無料のおもしろネタ画像『デコじろう』用アイコン02 松江の偶然  

歌を生業とし始めてから
不思議なことが次々起こるのです。

仕事で毎日あちこちに電話しますが
「今、あなたのことをここで話していた」
と最近頻繁に言われます。


 
7月26日に松江に行く途中、電話があり
松江市倫理法人会様より
8月11日の講話のご依頼を頂きました。

初めての島根県。
初めての松江市に行く途中にです。

ホント不思議。

そして、いつも重ならない。
パズルのようにパチリとはまってしまうのです。

そして翌々日、島根県立美術館へ行く途中に
また電話が。

「ハイ。村上です。お世話になります」

「村上さん。せっかくなので10日の夜
コンサートいかがですか?」

「大丈夫です。ありがとうございます!」

また翌日、出雲文化伝承館に「花鳥画の精華 上村松篁展」を見に行きました。


http://www.city.izumo.shimane.jp/www/contents/1294883390228/html/common/4e0c1155004.html

上村松篁氏は女流美人画家の大家・上村松園氏の 
一人息子として明治35年生まれます。

京都市立絵画専門学校卒業後、昭和3年帝展で特選を受賞。
戦後は日展をはなれ新制作協会のち創画会で活躍し
近代写実を追求した色彩豊かで格調高い花鳥画を描かれました。
近代日本画壇にその足跡を残し昭和58年には文化勲章を受章されます。
親子二代で文化勲章受賞されました。

上村松篁氏のご子息も日本画家です。

本当に伝承館は素晴らしい建築物でした。



丹精で美しかったです。

上村松篁氏の作品も力がありますが
たった1枚展示してあった母である上村松園氏の作品が
松篁氏には申し訳ないけれど、一番素晴らしかったです。

髪の毛の描き方が本当に素晴らしいのです。

代表作は「花がたみ」と「焔(ほのお)」
私も一度だけ見たことがあります。

ゾッとするほど美しいです。
他の誰も入れない領域があります。

日本画で美人画の神様のような母を持ってしまうと
息子が同じ生業として一人前に立つことは、本当に困難だろうと思いました。

私が大好きな油絵の女性画家のご子息も
結局大きな母が越えられていません。

母を尊敬する余り、母と同じタッチやモチーフから
敢えて離れないと、どうしても母の才能を突き抜けられない
苦しさを絵から感じてしまいます。

もちろん偉大な母ゆえ、母の名に付随し
一応画家として広く一般に名前が知られます。
しかしこの母がいなかったら、この方自身
画業で立てたかどうかなと思う方がいます。

上村松篁氏は、母の美人画を見て育ちましたが
自身は美人画を描かず、モチーフに花鳥を描いたことが、
上記の作家と違い、独自の道で立てていらっしゃいます。

上村松篁氏のご子息は何を描かれているのか知りませんが
3代目は更に更に大変でしょう。


  【小泉八雲記念館周辺の武家屋敷】


http://www.matsue-tourism.or.jp/yakumo/


また電話がかかりました。
「村上さん!素晴らしい場所を借りることができましたよ。
私の会社もここの建築に関り、いつかここでイベントがしたいと
7年も思っていましたが、やっと実現できます。
それが村上さんのコンサートなんですよ。
普段は結婚式が行われる、素晴らしいチャペルです」

「ありがとうございます」

すぐに検索したところ

グランラセーレ八重垣様の
聖オーディーン大聖堂でした。

http://u-b.jp/bridal/glya/ceremony/

わーい。すごく楽しみです。

飛び切りお気に入りのドレスを持参しようと思います。

松江倫理法人会様ありがとうございます。

彩子

# by ayako_murakami | 2011-08-03 04:10

無料のおもしろネタ画像『デコじろう』用アイコン02 迫力の島根県立美術館  

7月26日~29日島根県松江市に居ました。

ほぼ毎日どこかの美術館に通いました。
もちろん仕事もしました。


     【松江城下の武家屋敷】

宍道湖に面した場所に
島根県立美術館がありました。

下記のホームページじゃ伝えきれない素晴らしさでした。

http://www1.pref.shimane.lg.jp/contents/sam/

会社員の頃、美術品のコーディネーターをしていたので
建築にも興味があります。
当時の彼がランドスケープデザインをしていた人だったので
庭もたくさん見に行き、当時は興味がありました。



