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[29317] 花と共に生きる (風見幽香に憑依)
Name: 中華妖精◆fafdb91d ID:8192afce
Date: 2011/08/25 22:23
本作は『魔法先生ネギま!』と『東方project』の二次創作です。
風見幽香に憑依、ネギまの世界へ。TSになります。
オリジナルキャラクターが出てきます。
戦闘力が激しくインフレします。
ドラゴンボール的な要素が出ます。
微クロスします。
設定の改ざん消滅捏造含まれそうです。
最初はネギまのネの字も出ません。暫くお付き合いください。







 φ Spell card collection φ (ゲーム的なあれ)


 ~風見幽香(憑依体)~

元祖「マスタースパーク」
花符「幻想郷の開花」
幻想「花鳥風月、嘯風弄月」
凄絶「デュアルパンクーション」
???「???????????」
限界「真の姿」
???「???????????」
???「???????????」



ポルナレフになることを覚悟するが良い



[29317] プロローグ
Name: 中華妖精◆fafdb91d ID:8192afce
Date: 2011/08/15 22:45

「俺は、何で、こんなところに…」

サァ、と風が吹いて、俺を取り囲む太陽の花……ひまわりを、揺らす。
たくさんの花が、俺を取り囲んでいた。
天上に輝く太陽が地上へと光を降り注がせる中、ただ俺は、膝を抱えて、
目じりにたまった涙を拭いもせずに、座っていた。



意味がわからなかった。

なぜか、俺はここにいた。
いつの間にか、ここにいたんだ。
周りには花しかない。
潮の香りがすることから、近くに海があるのがわかる。
周りが海に囲まれているというのも、なぜかわかる。
どこにも、行けない? と、それだけでも不安なものなのに…。


何なんだ。
体の中に、今にも噴火してしまいそうな、得体の知れない何かが滾っていた。
わからない。
それが、一体何なのかがわからない。
だから俺は、恐怖する。
ただ、ただ蹲る事しかできない。
自らのふくよかな胸に疑問を抱くこともせず。
時折視界にちらつく自分の髪色が緑なのを、微塵も気にかけず。
漏れ出る嗚咽が、少女のものだとも気がつかずに。




どうしてだ。



「……どうして俺は、こんなにも…何かを殺したいんだ……」


訳のわからない、今まで感じたことのない加虐的な気持ちが、心の底からわき上がってくる。

それは、嫌だと。それだけは、嫌だと。
必死に抑えているその気持ちは、日に日に増してきている。


そう、日に日に、だ。


俺がこの場所にいつの間にかいたのは、何も昨日今日のことじゃない。
もう、日が落ちるのを数えるのはやめた。
最初から動く気なんて起きなかったから、何をどうすればいいかなんて、考えるのもやめた。
どうして人間として必ず起きる欲求が三つとも、そして、生理的欲求がどれも起こらないのは
なぜなのかなんてことも、考えるのはやめた。


影が、落ちてきた。
その内、ぽつりぽつりと雨が降ってきて…
次第に雨足は強くなっていき、ひまわりを、俺を、容赦なくうちつけた。
もう、堪えきれるものじゃなかった。
恐怖が、孤独感が、剥がれ落ちて胸に溶けていく。
ぼろぼろと涙が流れ、零れ落ちて、地面に吸い込まれていく。

声を殺して、泣いた。



[29317] 風見幽香
Name: 中華妖精◆fafdb91d ID:8192afce
Date: 2011/08/16 14:27
日が沈み、夜が来て、日が昇り、朝が来た。
雨雲は消えて失せ、太陽の光が降り注ぐ。
その光を一身に受けて、水滴をきらきらと輝かせる花たち。
未だ止まらぬ涙を右腕で乱暴に拭った俺は、力なく立ち上がった。
実に、何日ぶりのことだろうか。
なぜかは知らないが、服はすでに乾いていた。
ふらふらと歩く。一歩一歩、確かめるように、地を踏みしめて歩く。
目の前の地面に、まるで鏡のように光を反射する小さな水溜りがあった。
誘われるように近づいて、そうするのが当然のように膝をつき、手をついて、水面を覗き込む。

癖の強い、緑色の髪。整った目鼻立ち。少女…美女ともいえそうな顔立ちだった。
きりりとした眉に、怒っているような目、真っ紅な、瞳。
そして、日の光をものともしないような、白い、しかし健康的に見える、柔らかな肌。
白いカッターシャツの上から、赤い生地に黒のチェックが入ったベスト。
きっと、ロングスカートと思わしき下も、同じ柄。足には、長い靴下。
自己主張のある、胸。

記憶にあった。見覚えがあった。
目を見開く。
水面に映る少女が、驚いたような表情になった。


お前は…なん、で。


「か…ざみ…ゆう、か」


掠れた声が、口から漏れた。

なんでだ。なんで、そこにお前が映るんだよ。

目眩がした。震える足でゆっくりと立ち上がって、両腕で自分の体を掻き抱く。
泥の、一種粘ついた感触が、二の腕に焼きつくのを、やけに鮮明に感じた。
否定するように、小さく首を振る。


「ち、ちがう……ちがう、なんで…」


俺は、違くて。そいつは、俺じゃなくて。
首を振る。背中が花に触れて、もうこれ以上後ろにさがることができないことを知って、座り込む。




東方という同人ゲームがあった。
とある時、俺はそれと出会い、惹かれた。
何より、それを作っている人物に惹かれた。その人の思いに惹かれた。
音楽に惹かれた。世界に惹かれた。キャラクターに惹かれた。


そんな、そんな好きなキャラクターの内の、一人だった。
水面に映っていたのは、そんな、一人だった。



どうして、と。なんで、と。
声が零れる。
否定するように、押し退けるように。
でも、否定すればするほど、押し退ければ押し退けるほど、それははっきりと頭の中へと浮かんできた。


俺は、風見幽香なんだ。





海に囲まれたこの小さな島で、俺はただ、声が枯れてしまいそうなくらいに、叫んだ。



[29317] 完全体
Name: 中華妖精◆fafdb91d ID:8192afce
Date: 2011/08/16 14:28
俺はまた、膝を抱えて座っていた。
花に寄り添うように。包まれるように。

花と一緒にいると、安心するんだ。
目をつぶって、風を感じて、ひまわりがいることを感じて。
肌でも、感じる。黄色と緑の生命を、いっぱいに。


とある思いが、胸の中に渦巻いていた。
ひとつの思い。
何でこうなったのかなんて、わからない。
夢か現かの区別さえつかない。
でも……。


「俺に……風見幽香に、弱々しい姿なんて…流石に、似合わないよなぁ…」


呟いて、目を開く。
と、ひまわりが頭をたれて、俺の肩へともたれてきた。
手を添える。


「慰めて、くれるのか?後を押して、くれるのか…?」


すると急に、この花々が愛おしく思えてきた。
おともだち。守るもの。守らなければ。
花を優しく押し戻して、立ち上がる。
にこりと微笑みかけて、


「ありがとう。もう、大丈夫だから。……ええ。ええ。こんな姿、この私には似合わないことこの上ないものね」


ひまわりに、語りかける。
サァ、と風が吹いて、ひまわりが揺れた。
嬉しくなった。まるで、まるで花たちが、俺の言葉を理解してくれたみたいで。
俺は、花が咲くように、笑顔になった。







それからは、毎日のように花たちと話した。
身体の奥に滾る力は、いつしか優しいものへと変わっていった。
誰かを傷つけたいだなんて、そんなことも思わなくなっていた。


花たちは、色々なことを話してくれた。
俺は、それにお返しとして、今までの記憶から引っ張ってきた様々な話を語って聞かせた。
そうすると花たちは、一様にその身を揺すって、喜んで聞いてくれた。


ある晴れた日、俺は花たちに、俺の思いを語って聞かせた。
俺は、花を愛すると。風見幽香として、生きると。
その後に、自身の力を開放して、空へと撃ち上げた。
はらはらと、雪のように色とりどりの光の粉が落ちてくるのに、俺は満足して微笑んだ。
優しい光。この光は、花たちを元気にしてあげるためのものだ。
地を蹴って、ふわりと浮き上がる。光の中を上昇し、空へ。
見渡す。一面、海だった。下には、小さな島。黄色で埋め尽くされた島。
スカートを翻して、くるりくりりと回る。
光を纏って、その光をはらはらと降らせながら。








二週間程の後。

俺は、ひまわりたちの上をゆったりと飛んでいた。
手に持つのは、草で編んだ小さな籠。中には真水が入っている。
苦労して作り上げた小さなろ過装置……草の籠に土をぶち込んで層を作り、
使えるような気がした『魔法』と思わしきものを使っただけのものだけど、
それで作った水を、花たちにやって回っていた。
島の沿岸をなぞるように飛んで、砂浜を緑に染めるひまわりに手で水を振り掛けていると、
何やら異物が浜に突き立っているのを見つけた。
それは、大きな一輪の花でできた薄桃色の傘だった。
近づいていって、少々曲がっている柄に手をかける。
昨日はここに、こんなものは無かったような気がするんだけど。
そう思いつつも、異様にしっくりとくるのに、目を細めた。良く、手に馴染む。
引き抜いて、確かめるように二、三度振るった。
まるで手の延長のように動く。
傘の先を空へと差し向け、力を込めて、それから、解き放つ。
世界を照らす黄色の極光が伸びていき、空を彩った。


余韻に浸るように空に向けていた顔を下ろし、傘を見つめて、不意に笑う。
初め、小さかったその笑いは、次第にふつふつと大きくなっていき、声に出始める。
ゲタゲタと、大きな声で一心に笑った。
島中に響く笑い声が収まり、俺は、くくく、と笑いが口の端から漏れるのを止められずに、滲んだ涙を拭った。


「くふ、ふふふ……完全体風見幽香、ここに誕生ってわけね…」





そうして、俺は上機嫌で、花に水をやるための真水を補給しに、寝床にしている島の中心へと飛んでいった。



[29317] 底の抜けそうな夢幻館
Name: 中華妖精◆fafdb91d ID:8192afce
Date: 2011/08/16 14:28
二年の月日が過ぎた。
この島は、今なお夏を保っている。
季節は移り変わらず、なので、ひまわりたちは残っていた。
俺は、自分の持てる力を把握し、制御し、そして、いつのまに得ていたのか、
風見幽香の記憶を、長い時をかけて思い返し、自身の仕草や、癖や、生活の知恵、歩んできた妖怪としての生、
戦いの勘や、戦い方を思い出し、それから、花への愛を深めていった。







夢幻館が完成した。

三歩ほど下がって、自分の手で記憶の中にあった館をできる限り再現した建物を見上げる。
肩に差した傘をくるくると回して、流木で組み立てられた力業の結晶を見つめ、最後の仕上げと、腕を振るう。

俺の手から放たれた光が緩やかに館を包み込み、発光するとともにその色を変え、形を整えていく。
光が消えたとき、そこには、立派な館がどっしりと構えていた。


最初はただ、雨風がしのげる程度の小屋を作るつもりだった。
俺が最初にいた場所が、それほど広くないから、小さな小屋を作るつもりだった。
しかし、えいやこらさと作っていると、日に日に花たちが後退し、広場の範囲を広げ始めた。
その不思議な現象に、きっと、花たちは俺に立派な家を建てろと言ってるんだ、と思い、大きな家を建てることにした。
材木は、海岸に流れ着いたものが腐るほどある。実際に腐ってるのもあるけど。

建て始めた当初は、相当苦労すると思っていた。
が、しかし、建てているうちにどこかで眠っていた建設魂が叩き起こされ、素晴らしいスピードで家を建てていくことができた。
家というより、館といったほうが正しいほどの大きさ。
なぜそんな館を、二年の月日をかけたといえ、建てられたのか。
その理由のひとつに、過去の風見幽香の住んでいる館があった。
その館の名を、『夢幻館』という。
数年前……に博麗の巫女に壊されたその館は、私がデザインを考案し、配下と共に手ずから築き上げたものなのだ。
その時の知識が、感覚が、今、生々しく蘇っていた。
そして、もうひとつの理由。それは……魔法。
随分昔に齧っていた魔術ともいうこの技法が、大いに役立ったのだ。


そして、かつての住処が今、復活した。
残念なことに配下はもういないが、それでも、こんな立派な住処が出来たのだ。
これからはしっかりと体を休めて、花たちのためにもっと頑張らないと。






魔法によって、まるで鉄のように感触と外見を変えられた木製の館の門を押し開けようとして、不意に空を振り仰ぐ。
夏の空の、青と白の中に、小さな黒い点があった。
その点は、ぐんぐんと大きくなって、影となる。

ああ、あれは……。

くるりと傘を回して、地を蹴って飛ぶ。
豪華三階建ての館よりも高く飛んだ私の前に迫るのは、食料…もとい、羽の生えた大きなトカゲ。
人間くらいの大きさのトカゲは、速度を緩めることなく、どころか私の姿を捉えた途端にスピードを上げ、突進してきた。
それを、傘を閉じ、ついで上段に掲げ、すぐさま振り下ろして、トカゲの頭を打ち下ろすことによって迎撃する。
表現しがたい酷い音が腕を伝って耳に届く。
飛び散る肉片と血潮を、妖力を解き放ち、その余波で起こる風で吹き飛ばして、血塗れることを回避する。
見事に頭を失ったトカゲは、勢いのままに一回転して、その背を私に押し付けてきた。
傘を持っていない片方の腕でその背を支え、少し下降して、持ち上げる。
それから、ゆっくりと地面に降りた。
飛び散った血が地面に染みを作っているのを見ながら、どすんとトカゲを落とし、花たちが汚れていないのを確認して、息を吐いた。

危ない。一歩間違えれば、花が汚れてしまうところだった。
次からは、もっと繊細に、注意を払って始末しなければ。

無造作に妖力を纏わせた傘を振ってトカゲの首を切断し、潰れた頭に手を差し向けて妖力弾を放ち、消し飛ばす。
それからトカゲの後ろに歩いて回り込み、尻尾を持って、上空へと上がる。
てきとうな血抜きの作業をこなしながら、館を眺める。
ああ、良い出来。
これで、配下が戻ればねえ。




四時間程して、日も暮れてきたので館に入ることにした。
トカゲと傘を担いで門を押し開け、門から館へと続く青いタイルの道を歩んで、大きな扉を押して開ける。
まず食料庫に向かい、空の食料庫にトカゲを放り込む。
八日ぶりの食料だ。

このトカゲ……みようによってはドラゴンだとかに見えなくもない生物は、時々、この島の上空を通る。
その中で、稀に襲いかかってくるものがいて、私はそれを殺し、糧にしていた。
今日は私から殺しに行ったんだけどね。
せっかく作った館に傷でもつけられたら迷惑だし。
それに、時々火を吐いて、花たちを燃やそうとしてくる。
そんなことが許せる訳がない。
だから、食料として確保してやることにし始めたのが、ちょうど一年とちょっと前のこと。

それまで、『俺』だった頃の知識を総動員して制作した稚拙なろ過装置に通した海水で喉の乾きを潤していただけで、
食事らしい食事なんてとっていなかったから、肉を食べられるようになったのは大きな変化だった。
調味料とかはないから、そのままで食べるんだけど、荒々しい味わいがなかなか美味しいのだ。
しかし、肉塊を見ると、何かが引っかかる。トカゲの肉を食べると、その味に、違和感を感じる。
食べたいのは、それじゃない。俺が食べたいのは……。
と、そこまで思考が至ると、いつも別のことに思考が移る。だから、結局俺が本当に食べたいのが何かは、わからない。
ひょっとしたら、考えたくないのかもしれない。


ふるふると首を振って、考えるのをやめる。
あんまり意味の無いことを考えたって、しょうがない。
それより今は、このトカゲを保存が効くように処理しないと。

再び傘に妖力を纏わせてつつ食料庫に足を踏み入れ、トカゲの前に立ち、傘を振るう。
いわゆるぶつ切りにして、放置。
部屋を出る際、部屋全体に温度を保つ魔法をかけて、部屋を出た。
あれで二、三日は持つはず。魔法の効果が切れそうになったら、またかけ直せばいい。


ひと仕事終えた私は、懐かしい気持ちで館内を練り歩いていた。
建てている時は、そのことに夢中で気にかからなかったが、こうして歩いてみると……感無量だ。
ふと、石のように色付けられた壁に目を付けて、歩み寄っていく。
手を、当てる。感触は、木のものではなく、石そのものだった。
壁には、横に走る短い傷が二つ、大きく間隔をあけて縦に並んでいた。
一本は俺のお腹の上あたりの高さに。もう一本は、肩あたり。
その傷に、ゆっくりと指を這わせる。そうすると、愛おしい気持ちが込み上げてきて、こんなところまで再現しなくてもいいのに、と呟いた。
これは、あの娘たちが背比べをした時の傷だ。
傷をつけて、何十年経っても変わらない身長に文句をつけて騒ぎ立てていた二人。
……あの娘たちは、今、どこかで元気にやっているのだろうか。
ふと目頭が熱くなって、指で押さえる。
…別に、寂しくなんか、ない。

首を振って、そそくさとその場から離れた。
あまり長くそこにいると…………この島から、離れたくなってしまうから。
それは、駄目なことなのだ。
この島の花たちを放って出ていくなんてこと、私はしたくない。
たとえあの娘たちに会いたくなったとしても……絶対に、駄目。


