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[26791] 死体の視界
Name: 叶芽◆8aff19b3 ID:e25b8c25
Date: 2011/06/24 17:47



寒い…。
















[26791]
Name: 叶芽◆8aff19b3 ID:e25b8c25
Date: 2011/06/24 17:47
 下校前、教室で男子に告白された。その人の名前は知らない。その人は男子にしては髪が長かったので、私はその人の髪を掴んで、その頭を机の角に叩きつけた。角は目に当たったらしく、目は潰れたらしい。その男子は叫んだ。痛いとか言っていた。いてぇ、だったかも。何しやがる、とも言っていたのかな。よく覚えてない。ああああって。少しうるさかったから、私はそれをもう少し速くもう三回叩きつけた。それでも黙らなかったから、もうちょっと速くもう六回叩きつけた。静かになった。
 教室は二人っきりってわけではなくて、その告白はクラスの生徒に公開されていた。でもその現場を止めようとする人は一人もいなくて、場は静かだった。怖くて動けなかったのかもしれないし、あるいは観ていたみんなは人じゃなくて人形だったのかもしれない。マネキン…。うんマネキン。あと少ししたら、先生とか警察とか来るのだろうか。でも、どうしようもないと思う。
 なぜそんなことをしたのかと訊かれても、その男子の髪が長かったからとしか答えられないし、特に大した理由は無いと思う。それより気になるのは、今何時なのかってことと、今私は何歳で、ここは小学校なのか、中学なのか、高校なのかってこと。制服があるから中学だろうか。それとも高校。でも制服を着た小学生もいる気がする。背の高さも、高い人もいれば低い人もいるし、そもそも誰も何も言わないものだから、私にはわからない。



 目を覚ますと15時…午後三時だった。時計が目に入って助かった。部屋は静かで、外からも音は聴こえないから、たぶん家には私一人なのだろう。今、私が知りたいのは私が小学生なのか中学生なのか高校生なのかということだった。部屋に制服はかけてあったから、やっぱり学生なのはわかったが、それでもわからない。私は制服のポケットをあさった。中にはハンカチとティッシュと、あとカッターしかなかった。手帳でもあればよかったのだが。
 とりあえず着替えた。鏡はこの部屋に無いものだから、私は部屋を出て、手洗い場に向かった。一応、顔は洗った。順番を間違えたと思った。普通は顔を洗ってから制服を着るんだっけ。袖が濡れた。鏡を視ても、自分の年齢がいまいちわからない。小学校の低学年ではなさそうなのはわかった。少なくとも一年や二年ではない気がする。たぶんかっこいい男子に告白されたのだから、たぶんそこまで悪い顔でもないかもしれない。
 家にはやっぱり私一人で、そもそも私に両親や兄弟といった家族がいるのかもわからなかった。おなかは空いてなかったし、顔も洗って制服にも着替えたのだから、次にするべきことはやはり登校だろうか。だけど、この時間に行っても仕方がない気もする。それにどこに私の行くべき学校があるのかもわからない。そもそも、今まで学校に行ったことがあったのかもわからない。学校らしきところに居たことは覚えているのだけど。



 妙に臭かったから、私は外に出た。そしたらさらに臭かったものだから、最終的にはたぶん自分の部屋に戻った。たぶん自分の部屋は臭くなかった。制服でいても仕方がなかったから、脱いだ。部屋を見回すと、さっきよりも物が増えている気がした。少なくとも本棚や机、パソコンは無かった気がする。物が増えるなら、今度はエアコンが欲しいと思った。
 本棚には一冊のノートと、漫画や小説がいくつかあった。私は漫画の方を手に取り、ベッドで(ベッドもあった)横になって読んだ。ただその漫画は、シリアスなのかギャグなのかよくわからなくて、少なくとも面白いものではなかった。あるいは両方なのかもしれない。内容はやくざさんの抗争。二時間もしないうちに、全二十巻読み終えてしまった。主人公がころころ変わっていたけど、最後は主人公が死んでおしまい。
 次に、私はノートを取った。最初の一ページ以外は、すべて白紙だった。そのページには「一人殺せ」と書かれていた。一人なら、たぶん殺したと思う。実感はあまりないものだから自信はない。そもそも、あの程度で人は死ぬのだろうか。もしかしたら気絶しているだけかもしれない。少し不安になった。私は今からでも学校に行くべきなのだろうか。だが、道がわからない。二時間ほど、考え込んだ。



 一応、外に出てみた。暗くなっていて、もうこれでは学校にはどのみち行けなかった。家に戻ると、人間が三人倒れていた。臭かった原因がわかった。念のため、その中の大人の男性の首を切ろうと思った。私は台所に向かった。包丁はあった。そしてそれで切ろうと試みたけど、骨が切れなかった。首と胴体を切り離すことが出来なくて残念だったけど、これだけ血が出ればもう大丈夫だろうか。
 ノルマは達成した、ということにしておこう。最初の一人が殺せていれば、今日は二人ということになる。明日あのノートが更新されるなら、明日は誰も殺さなくていいのだろうか。それとも明日は違う内容が更新されるのだろうか。けど、どっちでもいいか。私は浴室でシャワーを浴びた。でも風呂には入れなかった。浴槽には裸の女性が入っていた。
 部屋に戻って、もう今日は寝た。



