2011年8月29日
マンガやアニメに新たな規制を設けた東京都の青少年健全育成条例について先日、都庁の人に聞いてきました。昨年12月の本欄「想像力の領域」で条例改正案(その後可決・成立し、7月に施行)に対して抱いた疑問を書きましたが、記者として書きっぱなしではイケナイと思い、都庁で担当者に質問をぶつけてみたのです。
新条例は、強姦(ごうかん)など刑罰法規に触れるような性行為や、近親相姦など著しく社会規範に反する性行為を「不当に賛美・誇張」したマンガやアニメを18歳未満に販売しないよう規制するものですが、強姦か否か、近親相姦か否か、判断に迷うような設定をいくつも思いついたので、列挙して「コレはどっち?」と聞いてみました。答えて下さったのは都の青少年・治安対策本部総合対策部の安井一彦連絡調整担当課長と、総合対策部青少年課の天草士健全育成係長のお二人。
まず私から、「これこれこういう設定の作品があったとして、性描写の度合い(性器や体液の描き方など)だけでは『不健全図書』にあたらないレベルで、新条例の規制対象になり得るかどうかは強姦や近親相姦にあたるかあたらないかで決まる、というのが質問の前提です」と説明しました。安井さん天草さんからは「ここでお答えするのは個人の見解であって都の見解ではないので、これを教科書のようにとらないでほしい。実際の図書を見ないと分からないケースもある」。
前置きが長くなりましたが、始めましょう。性にまつわるあまり上品ではない言葉も出てきますが、その点はご容赦を。
【設定A】タブーを犯す快楽を賛美しながらセックスにふけるきょうだい。しかし実は血がつながっておらず、きょうだいではないが、そのことを誰も知らない、あるいは知らせないので、2人はこれが近親相姦だと思い込みながらセックスを続ける。
私「これは近親相姦にあたりますか?」
天草係長「条例は『婚姻を禁止されている近親者間における性交もしくは性交類似行為』が対象なので、この2人が民法で婚姻を禁止されている近親者にあたらないことが作中に明記されていれば、規制の対象とはなりません。似たケースで、例えば作中でずっと『おにいちゃん』と呼んでいても近親者でなく『幼いころよく遊んでもらった近所のおにいさん』という設定だと書かれていれば、これも該当しません」
【設定B】仲よくセックスする男女。本人たちは知らないが、実はきょうだいである。そのことを誰も知らない、あるいは知らせないので、2人は普通の男女のようにセックスを続ける。
天草係長「これは近親相姦にあたります」
【設定C】母が不倫をして生まれた娘と、その不倫相手が妻との間に作った息子。2人は腹違いのきょうだいだがセックスをする。戸籍上はきょうだいではなく、結婚もできる。
私「戸籍上は他人だが血はつながっている、と作中に書かれている場合です」
天草係長「近親相姦にはあたりません。これを『あたる』としてしまうと『都が拡大解釈を始めた』と言われかねない。あくまでも条文にある通り『刑罰法規に触れる性交・性交類似行為』か『婚姻を禁止されている近親者間』に対象を絞っています」
安井課長「条例が根拠とするものは法律、刑罰法規や民法ですから」
私「Aはモラルをおかしているような描写があり、Bはまるで普通の恋人同士。しかし判断は戸籍上どうなのかが基準ということですね。だからCもあたらない」
天草係長「倫理上そっち(設定A)がよくないというのはその通りだが、条文でこう言っていますので」
私「刑罰法規や民法に基づき、条文通り運用するのが都の基本姿勢ということ?」
天草係長「その通りです。条文の文言にそって運用していくということです」
【設定D】母の愛人だった男とセックスをする女。血のつながった親子の可能性が高く、2人ともそれを承知していながら背徳的なセックスにおぼれる。本当の親子かどうかは作品内では明かされない。
私「ではこれも近親相姦にあたらない?」
安井課長「あたらない。劇画にありそうな話だな」
【設定E】嫌がる女性をムリヤリ強姦する男性。しかし結末で、それは強姦のフリをして2人が「陵辱プレイ」を楽しんでいた、と明かされる。
私「これは強姦にあたりますか?」
天草係長「刑罰法規に触れるかどうかで判断する。合意の上の行為なら強姦にはあたらない」
【設定F】仲よくセックスをする男女。実は、女には「本心とは正反対の言動をしてしまう」魔法がかけられており、男を喜んで迎え入れていた言葉やしぐさは、本心とは正反対のものだったと結末で明かされる。