薄暗い廊下を歩く。
どこに魔力光をくっつければ廊下全体を照らせるか考えつつ進んでいると、ひとつの扉に目が止まった。
何か気になってその扉に近づいていこうとして、思い出す。
二階、奥の階段から、五つ目の部屋。
ああ、と声を漏らして、遠回りするようにその部屋を避けていく。
ここまで再現した自分が、ちょっと恨めしい。

足早に先を急ぎ、三階へと向かった。
俺の部屋は、三階の一番奥。
吹き抜けのホールなんかが一階にあるから、その関係上、三階は部屋が少ない。
なので、全部の部屋を統一してひとつの大きな部屋にしてある。
中は、かつての部屋模様から家具を抜かしたもの。
カーペットや壁紙はもちろん、ベッドなんかもないから、結局硬い床で眠ることになるのだが、
外の地面で眠るよりは遥かにましだから、我慢する。

部屋に入った俺は、壁際まで歩いていって腰を下ろし、傘を傍らに置いて壁に背を預け、目をつぶった。
少しの間、休むことにした。



[29317] 館と幽香と大きなトカゲ
Name: 中華妖精◆fafdb91d ID:8192afce
Date: 2011/08/16 15:04
風呂に入りたい。
そう思い立ったのは、ついさっきのこと。
毎日浄化の魔法で、多少体を清めているとはいえ、湯に浸からず随分経つ。
温かい湯に浸かる、あの感覚が恋しい。湯を浴びたい。
立ち上がり、部屋を出る。記憶を探らずとも足は勝手に動き、浴場へと向かっていた。

が、浴場は空っぽ。

湯や水がないのは当たり前だが、風呂桶さえ無いというのはどういうことだ。
仕方ない、一から作ろう。
そうと決まれば、材木を集めるために海岸へと向かうことにした。
館を出て、ひまわりたちに愛情を込めた笑顔を振りまきつつ海岸へと飛ぶ。
浜に流れ着いていた流木を手早く掻き集め、館へと戻る。
今日も相変わらず、蒸し暑い。
集めた流木を両腕いっぱいに抱えたまま浴場へと行き、床に落として、それら全てに魔法をかけた。
この『魔法』というものの仕組みや原理は俺にはさっぱりだけれど、感覚で行使できるので考えないことにしている。
その気になれば思い出せるのだろうけど、面倒くさいからしない。
考えないほうが楽だ。

木が加工されて、組み合わさっていく。
部屋の半分を占める面積の四角い風呂桶型になった木たちに光が纏わりついたかと思えば、木は石に変わっていた。

いや、魔法って便利ね。







さて、次は湯を張ろうということになって、ろ過装置を使ってちまちま水を貯めていた。
こんなことせずに海水を汲んでくれば済む話かもしれないが、風呂桶に貯めた水に炎弾をぶち込んで熱するつもりなので、
それだと塩まみれになってしまう。多分。
そうわかっていても、ちまちまやるのにいい加減飽きてきて、海水を使いたくなってきた。
どうしようかなー、と考えてると、ふと良案が浮かぶ。
ろ過装置自体を大きくしてしまえ、と。


再び海岸に向かい、流木を集める。
木に染み付いていた海水は魔法で飛ばし、館の隣に据え付けられた五百ミリリットルペットボトルくらいの大きさのろ過装置に
追加で組み上げていく。
一時間程で作業を終え、今度は土を集めるために花のない場所に移動しようとして、さっ、と足元に影が落ちるのに足を止めた。
見上げれば、月明かりを受けて飛ぶ一匹の巨大なトカゲ。
私の三倍はあろうかという体躯を誇る大トカゲは、向こうの空で旋回し、こちらへと向かってきた。
一日に二匹も来たことに驚いていた私は、その大トカゲの大地を震わせる鳴き声に、気を取り戻した。
まだ距離は開いているというのに、大きな翼の力強い羽ばたきから来る風が、花たちを激しく揺らした。
ぐらつく体に、一歩、足を下げて踏みとどまる。

やけに、でかい。

昼頃、繊細に、なんて考えたばかりだが、このでかさの相手に手加減は出来そうになかった。
火を吹かれる前に消し飛ばすか、と傘を差し向けようとして、傘を自室に置いてきたことを思い出す。
いや、別になくても『あれ』は撃てるだろうけど、なんだ、しっくりこない。
どんどん近付いてくるトカゲに、何かいい魔法でもないかなー、と考えつつ、地を蹴って飛び上がる。
魔法、魔法……うーん、ないな。そもそも、ちょっと齧っただけのものだ、そういう魔法があったとして…いや、あるだろうけど、知らなければ使えない。
じゃあ殴ろう。
そう短絡的に考えて、しかしそれでは血の雨を降らせてしまうことになってしまうと、思いとどまった。
花が汚れるのは良くない。
だったら、島から離れればいい、と後方に全速力で飛び始める。
が、遅い。スピードが無茶苦茶遅い。
ああ、そうだった。俺、飛ぶの遅いんだった。
走るのは速いのにね。

考える間にもトカゲは迫り、ついには目前まで来ていた。
振るわれる大質量の爪を身を捩って躱すと、勢いのままトカゲは向こうの空へと飛んでいく。
そのまま帰ってくれないかなー、と見ていると、旋回して戻ってきた。
ああもう、仕方がない。
傘がないから、『あれ』は撃ちたくない。かといって、あの大きさを拳一つで仕留める自信があるわけでもない。
別に、自分が弱いと思っているわけでもない。むしろ、とんでもなく強いと思っている。
なにせ俺は風見幽香だ。強大な妖怪が跋扈するあの幻想郷で最強と謳われた大妖怪。
そりゃあ、強いと自負する。そう思わなければ、この身に失礼でもある。
しかし今はそんなことは関係ない。一瞬で消すには、を考えるんだ。

迫る大トカゲを前にして、思考を回転させる。
結果、ひとつの考えに至った。
それは、憧れ。それは、かつて渇望したもの。
強さを手に入れた今だからこそできる技に、ふと思い至ったのだ。


「これしか、手はないわよね……」


上辺だけの口調で、自分を納得させるように、そう言う。
奇妙な高揚感が身を包んでいた。
すっ、と両の手の平を向かい合わせる形で腕を前に突き出し、それを、半身の構えを取ると共に腰だめに持っていく。
両手の間にありったけの妖力を集めていくと、球状の光ができて、黄色い光が幾粂にも伸び、夜の闇を照らし出す。
……これ、一度やってみたかったんだよね。


「かめはめ…」


彼の男の言い方を、尊敬と憧れの念をそのままに込めて真似、声に出す。
再びトカゲが目前に迫ったとき、その鼻面に両手の平を差し向け、溜めに溜めた妖力を解き放った。
本当はそれに合わせて、『波ぁああああああっ!!』とか叫ぼうと思っていたけど、いざとなると声って出ないもんだね。
ポゥ、と高い音と共に放出された極光はトカゲを飲み込み、空の彼方へと伸びて……消えた。
あれ、なんか『あれ』の方が楽な気がする、と考えていると、光が消え、闇が戻ってくる。


「んっ!?」


消し飛ばしたはずのトカゲは、ただ片腕を失っただけで、その場に滞空していた。
そんな、全力でやったのに!

それが命取りになるとも知らずに呆然とする私の前で、トカゲは光線を避けるためか捩っていた体を戻そうともせずに、よろよろと腕を振り上げた。
その時の俺には、その腕を目で追っていくことしかできなかった。
腕が、振り下ろされる。
漸く気を取り戻した俺は、慌てて後方へと飛んだ。が、それは意味の無いことだった。

なぜなら、トカゲが振り下ろした腕は、俺がいる場所とは全く違う場所にあったからだ。
俺を狙ってやったわけじゃない…? と、そう考える間に、トカゲは大きな声で鳴いて、力強く羽ばたき、俺の頭上を通って飛んでいってしまった。

トカゲが夜の闇に消えていくのを見届けて漸く、脱力する。
はぁ、と息を吐いて、少し離れた島に目をやった。
それから、重く感じる体を動かして、島に戻った。





結構な頻度で島の上空を通るトカゲ。
おかげで肉に困らないのはいいけれど、あんなでかいのに来られたら、流石に疲れる。
今回はちょっと慢心しすぎた結果、危うく死ぬかもしれなった。
……何が言いたいかといえば、『危険すぎる』という一言に尽きる。
たとえあのでかいのだって、形振り構わず戦えば倒せるだろうし、あれ以外の小さなトカゲなんて、俺の敵でもない。
だけど、いい加減鬱陶しすぎる。
もしこうやって島から離れて戦っている時にもう一匹来たら。
そうでなくても、私が眠っている間に来たら……花たちに、被害がいってしまう。

何か……対策を考えないと。




結界的な何かでも張ろうかと考えつつ、海岸近くの何も生えてない場所を掘り起こし、土を抱えて館に戻った。
なるべくこぼさないように抱えたせいか、服に土がこびりついてしまった。
まあ、汚れても不思議とすぐ奇麗になるから、気にしない。
エントランスを抜け、長い廊下を抜けて浴場まで来て、はたと気が付いた。
ろ過装置は、外だ。
考え事なんかしてるから……と自分に呆れつつ振り返ると、床に点々と土がこぼれ落ちていた。
あとで掃除しないと、と息を吐いた。


草で編んだ籠に入っていた水を、風呂桶へと移す。
浅く広く作った風呂桶に水を張るのは一苦労だった。
なみなみと張られた水を見て、よし、と呟き、仕上げに炎弾を作り出し、風呂桶の中央あたりにゆっくりと投げ入れる。
多少水が蒸発してしまったが、これで水はお湯に変わっただろう。
確認のために水面に指を走らせてみれば、ちょうどいい温かさだった。
脱衣所に戻り、水を入れるのに使った籠を置いて、いそいそと服を脱ぐ。
ベスト、スカート、シャツ、ソックス……。露わになっていく肌に、しかし、特に何を感じるでもない。
二年付き合ってきた体だ。もう、馴染んでる。
……正直にいえば、本当はちょっと恥ずかしかったりするけど、何も感じてないって方が格好いいような、そうでないような。
そこら辺は、どうでもいいか。

脱いだ服を、これまた草で編んだ籠に投げ入れて、浴場へと踏み入る。
白い湯気がむわりとたちこめていて、いい感じだった。
風呂桶の横に片膝を立てて座り、手の平で湯を掬って、足や膝、お腹と胸に、肩へと順繰りにかけていく。
いきなり湯船につかるのは体に悪いと聞いたことがあるための行動だった。
それだけでなく、そうしないと汚い気がして、湯船に入りたくないっていうのもある。
…ああ、いきなり浸かると心臓に悪いんだっけ。まあ、俺は妖怪なんだから、そんなやわなことで死んだりはしないだろうけど。


湯船に入り、肩まで浸かる。自然、ほう、と息を吐いた。
寝転がるようにしなければ肩まで浸かれない浅さ。
いや、そこまで浅くはないか、あまりに頭の位置を下げれば溺れてしまう。

両手で湯を掬い、顔にかける。
それから、なんとなしに右手で左の二の腕を撫でながら、もうひとつ息を吐く。
水圧に体が圧迫される感覚が、気持ちいい。

久方振りの感覚に蕩けそうになる頭で、トカゲ関連のことについて考え出す。
お風呂に入ってる時って、考え事がはかどるんだよね。

考えると言っても、もうやることは決まってる。
結界でも張ればいいんだよ。あんなトカゲに破られない結界を。
ああ、門番が居てくれれば、楽なんだろうけどなあ。
ないものねだりは良くない、か。

左手で右の二の腕を撫でつつ、あの娘たちと過ごした日々に思いを馳せる。
それは、『俺』の記憶ではないけれど、今の俺の記憶だ。
俺が体験してきたことも同然。だから、こんなにも懐かしくあり、愛おしくある。

そんな素敵な日々を思い返しながら、暫くの間、お風呂に入っていた。






三時間ほど経って、お風呂から上がり、魔法で肌についた水を弾き、
それから、籠にいれておいた服に手を伸ばす。
……のを、途中でやめた。

そろそろ、パジャマが欲しい。
パジャマで寝たい。
そんな思いが起こったのは、お風呂に入ったからだろうか。
とにかく、寝巻きが欲しくなった。

魔法でなんとかなるかなー、こう、ぽん、と。
そう思いつつ、指を振って試してみる。

結果、あっけなく成功した。
無から物を作り出す、だって!? なんて、自分で驚愕してみたけど、もしかしたらそこらから引き寄せただけかもしれないし、
落ち着く。いや、それでも十分凄いんだけども。

そこらなんていっても、私の寝巻きがあるのはどこを探しても幻想郷だけだと思うんだけどね。
手早く寝巻きに身を包んで、最後にナイトキャップをかぶる。
いつも着ている服は……とりあえず浄化の魔法をかけて、部屋に持っていこう。




部屋に戻って、服をたたんで枕にして、床に横になる。
お風呂やパジャマが成功したせいか、ベッドで寝たいという欲求がでてきたけれど、眠たいから、明日どうにかすることにした。


部屋に明かりはない。だから、そのまま目をつぶれば、眠る準備は万端。
すぐに、意識は薄れていった。



[29317] 人間として、風見幽香として
Name: 中華妖精◆fafdb91d ID:8192afce
Date: 2011/08/16 18:14

二十四年の時が過ぎた。
季節は変わらず、夏。
移り変わらぬ暑さに、しかし規則性を見い出した。
この島は、一年毎に初夏、真夏、晩夏と繰り返していく。
まあ、そんなことに気がついても、何もないのだけれど。
私は、変わらず花たちの世話をするだけ。
変わったことといえば、ちょうどこの年で『俺』だった頃の生きてきた年数を越したことと、
この体に大分馴染み、もう自分のものとして考えて違和感を感じなくなったこと。
それから、内面の変化も。
十歳の少年の頃、一人称を『僕』から『俺』に変えて、それに伴い性格が変わっていったように、
私が風見幽香であろうとして一人称を『私』に変えたあの日からしばらく経った今、心の中でさえ
風見幽香の喋り方になったこと。
……それと、そう。『風見幽香』なんて自分のフルネームを口に出すと、違和感を感じるようになったこと。
それは、もう完全に私の名。まるで他人事のように名前を出せば、違和感を感じるのは当たり前のこと。

私だけでなく、花たちだって変化していく。
極一部を除いて、殆ど全てのひまわりが世代を変えている。
私がこの地で気がついた日から数えて、優に数十世代。
何度も花たちが枯れていく場に立ち会ってきた。それ以上の回数、新しい生命の芽生えにも。

夢幻館も、大分過ごしやすい環境が整ってきた。
流木よりも土の方が石などに変わりやすいことに気づいてからは、それで柱の補強をしたり、
お湯を沸かすための石釜を作ってみたり、なんとなーくエントランスに石像を作ってみたり。
ろ過装置なんて、今では結構な大きさになっていて、筒状の上口から海水を流し込むと、あっという間にろ過して
地下に作った貯水槽に貯まっていく仕組みになった。
水道なんていうのも、作ってみた。……作った後で、どうやって水を通すのかという問題に気付いて、ちょっと落ち込んだり。
でも、そこで魔法の登場。
万能なんじゃないかと思える魔法のおかげで、晴れて水道は使えるようになった。
私の部屋には、ベッドやタンスなんかの家具も作ったし、布団なんかも作り出した。
いや、引き寄せた……召喚した? と言った方が適切かしら。
…魔法は万能、で思い出したけど、私自身の魔力がそれ程多くないから、
あまり連続して大きな魔法は使えないということに、最近になって気が付いた。
最初の頃はそれが理解できなくて、ばんばん魔法を使って魔力切れを起こして倒れたり……せ、精神的な意味で
完全な妖怪としての風見幽香になりきれていなかったんだもの、しかたないじゃない、しかたないじゃない。

ああ、恨めしきはたった二十数年しか生きていない矮小な人間である『俺』であった時の知識よ。
一見ちっぽけに思えてその実、今になって思い返せば充実していたあの頃に得た二次創作の知識が私に配下の持ちネタを使わせるのよ。

……そんなことを考えるから、またあの娘たちに会いたくなってきてしまった。
そんな時は、決まってエントランスへと足を運ぶ。
そこに立つ、1/1スケールエリー人形(石像)とくるみ人形(同じく)を見て、気持ちを落ち着ける。
笑顔のままに固まるエリーの頬に手を添えて、優しく撫でる。
それから、エリーに寄り添うようにして固まるくるみの頭に、手を置いた。
石の感触。
だけど、温かく感じるのは…気のせいだろうか。
……いや、私の体温だとか、そんなことはどうでもいい。
今は、この温もりは…本物だと、思っていたい。

目をつぶって、しばらく。
二人から一歩離れて、目を開いた。
写真の中の隔絶された世界に取り残されているかのように固まる二人を見ながら、思う。
この二人を、喚び出せればいいのに、と。
何度、試したことだろうか。
布団や服を出現させることができたのだから、もしかして、この娘たちだって……?
そんな淡い期待とともに指を振って、次には倒れていた。
魔力が一瞬で枯渇してしまったために。
二人を…いや、どちらか一人でも、この場に喚び出すには相当な量の魔力が必要らしい。
私には、そんな魔力はない。
残念だった。
手が届きそうなものだから、余計に諦め悪く何度か挑戦して、倒れた。

