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[28651] 【習作】緋弾のアリア FLYING EAGLET【再構成 オリキャラ】
Name: 器用なアザラシ◆a19fdfd2 ID:308ff124
Date: 2011/08/27 16:25
前書き

習作です。今後に活かしたいので、読んだ感想を聞かせていただければと思います。読みにくいとか、誤字や文法の間違いを指摘していただけると助かります。


緋弾のアリアを原作とした二次創作物、SSとなります。
オリキャラを突っ込んで再構成・・・・・・ほとんど原作に沿ってストーリーが進みますが、オリキャラ介入により原作とは少し違った物語になります。
具体的には、チートな能力持ちの主人公が、能力に頼らないでも努力して強くなる……とか? 



頭の中でプロットを作ってはいますが、毎回いろいろ試しながら書いているので、とてもムラの多い文章となっていると思います。見難かったり変だったりしたら容赦なくツッコミを入れてください。

感想をあげてもいいよ、なんて奇特な方は、好きな原作キャラの名前を入れて頂くと、作者が気を使って登場が早まるかもしれません。


この作品は「緋弾のアリアSS」となります。
タイトルに惹かれてきた人は何をいまさら、と思われるでしょうが、フィクション、ノンフィクション問わずに過去の偉人、英雄の子孫が活躍する物語が原作となっていますです。

当然、本作品のオリキャラ2人もそういった肩書きを持っているわけなのですが、作中でそのことについて明確な表記をする予定は今のところありません。いちおう私の頭の中ではちゃんとした出自を考えてはいますけど、これからも伏線をばら撒くだけばら撒くので、ああ、こいつらはきっと~~の子孫で~~なんだなと、ご自分で推理してください。読者の皆様のご想像にお任せ致します。


作者の自己満足による「緋弾のアリア(アザラシ風)」となりますが、お付き合いいただければ幸いでございます。



[28651] 第一弾 Introduction
Name: 器用なアザラシ◆a19fdfd2 ID:308ff124
Date: 2011/07/15 13:49
 鏡の向こうにいるヤブにらみな男を見つめ返した。
 やや長めの黒い髪、三白眼に近い目に黒い瞳。ついでに、いつも不機嫌そうなツラ――東京武偵高校二年生「遠山キンジ」が鏡に映っている。
 洗面台で顔を洗って再び鏡を覗き込むと、水の滴った先ほどの顔が出迎えてくれた。
 もう16年以上も付き合ってきた己の顔だ。
 悪くはない……と思う。良くも無いだろうが。まあ、女にモテるなんてまっぴらごめんなので、そんな評価はどうでもいい。
 洗面台に備え付けてあったタオルで顔を拭き、水で簡単に寝癖を直す。男の身支度なんてこんなものだ。俺みたいに女子に気をつかわない男なら、なおさら。

 時刻は4月1日の朝7時、今日から新学期が始まる。高校デビューというわけではないが、心機一転、髪形でも変えてみるかと洗面所にこもって数分、やっぱり面倒くさくなり、結局いつもと同じ容姿になった。

「さて、と」
 
 カーテンを開けて洗面所から出る。なんだか、目が覚めてからこの方、今日は良い事がある気がしていた。容姿にたいして気を使わない俺が、髪型を変えてみようか、なんて思ったのもそのせいだ。
 廊下を渡り、リビングへと続くドアを開ける。そこには――

「ふっふっふっ、身の程知らずめが!」

「お、お手柔らかにお願いします」

 ――などと座卓を挟んで美味しん○ごっこをしているルームメイトと幼馴染がいた。


 第一弾  Introduction


 星伽白雪。
 俺の幼馴染であり、代々続く星伽神社の巫女さんだ。性格、容姿ともに大和撫子を地で行っている。
 名前のごとく白い肌におっとり優しげな目つき。つやつやの黒髪ロングに白いリボン。シミ一つ無いセーラー服をばっちり着こなすこいつは、なんと我が東京武偵高の生徒会長。ついでに園芸部、手芸部、女子バレー部の部長も兼任し、偏差値75オーバーといった超優等生である。
 たまに朝食を持ってきてくれたりするが、それが今は、緊張の面持ちで座卓の向こうに座る男を見つめている。一挙手一投足も見逃すまいと、息を殺して、正座して。

 男が動いた。卓上の漆塗りの重箱からフタを外す。中にはびっしりと、笹皮で包まれた三角錐の物体が敷き詰められている。

 (……ちまき?)

 果たして、男がそのうちの一つを手に取り、丁寧に笹皮を剥ぐと、中からは茶色い米が見えた。やはり、ちまきだ。でも何でちまき?
 男はおもむろに一口、それをかじる。すると突然、前髪の隙間から目をビカッと光らせて、バンッと座卓を叩く。なんだ、美味かったのか? 不味かったのか? まさか「女将を呼べ!」なのか!?
 白雪なんてびっくりして垂直に飛び上がっちまったじゃねーか……正座のまま。 すごいな、今どうやって飛んだんだ?
 座卓を叩いた姿勢のまま男はもぐもぐと咀嚼し、ごくり。固唾を呑んで見守る俺と白雪の喉も鳴った。さあ、どう出るんだ海原○山。
 そして――――

「これは美味い。なんというものを食べさせてくれる……精進したな」

「はっ、はひっ! 精進させていただきました。お粗末さまでした!」

 まさかの仏の京極○太郎。ちょっとだけ、こんなんはクズや、とか、ちゃぶ台返しとか期待していたのだが……

「む、遠山か。星伽が朝食を作ってきてくれたぞ」

「き、キンちゃん!? おっ、おはようございました!? 冷めないうちに私を召し上がれ!?」

「ああ、おはよう……とりあえず、白雪。おまえは落ち着け」

 朝っぱらから意味不明なことを言い出した白雪をいつものように軽くスルー。
 そのまま、座卓の横にどっかと腰を下ろした。俺もちまきを一つ手にとって口に運ぶ。
 ……確かに美味い。竹の子と肉の旨み、もっちりとした食感のもち米が絶妙なハーモニーを奏でているような、いないような。
 残念ながら俺はお笑いタレントでも俳優でもリポーターでもないので○麻呂のようなコメントはできなかったが。
 
「……美味いな。前に和食っていうか懐石料理作って来てくれたけど、豪華食材より素朴なこっちの方が俺はいいな」

「ほんとっ! えへへ、キンちゃんに褒めてもらえるなんて。頑張ったかいがありました」

「遠山の好物が中華料理と、星伽が知ってな、最近故郷の料理を教えていた。今日は試験としてこれを作ってもらったが、いやはや、弟子の成長には目を見張るものがある」

「そんな……ウォン君の教え方が上手だからだよ。キンちゃん好みの味付けとか、キンちゃんの好きな食べ物とか」

 目の前で白雪とルームメイトが話しているが、ちまきを食べるのに夢中になってあまり頭に入ってこない。白雪がチラッチラッとこちらを見ているが気のせいだろう。


 黄飛影――ウォン=フェイイン。
 それがルームメイトであるこいつの名前だ。今年の一月から、ちょっとした縁で男子寮の俺の部屋に住み込んでいる。家主と居候といった関係か。
 名前からわかるとおり中国出身のこいつは、さすが本場仕込というべきか、中華料理がめちゃくちゃ上手い。わずか3ヶ月で俺もすっかり中華料理が好物になってしまった。
 ちなみに、日本語で下の名前を読むと第三の眼が開いたり、邪王で炎殺な黒龍波を食べてしまいそうなので、いろいろな事情からみんなウォンとかフェイと呼んでいる。
 いろいろって? いろいろだ。
 黒いシャツを着て白雪と談笑しているそいつの容姿は、腰の近くまで伸ばした黒髪、目元がすっかり隠れるほど長い前髪と、顔が露出している部分が驚くほど少ない。黒い衣装を好んで着るため、はたからみると全身黒ずくめな怪しい男となってしまうのだが、日本語の発音は上手いから中国人に見られることはまずなく、本当は日本人じゃないかと、疑われるくらいだ。
 性格は……一言では言いにくいが、物腰は人見知りする白雪が打ち解けるほどにはやわらか。いつも何を考えているのかわからない無表情なこと、トレーニングマニアなこと、多少変な知識を鵜呑みにして話すことを除けば、ルームメイトとして、これといった不満はない。
 あるとすれば――――

「あっ、キンちゃん。デザートにみかんもあるんだよ」

「ああ。なんか――ありがとうな、いつもいつも」

「えっ、あ…き、キンちゃんもありがとう。ありがとうございます」

「なんでお前がありがとうなんだよ。ああ、もう三つ指つくな、土下座しているみたいじゃねーか」

 と、つい視線が「ありがとう返し」と三つ指をつく白雪の胸元に行ってしまう。スタイルも抜群な優等生様のセーラー服、その胸元。そこには深い谷間と黒いレースの下着が――

 (く、黒はないだろ、生徒会長!)

 慌てて目をそらすが、その先にはばっちりウォンの顔が待ち構えていて――

「星伽、胸元を閉めたほうがいい。遠山が目のやり場に困っている」

 ――なんて、こちらに無用な気遣いまでできてしまう男なのである。

「えっ? あっ――」

 横からは、ババッと胸元を整える白雪の気配。くっそう、言わなければそれで済んだのに、余計なことを言いやがって。
 だが、おかげで身体の芯に血が集まっていくような、あの感覚が引っ込んだ。ちょっとやばいかなと思っただけに、これには感謝、だな。

「あ~、その、なんだ……悪いな、白雪」

「う、ううん……キンちゃんなら、大丈夫……」

 何が大丈夫なのかはぜんぜんわからないが、少し気まずくなっちまったな。真面目な白雪のことだ、口には出さないが、肌を見られて嫌な気分だっただろう。

 ペシっ――――ぴとっ
 ペシっ――――ぴとっ

「……何をしてやがる居候」

 俺の顔にちまきをちぎって投げつけてくるルームメイトを睨んでやる。相変わらずの無表情、少しは空気を読め。

「知らないのか? もち米には厄払い、毒よけなどの効果がある」

「それは知っている。映画でキョンシーを追い払うのにも、もち米使っていたからな……それで?」

「煩悩、退散」

「…(怒)……確か、加熱しちまうと、効果無いんじゃなかったか」

「……そうだったかもしれない」

 ヒョイ――――ぱくっ

「ッ!?」

 こ、こいつ…よりにもよって、俺の顔についた米粒を取って食べやがった。

「おっ、お前、いくらなんでも汚いだろ、もうちょっと考えて行動しろよな! ……それと、言っておくが俺はヤマシイ事はなんにも「きっ、キンちゃん!」…は、はい!?」

 突然大声で名前を呼んできた白雪に向き直る。ちょっと赤くなった顔。なんだか、鼻息も少し荒い。

「あ、あのね…き、キンちゃん」

「ど、どうした白雪? 」

「そ、そこは――うつむいて手を口に当てて視線をさまよわせて、ちょっと恥ずかしげにそれでいてまんざらでもない感じで『やめろよ。人が見ているだろ……』って言って欲しいんですけど」

「あ、ああ。えっと、うつむいて手を口に当てて視線をさまよわせて、ちょっと恥ずかしげにそれでいてまんざらでもない感じで『やめろよ。人が見ているだろ……』って何を言わせんだ、テメェ!?」

 思わずけんか腰に詰め寄ってしまうと、白雪は「ひぃやあぁぁ!?」と急速バック……正座で。 
 
「なんだよ今の!? 何でウォンに顔についた米粒食べられて、まんざらでもない感じで『やめろよ』なんて言わなきゃいけねーんだよ!?」

「ご、ごめんね、ごめんねキンちゃん! か、神様のお告げがいきなり……」

「何だそりゃ!? どんな電波受信すれば神様がそんなお告げしてくるんだよ!?」


 可哀そうなくらいかしこまる白雪から詳しく話を聞くと、超能力捜査研究科――通称SSR(略してS研)という超絶に怪しい専門科目の優等生でもあるこいつは、霊感が強いこともあって神の声(という名の電波)がときどき聞こえてくるのだという。

「先月の終わり頃『YAOIのアッ――の向こうには、幸い住むと人の言ふ』って声が突然聞こえてきて……それから何度か、とってもためになるお言葉を告げてくれるんだけど……」

「……いいか白雪、それは、神様は神様でも腐った神様だ。星座の戦士たちや、テニスな王子様や、戦国でBASARAな人たちを血走った眼で見ているようなヤツラなんだ。ヤツラにとっては、全て『愛』の物語に脳内変換されているからな。極めつけはギリシャ神話の主神ですら、ヤツラの食い物にされちまう……まさにゴッドイーター!!」
「えっ…と、よくわからないけど、わかったよキンちゃん。あんまり、神様の声に惑わされないようにしろってことだね」

 わかってくれたか白雪。そんな腐れ神とは縁を切れ。
 あとそこの居候。一人で黙々とみかんを食べているんじゃない。三杯目はそっと出せ。


 何だか疲れる食事を終え、白雪が持ってきたみかんを食べ終えて、朝の身支度に取り掛かる。

「あ、だめだよ、キンちゃんにウォン君。校則なんだから、ちゃんと銃と刀剣を持って行かないと」

「……始業式くらい、銃はいらないだろ」

「でも、最近物騒だし……キンちゃんの身に何かあったらと思うと、私……わ、私――」

「ああ、もう涙目になるなよ。ちょっと待ってろ」

 校則――『武偵高の生徒は、学内での拳銃と刀剣の携帯を義務付ける』、か。さすが生徒会長様。武偵高のとんでもなく普通じゃない『校則』にも目を光らせていらっしゃる。
 仕方なく、リビングの棚に向かうと――

「銃は苦手なんだが……さすがに生徒会長の前で校則違反はやりにくい」

 なんて肩をすくめて、ぼやいているルームメイトがいた。そのまま「面倒だな」とつぶやいて両刃の短刀――匕首と、小型拳銃を棚から取り出し始めた。

 ――ワルサーPPS――
 ドイツ、ワルサー社が2007年に発表したサブコンパクト自動拳銃である。ナチスドイツの制式拳銃だったPPKの後継で、9mmパラベラム弾を放つスリムで短めの銃身。その携帯性の良さから、ドイツの軍や警察にも卸されている逸品だ。

 ウォンは続いてソファーの手すりに放り投げてあった防弾制服を手に取り着始めた。
 その学ランは、ゆったりとした袖口を長めにとり、上着の裾はひざ下まである妙ちくりんなものだ。往年の映画「酔拳2」でジャッキーが着ていた、中国清朝末期の民族衣装、長袍(チャンパオ)をモチーフに魔改造を施してあるという。そういえば、あの酔っ払い主人公もウォンって名前だったような。
 その袖の長い袂にワルサーを無造作に突っ込み、匕首も鞘なしで……っておいおい。

「ウォン、いくらなんでもむき出しの刃物を袖なんかに入れておくな。怪我したらどうするんだ」

 そう注意してやっても、何処吹く風でウォンは「まぁ、大丈夫だろう」なんてのたまってやがる。そのまま新たにむき出しの匕首を10本くらい袖に放り込んだ。
 ……多くないか? というか、袂がぜんぜん膨らんでいない。腕を下ろしても零れ落ちてきたりしないし、総鉄製の匕首同士がこすれる音すらしない。

「……前から思っていたが、その袖の中身はどうなっているんだ? 前にお札やら中華包丁やらをそこから出したこともあったな」

 聞かないほうがよい気がしたが、いい機会だ。こちらも学ランに袖を通し、ベルトにホルスターをつけて帯銃しながら尋ねてみる。

「……じつは二十二世紀からきたという青い猫型「わ~キンちゃんかっこいい。さすが先祖代々、正義の味方だね」四次げ「そうか? ガキじゃねーんだから正義の味方ってのもやめてほしいんだが」っているんだ」

 うっとり、ぽわわんと話しかけてくる白雪に身体ごと向き直ってやる。心の中でグッジョブ白雪と喝采しながら、褒め言葉を軽く受け流した。なんだか不穏当なセリフが聞こえた気がしたが、気のせいだろう。問い詰めると、エラい人たちに怒られそうな気がするし。

「……あ、痛っ」

「? どうしたのキンちゃん?」

「ホコリが目に……こすれば落ちるだろ」

 と、右手で目をこすろうとする俺の手が、いきなりウォンに掴まれた。

「やめたほうがいい。下手に目をこすると眼病、最悪失明の可能性もあるからな。ちょっと見せてみろ」

 そう言って、有無を言わさず近づいてきて右手で俺の後頭部を固定し、こちらの顔を覗き込んでくるウォン。

 ――トクンッ――

「……顔、近くないか?」

「目をそらすな遠山。目を閉じないで、俺だけを見るんだ」

 長い前髪の隙間から見えるウォンの黒い瞳が、俺の視線とかち合った。
 ……こいつ、まつ毛長いな。それに、結構美形だ。なんだか、良い匂いもするし。

 ――ドクンッドクンッ――

「……ああ、糸くずのようなものがあるな。とってやる」

「い、いいから……さ、さっさとヤレよ」

「なにを焦る。いいから、全部、俺に身を任せるんだ」

 そう言って、俺をなだめすかせるように後頭部に置いたのとは逆の手で肩を撫でてくる。くすぐったさに俺の緊張が解けて行くのがわかる。
 なんだかもう、心も身体もこいつに全てゆだねてしまいたくなる――

 ――ドキッドキッドキッドキッ――カシューッカシューッ―――

「……白雪、さっきから『お前の心音』がやたらうるさく聞こえるんだが。それとデジカメのシャッター音も」

「き、キンちゃんさまはお気になさらず! 良い画――じゃない、窓から良い風景がとれそうな気がするの!!」

 どう考えても俺とウォンがフラッシュの光に包まれている気がするが、まぁいいや。目、痛いし。深く気にしたら負けだ。

「いくぞ遠山。力を抜け」

「んっ! アッ――」

――ドッドッドッドッドッドッ――――ブバァッ!!――

「ほら、取れたぞ。痛くなかったか?」

「ああ、大丈夫。ありがとな、ウォン……って白雪ッ!?」

 目をしぱつかせながら振り返ると、そこには血の海に沈んだ白雪が! 一体何がどうしてこうなった!?
 トレードマークともいえるその自慢のつやつや黒髪は千々に乱れ、隙間から見える顔の下半分は真っ赤……って鼻血じゃねーか!!
 なんだかとてつもなく幸せそうに微笑んで、白雪は右手のデジカメを握り締めている。ときおり「えへっえへへっ」と半分意識が飛んだ状態で身体を震わせているが――うわ、なにこれ怖い。

「おっ、おい! 白雪っ!! おま、大丈夫か! しっかりしろ、傷は浅いぞ!!」

「鼻血だけどな」

 うるさい。いいからタオルでも持って来い居候。白雪の両肩を掴んでがくがく前後に揺さぶりながら、ウォンをにらんでやると、すごすごと洗面所の方へ歩いていった。
 その時、呼びかけに反応したのか白雪が「ううっ」と小さくうめく。そして弱々しく右手のデジカメを持ち上げ、とびっきりのイイ笑顔で――

「わ、我が生涯に一片の悔いなし……」

 お前は何処の世紀末覇者拳王だ。一人称は「私」だったろ、さっきまで。

「おい、白雪! 気を確かに持て!! 昇魂式にはまだ早すぎるぞ!」

「嗚呼っ……神様……私…い、一生ついていきます……ガクッ」

「白雪? おいっ、目を開けろ! 白雪ぃーーッ!! って、今、口でガクッて言った!?」


 ……まぁ、この調子なら大丈夫か。鼻血、止まってないけど。



 
 武偵――言ってみれば、武装を許可された『何でも屋』である。武装探偵がその語源となっているのだとか。
 その資格を取得することができれば、武装許可に加えてなんと逮捕権まで有することができる。近年、凶悪化する犯罪に対抗するため、警察に準ずる活動ができるようにと国際資格として新設されたのだ。
 ――で、俺とウォン、そして白雪はその武偵を育成する教育機関、東京武偵高校の二年生だ。生徒たちは一般科目に加え、武偵に必要な専門知識をここで学ぶ。
 先ほど出たが、白雪の所属するS研とか、ウォンの所属する諜報科(レザド)など。専門科目として、それぞれがプロフェッショナルになるため日々勉強と訓練を行っている。
 そして俺は強襲科(アサルト)―― 拳銃、刀剣、その他の武器を用いた近接戦による強襲逮捕を得意とする分野だ。その危険度は武偵高随一で――
 厄介ごとに巻き込まれるなんて、日常茶飯事で――
 


「待てよウォン。俺も行く」

「……珍しいな。遠山はいつもバス登校じゃなかったか?」

 あの後、何とか正気を取り戻した白雪を先に送り出し――始業式の準備があるのだとか――ウォンと二人でリビングに飛び散った血痕を掃除した。
 そうこうしている内に、いつもの7時58分のバスに乗り遅れてしまった。しかたなくチャリを引っ張り出してきて、男子寮の前で準備体操をしていたウォンに声をかける。
 こいつはいつもバスを使わず、なんと走って登校している。今はもう暖かいが、冬の寒い時期でさえ、だ。ご苦労なことだ。

「今日はもう間に合わねー。なんなら、後ろ乗っていくか?」

「やめておこう。何故だか知らないが、俺とお前が密着していると女子が騒ぎ立てる。いわく、どっちが猫、どっちが太刀だとか」

「なんだそりゃ。まあ、目立つのは好きじゃないからな、俺も、お前も」

 そのまま、俺はチャリをこぎだし、近所のコンビニとビデオ屋のわきを通って、台場に続くモノレールの駅をくぐった。ウォンは足が速く、なんなく横についてくる。
 二人でとりとめもない話をしながら、通学路の光景を眺めながら走った。話題は、最近騒がれている『武偵殺し』だとか、白雪が俺に「女難の相が出ている」と言っていたこととか。
 
「気になってたんだが、お前がトレーニングマニアなのは諜報科にいるからか?」

「いや、昔からだな。どうにも、身体を鍛えていないと落ち着かない」

 諜報科は犯罪組織に対する諜報、工作、潜入に加えて破壊活動まで教えている。こいつの『ランク』はDだが、たまにびっくりするような専門知識を出してくることがある。
 で、その諜報科だが、もちろん敵対する犯罪組織に潜入となると単独行動がメインとなるわけで。ボディービルダーな元カリフォルニア州知事ほどとは言わないが、こいつもめちゃくちゃ引き締まった筋肉質な身体をしている。俗に言う細マッチョってやつか。
 やっぱり潜入工作とかするんだったら、狐とか蛇とかのコードネーム持っている人たち並みの体力が必要なのだろう。それこそ巨大ロボットに轢かれても無事なくらい。

 「そういえば――」とウォンが話しかけてきた。

「この前、両手足に数十キロはありそうな重りをつけて走っているやつを見かけた。遠くから見ていたが、へとへとになりながらも頑張って数時間は走っていたな」

「なんだそりゃ。狩人×狩人でもあるまいし、現代スポーツ学に喧嘩を売っているとしか思えねーな」

 勘違いしている人間が多いが、パワーウェイトをつけて運動をしても筋力はつかない。心肺機能は強化されるかもしれないが。
 人間の手足は肘、ひざといったものの延長上にあるため、身体の中心から離れるほどトルクとして関節に負荷が掛かる。そのため、短時間のウェイトトレーニングならいざ知らず、ランニングなど長時間の運動では、数十キロの重りに耐えられるだけの筋肉がつく前に関節が壊れてしまうのだ。
 せいぜい1キロ以下の重りを両手足につけるのがトレーニングの範疇だろう。それでも、ウェイトを外したときに身体が軽く感じるだけで、筋力をつけるだけならプロテイン(タンパク質)を摂取してウェイトトレーニングしたほうがよほど効率的である。

「なんだか、お前も真似しそうだな。いい訓練方法を見つけたって感じで」

「…………」

 返事を返さない。
 よく見ればウォンのやつ、武偵高指定の鞄の他に、リュックサックを背負ってやがる。登山なんかで使うようなごついやつだ。それにこいつ、こんなに太っていたか? とくに胴回りなんかが部屋を出るときよりも、ふっくらとしているような――

「……おい、その背中のザック、中身は?」

「10キロの重りだ」

「お前、なんか重ね着しているように見えるんだが?」

「10キロのウェイトベストだ」

「……ちょっと袖まくってみろ」

 ウォンがそのたっぷりとした右袖をまくると、そこには5kと描かれたリストウェイトが――

「…………」

「現代スポーツ学に喧嘩を売ってみた」

「他所でやれ! そういうのは!!」



 そうこうしている内に海に浮かぶような東京のビル群が見えた。ここ、武偵高はレインボーブリッジの南に浮かぶ人口浮島の上にある。

「なんでそんなに重りつけて平然としていられんだよ……」

 ウォンのやつ、都合40キロものウェイトつけてここまで走ってきて汗ひとつかいてないぞ。途中会話をしても息も切らせやしない。何処の陸上部部長さんだと言いたい。

「まず身体の周りに薄い妖気の膜を張ってだな――」

「ああ、もういい。この体力馬鹿」

 俺のルームメイトがこんなに賢いわけがない。オリンピックも余裕で金メダル狙えそうだ……スポーツのルールを知っていれば。



 そんなこんなで、始業式にはなんとか間に合いそうな感じになってきた。さすがに一学期の初めから遅刻はまずい。俺もこいつも、あまり成績がよろしくない生徒としては、こんなところででも内申点を稼がなければ。

 二人して体育館へ進路を取り――

『その チャリ には 爆弾 が 仕掛けて ありやがります』

 ――なんて今、銃口を向けられて脅迫を受けていた!

 気がついたら、俺たちの後ろには二つの車輪がついたカカシみたいなものがくっついてきていた。
 それは昔流行ったセグウェイという乗り物にスピーカーとUZI――短機関銃を搭載した銃座がついた、へんてこなシロモノだった。無人で、これまた昔流行ったボーカロイドとかいうので作ったような人口音声が話しかけてくる。
 いわく、チャリを降りたり、減速すると爆発する。助けを求めても駄目、ケータイの使用も駄目。
 「……最近のおもちゃは喋ることができるんだな」などと妙な関心している隣の馬鹿は放っておくとして。
 いやな予感がした俺は、チャリのあちこちをまさぐる。サドルの裏、指先に変な物体の感触ってマジか!? C4――プラスチック爆弾じゃねーか!!

 世にも珍しいチャリジャック! 俺の自転車がのっとられた!?
 
「おおおお、おちっ、落ち着ついて聞けよ!? けけけ、ケツの下にににばばば爆っ爆弾がが!?」

「……まず、遠山が落ち着いて話すことをお勧めする」

 それもそうだ。
 ふーっ、俺としたことがこんなんで取り乱している場合かよ。俺は強襲課の2年生だぞ、こんなのはもう日常茶飯事さ。
 よく考えたら、こっちには爆弾のスペシャリストな諜報科が隣にいるんだ。誰かのイタズラって線も大いにありうるな。ははは、新学期そうそう、軽いジョークか。

 そ ん な わ け あ る か!? 

 こんな手の込んだイタズラするやつがいるわけないだろ!! しっかりしろ、現実逃避している場合じゃないぞ、俺!!
 だが、馬鹿なこと考えていたせいか、ちょっとは冷静になれた。改めて、ウォンに状況を説明する。


「……チャリジャック? セグウェイ? 俺はてっきりBAND●Iあたりが開発した子供向けおもちゃかと」

「どこの世界にUZI向けて脅してくるおもちゃがあるんだよ!? 子供が見たら引くわ! 泣くわ!!」

「甘いぞ、遠山。人間の英知は日々進歩している。現にたこ焼きロボットや農作業ロボットもあるらしい。ガン○ムやオーラ○トラーも夢ではない」

「ケータイも使えないやつのセリフとは思えんが……それと、お前がこないだ読んでたマンガに出てくるのは農作業ロボットじゃない。サイボーグだ」

『ええかげんに しなはれ』

 ガガガガガガッッッ!!

 ――と、いきなりセグウェイが威嚇射撃してきやがった。
 幸い、当たりはしなかったが、こいつ、おもちゃ(笑)の分際で!

「むぅ、ツッコミまでできるとは」

「あほか!? どつかれたら死んじまうぞ!」

 緊張感のきの字も見られないウォン。よくみれば、セグウェイが狙っているのは俺だけ。何でこいつには銃口を向けないんだ?

「おい、ウォン! そこのセグウェイを黙らせてくれ! ワルサー持ってきているんだろ!」

「……そういえば、そうだったな」

「ならそれで――――」

「弾、込めてないけどな」

 こ、こいつ……ッ!

「だったらお前諜報科だろ! 爆弾なんてお手のもんじゃないか。サドル下のC4だけでもなんとかしてくれよ!」

「一言でいえば、それはできない。俺は機械とかそういったものが苦手だ」

 そうだった。こいつは諜報科の劣等生。今どきケータイも使えない機械おんちだった。よくそんなんで諜報科やっていけるな!?

 そして早くも打つ手が無くなった。いくらなんでも打たれ弱すぎるだろ、俺。

「時に遠山、始業式は何時からだ」

「あ? 9時に体育館で――ってお前まさか!?」

「すまんが、これ以上内申点を下げられると退学もありえるのでな」

「お、おま……チャリジャックにあったルームメイトを見捨てていくのかよ!?」

「おまえなら できると おれは しんじている(キリッ」

「口でキリッとか言ってんじゃねー! っていうか棒読みじゃねーか!?」

「サラバダー」

 なんて言いながら、セグウェイの横をすり抜けるようにして逃げ出した居候。みるみるその背中が小さくなっていく。
 おい、そこのセグウェイも無言で見送るな! そのUZIは飾りじゃないだろ、一発くらいお見舞いしてやれ!!

 し、信じられない。第一話からオリキャラが敵前逃亡……だと!?
 って変な電波受信している場合じゃない。今だ俺のケツの下には自動車でも木っ端微塵にできるくらいのC4があるんだ。なんとかしなくては。
 生きて帰れたらアイツ絶対にシメる! そんな決意を胸に建物の角を曲がると――

 ――ちゅどーん――

 そんな古典的な爆発音が後ろから聞こえてきた。
 速度を緩めないよう、気をつけて後ろを振り返ると、カーブを曲がり損ねたのか、セグウェイが建物の角に衝突、大破していた。
 これはラッキー。後はこのチャリに仕掛けられた爆弾をどうにかすれば――



 ――これはアンラッキー。
 体育館からは遠ざかる方向へひたすらにチャリをこいでいた俺が、何度目かのカーブを曲がると今度は三台のセグウェイが待ち構えていた。
 しかも俺の左右後ろと周囲を取り囲むようにして逃げ場をなくしてやがる。くそったれ!
 誰だ、今日は朝から良い事がありそうな よ か ん♪ なんて言ってたの! 俺じゃねーか!?

『『『次に へんな 真似を しやがりましたら―――』』』

 うお、三台同時に警告してきやがった。さっきのはそっちの操縦ミスだろうに。続けて――

『殺すぞ ゴルァ!!(#゚Д゚)』

『殺すぞ ゴルァ!!(#゚Д゚)』

『ぬっ殺すぞ ぬるぽ( ´∀`)/』

「って三台目! 明らかに変なこと言っただろ!! いやいや、それ以前にどうやって顔文字をしゃべってんだよ!!」

 ガガガガガガッッッ(発砲音)!!

『『『そこは ガッと 返すべき』』』

「そんなんで警告なしに撃ってくるんじゃねーっ!?」




 朝のこの時間、始業式があるためか、予想どおり第二グラウンドには誰もいなかった。万が一のことを考え周囲に人気のないところを目指していた俺は、その入り口に向かって突っ走った。
 不思議と身体に疲れはない。減速させれば爆発する、ということは、減速させないかぎり爆発はしない。この手の犯人は変なこだわりというか、プライドを持っているやつが多い。しびれを切らして遠隔操作でズドンッてのはないだろう、だぶん。
 自由履修で受けた探偵科の知識を引っ張りだし、無人の第二グラウンドを横目にチャリでひた走る。気力、体力ともに良好。ウォンのやつが誰か――教務科にでも知らせてくれる(はずだ)のならこのままチャリをこぎ続けて、犯人と根競べしてやる。

『『『みなさーん 元気ですかー! それでは早速、いってみよー♪』』』

 ただ一つ問題があるとすれば――

『『『おたんこナース♪ 安ボーナース♪ 生麦生米、マーボーナース♪』』』

 まだまだいくよぉ~~~と、巫女でナースな愛のテーマ(電波ソング)を永延とサラウンドで聞かせてくるセグウェイたちに腹が立つ!! 秒単位でこちらの精神力がガリガリと削られていく。
 い、いかん。もうsan値は0よ、と訴えたところで邪神の声がやむことはあるまい。ここはガン無視、大人な対応をしなくては。

『『『アニサキス♪ サナダムシ♪ セクシャルバイオレット、ハリガネムシ♪』』』

「寄生虫じゃねーか!? なんだよ、セクシャルバイオレット、ハリガネムシって!? 語尾も一文字もあってねー!?」

 クッ、自分のツッコミ属性に腹が立つ! わ~い♪ とこちらの周囲をくるくる回っているセグウェイどもにはさらに腹が立つ!!
 操縦者の頭の中身を見てみたい。きっと脳みその替わりに都条例違反なものが詰まっているに違いない。石原節が炸裂するぞ。


 ふと――地面に映る自分の影が大きくなっていることに気づいた。
 なんだ? 極限状態に追い込まれて、影を操る能力にでも目覚めたのか、俺。

 そんな馬鹿な考えを切って捨て、考えられる要因――空を見上げた俺は、今日何度目かの驚愕に顔を引きつらせた。



 だって普通はありえないだろう。


 ――――空から女の子が降ってきた! なんて――――



あとがき


ギャグとシリアスのバランスって難しい。読んでくださる方が置いてけぼりになっていないでしょうか。

こっそり伏線を張るのは楽しいですね。いつ回収できるか不明ですが。

しまった、原作開始の時点(2009年)ではシュワちゃん現役で州知事やってるじゃん。


7月15日 とりあえず改訂作業終了 強襲課じゃなく強襲科・・・・・・めっさ恥ずかしい



[28651] 第二弾 Crazy Rendezvous
Name: 器用なアザラシ◆a19fdfd2 ID:308ff124
Date: 2011/08/22 02:16
 少女が一人、7階建ての建物の屋上に立っていた。
 背後には有明の月。吹き抜ける風が、ツインテールにまとめた赤みの強いピンクブロンドの髪を撫でていく。

 東京武偵高、第二グラウンドを見下ろせる女子寮の屋上だった。広々とした空間には、パラグライダーの翼――キャノピーが寝かせてあり、その他雑多な機器が散らかっている。
 ファサッ――と一羽の白い子ワシが翼をはためかせ、屋上の縁に立つ少女の右肩に降り立った。少女の顔色を伺うようにくりくりと首を動かし、真っ白い羽毛は朝日を受けて神々しく輝いている。

「そう、見つけられなかったのね」

 応えるもののない声が響く。年頃の少女には似つかわしくない憂いた声色。それを受けて白ワシは、少女の肩を蹴って再び天高く舞い上がっていく。
 
「もう少し頑張ってくれるの? いい子ね」

 青空の小さな白い点となる白ワシを、慈しみの微笑を浮かべて少女は見送った。その視線が、今度は眼下の光景に向けられる。
 そこには傍目にもわかるくらい焦りながら自転車を漕いで第二グラウンドを目指す少年。その周囲にはカカシに車輪を2ヶ取り付けたような3台の機械がぴったりと張り付いていた。

「あ~あ、必死になっちゃって。しょうがない、助けてあげるとしますか」
 
 ため息混じりに、それでいてちょっと可笑しそうに少女が呟く。振り返り、屋上の縁から飛び降りると、転がしていたハーネスを手に取り手早く身体に取り付けていく。

 ――――アリアッ!!――――


 ふいに、懐かしき声が聞こえた気がした。

 少女は空を仰ぎ見る。
 視界いっぱいに広がる吸い込まれそうな青い空。
 そして――

 ――風が吹いた――


 第二弾 Crazy Rendezvous


 ちくしょう、なんだって俺がこんな目に!
 止まったら爆発。減速しても爆発。助けは求められない。飛び降りたら――

 チラッと、併走するセグウェイの上部、UZIの銃口を見やる。相変わらずピタリとこちらの頭に狙いをつけてやがった。
 くそっ、仕事熱心なヤツラだ。全国のニートたちに見習わせたいくらいだよ。

 この手口、ウォンと朝話題に上った「武偵殺し」そのままじゃないか。
 だが、その犯人はすでに逮捕されているはずだ。まさか模倣犯か?

