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第4章 被ばく線量評価

1.線量評価は何故必要か

被ばく患者に対する医療では、受けた放射線の線量を評価(推定)することが極めて重要です。 その理由は、被ばく線量の多寡によって以後の症状、治療内容や予後が決まるからです。被ばく をした患者が放射線業務従事者であって、フィルムバッジやポケット線量計等の個人線量計を装 着していれば、それによる計測値が参考になります。但し、被ばく事故の場合、身体が受けた線 量は部位により異なる(不均等被ばく)のが普通です。従って、線量計の指示値が低い場合でも 全身への影響を予測するためには線量評価を行う必要があります。

次の様な方法で線量を評価することができます。1)臨床症状、検査データからの線量評価、2) 染色体分析による線量評価、3)電子スピン共鳴(ESR)法、4)事故現場の再構成による線量評価、 5)中性子被ばくの場合には、放射化Na-24 測定による評価、6)体内汚染に伴う内部被ばく線 量は生体試料の測定によって行います。


2.線量評価法

被ばく患者が搬入されたとき、通常行う順に評価法を記します。

(1)外部被ばくの場合の線量評価

1)臨床(前駆)症状からの線量評価

全身に被ばくをした場合、被ばく患者が被ばく直後から48時間以内に呈する前駆症状や検査 (特に血液検査)データから、医療的に最も意味のある線量の推定することができます。特別な 測定装置を必要とせず、簡便です。

吐き気、嘔吐、下痢、発熱、神経症状等が前駆症状として出現しますが、線量により出現時 期や種類が異なります。線量が高いほど、前駆症状の頻度と重症度が高まり、出現時期も早ま ります。等しい線量の急性被ばくであっても、数分以内に全線量を受けた場合と、数時間以上 にわたって受けた場合では、前駆症状の出方が異なります。前者の方が前駆症状の頻度と重症 度が高まります。線量と前駆症状の関係の表を示します。


前駆症状からの推定線量早見表(急性全身被ばくの場合)
症状と全身
被ばく線量
方針
1〜2Gy 2〜4Gy 4〜6Gy 6〜8Gy >8Gy
嘔 吐 発現時期
発現頻度
>2時間
10〜50%
1〜2時間
70〜90%
<1時間
100%
< 30 分
100%
< 10 分
100%
下 痢
発現時期
発現頻度
なし

なし

軽度
3〜8時間
< 10%
重度
1〜3時間
> 10%
重度
数分〜1時間
ほぼ100%
頭 痛
発現時期
発現頻度
軽微

軽微

中等度
4〜 24時間
50%
重度
3〜4時間
80%
重度
1〜2時間
80〜90%
意 識
発現時期
発現頻度
障害なし


障害なし


障害なし


障害の可能性


消失(秒〜分)
数秒〜数分
100%(>50Gy)
体 温
発現時期
発現頻度
正常

微熱
1〜3時間
10〜80%
発熱
1〜2時間
80〜100%
高熱
<1時間
100%
高熱
<1時間
100%


2)臨床検査(血液)データによる被ばく線量の推定

@リンパ球数による線量推定(被ばく当日〜7日目):

リンパ球は放射線感受性が高く、被ばく後、早期に細胞死(アポトーシス)が誘導されます。 図1は旧ソ連邦の科学者が豊富な臨床経験を基に纏めた被ばく線量とリンパ球数の関係を示し たグラフです。データを採った被ばく後の日数とリンパ球数をこのグラフに当てはめると容易 に被ばく線量が推定できます。但し、リンパ球数は過度のストレスや副腎皮質ホルモンの投与 によっても減少します。このため、被ばく直後はリンパ球数に影響する放射線以外の要因も重なりますので注意が必要です。


唾液腺も放射線感受性が高く、0.6Gy 以上の被ばくがあると当日から2〜3日間、血清アミ ラーゼ値が上昇し、顎下腺や耳下腺が腫脹し、圧痛が見られます。しかし、血清アミラーゼ値の 上昇は個人差が大きいため、これによる線量推定は難しいとされています。

A好中球数による線量推定(被ばく後1〜4週):

末梢血の顆粒球の動態を調べると、線量を推定することが出来ます。図2も旧ソ連邦の科学者が臨床経験を基に 纏めたものです。グラフの折れ線の肩に附ってある数字は、被ばく線量(Gy)を表します。リンパ球数の減少に比し て顆粒球数が低下し始める時期は遅く、顆粒球の動態は残存する造血幹細胞の絶対数を反映しま す。9〜 10Gy 以上の被ばくでは、造血幹細胞が枯渇するので顆粒球数は肩の無い直線で減少します。


