佐々木閑先生の「僧侶の集団は年功序列」(朝日新聞11月15日夕刊)を読む
 佐々木閑先生の連載エッセイ「日々是修行」は毎週木曜日に朝日新聞夕刊に出ています。10月25日11月8日のエッセイは既にブログでその含蓄ある内容をご紹介しました。今日は11月15日のエッセイをご紹介できればと思います。

 タイトルは上にも書きましたように「僧侶の集団は年功序列」です。

 私の実家は近所にある曹洞宗の寺院にお墓があり、父そして今は兄がお寺の総代の一人としてお世話になっています。その関係かどうか、お寺の住職さんが永平寺で修行した時のことをちょっと聞きかせてもらったことがあります。しかし、お坊さんの集団がどのような組織になっているのか、またどのように修業をするのかまったく知識がありません。

 今回の佐々木先生のエッセイは、そのあたりのことをさりげなく紹介しています。まずちょっと引用しましょう。

・スリランカや東南アジアには、お釈迦様時代の規則をそのまま守って修行している坊さんたちの集団がいくつもある。そしてその規則によれば、寺の中の序列は全くの年功制。『坊さんになってからの日数』だけで上下が決まる。

・上下関係が、本人の資質や能力とは関係のない、出家からの日数というつまらない基準で決まっていると、上下関係そのものがつまらないものになる。

・自己を見つめ、心の煩悩と戦うために出家した僧侶の生活に、世俗的な上下関係は邪魔である。闘争なき集団統制システム。

なるほどなるほど。

 科学者には二通りの世界があるようです。一つは、1人か部下2,3人と一緒に研究を行うスモールサイエンス、もう一つは、数10人以上の研究者が徒党を組んで研究を行うビッグサイエンスです。

 お坊さんも自分のお寺に帰れば修行は個人で行わざるを得ず、科学のスモールサイエンスに当たるのでしょうか。お坊さんが総本山に出向き、他のお坊さんと集団で修行する世界は、さしずめビッグサイエンスに対応しているかもしれません。

 しかし、お坊さんの世界には競争がないのでしょうか。煩悩を断ち切るのはあくまでも個人的なことで、他人と張り合うことなど全く必要ないのでしょうか。まあ、この張り合いこそ煩悩そのものなのでしょうが。

 私はビッグサイエンスで生涯を送ってきましたので、佐々木先生の「つまらない年功序列」に大いに憧れました。科学とは普遍的原理を探求するものだから人間の葛藤など入り込む余地がなく、科学が行われている場所は暗黒の宇宙に漂う無機質の世界だ、と思っていませんか。実は大違い。科学は頭でっかちで世間知らずの泥臭い人間が行う極めて世俗的な営みです。

 研究者は煩悩の塊で、張り合っている他の研究者の足を引っ張ることもするし、伸びてくる若者の頭を押さえつけることさえあります。研究者は、およそ科学的でなくシステム化があまりされていない混とんとした組織を作ります。研究代表者は、研究者間の折り合いをつけ、集団として最高の成果を出すように仕向けなければなりません。そのため、よい研究成果を出しているグループでは、往々にして独裁的な研究代表者が率いていることが多いです。

 しかし、なぜ研究者は張り合って競争するのでしょうか。それは、研究では1番乗りがすべてで、2番煎じは成果とは認めてくれないからです。振り返ってみると、まったくバカみたいに外国グループと張り合って研究した思い出があります。これは精神にすごい緊張をもたらし、うつ状態に陥ることさえあります。

 そこで、できる研究者は、人のやっていない研究テーマ、それも大変重要な研究テーマを見つけて、他人の動きに惑わされずに悠々と研究を続けます。他人と張り合うという愚かな行為を避けているのです。こういうグループでは、研究代表者は昼寝をしていればいいし、若者も焦らず時間をかけて研究に専念します。グループ内の競争も余りありません。
 (ただし、ユニークな研究成果は必ず他人による独立な検証が必要です。オンリーワンの研究は定義からして人がやっていない研究ですから、その検証には、他人がその研究レベルまで追い付く必要があります。そのためにはある程度の時間が必要で、研究成果の確立が遅れます。できる研究者になるは、時間を気にしない落ち着きを持つことが必要です。)

 もしかしたら、このようにユニークな研究をしているグループが僧侶の修行世界と少し似ているかもしれません。

 しかし、人がやっていない研究テーマを見つけるには、どうしても抜きん出た才能が必要です。才能は人のやっかみを生みます。なにはともあれ、そのようなやっかむ心を捨て去るまで修業し、心を澄ませることが必要なのでしょう。俗人にはなかなか難しいことです。

by FewMoreMonths | 2007-11-27 09:56 | 人生


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