安井課長「強姦にあたるでしょう」
私「Eは、どう見ても強姦、という描写があり、Fは仲のよい男女の性行為にしか見えない。それでも刑罰法規に照らしてどうか、ということですね」
天草係長「Fの魔法は、女性と性交するために麻酔をかける、というケースに似ていると考えられますね」
私「セックスしていたきょうだいが結末で実は戸籍上きょうだいではなかったと分かる、といった話がもし上下巻に分かれていたら、どうなります?」
天草係長「上巻だけ読めばきょうだいとしか見えないのなら、そしてその性行為がいいことだと描かれていたら、下巻を見ない子だっているだろうと考えると、上巻は規制の対象となり得ます」
私「同じ物語でも、1冊にまとめて出したら対象外で、上下に分けたら上巻のみ対象に?」
天草係長「1冊でまとめて、最後にきょうだいでなかったと描かれていたら対象とはなり得ない」
私「セックスしていた男女が2巻目で『きょうだいでした』とわかる。この場合は?」
天草係長「2巻目は対象となり得るが、第1巻だけ買った子が普通の男女の恋愛として読んでいるなら1巻は対象となり得ない。単体で判断します」
なるほど。強姦や近親相姦については、モラルを踏みにじったように見える描写があっても法に照らしてどうかで判断する、いわば厳密な「形式主義」を取るのだと私は受け止めました。条例では、近親相姦や強姦(そのほか刑罰法規に触れる性行為)にあたるとしてもその上で「不当に賛美または不当に誇張した表現」でないと規制対象にはならないことになっていて、「不当に賛美・誇張って?」というなおあいまいに思える部分はありますが、今回お二人が示した見解は、グレーゾーンをできるだけ狭めるという意味で評価できます。ただ、例えば設定Cが近親相姦にあたらないとなると、規制の賛成派からも反対派からも「そんな規制に意味があるのか?」という疑問が湧くのでは、とも思えます。
さて実は、天草さんも安井さんもウーンとうなって「わかりません」と答えた設定が一つあったのです。
【設定G】ある男の妻と娘の人格が事故で入れ替わり、「体は妻だが人格は娘」の女aと、「体は娘だが人格は妻」の女bが存在することになった。aとのセックスは近親相姦にあたるかあたらないか? bとのセックスは近親相姦にあたるかあたらないか?
私「人格と肉体に分裂してしまった場合、戸籍上その人と判断されるのはどっち? という疑問なわけです。モラル上の問題とすると、犯す相手が娘の体か娘の人格か、ということに」
安井課長「モラル上はどっちもいけないことだとは思うが…議論の余地はありますね」
私「これは実在する有名作品の設定をアレンジしました。単なる描写の過激度でなく、物語の設定に踏み込んで規制をかけるなら、ああいうケースは、こういうケースはどうなんだ?という思考実験を事前に――」
安井課長「してもらいたかった?」
私「はい」
18歳未満に売ってはいけない「不健全図書」の指定は、関係業界や保護者の代表、学識経験者らで構成する都青少年健全育成審議会で判断します。施行後の7月に販売されたものを対象とした8月の審議会では、新条例に関しては該当なしだったそうです。安井課長は「自主規制がそれだけ効いているのかも」と言いましたが、私としてはそれが「萎縮」でないことを願います。天草係長は「強姦や近親相姦にあたるのかあたらないのか、大事なセリフを読み落としたりしないよう、我々も審議会に本をあげる際に慎重に内容をチェックしなければならないし、審議会の委員にもストーリーを読むためにじっくり時間をかけてご覧いただくという考えだ」と話していました。
以上、長くなりましたが都庁取材の報告でした。今回の都の担当者の回答を読み返すと新たな疑問がまたイロイロ出てくるのですが、ひとまずはここまで。
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青少年健全育成条例の改正点を解説した東京都のパンフレット
http://www.seisyounen-chian.metro.tokyo.jp/seisyounen/pdf/08_jyourei/jourei_kaiseiten.pdf
1967年、東京生まれ。91年、朝日新聞社入社。99〜03年、東京本社版夕刊で毎月1回、アニメ・マンガ・ゲームのページ「アニマゲDON」を担当。2010年10月から名古屋報道センター文化グループ次長。