[26791]
Name: 叶芽◆8aff19b3 ID:e25b8c25
Date: 2011/06/24 17:47
 朝、あまりの寒さに目を覚ました。やはりエアコンが欲しい。そう思っていたら、エアコンはあった。リモコンも時計のそばにあったので、スイッチを点けた。時計を見ると五時。今日は学校に行ってみようと思った。今度は先に顔を洗い、それから制服に着替え、外に出た。だけど朝飯を食べていないことを思い出して、家に戻った。冷蔵庫にはサンドイッチがいくつかあった。ツナのを取って、それを片手にもう一度外に出た。
 食べながら見回した。田んぼが視界の6から7割を占めていたので、おそらく田舎なのだと知った。家は山の上の方にあったので、そこから下の町が視えた。駅を発見した。私はそこに向かった。不思議なことかもしれないが、外は暖かかった。丁度よくて、空も青空だったものだから気持ちがよかった。サンドイッチを食べ終えた私は、勢いよく山を駆け下りた。途中でこけた。その時、鞄を持ってくるのを忘れたのを思い出して、家に取りに帰った。
 鞄は私の部屋にあった。手提げ。教科書やノートらしきものはすでに中にあって、財布(お金)もあって部屋の中で他に要りそうな物はわからなかった。その時私は思い出したように、ついでに本棚のノートを確認した。更新はされていなかった。今日は何もしなくていいのだろうか。でも…でも…でも…でも包丁は要ると思った。万が一のために要ると思った。部屋のエアコンを消し忘れているのを思い出し、消した後私は台所に行った。包丁を回収して鞄の中に入れた。

「いってきます」



 駅に向かった理由は、こんな田舎でも移動する人間が一番多いと思ったから。通勤時間に近かったのもある。実際ホームには2、30人程居た。学生もいた。私と同じ制服を着た人もいた。4人の女子のグループで、私はその子達を追跡しようと思った。別にゲームをしているわけじゃなかったけど、なんかゲームをしているような感じで、結構その時はワクワクしていた。まるで冒険。奇妙な冒険だった。
 電車は満員だった。4人のグループは視界のなかにいた。それを見つけたあたりで、後ろの会社員に尻を触られた。実際は事故だったのかもしれない。触れたのは1から2秒。撫でまわされたわけでもなかった。手ではなく、もしかしたら鞄だったのかもしれない。でも、刺激があって面白かった。正直事故でなくてもよかった。私は電車の揺れに合わせて少し後ろに下がり、その会社員の何かに体が触れるようにした。しかし会社員も後ろに下がったようで、実際は何も当たらず、少しだけ残念だった。
 四つ目の駅に止まった頃には、人も半分以下になっていた。椅子が空いたので座った。あの4人のグループもまだいる。どこで降りるのだろう。彼女たちを見ていたら、その視界に三人の男子が入ってきた。制服を着ているからたぶん学生。三人とも背は高い。彼らは私の前あたりに立った。偏見だとは思うが、服装はだらしがなかったからたぶん不良なのだろう。そのうちの一人と目があった。



 私は次の駅で下された。三人は私を人気のない橋の下に連れて行った。橋の下の壁には落書きがしてあったが読めなかった。漢字や英語は読めない。どうしてこうなったのか。三人が言うには、私は誘っていたらしい。どうしよう。抵抗しようか。負けるだろうけど、抵抗したら抵抗したで面白そうだ。嫌々言いながら犯されるのは、向こうにとってもこっちのとってもたぶん楽しいだろう。だが、私はそれ以上に面白い遊び方を思いついた。

「抵抗はしません。ただ少し待ってもらえますか?」

 私は鞄から包丁を取り出した。

「安心してください。貴方たちを刺したりはしません」

 私はそれを自分の腹に刺し、横に流した。状況は違うけど、やくざさんの漫画にこういうのが確かあった。実行していたのは15歳の少年。責任を取るためにしていた。私は少し違う。彼らの反応が視たかった。さあ…どう動くだろうか。興奮するだろうか。これから死にゆく人間を犯す機会などそうはない。一方私は痛みと快楽を同時に味わいながら逝けるのだろうか。それならそれで、やはり面白い。

「おい!救急車!」

 何でそんな単語が出てくるのか理解できなかった。何を血迷ったことを言っている。貴様らは下種だろう。下種なら最後まで下種らしくしていろ。



「ただいま」

 あまりにもつまらなかったから、私は家に帰った。学校は明日でいいや。
 部屋の本棚のノートを確認した。腹を切れ、と書かれていた。つまりこのノートは私が実行したことが記録されるのだろうか。あまり面白いものではなさそうだということが分かった。
 制服を脱いだ。部屋は少し寒かったから、私はエアコンを点けて、ベッドに横になって、もう今日は寝た。



