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【日本版コラム】紳助引退の報で考えた、広く情報求める意義

ウォール・ストリート・ジャーナル 8月30日(火)9時59分配信

 お笑いタレントの島田紳助氏(本名・長谷川公彦)が突然の芸能界引退を発表した。多くの冠番組を抱える人気者であるだけに、このニュースは驚きをもって迎えられた。ボクシングの元世界チャンピオンである渡辺二郎氏を通じて、山口組系暴力団の幹部と親密な交際をしていたことが、メールや手紙などによって明らかになったのが、引退決意の主な要因として報じられている。

 テレビなどで引退の第一報が通じられた直後に、インターネット上で一般の人々が発する感想を見ていると、中には「ヤクザと知り合いであるというだけで、なんで引退までしないといけないのだろう」「暴力団の人とメールをやりとりしただけで、とがめられるのか」との声も見かけた。また、著名人の中にも、引退を当然視するより才能を惜しむような声が目立った。

 テレビや新聞では、島田氏の記者会見の内容を伝えた第一報に続き、視聴者・読者の反応や、吉本興業による発表に関する専門家の分析、コメンテーターの感想などがこれまで主に報じられている。また、記者会見では明かされなかった真相が何かあるはずだという疑問を提起する声も多少は報道されている。だが、テレビや新聞などでは、よほどの確証がない限り、それ以上深堀りした「裏の真相」を報じることは、正直しづらいというのがこれまでの慣例だ。まして今回のケースは、暴力団との関係が深かったこと、島田氏と暴力団幹部が親密になったきっかけが右翼団体への対応であったことなど、メディア、中でもテレビや新聞などが神経質にならざるを得ない題材が揃っている。

 こういった時に頼れるのが週刊誌である。週刊誌の中吊り広告の惹句は羊頭狗肉で、実際の記事を読むと中身がスカスカでガックリという経験は非常に多い。また、確認不十分のまま書いているとしか思えないいいかげんな記事もよく目にする。しかし、そういった「釣り」や「飛ばし」があるという理由だけで、週刊誌には当てにできる情報がないとあきらめてしまうのは惜しい。

 週刊誌より新聞のほうが信頼度が高いと考えるのが一般的だが、実は同じ人物が内容によって媒体を書き分けている例もあるのだ。新聞記者が「アルバイト原稿」と称して週刊誌などに匿名で寄稿するのは、業界ではよく知られた習慣だ。自分が所属する新聞では書くことを許されない、タブーに近いようなことを週刊誌で書くわけである。とは言え、新聞記者が週刊誌にも書いているから情報の精度が高いとばかり言っているわけではない。週刊誌のみに書く記者の中にも、新聞やテレビ以上に取材源に肉薄し、なかなかあぶり出せなかったような事実を報じている記者が多いのである。

 島田氏が引退した理由は暴力団幹部との親密交際であり、メールのやりとりまで明らかになったことが引退の決定打になったような報道が新聞などでなされているが、実はすでに同じ内容が4月末発売の週刊現代(5月14日号)で報じられていた。執筆者はノンフィクションライターの森功氏。大阪府警が暴力団幹部の自宅を家宅捜索した際、島田氏が幹部に宛てた直筆の手紙を押収したことなども、森氏の取材によって暴かれていたのだ。

 約4カ月前に報じられていた問題が、なぜ今になって芸能界引退の主因になりうるのか。吉本興業の稼ぎ頭であり、視聴率男の異名を取る人気者が、なぜ暴力団とのメールのやりとりだけで引退しなければならないのか。この素朴な疑問について明確に答えを出したメディアはない。発売されたばかりの週刊現代9月10日号では前出の記事の内容に加え、さらに多くの事実を明らかにする長い記事を掲載している。また、最新号の週刊ポストにも今回の件を多面的に分析した記事が掲載された。記者会見直後に発売された週刊文春や週刊新潮は、時間があまりに足りなかったためか、それほど深くえぐった内容の記事はなかった。かといって、新聞やテレビは奥歯に物がはさまったような報道に終始している。このようなデリケートな問題は、やはり週刊誌が先行していると思わざるを得ない。

 深く背景を知りたいと願う事象は、何も今回の引退騒動だけには限らない。どんな出来事であれ、それが社会的に大きな影響を生むものであれば、人間の本来的な欲求として、幅広く深く情報を得たいと願うものだ。そういった時に、新聞やテレビだけに頼るのではなく、かと言って週刊誌のみしか読まない、ネットでの情報しか追わないといった偏った情報入手方法をとらず、まんべんなく情報を求めることが大切である。

 新聞もテレビも、また週刊誌やネットメディアも一長一短。それぞれに得意分野があり、逆に報道しづらい不得意な分野もある。ただ、より真相に迫るには、多様なメディアに接して断片的な事実を集めることが肝心だ。バラバラになったジクソーパズルを組み立てるように、読み手自身が主体的に読み解くことが大事なのである。

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金井啓子(かない・けいこ)

 Regis College(米国)と東京女子大学を卒業。ロイター通信(現トムソンロイター)に18年間勤務し、ロンドン、東京、大阪で記者、翻訳者、エディターと して英語・日本語記事を配信。2008年より近畿大学文芸学部准教授。英語やジャーナリズム関連の授業を担当。「ロイター発 世界は今日もヘンだった」 (扶桑社)を特別監修。日本テレビ「世界一受けたい授業」、関西テレビ「スーパーニュースアンカー」への出演、新聞でのコラム執筆の経験を持つ。

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最終更新:8月30日(火)9時59分

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