 どうすればいい、と思わずベルトにつけたホルスターに手が伸びかける。
 そこには頼れる相棒、ベレッタM92F。映画でトム・クルーズが「とても信頼性が高い銃」と言うくらい扱いやすく、米軍では制式拳銃にもなっている自動拳銃のスタンダードだ。
 だが、それが今はひどく心もとない。
 こちらの装弾数は15発。対して向こうのUZIは20、30、あるいは最大の50発。しかもそれが3台。だめだ、火力が違いすぎる。すべて一撃で、しかも3台同時に破壊しなけりゃ、あっという間に蜂の巣にされちまう。

 幸い、さっきから全速力に近いかたちでペダルを漕ぎ続けてるってのに、脚に疲れは全然無い。いつまでだって走り続けられそうだ。ランナーズ・ハイってワケでもなさそうだし。
 なんだ、俺こんなに体力あったか? まあ、いい。『今の俺』には何も出来ない。ここは大人しく教務科(マスターズ)からの救援を待ったほうが――


 フッ――と、朝の日差しが遮られた。周りには遮蔽物は見当たらない。

 ふわっ――と風に乗って、クチナシの蕾のような甘い香りがした。


 気になって思わず空を見上げ、自分の頬が盛大に引きつるのがわかった。
 なんだなんだ、なんなんだ。

 まず目についたのが横方向に長い大きなパラシュート。ああ、あれだ。パラグライダーの翼だ。強襲科の降下演習で何度か使ったことがある。
 ついで、その翼の下、ワイヤーに吊られる形で人影。その背後から差し込む日の光で、顔まではよくわからないが――

 (女の子!?)

 遠目にもわかるピンク色の髪をした彼女が着ているのは、間違いなく武偵高のセーラー服。ということは、もしかして味方か!

 俺の前方、10mくらいの高さから彼女はこちらに近づいてくる。
 けっこう小柄だ。髪形は長い長いツインテール。えんじ色のスカートがばたばたとはためいている。
 というか、スパッツくらい履け。下から丸見えだぞ、中身が。逆光と遠目で俺からはよく見えないが。

 彼女は両手で掴んでいたブレークコードから手を離し、スカートの中、左右のふとももにつけたホルスターから白と黒、二丁の拳銃を抜いて――って!?

「頭を下げなさい! 早くっ!!」

 有無を言わせぬ口調に、思考より早く身体が反応した。ハンドルの間に伏せるようにして頭を下げる――よりも早く、少女の銃口がバリバリバリッと火を噴いた。
 まず、俺から見て左にいるセグウェイが銃撃を受けた。左右の車輪は弾け飛び、銃座が音を立てて吹き飛んでいく。
 お次は後方。甲高い音が響き、わき下から覗くように後ろを見れば、銃身の真ん中からへし折れ、暴発によって内側から弾けたUZI。

 なんて射撃の腕だ! あんな不安定な体勢からこの距離を水平撃ち――しかも二丁の拳銃で、正確にセグウェイを銃撃するなんて。上手いなんてもんじゃないぞ!?

 反撃しようと銃口を空中に向けた最後のセグウェイは狙いをつけるまもなく、やはり左右の車輪を根元から破壊され、でたらめな方向にUZIをぶっぱなしながら地面を転がった。最後にぬるぽとか聞こえた気がしたが、気のせいだろう。
 ともかく、これで銃撃される恐れは無くなった。
 最悪、自転車を飛び降りてしまえば――いや、だめだ。この量のC4じゃ、かなりの距離をとらないと爆発に巻き込まれてしまう。

(くそっ、助かったと思ったのに!)

 悪態をつきながら、己の不運を改めて嘆く。だが、今日の運勢最悪なのは俺だけじゃなかったらしい。
 最後のUZIが放った弾丸が、運悪く少女の駆るパラグライダーに数発の穴を空けた。
 さらに悪いことは重なる。翼から伸びるワイヤーを銃弾が掠めたらしく、ブツッ、ブツッと遠目にも今にも切れそうになっている。

 二丁の銃をホルスターに納め、少女は懸命に体勢を立て直そうとするが、バランスは崩れふらふらとパラグライダーが泳ぎだした。そのまま高度が一気に下がり、俺の真上へ――って、おいおいおい!?

「危ないっ! 俺から離れろ! このチャリには爆弾が――」

「うるさい! いいから全力で漕ぎ続けなさい! こっちはこっちで何とかするわ!」

 何とかって、どうす――飛び降りた!?
 掴んでいたブレークコードのハンドルから両手を離した少女は、身体からハーネスを取り外し、そのままスカートをはためかせて落下してきた。俺の都合などお構いなしに、この自転車へ飛び乗るつもりらしい。
 だが、受け止めようにもこちらの両手はハンドル操作に夢中。足はペダルにぞっこん。というより、受け止めた瞬間にバランスを崩して転倒、C4大・爆・発な光景が目に浮かぶ。いまさら方向転換して回避する余裕はなく、少女が俺の自転車の後方へ落下して――

「~~~~ッ!!」

 来るであろう衝撃に身構えて備えた。だが、いつまで経っても何もこない。
 飛び乗るのに失敗したのかな、と後ろを振り返ると同時に、クチナシの香りが鼻腔をくすぐり、

「状況を教えて」

 なんて鼻にかかった幼い声が聞こえた。

 見れば、後輪の軸、スタンドの付け根に器用に足を掛け、俺を覗き込んでくる透き通った赤紫色の瞳。ぱっちりとした二重のまぶたに、小柄な体格にあった小さな頭。人形のように整った顔立ち、けぶるような長いまつ毛にピンクの唇。

 (うっ、可愛い……)

 なんて不謹慎にも思ってしまうような、文句なしにカワイイ女の子の顔。ピンクブロンドのツインテールが風を受けて、後ろへぱたぱたと流れている。桜の花びらみたいなその小さな唇が開かれ――

「ほらっ、さっさと話なさいよバカっ!」

 ――どうやら、顔に反して口は悪いらしい。猫科の動物のような犬歯、ちょっと吊りあがった目つき。よくみれば少し生意気そうだな、こいつ。
 
 というか、飛び乗ってきた衝撃が全然無かった。チャリに二人乗りしてるってのに重さもまったく感じない。こいつ、一体何で出来てんだ? どんな手品使えばあの高さから後輪の軸に着地できるんだよ――と、いけね。

「――サドルの下、プラスチック爆弾! タイプ不明、大きさは推定250立方センチ。犯人が示した起爆条件は降車、もしくは減速。遠隔で起爆できる可能性大だ!」

 状況を簡潔に説明してやる。それを聞いた彼女は、身を乗り出してチャリのあちこちを調べ始めた。不安定な体勢にもかかわらず、危なげなくチャリを調べていく。俺は再びペダルを漕ぐことに専念し、無人の第二グラウンドの中をひた走る。

 ナリはちっこいが、あの射撃の腕に身のこなし。見たこと無い顔だが、おそらくは俺と同じ強襲科(アサルト)。だが、こいつは同じ強襲科でも俺なんかとはレベルが違う。見かけは中等部くらいだが、『Sランク』くらいの実力者だ。

 絶えず命の危険が付きまとう武偵には、年功序列なんて制度は無い。基本、能力があるやつが仕切ったほうが、生存率が高まるのは当然だからな。まあ、それでも経験ってのが武偵の能力に大きく影響するから、年長の者ほど腕利きの武偵は多いものだが。
 この女の子の実力は確実に『今の俺』より上。つまり、この場を仕切っているのは彼女だ。年下に命令されるのはちょっとシャクだが、どうやら助けてくれるみたいだし、大人しく指示に従おう。

「有線式のサイクルコンピューター……PE4の解体は……ちょっと難しそうね。起爆用の受信機はサドルの下……これなら!」

 そうつぶやくなり、少女がいきなり背中から銀色のシートを取り出しはじめた。たたまれていたそれを広げると、ちょうど風呂敷くらいの広さ。一度クシャクシャっと丸め、再び広げる。シートには縦横無尽に無数のシワが走っていた。

「お尻をあげなさい。これで無線起爆は使えなくなるわ」

 なるほど、自由履修で受けた諜報科で習ったことがある。これはアルミシート、即席の電波遮断幕だ。発信距離が近かったり、電波が強力だったりすると防げないが、乱反射する金属膜が無線による遠隔起爆を防いでくれる。
 言うとおりに腰を上げると、少女はサドルごとC4と起爆装置を覆うようにそれを被せていく。これで、チャリが止まったり減速しない限り爆発はしない。
 ほっと一息つく俺に、少女が再び話しかけてくる。

「時間が無いから手短に聞くわ。狙われた理由はある? 犯人に心当たりは? 怪しい奴を見なかった?」

「……いや、心当たりはまったく無いな。周りを見てる余裕もあまり無かったし。たぶん無差別に、誰でもよくて俺が選ばれたんだと思う」

「そう……空振り、かな。GPSやカメラを使えば、屋内に居たって誘導できるし。空からあの子が見つけてくれればいいんだけど」

 そう言って今度は物思いにふけってしまう女の子。その声はアニメ声とでもいうのか、澄んだとてもきれいな高い声で――って、そうじゃない。声なんてどうでもいい。それよりも――

「なぁ、時間が無いって、どういうことだ。このままチャリを走らせていれば爆発しないんだろ」

「……後輪に付けられた速度計、バッテリーランプが点滅してる。電池切れでそこから出る信号が途切れたら、自転車が停止したと起爆装置が判断するように、犯人がわざと仕掛けたんだわ」

 なんてこった。一難去ってまた一難。見えないタイムリミットまで設けていたとは、犯人はよっぽど俺を殺したいらしい。

「……ここまでで良い、お前は飛び降りろ! そのくらい余裕だろ。俺はこのままグラウンドを走り続ける。いつ爆発するかわからないから、出来れば急いで教務課に連絡をして、救助(セーブ)してくれるよう――」


 なんて俺がらしくもない悲壮な決意を語っていると、少女は――

「ねぇ、初めて会った女の子を信じて命を預けられる?」

 と、ふてぶてしく、それでいて、こちらが見惚れるほどの良い笑顔を向けてきやがった。




 第二グラウンドの片隅には体育倉庫が据えられている。各専門科の訓練どころか、体育の授業でも拳銃を使う武偵高では、制服、体育着、窓ガラスや机など、ありとあらゆるものが防弾製だ。当然、体育倉庫も、入り口の左右に開くタイプの扉も、中に納まっている体育用具も防弾製であり――



「……体育倉庫をシェルター代わりにする!? 本気かよ、お前!?」

 良いアイデアが浮かんだと言われたので聞いてみれば、彼女は事も無げに、とんでもない提案をしてきやがった。

「この辺に遮蔽物なんて、他に無いじゃない。中に飛び込んじゃえば、爆風も飛んでくる自転車の破片もやり過ごせるわ」

「だからって……い、いや――」

 体育倉庫は防弾製。たぶん、日本一頑丈な体育倉庫だろう。至近距離で爆発するならともかく、爆風ぐらいではびくともしないはずだ。もし中にさえ入ることができれば――

「――確かに、いけるかもしれない。扉はどうする?」

「ある程度寄せてくれれば、あたしが壊すわ。そこで自転車から飛び降りて――」

「二人で爆発する前に中へ飛び込む、か。逆に、自転車だけを体育倉庫の中に突っ込ませるってのはどうだ?」

「悪くは無いわね。でも、入り口で自転車が引っかかったりしたら、あたしたち至近距離で爆発に巻き込まれるわよ」

「……わかった。おまえの案に乗ってやる!」


 そして――


「それじゃ、良いわね? あたしから振っておいてなんだけど、やめるなら今のうちよ」

 女の子が確認を取ってくる。
 俺の後ろ――走っているチャリのスタンド、その付け根に二本足だけで、後輪をまたぐように立っていた。すごいバランス感覚だな。
 両手には再装填をすませた白銀と漆黒のコルト・ガバメント。カスタムされているのか、グリップにはピンク貝のカメオが付けられている。銃口は真っ直ぐ体育倉庫の入り口。
 その体育倉庫を目指してチャリを走らせていた俺は、先ほどの彼女ではないが、不敵に笑って応えてやる。

「武偵憲章一条にもあるだろ――『仲間を信じ、仲間を助けよ』って――」


 俺が誰かに助けを求めたら、危機に駆けつけるスーパーマンよろしく、空からこいつが現れた。
 空から女の子が降ってくるなんて、よく出来たフィクションのプロローグみたいだ。きっと物語の主人公はその子ととんでもない大冒険を繰り広げるのだろう。
 だが俺は――『今の俺』はただの平凡な高校生。主人公なんてガラでもないし、できれば平穏無事な生活のほうがありがたい。
 おまけに女の子の方が、これまたとんでもなく凄いヤツで、俺なんかとはとても釣り合いはとれない。きっと足を引っ張りまくるに違いない。

 だけど――

「――お前は俺を助けた。今も助けようとしてくれてるんだろ? なら俺は、お前を信じる! この命、預かってもらうぜ!」

 だけど――同じ武偵の仲間を信じるくらい、命を預けるくらいのことはしてやるさ!

「いい返事ね……行くわよ!」

「ああっ! タイミング、任せたぞ!」

 後ろから女の子が微笑んだ気配。それに背中を押され、全速力でチャリを走らせる。
 残された時間は、もう幾ばくもないだろう。救援を待っている余裕は無い。そもそも、あのセグウェイがまた現れないとも限らない。
 だが少女の提案する方法なら二人とも助かる可能性が残っている。一か八か、のるかそるか、サイコロは――転がりだした!

 バッ、バババッッ!

 ――と彼女のガバメントが火を噴いた。俺の頭を挟むように伸ばされた両腕、その先の二つの銃口からマズルフラッシュが閃き、硝煙の匂いが広がった。
 狙いは体育倉庫の入り口。左右に開く扉の、真ん中と上下の端を銃撃していく。扉に掛かった南京錠と、左扉の上下についた滑車を狙い撃っているのだ。相変わらずの精密射撃。ストッピングパワーの高い.45ACP弾が、ほんの数発で扉を歪めていく。
 続けて彼女は、両脚のホルスターにガバメントを突っ込み、セーラー服の背中に隠していた二本の刀を取り出した。身の丈にあわせて寸詰まりになっている小太刀。銃に合わせてか、白銀色と真っ黒な刀身のそれらを大きく振りかぶり、左右の扉めがけて投げつけ――
 ザンッ――と、襖でも切るように、黒色の刀が投げつけられた左扉が真っ二つになった。斜めに分かたれた扉が音を立てて下に転がり、日の光が届かない真っ暗な体育倉庫の中が覗いている。逆側、白い色の刀は右の扉の真ん中に突き立っていたが、これは狙い通り。

(それにしても、とんでもない切れ味だな。防弾製の扉だぞ。何か特殊な投擲法でも使っているのか?)

 あらかじめ、出来ると聞かされていただけに、目の前で起きたことが信じられない。だが、今はそれはどうでもいい。ここからが本当の正念場だ。

 彼女の射撃の狙いがずれないよう、体育倉庫の入り口へ一直線に自転車を走らせていた俺は、そこで大きくハンドルを切った。体育倉庫の右から左へ、入り口前を横切るように大きくカーブし、そこで――

「今っ!!」

 飛び降りながら叫ぶ彼女の掛け声。一瞬遅れ、俺も続けて自転車から飛び降りた。女の子と二人、あらかじめ白銀の刀の柄に結んでいたベルトのワイヤーを掴んで、慣性エネルギーを殺していく。女の子は華麗に、俺は無様に地面に転がり、ワイヤーを手放し――

 ふと見れば、ふらふらと無人のまま走っていた自転車がついに重力に負けたのか、ガシャッと音を立てて転がった。


 俺たちは慌てて体育倉庫の入り口めがけて飛び込み――


 背後からプラスチック爆弾特有のオレンジの閃光と――


 体育倉庫全体を揺るがすような轟音と、爆風が――――



あとがき


緊迫感が伝わるかどうかですが、こんな展開どうですかね。

あれ? そういや、オリキャラでてないや。第二話からいきなり空気と化してら。


7月15日 とりあえず改訂作業終了。次話が長すぎたので、そこから2人の会話をもってきて追加しました。



[28651] 第三弾 BAD COMMUNICATION
Name: 器用なアザラシ◆a19fdfd2 ID:308ff124
Date: 2011/07/31 11:45
 通信科(コネクト)――さまざまなミッションをこなす武偵の支援として、通信機を用いたバックアップを教わる学科だ。特に強襲科(アサルト)の作戦時にはオペレーターとして、連絡中継や作戦説明などをこなすこともあり、縁の下の力持ちといった役割を担っている。

 どことなく通信会社然としたその通信課棟。電子機器が所狭しと積み上げられた教室の一室で、男子生徒が一人、多数のPCモニターとそれぞれの前に置かれたゲームスティックに囲まれていた。
 周囲には他に人はいない。この時間は始業式が始まる頃だ。新学期初めの始業式は出席をとられるため、通信科のほとんどの学生が体育館へ向かっていた。
 彼を囲む十数台のモニターには、手前から奥へ流れていく景色が映っており、移動している物体に付けたカメラからの映像だということがわかる。だが、その内数台のモニターはブルーバックとなっていた。カメラから無線で送られてきた映像が途切れてしまっているのだ。

「…………」

 おもむろに男子生徒は一つのキーボードを手に取った。カタカタと軽快な音が教室に響き、彼は流れるような手つきでキーを操作していく。正面のモニターに映っているのは、通信科の隣、情報科(インフォルマ)のネットワーク、そのポートスキャン結果だ。

 情報処理に重きを置き、武偵の後方支援として情報の収集、整理を行う情報科。そこは武偵高の電子ネットワークが集中する場所であり、当然外部からのセキュリティは完璧。たとえ世界レベルのハッカーからサイバー攻撃を受けてもどうということはない。
 だが、ひとたびその内側に入ってしまえば、これが驚くほど内部からのハッキングに脆いことがわかるだろう。
 当然だ、ここは東京武偵高のど真ん中。ある意味FBIなどよりも脅威となる者たちが集う学び舎なのだから。内部から、それもサイバー攻撃されることなど想定はされていない。
 通信科はその性質上、情報科との電子通信のやりとりが多く行われる。そして、ここはその通信科棟。事実上、情報科へのフリーパスが与えられていると言っても過言ではない場所なのだ。
 そのため、さしたる苦労も無く男子生徒は情報科のネットワークに侵入、学内に無数に置かれた監視カメラにアクセスすることに成功した。
 先ほどから青い色とNO SIGNALの文字だけしか映さなくなったモニター、①と番号が振られたそれに、再び鮮明な映像が点った。画面上には2人の男子生徒、その後方に1台のセグウェイが映っている。画面の右下に表示された時刻は、十数分前のものだ。

「…………」

 男子生徒が再びキーボードを操作すると、画面の中、妙に裾の長い制服を着た長髪の少年がクローズアップされた。走りながら、自転車を漕ぐ隣の学生と会話をしている状態で静止した映像。そこからスロー再生していくと、少年が走る速度を落とし、後ろに下がっていくのがわかる。そのまま後方のセグウェイとすれ違う形で、今度は逆方向へ走り出した。

「……ククッ……」

 含み笑いをし、男子生徒は映像を少しだけ巻き戻した。こんどはコマ送りで、少年がセグウェイと交錯するシーンを映し出す。するとどうだろう、少年とセグウェイが画面上で重なったその瞬間、少年の片脚がフッと消えてしまった。足元の影はそのままで、つま先から膝の上あたりまでだけがその先にある背景に溶けてしまったかのようだった。そして次のコマでは何事もなかったように映像は元通りとなっている。
 いや、二点だけ元通りにならなかった。少年の脚が消えて戻った瞬間、今度はセグウェイの車輪の軸、そして中心の主柱が、微かに外側へ曲がったのだ。これでは満足に走行させることなどできはしない。映像を送ると、はたしてセグウェイの動きがふらふらとしたものに変わっている。

「……『無影脚』……クッ、ククク……そうか、あいつが……――ッ!?」

 突如、男子生徒が立ち上がった。胸元から拳銃――ワルサーP99を取り出したかと思うと、カーテン越しに抜き打ちで二発、開け放たれていた窓に向かって発射した。
 銃声、そして静寂。低い姿勢で窓際へ移動し、彼は二つの穴が開いたカーテンを一気に開く。

「……逃がしたか……まあ、良い。オルメスのヤツが来るには、まだしばらく余裕はある」

 そう『少女の声』で呟いた男子生徒は、⑤の番号が振られたモニターを覗き込む。そこには爆発により粉々になった自転車の残骸、そしてその先にある第二グラウンドの体育倉庫が映っていた。
 にやりと唇の端を吊り上げて笑う彼の背後、開け放たれた窓の外には、ひらひらと白い鳥の羽が舞っていた。


 第三弾 BAD COMMUNICATION


 飛び込んだ体育倉庫のコンクリート床に伏せ、背中で熱風を感じながら、改めて彼女の凄さを思い返した。
 誰もがうろたえる危機的状況での冷静な判断力。突拍子なく、それでいて実に合理的な直感。そして高い戦闘力。間違いなく強襲科にとって必要なスキルのトップ3だ。彼女の強襲科としての才能は、はっきりいって誰もがうらやむくらいずば抜けている。
 本当に、『今の俺』と比べると、月とすっぽんってやつだな。
 たっぷり十秒、爆風に揺さぶられる体育倉庫の中でそんなことを考えていると、胸の辺りがもぞもぞ動き出し――

「もう大丈夫だと思うんだけど、どいてくれない?」

 なんて声が掛かった。
 はっとして視線を下に向けると、俺の腕の中にすっぽりと納まったピンク色の髪。いつのまにか、覆いかぶさるように彼女を組み敷いていたことがわかった。
 そうだった。体育倉庫に飛び込んだ際、背後でプラスチック爆弾が爆発するのを感じ取り、とっさに目の前にいた彼女の頭を抱えて床に伏せたんだった。
 
「――と、悪い、重かったか? 今どくから……よっと」

 女の子の身体に密着するなんて、はっきり言ってとても『危険』な状態だ。だが慌てて起き上がればギャグマンガか何かのように、こいつの頭が床にぶつかってしまう。できるだけ慎重になりながら頭を離してやり、ゆっくりと身体を起こして立ち上がった。
 すこし高鳴り始めた鼓動を感じながら、自分の血流を確かめる。
 良かった、これくらいなら余裕で大丈夫。
 ほっと安堵し、彼女も上半身を起こしたところで右手を差し出してやる。

「気にしてないけど、一応、かばってくれたんでしょ? なら許してあげるわ」

 微笑んでその手をとった女の子を、引っ張りあげて立たせてやった。
 ……こいつ、手ちっちぇーな。めちゃくちゃ柔らかいし、とても大口径のガバメントなんて撃てる手には思えんが、これで実際ものすごく射撃が上手いんだよな。

 ぱっ、ぱっ、と制服についたホコリを払っているその女の子。壊れた入り口から差し込んだ光を受けて、ツインテールに結われたピンクブロンドの髪がきらきら輝いている。まるで作られたみたいに可憐な容姿。改めて見ると、本当に可愛い。どちらかというと、子供や人形に感じるような愛らしさが目立つ可愛さだが。
 ふと、その赤紫色の目が俺に向けられた。

「……? あんた、何処かで会ったことある?」

「はぁ? 何言ってんだ。初対面だろ、俺ら」

 口にはしないが、こんな可愛い子の顔なんて一度見たら簡単には忘れないだろう。『女嫌い』なんてあだ名をクラスメートに付けられてはいるが、美少女かそうでないかの区別くらいつくし。
 そうしたら、「そうかなぁ? 昔、何処かで……」なんて考え始めちまった女の子。並んでみると、こいつホントに小さいな。145センチくらいか? 体格からすると中等部くらいに思えるんだが。
 それに、非常に失礼だが、胸なんかぺったんこ。白雪とかと比べると、それこそ月とすっぽん。おかげで俺の体質的にはとても助かっている。
 と、まじまじと目の前の女の子を観察していると、ホコリで少し汚れた白いブラウスに名札がついていた。今日から新学期なので学年やクラスは未記入だったが、そこには――

「……神崎・H・アリア――」

「? そうよ。あたしの名前。あんたは――遠山、金次? ぷっ! 変な名前~!」

「うっせ! 笑うんじゃねーよ」

 こちらに向き直り、俺の名札を確認して笑っている神崎アリア。名前からするとハーフ――海外だったらダブルって言うのか? どうりで珍しい髪の色しているくせに、日本人っぽい顔立ちをしていると思った。帰国子女かなにかなんだろうな。
 新入生ならまだ名札なんてもらってないだろうし、やっぱ中等部のヤツなんだろうか? タメ口きいてくるし、人の名前を笑うし、けっこう失礼なヤツだな。

「――って、そうじゃなかった。あ~~、その、改めて、礼を言わせてくれ――――助けてくれて、ありがとう」

「え? あっ、れ、礼なんていいわよ。あんたも言ってたでしょ、武偵憲章一条『仲間を信じ、仲間を助けよ』って。だから、その、とにかくいいのっ!」

 と、ちょっと赤くなり焦っている神崎。
 あれ、こいつもしかして照れてんのか? 外面だけの生意気なヤツかと思ったけど、ははっ、意外と可愛いとこあるじゃねーか。

「いやー、それでも感謝してるって。あやうく、2年生になって初日から命を落とすことになりそうだった。お前、中等部の子だろ? ちっこいのに――」

 ビキッ! そんな音が神崎のこめかみから聞こえたことに俺は気づかず――

「――すごいな、神崎は――」

 なんて子供を褒めるように、思わず頭を撫でてやろうと手を伸ばして――

 がぶぅっ!!

「――って!? いっだだだだ!?」

 突然の激痛! なんと神崎は犬歯を剥いて、俺の手に噛み付いてきやがった!
 振りほどくようにしてその口の中から手を引き抜く。何だ、何でいきなり!?
 何をするんだ、と抗議しようとしたら、身長の都合上、俺から見下ろす形になった神崎は顔を伏せていた。前髪で顔の上半分が影となっていて表情が見えない。その唇がわなわなと震え――

「……――ない」

「あんっ? なんて言っ――」

「あたしは中学生じゃない!!」

「……え゛っ……じゃ、小学――」

「 あ た し は 高 2 だ !! 」

 ――と、目を吊り上げて怒鳴ってきた。

 …………

 うそだろ? 女子高生の平均身長って155センチくらいだぞ。こいつのはまるで小学生並じゃねーか。それに同い歳の白雪と比べたらスタイルなんか――
 と、つい視線が、神崎の胸に向いてしまい――
 ――はっ!? しまった!?
 慌てて神崎の顔を見ると、その顔は真っ赤。拳はぎゅううっと握り締められ、う、が、がっと、声を上手く出せないみたいで、口をひくひくさせている。そして大きく息を吸い込んで、

「む、むむむ胸見たああぁぁっ!? アンタいったい! なにを! 考えたのよっ! こここ、このバカぁっ!!」

 俺ってヤツは、どうやらとんでもなくでっかい地雷を踏んでしまったようだ。
 頭から噴火しそうな勢いで真っ赤になった神崎は、ガンッガンッッ! と地団太踏んで怒り狂っている。
 ムキャーッ! と両手をぶんぶん上下に振り回し、怒りの動作……さっきまでわりとカッコいい女の子だったんだが、そうか、胸と身長、気にしていたんだな。悪いことをしてしまった。

 なんて冷静に考えている場合じゃない!? ちょっ、踏みつけられたコンクリート床がひび割れて、足の形にくぼんでるじゃねーか!? 

 身の危険を感じて、ジリッ――と、思わず体育倉庫の入り口へ下がった俺。そしてそれに気づき、ぎろりっとにらみつけてきた神崎。
 ヤバイッ!? なんて思う暇も無く、バッ! と、神崎が飛び掛ってきた! そのまま俺の上着を掴み、足を払って――グルンッと視界が一回転!?
 こいつ、徒手格闘も上手い! この体格差で、いつ投げられたのか全然わからなかった! 気づいたら床にうつぶせに組み敷かれて、背中に神崎の足が乗っている。
 そして、ゴッ――と俺の後頭部に固い感触。ままま、まさか! 銃口か!? 銃口なのか!? 

「こ、この恩知らず! セクハラ男! いっぺん、死ねぇっ!!」

 ガガガガガガッッッ!!

 ギャアアッーー! 俺死んだーー!? って、あれ?

 銃声は俺の頭からではなく、体育倉庫の外からしていた。しかも、この建物全体をひっきりなしに襲う衝撃、何者かの銃撃を受けているのか!?

 いつの間にか神崎は俺の背からどいていて、両手に白銀と漆黒のガバメントを構え、壊れた扉の入り口横に隠れるようにして外の様子を伺っていた。
 まさかさっき俺を投げたのは、あのまま入り口付近に立っていたら銃撃を受けたからか? また、助けられちまったな。

「あいつら、また来たわね。しかも今度は団体で!」

「ッ! さっきのセグウェイか!?」

 こちらも慌てて身体を起こす。ベレッタを抜き、神崎に倣うように入り口の横へ身体を預けた。
 銃弾は散発的に、だが的確に体育倉庫の中めがけて撃ち込まれてくる。俺と神崎は死角にいるため当ることはないが、体育倉庫に他に出口は無く、まさに袋のねずみってやつだ。

 一瞬銃撃に間が空いた。
 すると神崎は突然、入り口を横切る形で飛び出し、地面を滑るようにして俺の反対側の壁に移動した。続けて再び激しい銃撃が再開される。

「あの変な二輪、ざっと10台いたわ。武装はみんなUZI。9mmパラを秒間10連発……『武偵殺し』のヤツ、本気出してきたってわけね」

 あれが10台!? こっちは拳銃が3丁、向こうはサブマシンガンが10丁。いくらなんでも戦力が違いすぎる!

「おいッ! 今、武偵殺しって言ったな! 模倣犯とかじゃないのか!?」

「逮捕されたのは本物じゃない。罪のない人を替え玉にして、新犯人はまだ捕まっていないわ・・・・・・そいつを追っていてアンタを助けたんだけど、ごめん、どうやら嵌められたみたい」

「マジかよ……」

 そう呟いても状況は変わらない。神崎と2人で武装を確認しあう。

 俺のベレッタは予備のマガジンを入れて装弾数30発。神崎が使うガバメントは、威力はでかいのだが、さきほど入り口の扉に計5発使っているから、予備のマガジン2ヶと合わせて残弾は23発。
 2人の弾数を合わせて53発。単純計算でセグウェイ1台につき5発で倒さなければいけないのだが、ミスショットを考えれば3~4、いや、銃撃の間隙をぬって反撃することを考えれば、もっと少なくなるだろう。

「このままじゃ火力負けするぞ」

「同感ね。なにか――」

 そう言って神崎は体育倉庫内に目を向ける。
 中に置かれた備品はどれもこれも防弾製で、銃撃を受けたってのに壊れている物の方が少ないくらい。

 バリケード代わりに体育マットとか使えないだろうか? いや、篭城は駄目だ。武偵高に出回っていた情報どおりなら、武偵殺しは爆弾使い。体育倉庫にプラスチック爆弾を仕掛けられたりでもしたら、今度こそ助からない。何とかあのセグウェイどもを排除する方向で考えないと。

 二人して使えるものが無いか見渡していると、神崎の目があるものにとまる。

「そこの跳び箱なんてどう? 防弾製でしょ。2人で入って、隙間を銃窓代わりにして突撃すれば――」

「いや、駄目だ! 俺の直感が告げている……その中に入ったが最後、ろくなことが起きやしないと!!」

「……そっ、そう……良いアイデアだと思ったんだけど、なんかトラウマでもあったの?」

 虫の知らせってやつだ。主に俺が多大な迷惑をこうむる気がする。どこかの大きな誰かさんたちは喜ぶかもしれないが、こいつは本当に最終手段としたい。

「まぁ、いいわよ。隙間から銃弾が飛び込んできたら、中で跳弾して危険だしね」

「あいつら、遠巻きに撃ってくるだけみたいだが、一気に押し寄せてきたら……どうする、神崎?」

「アリアで良いわ。その代わりキンジって呼ばせてもらうから」

「俺も構わない。ちなみに言っておくがなアリア、俺にお前ほどの射撃は期待するなよ」

 「問題ないわ」と、神崎――アリアは制服のスカーフを外しはじめた。タイと一体化しているえんじ色のそれを、足元に転がっていたテニスボールに巻きつけ――

「このくらい、あたし一人で片付けられるッ!」

 外に向かって勢いよくそれを転がした。
 そして、セグウェイの銃撃がボールに集中するのを確認した瞬間、アリアは入り口に向かって大きく跳躍。天井付近まで飛び上がり、側宙をするように空中でグルリッと回転しながら――

 バッ、バババッ!!

 上下逆さまのまま両手のガバメントを連射する! まるで映画のワイヤーアクションのようにアクロバティックな銃撃だ! 
 こんな身軽に、三次元的な銃撃が可能だなんて――と、俺は思わずアリアの動きに見惚れてしまい、

 身体をひねって、着地しようとするアリアから、硝煙の匂いに混じってクチナシのような甘い香りが、ふわっと漂ってきて、


 ここで、ちょっと状況を確認しよう。

 アリアは空中で一回転しながら、入り口の反対側――すなわち俺のほうへ着地しようとしていて、
 ぼーっと突っ立ったままだった俺は、ハッと我にかえってアリアを受け止めてやろうと足を一歩踏み出して、

 両脚を広げて天井付近から落下してくる『スカートをはいた』アリアと、

 『落着点を読み間違えて』無防備に顔を上げた俺の、

 目が合った。

「はぇ? ちょ、ちょっと――」

「えっ? おいっ、おまっ――」

 盛大にめくれ上がった短いスカートから覗く、真っ白い太ももと黒のオーバーニーソックス!
 ぴっちりと肌に食い込む白地の、トランプのマークがプリントされた、しっ、下着!?

 避ける間もなくそれらが、視界いっぱいに迫って来て――

 ぼすっ――と


 そのまま、二人して硬直し――

 ………… ………… …………

 ………… …………

 …………

 
 あっ――
 ありえねえええ!? 今の状況、『俺がアリアを前後ろ逆に肩車している』格好だぞ!? なんで!? どうして、こうなった!?

 しなやかでありながら、意外とむちっとした質感の太もも! それでいてサラサラしたきめ細やかな肌! それが俺の首と頭を両側から挟みこんでくる――――む、むむむ、むにゅっ、と!?
 俺の目の前は真っ暗。だが、鼻先に当たるふっくらとした布地が! 微かにこもったしっとりとした熱が! 目の前、薄布一枚越しに、確かに『それ』があるということを伝えてきている!! 『それ』が何かって? 言えるわけねえだろっ!!

「…… …… ……? ……ッ!? みっ……! みっきゃあああぁぁあああっ!!」

 ようやく再起動したらしいアリアさんの絶叫が聞こえる。悲しいことにすぐ近く、具体的に言うと俺の頭の上から。
 驚きのあまり身体に力が入らないのか、アリアは足を震わせてただただ叫ぶばかり。ヤマネコの泣き声みたいだな、なんてちょっと現実逃避しても、状況はまったく変わりやしない。
 屈んで降ろしてやれればよかったんだが、あいにくここは銃撃されている体育倉庫の入り口横。視界ゼロで下手に動いたら、体中穴だらけになっちまう――なんて冷静に判断できたのは、果たして良いことだったのだろうか?

「いぃやぁああああ!? へっ、へんたい! へんたいへんたいぃィ~~!!」

 もともと甲高いアニメ声が、さらに1オクターブほど高音になってやがる。へんたいって、もしかしなくても俺のことだよな。
 銃を放り投げてしまったらしく、素手で俺の頭を叩いてくる。ぽかぽかっなんてもんじゃなく、ドガドガッって擬音がつくようなパンチが俺の頭に振り注ぐ! めちゃくちゃ痛い!
ぐい、ぐぃいいいーっと、無意識のうちに力がこもってしまったのか、顔全体に押し付けられた――えっ……と、あっ、足の付け根が、俺の首を容赦なく――って!?

「ほぉっ、ほひぃふへ!? ふひは、ひぃはっへう! ひぃはっへふっ!!」

「ひゃんっ!? あッ……やぁんっ……んんっ、だ、だめ、だめぇ~~!」

 「おっ、落ち着け!? 首が、極まってる! 極まってるッ!!」と言ったつもりだったんだが、とっても不明瞭な、くもぐった声しか出ない。
 口元の……ぬ、ぬぬぬ布! そう、布が邪魔をしているから!? ショーツなんて言えるかコンチクショウ! ああ、もうっ、ショーツだよクソッタレ!!