3)リンパ球の染色体分析による被ばく線量の推定(1Gy 以下の場合は必須)

被ばく線量が1Gy 以下の場合、リンパ球数や好中球数で線量を精度よく推定することは困難で す。その場合には感度と精度の高い染色体分析が用いられます。この方法の感度は放射線の線量 と線質に依存し、検出限界は、γ線やX 線の場合約0.2Gy、核分裂に由来する中性子線の場合約 10 〜 20mGy です。被ばく線量が4〜5Gy を超す被ばくではリンパ球は細胞周期(図3)G1期の 停止状態にあり、分裂刺激物質フィトヘマグルチニンPHA で刺激してもなかなか細胞分裂しない ので、premature chromatin condensation (PCC)法という方法が使われます。染色体異常には、安 定型染色体異常(染色体の転座や逆位、中間欠失、端欠失等)と、細胞が分裂すると失われる不安定 型染色体異常(二動原体、環状染色体、染色体断片)があります。被ばく早期であれば、分裂像を数十 から数百個検査し二動原体や環状染色体の出現頻度を調べて被ばく線量を推定します。


被ばく後長期間経っている場合には、安定型染色体異常を指標に線量推定を行います。染 色体の多重染色法を用いる方法が開発されており、検出感度が向上しています。安定型染 色体異常を用いた評価は、被ばくして分裂機構に障害を受けたリンパ球の方が非被ばくリ ンパ球に比較して生存期間が短いため、線量の過小評価になる傾向があるので注意が必要です。

リンパ球を用いた染色体分析には熟練した技術が必要です。放射線医学総合研究所に相 談するか分析を依頼してください。放射線医学総合研究所では、研究所内の専門家のみならず 染色体の専門家を集めたネットワークを組織しています。


4)歯のエナメル質、貝殻ボタン、白砂糖による線量測定( 電子スピン共鳴:ESR)

電離放射線は、物質に当るとその構成原子の電子を弾き飛ばし、電子軌道上に不対電子を持 った原子を作ります。生成される不対電子数は放射線量に比例します。普通こうした原子を持 った分子は寿命が短いのですが、歯のエナメル質や貝殻ボタン、白砂糖等では安定に存在し続 けます。不対電子は磁性を持つため、磁場の中にサンプルを置き特定波長のマイクロ波を照射 して不対電子数を測定することができます(ESR)。被ばく後早期であれば、爪や木綿服 もESR シグナルを出しますが、時間と共に消滅します。従って、被ばく患者や着衣から測 定試料が採取できる場合は集めておくことが必要です。測定には特別な装置が必要なの で、専門機関等へ依頼することになります。


5)事故現場の再構成による線量評価

事故現場の状況を再構成して、シミュレーション計算で被ばく線量を推定することが 出来ます。これには時間を要しますが、推定精度は事故時の状況についての情報の精度に よって決まります。被ばく線量を決める要素は@線源の強さ、A線源からの距離、B遮へ い物の状況とこれらの位置関係、C被ばく時間です。事故時の記憶が曖昧にならない内に 詳細な聞き取り調査をすることが大切です。

6)局所被ばくにおける線量推定(皮膚反応による推定)

被ばく当日や翌日に初期紅斑とよばれる皮膚の紅斑が認められる場合があります。初期紅斑の 出現や被ばく後2週以降に始まる脱毛、放射線皮膚障害の重症度からも、おおよその線量が推定 できます。全身被ばくの場合と異なり、臨床症状や血液データから早期に線量を推定することは 出来ません。注意深い皮膚の観察が必要です。被ばく部位に爪が含まれている場合は電子スピン 共鳴(ESR)法で線量評価が可能なこともあります。


皮膚反応の重症度、発現時期と局所被ばく線量の関係
症  状 線量範囲(Gy) 発現時期(日)
紅斑 3〜10 14〜21
脱毛 >3 14〜18
乾性落屑 8〜12 25〜30
湿性落屑 15〜20 20〜28
水疱形成 15〜25 15〜25
潰瘍 >20 14〜21
壊死 >25 >21


7)中性子線量の評価(放射化Na-24 による推定)

