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[28539] アニモ☆マギカ(魔法少女まどか☆マギカ+おりこ☆マギカ 漫画版マギカシリーズ)オリ主他参入・シリアスが失踪
Name: 木陰◆b3b6e2db ID:49465ea9
Date: 2011/08/13 11:10
思い余って投稿を始めた。
鬱要素はあまり入れたくないけど、入れざるを得ない。
……とか思っていたけど、シリアス書こうとしたらジンマシンが出たみたいに痒くなった。
シリアスさんマミったとか、シリアスは犠牲になったのだ……そう呟ける人、大歓迎な話になりそうです。
オリ主&オリ魔法少女、他妄想設定痛いお話何でもありありな作品ですが、感想がいただけると感謝感激雨霰。



[28539] 一発目「悪意のない余計な善意は迷惑極まりない」
Name: 木陰◆b3b6e2db ID:49465ea9
Date: 2011/06/25 02:41


「おめでと~ございまーす! お兄ちゃんは今日から念願の魔法使いです!!」
「え? は? 魔法使いって……僕、まだ十五だよ? 魔法使いまであと十五年はあるんだけど? っていうか急に何?」

 突然、部屋に入ってきて魔法使いの称号を贈り付けてきた妹に、少年――大橋渡は自身の『経験』の無さを暴露しながら、妹――大橋歩美の奇妙な発言に首を傾げた。

「うっふっふー、その魔法使いじゃないよ~。心配しなくても、お兄ちゃんの初めては私が貰ってあげるから!」
「いやいやいや、ダメだから。血の繋がり有る無しに兄と妹で家族で、そーいう発言ダメだから」
「いいじゃん別に~」

 拳を握って人差し指と中指の間から親指を覗かせるという、危険なハンドサインを見せる自分の妹の頭をはたく。
 口を尖らせる妹の顔に、本気と書いてマジと読む以外の文字が見当たらない辺りに寒気を覚えながら、渡は改めて先の魔法使い発言について問いかけた。

「で、魔法使いって何? 念願って言ってたけど、僕が好きなのは手から怪光線出して地形を変えたりする職業じゃなくて、変身して怪人と戦う系統の人達なんだけど」
「悪い奴吹っ飛ばすのは変わりないじゃん?」
「大違いだよ」

 頭の後ろで手を組んで歩美が言うが、こればっかりは断言しておく。
 正義の味方に憧れた少年にとって、細かく見えるところでも大きな違いがあるのだ。

「まあまあ、細かいことは脇に置いといて~。ちょっとさあ、なんか私、魔法少女にスカウトされちゃってさ。なんか話聞いてみたら、魔法少女になって魔女と戦う代わりに願い事をなんでも一つ叶えてくれる、つってたのよ」
「…………へえ」

 熱く自分が憧れた正義の味方の詳細について語ろうとする兄を黙らせ、ケタケタと笑いながら歩美が語った内容を聞いた渡が、微妙に距離を取って白い眼差しを向けてしまったのは仕方がない事だろう。
 今も心の片隅で正義の味方に憧れている部分があるとはいえ、悪の組織や秘密結社と戦う変身ヒーローがいない事を理解する程度の分別は持ち合わせているのだ。
 とりあえず今は妹と話を合わせて、もし話から重傷だと判断できるなら然るべき場所で診察してもらうべきだと考える渡を余所に、歩美は荒唐無稽な話を続けている。

「キュゥべえって言うんだけどね? この町の魔法少女がいなくなっちゃったせいで、少しマズイ状況になってるってわけ。で、どうしようかって困ってた時に、この歩美ちゃんが現れちゃったのよ。いや~、こういうの何て言うんだろ、劇的? もう漫画やアニメのお約束って奴だよね~」

 退屈な日常から一転、刺激あふれる非日常の世界に。
 確かに漫画やアニメで使い古された展開で、同時に廃れることのない心を躍らせる言葉だ。
 昔からアニメや漫画が好きで、よくそうした世界で活躍できる力が欲しいと口にしていた子だ。そのキュゥべえとやらの言葉に、一も二もなく飛びついたのは想像に難くない。

「一応聞いとくけど…………どこかで頭を打ったとか、街角で変な薬を勧められて購入した、みたいな事してないよね?」

 頭が痛くなってきた。眉間に指を当てて言外にアピールしながら問い質す渡に、歩美はやはりそういう方向で心配されるか、と苦笑いしながら懐を探る。
 取り出したのは、金色の装飾が施された台座に楕円形のエメラルド色の石が填められたアンティーク風の品。パッと見た渡の印象はホテルの朝食などで出される、やたらと派手な緑色のゆで卵を乗せたアレであったが。
 中に液体でも溜まっているのか、蛍光灯の明かりを受けて色を変える宝石を手のひらで転がしながら、歩美が自慢するように笑う。

「じゃじゃ~ん! これが証拠のソウルジェムで~す。ちょっと見ててね~、凄いんだよコレ、さすが魔法のアイテムって感じなんだから! むむむ~……」
「歩美? なにして――――?」
『えー、テステス。ただいまテレパシーのテスト中~。ヤッホー、お兄ちゃん聞こえる~?』

 額に当てて押し黙る妹に、何をしようとしているのか聞こうとしたところで頭の中に声が響き、出しかけていた言葉を引っ込めて渡はあんぐりと口を開けた。
 目の前で口を閉じて、悪戯っぽい笑みを浮かべている妹の声が確かに届いている。腹話術だろうか、それならそれで、彼女の声が耳ではなく直接頭の中に送られていると感じるのはどうした事か。

「え、あ? へ? ちょっとタンマ、待って、今種を考えるから」
『もー、手品じゃないんだから、種も仕掛けもないってば。言ったじゃん? 私、魔法少女にスカウトされたって』
「――――――――りありぃ?」
『いえ~す、ざっらぁい♪』

 口をパクパクと開け閉めした後、ゴクリと喉を鳴らして再度の確認を行った渡だが、妹が返した笑顔と頭に直送の言葉を聞くまでもなく、自分の身内が摩訶不思議な力を手に入れてしまった事実を理解していた。

「えー………何だコレ、どーいう状況? 妹が魔法少女とか、まったく訳がわからないよ」
「お兄ちゃん、だいじょうぶ?」
「うん、まあ大丈夫じゃないけど、大丈夫だ問題ない」

 足の力が抜けて床に座り込んだ兄の顔を覗き込み、楽しそうな表情から一転、不安そうにする歩美に力無く混乱している事を伝えて嘆息。
 深呼吸を繰り返してある程度の落ち着きを取り戻してから、渡は妹の言っている事が空想や妄想の産物でないと踏まえて話を進めようと考えた。
 危機感のない妹に頭の痛みを増加させながら、ここに至ってようやく、自分の妹が不穏な発言と共に部屋にやって来た事を理解したからだ。

「と、とりあえず、お前が魔法少女になったのはいいとして……いや、お兄ちゃんとしては、そんな職業として続けられなさそうなものになる前に相談してほしかったんだけど、それは脇に置いておくとして」
「あ~、まあ二十歳近くになって魔法少女ー、なんて言ってたら痛いしね~。そういえばコレ、いつまで続ければいいんだろ、キュゥべえと契約して願い事叶えてもらうのに頭一杯で聞き忘れてたや」
「お願いだから、次から契約する時はちゃんと話を聞いてからしてね……」
「うっわ、お兄ちゃんそんな顔でお願いしないで、ちょっとゾクゾクしちゃう」

 弱々しく懇願する兄のどこに興奮する要素があるのか、足をモジモジさせて顔を赤らめる妹にため息を一つ溢して、渡は恐る恐る、まるでF判定だらけの模試の結果表を開くような心持ちで質問する。

「…………あのさ、歩美。お前が魔法少女になったっていうのがマジ話だとすると、部屋に入ってきた時の言葉が、僕には凄く不吉な発言に感じられるんだけど、『お兄ちゃんは今日から念願の魔法使いです』――って、どゆこと?」
「あ、説明するの忘れてた。うん、えっとね~、私的にお兄ちゃんが私にメロメロになってあんな事やこんな事をできるように~、でもよかったんだけどー」
「止めてよね、冗談でも妹にそんな不気味な願望口に出てほしくないよ、僕ぁ」

 ケアレスミスを指摘されたようにぺちり、と自分の額を叩いて、歩美は洋菓子屋の舌を出したマスコット人形の顔真似をしつつ、兄にとって衝撃的な願いの内容を明かした。

「キュゥべえも、こんな願い事は初めてで上手くいく保証はできないって言ってたんだけどね。私がお願いしたのは――――『魔法少女と一緒に戦える力を、お兄ちゃんにも持たせてあげて』、だよ」
「な、なんで?」

 寝耳に水や青天の霹靂なんていう言葉が可愛く聞こえる願いの内容。一体誰が頼んだのかと、驚きすぎて真顔になった渡が首を傾げる。

「え? 小学生ぐらいの時、言ってなかったっけ? 僕も正義の味方みたいに、悪い怪人をぶっ飛ばせる力が欲しいって。空手習い始めたのも、それが原因でしょ?」
「いや、まあ……うん、空手始めたのは、極めたら本気で気弾を出したりできるって思ったからだけど――って、僕の黒歴史発掘はいいから!」

 あの頃は純真だったのだ。男の子なら誰だって一度は、そうした不可思議な力に憧れて、「○○○スラッシュ!」と叫んだり、「○○流奥義!!」と言いながら剣代わりに傘を振り回した経験があるに違いない。
 胸中で言い訳を述べながら、小学生の頃から続けている空手を始めた理由に顔を真っ赤にしながら怒鳴る。

「いいわー、お兄ちゃんが恥ずかしがってるとこゾックゾク来るわー。あ、今夜のオカズはこれでイこっかな」
「絶対にダメ、止めて。っていうか、思春期まっさかりの女の子が、そういう発言恥ずかしげもなくしちゃいけないから。……それで何? 魔法少女と一緒に戦える力って、具体的にどーいうものなの」
「んー、その辺はちょっとよく分かんないから、後でキュゥべえに説明しに来てもらう約束してるんだ。安心して、ちゃんと成功したよって言ってたから」

 これっぽっちも安心できない適当な保証に頭を抱え、渡はフローリングの床に視線を落とす。
 木目を数えてみよう。とにかく今は、落ち着くために気を逸らせるものが欲しかった。
 もう少ししたら現れるというキュゥべえ――妹の言葉から判断するに、魔法少女に付き物のマスコット的存在だろう――なら、不安に溺れそうな自分に安心できる説明をしてくれるだろうと考えながら。




 それは、魔法少女になった妹に運命を変えられた兄の物語――
 それは、繰り返しの世界に加わった新しい魔法少女物語の一ページ――



[28539] 二発目修正(シリアス犠牲版)「選ばせてあげるって言う奴に限って、選択肢を一つしか提示しない事が多い」
Name: 木陰◆b3b6e2db ID:49465ea9
Date: 2011/07/02 13:21


 戦わなくちゃ生き残れない。戦わなくても生き延びられない。
 全ては願いを叶えた代償で、これは言うなれば当然の義務なんだから――
 とか格好付けて言ってたけど、とどのつまり、それって拒否権なんてないよっていう婉曲的な脅迫だよね?


 アニモ☆マギカ二発目(シリアス犠牲版)
 「選ばせてあげるって言う奴に限って、選択肢を一つしか提示しない事が多い」

 時は遡る事三日前――――
「つべこべ言わず、僕と契約して魔法少年になってよ」

 ガラス玉に似た、真っ赤な瞳が二つ、微動だにせず渡を見上げている。
 妹の魔法少女宣言(加えて、渡を魔法少女と一緒に戦えるようにしてもらった発言)による混乱から立ち直り、歩美との約束通り現れたウサギと猫のいいとこ取りをしたようなヌイグルミ生物――キュゥべえの発言は、どう表現すればいいのだろう、インテリ系ヤクザが醸し出す物騒な響きを持っていた。
 現在、妹の歩美は風呂に入るため、この場にはいない。魔法少女に付き物のマスコット的存在とはいえ、正体不明の生き物と差し向いで会話する状況に内心、怯えながら話を聞いていた渡の顔が、緊張とは別の理由で引きつった。

「いや、あの、キュゥべえさん? 会って早々そんな事を言われても困るんだよ……。やっぱりそれをやれと言うなら、それ相応の説明がないと。魔法少女とか魔女がどうとか、聞きたい事は山ほどあるんだけど」
「まあ、何も聞かずに了承するよりは賢いと、僕は思うね。それじゃ、少し長くなるけどちゃんと聞いてくれよ?」

 口元がヒクヒクと痙攣しているのを自覚しながら、それでも客人の手前、笑顔を維持して詳細を求めた渡に対し、キュゥべえは実に義務的で淡々とした口調で説明を続けた。
 どうして契約を対価に少女の願いを叶えるのか、魔法少女とは一体何なのか、そしてキュゥべえがどういった存在で、魔法少女達の敵である魔女がどこから現れ、その正体が何なのかまで――――出るわ出るわ、聞くほどに今までおぼろげながらに抱いていた、愛と希望に輝く魔法少女像が微塵に粉砕されてしまう内容目白押し。

「…………魔法の国の愉快な仲間たちかと思ったら宇宙生物か!」
「君たちから見ればそうなるのかもしれないね。とにかくまあ、これで僕の話は理解できたかな?」
「ああ、くそ、皮肉のつもりだったのに全然通じてない……」

 頭痛に耐えながらの渾身の突っ込みも素っ気なく流され、渡が悔しげに頭を抱えて唸る。
 夢も希望もありゃしないとは、正しくこういう状況を言うのだろう。
 キュゥべえことインキュベーターの話を頭の中で整理して、余計に気が滅入る。どうして魔法少女なんて単語が出てくる世界に、宇宙の寿命がどうのこうの、熱力学の第二法則がどうのと関わってくるのか。
 魔女を倒してグリーフシードを集めないと、魔法の国が滅んでしまうんだ、とか言われた方がよほど受け入れやすい。宇宙の死を防ぐために考案された延命措置に必要な魔法少女が魔女化する時に発生するエネルギー欲しさに、外見だけは可愛いキュゥべえが、モグリの金貸しも真っ青な営業活動に勤しんでいると知った今の心境だと。

「つまるところ、魔法少女として契約する時に願いを一つ叶えて借金させて、魔女退治でそれの利息を返済するけど、現実に打ちのめされて首が回らなくなった魔法少女は魔女になっちゃうと。ぶっちゃけ、キュゥべえ達が黒幕って事でいいんだよね?」
「それは斜めに見すぎだね。勘違いしないでほしいけど、別に僕たちは君たち人類に悪意があるわけじゃない。ただ、いずれこの星を離れて僕たちの仲間入りを果たすんだ、その時必要になる参加費を前払いをしてもらってるだけだよ」

 そうした言い分を、地球では詐欺とか詭弁と呼ぶのだと教えてやりたかったが、鯨を食べちゃいけませんと叫んでいる団体に、うちには鯨を食べる文化があるんですと理解を求めるようなものだろうと口を噤む。

「こんな話を聞いたのに魔法少女になったのか、歩美の奴……?」
「歩美には契約した後に説明したからね」
「オイ」
「もう、これでもかってぐらい僕を鉄パイプで殴打してくれたよ。けど、その後で出された質問に答えたら、手のひらを返したみたいに君との契約を勧めてくれたね」
「何でさ?」
「さあね」

 我が妹ながら、いろいろと頭のネジがゆるみ過ぎではなかろうか。首を傾げる渡に、キュゥべえはしれっと返した。

「でも不思議だね、君たちは。願いを叶えておいて、どうして詳しい話を聞くと契約なんかするんじゃなかったとか、騙されたなんて人聞きの悪い事を言うのかな。この間なんて、問答無用で銃撃してくる子もいたし……まったくわけがわからないよ」
「いや、分かれよ」

 諦め混じりの半眼で二度目の突っ込みを行った渡を完全に無視し、きゅっぷいと奇妙な鳴き声を上げて笑みを浮かべて首を傾げるという、媚を売った態勢でキュゥべえは少し前の言葉を繰り返す。

「というわけで渡、四の五の言わず僕と契約して魔法少年になってよ」
「さっきまでの話の流れで、どうして僕が契約すると思えるのかな!?」

 ヌイグルミじみた外見の下にある正体を知った後では、一ミリたりとも心ときめかない不思議生命体に、そろそろ渡の忍耐も打ち止めになりそうだった。

「ダメだこいつら、早くなんとかしないと……」

 ろくでもない雇用条件も聞かずに魔法少女になった妹に、契約する代わりに願われたという理由で、勝手に人を魔法少女ならぬ魔法少年になれるよう体を弄くり回してくれたらしい生物に向けて、精一杯のため息を吐き出しておく。
 身の危険が危ない。主に自分の。すでに峠のガードレールを突き破って、崖を奇跡のドライビングテクニックで駆け落ちている真っ最中な気もするが。
 ついこの間、着替え中の自分を押し倒して、本気の目で「やらないか」と妹が言ってきただけでも悩ましいのに、それに加えて魔法少女物と見せかけた似非SF風借金返済物語に関われと言われて、はいそうですかと頷く馬鹿がどこにいるのか。

「よく聞いてくれよ、キュゥべえ。絶対にごめん被――――るぅん?」

 恐らく宇宙史上初になるであろう、宇宙人に対してノウと言える日本人になろうとした渡だったが、ふと脳裏に浮かんだ考えに、語尾が尻上がりに止まる。
 自分と契約すると言う事は、即ちそれはどんな願いでも必ず一つは叶えるという事。
 インキュベーターなる存在がいかほどの能力を備えているのかは不明だが、少なくとも漫画の七つの玉から出てくる龍神様ぐらいの事はやってのけそうだ。
 頭の中で再度、魔法少女や魔女その他に関する情報を整理し直して問う。

「ね、ねえキュゥべえ? いざって時に無理とか言われたくないから、前もって聞いておくけど…………願い事って、例えば魔女になった魔法少女たちを元の女の子に戻してー、とかでも大丈夫なの?」
「君が願いさえすれば、それも不可能じゃないかもね。ただ先に教えておくけど、願い事は自分の力ー魔力だけじゃなくて、想いの力もだね。それに見合ったレベルにしておかないと、歪めすぎた因果に存在を食い尽くされちゃうよ? ついでに教えておくけど、歩美の願いで得た君の魔法少女……じゃないや、魔法少年としての力じゃ、とてもじゃないけど、ね」
「そ、そうかー」

 ガックリと肩を落とした渡にキュゥべえはかぶりを振って嘆息し、聞き分けのない子に話すように続ける。

「僕たちだって、むやみやたらに魔法少女を消費したいわけじゃないんだけど、こればっかりはどうしようもない。だって、魔法少女がいなきゃ魔女は生まれないんだから」

 いずれ魔女になる少女たちなんだ、魔法少女って呼び方が相応しいよね。
 目を見開いた笑顔という空恐ろしい表情で言い放ち、距離を開けて震える渡に歩み寄る。

「宇宙全体と毎秒百人ずつは生まれる君たちから選ばれる単一個体、どちらを重要視するかなんて考えるまでもないだろ?」
「き……奇麗事でお腹が満たされないのは重々承知してるけど。なんでかなー、キュゥべえの言葉に頷いちゃうと、人として終わりな気がするなー」

 かといって、人の命は平等だとか人類皆兄弟で反論したところで、容易く論破されて終わりそうでもある。

「さあ渡、せっかく歩美がチャンスを与えてくれたんだ。宇宙を生き延びさせるための礎として、僕と契約して男性初の被検体……じゃなかった、魔法少年になってよ!」
「思い切り実験台扱いしたよね、今!?」
「気のせいさ。ただ、僕としては第二次性長期の男の子が持つ感情エネルギーが、女の子のそれに並ぶのか興味はあるけど」
「あ、悪魔だ……白い悪魔だよ、これ」

 きっと、悪魔が微笑むとこんな感じになるのだろう。見ていて腰が砕けそうになる笑顔を浮かべるキュゥべえに、いい加減掴みかかって中身が出るまでシェイクしてやろうかと渡が頭を抱えて唸る。
 今なら名誉毀損に人権侵害で情状酌量の余地が付きそうな気がする。
 ギリギリと歯を軋らせ、耐え難きを耐え云々と、昔の偉人が残した名言を口の中で繰り返して平静さを維持するという渡の涙ぐましい努力も、しかし感情をほとんど持たないインキュベーターに理解できるはずもなく。

「君は一体何をしているんだい?」
「……異文化コミュニケーションの大変さを噛み締めてたとこ」

 呑気に尋ねてくれるキュゥべえに、全てを胸の内に秘めて、ただ弱々しく答えた自分は正しかったのか。
 考えたところで意味はないのだろうな、と少し荒んだ眼差しで天井を見上げながら鼻を鳴らす。

「よし、それじゃあ善は急げだ。渡、願い事は決まったかい? 早く君の中からソウルジェムを取り出しちゃおうよ」
「なんだろうなー、こういう状況――――――――ああ、そうだ」