 じたばた、じたばた(古典的表現)と、本当の幼児のように俺の頭の上で暴れまくるアリアちゃん。落ち着きが足りませんと学校で言われなかったのか。
 正直俺はもう、いっぱいいっぱい。首を極められ酸欠でくらくらするが、この状況で呼吸なんて出来るはずもなく、してしまったが最後、本物の変態になってしまうだろう。

 だが、事態はそれどころじゃない。パニックになっていたからここまで何とか保ってきたが、禁止していたあの身体の芯が熱く、堅く、むくむくと大きくなるような感覚が、ふつふつと沸いてきてしまった。こんなんで女の子の、あの……ぉ、ゴニョゴニョ……な、部分の匂いなんて嗅いじまったら――

 うぉッ、余計なことを考えていたら、本格的に目の端がチカチカしてきた。これは失神する兆候じゃねーかッ!?
 頭をぎりぎり締め付けてくるアリアの両太ももを、ぱしっぱしぱし、とタップする。ギブギブ、ギブアップ。ってか無駄に肌触りの良い黒ニーソだなっこのやろうっ!?

「ちょ、やっ、なっ!? ううぅっ、うごかなっ、ひゃっ、やっ、そっ、それっ、そこは……だめっ……あっ、あっあっ、あ! やっ、やめっ、ひぁっ!?」

 ……思いっきり逆効果になっている気がする。
 なんだかアリアが艶のある声をあげるたび、ぐいっぐいぐい、ぐいぃーっと顔面にショーツが押し付けられる。
 これは、いったい、なんの、ごうもん、ですか、かみさま?

「んん、くぅんっ、あっ、んんっ……やあぁ……だ、だめぇええ……」

 声は弱々しくなっていくが、首というか、頭を挟む力はむしろ強まる一方で――

 (い、いかん! おっ、落ちる――!?)

 なんて、思わず――


 すうぅーっ――と、鼻と口で思いっきり息を吸い込んでしまい、

「ッ~~~~~~~~~!!」

 声にならない声、ぞわぞわぞわっと両脚、下半身、そして全身が震え上がったアリア。
 鼻腔、口腔どころか胸いっぱいに『その匂い』を吸い込んでしまった俺。

 何というか、その……あ、甘酸っぱいような、女の子の香りが――

 
 ドクンッ!

 ――ああ、駄目だ。これはもう、アウトだ。

 ドクンッ、ドクンッ――!

 ――なってしまう。なってしまった。


 ――『ヒステリアモード』に。




 すんっ、ぐすんっ……とすすり泣き、崩れた正座で床に突っ伏しているアリア。
 右手は身体の前を掻き抱き、左手は……その、乱れたスカートの……おへその、下辺りを守るようにしている。

 あの後、アリアの匂いとともに酸素をめいっぱい取り込んだ俺は、完全に硬直してしまったアリアの太ももの間から脱出。そっとアリアをお姫様抱っこで、体育倉庫の奥へ運んでやった。
 そして硬直が解けたアリアは、

「パパ、ママ、神様、許して……わ、わたし……けっ、けがっ、穢されて……汚れちゃって……」

 しゃくりあげながら何事かを呟いている。なんだか、悪い男に酷い事された少女みたいだな。
 こういうとき、男は女の子に優しくしてあげなければならないだろう。あれは不可抗力だったということも理解してもらわなくては。それに今、心も身体も傷ついたアリアを癒してあげられるのは俺しかいない。

「アリア……アリア、大丈夫か? ごめんよ、でも悪気はなかったんだ。許してほしい。一人で立てるかい?」

 めいっぱい優しく、気づかいに満ちた声をかけると、ずばあっ、とアリアは勢いよく身体を起こした。
 目いっぱいに涙を溜めて、顔は真っ赤。わなわなっと身体は震え、だが、両脚は付け根をガードするように内股になっている。

 と思ったら、ぎぎんっ! と、再び両目を吊り上げて、犬歯をむいて、

「~~~~こっ、殺す! 死なすッ! こんのぉ~、ドへんたい!! でっかいッ、風穴ッ、あ け て や るーーッ!!」

 こちらの耳が痛くなるほどの大音量でがなりたててきた。両手にはいつの間にか黒と白のガバメント。トリガーに指をかけてブンッ、ブンッと上下に振り回している。

「……アリア、ちょっと落ち着こう。なんだかとっても悲しい誤解が『パァンッ』――って、うおおぉッ?」

 の、ノーモーションから撃ってきたぞ!? 兄さんの『不可視の銃弾』並の銃撃じゃないか! よくかわせたな、俺!? というか、頭を狙ってた!?

「ちょっ、わかった! 俺が悪かった! だからそのガバメントを仕舞ってくれないか!?」

 ふぅ~っ、ふぅ~っと猛獣のような荒い息がアリアの口から漏れている。一発撃ってちょっと落ち着いたのか、それでもまだ怒り冷めやらぬといった感じ。下手に手を出したら、さっきみたいに噛み付いてくるどころじゃなく、そのまま噛み千切られそうだ。ガバメントの銃口がこちらに向いていないだけマシか。

「すまなかったね、アリア。嫌な思いをさせてしまったかい? お詫びに、何か償いをさせてくれないか」

「…………償い?」

「ああ、そうだ。ちょっとの間だけ――アリアをお姫様にしてあげよう」

 そう言って俺は、映画で見た中世騎士と姫のように、大仰なしぐさでアリアの足元に片ひざをついた。恭しくその小さな右手をとり、そっとガバメントを取り上げる。

「姫の手に銃は似合わない。銃なんか振り回すのは、俺だけでいいだろう?」

 そのままアリアの小さく可憐な右手の甲に口付けをしてやる。アリアはされるがままだ。屈んでいるのでその表情は見えないが、きっと恥ずかしさに赤くなっているのだろう。初心そうな子だし。

 ズガガガガガッッ!

 そのとき、再びセグウェイたちが体育倉庫に銃弾を浴びせてきた。アリアのアクロバティックな銃撃でどうやら一時的に退いていたらしい。
 だがその銃声から、ヒステリアモードの俺にはヤツラの数が7台まで減っているのがわかる。体育倉庫の死角にいる俺たちに当りやしないのに、撃つだけ弾のムダだ。俺とアリアのひと時を邪魔するな。

「姫を守るのはナイトの役目。さあ、お姫様。何なりとご命令を――」

「死んで。今すぐ」

 …………

「…………は?」

 思わず間の抜けた声を出してしまう俺。今、ナント仰いましたか?

「あ、アリア? そこは、私を守って――とか、あいつらを追い払って――とか、じゃ、ない、かな?」

 予想外な展開に思わず仰ぎ見たアリアの顔は、やはり真っ赤だった……怒りで。 しらず、俺の言葉が途切れ途切れになってしまう。
 そして怒れるアリア姫は、額に青筋を浮かべたまま、にっこり。
 かと思ったら、口を大きく動かし、一字一字はっきりと、

「しッ! ねッッ!!」

 あれぇ? おかしいな、こういう勝気だけど初心な子は、お姫様扱いとか女性であることを意識させると簡単に落とせるはずなんだけど。

「えっと、さすがに死ぬのはちょっと……」

 だらだらと冷や汗を掻きながらお姫様の顔色を伺うと、「はあっ? アンタ、何でも命令しろって言ったのに、出来ないの? バカなの? 死ぬの? 死ぬなら早く自害しなさいよ、ハリーハリーハリーッ!」的な冷めた表情でこちらを見ている。
 目は口ほどにものを言う。思っていることが顔に出まくりですよ、ちょっとは本音を隠しても良いと思うのですが、どうですか、駄目ですか、そうですか。

「なんなら手伝ってあげましょうか?」

「の、のののノーサンキューDEATHッ!! あっ、今、俺上手いこと言っ『バァンッ』――って、ぎゃああッ!?」

 またもや頭部への銃撃! かろうじて回避! ま、不味い、ものすごくドツボ、いや自ら墓穴へはまっていくような気がしてきた。

「わ、わかった。わかったから銃を下ろしてくれ、アリア!!」

 何故だか一秒ごとに不機嫌になっていくアリアをなだめつつ、ベレッタのマガジンを抜いて、9mmパラベラム弾を8発抜き取る。
 もうこうなったらアリアにカッコいいところを見せて機嫌を直して貰うしかない。
 手品師がタネも仕掛けもありませんよ、というようにベレッタと抜いた弾丸をアリアに見せ付ける。予備のマガジンを取り出すことも忘れない。

「こ、これで俺の銃は残弾が7。外のセグウェイの数も同じく7だ」

「………それで?」

「そのムシケラを見るような目はやめてほしいんだが・・・…い、いや、冗談! 今の俺はムシケラ以下ですっ! だから銃口を向けないで!?」

「次にナマ言ったら風穴!!」

 おかしい、ヒステリアモードのはずなのに、ものすごく3枚目だぞ、俺。
 何故だか知らないが、アリアを前にすると調子が狂って仕方がない。ほんと、どうなっているんだか。
 まぁ、いいさ。きっとアリアもこれで俺を見直してくれるだろう。

「…・・・・・・・・・そ、れ、で、7発しか残ってない銃で、ナイト(笑)なアンタは何をしてくれるの?」

「き、決まっているだろう。あのセグウェイたちを、これで倒して――」


 予備のマガジンごと銃弾をアリアに手渡し、銃撃が続く体育倉庫の入り口へ歩き出す。
 右手にはマットシルバーのベレッタ・M92F。
 途中、半分だけ振り返ってアリアにウインクをしてやる。
 
「アリアを――――守る」



 バァンッ
 
「もう、それはヤメようよ!?」

「うるさいっ! ホントに死ね!!」

 とほほっ、締まらないなぁ、本当に。


あとがき

……なんだかとっても葛藤しながら書き上げました。

いくら綱渡り効果(間違えた吊り橋効果だ)があるとはいえ、キンジのヒステリアモードを実際にやられたら、キモっ! って思ってしまうのは私だけ? 男にとっちゃあ、うらやましい能力かもしれないですが。



作中の表現が気に触った方、全国の遠山金次さん、謹んでごめんなさい。

次話のテーマは、『うぬぼれ』です。
魔改造により最強となったアリアVSヒステリアモード(笑)なキンジ

さて、どう話を転がしていこうかしら





[28651] 第四弾 Dance in vain all alone
Name: 器用なアザラシ◆a19fdfd2 ID:308ff124
Date: 2011/07/26 01:36
 諜報科(レザド)棟の中、人気の無い空き教室の一室で、ウォンは着衣の乱れを直していた。
 カチャカチャとベルトを締める音が室内に響く。暗がりの中で軽く確認してみたが、制服には特に変な染みなどはついていない。だが、身体に染み付いてしまった匂いはもうどうしようもないので、しかたなく今日も授業をサボることにした。
 足元には見目麗しい女生徒が荒い息を吐いてぐったりとしている。その顔は赤く上気し、気をやって意識が飛んでしまったらしく、服を乱したまま床の上に直に横たわっていた。身に着けた制服のブラウスはまくれ上がり、豊かな胸を包み込む明るい色調の下着が丸見え。えんじ色のスカートはホックが開ききり、肉付きの良い太ももの半ばまでずれ落ちてその役目を果たしていない。
 名前は……はて、なんだっただろうか。確かC研――特殊捜査研究科(CVR)の2年生で、今朝の始業式で知り合った時にちゃんと聞いたはずだ。先ほどまで彼女の耳元で、繰り返し繰り返しその名をささやいてやっていたのだから、間違いない。

「ひどい人ね。キンジを見捨てて、自分は一人、お楽しみってワケ?」

 透き通るような少女の声が教室に響いた。足元のDさん(胸のサイズはDだった)のものではない。教室の入り口、扉にはめ込まれたガラス越しに、何者かが扉に身体を預けて声をかけてきたのだ。

「一応、手助けはしたぞ」

 教務科(マスターズ)へ連絡し忘れてしまったが、仮にも強襲科(アサルト)なのだから、爆弾くらい何とかできるだろう。たぶん。
 魔改造された上着を羽織ながらウォンはそんな無責任なことを思っていた。
 それにアイツには――

「……あの後、同じおもちゃが3台くらい出てきたんだけど。まさか、そこまで予測済み?」

「む、そうだったか。まあ、お前がここにいるということは無事だったんだろう?」

「そうだけど……はぁ~、キンジかわいそう。友達甲斐ないヤツが友達で」

 女から、あきれたようなため息が漏れた。窓ガラスごしにひらひらと手を振り、そのまま気配が遠ざかっていく。
 それに一瞥をくれ、ウォンは服装を整え終えた。窓際へ歩み寄り、教室のカーテンを開いて外の光景に目を細める。

 遠く、一羽の白いワシが飛んでいるのが見える。何かを探すように旋回していたそれが、高度を落として建物の影に消えていく。
 
「……友達、ではないさ」


 一人、小さな呟きだけが残った。



 第四弾 Dance in vain all alone


 ヒステリア・サヴァン・シンドローム。通称HSS。
 遠山家に代々遺伝するこの特性は、脳内にβエンドルフィンという神経物質が一定量以上分泌されることで発動、常人の30倍もの神経伝達物質が媒介となり、脳や脊髄といった中枢神経の活動が劇的に亢進する――と、兄さんによって研究され、近年ようやく明らかになってきた遠山家の神経性の遺伝形質である。

 ぶっちゃけると、『性的に興奮』すると反射神経や判断力、思考能力が劇的に向上するスーパーモードになることが出来る、ということ。ざっと見積もってスペックが普段の30倍にもなるのだ。
 この状態を俺は『ヒステリアモード』と勝手に呼んでいる。

 それってなんてチート? と、思われるかもしれないが、弱点もある。

 まず一つ、長時間ヒステリアモードになることは出来ない。常人の30倍の神経伝達物質によって、脳神経や脊髄などの神経系に大きな負担が掛かるためだ。だいたいがエンドルフィンだって脳内麻薬と呼ばれているくらい。せいぜい数分、受けた刺激にもよるが長くて数十分くらいで元に戻ってしまう。

 二つ目、異性――つまり女を何が何でも守ってやりたくなる。理由は後述するが、女子が絡んだ場合、物事に対して正常な優先順位を付けることができないのだ。最優先事項が女に切り替わってしまうため、女からお願いなんてされてしまった場合、ほいほい何でも言うことを聞く召使いみたいになってしまう。

 そして三つ目に……女子に対して極めて気障な言動を取ってしまう。それはもう、ナンバー1ホストも真っ青なジゴロキャラへとなってしまうのだ、この俺が!

 女の子の前で良いカッコをしたい。あの娘のためならエンヤコラ。子孫を残すため、女の子のために、限定的ではあるが火事場のクソ力を意識的に出せるようになったのがこのHSSらしい。そのためか、ヒステリアモードの俺は女子にとって魅力的な男性を無意識に演じてしまう。優しくしたり、褒めたり、慰めたりさりげなく触ったりやたら近づいたり――いちいち思い返すたびに死にたくなるような、こっ恥ずかしいセリフだって臆面もなく言ってしまう。二番目の理由もこれから来ているらしい。

 はっきり言って、『免疫』がない女の子なんて、あっという間に骨抜きになってしまう――のだが、数ヶ月ぶりになったヒステリアモードはなんだか、今までとちょっと勝手が違った。
 でなきゃ――
 

「いい? 一発でも撃ちもらしたら風穴あけるからね!」

 せっかくの見せ場で、女の子に銃を向けられているシチュエーションなどありえないッ!!(←割と本気)

 いや、冗談抜きでアリアのような初心な子は簡単に落とせるのだ、ヒステリアモードの俺なら。ニコポやナデポ、最低系とでもいうのだろうか、狙った獲物は逃さないぜッ! を素で行ってしまうのが悩みの種だったはずなのに。
 掛かりが浅かったのか、と自分の血流を確かめるも――
 うん。間違いなくヒスっている。自分の世界が広がるような、何でも出来てしまうようなこの感じ。五感どころか第六、第七の感覚が目覚めていてもおかしくない。

 まぁ、それは後回しにしよう。女の子を守る――というのが優先事項なのは変わっていないみたいだし、早くしないと本当に風穴をあけられてしまう。

 ガルルッと犬歯を剥いて俺を威嚇する女の子の声援を受け、銃撃が続く体育倉庫の入り口へ向かう。




 先ほどアリアに壊された扉を跨ぐようにして、外に足を踏み出した。正面にはやはり7台のセグウェイ。横一列になり、銃座に取り付けられたUZIがぴったりと俺を狙っている。
 俺が無防備に出てきたことで意表を突かれる形になったのか、UZIの攻撃が一瞬止まる。だが次の瞬間には再び一斉射撃を浴びせてきた。
 狙いは全て俺の頭。やれやれ、アリアといい、今といい、今日はよく頭を狙われる日だな。

 だが――

 今の一瞬の躊躇でわかった。セグウェイは自動操縦ではなく、何者かに操作されてUZIを発砲しているのだということが。
 証拠に、7丁もあるUZIから弾丸が発射されるタイミングが少しずつずれている。シューティングゲームのように一台ずつ――1人の人間が照準を合わせて発射ボタンを押しているのだ。
 いくら遠隔で操作されていようが、それを操っているのが人間ならば、何処かしらにそのクセや攻撃パターンが滲み出る。格闘ゲームで相手の呼吸を読んで攻撃を見切る、なんていうのと同じ原理だ。
 通常の30倍ものスペックになった俺の洞察力は、狙いを付けてくるUZIや攻撃のタイミングから、そこにいないはずの射手の息吹を感じ取る。

 今の俺には――


(視えているぞ、武偵殺し!! 聴こえているぞ、オマエの呼吸!!)


 スローモーションのように飛んでくる銃弾を、上体を反らすようにして回避する。背後の壁から7発の銃弾が突き立つ音が聞こえる。
 続けて一斉に放たれてきた2射目は、後ろに倒れそうになる身体を、右足を軸にして半回転することでやり過ごす。そして――

 ――今だ!!

 腰をひねって上体だけでセグウェイに振り向き、右手のベレッタを横にして左から右へ大きく凪いだ。
 フルオートで応射された弾丸が全て、それぞれのUZIの銃口へ飛び込んで行き――

 ズガガガガガガガンッッ!!

 たった7発の銃弾が、あっけなくUZIの銃身を吹き飛ばした。薬室内に装填されていた銃弾は暴発、弾倉に残っていたものも巻き込み内側から火を噴いて炸裂する。
 土台となるセグウェイはその衝撃で吹き飛んだ。UZIと連動していたのか、折り重なるように倒れたまま、完全に沈黙してしまう。

 そのまま油断無く周囲の気配を探る。残心――空手か何かでの心構えだったか? 終わったと思って力が抜けた瞬間ほど隙が出やすいものだ。
 だがセグウェイたちが起き上がってくる気配は無し。新手が現れる気配も無し。頭の中で30秒を数え終えた時点で、ようやく肩の力を抜くことが出来た。

 十数台のセグウェイを破壊されたんだ、さすがに武偵殺しのヤツも打ち止めって感じらしいな。
 右手の軽くなったベレッタを、トリガーに指をかけてくるくると弄ぶ。


 タイミングが重要だった。なんせこっちは一発の弾丸もムダにはできない。ならば狙うは一撃必殺、相手の武器を破壊すること。
 ヒステリアモードの俺には相手の銃口を狙うなんて神技も余裕でこなせる。もともと俺を狙ってこちらを向いているのなら、なおさらだ。
 やっかいなのは、相手の弾丸が、俺の銃弾を弾いてしまう可能性があること。秒間10連発、1発あたりコンマ1秒の間隙を縫うのは正直骨が折れた。
 そして銃口に飛び込んだ俺の弾丸はそのまま砲身の内部をめちゃくちゃにし、UZI自身が発射した弾丸、その高圧ガスの逃げ場を塞いだ。空気を詰め込みすぎた風船のように暴発――正確には腔発というのだが、銃身内部から相手の弾丸の力も借りて破壊したってワケだ。

 やっぱりヒステリアモードは天下無双だ。どこの世界にこんな漫画みたいな射撃が可能なヤツがいる? 
 今の俺だったら何でも出来る気がするし、実際今まで出来なかったことなんて何もない。
 うぬぼれなんて言わせない。これこそが俺の牙、使いこなせているとは言いにくいけど、唯一無二の俺の武器なんだ。



「へぇ……急にキャラ変えてきたから頭おかしくなっちゃったかと思ったけど、ヤルじゃない。見直したわよ」

 いつの間にか体育倉庫の入り口からアリアが姿を現していた。その視線が、倒れて動かなくなったセグウェイ、ベレッタをくるくると回している俺、と交互に移り、ブンッと俺に何かを投げつけてきた。

「お褒めに預かり恐悦至極。気に入ってもらえたかな、お姫様」

 飛んできた俺の予備マガジンを左手でキャッチし、そのまま中世騎士がやるような、右手を胸、左手を水平に横に出したポーズでお辞儀をしてやる。
 こういう気取った仕草を躊躇なくできるってのは、ヒステリアモードならではだな。頭の片隅で「よっしゃ! 脈ありと見たッ!」なんてガッツポーズしているもう一人の俺がいるのはご愛嬌。

「そうね。さっきの死ねって命令は却下してあげる。代わりに――」

 そこまで言って、左右の手を両太ももに置き、顔を伏せて表情を隠したアリア。
 身体を起こしてベレッタに再装填しながらその様子を窺っていると――

 ガガンッッ!

 いきなり抜き撃ちで、黒と白のガバメントを発砲してきた。俺の頭の両側――耳に向かって銃弾が飛んでくる。
 『当らない』ことがわかっていた俺は微動だにせずそれらを見送り、案の定、耳の横1センチ程を通過していく銃弾。ひゅんっと風を切る音が耳をうつ。

「やっぱり、『視えて』いるのね」

「…………」

 何がとはアリアは言わないし、俺も何がとは問わない。
 突然銃撃してきたので何事かと思ったが、先ほどの速射、俺を試すために撃ってきた……どうやら、そういうことらしい。


 漫画かアニメとかで、達人が銃弾を避けるシーンがあるが、あれは意外と狙って出来てしまうものである。
 むろん、一般人には難しいだろうが、強襲学部(アサルト)の上位ランク――『A』や『S』に格付けされているようなヤツラは結構簡単に銃弾をよける。
 銃身や銃口の向き、角度、相手の目線を読んで射線を判断し、何処が狙われているかを瞬時に悟る。
 相手の呼吸、腕の筋肉や指の動き、トリガーの傾きを見切って発射のタイミングを計る。
 さらには殺気とかの気配を感じ取り、経験則からなんとなく銃弾がくることを予測する。
 そうして後は考えるよりも先に身体が動く。鍛えられた判断力、培った経験は、思考することさえなく己の肉体を操作してしまうのだ。
 だが――

「今の銃撃、フェイントを幾つ仕掛けたか気付いた?」

「……3つだ」

 よく出来ました、と満面の笑みを返してくるアリア。左右の手のガバメントは俺を狙ったままだ。

「一つ、前髪で目を隠して視線を悟られないようにし、撃つ瞬間はアンタの両脚を見ていた。
 二つ、引き金を引くとき、上半身と腕全体のバネを使って、指先をミリ単位でしか動かさなかった。
 そして三つ目――」

「撃つ気配――殺気を完全に消して、抜き撃ちの瞬間すら無拍子でやってのけた事、だな」

 どれか一つでも見逃してしまえば、突然の銃弾に驚愕してしまうだろう。
 どれか一つでもフェイントに掛かってしまえば、予想とは違った箇所を狙ってきた銃撃に対して慌てふためいてしまうだろう。

 だが俺はアリアの銃撃を完全に見切ってしまった。直感でわかっただとか、アリアの行動を予測したなんてわけじゃない。

 そう、俺には――


「今ので確信した。キンジ、アンタには銃弾が『視えて』いる」


 視えるのだ、弾丸の軌跡が、空気をらせん状に切り裂いてくる音速の弾頭が。
 まるでスローモーションの世界にいるように、飛来する銃弾を視てかわすことが出来る――ヒステリアモードの俺ならば。
 銃で撃たれる前ではなく、弾が発射された後でその軌道を読みきることができたから、先ほどの銃撃のフェイントにも引っ掛からない。正確には、後から気づくことが出来た、だけどな。


「アンタがあたしにした事、あれは強制猥褻……レッキとした犯罪よ。今すぐ逮捕――っていきたいところだけど、条件付で見逃してあげても良いわ」

「いや、だからあれは不可抗力で、さっきので……『ギロリッ!』はい、わかりました、なんでもやらせていただきます」

 俺のセリフを赤面しながら睨んで遮ってくるアリア。ヒステリアモードとか関係無しにいうことを聞いてしまう。
 っていうか、怖ええよっ! 視線で人が殺せるなら、俺は確実に死んでいるぞ。それに恥ずかしいなら思い出すようなこと口にしなければいいのに。


「……とりあえず、あたしのガバメントにはそれぞれ6発ずつ弾が残っている。アンタにはそれが0になるまで――」

 一つ大きな息をついてアリアは銃のグリップを握りなおした。その闘気がみるみる膨れ上がり、そして――

「――相手してもらうわよッ!!」

 バッ――と、言い終わると同時に両手の銃を突き出すようにして突進してきた!

 相手してもらうって……ちょっ、正気かよ!?


 武偵高の生徒は総じて頭が悪い。全員がそうとはいえないが、生徒同士で喧嘩となった場合、口より先にまず手が出てしまう。
 さすが偏差値45を下回る馬鹿高校。肉体言語を地でいっている。
 そして手が出た後は、口……ではなく、今度はなんと銃が飛び出してくる。強襲科ではよくある光景だが、青春ドラマよろしく拳で語り合うのではなく、武偵同士は銃弾で語り合うのだ――男も女も関係なしに。
 どうやらアリアはそういった強襲科の気質をも兼ね備えているらしい。まさに猪突猛進――女の子をイノシシ扱いするのはどうかと思うが、真っ先にこんな言葉が浮かんだのだから仕方ない。赤の色は攻撃色だったな。



 一瞬にして数mの距離を詰めてくるアリア。駆け出してからあっという間にトップスピードになる瞬発力はさすが、といったところか。
 そして両手のガバメントの銃口が閃く。狙いは俺の両肩。まずは攻撃手段を封じようってわけだ。

 俺はアリアの銃撃をダッキング――上体を前に傾けるようにして回避。
 そのまま重力で前のめりに倒れる寸前に、下半身の力だけで右に横っ飛びになりながらベレッタで2射、反撃する。

 やり返すようにアリアの両肩を狙ったが、こちらもさるもの、突進する推力を利用してバッ! と前方に飛び込むようにして回避されてしまった。そのままアリアは、やり過ごした銃弾を見やることなく、体操選手のように前宙半回転ひねりを決めて着地。二つの銃口はその間も俺を捉え続けている。

 地面に左手を着き、それを支点に片手で身体を捻りながら前転とびをした俺は、着地と同時、靴底を滑らせながらアリアに狙いをつけようとして――

「なッ!?」

 それよりも早く、俺を銃撃してきたアリアの狙いに驚愕する。
 
 まず一発目の銃弾は俺の右胸目掛けて飛んできた。これはいい。これは半歩左側にずれるだけで回避できる。
 だがほぼ同時に飛んできた二発目の銃弾が、一発目の銃弾に狙われていたのと同じ箇所――再び俺の右胸に当たる軌道を取っていることに気づき、慌ててさらに左へと飛び退る。
 そしてさらに三発目。一発目と二発目を左に飛んでかわしたはずの俺の右胸に、三度銃弾が襲い掛かる。

(3点バースト!? やられたッ!)

 一発目、二発目は俺の動きを誘導するためのフェイク。相手の狙いも、銃弾の動きも見切れてしまう俺の行動を逆手に取り、最小限の動きで回避できる方向へ、まんまと動かされてしまった。あとは回避行動の終わり、次の行動に移るまでの一瞬を突いてとどめの三発目をそこに放ってくればチェックメイト。隙の無い、逃げようの無い三段構えの攻撃だったのだ。
 ほぼ同時、しかも一射ごとに反動がついてしまう3点バーストでこんな芸当を仕掛けてくるなんて!

 だが―― 

 ヒステリアモードの俺ならば――できる。
 ここから回避することが! 逆転の、反撃を行うことが!
 両足は二発目の銃弾をよける際に伸びきってしまっている。だから回避に使えるのは上半身のみ。そして、それで十分。

 右手のベレッタを手放す。それを空中に置き去りにし、右肩を引いて、腰から上を捻る。
 ヒステリアモードならば、身体の各関節を瞬間的に時速数百kmで動かすことが可能だ。腰や背、肩を連動させれば瞬間時速800kmまで行ける。それでも.45ACP弾の亜音速――時速1000km以上――には及ばないが、回避するだけなら――なんとでもなる。

 迫りくる銃弾。右胸に直撃するコースをとっているそれを、強引に身体を捻り、右の脇の下を通すようにして――避けきった!

 今度はこちらの反撃だ!

 右腕を引いたことで、つるべのように突き出される形になった左手。それで空中のベレッタを掴み、アリアに狙いを合わせようとして――

 アリアの左手のガバメントがパパパッ――と三度閃くのを確認して――


 この銃撃を回避できないことを理解してしまう。


 先ほど撃った右手の白銀の銃とは逆、今度は漆黒のガバメントから、やはり3点バーストで銃弾がはきだされる。
 飛んでくる弾丸の軌跡は、俺の腰を貫くもの。今の崩れた体勢では絶対にかわせない。よしんば、左右に逃げたとしても、一発目の銃弾から左右に15cmの位置を飛んでくる二発目、三発目には対処の使用が無い。
 三段構えの攻撃じゃなかった! この3射を含めた六段構えだったんだ!
 
 バシィッ!

「ッ――!!」

 突き抜けるような衝撃が腹を襲ってくる。胃液が逆流しそうになるのを歯を食いしばって耐え抜く。
 学園指定の防弾制服はTNK――ツイストナノケブラー繊維という新素材が使われ、基本的に銃弾を貫通させることはない。だが、防弾チョッキのように緩衝材がつけられているわけではないので、衝撃までは吸収しきれない。
 現に銃弾が当った腹部には、まるで金属バットで叩かれたような鈍い痛みを感じる。直接鉛玉をくらうよりはましだが、正直かなりキツイ。

 だがそれよりも、ヒステリアモードなのに攻撃をくらってしまった事の方が俺には堪える。
 誰にも負けなかったのに、天下無双のはずなのに――兄さん以外に俺をここまで追い詰めることの出来るヤツがいるなんて!


 仕切りなおしのつもりなのか、アリアは痛みに悶える俺に追い討ちをかけてこなかった。

「銃弾が視えていても、それで銃撃を避けられるかといったら――答えはNoね。さっきみたいに逃げ場をふさいだり、フルオートの銃弾で斬撃を放つように連射したりすれば、音速に近い銃弾からは決して逃げられない」

「……ご高説ありがとう。身をもって理解させてもらったよ」

 ご丁寧に俺の慢心を指摘してくるアリア。その気は無かったが、返事はかなり皮肉めいたものになってしまった。

「これであたしの銃は両方とも残弾が2発。どうする、まだ続ける?」

「当然だろ。いくら女の子が相手だからって、やられっぱなしは癪に障る」


 ヒステリアモードの俺は女性に対して乱暴になることが出来ない。怪我をさせるなんてもってのほか、銃口を向けるのだって躊躇してしまう。
 言い訳をするわけではないが、行動制限――ハンデを付けてアリアと戦っているようなもんだ。
 だがここまでやられると、ちょっとはやり返してやろうという気持ちになれる。
 ようは怪我をさせなければいいのだ。銃だけを狙ったり、比較的筋肉の多い肩を狙ったりする必要性はない。防弾制服の上からなら大きな怪我はしないのなら、多少荒っぽいマネをしたって大丈夫。


「なら、続行ね。アンタの実力、見せてみなさいッ!」

 再びガバメントを構え直したアリア。不敵に、それでいて誰もが見惚れるような微笑を浮かべているその顔を見つめ返す。

「……仰せのままに、お姫様!」

 言うが早いか、俺は右手に持ち替えたベレッタを構えてアリアへと突進する。

 さあ、行くぞ遠山キンジ。ここからは反撃の時間だ!


 セレクターを3点バーストに切り替え、先ほどのアリアのセリフを借りるならば、横薙ぎの斬撃を放つように発砲する。
 アリアの左腕、胴、右腕と狙ったそれは、ヒステリアモードでだって避けるのが困難な必中の銃撃。そして自身に迫る銃弾に対してアリアは――

(ッ!? 銃弾を『視て』いる!?)

 ヒステリアモードの俺ならばわかる。発砲から着弾までコンマ一秒に満たない世界で、アリアの視線が真ん中の銃弾を捉えている。刹那、左手の黒いガバメントをそれに向けて発砲。火薬の炸裂によって飛び出した弾丸は俺の銃弾の軌跡と衝突し――

 ギィンッ!

 じ、銃弾を弾きやがった! 

 あれは銃弾撃ち(ビリヤード)。
 昔、兄さんが見せてくれたことがある。遠山家に伝わるヒステリアモード、その人間離れした動体視力が可能にした、銃弾に銃弾をぶつける宴会芸のような銃技。
 そんな真似まで出来るのかよ、こいつは!?

 俺の放った斬撃――そのど真ん中をこじ開け、残りの銃弾の間をすり抜けるようにしてアリアが駆け出してくる。
 残っている銃弾は左右の銃を合わせて3発。

 くそっ! 自分に腹が立つ!
 あれほどの銃撃の天才が、俺が『視えて』いることに気付いたアイツが、どうして同じように『視えて』いないといえる。何故その可能性を考えなかった。
 いい加減認めろよ遠山キンジ! アイツは強敵、今まで相手にしてきたどんなやつよりも強い。下手をすればヒステリアモードの俺より――


   ――認めない――


 銃弾が視える。ただ撃っただけではかわされる。
 それなら――

 今度はセレクターをフルオートに切り替え、迫ってくるアリアを照準する。狙いは再びアリアの両腕、胴。そして――

 バババババッッ!!

 一瞬で放った銃弾は5発。先ほどと同じく、直接身体を狙ったのならば銃弾撃ちで防がれてしまう。
 ならば、その良く視える目を閉じさせればいい。2発の銃弾をアリアの正面、その地面に目掛けて撃ちこんだ。舞い上がる土や砂、小石が彼女に振りかかる様に。
 これで――


  ――認められない――


 だがこれも回避されてしまう。俺がトリガーを引く一瞬、そのほんの一瞬前に、直線的に迫ってきていたアリアがL字に折れるよう、いきなり側宙を決めてきたのだ。
 いまさら引き金を止められなかった俺は、まんまと無人の空間を銃撃してしまう。

 そして上下逆さまになった状態から、再び黒のガバメントから発砲してくるアリア。その着地を狙おうとした俺は、ババッ――と一気に後退せざるを得なかった。
 これでアイツの残弾は2発。

 空になった左の一丁をホルスターに収め、アリアは背中から黒い刀身の小太刀を抜き放った。
 一剣一銃(ガン=エッジ)。扱いは難しいが、隙の無い構え。
 右手の白銀のガバメントを突き出し、左手の小太刀を斜め後方に流す形で、飛び出してくる。

 迎え撃つ俺は、セレクターを切り替える時間すら惜しく、フルオートのままでベレッタを3連射。
 今度は下手な小細工はしない。アリアに向けて、袈裟懸けの斬撃を放つようにして発砲する。
 飛びのいて回避、銃弾撃ちで防御、どっちでもいい。間髪入れずに追撃の銃弾を撃ってしまえば――


   ――認めることは出来ない――


 だが、それすらも力技で打ち砕くアリア。

「ハッ――!!」

 その左手の小太刀が光を放った――と、思った次の瞬間には、俺の銃弾は、ギギィン――と甲高い音をたてながら真っ二つに割れ落ちていた。

 信じられない。
 斬撃のように放った俺の3発の銃弾を、あろうことかアリアは、逆袈裟に本物の斬撃で斬って捨てやがった。
 銃弾撃ちに続いて銃弾斬り(スプリット)。ヒステリアモードの俺ですら出来るか怪しい絶技で、一気に銃弾を三つも。
 銃だけじゃない。こいつは刀技も超一流なのか!