臨界事故のような場合に中性子を被ばくすると、ある頻度で中性子がNa-23 の原子核に捕獲さ れ、Na-24 という放射性同位元素になります。Na-24 は15 時間の半減期でMg-24 に変わります。 この際、陰電子( β線) とγ線が放出されます。γ線を測定することによってNa-24 の量を推定 できます。このため中性子線被ばくでは内部被ばくをしていると誤ることがあります。この体内 にあったNa-23 の絶対量とNa-24 の絶対量から中性子線の密度が推定できます。さらに中性子 のエネルギー・スペクトルが推定できれば、そこから被ばく線量が計算できます。中性子エネル ギーの推定は、@ IAEA Technical Report Series 180 に与えられているスペクトル、A臨界集 合体を模擬した1次元拡散計算コードANISN により計算したスペクトル、B臨界集合体を模擬し た3次元モンテカルロ計算コードMCNP-4B により計算したスペクトル等を用いて行ことができま す。これらは放射線医学総合研究所などの専門機関に相談して下さい。放射線医学総合研究所で は、研究所内の専門家のみならず物理学的線量評価の専門家を集めたネットワークを組織してい ます。

(2)内部被ばくの場合の線量評価

内部被ばくの線量評価には高度な専門知識が必要です。疑わしい場合には、放射線医学総合研 究所に連絡し、指導と援助を受けることが肝要です。

1)γ線放出核種による内部被ばくが疑われる場合(詳細についてはP.48 〜 P.51 参照)

ホールボディカウンタと呼ばれる全身測定装置が使われます。この場合、着衣に汚染が無いこ とを確認しておくこと、また、汚染がある場合は脱衣した上で体表面にも汚染がない状況で測定 することが必要です。中性子被ばくで体内にNa-24 が生成している場合にはこの方法で測定でき ます。ホールボディカウンタは地域の二次被ばく医療機関や大学医学部附属病院に整備されてい ます。

2)経気道、消化管さらには創部からの内部被ばくが疑われる場合

@鼻腔、口角スメアによって核種の同定と体内 汚染の有無の推定が可能です。

採取したスメアろ紙または綿棒を乾燥し、表面汚染測定用サーベイメータまたは放射能測定 装置を用いてα線、βγ線をそれぞれ測定します。創部からの汚染が疑われる場合は、創部の 洗浄液の放射能を調べます。(詳細についてはP.52 〜 P.53 参照)

A排泄物等の生体試料の放射能測定から線量評価を行います。

以下の手順で行います。

・排泄物の採取

・排泄物の保管

・測定試料作成

・放射能測定、核種分析

・内部被ばく量の推定

排泄物の採取法(詳細についてはP.54 〜 P.55 参照)

排泄された尿、便の全量を被ばく後少なくとも3〜5日間は24時間毎に溜めます。その後は排 泄曲線が描ける程度の時間間隔で採取します。

B放射能測定・核種分析(詳細についてはP.54 〜 P.55 参照)

尿は灰化、沈殿による濃縮後、共沈、イオン交換、溶媒抽出により分離、便は灰化し測定試料 を作成します。測定試料作成法は、核種により異なります。




ホールボディカウンタでの測定や、線量評価が必要な患者

二次被ばく医療機関で対応する患者として、原子力災害時等で救護所、初期被ばく医療機関か ら除染、内部被ばく測定や線量評価が必要な患者が移送されてきます。

このような患者は、残存汚染の部位や汚染レベル等が「スクリーニング測定記録票」や「除染 記録票」に記載されていますので必ず確認します。汚染している放射性物質に関する情報は、放 射線測定や線量評価に必要ですので、不明の場合は災害対策本部医療班や事業者等に確認して下 さい。

身体表面や創傷部の除染に当たっては、除染前後の汚染している範囲、汚染密度等を記録しま す(除染方法については、「第2章」参照)。

除染しきれずに汚染が残存する場合は、患者に不安を与えないためにも必ず線量評価を行い被 ばく上問題のないことを説明します。

体内汚染があるまたは疑われる患者に対しては、原則としてホールボディカウンタ(放射性ヨ ウ素の摂取がある場合は甲状腺モニタ)で、体内の放射能を測定し摂取量から内部被ばくによる 実効線量を評価します。

ホールボディカウンタ検査を行う目的は

@内部被ばくがあり、その被ばく線量が大きいことが事故状況や鼻腔スメア検査等から予測さ れ、内部被ばくの治療のために線量評価を行う。

A身体汚染事故が起こり体内被ばくの可能性があり、念のため内部被ばくの有無や程度を明確に する。この場合は医学的、放射線学的な対応よりは、心理的、精神的、社会的に本人もしくは 周囲の人たちに安心を与える目的で行われる。

