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グランセル地方編(7/20 第37話修正)
第三十八話 ボース地方のもう一つの事件 ~武器商人の暗躍~
※ここで話の舞台はアガット達の居るボース地方へと変わります。
※次回の話ではまたグランセル地方に戻ります。
※この話ではヨシュエスは直接登場しません、アガット×ティータを中心に世界観の説明をさせていただこうと思いました。

<ボースの街 遊撃士協会>

エステル達がアリシア王母生誕祭に向けて盛り上がるグランセル支部に到着した頃、離れた場所にあるボース支部にも遊撃士が集められていた。
遊撃士協会ボース支部の受付に居るのは所属遊撃士のアガット、グラッツ、スティング。
そして帝国の支部からレーヴェが応援に来ていた。
グランセル支部に行きたがっていたアガットは引き止められた事に不満を隠しもせずにルグラン老人に尋ねる。

「おいじいさん、市内の警戒パトロールの強化ってどういう事だよ?」
「うむ、お前さん達も聞いた事があるかもしれんがカプア運送と言う会社は知っているな?」
「ああ、この辺りで数ヵ月前に従業員達が事件を起こしたな」

ルグラン老人の話を聞いてアガットはうなずいた。

「そのカプア運送がリベール王国内で流通が禁じられている武器や薬などを運び入れている疑いがあるのじゃ」
「何だと、あいつら改心したかと思ったら、またやりがったな!」

怒鳴ったアガットは拳を握り締め歯ぎしりをした。
そんな怒りに震えるアガットを、ルグラン老人はいさめる。

「落ちつくんじゃアガット、まだカプア運送が悪いと決まったわけじゃない」
「足として利用されている可能性もある」

ルグラン老人の言葉に、スティングは低い声でそうつぶやいた。

「ま、だまされているだけだとしても、不注意だろうけどな」

グラッツも軽い調子でそうつぶやいた。

「それに、取引を仕切っている人物はカプア運送の飛行艇とは別の方法で出入りしている可能性もある」
「モルガン将軍の国境警備隊だけでは手が回らないってわけか」
「うむ、それに軍の兵士が露骨に警備を強化しては、観光客もアリシア王母生誕祭に湧くリベールの街を楽しめないじゃろう」
「分かった、そう言う事なら納得したぜ」

ルグラン老人の説明を聞いて、アガットはグランセルに行きたいと言う気持ちは治まったようだ。

「まさか、お前と協力して事件に当たるとは思わなかったな」
「こっちもだ」

レーヴェとアガットはそう言って視線を交わした。

「これからお前さん達にはすまないが、しばらく休日無しで仕事をしてもらう事になる。生誕祭も近いからのう」
「へっ上等だ、やってやろうじゃないか」

ルグラン老人の言葉に、アガットは気合たっぷりにうなずいた。



<ボース地方 ラヴェンヌ村>

遊撃士の仕事でしばらく家に帰れないとなったアガットは家に居る妹のミーシャにその事を告げに戻る事にした。
すると、アガットは家の戻る途中でリモーネに声を掛けられる。

「あなたの家に、あなたを訪ねて可愛いお客さんが来ているわよ」
「客だぁ!?」
「ええ、ミーシャちゃんが相手をしているから、行ってらっしゃい」

アガットはニヤケ笑いを浮かべるリモーネの表情に首をかしげながら家へと近づいた。
すると、家の中から楽しげな笑い声が聞こえて来る。
1つはミーシャの声だ。
そしてもう1つも聞き覚えがある。
アガットはノックもせずに勢い良くドアを開く。

「おい、チビ! お前どうしてこんな所に来てやがる!」
「ふ、ふええっ!?」

アガットが怒鳴ると、ミーシャと話していたティータが驚きの声を上げた。

「お兄ちゃん、ティータちゃんはわざわざ遠くからやって来てくれたんだから脅かしちゃダメよ」
「お袋には断って来たんだろうな?」

エリカ博士が許すはずが無いと思ったアガットはティータにそう尋ねた。

「えへっ、おかーさんには内緒です」

ティータが笑顔で言うと、アガットの表情が途端に厳しくなった。
そんなアガットの表情を見て、ティータは取り繕うように話す。

「お父さんとおじいちゃんは賛成してくれました、社会見学になるって」
「なお最悪じゃねえか」

アガットは背中に冷汗を浮かべながらつぶやいた。
ミーシャはアガットに近づいてそっと耳打ちする。

「お兄ちゃんったら、隅に置けないわね。ツァイスに行っている間に恋人なんかつくっちゃって」
「バカ、あいつはお前より年下だぞ?」
「私には判るわ、あれは恋する乙女の目よ」
「何だと!?」