諦める他なかった。
二人の召喚を試みるのは魔力の無駄遣いにしかならないし、気絶するだけでなくかなりの体力も失う。
花たちの世話を考えれば、倒れてなんかいられない。
歯を食いしばって、会いたいという衝動を抑えるしかなかった。
そのために石像まで作ったし、気を紛らわせるために分身して自分と延々話したりもした。
考えることも話すことも一緒だから、つまらないことこの上なかったけれど。
…やることといえば、しりとりくらいだった。

そうして気持ちを紛らわせていても、時々凄く二人を喚び出したくなって、やってしまう。
妖怪は、生きる分だけ力が強くなっていくのだから、その内喚び出せるようになるんじゃないかと思って、
きっぱりと諦めることが、できなかった。
あえて言うならば、物事に執着する『俺』の人間臭さがこんなところで大きく出ているせいなのだろう。

しかし、その『時々喚び出したくなる』という気持ちも、今となっては、わかなくなった。
理由は、単純。
痛い目にあったからだ。
すっと右手を、左の二の腕に当てる。
二の腕の半ばからは、ぺたんとした長袖が揺れるだけで、腕はない。
少し前。
それまで数年間姿を見せなくなっていたトカゲが、群で現れた。
異様な気配に、二人の召喚に失敗して倒れていた私は目を覚まして、ふらふらの体で交戦。
魔力が空でも、私には妖力がある。
だけど、結果はこの様。
夥しい数が相手だったとはいえ、これでは風見の姓が泣くというもの。
幸い、花たちに被害はいかなかった。館は少し燃えちゃったけれど、それも、もう直した。
…腕を失った時の恐怖ときたら。
私の中に残っていた人間の部分が怯えに怯えて、思わず半狂乱になってしまう程だった。
私の腕を食い千切ってくれたトカゲは、他を始末した後で羽をもいで足を砕き、
溜飲を下げるためにちまちまと甚振って殺した。
大量の死体は冷凍庫と化した食料庫に突っ込んで、入りきらなかった分は花たちの肥やしにした。

失った左腕は、人間ならば二度と元には戻らないのだろうけれど、私は妖怪。
左腕は、日に日に少しずつだけど、治り始めている。
魔法も大概だけど、妖怪という存在も大概よね。



外に出ると、分厚い雲が空を覆っていて、薄暗かった。
日を遮るために開こうとしていた傘を閉じ、そのまま歩き出す。
向かうは、とあるひまわりの元。
島の中央に位置する館から南に歩いて数十分。
他より群を抜いて背の高いひまわりの前に、私はやって来た。
男性の腕ほどの太さの茎が、このひまわりの生きてきた年数を物語っている。
常夏のこの島といえ、ひまわりも一年もすれば枯れてしまうはずなのに、不思議とこのひまわりは花を開いたまま成長を続けている。
…周囲から、魔力を取り込んで。
どういう仕組みかはわからないけれど、大気中に散在する魔力を蓄えているみたいなのよね。
そのことに気付いた私がこのひまわりの前に立った時、このひまわりは、一つ、種を落とした。
どこをどう見ても種なんか落とせる状態じゃないのに。
種を拾ってみれば、魔力が凝縮されているのがわかった。
種を眺める私に、ひまわりは頭を垂れて『種を食べろ』と催促してきた。
いや、実際にそんなことを言ったわけじゃないけれど、私にはそのひまわりがそう言っている気がした。
殻を剥き、恐る恐る種を口にしてみて、驚いた。
噛み砕いて飲み下した瞬間に、私の魔力量が増えた。まるで、RPGゲームでMPを増やすアイテムでも使ったかのように。
しかもおまけに、日々過ごす上で増える妖力の量までもが増加していた。
そのことに気が付いたのは、後日のことだけど。
…そうそう、この種も、私があの娘たちを喚び出そうとすることの原因の一つでもあった。
だって、魔力が増えるんだもの、もしかしたら二人を喚び出せるようになってるんじゃ…なんて、考えちゃうわ。
……無駄だったけど。
増える量が私の全魔力量の1%にも満たないのだから、当然なんでしょうけど。
妖力の方も同じ。
淡い期待を抱かせおってからに、なんて見当違いな八つ当たりもしたくなるわよね。
まさか、実際に手を出したりはしないけど。


一つ息を吐いて、屈み込む。
地面に落ちている一粒の種を人差し指と中指でつまみ上げて、胸ポケットに入れる。
実はこの種、一日に一粒落としてくれるものなのよね。
物凄く遠い目で見て…三千年くらい?毎日食べ続ければ二人を喚び出せるくらいの魔力量に達っするかもしれないから、
こうして毎日取りに来ている。

ひまわりが頭を垂れて『食べろ』と催促してくるのを手で制して、茎を撫でる。
そうすると、くすぐったそうに身を揺らせて戻っていった。
ああ、可愛いものね、本当に。
これで後百年は戦えるわ。
とん、と傘の先で地面を突いて、分身を作り出す。
突くことに意味はないけど、そうした方が格好がつくじゃない。
横に現れたもう一人の私は、全てわかっているという風に頷いた。
ちなみに分身にはちゃんと左腕もある。早く私の腕も治らないかしら。

…自分で言うのもなんだけれど、分身は、綺麗だった。
そんなことを思うのも、ひとえに『俺』の知識があるから。
偶に役に立つのよね、この知識。

踵を返して来た道を戻り出せば、同じように鏡写の私が隣を歩く。
そして、ゆっくりとその口を開いた。


「しりとり」


耳朶を打つ、私の声。
自分に酔いしれるつもりなど微塵もないけれど、妖艶というに相応しいその声に、
ほんの僅か、口の端を歪める。


「リーマス」
「スネイプ」


歩きつつ、しりとりをする。いい暇潰しになるのよね、これ。
特に、使う言葉を制限したりすると面白い。


「フリットウィック」
「クィリナス」
「スチュワート」
「ドローレス」


そうして熱戦を繰り広げているうちに夢幻館についた。
門を潜り、扉を開けて中に入ったところで分身を消す。
なんという魔力と妖力の無駄遣い。いいのよ、他に使い道なんて殆どないのだから。
エリーとくるみの石像の前に立つ。
それから、目をつぶった。


思いを馳せるのは、この娘たちと過ごした日々。
しばらくはそうして……過ごしているとしよう。



[29317] 奇しくも迷い込んだ男
Name: 中華妖精◆fafdb91d ID:8192afce
Date: 2011/08/18 02:13
時は過ぎゆく。
ゆるやかに、しかし瞬きをする間に。
十年経ち、何も変わらず、二十年経ち、時折、ふと妖怪ってこんなものなのかしら、なんて思うようになって、
五十年経ち、感覚も麻痺したか寂しさを感じなくなって、百年経ち、自らの力の衰えに気が付いた。

ゆっくりと、されど明らかに衰退していく妖怪としての能力。
日々増えゆくはずの妖力が、魔力が、その絶対量を減らしていく。
二百年経つ頃には、妖怪故の高い身体能力までもが衰え始めた。
あのひまわりの種を食べても、それら全ての回復には到底間に合わない。
この不可思議な現象に、思い浮かぶ言葉があった。
声に出して、確認なんてしてみる。


「…寿命、かしら」


しかし、もしそうなのだとしたら、未だ私の容姿に一片の変化もないのはおかしい。
肌は若々しさを保っているし、完全に治った左腕や、その他も、そう。
まだ老いてなどいない。
じゃあ、何か。
それは、いまいちよくわからなかった。




私がここで気が付いた日から三百年の時が経った。
この日、とうとう空を飛べなくなった。そのおかげで、ろ過装置も使えなくなってしまった。
とんだ不親切設計ね。自分で作っておいて言うのもあれだけど。
それに最近、傘の重みを嫌にはっきりと感じるようになった。
門を押し開けるのも一苦労になれば、花たちに水をやるのも一苦労。
夏の暑さに、前は全然掻かなかった汗をよく掻くようになった。
おかげでお風呂が大変気持ち良い。
…そうそう、そういえば、衣服の汚れがなかなか落ちなくなった。以前は勝手に落ちてくれたのに。

明らかな弱体化に、正直、焦燥感を隠しきれなかった。
本能が警鐘を鳴らし続けている。このままでは、死ぬと。
そんなこと言ったって、どうすりゃいーのよ、というのが私の本音だったり。
どうしようもないから、いっそのこと花の肥やしにでもなってみようかしら。
……なんて、ね。
幸い、二百年ほど前に張った結界が今も生きていてくれているおかげでトカゲは襲って来られないし、食料ならたんまりある。
肉だけだけど。
しかし、問題は水。
水の方は、幸い魔法の効果が残っているのか、腐ったりはしていないけれどそれ程量が残っていない。
ろ過装置を使おうにも、飛べないから海水を持って行けないし、登るための梯子を作ろうにも魔法が使えないからできない。館の屋根に登って、そこから海水を流し込むにしても、
そんなところまで重い水を運べない。
それに、足を滑らせたりしたら、今のこの体じゃちょっと頭を打っただけであっさりと死んでしまいそう。
ちまちまとやるのも体力が持ちそうにない。というか、そもそも屋根の上に登ることなんてできない。
万策尽きた。


なんだか徐々に徐々に『終わり』へと近付いていっているような気がするけど……どうしてかしらね、気分が良いわ。





朝食に、トカゲのお肉ととれたてのひまわりの種を一粒食べて、エントランスで二人に挨拶をしてから、
傘とたんまり水の入った重い如雨露を手にして外へ出た。
残り少ない水だからこそ、私が飲むんじゃなくて、花たちにあげたい。

外は暑かった。
地面からはむわりと熱気がたち上がり、陽炎が揺れている。
天上から降り注ぐ光が海面に反射しているのか、花たちが照らされていて、輝いていた。
日傘を差して、歩き出す。まず最初に一番近いところにいるひまわりに水をやって、次に、その隣のひまわりに。
円を描くように順番に水をやっていく。
如雨露の水が無くなれば館に戻って地下に行き、水を補充する。
それを何度も何度も繰り返していく。
太陽が真上を通過した頃。
額に浮かぶ汗をハンカチで拭っていると、ひまわりたちがざわついているのに気が付いた。
何事かと見回せば、一斉に西を向くひまわりたち。
そちらに何かあるのかと思い、向かっていく。
花たちに導かれるままに進んでいけば、海岸についた。
白い砂が広がる浜を見回して、息を飲んだ。

人だ。

人間が浜に打ち上げられていた。
そろそろと歩み寄って間近で見てみれば、男性だということがわかった。
押し寄せる波に赤い靴が濡れるのを構わずに、俯せに倒れるその男の横顔を眺める。
顔面蒼白。まさに、その言葉が似合う状態。死んでいるのかと足の先でつつこうとして、僅かに息をしているのに気付いた。
両手が塞がっているのと、男の着ている着物が海水を吸っていて重そうだったのと、触ることに躊躇いを覚えたことから、
足で男を転がして仰向けにした。
若い。二十代前半といったところだろうか。顔立ちからして、日系人。
短髪、黒髪。
黒い髪なんて、久しぶりに見た。
いや、そもそも私以外の顔を見るなんて、本当に久しぶり。
奇妙な高揚感に心臓が早鐘を打ち始めた。
胸を押さえて、男を見下ろす。
気のせいか、いや、気のせいなんかじゃなく……息が、荒くなってきた。
抑えられない感情が、全身の、そして身体の奥底からふつふつとわき出てくる。
溢れる力に、ぎり、と歯を食いしばり、わけのわからぬ感情に飲まれないように耐える。
それでも、荒く吐く息が歯の合間から漏れる度、馬鹿みたいに大きくなっていく力に、とうとう耐え切れなくなった時。

激しい音と共に、私の体を壊す勢いで力が爆発した。
ドギャウ! と噴出し、私に纏わりつく妖力と魔力の光。
それが、炎のように大きく揺らめいた。
戻った。私の力が。何十倍にも、何百倍にもなって……?
なぜ、と疑問を抱く前に、理解していた。
人間に出会ったからだ。

妖怪は、元々人間がいなければ生きていけない存在。
人と交わらねば、その力は衰えていく一方になる。
それが、この人間の前に立ったことで……戻ったのだろう。
こんなにも力が大きくなっているのは、恐らくここ数百年の積み重ねで、絶対量がとんでもなく大きくなっていたからだろう。
あのひまわりの種には、日々過ごす上で増える妖力の量を増やす効果があった。
そんなものを食べ続けていれば、増える量も大きくなるのだから、こうなるのは当然。


ふと思考から戻ってみれば、男の投げ出されている片腕に、なぜか私は足を乗せていた。
どきりと、胸が高鳴る。
どくんどくんと脈打って、血液が顔まで昇ってくるのがわかる。
胸が苦しい。

抑えられない感情。欲望に似た、激情。
私はそれらに押されるままに、足に体重を乗せた。
ボキリと、枯れ枝が折れるような乾いた音。


「ッ――――――――――!!!」


びくんと男が跳ねて、予想通りの小気味の良い悲鳴をあげた。その口から、飲んでしまっていたのか、びしゃびしゃと水が漏れて零れていく。
脳髄を駆け上がる感覚に背を反らせて、口元を手で押さえる。
……良い。凄く、良い。
ぐりぐりと靴裏を擦りつければ、悲鳴は一段と大きくなった。

知らず、口の端から笑いが零れる。
意識を失っていてなお苦痛に歪むその顔を見ると、どきどきする。
その悲鳴は、私に快感を与えてくれる。

こうでなくては。
やはり、こうでなくては。

男の体を跨いで、反対側の腕に足を乗っける。
躊躇うこともなく、体重を乗せた。
再びの悲鳴。零れる水。

ああ、ああ! もっと、大きな声で聞かせて!!


ぐしゃぐしゃにしたい。
食い千切ってやりたい。

様々な衝動が脳を駆け巡る中、私はゆっくりと足をどけた。
もったいないと感じたから。
ここで殺すのは惜しい。もっと甚振ってやりたい。虐めてやりたい。
できれば起きている状態で悲鳴を聞かせて欲しい。

それを想像すると、まるで恋する乙女のように、鼓動が激しくなった。
火照る体に、意味も無く舌舐めずりをして、それから男の折れた腕を持ち、浮かび上がる。
全速力で館へと戻った。
空いている部屋にベッドと布団を用意して、着物を脱がせた男を寝かせる。びしょ濡れの着物は洗濯行きだ。

手早く男の症状を確認すれば、衰弱しているくらいで目立った外傷はない。両腕の骨折はノーカウント。
ただ、溺れたのか水を飲んでいたらしく、細いながらも筋肉質な体に手を這わせていたら、男が吐き出した海水が手にかかった。汚い。
ハンカチで手を拭っていると、僅かに呻いた後に、男が薄く目を開けた。
最初虚空を見ていた瞳は、時間の経過と共にはっきりとした意思の光を灯してせわしなく動き始めた。
右へ左へ動いていた目は、私を見つけた瞬間にぴたりと止まる。
何となく笑顔を浮かべてみせると、二、三目を瞬かせた。
瞳に疑問の色が浮かんでいる……気がする。
思考を整理でもするつもりか、ぎゅっと目をつぶり、動かなくなる男。
いや、元々動いてなんかいないけど。
……どうでもいいけど、折れて青紫に腫れている腕が痛くはないのかしら。
しばらく待っていると、漸く男は目を開いて私を見て、割と力強く声を発した。

…英語、だった。
どう見ても日本人にしか見えないのに、英語。
これには流石の私も少し焦ってしまった。
英語、英語……必死に、ずっと昔、まだ幻想郷に身を置くより前に住んでいた地域の言語を思い出そうとしていると、続けざまに言葉が飛んでくる。
多分状況確認の言葉なのでしょう。『ここはどこ?』『私は誰?』的な。…流石にそこまでは言ってなさそうだけど。
とにかく、その英語をやめさせるべく私も口を開く。


「あー……あいきゃんとすぴーく、いんぐりっしゅ?」


確か、これで合っていたはず。
イントネーションがおかしい気もするけれど、意味は伝わったらしく、男はきょとんとして……次には、フランス語らしきものがその口から飛び出してきていた。
全くわからないので首を傾げてみせると、今度は……ドイツ語?
…お手上げだった。まさか、言葉が通じないなんて。
別に、虐めるだけなら言葉はいらないけれど、できるならば私のわかる言語で命乞いとかをして欲しかった。
せっかく楽しめると思ったのに。
落胆して、息を吐く。
男は心底困ったような顔をして、起き上がろうとした。
が、腕が折れているために当然起き上がることができず、一瞬浮いた上半身が、呻きと共にベッドに沈んだ。
ふむ、不便そうね。
治してやろうと思って腕を取る。できるだけ優しく持ち上げたつもりだったけれど、やはり痛いのか、顔を歪めた。
気にせず一本指を立てた右手を、男の手の甲に当てて、肩まですっと動かす。
指の後を追うように光が走り、そして、消えた。