 そしてついにアリアが俺に肉薄してくる。
 接近戦に対処するため、バタフライナイフを左手で開き、両足を踏みしめて迎え撃つ。

 初撃はアリア。右手のガバメントを突き出し、俺の身体に押し当てようとする。
 同じく右手のベレッタを振ってそれを弾き、お返しとばかりにバタフライナイフを突き出そうとして――慌ててその場で身を伏せる。
 居合い抜きと見まがうような斬撃が頭上を通過。はらりと髪が数本宙に舞う。

 そこから飛び上がるようにして俺はバック転を決め、つま先でアリアの形の良いあご先を狙うが、上体を反らすだけで難なくかわされる。
 着地した俺に向けられるガバメント――をフェイントに、アリアが大きく一歩踏み込んできた。
 銃口から飛びのこうと膝に力を込めた俺は、タイミングをずらされ、目を見開いて、掬い上げるように右下から迫ってくる斬撃を――


   ――認めるわけにはいかない――


 ガキィンッ!

 バタフライナイフの破壊峰(ソードブレーカー)で受け止める。小太刀をもぎ取る、もしくはへし折ろうと俺は左手に力を込めるが、びくともしない。
 そのままの姿勢で、三度アリアが銃口を突きつけようとするのを感じ取った。
 左手で刀を受けたまま、的を絞らせないために、ダンスを踊るようにグルリッとその場で回転。振り向きざまに、逆にベレッタのグリップで横殴りに攻撃を仕掛けると――

 トンッ――

 軽やかな音。

 何とアリアは、小太刀を手放し、横薙ぎに振るったベレッタを踏み台に、俺の頭を飛び越えた。
 軽業師もかくや、といった身軽さだ。踏まれた右手のベレッタに重さをまったく感じなかった。

 そして俺の後方、斜め上。カチリッとアリアが銃口を向ける音。
 見なくても、見えなくても、ヒステリアモードの俺には感じ取れる。皮膚が粟立つような、首筋がチリチリする感覚が、ついに王手を掛けられたということを教えてくれる。

 これでもう――


   ――認めてしまったら、俺は――



 いや、まだだッ! まだ、手は残っている!

 思考よりも早く、一瞬でも速く、己に残された最後の足掻きを実行しろッ!
 ヒステリアモードは天下無双だと、俺の牙はまだ折れていないと、その身をもって証明しろッ!!
 認めない! 先祖代々、受け継がれてきたこのヒステリアモードに勝てる人間がいるなんて! ヒステリアモードは負けない! その証拠を――

 見せてみろッ! 遠山キンジ!!



 時間の流れが緩やかになった世界で、左手のバタフライナイフを手放し、右手のベレッタM92Fを握り締める。

 つま先、足首、ふくらはぎ、膝、太もも、腰――ヒステリアモードの反射神経でそれらをいっせいに稼動させる。一瞬、だが爆発的な力が筋肉によって生み出される。

 グルンッ――視界が縦に回転する。その場から一歩も踏み出さず、下半身の力だけで低空の宙返りを決めてみせた。

 縦方向に流れる景色。上下逆さまになった視線の先、同じく上下逆さまになってこちらに銃口を向けているアリアが見えた。

 驚きに見開かれた目。一瞬の躊躇。これでタイミングは互角だ。2人ともに引き金に掛けた指が引かれ――

 『バァンッ!』

 重なる銃声。互いの銃を狙ったその銃弾たちは、磁力で引き付けあうかのごとく空中で激突し――

 ギィンッ!

 一瞬の交錯で彼方へと吹き飛んでいく。



 そして、華麗に着地を決めたアリアは、最後の1発が込められたガバメントを構え、白銀の刀身の小太刀を抜き放ち、

 肩口から無様に着地した俺は慌てて起き上がり、地面に転がっていたバタフライナイフを拾い、同じく最後の1発が込められたベレッタを構えて、

 先ほどの銃弾のように、2人とも弾かれるように飛び出し――

 ガキィッ――と音を立てて衝突する。


 腕を交差させるようにしてアリアの攻撃を受け止めた。左手のバタフライナイフは峰で小太刀と切り結び、右手のベレッタはアリアのガバメントと銃口を突きつけあっている。
 これは将棋やチェスでいうところの『千日手』お互いに身動きがとれず、下手に抜け出そうとすれば大きな隙となるため、静止したまま動くことが出来ない。
 そのままの姿勢で互いの顔を見つめあう。
 息も乱さず、相変わらずの可憐な容姿をしているアリア。こっちは汗と土で顔中が汚れているってのに。
 「正直――」赤紫色のきれいな瞳をした目を少し伏せ、アリアが語りかけてくる。小声だが、心の底から嬉しそうな声で――

「正直、キンジがここまで出来るなんて思ってなかった。これって凄いことだよ。ロンドンでも、ローマでも、東京でも――あたしはいつも一人だったから。誰もあたしに合わせられなかった。実力が、違いすぎて――」

 尻すぼみに声色が沈んでいくアリア。
 一人――という単語が苦痛らしく、すこし悲しそうな目になったのに気付いた。そんな彼女に――

「……俺は、お姫様のダンスに付き合うくらいの器量は持ち合わせているつもりだよ。でなきゃ、舞踏会から2人の物語は転がせないだろ」

 軽口交じりにウインクしてやる。また怒りだしてしまうかもしれないが、ヒステリアモードの俺は止められない。
 だが予想に反してアリアはクスクスッと笑い出した。可笑しそうに、身体を震わせて。

「いきなり気障になったり、気取ったこと言ってきたり――そういうのは嫌いだけど、今のは面白かったわ」

 こっちとしては結構真剣に口説き文句を言ったつもりだったのだが、面白かったか、今の? 赤面して、俺を意識してくれるような場面じゃないのか。
 まぁ、いい。なんだかアリアを前にするといつものヒステリアモードの調子が出ない。それがわかっただけでもいいさ。
 ……銃で頭を狙われるよりよっぽどマシだし。

「でもダンスの時間はお終い。気障な気取り屋さんは、銃も接近戦も合格点をあげられるけど、女の子を口説くテクニックはまだまだね」

「なら君が教えてくれればいいさ。女の子の喜ばせ方ってやつを」

「下手な口説き文句。そんなことをいうヤツは――」

 言い終わる前にアリアは小太刀を手放した。左手のバタフライナイフ、その破壊峰でそれを噛み取っていた俺は――

(ッ!? お、重ッ――)

 一瞬にして、尋常じゃない重さになった小太刀に左腕を引かれてしまう。
 なんだ? いきなり30キロくらいの重さになった!? アリアはあんなに軽々と振るっていたのに!?
 左腕を右腕に乗せるように交差していた俺は、その重さでベレッタを構えていた右手まで押し下げられてしまい――

「――お仕置きが必要ね」


 ――なんて言葉とともに、無防備になったあご先に衝撃が――――






「……うっ……あ、れ?」

 目が覚めた。どうやら大の字になってグラウンドに伸びていたらしい。

「――武偵殺しのヤツ、よくも――でも、たいした怪我じゃなくて良かった――」

 近くから女の子の声――アリアの声だ。それを確かめようと上半身を起こしたが、クラッ――と脳が揺れる。
 そうだ、アイツ、あご先に思いっきり蹴りをくれてきやがったんだ。それで俺は意識を刈り取られた――んだろうな、あごがまだジンジンと痛むし。
 手加減くらいしろと思う。ヒステリアモードが切れかかっていたこともあり、まんまと最後にきれいな一撃もらっちまった俺がいうのもなんだが。

 鈍い痛みを訴えてくる頭とあごを無視して頭を巡らせると、俺の後ろ、思ったより近くにアリアが立っていた。
 真っ白な毛並みの鳥――タカ、いや、子ワシか?――を右肩に止まらせ、その足に包帯を巻きつけてやっているみたいだ。

「――これで大丈夫。でも無茶しちゃだめよ、アイリーン。怪我が治るまではあたしが何とかするから、戻って休んでいなさい」

 手当てが終わったのか、白ワシが羽ばたいて空に舞い上がっていく。それを見送ったアリアは――

「……起きたんだ。思ったより打たれ強いね。もうちょっと力入れて蹴っても大丈夫だったかな」

「冗談じゃない。あごがめちゃくちゃ痛むんだ、しばらく固いもの食べられそうにないぞ。どうしてくれるんだ」

 こちらに小さな頭を向けて、顔を覗き込んで――って、近い、近い! おでこがぶつかる!

「……? なんか雰囲気がまた変わってる……キンジ、二重人格かなにか? くしゃみとか、水をかぶったら別人になるとか」

「そんな特殊な設定はない! っていうか、覗き込んでくんなよ! 近すぎるだろ、顔が! そんなもん近づけてくんなっ!」

「あによぅ、失礼なヤツね……もう一回気絶させれば変わるかな」

 物騒なことをつぶやくんじゃない。人格といっしょに、脳みそまで分裂しちまったらどうするんだ。

「……でも、見込みはあるかな。これが最後のチャンスかもしれないし――」

 そういって俺をじろじろ眺めてくるアリア。こいつ独り言多いな。いきなり考え込んじまうのもクセみたいだし。俺が完全に置いてけぼりだ。
 居たたまれなくなって、立ち上がろうとしたら――

 クラッ――

「あ、れ?」

 ごろんっと、再びグラウンドに転がってしまう。どうやら、足にまできているらしい。

「無茶しないほうがいいよ。そのまま少し休んでいなさい」

「お、まえが、そうしたんだろうが……うぉ、頭が揺れる~~」

 まいったな、本当に立ち上がれない。始業式――はもう終わってしまうだろうが、新学期初日くらいまともに登校したいってのに。
 ……よく考えたら、セグウェイを片付けた時点で自由の身となっていたんだ。その後こいつが襲ってきさえしなかったら――

「……なに?」

 ぜんぜん気にしていないな、こいつ。悪びれもしていない。くそっ、身体が思うように動けば、そのでっかいツインテールを思いっきり引っ張ってやれるのに。
 なんて思っていたら――

「あっ! アイリーンに餌をあげるの忘れてた。授業が始まる前に行かなくっちゃ」

「ちょ、ちょっと待て。アイリーンてのはさっきの白ワシのことか? ペットに餌をやる前に俺に言うことがあるだろう、襲ってきてごめんとか、強く蹴りすぎて申し訳ないとか」

「そんなの知らないわよ。こっちはアンタの強猥の被害者よ。警察に突き出さないだけ、感謝しなさいよね」

 そんな馬鹿な理屈があるか! 弁護士を呼べ!
 なんて悪態を吐こうとしたら、俺にアッカンベーをしてアリアはとてとて~と走り去ってしまう。

「あっ、おい、ちょっと……も、戻って来い! せめて保健室に――」

 あとには、ひゅ~と風が吹くグラウンド。そしてそこに無様に寝っ転がっている俺。

 ……さすがだ、白雪。まさに今日の俺は女難、占いがぴたり的中。良い事がありそう――なんて思っていた今朝の自分を殴ってやりたい。
 あきらめてもうしばらく大の字になって休んでいよう。今日は朝からいろんなことがありすぎた。


 そうして、視界いっぱいに広がった青空を見つめる。雲ひとつ無い晴天。新学期にふさわしい小春陽気。
 視界の端を、ひらひらと桜の花びらが舞っている。
 チャリジャックから始まった、怒涛の出来事をつらつらと思い浮かべる。一部分はディレクターズカットさせてもらったが。

 そうして――



 事ここに至っては、もう認めるしかないみたいだ。

 俺、遠山キンジは、天下無双と思っていたヒステリアモードで、今日初めてあった女の子に完敗。

 兄さん以外に、ヒステリアモード以外の人間に――初めて負けた。


 俺はうぬぼれていた。

 俺は――――弱い。



「……ちぇっ……悔しいなぁ……」


 一人、小さな呟きが春の暖かさの中に溶けて、消えた。





あとがき


やべ、どうすんのこれ。原作3P分のやり取りをラストバトルみたいにしちゃって。アリアがキンジに完勝しちゃって。
プロットは投げ捨てるもの――って偉い人は言っていましたが、ほんと、どんすんのこれ。

何かの小説で、音速の銃弾が耳元を通り過ぎると、こん棒で殴られたような衝撃を感じるって聞いたことがあるんですけど(ガンダムW?)でもこれくらいやらないと上手く話がつながらないし。
いちいちそんな描写して、キンジをピヨらせまくるのもなんだし。


とりあえず次話のテーマは「2人」

魔改造により1.3倍の出力と3倍の速さを手に入れた赤っぽいピンクの人(ツノあるし)
彼女に敗れ、初の挫折を味わったチート主人公キンジ(連邦ではないが、原作で化け物呼ばわりされてるし)

物語がようやく動き始め……ません。

7月26日 ちょっとだけ誤字を修正。



[28651] 第五弾 Half Tone Lady
Name: 器用なアザラシ◆a19fdfd2 ID:308ff124
Date: 2011/08/22 02:22
 歩きながら、アリアは袖を通したばかりの真新しい制服を眺め下ろした。
 えんじ色の防刃タイを軽く整えつつ、同じくえんじ色の短いスカートにしわがないかを確かめる。
 先ほどの戦闘でスカーフとタイがぼろぼろになったため、購買に寄って制服一式を新調し、自室で着替えて出てきたばかりだった。ついでに銃弾も補充し、二丁のガバメントに装填も済ませてある。
 おろしたての服の匂い。多くの人間がそうであるように、心が浮き立つような、引き締まるような、不思議な気持ちになるのをアリアは感じた。


 武偵高の制服はTNK繊維という新素材で出来ている。
 これは、ケブラーもしくはアラミド繊維といった極めて引っ張り強度の高い素材を、ナノメートル――1mmの10万分の1――ほどの細さにまで加工、それらをより合わせて作り出された強撚糸生地から作られている。被弾時にはより合わされた繊維が銃弾を絡め取るようにして貫通を防ぎ、衝撃を周囲の繊維へと分散させることで着用者を銃撃から守る。
 武偵高に限らず、世界各国で凶悪犯罪と日夜敵対する武偵はこの素材でできた防弾服を常時着用することが多い。
 だが、弱点も存在する。
 徹甲弾もしくは装甲貫通弾といった弾丸には効果がないこと。化学繊維を原料としているため、紫外線に長時間さらされると劣化し、寿命が短くなってしまうことなどだ。強撚糸生地の宿命として、常用すると1シーズンでくたびれてしまうこともあげられる。
 大抵の武偵は、この防弾服をスペアとして何着も保有している。武偵高内の購買でも購入が可能なのはそのためである。


 アリアも当然予備の制服を保有していたが、洗濯やアイロンを掛けようとしてそのほとんどを使用不可に追い込んでいる。
 色移りしていたり、焦げた痕があったりする服などとても着る気は起きなかった。

 一般科棟へ向かっていたアリアの前方から女生徒が歩いてきた。
 ぱりっと着こなしたアリアと比べると、制服をいささかだらしなく着崩した少女だった。
 藤宮と名札のついたブラウスも、えんじ色のスカートもしわだらけ。胸元はきちんと閉まっておらず、歩くたびにちろちろと谷間が見え隠れしていた。
 その頬は風呂上りのように上気し、亜麻色の髪は乱れたものを手櫛で大雑把にすいただけ。心此処にあらず、といった様子で、足元はかなりおぼつかない。

 アリアがロンドンやローマにいた頃は、このようなだらしのない格好をした女性は周囲にいなかった。
 まあ、ミラノあたりの女性は身体のラインを強調した服を着ているが、カトリック信者がこれをみたら憤慨ものだ。
 まったく、風紀が乱れているわ。淑女は貞淑であるべきよ。
 むすっとした表情でそんなことを考えたアリアは、しかし、チロッ――とすれ違う女生徒を横目で追ってしまう。

 古い表現であらわすならば、ボンッキュッボンッなスタイルをした少女であった。
 その胸は、言い表すならば山。しっかりと丸みを帯び、確かな質量を見るものに感じさせる。腰周りはくびれ、アンダーは65くらい。トップとの差はどう見積もってもDを下るまい。

 アリアの視線がつい――本当につい、自身を見下ろす形で下方に向いてしまう。
 えんじ色のタイ、えんじ色のスカート、その他には特に遮るものなく少しブラウンがかった靴のつま先が良く見えた。
 女生徒と比べると、その胸はなだらかな平面であり、標高差はまさに天と地ほどもある。彼我の戦力差は歴然、盛り上がりに乏しく、えっ、どこからどこまでが胸? といった有様であった。

 女生徒を見る――――ぼよよんっ
 自分の胸を見る――すっとーんっ

 …………
 敢えて、何も語るまい。

「……大丈夫、大丈夫よアリア。この体はスレンダー。そう、スレンダーっていうの。きっと必ず絶対に間違いなくそのうち大きくなる。
 せ、成長期になれば身長も伸びるし、誰もがうらやむようなムチムチ(死語)なボディになれる。ママの遺伝子はちゃんとあたしに受け継がれている。うん、きっと大丈夫――」

 光を失った目で、必死に自己暗示を掛け続けるアリア。大丈夫、大丈夫と壊れた機械のように繰り返す。

 彼女は知らない。女性の成長期は10~14歳でほぼ終了、身長は10歳前後、バストに至っては12歳頃がもっとも成長する時期であることを。
 16歳の彼女の切なる願い。だがそれが叶うことはきっとあるまい。これから――ではなく、すでに終わってしまっているのだから。
 正しく、「あたしの戦いはこれからだ!!(打ち切り)」なのである。
 「フハハハッ無駄無駄無駄ァッ!」と世界を支配する男のラッシュが炸裂しまくっている事にアリアは気付かない。戦わなきゃ、現実と! なんて言葉はきっと届かない。
 数年後、成人と呼ばれる歳になった時、彼女は絶望という言葉の意味を悟るだろう。


 とりあえず自室に戻って、購入したばかりのプッシュアップ(寄せて上げる)ブラを着けてこよう。うん、そうしよう、そうしよう。
 なんて見栄を張ろうと、足を返そうとするアリアは、不意に――ババッ! 両太もものホルスターから白と黒の拳銃をいきなり抜き放った。

(今のは――ッ!)

 まるで猫科の猛獣が獲物を探すかのように、銃を構えて周囲に鋭い視線を投げかける。
 前後左右、建物の影、窓ガラス、植え込みの向こう、屋上の縁――およそ目に付く全ての場所をすばやく、しかし念入りに確認していく。

(今の気配は――ッ!)

 誰もいない。だが、確かに感じ取った。古く、どこか懐かしい気配を――
 気のせいだったのだろうか? いや、そんなはずはない。自分の直感がそう告げている――『アイツ』がいるのだ、この学校に。
 あたしに――あたしの家族たちに深い悲しみと、絶望を振りまいたあの男が!

 知らず、ガバメントのグリップを握る手に力がこもった。ギリッ――かみ締めた歯から小さな音が漏れる。

 そのまま数分、アリアは辺りの気配を窺った。だが、今はもう何も感じ取れない。
 自身を落ち着かせるようにゆっくり息を吐いた。無用となった銃をホルスターに収めながらアリアは――やはり未練がましく、ぐるりと周りを見渡してしまう。



 脳裏によぎるのは過去の記憶。ほんの2年ほど前の、忘れ去りたい、忌まわしき記憶。

 愛する母が倒れていた。
 瞳孔は開ききり、がくがくと痙攣する身体。口の端から小さなあぶくが吐き出され、何かを掴むように伸ばされた手は虚空を彷徨っている。
 ママッ!? ママーッ!!
 その身体にすがりつき、嗚咽まじりの悲壮な声をあげる過去の自分。
 震えを必死に押さえ込み、こみ上げてくるものに何度も、何度もえづきながら、懸命に母の身体を揺さぶり続けている。

 場面が変わる。

 床にへたり込み、宙を見つめたまま呆然としている妹の姿。
 どうしてなの……なぜ……
 開かれたままの口からは、意味のなさない言葉が漏れ続けていた。開かれたままの双眸からは、途切れることのない涙が流れ続けている。
 すぐ傍には『やんごとなきあの御方』がいた。
 周りの兵に矢継ぎ早に指示を飛ばし、気丈にも自己を奮い立たせようとし――しかし、幼い容貌は深い悲しみに彩られ、無理をしているのは明らかだ。
 無理もない、彼女はアイツに――


「許さない。絶対に、許さない!」

 胸の内から湧き上がるこの感情は、憤怒。
 憎しみと怒りが思考を白く、白く塗りつぶしていくのがわかる。
 殺してやる。悪魔の手先めッ!
 己の意思を再確認し、固く食いしばった口から漏れ出すように、アリアは討つべき男の名を口にする。

「フェイ――ウォン=フェイインっ!」

 拳が白くなるほどに、アリアは自身のスカートの端を握り締めた。


第五弾 Half Tone Lady


 やってしまった。
 己に固く禁じていたはずのヒステリアモード。使いこなせる年齢になるまでは、あの力には頼らないって決めていたはずなのに。
 ついでに――

「なにが『天下無双』だよ、『俺の牙』だよ、『絶対負けない』だよ」

 自身初の敗北に、俺は激しく落ち込んでいた。
 使えば絶対勝利の俺の切り札。最強のワイルドカード。不敗のジョーカー。
 それがどうだ。女性に乱暴できないというハンデを差し引いても、アリアの動きについていくのがやっとで、終始圧倒されっぱなし。まさにずっとアリアのターン。
 ……それは単純に、俺の30倍以上のスペックをアリアが持っているということで、例え俺が30人いたとしてもアリア一人に敵わないということで。

「はぁ~」

 教務科(マスターズ)への報告を終え、そのまま新しいクラス、二年A組の教室へトボトボと向かっているところだった。
 始業式はとっくに終了していた。事情が事情なため遅刻扱いにはならなかったが、だからといって今朝の不運が帳消しになるわけでもない。へし折れたプライドもそのままだ。
 そのプライドをへし折ってくれたアリア。アイツに蹴られたあご先を右手で撫でた。もうほとんど痛みはない。
 気絶してから数分で復活したり、ピヨったのもすぐ直ったし、思ったよりも打たれ強いのかもな、俺。もう少し回復に時間かかるかと思ったけど。
 あの後、脳震盪みたいな酩酊感は休んでいるだけですぐ直った。
 そのまま学校をフケてやろうかと思ったが、武偵殺しの件を報告しなくてはいけなかったので、教務科によった手前、仕方なくそのまま授業を受けることにする。


 ガラリラっと扉を開けて教室に入る。HRまでまだ時間があるからか、中にいた生徒はまばらだ。知っている顔もちらほらいるな。
 壁の時計は9:35を指している。アリアにぶちのめされてからざっと30分、朝起きてからまだ3時間も経っていない。
 ……まだちょっと時間あるな、教室で大人しくしていよう。

 今の時間は、1時間目と2時間目の間にあたる。今日は新学期初日ということもあり、1時間目は全校生徒を集めての始業式、2時間目は新しいクラス毎のHRに割り振られている。
 武偵高では各専門科目だけを教えているわけではない。普通の高校のように数学や現国といった一般科目もしっかり教えている。
 昼休みまでの1~4時間目の授業がそれにあたり、それぞれの専門科目入り混じったクラス分けをされる。一年の時もそんなだったから、結構クラス内の顔見知り率は高い。
 見渡してみると、同じ強襲科(アサルト)の成瀬に一馬……女顔の椎名もいるな。去年も同じクラスだった零崎なんて、ようっ! ってな感じでこっちに手を振ってきたぞ。
 それに探偵科(インケスタ)の美月に、諜報科(レザド)の霧隠、情報科(インフォルマ)の如月、救護科(アンビュラス)の――って、何かキワモノも多いな。大丈夫かこのクラス。


「おうキンジ! 朝から災難だったみてーだな!」

 『出席番号26 遠山』と、自分の名前が書かれた席を見つけて座ると、190cm近い背の頭をツンツンにした大男、腐れ縁の武藤剛気が右の席から話しかけてくる。

「よう武藤。1年よろしく……なんか幸せいっぱいって感じだが、どした?」

「朝から良い事ありそうな気がして、普段より早いバスに乗ったんだ。そしたら星伽さんと会えたからな! 『おはよう武藤君』だって! 一緒に登校、朝から会話……あぁ、もう幸せの絶頂ってヤツだぜ!」

 どっかで聞いたような朝だが、白雪に会えたことがそんなに嬉しいのか?

「だが、星伽さんと別のクラスになってしまったことだけはいただけないっ! しかーし! 会えない時間が2人の気持ちを強くする。それに、そのくらいの障害がないと――」

 まだ何か喋っているが、あいかわらずバカの考えることはよくわかんねーな。春だから多いんだよな、朝から頭が沸いてる変なヤツが。


 なんて失礼なことを考えてしまったが、実はこの武藤、車輌科(ロジ)の腕っこきの優等生なのである。俺が強襲科で校外に出撃するときなど、これまで何回現場に送ってもらったことか数え切れないほど世話になっているヤツだ。
 しかも自他共に認める乗り物オタクのコイツは、ありとあらゆる乗り物を操縦できるという漫画みたいな特技を持っている。聞けばなんとロケットや原潜まで操縦できると言う。どっかの民間派遣会社にでも就職しろと言いたい。

 ……脳内妄想を展開している目の前のコイツを見ると、とてもそんな凄いヤツには思えないが。


「いい加減に戻ってこい武藤……それより、もうチャリジャックの情報出回ってるのか? さっき教務科に連絡し終えたばっかりなのに」

「は? チャリ? 何言ってんだ。お前がいつも乗っている7時58分のバスがトラブッたから始業式に遅刻したんだろ。寮に着く直前にパンクしたって聞いたぞ」

 ……パンク? いつものバスが? それは――

「おはよう遠山君。今、ケイタイで武偵高の裏サイト見たんだけど、この自転車を爆破された2年生って遠山君のこと?」

 武藤の横からさわやかな挨拶で顔を出してきたのはイケメンの不知火亮。
 強襲科でよくパーティーを組むことがある優等生だ。一年の頃から俺や武藤とつるむことが多く、友達が少ない俺の貴重な友人の一人である。


 ちなみに、この不知火、モテる。武偵高では数少ない人格者であり、目の覚めるようなイケメンってこともあり、およそ悪いところが見つからない。周囲にさりげない気遣いができるし、マメで人付き合いの良いコイツは男の俺でさえ好感が持てるしな。
 彼女とかそういうのはいないそうだが、こういうところ、ガサツでモテない武藤とは正反対。ネクラとか昼行灯とか呼ばれて、女嫌いの俺とも方向性は違うが、やっぱり正反対。
 共通点が少ない俺たちだが、不思議と三人でいることが多い。放課後に遊びに出かけたり、バカやったり……気心知れた悪友と言っても良い。

 大げさにため息をついて不知火への返事としてやる。
「朝から大変だったねぇ」なんて不知火が気を遣ってくれるのはありがたいが、正直その話題はもうかんべんしてもらいたい。
 「なんだ、なんだ」と不知火のケイタイ画面を覗き込んだ武藤の顔が驚きに染まっていく。

「自転車をC4で爆破? おいおい、キンジぃ。やったらやり返されるのが、武偵の常って言うけどな、打ち上げ花火にされかかるなんて、一体どんな恨みかったんだよ?」

「何も知らねーよ。くそっ、自転車は吹き飛んじまうわ、変なヤツに襲い掛かられるわ、今日はとことんついてねー。おまけに――」

 た、体育倉庫の中で、あんな――い、いかん、思い出しただけでヒスりそうだ!

「……? 何故赤くなる? それより何だ、その変なヤツって?」

「ん? ああ、神崎・H・アリア――たぶん、海外からの転入生だと思うんだけど、不知火、何か知らないか?」

 尋ねてきた武藤をこれ幸いと、軽く頭を振って記憶を抹消する。
 ついでに、変人ぞろいの強襲科でも顔の広い不知火にアリアの事を聞いてみた。
 高2だって言ってたから、同じ学年のはずなんだが、俺はアイツのことを見たことも聞いたこともない。そしたら――

「知らないも何も、神崎さん有名だよ。年明けの3学期から強襲科に――ああ、そういえば遠山君はいろいろ忙しかったから、直接会ったことなかったんだね。
 ロンドン武偵局から転入してきた凄腕の女の子の噂、聞いたことない?」

 ……ちょっとだけ聞いたことがあった。6段階ある武偵ランクのトップ、同じ学年では片手で数えるほどしかいないSランクにカテゴライズされた帰国子女の噂。

「そう言えば、車輌科でも有名だな。強盗グループの犯人護送中だった奴等が襲撃されて、居合わせた神崎があっという間に制圧しちまったとか。
 あれ確か、一月の半ば頃だろ。そん時から一気に武偵高の有名人になっちまったの覚えてるぜ」

「神崎さんクールで格好良いし、可愛いからね。彼女に憧れて東京武偵高に入ってきた新入生も多いって話だよ。遠山君は知らなかったみたいだけど」

「……兄さんの法事とか四十九日で、三学期は結構忙しかったからな。いちいちそんな事気にしてなかった。
 単位は足りてたから、強襲科以外のあちこちの科に自由履修しまくってたのもあるけど」

 そう言って返すと、2人ともに、いかにも「しまった」なんて顔をしている。
 ……マズったな。

「あ~、その、悪ぃなキンジ、思い出させるようなこと言っちまって」

「ちょっと不謹慎だったね。ごめんね遠山君」

「気にしてねぇよ。ああもう、そんな辛気臭い顔すんなよお前ら。ほんとに全然気にしてねえんだから」


 本当に、大丈夫なんだから。一時期は確かにやばかったけれど。
 そう、兄さんが死んだ――なんてことは、俺は全然――


「それより、そのアリ――じゃない、神崎のことだ。他に何か教えてくれないか?」

「お、おう……と言っても、俺そんなに知らないぜ。車輌科のダチから聞いただけだしな」

「僕も同じ、かな。神崎さんとは何度か話はしたけれど、正直僕らとレベルが違いすぎて、訓練やクエストでも一人きりでこなしていることが多いし」

 それには納得できる。確かにあの実力は一人だけずば抜けているからな。身をもってそれを実感したし。
 だがちょっと困ったな。気まずくなったから話題を変えるためにアイツの事を聞いたのだが、そんな俺に武藤や不知火が興味を持ってしまったみたいだ。
 そりゃそうだ。非社交的で他人嫌いな俺が、ここまで女生徒のことを尋ねるのは珍しい。
 こら、武藤。にやにやするな。オマエの思っているようなことは何もないぞ。不知火も何勝手に「ふーん」なんて頷いてやがる。


 悪友たちの視線に俺がたじろぎ、劣勢に立たされていると、今度は左隣の席から――

「お困りですか、くっふふのふっ♪ ここはこの、りっこりんの出番ですなぁ」

 なんて声が俺にかけられた。

 席を立って俺の近くにきたのは、峰 理子だ。
 ツーサイドアップに結ったゆるい天然パーマの金髪、ぱっちりふたえの大きな目、いわゆる美少女の分類に入る女の子。
 今朝会ったアリア並のちっこさだが、性格まで明るく子供っぽい探偵科一のおバカキャラで、武偵高の制服をフリルだらけに魔改造して着ている様なオタクさんでもある。
 入学式でちょっとした顔見知りになった縁で、何かと話すことが多いのだが、コイツも俺と同じクラスだったのか。


「キーくん、かーあいそー。爆弾使って追い回すのってぇー、武偵殺しの手口でしょ」

 ちなみにキーくんというのは俺のこと。ロリータ制服なる珍妙な格好をした理子が俺につけた珍妙なあだ名だ。
 やたらとあちこちに顔が利くため、どうやら武藤や不知火とも顔見知りらしいな。

「武偵殺し? この前逮捕されたヤツだろ。それにキンジがやられたっていうのか?」

「んん~、多分、模倣犯さんだよ。ものスッゴイ凶悪犯が逮捕されたっていうし。
 でもぉー、なんだか全然ニュースにならないんだよね。被害者いっぱいいるのに」

 そういえば、アリアは逮捕されたのは本物じゃない、って言ってたな。俺のチャリに爆弾しかけたヤツこそが真犯人だって。
 ……どういうことだ? 何で俺が本物の武偵殺しに狙われる?
 爆弾魔ってのは大抵、ターゲットを定めずに無差別に爆発を起こすような愉快犯だ。たまたま、俺が標的になった――そういうことなのだろうか。

 思考に没頭しそうになった俺に、おバカな理子が話しかけてくる。

「そんなことより~、お話は聞かせてもらいました! キーくんアリアの事知りたいんでしょ。この情報怪盗にまっかせっなさーい♪」

 ビッ――と、右手を上げて宣言してくる理子。今まで盗み聞きしてやがったな、コイツ。
 さすが趣味「覗き」「盗聴盗撮」「ハッキング」だよ。ネット中毒者のくせに、本当に武偵らしい趣味をお持ちのことで。
 情報怪盗なんてのも、あながち間違った自称じゃない。並外れて情報収集能力に長けたコイツの武偵ランクはA。優等生の白雪や不知火と同じ位の実力者として扱われているのだ。
 仮にも武偵が「怪盗」なんて名乗るのも如何なものかと思うが。

「くふふっ、キーくんになら格安でアリアの事調べてあげちゃう! Sランク武偵の情報ってぇー、すんごい高価いんだけどね!」

「別にいいよ。ある程度わかったし」

「ええぇー!? ここは理子の見せ場でしょ! アリアの事調べるよ! 超ぉ調べちゃうよ! スリーサイズから下着の趣味まで! だからキーくん構ってぇー! そっけなくしないでぇー!」

 駄々っ子のように構って構ってしてくる理子。ええい、服を引っ張るな。伸びるだろうが。
 それにスリーサイズも大体わかる。下着の柄だって知っている。お前に頼むようなことは何も無い。

「……なんでキーくん赤くなってんの?」

「赤くなっていませんよッ!?」

 しまった。また思い出してしまった。なぜか理子に敬語になってしまったし。


「それより、なんでその転入生の事気にするんだ。キンジの事だから、別に惚れたとか腫れたって訳でもねえんだろ」

 なんだ武藤、わかってるじゃないか。さてはワザとからかってこようとしていたな。不知火のヤツもにこにこ笑っていやがるし。
 結構こいつらとも付き合い長いからな。お見通しってわけかよ。

「実はその、神崎に爆弾から助けて貰ったんだが、その後でちょっと怒らせちまってな……」

「神崎さん、けっこう気難しいからね」

 助けた相手を銃撃したり、ポン刀で襲い掛かってくるのは気難しいで済むのだろうか。
 怒らせてしまった俺がいうのもなんだが。

「でもでもぉ、アリアって男子に人気あるんだよ。転校してきてすぐにファンクラブとか出来てるの!」

「ふーん。まぁ、顔は悪くない……どころか、モデルにでもなれそうなくらい整ってるしな」

「おっ! 珍しいな、女嫌いのキンジがそこまで言うなんて」

 興味を引いたのか、武藤と理子が身を乗り出してくる。そんなに俺が人の容姿を褒めるのが珍しいのか。
 認めたくは無いが、事実なのだからしょうがないだろう。女は嫌いだが、美醜の区別くらいはつくつもりだ。

「それで、その神崎ってヤツが気になると」

「キーくん、アリアを意識してるの?」

 ちょっとお前ら鼻息荒いぞ。ほんと、こんな話題好きだよな、お前ら。
 だが困ったぞ。別に異性として意識しているわけではないが、俺を打ち負かしたアリアの事を気にしているってのは本当のことだし。
 何と言ったら良いだろう。

「えっと、爆弾から助けてくれたり、射撃や格闘がメチャクチャ上手かったり――ちょっとヤバイかなって思っていたときに、神崎にそんなの見せ付けられてさ、言いたかないけど、可愛いしカッコいいヤツだろ? なんていうか、ちょっと気になったというか、助けられた後で、その――」

 ええぃ、もう認めちまえ。俺が神崎に負けたのは事実。いつまでもぐずぐずしてんなよ遠山キンジ!

「『俺はアイツにノックアウト』されちまったんだ、気絶するくらい。それで、その――」


 …………
 ひそひそっ、ひそひそっ。

 なんか、教室の一画が急に騒がしくなったな。「つまり、惚れた、と」とか「君の瞳にK.O.」とか「気を失うほどか。キンジ、ぞっこんだな」とか聴こえてくる。
 俺がぞっこん? なんの話だ?