ミーシャの言葉を聞いて、アガットは驚きの声を上げた。

「あの、やっぱり突然来ちゃって迷惑でしたか?」
「べ、別にそんな事はねえぞ」

不安そうな瞳で見つめて来るティータに、アガットはついそう答えてしまった。

「よかった」

アガットの答えに無邪気な笑顔を浮かべるティータ。
どうしてもアガットはティータを妹のような存在にしか見れなかった。

「お兄ちゃん、今日はゆっくりできるの?」
「ああ、それなんだが……」

アガットがしばらく仕事が忙しくて家に帰れそうにない事を話すと、ミーシャとティータはガッカリした様子でため息をもらす。

「せっかくティータちゃんが来てくれたのに、残念だね」
「すまんな」
「あの、あたしにアガットさんを手伝える事は無いですか?」

ティータが尋ねると、アガットは厳しい顔で首を横に振る。

「大人の仕事にガキが口を挟むんじゃねえ、いいからここでおとなしくしていろ。足を引っ張られると迷惑だ」
「お兄ちゃん、そんな言い方は無いと思うわ」
「いいんです、アガットさんの言いたい事は解ります」

ミーシャが言うと、ティータは納得したように言った。
アガットはノバルティス博士誘拐事件の時に大怪我を負ったばかりだった。
だからティータに厳しく言ったのだろう。

「うっ、そ、そうだな……お前はミーシャにいろいろ案内してもらえ。それぐらいなら大丈夫だろう」

言いすぎたと思ったのかアガットはティータにフォローを入れた。
アガットの言葉にミーシャはうなずいた後、ティータに微笑みかける。

「うん、分かったわお兄ちゃん。ティータちゃん、よろしくね!」
「こちらこそ、よろしくです」

笑顔を交わすミーシャとティータを見て、アガットは安心してため息を吐き出した。
しかし、別の種類の不安は消えなかった。

「ばれる前に謝っちまった方がいいのか……いや、親父さんと博士のじいさんは知っているから問題無いよな」

アガットはエリカ博士に知られてもとぼける決意をした。
何しろ大事な大仕事の前なのだ。
こちらから虎穴に近づく必要もない。

「お兄ちゃん、お仕事頑張ってね!」
「アガットさん、無茶しないで下さーい!」
「おう」

アガットはミーシャとティータに見送られて家を出た。
そして、ニヤケ顔をしたリモーネに話し掛けられる。
その姿をアガットの家の窓から見たティータの胸が痛む。

「あの女の人って、アガットさんの恋人なんですか?」
「いえ、ちょっとした顔見知りよ」
「よかったぁ」

ミーシャの答えを聞いたティータはホッと胸をなで下ろした。

「きっとティータちゃんが大人になる頃には、アガットさんも年の差なんて気にしなくなるわよ」
「ミーシャさんっ!」

ミーシャがそう言うと、ティータは真剣な顔でミーシャを見つめた。
見つめられたミーシャは言い過ぎてしまったかと、謝ろうとした。
しかし、ティータの方が早く口を開く。