「…これ、は」


驚いたように男が言う。
…って、日本語喋れてるじゃないの。
何でわざわざ外国語なんか……ああ、私の容姿のせいか。西洋人にしか見えないものねぇ、見た目。


「喋れたのね、日本語。…右手を出して」
「……え?」


ん?
なぜかは知らないけれど、男が驚いている。…惚けたように口を半開きにして、まじまじと私の顔を見てきた。
何よ、気色の悪い。


「あんた……日本語を喋れるのかい?」
「ええ。というか、日本語しか話せないけど?」


まあ、思い出せば英語くらいならば話せるようになるだろうけど。
はぁ? と間の抜けた声を出す男に手を差し出す。
あ、ああ、と呟いて、億劫そうに体を起こした男の手を取り、同じように治してやる。


「…凄い、無詠唱で……」


無詠唱?
男が口にした単語に、首を傾げる。何、無詠唱って。
…詠唱? いたいのいたいのとんでいけ、とでも言って欲しかったのかしら。
……そんなわけないわよね。
きっと、詠唱の必要がある魔法だとでも思ったんでしょう。
私が使う魔法は、そういうの、必要ないもの。


「あ、あの、つかぬことを御伺いしますが……あなたは、高名な魔法使いで?」


右手をさすりつつ礼を言った男は、正座して姿勢を正してから、そんなことを聞いてきた。
私は、座りたくなったために指を振って椅子を作り出し、それに腰掛けてから、「何故そう思ったの?」と聞き返した。


「い、いえ。無詠唱で治癒の魔法を使っていらしたので……。今のは、どうやったのですか? 何もないところからいきなり現れましたが…」


嫌に腰が低いものの言い方に引っかかりを感じながらも、「これ?」と椅子を指で差してみせれば、「それです」と返される。


「どうって……作り出しただけだけど?」
「無から、ですか?」


さあ、どうかしら。そうなるのかもしれないし、そうでないかもしれない。
魔法はずっと昔に齧ったきりだし、詳しいことなんてわからない。その点で言えばあの黒白魔法使いの方が知識はあるでしょう。
そんなことを簡潔に――無論、最後の方は言ってないけど――伝えると、はぁ、と呟いたきり、沈黙してしまった。
空気を重くして居心地が悪くなるのなんてごめんだから、すぐに質問でもすることにした。


「あなたの名前は?」


まずは、普通のことを聞いてみる。彼は、顔を上げて、一度躊躇ってから、口を開いた。


「自分は……勇治といいます。姓は、青山。……よろしければ、あなたの名前も教えていただけませんか?」
「別に、かまわないわ。私の名前は風見幽香。よろしく」


言葉の裏に、『これからは私のおもちゃになってもらうから、よろしく』という気持ちを込めておいて、それから、微笑んでおく。愛想は大事よね。
すると、男…青山、は、照れたように目を逸らして、頭の後ろをポリポリと掻いた。
そういう反応をされると、ちょっと嬉しい。
こん、と傘の先で床をつついて喜んでいると、ここはどこですか、と聞かれた。


「結界の気配を感じるところを見ると、結構なお屋敷のようですが……しかし、何故こんなに暑いのか…」


推測らしきものを口にする男に答えてやろうとして、ふと、口を噤む。
そういえば私、ここがどこだか知らないわ。なんていう島なのかしら。
男は、尚も推測の言葉を続ける。


「海に落ちたと思ったんだけど……流されて戻ってきたのか……だとしたら、まだ都市から離れていない、のか? あの、ここは」


ぶつぶつ呟いた後に、再び尋ねてくる。


「都市だとかはよくわからないけれど……ここは、孤島。夏以外の季節がない島よ」


そう伝えると、青山君は固まってしまった。
今のどこに固まる要素があったのか。彼は、ひたすら「え?」とか「は?」とか言っている。
……それはそうと、これまたどうでもいいことなんだけれど。彼、服を脱がされていることに疑問は持たないのかしら。


「私は、あなたが海岸に流れ着いているのを見つけてここに運んできたのよ。ここは、私の館、夢幻館。住んでいるのは私一人」


混乱している様子が面白いので、新たな情報を与えてやると、更に混乱……するなんてこともく、おとなしくなった。
情報の整理が済んでしまったらしい。つまらないの。
…ああ、そういえば、浜に如雨露を置き忘れて来ちゃったわ。
何か言いたそうに私を見る青山君を置いておいて、指を振る。
すると、膝の上に如雨露が現れた。それを、床に置く。
青山君は、目を大きく開いて「まただ…」と呟いていた。


「その……魔力を、抑えているのですか?使っている魔力量と、保有量が釣り合ってないように感じるのですが……」


へえ、わかるのね。その通り。あまりに力が大きくなったから、めいっぱい抑えてるのよ。おかげで今の私は『戦闘力たったの5』の状態。


「その通りよ、よくわかったわね。……ああ、そんな堅苦しい喋り方、しなくていいわよ」


はあ、そ、そうですか、と青山君が困ったような笑みを浮かべた。
まあ、言われてすぐに砕けた話し方ってのは、無理でしょうね。
そこのところに、ほんの少しだけ好感が持てる。
……そうだ、ちょっと驚かせてあげましょう。
そう思ってすぐに、座った状態のまま少しだけ妖力と魔力を開放する。
ドギャ! という音と共に、私の体から激しく噴出する黄色い光。
えっと……これ、デフォルトなのかしら。
奇妙な高揚感に包まれつつ青山君を見やると、後頭部を両手で押さえて悶えていた。
私が力の一端を開放してみせた途端に飛び退って、壁にぶつけたみたいね。
いい身のこなしだった。それに、腰に手をやっていた形がまるで刀を抜こうとしているようにも見えたから、もしかしたら、そういう人なのかも。
ぱっと、妖力と魔力を極限にまで抑える。うん、完璧ね。
そうすると、青山君はゆっくりと顔を上げて、「妖か…!」と言い放った。


「そういえば、言ってなかったわね。私は妖怪。四季のフラワーマスターと呼ばれているわ」


一度口にしてみたかった二つ名を口にして、少しだけテンションが上がる。
今まで言う相手なんかいなかったものね。
さて、何やらとても警戒しているようね。これじゃあ、話もできやしない。
……まあ、私のせいなんだけど。


「別に弱いもの虐めをする気はないわ。そんなに殺気立たなくても」


ほんと、怖い顔しちゃって。
……もしかして、虐めないっていうのが嘘だってわかっちゃってるのかしら。
だとしたら、困ったものね。
困り顔でいると、青山君ははっとして元の姿勢に戻った。


「す、すみません、命の恩人に……」
「いいわ。私も悪ふざけが過ぎたし」


命の恩人、ね。私はただ腕を折っただけなのだけれど。
彼にしてみれば、私は命の恩人になるのかしら。
…まあ、どうでもいいわ。



警戒を解いた青山君と質疑応答をする。
それで、わかったことがいくつか。

青山君は京都の神鳴流という流派の剣士で、最近入り出した外国の文化に興味を持って、自分の足で外国へ行き、異国の文化と言語を学んだらしい。
そうして外国を移ろう生活をしていると、ある日偶然『魔法世界』に来てしまった。
そこで日本の『術』とは違う『魔法』を学んだ、とのこと。
この島に来たのは、懇意にしていたギルドが突然襲ってきて、それと交戦し、手傷を負って追い詰められ、海に身投げしたから、らしい。何よそれ。
それから、生い立ちから思い出まで色々と語ってくれたけれど、引っかかるところが幾つもあった。
『神鳴流』『魔法世界』『魔法』とくれば、導き出される答えは一つ。
ここ、魔法なんとかメンマ……じゃなくて、えっと、蒲焼? とかなんとかの世界だわ。
しかも、話を聞く限りでは今は明治時代。
そして、この島は分類上魔法世界にあるみたい。
わけがわからない。どうして、えーっと、あー、れいむ! だったかしら、作品の名前。
魔法なんとか、なんとか! って感じのあれ。……魔砲少女魔理沙☆マギカ?
あー、なんかそんなんだった気がするわ。魔理沙、魔理沙。
うーん、でも、食べ物の名前が入ってたような気もするのよね。確か、野菜の……そう、ヤサイ。
で、えー……。あー、あー、あー。確か、先生、ね。
魔法先生ヤサイ! そう、これね。主人公の名前は、あーもう、魔理沙でいいわ、魔理沙で。

で、なぜヤサイの世界なのかしら。東方の世界だというのならば、まだ理解も早いのだけれど。
……おかしいわね。私になる前の時の死因は思い出せないけれど、そもそも死んだのかどうかも思い出せないけど、少なくとも神とかに会った記憶などない。
一体、何故。

いや、まあ、そんなことはどうでもいいわ。
私はただ、花の世話をするだけ。
『原作』の物語に興味はあれど、この島から離れるつもりなど毛頭ない。
それに、『原作』なんかを見るためにこの島から出るくらいなら、あの娘たちに会いに……って、ああ、そうか。世界が違うから、会えないのね……。
いくらなんでも、この世界に幻想郷があるとは思えないし。


青山君との話の中、私のことも色々聞かれたのでてきとうに答えておいた。
以下、その質問と答え。


「本当に妖怪?」
「本当よ。一人一種族の花の妖怪」

「その魔法は……どこで?」
「ずっと昔、西洋で」

「その妖気と……魔力は…」
「生きてきた年数の証よ」

「この島からは出られますか?」
「さあ。出ようと思ったこともないし」

「それは何故ですか」
「花の世話があるから」

そうそう、それ以外でも、「烏子……刀が、一緒に流されてきてませんでした?」と聞かれた。
そんなものは見ていないので、首を振って返した。



話も終わり、昼食を摂ることにした。彼も一緒に。
トカゲの肉を出すと、「え? これだけ、ですか?」と惚けていた。
これだけって……こんなに大きいのに。
それだけよ、と言うと、「焼いただけですか?」と呆れられた。
……悪かったわね。それしかできないのよ。
むくれて返せば、あなたの不思議な魔法で、なんとかしたりしようとは思ったことはないのですか? と言われて、あっとなった。
そういえば、その手が。……いやいや、そんなに上手くいくものじゃないでしょう。そう思いつつ指を振る。
小さな光がテーブルの上に現れ、そして、光が消えたとき、そこにあったのは……小瓶。
その瓶には、白い粉がたんまり入っていた。
瓶を手に取り、蓋を開け、指につけて舌に乗せる。
……しょっぱい。
…………なんで、今までこんなことも思いつかなかったのかしら。
私って、ほんと馬鹿ね。
涙がこみ上げてきそうなのを堪えていると、青山君が「……調味料を出すんですか」と呆れ果てたように言った。
むっとして、腹いせに、これでもかと彼の肉に塩を振りかけてやった。
私の方には、適量を。
手を合わせて、いただきますをした後に、食べ始める。
青山君が悶えている姿も含めて、最高に美味しかったとだけ言っておくわ。
…それにしても、妖怪として数千年生きてきた中で、半裸の……いや、褌一丁の男と食事をするのなんて、初めての経験なんじゃないかしら。
それで、青山君は何で自分の格好に疑問を持たないのかしらね。
そのことを聞いてみれば、「え? 妖怪ってそういうの気にするんですか?」と驚かれた。
ちょっと、これでも花も恥じらう乙女なんだけど。……自分で言ってて恥ずかしいわね、これ。
ていうか、人間としての常識でしょうよ。変な人。
仕方がないので、指を振って青山君の袴と着物を取り寄せる。
それを着てもらってから食事を再開した。
食べ終われば、「これから一緒に住むことになるのだから」と言って、館を案内することにした。


「え、いや、俺……できることなら、この島を出たいのですが」


とか言われたけど、出る術なんてないわよ、私は船なんて作れないし、と濁しておいた。
せっかく手に入れたおもちゃを逃がしてたまるものですか。
この島で過ごしてきて三百年近く。今日まで人間が上陸して来たり、流れ着いて来たりしたことはなかった。
だから、青山君が流れ着いたのは、奇跡に近いものなんでしょう。
それをみすみす逃してしまう程、私は甘くはないわ。
久しく人間を食べていないし……ね。


会話をしつつ、廊下を歩く。並んで歩くと、青山君の方が私より頭一つ分大きいのが良くわかる。
それが、何でか意外に思えて仕方がなかった。

久しぶりの人との対話は楽しい。青山君は昔の人らしいけれど、思想や思考、人格が現代人のものに似ていて、話していて違和感はないし。
自然に笑ったのなんて、何時以来かしら。

結界を張っている理由を話していると、エントランスについた。
まあ、こんなに早いのも、紹介する部屋が僅かしかないのが原因よね。
あの娘たちの石像の前まで行って、名前を紹介した。
それから、どんな娘だったのかを。

エリーは健気だった。私のために良く働いてくれた。
時折変態じみた言動をするのが玉に瑕だったけれど。
それでも門番としての勤めを果たしてくれていた。
くるみは、一言で表せば愛くるしい子だった。
吸血鬼として長い生を歩んできたとはいえ、子供っぽいところが濃く残っていて、それでも、私に尽くそうと一生懸命だった。
それに、幼く見えても吸血鬼としての才能は本物で、能力を最大限に引き出せる優秀な子だった。
この子から魔法を習ったこともあったわね。
二人とも明るくて、二人が集まると、途端に騒がしくなる。
でも、それが良かった。あの頃は……毎日が愛に満ちていた。
あの娘たちの笑顔が脳裏に浮かび上がる。
愛おしい子たち。私のかわいい配下。

思い出なんかを話し終えて、青山君に顔を向けると、真剣な表情でくるみの石像を見ていた。
どうしたのかしら。その真剣な顔は。……もしかして、見覚えが?
胸の内に期待が膨らむ。
もしかして、そうなの? ……そう思うと、口を開かずに入られなかった。
が。


「……美しい」
「は?」


開きかけた口を、そのままぽかんと開けた。
美しい? くるみが?
いや、そりゃあかわいいけど。でも、美しいかと聞かれると……違うでしょう。
どこから見てもちびっこで。どこをどうとっても幼児体型で。そして胸はぺったんこ。
それがくるみクオリティなのよ。
なのに、美しい……? 頭沸いてんじゃないのかしら。
冷めた視線を送っていると、それに気付いた青山君は慌てて弁解をしてきた。
それがもう、なんというか……無様で。
わかったわ、青山君。あなた、同類ね。『俺』と。
ロリコンという奴でしょう。理解でき……るわね、多少は。
まあ、そんなことはどうでもいいわ。

外に出て、門を抜けると一面のひまわりが出迎えてくれた。
青山君が感嘆の声を上げる。
ひまわりが珍しいのか、近くまで行って眺め回している青山君の背に海岸へと向かう旨を伝え、歩きだした。
追ってきた青山君が理由を聞いてくる。


「貯水槽の中身が少なくなってきているから、海水を持ってきてろ過するのよ。花に水をあげるのも途中だったから、やってしまわないと」


青山君は、わかりましたと頷いた。



海岸につけば、早速大きな籠を取り出して、海上まで飛んでいって海水を汲む。
青山君が、「何もなしで空を飛べるんですね……」と驚いていた。
幻想郷じゃ、これが当たり前なんだけどねぇ。
青山君は、「刀が流れ着いていないか探してみます」と言って、海岸沿いに歩いて行ってしまった。
なので、私はさっさと館に戻り、ろ過装置に浄化の魔法をかけて汚れを消し、海水を流し込んだ。
その後に地下に行き、如雨露を取り出して水を汲む。
後は、花に水をやるだけだ。
日傘を差して外に出て、水をやるのが途中だったひまわりの元へ行く。



順番に、順番に。そうやって花たちに水をやっていって、最後の一輪に水をかけてやる頃には、空はすっかりオレンジ色に染まっていた。
空へと浮かび上がって青山君の姿を探すと、ちょうど海岸の最初の位置に立って、海を眺めていた。
ふわりふわりと降下していくと、私に気付いたのか、こちらを見上げて……すぐに目を逸らした。
変てこな反応に首を傾げつつ地に降り立ち、終わったわ、と如雨露を持ち上げてみせる。
館に戻りましょう、と言って歩き出す私に、青山君は一瞬海を見て、それからこちらに走ってきた。
ひまわりの中を歩きながら、青山君に問う。


「この島を出たい?」
「……ええ、できるならば」


真剣な表情で言うのに、ふぅん、と返す。
それから、別の話題を。


「刀は見つからなかったようね」
「ええ、残念ながら。……俺、あれがないと魔法を使えないのに……」
「へえ? 魔法が使えるの?」
「言いませんでしたっけ? 刀を杖がわりにして使ってるって」


言われたかしら。……なんか、そんな話もしていたような。
まあいいわ、どうでも。
ちょいちょいと会話をしていると、館につく。
お風呂に入ることにした私は、青山君もどうかと勧めてみた。
入ります、とのこと。
浴場の風呂釜に水道を通して熱湯を注ぎ、少し水を足して湯加減を調節する。
その様子を隣で見ていた青山君に、一緒に入る? と聞くと、いえ、遠慮しときます、と普通に返された。
もっと反応してくれないとつまらないのだけれど。
……ひょっとして、妖怪として見られているのかしら。
だとしたら、少し……傷つくのだけど。
青山君を食堂へと追いやって、脱衣し、風呂に入る。
外が暑くとも、やはり熱々の湯に浸かるのは最高に気持ちが良かった。


お風呂から上がり、寝巻きに身を包んで、夕食の準備をする。
できあがる頃には、私の後に風呂に入っていた青山君が上がってきていた。カラスの行水ね。
夕食を摂りつつ、青山君と今後のことについて話をする。まあ、結果はわかっているようなものだけど。
この島から出られる手立てができるまで、お世話になります、とのこと。
私としては大歓迎だった。
夕食が終われば、食休み。
二階の廊下の窓から星空を眺めていると、青山君がやって来た。
彼の部屋は、この階の一番奥。
隣に立った青山君が、遠慮がちに口を開く。
夏の続く島の存在なんて聞いたことない。ひょっとして、ここには人が来たことはないのでしょうか?

