2010-12-17 22:00:00

【創価】 「会則」 「規則」 の条文の変更 秋谷会長の詭弁を破す!

テーマ:【創価】 「会則」 「規則」 の条文の変

会則改変の理由について、会長の秋谷は、
「末法万年にわたる広宣流布の将来を見据え、万代に揺るがぬ創価学会の基盤を確立するため(中略)従来の 『会則』 は、昭和54年4月に制定され、その当時は、まだ宗門との関係が続いている中でありました(中略)会則の中にそのしがらみが残っていました。今回、これを抜本的に改正することにしたわけであります」
(聖教新聞 平成14年3月30日付)と述べている。


この発言のなかの 「しがらみ」 の意味は、国語辞典によれば、「物事をせき止めるもの、引き止めるもの、まとわりついて身を束縛するもの」(小学館版)であり、秋谷の話の前後から推測すると、彼のいう 「しがらみ」 は日蓮正宗の教義や化儀を指し、これらが創価学会の活動を束縛し、妨害していたということになる。


これこそ仏祖三宝尊への不知恩の極み というべきである。

また、学会は活動の規範となる会則を 「抜本的に改正」 したというが、実態は血脈相伝に基づく日蓮正宗の教義ならびに化儀をつまみ食いをしているのである。


それは総本山第二十六世日寛上人が書写された御本尊を複製販売していることを見ても明らかである。


したがって学会は、日蓮正宗の 「しがらみ」 から完全に脱却したわけでもなく、会則を「抜本的に改正」 しているわけでもないのである。


まさしく秋谷の発言は会員を誑惑するための詭弁である。


ともあれ創価学会は、いわゆる 「しがらみ」 から解放されて、思うがままに自由放逸の活動が許されることになったのであるから、この期に及んで 「宗門によって切られた」 とか 「宗門から破門された」 などと見苦しい泣き言を言わぬよう申し添えておく。


〈付録〉
【創価学会を脱会しようと考えている方へ】
http://ameblo.jp/hansouka/entry-10584273573.html
【呪いの唱題をさせる狂信集団 創価学会】
http://ameblo.jp/hansouka/entry-10590633088.html
【創価学会員が耳を覆いたくなる池田大作の卑猥な発言!】
http://ameblo.jp/hansouka/entry-10592498775.html
【創価学会員の非常識は汚れた六根が原因】
http://ameblo.jp/hansouka/entry-10593804182.html
【創価学会 池田大作に博士の学位はない】
http://ameblo.jp/hansouka/entry-10626595730.html
【創価】F取りに功徳などありません。 
http://ameblo.jp/hansouka/entry-10646624726.html
【創価教育学会が戦争賛美】
http://ameblo.jp/hansouka/entry-10654257119.html
【新聞啓蒙や財務はもうイヤ】
http://ameblo.jp/hansouka/entry-10656061273.html
【創価】 裁判で学会幹部らの悪事が暴かれました。
http://ameblo.jp/hansouka/entry-10667415369.html
【創価学会の異常性】 『 呪いの唱題 』 は変だと思いませんか!?
http://ameblo.jp/hansouka/entry-10684983966.html


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2010-12-16 11:30:00

【創価】 「会則」 「規則」 の条文の変更 第三節 ④

テーマ:【創価】 「会則」 「規則」 の条文の変

第四項 「(会長は)御本尊に関する事項を司る」(新会則第十条)の新加について


創価学会会長は、本尊に関する事項を司る権限を持つことになった。これは今後、学会が本尊に関してどのような行為をなしても会長の許可があればよしとするための規定である。


また、この規定は、学会が将来新たな本尊を立てるに際して、会員に異を唱えさせないための予防線でもある。


しかし、本尊とは信仰の根幹をなすものであり、とりわけ日蓮大聖人の仏法において、本尊は久遠元初の自受用報身如来の御当体であり、甚深の意義ましますが故に御本尊に関する一切の権能は唯授一人法体相承を所持される御法主上人に限られるのである。(しつこいようだが、これを信じて始まったのが創価学会である。)


『本因妙抄』には、
「此の血脈並びに本尊の大事は日蓮嫡々座主伝法の書、塔中相承の稟承唯受一人の血脈なり」(新編 1684頁)と説かれ、


第五十六世日応上人は 『弁惑観心抄』 に、
「此金口嫡々相承を受けざれば決して本尊の書写をなすこと能はず」(弁惑観心抄 212頁)と仰せられ、


また、第五十九世日亨上人は、
「曼荼羅書写の大権は唯授一人金口相承の法主に限り」(富要 1-112頁)
と仰せのように、御本尊の御書写および授与は血脈相承の歴代法主上人のみの権能である。