「私が大人になるまで、アガットさんに恋人が出来ないようにしてください!」
「えっ!?」

ティータの言葉に、ミーシャは驚いてしまった。



<ボースの街 遊撃士協会>

準備を終えたアガットは、再びボースの街へと戻った。
他のメンバーはすでに調査へ行っているらしく、受付に居たのはルグラン老人だけだった。

「済まねえなじいさん、俺だけ遅くなっちまって」
「まあ、お前さんはこの支部に帰って来たばかりじゃったからな」

自分の都合でラヴェンヌ村へ帰った事をアガットが謝ると、ルグラン老人は首を振ってそう言った。

「んで、俺はどこに調査に行けばいいんだ?」
「お前さんに行って貰うのはボースの倉庫街じゃ」
「へっ、適材適所ってわけか」

ルグラン老人の言葉を聞いて、アガットは面白くなさそうに言い捨てた。

「それならお前さん、街でさりげなく怪しい人間を探る仕事はできるんじゃろうな?」
「くっ」

ルグラン老人が尋ねると、アガットは悔しそうに歯ぎしりした。
アガットは相手からさりげなく情報を聞き出すのが苦手である。
大きな体格と、少し固い表情をしたアガットは初対面の人間には警戒されてしまうのだ。
そして、嘘をつく事も出来ないし、目の前の不正を笑って見過ごせない。
グラッツは陽気な兄ちゃんと言った感じで初対面の相手からも好かれるし、スティングは無愛想だが冷静だった。
ここに居ないアネラスも情報収集の任務が多かった事もあって、アガットは相手を力で叩き伏せるだけの仕事ばかりこなしていた。
そのツケが回ってきたと言っても良いだろう。

「倉庫の労働者相手ならお前さんも話しやすいじゃろ」
「ああ、分かったよ」
「但し、勝手に倉庫の中を調べようとしたりするんじゃないぞ」

ルグラン老人に念を押されて、アガットは渋々倉庫街へと向かった。
アガットが遊撃士協会から出ると、アガットは人々でにぎわうボースマーケットから意外な人物が出て来たのを見て驚く。

「あれは……あのチビスケと良く一緒に居た生意気そうなガキじゃないか。どうしてこんな所に居やがる」

アガットの視線の先に居るレンは、ボース市長の令嬢であるメイベルとメイドのリラと連れ立って楽しそうに歩いている。
以前に誤解とは言え平手打ちを食らった事のあるメイベルはアガットにとって苦手だった。
声を掛けようかアガットが迷っていると、レンの方がアガットを見つけて声を掛ける。
何しろアガットの大きな体は目立つのだ。

「あら、赤毛のお兄さんじゃない」
「アガットさん、お戻りになられていたんですね」
「……どうも」

レンに続いてメイベルとリラもアガットに気が付いて会釈をした。

「お前は博士のじいさんと一緒にしばらくツァイスに居るんじゃなかったのか?」
「パパとママがこの街にお仕事に来たから、レンも来たのよ」
「この子のご両親はクロスベルで貿易商を営んでいらっしゃるらしいのです」
「なるほどな」

メイベルの説明を聞いて、アガットは納得したようにうなずいた。
ボースマーケットの商人に向かって堂々とした態度で話しているレンを視察に訪れたメイベルとリラが見かけたのだと言う。
11歳にして道理を説くレンの姿に、メイベルは驚いて感心したとアガットに話した。
エステル達がこの話を聞いたら「相変わらずね」と苦笑しただろう。
レンはこれから倉庫街に居る両親の元へ向かうと言う事で、メイベル達と一緒に倉庫街へと歩き出した。



<ボースの街 倉庫街>

ボース国際空港に隣接する位置に設けられた倉庫街は、空輸されて来るコンテナだけではなくハーケン門を通じて陸送されて来る物資も加わってにぎわいを見せていた。
外国に拠点を持つ貿易商人達も、それぞれ自分達の倉庫を保有していた。
アガット達がレンに案内されてハロルド商会所有の倉庫へ到着すると、そこでは商人達が話に花を咲かせていた。

「パパ、ママ、ただいま!」
「おかえりレン、街を見て回るのは楽しかったかい?」
「もう、1人で勝手に歩き回ってしまうんだから」

戻って来たレンの姿を見て、レンの父親と母親はそう言った。
2人とも穏やかで優しそうで、レンには甘いように見えた。
レンも誇らしげに父親と母親をアガット達に紹介した。
父親はハロルド=ヘイワーズ、母親はソフィア=ヘイワーズと名乗り、ソフィアは夫の会社ハロルド商会の帳簿を付けて助けているのだと言う。

「どうも、あの時は護衛して頂きありがとうございました」
「ああ、あんたか」

ハロルド達と話していた商人のハルトに話し掛けられたアガットは思い出したように答えた。
アガットは以前エステル達と一緒にハルトをハーメル村まで護衛した事があった。

「何や、ハルトはんもこの兄さんと知り合いやったんか」
「あんたも居たのか」

ミラノが居る事を知ると、アガットはあんまり歓迎していない表情だった。
エステル達がルーアン支部に異動する際にミラノの護衛を引き受けたのだが、報酬を散々なまでに値切られた。
ハロルド夫妻とハルト、ミラノ達は花や果物と言った鮮度が大事な物を計画的・効率的に空輸する方法を話し合っていたのだった。