[26791]
Name: 叶芽◆8aff19b3 ID:e25b8c25
Date: 2011/06/24 17:47
 昔、数年前なのか、それとも数か月前なのかは知らないけれど、援交がバレた。恥を知れ、と言われた。言われた通り私は恥を覚えた。裸になれば胸などは隠すようになったし、相手に対し「嫌」だとか「やめて」だとかを言うようにもなった。相手の行為は以前より激しさを増した。私が行為を拒めば拒むほど、相手の望みは増大するそうで、それ自体は別に構わなかったけど、醜かった。気持ち悪い。私はそう言った。そしたら頭を掴まれて壁に叩きつけられた。回数は途中で数えるのをやめた。
 子供ができたらしい。相手はおろせと言ってきた。その時その言葉の意味はよくわからなかったけど、たぶん恥ずかしいことなのだと思った。相手が求めて来た内容など、全てそうだった。だから断った。そして怒られた。翌日には、たぶん相手は死んだ。最終的に私は浴槽で産んだ。でもどうすればいいかわからなかったものだから、そのままにしておいた。
 お腹が空いたものだから、その日は肉を食べた。全部は食べきれなかった。その後シャワーを浴びて、うがいをした。口の中に変な臭いが残っていて、何度もうがいをした。結局臭いはとれなくて、私は諦めてもうその日は寝た。2、3日寝たら臭いは消えた。ただ、部屋はやけに臭くなっていたものだから、もう私は外に出た。あまりにも寒かったが、臭いよりはましだった。



 今日こそ学校とやらに行こう。朝、目を覚ましたら真っ先にそう思った。顔を洗って制服に着替えて、そして鞄を持って家を出た。駅まで走った。駅には昨日見た四人もいて、時間はぴったりだったらしい。相変わらず人もそれなりに多く、電車は満員だった。前と同じように、あの四人を見失わないようにした。ただ、朝飯を食べてくるのを忘れたことを思い出した。
 前と同じように、電車の中の人がある程度減ったあたりで(もう私は席に座っていた)あの三人の男子を見つけた。少し離れた位置に居た。そのうちの一人と目を合わしたら、そいつは目をそらした。そして他の二人となにやらこそこそと話し出した。非常に不快だった。一言ほど言ってやろうと思って席を立ったら、あの四人は下車した。三人の方は諦めて、私は四人の後を追って下車した。
 それからずいぶんと長い時間歩いたように思えた。たぶん朝飯を抜いていたからか、力やら何やらが出ないのだろう。少し視界も歪んでいたかもしれない。途中で車にクラクションを鳴らされた。ごめんなさい。それでもなんとか目的地らしきところにはついた。門の所には学校の名前が記されているが、漢字が読めないものだから、結局小学校なのか、中学校なのか、それとも高校なのかはわからなかった。四人が校舎に入っていくのを追って私も校舎に入った。そのあたりで力尽きたのか、私は倒れた。



 目を覚ますとベッドで寝ていた。根拠はあまりないが私は保健室だと断定した。体を起こしたらそこに保健の先生(と断定)が居たから挨拶をした。こんにちは。ここはどこですか。

「ここは病院です」

 小学校でしょうか。中学校でしょうか。高校でしょうか。

「ここは病院です」

 私は私と同じ制服を着た、女子生徒の後をつけてここまで来ました。ここは学校ではないのですか。

「ここは病院です」

 正確にはここは精神病院らしい。病院の中に学校があって、小学校もあるし中学校もあるし高校もある。驚いたことに大学もあるそうだ。また、いくつもの企業も中にあり、会社に勤めているものもいるらしい。

「君がここの在校生なのか、それとももう卒業した子なのかは私は知りません。調べるのも少し時間が掛かりますし、また明日来てください。君が知らないのでしたら、ですが」

 私は承諾し、少しばかしご飯(白いお米)を頂いて、それから家に帰った。



 家に帰って、私は真っ先にシャワーを浴びた。なんとなく浴槽に目を向けた。寒気がしたものだから、すぐに目を前に戻した。終えたら部屋に戻って、ノートだけ確認した。白紙だった。線も無くの白紙だから、何か意味はあるのかもしれないが、もう今日は寝た。



[26791]
Name: 叶芽◆8aff19b3 ID:e25b8c25
Date: 2011/06/24 17:47
 朝、昨日より一時間早く目が覚めた。遅刻するということはないだろう。部屋は暑くもなく寒くも無い感じだった。それは良かったんだが、窓に目を向けると雨だった。音は耳を澄ませば聴こえる程度で不快ではなかった。ただ小雨であっても、気分的に今日は降ってほしくなかった。身を起こした後、本棚のノートを取った。今日の分はまだ更新されていなかった。取る前に分かっていたことなのだけど、この行為はまるで習慣のようで、自然だった。
 今日はシャワーを浴びてから、病院へ行こうと思った。今日は新しい何かの始まりのようで、とにかく身を清めてから行きたかった。相変わらず浴槽には誰か居る。私はそちらには目を向けないように体を洗った。けど、帰り際に私は足を滑らせてしまい(滑ったのではないかもしれない)しりもちをついて、で…そいつと目が合った。
 そいつは私を視ている。眼球はじっと動かない。それでも視ている。私を視ている。雨の音が少し強くなってきた。雷が落ちそうな気配もした。そいつは私を視ている。私もそいつの目を視ている。体の方もピクリとも動いていない。それでも視ている。人間なのだろうか。それとも人形。人形でも私を視ている。雷が落ちた。

「いってらっしゃい」



 駅まで傘をさして歩いた。駅に着く頃には雨は止んでいて、ホームでは虹が視えた。その虹で少しは気分が晴れたが、電車の中のじめじめした空気で、その気分は元の位置に戻ることになった。ただ、今日はあの四人とは比較的近い位置にいたおかげで、見失わないよう苦労することも無かった。逆に、あの三人の男子とは遠い位置に居ることになり、彼らが仮に何か私のことについて話していても、きっともう二度とその不快な音も聴こえないだろうし、きっともう二度と視界にも入らないだろう。
 四人の会話を聞いていると、たぶん音楽の話だろうか。CD、ライブといった単語が出ていた。内容の殆どはさっぱりだったが、週末、好きなミュージシャンのライブに行く予定が四人にはあるらしいことは分かった。音楽…か。彼女たちはどういった音楽を聴くのだろう。で、私は何が好きなのだろうか。考えていたら、声をかけられた。

