奥飛騨、仕事場近くの山歩き、木々の名前、その4、リンネ、ウプサラ大学
 8月26日の「奥飛騨、仕事場近くの山歩き、木々の名前、その3、チドリノキ」で、チドリノキの葉の形が、同じ仲間のモミジやカエデとあまりに違っていることから、生物の多様性に改めて気づかされた記事を書きました。
 今年は、「分類学の父」と呼ばれるリンネ(Carolus Linnaeus)の生誕300周年に当たります。天皇陛下が5月にウプサラ大学での記念式典に出席し、さらにロンドン・リンネ協会で講演をなされたというニュースは、まだ記憶に新しいところです。
 だいぶ昔になりますが、私は、2,3回国際会議出席や講演のためウプサラ大学を訪問しています。歴史のある大学本館の講堂で講演するときに、文字を持たないバイキングの野蛮国がよくぞここまでの近代国家になったな、などと余分な感慨を持ったものでした。
 ウプサラは大学町ですから、町の端から端まで歩いて行くことができます。また、16世紀半ばに建てられたウプサラ城が町のはずれに残っており、国際会議のバンケット会場はお城の中でした。ウプサラ城の正面から広大な庭園、いや植物園が広がっています。植物に興味のある方は、この植物園で一日をつぶすことができます。妻にウプサラまで同行してもらったこともあります。彼女はガーデニングが趣味なので、私が仕事で大学にいるとき、数日間植物園を歩き回ったと話していました。下の写真は植物園からお城を見た風景です(クリックすると大きくなります)。

 町の中心地には、リンネが研究していたとされる植物園と研究棟が残っています。城の植物園から大学図書館の前そして大聖堂の横を通り、左に大学を見てリンネの植物園まで簡単に歩くことができます。日本では見かけない大木が歩く途中で何本も見かけますが、残念ながら、名前はとんと見当がつきません。まだ修行が足りないことを痛感しました。下の写真は名前のわからない木々を通して大聖堂を見たところです(クリックすると大きくなります)。

 また、国際会議の休日を利用して、リンネの住んでいた家も見学に行きました。あまり記憶が定かではありませんが、ウプサラの町からバスで3,40分のところにその家はありました。まったくの片田舎で、隣の家は麦畑をはさんではるか遠くに見えていました。家の裏は広大な林で、名前の分からない木々が自然のままに生えていました。きっとリンネは、馬車で大学に通ったのではないのでしょうか。木の名前を同定するのを趣味にしてきた私にとって、「分類学の父」の足跡を訪問することができ、大満足でした。

 ウプサラの町の郊外には、ガムラ・スタンと呼ばれる遺跡があります。古墳群があり、バイキングの王の墓のようですが、歴史を予習していなかったのでよく分かりませんでした。また、木造の古いキリスト教会も残っており、スカンジナビアの文明の夜明けも感じることができました。ガムラ・スタンで若い連中と「バイキング料理」を楽しんだ写真がたまたまありますので、余興に貼り付けました(だいぶ昔の写真なので、肖像権も時効になっていると思います)。こんな連中と戦争したら頭から食べられちゃうな、などと余分なことを思いました。ヨーロッパの皆さんは、さぞかしバイキングの侵攻が恐ろしかったことでしょう(クリックすると大きくなります)。


by FewMoreMonths | 2007-09-07 15:56 | 奥飛騨


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