内部被ばく線量評価で重要なことは、放射性核種の体内での挙動です。放射性核種が摂取され てから測定までに時間が経過していれば、測定以前に生じた内部被ばく線量も考慮する必要があ ります。従って、放射性核種の摂取時期、摂取経路および物理化学的な性状に関する情報が内部 被ばく線量評価に欠かせません。


図1 患者の体内放射能測定の流れ


ホールボディカウンタでは、測定時に体内に残留している放射性核種の量がわかりますので 摂取時点の放射能量を算出し、放射性核種の実効線量係数(組織・器官の場合は等価線量係数) (mSv/Bq)を乗じて預託実効線量(預託等価線量)を求めます。Co-60、Cs-137 等数核種につい ては線量値の計算までプログラムされていますが、それ以外の核種については体内残留率等のデ ータを用いて計算しますので、放射線医学総合研究所に連絡し、指導・援助を受けるとよいでし ょう。

γ線を放出しない核種(例:プルトニウム)は、ホールボディカウンタでは測定できないため 患者の排泄物(尿、便)の全量を3〜5日分採取し、排泄物中に含まれる放射性物質量から被ば く線量を評価します。生体試料測定は、高度な分析・測定が必要なため、放射線医学総合研究所 に連絡し、指導・援助を受ける必要があります。

実効線量(等価線量)の計算については下図を参照して下さい。


実効線量の計算


摂取量の求め方


放射性核種の実効線量係数、全身残留率、排泄割合等は、ICRP(国際放射線防護委員会 http://www.icrp.net/)にデータが記載されています。また、放射線医学総合研究所ホームページ (http://www.nirs.go.jp:8080/anzendb/RPD/gpmdj.php)で以下の計算データが参照できます。こ のデータベースは、全身計測、生体試料測定等の個人モニタリングの計測値から摂取量や預託実 効線量を評価する手助けになります。

利用者は、作業者あるいは公衆により、吸入もしくは経口摂取された放射性核種に関し:

(a) 体内残留率や排泄率 

(b) モニタリング計測値当たりの預託実効線量

のグラフを得ることができます。

内部被ばくによる実効線量が20mSvを超えるような患者の場合は放射線医学総合研究所と連絡 を取り対処方法を決めます。キレート剤等の使用に当たってはインフォームドコンセントが必要 になります。



鼻腔スメアの採取と測定、評価

1.鼻腔スメアの採取と測定

鼻腔スメアは、放射性物質を吸入摂取した恐れのある汚染、被ばく患者に対して、鼻腔の汚染 物をふき取り法等によって採取し、その放射能の測定を行うものです。簡便かつ短時間に吸入摂 取の可能性を知ることができるため、放射線管理の現場でも広く実施されています。

鼻腔内の汚染の採取は、ろ紙を巻き付けた綿棒を利用する方法やティッシュペーパー等で鼻を かませる等の方法があります。鼻腔スメアで注意すべきことは、採取の際、鼻粘膜を傷つけない ことです。

ろ紙を巻き付けた綿棒を利用する鼻腔スメア法の実施例を以下に示します。

(1)綿棒にろ紙等を巻き、鼻腔の左側用、右側用を2本1組にして試料袋に収納し準備します(図1)。


(2)鼻腔内をスメアし、鼻腔の左、右の採取年月日、場所、氏名等の必要事項を試料袋に記入します(図2)。


(3)採取した鼻腔スメアろ紙をピンセット等で綿棒から取り外し、あらかじめ両面テープを貼った試料皿にろ紙を左右まとめて固定します(図3)。

(4)赤外線ランプ等で試料を乾燥させます。

(5)放射能測定装置で測定します。放射能測定装置には、α線用のZnS(Ag) シンチレーション検出器とβγ線用のGM 計数管を組み合わせた放射能測定装置または低バックグランドガスフローカウンタが一般的に使用されています。


2.鼻腔スメアによる評価

鼻腔スメアは、前述したように簡便かつ短時間に吸入摂取の可能性を知る方法として有効です が、摂取量と鼻腔内への沈着量の関係あるいは沈着量とふき取り量の関係にはばらつきが大きい ため、より詳細な測定の必要性を判断するための方法と考えておくことが適切です。

