年のせいか、昨今の新聞、テレビ、インターネットの情報洪水から興味のあるものを取り出してもそれを咀嚼する余裕がなく、そのうちに忘れてしまうことが多くなりました。努力して情報を整理していかないと収拾がつかなくなります。
今日は朝日新聞に載った標記の記事だけでなく、過去の関連する記事も参考にして感想を述べてみたいと思います。 今年4月からスキャンしてコンピュータに取り込んである朝日新聞の高等教育に関する記事を見ると、 5月21日; 博士、漂流 任期付き職でしのぐ 6月25日; 個性化問う交付金改革 「競争」へ激変は見送り 7月2日; 大学院予算狭く厚く グローバルCOEプログラム審査公表 年間2.6億円と倍増 9月20日; 私大にも設置方針 文科省「国立偏重」を転換 共同利用型研究所 が手元にあります。 朝日新聞の教育グループには、朝日新聞にしては珍しくできのよい記者がいておもしろい記事を書くので参考になります。 5月21日の記事「博士、漂流」はいわゆるオーバードクター問題です。この件はあらゆるところで議論されていますが、後日私立大学の財務や事業を考えるときに私の考えを書いてみたいと思います。この記事とは独立していますが、8月15日のブログで類似の問題について私のささやかな経験を書いていますので参考にして頂けたらと思います。 6月25日の記事「個性化問う交付金改革」では、あと2,3年で第2期中期計画に入る国立大学法人の運営費交付金をどうするかという問題です。運営費交付金のなんたるかは、8月21日、8月24日、9月1日のブログをご覧下さい。この問題に関しても個人的意見はまだまだ言い足りませんが、後日改めて書いてみたいと思います。 7月2日の「大学院予算狭く厚く」は競争的資金(9月12,13,14,15日ブログ参照)のグローバルCOEの採択結果の報告です。 そして9月20日の「私大にも設置方針」は、文科省が全国共同利用研究所(これが正しい名前)を新しく私立大にも作るらしい、との記事です。 6月25日、7月2日、9月20日の記事の底流には、旧帝大偏重を打破したい、との思惑が見て取れます。 9月20日の記事を紹介する前に「全国共同利用研究所」とは何かを説明しましょう。研究所というのは、研究を本務とする組織ですが、研究と教育は一体であるとの観点から、所属研究者は大学院教育に積極的に関与しています。また多くの研究所が大学に附置されています。センターといって、研究所よりも少し小さな組織も大学内に多くあります。 研究所の中で共同利用型というのは、一専攻や研究室では維持・運転を行うことができない大型装置の建設・維持・管理や、共通のデータベースの整理・管理、文献の収集・管理などを行う組織で、大型装置などを全国の研究者に共同して利用してもらい、高い研究成果をあげるべく設置されたものです。共同利用できる研究者の所属は国公私立を問わず科研費応募資格者に準じているところが多いと思います。共同利用に供する装置の規模としては数10億~100億円程度です。 余談ですが、すばる望遠鏡のように400億円もするさらに大きな装置は大学でも管理が難しいので大学共同利用機関という特別な機関が運営することになっています。研究型独立行政法人も同じような装置を作り始めたのは困ったことです。この問題は9月15日のブログを見て下さい。 それでは9月20日の記事の内容を紹介します。私の簡単なコメントもつけてあります。 「共同利用型研究所は、ノーベル賞につながる研究など我が国の研究活動を引っ張ってきた」 これは正しい認識。 「文科省は私立大も設置対象にするべきだと判断した」 これも問題ない。 ただし、共同利用研究所はその性格からして、まず研究コミュニティの希望する提案を審議し、その上でその設置場所を国公私立を問わず公募によって選別しなければならない。 「審議会の検討を経て08年度中にも実現したい考えだ。『国立大偏重』が指摘されてきた国の研究政策を修正する動き」 ここでは国立大学が風評被害に遭っている。私は新規の共同利用研設立に反対。 「共同利用型研究所には、共同利用のための経費として年間1億~数億円が各国立大の予算に上乗せされている」 研究所の規模にもよるが、共同利用経費は旅費がほとんどで実際はもっと少ないはず。 「全国共同利用研究所を私立大にも置くという文科省の方針転換は、国の研究政策などを巡って指摘されてきた『国立大偏重』『旧7帝大偏重』を改める突破口になる可能性がある」 ここにある「指摘」は風評を根拠としたもの。 次に別のコメントを書きます。 法人になった大学は、自由裁量できる運営費交付金と自己収入で暮らしています。附置された共同利用研も大学の一部ということでその中に組み込まれてしまい、従来は国立大学特別会計の中にあった、共同利用研に設置されるべき装置の費用を賄う事項が予算から消えてしまったのです! 当然のことながら、大学執行部は法人の運営に懸命で、大型予算をかけて他機関の研究者に使わせる装置を作るなど念頭にないのです。 そのため、共同利用研の装置は更新もされないまま老朽化が激しく、「ノーベル賞を生んだ」研究施設も世界と互角に戦うことが難しくなっています。 喫緊に必要なのは、既存の共同利用研究所の近代化を進め、現在でも世界一級の研究所をさらにリノベートすることです。 新しい共同利用研究所を作ることではありません。 実際、これこれの研究分野の新しい全国共同利用研究所を作ってくれ、というような悲鳴が研究コミュニティからでたという話は聞いたことがありません。 所管の文科省学術研究機関課は以上のことを百も承知と思いますが、役人の悲しさ、何とか新予算を獲得しようと知恵を絞って出てきた案かと推察します。 もう一つのコメントは「国立大学偏重」です。 大学教官は主な研究資金を科学研究費補助金(科研費)に応募・採択されて手に入れています。我が国は自慢していいと思いますが、科研費の審査は世界の競争的資金の中でももっとも透明性を持ちかつ公正に行われているシステムと思います。私立大学や国立大学の差もありません。もちろんまだいくつか問題もあり完璧ではないことは認めなければなりませんが。 採択率に少しの差がありますが、それは研究レベルの違いとして理解可能かと思います。 科研費の配分額が国立と私立で大幅に違うじゃないかというもっともな意見がすぐに出るかと思います。この意見をお持ちの方はぜひご自分の大学を調べて大型科研費への応募率(応募数÷応募資格研究者数)を調べ、また採択率も調べ、それらを主要国立大学と比較してみてください。私はその結果をぜひ見てみたいと思います。 科学者たるもの、まずデータを分析してからものを言うようにしましょう。 上に「風評」とあえて書いたのは、科学者が非科学的なまた個人的な根拠を元に、政治家などに直訴して我が国の科学のあり方をゆがめているおそれがあるからです。 科学技術・学術審議会、学術分科会はもう少し頭を使ってほしいものです。 by FewMoreMonths | 2007-09-22 13:28 | 科学政策
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