かつて池田大作は、
「わが日蓮正宗の、根本中の根本は、ご存じのとおり、本門戒壇の大御本尊であられる。その大御本尊と日蓮大聖人以来の血脈を代々受け継がれる御法主上人がおいでになり、七百年にわたる伝統法義が厳然とある。この正宗の根本軌道に則った信心こそが、正しき信心であり、無量の功徳があるわけである。みずからの心の濁りや驕慢から、その根本軌道を失ってはならない」(広布と人生を語る 6-41頁)と指導していた。


しかるに唯授一人の血脈相伝もなく、信心の血脈もない池田大作や、それに追従する会長などに 「御本尊に関する事項を司る」 権限などあるはずがない。

「身の程知らず」 とはまさしく創価学会のことである。


〈付録〉
【創価】 創価学会の開眼について
http://ameblo.jp/hansouka/entry-10672510631.html
【宗門では御本尊には法主による開眼が必要だ!と主張しているが、これは根拠のないものではないか】
http://ameblo.jp/hansouka/entry-10648587993.html

【創価】 成仏の叶わぬ”学会葬”を破す!
http://ameblo.jp/hansouka/entry-10675018391.html
【創価】 学会葬は間違っています。
http://ameblo.jp/hansouka/entry-10654252915.html


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2010-12-15 12:00:00

【創価】 「会則」 「規則」 の条文の変更 第三節 ③

テーマ:【創価】 「会則」 「規則」 の条文の変

第三項 「師範会議に諮問の上、最高指導会議の意見を聞き、これを尊重する」(新会則第十条)との条文について


この条文は、会長が教義および化儀の裁定権限を有することについての補完規定であり、教義および化儀に関する裁定の権限は会長の独断ではなく、合議によって決定するという主旨である。これを見ると、いかにも独裁体制を排除して、民主的な運営体制をとっているように思われるが、その条文は矛盾に満ちたものであり、池田独裁集団の実体をカムフラージュするための規定にすぎない。


なぜなら、諮問機関である師範会議の構成員は、会長によって任命されると定められているのであるから、会長の裁定に異を唱える師範会議員は、即刻解任されるであろう。


また、最高指導会議に至っては、指導会議員の選任が最高指導会議委員の議決によって選任されると定めているにも拘わらず、選任の基になる初めの最高指導会議員はいつ、誰によって選任されるか、という規定がまったくないのである。


重要な教義・化儀に関する諮問機関の構成員の任免規定がはっきりしない会則とは、いったいどういうことなのか。まさしく有名無実の ザル法 ならぬ 「ザル『会則』」というべきである。


この一事を見ても、創価学会が 「規則」 の条項に如何ほど仰々しく諮問機関や議決機関などを並べてみても、所詮 「永遠の指導者」 である池田大作ひとりの意志で、すべてが運ばれる独裁教団であることは明白である。


〈付録〉
【組織ぐるみの仕返しがこわいから脱会できない】
http://ameblo.jp/hansouka/entry-10634633195.html
【御本尊にめぐり合えたのは池田名誉会長と創価学会のおかげだから脱会できない】
http://ameblo.jp/hansouka/entry-10634637664.html
【創価学会員から反逆者、恩知らずとの烙印をおされたくないから脱会できない】
http://ameblo.jp/hansouka/entry-10635587277.html
【生活や商売・仕事に差し支えるから脱会できない】
http://ameblo.jp/hansouka/entry-10635608087.html
【創価学会本部の職員なので脱会できない】
http://ameblo.jp/hansouka/entry-10636471344.html
【友人のほとんどが創価学会員なので脱会できない】
http://ameblo.jp/hansouka/entry-10636474757.html
【家族が創価学会員なので脱会すると家庭内に争いが起きる】
http://ameblo.jp/hansouka/entry-10637475443.html


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2010-12-14 22:00:00

【創価】 「会則」 「規則」 の条文の変更 第三節 ②

テーマ:【創価】 「会則」 「規則」 の条文の変

第二項 「(会長は)教義および化儀を裁定する」(新会則第十条)について


創価学会は 「会則に」
「会長は、次に定める会務を行う。(1)教義および化儀を裁定する。この場合、師範会議に諮問の上、最高指導者会議の意見を聞き、これを尊重するものとする」 と定め、会長が教義と化儀を裁定できることになった。