そうだと答えれば、何やら「推測ですが」と前置きをして話し出す。
長々と話された内容を要約すれば、この島って外界と隔絶された場所なんじゃないでしょーか、とのこと。
そうかもしれないわねぇ、と気のない返事をすれば、もしそうだったとしたら……この島から出るのは、困難でしょう。
明日から、ちょっと調べてみます。
そう言って、部屋へと向かって行く。
その背に、待ったをかけた。
理由は……彼の、私への認識を変えるため。
振り返った青山君に、「私に変な気を起こしたら、殺すから」と伝えると、はあ、わかりました、と返事。
…………言葉を間違えたかしら。これっぽちも効果がないわね。
私も部屋に戻ろうかと踵を返すと、あ、そうそう、と声をかけられてつんのめった。
僅かに浮いて倒れるのを回避する。


「花の水やり、魔法を使って水を雨みたいに降らせれば、楽になるんじゃないでしょうか」


………その発想はなかったわ。
悔しかったのでてきとうに返事をして部屋に戻り、ベッドにダイブして布団をかぶった。
何も考えずに、眠りに入る。
こうして一日は終わり、この日から、彼との共同生活が始まった。



[29317] 風見幽香(パーフェクト)
Name: 中華妖精◆fafdb91d ID:8192afce
Date: 2011/08/18 23:09
次の日のこと。
早朝に目を覚まし、着替えを済ませて顔を洗いに脱衣所に向かうと、青山君が顔を洗っていた。
「起きるのが早いのね」と声をかけると、うす、と短い返事。
彼の後に顔を洗って目を覚ました後、朝食をとり、早速花たちに水をやることにした。
昨日青山君が何か言っていた気がするけど、言うとおりになんかするもんですか。
私は私の手で、私のやり方でやりたいしね。

帰ってきて、暇になってしまったので、また刀を探しに行くという青山君についていくことにした。
その途中、あのひまわりの種を手に入れる。
青山君が、とても珍しがった。
聞いてみると、そういう植物が世界に数種類確認されている、とのこと。
ふーん、珍しいものなのね、これ。
海岸沿いを歩いていると、浜に刀が突き立っているのを発見した。
……何で突き立っているのかしら。私の傘の時もそうだったけど……流されてきたのなら倒れているはずなのに。
青山君が嬉々として走り寄り、そして、ああ! と声を上げた。
どうしたのかと近付いてみれば、引き抜いた刀の刀身を見てため息を吐いている。
鍔のない日本刀のような刀の刀身は……真っ黒だった。
うわあ、キモ……格好良いわね。
そう言ってやると、違うんです、これ、錆びてるんです、と刀を指差してみせた。
どんだけ錆びてんのよ。
その錆びをとればいいじゃない、と指を振って錆びをとってやれば、泣いて喜んだ。気持ち悪い。


「お礼に……お礼に、そうだ! 俺の魔法を見せてあげます!」


ご丁寧に一緒に落ちていた鞘を腰に据え付けながら、彼が得意げに語りだした。
西洋の魔法使いに、人形を操る者がいた。
人形に魂を吹き込み、自立させる技法。……それを、自分なりに研究して会得したらしい。


「ルル・グリ・ルグリ・ジーライト! 四界の精霊よ、生命を吹き込む七つの光よ……」


刀の先を天に向けて、詠唱を始める青山君。
その始動キーらしきものに引っかかりを覚えたのは……気のせいかしら。
不思議な光が青山君を包み、そして、魔法の完成と共に降り下ろされた刀の先から放たれた光が、まだ若いひまわりの一群を包み込んだ。
その光がひまわりの中に溶けて消えると、ひまわりたちが下げていた頭を持ち上げて、ぴんと伸びた。


「これで、その花たちは意思と声を持つことができたはずです。さあ、話しかけてみてください。きっと花たちもあなたと話しがしたいと思っているはずですよ」


青山君の声が耳に入る。
風に揺れるひまわりに、私は僅かに震えていた。
ずっと一緒だったひまわりたちと、話せる……? く、口もないのに……?
日傘の柄を強く握り締めて、小さな花の前に行き、屈み込む。


「お、おはよう……?」


びっくりするくらい声が震えているのが、自分でもよくわかる。
ひまわりは、私の声にぴくんと反応して、ぱたぱたと葉を動かした。
か、かわい「ユウカチャン!」い……?


「ユウカチャンオハヨウ!」
「オハヨウユウカチャン!」
「キョウモカワイイネ!」
「ユウカチャンオハヨウ!ユウカチャンノオッパイサンニモオハ」


最後まで聞くことなく振り返り、後ろにいた青山君の肩をがっしりと掴んだ。


「なん……ひぃっ!?」


びくりと跳ねる青山君。あら、私そんなに怖い顔してるかしら。


「どういうことかしら、コレは」


先程とは違う意味で声が震えていた。
青山君はぶんぶんと首を振って、


「いや、これ、自分のせいじゃないですって。元々…」
「元々? 私の可愛いひまわりたちが、元々こんな変なことを言うと? そんなことあるわけないでしょう!?」
「そんな……」


善意でやったのに、と、困り顔になる青山君。
後ろから「ユウカチャン!」「ユウカチャン!」と聞こえてくるのに耐え切れなくなって、青山君の肩を揺さぶりながら、「戻しなさい! 今すぐ!!」と怒鳴っていた。


「そんなこと言ったって……無理ですよ、一度話せるようにしてしまったんでですから……」


なんですって!? 無理!?
無責任な……! くっ、…………ふん、まあいいわ、別に。
変なことを言っていても、花なのだから。
世話をするのに、変わりはない。
ただし……。


「その魔法、二度と使わないでよ」
「は、はい…」


そう、釘を刺しておいた。
おぞましい魔法ね。
コミカルな動きで私の名を呼ぶひまわりたちを放って置いて、私たちは館に戻った。




夕方のこと。
やることがなくて暇になっていた私は、良いことを思いついて、青山君の部屋に向かった。


「『力を見せてくれ』……ですか」


開いた扉を押さえたままに彼が言うのに、ええ。あなたの力を、と返す。
神鳴流の剣士と言う彼の実力の程を見たい、というのが本音で、それにプラスして私の力がどれほどになったのかも見ておきたい。
……それから、あわよくばいぢめるのよ。
ふふ……想像するだけでワクワクしてくるわ。
彼は、一瞬身震いした後に、別に、いいですけど、と言って、部屋の奥に引っ込んでいった。
戻って来た時には、その手には刀が握られていた。
館の外に出て、対峙する。
彼は腰に佩いた刀に手を添えて、半身を隠すように立っていて、私は傘を差して立っているだけの自然体。
何だか複雑な表情の彼を置いておいて、どう料理してやろうかと考える。
…おっと、その前に全力を出してみようかしら。
今の私の力がどれほどなのか……楽しみだわ。


「ふっ…」


姿勢を変えないまま、息を吐いて体に力を入れる。
ボッ、という音と共に、例のごとく妖力が噴出し、光が私を包み込んだ。
もう慣れたものよ。
……しかし、おかしい。私は全力になるつもりで力を開放したのに、ちょっとしか出ていない。
何か詰まっているかのように、これ以上の力が出ない。
いや、これでも結構でかい力だと思うんだけど……青山君がすました顔をしているということは、そうでもないのかしら。


「もういいですか?」
「あー、ちょっと待って」


親指で刀を押し上げて見せる青山君に待ったをかけて、考える。
出そうで出ない力のことを。
喉に小骨でも引っかかっているような気分よ。
……イメージが大事なのかしら。
イメージと言えば、私が思い浮かべるのは孫悟空。
あれほどストレートに力を開放するのを思い浮かべやすいのは他にない。
その孫悟空が超化するときに力むのを思い浮かべつつ、体の中から力を引き出そうとしてみるが……上手くいかない。
うーん、困ったわ。たとえ大きな力があったって、使いこなせなければ意味がない。
使う機会なんてなくとも、自分の力くらいは把握しておきたいし……うーん。
……みっともないけど、ちょっと…声でも出してみようかしら。
こほん、と空咳をして、それから、くっと身を固くする。
妖力を高め、集中し、私を中心に渦巻かせる。
と、強い風が吹き始め、花たちがざわめきだした。
青山君が辺りを見回している。
それから、力を高める私に顔を向けて、苦笑いを浮かべた。
雲が凄い速さで流れていく。
気のせいか、地響きが聞こえてくるような…。
それは気のせいではなかったようで、次には僅かに地面が揺れ始めた。
ちょっとちょっと、何よこの演出は。テンション上がるじゃないの。
高揚感と興奮をそのままに、さらに力を高めていく。
それが頂点に達した時……。


「はぁっ!!」


一気に、開放した。
ドギャウ! とあの音が響き、纏っていた光が肥大した。
濃密な力が炎のように揺らめき、渦を巻いて私へと収束してくる。
…素晴らしい。これが、私の力……。
気持ちの良い高揚感に浸りつつ、力を開放した時の反動で上に向いていた顔をゆっくりと戻すと、青山君が数歩分下がっていた。
地面に二本線ができていて、青山君の両足へ伸びていた。
青山君は頬に汗を浮かべて、「驚きませんよ、ええ……」と呟いた。
何よ、怯えてくれたっていいのに。
この素晴らしい力を前にすれば、たとえあの博麗の巫女……は絶対に怯えたりしないわね。
自称普通の魔法使いならば、跪いて命乞いをすること請け合い……。
それにしてもこれ、かなり気分が良いわ。でも、こんなにも気持ちが浮つくのはいただけないわね。
そわそわしてちゃあ、あっという間にやられてしまう。
で、さっきから凄い自信が溢れてくるのだけれど。
まあ、いいわ。……この言葉、口癖になってる気がする。


「さあ、来なさい!」
「では、行きます!!」


思ったよりも大きな声が出てしまったが、青山君はお構いなしに突っ込んできた。
縮地、というやつかしら。えらく速いわ。
だけど、ちょっと集中して見てみれば、スローカメラも真っ青な遅さに。
敢えて動かず見守っていると、私から数歩分の距離まで踏み込んできていた青山君が抜刀した。
居合ね、走りながら。それって凄いんじゃないかしら。
走る以上の速度で振るわれた刀を、一歩後ろに下がりつつ、上体を反らして避ける。
……って、ちょっと。何斬ろうとしてくれてるのよ。
まるで遠慮がないのね。殺気もガンガン向かってくるし。
それほど真剣なのかしら、剣士だけに。……ふふっ。

私が面白い洒落に口元を緩めていれば、返した刀が襲いかかってきた。
遅すぎてあくびが出そう。
刀の腹を指先で押して、軌道を変えてみる。
バランスでも崩さないかしらと見ていれば、神鳴流の名は伊達ではないらしく、勢いを利用して回転しつつ後ろをとってきた。
私の体感速度では、後ろに回り込まれるまでに一分以上かかっているんだけどね。
ふと見れば、青山君の体にも力の光が纏わりついている。
気、かしら。たしか、神鳴流は気を使うのよね。
身体能力を強化していて、この遅さ。ひょっとして本気でやってないのかしら。
ゆるゆると、しかし正確な軌道を描いて襲ってくる刀を、僅かに身を反らすのみで躱していると、青山君の纏っていた光が消えた。
かわりに、魔力の高まりを感じる。
何だろうと見ていれば、今私の目の前を通っている刀の先から魔法の矢が二本飛んできた。
びっくりして思わず手で払うと、魔法の矢は掻き消え、腕を振ったことで起きた突風が青山君を吹き飛ばした。
ひまわりたちの向こうに青山君が消えて、直後、空から回転する刀が落ちてきた。
それが地面に突き立って……静かになる。
青山君が飛んでいった方から「ユウカチャンタスケテエ」とか聞こえてきたような気がするのを頭の隅に追いやって、青山君の余りにもあんまりな弱さに嘆息した。
まったく、お話にならない弱さね。これなら氷精と弾幕ごっこをしている方がまだ面白味があるわ。
傘をくるくると回しつつ、青山君が戻ってくるのを待つ。
もっと力を抑えて戦えば、面白くなるかしら。……いや、そんなことはないわね。
私はめいっぱいやりたい派だし。
ああ、思いっきり体を動かしたいのに。
青山君がひまわりたちの中から気を纏って突進してきたのを見て、あ、そうだ、と一つ思い出した。
やってみたかったことがあるのよね。昔トカゲ相手にやろうと思って、毎回やらなかった技。
ゆっくりと接近してくる青山君を、キッ! と睨みつけて、『気合』を飛ばす。
すると、面白いように吹き飛んでいった。
気合砲、成功ね。気分爽快。
青山君が通っていった道に、遅れて風が向かい、ひまわりたちがその身をしならせる。
遅れて、向こうの方でどっぱーん、と水柱が上がった。
……ここまでね。
ふっと妖力を抑えて、海岸へと向かった。



乾かした着物に身を通した青山君は、肩を落として落ち込んでいた。
強さには自信があったのに、手も足も出なかったのが原因、らしい。


「まあ、そんなに落ち込まないでよ、私だってびっくりしてるんだから。正直、ここまでの強さになっているとは思わなかったのよ」


気を取り直して貰おうと、椅子に座って項垂れる彼に声をかけても、首を振られるのみ。
困ったけれど、かける言葉が見つからないのでずっと立っていることにした。

しばらくすれば、「そういえば」と青山君。
あくびを噛み殺していた私は、慌てて、何? と返した。


「あなたは、障壁やそれに類似するものを張っていませんでしたね。……余裕の表れですか? それとも、単純に使えないから、ですか?」
「名前で呼んでちょうだい。他人行儀は堅苦しくて嫌だわ。敬語も、そう。……ああ、後者よ」


張り方を知らないのよ、と肩を竦めて見せれば、教えてあげましょうか、と得意気に笑った。
…敬語が抜けないのね。天邪鬼なのかしら。
何がそんなに嬉しいのか、ニヤニヤとする青山君に、「そうね、そうするわ」と返すと、よし、とガッツポーズをした。
……何のつもりかしら。
そのことを聞いてみれば、「強い人にものを教えられるのが嬉しい」とのこと。
ふぅん? そんなものなのかしらね。人間ってのはよくわからないわ。
一応私も人間だったけど。
たった二十数年の記憶だけれど、同じ日々を繰り返す百年よりは割と頭に残ってる記憶。
今ぱっと思い出せる記憶は、お寿司屋さんに行った記憶ね。
そんなものを思い出しても何の意味もないのだけれど。

青山君に障壁の張り方を教わった。
実践してみて、一発で成功したわ。
サイヤバリアーならぬ幽香バリアーってイメージしたからかしら。
イメージって大事よね。
今度は地に手をついて落ち込んでいる青山君。
…一発で成功しちゃいけなかったのかしら。
とりあえず声をかけてみるも、無反応だったのでその背中に腰を下ろしてみた。
座り心地はなかなかね。これで何か反応があればいいのだけれど。
あまりに落ち込んでいるさまが可哀想に思えてきたので、剣筋が良かったとか、殺気が云々だとか、色々と褒めてみたら元気になった。
単純な人。



夜になり、夕食をとっているときに、青山君に神鳴流を教えてはくれないかと頼んでみた。
理由は、なんとなく。暇潰しのためだけに。
教えることが好きなのか、快諾してくれた。
それと、青山君が私の力について指摘してきたことがる。
戦って思ったのは、一度力を全開にすると、それ以降力の調節がきかないように見えた、とのことらしい。
たしかにそんな感じはしたけど、しかたないじゃない。
あれ、すっごく気分が高揚するんだもの。
制御が難しくて。
そう言ってみれば、じゃあ何か、制御を手助けする魔法でも作ってみますよ、と青山君が言った。
……作る?