島根県立美術館の建築も専門雑誌で見たことがあったし
宍道湖に向かう庭に設置してある
ウサギの彫刻も美術雑誌で見ていて
いつか機会があったらと思っていました。

想像以上に立派な建築で
エントランス前には美しい彫刻がありました。



エントランス内すぐは、いろいろな物を置きすぎて
少しごちゃごちゃしていました。

展示室前のロダンの彫刻にビックリ!!

オーギュスト・ロダン 
《ヴィクトル・ユゴーのモニュメント》

実は、ロダンの「考える人」が
おかしなCMや番組に使用さえ過ぎで
日本ではイメージが強すぎて、余り好きではないのでした。

もちろん上野の国立美術館、門を入ってすぐ右手に
「地獄の門」・・・ダンテの『神曲』地獄篇に登場する門
は素晴らしいです。

だけどどこか設置位置が、いま一つな気がしています。
もっと良い設置場所なかったのかなあ。。。
国立美術館の入場者は多いのに
余り誰も見向きをしない感じが残念。

もっと動線や人の視線の動きから
絶対良い場所が見つかると思うのだけど。

作品自体の力も然る事ながら
どの空間にどのように設置されるかによって
その作品が生きるか死ぬかまで決まってしまうことがあります。




ロダン嫌いは、教え子のカミーユ・クローデルの件もあります。
ロダンはカミーユを弟子とするのですが、彼女の若き才能と魅力に夢中になり
カミーユと妻ローズの間で絶えず揺れるのです。

数年後妻ローズが病に倒れ、カミーユがローズと自分との選択を
突付けるまで、ロダンは優柔不断で決断できず
ローズの元に逃げ帰るロダンにショックを受けたカミーユは
以後、徐々に精神のバランスを欠き、
ついには精神病院に入院。
死ぬまでそこで過ごす事になります。

有名な話でフランスの女優、イザベル・アジャーニIsabelle Adjaniが、
カミーユを主演し映画にもなっています。

芸術家だし巨匠だけど、人間としてどう?
何しても良いわけじゃないでしょう。
もちろん芸術家には、絶えず美しいミューズが必要だけれど
こういう優柔不断さが、何人もの女性の人生を狂わせるのよ。(--〆)

ということで好きじゃなかったのです。



しかし展示室前のロダンは素晴らしかったです。

大きく力強く、肉感的で生命力に満ち満ちた作品でした。
設置位置もバッチリで四方から見れるのも良いです。
壁面を背に設置されると彫刻の後ろが見れません。

何千年もお野菜や穀類を中心とした食事の
日本人には作れない作品でした。

オペラもそうなのですが、アリアを歌っているとかなり体力が必要です。
大きな音楽に飲まれ、引きずられそうになります。

最後はやはり何千年もお肉を食べ続け
頑丈な骨格や筋肉で身体を作った人種のものだと
つくづく感じてしまいます。



企画展はまだ準備中で常設展しか見れませんでした。

殆ど期待せずに展示室に入りました。
なぜなら、ブログにも何度も地方の美術館の情けなさを書いてきましたが、
地元の市長、議員と地元建築会社との癒着が垣間見れるような
外側ばかり立派な美術館が、地方にはよくあるからです。

館長や職員には、美術に何の興味もない
役所、学校長からの退職者の天下りがあるのも日本の特徴です。

箱と天下りの人件費にお金をかけ
収蔵作品のお粗末なのです。

大概素晴らしいのは2、3点で、
あとは何だかねということがあります。


また2年前奄美大島の田中一村美術館に行く機会を頂きました。
その際も建物は凄くステキでした。
画伯の終の棲家となった奄美独特の高床式の小屋を
イメージした田中一村氏にぴったりの建築でした。