 顔は上に向けたまま、視線だけキュゥべえに向けていた渡だが、すぐに現状を表すのにこれ以上なく相応しい単語を思い出し、ぽつりと蚊の鳴くような声で呟いた。

「――――――――連帯保証人だ」

 その呟きに含まれた感情を、インキュベーターは理解できるのか。
 それとなく興味が湧いた気がしたが、きっとそれは現実逃避なのだろう。
 耳を蠢かして近寄るキュゥべえからジリジリと後退りしながら、そんな事を渡は考えていた。



[28539] 二話について
Name: 木陰◆b3b6e2db ID:49465ea9
Date: 2011/07/02 13:22
あの後続きを書いてみたけど、どうにもしっくりこなかったので、最初に考えていた設定の痛い方と、内容のひどい方の後者で進めなおす事にしました。
キュゥべえがなんかおかしくて、他のキャラもちっとばかし壊れてる、シリアスじゃなくてシリアルな内容ですが、それでも構わんという方、感想指摘アドバイスお願いします。



[28539] 三発目「例え体が朽ち果てようと、この魂だけは……って、そんなの無理に決まってるじゃないか」
Name: 木陰◆b3b6e2db ID:49465ea9
Date: 2011/07/07 01:35
アニモ☆マギカ三発目
「例え体が朽ち果てようと、この魂だけは……って、そんなの無理に決まってるじゃないか」




 力を手に入れる切っ掛けというのが幾つかある。
 例えば窮地に陥り、眠っていた力が覚醒する。例えば、何か神様的な存在に見出されて力を与えられる。例えば、遺跡などに封印されていたものに触れて――――等々。
 そういった力を手に入れる経緯をありきたりと呼ぶか、お約束、あるいは古典的と呼ぶかは人それぞれではあろうが、少なくとも誰もが一度は考えたはずだ。
 「自分にも不思議な力があったらなー」、と。
 常識から外れた摩訶不思議な力や能力を手に入れたい。子供じみた考えではあるが、齢三十半ばを過ぎて実家に寄生しているような、まるで駄目な中年――俗に言うニートなどが口にしない限り、少しだけ懐かしくて苦い笑いを提供してくれるはずだ。
 そのはず、だったのだ。幼き頃、変身して悪い怪人と戦うヒーロー達に憧れた大橋渡少年にとって。

「あっはっは、改造されて凄い力を手に入れるとか、定番中の定番だよねー」

 それが悪の手先どころか、諸悪の権化みたいな存在の手によるものなら尚更。
 自室の床に手をついて渡が項垂れていた。
 グルリグルリと視界が回る感覚。耐えがたい吐き気を覚えて嫌な汗を滴らせている。

「ふーん、やっぱり兄妹だからかな。渡と歩美のソウルジェムはよく似てるよ」

 渡から少し離れた場所で、キュゥべえが興味深げに呟いていた。
 ぺしぺしと前足を交互に出して、何かを左右に叩いて転がしている。

「うっぷ……だ、だから、さっきから止めてくれって言ってるだろ」
「ソウルジェムの大切さを理解してもらうためだ。もう少し頑張ってみてよ」
「僕……には、嫌がらせにしか思えないよ……こん畜生」

 ウサギと猫のいいとこ取りをしたようなヌイグルミ――キュゥべえが交互に繰り出す前足の間を、卵の形をした深緑色の宝石が転がっていた。
 どういう仕掛けか、キュゥべえが触れる度、装飾された鶏の卵大の宝石がぼんやりした光を生む。それが右にコロコロ、左にコロコロ弾かれて転がる度、渡の口から弱々しい呻き声が漏れるのは、端から見れば奇妙な光景であった。

「よく分かっただろう? これがソウルジェムに干渉されるって事さ。くれぐれも、落としたり無くしたりしないでくれ。もし下手に扱って砕けたら、それはそのまま君の死を意味するからね」
「だからって、これはやり過ぎ……………………か、か……回復したら……皮をひん剥いてやるからな……」

 ソウルジェムの大切さを教えるとの名目で、好き放題に転がされた恨み言が途切れ途切れに口から漏れる。
 ちらりと流し目を送り、キュゥべえは仕方がないとアピールするようにかぶりを振った。

「やれやれ、君のためを思っての行動だったのにな。体を潰されても困りはしないけど、勿体ないから精一杯、抵抗させてもらうよ。ねえ渡、今どんな気持ちだい? 文字通り手玉に取られて、今どんな気持ちだい?」

 ソウルジェムを取り返そうと伸ばした渡の手を軽々と躱し、全身を使って器用にリフティングしながらキュゥべえが尋ねる。
 無表情で同じ事を聞いてくるのが、たまらなく腹立たしい。倍増した吐き気に加え、眩暈まで感じ始めている。
 自分の魂を弄ばれるのが、ここまで辛いとは思わなかった。四つん這いの態勢も維持できず、床にうつ伏せで倒れた渡の口から、煙が立ち上るように言葉がのぼる。

「もう、無理……。神様仏様インキュベーター様……卑しい石ころに身をやつした私めに、どうか僅かばかりのお慈悲を……」

 ソウルジェムとは魂を物質化して、体外へ取り出したものらしい。原理はよく分からないが、とにかく凄い技術ではある。
 肉体と精神の連結を外す事で強すぎる痛みを軽減し、少しでも魔女と安全に戦えるようにとの配慮とはキュゥべえの言葉。それを説明なしに行っていたというのは迷惑極まりない話だが、そこさえ気にしなければ確かに効率的だ。
 うっかり落として紛失したり、盗難されたりした時が怖いが、生きている事に変わりはないと思えるなら、実に理に適ったシステムである――――そんな事を考えた少し前の自分に、これは言うほど便利なシステムではないと教えてやりたかった。

「やれやれ、こんなんじゃ先が思いやられるよ。いいかい渡、このソウルジェムは君自身なんだ、肌身離さず持っておくんだよ」
「りょーかい……」
「フウ……今日はもう遅いし、僕は帰るよ。じゃあね、渡」

 観察に飽きたのかソウルジェムを渡の手に乗せて、キュゥべえがさっさと部屋を出ていく。心なしか足取りが軽いのは、散々人の魂で遊んだからではないと思いたい。
 長い尻尾がドアの隙間から消えるのを顔だけ持ち上げて見送った後、渡は心底疲れた声で、しかし目だけは力強く光らせて呟いた。

「こ、この恨み……晴らさで……うっぷ……おくべきか」

 二度とキュゥべえには自分のソウルジェムを触らすまいと誓いを立て、今日はもう寝ることにする。
 ソウルジェムを返却してもらった途端、吐き気や眩暈があっさり消え去った事を喜ぶべきか、それとも、願い事を叶えてもらうためとはいえ、契約を結ぶのは軽率だったと後悔すべきかと悩みながら、渡はのろのろと這うようにしてベッドに向かった。




「あれー、どしたのキュゥべえ、帰っちゃうの?」
「うん、渡とも無事に契約は済ませたし、今日のところはね」
「味気ないな~。うち、私とお兄ちゃんだけだから、部屋余ってるんだよね。寝床ぐらい言ってくれれば貸すよ?」
「ありがとう。でも、これから他の場所にも用があるんだ」

 廊下の向こうから歩いてきた歩美が、反対側から現れたキュゥべえに気付いて声をかけた。風呂から上がったばかりで上気した顔を手で扇ぎつつ、無邪気な笑顔で宿泊を勧めてくる。
 会って間もないはずだが、その口振りには親しい知人に対する響きがある。
 やんわりと断りを入れたキュゥべえに歩美は苦笑いしながら残念と呟き、何かを思い出したようにパンッと手を打ち鳴らした。

「あっ、そーだそーだ、キュゥべえ。お兄ちゃんの願い事、どんなだった?」

 断り無く聞くことに多少の申し訳なさは感じるが、それでも兄のことだ、バレたらバレたで諦めた風に「別にいいけど」と許してくれるに違いない。

「やっぱり妹として、お兄ちゃんのやることなすこと、可能な限り把握しておかないとだめだからね!」

 根拠の不明な理由に身を任せ、自己弁護以外の何でもない断言と共に力強く拳を握る。

「へえ」

 そんなものか、とキュゥべえが素っ気ない返事をする。
 肉親血縁といったものを持たないキュゥべえからすると、歩美のこの考えは理解の範疇に含まれないが、お互いが持つ情報を共有して知識を均等化させるというのは、インキュベーターの間で常に行われている事だ。恐らく、それと似たようなものだろう。
 適当な推測を立て、キュゥべえは歩美との会話に意識を戻す。

「歩美もそうだったけど、君たち兄妹が願った奇跡は、僕にはどうにも理解できないよ」
「え~、そうかな?」

 キュゥべえの言葉に思い当たる節がないのか、不服そうな顔で歩美が首を傾げる。

「私の願い事はさ、ほら……お兄ちゃんが好きで好きでたまんない、可愛い妹からのプレゼントって感じだと思うんだけどねー」
「好きだった人間と自分を同一の存在にしてほしい、みたいな願いはあったけど。君みたいな、他人に力を持たせるような願いは初めてだよ。まあ、お陰でこれまでなかった男の子との契約が初めて成ったわけだし。これは極めて稀なケースとして今後に活かせるかもしれないね」

 最も自分達が期待しているのは、渡のソウルジェムが濁りきった時に生じるエネルギーにあるとは言わないが。
 既に魔法少女と魔女の関係を説明している以上、ある程度の察しはついているはずだ。特に抗議もしてこないのは、歩美も納得尽くで渡との契約を推奨してきたからだろう。
 キュゥべえの勝手な解釈を知ってか知らずか、歩美はぶつぶつと独り言を呟いている。

「お兄ちゃんが初めての男の子……初めての男の子がお兄ちゃん…………お兄ちゃんの初めてを私が……うん、なんかドキドキしてきた……!」
「君はいったい何を言ってるんだい?」
「何ってナニよ……って言わせないでよ、恥ずかしい」
「…………」

 そういえば、人間は地球上でも数少ない万年発情期の生物だった。
 一人妄想に身悶えする歩美を、あまり感情を持ち合わせていない瞳で冷ややかに見やる。

「……ゴホン。いやー、失敬失敬。そろそろ話を、お兄ちゃんの願いの内容に戻そっか」
「そうだね」

 真っ赤なはずのキュゥべえの瞳に白いもの感じたのか、わざとらしく咳払いした歩美が、とってつけた真面目面で提案した。
 こちらとしてもありがたい。色々な意味でついていけない会話が終わるのは、キュゥべえにとって歓迎すべき事なので、特に反対もせずに頷いておく。
 どうにも歩美と話すのは疲れを感じさせる。言葉を交わす度にそれを痛感する。
 渡と話した時、異文化コミュニケーションの大変さを噛みしめて云々と彼が言っていたが、それはこちらの台詞だと言いたい。

(感情なんて、僕らからすれば精神疾患の一種でしかないからね)

 宇宙の寿命を延ばすためとはいえ、その精神疾患と呼ぶ感情が生むエネルギーに頼るしかなかったのは、なんとも皮肉な話だが。
 わけがわからないよ、と声に出さずに毒を吐くキュゥべえに構わず、目を輝かせた歩美が詰め寄った。

「で? で? お兄ちゃんの願い事ってなんだった? 女の子にモテたいとか、精力絶倫で持て余すとかだと嬉しいんだけど、主に私が」
「君は結局、そこにしか興味を持ってないのかい?」

 思えば契約を交わした時も、「これでお兄ちゃんが感極まって、勢い余ってその場の空気で最後までイッちゃったら……エヘヘヘヘヘ」と怪しげな笑みを浮かべていた。

「この星には近親姦に対する禁忌があったはずだけど……」
「宇宙の大きさに比べれば、そんなの小っちぇ問題だよ」
「そうか、君がそう言うのならその通りなんだろうね」

 何故かしたり顔で舌を鳴らしながら指を振る歩美に、突っ込みを諦めてキュゥべえは話を合わせておく事にした。
 自分達から見て重度の精神病患者が言うこと。分からない事、理解できない事は放置しておくに限るのである。
 ため息が出そうになるのを堪えて、この場を去るために話を再開する。

「渡の願いはね、歩美。『魔法少女の絶望以外の感情エネルギーを優先して回収しろ』、だよ」
「…………えーっと?」
「まったく、初めての案件が二件も続くなんてね」

 言葉の内容がよく理解できなかったのか、きょとんとした顔で首を傾げた歩美に今度こそため息をついてキュゥべえは、渡と契約した時に言われた言葉を聞かせた。

「正確には、絶望からエネルギーを回収するのは最後の手段にして、魔法少女達が喜んで、楽しんで、幸せだと感じた時の感情エネルギーを優先して回収しろ。無理なら、回収できるようにソウルジェムをバージョンアップしろ……が渡の願いだったんだよ」

 こちらの苦労も知らず、好きに言ってくれると愚痴る代わりに、尻尾を使って床をリズミカルに叩く。
 自分達インキュベーターが、魔法少女が幸福から絶望に転じた時に生じる感情エネルギーを集めているのは、それが最も効率よく回収するための方法だったからだ。
 正直な話、絶望以外の感情から生じるエネルギーを優先して集めたところで、スズメの涙程度でしかならないというのに、面倒な願いを出してくれたものである。

「ふ~ん。お兄ちゃん、そんな事に一度っきりのお願い使っちゃったんだ。もったいな~」

 パタパタと尻尾で床を叩いて不機嫌さを醸し出すキュゥべえを抱き上げて、頭を撫でてやりながら呟いた歩美の表情は、妙に落ち着きを感じさせた。
 つまらなさそうにしていると同時に、納得もしている。そんな様々な感情が入り混じった複雑な表情が、逆に歩美の表情をそのように見せているらしかった。

「ま、しょ~がないか、お兄ちゃんだし。よかったね、キュゥべえ」
「どういう意味だい? 僕としては、こんな効率の悪くなってしまうお願いをされるのは、非常に好ましくないんだけど」

 高い高いをされながら冗談ではないと抗議したキュゥべえに、歩美はどこか覚めた眼差しで見返して、同情するように告げた。

「お兄ちゃんって人畜無害そうな顔してるくせに、結構酷いこと平気で言ったりやったりするからさ。何でもしますって言った相手に、じゃあ死んでぐらいはお願いしちゃうんじゃないかなー」
「…………」
「とりあえず、無理に魔法少女たちを絶望させなくてもエネルギー回収できるようになってラッキー、ぐらいに考えとけばいいんじゃない? やったねキュゥべえ、エネルギー回収の機会が増えるよ!」

 それはつまり、自分達の存在を消滅させる類の願いもあり得たという事だろうか。
 冗談めかして話す歩美に好き放題弄られながら、口を噤んで考えていたキュゥべえだが、いつまでも黙っているわけにはいかないとは判断して問い掛ける。

「でも歩美。渡の願いは君たちからすれば、根本的な解決にはなってないんじゃないか?」

 結局のところ、渡の願いでは絶望した魔法少女が魔女化するのは避けられない。
 喜びや楽しみといった感情から生じたエネルギーも回収できるようになっただけで、絶望した時に生じる感情エネルギーが最も強大である事も変わりない。
 確かに歩美の言う通り、手間も増えたがエネルギー回収の機会も増えたに過ぎない。
 腕の中から訝しげに見上げたキュゥべえに視線を返し、歩美は微笑んだ。

「うん、けどこれで魔法少女は絶対に絶望させなきゃいけない、って訳じゃなくなったんでしょ? お兄ちゃん的にはそれで十分なんだよ」
「あのね、歩美――――おっと」

 別に自分達が率先して魔法少女を絶望させているわけではないのだが。そこを訂正しようとするよりも早く、歩美が地面に下したキュゥべえの鼻先を指で弾いた。

「あのねキュゥべえ、お兄ちゃんがどうしてそんな願い事をしたのかっていうとね。気さくな悪魔のおっさん風に言うと、人間のちっぽけな頭は迷路の出口が見つからないと、すぐにもう死ぬことを考えちゃうのさ。結局は辛抱し通した人の勝ちなのに。私たちみたいな魔法少女にとって何が悪趣味かって、絶望する魔法少女ほど悪趣味なものはまずありますまいっていうのにね~」
「……その話と渡の願いがどう繋がるんだい?」

 言うだけ言って、さっさと背を向けた歩美をキュゥべえが呼び止めたのは、後々利用できるであろう人間の心理を学習するため。
 でなければ、病人のうわ言で切って捨てることのできる言葉の意図するところを尋ねたりはしない。
 そんな考えも知らずに、興味を持たせることに成功したと言いたげな笑顔を浮かべる歩美を、何と呼ぶのか。少し考えて、すぐにキュゥべえの脳裏に相応しい言葉が浮かんだ。

「キュゥべえは本当にバカだなあ。嬉しい楽しい幸せ一杯。夢と希望がなきゃ、魔法少女は名乗れないんだよ♪」
「………………そこに渡は含まれているのかい?」
「あ、そうだった。まあまあ、細かいこと指摘するの禁止!」
「そうかい、分かったよ」

 そう、こういうのを人間なら滑稽と呼ぶのだろう。

「――――お兄ちゃん。おめでと~♪ これで私と一緒に、この町の平和を守れるね~」
「いや、魔女って元は魔法少女なんだし、できればそんな機会は無いに越したことはないんだけど……」
「ま、そうなんだけどね~……クンクン……クンカクンカ……エッヘヘヘ」
「……お願いだからさ、妹よ。兄の匂いを嗅いで恍惚とするのやめて……怖い」

 渡の部屋に駆けていった後、何やら心地良さそうにしている歩美と、そんな妹へ面倒そうに抗議する渡の声を背中に、キュゥべえは廊下を進む。

「まったく……わけがわからないよ」

 今日だけで、この台詞を何度口にさせられたのか。
 玄関の戸を開けることなく、大橋家から姿を消したキュゥべえの疑問に答える者はどこにもいない。
 それを幸運とするか、不幸とするか。残念ながら、感情らしい感情を持ち合わせないインキュベーターである彼に、判断する事は出来なかった。



[28539] 四発目「違うんだよ。魔女っていうのは、もっとこう……ねえ?」
Name: 木陰◆b3b6e2db ID:49465ea9
Date: 2011/07/16 00:55
アニモ☆マギカ四発目「違うんだよ。魔女っていうのは、もっとこう……ねえ?」


 魔女の結界を言葉にするなら、どう表現すべきか。クレヨンで描き殴った絵に、無理やり宗教色と前衛芸術的な要素を塗り込んでメッセージ性を持たせた――一言で述べてしまうと、目に痛い世界。
 まだ物心ついたばかりの幼子の方が、心に訴えかける絵を描いてくれる。それを確信させるような景色が広がっていた。
 だが、それでも周りの風景は我慢できる範疇だろう。
 妹を小脇に抱え、地面をダカダカと蹴りつけるようにして走りながら、渡は全力疾走中だというのに平坦すぎる声でぼやいた。

「お兄ちゃん聞いてなかったなー。魔女があんな風にでかくて気持ち悪いなんてさ」

 すぐ後方から連続して響く巨大な足音。どうやら追いつかれたらしい。
 四つん這いになった巨大な首無しの猿の背中に、泥をこねくり回して拵えたような頭が生えた、どれだけ控え目に表現しても化け物としか形容できないものが、ほんの十数メートル後を走っている。
 大型のプールが埋まる程度の自己主張激しい図体。あれが元は魔法『少女』だと言うのだから、やるせない事この上ない。

「魔女ってさ、もっとこう……ねえ? 長い鉤鼻のしわくちゃ婆ちゃんとか、出るとこ出て引っ込むとこは引っ込んだ、少しアンニュイ入った美人とか、逆に見た目でアウトな可愛い系の女の子とか。もう少し容姿的にどうにかならなかったのかな」

 分かってはいるのだ、自分が夢を見すぎだというのは。
 だが、魔女と聞いて後方の丘ほどある肉の前衛芸術を思い浮かべろというのが、土台無理な話。
 ああいった存在は、魔女ではなく、もっと禍々しい妖魔とか魔獣と呼んでやった方がいい。

 ――女の字を付ける要素が何一つないし。

肩越しに見やって、心底疲れた声で小脇の妹に尋ねる。

「なあ、魔法少女なんだから、後ろのあれをどーにかしてくれない?」

 アニメや漫画から抜け出してきたような、やたらデザインの凝った服の上に、厚手の緑色のローブを羽織った歩美に期待を込めた眼差しを送ってみる。

「うん、無理ー。私の魔法、基本誰かの能力を水増しするタイプらしいしー」

 のほほんと緊張感に乏しい、糸目と弛んだ表情で歩美が返した。

「盲点だったねー。最初に願った奇跡の内容が、使える魔法にも反映されるなんて」
「人に力を与える願いだったから、魔法少女の力も他人を強化するのに特化してると。そういうのは最初に確認するもんじゃない?」
「だって~、一秒一刹那でも早く、お兄ちゃんを喜ばしたくて~」
「頼んでない、頼んでないよ僕ぁ……」

 イヤイヤしながら甘えた声を上げる妹を小脇に駆ける渡の速度は尋常のものではない。
 さながら突風のように、前方に立ち塞がる魔女の使い魔や障害物をかわして走る。魔法少女ならぬ魔法少年の力とも考えられたが、違う。
 今、渡に人外の走りを可能とさせているのは、妹の『他人に力を与える魔法』によるものに他ならなかった。
 何故ならば。

