昨日8月16日は、抗がん剤の効果を評価するため、CT撮像を病院で受けました。9月3日に主治医の先生と写真を検討します。8月20,27日はうれしい注射の休息日ですので、病院には行きません。この間に体力を早く回復させる必要があります
8月12日に、私の大腸がん再々発の記録を一部書きました。その後の経過をここに記録しておきたいと思います。 2006年3月31日職場を去ったあと、4月4日に入院して第1回のオキサリプラチン(商品名エルプラット)+5FUの注射を4月6日に受けることになりました。早めに入院したのは、今後何回も注射をするので、「ポート」と呼ばれる、シリコンでできた中空の梅干みたいなものを胸の上部に埋め込む手術をするためです。「梅干」から細い管が出ていて、それを静脈から心臓の近くまで挿入して抗がん剤の注入効率を上げるそうです。これが案外楽な作業で、またこのポートのおかげで、それ以後の注射が本当にスムーズにいき、小さなところにも進歩があるものだと感心しました。 4月6日から注射開始。オキサリプラチン+750mg5FUの注射はいいのですが、そのあと3750mgという大量の5FUをペットボトルのようなものに入れて48時間ゆっくり注入するのにはびっくりしました。しかし、いやだとはいえません。強力な吐き気止めを服用するのですが、翌日の朝は吐き気がひどく、食事はほとんどだめ。病院食よりも、早く家に帰ってとにかく食べれる物を探すのが先決と、4月9日ほうほうのていで退院しました。「抗がん剤治療その3」にも書きましたが、パンとチーズと果物が食べられることが分かり、ようやく安心しました。 第2回目以降は通院治療です。しかし、病院が家から車で1時間ちょっとかかるところにあり、帰りが大変つらいのです。注射もマニュアル通り行われますので、主治医の先生に無理を言って、自宅から車で30分弱のところにある病院に転院をお願いしました。先生にもご了解頂き、2006年5月下旬に新たな先生の元で注射を継続しました。新しい主治医の先生も化学療法の権威ですので安心です。 とにかく病院が家に近いということは、特に緊急の場合とても大切です。私は副作用として、今年1月にイレウス、4月に間接性肺炎になりましたが、緊急に病院に行くことができ、本当に助かりました。この点は、他の方にも大いに参考になるかと思います。 話は変わりますが、腫瘍マーカーという血液検査があります。がん細胞は、その種類に応じて特異的な微量物質(たぶんたんぱく質)を血液中に放出するそうで、その量を測定することにより、腫瘍の活動度が分かるという、大変優れた指標(マーカー)です。私のがんは大腸がんですので、CEA、CA19-9という腫瘍マーカーをモニターします。それらの正常値は、それぞれ、5未満、37未満です(単位省略)。 私は数値を扱う仕事をしてきたので、腫瘍マーカーもデータ解析の対象にしてしまいます。主治医の先生から数値を頂いて、その時間変化を表したのが下の図です。縦軸が腫瘍マーカーの数値を「対数目盛り」で表し、横軸は「年月日」を示します。図の上枠のところにある小さな赤や青、黒の矢印は3種類の抗がん剤を注射した年月日を表します。x印は注射を休んだ日です。(図をクリックすると大きな図が現れます。) 科学者なら、これ以上の説明は不要でしょうが、非科学者のためにちょっと説明します。「抗がん剤治療その2」に書きましたが、2005年9月に再々発がんが右肺に見つかってから4月6日まで放置しました。この間、CEA(赤線)は35から300まで上昇しました。がんが恐ろしく活発になっていることを示し、特に2月以降指数(赤線の上がり具合)が大きくなり、そのときから咳も頻発し始めたので、だいぶ心配しましたが、主治医の先生は平気な顔をされていました。 抗がん剤注射を始めたのは、先ほど書きましたように4月6日です。書き忘れましたが、翌日ひどかった咳がぴたりとやみました。これには驚き、薬が効いているのかなと喜びました。しかし、その後注射を継続したのにもかかわらず、5月にCEAが500になりました。物事には必ず「慣性」があるもので、この数値の増大は、オーバーランの可能性がありました。予想通り、5月下旬からCEAは指数関数的に下がり始め、2006年8月には32になりました。万歳! 8月始めに、どうしても出なければいけない用事が前から入っていたので、注射を1回キャンセルしました。驚いたことに、8月の定期CTスキャンで両肺に影が見つかりました。まったく自覚症状のない肺炎です。抗生剤を1週間投与して影はたちまちなくなりましたが、次の注射もキャンセルせざるを得ませんでした。 その効果はてきめんで、腫瘍マーカーは上昇、その後の注射にも抵抗を示して値が下がらなくなりました。10月に1度注射を休むとマーカーはたちまちジャンプしました。その後、腫瘍マーカーは少し下がったものの、12月からじりじりと上昇を続け2007年1月には、CEAが50になりました。 2006年8月から抗がん剤の効きが悪くなったのは明らかです。それが、注射を2回キャンセルして継続性が失われたためなのか、5ヶ月で既にオキサリプラチンの効果がなくなりつつあるかのどちらかです。先生にお聞きしましたが、よく分からないというのが本当のところのようです。 まるで人ごとのように記録をつけていますが、研究者として一生を送って来た者の悲しい性です。 (続く) by FewMoreMonths | 2007-08-17 11:07 | 大腸ガン治療経過
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