「あ、先生!」

「今日からですよね。よろしくお願いします」

 よくわからなかったが、一応「こちらこそよろしく」と返した。



 保健の先生が言うに、私は既にここを卒業しており、今日からは中学校の教師であるらしい。私はそんなことは知らなかったが、タイミングは丁度良かったことになる。担当は国語。既に鞄の中に入っていた教科書は指導用のものだった。ということは制服でここに来たのは間違いだったのだろうか。そのことを訊いたら、別にそんなことは無く、服装は自由だそうだ。思い出なのかなんなのかは人それぞれだが、私と同じようにかつての制服を着て授業をする教師もいるらしい。私は保健の先生に案内され、教室に向かった。
 教室と呼ばれるそこは古典的な刑務所のようだった。直線の廊下が真ん中に一本あり、両サイドに鉄格子で囲われた牢屋が並んでいた。長さの感覚はよくわからないし、算数も苦手なものだから、直線がどれ程の長さなのかはわからなかった。一つの部屋には四人入っており、性別の指定は無い。男子三人女子一人の部屋もあれば、男子一人女子三人の部屋もあった。机と椅子は一人一セット用意されていた。時計や窓は無く時間の感覚は無い。教室はやかましかった。
 私が教師としてすべきことは、終了のチャイムが鳴るまで、教科書を音読し続けることらしい。ページの指定や、ノルマに関しての指示は無い。ただ、必ず歩き続けなくてはならず、直線をひたすら往復するよう言われた。案内を終えた保健の先生は教室を出て、扉を閉めた。鍵をかけた。鍵は終了のチャイムと同時に開錠されるらしい。ということで、私は歩き、教科書を読まなくてはならないが、どうも教室がやかましい。
 私は歩きながら、教科書の適当なページを開いた。タイトルがひらがななのを選び、読み始めた。漢字にはすべて振り仮名が振っていて助かった。部屋の中の人間の行動は様々で、まじめに座っているだけのものもいれば、鉄格子に頭を繰り返しぶつけているものいる。自分の血で壁に何かを書いているものもいれば、少なくとも言語ではなさそうな何かを叫んでいるものもいる。一人の男子、もしくは女子を裸にして二人、もしくは三人が襲う光景もあれば、そいつをモデルにして三人がスケッチをする光景もあった。
 電車で会った四人も居た。その四人は音楽、バンドをしているようだった。ボーカル、ギター、ベース、ドラム。ただ楽器は持っておらず、声で音を奏でて、手足はそれっっぽい動きをしていた。私がその横を通るあたりで、四人は私に感想を求めて来た。授業を中断するわけにもいかないので、私は親指を立てる形で返答した。その後四人の笑い声やら「やった」などの単語も聴こえてきたので、たぶん喜んではいたのだろう。



 帰宅。ノート確認。「読んだ本は『こころ』」…疲れた。もう今日は寝た。



[26791]
Name: 叶芽◆8aff19b3 ID:e25b8c25
Date: 2011/06/24 17:51
 病気を治すためにはまずその病気を知らなくてはならない。あの病院に求められているのは、病気を治すということではなく、病気を知ることが第一らしい。研究所の要素が大きい。あの病院は病気、主に精神病の類の患者を生産し、それらを研究対象にする。その研究成果を、所謂普通の病院に売ることで運営している。そう保健の先生が教えてくれた。私はあそこの中学校の教師の一人だが、一応私も研究対象の一人であるらしい。
 保健の先生はこうも言っていた。精神病の患者は売れる。白痴であればある程良く、狂っていれば狂っている程良いそうだ。買い手に刺激と満足感を与えるらしい。人間として扱う必要が無いのも大きい。勿論、容姿に関してはいくらでも美しく変えることが出来る。裏で捌かれた患者たちには、病院の経営に大きく貢献している。一応私も売り捌かれた一人であったらしい。
 私が疑問に思ったことは、あの四人は本当に病気なのだろうか、ということだ。楽器があると思い込んで演奏しているならそうかもしれないが、楽器の音を口で奏でる演奏というのは別に珍しいものではないし、もしかしたら楽器を買うお金がないのかもしれない。だとしたら、いつか彼女たちは病気でもないのにいつか売られてしまうのだろうか。少し可哀そうだと思った。



 私も研究対象ではあるけれど、一応は教師をやっているわけだし、精神病に関しては詳しくなってないといけないのだろうか。今日は土曜日。休日。少し勉強してみよう。そう思ってパソコンを開いた。調べてみるとやたら項目が多い。文字も多く漢字も多い。カタカナも多く、いちいち辞書を開かなくてはならなかった(辞書は本棚にあった)。二時間ほどで飽きて、もう勉強はやめた。
 勉強はやめてネットをまわることにした。あの病院について調べようと思ったけど、あの病院の名前を教えてもらうのを忘れていて、結局調べられなかった。で、何のワードを検索しようかと考えていたら、本棚が目に入ったから、前読んだ漫画についてでも調べようと思って、で、調べた。もう絶版でプレミアがついているらしい。売ろうかな。で、新しい漫画でも買って本棚を埋めたい。お腹が空いたから、もうパソコンの電源は落とした。
 冷蔵庫を開けると食料はもう無かった。買いに行かなくてはならなかった。非常に面倒なことではあるけど、町に降りなくてはならなかった。私は部屋に戻ってノートだけ確認して、その後浴室に行ってシャワーを浴びてから、制服に着替えた。病院に行くわけでもないのに、何故ここまでしなきゃならないかな。私は財布だけを持って、家を出て、町に降りた。コンビニに向かった。



