 「私はお兄様に任せますわ」

 「俺はうまい飯が食えるなら何でも良いぞ!!」

 三人の回答を聞くと、将志はふっと一息ついた。

 「……良いだろう、引き受けた」

 「ありがとう、助かるわ。それじゃ、これから案内するからついて来なさい」

 しかし、誰もついてこようとしない。
 その様子に、神奈子は首をかしげた。

 「……どうかしたのかしら?」

 「ちょいちょい、姉ちゃんよぉ、せめて飯ぐらい食わせてくれねえか? 残していくのはもったいねえぞ?」

 不満げなオレンジ色の瞳で見られて、神奈子はあっと声を上げた。

 「それもそうね。それじゃ、ゆっくり堪能させてもらうわよ?」

 「……そうするが良い」

 神奈子はそう言うと、食事を再開した。
 料理を口に運ぶと、口の中に程よい塩味と魚の旨味が絶妙のバランスで広がっていく。

 「……やはり、おいしいわね。言葉が見つからないわ」

 「……そうか」

 おいしい料理に神奈子は思わず笑みをこぼし、それを見て将志もつられて笑う。

 「キャハハ☆ 神様と親友の笑顔いただきました♪ 良い笑顔だよ、二人とも♪」

 「そ、そう?」

 「……そうか」

 楽しそうな愛梨の言葉に神奈子は戸惑ったように頬を染め、将志は目を閉じて視線を切った。


 こうして穏やかに食事の時間を済ませた後、将志達は神奈子に連れられて宴会場に行くことになった。

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 というわけで、ガンキャノンだの色々言われているオンバシラ様のご光臨。
 いきなり将志に大ボケをかまされて机に沈みました。
 次回は宴会の話です。


 そんなこんなで、ご意見ご感想お待ちしております。



[29218] 銀の槍、宴会に出る
Name: F1チェイサー◆5beb2184 ID:398d58fa
Date: 2011/08/20 23:45
 将志達が宴会場に行くと、そこには大勢の神が屯していた。
 宴会場は周囲を森に囲まれており、その中央が少し盛り上がっていて舞台のようになっていた。
 そのすぐ隣には大きな岩の戸があり、どうやらその中に引きこもっている神がいるようだ。
 そんな彼らに対して、神奈子は声を上げた。

 「おーい、料理人代理を連れてきたわよ!!」

 その声に、神達は一斉に将志達を見た。

 「あ、あいつはこの間の料理妖怪じゃないか!?」

 「おお、それならば今日の料理は期待できるぞ!!」

 「料理妖怪来た、これでかつる!!」

 将志の姿を見た瞬間、神々の間から歓声が上がる。
 どうやら、将志は完全に料理の妖怪という認識になっているようだった。

 「……貴方、ずいぶんと人気あるわね」

 「……俺は食事を作っていただけなのだがな……」

 あまりの熱狂振りに神奈子は思わず将志を見る。
 それに対して、将志は肩をすくめて首を横に振った。

 「ところで、いつから宴会を始めるつもりなのかな♪」

 「料理が出来次第はじめるつもりよ。それがどうかしたかしら?」

 愛梨の質問に神奈子が答えると、連れられてきた一行はくすくすと笑い出した。

 「……何よ、何がおかしいのよ?」

 「いいえ、そういうことなら宴会の時間を繰り上げることをお勧め致しますわ」

 「おおよ、兄ちゃんはこういうときの料理は作るのを見るだけで楽しいもんな!!」

 ムッとした神奈子に、六花とアグナが笑いをかみ殺しながらそう言った。
 その横で、将志は着々と料理の準備を進めていく。

 「……神奈子、材料はどこにある?」

 「材料ならあそこにあるわよ。大体の料理は作れるはずだから、期待してるわ」

 「……ところで、宴会料理で良いのだな?」

 「ええ、いいわよ」

 「……了解した」

 将志は用意された食材をどんどん調理場の横に運び始めた。
 全てを運び終わると、将志は布に包まれた槍を手に取った。
 それを確認すると、愛梨が将志の立つ調理場の前に立った。

 「さあさあ、よってらっしゃい見てらっしゃい!! これからこの料理の妖怪が料理を始めるよ♪ たかが料理と思っちゃダメだよ? きっと見ないと損するよ♪ それじゃあ将志君、よろしく頼むよ♪」

 「……始めるか」

 愛梨が高らかに口上を述べると、将志は槍に巻いた布を取り払った。
 突然の将志の行動と現れた銀の槍に、会場がどよめいた。

 「……はっ!!」

 将志は槍をまな板に叩きつけ、宙に浮いた食材を槍で刻み始めた。
 長い槍を手足のように扱い、食材を欠片も落とすことなく正確に切り刻んでいく。
 その流れるような銀の軌道は、見るものの目を惹きつけた。

 「……アグナ!!」

 「合点だ、兄ちゃん!!」

 将志が合図すると、アグナは中華鍋の下に火をつけた。
 それを確認すると、将志は刻んだ食材を高々と上に跳ね上げた。
 その間に中華鍋に油を敷き、準備を整える。

 「……ふっ!!」

 その中華鍋で落ちてきた食材を受け止め、すばやく炒め始める。
 途中で香り付けのために酒を加えると、中華鍋から大きな火柱が立った。

 「これはすごいわね……」

 将志が料理をしている光景を見て、神奈子は思わずそう呟いた。
 周りでは、神々が食い入るように食材が宙を舞い踊るその光景を見つめていた。

 「……六花!!」

 「準備なら出来てますわ、お兄様!!」

 将志の呼びかけに六花が応える。
 六花の目の前には、空の大皿が置かれていた。

 「……せいっ!!」

 それを確認すると、将志は中華鍋を大きく振った。
 すると、中華鍋の中の料理が高々と空に飛び上がった。

 「え?」

 その様子を神奈子は呆然と見届ける。
 他の神々も突然の事に声も出ない様子だった。

 「……一品目、完成だ」

 将志がそう言った次の瞬間、空の皿に狙い澄ましたかのように料理が降って来た。
 それと同時に、辺りにはその料理のいい匂いが立ち込めた。

 「お……おおおおお!? こいつはすげえ!!」

 「芸術的だ!!」

 「しかもうめええええええ!!!」

 次の瞬間、全体から一気に歓声が上がった。
 それを受けながら、将志は二品目に取り掛かる。
 その曲芸料理が出来るたびに会場は盛り上がっていった。

 「キャハハ☆ さっすが将志君♪ よーし、僕も負けてらんないよ♪ 全員ちゅうもーく!! ここから先は僕がみんなを笑顔にする番だよ♪」 

 そんな将志に触発されて、今度は愛梨が芸を披露する。
 愛梨は大玉の上に乗ると、手にした黒いステッキを上に投げた。
 ステッキは赤、青、黄、緑、桃の五色の玉に変化して愛梨の手元に落ちてきた。

 「それじゃあ、いっくよー♪」

 愛梨はそう言うと大玉を転がしながらジャグリングを始めた。
 準備運動代わりに会場の周りをぐるりと一周回ると、愛梨は大玉に乗ったまま部隊の上に飛び乗った。

 「ハイッ、それじゃあ今度は上に投げた玉をくるっと一回回ってからキャッチするよ♪ 3,2,1,それ!!」

 愛梨はそういうと5つの玉を全て上に高々と上げ、その場で一回転した。
 ただし横回転ではなく、バック宙で。

 「よっととと!!」

 大玉の上に着地し、落ちてくる玉を全てキャッチして再びジャグリングを始める。
 その一連の動作は危なげなく、それでいてどこかコミカルな動きで行われた。

 「ふぅ~……ハイッ、無事成功したよ♪ みんな、拍手をお願いするよ♪」

 愛梨がそういった瞬間、観客から盛大な拍手が聞こえてくる。

 「ありがと~♪ みんなの笑顔が見れて、僕うれしいよ♪ よーし、僕、みんなのためにはりきっちゃうぞ♪」

 それから愛梨は次から次へと技を繰り出して行った。
 中には大玉の上で逆立ちした状態で行う技や、玉が消えたり増えたりする不思議な技があった。
 それらの技が成功するたび、観客からは拍手が響いてくる。
 そして最後に、愛梨は5つの玉を全て上に高く投げて元の黒いステッキに戻し、それをキャッチすると大玉の上から飛び降りた。

 「ハイッ、これで僕の演技は全部だよ♪ 楽しんでくれたかな? みんな、最後まで見てくれてありがとうございました!!」

 「お見事、面白かったぞ!!」

 「後でもう一度見せてくれ!!」

 「おい、俺達も負けてられねえぞ!! 早く舞台へあがれ!!」

 愛梨が赤いリボンのついたシルクハットをとりながら恭しく礼をすると、盛大な拍手と大きな歓声が響いた。
 愛梨はそれに満面の笑みを浮かべて手を振って舞台の上から降りると、神奈子のところへ向かった。

 「僕達の演技はどうだったかな、カナちゃん♪」

 「んぐっ!? ごほごほっ、か、カナちゃんって……」

 普段されない呼び方をされて、酒を飲んでいた神奈子は盛大にむせ返った。
 愛梨はそんな神奈子の様子を見て、からからと笑う。

 「キャハハ☆ 細かいことは気にしない気にしない♪ で、どうだったかな?」

 「正直、ここまでやるなんて思ってなかったわ。貴方達、旅芸人としてもやっていけると思うわよ?」

 「うんうん、気に入ってもらえて何よりだよ♪」

 神奈子の言葉に愛梨は満足そうに頷いた。
 そんな愛梨に、神奈子は杯を回す。

 「ほら、せっかくだから貴方も飲みなさいな」

 「あ、ありがと~♪ 僕お酒飲むの初めてなんだ♪」

 愛梨は杯を受け取ると、ゆっくりと飲み始めた。

 「わぁ、お酒ってこんな味なんだ♪ おいしいな♪」

 「それは良かった。まだ沢山あるから、欲しくなったら自由に注ぎなさい」

 「うん♪」

 本当においしそうに酒を飲む愛梨にそういうと、神奈子は周囲を見渡した。
 すると、舞台そっちのけで何やら人が集まっているところがあった。

 「六花ちゃん、こっちにもお酌してくれ~」

 「あ、テメェ次は俺の番だぞ!!」

 「お前も何言ってやがる、俺のほうが先だろうが!!」

 そこでは、男達が六花にお酌をしてもらおうと群がっていた。
 美人でスタイルもよく、色気のある六花はあっという間に紳士共の人気者になったのだった。

 「あらあら、そんなに慌てなくても大丈夫ですわ。順番にお酌しますから、待っていてくださいまし」

 「それに……」と言いながら六花は色鮮やかな赤い唇に人差し指を当てて笑顔を見せる。

 「……落ち着いた殿方のほうが、私は好きですわよ?」

 その一言を聞いた瞬間、野郎共は一気に静まりかえり、その場に正座した。
 もはや六花はその場を完全にコントロールしている。

 「きゃっ!? もう、お触りは厳禁ですわよ?」

 そんな中、赤い長襦袢からのぞく白く滑らかな肌の太ももを触られ、六花は思わず声を上げる。
 すると、その様子を周囲で見ていた者達の眼が光った。

 「貴様……紳士協定に違反したな……」

 「実に許されざる行為だ……」

 「よって、これより貴様を粛清する」

 「あ、ちょ、待て、話せば分かる……」

 お触りを敢行した男が、紳士達に連れられて森の中に消えてゆく。

 「……うちの男共は何をやってるのよ……」

 その様子を見て、神奈子はあきれ果てたようにため息をついた。

 「くぅ……兄ちゃ~ん、俺も腹減ったぞ~」

 一方、将志と共にずっと調理場で頑張っていた赤髪の小さな妖精がそう声を漏らした。
 腹からはきゅぅぅぅぅ……と、可愛らしい音が聞こえている。
 将志はその様子を見て、材料を確認した。

 「……ふむ。アグナ、もう少し頑張れるか?」

 「おおう? まあ、何とかいけるけどよ」

 「……今からお前の分を作る」

 その言葉を聞いた瞬間、アグナのオレンジ色の瞳に炎が灯った。

 「マジか!? よっしゃあ、燃えてきたああああああああ!!!」

 天を焦がすほどの巨大な火柱を上げて気合を込めるアグナ。
 その間に、将志は材料を刻む。

 「……アグナ」

 「おうよ!!」

 将志の合図で、アグナはかまどに火を入れる。
 その火の上で、将志はすばやく鍋を振るう。

 「……出来たぞ」

 将志が作ったのは黄金チャーハンだった。
 腹を空かせたアグナのために、すぐに出来るものを選んだ結果である。

 「おおう、ありがてえ!!」

 アグナは料理を目の前にして目をキラキラと輝かせた。
 将志はチャーハンを盛った皿と、レンゲを持ってアグナのところへ向かった。

 「あ~♪」

 「……そうか」

 すると、アグナは口をあけて待ち構えた。
 将志はアグナがして欲しいことに気がつき、レンゲでチャーハンをすくった。

 「……あ~……」

 「あ~……はむっ♪」

 レンゲを差し出す将志の手を小さな両手でしっかり掴んで、チャーハンをほお張るアグナ。
 アグナはニコニコと笑顔を浮かべており、見るからに幸せそうな表情を浮かべている。
 その光景は、傍から見ると槍を持った青年が幼女に餌付けをしているように見える。

 「もきゅもきゅ……んくっ、ふぉおおおお、やっぱうめえな!! 次くれ、次!!」

 「……ああ」

 太陽のような笑みを浮かべてアグナは将志に次をせびる。
 それに対して、将志はそっとレンゲを差し出す。

 「あら、あの子かわいい」

 「ああ、私も食べさせてみたい!!」

 調理場の前では、その様子を見ている者が出始めていた。
 そんなことには一切気付かず、二人は食事を続ける。

 「……さて……俺はあと少し作業がある。一人で食べてもらえるか?」

 「お、おおう、いいぜ!!」

 将志が料理に戻る旨を告げると、アグナは少し残念そうな顔をして答えた。
 それを聞くと、将志はレンゲを皿に置いて調理場に戻って行った。
 将志が離れるや否や、見物していた者達が流れ込んできた。

 「うおおお!? な、なんだ姉ちゃんたち!?」

 「今度は私たちが食べさせてあげる!!」

 「ええ、順番にね」

 「お、おおおおお!? ひょっとして俺、人気者か!? よっしゃ、そんなら食わせてくれよ!!」

 突然のことに一瞬戸惑いはしたが、状況を理解するとアグナは大はしゃぎで歓迎した。
 そんな中、将志は淡々と作業を続けて料理を完成させていく。

 「……このくらいあれば当分は持つな」

 将志はそういうと調理道具を洗って台の上に置き、神奈子のところに向かうことにした。

 「あ、おい!! この揚げ物がもう無いんだが」

 「……それならもう出来ている」

 将志がそういうと、皿の上に注文の料理が降って来た。

 「おお、ありがたい!! アンタも楽しんでくれよな!!」

 「……ああ」

 将志はそう言って返すと、再び神奈子のところに歩き出す。
 神奈子は将志が来るのを確認すると、そちらに向かって手を振った。
 それに対して軽く手を振り返し、将志は神奈子の横に座った。

 「お疲れさん。料理はおいしいし、見ていて楽しかったわ」

 「……そうか」

 「それにしても、あんな料理の仕方どこで覚えたのよ? 普通に料理していたらああはならないわよ?」

 「……狩りと料理以外することが無かったからな。愛梨に言われて余興のつもりで練習していた」

 「つまり、暇だったから覚えてみたって事?」

 「……そういうことになるな」

 話をしながら将志と神奈子は酒を酌み交わす。
 将志はジッと神奈子のある一部分を見つめる。

 「……ところで、これは今どういう状況だ?」

 「ああ、これはまあ仕方が無いことよ」

 「うにゃ~♪ 何かいい気分~♪」

 将志が見ていたのは神奈子の膝の上。
 そこには、顔を真っ赤に染めて丸くなっている愛梨の姿があった。

 「あ~♪ 将志君だ~♪」

 愛梨は将志の姿を認めると、のそのそと将志のところに向かっていった。
 そして、あぐらをかいている将志の膝の中に納まった。

 「にゃ~♪ あったかくて気持ちいいな~♪」

 「……そうか」

 愛梨は将志の胸に頬をすり寄せる。
 将志はその様子を普段と変わらぬ様子で見ていた。

 「……酔っているのか?」

 「そうね。さっきから結構飲んでると思うわよ? 飲むのが初めてって言っていたから、よく分からずにどんどん飲んでたみたいだし」

 「……そう言えば、酒など飲んだのはいつ以来だったか……」

 将志は永琳と過去に飲んだ時の事を思い出した。
 今はもうはるか昔の出来事になってしまっているが、将志はその様子を鮮明に思い出すことが出来た。
 将志はその記憶を肴に、しみじみと酒を飲む。