「マノリア村のマグノリアの花をルーアン市まで運ぶルートは出来たし、後はルーアン港の海鮮食品と併せて運べばええわけや」
「素晴らしいですね、今までドライフラワーや魚の燻製くんせいと言った物しか遠くに運べませんでしたものね」

ミラノの話を聞いて、メイベルは感心したようにため息をついた。

「カプア運送です、商品を届けに上がりました」

サンバイザーを被った少女がそう言ってハロルド商会の倉庫に従業員と共にコンテナを運び込み始めた。
カプア運送と聞いてアガットの表情が厳しくなった。
しかしハロルド商会が違法な商品を運ばせているとは思えないので、アガットは黙って作業を見つめるしかできなかった。
テキパキとコンテナを倉庫の中に運び終えたカプア運送の従業員にハロルドの妻であるソフィアが労いの声を掛けて報酬を渡す。

「ありがとうジョゼットさん。女の子なのにいつも元気一杯で頼もしいわね。少し色を付けておいたから、無理をしないで頑張ってね」
「はい、ありがとうございます!」

ジョゼットはソフィアから嬉しそうに報酬を受け取ると次の仕事が入っていて忙しいのか、素早く去って行った。

「あのお姉さん、博士が直した飛行艇に乗っていた人よ」
「そうか」

レンの言葉を聞いて、アガットはジョゼットを山猫号の関係者だと確信を固めた。

「カプア運送は会社を立て直そうといろんな所から仕事を受けまくっているようやな」
「ええ、でもルバーチェ商会の仕事までは受けて欲しくないですね」

ミラノのつぶやきに、ハロルドはそう言って同調した。

「ルバーチェ商会だと?」

思いがけずに転がり込んで来た耳寄りな情報に、アガットは目を輝かせて尋ねた。
アガットの質問にミラノは倉庫街の外れの方を指差して答える。

「ほら、あそこにルバーチェ商会の倉庫があるんやけどな、用心棒がうろついていかにも怪しいと言っているようなもんやろ」
「クロスベルでは街の暗部を握るマフィアとして知られていますよ」

ハロルドは悔しそうな顔をしてそう言った。
レンはアガットの目的を察したのか、いたずらを思い付いたような笑みを浮かべてアガットにささやき掛ける。

「何なら、レンがこっそりと調べて来てあげようか?」
「バカっ、危険な真似をするな」

しかし、このままではレンは本当に倉庫を調べようとしてしまうかもしれないとアガットは思った。
レンの父親であるハロルドや母親のソフィアも心配そうな表情でレンを見つめている。
この状況を何とかしないとアガットは考え、1つの案が浮かんだ。

「そうだ、ラヴェンヌ村の俺の家にティータが遊びに来ているんだ。俺は仕事が忙しいし、相手をしちゃくれないか?」
「本当!? それを早く言いなさいよね!」

アガットの狙い通り、レンはすぐに食らいついて来た。
こう言う単純な所は子供らしいじゃないかとアガットは苦笑した。
しかし、ラヴェンヌ村はボースの街から少し離れた山奥の村だ。
自分がレンを送り届けるしかないのかとアガットが悩んでいると、ハルトが助け船を出す。

「私はラヴェンヌ村へ商談に行く予定があるので、お嬢さんをお連れ致しましょう」
「そんな、わざわざありがとうございます」
「ありがとう、ハルトのおじさん」
「いえいえ、お気になさらず」

ソフィアとレンがお礼を言うと、ハルトは穏やかな笑みを浮かべてそう答えた。
ハルトがラヴェンヌ村へ向かう時は遊撃士に依頼を出すだろう。
とりあえず、任務を続けられると思ったアガットは安心した。
そしてアガットはハロルド達からルバーチェ商会の最近の動きについての情報を教えてもらった。
ルバーチェ商会は違法な薬物をリベール王国内で売りさばいている可能性がある事。
その見返りとして、リベール王国が輸出を禁じているオーブメントを国外へ出荷し、それを転用して武器を製造している事などだった。