「やばいやばいまずいまずい……何なの、ソウルジェム振っても叩いても、ウンともスンとも言わないんだけど? どうするの、どうなってるのコレ? 不良品? もしかして不良品なの? やっぱり女の子でないと無理でしたとか、そんなオチなの?」

 待てど暮らせど、伝家の宝刀斜め四十五度の手刀を叩き込もうと、キュゥべえによって取り出された渡のソウルジェムは不気味なまでに反応を返してくれていなかったから。

「うーん、気合いが足りないとか。もしくは、妹への愛?」
「前者はともかく、後者みたいな偏った感情に反応する魂、僕は持ち合わせてないよ。ああもう、何かないの? 雷とか、当たったら塩の柱になる光線が出る魔法!」

 愛してくれてもいいのよ、と媚びた視線を送る妹をきっぱり拒絶し、そんな事をする暇があるなら打開策を探しなさいと怒鳴りつけておく。

「えーっと……やっぱり無いなぁ。さっき使った相手を加速させる魔法以外だと、防御力上げたり、攻撃力を倍化させたりするのしか使えないっぽいや」

 小脇に抱えられた状態で、魔法少女のアイテムとして与えられた表紙が緑色の分厚い本を器用に捲り、打つ手無しと諦め気味に歩美は笑った。

「お兄ちゃん……来世は血の繋がらない兄妹として、もう言葉じゃ言い尽くせない爛れた関係になろうね」
「僕はそういう、変に倒錯した異性との関係に憧れてないから。できれば今の人生のまま、同い年ぐらいの見た目も心も可愛い子と甘酸っぱい青春を送りたいよ」
「それはちょっと贅沢じゃない? 容姿と中身が釣り合った美少女なんて都市伝説、UMAだよUMA。私たちが普段、友達とどんな話してるか聞かせてあげよっか?」
「あー、あー、聞きたくない聞きたくない。もう少しお兄ちゃんに夢見させておいて。僕、生きて後ろの奴から逃げ切ったら、頑張って彼女を作るんだから」
「フラグ立てちゃらめぇ!?」
「フラグとからめってどこの言葉? そういう変な言葉遣い感心できない…………なん?」
「あれ、なんか周りが暗くなってない?」

 何だかんだで余裕があるのか。そう思われても仕方がない馬鹿な会話を繰り広げる渡と歩美であったが、二人して同時に違和感に気付いて口を閉じる。
 自分達を中心に、十数メートル四方の範囲が影に覆われていた。
 これはもしかしなくても、もしかするのだろう。
 兄妹揃って音が出るぐらいの勢いで首を曲げて上空を見る。
 色とりどりの絵の具を塗りたくって描いた空が広がっているはずの場所の一部を、毛の生えたぶよぶよした肉の塊が占領していた。
 徐々に占領する範囲が大きくなっていくのを視認した渡と歩美の口から、タイミングを計ったように叫びが漏れる。

『と、跳んだぁー!?』

 物理法則を発見した学者や、日々研究観察に勤しむ動物学者が泣いて研究成果を焼却しそうな光景。
 自壊もせずに渡達を追跡できていた事さえ不思議な猿の巨体が、数回建てのビルよりも高い場所から降ってきている。美しいまでのフライング・ボディプレス。
 今頃になって、猿の魔女の巨体にぶつかる風の唸り声が耳に届いた。

「でえぇぇぇぇぇぇっ!?」
「キャアアァァァァァッ!?」

 悲鳴のち爆音に近い着地の音。
 魔女の結界全体に皹が入ってしまいそうな震動の後を追って、一本の土煙が生まれた。

「――――ゲホッ、ゲホッ!! 危なかった、本当に危なかった……」
「――――ケホケホ! か、間一髪って奴だったね……」

 煙の中からヨロヨロと咳き込みながら現れた渡が、顔色悪く呟く。彼が小脇に抱えた歩美も似た表情で相槌を打った。
 猿の魔女が降ってくる状況で、渡が足を止めずに済んだのは僥倖と言う他無い。
 そしてそれ以上に、歩美が兄を対象に使用した移動速度を上昇させる魔法が、ギリギリその状況を切り抜けるまで効果を維持してくれた事が大きかった。

「今度からはさ、どの魔法がどのくらい効果続くとか、ちゃんと調べてから来ようね」
「うん、わかったよ、お兄ちゃん」

 煙が晴れて、猿の魔女を中心に地面が隕石でも落ちたみたいに陥没しているのを眺める兄と妹の顔に、否応なく引き攣った笑みが浮かんだ。

「どうしよっか」
「うんと、そうだね……このまま逃げ切るのは無理そだし、頑張ってやっつけちゃうのはどうかな?」
「……誰がどうやって?」
「えっとね~、お兄ちゃんがね~、私の能力水増しの魔法でパワーアップして♪」

 恐ろしい事を平然と言う。
 汗を一筋垂らしてながらだが、笑顔で兄に死んでこいと頼むも同然の発言をする妹に白い眼差しを送り、しかし歩美の指摘通り、目の前の魔女をどうにかしなければ人生に王手が掛かっている事は確かだと考える。
 戦わなければ生き残れない。だが、歩美の魔法で身体能力を水増しした程度で、丘ほどある巨大な猿の魔女をどうにかできるのか甚だ疑問であった。
 現に移動速度上昇の魔法を掛けた状態での逃走に失敗しているのだ、不安に思うのも仕方あるまい。

「ほんとにもう、何でウンともスンとも言わないんだよ、コレ」

 小脇に抱えていた妹を地面に降ろして、後方に下がらせる。
 ポケットの中は色々危険だと考え、小さな巾着袋に入れて首から下げておいたソウルジェムを取り出して忌々しげに睨む。
 鮮やかな緑色をした歩美のものより、一層濃い緑に染まる自分の魂を宝石に変えたソレは、依然として沈黙を保っている。

「そもどうやって使うとかキュゥべえの奴、一言も説明せずに帰ったし。どうしろっての、お湯でもかければいいのかな?」

 世の中、そうそう都合よく力を使えるようにはならないらしい。
 どこかにお湯の入ったポットでも落ちていないかと探しつつ、諦めから来る半笑いを浮かべる。
 自分も妹にどうこう言える立場ではなかった。情けなさに落ち込みながら、半ば自棄になって声を張り上げてみた。

「ええい、キュゥべえ! キュゥべえは居ないのか!? 肝心のソウルジェムの使い方、これっぽっちも説明してもらったなかったんだけど!!」
「――だって聞かれなかったからね。歩美もいるし、ソウルジェムの使い方なんてすぐに理解できると思ったんだけどなぁ」
「うわぁっ、ビックリしたあ!?」
「呼んだのは君だろ?」

 怒鳴ったところで、まず現れはすまい。
 存在からして胡散臭さが充満した宇宙生物が相手。それ故の信頼度の低さを自覚しながらの文句だっただけに、いきなり足下から届いたキュゥべえの声に渡は心底驚き、その場から飛び跳ねるように離れた。

「どうしたんだい? 渡が呼んでたから、来てあげたのに」
「く、くく、来るにしても、もう少し他の出てき方はなかったかな!? 知らない間に足下にいるとか心臓に悪いんだけど!!」
「あ、キュゥべえだ。ヤッホー」
「やあ、歩美。苦戦してるみたいだね。でも仕方ないか、君の魔法は基本他人に向けて使う事で効果を発揮するものだし」
「聞いてよ、人の話……」

 こちらを無視して、歩美に魔法少女としての戦い方を指南するキュゥべえに、弱々しく懇願する。

「ヤレヤレ、この辺りの理解力は女の子の方が優れてるのかな。ソウルジェムが使えなくてピンチになるなんて、まったくわけがわからないよ」
「どうも申し訳ありません。頼りにしてますので、どうか手っ取り早くソウルジェムを使うコツを伝授してくださいませキュゥべえ様」

 呆れたと言わんばかりにかぶりを振るキュゥべえに、腹は立つが言い返せないと渡は不承不承、頭を下げた。
 陥没した地面から、猿の魔女が這い出してきたのを目撃して、ここでろくに感情を持ち合わせていないインキュベーター相手に言い争いしても、疲れるだけで得るものはないという事が一番の理由だが。

「まあ、君は貴重なサンプ……魔法少年だし、あまり簡単に魔女に負けられても困るからね。最初の一回ぐらいは、サービスでソウルジェムの使い方を教えてあげるよ」
「また清々しいぐらい、人を実験動物扱いしたよね君……」
「実際問題、僕らからすれば魔法少女や君はそれと大差ない位置にあるけど」
「やだ、この人でなし」
「そーだそーだ、外道だぞキュゥべえ!」
「ハハ、理解できないな。どうして事実を述べただけで非難されなきゃいけないんだい?」

 非難が集まるも、平然と返して首を傾げる様はいっそ清々しい。
 人がスーパーに並ぶ加工済みの牛肉や豚肉に胸を痛めないのと同じぐらいに、インキュベーターが魔法少女(渡含む)に対して申し訳なさを覚える事はナンセンスなのだろう。

「所詮、僕らはこいつらのオージービーフなんだね」
「渡の願いでソウルジェムで回収できる感情エネルギーが増えてるし、乳牛として考えた方が近いかもね。まあ、僕にはどっちでもいい話さ」
「お兄ちゃん……そんなに私のオッパイに興味があるなら、言ってくれればよかったのに。なんならミルクが出るように――」
「さすがにそれ以上喋ったら、温厚で通してるお兄ちゃんも怒っちゃうかな」
「………………ちぇ~」

 それなりに自己主張する胸を寄せて上げてアピールしようとした妹に、七割本気の警告を飛ばす。
 前々から思っている事だが、妹にとって兄という字は如何なる読みと意味を持っているのか。

「兄妹と書いて運命の相手って読むんだよ?」

 真顔でそうのたまわれたのは、何時のことだったか。
 穴から抜け出た猿の魔女を見上げながら、兄離れするどころか年々酷くなる妹からのスキンシップに胃が痛むのを感じて腹を擦る。
 今のうちに解決策を見つけておかないと、自分の貞操さえ狙いかねない。
 家族の贔屓目が入っているかもしれないが、十分に可愛い子ではあるのだ。整った顔立ちに、中学生にしてはやや高い身長だが、それに見合った体つきをしているし、まだまだ成長の余地もある。
 喜怒哀楽のはっきりした表情や、背中側で一本に編んだ長く、艶のある髪だって、同年代の男子生徒を異性として惹きつける要素足るはずだ。
 実際、人伝にだが少なくない数の男子生徒が、歩美に想いを告げたと聞いている。
 なのに何故、どうして妹はありとあらゆる男子生徒からの告白をゴミ箱に捨て、あまつさえ「私の攻略対象はお兄ちゃんだけだから!」などと公言するのか。

「この魔女倒せたら、誰かに相談しよう……」

 学校の知り合いでもいいし、なんならネットの質問板でもいい。
 妹の兄萌え(兄の事が好きな人間を指す言葉らしい)を治さなければ、いつか最悪の事態さえ起こしかねない。
 寒気に体を震わせた渡は、場違いだと知りつつ堅く心に決めて、歩美と共に後方の安全な場所で待機しているキュゥべえに呼び掛けた。

「さあ。キュゥべえ、教えておくれ。ソウルジェムの使い方を」
「ずいぶんと意気込んでるね。まあ、渡には魔力を使った戦い方を覚えてもらいたいし、好都合だけど」

 引っかかる言い方だが、どうせ魔力を使い果たしてソウルジェムが濁りきるのを期待しての発言だろう。
 遠回しに、戦いに敗れて無駄死にするより魔女(と呼んでいいのかは微妙だが)化して宇宙に貢献して死ねと依頼されたようなものだが、今更キュゥべえに立つ腹もなし。
時々ウザいが付き合い方を選べば、あれはあれで裏表がなくて、人よりも余程面倒がない存在。
 キュゥべえ、ひいてはインキュベーターに対する感想を胸に、渡は手の中で深緑色のソウルジェムを遊ばせながら指示を待つ。

「渡、君のソウルジェムが反応しないのは、単純に想像力が欠如してるからだよ。思い出して、最初に叶えた願いを。それを形にするんだ、君が必要とする魔法を使用するための道具として」
「……………………願いから道具を連想しろって言われても」

 ソウルジェムで回収できる感情エネルギーの種類を増やせ、的な大雑把な願いから考えつく道具など思い付くわけがない。
 我ながら、ろくでもない願いを叶えさせたと、顔に苦々しい色が浮かぶ。

「そこまで難しくないだろ。君が魔法少女が振るう武器に相応しいと思えるなら、何だっていいんだよ」
「振るのに適した道具…………振るための道具――――む、なんかイメージ湧いてきた」
「それでいい、そのイメージをソウルジェムに送るんだ」
「頑張れー、お兄ちゃーん!!」
「うーん、うーーーん……」

 キュゥべえのアドバイスや歩美の声援を背に、渡は必死になって頭の中で靄に包まれたイメージを探る。
 粘り付くような濃い靄を、形のはっきりしない道具を振るって晴らしていく。
 一度、二度、三度と振り回す度、次第に手の中で道具の輪郭が確かになる。

「急いだ方がいいよ、渡。魔女が君に狙いを定めたみたいだ」

 歩美に魔法少女として戦う力が乏しく、脅威になり得ないと判断する知性があったのか、はたまた魔女の本能として先に渡をどうにかしたかったのか。
 それは不明だが、キュゥべえの言葉通り、巨猿の背中から生えた頭が渡の方を向いていた。
 苦悶の表情を浮かべていた背中の顔が、にたりと口元を歪めた風になっているのは気のせいか。

「うわわ、待った! あと一分、いや三十秒待って!! もうちょっとで何かこう、凄く魔法って感じの道具が出せそうだから!!」

 必死にイメージを練りながら、ついでに猿の魔女から距離をとりながら懇願してみるが、もとより他人に対する悪意に満ちた魔女に優しさがあるはずもなく。
 生理的な嫌悪感を催す呻き声を上げた猿の魔女が身を屈め、高く高く跳躍する。
 先と同じフライング・ボディプレスで仕留めるつもりか。

「待って、って………………頼んでるのにぃ!?」

 風を巻いて迫る魔女の胴体の下、わざとタイミングを間違えたように深緑色に輝きだしたソウルジェム片手に、世の理不尽さを嘆く渡の叫びが響く。

「ああ、やっぱり男の子にソウルジェムは扱えないのかな。想像する力が女の子ほど無いみたいだ」
「そんなことないよ、キュゥべえ。見てて、お兄ちゃんなら絶対に大丈夫だから」
「そうかい? 僕には、とてもそうには思えないよ」

 間に合わないか。淡々と、つまらなそうとも取れる呟きを漏らしたキュゥべえだったが、そこにすかさず、歩美が否定を入れた。
 まるで兄のピンチなど存在していないかの如く。
 悪戯を成功させた子供を思わせる無邪気な笑みを浮かべ、こちらを見上げるキュゥべえに指を振りながら断言する。

「まだまだ地球人の事が分かってないね、インキュベーターは。ピンチはチャンス――――この言葉、覚えといた方がいいぞ♪」
「窮地に陥ることがチャンスだなんて、わけがわからな――――!!」

 歩美の言葉が意図するところが理解できず、お決まりの返事をしようとしたキュゥべえが、唐突に口を閉じる。
 バッ、と急いで視線を歩美から、魔女の巨体の下に消えようとしている渡へ戻した。
 渡の手の中で輝いていたソウルジェムが、一際強く、彼の体を包むような光を発する。
 時間にして一秒に達するか否か。深い緑色の光に覆われ、またすぐに渡の姿が現れた。
 ソウルジェムと同じ色の、いかにも動きやすそうなスポーツウェアの上下を纏い、手にした彼が思う『魔法を使うのに適した道具』を手にした状態で。
 何に耐えているのだろう。傍目にもわなわなと震えながら渡は、『魔法少年となって振るうための武器』のグリップを絞り、落ちてくる魔女を迎え撃つべく目一杯振りかぶりながら叫んだ。

「走馬灯のせいで、イメージ全部吹っ飛んだあぁぁぁぁっ!!」

 魂の慟哭。血を吐くような絶叫。体を内から引き裂かれる痛みに耐えながらの告白。
 悔やんでも悔やみきれない。聞く者全てにその言葉を浮かべさせる涙ながらの怒号であった。

「……………………歩美、アレが渡の考える魔法少年なのかい?」
「えーっと、うん、いや……うぅん?」

 キュゥべえの視線が鋭く突き刺さっている――ような気がしないでもない。
盛大な啖呵を切った直後だっただけに、さしもの歩美も兄をフォローできず、汗を浮かべて首を傾けていた。

「あ、ああ、そっか」
「どうしたんだい?」
「いや、うん、別にたいした事じゃないんだけどね」
「ちくしょう……もう自棄だ。いくぞぉ……マジカル――――――フゥルスイィィィィングッ!!」

 頭上まで迫った猿の巨体に、渡が力任せに手にした道具を振るう。
 間抜けな技名にも関わらず、ソレが叩き込まれた瞬間、まるでダンプカー同士が衝突したような音を立てて魔女の胴体がくの字に曲がって、慣性の法則を無視して渡の前方へと跳ね跳ばされた。
 地響きと共に地面を転がっていく魔女を眺めながら、足元のキュゥべえにギリギリ届く大きさで歩美は呟いた。

「そういえばお兄ちゃん、先週、町内会の野球大会に参加してたなあ……って」

 どこからどう見ても『金属バット』な魔法少年の武器片手に、起き上がろうとする猿の魔女に殴りかかっていく渡を見送りながら、キュゥべえはただ一言。

「ヤダ、自暴自棄になったワイルドなお兄ちゃんもいいかも……」
「わけがわからないよ、二人とも」

 緑色の本を開いて再度、加速の魔法を渡に向けて使いながら体を震わし始める歩美からも距離を取りながら、ぽつりと零した。



[28539] 五発目「キュゥべえ一匹見たら、魔(法少)女三十人いると思え」の『い(嫌な出会い方をしたもんだ)』
Name: 木陰◆b3b6e2db ID:49465ea9
Date: 2011/07/23 13:08

アニモ☆マギカ五発目
「キュゥべえ一匹見たら、魔(法少)女三十人いると思え」の『い(嫌な出会い方をしたもんだ)』




 町の外れに静かにそびえ立つ、骨組みだけのビル。
 開発計画が頓挫したせいで完成には程遠い状態で取り残され、長い間風雨に晒されて錆を浮かせた姿は、苔むした巨人の墓標を思わせる。

「というわけで杏子、新しい魔法少女と契約したんだ」
「もぐ……むぐ……。何がというわけだよ。ついこないだ、目ぇ付けてた魔女が狩られてムカついてたんだけど、やっぱアンタのせいだったわけ?」
「仕方ないじゃないか。なりたての魔法少女に経験を積んでもらわないと、せっかくの契約がパーになっちゃうし」

 建設放棄されたビルの頂上階。剥き出しの鉄骨の上に少女が胡座をかいていた。
 傍らにはパンパンに膨らんだコンビニの袋。特に意図した訳ではなかろうが、中に詰まっているのは全て袋入りのパンらしかった。
 普通、会話の合間に手に持った菓子パンをかじるのは行儀が悪く感じるが、意外にも不快感は与えない。
 年の頃は十代半ばといった辺りか。ポニーテールにした、長く真っ赤な髪の毛。強気な性格を主張する吊り目に、不敵な笑みを湛えた口元が、デフォルメされたライオンやトラといった猫科の動物を彷彿とさせる。
 パーカーにハーフパンツというラフな格好も、少女のそうした猫っぽさを強調するのに一役買っているようだった。

「だいたいさあ、新しい魔法少女と契約すんのは勝手だけど、人の縄張りで戦い方の練習させるなら、それなりの挨拶ってもんが必要じゃないの?」
「所場代を払えって事かい?」
「そんなとこかな。お金でもいいし、食べ物でもよし。やっぱ先輩の顔立ててくんないとさぁ――――」

 一旦言葉を区切り、ニヤリと口元を吊り上げる。
 不敵ながらもあどけなさの残る表情を獰猛なものに変えて、少女――佐倉杏子はキュゥべえに忠告するように言った。

「ウゼー後輩には、魔法少女の上下関係を教えてやりたくなるじゃん?」

 ただの少女が相手なら財布の一つも差し出してしまう、年不相応な鋭さを持つ杏子の視線を真っ向から受けて、だがキュゥべえは逆に笑みを浮かべた。
ただ笑うという、人の感情からなる変化を形だけ模倣してみた、どうにも胡散臭い笑顔すぎる笑顔。
 自然と警戒心を露わにする杏子を見上げ、キュゥべえがふわりと尻尾を一振りして言う。