 「あ~!! またそんな顔してる~!!」

 その様子を見て、愛梨が不満げな声を上げる。
 その声に将志が目をやると、愛梨は瑠璃色の瞳でじ~っと視線を送っていた。

 「……愛梨、別に俺は本当に淋しいわけではなくてだな……」

 「ダ~メ~だ~よ~!! 僕の目が黒いうちはそんな顔しちゃダメ~!!」

 「……お前の眼は青いんだが……」

 「ごふっ!? がはっ、げほっ!!」

 将志のあんまりな発言に神奈子は思わず飲んでいた酒を噴き出す。

 「……どうかしたのか?」

 「けほっ……どうかしたのかって、貴方があんな不意打ちしかけてくるなんて思わなかったわよ……」

 「……俺が何かしたのか?」

 「あ、あれ素で言ってたのね。理解したわ」

 神奈子は首をかしげる将志の疑問をさらりと流した。
 順応の早い神である。

 「こら~!! 僕を無視するな~!!」

 「……それはすまない」

 将志が神奈子と話していると、ふくれっつらした愛梨がべったりと将志の小豆色の胴着の襟を掴んでくっついた。
 そんな愛梨に将志は一言詫びを入れ、手のひらで愛梨の頭を軽く撫でてから再び酒を飲む。
 撫でられた愛梨は気持ち良さそうに目を細めて将志の手を受け入れる。
 その様子を、神奈子は微笑ましいものを見る目で見つめていた。

 「……あれ、そういえば何か大事なことを忘れているような気がするわ」

 神奈子はふと何か大事なものを忘れているような感覚を覚えたが、気にしないことにした。




 「え~ん、ちょっとぉ~!! 私も混ぜてくださいよぉ~!!」

 「ダメですな。あなたには少し反省の意をこめて中にこもってもらいます」

 「そうそう、アンタが出てくると宴会終わっちまうからな!!」

 「わ~ん!! 私だってお料理食べたいのに~!!」

 いつしか宴会場にある天岩戸には何重にも注連縄が巻かれていて、戸の隙間からは引きこもった神のすすり泣く声が聞こえていた。
 なおこの神はしばらくしてから無事に注連縄を解かれ、閉じ込めた連中は神奈子のオンバシラによって友愛されたのだった。




[29218] 銀の槍、手合わせをする
Name: F1チェイサー◆5beb2184 ID:398d58fa
Date: 2011/08/21 22:46

 将志達は宴会の後、しばらく大和の神と過ごしてからまた自由気ままに旅をすることにした。
 ただし、以前のように世界中を旅して回るのではなく、後に日本と呼ばれる一帯だけを旅することになった。
 と言うのも、ちょっとした理由があって外に出られなくなったからである。

 「本当に貴方達には申し訳ないことをしたわね……まさか、貴方達が手の届かないところに行こうとしたら実力行使をするなんて思いもしなかったから……」

 「きゃはは……おいしすぎる料理も考え物だね、将志君……」

 頭を抱えてため息をつく神奈子に、愛梨は苦笑いを浮かべる。
 そう、将志達が日本から出ようとすると太陽が隠れたり雷が落ちたりするようになったのだ。
 今では毎日のように神がとっかえひっかえ食材をもってやって来ては将志に勝負を挑んだり、愛梨の芸を見たり、六花に相手してもらったり、アグナを愛でたりして、最後には食事をしていた。
 なお、現在神奈子は将志達の様子を見に、食材をもってやって来ていたのだった。

 「……だが、それほどまでに認められていると言うこと、悪い気はしない。それに、この辺りの変化を見届けるのも悪くはないだろう」

 「そう言ってもらえるのは助かるけど、貴方達はそれで良いのかしら?」

 「良いも悪いもありませんわよ。こちらとしては、食料をそちらがもってきてくれるおかげでお兄様が道端のキノコや野草で実験をしなくてすむので良いのですけど」

 「兄ちゃん、よく毒に当たって倒れるもんな~。この前は魚食って泡吹いて倒れたな」

 「……よくそれで今まで生きてこれたわね……」

 「……食の探求に犠牲は付き物だ」

 「限度ってものがあるわよ……」

 親指をグッと立てて力説する将志に、神奈子は絶句した。
 そんな神奈子に、愛梨が違う話題を振る。

 「でも、カナちゃんずいぶん久しぶりだよね♪ 他のみんなは結構来るけど、今まで何かあったのかな?」

 愛梨の呼び方に、神奈子はがくっと一気に脱力した。

 「だからカナちゃんって……まあ良いわ。貴方達、今大和の神の間でどういう扱いになっているのか全然知らないのね。貴方達に会うのは予約制よ。その予約を取るのに戦争が起きるくらいなんだから、貴方達に会うのはすごく苦労するのよ」

 「あら、神様達に人気って言うのも悪くないですわね。それで、何でそんなことになっているんでしょう?」

 「それが意見を聞いてみると、飯がうまい、面白い芸が見れる、かわいい娘が居る、闘いも楽しめる……要するに、貴方達は退屈を紛らわせるには需要を満たしすぎているのよ。おかげで会いに来るのが大変だったわ」

 楽しそうに笑う六花に対して、神奈子は若干疲れたような仕草で答えた。

 「……それで、今日はいったい何を所望だ?」

 「そうね、さし当たっては食事かしら。それから、後で少し手合わせをして欲しいわね」

 将志が話を切り出すと、神奈子はそう答えを返した。
 将志はその答えを聞くと、ゆっくりと神奈子の眼に視線を合わせた。

 「……手合わせか……誰とだ?」

 「一番強いのは誰?」

 「そんなら兄ちゃんかピエロの姉ちゃんだな」

 神奈子の質問にアグナが即座に答えた。
 すると、愛梨は顔の前でそれはないと言った風に手を振った。

 「違うよ♪ 将志君のほうがずっと強いよ♪ だって、将志君全然本気出してないもんね♪」

 「そうなんですの? 今でさえ全然勝てませんのに?」

 愛梨の言葉に六花は黒曜石のような黒い瞳をパチパチと瞬かせた。
 それに対して、愛梨は我が事のように楽しそうに話を続ける。

 「だって将志君、『女子供に向ける刃は無い』って言ってなかなか本気出してくれないよ♪ 僕は本気の将志君とたまに勝負するけど、未だに勝てないよ♪」

 「……妖力の制御は愛梨のほうが上手いのだがな……」

 「キャハハ☆ それでも将志君のほうが動きも速いし力も強いから、やっぱり僕じゃ勝てないよ♪ そういう訳で、将志君、ご指名だよ♪」

 愛梨がそう言うと将志は目を閉じ、軽く息をついた。

 「……いいだろう。神奈子はそれで良いか?」

 「ええ、音に聞こえた槍妖怪の銀の槍にどれだけの冴えがあるのかも気になることだし、お願いするわ」

 「……そうか……ならば先に手合わせをするとしよう。食事の後にすぐ動くと体に障る」

 将志はそういうと背中に背負っていた槍を手に取り、巻きつけていた布を取り払った。
 中からは、全体が銀で出来た3mくらいの直槍が出てきた。
 槍のけら首の部分には銀の蔦に巻かれた黒曜石の玉があしらわれていた。

 「そうね。食事は運動の後でゆっくり食べたほうが良いわね」

 神奈子がそういうと、神奈子の周囲に紅葉の様に見える力が集まり、両脇に巨大なオンバシラが控える。
 それを前にして、将志は肩慣らしに槍を軽く振るう。
 槍はいつものとおり流れるように舞い、銀の線を宙に描いた。
 神奈子は始めてみる将志の槍捌きに思わず見とれた。

 「……見事な舞ね。これ単体でも結構受けは良いと思うわよ?」

 「……俺の槍は見世物じゃない。俺の槍はただ一つ、大切なものを守る槍だ。……少し泥臭いかも知れんが、勘弁してもらおう」

 そう言うと将志は眼を開き、神奈子に向かって槍を構えた。
 神奈子はそれに笑って答える。

 「泥臭くったって良いじゃないの。大切なものを守るためならそれくらいでちょうど良いわよ。さて――――貴方の槍、見せてもらおうか!!」

 神奈子がそういった瞬間二人は同時に空へ飛び上がり、勝負が始まった。
 最初はお互いの手の内を探るために二人は神力、または妖力の弾を飛ばしあう。
 将志は神奈子の色鮮やかな弾幕をすり抜けるように躱し、神奈子は将志の銀と黒の弾幕を最小限の動きで避けていく。
 
 「……次、行くぞ」

 その中に、将志がだんだんと妖力で出来た長い槍を投げ込み始める。
 急旋回や宙返りなどアクロバティックに素早く大きく移動して放たれるそれは、弾幕の回避と共に多方向からの攻撃を仕掛ける。

 「まだまだ甘いわ」

 神奈子はそれを冷静に躱し、将志に密度の高い弾幕で反撃を仕掛ける。
 将志はそれに対して、避けずに突っ込んで行った。
 先ほどと打って変わって、将志は移動速度を落としてゆっくりと弾幕を回避する。

 「隙あり!!」

 「……チィ!!」

 その抜けてくる将志に向かって、神奈子はオンバシラを投げつけた。
 将志は妖力で銀色に光る足場を作ってそれを蹴り、直角に軌道を変えると同時に急加速して避けた。
 その状態から将志は神奈子の頭上を取り、上から妖力の槍を数本まとめて投げつけた。

 「おおっと!?」

 将志の突然の高速移動に一瞬驚くが、神奈子は冷静に避けていく。
 将志の槍の弾幕は通った後に銀の軌跡が残り、その軌跡が弾幕に変わってランダムな方向に飛んでいく。
 それにより行動範囲はかなり制限されることになるが、神奈子は慌てることなく銀の檻から抜け出す。

 「……そこだ」

 将志はその抜けて出てくるところを狙って、槍を投げた。

 「まだよ!!」

 その槍に対し、神奈子はオンバシラをぶつけることで対抗する。
 オンバシラにあたった槍はその場で消え、オンバシラはそのまま唸りを上げてその向こう側に飛んでいく。

 「……ふっ!!」

 将志はそのオンバシラの横に回りこみ、すれ違うようにして弾幕を放つ。
 将志の耳にはオンバシラが風を切る音が聞こえ、ギリギリの回避であったことが伺えた。
 神奈子がそれを迎え撃とうとすると、急に将志が銀の壁にまぎれるように眼の前から消え失せた。
 弾幕を避けながら辺りを見回すと、将志は真下から新たに弾幕を放っていた。

 「くっ、素早い!!」

 神奈子は想像以上の将志の素早さに歯噛みした。
 緩急をつけた動きの中で瞬時に眼で追えないほどの速度まで加速するとは思っていなかったのだ。
 しかもその軌道は直角だったり、180度変わっていたり、かなり無理のある滅茶苦茶なもので予想がつかない。
 それ故に相手の移動した先を狙ったはずの弾幕が、結果的に見当違いの方向に飛んでいくことになっていた。
 更に、将志の放つ弾幕もまた想像以上に苛烈だった。
 素早く動く銀の弾幕の中に速度の遅い黒い弾丸が入ることで、その黒い弾が絶妙な位置で障害物と化すようになっているのだ。

 「ええい!!」

 神奈子は移動する将志の前後にオンバシラを投げつけ、動きを止める。
 将志はそれに対して再び銀の足場を蹴る事で直角に移動し、それを回避する。

 「まだよ!!」

 その将志の移動した先に、神奈子は弾幕を張る。
 目の前に迫る極彩色を見て、将志は今度は真下に跳躍した。

 「そこっ!!」

 「……っ!!」

 神奈子は今度こそ将志を捉えるべくオンバシラを投げた。
 先の二本のオンバシラと弾幕により脱出口を完全に固定された一撃だった。

 「……はあああああっ!!」

 眼前に迫るオンバシラを将志は体を強引にひねり、手元に球形の足場を作って力尽くでそれを押し、無理やり移動することでそれを躱した。
 オンバシラが将志の銀の髪をかすめて飛んでいく。
 体勢を崩した将志は空中で立て直し、地面に着地した。

 「……はっ!!」

 将志は着地すると、自分に向かって飛んでくる弾幕を手にした銀の槍で全て叩き落した。
 将志の手の中の銀がひるがえる度に、神奈子の弾幕がかき消されていく。
 その動きは、美しく回る独楽を連想させた。
 全てを叩き落した将志は、その場で残心を取る。
 それを見た神奈子は、将志のところへ降りてきた。

 「あら、これで終わりかしら?」

 「……ああ。動きすぎて食事が出来ないと言うのもなんだからな」

 将志はそう言いながら槍を収める。
 槍を収めると、将志は愛梨達のところへ歩いて行った。
 するとそこでは、森の中の広場に愛梨達の手によって調理場とテーブルが用意されていた。
 なお、それらのものは全て愛梨の大玉の中の不思議空間に収納されていたものである。

 「あ、きたきた♪ おーい、将志君♪ 準備は出来てるよ♪」

 「あとはお兄様の料理を待つだけですわ!!」

 「腹減った~ぁ!! 兄ちゃん、早いとこ飯にしようぜ!!」

 「……ああ」

 将志は小さく頷くと早速料理に取り掛かった。
 調理場からは聞いただけで空腹になるような音が聞こえてきて、うまそうな匂いが当たりに立ち込める。
 今日の料理は天津飯に鶏と野菜のスープ、それに桃饅頭だった。

 「……完成だ」

 完成した料理を盆に載せ、将志はそれぞれに配って行く。
 全員に回ったところで、一斉に食事を開始した。
 愛梨と六花はお互いに話しながら箸を進め、アグナは一心不乱に食事をしている。
 そんな中、将志の隣に座った神奈子が将志に話しかけた。

 「それにしても、貴方本当に強いわね。特に最後に弾幕を叩き落した槍捌きは見事だったわ」

 「……鍛錬の結果だ。そう言われると毎日続けた甲斐があると言うものだ」

 「本当にそれだけかしら? 私は少し貴方に聞きたいことがあるのだけれど?」

 神奈子の言葉に、将志は食事の手を止めて顔を上げる。

 「……何だ?」

 「貴方、いったい何者? ただの妖怪にしては強すぎるわ。何か隠し事とかは無いかしら?」

 「……そう言われてもただの槍妖怪としか言いようが無いのだが……」

 「ただの槍妖怪が神である私と互角以上の戦いが出来るものですか。それに、普段の妖力とさっきの妖力の量が違いすぎるわ。あの妖力量ならもっと体から出てこないとおかしいはずよ。いったい貴方はどうなっているのかしら?」

 「……そうは言うが、本当に何でもないのだが……ただ毎日鍛錬を重ねていただけで……」

 将志は困ったような表情をわずかながらに浮かべる。
 すると、ふと気がついたように神奈子は質問をした。

 「そうだ。そういえば、貴方は何歳なの?」

 「……分からない。歳なら10000を越えた時点で数えることをやめた。それもやめてかなり長い時間が経っている」

 それを聞いて、神奈子は驚いたような、納得したような複雑な表情を浮かべた。

 「1万以上って……もう立派な大妖怪じゃないの。なるほどね、そこまで旧い妖怪ならその強さも納得だわ。でも、どうやってそんな妖力を隠しているのかしら? 見た目人間以下の妖力の大妖怪なんて聞いたことないわよ?」

 「……それも分からない。俺は普通に過ごしているだけだが……」

 将志の言葉を聞いて、若干呆れた様に神奈子はため息をついた。

 「分からないって、自分のことでしょうに。本当に分からないのかしら?」

 「……ああ」

 「まあ良いわ。知ったところでどうしようも無いことだし」

 そういうと、神奈子は食事を再開した。
 その間に将志はアグナの注文を受け、天津飯のお替りを持っていく。
 ご満悦の表情のアグナを見て微笑と共に頷くと、将志は神奈子に話しかけた。

 「……ところで、何故いきなり手合わせを申し込んだのだ?」

 「ああ、それは今度ちょっと東に居る神に戦を仕掛けることになって、それに私が行くことになったのよ」

 「……それで、その肩慣らしのつもりで俺に手合わせを申し込んだのか」

 「そうよ。もっとも、ああまで強いとは思っても見なかったけれどね。本気出してないでしょう、貴方」

 「……元より食事前だ。食事前に暴れすぎて気絶などと言う事は避けたかった。それに、俺は本当に必要なとき以外はあの槍は振るわん。これだけは絶対に譲れん。まして、本気を出していない相手に向ける刃などはない」

 「あら、それじゃあ私が本気を出していたら貴方も槍を振るったのかしら?」

 「……それは、相手の技量しだいだ。……やってみるか?」

 「試してみたい気もするけれど、やめておくわ。大事な戦の前に余計な消耗はしたくないしね」

 「……そうか」

 二人はまた食事を再開する。
 どうやら自分の思った以上の味が出せたのか、将志はスープを飲んで満足そうに頷いた。
 その向かい側では、笑顔で談笑しながらデザートの桃饅頭を頬張る愛梨と六花の姿があった。

 「ああ、そうだ。貴方達、私と一緒についてきてくれないかしら?」

 「……何故だ?」

 唐突に放たれた神奈子の言葉に将志は首をかしげた。
 そんな将志に神奈子は話を続ける。

 「どうせ戦の後は宴会になるんでしょうし、そうなれば貴方達が呼ばれるのは確実でしょう? それならば、いっそ私に同行してもらおうと思うのだけどどうかしら?」

 「……俺は別に構わないが……」

 将志はそう言うと他の三人の方を見た。

 「僕は良いよ♪ 将志君が行くならついていくよ♪」

 「私も良いですわよ。別に何か用事があると言うわけでもないのですし、良い退屈しのぎになると思いますわよ?」

 「宴会があるなら俺も行くぞ!!」

 「……だそうだ」

 どうやら反対意見などないらしく、全員賛成のようだった。

 「なら問題ないわね。それじゃあ、よろしく頼むわよ」

 「……ああ」

 満足そうに頷く神奈子に、将志は頷き返す。
 こうして、一行は神奈子と共に東へ行くことになった。


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 というわけで、神奈子にくっついて遠征に向かうことになりましたとさ。
 あと、感想に時系列や諏訪子のこととかありましたが……
 現在の時代背景はまだ自然崇拝が広く残っていて、神奈子たち大和の神々が現われて間もない頃を想定しています。
 そういうわけで、まだ大和の神である神奈子は土着の神である諏訪子と出会っておりません。
 ……という設定でお願いします。
 正直、このあたりの時系列って調べてもあんまり分からないんですよね……
 このあたりの時系列には、申し訳ありませんが眼を瞑ってください……