「ええ、魔法を封じる魔法なんてのもあるんですから、それをちょっとアレンジすればいけるんじゃないかと」


随分あっけらかんと言ってるけど、それってどう考えても難しそうなものよね。
まあ、できるってのなら、別にいいのだけれど。


夕食を食べ終え、青山君が一言。


「俺、肉だけじゃ生きていけないんですが…」


ああ、そういえば。
私は妖怪だから大丈夫だけど、青山君は人間なのよね。
肉だけじゃ生きていけないわよね。
少し考えて、それから青山君にちょびっとだけ妖力を与えてみた。
勘だけど、これを毎日やれば普通に生きていけると思う。気をわけてやった、みたいな感じで。
生きていけなかったら、残念でした、ね。
青山君は、「生きていけるといいのですが……」と困ったように笑っていた。



お風呂から上がって、青山君を待つ。
廊下の窓から空を眺めていれば、少し後に、お風呂から上がった青山君がやってきた。
ちょいちょいと手で『こっちおいで』をして、隣に立たせてから、不意を突くように身を寄せてみる。
うわ、と声を上げて、ばっと離れる青山君。
顔が真っ赤。
それよ、その反応が欲しかったのよ。
やってみて正解だったわ、ふふふ、滑稽ね。
笑いを零してから、惚けている青山君におやすみなさいの挨拶をして、三階へと行く。
それからすぐに、自分の部屋で眠りに落ちた。




二週間ほどの時が経つ。
この日、久々にトカゲがやってきて、襲ってきた。
私が嬉々として倒しに向かおうとすれば、ぴゅーっと飛んでいった青山君が一刀両断。
……飛ぶの速いわね。
癪に障ったので、覚えたての斬岩剣を放ったら防がれてしまった。
力任せにやったせいで相当足と腰にきたみたいだけど、自業自得よね。
それから、叱りつける。
花たちの上じゃなかったからいいものの、あんな血が飛び散るような殺し方をしちゃ駄目よ、と。
青山君は、子供のようにしょんぼりしていた。

二週間も経てば、大分この共同生活にも慣れてきた。
それは青山君も同じらしく、最初のどこかよそよそしい感じはなくなっていた。
…最初からよそよそしくなんかなかったような気もするけど。
障壁を展開したり消したり、妖力で障壁を張ってみたりと遊んでいると、青山君がやたらと強度を試させてくれと言ってきた。
そんなに鼻息を荒らげなくても、断りはしないわよ。
外に出て、念のため花たちに被害がいかないように空中へ浮かび上がり、数十メートル離れて青山君と対峙する。
ふっ、と息を吐くのと共に、妖力を全開まで解き放つ。
あいも変わらず派手な音をたてて妖力が噴出して纏わりついてくるけれど、突風だとかは起きなくなった。
訓練の賜物ね。


「ルル・グリ・ルグリ・ジーライト! 来れ地の精花の精!!」


刀を掲げて呪文詠唱を始める青山君。
えーっと、うぇにあんとすぴりとうすてれ……覚えらんないわね。
ぐんぐんと魔力が渦巻いて刀身へと集まっていくのに、全力で障壁を張って待ち構える。
どの程度持ち堪えられるかしら。……いや、もう結果は見えているような気もするけど。
早口の詠唱を聞き流していると、いよいよ呪文が完成したらしく、刀が降り下ろされた。


「春の嵐!!」


ドン! と放たれる暴力の光。
目前に迫ったそれのもたらす衝撃に備えて、身を固くする。
が、無駄に終わった。
衝撃など、こなかったから。
障壁に散らされた光の粉が当たりに舞う。
一つ息を吐いて妖力を抑えると、向こうの方で青山君が奇声を上げていた。
……どうしたのかしらね。



それからさらに三週間ほどして、青山君が制御の魔法が完成したと伝えてきた。
エリーとくるみの石像を見ていた私は、それに誘われるままに彼の部屋へ。
さっそく制御の魔法とやらをかけてもらうことにした。
しかし、どうやら自分でやらなければいけないらしい。
面倒くさいと思いつつも、てきとーに自分にかけてみると、急激に力が抜けていく感覚に襲われてへたりこんだ。
どうやら、あまりに強力な力でやったために制御……というか封印に近いものになってしまったらしい。
試しに全力を出してみれば、青山君にあしらわれるほどの弱さになっていた。
うぐぐ……悔しい。
集中してみれば、全力の先に壁のようなものを感じられた。
しょうがないので、この日からいつでも壁を超えられるようにと訓練することにした。




二年の時が経った。
ひまわりたちの世代も移り変わり、若いものも増えてきた頃。
「ユウカチャン!」と声を上げるひまわりの数が微妙に増えていた。
…何故?
疑問に思って青山君に聞いてみても、気のない返事しか返ってこないので、考えないことにした。

青山君との戦いで神鳴流の技のみで戦ってみた。
使うのは傘だけれど、その強度を舐めちゃいけないわ。
そうやって、教えてもらった奥義やらで戦っていたのだけど、あまりに歯が立たないので悔しさに任せて妖力を解き放ってみたら、正真正銘の全力が出た。
そこからは私のターン。
今まで味わった恥を虐めて晴らす。
『斬魔剣 弐の太刀』とやらで障壁を無視して斬りかかってきたけど、その遅さじゃあ掠りもしない。
でも、こてんぱんにしたら凄く落ち込んでしまったので、全力にはならないことにした。
……それだと、私が完全にあしらわれてしまうのだけれど。

その日の夜に、このフルパワーの状態のことを『超化』だとか、『穏やかな心を持ちながらも激しい怒りによって目覚めた伝説の戦士』だとか、
『超妖怪』なのよ! と得意げに語ったら、スーパーゆうかりんだね、とからかわれた。
格好いい名前を汚しおって。
さすがの私もカチンときたから、虐めてやったわ。
…ちょっと喜んでいたような気がするのは……気のせいでしょうね、ええ。



青山君が魔力が凝縮された種を落とすひまわりにへんてこな魔法をかけた。
私のかわいい花に手を出すとは何事、としばき倒しておいた。
しかし、ひまわりがくれた種を食べてみると、驚きの事態が発生した。
増える魔力・妖力量が、上がっていたのだ。
とはいっても、『全魔力量の1%』が『全魔力量の2%』になっただけなのだけれど。
でも、妖力の方は凄い。
魔力と違って、こっちは桁違いに絶対量が多いから、一回に増える量もかなりのものになる。
なんと、妖精一匹分!
それって少ないんじゃ、なんて思うことなかれ、よ。
塵も積もればなんとやら、一日にそれだけ増えるのならば、一年経てば? 十年経てば?
しかも、絶対量も日々増えていくのだから、まさに底なしね。
これで魔力の方も増えてくれればいいのに。
残念ながら、私の魔力量は『微妙に優秀な魔法使いの斜め上』程度に収まっているのよね。
こんなんじゃ、あの娘たちを喚び出すには全然足りないわ。





十年の月日が流れた。
私の容姿は変わらず、しかし、勇治君――いつの日からか、名前で呼ぶようになっていた――の容姿は、少し変わった。
私が妖力を与えているせいか、三十代に突入しても、まだ二十代後半くらいに見えるのよね。
気のせいかもしれないけど。


この日は、色々なことがあった。
まず一つに、神鳴流の剣技を全て覚えてしまったこと。
別に極めたりはしていないけど、その内そうなりそうだわ。
二つ目に、あのひまわりの種を食べても、日々過ごす上での妖力量が上がらなくなったこと。
魔力はあい変わらず上がるのに、妖力の方は、これっぽちも。
ステータスMAXにでもなっちゃったのかしらね。
まあ、普通に過ごしてて妖力が上がるというのは残っているから、別に構わないのだけれど。
日に妖精四百四十二匹分くらい。これもう十分よね。小妖怪くらいの妖力が日々手に入るのだから。
それから、最後に……何か、ビリビリになったこと。
勇治君との戦いで、ふと全力が出したくなって封印を解いてみたら、何だか壁がもう一つあるような感じがしたから、頑張って突破してみたら……。
パワーが凄まじく跳ね上がって、おまけに、纏う妖力に青白いスパークが混じり始めた。
…どう考えてもこれ、『超2』状態よね。
サイヤ人でもないのに何でかしら、と考えてみたけど、出てきた答えは一つだった。
ただ単に、そのレベルのパワーを有してしまったからなのでしょう。
しかし、余りにも馬鹿げた力に自分を御しきれなくなりそうになって、急遽、勇治君に強力な封印を施してもらった。
そうしたら、封印状態でも強いこと強いこと。
これでもう、勇治君に負けることはなくなったわ。
勇治君は半笑いになっていたけど。
まあ、星一つ楽に消せるレベルだ、って言ってもすんなり信じざるを得ないプレッシャーだったらしいから、その反応もしょうがないのかもしれないのけれど。

…………ただ、ね。
一つ、意味がわからないことがあるのよ。
二段階の強力な封印を施し、かなり力を抑えた。それはわかるわ。

でも、それで何で……。


「仮に、最強状態を超2幽香と呼称することにして……ん? どうかしたのかい、幽香」


椅子に座っている勇治君が、前に立つ私を見下ろしてくる。
そう、見下ろしてきている。
……彼が巨人になったわけじゃない。
信じがたいことだけれど、私が縮んだのよ……。


「いやあ、こいつは思わぬ収穫だったね」


とても嬉しそうにそう言いながら、私の脇の下に手を入れてきて、持ち上げる勇治君。
ニヤニヤしないでよ、気色の悪い。


「いいじゃないか、胸がぺったんこになったてごはぁ!?」


失礼なことを言う奴には蹴りをプレゼントしとくわ。
言っておくけど、小さくなったってあなたを捻り潰すことくらいわけないのだから。
下ろしてもらって、何故か一緒になって縮んでいた衣服のよれを直しながらそう言うと、彼はからからと笑った。
迫力がない、とでもいいたいのかしら、この男は。
ふん、元の姿に戻って蹴り回してやろうかしら。

……あれ?
えっと、私……元の姿に戻れる、わよね…?

凄い不安に駆られて、その場で超化。戻れない。焦って超2化。
一気に最強状態にはなれないみたい。……最強状態とか、自分で言っていて恥ずかしいのだけれど。
超2化の際に起こった暴風で壁に張り付けになっている勇治君に手を貸して、引き剥がす。
うん、戻れるみたいね。良かった。………何でそんな残念そうな顔をするのかしら。
というか、力みすぎたせいか背の服を破って、緑と白からなる二対四枚の羽が出てしまった。
ぱたぱたと動かしていると、勇治君に触られそうになったので蹴り飛ばしておいた。
この状態で蹴れば、たとえ手心を加えていても人間ごとき挽き肉になるどころか、消し飛んでもおかしくはないのだけれど……何で吹き飛んでいるだけですんでいるのかしらね。
……ギャグ補正?

なっているだけで妖力がどんどん消費されていくので超化を解くと、どっと疲れが襲ってきた。
……って、ああ! また縮んでる……。
もう何をする気も起きなくなって、のべーっと床に俯せになっていると、また勇治君に持ち上げられた。
…うわあ、にこにこしちゃって。そんなに嬉しいのかしら、私が縮んでいるのが。
ちょっと複雑な気分だわ。

勇治君にベッドに運ばれて、布団をかけられた。
気が利くわね、眠くてしょうがなかったところよ。
布団に染み付いた人間の匂いを堪能しながら、眠りに落ちる。
うーん、それにしてもこの匂い、お腹が空くわね…。






後日のこと。
勇治君が超2、超2と言うのを聞いていると、思いの外恥ずかしかったので、名称を変更させた。

第一段階の封印を解いた状態のことはそのまま超化。こっちは格好いいからいいのよ。
第二段階を解いた状態を、完璧状態、と。
パーフェクトってやつよ。何から何まで。こんなに素晴らしい力なんだもの、そう名乗ってもおかしくはないはず。

風見幽香(パーフェクト)。
……うんうん、格好いいわ。

決めポーズは、斜めに立って首をちょいとかしげ、額に二本指を突きつけて不敵に笑うあれね。

一人悦に浸っていると、どこから現れたのか、出てきた勇治君が腹を抱えて笑っていた。
なので、このポーズはあえなく封印することになった。
残念…。



[29317] 俺と幽香とひまわりの島
Name: 中華妖精◆fafdb91d ID:8192afce
Date: 2011/08/21 20:23

やあ、俺の名前は青山勇治。京都の神鳴流の剣士にして、西洋の魔法使いだ。
ある日、ひょんなことからこの島に流れ着いて、風見幽香という妖怪と出会った。
それからというもの、毎日を彼女とこの島で過ごすことになって……。

今日でこの島に来てから四十年ほど経った。
俺ももう六十代だと思うと、老いてきたなあとは思うけれども、彼女から毎日妖気を与えてもらっているせいか、
まだまだ動ける。
見た目だって、まだ四十台に見えるくらいだ。
そんな俺は今、彼女の後ろにくっついてひまわりたちの中を歩いていた。
彼女が花の水やりをしているためである。
早朝から水をやり始めて、今は昼。結構途方もないのだが、彼女はすました顔をしている……と思う。
視界の下の方に映るのは、彼女が差しているピンク色の傘だけで、彼女の顔は見えない。
だが、絶対に汗一つ掻かずにすました顔をしているだろう。
さすがは妖怪といったところだ。
馬鹿でかいひまわりに水をやる頃に、日が落ち始めた。
長い時間同じことを繰り返しているわけだが、飽きたりはしない。
彼女と会話しているからね。
彼女と話すのは楽しい。今まで出会ってきた人と全く違う感性を持っているせいか、彼女の言動に驚かされることも多々ある。
それが楽しくてしょうがないんだ。
それに、そう。彼女の声。
大人っぽい喋り方なのに、幼い声というのが、何というか、こう、な?

一人でうんうん頷いて納得していると、彼女が冷めた目で俺を見上げていた。
オーグッド。良い顔をするね。
ぽんぽんと頭に手を置いてやると、彼女は死ぬ程嫌そうな顔をした。
うわ、まるで虫の死骸でも踏み潰してしまったかのような表情だ。
…でも、手を払ったりはしないんだよな。
両手が塞がっているからかもしれないが。
しかし、そうだとしても足が飛んでくるはずだ。
そこらへん、妙に優しかったりするんだよなあ、幽香は。

さて、とあるひまわりの一群の前に来て、幽香の足が止まった。
幽香の視線の先にあるひまわりたちが、一斉に生理的嫌悪感を催す動きを取り出す。


「ユウカチャン!」
「コンニチハユウカチャン!」
「ユウカチャンハカワイイネ!」
「ナントチチクサイユウカチャン!」


溜め息を吐いて、俺を見上げる幽香。
え? 何? 俺みたい、だって? 一体何を言ってるんだ。
彼女は、てきとうに如雨露の中身をひまわりたちにぶちまけた。
ああっ、そんな乱暴にやったら……。
ほら、ひまわりたちが「オワー」とか言いながらおぞましい動きを…。
あ、幽香が凄くいやらしい笑みを浮かべている。
ああいう反応が嬉しいのか。今度やってみようかな。

日が完全に落ちる頃には、水やりも終わり、館へと戻った。
彼女が、昔彼女の配下だったという二人の少女の石像の前に立って、挨拶をする。
それが凄く寂しそうに見えて、俺は彼女の肩に手を置いていた。


「……何?」
「いや、何となく」


一瞬俺に目を向けて、すぐに逸らす彼女。
可愛かったので、つい頭を撫でてしまった。
すると、傘が飛んできて足を叩かれた。
…正直、かなり痛いんだが。
幽香は、妖艶に笑って――本人はそのつもりなのだろうけど、どう見ても『美しい』ではなく『可愛い』になっている――おゆはんにしましょう、と言った。
ああ、そういえば昼を食べていなかったな。腹ペコだよ。
夕飯は、ドラゴンの肉の醤油焼きだった。
彼女は、何故かドラゴンのことをトカゲと言い張るのだが、何か理由があるのだろうか。
つけあわせで出されているあのひまわりの種を眺めつつ考えていると、「仙豆よ、食べなさい」と勧められた。
いや、これひまわりの種だろ。
まあ、食べるけど。
そう思いつつひまわりの種に手を伸ばしたら、ぺしんと叩かれた。
あれ、何か気に障るようなことしたっけ。
内心焦っていると、幽香はひまわりの種をかっさらって、自分で食べてしまった。
……うん、まあ。わかってたけどな?