「あ、先生」

 コンビニで四人と会った。ライブの帰りらしい。今日は学校だったのかと訊いてきた。私が制服を着ていたからだ。私の持っている服はこれしかない。(家で服は着ていない)

「それじゃ駄目ですよ先生。一応女の子なんですから」
「そうだ、明日一緒に服買いに行きましょうよ」

 特に予定があるわけでもないし、断る理由も無かった。

「いいわよ。何時に何処に集合しましょうか」
「場所はこのコンビニに集まって、それから行きましょう。時間は…日没までに家に帰れるなら何時でもいいですよ」

 日没までというのには違和感があった。中学生ならもう少し遅くまで遊んでいてもおかしくは無い。親が厳しいのだろうか。そのことについて訊いた。彼女たちは口を押えて私を凝視した。そして私の手を掴みコンビニの外へ連れて行った。

「先生は知らないんですか?」その声は非常に小さかった。
「何を」
「日没後のこの町についてです」

 日没後…。夜か。夜になら一度外に出たことはある。臭かったな。ただ何故臭いのかはわからなかったし、私はその時すぐ家に戻った。それに、私の家は山の上にあるものだから、町のことは知らない。

「山の上にまで臭いが行くんですね」
「なんかあるの?」
「………夜は外に出歩いてはいけません。すみません。それしか…私たちには言うことが出来ません」
「うん。いいよ。ありがとう」

 明日は朝の10時に集まることになった。ちなみに、彼女たちは服のついでに楽器を買いに行くそうだ。彼女たちが言うに、これまでお金がなくて楽器が買えなかったそうだ。今月ようやく給料が入って買いに行けるらしい。私は彼女たちの仕事を訊ねた。彼女たちは答えなかった。



 彼女たちの印象から私の出した結論は、彼女たちの病名は仮病だということだ。肉体的にも、精神的にも健康そのものであり、ごく普通の中学生だ。あくまで印象からであるけど、たぶん正解だと思う。
 帰宅後、ノートを確認した。夜、外へは出るなと書かれていた。今は興味はないが、いつか刃向ってみようかと思った。で、もう今日は寝た。



[26791]
Name: 叶芽◆8aff19b3 ID:e25b8c25
Date: 2011/06/26 16:14
 その人の名前は知らないし、その人がどんな顔をしていたのかも覚えていないけど、その人は亡くなる前にこんなことを言っていた。観たいものは観た。食べたいものは食べた。着たい服は着た。住みたいとこに住めた。だからもういい。これ以上前に進みたくない。下り坂しかないのは分かっている。だからもういい。殺してほしい。出来るだけ楽に。確か…そんな感じだったかな。違っていたらごめんなさい。
 私には何でそんなことを言うのか全く分からなかったけど、出来るだけ言われた通りにした。でもうまく出来なかった。睡眠薬を飲ませて、手足を縛って、仰向けに寝かせたその人の胸に包丁を刺したんだけど、刺した包丁をぐりぐり動かして遊んでたのがいけなかったのか、睡眠薬の量を間違えたのか、それとも本当は睡眠薬じゃなかったのか、その人は目を覚ましてしまった。うるさくなった。うるさかったから喉を刺した。
 なかなかその人の動きは止まらなかった。人間はこんなにも動ける生き物だったのだろうか。私はその人の首も手も足も切った方が良いと思った。でも、道具は無かったし、一人で出来るものでもなかった。結局、食べるしかなかった。音の発生源は顔だったから、そこから食べることにした。食べる際、私の視界にその人の目が入り込んだ。しっかり開かれ、目玉は飛び出しそうな勢いだった。あまりにも不快だったから潰した。



 朝起きたら、妙に自分の息が荒かった。汗も少しかいてて、足やら手やら首やらが痛かった。最近運動したせいかもしれない。寝る前にストレッチはした方がいいかもしれないな。ホットミルクもいいかな。原理はわからないけど、そうするといい夢が見られそうだし、良い朝をむかえられるんじゃないかな。さすがに、最近の朝はいい気分がしない。あ…でも買ってこなきゃ。牛乳。今日のついでに買ってこよう。
 日曜。今日はあの四人と買い物に行くことになっている。いくら持っていこう。財布の中は30万程入っているけど、多くないかな?でも服を買うとなると結構かかりそうだし、出費は他にもあるかも。ご飯とか。ということでそのままにしておいた。そういえば私は先生をやっていることになるが、月にどれくらいの給料を貰っているのかな。給料は手取り?振り込み?そもそも銀行に金が入っているのか、入っているとして何処の銀行に預金しているのか。頭が少し痛くなってきたから考えるのはやめた。今度あの保健の先生に訊けばきっとわかるだろうし。
 時計を見ると9時半。集合は10時。結構ギリギリな時間だったから、洗面所で顔を洗って急いで制服を着た。ご飯は…向こうに行ってからでいいや。でもそれでもノートは確認した。どうせ何もないだろうと思っていたけど、なんか書いてあった。こんなのは初めてだ。2ページをまたいで大きな文字で『警告』と。字体も荒々しく、書きなぐったような感だった。次のページに行くと、今度は『教会に行け』と書かれていた。それは今なのだろうか。今行かなくてはいけないのだろうか。だけど教会がどこにあるかもわからない。私はその命令に刃向ことにした。