 そういうわけで、ご意見ご感想お待ちしております。



[29218] 銀の槍、迷子になる
Name: F1チェイサー◆5beb2184 ID:398d58fa
Date: 2011/08/22 23:16

 「……はっ!!」

 小さな掛け声と共に銀の槍がまな板に叩きつけられる。
 その衝撃で宙に浮いた食材を神速の槍捌きで切り刻む。

 「……ふっ!!」

 その食材に将志は素早く串を打ち込む。
 調理台に置かれた皿には串刺しになった食材がいくつも並び、うず高い山を形作っていた。

 「…………」

 その食材を火であぶる。
 表面に焦げ目がつくと火から下ろし、塩や香辛料、柑橘類などを使って調合した特製の塩ダレにつけて皿に盛る。
 串焼きの盛り合わせの完成である。
 将志はそれを酒と共に膳に載せて運ぶ。

 「……出来たぞ」

 「お、出来たんだ。んー、これまた旨そうだね!! そんじゃ、冷めないうちに食べようか」

 その先にはなにやら眼が付いた帽子をかぶり、蛙が描かれている紫を基調とした服を着た少女が座っていた。
 少女は膳の上に置かれた串焼きを旨そうに食べ、酒を飲む。

 「く~!! 酒のつまみに最高だね、これ!! 将志、お替り!!」

 少女はそういうと空の杯を将志に差し出す。
 将志はそれを受け取ると、燗にしていた酒を杯に注いで返す。

 「……しかし、本当に俺がここに居て良いのか?」

 「ん~? いーんじゃない? 妖怪ってわかるほど妖力は出てないし、私達に危害を加えるつもりも無いんでしょ? それに、こんなに旨い料理が食べられるんならむしろいつまでも居て欲しいもんだよ」

 将志の問いに、少女は手にした串焼きを口に運びながらそう答えた。



 ところで、いったい将志が今どこに居て、何故こうなっているかを説明する必要があるだろう。
 それでは、しばし時間を巻き戻すことにしよう。


 *  *  *  *  *  *


 将志達は神奈子の先導により、一路東に向かって歩いていた。
 なお、空を飛ばない理由は途中で食材を採取するためである。

 「あ、確かこの草は食べられるんだよね♪」

 「ええ、それからこのキノコも食べられたはずですわ」

 愛梨と六花は木の実や食べられる野草を見つけては拾いに行く。
 食料の保存は全て愛梨の大玉の中で行っていて、食べられるかどうかの判断は六花が行っている。
 なお、知識の出所は全て将志が食べて倒れたかどうかである。

 「お、こいつは甘くてうまいんだよな!! どうせだからあるだけ採っちまえ!!」

 アグナは木になっている木の実を集める。
 体が小さいため、木の枝の奥にあるものも易々採ってくる。

 「……はあああ!!」

 将志は茂みに向かって、槍を投げる。
 すると、けたたましい鳴き声と共に木の葉が揺れる音が聞こえてきた。
 将志が確認に行くと、そこには立派なイノシシが倒れていた。

 「……上出来だな」

 将志は仕留めたイノシシを肩に担ぐと愛梨のところへ向かう。
 愛梨は将志が獲物を担いでいる姿を確認すると、大玉を転がしながらそこに向かった。

 「わぁ~、大きなイノシシだね♪」

 「……頼む」

 「おっけ、任されたよ♪」

 大きなイノシシを見て瑠璃色の眼を輝かせた愛梨は、そういうと大玉にイノシシをしまいこんだ。

 「今日の分はこれで十分ですわね。ところで、目的地まで後どれくらいかかりますの?」

 「大体三日ってところね。途中で色々と困っている者がいないか見て回らないといけないからね」

 「か~っ、神様ってのも楽じゃねえなぁ!!」

 腰まで伸びた銀色に輝く長い髪に付いた木の葉を払いながら、六花は神奈子に問いかける。
 それに神奈子が答えると、アグナが燃えるような赤い髪をかき乱してそう叫んだ。

 「それじゃあ、次はどこに向かいますの?」

 「ここから少し行ったところに村があるから、まずはそこまで言って様子を見るわよ。それで私達に解決できることがあれば解決するし、出来ないようならその様子を後で他の神に伝えないといけないわね」

 「うんうん、また人助けだね♪ 今度はどんな笑顔が見れるかな、将志君♪」

 「……(もぐもぐ、ごっくん)見てみないと分からないだろう」

 楽しそうに話す愛梨に、将志は何かを飲み込んでから答えた。
 その様子に、その場に居た一同は固まった。

 「おうおうおう、兄ちゃん今何食った!?」

 「……何のことはない。ただのキノコだ」

 大いに慌てた様子でアグナが将志に食いかかると、将志は平然とした様子でそう答えた。

 「……お兄様、そのただのキノコで自分が何回倒れたか覚えていませんの?」

 「……数えるのをやめて幾日経ったか……」

 「貴方、少しは学習しなさい!! 数え切れないほど倒れる人なんて聞いたことがないわよ!!」

 「……食の探求に犠牲は付き物!!」

 「だから限度があるわよ!!」

 ため息をつきながら話す六花への将志の返答に、神奈子は思わず声を荒げる。
 それを見て、愛梨は乾いた笑い声を上げた。

 「きゃはは……将志君、何ともない?」

 「……そうだな……特に体に異常は無いな」

 将志のその一言を聞いて、一同は安堵の息をついた。

 「そんなら別にいいか!! そういや、次の村ってどこにあるんだ?」

 「この先にある山を越えたところにあるわ。……そうね、人目も無いことだし、特に他の用がなければ飛んでいく方がいいわね」

 「なら、そうしますわ。お兄様もそれで良いですわね?」

 「……特に異論はないが……しいて言うなら一番後ろではなく、前を行かせて欲しいとしか……」

 「将志君は置いてっちゃうからダメだよ♪ それじゃ、次の村まで行ってみよー♪」

 そういうと、一行は空を飛んで移動を始めた。
 神奈子が飛んで先導をし、最後尾に将志が付く。

 「……!?」

 しばらく飛んでいると、将志は急に全身に痺れを感じた。
 体の自由が利かなくなり、フラフラと横に滑りながら地面に落ちていく。
 どうやら、またしても毒キノコに当たったようだ。
 いいかげん学習能力と言うものが身に付かないのであろうか。

 「……ぐあっ」

 将志はその先にあった大木に頭をぶつけ、大きく開いた木の洞に突っ込んだ。
 頭に湯飲みが落ちた程度で気絶する将志に耐え切れるはずもなく、将志はその場で意識を失った。



 しばらくして将志が眼を覚ますと、あたりはすっかり夜になっていた。

 「……これはまずいな」

 将志は木の洞から出ると、方角を確認した。
 北極星を見つけることで方角を確認すると、将志は東に向かって猛スピードで飛び出した。

 「……確か村に行くと言っていたな」

 将志は神奈子がそう言っていたのを思い出し、山を越えて先を急ぐ。
 ……不運なことに夜も遅く明かりが消えていたため、将志には山のすぐ裏側にある集落が眼に入らなかった。
 そんなことにも気付かず、将志はどんどん速度を上げて空を走る。
 そしていくつか山を越えたところに、明かりを見つけた。
 将志はその明かりを目指して飛び、開けた場所に着地した。

 「……ここは……?」

 将志が周囲を見渡すと、そこは村などではなく神社の境内だった。
 将志はここが何なのかを尋ねるために、明かりの点いている建物に向かって歩き出した。

 「……っ!?」

 突然背後に強い気配を感じて、将志は振り返った。
 すると、そこには少女が立っていた。

 「こんな時間に客とは珍しいね……って違うや、こんな時間だからこそかな? ……何の用だ、妖怪」

 少女は将志をにらみながら問いかける。
 帽子の眼も、将志をキッとにらみつけている。
 その不穏な雰囲気に、将志は赤い布に巻かれた銀の槍に手をかけた。

 「……いや、少し訊きたいことがあるだけだ……村を探しているのだが、知らないか?」

 「得体の知れない妖怪に答えると思う? あんたが村を襲わないと言う保障がどこにある?」

 少女は将志を威圧するようにそう言い放った。
 将志は首筋に何やらチリチリとした不快な感触を覚え、それを振り払うために妖力を開放した。

 「……確かにそのとおりだ。それを証明する術を俺は持っていない。だが、突然相手に危害を加えるのはどうかと思うが?」

 泰然とした将志の言葉に、少女は一瞬驚いた表情を浮かべた後、面白いものを見つけたと言わんばかりに笑った。

 「へえ、耐えるんだ。結構力を込めて祟ったんだけどな? なるほどねぇ、そんじょそこらの雑魚妖怪とは違うみたいだね」

 そう言うと、少女はどこからともなく鉄の輪を取り出し、将志に向けて投擲した。
 鉄の輪は弧を描きながら将志に左右から襲い掛かる。
 それに対して、将志も槍に巻かれた布を取り払い、弾き返した。
 少女が帰ってきた鉄の輪を受け取ると同時に、将志は月明かりに輝く銀の槍を構えた。

 「……やる気か?」

 「もちろん。得体の知れない妖怪を放っておく訳には行かないよ。……それに、あんたとなら思う存分遊べそうだからね!!」

 「……っ!!」

 将志は下から殺気を感じて後ろに飛びのく。
 すると、将志が立っていた場所を大きな岩が貫いていた。

 「……やると言うのなら相手になろう!!」

 将志は飛びのいた先から妖力で銀の槍を数本作り、少女に投擲する。
 少女はそれを岩を創り出して受け、その岩を投げて攻撃する。
 その間に将志は素早く移動して、少女の背後を取った。

 「うわっ!? やるね!!」

 突然の背後からの銀の弾丸に驚きつつも、少女は反撃する。
 飛んでくる無数の弾幕と岩に対して、将志は槍を振るう。
 将志の前には無数の銀の線が走り、次々と少女の攻撃を叩き落して行った。
 その様子を、少女は不思議な表情で眺めていた。

 「……ねえ、何で今避けなかったの?」

 「……後ろに建物があったからな。防げそうだったから防がせてもらった」

 見ると、将志の後ろには神社の拝殿があった。
 将志のその一言に、少女はぽかーんとした表情を浮かべた後、腹を抱えて笑い出した。

 「あははははは!! まさかそんな心配されるとは思わなかったよ!! あんた名前は?」

 「……槍ヶ岳将志だ」

 将志が名前を答えると、少女は首をかしげた。

 「あれ、どっかで聞いたねその名前……ああ、あんたが巷で有名な神にも妖怪にも人間にも旨い料理を出す料理妖怪か!!」

 ぽんっ、と手を叩いてそう言う少女に、今度は将志が首をかしげた。

 「……そこまで名の知れているものなのか、俺は?」

 「里の人間が言ってたよ。「森の中で幸運にも銀の槍を見かけたらそばで待っていろ。この世のものとは思えぬ至高の品が出てくる」ってね。名前はこの間絞めあげた妖怪から聞いたよ」

 「……そうか……ところで、一つ訊きたいことがある。村はどこだ?」

 「村って言われても……どんな村?」

 少女の問いに、将志はあごに手を当てて天を仰ぎ考える。

 「…………分からん」

 「……ウワサどおり抜けてるね、あんた……」

 真顔で言い放つ将志に、少女はがくっと脱力する。
 少女は気を取り直して将志に質問を返す。

 「そんじゃ、何でその村に行きたいわけ?」

 「……連れがそこに居る」

 「なるほどねぇ、それでそこに行きたいのか。それで、連れってどんなの?」

 「……妖怪が二人、妖精が一人、神が一柱だ」

 「神様ねぇ……なんて神?」

 「……八坂 神奈子。何でも、東の神に戦を仕掛けるらしい」

 少女はそれを聞くと眉をひそめた。
 かぶっている帽子の眼もすっと細まっている。

 「ああ、そーゆーこと……それなら多分ここに来るね」

 「……そう言えば、まだお前の名前を聞いてなかったな」

 将志がそう呟くと、少女はあっと小さく声を上げた。

 「あーうー、そういえばそうだったね。私の名前は洩矢 諏訪子。ここに住んでる神だよ」

 「……そうか。それで洩矢の神」

 「諏訪子でいーよ。こっちも将志って呼ぶから。ところでさ、あんたの連れなんだけど、たぶんここに来ると思うよ? だからしばらくここで待ってみない?」

 「……良いのか?」

 「いーのいーの、その代わり食事を作ってもらうけどね。下手に動き回るよりここで待っていたほうが確実だよ?」

 「……そういう事なら、しばらくここで待たせてもらおう。宜しく頼む、諏訪子」

 「こっちこそ宜しくね、将志」

 こうして、将志は神奈子達が来るまで諏訪子の食事当番をすることになったのだった。


  *  *  *  *  *  *


 そして話は現在に戻る。
 将志は空になった串焼きの皿を片付け、代わりに野菜のおひたしと焼きハマグリを出す。
 もちろん、おひたしに使った出汁醤油は将志特製である。

 「……酒のつまみになりそうなものを作ってきたが、いるか?」

 「あ、いるいる!! ていうか、あんたも少しは食べなよ。一人で飲むより二人のほうが楽しいからさ」

 「……そういう事なら頂こう」

 将志はそういうと、厨房から二つ目の杯を取り出して酒を注ぎ、杯をあおった。
 米酒の甘味と芳醇な香りが口の中に広がる。
 その余韻の中に、少し塩辛く味付けをしたおひたしを放り込む。
 甘い酒の後味とおひたしの塩気が絶妙に交じり合い、口の中に爽快感をもたらす。

 「……まあまあだな」

 「えー、私的にはこれで満足なんだけどなー?」

 「……俺の連れが居ればもっと旨いものが色々作れるのだが……」

 「それホント? こりゃ連れが来たときが楽しみだね」

 「……ああ、その時はもっと旨いものを振舞おう」

 二人で話しながら酒を飲み、料理に箸を伸ばす。
 どんどん食が進み、終いには料理も酒も空になった。

 「ありゃりゃ、もうお終いかぁ~」

 「……存外に飲んだな……」

 顔を赤らめてほろ酔い気分の諏訪子にそう言いながら、将志は食器を片付ける。
 片付け終わると、将志は槍を持って外に出ることにした。

 「あ~、ちょっと待った!!」

 その時、諏訪子から待ったの声が上がった。
 突然かけられた声に、将志は振り返る。

 「……どうした?」

 「将志はあんまり外に出たらまずいよ」

 「……何故だ?」

 「下手に場所が知られると、人も妖怪も将志に殺到して大変なことになりそうだし」

 「……そうなのか?」

 「って、自分のことでしょ!? さっきウワサになってるって言ったじゃん!! 少しくらい気にしなよ!!」

 将志の自身の評価に関するあまりの無頓着さに、諏訪子は頭を抱える。
 見ると、帽子の眼も困り顔だ。

 「……そう心配することはない。すぐそこで槍の鍛錬をするだけだ」

 「ならいいけど……あんまり目立ちすぎない様にね?」

 「……了解した」

 将志はそういうと槍に巻かれた布を解きながら境内に下りる。
 将志は槍を構えると眼を閉じ、その場で黙想を行った。

 「……ふっ!!」

 将志は眼を開くと、いつもの型稽古を開始した。
 踊るような足捌きと、柔らかい手首の返しによって銀の槍は様々な軌道を描く。
 青い月に照らされて儚げに光るそれは、一瞬しか映らない芸術のようだった。

 「……うわ~」

 諏訪子はその様子をぼーっと見ていた。
 今まで槍を持った者は数多く居たが、将志ほどの技量を持った者は誰一人としていない。
 億を数えた将志の鍛錬を重ねた年数は、彼の槍を幻想的とも言える美しさと強さを持ったものに変えていた。
 静かな境内に、風を切る音だけが響く。

 「……はっ!!」

 最後の一振りを終え、将志は残心を取る。
 そして一息つくと、槍を収めた。

 「……見ていたのか、諏訪子」

 「うん」

 将志の問いに、諏訪子はまだぽーっとした状態で答えを返した。
 帽子の眼も夢見心地で、トロンとしている。
 そして、次の瞬間とんでもない一言を言い放った。

 「将志、あんた鍛錬禁止」

 「……は?」

 流石の将志もこれには絶句した。

 「……どういうことだ」

 「だって、想像以上に目立つよ? 幾ら夜に鍛錬をするって言っても、あんなに月明かりで光るんじゃすぐに見つかるって。それに、あんな芸術的な槍捌きをするようなのがそこらにごろごろ居るわけないじゃん。そんなんじゃあっという間に妖怪たちに見つかっちゃうよ」

 訳が分からないと言った表情で将志は諏訪子に問いかけると、諏訪子はそれに対して答える。
 しかし、将志はそれに対して首をひねる。

 「……いや、俺は見つけてもらわねばならんのでは?」

 「あーうー、あんた少しは私の苦労も考えろー!!」

 手で床をバンバンと叩きながら主張をする諏訪子。
 将志の意見ももっともであるが、諏訪子の意見にも理がある。
 何しろ人も妖怪も神もまんべんなく寄ってくるのだ。
 一堂に会したとき、面倒ごとが起きるのは間違いない。

