余録

文字サイズ変更

余録:「つじ立ち」新首相

 平安後期の歴史物語「大鏡」に藤原道長らの母となる時姫の「つじ占(うら)」の話がある。つじに出て、通りがかりの人の話から吉凶を判断するつじ占だが、とくに夕暮れ時に行うそれを「ゆうけ」という。時姫はゆうけのため二条大路に出た▲すると姫の前にすごい白髪の女が現れて言う。「思いはすべてかない、この大路より広く、長く栄えましょう」。「大鏡」は、人でなく何かの霊が姫の未来を示したのだろうと記している。昔、人の行き交うつじは、この世ならぬ神霊や怪異の現れる場所ともされた▲ならば約四半世紀にわたり連日のように千葉県船橋市の駅前などで「つじ立ち」を続けた野田佳彦新首相のことである。2011年夏の自らの運命を神霊から告げられたことがありはしまいか。いや、今から思えばあれが予言なのか、と思う言葉はあるかもしれない▲念のためながら「つじ立ち」とは政治の世界で政治家の街頭活動を指す。「大声で訴えるというより、ひとりひとりに声をかけ、控えめな感じ」とは街頭で野田氏を見た人の感想だ。政治家にとってのつじ立ちは、市民の気持ちや景気の実態を肌で知るつじ占でもある▲このつじ立ちが「コツコツ」取り組む政治活動なら、一方で政治家は時に「プッツン」せねばならぬと述べていた新首相だ。「プッツン」は果敢な決断のことだろうが、まずは小沢一郎民主党元代表に近い輿石東氏の党幹事長起用から始まったトップリーダーの采配だ▲看板の「挙党態勢」の象徴としたいこの人事、はてさて街頭でつじ占をすればどんな吉凶になるのか。長年のつじ立ちで得た霊力のほどが試される新首相だ。

毎日新聞 2011年8月31日 0時06分

PR情報

スポンサーサイト検索

余録 アーカイブ

8月31日平安後期の歴史物語「大鏡」に…
8月30日「自分の閥を固め、軍には十分な報酬を与えよ…
8月29日「チャイナクロス現象」という言葉がよく使われたのは…
8月28日菅直人首相が福島県入りし…
8月27日その昔、太平洋のポリネシアのある部族の王は…
8月26日作家の岡本綺堂は明治の日本橋魚河岸の…
8月25日金遣いの荒さで知られた喜劇役者の藤山寛美は…
8月24日「汎アラブ色」と呼ばれる四つの色がある…
8月23日金が史上最高値を更新して…
8月22日オマケといえば景品や添え物に違いないが…
8月21日「夢さ向がってけっぱれ!」と青森県立弘前中央高校の…
8月20日「うそだろう」と言われたら「私は信じる」と…
8月19日全長3メートル近い舟の模型に…
8月18日退陣後にゆっくり読むつもりだろうか…
8月17日朝、団地の玄関ドアの郵便受けから新聞を取ろうとして驚いた…
8月16日迷路とは昔から人を引きつけるものらしい…
8月14日「五時から部会があったが、出席者は…
8月13日民俗学者の柳田国男は「力飯」「力米」と…
8月12日「今昔物語」にはかぐや姫の要約版のような話がある…
8月11日暴動法--ザ・ライオット・アクトは…
8月10日古代ローマのプリニウスの「博物誌」によると…
8月9日<迎火やをりから絶えし人通り>は…
8月8日イスラムの女性が身にまとうコートには…
8月7日119万余と116万余…
8月6日米国に亡命した伊物理学者フェルミは…
8月5日「子子子子子子子子子子子子」。さて、どう読むのか…
8月4日「炎天の地上花あり百日紅」は高浜虚子の句である…
8月3日「ラマダンが来ると楽園の門が開かれ…
8月2日辞書を見ると「機関」と書いて「からくり」とも読む…
8月1日松尾芭蕉は俳諧紀行「奥の細道」の旅で…
 

おすすめ情報