食後、風呂に入る。
壁に備え付けられた水道から桶に湯を落として貯め、頭からかぶっていると、彼女が入ってきた。
びっくりして変な声が出てしまったが、それはいい。
彼女は、体にタオルを巻いていた。残念……いや、それでいい。
背中を流してくれると言って、俺の傍に来る彼女の顔を見ていると、理性がぶっ飛びそうになる。
これでタオルがなかったらと思うと、ぞっとする。
主に、生命の危機的な意味で。
石鹸で泡立てた垢擦りで、俺の背を擦る彼女。
その息遣いがやけにはっきりと感じられて……情けないことだが、赤面してしまった。
多分、彼女は俺のそんな反応を見て楽しんでいるのだろう。
娯楽の少ない、というか全くないこの島では、それが彼女の楽しみらしいからな。
一緒に風呂に入るなんてことをするのは、そのせいだ、きっと。

……それだけじゃ、ないか。
彼女はおくびにも出さないが、いつも寂しがっているように見えた。
妖怪は、孤独だ。
それは俺の偏見かもしれないが、少なくとも彼女はそう見えた。
ずっと、この島で一人でいたんだ、寂しいよな。
……それだから、いつも俺の傍にくるのだろう。
寂しさ、故に。
きっとそうだ。だから、さっきから背に感じる視線が食べ物を見るようだなんていうのは俺の勘違いで、
ほんとは寂しさがこもってるんだよな、うん。
……舌舐めずりをする音が聞こえたような気がする。
それから、背を擦っていた手が止まった。


「……幽香?」


疑問に思い、振り返ろうとすると、ぴたりと。
幽香が体をくっつけてきた。
ゆっくりと立ち上がっているらしく、濡れたタオルが俺の背に擦っていく。
首に、腕を回された。
……そのままゴキリってことはないだろうな、と考えていると、すれたせいなのか幽香が巻いていたタオルが床に落ちた。
落ちたあとに、再度体を密着させてくる。
…あたたかい。
あたたかく、柔らかい。
背に意識が集中する。
背についた泡越しに、幽香の肌の感触を感じる。……ああっ!? どうやっても胸に意識が行くっ!?
あー、胸が、胸が、ないなあ、なんて考えていると、首筋に舌を這わせられた。
ぞわりと総毛立つ。
もちろん、いい意味でじゃない。
ドクンドクンと、心臓がうるさく鼓動する。
まて、まて、まて。
誘ってるんじゃない。ちょっと期待したけど、そんなんじゃない。
どう考えてもこれ、俺を食おうとしてるだろ。
試しに、何度も何度も首筋を舐めてくる幽香の舌の近くに指を持っていくと、舌が絡みついてきた。
そして、すぐにくわえられる。
瞬間に指を引き抜くと、ガチン、と歯が合わさる音がした。
確定だ。食おうとしてやがる。
首に回されている腕を取って、一本背負いの要領で幽香を投げ飛ばす
湯船に突っ込んで湯柱を上げた幽香は、ざばりと顔を出してすぐ、何すんのよ! と怒鳴ってきた。


「いや、俺、食われたくないんだけど……?」


少しだけ目を逸らして言うと、いいじゃない、ちょっとくらい齧ったって、という答えが返ってきた。
いやいや、ちょっとでも駄目だから。
背後に落ちていたタオルを拾い上げ、風呂桶まで歩いて行って、一応顔を背けながら幽香に差し出すと、知らないの? 湯船にタオルをつけて入っちゃいけないのよ、とのたまった。
それから、湯面で両手を合わせてぴゅー、と湯を飛ばしてくる。
容姿のせいだけじゃなく、やけに子供っぽく見える行動だった。
少し待っていてもにやにやしているだけで一向に受け取らないので、諦めて体を洗うのに戻ることにした。
元いた場所に戻って胡座をかいて座り、近くに落ちていた垢擦りを手に取ると、ざばりと湯を撒き散らせて、湯船から幽香が上がってきた。
……一瞬見ちゃったんだけど、わざとじゃないからいいよな?
幸い、湯船の縁に足をかけるために下を向いていた幽香に気付かれることはなかった。
湯船から出た幽香は、ふわりと浮いてこっちにきて、今度は腕にくっついてきた。
極力平常心を保ちつつ、垢擦りで力一杯足を擦っていると、石鹸を手に取った幽香がそれを泡立てて、俺の腕を素手で擦り始めた。
ガッシュガッシュと足を擦って何とか気持ちを落ち着けつつ、何をしてるんだ? と問うと、洗ってあげるっていったでしょ? と嬉しそうな声が返ってくる。
いや、背を流すとしか聞いてないんだが。

幽香の手が腕から肩へ、肩から背へと移っていく。
こそばゆく、もどかしくて、気持ちが良い。
だが同時に、邪な気持ちが、こう、むくむくと……。
だああ! 落ち着け俺よ。俺は今年で幾つになった!?
たしか……六十三歳!! もう爺ともいえる年だ。
そんなのが、欲情? しかも、妖怪相手に?
いや、別に幽香をそういう目で見て接しているわけではないが……とにかく、気をしっかり持て!!
俺は神鳴流の剣士。神鳴流なれば誰しもが持つ強靭な精神を、俺も持っているはずだ。
しかもそれは、年をとればとるほど強くなっていく。
結論! 爺の俺は、たとえ相手が好みであろうと動じない!
いつの間にか前に回り込んできていた幽香が俺の胸を手で擦っているのに気がついて、びっくりして顔を背けようとする。
……が、寸前で思いとどまった。
それから、何ともないように幽香の脇に手を入れて持ち上げ、隣に立たせた。
いやらしい笑みを浮かべて、俺の顔を覗き込んでくる幽香にいつもどおりの表情で一瞥してやると、途端につまらなさそうな表情になってその場に座り込んだ。
ほら見ろ、こいつは俺の反応を楽しもうとしてたんだ。
こっちが反応を示さなければ、飽きてやめるだろうという考えは当たりだったようだ。
ふふふ……俺のか勝ちだな!! ちょっと心臓への負担がやばかったが……もう大丈夫だろう。
そう思って肩をゴシゴシ擦っていると、何を思いついたのか、幽香がまた笑みを浮かべて立ち上がった。
石鹸を手に取り、泡立てる。
それから、石鹸を置き。
で、泡立てた両手を自分の体の全面に塗り立てる、と。
…………まさか。
嫌な予感がして立ち上がろうとすれば、それより速く俺の背に回り込んで、体を押し付けてくる。
それがゆっくりと上下に……うおお! きつい、きついって!!
……って、あれ? 動いてない?
よくわからなくなって、確かめようと、じっとして背に意識を集中させる。
…動いて、ない。どうやら俺の勘違いだったようだ。
…………いやいやいや、何考えてんだこいつは。
動きもせずただくっついてるだけ? 洗うとか言ったから、てっきり動くものかとばかり……。
まあいい、それならひっぺがすまでだ。このままじゃあ、俺の体が持たない。
そう思ったものの…体がぴくりとも動かない。
体は正直、ってところか。
だって、ああ。何度も言うが、柔らかくて気持ちがいい。
コホン、と、耳元で咳払いをされる。
それから、えっと……し、仕切り直し、という言葉。
何が仕切り直しだ。
体をくっつけたまま、また手を使って背中を擦り始めた。
気持ちがいい。が、痒い! 体が動かないのが恨めしい。
なんのつもりか、ぎこちなく体を擦り付けて、それから、おまけに耳に息を吹きかけてくる。
くすぐったいって。


「ふふふ……どうしたの? 耳が真っ赤よ? 私はただ洗ってあげているだけなのに」


どの口が言う……!! というか、まあ、恥ずかしいのもあるけど、そろそろ寒くなってきたから、主に頭部が。
脳は茹だってるみたいに熱いんだけどな。
そんなどうでもいいことを考えて柔らかい感触が動くのに耐えていると、幽香はあろうことか前に回ってきた。
これは……手厳しいぞ、手を使われているだけに……!!
胡座をかいた上に乗ってきて、抱きついてくる。
それから、紅い瞳で俺の顔を見上げてきた。
だが、どうだ。その視線の先には、俺の仏頂面しかない。
怪訝な表情を浮かべた幽香。
しばらくぴとっとくっついていたが、俺の表情が変わらないのを見て「そんな馬鹿な…!?」と呟いた。


「あ、あなたは……こういう体系の子が好みなんでしょう?」


と、俺の頬に手を添えて言う幽香に、俺はフッと笑ってみせる。


「ああ、好きさ」
「じゃあ、何でなんの反応もしないのよ、ここまでしてるのに……!?」


なんとなく幽香の背を垢擦りで擦ってやると、くすぐったそうに身を捩った。


「残念だなぁ。俺は、もう年だ。二十年若ければ、押し倒してたかも」


そう告げてやると、きょとんとして、それから、つまらなさそうな表情に戻った。
くるんと回転して、背を押し付けてくる。


「はぁ、つまらない。……洗ってよ、勇治君」


……調子のいい奴だな、まったく。
仕方なしに体を洗ってやると、なんだ、本当に何も感じてないのね、としかめっつらで言われた。
いや、そんな顔されても困るんだが……しかし、本当は自分を抑えるので大変なんだってことをこいつが知ったら、どういう顔をするんだろう。
体が終われば、頭を洗ってやる。
ぐしゃぐしゃと泡立てていると、丁寧にやりなさい! と怒られてしまった。
優しくしてやると、そのくらい、と言って目をつぶり、泡が入らないようにする。
鏡に映るその表情を見ながら、少しの間愚息が武装蜂起しないように抑えていた。


風呂から上がり、後は眠るだけとなった俺は、幽香の部屋に向かっていた。
ベッドに腰掛ける幽香の隣に腰を下ろす。

一間の後、幽香が語りだしたのは……物語。
ここのところ、夜になると毎日語ってくれるようになったもの。
東方龍球伝、というらしい。
オレンジの魔法の光だけが頼りの部屋の壁に、幽香が語るのにあわせて、投影され色付けられた世界が動いている。

全てが終わったとき、幽香が俺に顔を向けた。
言葉はないが、感想を求めているのだろう。
面白かった、と一言告げれば、満足そうに笑って、それから、小さくあくびをした。
幽香が眠そうに目元を擦るのを眺めていると、俺にもあくびがうつった。
目じりにたまった涙を拭いつつ幽香の頭を撫でて、おやすみの挨拶をして立ち上がった。
瞬間、引き戻される。
ベッドに沈んだまま幽香を半眼で見やると、くすりと笑って、俺の胸の上に乗っかってきた。
幽香が指を振ると、俺の下敷きになっていたかけ布団が足のほうへとすり抜けていって宙に浮き、ついでに俺の体も浮いて幽香ごと布団の中心へと運ばれた。
それから、かけ布団が幽香ごと俺にかぶさってきた。
俺の顔を両手で挟む幽香と見詰め合う。
……ああっ、幽香のナイトキャップから垂れるもけもけが目に!?
目に入りそうで入らないもけもけに悶えていると、幽香はもう一度あくびをして、ころんと俺の横に転がり落ちた。
ぎしりとベッドが軋む。
ちょうど、俺の腕が枕になるような位置に横になった幽香が、少しの間俺の横腹をつついたり、着物を引っ張ったりしていたが、いつの間にか眠ってしまった。
オレンジに照らされて寝息を上げる幽香のほほに、手を添える。
寝顔が穏やかで、それだけ見ると、何も知らない外見相応の少女にしか見えない。
けど、これでも怒ると怖いんだよなあ。滅多に怒らないけど。
一番最近だと、二年くらい前に彼女が『くるみ』と呼ぶ石像に手を触れたら怒ったな。
凄い剣幕だった。触れただけなのに。
くあ、とあくびをする。
そろそろ俺も眠ることにしよう。
そう思って、魔法の光を消し、目をつぶった。



翌日。
俺は、ベッド横の冷たい床の上で目を覚ました。
どうやら蹴り落とされでもしたらしい。
起き上がると、背中からボキボキと酷い音がした。
体が痛い。
立ち上がり、ベッドを覗き込めば、布団を足元に蹴りやった幽香が未だ眠っていた。
気を付けのような体勢でくうすうと寝息をたてる幽香は、とてもじゃないが何か寝相が変わったようには見えない。
が、現に俺は落とされていたし、布団は足元だ。
布団をかけなおしてやった後、仕返しと脇腹をつつくと、ぴくんと反応した。
こしょぐり。
意外なことだが、幽香はこれに滅法弱い。
足裏も弱いし、膝も、膝の裏も、お腹でも、背でも、どこだってくすぐったがる。
それだけじゃない。
くすぐる素振りを見せるだけで幽香はくすぐったがるのだ。
脇腹に手を近づけて、しかし動かしてもいないのに、くすぐったい! と悶える。
それほど幽香は弱い。
それは睡眠中も例外じゃないらしく、人差し指の先で首筋をつつーっと撫でれば、眉根を寄せて、ぴくっと身を震わせる。
それに味をしめた俺は、何度も何度も脇腹をつついたりしていた。
「ん…」とか「はっ…」といか、時折変な声を出すのに調子に乗っていたせいもあるかもしれない。
その内に、段々と幽香の顔が歪んでいくのに気がつかなかったのは。
ヒュボ、と空気を裂いて迫る一撃に反応できたのは、奇跡に近かった。
身を引いた俺の鼻先で止まった幽香の拳が、少しして落ちる。
と同時に遅れてやって来た突風に、かけ布団もろとも壁に叩きつけられた。
うへぇ……背骨が……。

ずりおちたかけ布団を眺めていると、幽香が上体を起こしてあくびをした。
それから、壁に張り付けになった俺を見て、「……聖者?」とよくわからないことを呟いた。

無理矢理壁から剥がれ落ちて、寝惚け眼の幽香をせっついて着替えさせ、一回の脱衣所まで行く。
そこの洗面台で一緒に顔を洗い、歯を磨いた。
まだ眠たそうにしている幽香を抱き上げて、食堂へ。
朝食を手早く済ませて、エントランスに移動する。
ようやっと目が覚めてきたらしく、俺の腕から降りた幽香が二人の石像の前に立って、朝の挨拶をした。
俺も、同じように挨拶をする。
その後、今日、何をするかを幽香と話し合った。
最初は花に水やり。終わり次第、運動のために戦闘。夜は自由時間。なんて言っても、やることはないが。
戦闘だって、暇潰しだ。まあ、俺は死ぬ気でやらなきゃ結構危ないんだけど。
最近は俺の力が衰えてきているのもあって、あんまり幽香を楽しませてやることができなくなったのが、最近の悩みだ。

外に出て、ひまわりたちに水をやる幽香の後についていきながら、そんなことを考えていた。
夕方に水やりが終わり、俺は持ってきておいた愛刀『烏子』を抜刀して、空中へ。
如雨露を消し去り、日傘を差したままの幽香も、遅れて空中へ上がり、そして、分身を作り出した。
その数、二体。
……元々分身は一体が限度だったらしいが、いつの間にかたくさん作れるようになったのだとか。
強さは、本体にやや劣るくらい。それでも、俺では歯がたたないレベルだ。
その分身の二体ともが光に包まれ……姿を変える。
片方は、サイズはさほど変わらずに、大きな翼を持った少女に。
もう片方は、二回りほど大きくなって、奇妙に曲がった逆刃の鎌を持った少女に。
石像の、二人。それに色がつき、声がつき、意思がつき。
遥か昔の彼女の配下が、そこに甦っていた。
距離を取り、構える。
そうして、始める。幽香が教えてくれた女の子の遊び、弾幕ごっこを。






いやー、負けた。見事に負けた。
一対三とか、卑怯だよ。幽香は見てただけだから、実質一対二だけど、それでも。
……まあ、一対一でも敵わないけどな。
俺がボロボロになっているのを見て大笑いする幽香を睨みつつ、館に戻るべく立ち上がる。
その際、彼女の分身体の『くるみ』と『エリー』が手を貸してくれた。
……これ、一応彼女なんだよな。外見や声が違うだけで。
だから何、というわけでもないけど。

夜になり、夕食を取って、風呂に入る。
それから、寝ようと寝室に向かおうとすると、幽香に止められた。
部屋に行きましょう、とのこと。
物語は昨日終わったのに、何故だろう。
あくびをしているのを見に、眠りたいってのはわかるんだけど。
それで俺を部屋に呼ぶ理由がわからないけど、幽香の部屋に行ってみれば、ベッドの上に正座して、幽香は待っていた。
手招きをするので、ほいほい近付いていくと、腕を掴まれて引き倒される。
抗議の声を上げれば、かぶせるように「腕枕をしろ」と命令されてしまった。
どうやら昨夜のあれがお気に召したらしい。仕方なしに、布団に入ってやってやると、さっと潜り込んでくる。
少しの間俺の顔を見ていた幽香は、もぞもぞと動いた後、おれの胸ぐらを掴んで、それから、寝息をたて始めた。
……正直、胸ぐらを掴まれたときに何かされるのかと思ってびっくりした。


頭を撫でてやりながら、ふと、昔に思いを馳せる。
この島に流れ着いてから、今日までのことを。
色々……いや、殆ど毎日、変わらないことばかりやってきた気がするが……楽しかったな。
今にして思えば、この島から出れなくてよかった。
出てしまっていたら、幽香とこんな日々を過ごすことはできなかったからな。

彼女を撫でながら、しばらく暗闇を見つめていた。
……あたたかい。
それは、彼女の体温であり、俺の体温でもあり、この時間のことでもあり。
本当に、あたたかい。
ふっと笑って、それから、幽香を見る。
何考えてんだ、俺。これじゃ、今すぐ死ぬみたいじゃないか。
自分でそう考えて、そして、その違和感のなさに、ああ、と呟いた。


「俺も……もう、若くはない、か……」


若くない。
それはつまり、幽香といられる時間も残り少ないということ。
俺がいなくなったら、幽香はどうするんだろう。
……今まで通り、この島で一人、生きていくのだろうか。
それは……寂しすぎる。
せめて、俺が生きている間はそんな思いをさせないようにしないと。
幽香の顔を眺めていて、そのまま眠りに落ちる。


明日も……こいつの傍に……。



[29317] 幽香と死別と夢幻の終わり
Name: 中華妖精◆fafdb91d ID:8192afce
Date: 2011/08/25 10:45
トクン、トクン。
生命の音。
生きている証のその音が、両の手の平越しに伝わってくる。
ベッドに横たわる彼。
その横の椅子に座る私。
数日前から、変わらぬ光景。
片手を滑らせて、彼の手を握った。
しわしわの手。骨張んだ、手。
ずっと続くと思っていた。
彼が隣に立って歩んでくれる日々が。
そう、信じていた。
彼は、人間なのに。

彼が倒れてから、六日も経っている。
人間としての生を終えようとしているのだと、理解はできても、納得はできなかった。
まだ、虐め足りない。齧ってもいない。
せっかくの人間を……こんな、惜しい人を亡くしたくなんてなかった。
だから、彼が倒れてからずっと、こうして傍らにいて、彼の胸に手を置き妖力を送ってきた。
彼が生き延びていられるのも、きっと、これのおかげなのだろう。
私がやめてしまえば、彼は、死んでしまう。
離れられない。離れたくない。
傍にいて欲しい。声を聞かせて欲しい。