しかし、日蓮大聖人の仏法において、教義および化儀の裁定は宗祖以来の血脈を継承される御法主上人の権能に限られることはいうまでもない。


『百六箇抄』には、
「上首已下並びに末弟等異論無く尽未来際に至るまで、予が存日の如く、日興が嫡々付法の上人を以て総貫首と仰ぐべき者なり」
(新編 1702頁)
と唯授一人の血脈を継承される 「嫡々付法の上人」 に信伏随従すること御教示されている。


また、第二祖日興上人は、『日興遺誡置文』 に、
「当門流に於ては御抄を心肝に染め極理を師伝し」
(同 1884頁)
「衆議たりと雖も、仏法に相違有らば貫首これをくじくべき事」(同 1885頁)
と定め、相伝によって極理を師伝すべきこと、大衆は血脈を継承される御法主上人の裁定に随順すべきことを明示されている。


そして、第六十六世日淳上人が、
「由来日蓮大聖人の門流に於ては聖祖は二祖日興上人の血脈相承し玉ひて大導師たるべしと御遺命あり、三祖日目上人その跡を継承し玉ひて相承の次第へいことして明かに今日に至ってをる。よつて此の相承を大宗として各々師弟の関係をしうすれば自ら正統の信行に住することができるのである。然るに中間に於て我慢の徒輩は此を省みず人情に固執して逸脱をしその結果己義を構へ邪義に堕したのである」
(弁惑勧心抄 序文)
と明快に御指南されているように、本宗の血脈相承に基づいて師弟相対するところに日蓮大聖人の正しい信行が確立するのである。


これに対して、不相伝にして、唯授一人の血脈を土足で踏みにじる学会の会長には、仏法の根幹をなす教義や化儀を裁定する資格はないのである。所詮学会の教義や化儀といっても、日蓮正宗の模倣にすぎないではないか。


〈付録〉
【創価学会は、何を目的として設立されたのか】
http://ameblo.jp/hansouka/entry-10601776990.html
【初代牧口会長・第二代戸田会長の入信の経緯について】
http://ameblo.jp/hansouka/entry-10602096326.html
【創価学会はどのような経緯で発足したか】
http://ameblo.jp/hansouka/entry-10602643956.html
【創価学会はどのような経緯で宗教法人を取得したのか】
http://ameblo.jp/hansouka/entry-10603010023.html


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2010-12-14 07:00:00

【創価】 「会則」 「規則」 の条文の変更 第三節 ①-2

テーマ:【創価】 「会則」 「規則」 の条文の変

第一項 「『三代会長』は、広宣流布の実現への死身弘法の体現者であり、この会の永遠の指導者である」(新会則第三条)について


2 「死身弘法の体現者」 「永遠の指導者」 との規定は池田本仏の具現化


三代会長を 「死身弘法の体現者」 「永遠の指導者」 おする条文は、牧口・戸田両会長が既に逝去している現在、実質的には池田一人を指すものであろう。


今、創価学会は池田大作が世界平和に寄与し、悪と戦う偉大な人物であると世間にアピールしているが、池田の実体は、名誉欲と権力欲に執着し、およそ宗教者とはほど遠い俗物である。


このような低俗な池田「死身弘法の体現者」 「永遠の指導者」 とは噴飯ものである。


日蓮大聖人の仏法における 「死身弘法の体現者」 とは、熱原三烈士のように、清純な信仰に命を捧げた人をいうのである。


また 「広宣流布実現への死身弘法の体現者」 というが、宗門を誹謗し、僧俗和合を攪乱した池田は、広宣流布への潮流を停滞せしめた張本人である。


学会では、池田が世界各地からかき集めた勲章や名誉称号などを盛んに誇示し、あたかもそれによって広宣流布が進捗しているかのように吹聴しいているが、 「愚人にほめられたるは第一のはぢなり」
との御聖訓に照らしてみれば、正体不信の者から勲章や称号をもらって喜びはしゃぐ池田に日蓮大聖人を信奉する資格はない。