<ボースの街 遊撃士協会>

ルバーチェ商会の詳細情報をつかんだアガットは得意満面で遊撃士協会へと戻った。
アガットの報告書を読んでルグラン老人は感心したように息をつく。

「気が付きにくい細かい所まで良く調べてある。……まるでお前さん以外の誰かが調べたようじゃな」

ルグラン老人がそう言って意味ありげな視線をアガットに向けると、アガットは慌てて話を進める。

「これだけ怪しいんだから、やつらの倉庫に踏み込んでも構わないだろ」
「まあ待て、これは状況証拠に過ぎん。現行犯でない限り難しいじゃろ」

急ぐアガットを、ルグラン老人は手で制した。
そしてまだ監視を続けるべきだとルグラン老人が告げると、アガットは疲れた顔でため息をもらす。

「どうせ相手はマフィアなんだから、ぶっ飛ばしてしまえばいいじゃねえか」
「暴力で解決しては、ワシらもマフィアと同じになってしまうわい」

正論をルグラン老人に言われて、アガットは黙り込んだ。

「それにルバーチェ商会のボス、マルコーニは抜け目の無いやつじゃ。末端を取り締まっても手が届かないじゃろう。幹部連中が出張って来るまで待つんじゃ」

釘を刺されたアガットは悔しそうに遠くからルバーチェ商会の倉庫を見張るしか出来なかった。
他の遊撃士達もルバーチェ商会の動向に注意を払うようになっていた。
アガットは一緒に組んで見張る事になったレーヴェに不満を訴えていた。
2人が見張っている間にもカプア運送の従業員の手によってコンテナが何個も運ばれていた。
アガットはコンテナを強引にでも取り押えてしまえば物的証拠になるかもしれないのに、と悔しがった。
一方、情報収集を重ねたルグラン老人は最近のルバーチェ商会の貨物の取引量が増えている事に疑問を抱いていた。
そして、製造された武器がリベール王国の国内に逆輸入されている。
しかも取引相手はリベール王国軍だ。
ユーディス国王が富国強兵策を打ち出しているのは知っていたが、軍部内でもルバーチェ商会の動きを黙認してる部分があるのだろうか。
だとするとこれは根の深い問題だとルグラン老人は思った。
不正を許さない事で知られているモルガン将軍の国境警備隊だが、一部にマフィアと通じている者が居るとなると軍による解決は期待できない。
むしろ装備強化を推し進めるユーディス国王の後ろ盾のようなものがあるのかもしれない。
そして、王母生誕祭を前にしてのこの取引量の急激な増加はおかしな動きだった。
まるで何か紛争が起きるのを待ち構えているようだった。

「まさか国王様がそんな事をするはずが……!」

ルグラン老人は自分の頭に浮かんだ恐ろしい考えを否定した。
ユーディス国王は若い、それだけに血気が多い部分がある。
これが杞憂に終わってくれれば良いと願うルグラン老人。
しかし、大騒動の発端となる事件はボースの街以外の場所で起きたのだった。



<ボース地方 ラヴェンヌ村>

リベールの果物商人ハルトの取引がきっかけで、ラヴェンヌ村とハーメル村の間にも小さな国境の門が造られると、村同士の交流は活発になっていた。
ハルトがレンと一緒にラヴェンヌ村を訪れた頃、ちょうど取引相手であるハーメル村のカリンも村に到着した所だった。
カリンもすっかり交渉役が板についた様子で、ハルトと商談を始めた。
商談にあまり興味の無かったレンは、ティータと遊ぶために早々にアガットの家へと向かった。
しかし、アガットの家には誰も居なかった。
村人に話を聞くと、ティータは果樹園で農業の機械化についての指導を行っているのだと言う。
話を聞いたレンが果樹園につくと、そこではティータが機械を使って村人達に収穫や水撒きの仕方などを実演していた。
村人の中には手作業にこだわる人間も居たので、ティータと熱い議論を交わしていた。
ティータに話しかけられずにレンが立っていると、レンに気が付いたミーシャがレンに声を掛ける。

「こんにちわ、ハルトさんと一緒に居た子よね?」

ミーシャに話しかけられたレンが事情を話そうとしていると、ティータもレンに気が付いたようで、笑顔を浮かべてレンの元へと走って来た。
そしてミーシャとも打ち解けたレンは、ティータ達と姉妹のように仲良く村の中を遊び回る。
しかし好奇心旺盛でイタズラが大好きなレンはついにアガットの心配していた事態を引き起こしてしまう。