でも中庭にある池が大きく、4つある展示室の内
3つが小さいのです。

田中一村氏は、藝大の同級生、橋本明治氏、東山魁夷氏が
藝大卒業後、中央画壇で華々しく活躍する中、
あふれる才能はあるのに藝大を中退し
中央を離れ貧困の中、恵まれない画家でした。
単身奄美に移り住み、絵を描く為に
他の仕事で収入を得なければなりませんでした。
展示室には、頼まれて描いた肖像画や
寺から頼まれた手製の木魚などありました。

確かにそれも作家の人生の一遍を示す作品ではありますが
来館者は、圧倒されるような代表作が見たいのです。

代表作の展示室に入った時、何だかおかしいとすぐに思いました。
代表作なのに絵に輝きと光が無いのです。

よく見ると期待した最後の展示室の作品の殆どレプリカだったのです。
作家個人の名前の美術館なのに。

おまけに東京から遠い遠い奄美大島まで行き
辺鄙な場所に行ったのに。

複製をありがたがって見たって仕方ありません。
余りにショックだったので、どうして画家自身の美術館なのに
本物を展示しないのか質問したほどです。

本物は傷みが激しいのでとのこと。
だったら、この美術館の意義は何?
ここには二度と来ないと思いました。





しかしこれも先入観を大きく覆され
島根県立美術館様は素晴らしい作品を圧倒的な数、所蔵されていました。

季節ごと常設展も架け替えるとのこと。
凄すぎる。

常設展で3時間も見たのは初めてかもしれません。



島根県那賀郡浜田町(現・浜田市)生まれ
日本画家、橋本明治氏の展示室もありました。
もちろん東京藝大卒。
同期の皆様が本当に本当に優秀で、 東山 魁夷氏はじめ
昭和日本画壇を背負われた
氏を含め5名の方がいらっしゃいます。

藝大も十数年に一度くらい奇跡の年度があります。
同学年、同科から何人も、日本を代表する作家、演奏家が
頭角を現し、活躍されるのです。
橋本明治氏の学年の日本画科はその年度でした。
良きライバルの出現は、相互して技極まるのだと感じます。

藝大の頃の10代の作品でさえ、もう完璧に完成していて
デッサン力の確かさと明るさに加え
やはり品の良さは、時代を経ても魅力の一つとして欠かせません。



今、なかなか普通に制作しても有名になれない。
もしくは実力不足で先日、渋谷の岡本太郎氏の壁画に、
余りに情けない落書きをした美術集団のような人がいます。

また安易なエロティック・グロテスク・暴力・戦争を
センセーショナルな表現でマスコミの注目を集めたい
自称作家の人も多いです。

本当の平和なら、自由に表現して何が悪いと
低俗で雑なものをつくり、幼児、少女を自称作品にしている人も多いです。

エロ・グロ・暴力・戦争なんて安直なテーマは全て
芸術を目指さなくても、誰でも考えつくとこだなあと思ってしまうし
集団で落書きなんて、適当な理屈を捏ねて、集団でしか
行動、反抗できない思春期の子どもと何ら変わらなくて
下手に年取ってるだけに情けなさを感じます。