そして、そのような虚飾に取り憑かれた池田を 「死身弘法の体現者」 「永遠の指導者」 とまつり上げる学会は、まさに悩乱の集団というべきである。


〈付録〉
新聞啓蒙や財務はもうイヤ
http://ameblo.jp/hansouka/entry-10656061273.html
学会を脱会して大石寺に戻った人達は、功徳に満ちています。
http://ameblo.jp/hansouka/entry-10658713634.html
【創価】 裁判で学会幹部らの悪事が暴かれました。
http://ameblo.jp/hansouka/entry-10667415369.html
【創価】 創価学会の開眼について
http://ameblo.jp/hansouka/entry-10672510631.html
【宗門では御本尊には法主による開眼が必要だ!と主張しているが、これは根拠のないものではないか】
http://ameblo.jp/hansouka/entry-10648587993.html
【創価】 創立80周年関連記事 ①池田氏の妄想 破綻・挫折
http://ameblo.jp/hansouka/entry-10720952914.html
【創価】 創立80周年関連記事 ② 池田氏の健康状態
http://ameblo.jp/hansouka/entry-10720970812.html
【創価】 創立80周年関連記事 ③ 広告ジャック
http://ameblo.jp/hansouka/entry-10720993787.html
【創価】 創立80周年関連記事 ④ 矢野さんの 「叙勲内定」 について
http://ameblo.jp/hansouka/entry-10722101888.html



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2010-12-13 22:25:00

【創価】 「会則」 「規則」 の条文の変更 第三節 ①-1

テーマ:【創価】 「会則」 「規則」 の条文の変

第一項 「『三代会長』は、広宣流布の実現への死身弘法の体現者であり、この会の永遠の指導者である」(新会則第三条)について


1 初代・二代会長の指導に反逆する池田大作


牧口初代会長は、
「どこまでも御開山上人の正しく御伝へ下された、日蓮正宗大石寺の御法義に従ひ奉って『自行化他』の大善生活をなし、国家教育の革新に貢献したい」(大善生活実証録・第五回総会報告 5頁)と日蓮正宗大石寺の法義に従うように指導し


戸田二代会長は、
「わたくしたちは、無智な人人をみちびく車屋である。迷っている人があれば、車にのせて、大御本尊様の御もとへ案内して行くのが、学会の唯一の使命である」
と学会の使命を明確に述べている。


これに対して池田大作は、
「日顕宗の言う『血脈』などは本当にナンセンスな話です。本来、宗教には、『仏と自分』との関係の信仰が重要であって、権威主義の『血脈』などは、信仰的には何の意味もない」(聖教新聞 平成5年5月5日付)


”総本山に参詣しなければ功徳がない” という宗門の主張は、道理からいってもまったく意味をなさない」(聖教新聞 平成4年2月29日付)
などと、宗門誹謗の言辞をもって、血脈・法義への尊信と総本山参詣の大事を説いた牧口・戸田両会長に反逆する指導を行っている。


なお一言すれば、池田がいうごとき、 「総本山に参詣しなければ功徳がない」 などというのは 「宗門の主張」 ではない。まったくの捏造である。


ここに明らかなように、池田の言い分と牧口・戸田両会長の指導はまったく異なったものであり、 「三代会長」 には、一貫性がないのである。


「三代会長を永遠の指導者」とするのであれば、会員は三代会長の内、どの会長の指導を 「永遠」 に守っていくというのであろうか。仮に3人の会長の指導をすべて実行するとしたならば、まさしく 「頭破作七分」 の狂態を犯すことになるのではないか。


にもかかわらず、会長の秋谷は、
「世界広布を開いたのは(中略) 『三代会長』に貫かれる師弟不二の精神、広宣流布への死身弘法の実践にほかならない」 (聖教新聞 平成14年3月30日)などと臆面もなく実態とかけ離れた指導をしている。

まさしく学会は欺瞞の教団なのである。


〈付録〉
【友人のほとんどが創価学会員なので脱会できない】
http://ameblo.jp/hansouka/entry-10636474757.html
【家族が創価学会員なので脱会すると家庭内に争いが起きる】
http://ameblo.jp/hansouka/entry-10637475443.html
【日蓮正宗の宗門や僧侶が信用できないから脱会しない】
http://ameblo.jp/hansouka/entry-10638445247.html
【宗門と創価学会が仲直りするのを待っているので脱会しない】
http://ameblo.jp/hansouka/entry-10638802430.html
【宗門や僧侶の悪口をいってしまったので、いまさら脱会できない】
http://ameblo.jp/hansouka/entry-10639057367.html
【友人葬を行ったから脱会できない】
http://ameblo.jp/hansouka/entry-10639376794.html