「ノックアウト? 転入生と喧嘩して負けたのか、お前?」

 なぜか小声で聞いてくる武藤。
 ああ、俺に気をつかってくれたのか。女に負けたなんて恥ずかしいもんな。

「ああ。完っ膚なきまでにヤラレちまった。(俺に勝った)アイツの事が頭から離れないし、もうその事しか考えられねーよ。(実力的な意味で)神崎に超参っちまった」


 ……………
 ひそひそひそっ、ひそひそっ、ひそひそっ。

 き、急にまた教室の一画が騒がしくなりだしたな。「悩殺? キンジ悩殺されたの?」とか「うっわぁ、ガチでラブなんだ……」とか「あそこまで言うとキモくない?」とか。
 俺が納札? 神社に札を納めに行った記憶はないぞ。なんの話をしている?


 とりあえず話を聞いてくれた武藤は、

「あ~、まあ、気にすんなよ。男女平等の時代だぜ、いつか笑い話にもできるだろ」

 なんて慰めるつもりか、背中をバシッバシッと叩いてくる。結構痛いんだが。
 けど、ありがとよ。愚痴を聞いてくれて、ちょっとは元気が出てきた。持つべきものは、俺のことをわかってくれる友達だな。

「そうだな。落ち込んでたってしょうがない……って、不知火? 理子? どうした、苦笑いなんかして?」

「……理子が言うのもなんだけど、キーくん、もっとよく考えて喋った方が良いかも」

「僕も同感。誤解を解くのも大変そうだから、遠山君が自分でなんとかしてね」

「……は?」

 意味がわからない。聞いても教えてくれないし、他の連中が騒ぎ出したのと関係があるのか?


 あっ、そういえば――

「ウォンは? クラス分けちょっと見たけど、あいつもこのクラスだろ」

「ああ。アイツなら――あれ? 確かにいねーな。始業式にはちゃんと出ていたはずなのに」

 教室の中を見渡しても、何処にもその姿はない。女子並みに髪の長い結構目立つ奴だから、いたらすぐに気付くはずだ。

「理子知ってるッ! 三学期から来た諜報科の転入生さんでしょ。始業式の後、女の子の肩抱いて諜報科棟の方に歩いてったよ。すっっごいラブ臭がしてた! えっちいことする気満々だった!」

「そういえば、始業式の間、近くにいたCVRの藤宮さんと話をしていたよ。初対面みたいだったけど、ウォン君そういうの気にしないから」

「どーせ、いつもの悪い癖だろ。女の考えなんてわかんねーけど、なんであんなヤツがモテるかねー? ってキンジ!? どうした、メチャクチャ怖ぇー顔になってんぞ!?」


 ……あのヤロウ、人が爆弾であたふたしてるってのに、教務科に知らせもせずに女の子をナンパ……だ、と!?
 こ、こっちはそのおかげで散々な目にあったってのに……ふ、ふふふ、一度ひざを詰めてお話しなくては……!! 購買で銃弾を補充するのも、忘れないように……ふ、ふふふふふ――


「き、キンジが暗黒面に……」

「キーくん、キーくんっ! ……返事がない。とってもおかんむりのようだ」

「遠山君、蘭豹先生にジャーマンスープレックス10回決められた時と同じ顔してる……」

「……こういう時は、斜め45度の角度で叩くと直るってお祖母さまが言っていたわ。こんな感じに――」

 ゴッスゥッ!!(打撃音)

「――痛ってえぇ!? お前、それは古い電化製品の復活だろ、何をしやが――」

 後頭部を襲った衝撃に、突っ込みを入れながら振り返ると――ピンクのツインテールっ!?

「あっ、あ、アリア!? おまっ、なん、でっ!?」

「クラス分け見なかったの? バカキンジ、あたしもこのクラスよ」

 憮然とした表情で腕を組んでいるアリア。なんだか不機嫌そうだが、間違いない、本物だ。
 宝石のように透き通った赤紫の瞳、声だけでファンがつきそうなアニメ声……あれ? コイツこんなに胸あったっけ?
 そんなことより、クラス分けに名前があった? そのくらい気づけよ、俺!?
 理子や不知火を見ると、「あ~、知らなかったんだ?」なんて顔してやがる。気付いていたなら言ってくれよ、同じクラスだよって!

 予期せぬアリアの登場に俺が慌てふためいていると、そのアリアはつかつかと俺の横、いきなりのことに呆然としている武藤の傍に寄って、

「あたし、キンジの隣に座りたいんだけど」

 と右隣の武藤の机を、バシッ! と叩いて宣言する。

 ……………………はい?
 その瞬間、クラス全体が水を打ったように静まり返り、教室にいた生徒が一斉に俺を見つめ――

 わあぁーーッ!! ぱちぱちぱち!

 か、歓声と拍手喝采してきやがった。

「下の名前で呼び合ってる!」「きゃー♪」「もうそこまで親密な仲なの!?」「積極的ぃ♪」「相思相愛!?」「き、キンジのクセに!」「女子に興味ないって言ってたはずだろ!?」 

 ちょっと待て! お前らは何か勘違いをしている。
 神崎が俺の隣に座りたいってのはなあ、それは……えっと……あれ? どういうこと?

 喧騒に包まれる教室。黄色い声をあげる女子。怒声をあげてくる男子。
 それをまったく意に介せず、堂々としているアリア。
 そして、あまりの事態に絶句している俺。そんな俺に武藤が顔を近づけてきて、

「(ボソボソッ)おいキンジ、こいつが例の転入生か!?」

 こくこくっと頷くことしかできない俺。え~と、何この状況? わけわかんない。

 すると武藤は、「まかせろっ!」って感じに親指を立てて、ニカッ、と笑いかけてくる。
 さすが親友! なんだか無駄に頼もしく見える! 早くこの状況を何とかしてくれ!

 ガタッ――と勢い良く武藤が立ち上がった。
 190cm近い長身の武藤が140cmくらいしかないアリアを見下ろすと、まさに大人と子供。
 騒がしかった教室の生徒たちが再び静かになる。そして――

「おぅおぅおぅッ! 嬢ちゃんよぉ、テメェ誰に断って俺のダチの隣に座りたいってぇ? ああンッ!?」

 なんていきなりアリアにガンくれる武藤。お前は何処のチンピラだ。

「聞けばウチのキンジがずいぶんと世話になったみてーじゃねェか! 俺ァ、関西出身じゃけぇ、気ぃ短こーてなぁ! さっさと、自分の席に戻らんとぉ、痛い目に『ジャキッ』――へっ?」

 まさに一瞬の早業! いちゃもんをつけていたエセ関西人の武藤に対して、アリアは首に小太刀、股間にガバメントを突きつけた!? ちょっ、銃のセーフティー掛かってない!?

 自分の現状を確認し、だらりっ、だらだらと冷や汗を垂れ流しながら硬直してしまう我が友。
 そんな武藤に構わず、アリアは――

「関西出身者は流石にユーモアのセンスがあるわね。そんなに面白いことを言ってくれると、可笑しくて思わず引き金を引いちゃいそうよ」

 なんてとんでもないことをのたまった! ぼ、防弾制服とはいえ、衝撃は吸収しきれないんだぞ!? そんなことをしたら――
 どばっと武藤の冷や汗が脂汗に変わる。クラス中の男子が、うっ――と内股になる。
 な、なんて強引なヤツだ。こんなところでも力ずくかよ……正直俺も縮み上がった

「……40秒だけ待っていてあげる。さっさとどきなさい」

 スッ――と武器を引いたアリアに対して、武藤は普段の3倍速で動き出した。慌てて自分の荷物を机からどかし、戦略的撤退の構えを取る。
 その途中で、俺に「ドンマイ☆」って感じで親指を立てて、てへっ、と笑いかけてくる。
 絶交だ、オマエなんか。気持ちはわかるが、まんまと脅されやがって。



 そしてまんまと俺の隣の席に陣取ったアリア。ガバメントの銃口に抗菌スプレーを吹きかけて高価そうなハンカチでふきふき。そのままポイっと捨ててしまう。
 ……こらこら、汚物はちゃんとゴミ箱に捨てなさい――じゃ、なくて!

「おい、アリア。助けてくれたことには感謝する。それに、その、お前を怒らせるようなこと言ったり色々しちまったのも謝る。だからといって、それでなんで俺の隣にやってくる」

「わかんないの?」

「わかんないから訊いている」

「ふーん。まあいいわ」

 なにがいいのか。勝手に自己完結しやがった。
 かと思ったら、突然席を立ち、俺に向き直ってきたアリア。長いツインテールが優雅に踊り、甘いクチナシの香りがふわりと立ち上る。
 そして俺をズビシィ――と指差して、

「とりあえず――キンジ。あんた、あたしのドレイになりなさい!」

 俺を含め、教室中の生徒が固まった。


 …………

 ……………………

 なんとおっしゃるうさぎさん。
 ありあない、じゃなかった。ありえないだろ、コイツ。


 「おいっ、アリ――」なんて抗議をあげようとした俺に向かって――殺気ッ!?

 俺は慌てて教室の後ろ側へ飛び込んだ。強襲科でならった緊急避難の要領で、床を転がり、誰の席だかわからないが、机を横倒しにしてそこに隠れるようにして――


 ズガガガガッガガガガッッッッ!!


 背にした机から尋常じゃない衝撃が襲ってくる! 教室中に硝煙の匂い、轟く銃声! 女生徒の甲高い悲鳴も混じっている!

 ふう、とりあえず、専門科棟の据え付けタイプの机じゃなくて助かった。
 机の材質は強化アルミやチタンの複合材であり、防弾製。これなら機動隊が暴徒鎮圧に使うジェラルミン製のライオットシールドなんかよりもはるかに丈夫で安心の一品。

「って何でだよ!? 何で俺、銃撃されてるの!?」

 いくら校舎内で発砲が許可されている武偵高とはいえ、新学期早々に銃撃されたのなんて俺が初めてじゃないか?
 パニックになって訳のわからないことを考えていると、盾にした机の向こうから、数人の声が聞こえてくる。

「名前で呼び合うだけならいざ知らず!」「よりによって、ど、ドレイ……だと!」「我らがロリ神様を!」「そんなプレイまで……羨ましすぎる!」「キンジ許すまじ!」「親友……抜けがけしようったって、そうはいかねーぜ」「我ら神崎アリア・ファンクラブ改めAAA団一同は、遠山キンジに粛清を加える!」「粛清をッ!」「粛清をッ!!(×5)」

 か、隠れファンクラブがいたのか。気がつかなかった。チラッと見たが、みんなKKK団みたいな白覆面を被っていやがった。数は5人。
 あと武藤、なにどさくさにまぎれて仲間になってやがる。てめぇは後でシメる。

 そんなことを考えている間にも銃撃は続く。反撃しようにもベレッタには残弾が1発――これってヤバくない?

「みなさーん、おはようございます。さっそくHRを――って、キャアアァ!? な、なにしてるんですかあ!?」

 探偵科教諭で2年A組の担任でもある高天原ゆとり先生(22歳 女 独身)の声が聞こえる。
 あー、無理も無いな。教室の扉を開け、イジメならぬ銃撃をしている自分の生徒たちがいたら、ねえ?

 って、それよりも今は俺! 俺のほうが大事! 

「あ、アリアっ! 何とかしろよ! お前の発言でこうなったんだろっ!」

「はぁ? なんでよ、あたしのドレイなら、そのくらい自分でなんとかしなさいっ!」

 机の影に隠れた俺からギリギリ見える位置、そこで相変わらず不機嫌そうに腕を組んでいるアリアに向かって怒鳴るも、怒鳴り返されてしまった。

「だからっ何でいきなりドレイなんだよ!」

「アンタが言ったんでしょ! 何でも言うこと聞くって! あたしに負けたんだから、あれはまだ継続中よ、時効になんてしてあげない!」

「あ、あれは! いや、言ったけど、あれは俺であって俺でない……ああもう、誰がドレイになんてなるかっ! いいから何とかしろよっ!」

「しらばっくれるつもりね!? そうは行かないわよ! あたしにあんな……」

 かああぁ――と急速に赤面するアリア。わなわなと口を震わせて、大きく息を吸い込んで――
 あ、おい、ちょっと――やば――


「あ、あああ、あんな! 破廉恥な! 公衆の面前で言えない様な事したくせにッ!! せ、せ、責任取りなさいよッ!!」


 ぎゃああっ! 言っちまった、言っちまいやがったコイツ!?
 よりによって物凄く誤解されるようなことを!!

 そして再び固まる教室。そこから――


 ズガッガガガガガガガガガガガガッガガガガッッッ!!!


 先に倍するほどの銃撃が襲ってきたッ!? ひいいっ死ぬ死ぬ、死んでしまう!? 机、机が持ちましぇん!?

「女に興味ないんじゃなかったの!?」「責任……きぃんじぃ!!」「影薄いヤツだと思ったら、裏でそんなことを!」「最っ低!」「フケツっ!」「このっ女の敵め!」「不知火君というものがありながらっ!」「不知火×遠山は鉄板!」「真実の愛はどこへ!?」

 こ、今度は女子も撃ってきやがった! 誤解だっ! あれは不可抗力であってだな……って後半の女! さりげなくとんでもないこと言うんじゃない!
 このバカの吹き溜まりども! いちいち人の言葉で大盛り上がりしやがって!

 あっ、おい不知火、理子! に、苦笑いしてないで助けろ! いや、助けてください、お願いします!
 アリア! お前がそもそもの原因だろっ! あいつ等に向かって応射しろよっ! こらっ、そっぽ向くな!

 み、味方がいない……

 だ、誰か……
 この際、武偵殺しでも誰でもいいから――


「誰か助けてくれぇーーーっ!!」




 硝煙の匂いにまみれて、再び出会ってしまった俺とアリア――

 これから――

 俺とアリアの二人は――

 この学校で――

 どうなっていくんだろう――



あとがき

許可なく他の「緋弾のアリアSS」から名前をパクってしまいました。
いつも更新を楽しみにさせてもらっていますが、気に障られた他作品の作者様、謹んでお詫びを申し上げます。

TNK繊維のくだりは完全に捏造です。
実在するんですかね、あんな夢素材。原作でも述べられてないような。

作者はウィキペディアの肉奴隷。おかげで物語が遅々として進みません。TNK云々でっちあげるのに1時間も割きました。
会話が増えればテンポ良く話を転がせるかと思ったのですが、相変わらず物語の進行スピードが上がりません。あれこれ贅肉が多いSSとなっております。

本作品は弾の多いSSを目指しています。つなぎに困ったらとりあえず銃を出します。
ネタに困ったらとりあえず銃を出します。別に困ってなくても銃を出します。意味もなく銃弾が飛び交います。ばきゅーん。


とりあえず次回のテーマは「再会」

復讐に燃えるピンクと、最低系オリキャラが激突……する?
キンジ(の部屋)の明日はどっちだ。

7月31日 ちょっと文章追加。あと文の誤りを修正。なんだ「顔を乗り出して」って、私はバカか。



[28651] 第六弾 three of us
Name: 器用なアザラシ◆a19fdfd2 ID:308ff124
Date: 2011/08/19 00:48
 とても息苦しかったのを憶えている。

 誰も助けてはくれなかった。見渡すばかり敵だらけ。
 あっという間に孤立無援。何時の間にやら四面楚歌。


 ――俺はお前の友にはなれないが、力を貸すくらいはしてやろう――


 人生に道なんてない。ゲームじゃあるまいし、あらかじめ用意された道(ルート)なんてありはしない。
 でも、もしそんなものがあったとして、行く手にある分かれ道のどちらが正しいかなんて、いったい誰が決められるんだろう。


 ――戦うのなら立ち上がれ。逃げ出すのなら耳をふさげ。助けて欲しくば――


 右か左か、前か後ろか、行くか戻るか、進むか止まるか。
 迷路みたいに入り組んだ道を辿って、いつの間にか数え切れない分岐点を過ぎていたことに気付いて、
 この道を選んできたのは他でもない自分だと知って――そうしてここに立っていた。
 ああしていれば――なんてもう手遅れ。やり直せたら――そんなのはもう無理。
 そうやって後悔する間も時は流れていく。否応なしに次の分かれ道が現れる。


 ――この手を取れ、遠山キンジ――


 続けるか、諦めるか。
 そんな分かれ道の直前で、あの時俺は、選択肢を突きつけられた。

 アイツの手を取るか、取らないか。

 差し伸べられた手を見つめ、俺は思った。


 弱者を救う正義の味方のピンチには――

 助けてくれる誰かが、きっといるんだと――



第六弾 three of us


 時刻は夕方。場所は俺の部屋の長い廊下。
 自由履修で習った諜報課(レザド)の潜入講義(スニーキング)を思い出しながら、廊下からリビングへ続くドアのノブに手をかけた。
 反対の手には相棒のベレッタ。トリガーに指をかけたまま、息を殺して左手に力を込める。

 ガチャ――

「お帰り、遠山。飲茶の準備が『バンッバンッ』……そこは鉛弾ではなく『ただいま』を返すべきだと、俺は思う」

 チッ! 避られたか。ウォンがこちらを向く前に発砲してやったのだが、このヤロウ、引き金を引くその瞬間にはもう飛び退いてやがった。カンの良いヤツめ。
 流れ弾を気にして、足元を狙って撃ったのが間違いだった。問答無用で胴体を撃ち抜いてやればよかった。

「むぅ、これが俗に言う『挨拶代わり』というやつか?」

「死んでしまえ! よく考えたら、お前が……お前があの時助けてくれていれば!」

 アリアに目を付けられることもなく、平穏無事な学校生活を送っていられたのに。
 それなのに!

「朝からセグウェイに電波ソング聴かされるわ、自転車は木っ端微塵に消し飛ぶわ、体育倉庫で……えっと、まぁ、いろいろ!」

 くっそう、顔が赤くなっていくのがわかる。ウォンのヤツが首をかしげているが無視だ、無視。

「女にはボロ負け。教室ではドレイ呼ばわり。クラスメートからは銃撃! 昼休みはシューティングゲームみたいに弾避けまくって、挙句に放課後はベランダからワイヤー使ってリペリング下校!!」

 どいつもこいつもアリアとの事を変に勘ぐりやがって!
 なにがモゲロッだ、なにがリア充爆発しろだ。せめて武器を下ろしてからやって来い。

「何もかも、全部お前のせいだ! 一発くらい撃ち込ませろ、頭に!」

 責任転嫁なのはわかっているが、そうでも思わないとやってられない。
 コイツと武偵殺しは絶対に倒すッ! 倒して俺は自分の未来を切り開く! 復讐せりは我にありッ!!

「……よくわからないのだが、とりあえず――」

 フゥー、フゥーっと荒い息をついて銃を向ける俺に対してウォンは――

「飲茶の準備ができている」

 ……………………

 …………

「……手、洗ってくる」

「うむ」




 武偵高があるここ「学園島」の第三男子寮、そこの上階にある俺の部屋だが、本来ここは探偵科(インケスタ)が使用する4人部屋である。
 年末に兄さんが死亡扱いとなり年明けから葬儀や四十九日のため実家に戻っていた俺は、以前住んでいた第一男子寮を追い出される形でここに住むことになった。
 聞けば以前の強襲科(アサルト)の相部屋は、どっかのバカが燃料気化爆弾の実験に失敗して、消し炭どころか塵となって吹き飛んでしまったらしい。幸い死者は出なかったものの、教務科(マスターズ)名物「地獄の体罰フルコース」を受けた共犯者である俺のルームメイトは失踪。他に強襲科の部屋が空いていなかったのと、一緒に部屋に入るヤツがたまたまいないこともあって、自由で気ままな一人生活を開始することができた。
 仲の良い連中がたまに遊びに来るが、学園島の端っこに位置する第三男子寮まで足を伸ばすのは面倒らしく、俺の部屋が悪友たちのたまり場になったりはしない。白雪がたまに顔を出してくれるくらいで、あまり探偵科で顔が広くない俺を遊びに誘ってくるような奇特なヤツもいなかった。
 人付き合いの苦手な俺はこの部屋をとても気に入っていた。こういった環境はキライじゃない。
 うん、いい部屋だよ、ここは。

 ……居候が、超が付くほど変なヤツでなければな。


「ああ、その神崎なら知っている」

「……口説いたことがある、なんていうんじゃないだろうな」

「……じぇらしい?」

「ぶち殺すぞ」

「最近、遠山がチンピラのようになっている気がする」

「うるさいよっ!? 誰のせいだと思ってんだ!?」

 これだよ、いつもこんな感じではぐらかしてきやがる。年末に初めて会ったときぐらいだぞ、コイツが実のあることを言ったのは。


 短い栄華だった。硝煙の匂いも血なまぐさくもない、ドンパチなんかとは無縁の一人暮らしは、しかし、半月と持たなかった。
 一月の終わり、寮費が払えないため巣鴨にある俺の実家に寄生していたウォンが、いきなり部屋に転がり込んできたからだ。理由は、俺の祖父母と一緒だと息が詰まる、とのこと。
 基本的に俺に干渉してこないし、朝夕と上手い料理を作ってくれるのはありがたいが、この変な居候と暮らすようになって俺のツッコミスキルは急速にLVアップ中。
 ただでさえガサツで口の悪い連中が多い強襲科に所属していることもあり、最近じゃだんだんとウォンに対するツッコミに遠慮がなくなっている気がする。
 気がついたらボケに銃や鈍器で応じてしまった……なんてことになってしまったらどうしよう。 変人ぞろいの武偵高では「普通な」光景なんだけどな。
 もちろん、武偵高の「普通」はとんでもなく普通じゃない。ウンザリするほど普通じゃない。


 リビングのソファーに腰掛けながら、ウォンが淹れてくれた中国茶――正確には黄茶とか、なんだかよくわからない種類の茶葉を使っている――をずずっとすする。
 舌先から広がる日本茶よりも繊細で、洗練された芳醇な味。爽やかな香りが鼻腔を抜け、甘みのある味と独特の風味が後に残る。透明なガラスの器に浮かぶ細長い茶葉、泡が付いてぷかぷかと上下し、黄金色のそれが魅惑的に踊るさまは、口や鼻だけでなく目でも楽しめ、ゆったりと幸せを感じることが出来る。
 日本ではプーアル茶やジャスミン茶、ウーロン茶が一般的だが、このデリケートな味は慣れるととてもはまる。ウォンは中国茶の淹れ方にも一家言あるらしく、そういった意味では俺は貴重な体験をしているのではなかろうか。

 点心は桃包(タオバオ)。桃の形をした饅頭で、中国では祝い事に良く食されることから「寿包」「寿桃」といって馴染みが深いらしい。本当は白い豆餡を具にするらしいが、今日は小豆餡。要するにただのアンマンである。
 生地に食紅を混ぜてほんのりピンクになったふわふわの皮、たっぷり詰まったつぶし餡(どっかの地方では半殺しなんて言うそうだが、物騒極まりないな)。口いっぱいに頬張ると、どこかほっとする優しい味が広がり、とても美味しい。軽くてあたたかい。
 逃げ回っていて昼食を取り損ねたせいか、すきっ腹にすとんと落ち着く。ご馳走を与えられた胃が飴玉をもらった子供のようにはしゃぎだし、全身へ糖分を送ろうと血液までもが踊りだすかのよう――つまり何が言いたいかというと、そろそろ勘弁していただきたい。

「これくらいで許してやるか。作者の文才ではこれが限界だろうし」

「……そうだな。著しく方向性を間違って頑張っている気がするが」

 ウォンと2人、変な電波を受信して頷きあう。孤独のグルメごっこはまたに今度にしよう。


 激しく脱線したが、とりあえず今日起こったことをウォンに説明している最中だった。
 余計なことを言わなければ、コイツは結構聞き上手だ。軽く頷いたり、小さな相槌を打ってくれたり、ときおり疑問を挟んでくるから、いちいち俺も説明不足になったりはしない。

「それで、結局ドレイ宣言の真意を尋ねられなかった、と」

「何しろ教室中の男子が襲ってきたからな。不知火まであんなバカ騒ぎに付き合おうとしやがるし、付き合い良すぎだろ、まったく」

「明日になれば熱も冷めるだろう。少しは神崎と話す機会もあるだろうさ」

「……お前はちゃんと授業に出てくるんだろうな?」

「よく考えたら、新学期になったばかりで、内申点が下がっての退学なんてありえない事に気付いたんだが」

「よく言うぜ。転入してきて3ヶ月で退学させられそうになったくせに」

 コイツはこう見えて武藤なんか足元に及ばないくらいの女好きである。流した浮名は数知れず、最近じゃ武偵高の種馬なんて呼ばれているくらいだ。おかげで風紀を乱すと教務科(マスターズ)から目の敵にされている。
 本人曰く、女性の扱いを学ぶためにこの学校へ来たという。マジで何しに武偵高に来てやがる。全国の真面目な学生に全方位土下座外交してこいと激しく言いたい。
 とっかえひっかえ女生徒をつまみ食いしているらしいが、不思議と痴情のもつれによる修羅場なんて話は聞かない。武偵娘(ブッキー)は世の一般的な男性よりもはるかに強いので基本的にモテないし、最近の女子高生はさばさばしているので、双方ともに遊びと割り切って付き合っているふしがある。どろどろとしているよりはいいが、本当に大丈夫かこの国の将来は、なんて心配をしてしまうのは間違っているのだろうか。
 ちなみに男子からの人気はすこぶる悪い。最低系とか厨二野郎とか呼ばれているが、本人はまったく気にせず飄々としているから、なおタチが悪い。

「羨ましくはないが、なんでそんなにモテるんだ、お前?」

「前に言ったかもしれないが、別に不特定多数の女性に好意をもたれているわけじゃない。逆ナン……だったか? そういうのにはあったことがないしな」

「それはお前が出不精だからだろ」

「否定はしない……しまった、新しいクラスの女生徒をチェックするのを忘れていた」

「……いつか背後から銃撃されるぞ。女だけじゃなく男からも」

 なかば呆れつつウォンの容姿を横目で見た。
 長い前髪に腰まである後ろ髪。面倒だからと散髪もせず伸ばしたい放題にしているが、服と髪型以外の身なりには結構気をつかっているらしく、洗面所の一画を化粧品で独占している。男なのに。
 女生徒を口説くときは髪を首の後ろ辺りで一括りにまとめ、通称「本気モード」(命名バカの武藤)で落としにかかるという。一緒に生活していてもそんな本気を一度も見たことはないんですけど。
 背はやや低く165センチほど。体格は痩せ型だが、今着ている魔改造制服のようなゆったりとした服をいつも着ているのでそうは見えない。脱衣場で背中だけを見たことがあるが、結構しなやかな体つきをしている。

 今朝の武藤ではないが、いつも無表情なコイツがモテるのは確かにおかしい。じつはイケメンの不知火にも負けず劣らずの中性的な整った顔をしているのだが、目元も隠れるくらいの前髪で普通は誰も気付かないはずだ。
 となると、ナンパのテクニックが凄いのか? それこそヒステリアモードの俺のように―― 

 そんなことをつらつらと考えながら、ガラス製の座卓の上に置いたノートパソコンを操作した。立ち上がったGOOGLEで「武偵殺し」と打ち込み検索をかける。

「何をしているんだ?」

「武偵殺しの情報調べてんだよ。確か去年くらいに逮捕されたと思ったんだけど、アリアがそれは真犯人じゃないって言うからさ」

「……機械は苦手だ。俺は追加の点心でも作っていよう」

 そう言ってキッチンへ移動しカーテンドアを閉めてしまうウォン。

 機械という機械に拒否反応を起こすので、ウォンは諜報科(レザド)でも劣等生扱いされている。英語や日本語までペラペラなくせに文字が読めないから、成績もかなり悪い。ろくに民間からの依頼(クエスト)を受けないし、身体能力だけはオリンピック級なのだが、武偵ランクは「D」止まりとなっている。

 まあ、とりあえず今はこっちに集中するか。
 マウスを操作し、去年のニュース記事「武偵殺し事件、容疑者逮捕」のページを開くと――

「逮捕されたのは……『神崎』かなえ!?」

 凶悪犯として逮捕されていたのは、なんと30代の女性だった。細かい経歴も逮捕された経緯も特に載ってはおらず、写真も顔が写っていないが、アイツと同じ名字『神崎』
 偶然――いや、きっと関係があるんだろう。親族なのだろうか? 年齢からいうとアリアの母親あたりか。

 ――逮捕されたのは本物じゃない。罪のない人を替え玉にして、新犯人はまだ捕まっていない――

 確かにアリアはそう言っていた。そして、そいつを追っていて俺を助けた――とも。
 無性に気をひかれた俺は、カタカタッとキーボードを操作して、その名前を新たに検索する。

「神、崎、かなえ――っと……大学生? 素人モデル? なんだこりゃ」

 80万件くらいヒットしたが、いきなり全然関係なさそうな女性の画像が表示された。
 紛らわしいな、同姓同名のヤツか。でも、検索結果にニュース記事などはなさそうだ。
 理子も言っていたな。逮捕後、TVのニュースなどで全然話題に上らないって。殺人や爆破テロ紛いするような犯人は、格好のネタだと思うのだが。

 なにかあるぞ、この事件。アリアもきっとそれに関わっている。兄さんのときのように、報道されないような事件の深いところで、きっと。
 そう考えていた俺のすぐ横から――

「美人だが、年上はちょっとな」

「っ――――!?」

 いつの間にかウォンが俺の隣に座り、ノートパソコンを覗き込んでいた。

 ……さっき間違いなくキッチンへ移動したよな、コイツ。ドアが開く音も、戻ってきた気配もまったく感じなかったぞ!?
 壁をすり抜けた? まさか瞬間移動? なんて戦々恐々する俺。
 そんな俺を無視してノートパソコンの画面をじっと見つめているウォン。

「神崎かなえ……そう、遠山は言ったな。この女性が武偵殺し事件とやらの犯人か?」

「えっ、いや、同姓同名の人違いだ、うん」

 あまりに平然と話しかけてくるので、俺が気付かなかっただけで普通に戻ってきたのだろう。うん、そうだ、きっとそうだ、と無理矢理にでも納得することにする。
 そしてやっぱり俺を見ないままのウォン。ボソボソっと「……神崎……まさか……」とかなんとかつぶやいている。

「……実はその神崎かなえって人が逮捕されたみたいなんだが、検索してもその後の情報が引っかからなくてな。武偵サイト……いや、情報科(インフォルマ)にでも依頼してみるか」

 知り合いが情報科にいるので、そいつにメールを打とうとケータイを取り出すと、

「遠山」

 いつもは無表情なウォンが、心もち真剣な顔をして俺に向き直ってきた。

「ちょっと携帯電話を貸してくれないか」

「……使えるのか?」

「むっ、馬鹿にするな。電話番号を口で言って受話器をあげるだけだろう」

「……番号打って受話器があがったマークを押すんだよ」

 そこはかとない不安を感じながらケータイを渡してやる。ウォンは恐る恐るといった様子で、慎重にそれを摘み上げた。
 危険物扱いかよ。本当に機械が駄目なんだな。

「それで何処にかけるんだよ? このモデルの大学なんて言ったら怒るぞ」

「いや、変なところにかけたりしないから安心しろ」

 どうだか。コイツはいつも俺の予想の上を越えてくるからな、悪い意味で。

「ロンドンのバッキンガム宮殿だ」

 予想の斜め上過ぎるっ!? 

「ばっ、お前、ケータイ返せ!」

「心配するな。コレクトコールという便利なものがあるらしくてな、海外でも――」

「誰が通話料金の心配してんだよ!? なんで英国王室に電話なんぞかける必要がある!」

「いや、イギリスの知り合いに掛けようと思ったんだがな」

「知り合い? 宮殿にでも勤めているのか?」

「違う。その知り合いの電話番号を忘れてしまったので、女王に取り次いでもらって聞こうかと」

 つ、ツッコミどころが多すぎる!
 取り次いでもらえるわけないだろが! お前は総理大臣や天皇に近所のラーメン屋の電話番号を聞くのか!? 偉い人だからって国民全ての番号知ってるわけないだろ、番号案内にかけろよ! 知り合いの電話番号は覚えてなくてバッキンガム宮殿の電話番号は暗記してるんかい! 時差のこと考えたか!? それ以前に友達感覚で王族に電話かけるな! しかも俺のケータイで!
 ああ、もう、どれから突っ込んでやるべきか……

 ピンポーン。

 …………

 ピンポンピンポーン。

「……星伽か?」

「いや……白雪はもっと慎ましいチャイムの押し方をする。それにさっきメールで今日はSSRの授業が長引くと――」

 ピポピポピポピポピピピピピピピンポーン! ピポピポピンポーン!

 あーっ! もう、うっせぇーなっ!
 誰だか知らんが俺の部屋のチャイムを連射していやがる。

「……とりあえず明日、英国大使館に電話しろよ。今の時間は大使館も開いてないけど、授業の合間に通信科からかければいいだろ」

 ツッコミを入れる気力もそがれ、ケータイをひったくりながらウォンに忠告し、廊下を渡る。
 まったく、誰だよ。今日はいろいろあって疲れているんだ、放課後くらいゆっくりさせてくれ。って、そんな状態でウォンのヤツを強襲しようとした俺も俺だが。

「はい、どな――」

 ――た、とドアを開けようとした俺の動きがピタッと固まる。
 なんだかひっじょ~に嫌な予感がしたからだ。
 冷静に考えろ、遠山キンジ。今は止まっているがあのチャイムの鳴らし方、誰が押したか心当たりあるんじゃないか。

 恐る恐るのぞき穴から外を窺うと――

「――――? 誰もいない?」

 とりあえずドアを開けてみるが、やっぱり誰もいない。
 古典的だが、相手の背が小さすぎて見えないとか――とも思ったけど、足元にも誰もいない。
 ならばドアの外側に――と回り込んでみると、はたしてそこには張り紙が――

 『バカが見る』

 …………

 ……ああ、これは、あれだな、うん、ピンポンダッシュってやつだ。
 はっはっはっ、そうかそうか、ピンポンダッシュね。ガキの頃、悪ガキ仲間と何回かやったことあるよ。はっはっ懐かしいなー。
 って――

 ちっくしょうッ!? どこの バカが こんなこと しやがったッ!! 

 思わずベレッタを抜いて辺りを見渡した。だがすでに人っ子一人いない。くそっ、下手人がいたらフルオートで撃ち殺し……じゃない、懲らしめてやるのに。
 衝動的に『バカが見る』を撃ちたくなったが、ぐっと堪える。子供じみたイタズラだが、実際にやられてみると、もの凄く腹が立つな!

 「はああぁぁ~~」

 怒りが収まってくると、とたんに虚脱感が襲ってきた。今日はもう、さっさと飯食って風呂に入って早めに寝よう。
 とぼとぼと肩を落として廊下を戻る。ウォンが「誰だった?」なんてキッチンから聞いてくるが、情けなさから返事も出来ない。
 そのまま窓を開けてベランダに出た。胸いっぱいに磯風を吸い込んでゆっくりと吐き出す。それを何回か繰り返すと、ようやく景色を眺める余裕が出てきた。

 ベランダからは、レインボーブリッジが横切る東京湾を一望できた。
 夕方、最後の陽を反射する海面は揺らぎ、金色の野のように輝いていて、とても幻想的。その先にある人口浮島「空き地島」も、コンクリートの森のようなビル群も、夕陽を受けて赤く赤く染まっている。
 俺のお気に入りの光景。いろいろありすぎた一日の終わり、やさぐれた心が癒えていくのがわかる。
 再開発に失敗してがらんとしている空き地島の南、風力発電機のプロペラがくるくるとのんきに回っている。のどかで静か。世界が赤と金の二色に彩られ、暮れなずむ空がどこかもの悲しく、吹き抜ける海風が哀愁を誘うのですらアクセントとなる。本当に、いい景色だ。
 んっ、と一つ大きく伸びをする。そのままベランダの柵に肘をついて深い深ぁーい溜息をついた。

 あ~あ、それにしても、ハチャメチャな一日にしては、なっさけない終わり方だな。




 そんなことを考えていたせいか、俺は失念していたんだ。
 ほら、よく言うだろ。天災は忘れた頃にやってくるってさ。





 カチリッ――

 「動かないで!」

 ハッ――と、撃鉄が起きる音に気付いたとき、すべてはもう手遅れだった。
 ゴクリッ――瞬間的に張り詰めた緊張に、知らず、俺の喉が鳴った。
 柵に肘をついたままだったが、伊達に強襲科ですごしていたわけではない、見なくとも、振り返らずとも気配だけでわかる。

 何者かが俺の後頭部を狙って銃口を突きつけている!