「そんなに心配しなくて大丈夫さ。彼女たちに会えば、きっと君も興味を持つよ。なにせ、これまでに例を見ない変わった魔法少女だからね」

 自信ありげ、に見えなくもない断言。
 透明なビニール袋越しに物を触らせるような言い回しが多いキュゥべえにしては珍しい。
 少々意外で、表情を取り繕うのも忘れて目を丸くする杏子に、きゅっぷいと一声鳴いて、キュゥべえは散歩にでも行く風な足取りでその場を離れた。

「――――あ。でも気を付けて、杏子。彼女たちはいい意味でも悪い意味でも、これまでの魔法少女とは違う。あの二人のペースに巻き込まれると、どう言えばいいのかな……………………うん、そうだね、何だか疲れるよ」
「…………アンタがそんな風に言う時点で、あんま関わりたくないって思うんだよね」

 人を喰った言動に定評のあるキュゥべえをして、この評価。
 話から判断するに二人組の魔法少女なのだろうが、これは相当あくが強いと見える。
最悪、潰しあいになるか。
 まだ顔も知らない新手の魔法少女の姿を虚空に描き、目付きも鋭く睨み付ける。

「面白いじゃん。どんな奴らか知んないけど、先輩に対する礼儀ってやつを教えてあげるよ」

 食べかけだったパンを口に放り込んで呟いたからだろう、杏子の口元にパン屑がくっ付いているせいで、その相手無き宣戦布告は少しだけ微笑ましかった。




「――――見つけた」

 頭の後ろで結わえた真っ赤な髪を揺らして歩く少女を見つけた時、確かに自分は興奮に体を震わせた。
 ポニーテールを揺らして、何をするでもなく歩く彼女の姿から、悠々と縄張りを散歩する猫っぽさを感じるのは自分だけではないだろう。
すぐ傍にあった、通学路につき車注意の看板の後ろに隠れて様子を窺いながら、ごくりと緊張に喉を鳴らした。
 今すぐ話し掛けるべきか、それとも暫く尾行して、機会を探すべきか。
 素人の自分に、探偵や刑事の真似事ができるとも思わないが、この通りは人目に付きすぎる。
 知り合いに会って話し掛けられでもしたら、視線の先を歩く彼女を見失ってしまう。
 ならやはり、人気のない場所へ行くのを待って、声を掛けるべきだ。
 どれくらいの間、着用しているのか。少し草臥れたパーカーのポケットからチョコプレッチェルの袋を取り出して、ポッキリポッキリかじっている彼女を追って、物陰から物陰へ忍者のように移動――しているつもりで動きつつ決断した。




 キュゥべえと話をした次の日、ほんの気晴らしのつもりで町を歩いていた杏子は、突然現れた追跡者の気配に弛めていた精神を引き締めた。
 一体何者で、どんな用で自分を追うのか。
 チラチラと物陰から物陰へ移動する度に見覚えのある学校の制服や、手に持った鞄が視界の隅に映る。
 これでバレていないつもりなのか。下手くそな尾行に鼻を鳴らし、とりあえず人気のない場所を目指して足を動かす。

(あれでバレてないつもり? お粗末ってレベルじゃないんだけど)

 中途半端に身を屈めて小走りに自分を追う何者かの行動は、まだ日があるせいか目立って仕方がない。
 あるいは逆に、わざとこちらに気付かせているのか。
 その可能性を考慮した杏子の中で、警戒心が上がっていく。
 相手が何者かは分からないが、少なくとも彼女――見覚えのあるブレザーを着用しているので、万が一にも男子の可能性はないと思いたい――が、こちらに友好的とは思えない。
 追跡者が着ている制服から、見滝原――杏子が縄張りにしている町からそう遠くない場所にある、近年急速に開発が進んだ場所だ――という大きな街にいる知り合いと呼ぶには付き合いの浅い腕利きの魔法少女の顔が浮かんだが、おそらくそちらとは無関係のはずだ。

(人を使うような真似、アイツにはできないだろうしさ)

 おっとりと表現するのが適当だろうか。人に好かれるタイプだろう少女の顔を思い出し、よくそうした言動ができるな、と渋い顔で悪態をつく。
 別に羨ましいとは思わないが、やはり同性として多少考えるところがあるのも確か。

「まあ、それできたからどうすんのよって話だけどさ。アンタもそー思うでしょ?」
 上着のポケットに手を突っ込み、前方を向いたまま背後の追跡者に声を掛ける。
「もしかしてさー、バレてないとか思った? さっきからずっとアタシをつけ回して、何のつもり?」
「………………」

 反応はない。電信柱の陰で体を強張らせているのは、肩越しに確認した鞄がピクリとも動かない事から分かる。
 黙って相手の出方を待つが、どうやら相手は尾行がバレた事を受け入れたくないらしく、何も言葉を返してこない。

「無視するわけ? それならそれで別にいいんだけどさー、アタシも暇じゃないんだよね。そうやってダンマリ決め込むなら消えてくんない?」
「………………」

 痺れを切らして杏子が告げるが、それでも反応はない。
 舌打ちして振り返り、後ろの電信柱へ足早に向かう。

「聞こえてんでしょ!? 用があるなら、さっさと出てきて――――――え?」

 怒鳴りながら、鞄の持ち主が隠れているであろう電柱の陰を覗き込んだ杏子の口から、呆気にとられた声が漏れた。

「…………案山子、だと?」

 電信柱の陰で杏子を待っていたのは一体どこで用意したのか、麦わら帽子に軍手、顔にはへのへのもへじと書かれた伝統スタイルの案山子。
 先ほどから手にした鞄がピクリとも動かなかったのは、案山子の手に括り付けられていたせいか。

「どこでこんなもん……い、いや、まあいいか。クソッ、手の込んだことしやがる……!」

 案山子の入手先が知りたかったが、そこについて考えると負けな気がして、敢えて無視して追跡者の変わり身に驚愕しておく。
その刹那、

「――――フッ、引っかかったわね」
「な……!?」

 杏子の背後から自慢げな声が届いた。
 背後を取られたと知り、慌てて振り向いた杏子の視線の先に、リボンで飾った白のブレザーと、チェック柄の黒いスカートを履いた――――共学なのにお嬢様校としての面が強い見滝原の制服に身を包んだ少女が待ち構えていた。
 暗さとは無縁の明るく、自信に溢れた笑みを湛え、一本に編んだ長い黒髪を揺らし、腕を組んだ堂々たる姿で仁王立ちしていた。
 何故かは分からないし、知りたくもないが民家の塀の上で。
 とにかく目立つ。悪い意味で非常に存在感が際立っている。
 周囲に人がいないのが数少ない救いだろう。
 このまま見なかった事にして逃げてしまおうか。今ならまだ、誰にも会わなかったと白を切り通せる気がしなくもない。
 くだらない仕掛けに騙されて背後を取られた恥ずかしさも手伝い、半ば無意識に目を逸らして一歩後退した杏子に、塀の上の少女は不適な笑みを浮かべ――動いた。
 中国拳法の遣い手よろしく片足を上げて右手は頭上に、左手は前方に。星座のオリオンにあたるポーズが最も近いか――などと考えて少し落ち込む。

「何でアレからオリオン座なんか連想してんの、アタシ……」

 視線の先で少女の取ったポーズの奇抜さよりも、そのポーズに何らかの理解を示してしまった自分が情けない。
 必死に目を向けないようにしている杏子を気にも留めず、ビッと音を立てる勢いで両手の人差し指を彼女に向けて伸ばすという、類い希なる奇抜なポーズに構えを変じさせて少女は言い放った。

「中途半端に見えてる囮に相手が気を取られてる間に、死角へ回り込む。歩美ちゃん流尾行四十八手の真髄、味わってもらえたようね!」
「………………めちゃくちゃ目立ってんじゃん」

 現実は受け止めなくてはならない。例えそれが、当人にとってどれほど残酷であっても。
 無視し続けるのも辛く、ジットリした眼差しで指摘する杏子だが、塀の上の少女は奇妙なポーズを維持したまま、ぬけしゃあしゃあと言葉を続けた。

「うん。あんまり上手くいったもんだから、つい自慢したくて出てきちゃった。ってわけで、これノーカンね」
「舐めてんの、アンタ!? そんだけ堂々と現れといて、ノーカンとか無茶に決まってるでしょ!」
「えー、ケチ~。いいじゃん一回ぐらい」
「人のことつけ回しといて、ケチ呼ばわりとか止めてくんない!? っていうか、尾行四十八手って何? そんなの初めて聞いたんだけど!?」
「フッフッフッ、聞きたいのなら教えてあげちゃおう。これは無駄に勘働きの冴えるお兄ちゃんに気付かれることなく、私生活のあんなトコやそんなトコを見守り、余裕があれば今夜のオカズに映像として保存する、お兄ちゃん大好きな妹には必須の技術なの!!」
「胸張って答えんな! アンタ、自分の兄貴のプライバシーを何だと思ってんのさ!?」
「私の癒やされイヤらしタイム」
「兄貴泣いてるでしょ、絶対!」
「むしろ鳴かせたい、性的に!」
「最低だ!?」

 売り言葉に買い言葉ではないが、明らかに尋常ではない少女の発言に、ついつい杏子も突っ込みが熱くなる。
 一見互角に映る非常識と常識の丁々発止だが、不毛な口論は慣れない手合いを相手取る杏子の劣勢で幕を閉じた。

「――――フッ、私のお兄ちゃんへの愛は誰にも阻めないの。もし嫌がっても、逆に萌えてきちゃうぐらいだし。華奢な外見に似合わず、実は腕自慢なお兄ちゃんを押し倒して、嫌がる様を楽しみながらジットリ、たっぷり舐り尽くす…………ウェヘヘヘ、ゾクゾクして来ちゃった」
「ハァ、ハァ……ダ、ダメだコイツ……。兄貴が絡んだら、手ぇ汚すのに躊躇いがねえし。なんかガチでコイツの兄貴に同情したくなってきたぞ……」

 肩を上下させて、いつの間にか顎まで垂れてきた汗を手で拭いながら呻く杏子。対して、塀の上で器用にバランスを取りながら、来るべきではないシチュエーションを妄想して身をくねらせている少女は、なるほど確かに勝者であった。
 一般人には爪の先ほどの価値もないアブノーマルな世界に於いては、の言葉が前置きに必要不可欠であったが。

「ああもう、何なんだよアンタ……。アタシに用があるなら、さっさと済ませて帰ってくれよ……」

 度重なる耳を疑う少女の発言と、それらに対する怒声罵声という名の突っ込みに疲れ果てた杏子の口から、半ば懇願する形で言葉が漏れた。
 それほど疲れるなら、途中で走って逃げるなりすればよかっただけの話だが、自分勝手そうな言動の割に、彼女はこれで意外と付き合いが良いらしい。
 頃合いと見たのか、妄想に合わせて体をくねらせるのを止めて少女は、塀の上から杏子の目の前に向かって軽く跳躍する。

「ホッ、と」
「………………何よ、喧嘩でもやろうっての?」

 身軽な事に華麗な一回転を空中で決め、杏子の一歩手前へ静かに着地。
 ゆっくりと体を起こした少女の表情は、ここに来て初めて真剣な色を帯びていた。
 これ以上ペースを乱されては堪らないと、剣呑な笑みを返す杏子の顔を覗き込むようにしながら、少女は真剣な表情を向日葵にも負けない満面の笑みに変えて告げる。

「ねね。君ってさ、この前ウチの近所のコンビニでお菓子盗んでたよね。アレ、なんで?」

 知らない、覚えていないと答えればそれまでの質問。なのにそれをしなかった、いや出来なかったのは、歩美が向けた笑顔が嫌みや皮肉ではなく、混じりっけない純粋な疑問から来ていると分かったから。
 無視するのは容易かった。だが、そうできなかったのは、その無邪気な笑顔に懐かしい少女の面影を感じてしまったからなのかもしれない。

「なんで……って、それが欲しかったからだよ。なに? ちゃんとお金払えって言いたいの?」

 悪びれもせず、ただ真っ直ぐ向けられた笑顔から僅かに目を逸らして、ぶっきらぼうに杏子が答えた。

「ふ~ん。君ってさ、もしかしていつも腹ペコ? 何回か物盗んでるとこ見掛けたけど、全部食べ物だったよね」
「別にどうだっていいだろ。アタシが腹空かせてよーがどーだろうが、アンタにゃ関係ないんだからさ」
「いやいやー、お腹が空いてても万引きはダメだよ。お店の人も生活かかってるんだし」
「――――チッ」

 盗みはいけない事、などという綺麗事に心を痛める事などとうに無くなったというのに、どうしてこうも腹が立つのか。
 斜に構えて睨み付けるが、少女に臆した様子がまったくなく、つい舌打ちしてしまう。

「ウゼー、超ウゼー……」

 さすがに限界だ。
 一般人では足元にも及ばない力を持つ魔法少女。目の前の少女を叩きのめして立ち去るぐらい訳なかったが、それはいくら何でも拙いと抑えていた杏子の自制心も、少女の度重なる奇妙な言動に擦り切れていた。
 どうせ相手は、頭の螺子が緩んだ素人の少女。一発ビンタでもくれてやれば消えてくれるか。
 短絡的ではあるが、それでもよく我慢した方だ。
 自分も知らなかった忍耐強さに感心しながら、杏子はパーカーのポケットに突っ込んだままにしていた右手を外に出して、そのまま流れるように振り上げる。
 そして、暢気な笑顔目掛けて平手を振り下ろした次の瞬間、

「よぅっし、分かった。私が食べ物を盗まなくていいようにしてあげちゃおう」

 表情を変えぬまま、少女が杏子の手首を掴んで平手打ちを受け止めていた。

「な……!?」

 さすがに魔法少女としての力を全開で使いはしなかったが、当たれば間違いなく泣かせられる。その程度には力を込めた平手打ちを一瞥もせず、手首を掴んで止められた。
 思わず絶句した杏子に構わず、少しだけ普通からかけ離れている少女――大橋歩美は依然として変わりない笑顔のままこう言った。

「――――それじゃ、ちょっと私に面貸そっか♪」
「……………………テメエ、何者だ」

 先ほどから微塵も変化しない満面の笑み。
 それが逆に不気味で、杏子の口から思わず問い掛けが漏れていた。

「私? うーんっと、そうだねぇ…………手癖の悪い野良少女をつい保護しちゃって、そんな優しいところがお兄ちゃんのツボだったりしたら最高だなぁ、なんて全然これっぽっちも考えてない兄萌え美少女?」
「人を野良犬扱いしてる時点で、割と最悪なのはよっっっっく分かった!」

 可愛さのアピールか、小さく首を傾げた姿も、淀みなく吐かれた願望まみれの発言で台無しである。
 杏子に分かったのは、とりあえず目の前の少女が危険人物で、ついでに彼女の兄が同情に足る人物であり、また同時に――――

「ちょ、離せよっ! 誰もアンタの世話になるとか言ってないでしょ!?」
「ま~ま~、そんなに遠慮しないで。ほぅら、ウチのご飯は美味しいよー。今なら丼三杯は余裕でいけちゃうお兄ちゃんの写真もオカズに付けちゃうよー」
「い・ら・ね・え・よ! テメエの兄貴の写真なんか見ても、食欲が下がるだけだぁぁあだだだだっ!?」
「お兄ちゃん馬鹿にするなら、今掴んでる手首の関節、外して入れ直すから」
「手首、手首極まってる! 離せ、はーなーせーよー!!」

 どうやら自分も、同情されるに足る厄介な状況に巻き込まれたという現実だった。
 手首の関節を極められたまま、どことも知れぬ場所に連れていかれながら杏子は心の底で考えていた。

 コイツの兄貴に会ったら、嫌な出会い方をしたもんだなと言ってやろうと――――



[28539] 六発目「キュゥべえ一匹見たら、魔(法少)女三十人いると思え」の『ろ(露骨に否定したところで、魔法少女が凶器を振り回す現実は消えない)』前篇
Name: 木陰◆b3b6e2db ID:49465ea9
Date: 2011/07/28 02:37

アニモ☆マギカ六発目
「キュゥべえ一匹見たら、魔(法少)女三十人いると思え」の『ろ(露骨に否定したところで、魔法少女が凶器を振り回す現実は消えない)』前篇




「こっ、の……覗き魔があーーーーー!!」
「えー……」

 玄関で表札を確認して、改めて帰宅した渡を待っていたのは、何故か他人の家で風呂に入ろうとしていた見知らぬ少女のドロップキックであった。
 廊下の端にある風呂場の辺りからたっぷり助走を付けて、渡の数メートル手前で跳躍。
 直撃の寸前、少女が体に捻りを加えたのだろう。視界いっぱいに広がった足の裏がギュルリと回転するのを見た後、渡は己が宙を舞うのを自覚した。
 痛みか、それとも見ず知らずの少女にドロップキックをかまされるという稀有な経験のせいか、時間の流れがゆっくりに感じる。
 スロー再生になった世界の中、少しだけ汚れが目立つようになった天井をぼんやりと眺めながら、渡は静かに呟いた。

「そういえば、朝からろくな目に遭ってないなあ……」

 堅いフローリングの床に叩き付けられる音が響く。

「ちょっと、なんの音!?」

 居間でその音を聞いたのだろう。慌てふためいた様子で妹の歩美が飛び出してくるのを感じながら、蹴られて熱を持った鼻を指で撫でる。
 幸い、鼻骨は無事らしかった。
 鼻血も出ていないようなので、白さが売りの見滝原中学の学生服が汚れる心配はしなくてもよさそうだ。

「お兄ちゃん、こんな場所で寝転がってなにしてるの……!? ハッ、まさかコレって――――煮るなり焼くなりに好きにしちゃってな、俎板の上の鯉って事!? ヤッタ、待ってて今カメラとビデオ用意するから――――!!」
「ちょっと待てぇ! なんでアンタ、服脱ぎだしてんのよ!? えっ、そのカメラとビデオは何に使……手錠!? マジでなにする気なのよ!?」
「何ってナニに決まってんでしょーが!!」
「……………………なんでかなあ、お兄ちゃん涙が止まらないや」

 自分が一体何をしたというのか。
 帰宅早々、覗き魔のレッテルを貼られてドロップキックを喰らい、妹からはこれ幸いと貞操を狙われる。
 鼻よりも熱くなった目頭を指で揉み解しながら、渡は自分が不幸な目に遭う原因がどこにあるのか、朝起きた辺りからじっくりと思い返してみる事にした――――




 朝、起きたら部屋に白いヌイグルミもどきがいた。
 ベッドの上で横になりながら、渡は胸の上に居座る珍妙な生物に胡乱な眼差しを送る。

「……………………」
「……………………」

 決して短くない沈黙。
 暫しの間見つめあう。

「おはよう、渡。今日も頑張って魔女を探して倒そうよ!」

 先に沈黙を破ったのは、外見だけは可愛らしい畜生だった。
 ウサギと猫のいいとこ取りしたような生き物――キュゥべえがニコリと笑って激励してくるのを聞きながら、渡は薄い布団をどかして身を起こした。

「……………………」

 枕元に置いた時計を確認すると、短針はまだ五の数字の上を過ぎたばかり。
 朝食の準備の後、妹の歩美を目覚めさせる手間を考慮に入れても、まだまだ時間に余裕があった。

「……………………」
「どうしたんだい渡、僕の頭を掴んでどこに行く気だい?」
「……………………」
「そっちは窓だよ? あ、部屋の空気を入れ換えるのか。この部屋、本だらけで黴臭いし埃っぽいから体に悪そうだし、当然だよね」

 掴み心地のよいキュゥべえの頭を持って、窓際まで歩く。
 ぶらりぶらりと体を揺らされながらキュゥべえが何か喋っているが、とりあえず聞こえない事にして窓を全開にする。
 まだ夏は遠い。早朝のひんやりした空気が遠慮なしに入り込み、体にこびり付いた眠気と部屋に籠った熱を洗い流していく。

「そろそろ放してくれないかな、渡。いくらなんでも頭を掴んで運ぶなんて酷いよ」

 手の中からキュゥべえの甲高い抗議の声が届く。
 外から聞こえる鳥の囀りと比べ、なんと心地悪い事か。
 まだ完全に目が覚めたとは言い難く、そのせいで偽れない自分の心の声に相槌を打ちながら渡は、貴重な睡眠時間を削った不届き者をゴミ箱に向けて紙屑を放る要領で家の外へ投げ捨てる。
 ガサッと音を立てて、庭の茂みにキュゥべえの姿が吸い込まれるのを見送って、渡は空を見上げた。

「…………今日も一日頑張ろっと」

 外はいい天気だった。
 瞼の下がった眼差しでそう呟いてから渡は、朝食を作る前に顔を洗おうと、踵を返して部屋を出た。

「何するんだい渡。いきなり外に放り投げるなんて、わけがわからないよ」
「それはこっちの台詞だよ。僕、確かに外に放り投げたはずだよね?」

 どうやって戻ってきたのだろうか。扉を開けてすぐに再会したキュゥべえに、日々の平穏と退屈の始まりである朝が音を立てて崩れるのを感じながら嘆息。
 感情不足な宇宙生物。どうせ効果などないのだ、傷つける心配がない分、遠慮せずに言いたい放題する権利ぐらいあるはずだ。
 洗面所へ向かいながら、足元をちょこちょこと歩くキュゥべえを見下ろして毒を吐いておく。