「人間なんて……こんなものよ」


暗く、重いものを吐いて捨てるように呟く。
儚い。
たった……百年足らずで死んでしまう。いなくなってしまう。
なんて、儚い。
人間の傍で生きれば、別れに胸を痛める羽目になる。
距離を置けば、楽だというのに、と、妖怪としての私が言う。
でも、それは……。
……私には、花がある。けど、花と人は違う。
共に歩んでくれる存在と、共にあってくれる存在。
……ああ、違う。
ちがう。
こんなことを考えても、詮無いこと。
人は、一人。唯一にして無二。
他にはいない。
彼の代わりなど、いない。
だから…死なせたくない。
寿命なんて、知らない。私と一緒にいないといけない。
死なないで欲しいのに。
どうして、人間は……。

思わず、手に力が入る。
と……彼が、弱々しく握り返してきた。
はっとして、彼の顔を見る。
薄く目を開けていた。


「……勇治君」


声をかければ、非常にゆっくりと、私の方に顔を向けてくれた。
喋りかけようとして、何の言葉も出てこない。
余りにも言いたいことが多すぎて。胸に溢れる感情に、わけがわからなくなって。
深い皺の刻まれた目尻が下がる。
……笑ってる? ……違う、悲しそうな、顔…?
空気が、震えた。
私の名を呼ぶ、彼の声。
細々と、彼は言う。「すまない」と。
震える唇を動かして、謝ってくる。
…何故?
謝らないといけないのは私なのに。
だって、腕を折ったこともあった。虐めたこともあった。食べようとしたこともあった。
島から出たいという彼の望みを、ずっと無視していた。
彼が謝ることなんて何もないのに。
それでも。
彼は言う。「すまない」と。
「そばにいてやれなくて、すまない」と。
「さびしくさせてしまうだろう」と。

何言ってるのよ。
寂しいとか、妖怪に……そんなことを言ったって。
視界が滲む。
震えた声で、ごめんなさい、と呟いた。こんなところで死なせてしまって、ごめんなさい、と。
彼は、僅かに首を振って、ちがう、と言った。


「ちがう。……ちがう、おれはしあわせだった」


そう言ってから、ふ、と息を吐いて、小さく笑った。


「……ちがう。だったじゃない、……おれはいま、しあわせだ」


君と生きていけないのは残念だが、それでも。
君に看取られていけるのなら幸せだ。

そう言って目を閉じて。
彼は、息をしなくなった。

無言。

唇を噛んで、無言。
嗚咽をこらえて、無言。

震える肩をそのままにして、彼の顔を見つめたまま、何も語らず。
ただ。

ただ、愛しさに、まだ温もりの残る彼の唇に、自分の唇を重ねた。




一日の間、ずっと彼を見つめ続けて、ようやく立ち上がる。


墓を掘った。
館の前、門の横、ひまわりを見回せる場所に。
真っ白な棺桶を作り出し、そこに彼を寝かせた。
彼の刀も、一緒に入れた。

蓋をしようとして、できない。
これで彼の顔を見れなくなるんだと思うと、腕が動かなかった。
少しの間彼を見つめて、それから、指を振る。
彼の着物の裾が一回り裂けて、それを手元に引き寄せ、襟に通し、胸元で結んで、垂らす。
模様の入らない、濃い黄色。
握り締めて、彼の匂いと温もりを感じて。
それから、棺桶に蓋をした。
手で土を掬い、棺桶を置いた穴にザラザラと少しずつ落として穴を埋めていく。
日が暮れる頃に、それが終わった。
墓石を作り、名を刻む。
ここに眠る、と。
涙がこみ上げてきそうになって、私は足早に館に戻った。



魔法の光に照らされているエントランス。
光を受け、笑う二人。
私は、傘をついて二人の前に立っていた。
二人がいてくれたら、この悲しみも少しは紛れただろうか。
そんなことを、考えていた。
くらりと体が傾いて、慌てて足を出して止まる。
体が重い。
何も食べてないのは問題じゃない。
だけど、妖力を使いすぎた。
頭がくらくらする。
七日、眠っていないせいもあるかもしれない。
覚束無い足取りで、彼の部屋に向かう。

ベッドに俯せになり、枕を抱いて、染み付いている匂いを胸いっぱいに吸い込んだ。
どんな匂いでも、今は愛おしい。
安心感に、すぐに眠りに落ちた。







彼は、幸せだといった。
私と生きてきた日々を、幸せだと言ってくれた。
大切にしたい。
せめt、彼が残した言葉を大切にして、胸に抱いていたかった。





激しい地震に、目を覚まされた。
地響き。そして、近くに感じる圧倒的な存在感。
軋む体を起こして外へと出てみれば……巨大なトカゲが、結界に罅をいれていた。
夢幻館の倍以上は確実にある巨体。広がる翼は、おおよそ百メートル。
爪を振るい、結界を攻撃するトカゲは、よく見れば片腕がなかった。
それがどうというわけではない。

硝子気質な音が響き、結界が破壊れた。
降り注ぐ、きらきらとした結界の欠片。
こだまするひまわりたちの悲鳴。
トカゲが口を開いた。
ずらりと並んだ牙を見てようやく、私は動き出す。
両腕をトカゲへと突き出して、広範囲に妖力の障壁を張る。
瞬間、吐き出された炎が視界を埋め尽くした。
ドーム状に張った障壁の表面を撫でていく炎。
その熱量に戦慄する。


「ずあっ!!」


障壁が耐え切れず壊されてしまう前に、ありったけの気合を飛ばし、障壁ごと、そして炎ごと押し返して、トカゲの鼻面へと叩き返してやった。
火の粉と、障壁の欠片が散る。
トカゲが怯んでいる内に地を蹴って浮かび上がり、島から離れようとする。
が、後方に飛び始める前に私の姿を捉えたトカゲが咆哮した。
それを声と認識できないほどのあまりの声量に、思わず両手で耳を押さえる。
キィイイイ、と鼓膜が震え続けて、それ以外の音が聞こえない。
加えて、目をつぶってしまっていた。
でかい気配が、その大きさに合わない速さで迫って来るのを感知する。
が、この怯んでしまっている状態ではどうにもできない。
太い腕による一撃に吹き飛んだ。
どっちに。上か、下か、左か右か。
背に衝撃。薄く開いた目に瓦礫が散っていくのを見ると、館に叩き落とされたらしい。
床を削って後退し、壁に背を打ち付けてようやく止まる。
額からつぅ、とたれてくる血を拭いつつ立ち上がると、足に何かが当たった。
エリーの、首。
ばっと振り返れば、砕けた石像があった。
エリーの方は完全に吹き飛んでしまったらしい。くるみの方は、辛うじて足『だけ』残っていた。
ぎり、と唇を噛む。
その痛みに、揺らいでいた意識をはっきりとさせた。


「……ゆるせない」


こんな時に来て、ここを……壊すなんて。
下等生物のくせに、私と彼と、エリーとくるみの家を壊すなんて!!
ボシュウ!! と、私の体から妖力の光が噴出する。
一息に力を開放し、さらにもう一段階力を開放する。
力の奔流が足元からたちあがるのに耐えられなかった床が半球状に削れていく。
巻き起こる暴風に髪や服が激しくはためき、有り余る力が漏れてスパークが発生し、纏う光の中をバチバチと音をたてて駆け巡る。
最高の力で一気に終わらせてやるわ。
石の床を蹴り砕く勢いで地を蹴って飛び、館の壊れた壁から飛び出した私を待っていたのは、またもトカゲの口から吐き出された凄まじい炎だった。
咄嗟に横に飛んでどうにか躱しつつトカゲに接近して、どでかい頬を殴りつける。
炎が途切れる。ゆっくりと吹き飛ぶトカゲの後ろに回り込み、尻尾を脇に抱えてその場で回転を始める。
投げ飛ばす心積りだったが、一回転したときに身を捻ったトカゲの腕が迫ってきたので、即座に離脱した。
四枚の羽で空気を裂き、真空を発生させながら飛ぶ。
上空で旋回、再びトカゲへと突っ込む。
その際、館が炎に包まれているのが見えて、怒りに頭がおかしくなりそうになった。
こちらへと向かってくるトカゲの顔めがけて光弾を放ち、それが爆発して目眩ましの役割を果たすのと同時、背後を取り、一体分身を作り出す。
全く同じ動作で向かい合わせるようにしt両手を頭上に掲げ手の間に妖力を集め、腕を振り下ろして光線として放つ。
ポウ、と高い音と共に伸びていった光線は、二本共がトカゲの背に着弾し、爆発した。
黒煙が広がっていくのを見て、しかし、終わっていないと確信する。
あの巨体は、全く揺らいでいない。
事実、煙が晴れる前に翼を羽ばたかせて煙を吹き飛ばし、その巨体をこちらに向けて突進してきいた。
無傷!! やはり、一瞬見えたのは魔法障壁!!
舌打ちをして、分身をトカゲへと向かわせ、後に続いて飛ぶ。
トカゲの吐いた炎にわざと分身を焼かせ、その隙に腹へと潜り込む。
さっきは障壁で防がれた。でも、最初の一撃は防がれなかった。もし、炎を吐いているときには障壁が張れないのだとしたら!!
全身を使うようにしてその腹に腕を突き立てる。
勢いを殺さず、突き破らんと加速する。
が、流石の質量といったところか、止まってしまった。
トカゲの悲鳴が耳を突く。声がでかい。
突き立てている拳を開いて、手の平に妖力を集める。
バチバチと発生するスパークが体を這い、眼前を通り抜け、腕へと伝っていく。
溜めた力を解き放とうとしたとき、何かが迫ってきているのに気付きその場から離れようとして、体の全面に何かを叩きつけられ、吹き飛んだ。
ぎしりと骨が軋む。凄まじい速度で飛んでいるためにくる叩きつけるような風に消えかけた意識を戻し、その場で身を丸めて回転、空中で止まる。
どうやら尻尾に弾かれたらしい。
口の端に流れる血を舌で舐めとり、それから、息を吐いて呟く。

強い。

それも、馬鹿げた強さ。
ぶっちゃけて言ってしまえば、今の私は『超サイヤ人2』と『同等』の力を持っているはずなのに。
あの下等生物は、私の攻撃に耐えて反撃までしてくる。
幸い、スピードでは勝っているようだけど……まずいわ。
完全には回復していなかった妖力が、半分以下にまで…………いや、もう底を突きかけている。
その証に、肩で息をするほどの疲労感。
頬を伝う汗。激しく鼓動する心臓。
不調だなんだというつもりはないけれど……これは、きついわ。
余裕を取り戻すために胸を支えるようにして腕を組み、翼を羽ばたかせて上昇してくるトカゲを見下ろす。

……あ! 思い出したわ、あのトカゲ!!
何百年か前、私が腕を消し飛ばしたやつじゃない! 私に恨みでも抱いていたのかしら。
……もしかして、ずっと前に大量のトカゲが襲ってきたのも、こいつのせい……なんてのは、考えすぎかしら。
まあいい。ここで塵にするのだから、何を考えても仕方がない。
……生かして返すものか!
すっ、と両手の平を向かい合わせるようにして前に突き出す。左手の甲が上を向くように、左手の甲が下を向くように。
そしてそれを、腰にもっていって構える。
トカゲが私と同じ高さにまで来た。
その頃には私の手の内には最高の力が溜まり、青の光の筋を幾粂にも伸ばしてスパークを散らせていた。
正直、今のこの疲労した体で出せる威力など高が知れているだろうけど、でも、これでやるしかない。
ああ、傘があればこんな溜めなどなしにすぐに撃てるというのに。


「味わいなさい……全力のかめはめ波よ」


誰にともなく呟く。トカゲが大きく息を吸った。
よし、それなら障壁は張れないわね!
最後のチャンス。これで決めなきゃ、もう後がない。


「ッ、波ぁああああああああ!!!」


トカゲが光線にも似た炎を吐くのと、私が光線を放つのは同時だった。

私の放った青色の極光は世界を照らして伸びていき、トカゲの吐いた炎と一瞬せめぎ合い、すぐに撃ち破ってトカゲの顔面にぶち当たった。
くっ………貫けてない!!
貫通性がないから、行けるかどうかは賭けだったけど、その賭けには負けたようね。
あの鱗のようなものの硬さを甘く見すぎていた。
それでもどうにかダメージを与えようと、青に色付けられた妖力を放出し続ける。
トカゲが悲鳴を上げて後退していく。流れていく青い力に、暴風が伴っていた。
あと一息。あと一押し。
だが、あと一歩のところで妖力が切れた。
放出していた光も途切れドッと疲れが押し寄せてくる。
次には意識が途切れて、真っ逆さまに落下した。

頭から地面に叩きつけられてバウンドし、焼けて黒い粉になってしまっていたひまわりたちに受け止められて、呻く。
地に手をつき起き上がろうとすると、トカゲも落ちてきて島全体を揺らした。
突風に、焼けずに残っているひまわりたちの花びらが舞い上がる。
ユウカチャン、ユウカチャンと私を呼ぶ声に力を貰い、なんとか立ち上がる。
ふらふらする。
空っぽの頭の中を鉄球が跳ね回っているような感覚。

それほど長いこと戦っていたつもりはないけど、空は明るくなり始めていた。
藍色の空を、向こうの方からくるオレンジの朝焼けが侵食していく。
思いっきり息を吐いて、それから、トカゲを見た。
思いの外ダメージを負っているらしく、あちらは立ち上がろうにも立ち上がれないらしい。
腕も、片方しかないし。
もう一度息を吐いて、それから、一歩踏み出した。
未だ燃えている館の崩れていく音を背後に、まばらなひまわりたちの中を歩いていく。
あのトカゲに、とどめを刺すために。
あそこまで弱っているのなら、もう一度ひり出した妖力弾か何かで殺すことができるでしょう。
そう考えて、重い足を前に前に動かしていく。

と。
空の向こうに、影。
それはどんどん大きくなって、遂には近くまでやってきた。
空を飛ぶ……鯨? そうとしかいいようのないもの。………みようによっては、船にも見える。
明らかに進路をこちらへと向けて飛んでくるそれに、トカゲが首を持ち上げて吼えた。
もしかして、このトカゲを追って……?
考える間に、空飛ぶ船はすぐそこまでやってきていた。
あれは……あの船の周りに舞っているのは……私の見ま違いでなければ、雪?

気付いたと同時、遠く、何もない場所が揺らいだ。
水面に石を投げ込んだように波紋が広がり、それがカーテンのように両側に広がっていくと、一気に空に朝焼けが広がり、そして……どこからともなく、雪が降り始めた。


「なによ……これ」


思わず、呟いていた。
常夏のこの島に、雪? ……ありえない。何故。

トカゲが吼える。
ふとして見れば、船の先から何かが突き出て、トカゲに向かっていた。
そこに、魔力に似た力が集まっていく。純粋な、魔力が。
全快の私から見れば、集まっていく力はちっぽけで、これっぽちも気にかける必要のない力だったけど、今の私にとって、それは脅威にほかならなかった。


「…は、はは……なによ。なによ、それは…………す、少しくらい、鑑賞に浸らせてくれたっていいのに……」


もう、笑うしかなかった。
どうにもできない。だって、私、立っているのがやっと。
花たちを守れない。館も守れない。
あの人を静かに眠らせてあげることさえできない。


なんなのよ、この世界は。


集まっていく魔力に風が渦を巻き、オレンジの空に花びらが舞い上がっていく。
幻想的な、光景だった。


私を『私』にさせて、なんの説明もせず。
私からあの人を奪って。
挙句の果てに、これ?

……これ以上、何を望むってのよ。
館もない、花たちでさえ………戦闘の余波で、少なく……。
あの人も、もういない。
ここにはもう、何も残ってなどいないのに。
……私の命しか、残っていないというのに。


ぶわ、と空から叩きつけてくるように風が吹き、スカートが激しくはためいた。
知らず両腕を広げ、肩を上下させて、はっ、はっと荒く呼吸をする。
瞳に、集まっていく光を映して。
背の羽を、ぴんと伸ばして。

トカゲが、咆哮した。
悲しみと、悔しさと、絶望の混ざり合った声。
触発されたように、負けじと声を張り上げる。


「っだから!! なにを、なにを望むのよ!? もうなにもないのよ!! なにもないって、言ってるでしょう!?」


ぜぇ、はぁと、無理を通すように呼吸する。
何も見えない。オレンジと、黄色と、それから……?


「……ちくしょう」


ぼろぼろと、今頃になって堰を切ったように涙が溢れ出してきた。
頬を伝い、胸に落ち、地にも落ちていく。
こんなに強い力を手に入れたのに。
妖怪として生きるって、せっかく思ったのに。
風見幽香として生きて、楽しいと思えるようになったのに。
どうして、こんなっ……!!

光が放たれた。
トカゲを穿ち、消し飛ばし。
地を削り迫る、光の壁。
両腕を広げて、待ち構える。
うけいれる、いれない、そんなもの、かんけいない。

ただ、悔しさに、不甲斐なさに、申し訳なさに、声を張り上げていた。


「ちきしょぉおおおおおおっ!!!」


声を上げ、その直後に光に飲み込まれる。
腕が後ろに引っ張られて千切れていき、
仰け反った上体と下半身を繋ぐ腹の横から
ボロボロと崩れて消えていく。

痛みはない。ただ、悔しい。
足が弾けて、服が破れて。

せっかく作ったリボンが溶けて。



意識の消える最後まで、声を張り上げ、心の中でも叫んでいた。


ちきしょう、と。


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