 集合時間の五分前に着いたけど、四人は既に居た。彼女たちは私を先生と呼び、丁寧に挨拶をしてくれた。当たり前のことかもしれないけど、なんかこういうのいいなって思えた。

「買い物に行く前にちょっといいかな?寝坊しちゃって朝何も食べて無くって…そこのコンビニでなんか買ってきていい?」

 笑われた。先生なのに寝坊はいけませんよって。笑われてるのに不思議と悪い気がしなかった。自然と私も笑顔になれた。コンビニではブラックのコーヒーを一本買って、急いで飲んだ。むせた。また笑われた。いいな、こういうの。
 まず最初に服を見に行った。そういうのに関してはまったくの無知だったし、全部彼女達に任せた。

「先生なんだからスーツっぽいものとかいいんじゃない?」
「先生視力いくつ?眼鏡とかも合うかも」
「外用の服も買わなきゃ」

 やっぱり金は持ってきてよかった。色々と金が飛びそうだった。ちなみに視力は眼鏡をかける程じゃないけど、伊達でもいいからかけた方がいいってことで、結局買った。買った服も沢山で、財布の半分は飛んだ。

「買い過ぎじゃない?」
「そんなもんですよ先生。服がそれだけしかないなら尚更です。女なんですから」

 その後、楽器屋に行った。ギターやらベースやら彼女達も色々買った。私も何か買うか、と訊かれたけど、手がいっぱいいっぱいだったから遠慮させてもらった。その後カラオケにも行った。ゲーセンにも行った。しかし初めてかもしれない。嬉しそうな人の顔を見るのは。



 五時になって、彼女達と別れた。私はまだ家には帰らなかった。もうすぐ日が沈む。その後のこの町に何が起きるのかを見てみたかった。しかし、荷物が重くて両肩が痛い。荷物を家に置いてからまた来ればよかったかな。そもそも今日でなくても良かった。今日はもうへとへとなのに。私は公園のベンチに腰を下ろした。
 日が沈むまでまだ少し時間があったから、私は公園のトイレで買ったスーツに着替えてみた。ヒールも履いて、眼鏡もかけてみた。鏡を見てみるとなかなかそれらしかった。悪くない。しかし歩きづらかった。
着替え終えた私が公園のベンチに戻るころに、丁度日が完全に沈んだ。車の音やらなにやらで騒がしかった町は、急に静かになった。誰かが言っていた気がする。静かになるってことは、そこに神が降りてくるってことだって。たとえそうでなくても、今から何か起きる…そう思わざるを得ない感じ。
 最初に来たのは臭いだった。臭い。あの部屋の中以上の、あの時外に出た時以上の臭さ。何の臭いか全く見当がつかない。ツンとくる。そして次に来たのは冷たさ。そしてさらに来たのは…私が浴室であの女と目が合った時の感覚……あれだ。やっぱりここには居てはいけないのかも。彼女達やあのノートの言う通りなのかも。
 しかし、私の周りに何かが現れるわけでもない。私の身に何か起きるわけでもない。私は何かが起きるのを待った。
 30分程して、今度は鐘の音が聴こえた。何の鐘だろう。私はふとあのノートの警告文を思い出した。『教会に行け』。あの鐘は教会の鐘なのだろうか。私はその音の方に向かった。鐘は鳴り続けている。
 不思議なことが起こった。歩けば歩くほど、視界が暗くなっていく。何も視えなくなっていく。何かを持っている感覚や、歩いている感覚もだんだん薄れていく。大体わかってきた。私は鐘の音の方に意識を向け、ひたすら進んだ。
 視界が回復した時、私は私の部屋にいた。荷物の半分は落としてしまっていたらしい。その中には私の制服もあった。彼女達には悪いことをしてしまった。牛乳買うの忘れたし。今度また買いに行こう。ノートには何も書かれていなかったし、もう今日は寝た。



[26791]
Name: 叶芽◆8aff19b3 ID:e25b8c25
Date: 2011/08/02 19:10

 ………………………………。
 ……………………………………………嫌だ……………やっぱりイヤ………イヤ、イヤ………来るな………来ないで………クルナ………クルナ来るな来るな………………コナイデ………キエテ………帰って………ハイッテコナイデ………………早く………ハヤク………怖いよ……怖いのよ………やっぱり怖いの…………あなたは怖い………お願い……ワタシの視界に入らないで…………誰も………ダレも居れたくないの………入って来ないで……。
 …………………………………。
 どうすればいいの?何も出来ない…………。動かないのに………。動けないのに…………。教えて………。誰か教えて………イヤッ!……入って来ないで!……話しかけてこないで!………ヤメテッ!………声を……なんてヤメテッ………言葉…………もういや………だからヤメテって言っているでしょ?………何でやめないのよ………もう入って来ないで………誰か………。
 ………………………………。
 眼…………眼だけ………眼だけ動く………視える……私の足だ…………後はただ白……白………白………少しだけ水溜り……水……水滴…………あっ………真っ暗……………黒………黒…………黒…………音も………無くなった………。……………………。…………………………。あ………ア…………ああッ………。冷たい………寒い……………。でも……震えることも出来ない………震えたい…………。動かない………。何?…………だから………だからもうしゃべるのはやめてッ!…………。



