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スポーツ報知>コラム>城田憲子の「フィギュアの世界」

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日本のメダリストのコーチたち~長久保裕編(3)

ジュニア時代にトリプルルッツを跳んだ荒川静香(写真提供・今永百合子)

 長久保コーチの下で育ち、トップスケーターとして日本のフィギュアスケート界を引っ張ってきた本田武史、田村岳斗、荒川静香。現役引退後もそれぞれの道で活躍する彼ら3人の「神童時代」を、コーチとともに懐かしく振り返る。

 ◆長久保氏・城田対談

 城田「本当に私たちは武史君も静香ちゃんも、一流の選手として作り上げなくちゃいけない、って責任を感じてて。もちろん先生は、ある程度まで彼らの基礎力を確立してくれていて。そこから強化部としては何としても彼らを表彰台に上げなきゃいけない、って気持ちが強かった面もあったんですよ。本田家の家族の希望もあり、ずいぶんと日本スケート連盟幹部と武史君側と話し合いを持ったことについては、長久保先生はご存じなかったと思いますけど…」

 長久保「僕から見れば、城田さんたちは焦り過ぎてた。武史はあと2年、海外に出すのを我慢できれば良かったのに」

 城田「あの時は失礼しました。でも考えてみたら、長久保君にはいつも一番遠慮なく平気で『こうしよう、ああしよう』って、言えてたなあという気がする」

 長久保「まあ私自身も、あんまり気にしないタイプだったんでね(笑い)。だから城田さんも、あんまり気にしないでください」

 城田「でもあの当時は、きっと頭に来たと思うのよ…」

 長久保「僕は『来るもの拒まず、去るもの追わず』だから。最近だって、真央ちゃんが来ると言えば『別にいいですよ』。辞めると言えば、『じゃあ、さようなら』て感じでしたからね」

 城田「長久保君だって岳斗君を青森の先生のところから引っ張ってきちゃったんでしょ?」

長久保裕コーチの話を聞く田村岳斗(写真提供・今永百合子)

 長久保「僕は引っ張ってないですよ! 岳斗もすごい選手で、武史が小学校6年生のころには、『田村君が目標』だったからね。岳斗も色々あったらしくて、高校生の時にお父さんが僕の所に来て、『先生、岳斗を引き受けるか、スケートを辞めろって言うか、どっちかしてくれ』なんて言うんですよ(笑い)。それでしょうがないから、『じゃあ、引き受けましょう』と」

 城田「岳斗君も武史君とまた違って、いい雰囲気を持った選手でね。何と言っても、あのロバート・ダウが作ったプログラム『シェルブールの雨傘』」

 長久保「あれはいいプログラムだったね。岳斗に良く合っていて、あれこそ当たりのプログラムだった」

 城田「あの頃私、『何? 何でこんなプログラムが出来るわけ? いったい誰に作ってもらったの?』なんて、喜んで先生に聞いたのよね」

 長久保「僕がコーチをしていて泣いたのって、後にも先にも岳斗の全日本選手権(1997年)の『シェルブール―』だけなんですよ。長野五輪の代表がかかっていて、静香はもう出ることが決まっていて、武史はロシアの先生に取られちゃってて(笑い)、あとは岳斗だけ。そんな状況で見て、無事に決まってすごくホッとしたんでしょう。泣いたのは最初で最後になるんじゃないかな」

 城田「プログラムがいいだけじゃなくて、岳斗君は長身で格好も良くて」

 長久保「彼はジャンプの軸も奇麗なんですよ。だからどんなジャンプを練習させてもね、安心して跳ばせられたんです」

 城田「でもどうして、トリプルアクセルだけ跳べなかったのかしらね?」

 長久保「アクセルは…練習しなかったんだもん! 怖い、前向きに跳ぶのは嫌だって(笑)。彼が僕の所に来た時にはもう、ダブルアクセルの跳び方が全く違っていて。それをきちんと直すために、初めの3か月間、アクセルはシングルしか練習させなかったんです。それでやっとダブルを奇麗に跳べるようになったけれど、トリプルは本当に練習しようとしなかったね」

 城田「もったいなかった。あれでトリプルアクセルが跳べたら、かなりいい所までいったでしょうね。それから彼はああ見えて、とてもいい子だったの。私は最初、見た目の印象から『本田がいい子で、田村が悪い子』だと思っていたけれど…」

 長久保「まったく逆でしたね(笑い)」

 城田「それは私も、彼らがスケートを辞めるころにやっと気が付いたのよ。色々悪いことしておいて、武史君は逃げるのが上手(笑い)。で、だいたい岳斗君の方が捕まっちゃうのよ。『あんた、何やってんの!』って私にもガンガン怒られて。でも実は率先して悪いことやってるのは、武史の方でした」

