「がん体験をめぐる語り」のデータベースを作ろう・公開フォーラムに参加した印象
 昨日11月23日、東大農学部のホールで上記のフォーラムがあり、データベースに関してブログでも訴えたことがあるので、講演等を聞きに行ってきました。

 主催は、厚生省科学研究費の支援を受けている「がん患者の語り」データベース研究班で、共催が日本対がん協会、協賛がディペックス・ジャパンという「任意団体」です。研究班と任意団体の関係がよくわからないのですが、いずれもデータベースの構築に熱心です。

 私は、データベース構築の案には大賛成ですので、厚労科研費の研究班に年会費を払うのは変だなと一瞬思ったのですが、年会費4000円を払って早速ディペックス・ジャパンに入会しました。作ろうとなさっているデータベースの詳しい内容が私の思っていることと同じなのか、違っているかを知りたいと思って今回のフォーラムに参加しました。

 ディペックス・ジャパンの理事長さんが、オクスフォード大学の2人の研究者が始めたDIPEx(Database  of Individual Patient Experiences)に感動して、言ってみればそのコピーを日本で展開しようというものです。ディペックスの趣旨は、ディペックス・ジャパン理事長の講演によれば、「薬と症状を単につなぎ合わせた断片的な知識としてではなく、患者の語る言葉、患者の映像などから、その思いを受け取ることが必要」とあります。

 いくつかの印象をまず述べます。
・主催者の熱意は大いに伝わってきました。
・患者のためというよりもむしろ看護師を含む医療関係者のためのデータベースという印象を強く受けました。厚労科研費の研究班主催ですから仕方ないのかもしれません。
・研究班と任意団体「ディペックス・ジャパン」の関係は最後までわかりませんでした。
・フォーラム参加者のほとんどは医療関係者や患者団体の代表者等で、私のような個人患者の参加はあまり多くなかったようです。

 ディペックスが作っているデータベースは、ウェブサイトを訪問してご自分で判断していただくのがよいと思います。私のコメントをちょっと書きます。

・データベースの作成に当たっては、患者さんの自宅に行き、1,2時間ビデオ撮りをします。
・1、2時間の情報は膨大すぎますので、担当の研究者が編集を行い、内容を数分間に締めます。研究者が編集作業を行い、大幅な縮小版を作るため、編集方針、マニュアルが極めて重要になります。
・編集方針の内容はあまり明らかではありませんでした。厚労科研費の主任研究者によるある程度の思いは紹介されました。「各患者さんのヒヤリングから共通する普遍的な情報を抽出したい」と発言されたと思います。あくまでも研究者からの発想と思いました。
・データ数は、がん部位ごとに30~50名とする。この数の制限は、たぶん編集作業のマンパワーの制限によるものと思われます。
・英国のディペックス・データの一部を見聞きしてみました。確かに患者さんの顔が見えるのは印象深いです。
・語りの内容ですが、極めて一般的な話です。患者さんの履歴は、たとえば、「概要 : 1998年に乳がんの診断。乳房温存手術、化学療法、放射線療法、タモキシフェン、アリミデックス投与、がんの転移に薬物療法」という、簡単なものです。

 以上簡単な紹介ですが、このデータベースの意図しているところは、患者の心理的な側面を映像・音声を通して獲得し、上にも書きましたが、それを患者ではなく、むしろ医療関係者に利用してもらい、患者との対応の改善につなげたい、と理解しました。

 しかし、長年お世話になっている先生方とのお付き合いで得た感想は、先生方には違うといわれるかもしれませんが、プロとして患者の素人意見は取り上げない、というプライドを先生方はお持ちのようです。また、先生方は外来患者等の対応で大忙しですから、データベースを検索する時間的余裕さえないのではないかと危惧します。

 ディペックスのデータをちょっと見ただけですが、患者として全く同感する文言がありました。紹介しますと、
「Everybody is different, it's not like an engine where you just take a cog out and put one back in, is it? It's all very different.
So, I am concerned, I feel well but I don't know what's going to happen.」。
意訳してみると、
(みんながみんな違うんです。エンジンの悪くなった歯車をひとつ取りだして新しいのを付け替えるのとはわけが違います。みんなすごく違うんです。私はもちろん心配です。今は気分がいいんですが、これから何が起きるのかわからないからです。)

 患者のためのデータベースでは、この点を重視することが必要です。多くの違いの中から、自分の履歴と似ている患者さんの体験を多く聞いて、参考にし、上の文章にある、「I don't know what's going to happen.」の懸念に対する方策を求めたいのです。

 私のブログに書きましたように、患者の究極の願いは、
「がんが完治する必要はない、今の状態でいいから少しでも長生きがしたい、です。しかし、耐えられない苦しみはご勘弁願いたいですが。生命個体の本能でしょうか、とにかくもう少し生きたい、というのが大方のがん患者の最も切実な希望だと思います。だから、私にとって5年生存率というのは参考にはなりますが、5年経過してしまえば、我が人生にとって意味のない数値なのです。」

 そして、患者の私にとって知りたいことは極めて具体的なことなのです。いくつかを書いてみると、

・同じ病歴を持つ他の患者さんは、私が今抱えている抗がん剤の副作用を経験しているのか、その軽減策はどうなのか。
・今の抗がん剤が効かなくなったとき、他の患者さんはどのようなチョイスをしたのか。
・間質性肺炎にかかったが、その前兆がなかった。次の予防のために、他の患者さんの場合、前兆現象があって予防ができたケースがあるのだろうか。
・同じ病歴のある患者さんはあと何年くらい生きていたのだろうか。

等々きりがありません。

 このような具体的な情報をピックアップするためには、残念ながらディペックスのデータベースは目的が違うようなので、あまり役に立ちません。

 私がかかっている病院では、抗がん剤専門の薬剤師さんが小冊子を患者さんに配布します。そこには、日付、血圧、体温、副作用症状(多くの具体的項目があり自分でチェックを入れる)を書き込んだり、さらに気づいたことを書き込む欄があります。我々はできるだけ毎日記録をつけ、次回に薬剤師の先生に診ていただきます。

 私は、この小冊子を患者さんの了解を取って回収し、患者の詳しい履歴と一緒に整理してデータベースにしてくれないか、と先生に提案したのですが、想像を絶する提案だったらしく、思いもよらないというようなお顔をされていました。

 このようなデータベースの作成は、プロジェクトとして長期的に行い、医療の進歩等に応じて必要な更新を行うことが重要です。ユーザーフレンドリーな検索エンジンの開発も欠かせません。私は、国の恒常的支援を受けた組織がこのような作業を行うべきと考えます。

 お前がやれと言われそうです。遺憾ながら、私はがん対策とともに、いやそれ以上にやりたいこと現在あります。もう少し体調が改善した時には、ぜひ貢献したいと思います。

by FewMoreMonths | 2007-11-24 11:48 | 大腸ガン治療経過


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