「ねえミーシャお姉さん、あそこに積んであるコンテナは何かしら?」

レンは村の広場の端っこに置いてあるコンテナに興味を持ってミーシャに尋ねた。

「ほとんどの貨物はハルトさんやボースの商人さん達が引き取りに来るんだけどね、たまに引き取り手が無い貨物とかあるのよ。だから軍の人が引き取りに来るまで、村で預かっているのよ」
「ふーん、そうなんだ」

ミーシャの言葉にレンがつぶやくと、レンはティータを引っ張ってコンテナの側へと連れてった。

「ちょっと、レンちゃん!?」
「鍵の掛かった箱が目の前にあると気になっちゃうじゃない。見るだけならいいでしょう? ほんの暇つぶしよ、暇つぶし」

驚きの声を上げたミーシャにレンはウィンクして、ティータにラッセル博士の発明品『万能ロックオープナー』を使ってコンテナの鍵を開けるように促した。
悪い事だとは思うが、どうせ中に入っているのは果物や雑貨辺りだろう。
ミーシャもレンの行動を可愛いイタズラだと思って苦笑しながらも止めはしなかった。
しかし、コンテナの中身を見たレンは驚きの声を上げた。
そこには物々しい武器と瓶に小分けされた薬剤が収まっていたからだ。
一目見ただけでも怪しい品物だと分かる。

「軍の人達がこういうコンテナを引き取りに来るって話よね。それってもしかして……」
「お前ら、これを見てしまったんだな」
「生かしてはおけぬ」

レンが自分の推理を話そうとすると、導力銃をレンとティータとミーシャに向けた数人のリベール軍の兵士達が迫って来ていた。

「私達に手を出したら、あんた達の企みが明るみになっちゃうわよ!」

堂々とした態度でレンが言い切ると、リベール軍の兵士達は怯んだ。
だが、兵士の1人が他の兵士に呼びかける。

「なあに、こいつらを消して帝国のやつらのせいにしてしまえば良いんだ」
「なるほどな、悪どい事を考える」

兵士達は顔を見合わせて笑った。
ティータは恐怖のあまりパニックになり掛けていた。
このままでは自分もミーシャもレンもただでは済まない。
場合によっては死んでしまうかもしれない。
そんな事になってはアガットを悲しませる事になる。
自分がなんとかしなくちゃいけないとティータは思った。

「えーいっ!」

ティータは魔獣から身を守るために持っていた動力砲で”スモークカノン”を兵士達に向かって炸裂させた。
兵士達は煙に包まれて悲鳴を上げた。
その間に逃げ出したティータ達は驚いて広場で何があったかと問い掛ける村人達を無視して国境警備隊の兵士の元へと向かった。

「村で大きな爆発があったようだけど、何があったんだい?」

応対に出た兵士は真面目で優しそうな感じだったので、ミーシャは安心して先ほど村の広場でコンテナの中身を目撃してしまって追いかけられている事を話した。
すると、兵士はそのままの表情でミーシャに持っていた導力銃を向ける。

「そ、そんな、あなたまで……!」
「コンテナを検査せずにこっそり通すなんて、警備の班全員がグルじゃないと出来ない事でしょう?」

驚きの声を上げて震えるミーシャに向かって、兵士は勝ち誇ったように言い放った。

「ご、ごめんなさい、アガットさん……」

ミーシャが撃たれると思ったティータは思わずそうつぶやいた。
しかし、次の瞬間に倒れたのは兵士の方だった。

「抜けば玉散る氷の刃」

そのセリフと共に姿を現したのは1人の老剣士だった。

「あ、あの……ありがとうございました」
「礼には及びませんぞ、可愛いお嬢ちゃん」

ぼう然としていたミーシャがお礼を言うと、老剣士は片目をつむってそう答えた。

「あのあの、この兵士さんは生きているんですか?」
「安心めされい、蹴りを思いきり食らわせただけゆえ、気絶しただけじゃ」
「刀で峰打ちにしたわけじゃないのね、紛らわしいわ」

ティータの質問に老剣士が答えると、レンはあきれたようにため息を吐き出した。

「お嬢ちゃん、峰打ちは刀で斬りつけるのとほとんど変わらないのじゃよ」

老剣士が刀の構造について力説しようとしていると、ティータ達を追いかけて来た兵士の一団が怒った顔をしてこちらに向かって来る。
そして、異常を察した残りの警備兵達も近づいて来ている。