「朝起きて一番最初に君の顔が目の前にあるとか、とんだ罰ゲームだよまったく」
「何て事を言うんだい。僕のことを可愛いって言ってくれる魔法少女だっているのに」
「君の本性を知っててそう言えるなら、その子は美的センスが壊滅的におかしいか、マゾ気質なんだろうね」
「本性も何も、僕は僕でしかない。ただ相手によって説明するかしないか選んでるだけさ。見滝原に魔法少女の知り合いがいるけど、彼女とかはベテランだけど精神的に脆いところがあるしね、やっぱり気を遣ってあげないと」
「ハハハ、本当に誰か駆除してくれないかなあコイツ」
「渡、初めて会った時からだんだん口が悪くなってないかい?」
「心配しないで、君にだけだから」
「なるほど、気を許した相手には遠慮が無くなるって奴か。この星の男の子は、特にその傾向が近いと聞くし。うん、これが仲良くなった証なんだね」
「あー、はいはい。もうそれでいいよ」

 前向きというより、根本的にこちらと見方も進み方も違うのだろう。
 鏡に映った自分の顔が、まるで徹夜したかのように精彩を欠いて見えたのは気のせいか。
 自分に都合のいい解釈をして頷くキュゥべえの相手も面倒になり、適当に同意しておいて渡はため息をつきながら蛇口を捻った。




 見滝原中学というのは、本来は見滝原市で一番最初に開校された中学校で、それに比例して設備などの老朽化が目立っていた学校だったのだが、数年前に全面改修というか、ほぼ新造の形で最新の設備や教育体制が揃えられて一躍進学校として注目を浴びるようになった学校だ。
 パソコン一体型の机――驚く事にタッチパネルが画像として浮かぶ仕様だ――に人間工学を導入して作られた椅子、洋風の外観でありながら教室の壁は総ガラス張りにする斬新なデザインなど、ちょっとした未来建築の様相をなしている。
 その割に学費は平均より少し高い程度で、それなりに勉強さえしていれば高校もエスカレーター式に進学できるというのだから、何とも剛毅な話だ。
 もっとも、その美味しい話を見逃せず、色々骨を折って見滝原中学に入学した渡からすれば有り難い事この上ないのだが。
 自分を追いかける形で入学した歩美にも、内心感謝しているぐらいだ。主に授業料的な意味で。
 ついさっきまで一緒に通学していた歩美のテンションに、元気があるのはいいがと苦笑いしつつ、三年の教室がある階まで歩く。
 一応、エレベーターなどがあったりするのだが、基本的にそれは教師や来賓、あるいは体が弱くて特別許可を貰っている生徒ぐらいしか使えなかった。

「なんで学年上がる毎に階層も上がるのかなあ」

 一つ一つの階が大きい、それ即ち階段が長くなる。
 生徒に圧迫感を与えないよう考慮された高い天井が、二階、三階までの距離を不必要に長くする事に、はたしてデザインを担当した建築家は考えていたのか。いや、おそらく考えもしなかっただろう。
 ガラスの壁などという遊び心満載の教室を作らせる人間が、昇るのが辛い程度で天井の高さを妥協するはずがないのだ。
 実のところ、三階まで階段を使う事に肉体的な疲れは微塵も感じていないのだが。
 小学生の時に始めた空手のお陰で、体力には幾らか自信がある。が、如何せん単純な昇り運動は精神的によろしくない。それ故の愚痴だった。
 しかし、長い長いと言ってもほんの二、三分の運動。
 いざ昇ると呆気なく三階に辿り着いてしまう。

「まあ、これで倒れるような生活はしてないけどね」

 階段を昇った程度で倒れてしまう生徒がいるのか。

「あ……おはよう、大橋さん……君?」

 考えて、該当する人物がいたなとぼんやり顔を思い出そうとした渡に、たまたま通りがかったらしい当人が挨拶してきた。
 さん付けにすべきか、君付けにすべきか判断しきれず、両方付けるという微妙な呼び方をしてくれている。
 歩美と同じ薄い辛子色――と表現すると歩美は微妙な顔になるが、渡にはそうとしか見えない――のブレザーに、白のチェックが入った黒いスカートを履いた、穏やかというよりおっとりした雰囲気の少女だ。
 毎朝セットしているのだろう。上品な感じに巻かれた黄色い髪が顔の両脇で揺れるのを眺めながら、渡も挨拶を返す。

「おはようございます。今日も元気そうでなにより」
「お、お陰様で」

 ともすれば慇懃無礼な渡の言葉に、少女が苦笑いする。
 そうした言葉を掛けられるのは仕方がないと、彼女も理解しているからだ。
 こうして挨拶を交わすようになった切っ掛けからして、少女の側に原因があった。話としてはほんの何ヶ月か前。まだ渡や少女が二年で、歩美が見滝原中学に入学する前の事だ。
今日と同じように気晴らしの愚痴をこぼしながら階段を昇っていた渡の目の前に、踊り場でへたり込んでいる少女がいた。
 息が荒く、びっしょりと冷や汗もかいている様子から、おそらく貧血なのだろうと判断できた。
 もしかすると『女の子の日』が重いのか。いつもは元気の有り余っている妹が、この時ばかりはげんなりして辛い辛いとぼやくぐらいだ、普通の少女からすれば、きっと生き地獄なのだろう。
 その辺り、性別の違いから理解が及ばないので、だろうとしか言えないが。
 胸中で頑張ってと激励だけ送り、渡は動き出す気配のない少女に声を掛けた。

「あの、すみません。気分が悪いなら、保健室まで運びましょうか?」
「ハァ……ハァ……そんな、悪い……ですから」

 どうにかやっと、といった感じに持ち上げた顔には、やはり疲れの色が貼り付いていた。
 人に迷惑をかけたくない性分なのか、無理に立ち上がろうとして再びへたり込んでしまう少女に、つい渡の口からため息が漏れる。
 やせ我慢したところで、どうにもならないからへたり込んでいるのに、と内心呆れたからだ。
 好き好んで人に迷惑をかける人間よりはマシだが、少しばかりそうした人間を見習った方がいい。
 これ幸いと抱っこにおんぶを要求するだろう歩美と足して二で割れば、程よい人格が形成されそうだ、などと馬鹿げた事を考えながら行動に移る。

「はいはい、ちょっとごめんなさいね」
「え、きゃっ……!?」

 少女が蚊の鳴くような悲鳴を上げた時にはもう遅い。
 脇の下に頭を通し、肩に担ぐように体を持ち上げた後、足と手を体の前で交差させてしっかり固定した態勢――所謂ファイヤーマンズキャリーの状態で、渡はえっちらおっちらと少女を連れて階段を下り始める。

「あ、あの、この格好はちょっと、いえ、凄く恥ずかしい――」
「ああ、大丈夫。僕は別に恥ずかしくもなんともないから」
「つまり私だけ恥ずかしいって事ですよ、それ……!?」
「うん、そーだね。でも仕方ないじゃないか、あんな場所でへたり込んでたのが運の尽きだよ。人の噂も七十五日……四十七日だったっけ? まあいいや、犬に噛まれたとでも思って保健室に運ばれようよ」

 犬に噛まれた挙げ句、恥ずかしい目にも遭わされる。まさに踏んだり蹴ったり、泣きっ面に蜂の組み合わせ。

「もしかして体弱いの? だったら素直にエレベーターとか使えばよかったのに」
「きょ、今日はたまたま……寝不足で……」

 無言で少女を運ぶのもどうかと思い、適当に話の種を蒔いてみる。

「寝不足、ね……。何をするにしても、ちゃんと寝ないといざって時に力が出なくて困るから、気を付けた方がいいよ?」
「つ、痛感してる……しています」
「だろうねー」

 ポソポソと返ってきた言葉に、へらりと笑って相槌を打つ。
 見ず知らずの男子生徒にファイヤーマンズキャリーで運ばれている、今この状況こそが少女にとっての『いざという時』に違いない。
 危なげなく階段を降りながら会話する渡と少女が、幸いにも他の生徒に発見されずに済んだのは、まさに僥倖と言うべきだろう。
 保健室に辿り着いて部屋の扉を開けると同時に、少女を運んできた渡へ保険医が「体調が悪い女の子を助けるのはいいけど、シチュエーションに対して色々と間違ってるよ」と突っ込む程度にはおかしい光景だったのだから。

「――そいじゃ、もうちょっとしたら予鈴が鳴るから」
「あら、本当ね。それじゃあ私も」

 その後、保険医に少女を預けてそれっきり渡は彼女の存在を忘れていたのだが、義理堅い性分でもあったのだろう。
 わざわざ礼を言いに教室へ訪れ――それが原因でよろしくない一悶着が起きたが――以降、廊下で会った時に挨拶を交わす程度の知り合いになったという訳である。

「さて……僕も教室行かなきゃ」

 予鈴までもう幾許かの余裕しかない。
 廊下で知り合いと話をしていて遅れるというのも、間抜けな話。
 自分の教室へ向かう少女を見送り、ふと頭に浮かんだ問題に首を捻りながら渡も己の教室に辿り着くべく、足を速めた。

「う~ん、何だったかなあ……確かに聞いたはずなんだけど」

 どうしても思い出せないある事柄に、口をヘの字にしながら教室の扉へ手を掛ける。
 四方の壁が総ガラス張りというセンスの尖った設計のせいで、そのまま入れるのではないかと勘違いしてガラスの壁に体当たりする者はいないものか。
 入学した日以来、ずっと誰かがやってくれるのではと期待しているのだが、ついぞ現れず仕舞いである。
 このまま卒業まで、そんな奇跡のワンシーンを目撃する事無く時を過ごしてしまうのだろうか。

「見たいなあ、誰かやってくれないかな……。キュゥべえにこっちお願いすればよかったかな?」

 ついさっきまで考えていた疑問を忘却の彼方に、叶えてくれる者の現れないだろう願いに想いを馳せながら教室の扉を開き、

「おはよ――――おおおぉぉぉぉぉぉっ!?」
『異端者に罰をぉぉぉぉぉぉッ!!』

 教室に足を踏み入れて早々、自分めがけて投擲された上履きの群れに悲鳴を迸らせた。
 数にして約二十。直前に聞こえた叫びから判断するに、どうやら教室の中にいた男子生徒全員が左右の上履きを脱いで投げつけてきたらしい。
 くるくると回転しながら、簡単なデザインの白いゴム靴が集団発生したイナゴの如く迫りくる。
 人間、理解しきれない状況に叩きこまれると異様に冷静になると聞いた事がある。
 飛び込み前転の要領で飛んできた上履きの下を潜る形で回避し、姿勢を低くして浮いてもいない汗を拭って非難の声を上げた。

「危ないじゃないか、どうして上履きを投げつけるんだ」

 視線の先には徒党を組んだクラスメート(男子限定)の姿がある。皆一様に目付き鋭く、信じていた仲間に裏切られた面持ちで歯軋りしていた。
 中には次弾装填のつもりか、見滝原中学に通う生徒ならだれもが持っている大きめの学生鞄を掲げて涙を流す者までいる。
 一体何事かと教室を見渡す。どうやらこの奇妙な現象は男子生徒にだけ見られるものらしく、女子の方は白い眼差しを男子生徒の集団に送っていた。
 下手をしたら先の上履きの散弾の被害を被っていたかもしれないのだ、女子の冷たい視線にも共感が持てた。
 まったくもって現在の状況が理解できない事に変わりはないのだが。
 どうにかして現状を把握せなばならない。話の通じそうな男子はいないかと、いつ物を投げられても躱せるよう警戒しながら、集団の中に紛れていた知り合いに声を掛ける。
 運動部に所属しているのだろう、中学生にしてはしっかりした体つきをした短髪の少年だ。

「やあ、おはよう。これは一体何の真似かな。もしかしてイジメ?」
「………………」

 身振り手振りを加えてイジメの無意味さを訴えかける。

「イジメはよくないよ。それはやった方もやられた方も不幸にする不毛な行為だ。みんな同じクラスで勉強する仲間だろ? 仲良くしようよ、僕らはあと一年ぐらいしか一緒にいられないんだから!!」

 語れば語るほど、相手の顔から感情の色が抜けて不気味さを増している気もしたが、とにかく話せば分かりあえるを信条にしたいと思ったりする時もある。

「――――言いたい事はそれだけか?」

 徐々に熱くなりながら渡が胸の内を吐き出した渡に、短髪の少年が地獄の釜が開いたような声で問うた。
 全身を覆う瘴気さえ目視できそうな、おどろおどろしい雰囲気。それを話し掛けた少年だけでなく、他の男子全員が纏っているのだから恐ろしい。
 何が彼に、いや彼らにこれほどの迫力を持たせているのか。

「大橋、テメェは俺達を裏切った! 故に裁く!! これは異端者に対する正義の鉄槌だ!!」

 自然と浮いた汗を手の甲で拭う渡に、短髪の少年が大袈裟な動きで人差し指を突き付ける。その様子はまるで、法廷を舞台にしたアドベンチャーゲームの主人公の如し。
 思わずたじろいだ渡を見据えて、少年が糾弾の叫びを上げた。

「どうしてお前みたいな天然うすらトンカチが巴さんと仲良さそうに喋ってんだよ!? ちっくしょう、羨ましいぞ爆発しろコノヤロー!!」
『そーだそーだ! せめて俺達の事も紹介してくれコンチクショー!!』

 少年の糾弾に同意して、後方でいつの間にか一丸となって鞄を掲げていた男子一同からも同種の叫びが届く。

「――――はい?」

 何が原因で上履きを投げられたのか分からなかったので聞いた。返答を聞いたら、教室に入る前に少女と話をしたのが原因だという。
 中腰の姿勢のまま数回瞬きし、教室の天井を見上げて暫し黙考。
 視線を元の高さに戻して、自分の席に着いている女子一同に彼らが何を言っているのかを尋ねる視線を送る。

『――――――』
「あ、凄い馬鹿を見る目で見られてる。さっきの僕の聞き間違いじゃなかったんだ」

 女子全員がジト目を返して頷く光景に汗を垂らしながら、先ほどの男子一同の魂の滾りに満ちた叫びが空耳でないと知る。
 頬を指で掻きながら、渋々といった感じで渡は説得を試みる事にした。

「えーっと、皆がどうしてそんなに怒ってるのか分かんないんだけど、とりあえず落ち着こう。もうすぐ授業が始まるし、先生が来るまでこんな事続けるわけにはいかないでしょ? クールになろう、クールに」
「なあ、大橋ぃ……お前、それ本気で言ってんのか? 密かにファンクラブまで作られてる巴さんに挨拶されといて、よくも冷静になれなんてほざけるもんだ。余裕か? 持たざる者に対する上から目線か、アァ!?」
「い、いや、そんな気は爪の先ほどもないんだけど……。ああ、女子が全員慣れた感じに避難していってるし……。とにかく落ち着いてよ、皆目が怖いから」

 目が血走り始めている男子の様子に、女子全員が計ったように席を立って教室の後ろに退避し始めるのを尻目に、渡は体の前に手を突き出して無実をアピールしながら呟いた。
 その呟きが、自分の私刑執行を開始させる最後の切っ掛けになるとも知らずに。

「それにしても初耳だなあ。そっか、ファンクラブまであるんだ――――巴マリさん」
「――――殺せぇ!!」
『おおおぉぉ!!』
「えっ、なんで!?」

 次々と飛び始める鞄から頭を守りながら教室を飛び出す。

「あの野郎、よりにもよって巴さんの名前を間違えやがった!」
「くっそう、ああいう天然ボケなところが出会いを作るコツなのか? 憎い、学年十番台の勉強できる頭の良さが憎い!!」
「遠回しに自慢してんだろ、テメー! 大橋、血祭りに上げたら次はテメエだかんな!!」
「いいから今は大橋を追え! あいつの手の爪を一枚一枚剥いでやんなきゃ、俺の気持ちが収まらねえ!!」
「おい、足の遅い第一班は迂回路を進んで回り込め! 走りに自信のある奴は第二班だ! 俺と一緒に大橋を追うぞ!!」
『ラジャー!!』
「一糸乱れぬ統制!? 君ら学生だよね? なんなの、その軍隊張りの追跡!?」

 短髪少年の指示に従い、綺麗に二班に別れて自分を追跡するクラスメート達の異様な行動力に戦慄しながら、渡は全速力で廊下を駆ける。
 その状態で自分を追うクラスメートに指示を出す短髪少年を振り返り、一縷の望みを懸けて叫んだ。

「どうして僕がこんな目に遭わなきゃいけないんだ……こんなの絶対おかしいよ! 君もそう思うだろ、クラスメート一号!!」
「だからテメエは人の名前をちゃんと覚えろよ! どこの未確認生命体だよ、俺は!?」
「い、いや、人の名前覚えるの苦手なんだよ、僕!」
「俺はともかく、マミさんの名前を間違えるとか苦手ってレベルじゃねーぞ!? 二文字だぞ、二文字!!」
「に、似てるじゃないか響きが! 大丈夫だよ、巴さんの名前を呼んだ事今までないし、バレてないバレてない!! あっちも僕の名前なんて知らないだろうし、あいこって事にしようよ!」
「そういう問題じゃねーから! つーか、わざわざお礼言いに来た人が、お前の名前知らねえわけねーだろ!?」
「そんなもんかなあ……」
「ちなみに俺の名前は佐藤博だぁ!!」

 髪を掻き毟りそうな勢いで指摘する短髪少年――佐藤の言葉に、半信半疑で首を傾げながら走り続ける。
 途中、教室に向かう担任の姿を見掛けて助けを求めたのだが、妙に慣れた感じに見捨てられた時は耳を疑った。

「またやってるのか、お前ら。大橋も毎回御苦労なことだな。ちゃんとホームルームが終わるまで戻ってくるんだぞー」
『それだけあれば十分です! 絶対に今度こそ、大橋の息の根を止めてみせます!!』
「うん……僕たちって三年生だよね? 一応、ここに通ってるだけで高校進学は約束されたようなもんだけどさ、それでも色々やらなきゃいけない事ってあるはずだよね?」

 いい加減、走り過ぎで息が上がってきたが、後ろからは黄泉の軍勢にも匹敵する嫉妬に狂ったクラスメート達。足を緩める事などできるはずもない。
 これで進学校に仲間入りした、建築・カリキュラムの面で最先端が集まった学校に通う生徒だと言うのだから笑える。
 ただ人気がある女子――巴マリではなく巴マミと言葉を交わしただけでこの有り様。
 仮にクラスの誰かに彼氏彼女ができたなどいう話が浮上すれば、最悪死人が出るのではないか。

「本当に大丈夫なのか、うちのクラス……」

 今からでも別のクラスに編入してもらえないだろうか。
 目元から垂れる汗とも涙とも判別できぬ液体を袖口で拭いながら、渡はこの窮地を脱してホームルームに間に合わせる方法を必死に考え始めた。
 今日も学校はいつも通りだなあ――――そんなとち狂った感想を抱きながら。




「――――――――ホント、朝からろくな目に遭ってない気がする」

 床の上に寝っころがりながらぼやく。
 外道な宇宙生物に起こされ、学校では男子に人気のある女子と話しただけで襲われて、帰宅したらしたで見知らぬ少女にドロップキックを喰らう。
 これで喜べる人間がいるなら顔を見てみたいものだ。
 まずいないだろうと考えながら、帰宅した直後の出来事を振り返る。
 気が乗らなかったので部活を休み、朝の逃走劇で汗をかいたのでシャワーでも浴びようと脱衣所の扉を開けたら、

『――――なっ、なっ、なな!?』
『アレ……? すみません、間違えました』

 丁度シャワーを浴びようとしていたのか、知らない少女が着古した感じのするパーカーを捲り上げてお腹を出していた。
 ノックもせずに入ったせいで驚かせてしまったらしい。
 自分を凝視したまま固まる少女に一応、頭を下げて脱衣所の扉を閉めた渡がまず行ったのは、玄関を出て表札を確認する事であった。
 木彫りの表札にくっきり刻まれた大橋の文字を確認し、ついでに指でなぞって帰る家は間違っていないと頷き、では先ほどの少女は何者かと訝しみながら家に戻る。
 歩美の友達だろうか。
 当人に聞けば分かるだろうと、玄関で脱いだ靴の爪先を扉側に向けて立ち上がったら、まさかの覗き魔扱いでドロップキックの洗礼である。
 蹴り倒された兄の心配もせず、カメラやビデオを用意して服を肌蹴させている妹に胡乱な眼差しを向けて渡が口を開いた。

「――――それで歩美、そこの子は誰なんだい?」
「え? あー、ああ、えっとねー……」

 目で指し示す渡に従い、警戒した様子で大橋兄妹から距離を取っている赤髪の少女を思い出したらしい歩美が、誤魔化し笑いを浮かべながら尋ねてくる。

「あのさあのさ、お兄ちゃん。ウチって居候一人養うぐらいの余裕はあるよね?」
「ちょ、アンタ何勝手に――――!?」

 赤髪の少女が何やら抗議の声を上げようとしているが、歩美がこう言っている以上、何を言っても拒否はできないのだろう。
 ぼんやりと天井を見上げて、頭の中で家計簿や通帳残高と睨めっこする事暫し。
 眉間に皺を寄せた顔で、渡は心持ち厳しい声で歩美に告げた。

