中央公論9月号182-191ページに、北岡伸一東大教授による「『外交革命』に日本はどう立ち向かうか」という論文が掲載されています。
論文は平易な文章で書かれていて、外交音痴の私でも素直に読むことができました。論文の主題は中央公論を読んでいただくことにして、北岡論文の中にいくつも出てくる「至言」とでも言いたくなるような文章を紹介したいと思います。 「歴史を判断するのに現代の価値基準を直接持ち込んではならないという。それには多くの人が同意する。しかし、現実には現代の価値基準は歴史を判断するのに頻繁に持ち込まれており、ますますそうなっていくのではないだろうか。」 この文章は外交だけでなく、すべての事象に当てはまると思います。先日の中越沖地震で柏崎原発が大きな被害を受けました。8月24日朝日新聞の記事「甘かった原発耐震指針」はまさにこの典型的な例です。重要なのは、耐震指針を決めたとき、当時の最新科学・技術の知識を動員していたかどうかが問われるのです。その後の科学・技術の進歩に応じ、また耐震指針に役立つデータの蓄積に応じて、どのように原発耐震指針がアップデートされてきたかが問われなければならないのであって、今の基準で指針を非難するのは的外れです。 「民衆の視点に立つといい、弱者の視点に立つといい、いずれもそれなりに理由のあることである。しかし、歴史は概して力のある少数者が動かしてきた。戦争とか平和とか、人類に大きな影響を及ぼす事件は、最終的には少数の関係者の決定や不決定で起こることが多い。経済発展においても、技術革新を主導するのは少数者である。それゆえ正当な政治史研究は、こうした少数の認識、判断、意思決定に焦点を当ててきた。」 科学史に対してもまったく当てはまる言葉です。 「政策決定の責任を明らかにする政治史や外交史は、少数の権力者に焦点を当てる英雄史観だと貶められ、民衆史、社会史に席を譲らされている。軍事研究は平和研究の片隅に追いやられている。その結果は、しかし、最も重大な影響をもたらす諸決定に対する研究が不十分になるということなのだ。」 至言ですね。日本で戦争が語られるとき、すべてが敗者の戦争史観です。悲惨、むごいとしか出てきません。風化させずに子孫に語り継ぐべきと強調されます。しかし、敗者があれば必ず勝者も同じ数だけあります。日本には勝者の戦争史観がすっぽり抜け落ちています。風化させずに子孫に語り継ぐべき勝者の戦争史観も日本にはあるはずなのですが、それは行われていません。 わが国の大学では、原子爆弾やそれを運搬するミサイルの研究は一切行われておりません。北朝鮮の核実験やミサイル実験に対して正しい具体的な対策が講じられない理由は、まさにこの研究不足が原因なのです。 「メディアは弱者への同情を重視する。そのことは結構だ。しかし、弱者が常に正しいとは限らないから、争いがある場合は常に双方の立場を紹介することが重要だ。しかし、バランスの取れた記述は、しばしば記事のインパクトを弱めることになる。メディアは極端なもの、異常なものに関心を持つものである。」 科学では、研究成果は出るのが当たり前で注目されません。事故の隠蔽や研究不正という異常なことにメディアはすぐ飛びつきます。私事ですが、2年前に研究の際の事故を隠していたとして大新聞2紙に糾弾されたことがありました。密告のメールがあったとやらで、その検証もせずに記事を載せたのです。実験で普通におきる消耗品の故障を、いかにも事件を隠していたと報道されました。同日夕約20名ほど集まった記者さんに事実の説明をしっかりしましたが、その後出た記事では、私が陳謝した、とだけ書かれていました。私がつくばでの仕事をやめたのは、病気のこともありますが、このような報道に嫌気がさしたことも大きな原因でした。 「私は前から提案しているのだが、日本批判の種類はそれほど多くはない。靖国か教科書か竹島か捕鯨か、10件くらいである。どうして反論を用意しておかないのだろう。」 「専門の大学院生と英語の達人を集めたチームを作っておくとよい。それは(批判の起きた場所でなく)東京でやるべきだ。」 「日本批判の中の重要かつ弱い点をピシリと(しかし強すぎない程度に)突いて、日本批判の信頼性をなくすことを目指すべきである。」 「政府の政策に通じていて、かつ、独立した位置にある研究者やシンクタンクやNPOとの連携を強化し、セカンド・トラックを動かして外交を進めていくことが必要である。政府外の専門家なら、政府がコミットしない形で自由な議論をいわば思考実験として行うことができる。そこから生まれた優れたアイデアを政府は取り入れていけばよい。」 この文章は、まさに日本の省庁の弱点を突いたものです。省庁の担当者は、政策の立案に外部の意見を取り入れることを忌避します。省庁には審議会なるものが存在し、有識者の意見を取り入れる仕組みになっているといわれています。しかし、審議会は2時間ほどと短く、提案される案件は既に事務方で作られたものが突然出てきます。したがって、委員は十分咀嚼する暇もなく意見を出し難いし、また重大な反対意見は出しても必ず無視されます。 この提案のように、省庁が大学も含めた識者の意見を素直に汲み取るようになれば、世界における日本の存在感が大いに増すことは間違いありません。 by FewMoreMonths | 2007-09-06 13:35 | その他
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