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2010-12-12 21:15:00

【創価】 「会則」 「規則」 の条文の変更 第三節 ①

テーマ:【創価】 「会則」 「規則」 の条文の変

第一項 「『三代会長』は、広宣流布の実現への死身弘法の体現者であり、この会の永遠の指導者である」(新会則第三条)について


この「死身弘法の体現者」 が 「法華経の行者」 と同義に使われていることは容易に想像できる。


日蓮大聖人の御教示を拝するに、末法における 「法華経の行者」 とは久遠元初の御本仏日蓮大聖人であらせられる。


新会則で三代会長を 「死身弘法の体現者」 「永遠の指導者」 と位置づけた学会の意図が、牧口・戸田二代会長を建前として、その実、池田大作を本仏にまつり上げるところにあることは明らかである。


〈付録〉
【「池田先生は、全世界から称号や勲章をたくさんもらっているからすばらしい」 という学会員に対して】
http://ameblo.jp/hansouka/entry-10619220659.html
【「全世界に『日蓮仏法』を弘めたのは池田先生である」という学会員に対して】
http://ameblo.jp/hansouka/entry-10619670388.html
【「池田大作先生は、日蓮大聖人の仏法を証明した法華経の行者である」 という学会員に対して】
http://ameblo.jp/hansouka/entry-10619983977.html
【池田大作について「池田先生は、絶対に間違いのない方である」 という学会員に対して】
http://ameblo.jp/hansouka/entry-10620278600.html
【「池田先生のおかげで、これまで信心を続けることができた」という学会員に対して】
http://ameblo.jp/hansouka/entry-10620593012.html
【「池田先生は、一人ひとりの会員を常に大事にしてくれる」という学会員に対して】
http://ameblo.jp/hansouka/entry-10620902513.html

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2010-12-12 17:50:00

【創価】 「会則」 「規則」 の条文の変更 第二節 ④

テーマ:【創価】 「会則」 「規則」 の条文の変

第四項 「創価学会は、日蓮大聖人の仏法を広宣流布することを使命とする仏意仏勅の教団」 (新会則全文)の新加について


この条文には、創価学会が大聖人の御意のままに妙法を全世界に弘めてきた、という思い上がった底意がある。


日寛上人は、『文底秘沈抄』に、
「富士山は是れ広宣流布の根源なるが故に。根源とは何ぞ、謂わく、本門戒壇の大御本尊を信受することこそ広宣流布であるとの御意である。」


第六十六世日達上人は、
「日蓮正宗の教義でないものが、一閻浮提に広がっても、それは広宣流布とは言えないのであります」(大日蓮 昭和49年8月号 20頁)
学会の逸脱を厳しく誡められた。


まさしく日蓮大聖人の仏法を広宣流布する使命は、正統血脈に連なる日蓮正宗僧俗にのみ存するのであり、流布すべき御本尊を持たない学会が 「日蓮大聖人の仏法を広宣流布する」 ことなどあり得ないなのである。


したがって、宗祖以来の血脈法水の正法から脱落退転した輩が 「仏意仏勅の教団」 であろうはずがない。


〈付録〉
【法主は本尊書写係りにすぎないのではないか】
http://ameblo.jp/hansouka/entry-10646172472.html
【宗門は日寛上人の御本尊をニセ本尊といっているが、これは日寛上人を冒とくする謗法ではないか】
http://ameblo.jp/hansouka/entry-10646627851.html
【宗門はなぜ創価学会の本尊下附を非難するのか】
http://ameblo.jp/hansouka/entry-10647673329.html
【宗門には僧が上、俗は下という僧俗差別観があるのではないか】
http://ameblo.jp/hansouka/entry-10649567806.html
【宗門では御本尊には法主による開眼が必要だ!と主張しているが、これは根拠のないものではないか】
http://ameblo.jp/hansouka/entry-10648587993.html
【宗門は長い間、創価学会をだましてきたのではないか】 
http://ameblo.jp/hansouka/entry-10651732761.html


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2010-12-11 21:50:00

【創価】 「会則」 「規則」 の条文の変更 第二節 ③

テーマ:【創価】 「会則」 「規則」 の条文の変

第三項 「会員は日蓮正宗の教義を遵守し、三宝を敬い」 (新会則第六十二条)の削除について


この条文の削除は、創価学会の基本理念であった日蓮正宗の教義の遵守と仏法僧への尊信恭敬を放棄したことを示している。


ここで学会が意図するところは、日蓮正宗の三宝、特に僧宝たる御歴代上人を除外して、会員の御歴代上人への尊敬の念を喪失せしめるところにある。


日蓮大聖人の仏法において、歴代法主上人を僧宝と立てることは自明の理である。

それは、
「日蓮在御判と嫡嫡代代と書くべしとの給う事如何。師の曰く、深秘なり、代々の上人悉く日蓮なりと申す意なり」 (聖典 379頁)