 「そのまま両手だけをゆっくり上げなさい!」

 女の声。それが誰のものか確認する前に、無意識のうちに身体が動いた。
 さりげなく両手を横へ伸ばして上げながら、その動作の中に織り交ぜて少し、気付かれないように、ほんの少しだけ頭を後ろに反らす。
 こちらの狙い通り、後ろ髪に銃口がちょっと触れる感覚。全神経をそこに集中させる。
 脳裏によぎるのは、先月、諜報科で受けた実習内容――


 ――敵に背後から銃を突きつけられた場合の対処法――


 バッ――何度も繰り返した練習どおりに身体が動いてくれた。ひざを落として身体を沈めながら反転。同時に頭の後ろ、銃があるであろう空間に向けて手を振るう。
 手のひらにつめたい金属の感触。狙い過たず、後ろ手に相手の銃身を捉えることに成功した。形状はきっと自動拳銃。力を込めてそれを押しのけつつ、振り返って空いた手で敵を殴ろうとし――

「70点ってところね。『そっちの状態』でもなかなか良い反応するじゃない」

 ――もう一丁の自動拳銃、漆黒のガバメントを眼前に突きつけられて、硬直してしまう。クッ――と息を呑み、

「……何の真似だよ、これは」

 はぁ――安堵の溜息をつきながら、掴んでいた白銀のガバメントを離してやった。反対の手は、目の前の銃口を顔の外側へと払いのける。

 恨みがましくイタズラの下手人を睨んでやる。視線の先には、ワイヤーで逆さづりになった神崎・H・アリア。
 誰もが見ほれる様な、それはそれは可愛らしい微笑を浮かべていやがった。まさに、イタズラが成功した子供って感じだ。ツインテールが逆さまで変な髪型になってなければ、赤面しちまったかもしれねーな。

「油断していたとはいえ、強襲科のアンタの背後を簡単に取れるような相手が、背後から銃口を突きつけるなんて素人みたいな真似するわけないでしょ。銃の位置がバレバレになるんだから」

 くそ、コイツのほうが一枚上手だったってわけだ。いくら通常モードだったとはいえ、これで連敗。しかも同じ女に……本格的に女難だな、今日の俺は。

「まったく、初歩的な推理だよ、ワトスン君――てぁっ!」

 クルッ――スタッ!
 逆さづりの状態からワイヤーを切り離し、アリアは空中で身体を回転させて、足から華麗な着地を決めて見せた。
 ふわりと舞ったツインテール。潮風に乗って、例のクチナシのような甘い香りがやわらかく立ち上った。

 「誰がワトスンか」なんてその光景から目を背ける俺。スカートで屋上からリペリング、しかも逆さづりなんかになりやがって! 着地のときにスカートがフワッと危険なめくれ方したの気付かないのかよ。
 ……ち、チラッとだが、見えちまったじゃねーか! ホルスターで締め付けられた真っ白い太ももに、トランプ柄の白い下着が。うっ、やべ、また思い出しちまいそう――

「……どこ見てんの?」

「どこも見ていませんよッ!?」

 俺のバカっ! 今のはあさっての方向を見ていたことを聞いたんだろ、ニュアンス的に。焦ってんじゃねー!
 幸いアリアは気付かなかったらしく、「ふーん、へんなの」と、屋上の縁に引っ掛けたらしきワイヤーを巻き取っている。変なのはお前だ。もっと恥じらいをもて、女子高生!

 ――ん?

 気付いたらベランダの柵に一匹の白いワシが止まっている。確かアリアが、アイリーンって呼んでいたペットの鳥だ。アルビノ――なのか? 白いワシなんて見たことないし。
 珍しさにまじまじとその鳥を見ていると――

 ……ギロリッ。

 が、ガンくれてきたぞこの白ワシ。なんというか「おぅワレェ! さっきの見とったでぇ! お嬢に手ぇ出したらかますぞ、ぼけぇがッ!」なんて言っている気がする。しかも――

 バサッバサバサァッ!

「ッ――(ビクゥッ)!?」

 あ、荒ぶるワシのポーズ!? 翼を大きく開いて威嚇してきやがった!
 思わず一歩引いてしまう俺。ちきしょう、鳥にまでビビッてどうすんだよ。

「おい、アリア。ペットのしつけくらい――」

「あたしがチャイムを押したら5秒以内に出なさいよね。でないと風穴あけるんだから」

「なんだその理屈は! というか、話を聞けよ! あっ、おい、勝手に部屋の中に入るんじゃない」

 靴をケンケンしながら脱ぎ散らかしたアリアは、なんとベランダから部屋の中へ侵入しやがった。慌てて俺も後を追う。

「お前なぁ、チャイムにすぐ出なかったからといって、いきなりリペリング降下してきて強襲なんて――それ以前に何しに来たんだよ、どうやって俺の部屋を――」

「ねえ、このお茶なんだけど――」

「だから人の話聞け――って、どうした? なに睨んでんだよ」

 とてとて歩き回りながら、部屋の中をものめずらしそうに眺めていたアリアの目が、テーブルの上、先ほどウォンが用意してくれたお茶の上で止まる。
 その顔は真剣そのもの。今朝セグウェイに体育倉庫を囲まれたときのように険しい表情をしている。

「君山銀針――しかも、本物。こんな希少な茶葉、どこで……」

 へぇ、やたらめったら美味いお茶だと思ったけど、普通にウォンが淹れてくれるから全然気にしていなかった。アリアは中国茶に詳しいんだな。

「それに……ももまん……」

 ももまん? ああ、一昔前に流行った桃の形をしたアンマンのことか。1Fのコンビニとかでもまだ売っているが、たしかにその点心も、ももまんっていえばももまんだな。
 ふらふらとテーブルに歩み寄ったアリアはおもむろにそれを手に取り、口に運ぶ。一口食べたその表情がはっとなる。

「うそっ、これじゃまるで……ねえッ!」

「なっ……なんだよ。その饅頭がどうしたんだ?」

 どこか焦燥に駆られたようなアリアの、その必死な表情に呑まれそうになる。コイツ、何を――

「これっ! このももまんを作ったヤツは!? どこであの茶葉を手に入れたの!?」

「おいっ! 落ち着けよ、いきなりどうしたんだよ!?」

 俺の上着を掴んで詰め寄るように接近してきたアリアに、思わず後退してしまう。気が付けば、背中がトンッ――と寝室側の壁に当る。

「教えてッ! 教えてよッ! そいつは、そいつの名前は、もしかして――」

「っう、おい、近いよ、なんだってそんな――」

「騒がしいな。一体何をしている――」

 響いた3人目の声に、俺たちはそろって言葉を途中で切ってしまう。


 上着の襟を掴んで、俺をあご下から覗きこむように見上げてきてたアリアが、信じられないような声を聴いた、といった表情になり――

 制服の上からエプロンを着けたまま、今しがたキッチンから出てきましたといわんばかりの、俺とアリアの姿を目にしたウォンの動きが固まり―― 

 そんな2人を、なぜか、『決して会わせてはいけなかったのではないか』――なんて、思ってしまった俺が息をのんで――



 ――この時、どこかでカチリッと、歯車が噛み合った音を、確かに聞いたんだ――



あとがき

やっぱりギャグとシリアスのバランスが上手くとれません。
意味なく原作数ページの小イベントをこんなに長くしちゃって……原作を知っている方にすれば、飽きてきてもおかしくないですよね。できるだけ5日に一度の投稿ペースを維持します。

このSSのテーマの一つに、「正義の味方の味方」というのがあります。
読んでくださっている方はどう思われるかはわかりませんが、原作開始前、お兄さんのことで悩んでいるキンジを救ってやりたかった。ただチートなオリキャラ突っ込むだけでは面白くなさそうだったので、いろいろ伏線を張りまくっていますが。
オリキャラがよくある最低系になっていないことを祈るばかりです。あれ? 最低系の定義って? 意味なくモテて、チート戦闘力で、他のキャラを洗脳? そんな感じだよね?

アルカディア様って緋弾のアリアのSS少ないですね。なろうの方は100以上あるのに。


とりあえず次回のテーマ「目覚める」

アリアとウォンの激突は次回に持ち越し。

ようやく物語が動き出――せればいいなぁ。




[28651] 第七弾 KNOCKIN′“T”AROUND
Name: 器用なアザラシ◆a19fdfd2 ID:308ff124
Date: 2011/08/19 00:46
「見つ、けた――――ウォン=フェイインっ!!」

 バンッ!――
 言うが早いかアリアは、床が抜けるんじゃないかと思うほど、激しい踏み込みを行って跳躍。まるでバネか何かが付いているかのように、3mは離れていたウォンにいきなり飛びかかった。空中で身体をひねり、跳躍の勢いのまま強烈な胴回し回転蹴りをウォンに見舞う!
 その左脚は、例えるのなら断罪の鎌。情け容赦なく咎人の首を刈ろうと、美しい弧を描く踵がウォンの左側頭部にせまり――

 ガッ!――

 ――残り数センチで直撃といったところで、受け止められる。あれほどのスピード、アリアの全体重が乗った苛烈な一撃を、あろうことかウォンは片腕だけで止めて見せた。さらにそのままアリアの左足を掴み取り、動きを封じようとする。 

「お前がッ! お前のせいで、ママはッ!!」

 空中に縫い止められる形になったアリア。それでも彼女は止まらない。
 掴まれた左足を器用に曲げ、今度は右足でウォンへ延髄斬りをくり出した。先ほどの胴回しにも伍する鋭い一撃。ウォンの死角から襲い掛かる後頭部への蹴り、必殺の威力が篭ったその一撃は――

 フォンッ!――

 かすりさえもせず、かわされてしまう。
 その蹴りが当たる寸前、ウォンは掴んでいたアリアの左足を離し、お辞儀をするように体を前傾させていた。そしてウォンの頭上で風を切る音、それを置き去りに前方へ跳んで転がり、一気にアリアと距離をとる。

「許さない! 泣いて謝っても! ひざまずいて、命乞いをしても! 絶対に許さないッ!」

 ダンッ、ゴロロッ――と、転がったウォンは俺の足元で停止、アリアを振り返りながら身体を起こす。
 対するアリアは空中で変則的な蹴りを二度も放ったとは思えないほど軽やかに床へと着地した。
 2人の立ち位置はちょうど、数秒前のものと入れ替わるようになっている。
 アリアはウォンを睨みつけ、ウォンは背後の俺をかばうように立ち、そして俺は――

「な、にを――やってるんだよ、お前ら」

 わずか数秒で繰り広げられた交錯に、唖然としてしまう。あまりの事態に理解が追いつかない。
 いきなり目の前からジャンプしたと思ったら、ウォンに対して空中殺法を仕掛けたアリア。
 それを防ぎ、かわし、突然の攻撃にも動じることなく捌ききったウォン。
 こいつら、顔見知り――いや、そんなものじゃない、アリアのあの表情、あの言葉、顔見知りなんてレベルじゃない。ウォンに向けられる敵意は紛れもなく――

「おいッ、ウォン! アリアに何をしたんだ!? アイツ、尋常な怒り方じゃないぞ!」

 殺気すらはらんだアリアの視線。それが向けられたウォンに尋ねると、

「いや、それほど大したことはしていないのだが」

 なんて、事も無げに答えを返してきた。
 こいつ、こんな状況でも全ッ然、緊張感が見られない。大物なのか、ただのバカなのか。
 だがそれを聞いたアリアは、ビキッ、ビキキッ――と傍目にも分かるくらいに顔を引きつらせ――

「それほど? 大したこと、していない? ふ、ふふ、ふざけんじゃないわよ! アンタ! あたしとママに、あんな、あんな――」

 これ以上はないんじゃないか、って程に怒っている。
 ウォン。お前、アリアとその母親に一体何を――

 そして決定的な一言が――


「あんな『ゲテモノ料理』を食べさせておきながら!」


 …………

 ………… ………… 

 ………… ………… …………はい?


第七弾 KNOCKIN′“T”AROUND



 あ~、よく聞き取れなかったな。緊張しすぎて耳がおかしくなったみたいだ。

「……すまん、アリア。もう一度言ってくれ。ウォンが、何を、したって?」

「だ か ら!! こいつは! あたしとママに! 信じられないような! ゲテモノを! 食べさせたのよ!」

 ダンッダンダンダンッ!――と、リビングの床を踏みつけながら、林檎みたいに真っ赤になったアリアがウォンを指差す。
 ……どうやら冗談や何かの比喩ではなく、本当に食べ物の恨みで怒っているらしい。
 はあぁぁ~~、緊迫した雰囲気が台無しだよ――と脱力し、大きなため息を付いてしまう俺。

「おい、ウォン。アリアはゲテモノを食わせたって言っているが?」

 ちょっと投げやりになりつつ、うちの居候に事の真相を尋ねた。男のクセにうざったい髪型をしたその後頭部を睨んでやる。こいつ、アリアに何を食べさせたんだ?

「むぅ、ムカデやざざむしをゲテモノだ、などと決め付けるのはよくない。栄養価は豊富だし、慣れれば味も食感もクセになる。第一、イギリス人はカタツムリだって――」

「あんな気持ち悪い虫とエスカルゴを一緒にするんじゃないわよ! カエルを食べるフランス人だってあんなの食べたりしない! ママなんて泡吹きながら卒倒して3日も寝込んだんだから!」

 途端に激昂したアリアがウォンに食って掛かった。ギロギロッとものすごい睨み目。ツノみたいな髪飾りしていることもあって、般若みたいに壮絶な怒り顔になっている。
 うぉ、メチャクチャ怖ぇ~。悪鬼羅刹も裸足で逃げ出すんじゃないかってくらい、怒ってるよアイツ。
 そして思わずジト目でウォンを見てしまう俺。ざざむしとは――日本人だって駄目な人多いぞ、俺も駄目だが。ムカデなんて食べられるのかよ。

「……って、お前、まさか俺が食ってる、いつもの食事にも!?」

「いや、なかなかいい食材が見つからなくてな。まだ遠山の食事には入れたことはない」

「まだ!? まだって言った!? おまえっ、何を入れる気だったんだよ!」

「まず生まれたばかりのねず――ムッ!」

 なんだかとてつもなく物騒な言葉の途中でウォンは、ハッと何かに気付いた様子で横に跳んで――ズギュギュンッ!

「――どわぁあっ!?」

 いつの間にガバメントを抜いたのか、アリアが両手の二丁拳銃で銃撃してきやがった! ウォンを狙ったのだろうが、あいつが逃げたもんだから残っていた俺の頭の横に銃弾が!? 危ねーって!?

「逃げるなフェイ! このうじ虫! 絶対許さない! 風穴あけてやるッ!!」

「逃げるなと言われてもな。当ったら痛いと俺は思うのだが。それにうじ虫なら炒め物にして神崎も食べたことあるだろう。ジャック・ザ・リッパー事件の初日に――」

「アンタがわからないように加工して料理するから気付かなかったんじゃない! 知ってたらあたしもママも食べなかったわよ!」

「お前らその前に俺に謝れよ!? 思いっきりとばっちりじゃねーか!」

 だがそんな俺の抗議などどこ吹く風でバッキュンバッキュン発砲しまくるアリア。バカみたいに運動神経がいいウォンはそれを飛んだり跳ねたりして回避しまくる。おかげで流れ弾が部屋のあちこちに――って。
 ちょっ、ここ俺の部屋だぞ!? やめろお前ら!! 壁に穴が――おわ、耳かすった、耳かすったよ今!? ひぃぃ、テレビ、テレビが撃たれる!?

「キンジ! フェイを取り押さえなさい! あたしがそこをフルオートで撃ち抜くから!」

「俺ごと撃つのかよ!? ウォンだけじゃなく俺も死ぬわ!」

 ウォンにかわされ続け、早くも弾丸を撃ち尽くしたらしいアリアが弾倉を替えながらとんでもない事を要求してくる。

「じゃあ他にアイツの動きを止める方法を考えなさいよ! これは命令ッ!」

「無茶苦茶すぎる!? なんだよそれ!?」

 断固拒否すると言いたい。しかし――このままではアリアの怒りが静まる前に、俺の部屋が壊滅的な被害をこうむってしまう。
 だからといって野生のサルみたいに動き回るウォンの動きを止める方法なんて思いつかない。ヒステリアモードでもない俺の頭ではろくな考えも浮かんでこない。
 そして相変わらずの無表情でアリアから距離をとっているウォン。そんなアイツに俺は駄目元で――

「あ~……ああーあんなところにブロンド美人がー!」

 なんて棒読みで言いながらウォンの後方を指差してやる。
 自分でやっておいてなんだが、こんな一昔前のコントみたいなバカバカしい手に引っかかるヤツなんて「ぬっ、ブロンド美人だと」いやがった!?
 おいおいウォン、身体ごと振り返ってもそこには壁しかないぞ。お前どんだけ「バババババキュンッッッ!!」って、ええーーっ!?
 なんとアリアは動きを止めたウォンに対して、いきなりフルオートでぶっ放しやがった!? 銃弾が吸い込まれるようにウォンに命中し、その身体が面白いように跳ねる跳ねる!

「ちょっ――いきなり何してくれちゃってんの!?」

 慌ててアリアを羽交い絞めにする。いくら防弾制服とはいえ、.45ACP弾をあんなに撃ちこんだらウォンのヤツ死んじまうぞ。
 だが抑え込む俺をとんでもないバカ力で振り払おうとするアリア。こいつ、ちびっ子のくせに。しかも身長差から床に足が付かないアリアが俺のすねを踵で蹴りまくってくる。痛ぇッ!

「痛い! 痛ッ!? こらッ、やめろ! ウォンを殺す気かよ!?」

「殺す気なのよ! は な せぇ~ッ! 離さないとアイツ殺せないでしょう!」

 そ、そこまで怒ってるのか。そりゃそうだよな、知らなかったとはいえ、変な虫を食わされたら……今後アリアには変なものを絶対に食べさせないようにしよう。怖いし。
 じゃなくて!

「殺し、よくないッ!? 落ち着け! 人の、部屋で、あ痛っ、殺人は、駄目ッ、絶対ッ!」

「うるさいッ! あたしのバトルフェイズはまだ終わってないッ!」

「なんというバーサーカー!? ウォンのライフはとっくに0だっつうの!

 現にウォンは、悲鳴すら上げることなく、まるで糸の切れたマリオネットのようにそこで倒れて――

「あれっ? いない?」

 あとに残されていたのは穴だらけのエプロンのみ。肝心のウォンの姿がどこにも見えない。
 ちょっと目を離した隙にアイツ何処へ――なんて辺りを見渡す俺の後ろから、

「――残像だ」

 なんて声が掛かる。
 なん……だと……!
 驚いて羽交い絞めにしたアリアごと後ろを振り返ると、そこには身体からぷすぷす小さな煙を幾つも上げているウォンが――

「って、うそつけッ! ぼろぼろじゃねーか!? 全弾命中しまくってるよ!」

 思わずツッコミを入れてしまう俺。その瞬間、アリアが俺の腕から逃げてしまい――




***ここから先はあまりにも見苦しいので音声だけでお届けします***


「死ねぇ~~ッ!!」バキュバキュンッ!「死ねと言われて死ぬヤツがどれだけいるのかと俺は言いたい」「うっさいッ! ホントに死ねッ!」バキュンッ!「や、やめろお前ら!」ガッシャーン!「ああ! テーブルが!?」「よくも×××の(自主規制)なんて食べさせてくれたわねっ!」ドガッシャン!「ラックがー!?」バキュンッ!「美味しい美味しいと食べていただろう」「~~~~殺スッ!」ババババババババキュンッッッ!!「がはぁっ」ドサッ「う、ウォンーー!?」「残像だ」「だからうそつけ!? 脂汗かいてんじゃねーか! やせ我慢してんだろ!?」「実はちょっと痛い」「ちょっとなのかよ!」ヒュンッ! ザクゥッ!「ひいぃ、刀まで!?」「風穴、あけてやるッ!」ブンッ!ブゥン!「落ち着けアリア! それじゃ風穴にならな――」フォンッ!ズパッ!「ぎゃあー!? 制服、制服が斬れてるッ!?」「上手いな遠山。着れたと斬れたをかけるなん――おっと」シュパッ!「神崎、刃物は人に向けては――」「うるさいうるさい! 避けるな! 斬られろ!」「斬るなよ!? そして俺を巻き込むな!」ズパァーッ!「の、ノーパソーー!?」「ほら見ろ神崎。お前が攻撃してくるから」「フェイが逃げるからでしょうが!」「お前らが暴れるからだ!」ドタッドタタッ!「あ、おいウォン! アリアも! そっちにはテレビが――」メキャッ「「……あ」」「――テレビが、メキャ…………ふっ、ふふふ、ふざけんなあああぁぁぁ!!」バババババキュンッッッッ!ズドッ!バキャ!ズキャ!メメタァ!パリーン!ガチャン!「テレビの仇! お前らが風穴だああぁぁ!!」バキュバキュバキュンッ!「遠山が暴走している。神崎のせいだぞ」「アンタのせいよ! こらドレイ、しずまれぇー!」「お前らのせいだあぁッ!! 死ぃねやあああぁぁぁ!!」バキュバキュンバキュンバキュンバキュンッ!――――


***キンジ君が怒りを静めるまで、しばらくお待ちください***



 やばい。
 最近かなり強襲科(アサルト)の気風に毒されている気がする。
 朱に交わればなんとやら。日常の挨拶に死ね死ね言い合っているような連中の中にいれば、いずれこうなることは自明の理とはいえ……正直ショックが大きい。比較的まともな部類に俺は属していると思っていたのに。
 それもこれも――

「……本当に変なモノ入れてないでしょうね」

「くどいぞ神崎、人を疑うのはよくないことだとご母堂も言っていただろう。女王陛下の名に誓って、その点心には一般的な食材しか使っていない」

「前科があるでしょ! それにアンタの一般的はズレてるのよ! ……まぁ、ももまん美味しいけど。はむっ」

 このトンデモコンビがいるせいで!



 あのあとそうそうに銃弾が尽き、体力の限界までリビングを舞台に鬼ごっこをした俺たち。最後は結局、ぜいぜい息を切らしながら俺とアリアで背中合わせに床にへたり込んでしまった。忌々しいことにウォンのヤツはピンシャンしていたが。
 はっと我に返ればお気に入りの家具は全て粉々になっていた。破片と薬莢が散らばる床、壁のいたるところにも弾痕や斬撃の跡。ベランダへ続くガラス戸は無残に割れ、PCやテレビからはブスブス黒い煙が上がっている。まるで地震と台風とが一緒になって、リビングをピンポイントで狙って暴れたかのような惨状だった。匠でも投げ出すほどの有様、自分もその原因の一端を担っているとは考えたくもない。
 「点心が蒸しあがった。早くしないと冷めるぞ」なんて声がかけられたのは外がすっかり暗くなってから。気が付いたらウォンはキッチンでなにやら調理していたらしく、穴だらけ刀傷だらけのエプロンを再び着用していた。
 俺とアリアは背中越しに顔を見合わせ、力なく頷きあった。以心伝心、言葉を出さずとも思いは伝わった。

 ――あいつのバカは100回死んでもなおらない――


 それで今は戦い終わってノーサイド。疲れ果てて空腹だったこともあり、ウォンの用意した点心をダイニングのテーブルに並べて夕飯代わりにしている。メニューはシュウマイや小籠包、水餃子に……中華スープ。あとはデザート?に桃包。
 ちゃんと3人分用意された食事を見て、当然俺とアリアは疑惑の表情をウォンに向けてやったのだが、アイツ曰く「普通に作ったほうが美味しいものに、わざわざ変なものを入れるわけがないだろう」とのこと。弾が尽きていなかったら、迷わず俺とアリアは銃に手を掛けていただろう。

「……今更だが、お前ら知り合いだったのな」

 プリプリとした食感の海老シュウマイを食べながら聞いてみる。本当に海老かどうかはわからないが、ウォンに聞くのは怖い。美味しいから別にいいけど。
 どうやら好物らしいももまん(桃饅頭なのだがアリアはももまんと言い張って聞かない)を6つも平らげ、指に付いた餡をなめているアリアは何でもないことのように返してくる。

「フェイとあたしは玄孫(やしゃご)どうし……曾お爺さまどうしが兄弟なのよ。親等でいったら8つも違うからほとんど他人なんだけどね」

「日本じゃ『又いとこ』と言ったな。高祖父(ひいひい爺さん)が同じと言ったほうがわかりやすいか」

 ウォンがはす向かいから補足してくる。長方形のテーブルの長辺、その片側に俺、反対側にアリアとウォンが座っていた。
 他人だなんて言うが、基本的に誰に対してでも苗字で相手のことを呼ぶウォンはともかく、アリアはフェイ――ウォン=フェイインの名前を短く詰めたらしい――なんてニックネームで呼んでいるくらいだ。それなりに親しい間柄なのだろう。

「外国人のひいひい爺さんなのか?」

「イギリス人よ。あたしはミックス――one fourth(1/4)なの。日本じゃクォーターっていうのが一般的かしら。ママが日本人で、パパがイギリス人のハーフ。フェイは1/8イギリス人の血が流れている中国人になるわね」

「アリアはイギリスからの帰国子女なんだろ。ウォンもイギリスにいたのか?」

「日本に来る前はな。と言っても、1年半くらいの短い間だが」

 初耳だぞ。てっきり香港武偵高からの留学生だと思っていた。こいつ自分のこと何にも話さねーで、いつもはぐらかしてばかりだったから。

「あたしはパパの実家で暮らしてたんだけど、2年くらい前に3ヶ月だけフェイがホームステイしてたの。ママが中国から来たコイツを住まわせてあげてたんだけど――」

 そこでアリアは隣に座るウォンをムスッとした表情で見やり、

「勝手に出て行って、いつの間にかイギリスからもいなくなって、連絡の一つもよこしてこないなんて信じられない。みんな心配してたんだからね!」

 はむっ、と7つ目のももまんに噛り付いた。怒った顔がみるみる、ほわぁっとした幸せ顔になる。
 ……どうでもいいが、そんなちっこい身体のどこにそんなにももまんが入る。それよりよく飽きないな、いくら好物だとはいえ、限度があるだろう。

 それにしても、ようやく合点がいった。アリアが怒っていた本当の理由は、ウォンがイギリスから日本に来ていて音信不通になっていたから……なんだろうな。
 そりゃそうだ、食べ物の恨みだけで俺の部屋のリビングを壊滅させられたんじゃ、お亡くなりになったテレビたちが浮かばれない。
 傲岸不遜を絵に描いたようなアリアは、そのことを言っても決して認めないだろうが。会ってまだ一日も経っていないが、なんとなくアリアがどういうヤツかわかってきたつもりだ。

 だがとばっちりを受けた俺はいい迷惑だ。ちょっとだけ意趣返ししたとしても、バチはあたらないはず。
 虫のことを蒸し返してやろう。うむ、上手いこと言った俺。

「つまりホームステイ中にウォンが料理をしていたんだな。イギリスの食事って美味しくないって聞くけど、別に味覚音痴じゃないんだろ、料理に何か入っているなって気付かなかったのかよ」

 日本でも蜂の子とか、カエルくらいなら食べている地方もあるらしいし、俺はそういったものにあまり偏見はない。
 そういえば生卵も海外じゃ食べないって聞いたな。アリアの母親は日本人だから、生粋の英国人よりも大丈夫そうな感じはするのだが。

「……イギリスじゃあまり手の込んだ料理は出てこないから。フェイが出て行った日にキッチンを覗いて、ママと一緒に卒倒しそうになったわ」

「ゲテモノでも加工されていてわからなかった、と? ヨーロッパでもカビの生えたチーズとかあるんだろ、たかが虫くらい――」

「……ふ、ふふ、知ってる、キンジ? ゴキって食べられるのよ……あの、ごき……ごきごき……」

「わかった。もういい。それ以上は言わないでいい」

 言ってしまってなんだが、聞いてはいけない事だったようだ。
 「ふふふ、滑稽でしょ、笑うがいいわ……」なんて死んだ魚の目で放心しているアリア。
 き、気の毒すぎて見ていられん!

「森ゴキブリはゲテモノではない。神崎とご母堂の滋養強壮にと、わざわざウェールズの森の中から捕まえてきたのだぞ。どれもこれも新鮮な食材だった。とくに蝙蝠の糞なんて――」

「もういいって言ってんだろ!?」


 閑話休題


「アンタたちこそ、知り合いだったのね」

「ん? ああ、一月からコイツが勝手に住み着いてるんだ。茶坊主代わりの居候だよ」

 食事を終え、トイレから出てきたアリアが手をハンカチで拭きながら言ってきた。お茶を淹れてくれているウォンをあごでシャクりながら答えてやる。
 「茶坊主扱いされているなど心外だな」居候が何かほざいてやがるが無視を決め込む。

「それよりアリア、俺の方こそ聞きたいことがある。ドレイってどういうことだ? 何で部屋にまで押しかけてくる?」

 食後も帰る気配なく再びテーブルに着席したアリアに尋ねた。
 ずいぶんと遠回りしてしまったが、ようやく肝心なことを聞くことが出来る。すると、

「……キンジ、アンタ強襲科であたしのパーティーに入りなさい。あたしと一緒に武偵活動をするの」

 自分と一緒に部活動しようぜ、なんてノリで言ってくるアリア。いやいや、命令口調だったじゃねーか。

「な、何言ってんだ。いきなりチームを組めだなんて……」

「アンタ、あたしに、何でも言うことを聞くって言ったでしょ! ちゃんと覚えてるんだから。あたしは絶対にアンタをドレイにするって決めたの」

 クッ、体育倉庫でヒステリアモードになったときのことか。こっちは忘れようとしているってのに。
 それじゃドレイって、強襲科で何でも言うことをきく自分の手駒が欲しいってことかよ。

 それじゃ、まるで――


 ――まるで、あの頃のように――


「……本気で言ってるのか」

 知らず、いつもより低い声が出た。アリアはそれには気付かなかったらしく、

「あたしはいつも本気よ。キンジのポジションは――どこが良いかしら。あたしがフロントで――」

 クセらしく、また独り言+勝手に考え込んでしまった。
 そんなアリアを見ながら思った。

(……ドレイ……よりによって、そういう、ことかよ)

 半眼になってアリアを睨んでしまうのをどうしてもやめられない。
 身体中が急速に冷たくなっていく。反対に頭には血が上っていくのがわかる。
 自分の胸の辺りでグルグルと、何だか上手く言葉に出来ない、嫌なものが渦巻くのを感じる。
 ギリッ――固く結んだ口から歯の鳴る音が漏れた。


 そうだ、アリアは控えめに言ってもかなり可愛い。人形のように愛くるしいルックス。宝石のようにきらきら輝く紅の瞳。それを縁取る長いまつ毛も、銀色の髪留めで飾られた形の良い額も、花びらのように可憐な唇も、クチナシのように甘酸っぱい香りも全て。
 いくら俺が女嫌いだとはいえ、意識せずにはいられない容姿だ。性格は多少子供っぽさや乱暴な面が目に付くが、それだってアリアの個性として、その魅力が損なわれることはないだろう。

 だから、お前は油断していたんじゃないのか遠山キンジ。
 神崎・H・アリアは女なんだ。
 爆弾から救ってもらったこと、その強さを見せ付けられたこと、俺を初めて負かしたこと、教室でどたばたに巻き込んできたこと、ついさっき理不尽なとばっちりを受けたこと。
 そんなことがあったから忘れていただけで、アリアの見た目が可愛いから考えなかっただけで、あいつは――

 ――アリアは、女なんだ――

 ――俺をさんざん利用しまくった、あの女たちと同じ――

 ――こいつも、俺を、俺を……!――



 バシッ――

「そのくらいにしておけ、遠山キンジ」

 頭を後ろから叩かれて、ハッと我に返った。誰に――なんて、見ないでもわかる。

 ――初めて会った時と同じセリフ、同じ行動だったから――

「何を考えているのかは大体わかった。その感情はよくないものだ」

 ウォン。
 俺を救ってくれた、手を差し伸べてくれた、俺の味方――
 その声を聞くだけで、胸にわだかまっていた嫌なものが消えていく。

 ――心配することはない。心配なんてしなくていい。俺がお前の味方になってやる――

 ああ、俺はまた、こいつに助けられて――

 ――恐れることはなにもない。お前はただ、踏み込んで行けばいいんだ。お前のなりたいものに向かって――




「神崎」

 ウォンが短くそう呼ぶと、俯いてぶつぶつ何やら考えていたらしいアリアが顔を上げる。

「何よ。あたしは今キンジの――」

「ドレイ――遠山に求めているものはそんなものじゃないだろう」

 アリアのセリフを遮って、ウォンが鋭く言葉を発した。ちょっとムッとして返事をしていたアリアは――

「――ッ!」

 息を呑んで、きまりが悪そうにまた俯いてしまう。
 ウォンはそんなアリアに構わずに続ける。

「神崎、お前は自分の命令を何でも聞く人形が欲しいのか? ブカレストで遭ったあの哀れなコンシーたちのような」

「……違う」

「ではジャック・ザ・リッパーに操られた人々のように、自分の意のままに操れる手駒が欲しいのか?」

「違ッ――違うッ!」

 ガバッ! 勢い良く顔を上げたアリアは、しかし、続ける言葉を見つけられないのか、あたりに視線をせわしなく彷徨わせてしまう。

「……人の、命令を聞くだけのドレイはいらない……武偵憲章6条にも、そう、書いてある」

 武偵憲章6条――自ら考え、自ら行動せよ。搾り出すようにアリアはそう口にした。

「キンジは……違う。そういうのじゃ、ない。でも、もう時間がない。ママを……助けなきゃ」

 その言葉を聞いた俺は、アリアの顔を見てしまった俺は、唖然としてしまう。
 あのアリアが、寂しさにくれる迷子の子供のように、弱々しい声をあげていたから。
 傍若無人なアリアが、まるでイタズラがばれた子供のように、泣きそうな顔をしていたから。

「ご母堂の事、気付いてやれなくてすまなかった。だが、彼女はお前にいつも言っていただろう。『焦らず探せ』と。『人生はゆっくりと歩め。早く走る子供は転ぶものだ』ともな」

「でもっ! 分かるの! あたしの直感で分かる! キンジが、キンジこそあたしの探していた――ッ!」

 思わず、といった様子で立ち上がったアリア。その紅い瞳が俺に向けられ、

「――ッ!」

 訳も分からず2人のやり取りを見ていた俺と目が合ってしまう。そして――

「~~~~っ!」

 ダッ!――と、アリアは顔を伏せて残骸が散らかるリビングの方へ走り出し、バッ――そのままベランダの手すりを越えて外へ飛び出した!? その先は海だぞ、何やっているんだ!
 思わず「アリ――」ア、と続けようとした俺が椅子から腰を上げかけるが――ウォンの「ほうっておけ」の声で止まってしまう。
 良く見ればベランダの柵にはワイヤーが巻きついている。俺の部屋に来たときのように、リペリングの要領で出て行ったのか。びっくりさせやがって。

 だけど、アイツがあんな表情をするなんて……

「……良いのかよ」

「何がだ?」

「アリアの事だよ。泣きそうになってたぞ」

「構わない。神崎は本当に都合が悪くなると黙り込んで逃げようとする癖がある。自分の弱さを認めたくなかったからだな」

「……アリアの、弱さ? バカ言うなよな。あいつは例の状態の俺ですら手玉に取るようなヤツだぞ。弱いなんて――」

 だが、その先の言葉を続けることが俺は出来なかった。脳裏には、初めて会ったときからのアリアの姿がフラッシュバックしている。

 アリアは強い。何も出来ずに武偵殺しからただ追い詰められていただけの俺を、あっさりと鮮やかな手並みで救い出すほどに。
 アリアは確かに強い。うぬぼれて、ヒステリアモードは天下無双なんて思い込んでいた俺の鼻をへし折るほどに。

 でもそれは、俺より強いという、それだけのことで――
 弱い俺よりも、アリアの方が強いというただそれだけのことで――

 俺が見てきたアリア。傲慢無礼なその姿は――

「あれは強がりだ。弱い自分を強く見せようとする、子供じみた、な」」

 ウォンが言っているのは、単純な戦闘能力を指しているのではないのだろう。俺よりもアリアと付き合いが長いウォンが言うのなら、アリアは弱い。
 まだ会って一日も経っていない俺が、勝手にアリアの事を誤解していたのか。俺よりも強いあいつなら、きっと何もかも――身体も、『心』も強いはずだ、なんて。
 
 先ほどのアリアのように、言葉をなくしてしまった俺。そんな俺に構わずウォンはさらに続ける。

「神崎は人と心を結ぶことを極端に恐れる。母親のように無償の愛情を注いでくれるような相手にしか本当の自分を見せようとしない。だから周りから理解されない。遠山も感じたはずだ。神崎の才能が、眩しすぎるほどに輝いているのを」