医療処置の判断等のため大まかに摂取量を推定することが必要な場合があります。このような 場合には、鼻腔スメア試料の測定値から経験値等を用いて摂取量を推定し、排泄促進のための薬 剤の投与が必要かどうかを判断する際の目安とすることができます。例えば、過去のプルトニウ ム酸化物の吸入摂取の事例によると、鼻腔スメア測定値の約10倍が吸入後3日〜5日間の便中に 排泄されるとの経験が得られています。ただし、鼻腔スメア測定値と摂取量の関係は個人差およ び吸入した放射性物質の粒子径等に依存するため、取扱いに当たっては十分な注意が必要です。 三次被ばく医療機関等の線量評価の専門家と相談するとよいでしょう。



生体試料測定のための試料採取

α核種あるいはβ線のみを放出する核種の内部被ばくの有無を判定し、大まかな摂取量を評価 するための簡便な方法として、鼻腔スメア法があります。鼻腔スメア法は鼻腔内に付着した放射 性物質を綿棒でふき取り(スメア)、それを放射能測定装置によって測定するもので、放射性物 質の吸入直後ないしは数時間以内に鼻腔スメアが実施された場合には適切に内部被ばくの有無の 判定を行うことができます。ただし、鼻腔スメアに基づく摂取量の推定値は誤差が大きく、初期 的な対応方針の参考とするなどの限られた状況で用いられます。原子力施設における内部被ばく 事象の場合には鼻腔スメアの採取は事業者により行われます。

被ばく線量の正確な値を得るためには生体試料測定法による体内摂取量の評価および線量評価 が必要となります。生体試料測定用の試料の処理および放射能測定は事業者側で実施することに なるので、以下では主として二次被ばく医療機関が実施する試料(尿および便)の採取方法を中 心に述べます。

1)試料採取の概要

生体試料測定法では、1回の試料中の放射能から体内量を推定することは困難であり、一定期 間の尿、便中の放射能から放射性核種の体内での代謝モデルに基づき体内量を推定します。一般 的には、呼吸器や胃腸管から血液へ移行する速度が数日から数週間以内のウランおよびストロン チウム化合物、硝酸プルトニウム等のいわゆる移行性の化合物に対する生体試料測定では尿試料 を用い、それ以外の酸化プルトニウム等の非移行性の化合物については便試料も並行して用いら れます。実際には、摂取直後に移行性の化合物か、非移行性の化合物かを判定することは困難な ため、プルトニウム等の超ウラン元素については、尿と便の両方を採取することが適当です。

2)尿試料の採取

プルトニウム等の超ウラン元素およびウラン、ストロンチウムを対象として実施します。精度 良く体内量を評価するためには1日(24 時間)に排泄された全量を数日間採取する必要があり ます。採取時には汚染した衣服、身体から汚染が試料に移行(クロスコンタミネーション)しな いように、衣服の取り替え、皮膚の汚染がある場合にはその除去を試料採取の前に実施するなど の注意が必要です。採取容器および試料運搬容器には、採取のつど患者の氏名、採取日時および 前回の採取日時、採取場所、薬物の服用または医療用RI 投与の有無を記入します。採取した試 料は1日分ずつをまとめて、事業者に引き渡します。緊急に体内量を評価する必要がある場合は 尿中のクレアチニン量により、1日量に換算することも可能であり、測定について事業者と協議 する必要があります。

3)便試料の採取

プルトニウム等の超ウラン元素を対象として実施します。放射性物質の吸入直後から3日間な いしは5日間程度の全排泄を試料として採取します。吸入摂取の場合は、排泄に時間がかかる場 合があり、1週間程度採取することが望まれます。尿試料採取と同様にクロスコンタミネーショ ンが生じないように注意します。試料は、1排泄量を1試料として採取期間の全排泄物を採取し ます。採取容器には採取のつど患者の氏名、採取場所および採取日時(時刻まで)を記入します。

4)内部被ばく線量の評価

生体試料測定試料の放射能測定、内部被ばく線量の評価は事業者が実施します。線量の評価で は、生体試料測定試料の測定から求まる放射性物質の排泄率[Bq/ 日] から摂取量を求め、この 摂取量に法令に定められた単位摂取量当たりの実効線量(実効線量係数)を乗じて実効線量を評 価します。参考としてPu-239、240 の吸入摂取に対する排泄率曲線を示します。なお、原因の究 明やその他の医学的な見地から、より詳細な追跡調査や被ばくした患者の個人的なパラメータに 基づいてさらに詳細な線量評価が行われることもあります。


図1 Pu-239、240 の急性吸入摂取後の1日当たりの便中排泄

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