今日は3週間ぶりの抗ガン剤注射日です。あと40分ほどで病院に出かけますので、ちょっと早いですが今日のブログを投稿します。
アメリカ物理学会誌Physics Today2007年8月号にがん治療に関するおもしろい報告があったので、ちょっと専門的ですが紹介します。物理科学を仕事にしてきた私には大変有望な方法のような気がしますがいかがでしょうか。 イスラエル・テクニオンのPalti氏のグループは、約100kHzの周波数で強さがたったの1~2V/cmの電場を印加したところ、がん細胞の分裂を阻止できた、というものです。 理屈はまだ完全にはわかっていないようですが以下のような予想を立てています。「細胞分裂の際の紡錘体は微少管でできているが、微少管は大きな2重極モーメント(+電気と-電気がある距離離れている構造)を持っている。細胞に不均一電場を印可すると大きな2重極モーメントを持つ微少管は電場の方向に引っ張られる現象が起きる。また、細胞内にあるポリマーやオルガネラも大きな2重極モーメントを持っているので電場によって微少管と同じ効果を受ける」。 「細胞に高周波電場をかけたとする。細胞骨格は脂質からできていて、100kHzの高周波に対して大きなインピーダンスを持ち、分裂していない細胞内部の電場は印可電場よりずっと弱くなる。だから通常の細胞は電場の影響をほとんど受けない。しかし、細胞分裂の終わりには、2つの娘細胞が狭いくびれでつながった状態になる。このくびれの方向に電場をかけると、くびれ部分に不均一な強い電場が発生し、2重極モーメントを持った微少管やオルガネラがくびれの部分に引き寄せられてしまう。細胞内物質がくびれに移動することによって細胞分裂が阻害される。細胞分裂を完全に阻止できなくても分裂のスピードを落とすことが可能である。」とのことです。 Physics Today誌8月号19ページから図を2つ紹介しましょう。上に述べた理屈を模式化したのが下の図です(クリックすると大きくなります)。 次の図は、試験管内(in vitro)での細胞分裂の様子を示したものです。a図では普通1時間で終わる細胞分裂が3時間かかっても終わっていません。図b,cでは細胞分裂の最後で細胞が破壊されていることがわかります(クリックすると大きくなります)。 イスラエルではすでにこの方法の治験が始まりました。GBMという脳腫瘍の患者さん10人にこの方法をテストしたところ、腫瘍増大までの平均時間は26週、平均余命は62週でした。他の方法による治療成績ではこれらの値はそれぞれ10週と30週で、まだ統計は少ないですが治療効果があるように見えます。 この治療による副作用は考え難いです。ただ、腸壁などの細胞分裂が盛んな部位には軽度な影響があるかもしれません。しかしその影響の大きさは、腸壁の細胞分裂のスピードとガンの細胞分裂のスピードとの比で与えられるはずですから、ずっと小さいでしょう。 放射線治療は、まさに物理学の知識を応用した方法ですが、高周波電場という手軽な物理現象ががん治療に使えるとは画期的だと思ったのでここに紹介しました。 日本の物理学者もぜひこのような応用研究に積極的にチャレンジしてほしいものです。 by FewMoreMonths | 2007-09-10 08:07 | 科学入門
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