 そうだ、俺は確かに、アリアをずば抜けた実力者だなんて勝手に批評して、俺なんかより強い、きっと誰よりも強いと勝手に――

「神崎の実家の人間はそういった者たちが多い。突出しているが故、周囲からは距離を置かれる。奇異に映り蔑まれる。変人と見られ蔑ろにされる。俺くらい傍流になると、その血は薄まっているがな」

 一瞬だけ、いつも無表情なウォンが――ほんのちょっと、自虐的な笑みを浮かべた、ような気がした。

「行き場のない才能は迷走する。己の進む方向は定まらず、悪しき道へと墜ちる事もあるだろう。だからこそそれを本人に代わって制御してやり、正しき道へと導いてやれる存在が必要となる。世界との橋渡し、誰からも理解されない、孤独なあいつを理解してやれるような存在が」

「……何なんだよ、それ。アリアの言うドレイって一体何なんだよ」

 ドレイ――他人の所有物。人に支配されるということ。
 だが、違う、のか。アリアが求めているのは、言葉通りの奴隷ではなく――

「それは本人の口から直接聞き出せ。確かにドレイなど言葉は悪かったが……少なくとも、神崎はお前にそれを求めた、としか俺には言えない。後はお前がどう答えるか、それだけだ」

 突き放すようなウォンのその言葉に、理不尽な怒りを感じてしまう。初めて会ったときは、俺の味方になってやるなんて言ってきたくせに。

 でもそれは、裏を返せば、今回は俺の味方になってやることが出来ないということで。
 俺が、自分で選んでアリアに答えを出さなきゃいけないということで。


 アリアは、俺をドレイにしたがっている。
 ウォンが言うには、それはただ便利な手駒という意味ではない、とのこと。


 よく、わからない。ただ、これだけはわかる。

 ――アリアの求めを受け入れるか、否か――

 俺が目指す道のりには、そんな選択肢が立ちふさがっているんだ、と。




あとがき

お食事中の皆様、長野県出身の方、その他作中の食材を好物とされている方、謹んでお詫びを申し上げます。

シリアスバトルを期待されていた方もゴメンナサイ。
第五話冒頭、第六話終盤の流れでここまできて、ギャグパートになるのかよ!なんてツッコミが入りそうですが……えへっ、わざとです。あ、ごめんなさい。石を投げないで……

感想をくれた方、ありがとうございます。ややもするとエタりそうになる今日この頃ですが、とても励みになります。


もうちょっとキンジの葛藤を書きたいので、この展開は次話に持ち越し。ここを蔑ろにすると、物語全部が締まらなくなりそうなんで。原作一足跳びしすぎている気もしますし、やりすぎて鬱展開にならないようにしたいものです。




[28651] 第八弾 WAKE UP,RIGHT NOW
Name: 器用なアザラシ◆a19fdfd2 ID:410f4836
Date: 2011/08/22 02:42
 カチャカチャと食器のこすれる音がキッチンに響いていた。
 すでに外には闇の帳が落ち、静かな部屋の中でその音だけが際立って聞こえてくる。
 部屋の中で唯一灯りがついているキッチン。シンクで一人淡々と洗い物をしているウォンの背中に声が掛けられた。

「……キンジは?」

 アリアだった。ベランダの柵に引っ掛けたままのワイヤーを登って、部屋に戻ってきたのだ。

「外の風に当たってくると言って、今しがた出て行った」

「……そう」

 いつもの勝気な様子は鳴りを潜め、しゅんとした面持ちでキッチンの片隅にひざを抱えて座り込むアリア。ウォンはそんな彼女を一瞥もすることなく食器洗いを続けている。
 流れる水音、食器同士が擦れる音、一枚一枚丁寧に皿を拭くキュッキュッと小気味良い音。2人の間に言葉はなく、そのまま数分、沈黙が流れた。

「……怒ってた?」

「いや」

 沈黙に耐え切れなくなったのはアリアだった。やはり洗い物を続けたままのウォンは短く、間を置かずに答えを返す。

「そう。……嫌われ、たかな? いきなり押しかけてきて、ドレイになれ、だなんて」

「そう思うのだったら、何故正直に言ってやらなかった。神崎が焦っていることは知っているが、もっと自分の言葉で相手がどう反応するか、おもんぱかった方が良いと俺は思う」

「……でも、怖いよ、素直になるのは。みんなあたしの事を理解してくれないから。いつだってそう。先走りの、独り決めの、弾丸娘って、欠陥品だって、できそこないだって――ッ!」

 胸の内を吐露するように言葉を紡ぐアリア。ウォンはそこで蛇口の水を止め、備え付けてあったタオルで手を拭きながら向き直る。

「そこまでにしておけ。あまり自分を卑下にする必要はない。お前が実家でご母堂以外の人間とうまくいっていない事は重々承知だ」

「……『H』の名を持つくせにって。フェイが家を出て行ってから、あたしはヨーロッパ中でみんなからそう言われたの。いつまでたっても一人きりだったから。悔しかったけど、誰もあたしに合わせられない。捜し求めても、見つからなかった……」

 俯き声を震わせるアリアを見下ろし、ウォンはかける言葉を見つけられないのか、しばらく黙っていた。そして食品棚に向かい、中から糸巻きにされた球状の茶葉を取り出す。そのまま再びキッチンに移動してガラス製の茶器を用意し始めた。

「ジャスミン茶を入れてやる、おちつくぞ。ハーブティーでも良いが、紅茶があまり好きではない神崎でもこれなら飲めるだろう。あいにくコーヒーは大した豆を置いていないしな」

「ありがと……フェイが、あたしの――だったら良かったのに」

 旧式の保温機能しかないポットからお湯を注ごうとしていたウォンの動きが、その言葉で止まった。

「……俺にはもう相手がいる」

「ん……知ってる。言ってみただけよ。何だかフェイの傍にいると、ママと一緒にいる時みたいに素直になれるから。それに――」

 アリアはそこで一旦言葉を切り、軽く微笑んだ。視線の先にはベランダの柵にとまっている白ワシがいた。

「アンタとあたしじゃ絶望的に合わないもんね。フェイとアイリーンはあたしの事を分かってくれるけど、いざって時になると動きがちぐはぐになっちゃう」

「……」

 フェイは無言で茶器に湯を注いだ。熱湯で茶器が温まるのを確認し、中身を流しに捨てる。
 答えを期待していなかったアリアがそのまま続けてくる。

「でもキンジに可能性を見出したのはホント。自転車の上で、『俺はお前を信じる』って言ってくれて、嬉しくなった。一緒に爆弾から逃げるとき、うまく言えないんだけど、なんだかしっくりきたの。あたしの欠けているところにぴったりと収まるような、そんな感じ」

 ガラス製の茶器に糸を外した球状の茶葉を入れ、フェイは湯を注ぎなおした。透明なガラス越しに、茶葉がゆっくりと花咲くように開いていく様子が見て取れる。

「……綺麗ね」

「淹れるところを見せたのは初めてだったな。神崎の好きなコーヒーではこうはいかない」

「フェイはコーヒー嫌いなんだっけ?」

「色が、な。どうしても好きになれない。まったく飲めないというわけではないが」

「変なの。いつも黒い服着ているくせに。嫌いな色なのに何で?」

 ウォンはそれには返事をしなかった。数十秒蒸らし、琥珀色になった湯を2つのガラス製の茶碗に注ぐ。

「日本で手に入る茶葉は品質が良いな。最初に洗う必要がないのは無駄がなくて良い」

「またそうやってはぐらかす……ねえ?」

「ん?」

 ウォンから椀を両手で受け取り、立ち上る爽やかな香りを楽しみながらアリアが問いかけた。

「何で黙ってイギリスを出て行ったの? 婚約者もアイリーンも放り捨てて」

「……置手紙をしてきたはずなのだが」

「一言、『再見(またな)』なんて書いただけでしょ。そんなのは手紙なんて言わない。メヌも陛下も取り乱しちゃってたわよ」

「む、そうか。先代から叱られたので女性を口説くコツを学ぶ必要がある、と前の晩に宮殿で伝えていたのだがな」

「あんな気障なオジサンの言うこと真に受けて日本に来たの!? 信っじられない! エルが聞いたらアンタ、サンドバッグ代わりにボッコボコにされるわよ」

 ウォンの言葉にアリアは食って掛かった。ジャスミンの香りでリラックスしたのか、すっかりいつもの調子に戻っていた。
 反対にウォンは、いつもの無表情を珍しく崩し、苦々しげな顔つきになっていた。

「アイツか……怒るかな」

「きっとね。リバティー・メイソンの任務でしばらく出ているらしいから、マンチェスターの武偵高に言付けを頼んでおいたけど、フェイが東京に居るって知ったら明日にでも乗り込んで来るんじゃないの」

「むぅ」

 そのままアリアはふーっふーっと息を吹きかけつつジャスミン茶をゆっくりと飲んだ。そして、すっきりとした味わいを舌先で感じつつ、どうしたものか、と思案にくれるフェイを面白げに眺めるのであった。


 第八弾 WAKE UP,RIGHT NOW


 俺が小学校高学年くらいの頃だったろうか、自分が他人と違う体質を持っていることに気付き始めたのは。

 クラスの女子と接触したとき。担任の女の先生に至近距離から見つめられたとき。ワルガキ仲間と大人向けの雑誌をこっそり読んだとき。恥ずかしいが、ドキドキするような気持ちになったとき。
 そんなときは決まって、自分の頭の中が冴え渡り、五感が研ぎ澄まされたように鋭く、いつもの自分の身体じゃないような不思議な状態になるのを感じていた。頭のデキだっていつもの何十倍も良くなり、高校受験を控えていた兄さんの参考書だってスラスラ読み解くことが出来た。しかも意図せず大人のような口調を使い出し、周囲の友達をあっと言わせるような物凄いことだって簡単にこなせるようになってしまうのだ。

 そら恐ろしくなり、中学生ながら武偵の仕事をこなしていた兄さんに相談すると、そこで初めて遠山家の男子に代々伝わるこの力――ヒステリアモードについて教えられた。

 今朝の白雪も言っていたが、遠山家は先祖代々『正義の味方』をしてきた一族だった。
 江戸の頃は町奉行、近代になってからは警察や探偵家、そして武偵――時代によってその職業は違ったが、俺のご先祖様たちは人知れず弱者を守る戦いをずっと、ずっと昔から続けていた。
 武装検事として殉職した父さん、武偵庁の特務武偵だった兄さんも悪と戦う道を自ら選んで進んだんだ。
 ヒステリアモードという、他の誰にも真似できない体質を武器にして。

 義を守り、義に生き、何百年という気が遠くなるような時を、弱き人々のために戦ってきた遠山家。兄さんはその歴史を少しだけ教えてくれた。そして、その末裔である俺たちに遺伝した、この力のことも。

 ――いいか、キンジ。俺たちのこの体質は本来、絶対に、人に悟られてはいけないものだ。正義の味方の正体は、決して他人にバレてはいけないんだ――

 物心つく前に父さんを亡くした俺にとって、父親、あるいは母親代わりだった兄さんの言葉は絶対だった。
 何でそうしなくちゃいけないかなんて深く考えもせず、狂信的なまでに兄さんを崇拝していた俺は、言いつけを破るまいと子供心に固く誓った。

 だが――

 俺が中学生――神奈川武偵高付属中にいた頃、一部の女子にヒステリアモードの事がバレてしまった。

 きっかけは些細なことだったと思う。
 ――遠山は女子とコンビを組んだ際、ときおり超人的な性能を発揮するらしい――
 あいつらにとって、俺のことはその程度の認識でしかないはずだった。それなのに――

 ある日の事だ。休日に横浜をうろついていた俺は、街中でガラの悪い連中が女性に絡んでいるのをたまたま目にした。通常モードの俺は一般人並の身体能力しか持ち合わせていなかったが、そのときは目の前の困った人を助けようと後先考えずに飛び出していた。
 結果は酷いものだった。何とか男連中の気を俺に惹きつけ、女性を逃がすことはできたものの、因縁をつけられたとキレたヤロウどもにフクロ叩きにされてしまった。
 路地裏に連れ込まれ、数人がかりで殴る蹴るの暴力を振るってくる男たち。とりあえず目的は達成できたけどマンガや映画みたいにかっこよくはいかないな、なんてことを考えながら亀のようにうずくまり、ちっぽけな満足感を抱きしめて痛みに耐えていた俺。
 「あんたたち、何やってんの!」そんな声が狭い路地裏に響きわたった。痛みを堪えて顔を上げると、同級生の女子グループ数人が、俺を取り囲むチンピラたちを睨みつけていた。
 女子中学生とはいえ、さすがは武偵の卵、その雰囲気が只者じゃないとチンピラたちは感じ取ったのか、数で勝っているはずなのに俺を放り出してじりじりと後退していく。「遠山君、大丈夫?」なんてクラスメートの女子が抱き起こしてくれたが、痛みや情けなさから半べそになっていた俺は、返事もできずになすがままだった。ただのチンピラにボコられて、そのうえ女に助けられる正義の味方なんてありえねーな、と。

 これがいけなかった。中学生にしては発育のよろしい彼女の、その、なんだ、大きすぎる胸が、抱きかかえる形で俺の頭に押し付けられ――

 その後はヒステリアモードになった俺の独壇場だった。
 情けないところを見せてしまったね。でも、もう大丈夫。君たちみたいなキュートなギャラリーがいるなら、百人力さ。ドガッバキッ、バカッボカッ。ほらっ、男は可愛い女の子が見ているってだけで、普段の何倍も頑張れてしまうものなのさ。(微笑んでウインク)キラーン☆ ←顔中ボッコボコ
 そしてそれが決定的だった。人が変わったようにいきなり強くなった俺、そのことを後からいぶかしんだ探偵科(インケスタ)の同級生がいたらしい。そして何度か俺が豹変する場面に居合わせた彼女は、ついにヒステリアモードのトリガーに気付いてしまったのだ。

 そして女同士のたわいもないおしゃべりの話題としてその話が上り、その内一人が「それなら、試してみようか」なんて言い出した……らしい。本人たちに直接聞いたわけではないので憶測も混じっているが、おおむねこんな感じだったのだろう。

 男という生き物は、無意識の内に自分を理想の姿に近づけようとしていく、と聞いたことがある。頭の中で『理想の男性像』を形作り、知らず知らずそれを手本とした生き方をとってしまうという。
 本や映画、身近な人物など、歳を重ねるごとにその材料は増えていき、こうした仕草の男はカッコいい、こんなセリフは女性に意識される、といった知識が頭の奥底に蓄積されていく。
 ヒステリアモードの副作用として、俺がやたら気障なキャラに変わってしまうのもこれから来ている。そして俺の理想像の中には、『女の子のお願いは絶対に聞かなくてはいけない』なんてのも含まれているらしい。

 ようするにヒステリアモードの俺は、ランプの精よろしく、女の子のお願いを何でもかんでも聞いてしまうということ。

 その事を知られてしまってからは、それは酷いものだった。なりたくもないのに俺をあの手この手でヒステリア化させたあいつらは、自分たちに都合がいい命令ばかりを下してきた。あのエロ教師がムカつくから懲らしめて、あいつにイジメられたから復讐して、ラクしたいからテストの問題用紙を盗んできて、などなど。
 格好のおもちゃを手に入れたとあいつらは喜んだことだろう。なにしろ絶対に言うことを聞く、自分たちだけの『正義の味方』だったのだから。


 女という生き物は恐ろしい。
 中には白雪のような絶滅寸前の希少動物みたいな女もいるんだろうが、中学で屈辱の日々を送った俺は、女とは利己的で、ずる賢く、打算で動く陰湿なやつらと認識し、すっかり女嫌いになっていた。それは地元を離れて東京武偵高に通う今でも変わらない。

 ――あたしのドレイに――

 アリアと会話して、当時のことを思い出した。
 そうだ、俺は正義の味方なんかじゃなかった。あの女たちのドレイだったんじゃないか――って。
 ガキで弱い俺は、ご先祖様が残してくれたこの武器を使いこなせない、遠山家の欠陥品。だから俺はヒステリアモードを封印しようと――


「……駄目だな、こんなんじゃ」

 いろいろありすぎて茹り始めた頭を冷やすために、部屋から出て外を散歩しようと思ったのだが、どうにも一人でいると思考がネガティブな方へと流れてしまう。
 だけどあのまま部屋にいるのはなんとなく気が引けた。ウォンはいつもの不干渉モードにでもなったのか、話しかけても、ああ、とか、さあ、なんて返事を返すばかり。ろくな相談相手にもなりやしない。

(やっぱり、自分で考えろってことなのか)

 アリアは俺にドレイになれと言っている。普通に考えればふざけるなと一蹴するところなのだが、

 ――誰からも理解されない、孤独なアイツを理解してやれるような存在が――

 ウォンの話を聞いた後では――よくわからなくなった。
 アリアはヒステリアモードの俺の戦闘力を見て、こいつは手駒に使えると判断した――と俺は思った。そのトリガーまでは知られてはいないはずだが、あの女たちのように俺を自分にとって都合のいい手先に仕立て上げ、こき使おうとしているのだと。
 ウォンの言うことは、それとは真逆。アリアは自分を理解し、支えとなってくれるような存在を俺に求めていると言う。

 わけがわからない。仮にウォンが言うことが正しいとして、何故俺なんだ。
 俺よりも強いくせに、会ってまだ一日も経っていない相手になんでそんなものを求めてくるんだ。

 俺は、アリアにどう接すれば――



「……キン、ちゃん?」


 背後から控えめな声で子供時代のあだ名を呼ばれた。こんな恥ずかしい呼び方をいまだにしてくるヤツなんて、俺は一人しか知らない。

「白雪……その呼び方、やめろって前から言ってるだろ」

 返事をしながら声のした方を振り返った。そこには案の定、夜の闇にもはっきりと見える赤と白の巫女装束をまとった白雪が立っていた。正直誰とも顔を合わせたくない気分だったこともあり、突き放すような言い方を俺はしてしまう。

「あっ……ご、ごめんね。でも、私……キンちゃんのこと昔からキンちゃんって呼んでたから、あっ、私またキンちゃんって……ご、ごめんね、ごめんねキンちゃ――あっ」

 ……わざとか、コイツ。あわあわと口を押さえてうろたえるのを見るに、天然なんだろうが。

「……はあ~、もういいよ……で、何の用だ? こんな時間に」

 このままでは無限にキンちゃんループしそうだったので、話題を変えてやる。文句を言う気が失せたというのもある。

「え、あ、き、キンちゃ――ん、にね、ご飯を持ってきたんだけど……キンちゃんこそ、どうしたの? こんな時間に」

「あ~……散歩だ」

「そ、そうなんだ……えへへ、偶然だね、こんなところで」

 なにが嬉しいんだか、急にニコニコしだした白雪。こいつもよくわからないヤツだな。


 わざわざ戻って部屋にあげてやるのも面倒だったので、外灯に照らされる道路の一角へ移動した。
 コイツが頻繁に俺の部屋に顔を出すので忘れがちだが、俺の部屋があるアパートは男子寮だ。夜中に女を部屋へ連れ込んだ、とか、夜の暗がりで2人っきりで話していた、なんて変なウワサを立てられたらたまったものじゃない。
 白雪は子供の頃と同じく、俺の足跡をぴったりとなぞるようについてきた。そのまま2人並んで道路横のガードレールに腰掛ける。

 4月のこの時期、海辺の夜風は肌寒い。日中は日差しが暖かいこともあり、朝晩の温度差に戸惑ってしまう人間は多いだろう。吹きつけてくる冷たい風に上着の襟を整えた俺は、首をすくめて隣の白雪を横目で見た。
 緋袴に白子袖――厚手でゆったりとした巫女装束はとても暖かそうだ。純真無垢、清潔感溢れる白色と、魔よけの意味合いが込められた赤色が外灯の頼りない明かりに映えている。
 実家が大きな神社ということもあり、白雪の巫女装束の着こなし方は実にさまになっていた。制服と同じ防弾防刃であることを除けば、絵に描いたような大和撫子の白雪にその衣装はとても良く似合っている。似合っているのだが、

「何でそんなカッコでうろついてんだよ」

 如何せん、湾岸の明かりに照らされるここ、学園島の夜景には不釣合いなこと甚だしい。どこかの宗教勧誘者か怪しいコスプレイヤーにしか見えないぞ。

「あ……これね、あの、えっとね、私、授業が長引いちゃって、キンちゃんにお夕飯を作ってすぐに食べてもらいたかったから、着替えないできちゃったんだけど……」

 授業――おそらく白雪が専攻するSSR(超能力操作研究科)のことだろう。あそこは超能力やオカルト、超常現象やなんかを犯罪捜査に役立てようとする武偵高きっての怪しい学科だからな。むしろ修道服や魔法使いみたいな格好じゃないだけマシか。
 超能力や魔法などには興味が持てず、SSRの学科棟に寄り付くことさえ忌避している俺。白雪の授業について詳しく聞くこともなく、そのまま東京にしては良く見える星空の下で取りとめもない話をした。主に白雪が一方的にあれやこれや話しかけてきて、俺がそれに二言三言返すだけだったが。

「……やっぱり周知メールの自転車を爆破された2年生って、キンちゃんの事だったんだ」

 話が今朝の出来事に及び、俺が爆弾魔にチャリジャックされたことを伝えると、予想はしていたのか白雪がそう言ってきた。
 実は今日の昼ごろ、全校生徒に向けて教務科(マスターズ)からメールが配信されていた。内容は俺が巻き込まれた自転車爆破事件について。俺やアリアの名は伏せられていたが、全校生徒が出席を義務付けられた始業式に出ていなかったヤツなんて数えるほどしかいなかったらしく、わかる奴にはわかったようだ。

「怪我とかなかった?」

「見てのとおり無事だ。物好きな誰かさんが助けてくれたからな」

「どこか悪いところがあったら言ってね。私、キンちゃんのお世話――」

「だから、大丈夫だって……あっ、こら、触んな。平気って言っているだろ」


 こうして白雪といつものように話していると、今朝のことがまるでウソみたいに思えてくる。
 でもあれは実際に俺の身に起こったことなんだよな。

 いろいろありすぎて忘れていたが、あの事件の犯人はまだ見つかっていない。探偵科(インケスタ)や鑑識科(レピア)が動いているらしいが……手がかりとなるようなものは現場に残ったセグウェイや自転車の残骸のみであり、捜査は難航しているとのことだ。

 ……犯人が本物の武偵殺しだとしたら、何故俺を狙ったのだろうか。ただ無差別に選ばれただけだったのか。
 くそっ、アリアとのこともあるってのに、そっちの問題も片付けなきゃいけないのか。なんて一日だよ、まったく。

「……キンちゃん?」

「えっ? あ、悪い、ちょっと考えごとしちまってた」

「あ、ううん……大丈夫。それにしても許せないよ。キンちゃんを狙うなんて。私、絶ッ対に犯人を見つけて、八つ裂きにして、コンクリ――じゃない、逮捕するよ!」

 ……こらこら、華の女子高生が物騒なことを言うんじゃない。

「その意気込みはありがたいが、別におまえが頑張らないでもそのうち犯人は捕まるだろ。ここは武偵高だぞ、警察なんかよりも頼りになる連中がごまんといる」

 放っておけば東京湾にドラム缶が一つ沈むことになりそうだったので、軽い調子で白雪に言ってやる。だが、はたして、本当に犯人は捕まるのか。


 ――もう、時間がない。ママを助けなきゃ――

 アリアは泣きそうな表情でそう言っていた。アリアの母親とは、武偵殺し事件で逮捕された犯人、神崎かなえという人物のことなのだろう。助けるというのは、真犯人を見つけて捕まえ、母親の冤罪を晴らすつもりなのか。
 武偵らしいといえば武偵らしいが、なんて強引で力づくで荒っぽいやり方だ。冤罪を証明するよりもてっとり早いと判断したんだろうな。

 ――あたしは、いつも一人だった――

 ――誰からも理解されない、孤独なアイツ――

 だが、アリアはそれをやり遂げようとしている。きっと、一人で、誰にも頼らないといわんばかりのひたむきさで。
 考えてみれば、アリアと俺は似ているのかもしれない。俺の兄さんがいなくなったときのように、身内を理不尽な理由で奪われ、周囲から孤立し――
 違うのは、強いアリアは一人でその運命に抗おうとして、弱い俺には助けてくれる人がいた……ただ、それだけのことで――


「……キンちゃん、何かあったの?」

 しまった。また白雪を置いてけぼりに考え込んでしまった。アリアの事をとやかく言えねーな、これじゃ。

「――と、また、やっちまったな、悪い……って、どうした? 俺の顔に何か付いてるか?」

 弁解の言葉が途切れてしまう。白雪が俺の顔を覗き込むように見ていたからだ。

「今日のキンちゃん、何か、ちょっとヘンだよ……」

「ヘン? なにがだよ」

「うまく言えないけど、大事なことで悩んでるって気がする」

 そのまま白雪は俺の目をじっと見つめてくる。
 白雪は、普段は慎ましく、どこか弱々しい印象が目立つ。だが、ときどき、こうやって押しの強い面が覗くこともある。下の姉妹が多いからか、昔っから世話好き、おせっかい好きなのだ。

(正直、苦手なんだよな)

 異性に見つめられるというだけでも嫌なのに、白雪のそれは、俺の全てを見透かされてしまうようで――つい、視線から逃げるように顔を背けてしまった。

「別に悩んでなんかない。なんでそんなのがわかるんだよ」

「わかるよ。幼馴染だもん。キンちゃんのことはよくわかる」

 そういうものか? たしかにブランクはあるとはいえ、ガキの頃からお互いのことを知っているわけだが。
 東京に出てきて実家から離れても、コイツのおせっかい好きな性格は変わっていないってことなのか。
 ……俺が、子供の頃から正義の味方を目指しているように。

「……なあ、白雪……仮に……仮にだぞ。今日その日に自分と初めて会ったヤツがいるとして、周りの人間からそいつが困っているって話を聞いたらどうする?」

「……助けるんじゃないかな。困っている人がいたら放って置けないよ」

「そいつがものすっごく強くて、助けなんて要らないようなヤツでもか? 自分がメチャクチャ弱っちくてもか?」

 白雪は一瞬だけ、悩んだような表情を見せた。でも次の瞬間にはしっかりと顔を上げて答えを返してきた。

「キンちゃんが何でそんな事を聞くのか、分からないけど……人助けをするのに、相手や自分が強いか弱いかなんて、考える必要はないと私は思うよ」

「……必要はあるだろ。テレビの中のヒーローだって弱い人たちを助けるために戦っているんだぞ。本来助けられる立場のヤツが、しゃしゃり出て正義の味方の真似事なんてしたって――」

 「――たかがしれている」と、白雪の返答に俺はそう切り返えそうとして、それに被せるように白雪が――

「真似事なんかにはならないよ……だって、私がここにいるのがその証明だから」

 ギュッと胸元の包みを力を入れて抱きしめ、真剣な表情で言葉を発してきた。そして「えっ……」なんて、間抜けな反応をしてしまう俺。

「小さい頃、2人で花火を見たこと覚えてる? キンちゃんが私を――外の世界を怖がっていた私の手を引いて、星伽の実家から連れ出してくれたよね。一緒に花火を見ようって」

 ……確かにそんなことがあった。俺が5歳くらいの頃、実家の神社で閉鎖的な暮らしをしていた白雪を強引に青森の花火大会へ引っ張っていったのだ。
 星伽の巫女は外に出てはいけない、なんて決まりごとを律儀に守っていた白雪。そんな当時のコイツに言いようがない苛立ちを感じて――

「あの時から思ってたんだ。私が怯えて躊躇しちゃうような高い壁も、簡単に飛び越えていけるキンちゃんは凄いなって」

「そ、そこまで大したことしてねーよ。そのあと、結局大人たちにばれて大目玉だったじゃねーか」

「うん、そうだね。でも、その時もキンちゃんは庇ってくれた、白雪は悪くないって。叱られて泣いていた私の頭を、撫でてくれた。私を……守ってくれた」

「……子供の頃の話だろ。今俺が言っていることに、そんなのは関係ない」

 妙に気恥ずかしくなり、じっと見つめてくる白雪に、身体ごとそっぽを向いた。「関係、あるんだよ」と、背中に白雪の小さな声がかかる。

「……さっきのキンちゃん、年末にお兄さんのことで悩んでいるときと同じ顔してた」

 兄さん。
 俺の目標で、いつも力弱き人々のためにほとんど無償で戦っていた、正義の味方。年末に事故に巻き込まれ、行方不明となったまま死亡扱いされた武偵。
 誰にも負けないくらい強い兄さんがいなくなるなんて想像すらしていなかった。そして、その後に待ち構えていたあの――

「あの時、キンちゃんが武偵を……正義の味方になるのをやめようか迷ってたの、知ってるよ」

「別に……もう大丈夫だし」

「うん。ウォン君がキンちゃんを救ってくれたのも知ってる。でも私は何も出来なかった。キンちゃんが悩んでいるのに、いざって時に傍にいてあげられなくて……弱っちい私なんかが、キンちゃんを救ってあげられるのかなって。私が昔のキンちゃんだったら、悩んでいたキンちゃんの手をとってあげられたのかなって考えたの」

「白雪……」

「自分が強いか弱いか悩んでいないで、ただその手をとって引いてあげられたら、ウォン君みたいにキンちゃんを助けられたのかなって……あはは、何言ってるんだろうね、私! ヘン……ヘンだよね。うん、ヘン!」

「……別にヘンなんかじゃねーよ。白雪は、いつも俺の助けになってくれている」

 本心だった。小さなころの出来事に恩を感じ、俺の世話をアレコレ焼こうとする白雪。そんなコイツが、俺のことをそんな風に見ていてくれたこと、こんな俺を自分のヒーローのように思っていてくれたこと、バカになんてできやしない。
 背中から、「ありがとう……」と、どこかほっとしたような声が聞こえてくる。

「……キンちゃんが何を悩んでいるのか、よくわからないけど……もし本当に困っている人が目の前にいたら、キンちゃんはきっとその手を掴んで引いてあげようとすると思う。自分が力になれるなら、相手が強いか弱いかなんて関係ないって。お兄さんみたいな正義の味方になりたいって頑張っているキンちゃんを、ずっと、見てたから……私には分かるんだよ」

「……」

 珍しく自分の意見を長々と話していた白雪は、そこで、ほぅっと息を継いだ。基本的に、誰にでも従順で聞き分けの良い優等生である白雪が、ここまで自分の意見を言うなんて。
 そして白雪に背を向けていた俺は、今度はしっかりと向き直ってやる。
 そこには、溜め込んでいたものを吐き出したかのような晴れやかな笑顔があった。

「強くないと正義の味方にはなれない、なんてことはきっと無いよ。キンちゃんは、もうとっくに私の正義の味方なの。だから――」

 
 
 

 腰掛けていたガードレールから、お淑やかにお尻を上げた白雪は、胸元にずっと抱えていた包みを俺に渡してきた。

「私、明日からSSRの研修で恐山に行くの。しばらくキンちゃんのお世話できないけど、今日はたけのこご飯作ってきたから、ウォン君と一緒に食べてね」

 送っていこうかと尋ねたのだが、大丈夫だよとやわらかく微笑んだ白雪に何も言えず、そのまま見送る形となった。
 自分でも言った事だが、ここは武偵が集まる学園島。夜道の安全性は全国屈指だろう。まあ、お互いちょっと照れくさくなったところもあるしな。

「白雪……いつも、ありがとな」

 自然に感謝の言葉を伝えられた、と思う。

「……キンちゃんもありがとう。……って、あはは。今朝と同じになっちゃったね」

 そして、今朝は不思議なやり取りだったそれにも、今は優しい笑みを返すことができる。

「そうだな。研修、頑張ってこいよ。メールはあんまり返事できないかもしれねーけど」

「うん。行ってきます」

 途中何度も振り返りながら、白雪は暗い夜道を帰っていった。
 女は嫌いだ。だが、そのカテゴリに、幼馴染の白雪はきっと含まれない。
 白雪は俺をもうとっくに正義の味方だと言った。こんなつまらない事で悩んでいるようなかっこ悪い俺を。
 手にした包みからずっしりと重みを感じる。それはきっと、白雪の思いが詰まっているから、そう思えるんだ。
 

 

 ――だから、大事なのは……自分がどれだけ相手を助けたいかって気持ちだと思う。きっとキンちゃんはこれからも、子供の頃の私みたいに怖がっている子を、泣いている人を、困っている人たちを、一人でも多く助けようとするはずだから――

 ――私はあのとき、キンちゃんの手をとってあげられなかったけど、そんなキンちゃんを、ずっとずっと応援するよ。離れていても、遠くにいても、頑張っている正義の味方さんに、きっと、いつまでも――

 

 
 その言葉が、今の俺には何よりの声援だった。

 アイツの期待に、応えてやりたい。

 
 
 

 俺は何を悩んでいたのだろう。
 中学のときのように、女のドレイにされることを恐れていたのか?
 初めて会った良く知らないヤツを助けることを戸惑っていたのか?
 自分より強い神崎・H・アリアに、遠山キンジは何もしてやれないと思い込んでいたのか?
 そんなどうでもいいことで、悩んでいたのだろうか。

 子供の頃から夢があった。いつか、父さんや兄さんのような立派な正義の味方になるんだと。武偵高に進学したのもそのためだ。子供がヒーローに憧れるように、大きくなったら弱き人々を守れるような人間になると決めていた。
 テレビや漫画、映画の主人公たち。殉職した俺の父さん。そして行方不明になる直前まで人助けをしていた兄さん。
 俺の憧れたヒーローたちは、悪いヤツラに騙されたからといって、困っている人を見ないふりなんてするだろうか。顔見知りじゃないなんていって、差し伸ばされた手を知らないふりなんてするだろうか。
 
 力がないからといって、誰かの泣き声を聴こえないふりなんてするだろうか。
 
 きっとそんなことはない。一度や二度だまされたとしても、痛い目にあったとしても、例え変身する力を失ったとしても、自分の信じる正義のために立ち向かっていく。
 昔誰かが歌ってたじゃないか。ヒーローは傷つくこと恐れない。打ちのめされたって、ボロボロになったって、何度だって立ち上がるタフなヤツなんだ。

 
 

 部屋に戻ると、誰の気配もしなかった。
 物音がしたので戦場跡みたいになったリビングに恐る恐る足を踏み入れると、何故か壊れたソファーの上でアリアの白ワシが羽を休めていた。近寄るといきなりバッサ、バッサと翼を羽ばたかせるが、無視を決め込む。

 白雪からたけのこご飯を貰ったが、あいにく夕食はすでに済ませてしまってた。ウォンにおにぎりにでもしてもらい、明日の朝食にでもしようと思ったのだが……
 そのままキッチンや寝室を覗いたが、ウォンはいない。どうやら出かけているみたいだ。

 ウォンは夕食後、トレーニングと称して寮の屋上でなにやら武術の型を演舞していたり、砂の詰まった袋を延々と叩き続けたりと、よくわからないことをしていることが多い。またぞろ、それで外に出ているんだろう。

 一応外から帰ってきたので手を洗おうと、バスルームの脱衣場(兼洗面所)の前に立った俺は、中から人の気配がすることに気付いた。
 ウォンは、たまに部屋の中で座禅を組んでいることがあるが、ほとんどの場合は誰にも見られないように隠れてトレーニングをしている。先週なんか、脱衣場のカーテンを開けたら、そこで指一本で逆立ちをしていてとても驚いた。今回もそれかも知れない。

(もしかしたら単純に風呂に入っていた可能性も高いな。結構いい時間だし)

 そして、男同士だし別に気兼ねすることないかと不用意にカーテンを開けた俺。
 

「……アイリーン? ちょっと待って。今上がるから」

 …………

 まず目に飛び込んできたのは、ほんのりピンク色に染まった決め細やかな肌だった。そして浮き出た鎖骨の線の下、なだらかな平面に多少盛り上がった曲線。ちょっとだけ飛び出た小さな突起。形良くくぼんだおヘソに、流麗な腰周り。そこから伸びる滑らかでいてしなやかな太もも、スラリとした細い脚。
 頭と顔はバスタオルで覆われていたが、明らかに少女と思われる裸体があった。

 ……えっと、なんだ、この状況は。

 ウォンが実は女の子だった? いやいや、ベタなラブコメ漫画やライトノベルじゃあるまいし、今どきそんな読者サービスはもう出尽くしているだろう。お湯を被ると性別が入れ替わるとか。これも一昔前のマンガであったな、読んだことねーけど。そうそう、マンガといえば、なぜかその手の雑誌やDVDじゃヒステリア化しないんだよな、俺。昔に比べてだんだんと耐性が付いてきたっていう感じがする。やっぱりあれか、子孫を残すという本能からきているからか、二次元と三次元を一緒にできないからかも、実際に触れられるわけでもねーし。まあ、全然まったく興味ないから俺の部屋にはそんなもの置いてないし、ウォンもmen's eggとかBiDanとか言うナンパ雑誌を持っているけどアイツ日本語ぜんぜん読めないくせになんでそんなの所有しているのか意味不明だし白雪が何故かやたら俺のベッドの下を掃除したがるのはなんなんだろうな一体、わけがわからない。そう、わけがわからない! ←ここまでの思考に約3秒

 っていい加減に現実を見ろ、遠山キンジ! こ、こら、違う、目の前の裸を凝視しろって意味じゃない! やめろ本能、眼球をそこに向けるんじゃない! サクランボ、そう、あれはちっちゃなサクランボだっ! ば、バカッ! ヘソの下に何もついてる訳ないだろ! お、おん、女の子っなんっだぞ! 落ち着け、素数を数えるんだ。2、3、5、7……無理ッ! うおっ、やべ、ひ、ヒスる!? あんな、つつつ、つるつる、じゃない、つるっぺたなちっちゃい身体でヒステリア化なんてしてみろ! 一生十字架を背負って生きることに……いやいや、下手すりゃ手錠ものだッ! そんな――奥さん、聞きまして、遠山さんの所のキンジ君、ロリコンなんですって。小さい子の裸を覗いて、逮捕されたらしいざますわよ。 まあ、なんてことざーましょ――なんて後ろ指差されて生きていくなんてゴメンだ! ←ここまでに約5秒

 あまりにあんまりな事態にパニくった俺。ヒステリアな意味でも、世間体でも大ピンチ。
 だが経験からいうと、こういった突発イベントでヒステリア化するには若干のタイムラグがある。性的興奮よりも驚きが勝るからだ。びっくりして身体が硬直するのと同じ原理だな。
 つまり何が言いたいかというと、さっさと逃げれば良いものを、そこまで頭が回らずバカみたいに俺は突っ立っていたってことだ。

 そしてバスタオルを頭に巻きつけたアリア――当然(?)アリアだった――が、俺に気付いた。

「「……――――!」」

 2人の間に沈黙が流れ、瞳と瞳が見つめあい、甘いクチナシのようないい香りが漂った。
 アリアはかろうじて硬直せず、ギギッ――と音のしそうなくらいぎこちなく自分の身体を見下ろし、当然すっぽんぽんであることを確認し、ひぅ――と息を呑んだ。

 そして、その視線に釣られてアリアの身体を再確認してしまった俺。
 おお、顔どころか全身真っ赤になって、髪の色とあわせると赤一色の不思議生命体みたいだな。
 ……ごめん、それ以上はコメントできない。

「へ……へんたい……」

 俺の視線がどこに向けられているか気付いたアリアは、そう蚊の鳴るような声でつぶやくと、ババッ――と右手で胸を、左手で足の付け根をガードした。そして、へなへな、ぺたんとその場で内股になったまま尻餅をついてしまう。
 ツインテールを解いてロングヘアーになっていたアリアは、泣きそうになりながら目を吊り上げ、あ、あ、あ、と口を大きく開いて言葉が出ない様子。やばい! 完全に誤解されてる!?

