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社説:菅首相退陣 また短命で終わった罪

 またもや短命政権に終わった。菅直人首相が26日正式に退陣を表明、1年単位での首相交代劇は、5回連続という不名誉な記録を更新した。政権担当能力を発揮しきれなかった菅首相の個人的な資質もあるが、衆参のねじれによる構造的な問題が背景に横たわっている。乱戦模様の民主党代表選は27日告示されるが、新体制がこの構造問題をどう克服するのか。日本政治の危機はなお続く。

 ◇政策は中途半端に

 1年3カ月続いた菅政権は、何よりも3月11日の東日本大震災という、地震、津波、原発事故が重なる未曽有の複合災害の対応に追われた。昨年7月の参院選敗北から始まったねじれは、最後まで政権の手足を縛り、マニフェスト後退を余儀なくされた。本来政府を支えるべき与党との一体化にもつまずき、結果的にそれが政権の寿命を縮めることになった。まさに、満身創痍(そうい)の退陣だ。

 東日本大震災に対しては、対応の遅れに批判が集中した。がれき撤去や仮設住宅の建設も遅々として進まなかった。第一義的に災害対応を担う行政権力をうまく使い切れなかった。中央での省庁間の情報の共有が遅れ、被災自治体との情報収集、物資補給パイプもまた、スムーズに働かなかった。看板の政治主導が機能不全だった、といえる。

 一方で、自衛隊派遣の決断は速かった。発生2日後に首相自ら派遣を10万人まで増強するように指示、交通・通信網が寸断され早期復旧が望めない中、この自己完結的能力を持った部隊が、人命救助から被災者支援まで一手に引き受けた。

 原発対応はどうだったか。安全性が懸念されていた中部電力浜岡原発を停止させたことは評価したい。原発の再稼働問題に関連し、全原発を対象にする安全評価(ストレステスト)を義務づけ、原発依存度の低減を掲げエネルギー政策の白紙からの見直しも決めた。安全規制については、原子力安全・保安院を経済産業省から分離し原子力安全委員会と統合、原子力安全庁(仮称)として環境省外局に新設する方針も決めた。

 ただし、事後対策で最も肝要な周辺住民を被ばくから守る手立てについては、放射能汚染の情報開示と対応が遅れ、とても万全とは言えなかった。メルトダウンや水素爆発に至った初期段階における政権としての危機管理の検証もこれからだ。

 3・11対応以外ではどうだったのか。政権発足当初、財政・経済政策では「強い経済、強い財政、強い社会保障」をぶち上げたが、その中核的手段である消費税率上げに対する姿勢のぶれから参院選で敗北、看板政策は棚上げされた。政権終盤になってから税と社会保障の一体改革の中で「2010年代半ばに10%」と書き込むのが精いっぱいだった。成長戦略としては、環太平洋パートナーシップ協定(TPP)への参加に積極姿勢を示したが、事実上言いっ放しに終わった。新しい政策に飛びつくものの実現への道筋が描けないことの繰り返しには、自分探しに終始した政権との批判も生んだ。

 一方で、09年衆院選のマニフェストで約束した主要政策については、ねじれ国会における野党の攻勢で惨めなほど後退した。その象徴としての子ども手当は、バラマキ批判に有効な反論ができずに、従来の児童手当の復活・拡充という変更を迫られた。高速道路無料化の方針もいつの間にか立ち消え、財源捻出の見通しの甘さが最後まで響いた。

 ◇市民派としての功も

 外交安保はさらに厳しい評価が下されよう。特に尖閣諸島での海上保安庁巡視船に対する中国漁船の衝突問題では、ミスを重ねた。漁船船長の逮捕、勾留延長という強硬手段を取りながら途中で中国の圧力に屈したかのような印象を与える局面があった。衝突の証拠ビデオの管理も漏えいを防げなかった。普天間移設問題も全く進まなかった。震災以降は外交空白状態が続き国益を損ねた。

 政局運営は稚拙だった。3・11は、ある意味では菅政権が求心力を回復するチャンスだった。にもかかわらず、ねじれ対応が後手後手となり、支持率の低下によりますます野党から足元を見られるという悪循環を局面転換できなかった。党内対応も小沢一郎元代表の扱いに最後まで苦慮、挙党態勢作りができず、内閣不信任案騒動でもろさを露呈した。ねじれと小沢問題に外と内から最後まで揺さぶられた形だ。「イラ菅」と呼ばれる攻撃的な首相の人格、政治手法への反発も背景にあった。

 2世でも3世でもないサラリーマン家庭に生まれ育った市民派首相の誕生と失敗をどう評価するか。市民目線から硫黄島の遺骨帰還、諫早湾の開門、B型肝炎訴訟の基本合意、NPOの寄付税制改革といった仕事を残した。一方で、国家観や国家経営という観点が薄く、首相の責務には荷が重すぎたきらいもある。

 民主党政権は、党の創業者的存在である鳩山由紀夫、菅直人という2人の人物を首相として支え続けることに失敗した。その意味で今回の代表選は政権与党としては背水の陣と心得るべきだろう。小沢元代表の数の影響力だけが目立つ事態を国民は望んでいない。政策とねじれ克服策を徹底的に競い合ってほしい。

毎日新聞 2011年8月27日 2時30分

 

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