 「……ならば、屋内で出来る場所はあるか?」

 「ん~、それならどっか広い部屋を見つけて使うといいよ。その代わり、壊さないでね」

 「……心得た」

 将志はそう答えると、周囲を見回した。

 「どうかした?」

 「……いや、どこで眠ろうかと思っただけだ」

 「ここでいいじゃん」

 「……ここは本殿では?」

 「そうだよ? ここなら私以外は入ってこないから見つからないよ?」

 一応遠慮しているのか、将志は諏訪子にそう尋ねる。
 しかし、諏訪子は全く気にする様子がない。

 「……そうか」

 一連のやり取りの後、将志はすぐ近くの壁に寄りかかるようにして座り、槍を抱きかかえる。
 諏訪子は将志の行動の意味が分からず首をかしげる。

 「……どうしたの?」

 「……眠い、寝る」

 「寝るって、その体勢で?」

 「……ああ、いつもこの体勢だ」

 「……あんたやっぱり変だよ……」

 将志の変人ぶりに、諏訪子は呆れかえってため息をついた。
 こうして、将志の居候生活一日目が終了した。


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 というわけで、将志は神奈子陣営から諏訪子陣営へ移動しました。
 原因は拾い食いによる中毒症状。


 それでは、ご意見ご感想お待ちしております。



[29218] 銀の槍、奮闘する
Name: F1チェイサー◆5beb2184 ID:398d58fa
Date: 2011/08/23 23:04
 夜明け前、神社の本殿から顔を出す人影があった。
 銀髪で胴着姿の青年は外に出てくると、ちらりと本殿の中を振り返った。
 そこには、まだ夢の中にいる小さな少女がいた。

 「……よし」

 将志はそれを確認すると小さく頷き、けら首に黒曜石をあしらった銀の槍を取り出した。
 それは稜線から顔を出した朝日によってキラキラと輝きを放っていた。
 将志は槍を構えて眼を瞑り、心を静める。

 「……ふっ!!」

 眼を開くと同時に、将志はいつものように手にした槍を振り始めた。
 その銀の穂先が翻るたびに、静かな境内に風を切る音が響く。

 「……ふわぁ~……」

 そこに、寝ぼけ眼をこすりながら諏訪子がやってきた。
 頭の帽子も眠そうで、目はほとんど閉じていた。
 諏訪子はぼんやりした頭で将志の槍捌きを見る。

 「……ふっ……」

 しばらくして、将志は元の構えに戻って残心をとり、槍を納める。
 諏訪子はトコトコと歩いて将志のところに向かう。

 「……む、起きたのか、諏訪ごふぅっ!?」

 殺気と予備動作の無いボディーブローを受けて、将志はその場に沈む。
 諏訪子はその将志を見て、ため息をついた。

 「見つかるから外で槍を振るなって言ったのに……さっさと戻るよ、将志」

 「…………」

 諏訪子は将志にそう声をかけるが、防御力に関しては濡れた和紙ほどに弱い将志は当然失神している。
 ピクリとも動かない将志に、諏訪子は首をかしげた。

 「あれ? おーい、将志~ 中に戻るよ~」

 諏訪子はそう言いながら将志の頬をペチペチと軽く叩く。
 しかし将志は反応を示さない。
 諏訪子はポリポリと頬をかいた。

 「うっわ~……気絶しちゃってるよ……将志って身体能力めちゃくちゃな癖して、意外と虚弱体質なんだね……あーうー、運ぶしかないか……」

 諏訪子はそういうと将志の両足を持ち、ずるずると本殿に引きずって行った。
 本殿に入ると諏訪子は杯に水を汲み、将志の顔にかける。

 「……う……む?」

 すると将志は目を覚まし、何事も無かったかのように起き上がった。
 将志は辺りを見回し、その黒曜石のような瞳が諏訪子の姿を捉える。

 「……おはよう、諏訪子」

 「おはよう、将志。って、あんた腹に一発食らったくらいで気絶はないでしょ」

 「……朝食でも作るか」

 「あ、逃げた」

 諏訪子の話を聞いてそそくさと台所に消えていく将志。
 諏訪子はそれを冷ややかな眼で見送るが、腹も減っているので追撃を控えた。
 しばらくすると、台所からは軽快な包丁の音と何かの焼ける音が聞こえてきた。

 「……出来たぞ」

 将志は朝食の載った膳を持って諏訪子の前に置く。
 今日の朝食は魚の塩焼きに山菜の吸物、ほうれん草のおひたしに卵焼きといったラインナップだった。
 食欲をそそるにおいがあたりに充満する。

 「お、きたきた。そんじゃ、いただきます」

 「……うむ」

 将志が自分の分を持ってくるのを待ってから、二人同時に食事を始める。

 「ん、この魚うまいね。普段食べてるのと比べてもこっちが上だよ」

 「……そうか、それは今朝方湖に潜って捕ってきた甲斐があるというものだ」

 「え」

 「……これもまた、鍛錬だ」

 「あんた、どこに向かってるのさ……」

 そんな感じで話をしながら朝食を進めた。
 食べ終えると将志は膳を下げ、諏訪子は仕事に向かう。
 巫女を使って神託を下したり、民の話を聞いて害をなす妖怪にミシャグジを向かわせるなど、諏訪子は次々に仕事をこなす。
 将志はその間やることも無い上に外に出ることを禁止されているので、厨房にこもって料理の研究をすることにした。

 「……む、材料が足りんな」

 が、材料が足りなくなるとこっそり抜け出して調達に行くので、諏訪子の言いつけは大して守られていなかった。
 料理が出来ると、将志は諏訪子の休憩時間を見計らって料理を持っていく。

 「……諏訪子。菓子を作ってみたのだが、どうだ?」

 「何だか涼しそうなお菓子だね。これ、なに?」

 「……葛という植物に手を加えて作った餅に、甘草の汁で煮込んだ豆をすりつぶしたものを包んだ菓子だ。ようするに、葛餅だ」

 「待って、そんな材料どこにあった?」

 「…………」

 諏訪子の問いに、将志は無言で眼をそらした。
 その仕草が、無断外出したことを雄弁に物語っていた。

 「あーうー……少しは私の言うこと聞いてよ……あんた居候でしょ……」

 「……善処しよう」

 「善処する気無いね、あんた」

 眼をそらしたままそう言う将志に、諏訪子はがっくりと肩を落とした。
 そんな日々をすごしながら、将志は神奈子と愛梨達の到着を待っていた。



 将志がはぐれてから七日後、諏訪子の神社に来客があった。

 「洩矢 諏訪子!! 貴殿の社を貰い受けに来た!!」

 そこには注連縄を背負い、巨大なオンバシラを携えた神がいた。
 将志の待ち人の一人である、神奈子である。
 その声を聞いて、本殿で将志と共に食事をとっていた諏訪子は顔を上げた。

 「来たね。将志、一緒について来て」

 「……了解した」

 将志は箸を置き、諏訪子について外に出て行く。
 外に出ると、将志の姿を見た神奈子は驚きの声を上げた。

 「将志!? 貴方、こんなところに居たの!?」

 「……ああ。愛梨達はどうした?」

 「みんな立会人としてここから少し離れたところにいるわよ。もっとも、貴方のことが心配で気が気ではなかったようだけどね」

 「あー、お話は後にしてもらっていい?」

 将志と神奈子が話しているところに、諏訪子が割り込んでくる。
 神奈子は将志から視線を切り、諏訪子に目を向ける。

 「洩矢 諏訪子は私だよ。いきなり出てきて信仰を奪おうだなんてずいぶんと乱暴だね、八坂 神奈子」

 「より強い神が民を守る、その方が民にとってもためになるであろう。信仰を守りたくば、我に力を見せてみよ!!」

 そう言って神奈子は戦闘を開始しようとするが、諏訪子はそれを制止した。

 「待った。私は神社と信仰を賭けて、そっちは何も賭けないなんて不公平だよ。そっちもそれ相応のものを賭けてもらうよ」

 「大和の神の信仰はやれぬぞ」

 「そんなことはわかってるよ。だから、別のものを賭けてもらうよ。私が勝ったら、槍ヶ岳 将志をもらっていく。妖怪一人引き渡すだけなんだ、出来ないとは言わせないよ?」

 それを聞いた瞬間、神奈子は顔を引きつらせた。
 その横で、首を傾げた将志が諏訪子に話しかけた。

 「……諏訪子、俺が表に出ると面倒なことになるのでは?」

 「ああ、それはあんたがよそ者だからだよ。あんたが正式にここに来ることになれば、あんたを神様にして信仰の対象にすればいいし。今の時点でうわさになるくらいだし、神様になれば結構信仰もらえると思うよ」

 「……そういうものなのか?」

 「そーいうもんだよ」

 将志と諏訪子の話を聞いて、神奈子は額に手を当ててため息をついた。
 もし負けて将志を取られたりしたら、他の神が暴動を起こしかねないので当然の反応である。

 「……これはもう絶対に負けられないわね。準備は良いか?」

 神奈子は内包した神力を強め、諏訪子に圧力をかける。
 どうやら最初から本気を出す気らしい。

 「こっちは別にいつでもいーよ。将志、流れ弾は任せたよ」

 「……任された」

 諏訪子も両手に鉄の輪を持って、周囲にミシャグジ達を呼び出した。
 将志は諏訪子に答え、本殿の上に飛び乗った。
 にらみ合う二柱の神はそのまま空へと上がっていく。

  
 そして、戦いが始まった。
 突如として空一面を色とりどりの弾幕が覆い尽くし、オンバシラが飛び、ミシャグジ達が空を舞う。
 神奈子はあまり動かずに全方面に弾幕を張り、あらゆる方向から襲い掛かってくるミシャグジを打ち落とす。
 隙あれば巨大なオンバシラを投げ、諏訪子を狙う。
 あまり動かず大威力の攻撃を繰り返す神奈子の姿は、大砲を携えた要塞のようだった。

 一方の諏訪子はミシャグジ達と共に隊列を組み、神奈子の周りを高速で急旋回や急降下を繰り返し、複雑な軌道を描いて飛び回りながら多角的に弾幕を放った。
 時には神奈子のすぐ横を掠めるように飛び、鉄の輪で直接攻撃を仕掛けることもする。
 神奈子が要塞ならば、諏訪子はそれに攻め込もうとする戦闘機のようであった。

 その激しい戦いは、周囲に多数の流れ弾を生み出す。
 湖は飛沫を上げ、森の木は薙ぎ倒され、地面には穴が開く。
 神奈子も諏訪子も周囲への被害を気にする余裕は無く、次々と流れ弾は地上に降り注いでいた。

 「……ふっ!! はっ!!」

 そんな中神社の上では将志が休むことなく動き回り、神社に飛んでくる弾幕を弾き飛ばしていた。 
 これまで結界を張ることなど無かった将志は結界を張れないため、将志はその全てを手にした槍で叩き返していた。
 空中には銀の玉が大量に浮かんでおり、将志はそれを足場に使って宙を跳びまわる。
 その姿は眼で追うことが出来ないほど速く、またそうでなければ神社を守ることは出来なかった。

 そんな将志のところにオンバシラが飛んできた。
 将志はそれを確認すると周囲の弾幕を叩き落しながらオンバシラに向かっていく。
 真正面から叩き落すのは不可能ではないが、それを行えば周囲に被害が出るのは明白である。
 そこで将志は、一度オンバシラの後ろに回った。

 「……はああああ!!」

 次の瞬間、オンバシラに銀の螺旋が巻きついた。
 その直後、螺旋が消えると共にオンバシラの射線上に将志が現れる。
 するとオンバシラはバラバラに分断され、細かい破片となって将志に向かっていく。
 その破片を将志は被害の出ない場所に弾き飛ばし、将志は他の弾幕を落としに掛かった。

 三者三様の激しい戦いは長く続き、やがて二度目の夜明けを迎えた。
 神奈子の弾幕は狙いがだんだん甘くなり、消費を抑えるために密度を下げ始めた。
 諏訪子は味方のミシャグジをほとんど撃墜され、弾幕中心の戦いから鉄の輪による直接攻撃に重点を置くようになった。
 両者共に顔には疲労の色が濃く現われており、限界が近いことが良くわかる。

 一方、下で孤軍奮闘していた将志にも疲労の色が見え始めた。
 それでも将志は歯を食いしばって守り続けた。
 時には妖力で足場を新しく作り出し、それを盾にして守ることもあった。
 そんな中、再びオンバシラが飛んでくる。

 「……くっ、おおおおおお!!」

 将志はそれに対して数本の妖力で作った槍を投げてオンバシラを砕き、破片を払った。
 そして次を迎え撃とうとして空を見ると、ちょうど弾幕の切れ目で、神奈子と諏訪子の闘いを垣間見ることが出来た。
 神奈子は弾幕の狙いを諏訪子に絞り、斬りつけてくる諏訪子をオンバシラで叩き落そうとする。
 一方、一人残った諏訪子は弾幕を神奈子の行動を制限するために使い、迎撃をギリギリで躱して攻撃を仕掛けようとする。
 諏訪子のすぐ近くをオンバシラが大気を震わせながら通り過ぎ、投げられた鉄の輪が神奈子の髪を鋭く掠める。
 両者の力は拮抗しており、一進一退の攻防が続いていた。

 「……良い戦いだ」
 
 二人の戦いを見て、弾幕をはじき返しながらそう呟いた。
 そして日も高く昇ったころ、とうとう決着がついた。
 オンバシラを躱した諏訪子の一瞬の隙を突いて神奈子が至近距離で弾幕を放ち、諏訪子に直撃する。
 そうして動きを止めた諏訪子に、神奈子はオンバシラによる渾身の追撃を加えて地面にたたきつけた。

 「……くっ!!」

 本殿に向かって勢いよく落ちてくる諏訪子の腕を取り、将志はその勢いを使ってあえて諏訪子を上に放り投げる。
 そして再び落ちてくる諏訪子を将志はしっかりとキャッチした。
 諏訪子は気絶しており、疲れもあいまって眠ったような表情を浮かべていた。

 「はあっ、はあっ……お、終わったわ……」

 その将志の隣に、疲れ果てた表情を浮かべた神奈子が降りてきた。
 神奈子は肩で息をしており、膝に手をついてかがみこんでいた。

 「……お疲れ、神奈子。長かったな」

 「ええ……これで他の神に怒られずに済むわ……」

 そこまで言うと、神奈子はあることに気付いて首をかしげた。

 「あら? 将志、貴方いつの間に神になったのかしら? 神力を感じるわよ?」

 「……む?」

 将志はそういわれて自分の中の力を確認した。
 すると、どうにも今まで慣れ親しんだものとは違う力があることに気がついた。

 「……何だ、この力は?」

 「それは信仰の力よ。貴方が何をしたかはわからないけど、これで貴方は何かの神になったと言うことよ」

 「……そう言われても、俺には何故神になったのかがわからないのだが……」

 将志が首をかしげていると、腕の中の諏訪子が眼を覚ました。

 「う……ん……あいたたたた……あーうー、負けちゃったよー」

 「……残念だったな。だが、いい戦いだったぞ」

 諏訪子は将志の腕の中でシクシクと泣き始めた。
 将志はそんな諏訪子の頭を撫でる。
 ちなみに帽子は飛ばされていて、眼を覚ましたミシャグジが捜しに行っている。
 しばらく泣いて気が済むと、諏訪子もやはり首をかしげた。

 「あれ、将志が神になってる」

 「……そのようなのだが……理由がわからん」

 「単純に考えてこの戦いでなったんでしょうけどね……」

 三人はしばらく考えていたが、考えても埒が明かないのでやめた。

 「それはともかく、私が勝ったのだからここの信仰は頂いていくわよ」

 「……まあ、負けちゃったわけだし、そういう約束だから仕方ないか……」

 そんなやり取りの後、神奈子は民を集めて事情を説明した。
 しかし、民の間からは「そんなことをしてミシャグジ様に祟られたくない」と言って神奈子を拒絶した。
 挙句の果てには、こんな言葉が飛び出す始末であった。

 「諏訪子様が負けたとしても、まだ守り神様が残っている以上、そんなことは出来ない」

 これには神奈子も同席した諏訪子も揃って首をかしげることになったが、しばらくして将志のことだと思い至った。
 どうやら将志が社を守り続けていたのが見えたらしく、新しくやってきた神社の守護神だと思っていたようだ。
 二人は思わず顔を見合わせ、その場で頭を抱えることになった。
 何とか将志が通りすがりの神であることを伝え、表向きには神奈子がこの地を統治し、実際には諏訪子が治めるという構図になり、信仰は二人に分配される形になった。
 なお、守り神様こと将志に関しては感謝の意味をこめて近くに分社(とは言うものの本社がないので実質的な本社)を建てることになった。



 一方、一仕事終えて将志が辺りをぶらぶらしていると、見慣れた格好の人物を見つけた。

 「……愛梨」

 将志はそのトランプの柄の入った黄色いスカートとオレンジ色のジャケットを着た人物に声をかけた。
 すると愛梨は振り向いて、将志の姿を確認するなり将志の胸に飛び込んできた。

