高等教育と科学・技術に日米の政府はどのくらい投資しているか
 今日から何回かに分けて標記の話題を記録したいと思います。昨今の朝日新聞等の論調を見ると、イラク戦争という一事を取り上げて、アメリカという超大国が力を失い、もはや学ぶことは何もないような印象を受けます。
 こと科学・技術や高等教育の面では、私の個人的な意見は全く異なります。アメリカは厳しい財政事情の中、国を挙げて(今でも超一流の)国際競争力をさらに上げるべく、高等教育や初中等教育の活性化、物理科学を中心とする基礎研究の重点的推進を図ろうとしています。
 我が国においては、初中教育では社会科にしか興味を持たない新聞、膨大な財政赤字の中、財務省による締め付けで高等教育の疲弊は目を覆うばかりです。
 このブログ及びそれ以降のブログで高等教育と科学・技術に関する日米の簡単な比較をしたいと思います。機会があれば、初中等教育の考察も将来行いたいと思います。
 いろいろ数値が出てくると思いますが、ぜひ我慢しておつきあい下さい。それでは第1回を始めましょう。


 高等教育と科学・技術は国家の発展の基礎となるもので、どの国も精力的に推進しています。インドと中国はこのことを十分理解しており、政府が積極的な投資をしていますし、今後ますます投資のスピードを上げていくでしょう。既に宇宙飛行、数学、材料科学の分野では日本に追いつくところまで来ています。しかし、総合的に見ると、インドと中国が日本やアメリカに追いつくにはまだ少し時間的余裕があります。
 実は、日本の科学技術や高等教育が最近停滞しています。政府は膨大な財政赤字を抱えており、2011年までにプライマリーバランスを達成すべく緊縮財政を進めているためです。
 総合科学技術会議は、第3期科学技術基本計画で2006年度から2010年度までの5年間に25兆円の投資を科学・技術にすべし、との提言を行っています。しかし、財務省の主計官などは、総合科学技術会議基本計画専門調査会に出てきては、非科学的で自分に都合のよい資料を持ち出して、日本は科学技術に十分投資をしている、と強調します。財務当局がこのていたらくですから、高等教育や科学技術予算がそのあおりを受けていっこうに増加していません。

 アメリカはあらゆる分野で世界唯一の超大国です。高等教育や科学・技術でもアメリカの強さは圧倒的です。それにもかかわらず、アメリカのナショナルアカデミーは、21世紀にもインドや中国に負けないアメリカ国家を維持するために、提言「Rising above the Gathering Storm」を2005年に発表しました。この報告書の中で、政府の今後の重要施策として、科学・技術特に物理科学(physical sciences)の振興と高等学校までの理数教育の抜本的改善を提言しています。
 この報告書はアメリカの各界、特に政治家に大きな衝撃を与えました。ブッシュ大統領は、2006年一般教書でこの提言を取り上げ、理数教育の充実とともに、物理科学への研究開発投資を今後10年で倍増すると発表しました。名付けてAmerican Competitiveness Initiative略してACIと呼ばれます。
 アメリカ上下両院共和・民主両党の議員も報告書に感動し、ブッシュ大統領のACIは物足りないと予算書を書き換える動きさえありました。2007年会計年度からアメリカ政府は実際に物理科学と理数教育に投資を始めました。

 物理科学の中の狭い一分野ですが、科学研究を仕事としてきた私にとって、アメリカ政府・議会の決意と日本政府の対応を見たとき、もはや年金生活に入り何の役にも立ちませんが、大きな焦りといたたまれなさを感じます。
 まず、ACIが始まる前の2005年ころ、日米が高等教育や科学・技術にどのくらいの投資をしてきたかを紹介したいと思います。まず下の表を見て下さい(クリックすると大きくなります)。

 まず、基本的な量である人口とGDPを比較してあります。左から2番目の列の値がそれで、日本の値を1としたとき、アメリカが何倍かを表しています。アメリカの人口は日本の2.27倍で、GDPは2.73倍というふうに読みます。(実際の数値は右から2番目の列に表してあります。)
 3番目が高等教育(主に大学です)への投資で、アメリカの公的支出は日本の6.6倍です。OECDのデータからとった値ですが、公的支出となっているので、中央及び地方政府の支出の合計と思います。以下この公的支出も政府支出として書きますが、地方政府の分も含まれていることに注意して下さい。
 4番目が科学・技術です。アメリカ政府は日本政府の3.9倍の投資をしています。ただし、大学への予算の内、科学・技術に関係する経費はここに含まれます。
 最後の5番目は競争的資金とよばれるもので、大学などの研究者が研究計画を書いて応募し、審査を受けて合格すればもらえる研究資金のことです。8月21、24日、9月1日のブログで東大、山形大、茨城大の財務状況を紹介しましたが、その中で受託研究等の主な部分がこの競争的資金です。
 我が国の代表的な競争的資金は科学研究費補助金と呼ばれ、日本の競争的資金の約半分を占めています。アメリカ政府の競争的研究資金に対する投資額は日本政府の約10倍です!競争的資金が大学などの研究を支えている主なお金だということに注意して下さい。
 私はよくこんな冗談をいいます。同じ研究を日米が競争してやるとき、アメリカがわれわれの1.5倍の経費をかけても、私は何とかアメリカをやっつけて見せましょう。しかし研究費に2倍以上の開きがあったら同じ研究では絶対に勝てません。そのときは、アメリカの連中がやっていない研究をして、彼らをやっつけざるを得ません。
 
 しかし、一分野の研究に優れていてもだめです。経費の面でアメリカに近づく努力をしない限り、国力の差は急速に開いていきます。
 高等教育への投資も日本は惨めなものです。科学・技術に必要なものは、お金もそうですが、そこで働く研究者の質がもっと大切です。高等教育に対するアメリカの公的支出は日本の約7倍。研究者の質の面でも、日本はアメリカにますます差を広げられているのです。

 産業界における新しいアイデアという面でいうと、アメリカは日本の10倍以上作り出すことは間違いありません。
 そして、アメリカのACIにより、日米の差はますます開いていくのです。  (続く)

by FewMoreMonths | 2007-09-12 11:39 | 科学政策


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