「南無仏・南無法・南無僧とは(中略)南無本門弘通の大導師、末法万年の総貫首、開山・付法・南無日興上人師。南無一閻浮提の座主、伝法・日目上人師。嫡々付法歴代の諸師」(六巻抄 225頁)

「日興上人已下代々も亦爾なり、内証に順ずる則んば仏宝なり、外用に順ずれば則ち僧宝なり」

等の御指南によっても明らかである。


すなわち、歴代法主上人は、その御内証に宗祖大聖人以来の血脈を紹継され、三宝一体の御境界にまします僧宝なのである。


かつて池田自身も、
「あくまでも師匠は日蓮大聖人様即御本尊様です。それから『遣使還告』あそばされる代々の御法主上人猊下です。われわれはぜんぶその弟子です」(池田大作 巻頭言・講義集3-113頁)
「『僧宝』とは、今日においては日興上人よりの唯授一人の法脈を受けられた御法主上人猊下であられる」(聖教新聞 昭和53年2月26日)
と述べていた。


学会が 「三宝を敬う」 ことを削除した真意は、日蓮正宗の三宝を会員の意識から抹殺し、かわって池田大作の絶対化・神格化を目指すところにあるというべきである。


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【創価】F取りに功徳などありません。 
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【新聞啓蒙や財務はもうイヤ】
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【創価】 裁判で学会幹部らの悪事が暴かれました。
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【創価学会の異常性】 『 呪いの唱題 』 は変だと思いませんか!?
http://ameblo.jp/hansouka/entry-10684983966.html
【創価学会解散勧告書】の内容を知っていますか?
http://ameblo.jp/hansouka/entry-10703306775.html


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2010-12-10 11:30:00

【創価】 「会則」 「規則」 の条文の変更 第二節 ②

テーマ:【創価】 「会則」 「規則」 の条文の変

第二項 「日蓮大聖人の御書を根本として」 (新会則第四条)の新加について

ここで創価学会のいう 「御書根本」 とは、正当な血脈相伝によらず、我見によって都合よく御書を用い、解釈することである。

第二祖日興上人は、
「当門流に於いては御抄を心肝に染め極理を師伝して」(新編 1884頁)と

唯授一人血脈相伝の 「極理」 に基づいて御書を拝するよう誡められている。


第65世日淳上人は、
「古来聖祖門下に於いて御書を手にすることを知って、極理の師伝を知らずこれを忽せにせるもののを見る、此が為に我見に堕して救ふべからざるに至る誡に嘆ずべきである」と仰せられ、極理の師伝なくして、御書を学ぶことは我見に堕ち、無間地獄の業因であることを御指南されている。

かつて池田大作も、
「日蓮大聖人の御書を拝するにあたっては、あくまでも御法主日顕上人猊下の御説法を中心として、よくよく拝していかなければならない」(広布と人生を語る 1-118頁)と述べていた。

学会が、新 「会則」 で 「日蓮正宗の教義に基づき」 を削除して、「日蓮大聖人の御書を根本として」 と謳った意図は、宗祖大聖人以来の血脈相伝の法義を否定して、御書を悪用する池田の指導を根本とすることほかならない。まさしく学会は、御本仏の教えを離れ、不相伝の魔族の集団と化したのである。

なお付言するならば、今回学会が 「根本」 とすべき対象を、従来の 「御本尊」 から 「御書」 に変更したことも、宗教法人 「創価学会」 の存立基盤に関わる 「根本」 的な改変である。


〈付録〉
【創価】 成仏の叶わぬ”学会葬”を破す!
http://ameblo.jp/hansouka/entry-10675018391.html
【創価】 学会葬は間違っています。
http://ameblo.jp/hansouka/entry-10654252915.html
【創価】 創価学会の開眼について
http://ameblo.jp/hansouka/entry-10672510631.html
【宗門では御本尊には法主による開眼が必要だ!と主張しているが、これは根拠のないものではないか】
http://ameblo.jp/hansouka/entry-10648587993.html


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