 「もう!! いつもいつも心配かけて!! どれだけ僕達が心配したと思ってるのさ!!」

 「……すまないな」

 半ベソをかきながら愛梨は将志にそう叫んだ。
 将志はそれを聞いて、そっと愛梨のうぐいす色の髪を撫でた。

 「本当に酷いですわ。これは少し何かお詫びが欲しいですわね」

 「……考えておこう」

 「ふふっ、約束ですわよ?」

 愛梨の頭を撫でる将志に、後ろから六花がぎゅっと強く抱き着いて耳元で色香のある声で囁く。
 将志がそれに答えると、六花は笑みを浮かべて将志から離れた。

 「まったく、兄ちゃんはホントに人騒がせだよな~。それはともかく、腹減ったから飯にしようぜ!! 七日ぶりの兄ちゃんの飯を食わせてくれよな!!」

 「……くくっ、了解した。では戦も終わったことだ、食事にするとしよう」

 威勢よく足元から炎を吹き上げるアグナに将志は笑みを浮かべると、将志は食事の支度を始めることにした。
 七日ぶりの将志の本気の料理は神奈子と諏訪子を合わせた全員で食べることになり、初めて食べた諏訪子を大いに驚かせることになった。


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 というわけで、将志君が勘違いで神様になりました。
 戦争については特に変更点は無し。
 大体史実の通りにオンバシラ様が勝ちました。


 そんなこんなで、ご意見ご感想お待ちしております。



[29218] 銀の槍、家を持つ
Name: F1チェイサー◆5beb2184 ID:398d58fa
Date: 2011/08/26 01:31
 神奈子と諏訪子の戦の後、将志は調停者としてしばらく残ることになった。
 その理由は、大和の神でもなく完全な中立の神として非常に都合の良い存在であったからである。
 もちろんその間の食事は全て将志が作ることになり、愛梨達も将志の社に一緒に寝泊りするようになった。
 その結果。

 「ねえ、将志。うちの神社がいろんな神のたまり場になってんだけど、どうすんのさ」

 「……こればかりは俺にはどうしようもない……」

 「人間より先に神に知られる神って言うのもおかしな話だけどね……」

 と言う具合に、将志達のうわさを聞きつけた神がしょっちゅう遊びに来る事態となった。
 なお、その迷惑料として将志は自分に集まってくる信仰を神奈子と諏訪子に支払っている。
 ちなみに、家内安全の守り神や芸能の神、更には戦神として結構な信仰が得られている。
 そのお守りの形は槍の形をしているそうな。

 また、将志は神奈子や諏訪子から神とはどんな存在かと言うことを教え込まれ、それと同時に神力の扱い方を教わった。
 クソ真面目で馬鹿正直な将志は日々特訓を重ね、妖力と同じように使えるまでになった。
 その副産物として、日々将志の社から放たれる神気に民が感謝をし、より一層の信仰を得ることにもなった。

 それを確認すると今度は知り合いの神のところに遊びに行くと称して営業に向かう。
 手の足りていないところの守護をして、神奈子や諏訪子の言うとおりにせっせと民のために尽力した。
 思いっきり便利屋扱いなのだが、その結果として将志は小さいながらもあっちこっちに分社を持つ神になった。
 その分出張の機会も多くなったのだが、将志自身が身軽なためにそこまで苦にはなっていない。
 なお、愛梨達は将志が出張に言っている間は代わりに民の話を聞く役目をしているのだった。
 閑話休題。

 そしてそんな生活が続いて数百年。
 神奈子と諏訪子の仲も良くなり、将志も神としての仕事に慣れてきた頃、将志達は再び旅立つことにした。

 「本当に行くのかしら?」

 「……ああ。もしかしたら、どこかに主がいるかもしれんからな。捜しに行かねば」

 神奈子の問いかけに、将志ははっきりとそう答える。
 それを聞いて、諏訪子が大きなため息をついた。

 「あ~あ、将志のご飯も当分は食べられないのか~……」

 諏訪子は心底残念そうにそう話す。
 その様子を見て、愛梨が諏訪子に笑いかけた。

 「たまにはここに遊びに来るよ♪ その時にまた一緒にご飯食べようね♪」

 「ここでの生活も悪く無かったですわ。また機会があったら会いましょう」

 「また遊ぼうぜ、姉ちゃん達!!」

 笑みを浮かべる六花に、ぶんぶんと大きく手を振るアグナ。
 実際のところは二人よりもアグナのほうが年上なのだが、見た目的に誰も気にしない。

 「……ここには俺の社もある。そのうちまた来ることもあるだろう」

 「そうね。その時を楽しみにしてるわ」

 「出来るだけこまめに帰ってきてね」

 「……ああ」

 将志はそういうと、数百年にわたって神としての修行の日々を過ごした社を後にした。
 愛梨達も将志について社から離れていく。
 とある秋口の話だった。


 それから将志達にとっては少し、人間にとってはそれなりに長い年月がたった。
 世の中は、蘇我馬子が物部守屋を倒したり、中大兄皇子や中臣鎌足が蘇我入鹿を討ち果たしたりしていた。
 将志達は旅芸人の体裁を取りつつ、国中を回る。
 途中、甚大な被害を振りまく妖怪の退治や悪政を布く領主への制裁、果ては周囲に迷惑をかける妖怪退治屋の成敗など、守護神としての仕事にも余念が無かった。
 特に、法外な報酬を取る退治屋などには特に厳しく、それが適正なのか、はたまた退治する必要があったのかを厳しく追求した。
 すると、将志達にとって少し困ったことがおきた。

 「大将、次は北の悪徳領主を裁くんですかい?」

 「殿、南方で不当な妖怪退治が横行しているようです。助けに行きましょう!!」

 「聖上、東では妖怪による限度を超えた人間の捕食が問題になって候。直ちに制裁が必要であるかと思われ……」

 「御大、西で天照が御大を呼んでいるのだが……」

 気が付けば、将志の周りは妖怪だらけになっていた。
 彼らは将志によって窮地を救われた者であったり、将志の槍や食事によって改心したものであったりした。
 そんな妖怪達が、各地の情報を次から次に将志に持ってくる。

 「……俺の体は一つしかないのだが……」

 あまりの仕事の多さと、ひっきりなしに自分の元にやってくる妖怪達に将志は頭を抱える。
 初めのうちは慕ってくる妖怪達を大勢のほうが楽しいと思って旅の仲間に加えていた。
 次に数が増えてきて大所帯になってくると、将志は妖怪達を各地に点在する自分の分社に妖怪達を配置し、情報伝達に使っていた。
 最近ではその情報員も増え、どこにいても自分の管理地域の情報が流れ込むようになり、力があり信頼できるものは代行者として使いに出すこともあった。
 そして気が付けば、将志は人間の暮らしを守る守護神でありながらその一帯の妖怪達の総大将と言う、訳の分からない立場に収まることになったのだった。
 しかし、こう毎日毎日妖怪達が自分を取り巻いていては本来の旅の目的である主探しがおちおち出来ないのである。
 何しろ、探している相手は人間のいる場所にいる可能性が高いのだから。

 「困りましたわね……これじゃあ人間の里になかなか立ち寄れませんわよ?」

 妖怪達が帰っていくと、銀色の艶やかな髪を手で梳きながら六花はそう呟いた。
 もう長いこと人間の里に入ることが出来ていないせいか、少し苛立たしげである。

 「でもよう、(んぐんぐ)妖怪の兄ちゃん達が持ってくる仕事を放って置くわけにはいかねえだろ(もしゃもしゃ)? その情報を持ってきてくれんだから来るなって言うわけにもいかねえぞ(もきゅもきゅ)?」

 将志が作ったおにぎりを口いっぱいに頬張りながらアグナがそう言う。
 それを聞いて、将志は腕を組んで考え込んだ。

 「……せめて来る妖怪が一日に一人程度なら問題は無いのだが……こうも四六時中来られてはな……」

 将志がそう呟くと、隣で同じく考え事をしていた愛梨がぽんと手を叩いた。

 「そうだ♪ それならそういう風にしちゃえば良いんだよ♪」

 「それ、具体的にどうするんですの?」

 「情報を集める場所を作って、そこからまとめて情報を持ってくるようにすれば良いんだよ♪ こうすれば、将志君のところに来る妖怪も一人で済むでしょ?」

 「でもピエロの姉ちゃん、それじゃあその集める場所はどうすんだ? 今あるところじゃ人目に付き過ぎて、妖怪が集まるのは無理じゃねえのか? それじゃ兄ちゃんがその妖怪達を懲らしめに行くなんて事になりそうだぞ?」

 「……それならば、良い場所を知っている。人目に付かず、ある程度の広さを持ったところをな。ついて来い」

 将志はそう言うと緩めた速度で飛び始めた。
 他の三人も将志について飛んでいく。

 しばらく飛ぶと、岩山の山脈が見えてきた。
 山々は険しく、雲海を上から眺めることが出来るほど高かった。
 将志は山脈に着くと、辺りを見渡した。

 「……あった」

 将志はそういうと、とある山の頂上に向かって飛んでいった。
 他の三人がそれについていくと、そこには何故か開けた広場があった。
 将志はその広場の中心に降り立った。

 「……ここなら問題ないだろう。位置的にも他の社の中間ほどの距離の場所だ。ここを俺達の拠点にしよう」

 「うんうん、確かにここなら普通の人間は近づけないね♪」

 愛梨は広場の周囲を見回して、満足そうに頷いた。
 広場の周りは切り立った崖になっており、並の人間ではとてもではないが近づくことは出来そうもない。

 「……さて、ここに拠点となる建物を建てたいところだな」

 将志は広場の中央をにらんでそう言った。
 その広さは岩山の頂上の広さとしては不自然なほどに広い。

 「ところで兄ちゃん、妖怪の中に大工仕事の出来る奴なんていたか? それに、柱をおっ建てるにも下が岩じゃきついんじゃねえか?」

 そんな将志に、アグナが燃えるような赤色の髪の頭をかきながらそう言った。
 将志はそれを聞いて、少し考え込んだ。

 「……少し待っていろ」

 将志はそういうと、すさまじい速度で岩山を駆け下りていった。
 そしてしばらくすると、将志は大工を抱えて山を登ってきた。

 「……連れて来た」

 「連れて来た、じゃありませんわよ!? それ、人攫いになるのではなくて!?」

 突然の将志の奇行に、六花は大いに慌てた様子でそう言った。
 それに対して、将志は首をかしげた。

 「……む? 報酬は払うつもりでいるし、終わればきちんと帰すつもりでいるのだが?」

 「きゃはは……その前に、ちゃんと大工さんにお話はしたのかな?」

 「……そういえば、まだだったな」

 「おいおいおい、それじゃあマジで誘拐じゃねえか!! 話ぐらいつけろよ、兄ちゃん!!」 

 「……そういうものなのか?」

 「そういうもんだよ!!」

 すっとぼけた将志の言葉に、思わずアグナが炎を吹き上げた。
 頭は悪くないのに常識と言うものが欠落している将志に、一同は唖然としている。
 それを気にも留めず、将志は大工のほうを振り向いた。

 「……突然のことですまないが、頼みがある」

 「ひっ……あ、アンタ何者だ!?」

 「……おびえる必要は無い。俺の名は槍ヶ岳 将志。一応神をやっている」

 おびえる大工に将志が自身の象徴である銀の槍を取り出して自分の名を言うと、大工は一転して豪快な笑顔を見せた。

 「な、何でえ、誰かと思えば守り神様かい!! こりゃこっ恥ずかしいところを見せちまったな!!」

 「……頼みを聞いてもらえるだろうか?」

 「あったりめえよ!! 守り神様のおかげで夜もゆっくり眠れるんだからな!!」

 将志は大工に事情を説明した。
 すると大工は苦い顔をした。

 「むう……守り神様の注文は難しいな……材料を運ぼうにもここじゃあ無理だし、柱も建てられん。どうしたものか……」

 「……材料は俺の方で用意しよう。それから柱なのだが、建てるのは俺に任せてくれないか?」

 「良いんですかい? 結構な大仕事になると思いますぜ?」

 「……男に二言は、無い」

 将志の言葉に、大工は豪放磊落に笑った。

 「はっはっは!! 守り神様は男前だな!! それじゃあお願いしやすぜ」

 「……任された。何を持ってくれば良い?」

 将志は大工から必要なものを聞くと、頷いた。

 「……了解した。明日までに全てそろえよう」

 「あ、あの……こう言っちゃなんですが、本当に出来るんですかい?」

 「……出来る。まあ、待っていろ」

 将志は半信半疑の大工の棟梁を村まで送っていく。
 そして山の頂上に戻ると、将志は妖力で槍を作り出した。

 「お兄様? 何をなさるんですの?」

 「……なに、少し人手を集めるだけだ」

 首をかしげる六花にそう言うと、将志は空に向けて手にした槍を放り投げた。
 槍は空高く飛んで行き、最も高いところで強烈な光を放って消えた。
 その光は遠くまで届いていた。

 「どうしたんでい、大将!!」

 「どうかなさいましたか、殿?」

 すると、その光を見た妖怪達が続々と将志の下へ集まってきた。
 その光景に呆気にとられている一行をよそに、将志は事情を話した。

 「……というわけで、お前達には資材を集めてもらう。良いな?」

 「「「「「了解!!!」」」」」

 妖怪達は将志が話し終わるが早いか、即座に散って行った。
 将志はそれを見届けると、広場に座して待つことにする。

 「将志君、いつの間にあんな号令考えたんだい?」

 「……ついさっきだ。一度俺と戦った奴なら今ので分かるはずだからな」

 「……そのむやみな確信はどこから来るんですの?」

 「こまけえことはいいじゃねえか!! そんなことより腹減っちまったよ!! 兄ちゃん、そろそろ飯にしようぜ!!」

 「……そうだな」

 将志はそういうと、いつもどおり食事の準備を始める。
 ただし、今回は材料をかなり大量に用意している。
 資材を集めに行っている妖怪達の分も作るつもりなのだ。

 「……今日は少し量が多いぞ。時間まで持つか、アグナ?」

 「はっ、俺を誰だと思ってるんだ!? この炎の妖精に不可能は無い!! うおおおおお、燃えてきたああああああああ!!!」

 「……良い火力だ」

 眼に炎を宿らせて火柱を吹き上げるアグナの頭の上に、将志は具材の入った中華鍋を置く。
 幼女の頭の上に置かれた中華鍋が、何ともシュールな光景を生み出している。
 少しずつ料理が出来始めた頃、資材を取りに行っていた妖怪達が段々と戻り始めてきていた。

 「む、この匂いは……」

 「おお、これは運が良い、御大の手料理が食せるとは!!」

 一帯に広がる料理のにおいをかいで、妖怪達は歓喜の表情を浮かべる。
 将志はそれを見て、今ある材料で足りることを確信する。

 「……早かったな。もうすぐ食事が出来る。手間賃代わりに食べていけ」

 将志はそういうと、調理している鍋を振り上げた。
 すると鍋の中の料理が机の上にセットされた皿の上に極めて正確に飛び、きれいに盛り付けられる。
 そして調理を終えた将志が席に着くと、一斉に食べ始める。

 「……あ~……」

 「あ~……はむっ!! んぐんぐ、今日の飯もうまいな、兄ちゃん!!」

 「……そうか……あ~……」

 「あ~……むっ!!」

 将志は隣に座ってにこにこと笑っているアグナに料理を箸で差し出す。
 すると、ひな鳥のように口をあけたアグナが差し出された将志の手を両手でつかんで料理を食べる。

 「……これは……愛いな……」

 「まったくもって微笑ましいな」

 そんなアグナを、周りは愛玩動物を愛でる様な視線で眺めていた。

 ほっこりと心温まる食事の時間を終えて妖怪達が帰ると、再び将志は人里に下りて大工を連れてきた。
 ただし今回は一人ではなく、数人まとめて抱えてきている。
 棟梁は将志が用意した資材を見て、眼を丸く見開いた。

 「こいつぁおでれぇた!! まさかもう用意しちまってるとはな!!」

 「……これで足りるか?」

 「ああ、十分すぎるほどだ!! おい野郎共!! とっとと仕事に取り掛かるぜ!!」

 「「「「「「応!!!!」」」」」」

 棟梁の号令で大工達が仕事を始める。
 信仰している神直々の依頼とあってか、やたらと気合が入っており異様な速さで仕事が進んでいく。
 気が付けば、あっという間に柱が完成していた。

 「で、守り神様よ、柱を建てるってどうするつもりで?」

 棟梁がそう問いかけると、将志は無言で大黒柱となる大きな柱を担いだ。
 その怪力に、大工達は騒然となる。

 「……どこに建てれば良い?」

 「あ、ああ、その辺りに建ててもらえれば立派なものが出来るが……」

 「……分かった」

 将志は柱を建てる場所を聞くとそこに向かい、岩で出来た地面をにらんだ。

 「……貫け」

 将志はそう短く呟くと、大黒柱を地面に突き込んだ。
 すると大黒柱は容易く岩にもぐりこみ、直立したまま動かなくなった。
 それを見た棟梁は、驚きのあまり手にした鎚を落とした。

 「……次はどこに建てれば良い?」

 「お、おおおお、次はその柱をそこに……」

 棟梁の指示に従い次から次に柱を建てていく将志。
 その後も力仕事は将志が担当し、職人の技が必要な部分は大工達が引き受けて協力しながら作業を続けた。
 そのような感じで予定よりもはるかに早いペースで社を組み立てていく。


 そして作業することわずか数日。
 険しい岩山の頂上に、どう建てたのか分からないほどの堂々たる社が完成した。
 入り口には大きな石の鳥居が建ち、拝殿へ続く参道には灯篭が並べられている。
 そのところどころに金細工を施された本殿には、将志のもつ銀の槍を模した直槍が奉られている。
 なお、人を呼ぶ気も無いのに拝殿どころか摂末社までしっかりとある。
 その摂社に祭られているのは愛梨達であったり、過去に世話になった神奈子や諏訪子だったりした。

