きょうのコラム「時鐘」 2011年8月29日

 金沢市のふるさと偉人館で日本造船界の草分け「辰巳一(はじめ)」の特別展が開かれている。幕末の加賀藩に生まれ明治期海軍の主力戦艦を設計した人である

亡くなったのは1931(昭和6)年。臨終の床でフランス留学時代に親しんだワインを注文し、世話になった人々に向かって感謝の乾杯をしながらこの世を去った。立ち会った医師が「色々な臨終を見てきたが乾杯して逝った人はいまだ知らない」と話したという

スープ料理で知られ多くの女性ファンを持つ料理研究家の辰巳芳子さん(鎌倉市在住)はその孫に当たる。6歳の時に、祖父の臨終の一部始終を見ていた。80代半ばの今も鮮明に覚えているといい「祖父はサムライでした」と言う

驚くのは、芳子さんの記憶力だけではない。幕末維新から今日までの150年がわずか三代でつながっている事実である。長い歴史のスパンで見れば幕末生まれの祖父と平成の世で活躍中の孫は「同時代人」と言えるのである

偉人の足跡を学ぶと、つい遠い別の世界のことに思いがちである。大事なのは自分たちの、ほんの先輩だと思って親しむことではないか。