「お嬢ちゃん達は安全な場所に隠れてるんじゃ!」

そう言って老剣士は兵士達を迎え撃つために表へと出て行った。

「あのおじいさんは強そうだけど、兵士さん達に勝てるのかしら?」
「ダメだよレンちゃん、私達が行ったら足手まといになっちゃう」

アガットから力不足だと言われていたティータは、真剣な顔で助太刀しようとするレンを引き止めた。
今の自分達は無力だ、だけどいつかきっと戦えるぐらいは強くなる。
守られるだけの存在は嫌だから、とティータは心の中で誓った。
事情を知らなかった村人達は、なぜ老剣士と兵士達が争っているのか判らなかったが、兵士達が老剣士によって倒された後、村長はミーシャ達の話を聞くと急いでボースの街の遊撃士協会に導力通信で連絡を入れるのだった。
ラヴェンヌ村へ駆けつけた理由を尋ねられた老剣士は、爆発音と振動がかすかに聞こえたからだと答えて、レン達をあきれさせた。



<ボースの街 倉庫街>

ラヴェンヌ村の事件の報告を受けたルグラン老人は、ボースの街に居る遊撃士達に直ちにルバーチェ商会の倉庫へ向かうように指令を下した。
事件の事を聞いて、アガットとレーヴェは怒りに燃えていた。
もしかして、カリンも事件の被害者となっていたかもしれないと思ったからだ。
突然の悪事の発覚に泡を食ったのはルバーチェ商会の組合員たちも同じ様で、取り押さえられる前に何とか物資を運び出そうと必死だった。
そこへ激しい怒りに燃えるアガットと静かな怒りを燃やすレーヴェが現れ、組合員たちはパニックになった。
ルバーチェ商会の組合員達を痛い目にあわせてやると気合を入れるアガットとレーヴェの前に、ルバーチェ商会の2人の用心棒らしい人物が立ちはだかった。
1人は熊のような体格の良い40歳前後と見られる大男。
もう1人は顔を隠す程の黒装束に身を包んだ身軽そうな剣士だった。

「俺はあの剣士を相手にする。お前はあの大男を頼む」
「ちっ、分かった」

レーヴェに指示されるのは気に食わなかったが、アガットは素早そうな相手と勝負するのは相変わらず苦手だったのだ。

「来やがれ!」

大剣を構えたアガットだったが、熊のような大男の動きは意外と細やかで、引きつけられて直線的な動きにさせられてしまった所でアガットは大男の前蹴りを食らってしまった。
気を失いそうになるほどの痛みをアガットは感じ、地面に倒れ込む。
しかし、大男の追加攻撃を防いだのは遅れて駆けつけたグラッツだった。

「アガット、平気か?」
「ああ、油断したが大丈夫だ」

スティングに助け起こされたアガットは立ちあがって答えた。
そして、再び大男と対峙する。

「もう油断はしねえぜ、お前達は他のやつらの捕縛を頼む」
「分かった」

アガットの言葉に答えたスティングとグラッツは倉庫の奥へと向かった。
大男はタイマンで戦おうとするアガットに感心したのかあきれたのか、鼻で笑った。
しかし今度はアガットの方が大男のタックルを交わした。
そして隙が出来た大男にアガットはすかさず大剣の一撃を叩き込む!
激しく血しぶきが飛び散り、大男は腕を押さえてうめき声を上げた。
どうやら、アガットの攻撃は相手の利き腕を傷つけたようだった。
組合員は回復のアーツを使って回復させようとしたが、グラッツやスティング達に倒された。
一方、レーヴェは剣士相手に苦戦を強いられて居たようだった。
剣士はレーヴェと間合いを取るように跳躍しながら爆発する護符を投げつけ、レーヴェを接近させなかった。
黒装束に包まれたその体は、かすかな月明かりに照らされて銀色に光ったように見えた。
剣士は大剣をブーメランのように投げ、レーヴェはかわすのに精一杯だった。
剣士もレーヴェに手出しして来ないが、レーヴェも剣士にまともに攻撃できていなかった。
時間稼ぎのお手本とも言うべき戦い方だった。
そしてアガットに大男が倒れるのを見ると、跳躍して闇夜へと消えて行った。
立ち並ぶ倉庫の陰へ隠れてしまった剣士の姿を追いかけるのはもう不可能だった。
2人の用心棒が無力化すると、ルバーチェ商会の組合員の抵抗はピタリと止まった。
モルガン将軍率いる国境警備隊も駆けつけ、コンテナや組合員の全てが取り押さえられた。
用心棒が戦っている間に逃げようとした組合員達は、自分達が悪事に利用されていると知ったカプア運送の従業員達が足止めをしていたらしい。