 彼女達と出掛けたあの日からもう一月以上経つ。このスーツも着慣れてきたし、この眼鏡にも大分慣れた。私はいつも通り朝の支度を済ませ、『記録書』と名付けたノートに目を通し、いつも通り仕事場に向かった。体力も付いてきたのか、通勤で息を切らすことも無くなっていた。最初に来たときは倒れたんだっけ。懐かしい。それにしても、周りが随分と静かになったような気がする。慣れたから、かな。
 記録書の性質で一つだけわかった。朝何か書かれていたら、それは未来の記録で、夜何か書かれていたら、過去の記録。ただ、未来の記録が書かれていたら、過去の記録は書かれない。過去の記録が書かれていたら、未来の記録は書かれない。それだけ。大したことじゃないけど、でも大したこともありそうだし、私はどうやら忘れっぽいらしいので、この記録書は持ち歩くことにしている。そうしようと思ったのはつい最近。
 それとここ一か月、彼女達には会っていない。病院でも会っていない。彼女達がどうなったのか。さすがに今はもう分かっている。あの時、彼女たちは言っていたっけ。何のために生きるのか、って。そんなことを考えたことは無かった。私はただ状況に合わせていただけだったし。彼女たちは今どう思っているだろう。そういうことについて。客観的に見れば、今彼女たちはクライアントのために生きている。それ以上の存在理由なんて無い。



 教室には彼女達が居た。四人はそれぞれの部屋にバラバラにされていた。バラバラには二つの意味があって、一つは一人一人が別々の部屋に入れられているって意味で、もう一つは一人一人の心や体が、外からわかる程バラバラになっているという意味だ。片腕や片足、目を失っている子もいた。なにか訳の分からない言葉を呟いている子も居た。共通しているのは、彼女達は皆、かつて買った楽器の一部を大事そうに抱えていたことだった。
 いつも通り教科書を読みながら私は思った。彼女達とはなんだったのか。その存在は。自分自身に対して考えもしなかったことを、私は他人に対して考えた。つまりこういうことだ。何のために、なんてものは本当は無い。世の中を突き詰めていけば、理由なんて概念は無いんだ。この世が誕生した理由が本当は無いのと同じで、全ては思い込みだ。全部、可能な限り思い込んでるだけ。私は彼女達を見て、そうなんだって思った。でもそんなことも、どうだっていいんだけど。でも、彼女達が私にしてくれたことは、忘れたくない。
 つまり、私がこんなことをしているのも理由なんて本当は無いし、どうだっていいことなんだってことで、私は少し安心した。考えなくていい。この部屋の生徒の何名かがどんな結末になろうと、私が最終的にどうなろうと、そんなことはどうだっていい。動物である必要なんてないし、機械である必要なんてない。人間は極めて特殊で、どうなったっていいように出来ている。自由って、最も狂った概念なんだろうな。私は彼女達を見たからそう思った。



 じゃあ、私の家の中で倒れている三人、浴槽に居る一人は、何なんだろう。臭いけど、肉体は腐敗していない。親近感はある。私とは違うのか、同じなのか、でも間違いなく近い気がする。あの三人には、触っても、声をかけても反応がない。これらが居る理由も、本当は無いんだろうけど、これらはにはどういった記録が有るのかは知りたい。知りたい理由なんて無いし、知ってどうしようなんて考えてもない。生活に慣れて暇になったから、は理由になるかな。
 もう一つ知りたい記録が有る。この町の記録。あの病院と繋がりがあるのかな。あの夜、結局何が起こったのかは全く分からなかったし、どうすれば、何かがわかるんだろう。ああ、彼女達は知ってたんだっけ。彼女達が死ぬ前に訊けばよかった。でも、彼女達が死ななければ、こう考えることも無かったんだっけ。何か面倒な気がしてきた。保健の先生はどうだろう。今度訊いてみようか。
 私は寝る前にシャワーを浴びることにした。相変わらず、浴槽の子は人形のように動かない。でもこの子だけには、触りたくもないし、話しかけたくもない。なんでだろう、とも考えたくもない。
 部屋に戻った私は、記録書を確認した。『あの娘達は死んだ』。もう今日は寝た。



[26791]
Name: 叶芽◆8aff19b3 ID:e25b8c25
Date: 2011/08/25 01:40



「今日は出勤日では無いですが、一体どのようなご用件で?」
「あ、はい、すみません。お忙しいのなら日を改めます」
「気にしなくていいですよ。私は暇ですから」
「しかし、随分と忙しいように見えますが。ずっとパソコンで、何かを打ち込んでいるようですし」
「これですか?小説を書いています。しかし、耳が暇なのです。だからどんどん話してくださって結構。口も暇ですしね」
「何の小説を書いているのですか?」
「君はその質問をするためにここに来たのですか?」
「あ、いえ、すみません。違います」
「じゃあその質問をしてください。いやね、私の小説のことを訊いて、それに関する会話をしてもあなたにとってはきっとかなり退屈なことになるでしょうし、私にとっても、もうこれは何度もしていることですから、やはり退屈なのですよ」
「あ、はい。そうですね。わかりました。では、まずこのノートについてお訊きしたいのですが」
「どういうノートですか?」
「えっと、記録書と名付けているのですが。かってに文字が書かれるんです」
「どのようなことが?」
「起こったこと、あるいは、これから起きることや、何をするべきかってことです」
「…………………………………………………………………………」
「あ、すみません。手を止めてしまって」
「…………………………………………………………………………………」
「あの」
「…………………………………………………………………………………………………」
「えっと」
「………………………………………………………………………………………………………………………………………………」