「ちゃんと最後まで面倒見るんだよ」
「うん! ありがとう、お兄ちゃん!!」
「アンタら兄妹そろって人を野良犬扱いかよ!?」

 抗議も虚しく、あっという間に赤髪の少女の居候が決まって喜色満面の歩美。
 それでいいのかと少女が喚いているが、それは無駄な抵抗という奴だろう。難しかろうが何だろうが、自分がこうしたいと決めたら曲げない子が相手なのだから仕方がない。

「す、少しは躊躇しろよ……アタシみたいな見ず知らずの人間相手に、よくそんなあっさり許可出せるな。バカじゃないの?」
「人間諦めが肝心って言うしね……。まあ、歩美は居候させるって言い張ってるし、いたいだけいてくれて構わないしけど。でも、無理強いはできないから、出ていきたくなったらいつ出ていってくれても構わないよ」
「兄妹そろって頭悪ぃのかよ……ハァ、まあいいさ。どうせすぐに出ていくんだ、一日儲けもんってことで休んでってやるよ、まったく」
「いやはや、ウチの妹が迷惑かけてすみません」
「まったくだよ、ホント」

 それがせめてもの情け、とでも言いたげな表情で自分を見下す――頭の螺子が緩んだ人間を見る目なので、まず間違いないはずだ――少女に答えてから、渡はどうしても聞いておかねばならない事を聞いた。

「それで……君の名前は何ていうの?」
「アタシの名前か? アタシは杏子……佐倉杏子ってのさ」

 ゆっくりと体を起こし、服を肌蹴させている歩美の頭を叩きながら問い掛けた渡に名乗った少女――佐倉杏子が浮かべた笑みは、悪戯好きの猫をイメージさせた――――





好き勝手に書きすぎた。反省している。本当にどうしてこうなる。
魔法少女のまの字も出てないし……。次の後篇パートできちんと纏めたい。
幼女? 次に出せたら出す。



[28539] 七発目「キュゥべえ一匹見たら、魔(法少)女三十人いると思え」の『ろ(露骨に否定したところで、魔法少女が凶器を振り回す現実は消えない)』後編
Name: 木陰◆b3b6e2db ID:49465ea9
Date: 2011/08/04 21:42
アニモ☆マギカ六発目
「キュゥべえ一匹見たら、魔(法少)女三十人いると思え」の『ろ(露骨に否定したところで、魔法少女が凶器を振り回す現実はなくならない)』後編



 自室。部屋の壁際にうずたかく積んだ本の山から適当に一冊抜き出し、ページを捲る。何かと騒がしい一日を終えた自分を癒してくれる時間だ。
 復習と予習を終え、日課にしている筋トレと柔軟体操も済んでいる。

「――――あんま面白くないな」

 適当なところまで読み進め、呟く。本屋で人気作品として平積みされていたのを購入したものだが、どうにも内容が微妙に感じる。
 携帯サイトで連載されていたものを書籍として纏めたものらしいが、読めば読むほど話の内容に理解が置き去りになっていく、そんな不思議な物語だ。
 自分の読解力が足りないだけかもしれない。そんな考えが浮かび、たぶんその通りなんだろうと薄っぺらく笑う。
 分からないものを分かろうとしたところで、視点や視野どころか視界からして違うんだ、頑張ったところで意味は無い。
 さっさと寝よう。読みかけの本を部屋の隅に放り捨ててベッドに転がる。

「寝てていいのかい渡、魔女の気配がするよ」
「………………」

 横になって目を閉じるのと同時に、キュゥべえが魔女の気配がすると言ってきた。
 目を開けると視界いっぱいに、何を考えているのか分からない真っ白な面が広がっていた。
 気分が悪くなったので、頭をひっ掴んで机横のゴミ箱へ放り投げる。

「イェァー」

 頭から華麗に突っ込むのを確認して、アメリカ人かぶれなガッツポーズ。

「……いきなり酷いじゃないか。せっかく魔女の気配がするって教えてあげたのに、どうして僕を投げるんだい?」
「どうしてって、そこにキュゥべえがいたからかな」

 ゴミ箱から這い出てきたキュゥべえが非難してくるが、ゴミはゴミ箱に。これが世間の一般常識だからとしか言えない。
 トコトコと近寄ってくるのを追い払いつつ、首から下げた巾着袋に入れているソウルジェムを取り出す。
 まだ距離が離れているからだろう、弱々しく点滅を繰り返している。どうやらキュゥべえの言っている事は本当らしい。
 嘆息。できれば知らぬ存ぜぬで通したかったが、人の生き死にが関わる問題。これを見捨てて惰眠を貪るというのも心苦しい。
 本当はこれっぽっちも思っていないのかもしれないが、とにかくそう考えておく。
 ベッドから下りて適当に服を着替える。どうせソウルジェムを使うんだ、気にする必要はないんだろうけど。
 本当のところ、歩美をこんな時間に連れ出したくはないけど、アイツの能力増強の魔法があると戦いやすさが段違いだし、仕方がない。

「それじゃあ、お仕事に出かけるとしようか」
「うん、頑張ってきて」
「あ、キュゥべえは行かないんだ……まあ別にいいけど。いたらいたで、何かむかつくこと言われそうだし」

 人のベッドの上で丸くなりながら、まるっきり他人事の調子で応援してくれるキュゥべえに一応、文句を言って部屋を出た。




「……やれやれ、渡は一体何なんだろうね」

 渡が部屋を出た後、僕は占拠した彼のベッドの上で独りごちた。
 彼の妹である歩美もそれなりに変わっていると思うけど、渡を見ているとそれも彼に影響を受けたからだと思えてくる。
 魔法少女の願いで魔力を持ち、今まで契約した少女達と同じように願いを叶える為にソウルジェムを取り出した男の子。
 性別の違いもあるのだろうけど、それを差し引いても奇妙な人間だと思う。
 パッと見た感じどこにでもいそうな、平凡で平穏と退屈の中に埋もれて消えていく無意味な存在なんだけど、それが本当に渡の本質なのか僕にはまだ分からない。

「魔女の正体や僕の目的を教えた時も反応が薄かったしね」

 魔法少女が絶望した果てに魔女になるとか、その時発生する強大な感情エネルギーを回収するために、僕らインキュベーターが少女達と契約するために願いを叶えて回ってるなんて本来は説明しないんだけど、あの兄妹が格別変わってるせいか、ついつい話しちゃったんだよね。まあ、僕がお喋り好きなせいかもしれないんだけど。
 それはともかく、普通の魔法少女なら――渡の場合は魔法少年なんだけど、そういった話を聞くとたいてい取り乱したり、運がいいとそのまま絶望して魔女化までしてくれるのに、二人してあっさり受け入れてしまった。
 一応、歩美の方は激怒して僕を鉄パイプで殴打したりしたけど、躍起になって僕らを駆除しにくる魔法少女がいたりする中、その程度で済むのは非常に珍しい。
 渡に至っては珍しいを通り越して――――

「彼はそうだね、まるで……」

 口にしかけた言葉を飲み込む。
 あり得ない事を考えた自分を戒めるみたいに首を振り、僕は改めてベッドの上で丸くなる。ここの布団はふっかふかで病みつきになる柔らかさだ、素晴らしいね。
 渡の願いでソウルジェムの機能が微修正されてから、常に感情エネルギー回収の為に走り回らされているせいで消耗が激しいし、ちゃんと休まないと動けなくなっちゃうよ。
 その苦労に見合う量が集まっているのかと聞かれると、まだ経過の観察中で絶望の感情エネルギーだけを集めるのと、感情の種類を限定せずに集めるの、どっちの方が効率いいなんてまだ断言できないんだけど。
 ただ、魔法少女が絶望するのを待つよりは小まめに感情エネルギーを回収できている――気がしないでもない。

「ちょっとばかし腑に落ちないところがあるけど……些細な問題か」

 エネルギー回収効率が上がった事を素直に喜んでおく――もちろん、僕らインキュベーターにそんな感情はないんだけど、便宜上こう表現する――べきだよね。
 柄にもなくうたた寝を始めながら、『僕』ことインキュベーター現地営業作業個体ナンバー30007号は明日の営業に備えて休止モードに入る。
 意識が途切れる直前、今度杏子に会ったら渡や歩美を紹介しようと予定しておいた。




「あー………あ~…………」

 あてがわれた客室の真ん中に布団を敷いて、そこに胡座をかいてアタシは座っていた。
 そんなに広い部屋じゃないけど、妙に広く感じるせいか居心地が悪い。
 やる事がないせいか、ぼうっと天井を見上げて、扇風機にやるみたいに間抜けな声を漏らしていた。知らない人が見たら、きっと頭の可愛そうな奴って思うんだろうな。

「あーうー……………………うーーーーー!」

 俯いて、もう一回天井を見上げて声を漏らすというのを繰り返した後、アタシはついに我慢の限界を迎えちまって、頭を抱えて苛立ちを吐き出した。

「ああ~、ちくしょう落ち着かねー! どうなってんのよ、ここの兄妹はさあ!?」

 ただの気紛れかだと思うけど、それにしては至れり尽くせりすぎて気味が悪い。
 ここにアタシを引き摺ってきた歩美の能天気な笑顔を思い出す。本当に、アイツどういう頭の構造してんだろうな。
 万引きしたとこを見られた、そこはまあいい。それを咎める代わりに、ここで食事させて万引きの必要を無くさせる。五十歩譲って、それもまあいい。
 で、決まった住処もなくて、根無し草の生活をアタシがしてるって聞きだして、

『じゃあウチに居候すればいいんじゃない? 私からお兄ちゃんに頼んであげる!』

 と、アイツは即断即決しやがった。それだけでも十分異常な状況なのに、そんな妹の寝耳に水な頼みを、拾ってきた野良犬を飼ってもいいよと許可するより軽く了承する兄貴――渡に関しちゃ、百歩どころか万歩譲っても理解できなかった。
 自分で言うのもなんだけど、そんな軽々しくどこの馬の骨とも知れない人間を迎えて大丈夫かと、迎えられる側のアタシが心配したぐらい。
 進んで面倒な人間を家に招き入れるなんて、正気の沙汰じゃないよね。
 裏があるんじゃないかなって疑いながら食べた夕食を振り返る。
 野菜炒めに味噌汁、冷や奴に豆の煮物と、アイツの雰囲気と一緒の平凡で面白味のないラインナップだったけど、少なくともコンビニ弁当よりはずっと美味しかったし、今もお腹が膨れて苦しい以外、何の異常も感じらんないし、毒とか仕込まれた心配はなさそうだ。
 食事の後は一番風呂を勧められたし、用意された客室も掃除がきっちりされてて、ビックリするぐらいの好待遇。
 魔法少女になって、まあ色々あって一人ぼっちになって以来、他人の善意に縋らずにちょびっと非合法な手に頼って生きてきたアタシに、この大橋家での扱いは不気味を通り越して恐怖さえ感じる。
 言葉は通じるのに、文化がまったく違う日本に連れてこられたみたい。
 これで情緒不安定になるなってのは無理な相談さ。
 きちんと日に干されてて、ふかふかの布団の上を転がりながら考える。逃げ出すならいつがいいのか、って。

「ま、まああれだ、服は洗われてるし、それが乾いたら……ってとこかな、ウン」

 枕に顎を乗せて呻く。
 今、寝間着代わりに着ているシャツと短パンは歩美が貸してくれたもんで、自前の服は渡の手で洗濯機の中を泳がされてる。
 たぶん乾くのは明日の昼過ぎ。部屋の窓の外、手ずから洗った下着が夜風に吹かれて揺れるのを忌々しげに睨んで愚痴る。

「さすがにアイツにやらせるわけにはいかねえし、あっちもアタシにやるよう言ってたけどさー…………自分の下着を洗うの恥ずかしいとか、初めてなんだけど」

 ボスボスと枕を殴りながら、

『あれだね、ほら……歩美のは家族だから、特に問題じゃないんだけどさ。やっぱり餅は餅屋って言うか、何事もその道の専門家がやった方がいいって言うか……。ああ、いや別に汚いとかそういう話じゃなくて――――――さすがに勘弁してください、僕には無理です』

 微妙に目を逸らして、妙に重々しく懇願した渡を思い出したら頬が熱くなった。
 頼まれるまでもなく自分でやるっての。ていうか、絶対に触らせてやんないっつーの!

「ア・タ・シ・に・パンツ洗わせて喜び性癖なんかないわよ、バカ!!」

 枕を殴るテンポを上げながら怒鳴る。
 考えてみたら、アレはアレですごい失礼な反応をされた気がするんだけど?
 まあ、「喜んで洗わせてもらいます」なんて言ってたら、二度目のドロップキックからフライングエルボーの流れは間違いなかったんだけどさ、だからって、土下座しそうな勢いで拒否されるのも面白くない。

「あ~、チクショウ、ウゼー。アイツ、マジで何なわけ?」

 年頃の男子として正しい反応な気もするし、まったく正しくない気もする。
 枕を叩く手を止めないまま、ブツブツと渡の奴への不満を溢してた時だ、

「!!」

 アタシはソウルジェムが鈍く反応するのに気付いて、慌てて立ち上がった。
 髪の毛と同じ色をした真っ赤なソウルジェムが、淡く輝いている。

「この反応……もしかして魔女か?」

 ソウルジェムを持った手を左右に振って、どの方角か探りながら呟く。

「行くか? いや待てよ、ここで下手に動いたら、後が面倒な気もするし……」

 勢いに流された面は多分にあるけど、温かい手料理にいつ見つかるか心配せずに入れる風呂に寝床。一泊ぐらいならいいかな、なんて甘えたのは失敗か……。
 部屋を抜け出した後、あの兄妹が様子を見にきて騒がれるのは避けたかった。どうする、いっそこのまま出ていくか。
 服はまだ洗濯機の中だから諦めるしかないけど、ちゃんと下着は歩美が使ってない新品を貰ってるし。

「服はまた今度調達するとして………………いや、でもなー」

 が、いざ出陣というところで足が止まる。
 チラチラと視線が向かうのは、さっきまで乗っかっていた布団。
 ここで眠れば、畳の匂いと相まってさぞ寝心地がいいんだろうなぁ。
 明日の朝食を、実は楽しみにしてる自分もいるし。

「クソ……いっそあの二人を魔法で眠らせ――」
「――――もしもーし、佐倉さん起きてますか?」
「てわはっ!? なな、何だよこんな時間に!」

 自問自答の途中、扉越しに渡が呼び掛けてきたのに驚いて、裏返えった声で返事をしちまう。
 こんな時間に何の用だ。
 自然、警戒心を抱いたアタシを知ってか知らずか、渡は呑気そうな調子で話す。

「いや、歩美がコンビニ行くって言い出してね。時間が時間だから一緒に出るんだけど、佐倉さんは何か食べたい物とか飲みたい物はある? ついでだし買ってくるけど」
「え……あー、いいのかよ?」
「まあ度を超えてなきゃ。アイスとかジュースぐらいなら遠慮しなくていいよ」

 きっと腹立つぐらいのほほんとした笑顔なんだろうな、見えないけど。
 扉越しに相手の顔を想像するのは楽だった。我ながら違和感のない、温い愛想笑いだ。
 それはまあいい。さっさと答えて、ここから離れてもらわないと。

「じゃ、じゃあ……リンゴ」

 パッと思い付きで頼んだのは、コンビニに売っているのかどうにも怪しい果物。

「……………………無かったらリンゴジュースでいい?」
「あ、ああ……」

 最近はコンビニでも野菜や果物売ってるけど、絶対にリンゴが置いてあるわけじゃない。だから、内心失敗したと後悔してたアタシに、渡が出した妥協案は正直ありがたかった。
 っていうか、まずそっちを先に考えろよな、アタシ。

「それじゃ、買ってきたのは明日食べるか飲むかしてよ。僕たちの事は気にしないで、先に寝ちゃってていいから」
「う、うん」
「それじゃ、おやすみ」
「……おやすみ」

 こんな風に誰かと会話をしたのはいつぶりだ?
 一瞬呆けて生返事をしたアタシが我に返った時にはもう、渡の足音は遠ざかっていた。
 窓を開けて、身を乗り出すようにして玄関先を窺う。
 部屋着姿の渡と、兄貴の腕に引っ付いて歩く歩美の姿が見える。

「……………………」

 何か話しながら歩いていく渡達を見送った後、アタシは深くため息をついた。

「まいったなあ、まったく……」

 渡と歩美が向かう方向に何があるのか、悪い意味で心当たりがあった。
 魔女の結界。魔女の口付けを受けた者が誘われ、理由も原因も不明の死を遂げる場所。
 基本、心身の弱った人間が誘われ、取り込まれやすい場所だけど、ただそれは健康な人間が被害を受けないって訳じゃない。
 確率としちゃ低いんだろうけど、万が一、いや億が一にもあの二人が魔女の結界に誘われでもしたら。
 考えた途端、アタシはどこか皮肉っぽい笑みを浮かべていた。

「一宿一飯の恩返しじゃないけど、仕方ないね。アイツらが巻き込まれたら目覚めが悪いしさ、ちゃちゃっと出掛けて、片付けてやっかな」

 そうと決まれば話は早いよね。
 家を出て、長期居候するなら必要だろうと渡されてた合い鍵で玄関を施錠。
ポケットの奥に鍵を突っ込んですぐに走り出す。
 あまり時間に余裕はない。
 リミットは渡達が買い物を終えて戻ってくるまで。

「まったくアタシらしくない。でも、ま。たまには人助けでもしてやんないとね」

 先に出た渡達に会わないよう、遠回りしながらぼやく。
 なのにどうしてだろう。今のアタシには、そのぼやきが楽しそうに聞こえた。




 ――――母親が自分を嫌っていると理解したのはいつだったか。

「あ、がっぎひ……いいぃぃだひあィィッ……!」

 先に喰われた父親に続いて体を貪られ、怖気を誘う悲鳴を上げる母親を見つめながら、ゆまは考えた。
 物心ついた時には嫌われていたし、もしかすると生まれた時から忌まわしいもの扱いされていたのかもしれない。
 そう思わせるに足る程、ゆまが覚えている母親の言動は幼い少女を罵り、痛めつける事だけだった。

「ママ……」
「ご、の……やぐだたず……」

 粘土に鋭い牙の並んだ口と眼球を生やした様な生き物に食べられながら母親が残した言葉は、やはりゆまを貶すものだった。
 力も何も持たない少女が、それでも母親を助けようと必死に伸ばした手が止まる。

「どうして……?」

 涙が零れる。
 本当は父親も母親も好きではなかった。
 だが、それでも。
 叩かれても、生まなければよかったと吐き捨てられても、いつか優しくなってくれるのではと期待して我慢していたゆまに、最期の最期まで、彼女は優しくなかった。
 何がいけないのか。本当なら、まず無条件に愛されるべき立場にある少女に、自分が憎まれ、拒絶される理由を知る事などできるはずもない。
 ただ悪いのは自分である。そんな思い込みに傷つき、涙を流すゆまを次の獲物としたのだろう。
 父親と母親を喰い殺した粘土のような生物が、牙の並ぶ口を広げて近付く。

「や、だ……やだよぅ……」

 足が竦み、動けない。
 その場で尻餅をついたまま、両手で頭を庇う。意味がないというのは、本能的に理解していたが、体が勝手に動いていた。
 母親に酷い事をされるうちに身に付いてしまった、痛みや怖さから逃れるための行為だ。
 ぎゅっと目を瞑りながら、ゆまは祈っていた。誰かが自分を助けにきてくれるのを。
 頭の中に浮かんだのは、たったの一度、ほんの少しの時間だけ、母親に隠れて扉の隙間から覗き見た映画のキャラクター。
 杖に乗って空を自由自在に飛び回り、呪文を唱えて不思議な力を使う少年少女達。
 悪いお化けを次々と倒す姿に、胸がドキドキしたのを覚えている。
 ピンチになった少女を助けるために、颯爽と現れて近付いてくる怪物をやっつける魔法使い。
 子供なら誰でも描く荒唐無稽な物語で、ゆまにとってはほぼ初めてに近い絵空事だった。

「グスッ……助けてよぉ、魔法使いさん……」

 だが、それさえ満足に空想させないと宣告するように、大きく口を開けた怪物がゆまに躍り掛かり、

「マジカル・フゥルスイィィング!!」
「――えう?」

 小さな体に牙を突き立てる寸前、大きな叫び声と共に振り抜かれた棍棒風のナニカに弾き飛ばされた。

「あ、危なかったね……いや、うん、色々手遅れっぽいけど、危なかったね。大丈夫かい?」

 頭を庇ったまま、恐る恐る目を開いたゆまが見たのは、深い緑色のスポーツウェアに身を包んだ少年だった。
 金属製のバット片手に額の汗を拭う姿は、いかにも野球の練習に来たという感じである。
 ゆまを間一髪のところで助けたのは彼に間違いなかったが、緊迫した状況に悲しいぐらい相応しくなかった。