「ま、やつらを捕まえられたのはボク達のおかげだよ、感謝してよね」

ジョゼットは少し自慢気にアガット達に向かって話した。
利用されていたとはいえ、カプア運送も過失責任を問われる所だったが、犯人逮捕に協力したからと言う事で、罪は帳消しにされた。
それはモルガン将軍にしては珍しい大盤振る舞いだった。
捕まえた大男の方は単なる用心棒ではなく、ルバーチェ商会の首領であるマルコーニの右腕とも言われる大幹部だった。
それに不意を突かれたため、輸出前のオーブメントや輸入されて国内の客に配送する前の武器や薬品の入ったコンテナが取り押さえられた。
ルバーチェ商会のリベール王国領内において受けた損害は壊滅的だと言って良い。
その報告を聞いたルグラン老人は素直に喜べなかった。
この出来すぎたシナリオには何か裏がある様な気がしたのだ。
今回の事件でルバーチェ商会から没収した武器や薬品などが収められたコンテナは全て王国の所有物となる。
遊撃士協会は政治に干渉してはならないと決められているので、異議を唱える事は出来ない。

「いいや、そんな恐ろしい考えは捨てて、ワシらの国の王様を信じるのじゃ……」

ルグラン老人はそう言って首を横に振った。



<エレボニア帝国 ハーメル村>

ルバーチェ商会と国境警備隊の一部の兵士の癒着ゆちゃくによって引き起こされた事件は解決した。
しかし、ラヴェンヌ村とハーメル村の間に造られた国境の門は体制が整うまで閉鎖される事になった。
部下を統率しきれなかったせいで迷惑を掛けてしまったとして、モルガン将軍が自らラヴェンヌ村とハーメル村の村長に頭を下げに行くと言う異例の事態となった。
ハーメル村の村長は直通のルートが閉鎖したのは悲しい事だが、村に損害は出ていないとしてすぐにモルガン将軍を許した。

「ただいま戻りました」

ラヴェンヌ村での商談から帰って来たカリンがハーメル村の村長に声を掛けた。
護衛としてついて来たレーヴェも一緒だ。

「それで、どうじゃったかな首尾の方は?」
「はい、向こうの商人の方もハーメル村の果物はラヴェンヌ村に負けない品質になったと太鼓判を押してくれました」
「そうか、ここまで長かったのう」

カリンの言葉を聞いて、村長は遠くを見るように目を細めてつぶやいた。
昔のハーメル村は特産品も何も無い貧しい村だった。
だからヨシュアとカリンの父親は遠い街まで出稼ぎに行かなければならず、ヨシュアも悪い言い方をすれば口減らしのためにカシウスの元に養子に出す事も賛成されたのだった。
しかし今のハーメル村は違う。
ラヴェンヌ村でも幻とされていた果物の果樹園を作り特産品とし、貧しい生活を受け入れるままだった村人達の意識も変わって、様々な努力をして村を豊かにしようとしていた。
出稼ぎをしていたヨシュアの父親も村に戻って仕事ができる程にまでなっていたのだ。
もはや王国との貿易無しには村の発展はありえないとまで思うようになった。
それには王国との平和な関係が大事であり、村人はリベール王国との関係を悪化させようとして引き起こされた事件に対して怒るようになっていた。
カリンは昔に比べて村人がリベール王国の人間に対して態度を軟化させた事に喜んでいた。

「しかし、村人達の意識が変わっても、帝国の厳しい法律があってはのう……」
「そうですね」

エステルとヨシュアの事情を知っているハーメル村の村長とカリンは顔を見合わせて困った顔をしてため息をついた。
まだ2人が付き合うにはハードルが残されている。
しかし、エステルとヨシュア達の居る王都の方ではもっと大きな事件が起きようとしていたのだった。
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