 「……これはまた……ずいぶんと大きいものが出来たな……」

 完成した自分の神社を見て、将志は呆然とした様子でそう口にした。
 建てているときは少し広いなと思っていたが、まさかここまでの規模になるとは思っていなかったのだ。
 ……なぜ資材運搬のときに気付かなかったのか。

 「なあに、これも日ごろの感謝の気持ちって奴だ!! これからもよろしく頼みますぜ、守り神様!!」

 「……あ、ああ。この礼はしっかりとさせてもらおう」

 剛毅に笑う棟梁たちに引きつった笑みを返してから人里に送ると、将志は気を取り直して各地にいる自分の配下の妖怪達を呼び寄せ、この社の説明をした。
 その後行われた協議の結果、情報処理が得意な妖怪をここに配置し、将志不在時の代行の者を当番制でここに住まわせることになった。
 ちなみに、妖怪達は自分達の大将の社を見て、しばらく言葉も出なかった。

 こうして将志は、自分を祭る立派過ぎるほど立派な神社を手に入れることに相成った。

 ……なお、当の本人が考えていたのは少し広いだけの掘っ立て小屋のような社だったことをここに述べておく。貧乏性め。



[29218] 銀の槍、弟子を取る
Name: F1チェイサー◆5beb2184 ID:398d58fa
Date: 2011/08/27 16:46
 社が完成してからと言うもの、将志達はかなり自由に歩けるようになった。
 情報の伝達が定時に行われるようになったおかげで、配下の妖怪と会うのも一回で済む様になったためだ。
 これにより、将志は人里に入ることも楽になり、人里から直接自分の足で情報収集が出来るようになったのだ。

 「……どうしてこうなった……」

 しかし、それでも将志は頭を抱えることになった。
 将志はその頭痛の原因に眼を向ける。

 「建御守人(タケミモリト)様、ぜひ貴方の槍を見せていただきたい!!」

 そこに居たのは、黒い戦装束に臙脂色の胸当てをつけた少女であった。
 その背中には将志のものと同じ形の、漆塗りの柄の直槍を背負っている。
 精悍な顔つきで、額には鉢金が巻かれ、長い黒髪を後ろで結わえて邪魔にならないようにしている。
 そんな彼女が、土下座をしてまで将志に槍を振るうように頼み込んでいる。

 「……う~む…………」

 将志は困り果てていた。
 実は、このように将志に演舞や挑戦を申し込んでくるのはこれが初めてではない。
 将志が守護神兼戦神とあって、不在の間も武人達が非常に険しい山道を登ってきてまで参拝しに来るのだ。
 さらに、『槍を持たせればその優雅さと強きに勝るものなし』等という噂が立ったために、なおのこと人が来るようになった。
 加えて言えば、その厳しい山道こそが神が与えし試練と言う話になり、ますます挑戦者は増える一方であった。
 要するに、人が来ないと踏んでいたはずのところに想定外の参拝客が現われたために大弱りをしているのだった。

 ちなみに、建御守人とは神として有名になった際に、神奈子が将志につけた神としての表向きの名前である。
 由来は、神奈子が建御名方(タケミナカタ)神にゆかりがあるためと、将志は主に守護神として祭られているためである。
 ……もっとも、当の将志はその名前で呼ばれるのがあまり好きではないのだが、流石にそれでは名付け親に悪い上、外に出るときには隠れ蓑として使えるために甘受している。

 将志は目の前で土下座を続けている少女に眼を向ける。
 普段の挑戦者であるならば、対等の立場をとろうとするのでこのような態度はとらない。
 見るだけであるならば、そもそもここまでこなくてもそこらにある分社に派遣している代理の妖怪に頼めば、地鎮祭などで槍を取ることもある。
 わざわざ険しい岩山の頂上まで来て、土下座までして見に来ようという人間は将志も初めてであった。

 「……一つ訊こう。何故俺の槍を求める?」

 「武人として、槍を極めた貴方様の槍を見たいのでござる!!」

 「……質問の追加だ。お前は極めた槍が見たいのか?」

 「はい!!」

 「……最後に一つだ。その槍を見てどうする」

 「武人として、自らの生涯をかけてその槍に少しでも届かせる所存でござる!!」

 将志の質問に、少女は自らの思いの丈をぶつけるように力強く答える。
 質問を終えると、将志は眼を瞑り、背を向けた。

 「……済まないが、そういうことであるならば、俺は答えることができない」

 「っ!? どういうことでござるか!?」

 将志の言葉に、少女は身を乗り出して問い詰める。
 将志はそれに対し、布にくるんだままの槍を向けて話し始めた。

 「……まず、お前は大きな思い違いをしている。俺は槍を極めたなどとはただの一度も思ったことはない。故に、俺はお前に『極めた』槍を見せることは出来ない」

 「で、では貴方様が思う極めた槍とは何でござるか?」

 その問いに、将志はゆっくりと首を横に振った。

 「……仮に、山道があるとしよう。お前は、その頂上を目指すべく登って行く。そして幾ばくかの苦労を重ねて頂上に着いた。辺りにそこよりも高い山はない。……さて、お前ならどうする?」

 将志はそう言って少女に眼を向ける。
 少女はしばらく考えるが、結局分からずに首をかしげる。

 「……分からぬ。その先に道はないし、どうしようもないと思うのでござるが……」

 「……俺ならば、空を見る。山の頂上に登っても、太陽に、星に……そして月には届かん。だが、そこから飛び跳ねれば少しは空に近づける。何万、何億か飛び跳ねていればいつかは空に届くやも知れん。……お前から見て俺が山の頂上に居るとするならば、俺は今飛び跳ねている時なのだ」

 「では、空に届いたらどうするのでござるか? 太陽も星も月も、全て手に入れたら終わりなのでござるか?」

 「……その全てを手に入れたとしても、その向こう側に何かがあるやも知れん。そのようなことは、追求すれば止まることを知らん。……長い話だったが、結論を言おう。極めた槍など存在しない」

 「し、しかし!! そうであったとしても貴方様の槍はすばらしい物でござる!! 拙者はそれを……」

 「……先に言っておく、お前は絶対に俺に追いつけない。俺の槍はたとえどんな戦神が真似しようと追いつくことはないだろう」

 少女は将志の言葉をさえぎる様に話し始めるが、さらにそれを将志がさえぎった。
 それに対して、少女は若干ムキになって答える。

 「っ、それは承知の上でござる!! それでも、真似事ぐらいは出来よう!!」

 「……では、俺の槍を真似て何をする? 何のために修練を積む?」

 「それは、武人として……」

 「……武人、武人と言うが、お前の言う武人とは何だ? 力を振りかざすのが武人だと言うのならば妖怪や山賊も武人だ。そうでなくば、何を持って武人と言う?」

 「くっ、武人とは、命を懸けて主や民を守るものだ!! 幾ら貴方様でも、これ以上の侮辱は許さんぞ!!」

 繰り返される将志の問いに、とうとう少女は憤慨した。
 背中の槍を抜かんばかりの形相の少女を見て、将志は目を閉じて頷いた。

 「……理解した。良いだろう。それがお前の譲れぬ武人の誇りか」

 将志はそういうと、少女に頭を下げた。

 「……目の前で土下座までされたのは初めてでな、真意を確かめたかった。試すような真似をしてすまなかった」

 突如頭を下げた戦神に、少女は困惑した表情を見せる。

 「え、あ、謝られても困るでござるよ!! 理由があったのだから、拙者は何も文句はないでござる!!」

 慌てた口調でまくし立てる少女の言葉を聞いて、将志は顔を上げた。
 そしてその場で数秒眼を閉じて黙想をすると、手にした槍の布を解いた。

 「……お前の願い、聞くことにしよう。本来見世物ではないゆえ、不恰好かも知れんがな」

 「ほ、本当でござるか!?」

 将志の言葉を聞いて飛びつかんばかりに身を乗り出す少女。
 それに対して、将志はゆっくりと首を縦に振った。

 「……ああ。元より俺の槍は唯一つ、大切なものを守るための槍だ。……誰かを守ることを誇りとするお前ならば、俺の槍の一部を覚えさせても良い」

 「あの……水を注すようであれなのでござるが、どうしてそれを信じたんでござるか?」

 「……もしその誇りが偽ならば、仮にも神に対して激昂はしないだろう」 

 「あ……」

 将志の言葉に言葉を失った少女を尻目に、将志は銀の槍を慣らすように軽く振ると構えた。

 「……行くぞ」

 将志は短くそう言うと、手にした槍を振るい始めた。
 薄く霧がかかる境内で、銀の穂先が白いもやを切り裂いて宙を舞う。
 速く正確で、その上美しいその舞を、少女は食い入るように見つめている。
 少女の眼には、将志の一つ一つの挙動が現実のものでないかのように映り、耳には将志の槍が風を切る音しか聞こえてこない。
 それほどまでに将志の動きは洗練されており、その周囲だけ切り取られたような独特の世界を作り出していた。

 「……以上だ」

 「……お見事」

 全ての動作を終えた将志に、少女が何とか言えたのはその一言だけであった。
 色々と言いたいのだけれど、それを表す言葉がないのだ。

 「いや~、久々に見るけど相変わらずすごいね」

 「本当にね。素人目に見ても素晴らしいものだと思うわよ?」

 「な、何奴!?」

 少女は突然後ろから聞こえてきた声に、驚いて飛びのく。
 そこには注連縄を背負った女性と、眼のついた帽子をかぶった少女が居た。

 「……来ていたのか、神奈子、諏訪子」

 将志は槍を納めながら少女の後ろの二柱の神に眼を向けた。

 「ええ、なにやら覚えのないところから信仰が流れてきたから、二人とも手が空いた時間を使って出所を探してたのよ。まさか、貴方のところからだとは思わなかったけどね」

 「おまけにこんな岩山のてっぺんにこんなでっかい神社建ててるし……あんた何やったの?」

 「……俺はもっと地味なものにするつもりだったのだがな……」

 諏訪子の言葉に将志は少し肩を落としながらそう答える。
 そんな将志に、少女が恐る恐る声をかける。

 「あの、建御守人様? その方々はどちら様でござるか?」

 「……知り合いの神だが?」

 将志がそう答えると、少女は蒼褪めた顔でサッと後ろに引いた。
 そんな少女を前に、諏訪子が将志に話しかけた。

 「ねえ、ところでここの私達への信仰の出所はどこ?」

 「……それならあれだ」

 将志の指差す先には神奈子と諏訪子が祭られた摂社があった。
 摂社も巨大な本殿や拝殿には負けるものの、細部にまでしっかりと手が入れられた立派なものだった。

 「……あれ、摂社かしら? それにしてはずいぶんと大きいわね……」

 「……ここを立てた大工が大張り切りで作ったものだ……本来はただの情報拠点にするだけだったのだがな……」

 どうしてこうなったと言わんばかりにうなだれる将志。
 それまで野宿の生活が長すぎてへんなところで貧乏性になってしまっている将志には、今の神社は立派過ぎて落ち着かないようだ。

 「それを大工が頑張りすぎたせいでこうなったって訳? うわぁ~、そりゃあんた自分の信仰の度合いを量り間違えてるよ……これ、それだけの信仰を集めてるって事だよ、常識的に考えて」

 「貴方、真面目すぎるくらい真面目だからね……長いこと律儀に自分の足で仕事を続けてたでしょう? 力の強い神があちこち営業してたらそりゃ信仰も溜まるわよ」

 そんな将志を呆れた目で諏訪子は見つめ、神奈子はため息をつく。
 神奈子の言葉に、将志はきょとんとした眼で神奈子を見る。

 「……そういうものなのか?」

 「そういうものよ」

 将志と神奈子が話していると、奥からアグナが走ってきた。

 「お~い、兄ちゃ~ん!! そろそろ飯の時間だぞ~!!」

 「おっと」

 アグナはそう言いながら将志の胸の中に飛び込んでくる。
 将志はそれを上手く勢いを殺しながら受け止める。

 「お、こりゃ運がいーね!! 私達も食べてっていい?」

 「……断る理由はない。食べていくと良い」

 「いーね、そうこなくっちゃ!!」

 「ふふ、そういうことなら頂いていくわ」

 諏訪子と神奈子の返事を聞くと、将志は少女に眼を向ける。

 「……お前も食べていくといい」

 「い、良いんでござるか?」

 「……かまわん。一人分増えたくらいでは調理の手間はかからんからな」

 将志の言葉を聞いて、少女は驚きの表情を浮かべた。

 「え、貴方様が料理をするんですか!?」

 その言葉を聞いて、神奈子と諏訪子は顔を見合わせて笑った。

 「あら、有名な話なのだけど知らないのかしら?」

 「あいつは守り神だけど、料理の神様としても有名だよ?」



 しばらくして、本殿の舞台に置かれた机の上に沢山の料理が並んだ。
 本殿には料理のいい匂いが漂っている。
 そこに、摂社で待機していた神奈子と諏訪子がアグナに呼ばれてやってきた。

 「あ、カナちゃん!! ケロちゃんも久しぶり!!」

 神奈子と諏訪子の姿を見て、愛梨が笑顔で声をかける。
 それを聞いて、神奈子と諏訪子は額を押さえて俯いた。

 「だからカナちゃんって……威厳が……」

 「あーうー、ケロちゃんって言うなー!!」

 「キャハハ☆ かわいいんだから気にしない♪」

 「だからそういう問題じゃ……」

 「それでも言うなー!!」

 にこやかに笑う愛梨に二柱の神は抗議するが、愛梨は気にする様子はまったくない。
 その横で、六花が将志のところへ歩いていく。

 「お勤めご苦労様、お兄様。そこのお方はどちら様ですの?」

 六花は将志の横に居る少女を見てそう言った。
 将志は少女の頭からつま先までをじっくりと眺めた。

 「あ、あの、そんなに見つめられても困るでござるよ……」

 少女は居心地が悪そうに身じろぎする。
 そんな少女を見て、将志は首をかしげた。

 「……そういえば、お前は何者だ?」

 「またこのパターンですの……」

 発せられた将志の言葉に、六花は盛大にため息をついた。

 「おお、そういえばまだ拙者が何者か言っていなかったでござるな!! 拙者は雇われの武官をしている迫水 涼(さこみず りょう)と申す。以後お見知りおきを」

 「おーい!! 早く食わねえとせっかくの飯が冷めちまうぞ!!」

 戦装束の少女、涼が自己紹介を行うと、すでに着席しているアグナから声が上がった。
 アグナは目の前の料理をジッと見つめていて、もう待ちきれないと言う表情を浮かべていた。

 「……そうだな。暖かいうちに食わねば食材に失礼だな」

 将志はそういうと、自分の席に着く。
 他の者も次々と空いている席に着く。
 そんな中、涼は座るのをためらっていた。

 「……どうした?」

 「あ、いや……いざとなると、どうにも神々と同席するのは恐れ多くて……」

 「キャハハ☆ 気にしない気にしない♪ ほらほら、ここに座って♪」

 「うわっ!?」

 半ば強引に愛梨は涼を着席させる。
 全員が着席したのを確認すると、将志達は食事を始めた。




 「おいしかったでござる!!」

 「……そうか」

 食事を終えると、涼は開口一番にそういった。
 将志はそれに若干の笑みを浮かべて頷く。

 「……またいつでも来ると良い。俺の槍は非才の者が長い年月の間ただひたすらに槍を振り続けて身につけたもの故、教えることは出来ん。だが、何かを見取ることは出来るだろう。……お前が望むのなら、俺はまた槍を持とう」

 将志は涼に向けてそういった。

 「……あれで非才?」

 「……あんたが非才なら世の中全員非才だよ……」

 隣で話を聞いていた神奈子と諏訪子が呆れ顔でそうこぼした。

 「はいっ!! ありがとうございます、建御守人様!!」

 「……その名前で呼ばれると少し困る。俺には槍ヶ岳 将志と言う名がある。次からはそちらを使うといい。それに硬くなられては俺もやりづらい。もっと楽に話せ」

 「……かたじけない。では、失礼いたす!!」

 涼は笑顔でそういうと、山を下りて行った。
 それを見送る将志の後ろでは、少しふてくされた顔の神奈子が立っていた。

 「将志、私があげた名前で呼ばれると困るって言うのはどういうことかしら?」

 「……あの名前は人間に知られすぎている。もし俺の涼に対する待遇が知られたとすれば、俺は一日中ここで数多の人間を指導せねばなるまい」

 将志の発言に、神奈子は納得したように頷いてため息をついた。

 「ああ、そういうことね。人が来すぎて困るなんて贅沢な悩みね、まったく」

 「……俺には神である前に、主を待つ槍妖怪だ。本来ならば、主を捜す為にも神としての仕事は少ないほうがずっと良い」

 「それにしても、何であの娘にあんなこと言ったの? そんなことしなければ、こんな面倒くさいことにならないのに」

 「……どうにも他人に思えなくてな……」

 諏訪子の問いかけに将志はそういうと、ふっと軽くため息をついた。
 将志の目には、涼が自分とまったく同じ考え方をしているように映ったのだ。

 「まあ、そのあたりは将志の自由だし、私達が口出しするところじゃないわよ。さてと、私達もあまり留守にしているのもあれだし、そろそろ帰るわ」

 「将志も、たまにはこっちにある社に来てね。未だに将志を信仰している人も多いからさ」

 「……ああ。ではそのうち行くとしよう」

 「宜しい。それじゃ、また会いましょう」

 「じゃあね、将志」

 軽く言葉を交わした後、神奈子と諏訪子は帰って行った。
 将志はそれを見送ると、山頂から下を見下ろした。

 「……さて……今日は都に行くとするか……」

 将志はそういうと、山を駆け下りて行った。



[29218] 銀の槍、出稼ぎに出る
Name: F1チェイサー◆5beb2184 ID:398d58fa
Date: 2011/08/29 18:50
 将志は情報収集のために都にくると、すぐ近くの料理屋に顔を出した。