 長久保「岳斗はね、親分肌なんですよ。いいよいいよ、俺が悪かったって、率先して謝っちゃうタイプなんだ」

 城田「すごく寒い、気温マイナス何度という国に試合に行った時もね、武史君と岳斗君はホテルの部屋でパンツ1枚になって窓を開けてるの。私たちに見つからないようにタバコの煙を全部出そうとしてね(笑い)。スタッフが気が付いて報告に来た事があった。『城田さん、すぐに行ってみて下さい』って。でも『「私が行く頃には、跡形もなく消えて普通の状態の部屋に戻っているから』と周りに言って、不問にした事を覚えている。そんな彼も世界選手権で、メダルは取れなくて残念だったけれど、全日本チャンピオンには何度かなって」

 長久保「でも彼を仕上げたのは、佐野先生(稔氏)ですよ。最後は仙台に残らないで、稔と一緒に東京に行っちゃったから。それでいい、と僕は思ってます。みんな大学生になると出ていきますし」

 城田「だけど静香は大学生になっても、よく先生のところに練習しに戻ってきてたでしょう? ジャンプが不安になると、『ちょっと私、長久保先生の所に行った方がいいんじゃないかな』なんて言ってね」

 長久保「それは静香が、『良く分かっている選手』だったってことですよ(笑い)」

 城田「私が最初に静香ちゃんに強い印象を受けたのはね、まだ子供で、ヒラヒラの衣装を着てて…」

 長久保「中学1年生で全日本ジュニア初優勝した時でしょう。彼女はジュニア2年目で優勝しちゃってますから。ジュニア1年目はね、東日本選手権でトリプルルッツを跳んだんです。ところがきれいに跳んだのに、6点満点で4点台も出してもらえなかった」

 城田「もしかして…ダブルだと思われた?」

 長久保「2人のジャッジだけが技術点5・5を出してくれたけど、あとの人たちは3点台」

 城田「ルッツ跳んで3点台!」

 長久保「面白いでしょう(笑い)。5点台を出した人たちが、『あれは、トリプルだぞ、トリプルだぞ!』ってジャッジ席で騒いでた。本当に他の人たちはトリプルだって分からなかったみたいです。あのころは、トリプルルッツを跳べる女子なんて、日本にほとんどいませんでしたから(笑い)。ましてや、静香は小学校6年生だったんだもん」

 城田「いや、本当に静香ちゃんはすごいのよ。私がよく覚えてるのは、ジュニアのころのサン・ジェルベトロフィーという試合。長久保先生が遅れて来るから、私が代わりに静香を見てた試合があったじゃない? その時に『3回転―3回転行け!』って言ったら、『(長久保)先生には試合で跳べって言われてません』何て言う。でも『出来るんだからやれ!』って指示したら、本当に跳んで勝っちゃったんですよ。こーんなにおチビちゃんだったのに、体の大きな良く跳ぶ外国の選手にも勝っちゃってね。その時に『この子はやれるな!』って思った」

 長久保「静香が違うのは、『今、自分のジャンプのどこがおかしいか』が、分かるところです。自分が知ってる『正しい感覚』と、実際に跳んでるジャンプが違うってことが分かる。そうなるとすぐに『先生!』って、僕のところに直しに飛んで来る」

 城田「本当にすごい才能を持っている。実はトリプルアクセルだって跳べちゃうし、4回転だって練習では降りてたもんね。私も見たことがあるから」

 長久保「一応、全部練習させたからね。それから静香は、ジャンプだけじゃなく滑りも奇麗だったでしょう? あいつはなんだか、本当に力を抜いているように滑るんです」

 城田「そう、『真面目に滑れ!』って思ってしまうくらい、力んでない。力をフワッと抜いて滑るのよね」

 長久保「それが彼女の奇麗な滑りなんですよ。あんな滑り方ができる人は、本当に静香しかいなかったと思います」

 城田「いない、いない。フワッと、フワッとしたスケート…。本当に滑りがうまいのよね。だからトリノ五輪のころ、世間は静香ちゃんの優勝は意外、なんてとらえ方をしたけれど、違う。ジャンプにしても滑りにしても、世界中であの人ほど才能のある人はいなかったんですから」(続く)

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(2011年8月2日11時54分  スポーツ報知)

著者略歴 城田 憲子(しろた・のりこ)

 1946年7月4日、東京都生まれ。立大卒。選手時代はシングルとアイスダンスで活躍し、全日本選手権ダンス部門2連覇。現役引退後は日本スケート連盟で選手強化を手掛け、長野五輪からトリノ五輪までフィギュア強化部長を歴任。また、国際審判員とレフェリー資格を持ち、五輪をはじめ多くの国際試合でレフェリー&ジャッジも務める。

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