お待たせしたな
それじゃあ、『第2回 駆動』始めるぜ
駆動
「よう、トビー。いい時に来たな」
僕にそう声をかけると、ミヒュトはカウンターの中でもぞもぞと身じろぎした。食べていた焼き菓子を膝の上に置き、粉砂糖まみれの両手をぱんぱんと叩く。薄暗い店内に、甘い香料と焼きリンゴの匂いが広がった。
「ちょうど今、商品が届いたとこさ」
ミヒュトは上半身をひねって、背後の戸棚から古雑誌の紙に包まれたものを取り出してよこす。
「今回はなんだい?」無駄だと知りつつ僕はたずねる。
「相手先は王国のいつもの場所だ」ミヒュトは質問を無視して、鉄道と飛行船のチケットを並べる。
「余計な心配はしなくていいぞ、トビー。いつもの通り、賢いお前でいて欲しいよ」
深いため息をつくと、ミヒュトは指の腹でぐいぐいと目の下のクマをもんだ。その手がまた焼き菓子に伸びる。やつがそれを口に運ぶ前に、もう僕は店から出ている。
バッグの中で古紙の包みがころころと弾んでいた。わき腹にその運動を感じながら、たぶんこれも盗品なのだろうと、僕は品物の正体に見当をつけていた。
別に不安はなかった。正体不明の品物を運ぶことは慣れっこだったし、これまでどんなトラブルがあってもうまく切り抜けてきた。実際、仕事の経験のかいもあって、僕の導力魔法の知識と腕前は相当なものだった。だから駅でそれらしい連中を見かけたときも、必要以上に神経質になることはなかった。
ホームは王国方面への列車を待つ乗客でごった返していた。ベンチは一杯で、仕方なく僕は入口近くに立って待つことにした。バッグを持ち換えようと体をねじったとき、2人の男の姿が目に入った。そいつらは改札の前、ちょうど床に帝国国章の馬頭をあしらったタイル細工のある辺りで、何かを話し込んでいた。すぐにもう1人やってきて、話に加わる。僕の目から見ると、連中のかっこうは及第点とは言えなかった。並外れて体格が良く、同じような髪型をしたその3人は、人ごみの中にいても良く目立った。
連中から視線をそらすと、僕はバッグを抱え直し、ポケットの中の導力器へ指先を這わせた。列車の到着を知らせる女の声が辺りに流れる。低い導力機関のうなりが遠くに感じられ、やがて肩の上にのしかかってきた。
「大丈夫さ」小さく呟いたが、僕にその声は聞こえなかった。ブレーキ音をわんわんと響かせ、黒光りする鉄のかたまりが路線に滑り込んでくる。導力機関が目一杯に逆推進をかけるのが、空気の振動で分かる。待合室から溢れ出た人々に押されるように、僕も客車の扉へと流されていった。車掌の横を通り過ぎるとき、一瞬だけ改札の方が目に入った。さっきの男たちはもういなかった。タイルで作られた馬の横顔だけが、真っ赤になって僕をにらんでいた
次回:『シスター』
次回もよろしくな
by イクス
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