 「……邪魔するぞ」

 「おう槍の字、来たのか。生憎と今日はアンタがやれる仕事は無いぞ? それとも、今日こそはうちで働く気になったか?」

 この料理屋、実は手配師としての側面も持っており、将志は屋敷の警備などをして生活費を稼いでいた。
 仮にも一介の神が何故そんなことをしているのかというと、料理に使う調味料などの代金を稼ぐためであった。
 なお、各地で奉納される供え物は全て現地の人間に還元している。
 つまり、信仰はあれども収入は無いのだった。

 「……俺はこれでも多忙の身だ。ここで本格的に働く時間は無い。それに仕事がないことはないだろう? ここ最近の流行病で護衛が欲しい所が多いのではないのか?」

 「つれねえなあ。アンタがここで包丁握ってくれりゃあウチも繁盛間違いなしなんだがなあ。それに、その手の仕事は俺のところに来る前にほとんど貴族様が自分で取っちまってるよ。俺のところに来るのは余程の物好きか、つてのねえ連中さ」

 店主は心底残念そうにそういうと、再び仕事に戻る。
 将志はカウンター席に座ると、出されたお通しを口にする。

 「そういや、最近巷じゃお公家様が熱心に通う場所があるんだよな」

 「……どうせ女だろう。遊び暮らしている公家達が通うようなところなど、それくらいだ」

 「アンタずいぶんと辛らつなこと言うねえ。ま、正解だがな。なよ竹のかぐや姫と呼ばれている超美人さんらしい。興味わいたか?」

 「……どうでも良い。そもそも、そんなことに構うくらいならば俺は仕事をする」

 「かぁ~っ!! 若い兄ちゃんがそれで良いのかよ!?」

 二人がそうやって話していると、立派な服装をした武官がやってきた。
 店主は話を止め、客に応対する。

 「へいらっしゃい。ご注文はお決まりですかい?」

 「玉将定食の出前を頼む」

 「ああ、かしこまりやした。でしたら、そちらの暖簾を潜ってその先の席でお待ち下せえ」

 店主はそういうと、店の奥へ引っ込んで行った。
 それと同時に、武官も店主に言われたとおり暖簾をくぐる。
 なお、もうお気づきの方もいらっしゃると思うが、玉将定食の出前とは手配師としての仕事を依頼するときの暗号である。

 「……仕事、か……」

 将志はお通しをちびちび食べながら話が終わるのを待つ。
 すると、暖簾の奥から店主が出てきた。

 「おーい、槍の字!! ちと来てくれや!!」

 「……了解した」

 将志は店主に呼ばれて暖簾の奥へ入る。
 そこには、先程の武官が席について待っていた。
 机の上には、依頼内容が書かれた木の板が置かれていた。

 「槍の字、お待ちかねの仕事だぜ。かぐや姫の護衛だとさ」

 「……詳しい話を聞こう」

 将志は武官から詳しい話を聞いた。
 何でも、町で流行の病によって護衛が大幅に減少してしまったそうな。
 そこで、夜に忍び込んでくる不届き者を追い払うための腕の立つ護衛を探しているらしい。
 内容を聞くと、特に問題は無いと判断したのか将志は頷いた。

 「……良いだろう。引き受けよう」

 「ありがたい、任期は十五日間だ。その間、しっかり頼む」

 そんな訳で、将志はかぐや姫のところへ向かうことになった。


 武官に連れられて、かぐや姫の屋敷に案内される。
 屋敷に着くと、家主に侵入者と間違われないようにするために顔見せを行うことになった。
 奥の間に案内されると、そこには翁と嫗、そして艶やかな長い黒髪を持つ見目麗しい少女が居た。

 「失礼致す。新たなる護衛の者をお連れ致した。……お主、名を名乗れ」

 「……槍ヶ岳 将志という。覚えてもらえるとありがたい」

 将志がそう名乗ると、竹取の翁は頷き、少女は興味深げに眼を細めた。
 
 「うむ、下がってよいぞ」

 「……失礼する」

 「待ちなさい。貴方は今、確かに槍ヶ岳 将志と名乗りましたね?」

 将志が下がろうとすると、少女が将志にそう声をかけた。
 その問いに対し、将志は頷いた。

 「……ああ。確かに俺はそう名乗った」

 「そう……後で話があります。半刻の後、私の部屋に来なさい」

 「……? 了解した」

 突然の呼び出しに、将志は首をかしげながらも承知する。
 これには周囲の人間も真意が分からず、同様に首をかしげることになった。

 「お主、姫に何かしたのか?」

 「……いや、初対面のはずだが……」

 詰め所に向かう間、武官と将志はかぐや姫の言葉について話しながら歩いていく。
 そして半刻後、将志は言われたとおりにかぐや姫の部屋に向かうことにした。

 「……槍ヶ岳 将志、ただいま参上した」

 「……入って」

 将志が部屋に入ると、少女は将志を頭のてっぺんからつま先までじーっと見つめだした。
 将志は訳が分からず、首をかしげる。

 「……俺がどうかしたのか?」

 「へえ……貴方があの槍ヶ岳 将志ね……まさか、こんなところでこんな有名人に会えるなんて思わなかったわ」

 唐突な物言いに将志は首をかしげた。

 「……どういうことだ?」

 「自己紹介がまだだったわね。私は蓬莱山 輝夜。月の民よ。輝夜でいいわ」

 「……なに?」

 輝夜の言葉に、将志は固まる。
 何しろ、目の前に居るのは捜し人と同じ月の民なのだ。
 そして、そんな将志を輝夜は面白いものを見るような眼で見ていた。

 「まあ、そこに座りなさいな。……しっかし、本当に生きてたのね~ 最初に聞いたときは信じられなかったけど」

 「……何の話だ?」

 「あら、貴方月の民の間じゃ超有名よ? 何しろ、最高の料理を作る『料理の妖怪』で、たった一人で妖怪たちから船を守った『銀の英雄』……そして『天才の最初の理解者』。そんな有名人の名前を最近噂で聞いて、思わず探してみようかと思ったわよ」

 輝夜の言葉に、将志はピクッと反応した。

 「……主を知っているのか?」

 「永琳のこと? もちろん知っているわよ。だって、貴方のことは永琳から散々聞かされていたもの。妖怪だから生きている可能性があることも含めてね」

 「……息災だったか?」

 「ええ、元気よ。時々淋しそうな顔して地球を見つめていたけどね」

 「……そうか……」

 将志は永琳が無事だと聞かされて安心した笑みを浮かべた。
 その様子を、輝夜はニヤニヤと笑いながら見ていた。

 「……どうした?」

 「い・い・え~♪ 傍から見れば貴方たちが途方もない遠距離恋愛をしているように見えるだけよ?」

 そんな輝夜の言葉を聞いて、将志は首をかしげた。

 「……何を言っている? 主は主であり、友人だぞ?」

 「……貴様もか、似たもの主従め」

 将志の返答に、輝夜はギギギと歯がゆい表情を見せてそういった。
 ちなみに、遠距離恋愛云々に関して永琳に輝夜が言及したときには、

 「え? 恋愛なんて私は知らないけど、将志は私の親友よ。……そう、私の大事な大事な、一番の親友」

 と、月についてから作った将志とおそろいのペンダントを握り締めながら、満たされた表情で永琳はそう言ったのだった。
 輝夜は内心「ペアルックとかどう見ても恋人同士です、本当にありがとうございました、というか2億年間相思相愛とか、もうとっとと結婚しちまえお前ら」と思ったり思わなかったりした。

 「とにかく、貴方が生きてるなんて知れたら月じゃ大変な事態になるわよ。下手すると、貴方を回収するために使者が来るかも」

 「……いや、流石にそれは大げさ過ぎないか?」

 「ちっとも大げさじゃないわよ。さっきも言ったとおり、貴方は有名人なのよ? それも永琳と肩を並べるほどのね。確か貴方を題材にした映画まであったはず。死んだと思われてなければ一斉捜索をされるレベルよ?」

 「……そうか」

 将志はそう言うと考え込んだ。
 何せ、月へ行って永琳に会うことが出来る可能性が出てきたのだ。

 「ところで、貴方は今何をしているの?」

 「……護衛だが?」

 将志の返答に、輝夜は顔から床に崩れ落ちた。
 輝夜の反応の意味が分からず、将志は首をかしげた。
 輝夜は額を手で擦りながら立ち直ると、将志に質問を続けた。

 「……そうじゃなくて、普段は何をしているの?」

 「……神と妖怪の頭領、それから日雇いの仕事だな」

 「神なのか妖怪なのかはっきりしなさいよ。ていうか、日雇いの仕事をする神様って何?」

 「……信仰だけでは飢えはしのげん」

 「……あ、何か涙出てきた……」

 世知辛い世の中に、輝夜は無性に悲しくなる。
 それからしばらく話をしていると、翁がやってきた。

 「輝夜、そろそろお公家様がいらっしゃるから準備なさい」

 「は~い……な~んだ、もうそんな時間なの」

 輝夜は気だるげにそう答えるとため息をついた。
 将志はそれを見て立ち上がる。

 「……大変そうだな」

 「ええ……あ~あ、何が悲しくてあんなおじ様方の相手をしなきゃならないのよ……」

 「……俺なら逃げ出しているところだ」

 「私も出来ればそうしたいわよ。つまらない話を毎度毎度聞かされるくらいなら、こうやって貴方と話していたほうが何倍も有益よ」

 「……そうか」

 「そ。そういうわけで、また後で私の相手をしなさい。雇い主の命令だから、ちゃんと来なさいよ?」

 「……くくっ、そうまでして俺と話がしたいか。……了解した。終わり次第そちらに向かおう」

 将志はそういうと、輝夜の部屋を辞した。




 数刻の後、輝夜の部屋には疲れた二つの人影があった。
 ひとつは絹のような質感を持つ黒髪の少女、もうひとつは小豆色の胴着と紺色の袴を着けた青年だった。

 「……なんで貴方が疲れてるのよ……」

 「……任務に戻った途端に質問攻めだ……護衛衆も輝夜に興味があるらしい」

 ぐったりと身体を投げ出した輝夜に、背中を丸めて胡坐をかいた将志。
 ふと、将志の言葉に輝夜が顔を上げる。

 「じゃあ、そういう貴方はどうなのよ? 貴方も私に興味があるのかしら?」

 「……無いと言えば嘘になるが、俺が興味あるのはお前が持つ主の情報だ。そもそも、俺は仕事が無ければお前に関わることは無かっただろう」

 「それはそれで何か悔しいわね……私、これでも容姿には自信があるのよ?」

 「……輝夜が綺麗なのは認めよう。だが、俺にとってはそれだけのこと。俺が輝夜個人に興味を持つには至らん」

 将志がそう言い放つと、輝夜は大きくため息をついた。

 「はぁ~……将志みたいな人に限ってそうなのよね……他は私の容姿を見たいがために簡単に釣れるのに」

 「……そういうものなのか?」

 「そういうものよ」

 容姿だけで簡単につれる男達の感情が分からずに首を傾げる将志。
 輝夜はそんな将志をジッと見つめる。

 「……どうかしたのか?」

 「ねえ、将志はどんな人なら興味を持てるの?」

 輝夜の質問に将志はあごに手を当てて考え込んだ。
 そしてしばらく考えると、将志は答えを出した。

 「……そうだな……守ってやろうと思える人物か?」

 「例えば?」

 「……例えば、恩義を感じた者、孤独の中で迷う者……挙げればキリが無いな」

 「って、それじゃ私はその挙げればキリが無い例にもかかってないって事?」

 「……そういうことになるな。少なくとも、今の時点では俺の琴線には触れていないな」

 将志がそういうと、輝夜は再び床に突っ伏した。

 「将志……貴方、乙女のプライド傷つけるような言葉をズバズバ言ってくれるわね……」

 「……それはすまない」

 少しいじけたような輝夜の言葉に、将志は本気で申し訳なさそうな表情を浮かべた。
 それを聞くと、輝夜は突如ガバッと身体を起こした。

 「あ~もう!! 貴方のせいで乙女のプライドズタズタよ!! ほら、悪いと思っているなら何か慰めの言葉とか無いわけ!?」

 ビシッと将志を指差しながら輝夜はそうまくし立てた。
 それに対して、将志は困り顔で考え込んだ。

 「……う……ん……? あ、あ~……?」

 「だあああ~!! 考え込むほど慰める要素も無いの、私!?」

 輝夜は将志の態度に地団太を踏んだ。
 将志にしてみれば全くもって理不尽なものであるし、そもそも誰かを口説いた経験は全く無いため、それを責めるのは酷というものであろう。

 「ていっ!!」

 「……むっ?」

 突如として、輝夜は将志に抱きついた。
 突然の奇行に、将志はきょとんとした表情を浮かべる。

 「……ねえ……これでも何も感じないの……?」

 輝夜は狙い済ました上目遣いと、切なげな声でそう呟いた。
 それは、男なら十人中十人が堕ちてしまいそうな、そんな仕草だった。

 「……輝夜も誰かに抱きついたほうが安心できる性分なのか?」

 「何でそんなに冷静なのよ!?」

 が、相手が悪かった。
 何しろ、この手のことに関しては六花という強力な相手が居るのだ。
 輝夜に負けず劣らずの美貌を持つ六花に常日頃からこのようなことをされていれば、嫌でも慣れるというものであろう。

 「ああもう、こうなったら意地でも興味を持たせてやるんだから!!」

 それからしばらくの間、将志は輝夜から猛烈なアタックを受け続けることになった。
 将志はそれをのらりくらりと無意識で躱していく。
 気がつけば、時刻は草木も眠る丑三つ時となっていた。

 「……どうしてこうなった……?」

 「……うう……まだまだ……」

 今現在、将志は胡坐をかいて座っている。
 そして膝の上には、輝夜の頭が乗っかっていた。
 輝夜は将志の胴着の裾をしっかりと掴んでいて、放す気配が無かった。

 「……仕方が無い……」

 仕方が無いので、将志はそのまま寝る事にした。

 翌朝、嫗に輝夜が将志に膝枕をされているのを発見され、大騒ぎになったのは言うまでもない。


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 というわけで、かぐや姫のお話。
 時代的に奈良時代の前、ということでかなり早いですが入らせてもらいました。
 う~ん、流れ的にこれで良いのか?


 そんなこんなで、ご意見ご感想お待ちしております。



[29218] 銀の槍、振り回される
Name: F1チェイサー◆5beb2184 ID:398d58fa
Date: 2011/08/31 15:10
 将志が輝夜の元で護衛を始めて数日、将志は休憩時間のたびに自分の社に戻って仕事をする日々が続いた。
 おまけに初めに話して以来輝夜がすっかり懐いてしまい、将志は周囲から色々な視線を感じるようになった。
 もっとも、将志本人は全く気にしていないが。

 もちろん、近くにいた護衛たちに睨まれる事もあった。
 その日、将志がいつものように輝夜に呼びつけられて話をしていると、他の護衛たちが輝夜の部屋を訪ねてきた。
 その者達が直訴して曰く、突然大勢の不届き者共が襲ってきたら何とするか。
 曰く、お前に守りきることが出来るのか。
 様々なことを周りの護衛が口にした。
 それを聞いて、輝夜は愉快そうに眼を細めた。

 「だって、将志。どう思う?」

 「……至って全うな発言だと思うが?」

 輝夜の問いに、将志はそういって返す。
 しかし、輝夜は意地の悪い笑みを浮かべて言葉をつむいだ。

 「なら、将志が一人で貴方達から守りきれれば文句はないわね? そういうわけで将志、ちゃっちゃと勝負しちゃいなさい」

 その言葉を聞いて、将志は渋い表情を浮かべた。

 「……失礼ながら、今この場で争って、唯でさえ減っている護衛の数を更に減らすのは得策ではないと思うのだが?」

 「そんなの、勝った人間が補えば良いだけのことでしょ? 将志が勝ったとしても、それは将志がここにいる20人分の働きが出来る証明になるから何の問題もないわ。これは雇い主の命令よ。さあ、全員さっさと準備なさい!!」

 「……何と横暴な雇い主だ……」

 将志はため息をついて首を横に振ると、横に置かれていた槍を手に取った。
 神であることがバレては拙いので、槍は鍛冶屋で調達したそれなりのものを使っている。

 「……済まないが、練習用の槍を持ってきてはくれないか? 流石にこれで死人を出すわけには行かないだろう?」

 将志が槍をもってそういうと、護衛のうちの何人かは僅かにたじろいだ。
 将志からは、勝負が始まってもいないのに僅かながら威圧感が流れていたのだ。
 ……要するに、今の将志は機嫌が悪い。