「……ちっ、違うッ! 覗こうと思ったわけじゃ……!」

「あ、あっ、アイリーーーンッッッ!!!」

 絹を引き裂くような悲鳴っ!! 狭い脱衣所どころか、アパート全体を揺るがす大音量ッ!
 ここでペットに助けを求めるのかよッ! と今更ながら目を瞑って、心の中でツッコミを入れた俺の背後から――

「だから警告したのに……とりあえず、キンジが悪いってことで、ね」

 なんて知らない女の声が聞こえてきて、振り返るよりも早く、わき腹に痛烈な一撃をくらい――

「グッ!?」

 痛みに思わず再び目を見開いてしまう俺。目の前には、やっぱり全裸のアリアの膝があって……ひざ?

「~~~~~~死ねッ!! このドヘンタイ!!」

 ガスッ――

 どうやらそんな格好なのに飛び膝蹴りを繰り出してきたらしいアリア。俺の顔面にめり込むちっちゃなアンヨのちっちゃな膝小僧。
 それを最後に、意識が――――




 ――やっぱり……タシの勘違いだ……のかも。とりあえ……コイツ、死なそうか――

 ――今更そん……言われてもなぁ。アリアだってー、ぜ……に間……ないって言ってたじゃん――

 ――あれはっ! その……だけど、れ、淑女(レディー)のは……見て……――

 ――いいじゃん別に。……ンジのこと、パート……するんでしょ。報酬……にサービスして……たってことでー――

 ――よくないっ! お、お父様にも見せ……けない……まで、コイツは!――

 ――まぁ、遠山には童……好癖の気はない……から、メリハリの……神崎も安心し『バキィッ!』……結構、痛いんだが――

 ――……日本じゃ、こ……うの、なんて言うんだっけ。口は災いの元?――



「……う……あ、れ……」

 話し声で目が覚めた。どうやら俺は気を失っていたらしく、ゴリゴリと背中に何か固いものが当たっている感触からするに、どこかに横になっているのだろう。
 鈍く痛む頭とわき腹に顔をしかめつつ、あれ、これ今日二回目じゃね? なんて思いながら身体を起こす。

「む、起きたか遠山。……神崎、銃をしまえ。どうせ弾切れしているだろう」

「……つい反射的に……ああ、うー、撃ちたい撃ちたい」

 ……悪いことしてしまったとは思うが、つい、や、反射的に、で銃を抜くなよ、アリア。死んだらどうするんだ。

 まだクラクラくる頭を片手で抱えつつ、周囲に目をしぱしぱ瞬かせると、ここが明かりの灯った部屋のリビングだということに気付いた。
 背中に当たっていたのは薬莢で、話し声の主は、何故か鼻血をボタボタ流しているウォンと、赤面しながら渋々といった感じで銃をホルスターにしまうアリアと――白ワシ……だけ?
 おかしいな、もう一人、知らない声が聞こえたような気がしたんだが。

「……とりあえず、言うことは?」

 その一言で我に返った。
 見上げれば、シュウシュウ頭から蒸気を上らせて怒り狂っている阿修羅か夜叉。良く見れば、ふふ、ふふふ、なんて怒りゲージが振り切れそうなのか、壮絶な笑みを浮かべているアリアさんでした。

「すいませんでした反省していますもう二度とこのようなことがないようふかくふかくおわびもうしあげますのでどうか手にしたその刀をしまってくれると嬉しいのですが許していただけないでしょうか」

 なんでまた部屋に戻ってきてんだよ、とか、勝手に風呂入っていたおまえが悪いとか、いろいろ思ったが、言ったらきっと殺されるだろう。
 まあ今回は不用意にカーテンを開けたこちらが悪いということもあり、リビングに額を擦り付けて土下座した。「記憶を抹消するには、強い衝撃を頭に……でも、殺しちゃえば……」なんてブツブツ言っているアリアに恐れをなしたというのもある。
 そんな俺の後頭部に足を乗せ、ぐりぐりぃーっと踏みつけてくるアリア。刀のこい口を切るチャッキチャッキという音がやたらめったらうるさく聞こえたが、

「……次があったら、風穴のオンパレードだからね!」

 と、足をどけて許してくれた。生きているって素晴らしい。

 立ち上がり、命あることに感謝をしつつ、服についた硝煙の粉――亜硝酸のカスをパッパッと払っていると、

「……神崎」

「う、うるさいわね。わかってるわよ」

 短くだが語気強くウォンに声を掛けられ、妙に焦った感じのアリアが俺の目の前に立った。
 すぅー、はぁー、と深呼吸を一回して、ギッ――と俺を見つめて(睨んで?)くる。
 そして――

「き、キンジ! ドレイは取り消すわ! その代わり……あ、あたしとパートナーを組みなさい! 一緒に武偵殺しを逮捕するのよ!」

 かあぁぁっと赤面しながら言ってきた。そのアリアの様子に俺は面食らってしまう。
 今、パートナー……と、言ったのか、アリアは?
 ドレイなんかじゃなく、俺を自分の相棒に――

 「……アリア、それは――」と言いかけた俺だったが、はあぁ、なんて溜息が聞こえてきて遮られた。
 その発生元を見れば、やれやれ、と首をすくめながら、珍しいことに苦笑いの表情を浮かべているウォンがいた。その横の白ワシですら呆れた感じで首を横に振っている。
 ……いや、確かにもうちょっと言い方考えろとアリアに思ったけど、そこまでがっかりしないでも。

「神崎……命令口調はやめろとあれほど――」

「う、うるさいうるさい! わかってるわよ! 今のは、えっと……つ、つい言っちゃっただけじゃない! 次は、ちゃ、ちゃんとやるから、見てなさいよ!」

 がうっと、犬歯を剥いてウォンと白ワシに食って掛かるアリア。はぁー、はぁーと荒い息をついて、自分を落ち着かせるように胸元でギュッと手を結び――

「き、キンジ……」

 そして改めて俺に向き直ってきた。
 心もとなさそうにゆれる赤色の瞳。風呂上りのつややかなピンクブロンドの髪から、例の甘酸っぱいようないい香りが硝煙の匂いに混じって漂ってきた。

「ドレイなんて言ってゴメン……あたしのこと、き、嫌いになってなかったら――」

 先ほどとはうって変わり、顔を伏せ、恐る恐るといった感じで右手をゆっくり俺に伸ばしてくるアリア。そうして紡がれる、小さな小さな声。


「あ、あたしの……ぱ、パートナーに、なって、くれる?」

 



 ――神崎は人と心を結ぶことを極端に恐れる――

 ふいに、ウォンの言葉を思い出した。
 きっと、アリアは今まで何度もその手を差し出して、その度に拒絶の言葉を突きつけられたのだろう。ずっと探していたという、アリアの言葉からそれが想像できる。
 アリア。
 その言葉を言うのに、どれだけの勇気を振り絞ったのか……堪えるように目を強く閉じ、差し出すその小さな手も、足も小刻みに震えているじゃないか。

 ドレイ――なんて言ったのは、自分に掛かる心理的な負担を減らすために、ワザと言い換えていただけだったんだ。パートナーを求め、それでも誰も合わせられない、孤独なコイツが編み出した、小さな小さな自己防衛。
 なんてちっぽけな存在なんだろう。迷子の子猫のように、拒絶を恐れて震えているアリアは。
 強くなんてない。決して、誰の助けも必要としない強さなんて、コイツは持っていない。
 ただの、小さな女の子――


 
 差し出された小さな手に、俺はゆっくりと右手を伸ばした。
 手が一瞬触れただけで、アリアはビクリッと身体を震わせた。
 だが、決して逃げなかった。
 体育倉庫で感じたように、大口径の銃を扱っているのが信じられないくらいの小さな手。
 それを俺は、覆うように、力強く握ってやる。


 そして


 花が咲くような、思わずみとれてしまう素敵な笑顔がこぼれる。
 大きな喜びの声が、夜の部屋に木霊した。




 俺は弱い。白雪が言ってくれたような、ヒーローなんて器じゃない。
 女が嫌いで、中学のときのことをトラウマにしているような、ヘタレだ。
 ヒステリアモードだって使いこなせない。何かあるとすぐグダグダと悩んでしまうような、駄目なやつだよ。


 それでも、いつかきっと立派な正義の味方になるなんて夢を持っている。


 だからまずは、アリアの味方になってやろう。
 アリアの、パートナーに――
 一人きりで戦おうとするコイツ。震えて、誰かに手を伸ばすことにも怯えているような、女の子の味方に。

 父さんや兄さん、ご先祖様たちのように格好良く正義の味方なんでできない半人前の俺だが

 かっこ悪く、泥臭く、地べたを這って、傷だらけになっても

 あの時、無責任な言葉を向けてきたヤツラから、ウォンが俺を守ってくれたように

 ヒーローと呼ばれた男たち……世界中の主人公たちと同じように

 女の子を、怯えている子を助けてあげるんだ。



 
 

 空から女の子が降ってくる。
 それは不思議で特別なことが起きるプロローグ。
 今朝のアリアがまさにそれだった。
 まるで、よく出来たフィクションみたいだ。きっと主人公はその子ととんでもない大冒険を繰り広げるのだろう。
 だが俺は――『今の俺』はただの平凡な高校生。主人公なんてガラでもないし、できれば平穏無事な生活のほうがありがたい。
 だけど――


 ――みんな誰だって、そんな特別なことが起きるのを期待して、物語の主人公になることに憧れて生きている――





あとがき

原作という他人の作ったキャラの内面の葛藤を書くのって難しいですね。書いては消して、書いては組み立てなおしてを繰り返し、気付いたら5日で更新のペースががが……
ちゃんとキンジがキンジらしくなっているか不安です。こんなことなら、エセ中国人のウォンをオリ主にして……だめだ。よくある最低系SSになりそう。

性的興奮がヒス化のトリガーなら、第二次性徴を迎えてからじゃないとおかしいですよね。まあ、キンジがマセガキで、小学生低学年でヒステリアモードになった、なんてのも面白そうですが。
アリアが14歳からロンドン武偵局で働いていたなら、お兄ちゃんがHSSを使いこなし、中学生で武偵の仕事していても問題ないはず。さすがに小学生は……あれっ、原作2巻で『俺が4~5歳の頃、兄さんの仕事の都合で青森に~』なんてくだりが……お兄ちゃんは小学生低学年のときから性的興奮しまくって、いた、のか?

さて、次回のテーマは「初仕事」

とりあえずやる気になった、トリガーがめちゃ軽い主人公とヒロイン。
はたして2人の最初のクエストは原作どおりに進むのか進まないのか。オリキャラ達は出番があるのかないのか。作者の胸部X線写真に写った影はなんなのか。入院せず中5日で登板が可能なのか。

どうなるんでしょうね



[28651] 第九弾 Real Thing Shakes
Name: 器用なアザラシ◆a19fdfd2 ID:410f4836
Date: 2011/08/27 16:27

 1990年代、テロや武装犯罪といった日々急増する凶悪な事件に対処するために、日本を含む多くの国で一斉に銃規制法が改正された。
 それにより世界は、国家資格を取得し銃の登録さえすれば個人の銃火器携行も可能な銃社会になった。

 厳しい実技試験と筆記試験に合格すれば、誰にでもライセンス――武装許可免許が交付された。
 さらに、犯罪者に対する逮捕権を付随して取得することも可能となり、警察に属さず、民間や企業の依頼で仕事を行う武装探偵(Detective Armed)通称、武偵という職業が生まれた。

 この武偵は社会治安の維持といった崇高な目的で動く警察とは異なるもので、個人が営利目的で動くため、世論には嫌悪の対象となっていた。

 武偵に対するそんな状況が一変したのは、近年になってから。
 2001年に起こった同時多発テロに端を発し、なお激増する凶悪犯罪に対して、IADA――国際武偵連盟が発足したのだ。
 武偵は国際資格として新設され、国ごとに独自で交付していた免許が、世界各国が批准する武偵ライセンスへと統一されることとなった。

 各国の行政は犯罪抑制に対する切り札として武偵を持ち上げ始め、日本でも武偵法が国会で可決、警察庁に並ぶ権力を持つ行政機関『武偵庁』が立ち上げられた。
 世界中で武偵を育成する学校が建てられ、車輌科(ロジ)や情報科(インフォルマ)、救護科(アンビュラス)など、必ずしも武力を行使しない専門分野まで武偵として扱われた。
 最近では魔法や超能力、オカルトまで犯罪捜査へ役立てようとし始め、各武偵高独自の研究がなされている。

 世間一般の認識は、金さえ積めば何でもする便利屋から、警察に準ずる活動を行う民間職業にまで変化した。

 ちなみに、国それぞれの基準があるらしいが、日本や欧米、中国では満14歳以上から武偵になる権利を保有することができる。当然、資格さえ持っていれば学生だろうとなんだろうと武偵として活動を行うことができる。

 いうなれば、武偵というのは車の国際運転免許と同じようなものだ。国という枠組みにとらわれず、世界を股にかけて凶悪犯罪と戦うための、誰にでも交付される免許証。
 東京武偵高は、そんな免許交付されたばかりの新米武偵が集う教育機関なのだ。

 そして、そんな俺たちを教導する凄腕の教師たち――元は傭兵や特殊部隊員、マフィアや殺し屋なんてウワサの奴まで、普通じゃ考えられないような経歴を持ったプロの武偵。
 教務科(マスターズ)とは、そんな経歴の持ち主が集う武偵高3大危険地帯の一つなのである。

  
 第九弾 Real Thing Shakes
 

「……フンッ。あの神崎のパートナー、ねぇ……」

 朝のHRが始まるよりも早い時間、そんなぶっそう極まりない教務科の一室に俺はいた。不本意ながら。

 目の前には強襲科(アサルト)の教諭、兼体育教師の蘭豹。アリア並に長い髪をポニーテールに結んだ大女だ。
 まだ俺たちと同年代の19歳だが、香港マフィアのドンの愛娘で、向こうじゃ無敵の武偵として犯罪者たちに恐れられていたらしい。
 椅子に窮屈そうに腰掛け、ジロリ――と流し見ている書類は、俺とアリアのパートナー申請書だ。

 前述した日本の武偵が守るべき武偵法、第何条かは忘れてしまったが、そこには『武偵と武偵がパートナーを組むには、双方の合意が必要である』と定められている。
 凶悪犯罪に対して、お互いに命を預けて戦うのだ、当然といえば当然の措置だろう。俺がわざわざ教務科に『パートナーを組みました』と申請するのには、こういった背景があった。
 もっとも、国際登録されるような本格的なチーム編成の届出はまだ先のこと。東京武偵高では9月下旬に行われることになっている。今はまだ、仮登録のお試し期間って意味合いが強い。

「……まぁ、ええやろ。受理してやる。ふぬけてたオマエがちっとはやる気になったみたいやしなぁ」

 そう言って蘭豹は手にしていた申請書を机の上にほうった。ひらひらと舞った紙が、愛読しているらしき『実話ナックルズ』の上に重なる。
 仮にも教師が、仕事場でそんなの読むなよ――と思ったが、悪態をついたら人間バンカーバスター(地中貫通爆弾)の異名をとる蘭豹に何をされるかわからないので黙っておく。
 それよりも、気になったのが――

「俺が……ふぬけて?」

「あ? 自分で気付いてなかったんかい、アホウ。弱っちいくせに意気込みだけはあったのが、年明けから急に強襲科へ顔を出すのを避けとったやろが。見とったら誰でもそう思うわ」

 はき捨てるように言った蘭豹は椅子に座ったまま、どっか、と両脚を机の上に投げ出した。カットジーンズから伸びる長い脚が、山になった書類の横に下ろされる。
 さすがマナーの悪さで定評がある香港人。生徒の前だから、なんて気にするそぶりはまったく感じられない。教師のクセに、その辺の常識は持ち合わせていないらしい。
 それに呆れつつも俺は言った。

「何言ってるんですか。進級の単位が足りてたから俺は、自由履修で他の学科に――」

「ダアホゥ、そんなんでごまかせるかい。いっぺん死ねや。
 ……今までアホなりに真っ直ぐ突っ走ってきてたオマエが、急にわき道を気にするようになったってことや」

 反論はすぐさま潰された。
 だが言われてみれば、兄さんがいなくなって目標を失った俺は、己の未来を思い描けずに、ふらふらとしていたような気がする。

 あの当時の俺は、今まで自分が惰性で正義の味方を目指していただけなんじゃないかと思ったのだ。
 父さんや兄さんのように、ご先祖様達のようにと、流されるようにその生き方をなぞってきただけなんじゃないか――と。

 俺の憧れだった兄さん。自分が知る限り最強にして最高の武偵。いつか俺も――と自分なりに頑張っていた俺は、いきなりその指標が消えたことで、進むべき道を見失った。
 何かの役に立つだろうと片っ端から他の学科へ学びに行っていたが、心中ではこのまま強襲武偵を続けることに少なからず疑問を抱いていたりもした。

 ウォンがいなくて、正義の味方という生き方を否定していたら、武偵高で一番安全な探偵科(インケスタ)あたりへ移っていたかもしれない。
 それどころか、武偵自体をやめてしまおうと考えていた可能性もある。

 
 今は――正確には昨日からだが――もう、大丈夫だ。わき道に惑わされたりしない。
 白雪が期待してくれる。ウォンが俺に味方してくれる。先が見えなくても、目の前に続く道を、ただ真っ直ぐに進んでいける。

 アリアの味方となる。こんな俺を求めてくれた、女の子の力になってやる。
 そしていつか、全てを守れる正義の味方になる。自分が信じる、正義の味方に、きっと――
 

「ケッ。3ヶ月も回り道しくさっといて、ようやく行き先を思い出しよったか。
 ……まぁええ。遠山ァ、オマエ、神崎と民間依頼(クエスト)を今日中にこなしとけや」

「は? 依頼って――」

「でかくても小さくても構わん。何でもええで。テキトーに見繕って――」

「ちょ、ちょっと、待ってくださいよ。いきなりすぎますって。何で――」

「ああっ! やっかましい、ブチ殺すぞボケッ! つべこべ言わんと、やれや! 毛唐がやかましく言ってこんうちにな!」

 毛唐――香港出身の蘭豹がそう呼ぶのは……イギリスのことか?
 でもなんで今、イギリスが関係ある?

「……神崎はブリ公どもの秘蔵っ子や。ロンドン武偵局の肝いり娘、それが勝手に極東の島国で相方見つけて組みました――なんてあいつらが素直に認めるかい」

 ……なるほど、読めてきた。

 世界中でSランクに登録された武偵は700人とちょっとしかいない。つまり、世界人口の約1000万分の1、パーセンテージで言えばわずかに0.00001%。
 それほどまでに希少で有能な人材なのに、仮登録とはいえ日本の俺とチームを組み、自国から離れてしまうのでは……と、イギリスが恐れるのは目に見えている。
 国がアリアを手元に確保しておこうと躍起にもなるってことか。

「せやから先回りして、なんぞ依頼をこなしとけや。武偵は国際資格。民間からの依頼とはいえ、解決事件(コンプリート)として登録しておけば、ちっとは……
 まっ、既成事実っちゅーやっちゃな」

 既成事実て。
 いや、確かに「私たちチームを組みました。もう一緒に事件を解決しています。だから認めてね」なんてのは、既成事実以外のなにものでもないが……
 「そういうのはお父さんが許さん!」なんてならないように祈るしかないな。
 ……例え話がとんでもなく笑えないが。

 
 それにしても、と俺は目の前の蘭豹に目を向けた。机の上に置かれたひょうたんを手に取り、朝っぱらから飲酒をするトンデモ不良教師がそこにいる。
  
 香港で名を馳せた後、日本に渡ってきた蘭豹は若くして教職の道についた。そして生来の凶悪っぷりからあちこちの武偵高をクビになり、最後にここ東京武偵高に流れ着いたという経歴を持っている。
 授業や教習は豪快にして投げやり。口癖は「死ねッ」「殺すッ」。中国では飲酒年齢に制限がないため、未成年なのにぐいぐい酒を聞こし召している。授業中でもお構い無しに。
 体罰なんて生ぬるいもんじゃ済まないほどの攻撃を生徒に加えてきたり、生徒同士が本来安全な防護服を身につけて行う実戦形式の訓練も、ただの防弾制服で行わされたり――と、その横暴は、数え上げればキリがない。

 それは教師としてどうなのよ、といった感じの蘭豹先生だが、実は強襲科の生徒には意外と受けが良い。

 他の専門科の連中は彼女のことを乱暴、粗暴と非難するが、その桁外れな実力は、明日をも知れぬ生き方をする強襲武偵から見れば羨望の塊だ。
 ややもすると武偵法違反となるような実戦形式の訓練だって、安全なルールにとらわれない戦い方を俺たちに身につけさせるため。武偵は常在戦場。いつだって危険と隣り合わせなんだということを教えてくれる。

 誤解されやすいが、蘭豹の教導はとかくすべてが本格的過ぎるのだ。だから他国に比べて平和ボケしている日本では受け入れられにくい。俺もあちこちの専門科をはしごして、初めてこのことに気付くことができた。
 投げやりなのは、生徒の自主性を伸ばすため。凶暴な自分が近くにいないほうが伸び伸びやれるだろうと思ってのこと……いや、さすがに考えすぎかもしれないが。

 でも、わかる奴はきっとわかっている。でなけりゃ、とっくにここもクビになっているだろう。
 
 しかも蘭豹は、普段の姿や、適当に授業をとり行っている様子からは想像すらできないが、生徒のことを結構気に掛けてくれることが多い。
 今回のこれだってそうだ。乱暴な口調とは裏腹に、強襲科の生徒である俺とアリアを守ろうとしてくれている。

 礼ぐらい言っておかないとな。

「えっと、ありがとうございます、蘭豹先生」

「……勘違いしとったら殺すぞ。ウチはただ、イギリスの連中が気に食わんだけや。感謝するんやったら、早いとこ今よりもブチ殺しがいがあるようになれや」

 酒のせいか照れているのかはわからないが、蘭豹は少し赤くなった顔でそう呟いた。そして、ふと思い出した表情になり、

「せや、忘れるところやった。お前が昨日狙われた爆弾事件(ボムケース)やけどな……」

 立てかけられていた2mを超える何本もの長刀を脇にどかし、ガサゴソと机の引き出しを漁り始める蘭豹。
 そこに無造作に放り込まれていた書類の束を取り出して、ほれっと俺に投げてよこした。

 ……うっ、この書類、酒クセーな。ところどころ油のシミや酒をこぼした痕があるぞ。蘭豹のヤツ、昨日晩酌しながら読んでいたに違いない。
 先ほどの感謝の言葉を取り消したくなってきた。

「結論から言うと、なんもわからんかったらしい。手口や使った武器なんかは『武偵殺し』と同一やけど、あれは武偵サイトにも載ってるもんや。模倣(パクリ)で済ませられる。だけどな……」

 そこで言葉を切り、やや真面目になって俺の顔を覗き込んでくる蘭豹。

「ウチのカンじゃ、やったのはガキや」

「……ガキ……武偵高の生徒の犯行だって言うんですか」

「そこまでは言うとらん、が……まぁ、なんとなくそう思っただけや」

 蘭豹は動物並みの直感を持つことで有名だ。なんとなく、や、そんな気がする、で大惨事を免れたことも多く、強襲科の生徒である俺たちは、それに何度も驚かされている。
 日本よりも凶悪犯罪の多い香港で研ぎ澄まされた、そのカンがそういっているのなら……あながち間違いでもないのかもしれない。

 だけど

 身内――仲間であるはずの、同じ武偵高の生徒を疑いたくはないが……俺のパートナーがこのことを知ったら、どう思うだろう。

 よく知りもしない俺を、同じ武偵の仲間だと、命がけで助けてくれた、あのアリアは……

 

 
「キーンジ」

 蘭豹の個室から出るなり、語尾に音符でも付きそうなアニメ声で名を呼ばれた。
 可愛らしく身体を傾けて俺に笑顔を見せているのは、先ほど頭の中で考えていた人物、アリア本人だった。

「おうアリア。お前も蘭豹……先生に用事か?」

「アンタを待ってたんじゃない。寮でフェイに聞いたら、朝から教務科へ行ったって言うから」

「待ってた? 何で?」

「アンタがあたしのパートナーだからよ」

 ……答えになっていない。それとも、アリアの中では俺は犬かなんかのペット扱いで、いなくなったのを探しにきた……とかなのだろうか。
 いちおうドレイ宣言は撤回してくれたけど、こりゃ先が思いやられるな。いまさらそんなこと言っても始まらないが。

「まぁ、いいや。申請書、出しといてやったぞ。これからよろしくな」

「気が利くじゃない。蘭豹はイギリス人の血を引くあたしにあんまり良い感情持ってないみたいだから、顔を出しにくかったのよね」

「……そうでも無いんじゃないか」

「え?」

「いや、なんでもない。もうすぐ一時間目始まるから、さっさと行こうぜ」

 
 二人並んで歩き、一般科棟へ移動し始めた俺たち。道すがら、先ほどの蘭豹とのやり取りを話しあった。
 チャリジャックの犯人候補についてはワザと話さなかった。もう少し、確証が取れたときに話そうと思ったからだ。
 

「――それで、今日中に何かクエスト見つけて解決しとけ、だってさ」

「……ロンドンのあいつ等なら、確かにうるさく言って来そうね。あたし向こうで派手に働いちゃってるから。
 ママの無罪を証明するまではしつこく言われたくないし……いいわ。何にする?」

「簡単なので済まそうぜ。あれこれ準備するのも面倒だろ」

 軽くそう返した俺の言葉に、アリアは指を一本立てて――

「『無理』『疲れた』『面倒くさい』。これは人間のもつ無限の可能性を自ら押し留める良くない言葉よ。あたしの前では言わないこと」

 できの悪い子供に聞かせるように、偉ぶって講釈をたれてきやがった。
 いや、確かに言っていることは良いことだけどさ。

「……昨日、お前も言ってなかったか。無理そうとか、無理するなとか」

「い、言ってない! あたしは一言も言ってない! 言ったとしてもそんな事実は修正されてるの! だからあたしは言ってない!」
 


 そんなやりとりをしながら歩いていたら、ちょうど第二グラウンドの近くを通りかかっていることに気付いた。

 昨日初めてアリアと出会い、命を助けられ、紆余曲折の末に人生初の完敗を喫した、あの第二グラウンドだ。
 すでに探偵科の調査は終わっているようで、セグウェイや自転車の残骸は片付けられ、銃弾を浴びてぼろぼろになった体育倉庫にはKEEP OUTの黄色いテープが張り巡らされている。

 それを目にした途端、「……今更だけどな……」と前置きをし、思わずアリアに尋ねてしまっていた。

「良かったのか、Eランク武偵の俺なんかをパートナーにして。お前と闘りあったときの俺は、本当の実力じゃないんだぞ」

 あっ、バカキンジ! もう迷わないって言ったそばからこれかよ。いつまでも女々しいぞ。

 だがアリアはそんな俺の葛藤に気付かず、不機嫌そうに言ってきた。

「何言ってんの? あんな気障で気取ったモードになったら速攻で風穴あけるわよ。確かにそれなりに強くなるけど、アレはあたしの前では禁止だからね」

 …………

 ……はい?

 てっきりアリアは、ヒステリアモードの俺の実力を買っているものだと思っていた俺は、これには意表を突かれた。

「い、いろいろと反論したいところはあるが、じゃあ何で、実力を見せてみろなんて襲い掛かってきた?」

「相棒の力を知っておくのはパートナーの義務でしょ。別に強いか弱いかでアンタをパートナーにしたわけじゃないわ」

「……ちょっと待て、お前は何を基準に俺を選んだ?」

「カンよ」

 …………

 あっけらかんと返事をしてきたアリア(無論、シャレではない)。
 さも、「あたしの直感に狂いはないわ」と言わんばかりに平然としているが……

 カン……ですか。そうですか。

「だいたい、アンタより強い人は大勢いるわ。あたしより上もいっぱいいる。戦闘能力を基準にしてたらキリがないじゃない。曾お爺さまにもパートナーはいたけれど、『戦闘』が得意な人じゃなかったし」

「……俺は、コンビ組んで最前線で犯罪者と戦うようなのを想像していたんだが」

「確かにそれも良いけど、キンジにはそういうのはあまり期待してないよ」

「じゃあ、アリアの言う『パートナー』ってなんだよ」

「んー、あたしのことを理解してくれて、上手く能力を引き出してくれる人……みたいな?」

 ウォンもちょうど同じようなことを言っていたが……何で疑問系?
 ああ、今までパートナーを組んだことないからわからないのか。

「とりあえず当面の目標は『武偵殺し』を逮捕することよ。前線(フロント)で犯人とやりあうのはあたし。キンジはそのサポートね。
 もしアンタがピンチになるようだったら――あたしが守ってあげるわ。安心しなさい」

 それは男と女の立場が逆なのでは、と思ったが、実際にアリアはヒステリア時の俺より強いし……何も言えないな。

 

 でも、それなら心の中でだけ決めていよう。
 俺はお前の味方――パートナーなんだぜ、と。

 
 もし、逆にお前がピンチになったときには――

 ――俺が絶対に守ってやる。

 
 


「あいつ等また襲ってくるかな……気が重いなぁ」

 俺達のクラス――2年A組の教室の前に立ち、思わず愚痴ってしまう俺。
 昨日の男子生徒からの追撃戦を思うとやり切れない。今日もまた勘違いした野郎とか銃弾とかから逃げ回らなきゃいけないのか……なんて思ったら、溜息の一つでも吐きたくなる。

「だっらしないわね。シャキッとしなさいよ! キンジはあたしのパートナーなんだからね!」

 バシッバシッと背中を叩いてくるアリア。はっぱをかけようとしているのかもしれんが、痛いぞ、やめろよ。
 ……コイツめ、自分の発言がそもそもの原因だと気付いていないに違いない。

「一日経ったらほとぼりも冷めるだろう、なんてウォンは言ってたけど……
 それはそうと、アイツ学校来てんのかな? 結局昨日は教室に来なかったし」

「えっ? フェイもあたし達と同じクラスなの?」

「お前、昨日俺にクラス分け確認しろってバカ呼ばわりしてなかったか?」

「うるさいな。余計なこと言ってると風穴あけるわよ」

「へいへい」

 どうもアリアは、自分の非を指摘されると苛立つ子供っぽい性格をしているようだ。よくそんなんでSランク武偵やってられるな。

 からかってやりたかったが、やりすぎてガバメントで反撃をしてこられたら堪らない。
 そんなんでビビんなよ、と自分でも思ったが、昨日だけで数え切れないほどバカスカ銃撃して、あれだけポン刀を振り回してきたコイツのことだ、武偵殺しの前にパートナーを殺しかねん。
 今後はアリアのいなし方を覚えないと、身体が幾つあっても足りないぞ。

 なんて事をぶちぶち考えながら、ガラッ――と教室のドアを開けて中に入る。

 そこには――

「ウォンのヤロウッ! どこへ行きやがった!」「修正してやる! 修正してやるッ!」「あのヤロウ、ついにCVRの藤宮さんまで毒牙にかけやがった! 許 す ま じ ッ!」

「2年の美少女ランキング上位10名を半数以上食い荒らしやがってぇッ!!」「明日の朝日が拝めると思うなよっ! ウォン=フェイインッ!」「見つけ次第殺せッ! 見 敵 必 殺 ! サーチ&デストローイ!」

「目撃情報はまだか!」「伝令ッ! 理科棟の屋上で彼奴を発見しました! また美少女と一緒だとのことです!」「ななななな、なんっとぉーッ!?」

「ギィィッッ! あな妬ましや、恨めしやッ!」「ふふふ、俺のブッチャーナイフが血に飢えておる」「誰か車輌科(ロジ)で足借りてこい! 今日という今日は逃がさねえぞ!」「B組とC組男子にも協力要請しろッ!」

「我ら美少女を愛でる会、改めAAA団!」「美少女を守るためならば!」「例え火の中、水の中!」「ナンパ男には鉄槌を!」「ハーレム野郎には粛清を!」「俺たちが!」『AAA団だッ!!』

 やんや、やんや。

 ……とりあえず、俺は大丈夫そうだが、

 アイツ今日も授業に出らんないだろうなー。


 
 

あとがき

今回は読みやすい文章を意識して、改行や空白を多くしています。8話までと比べると、かなり短くなっている気がしますが……読みやすくなっているでしょうか。
できれば感想を聞かせていただけたらな、と思います。

リハビリがてら小旅行で東京へ行ってきたのですが……アニメのあのトンネルってどこ? 臨海のトンネルは2,3分で通り抜けられるくらいでしたし、レインボーブリッジ直結しているって設定は作られたものなのでしょうか。

旅行といえば、6巻でアリアは広島の呉に行ってますね。呉といえば、戦前は造船の街。例の潜水艦もどうなったか書かれていませんし、これはもしや……なんて原作の展開を予測してみたり。

空気作品ですが、チラシの裏の隅っこで細々続けていく所存。



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