「えっと」
「ああ、ごめん。ちょっと何を言っていいか迷っていました」
「あ、すみません。そうですよね。変な質問で」
「あー、そういう意味ではなくてですね、順序立てて説明しないと、それについては理解が出来ないのですよ。しかもそれはかなり複雑なものなので」
「知っているのですか?」
「ええ知っていますよ。しかし、何て言ったらいいか…………。そうですね………。他に何か聞きたいことはありますか?もしかしたらそれと一緒に説明することになるかもしれません」
「あ、そうですか。わかりました。でしたら、あの、私が、どの町からここに通っているかはご存知ですか?」
「住所は知っています」
「あ、そうですか。あのその町についてお訊きしたいのですが」
「他には?」
「あ、はい。私の家で、倒れているものと、浴槽にいるものについてなんですが」
「あー…………はいはい………」
「すみません。質問がめちゃくちゃなのは分かっています。自分でも、なんでこんなことを訊いているのか、よくわからないのです」
「他には?」
「たぶん、大丈夫だと思います。以上です。えっと、今ので大丈夫ですか?」
「ええ。大丈夫ですよ。ですがちょっと待ってください。これは、やっぱり仕上げさせてください。きりが良い所が、もうすぐなので。ごめんなさいね。まだ君にお茶も出していなかったしね」
「あ、はい。ありがとうございます」





「では、君の名前は?」
「先生です」
「どうして?」
「そう呼ばれたからです。その前は、君、だと思っていました」
「そうですね。確かにその通りです」
「私の住所を知っていますよね。その記録には、私の名前は書かれているのですか?」
「意外な質問をするね。書いているよ。でも君の名前は先生だ。そうでしょ?」
「ええ、その通りですね」
「では、君は男性か、女性か」
「たぶん女性だと思います」
「その通りだ。君は女性だね」
「あの」
「なんだい?」
「えっと、あなたは男性ですか?女性ですか?」
「質問の仕方が違います。あなたは人間ですか?まずここから入らなくてはなりません。君が質問する場合」
「あ、はい。じゃあ、あの、あなたは人間ですか?」
「いいえ。違います。これでいいですか?」
「あ、はい。ありがとうございます」
「では、君は何歳ですか?」
「あの、わかりません。すみません」
「わかりました」
「あの、やっぱりあなたはそれも知っているんですよね?」
「知っています。ですが、君は知らないのでしょ?」
「はい。知りません」
「では、人間がどういう体をしているか知っていますか?」
「知りません」
「では、君が人間の体をしているかどうかは知らないわけですね?」
「そうなりますね」
「では、今日何日かわかりますか?何年の何月何日、と」
「いいえ」
「では、昨日、今日、明日、という感覚は分かりますか?」
「大体は」
「基準は?」
「寝て、起きたら明日です」
「では、昨日と今日、今日と明日に違いはありますか?」
「あったり、なかったり」
「では、昨日が明日になったりはしますか?」
「それはわかりません」
「では、昨日の晩、何を食べましたか?」
「おにぎりです」
「具は?」
「肉です」
「それは自分で作ったものですか?」
「いいえ。コンビニで買ったものです」
「そのコンビニにはいつ行きましたか?」
「起きてから行ったので、たぶん朝か、昼です。時計を見ていなかったので」
「太陽は出ていましたか?」
「日ですか?日でしたら、明るかったのできっと出ていました」
「では、暗くなった後外に出たことは?」
「あります」
「……………………………………………………………………………」
「あの」
「…………………………………………………………………………………………」





「暗くなった後、あの町は何が起きるんですか?」
「はい?」
「え、いや、あの、ですから、あの町についてです。日没後の」
「どこの町?」
「えっと、私の家の所の町です」
「あ、ああ。あー、えっと、何?」
「ですから、えっと、あの、どうされました?」
「何も?」
「あの」
「何?」
「ですから、あの町のことを」
「だから何?」
「え」
「あの、君は誰?」
「私は先生です」
「何の?」
「たぶん国語の先生です」
「国語ね………へぇ……国語」
「あの」
「何?」
「ですから、あの、どうしたんですか?」
「だから何が?」
「私の質問に応えてくれますか?」
「はいなんでしょうか?」
「私の町は日没後、何が起きるんですか?」
「どこの町?」
「私の住所はご存知ですか?」
「君は誰?」
「先生です」
「何の?」
「ですから国語の」
「へー。へー。ふんふん。ふぅん。で、今日は何日だっけ」
「知りませんよ」
「なんで?」
「知りませんよ」
「ふつう知っているよね?」
「私は知りません。でしたら何であなたは知らないんですか?」
「違う違う。あなたは人間ですか?でしょ?」
「あなたは人間ですか?」
「違うよ。で、何?」
「ですから、私の名前は先生です。国語の。この国語の先生の住所の町は日没後何が起きるんですか?」
「……………………………………」
「あの」
「…………………………………………………………………」





 家に帰った。もう何も見たくなかった。ノートも見なかった。もう今日は寝た。









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