 ――――折角の登場だというのに、ポーズも服装も装備も何もかも間違えてやって来たヒーロー。

 それが、ゆまと視線を合わせるためにしゃがんだ少年に送れる、限界まで譲歩した上での評価だった。

「魔法使いさんじゃない……」

 だから。
 故に。
 ゆまの口からどことなく残念そうな、ガッカリした呟きが漏れるのは止む方ない事だったのだろう。




 運良く魔女の結界を発見し、最深部に辿り着いた僕が見たのは魔女――と呼ぶにはグロテスクな半熟粘土に眼球と口をくっつけた化け物が、小さな女の子に近付いていく様子だった。

「歩美!」
「オッケー、お兄ちゃん。任せて合点!」

 すぐに変身――――変身……? 全然、魔法少年らしくないスポーツウェア姿になって、バット片手に走り出す。
 歩美に合図。全身が薄い緑色の靄に包まれて、同時にびっくりするぐらい力が漲る。
 たぶん、普段の十倍はある速度で一気に駆け寄って、女の子に飛び掛かろうとしていた魔女へ力任せにバットを叩きつけた。
 内臓がへこんだ時に感じるような、中途半端な柔らかさと抵抗。軽々と弾き飛ばされて一先ず離れた魔女から視線を外して、周りの状況を確かめる。
 辺りに散らばっているのは、人の手や足だった肉片。普通に考えてこの子の家族なんだろうなあ……。
 もう少し早く来ていればと思うけど、まあ時間を巻き戻すなんて無理な話。
 気分を切り替えて、すぐ後ろで頭を抱えて震えている女の子――短めの緑色の髪を、丸い飾り付きのゴムで左右に分けて括っている――に話し掛けた。
 あまり怖がらせないよう、目線の高さを合わせたのに女の子が僕に返してくれたのは、

「魔法使いさんじゃない……」

 なんていう、ちょっと……いや、うん、凄くガッカリしたお言葉だった。
 どうしてこんな場所にいるの、みたいな顔をしないで。僕だって本当はこんな姿、望んでないんだから。ただ初めて変身する時に走馬灯を見ちゃったせいで、町内の野球大会に出た時と大差ない格好になっただけなんだよ。
 女の子の落胆した顔に心の軋む音が聞こえて、がっくり肩を落として僕は一応、謝っておく。

「――――――ガッカリさせてゴメンね。そうだよね、どうせ助けられるなら絵本に出てくるよーな、黒いつば広トンガリ帽子に黒いマントで木の杖を持った魔法使いとかがいいよね」
「おにいちゃんないてる?」
「泣いてないよ……まだ」
「でも、おにいちゃん――――」

 ついつい自虐までしてしまう僕を哀れに思ったのか、女の子が顔を覗き込みながら聞いてきた。
 うん、なんでかな、上手に笑えないや。
 それでも心配ないよと答えた僕に、女の子が何か言おうとするのを阻止する形で怒鳴り声が響いた。

「ちょっとそこの幼女! お兄ちゃんをお兄ちゃんって呼んでいいのは私だけに許された特権で、お兄ちゃんを気安くお兄ちゃんなんて呼ぶ資格は君には無いんだからね!? お兄ちゃんからもそこのところ、しっかり注意してあげてよ!!」
「えう……?」
「……ゴメンね、大変な目に遭ったばかりなのに本当にゴメンね。あの子、ちょとだけ頭が病気なんだ」

 こっちに走ってくる、格好だけなら女の子が助けてほしいって願った『魔法使いさん』してる歩美を見た後、戸惑った感じに首を傾げる女の子に、とうとう心が折れる音が鳴った。骨が折れる時に聞こえる、あの枝が折れるような軽々しくて、その割に妙に痛々しい音、あの音が。
 小さな子供の夢の砕きっぷりが半端ないって感じるのは、僕の気のせいだと思いたいんだけど、無理な相談だよね。

「おにいちゃん、どっかいたいの?」
「うん、ちょびっと」
「どこがいたい?」
「心と頭が……」
「いたいのいたいのとんでけのおまじないする?」
「ハハ、優しいね」

 俯いて肩を震わせてる僕を心配したのか、頭に手を伸ばしてくれる女の子。
 優しさが傷ついた心に沁みる。勿論、癒されるって意味でだけど。
 とりあえず、うん。ちょっと元気になった。バットを持ち直して、僕は十メートルぐらい向こうに叩き飛ばした魔女を見据えた。

「さ、まずはアイツをどうにかしようか」
「ぁ……」

 すぐ後ろで女の子が体を強張らせる。
 お父さんやお母さんを殺されたのを理解してるんだろう。それがどの位、辛い事か僕には分からないけど、でもこの子の代わりに仇を討ってあげるぐらいはできる。

「お兄ちゃん、加速と攻撃力上昇とどっちにする?」
「攻撃力上昇、かな。見た目通りあんまり速そうじゃないし」

 隣までやって来た歩美が、本を開きながら聞いてきた。
 対象の能力を上昇させる魔法に特化してる歩美だけど、実は色々と制限が多いんだよな。
 一人につき一種類しか魔法をかけられないとか、制限時間が長くて数分、短いのは十秒もたないとか、後は――――魔法を使われた側を、次の日すさまじい筋肉痛が襲うとか。
 基本、使われた側の肉体から強引に力を引き出してるみたいだしね。無理をしたら無理をしただけ、反動が返ってくるって事なんだろうけど。
 この間の魔女退治の時みたいな加速の魔法程度なら、まだ我慢できるんだけど、例えば全能力同時に上げるようなのを使われたら、次の日どうなるのか考えたくもない。
 だから、極力効果の多いものは使わせないようにしないと。

「結局痛い目見るの、僕だけだしなぁ……」

 ぼう、と薄い光の靄に包まれながらバットを構えて、いざ魔女に殴りかからんとする。

「よっし、いくぞ―――――?」
「おいおい、一体こりゃどーいう事? なんでアンタらが魔女と戦ってんのさ」

 だけど、魔女の後ろから誰かが歩いてきたのを見て、僕は足が止まった。
 真っ赤なポニーテールを揺らして、悠々と歩いてくる女の子の顔と声にどちらも覚えがあったというのもそうだけど、それ以上に大きかった理由は――――

「ま、それは後で聞くとして。今はコイツの始末が先だよ――――ねッ!!」

 チャイナ服の意匠を感じる真っ赤な袖なしコートを着て、身の丈よりも長い槍を軽々と扱い、無造作に振るった一撃で魔女を粉砕するその姿に驚いたからだ。
 これってもしかしなくても、もしかするよね?

「あれ、もしかして杏子ちゃん? どうして?」
「そりゃこっちの台詞だよ。人がせっかく心配してやったのに、こんなとこで魔女相手にしてんだ、ビックリするじゃねえか」

 間抜けな声で質問する歩美に、呆れ顔で彼女――――佐倉さんが答えて、槍の柄で肩を叩きながら僕を見た。

「なんて間抜け面してんだよ、渡?」
「佐倉さん……ソレ。君って、もしかして――――」

 胸元で光る楕円形の、真っ赤な宝石を指差して口籠った僕はよっぽど面白い顔になってたんだろう。
 悪戯が成功したみたいな、口元を片方だけ持ち上げた笑顔で佐倉さんは、僕が質問するよりも先に答えてくれた。

「ああ、見たら分かるだろ? アタシがこの町の魔法少女さ」
「……………………」

 その答えは八割ぐらいは予想していた。それでも僕は沈黙するしかなかった。
 そっか、魔法少女か。魔法少女……なのか。
 崩れ始めた魔女の結界を見上げて心を落ち着ける。パラパラと砕けた結界の欠片が、まるで僕の今の心境を表してるみたいだった。
 深呼吸を一回。吸って、吐いて前を向く。

「あにさ?」

 蓮っ葉な感じに肩を竦める佐倉さんに、一縷の望みを託して聞いてみた。

「ひょっとして佐倉さんの生まれ育った町じゃ、なんかこう敵をズタボロにぶっ殺したり叩きのめす事を『魔法少女さ』って言ったり――」
「言わねえよ。つーか、お前もこの町の出身だろ」
「うぐっ……なら、この町のどこかで密かに伝えられている伝説の槍術の継承者を、魔法少女って呼ぶとか?」
「いや、そんな話があるならアタシも聞いてみたいけどさ。渡、もしかしてアンタ……アタシが魔法少女だって認めたくないんじゃないだろうな?」

 さすがに疑わしく思ったんだろう、ジト目で睨んでくる佐倉さんに、僕は力強く拳を握って反論した。

「そんな事はないよ! ただ、魔法少女が槍振り回したりするのは受け入れがたいだけだよ、視覚的に!!」
「認めたくないって言ってるようなもんじゃねーかっ!!」

 華麗に宙を舞いながら怒鳴った佐倉さんのドロップキックが炸裂。
 一瞬だけの無重力を体験して――――錐揉み状に地面へ着陸する頃には、僕は気絶していた。






後書き)子供は無条件に愛されるべきで、大人は無償で子供を愛すべきだと思う。
今回、書き方を少し変えてみた。一人称もどきと三人称もどき。どちらの方が読みやすいなど教えていただけると嬉しかったりします。



[28539] 八発目「キュゥべえ一匹見たら(以下略」の『は(始まったかもしれない、話的に)』
Name: 木陰◆b3b6e2db ID:49465ea9
Date: 2011/08/24 02:04


アニモ☆マギカ八発目
「キュゥべえ一匹見たら(以下略」の『は(始まったかもしれない、話的に)』


「………………………………」

 薔薇に囲まれた庭園に、一人の少女が立ち尽くしていた。
 白を基調としたロングスカートのドレスに幅広のストール、筒帽子というファンタジーを題材にしたゲームに登場するプリエステスに似た服に身を包み、月を見上げている。
 ぽかりと浮かんだ月を瞳に映しながら、しかし少女が『視る』のはまったく別の光景だった。

 ――逆さまに浮かぶ巨大な魔女。
 ――――災害と化して、見滝原の街を崩壊させる魔女の力。
 ――――――――そして、そんな魔女を一撃。たったの一撃で葬り去る魔法少女。

 そう遠くない未来に起こる悲劇。
 魔女を屠った事で引き起こされるさらなる災害と、それに絶望した魔法少女が生む優しく残酷な魔女。
 これまで何度も繰り返し見た、決して変わる事のなかった光景。

「――――――――え?」

 今回も同じか。小さく嘆息して俯こうとした少女が息を呑んだ。
 突然、視界に砂嵐が走ったのだ。
 何事かとこめかみに触れ、目を瞬かせる。
 しばらく待つと、歪んだ視界にこれまで見たものとは違う光景が映り始めた。
 長い黒髪の魔法少女と対峙する形で、崩壊する街を背にして立つ少年の姿が見える。

(初めて視るわね。一体何なのかしら、この男の子……!?)

 訝しむ少女の視界の中、少年は懐に手を入れて何かを取り出した。
 巾着の中から出てきたのは、深緑色の装飾された卵型の宝石。魔法少女ならば必ず持っているソウルジェムを、どうして少年が所持しているのか。
 驚きに目を見開いた少女に構わず、映像は進む。
 少年の手の中でソウルジェムが輝き、光が収まった時、少年の手に握られていたのは―――――

「―――――ふえぇ!?」
「どどどど、どーしたのさ織莉子!?」

 集中が乱れたのか映像は途切れてしまうが、それに構わず少女は驚きの声を上げていた。
 少女――美国織莉子の異変に気付き、部屋の奥で寝転がっていた制服姿の少女が慌てて駆け寄る。

「え、ええ、大丈夫よキリカ。少し驚いただけだから……」
「驚いただけって……。織莉子があんな声上げるなんて、一体何見たのさ?」

 同い年のはずだが、どこか幼稚さを感じさせる少女――呉キリカを宥めながら、織莉子は落ち着きを取り戻すために深呼吸を繰り返す。

「何って……」

 キリカに問われて、暫し宙に視線を彷徨わせる。
 どう話せば、自分の驚きを伝えられるのか。黙考の後、織莉子が恐る恐る口を開いた。

「えっと、何て言えばいいのかしら。男の子のソウルジェムがね、とっても太くて長くて艶のある御柱に――――」
「オリコ、スタァッッップ!? わたしのオリコの口から、そんな卑猥な言葉は聞きたくないよ!?」
「え、え?」

 顔を赤らめて制止を掛けるキリカに首を傾げるが、すぐにそんな事をしている場合ではないと思いなおし、織莉子は表情を真剣なものに変えて告げた。

「それよりもキリカ、私達の救世の障害になりそうなイレギュラーが増えたわ」
「イレギュラーって、なんて名前だっけ……暁美なんとかって女? ソイツ以外の奴が出てくるっていうの?」
「ええ、たぶんね。一体どうやったのかは謎だけど、ソウルジェムを持った男の子だったわ」
「男ぉ?」

 訝しげに片眉を上げるキリカに構わず、携帯電話を取り出して登録していた番号を呼び出し、相手が出たのを確認して織莉子が手短に告げる。

「――――もしもし。ええ、私……織莉子です。先日相談していただいたお話、改めて聞かせてもらうわ」
「ぶーぶー、織莉子には私がいるのにさー。わざわざ、あんな得体のしれない奴の力借りるなんてショックだよ!」
「もう、キリカったら……」

 頬を膨らませて抗議するキリカに苦笑いを浮かべ、幼子をあやす様に頭を撫でなでながら話す。

「我慢して、キリカ。本当は私だって、ああいう人の手を借りたくはないんだけど……これも見滝原を――――いいえ、私と貴女の世界を救うために必要なのよ」
「――――もう、しょうがないなあ。織莉子にそんな風にお願いされちゃ、聞き入れないわけにはいかないよ」
「フフ、ありがとうキリカ。とっておきの葉を使った紅茶とケーキを用意するわね」

 まだ不機嫌そうにしながらも聞き入れたキリカに礼を言い、織莉子は紅茶とケーキを出すために台所に向かった。




 大橋家。
 魔女退治の後、行きずりで保護したゆまを連れて家に戻った頃には夜が明けていた。
 正直、学校へ向かうまでに少し仮眠を取りたかったのだが、しかし杏子や歩美から、

「うぅ~、腹減ったんだけど……。渡、なんか作れよ」
「賛成~!! お兄ちゃん、ご飯ご飯~!」
「はいはい、分かりましたよ。えーっと、冷蔵庫に何入ってたかなあ」

 というリクエストが出たため、渡は眠い目を擦って台所で調理していた。

「ゆまちゃん、何か嫌いなものはある?」
「えっと、ニンジン好きじゃない」
「はあ? お前、好き嫌いしてんじゃねーよ!!」
「ひう……!?」
「まあまあ、そんなに怒る事ないじゃないか佐倉さん。いいよ、適当に作ってくるからみんな居間で待ってて」

 食べ物に対して好き嫌いするゆまに怒りを露わにした杏子を宥め、居間に三人を座らせて台所に立った渡がまず用意したのは、先ほどゆまが好きではないと述べた人参であった。
 水洗いして汚れを落とし、全て摩り下ろした後、冷凍しておいた細切れ野菜やひき肉と一緒に塩コショウで炒める。
 弁当に使うためにタイマー予約で炊いておいた米を投入し、ケチャップで味付け。
 最終的に薄く焼き上げた卵で包んで皿に盛り、オムライスを完成させる。

「はい、できたよー」
「やった、オムライス! お兄ちゃんの料理ならなんでも好きだけど、これは頭一つ分抜けてるね!!」
「なんだよ、そんなに美味しいのか?」
「少なくとも私はね。まあ、お兄ちゃんの料理をマズイなんて言う奴がいたら、もう口にも出せない目に遭わせてあげるんだけど」

 テーブルに置かれたオムライスを前に賑やかな杏子や歩美に苦笑しながら、渡はゆまの前にも同じものを置いた。
 ほんの遊び心で、ケチャップで花まるが描いてあるオムライスをジッと見つめた後、ゆまが顔を上げた。

「はい、ゆまちゃん。オムライスだけど、食べられる?」
「うん、だいじょうぶだよ。おにいちゃん、コレ……食べていいの?」
「……そりゃもちろん、ゆまちゃんの分だからね。ほら、歩美も佐倉さんももう食べてるし、いただきますしようか」

 目の前に用意されたオムライスと渡を見比べて、おずおずと尋ねる。
 どうしてそんな事を聞くのかと不思議に思いながら、既に食べ始めていた杏子達を指差して促した。

「――――うん!」

 一瞬だけ逡巡したものの、渡に促されるままスプーンを手にゆまが勢いよく食べ始める。
 まるで何日もまともに食事をしていないみたいだ。
 ふと浮かんだ考えにまさかと思いながら、だが同時に考えられない事ではないと肯定もする。

「ちゃんと噛んで食べないと、喉に詰まっちゃうから。もう少しゆっくり食べた方がいいよ」
「もぐ、むぎゅ……あむあむ……。うんっ……アグアグ、むぐもぐ……!」

 一応、注意はするがゆまは食べるスピードを緩めず、一心不乱にオムライスを口に詰め込んでいく。

(…………ちゃんとご飯、食べてなかったのかな)

 ただお腹が空いているだけではない、必死にご飯を掻き込まねばならない姿には残念ながら心当たりがあった。

「うぐ――――!? げほっ、けほッ……!」
「オイオイ、何やってんのさ」
「ああ、ほら言わんこっちゃない。口の周りもべッタベタだし……佐倉さん、そこのティッシュ取って」
「あいよ」

 喉に詰まらせ掛けたらしく、胸を叩いて咳き込むゆまの口周りは渡の言う通り、ケチャップで赤く汚れていた。

「あっ!? お兄ちゃん、私も! 私も口の周りがべたべただから綺麗にしてっ、お兄ちゃんの舌で!!」

 ティッシュでゆまの口元を拭う渡に気付いて、口周りにケチャップを塗りたくった歩美が這い寄り、キスをせがむ様に口を突き出す。

「はいはい、そこにティッシュ箱が転がってるから自分で綺麗にしようね……!」
「うぅ~ん、お兄ちゃんのい・け・ずぅ……! 可愛い妹のお願い、聞いてあげてよぅ」

 顔を掴んで押し返す渡に抵抗しつつ、声だけは猫なで声で媚びる歩美に呆れた視線を送りながら、一足先にオムライスを食べ終えていた杏子が口を開いた。

「ぷぅ、食った食った。それでさ、話が途中で終わってたけど……どうしてアンタがソウルジェムなんて持ってるのさ? ありゃ、アタシ達みたいな魔法少女だけが持ってるはずのもんなんだけど」
「え? ああ、そういえばそういう話してたよね」

 ようやく諦めたのか、渋々と自分の席に戻って食事を再開する歩美に安堵していた渡が、杏子の質問にいまさらといった感じで頷いた。
 懐の巾着から深緑色のソウルジェムを取り出して、テーブルに置く。

「そう、それだよ。アンタ、一体何者だい? ソウルジェムを持った男なんて初耳だよ、アタシ」

 深緑色のソウルジェムを手に取り、半信半疑といった顔で弄りながら問う杏子に答えたのは、渡ではなく歩美。

「フフフ、それはね私がキュゥべえにお願いしたからさ。お兄ちゃんにも、魔法少女と一緒に戦える力を与えてちょーだい、って」
「お前……ふざけてんのか!?」

 サムズアップして自慢げに話す歩美に対し、杏子が返した反応は過剰ともいえる憤りであった。
 バンッ、とテーブルを叩くようにしながら膝立ちになり、歩美を睨みながら渡を指差す。

「魔法少女がどういうもんか理解できてねえわけじゃねえだろ!? 愛と勇気に溢れてるわけでもなけりゃ、救いがあるわけでもない! そんなもんに家族を引っ張り込むとか、何考えてやがんだ!?」
「いや、何考えてんだって言われても。私、そういう話聞いたの魔法少女になってからだったし。まあ、その後でお兄ちゃんに契約勧めてるんだけどね~」
「お前なあ、なんでそんな平然としてんのさ……」

 頭を掻きながらあっけらかんと笑う歩美に、暖簾に腕押ししているようで肩を落として愚痴った後、杏子は話相手を渡に変えて問いなおした。

「あー、もういい。お前とまともに話しようとしたアタシが馬鹿だった……。で? お前はどう考えてんだよ。妹のせいでとんでもない状況に巻き込まれてんだけど」
「え、僕?」
「あのさあ、アンタ以外に誰がいんだよ」
「それもそうか」

 のほほんと返す渡に頭痛を覚えながら、それでも根気よく質問を続ける。
 すでに契約済みでソウルジェムを取り出している以上、自分が口を出しても仕方がないとも思ったが、それでも聞いておきたかった。
 家族の願いで、人生が滅茶苦茶になる状況に陥れられて我慢できるのか、と。
 腹の内を探る眼差しを向ける杏子に、渡は何と答えればいいのかと天井辺りを見上げて、少ししてから口を開いた。