 「ふふふ、銀の英雄の立ち回りが見られるなんてラッキー♪ 頑張ってね、将志♪」

 他の護衛達が練習用の刃のない槍を取りに行くと、輝夜は楽しそうにそう言った。

 「……まさか、それだけのためにあんなことを言ったのか?」

 「いいじゃない。将志のことだし、あれくらい簡単に倒せるでしょ?」

 「……簡単に言ってくれる。人間のふりをしながら勝つのは楽では無いのだぞ?」

 「と言うことは不可能ではないって事ね。楽しみにしてるわ、将志」

 将志はそんな輝夜にジト眼と呆れ顔をくれる。
 しかし輝夜は悪びれることなくそう言った。



 しばらくして、輝夜の部屋の前に将志が練習用の槍を持って立った。
 将志の前の広い庭には、護衛の兵士達が30人ほど散らばっていた。

 「……人数が増えていないか?」

 「すまん、抑えきれなかった……」

 将志の前には、護衛をまとめる武官が頭を下げていた。
 どうやら輝夜に毎日御呼ばれしている将志のことを面白く思わない人間は多かったらしい。
 将志はそれに対して大きくため息をついた。

 「……全く、どうしてこうなったのやら……」

 将志はそういうと肩鳴らしに槍を振った。
 多少重さに違いはあるものの、将志の槍の動きに乱れは無かった。
 護衛達はその美しく素早い動きに眼を見張った。

 「……初めてみるけど、綺麗ね。永琳が言うだけあるわ」

 将志の後ろで、輝夜はそう呟いた。
 その一方で、将志は槍の穂先を斜め下に向けて構えた。

 「……いつでも、どこからでも掛かって来るが良い」

 将志がそういった瞬間、護衛達は動き出した。
 まず、最初の一人が将志に向かってまっすぐに槍を突き出す。

 「……はっ!!」

 「ぐぅ!?」

 しかし、それが届くよりも早く将志の槍が正確に相手の水月を突いた。
 その後に慣性で伸びてくる槍を、将志は半身開いて躱す。
 水月を激しく突かれた相手はその場でもんどりうって倒れた。

 すると次の相手がすぐに出てきた。
 次は三人まとめて将志に槍を突き出した。

 「……せいっ!!」

 「うおお!?」
 「え?」
 「なにぃ!?」

 前三方向から迫ってくる槍に対して、将志は螺旋を描くように槍を素早く動かしてまとめて巻き込む。
 そして、相手の勢いを殺さずに三本の槍を一気に上に弾き飛ばした。
 弾き飛ばされた槍は高々と宙を舞い、突然手元から槍が消えた護衛は呆然とその場に立ち尽くした。

 「……ふっ」

 「ぐっ!!」
 「あっ!!」
 「げっ!!」

 そんな三人組の水月に容赦なく槍を当てて戦線離脱させる。

 「はああああああ!!」
 「うおおおおおお!!」

 間髪いれずに将志の背後と正面から槍が迫ってくる。

 「……甘い!!」

 「がっ!?」

 将志は軸をずらしながら独楽のように素早く一回転した。
 手にした槍で前から迫る槍をはじき、軸をずらすことで後ろから迫る槍を躱しつつ、遠心力の加わった槍を相手の横っ腹にたたきつけた。
 横っ腹を打ち据えられた護衛は、庭の池に突っ込み大きな水柱をあげた。

 「ひっ……」

 「……せやっ!!」

 「ぐあっ!!」

 将志はその様子を見て怯んだもう一人の水月を穿ち、昏倒させる。
 それを確認すると、将志は周囲を確認した。

 「……どうした、掛かってこないのか?」

 将志は尻込みする護衛達を睨みながらそう言った。
 あっという間に6人を倒され、護衛達に厭戦の気配が見え始めた。
 それを確認すると、将志は槍を納める。

 「……まあ、それも良いだろう。俺達の本懐は護衛……」

 「あいや待たれい!! その勝負、拙者が受けて立つ!!」

 「……この声は」

 槍を納める手を止め、将志は声のした方向を見る。
 するとそこには、鉢金を巻いて練習用の槍を構えた少女が立っていた。

 「拙者に相手をさせて欲しいでござるよ、将志殿、いや、お師さん!!」

 それを聞いて、将志は薄く笑みを浮かべた。

 「……そうか……確かに俺はお前の師とも言えなくも無いな、涼。……良いだろう、来るが良い」

 「ありがとうございます、お師さん!! 皆の者、この立会いに手出しは無用でござる!!」

 将志と涼は向き合って槍を構えた。
 将志は先程と同じ膝を狙った下段の構え。
 涼は相手の喉下と心臓と水月の三点を狙った中段の構えを取った。

 「行くでござる!!」

 涼は将志に対してまっすぐ水月に突きこんだ。
 その速度は先程の護衛の兵よりもはるかに早い。
 将志はそれを見て先程のように突き返すのは危険と判断し、槍ではじきながら身体を横に移動させ、身体を回転させて槍を薙ぎ払った。

 「何の!!」

 「……っ」

 涼は身体を低くかがめることでそれを躱し、将志の槍を避ける。
 手応えが無いことを確認した将志は、相手の槍の範囲外に即座に下がった。

 「……なるほど、どうやら先程までの者とは違うようだな」

 「くくっ、お褒めに預かり至極光栄でござる」

 「……では、どこまで付いて来れるか試してやろう」

 「はい!! 胸を借りるでござるよ、お師さん!!」

 涼は嬉しそうにそう答えると、素早く槍を構えた。
 その瞬間、笑顔から鋭い顔つきに変わる。
 一方の将志は終始表情を変えることなく槍を構えた。

 「……今度はこちらから行くぞ。はっ!!」

 今度は将志が涼に向かって攻撃を仕掛ける。
 将志の槍は稲妻のような速度で涼の水月に迫っていく。

 「くっ、てやああああ!!」

 涼はそれをあえて引き入れるようにして線を逸らし、空いたところを突き返す。

 「……ふっ!!」

 「くっ!!」

 将志は涼の突きを半身開いて避け、素早く移動して涼の背後を取る。
 その動きは涼の目からは突然消えたように見えた。
 涼は振り向くことなく前に全力で移動し、将志に向き直る。

 「……遅い!!」

 「くうっ!!」

 振り返るとすぐに将志の槍が迫ってくる。
 涼は突然現われたそれを、身体を開きながら手首を返して叩き落し、そのまま石突で将志に突きを加える。
 しかし、苦し紛れのそれは将志に容易に躱される。

 「……そらっ!!」

 「あっ!?」

 将志は下を向いていた涼の槍の先を踏み、固定する。

 「やああああああ!!」

 「……む!?」

 涼はとっさに棒高跳びの要領で将志の頭上を飛び越えた。
 突然の涼の行動に、将志は目を見開く。

 「……うっ!?」

 「……そこまでだ」

 が、着地した瞬間目の前に将志の槍があった。
 眉間の手前でピタリと止められたその槍は、勝者を明確に示していた。

 「……参りました、お師さん」

 「……ああ」

 涼が負けを認めると、将志は槍を納めた。
 それを見て、涼はふっとため息をついた。

 「いや~、完敗でござるな!! 流石にお師さんは強い!!」

 「……その歳にしてはかなり経験を積んでいる様だな。悪くなかった」

 「そう申されても、お師さんは本気を出していないから説得力が半減でござるよ?」

 「……俺が本気を出せばどうなるか分かるだろう?」

 「はっはっは!! そうであったな!!」

 負けたと言うのに涼は豪快に笑う。
 一方、周りはあれだけのことをしておきながらまだ本気ではないと言う将志に若干の恐怖を覚えていた。
 それを意に介さず将志は輝夜の方を向く。

 「……さて、周りの連中は戦意を喪失したわけだが?」

 「はあ……情けないわね……貴方達、将志みたいなのが侵入してきたらどうするつもり? この程度で恐れるようじゃ護衛は成り立たないわ。首になりたくなかったら将志に掛かりなさい」

 「……結局戦わざるを得ないのか……」

 ため息交じりの輝夜の言葉に、将志は盛大にため息をついた。

 その後は、消化試合もいいところであった。
 将志は優雅に舞うようにして槍を振るい、その度に挑戦者を倒していく。
 結果、5分で残りの24人が片付いた。

 「……全員精進が足りんな……己が槍と存分に向き合うが良かろう」

 将志はそう言いながら槍を納めた。
 将志の額には汗一つ無く、本当に唯の軽い運動で終わったようなものだった。

 「お見事でござる、お師さん!! 拙者もああいう風に槍を振ってみたいでござるよ!!」

 「……ならば、毎日槍を取れ。そうせん事には何も分からぬ。一度で実入りが無くとも、何万何億と繰り返し振るっていけば、いつかは何か得られるであろう。……それにお前は人と立ち会う機会が多いようだからな。し合う内につかむ物があるやも知れん。いずれにせよ、精進することだ」

 「はい!! ところでお師さん、この後休憩時間はござらぬか?」

 「……あと少しで休憩時間になるな……どうかしたのか?」

 「食事がてらお師さんの話を聞きたいでござる!!」

 「……構わん。ではそれまで詰所で待っているが良い」

 「心得たでござるよ!!」

 将志と話を終えた涼は笑顔でそう答えると詰所に向かって歩いていく。
 それを見送ると、将志はふっと一息ついた。

 「……あの子は誰?」

 「……最近俺のところに修行に来るようになった者で、名を迫水 涼と言う。今日初めて立ち会ったが、なかなか筋が良い」

 部屋に戻りながら輝夜の問いに答える。
 輝夜は将志のことをジッと見つめている。
 その表情は、どこか面白くなさげである。

 「……どうかしたのか?」

 「いいえ……貴方が弟子を取っているなんて意外だったから。それで、何で弟子にしたわけ?」

 「……涼が進む道を俺が気に入ったからだ」

 「へえ。どんな道よ?」

 「……武人として主や民を守る道、だそうだ」

 「何それ。それって結局貴方と進む道が似てるからってだけじゃない」

 「……だからこそ、俺は弟子にした。もし、単に最強を目指すなどと言うことであれば、俺は弟子にはしなかった。元より、俺の槍とは目指すところが違う」

 「そう……」

 輝夜はそういうと少し考え込んだ。
 将志は何を考えているのか分からず、輝夜の顔を覗き込んだ。

 「……どうかしたのか?」

 「え、きゃあ!? ちょっと将志、顔が近いわよ!?」

 「……む、それは済まなかった。だが突然深刻な表情で黙られた故、気になってな……」

 驚いて後ろに下がる輝夜に、将志は謝った。
 そんな将志を見て、何かひらめいたのか輝夜は手をぽんと叩いた。

 「そうだ。将志、貴方お昼を作ってくれないかしら?」

 「……む?」

 輝夜の突然の物言いに、将志は首をかしげた。

 「……それは構わないが……いきなりどうした?」

 「良く考えたら、せっかく料理の妖怪がいるのにその料理を食べないって言うのは勿体無さ過ぎるわ。そういうわけだから、宜しく」

 「……了解した」

 上機嫌で部屋を去っていく輝夜に、将志は涼との食事には時間が掛かりそうだだと内心思いながらため息をついた。



 半刻後、膳の上には沢山の料理が並んでいた。
 菜の花の粕漬けや、アジのつみれ汁、ハマグリの酒蒸しに栗のおこわなど、当時としては贅を尽くした食事が並んだ。
 ……もっとも、将志にとってはただそこにある、使っても良いと言われた食材を調理したに過ぎないのだが。

 「……出来たぞ」

 将志はそういうと、料理を配膳すべく女中にそういった。
 だが、女中は首をかしげた。

 「……どうした? 早くもって行かねば冷めてしまうのだが」

 「あ、あの、四人分配膳するようにと言われているのですが……」

 「……む」

 将志はそれに疑問を感じながらも、いつもの癖でおかわり用に取っておいた分を漆塗りの食器に注ぎ分けた。
 将志は女中達とともに膳を運ぶ。

 「失礼致します。ご昼食をお持ちいたしました」

 女中がそういうと、四人分の料理を並べた。
 しかしこの場には翁に嫗と輝夜の三人しかおらず、どう考えても一人分多い。

 「失礼致しました」

 その様子に首をひねりつつも全員退出しようとする。

 「待ちなさい。将志はここに残りなさい」

 が、将志は輝夜に呼び止められてその場に残る。
 将志はそれを怪訝に思いながらも、その場に残ることにした。

 「さあ将志、自分の膳の前に座りなさいな」

 女中が去ると、将志は空いている四つ目の膳の前に座ることになる。
 将志が座った場所は翁と嫗の対面、そして輝夜の隣である。
 翁も嫗もなぜ一介の護衛がこの食卓に同席しているのか疑問に感じており、当の将志も目的が全く分からない。

 「輝夜、何故この者がここに居るのかね?」

 「私がお呼びしたんですよ、お爺様。少し彼を詳しく紹介したいと思ってね」

 「へえ、確か槍ヶ岳 将志さんだったね?」

 「……覚えていただき光栄だ」

 嫗の一言に、将志は座したまま礼をした。
 翁は将志を見定めるような視線を送り続けている。

 「して、この者は何者だね?」

 「30人の護衛を瞬く間に打ち倒した剛の者にして、目の前の食事の料理人よ。さ、食事が冷める前に食べてしまいましょ?」

 輝夜がそういうと、全員一斉に食事を食べ始める。

 「おお、これは旨い」

 「あれま、こんなに美味しいご飯は初めてだね」

 翁と嫗は将志の食事を食べて笑顔を浮かべた。
 その一方で、輝夜は食事を口にした状態で固まっていた。
 将志はそれを見て首をかしげる。

 「……どうかしたか」

 「……ふ、ふふ、あははははは!! これは面白いわ!!」

 「……何が面白い?」

 大声で笑う輝夜に、将志は怪訝な表情を浮かべた。
 輝夜はひとしきり笑うと、涙を浮かべて将志に答えた。

 「理由は後で話すわ。はぁ~、面白い。あ、味は心配しなくても最高に美味しいわよ。流石は料理の妖怪ね」

 「何と!? 将志殿は妖怪なのか!?」

 輝夜の言葉を聞いて、翁は立ち上がった。

 「ああ、違うわよお爺様。単に彼が巷で料理の妖怪って呼ばれているだけよ。だって将志は神様だものね」

 今にも飛び掛らんとする翁に、輝夜は笑ってそう言った。
 その言葉に将志は箸を止める。

 「……冗談はよせ」

 「あら、何も隠す必要は無いじゃない? 建御守人様が家の護衛を引き受けてくれるなんてありがたい話がある訳だし?」

 「……おい」

 「建御守人様がどうしたって?」

 輝夜の言葉に将志が反論しようとするが、それを嫗がさえぎる。
 輝夜は待ってましたとばかりにその問いに答えた。

 「ああ、そこに居る槍ヶ岳 将志が建御守人様ご本人だって話よ」

 それを聞いた瞬間、翁と嫗は将志に向かって拝み始めた。

 「おお、守り神様が我が家に来られて、しかもお食事まで作っていただけるとは……ありがたやありがたや……」

 「ほんに、ありがたいことじゃ……」

 「ま、待て、俺が本人だとは一言も言っていないぞ!?」

 突然拝まれて、将志は困り果てた。
 言葉から「……」が無くなっているところからもかなり焦っているのが分かる。

 「私ね~、将志がいつも持ってるこれの中身が気になるわ~♪ そういうわけで開けてみましょ♪ そ~れ、くるくる……」

 「あ、おい!!」

 困惑する将志の横で、輝夜が赤い布に巻かれた細長い物体に手を伸ばし、布を取り始めた。
 止めようとする将志の抵抗もむなしく、布が取り払われる。

 「おお~、これはまさしく建御守人様の銀の槍ではないか~♪ いや~ありがたやありがたや♪」

 中から現われた銀の槍を見て、輝夜は実に楽しそうにそう言った。
 これにより、言い逃れが出来なくなった将志は盛大にため息をついた。

 「……はぁ……輝夜、お前の狙いは何だ?」

 「貴方に言いたいことは唯一つよ。末永く宜しく頼むわよ、将志♪」

 要するに、将志をただの雇われ護衛から家付きの護衛に変えてしまおうということだった。
 将志からすれば、下手なことして正体をばらされたらもう町をうろつけなくなるので、従うより他ないのだった。
 将志は再び大きくため息をついた。

 「……お前にはため息をつかされてばかりだな、輝夜……」

 「うふふ、何のことかしら?」

 将志の呟きに、輝夜は意地の悪い笑みを浮かべて返した。
 そしていつの間に片付けたのか、将志は食事を終えて立ち上がる。

 「……悪いが客を待たせているのでな。先にあがらせてもらおう」

 将志はそう言うと部屋から出て行こうとする。
 が、ふと将志は立ち止まる。

 「……ああ、そうだ。俺は別に友人の家を守ることくらいなら喜んでするつもりだ……だから俺を縛り付ける必要は無いぞ、輝夜」

 「え……?」

 将志の唐突な言葉に、輝夜は言葉を失った。
 その間に、将志は部屋を出て行く。
 将志が部屋を出て行った後、輝夜は俯いてため息をついた。

 「……油断したわ……これが永琳の言ってた不意打ちの一言か……確かにこれは来るものがあるわね……何よ、興味がないとか言っておきながら……」

 輝夜はそう言って目の前に置かれた料理を口にする。

 「美味しい……本当に、永琳の味にそっくり……」

 輝夜の呟きは誰にも聞かれることなく部屋に溶けていった。





 「……済まん、遅くなった」

 「遅いでござるよ……あ~、お腹空いたでござる!! と言う訳で、お師さんの手料理が食べたいでござる!!」

 「……了解した」

 余談だが、大遅刻をした将志がひたすらに料理を作って涼のご機嫌を取ったのは言うまでもない。

 



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