「――――う~ん。まあ、やっちゃったもんはしょうがないし……。僕としても、知らないとこで魔女に食べられていなくなられると困るし、魔女退治に同行できるのは、結果的によかったんじゃないかなあ」
「それで済ますのかよ……」
「お兄ちゃん……いなくなったら困るだなんて、そんなに私の事、大切に想ってくれてたのね!?」
「本音を言うと、少しぐらい反省してくれると嬉しいんだけどねー」

 感極まった表情で押し倒しに掛かる歩美を片腕で押し留め、無駄だと理解した顔でぼやく渡を暫し見つめた後、杏子の口から洩れたのはただただ大きなため息。

「ああ……よっく分かった。アンタ、ただの馬鹿じゃなくて大馬鹿なのな」
「もう少しオブラートに包んでくれると嬉しいよ……」
「おにいちゃん、ぜんぶ食べたよ! ごちそーさま!」
「はい、お粗末様。たくさん人参入ってたのに、ちゃんと食べられたね」
「えう……!?」
「オムライスの中に全部摩り下ろして入れてたから、もしかして気付かなかったかな」

 ニコニコしながら告げられた内容に目を見開き、さっきまで食べていたオムライスの乗っていた皿に目をやり、渡に視線を戻したゆまが口を尖らせて弱々しく抗議する。

「嫌いなものないって聞いた……」
「聞いたけど、食べなくていいとは言ってないよ?」
「…………おにいちゃん、ズルイ」
「たまによく言われるよ」
「――――そういや、聞き忘れてたんだけどさ」
「ん?」

 ゆまの発言に皮肉を返している渡を半眼で眺めつつ、そういえばと杏子が声を掛けた。
 顔を向けた渡から目を逸らして、答えても答えなくてもどうでもいいといった感じで再度、問う。

「どうせたいした事じゃねえんだけどさ、アンタは何を願ったんだ?」
「うん、まあたいした事じゃないのは確かだけど、僕が頼んだのは――――?」

 杏子の酷い言い草に苦笑いを浮かべながら答えようとして、ふと彼女の背後にある襖の陰からこちらを覗くキュゥべえの存在に気付いて口を噤む。
 一体何をしているのかと訝しげに眉を顰める渡に、キュゥべえは覚束ない二足歩行で奇妙な踊りに興じていた。
 耳で杏子を指し示し、前足を口の前で交差させた後、よたよたと左から右に物を移動させるといった身振り手振りを加えてジェスチャーを送っているらしい。
 ジッと見ていると正気度を削られそうな気味の悪い踊りだった。
 瞼を下げて見物しながら、歯に衣着せぬ感想を胸中に述べる。
 とりあえずキュゥべえが、自分が叶えさせた願いを馬鹿正直に話すのはやめてくれ、と言っている事だけは理解できた。
 キュゥべえにも色々事情があるのだろう。助けてやる義理はなかったが、この場はキュゥべえの顔を立てておく事にしておく。
 いずれ話をする時は来るはずだが。魔法少女や魔女に関する真実も、まだキュゥべえには知られていない、願いを叶えさせた理由についても。
 現実問題、弁解の余地は与えられそうにないが。
 我ながらせこい手しか思いつかないと内心、呆れながら言葉を選ぶ。

「えーっと、魔法少女がほんのちょっとでも幸せになるチャンスを掴めますように?」
「――――――――それでお前に何の得があるんだよ……」
「得は無いけど徳はありそうじゃないか。何かいい事した気分に浸れればラッキーだし、余計な真似って恨まれても、ちょびっと傷付くだけだしね」

 一瞬、何を聞かされたのか理解できずに絶句した後、こめかみを押えながら言った杏子に、渡は申し訳なさそうに笑いながら答えた。
 もっとも、キュゥべえことインキュベーターの企みを知りながら、連中を放置していると知られれば恨まれる事請け合いだが。
 ぞっとしない確信に背筋を寒くしながら、皿を流しに置くためにその場を離れる。
 思ったよりも時間が経っていたらしく、身支度を整えて学校へ出かける時刻が近付いていた。
 手早く食器を洗いながら、ゆまや杏子と一緒にテレビを見始めたらしい歩美に呼び掛ける。

「歩美~、そろそろ学校に行く時間だけど~?」
「う~ん、今日は眠いから休むー!」
「了~解」

 返ってきた予想通りの言葉に渋い顔をしながら、しかし、徹夜同然で朝を迎えたのだから仕方がないと納得しておく。
 本音を言うと自分も休みたいぐらいだが、そこは我慢である。
 食器を洗い終え、欠伸を噛み殺しながら洗面所で歯を磨き始めた渡の耳に杏子達の会話が届いた。

「そういやコイツ、どーすんだ?」
「コイツじゃなくてゆま。わたしの名前、ゆまだよ」
「このガキ……」
「まあまあ、杏子ちゃん。そだねえ、今更放り出すわけにもいかないし……面倒見るっきゃないんじゃない? オジサンに頼めば、厄介な手続きとか全部やってくれるだろうし」

 どうやら、ゆまの今後について話し合っているらしい。

(できれば僕も交えてほしいんだけどねー)

 といっても、ゆまを引き取って面倒を見る以外の選択肢は今のところ思いつかない。
 ので、ここは歩美に任せておけば問題ないだろう。眠気でぼんやりした頭で結論を出しながら歯ブラシを動かす。
 その間にも、歩美と杏子の会話は進んでいった。

「オジサン何者なのさ?」
「さあ……揉め事の仲裁とか、シマを荒らす中国人を海水浴に連れて行ったり、使える外国人の入国手続きを代理してやる仕事だって言ってたかな。ようするに、何でも屋さんじゃない?」
「海水浴って、お前ソレどう考えても……」
「杏子ちゃん、どったの? なんか顔色悪いけど。ああ、そうそう、オジサンなんだけどね、顔にすんごい傷があったりして滅茶苦茶怖いのが玉に瑕なんだけど、良い人なんだー。お兄ちゃんの事すごく買ってて、大学卒業したらウチに来いって誘ってくれてるし」
「……就職難の時代にありがたい話だな」

 これ以上、『オジサン』の仕事について聞く事を避けたかったのか、当たり障りない言葉を返し、話題を変える意味も兼ねて杏子が別の質問をする。

「そ、そういやアンタ達、親ってどうしてんのさ。帰ってきてないみたいだけど、共働きかなんか?」
「…………アレがどこで何してるかなんて、私興味ないや」
「アレって、お前――――」
「あゆみちゃんもパパとママのこと嫌いなの?」
「お、おい……」

 芳しくない歩美の反応を訝しみ、杏子がその真意を問おうとするよりも早く、ゆまがズバリと普通なら聞きにくい事を尋ねた。
 もう少し聞き方というものがあるだろう、と顔を顰める杏子を余所に、ゆまに翳りのある表情を向けてブツブツと呟き始める歩美。

「そう、嫌い……嫌いね。あんなのがお兄ちゃんの親だなんて、私は認めたくないわ。もういっその事、お兄ちゃんは私が産んであげたかったぐらいよ。あ、でもそうしたら、私はお兄ちゃんが思春期になるまで我慢しなきゃいけないのよね…………ショタで逆光源氏? それはそれで――――――」
「あゆみちゃん?」
「いやいい。ゆま、ほっといてやれ」

 心配そうに近付こうとしたゆまを引きとめて、丁度居間に戻ってきた渡に杏子はジトリとした視線を向けた。

「………………」
「…………お昼は冷蔵庫に入ってるもので適当に済ませて。今日は部活休むつもりだから、帰りは十八時ぐらいになるかな。お願いだから、戸締りと火の元だけは注意してね」
「おにいちゃん、どうして下見てるの?」

 お前の妹なんだからどうにかしろ。
 無言ながら雄弁に語る杏子の視線を無視して語る渡が、ずっと顔を俯かせているのは何故か。
 不思議そうに首を傾げるゆまの肩に、杏子がソッと手を置いて告げる。

「ゆま、何も聞いてやんな」
「どーして?」
「いいから、そっとしといてやれ。アイツも大変なんだよ、きっと」
「ありがと、佐倉さん……」

 ゆまに言い聞かせる杏子に礼を言う渡の声が震えて聞こえたのは、恐らく気のせいではない。





 歩美や杏子達を家に残して登校した後、特に問題なく授業を終えて昼休みを迎えた渡は、後ろの席に座ったクラスメートに声を掛けた。

「ああ、お腹空いた。なあ一号、今日どこで昼食べる?」
「………………」
「弁当作る時間がなかったからさ、僕は食堂に行くつもりだけど一号も一緒にどうだい」

 反応がないのを気にせず話し掛ける渡だが、クラスメートはずっと顔を俯かせて肩を震わせている。
 聞こえてないのだろうか。
 さすがに不審に思い、顔を覗き込もうとしたところでようやく、クラスメートの少年が面を上げた。
 ホッとした渡に厳しい眼差しを向けながら立ち上がり、音が立ちそうな勢いで指を突き付けてくる。

「おい、お前……俺の名前を言ってみろ」

 地の底から響くような、重々しい声。
 一体何に憤っているのか。首を傾げながら、言われた通り名前を呼ぶために記憶の掘り返しに勤しむ。
 十秒ほど視線を彷徨わせ、渡はこれで間違いなかったはずだ、と一つ頷いてから答える。
 しかし、絶対と言えるほどの自信は無かったので疑問形で。

「佐藤錦?」
「誰がさくらんぼだ!? 博だよ、博!! 嫌味か? それとも経験なしのシャイボーイって俺の事を嘲笑ってやがんのか!?」
「お昼時なのにテンション高いねー。そんなに叫んで、お腹空かない?」
「誰のせいだろうな!?」

 のほほんと受け答えする渡に一頻り喚いたところで、周囲の主に女子から向けられる白い眼差しに気付き、クラスメート改め佐藤が咳払いして席に戻る。
 ぐったりとした様子で項垂れながら、もう哀願に近い頼みを口から漏らす。

「ホントさ、お前さ、いい加減、俺の名前覚えてくんない? 一応これでも三年間、同じクラスなんだけど……」
「うん、知ってる」
「…………うあぁ、なんか知らねえけどガチで傷つくわー」

 淡泊とも言える渡の返事に疲れと空腹が押し寄せたのか、机に突っ伏して佐藤が呻く。

「何度も言ってるけど、人の名前を覚えるの苦手でねー」
「ああ、何回も聞いたけどさ。それにしても限度ってもんがあるだろ」

 この調子では、巴マミの名前も既に忘却の彼方だろう。
 深々とため息をつき、のろのろと顔を上げた佐藤が辺りを見渡す。その様子は、警察か何かに追われる犯罪者のそれに近い。
 一体何事かと眉を顰めた渡に真剣な眼差しを送りながら、佐藤は机の中から一通の封筒を手にして顔を寄せた。

「実はお前に頼みがあるんだ。それ頼まれてくれるなら、昼飯ぐらい奢ってやるよ」
「――――?」

 そう言って手渡された白い封筒。
 裏側に書かれた女の子と思しき人物の名前に、封筒を閉じるのに使われたハート型のシール。
 まじまじとその両方を眺めて、物問いたげな視線を上げた渡に手を合わせる佐藤。

「後生だ! それを……俺のありったけの想いを込めたその恋文を、二年のまどかちゃんに渡してきてくれ!!」
「なんで僕がそんな事しなきゃいけないのさ?」
「いや、真顔で返さんでも。そんなもん恥ずかしいからに決まってるからで、そしてなにより――――」
『悲しいな、同志佐藤よ。君はずっと我々の側にいてくれる。そう信じていたのに』

 佐藤が事情を話すよりも早く、購買で使用している紙袋に覗き穴を開けたものを被った男子生徒達が会話に割り込んできた。
 いつの間に周りを囲んでいたのだろうか。

「凄いなあ、全然気付かなかったよ」

 クラスメートの男子ほぼ全員に包囲された状況。場違いな感心をしながら、渡は受け取ったラブレターを制服の内ポケットに放り込んだ。
 例えるなら今の状況、サバンナでハイエナに囲まれているようなものだろう。
 今回はその標的が自分でない為、事態の推移を傍観する事ができる。呑気に見物の態勢に入った渡の前で、佐藤が絶体絶命の危機を迎えていた。

『一人幸せになるために抜け駆けしようとした者には、異端審問会より相応の罰が与えられる。それは知っているな? 会長――いや、元会長と呼ぶべきか』

 全員が指を鳴らして拳を握りしめる音が教室に不気味に響く中、静かに佐藤が席を立つ。
 覚悟を決めたのだろう、やけに輝いて見える微笑を浮かべながら渡に願いを託す。

「渡、後は……頼んだぜ」
「あー、うん、まあ任された」

 ジトリと瞼の下がった渡の眼差しにサムズアップで応えて、佐藤はその場から一目散に逃げ出した。

「俺だって……彼女が欲しいんだー! 放課後、図書室で一緒に勉強したり、帰宅途中に帰宅クレープ食べさせっこしたり、イチャイチャしたいんだよぅー!!」
『その妄想を語り合うのが、我々異端審問会の唯一の癒やしだったではないか! リアルなんてクソゲーだ、戻ってこ~い!!』
「嫌だぁー! 男と顔寄せ合って妄想シチュを語り合う放課後は、もう嫌だぁー!!」

 目の端に涙を浮かべ、脱兎の如く駆ける佐藤を紙袋を被った男子生徒の集団が追う。
 見た目としてこれ以上にシュールな光景などそうは無いはずだ。
 あっという間に遠ざかっていく一団の背中を見送った後、欠伸を一つして席を立つ。
 慣れたもので、クラスの男子が異端審問会と名乗りを上げた段階で教室の後ろに非難していた女子の一人に声を掛ける。

「あのさ、一号の言ってた『まどかちゃん』ってどのクラスにいるか分かる?」
「えっと、ゴメン……。さすがに下級生のクラスは分かんないや」
「だよねえ」
「あの、大橋君どこ行くの? もしかして、二年全員に聞いて回るつもり?」
「まさか。ちょっと職員室に一号の落し物を届けてやるからクラス教えて、って聞きにいくだけだよ」

 芳しくない答えに頷きつつ、内ポケットに入れていたラブレターを取り出して教室の扉へ向かう。

「――――――――佐藤君さ、たぶん頼む相手間違えたよね」
「上手くいってもいかなくても、アレは相当ダメージ大きいよ」
「アタシなら殺してでも奪い返すわ」
「そうだね。…………さ、お弁当食べよっか」

 裏面に書かれた『鹿目まどかさん江』の一文を読みながら出ていく渡を見送り、自分と同じように非難から戻ってきたクラスメートの女子と言葉を交わしながら弁当を取り出す様子には、やはり彼女もこのクラスの一員なのだと確信させる慣れがあった。





 結局、昼食に食いっぱぐれて迎えた放課後。
 帰り支度を終えた渡は時間が経つにつれて酷くなる空腹に耐えながら、異端審問会からの逃走には成功したものの、疲労困憊の態で机に突っ伏している佐藤の席に近寄り、告げた。

「それじゃ行ってくるよー」
「…………ぉー」

 蚊の鳴くような返事に苦笑しながら教室を出る。
 二年の教室が集まる階まで行き、ガラス張りの教室が並んだ廊下を進む。
 事前に教室の場所は聞いていたため、時折ガラス越しにこちらの姿を見て、意外そうな顔をする下級生がいるのを除き、何事もなく目的の教室へ辿り着く。

「そいでさー、そこの新作がまた美味しいんだコレが!」
「そうなのですか~、それは楽しみですわね」
「うん、そうだねー」

 折良く、件の教室から三人の少女が姿を現した。
 セミショートの青髪の少女に、緩やかなウェーブを掛けた緑髪の少女、そして黒いリボンでピンク色の髪を短いツインテールにした少女。
 思っていたよりも簡単に見つかったらしい。それとなく佐藤に聞いておいた『まどかちゃん』の特徴に符合している少女に声を掛けた。

「あー、ちょっといいかな」
「え、え?」
「ん、どったのまどか?」
「あら、まあ……」

 見知らぬ生徒、しかも上級生と思しき生徒にいきなり声を掛けられ、多少怯えた様子のまどかにいち早く気付き、庇うように青髪の少女が立ち塞がる。
 緑髪の少女の方は渡の事を何かしら知っていたらしく、「何故ここにこの人が?」と問いたげに目を丸くしていた。

「……あの、私達に何か用ですか?」

 緑髪の少女の言葉から察するに、さやかという名前なのだろう。
 まあ、当然な反応か。警戒した様子で睨んでくる少女に苦笑しながら、預かっていたラブレターを懐より取り出す。

「えっと、『シカメまどか』さんって、君であってる?」
「わ、私……カナメ、です……」
「あ、カナメって読むんだ、ゴメンね。で、謝りついでにハイ、コレ」

 訂正された。
 佐藤から聞いた通りに名前を呼んだはずなのだが、まあ珍しい苗字だ。こういった間違いもあるだろう。声には出さず自分を弁護しておく。
 さやかの背後に隠れて、ちらちらとこちらを窺うまどかに謝りながら、手に持っていた預かり物を手渡す。

「え、えぇ~……?」

 唐突にハート型のシールで閉じられた、どこからどう見てもラブレターとしか思えない封筒。
 そんなものを手渡され、当然と言えば当然だが、うろたえて語尾下がりの呻き声を漏らす少女に、

「こういう場合、直接口で言うのが筋なんだろうけど。まあ、気持ちを文章で残すのも一種の様式美って事で勘弁してあげてね」

 それだけ言い残し、何が起きたのか理解しきれずに固まっている少女達に手を挙げて、渡はさっさとその場を去る。
 後はもう手渡したラブレターの中身を読めば伝わる事だ。ここから先は佐藤の思いの丈を綴った手紙次第で、自分が協力する事は何もない。

「え、ちょっと、まどか……? ソレってもしかして――――」
「あ、あれ、え? 私……に? なんで、どーして……?」
「あらあらまあまあ……。まどかさんも隅に置けませんわね」
「え、ふえ……えええぇぇぇぇぇぇぇぇーっ!?」

 仮にも恋の配達人を務めたのだから、上手くいってほしいとは思うが。
 背後から届いた悲鳴に振り向きもせず、悠々と廊下を進みながら呟く。

「――――ま、なるようになるさ」

 青春というのは斯くも素晴らしい、などと時代がかった台詞を思い出しながら教室に戻った渡を、不安げな眼差しで佐藤が出迎えた。

「お、大橋……」
「…………うん」
「――! そ、そうか、よかった……」

 笑顔で頷き、親指を立ててちゃんとラブレターを渡してきた事を伝えた途端、へなへなと膝から崩れ落ちた佐藤は、そのまま胸の前で手を組んで膝を突いた、張り付けにされた神の子に祈りを捧げるポーズを取る。

「サンキュー! 助かった、本気で助かったぜ!!」
「アハハ、大袈裟だなあ一号は」
「――――お、大橋君、何してるの……?」

 おおらかに、後光でも背負ってそうな笑顔で返す渡に声が掛けられた。

「あれ、巴さん?」

 偶々通りがかったのだろう、肩に通学鞄を掛けたマミがぎょっとした様子で渡と、祈りを捧げる格好で固定化されている佐藤を交互に視線を送っている。
 どうしてクラスメートに祈られているのか、と問いたげなマミに渡は穏やかな、それでいてどこか自慢げな笑みを返して答えた。

「ちょっと、クラスメートの恋の手助けをしたんだ。意外と僕、人の気持ちを慮るの得意だからね」
「……………………え?」
「え?」

 マミの口から本気で疑問だと言いたげな声が漏れた。
 どうして、そうもあからさまに納得いかない顔をされたのか。欠片も理解できず、首を傾げた渡の口からもマミが漏らした声を同じ音が漏れる。

「………………そ、そう、なんだ。大橋君、頼りになる……のね」

 この色々言いたい事はあるけど、遠慮して胸の内に納めている様な空気は何だろうか。
 マミと顔を見合わせながら理由を探るが、こうも微妙な顔をされる謂われに心当たりは無い。少なくとも渡には、だが。

「…………えっと、私そろそろ帰らなくちゃ」
「あ、ゴメンね、なんか引きとめちゃって。うん、僕も早く帰らなきゃ」

 いい加減、場の空気に居づらくなってきたのだろう、肩の鞄を掛け直してマミが言った。
 責任があるわけではなかったが、とりあえず謝罪して渡も教室傍のロッカーに放り込んである鞄を取り出しに向かう。
 依然として跪いている佐藤を放置して帰り支度する渡に、おずおずとマミが提案した。

「――――お、大橋君、よかったら途中まで一緒に帰る? 最近、学生が行方不明になる妙な事件が多いみたいだし……念のため」
「行方不明……? そんな話、初めて聞いたけど」
「それは魔女の――――き、きっとニュースで取り上げるのが遅れてるのよ」
「そっか。あんまりテレビも見ないから、知らなかったよ」
「聞いた話だと、スポーツで活躍していた学生が被害に遭ってるみたい。だから大橋君も、もしかしたらって……ね」
「ふーん……?」

 行方不明事件について語るマミの表情には、妙に真剣なものがあった。
 その事に多少の違和感を覚えながら、マミと共に渡は帰路に就いた。


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