それだけ圧倒的な存在感で孤高に立つ
巨大壁画の岡本太郎氏が脅威だったのかもしれません。




本当に実力がある人は、どの時代でも
作品自体で人を動かすと思います。

橋本明治氏、藝大時代の作品を初めて見ました。
19歳、20歳でこんなに描けたら楽しくて仕方ないだろうな。

美しいだけじゃなくて、見る側の視線の動きさえ計算したような
作品があり、才能とはこういった方のことだと
改めて思うのでした。

私など凡夫なので、19歳でこんなに描けたら
70歳、80歳まで描きたいモチーフが無くなったり
意欲がなくなるのじゃないかなと心配してしまうのでした。



余り素晴らしい作品をたくさん拝見できたので
何だか、ちんまりとした感じがする
お庭のウサギを見に行く気がしなくなりました。

ウサギの彫刻も日本で有名な方なのですが。
当時、かなりの物議を醸した「せんとくん」の作家です。


彩子





# by ayako_murakami | 2011-08-01 04:32 | 日々のこと

無料のおもしろネタ画像『デコじろう』用アイコン02 信じた地元  

24日津山駅に到着されたピア二ストの小林亜子さんと一緒に
苫田郡PTA連合会様・学校保健会苫田支部様主催
合同研修会 子育て後援会
村上彩子コンサート「命と歌を響かせて」 を開催頂く
鏡野町立鏡野中学校講堂へ向かいました。

多くのご父兄、教職員、保健会の皆様
日差し照りつける中、ご足労頂き誠にありがとうございました。

随分多くのアンケートを頂き
暖かいお言葉に感謝致します。

これからも励みに頑張ります。

なかなか公立学校でのコンサートでは望めない
室温、音響、ピアノの調律ですが
素晴らしい講堂で全ての条件を揃えて頂き
大変気持ちよく、安心して演奏できました。





本当にありがとうございます。


わざわざ講堂から離れた私の控え室に
会いに来られ
子育ての苦しさと共感とで
思わず泣かれたお母様もいらっしゃり、
こちらの方が感激でした。


【岡山県苫田郡鏡野町立鏡野中学校】



ご担当下さいました
岡山県苫田郡鏡野町立奥津中学校、教頭 冨谷 忠明先生 

岡山県苫田郡鏡野町立鏡野中学校 教頭 妹島 昇 先生

ご多忙の中、ご準備頂きありがとうございました。
本当にお世話になりました。



コンサート後、また美作市に向いました。

11月3日にお世話になる皆様、ご父兄との会食とのことでした。

シカシ偶然の偶然なのですが

美作市で18時より湯郷ベルの
宮間あや選手 福元美穂選手の凱旋パレードが催されることになり、
そこに急遽、11月3日に一緒にコンサートをする
美作中学校のマーチングバンドが参加。
何と!パレードの先導することになったのです。(*^_^*)



中学生には一生に一度の経験。

結局、会食もそのパレードが終らないと始まらないとのことなので
皆で凱旋パレードを見に行くことになりました。

誇らしげな中学生さんの顔を見ると
どういう訳か、親心のような気持ちになります。



いよいよ演奏が始まると、何だかますます親心になり?
涙が出そうになりました。
何枚も何枚もマーチングの中学生様を撮影してしまいました。

いよいよワールドカップの覇者である選手お二人は人力車に。



何しろ2車線の車道では無く一方通行の道なので
道幅が狭く、両側で取り巻く人が人力車を通してくれません。

車ならある程度、自身の身の危険も伴うので心理的に
人も遠巻きにするのでしょうが、人力車なので囲む囲む。

子どもの足でも付いて行ける位の速さでしか進むことができず
マーチングバンドは、選手の人力車を置いて
先にドンドン行ってしまうというパプニングも!!



あーー待って~

出演もパレードも急遽すぎて、準備も打合せもぶっつけのようでした。

宮間選手、福元選手も何だか申し訳ないくらい至近距離で拝見。

「私の方が宮間選手より身長が高く、体格も良くてサッカー向きですよね」と
この度のコンサートの主催をして下さる金藤様に言ったら大笑いされるくらい
宮間選手は、本当に小柄な方でした。

どこからあのパワーが・・・(@_@;)

ニュースではクールなイメージの宮間選手も
地元では大勢の知り合いがいらっしゃるのでしょう
明るく手を振られていました。



よく名前は分かりませんが
着ぐるみちゃんも大集合。

子どもも取り巻いて大興奮。

暑い中、女の子が
着ぐるみの中で頑張っています。






小さな温泉の町が沸きに沸いた夕刻でした。

派手な看板も派手なステージも無いけれど
集まった皆が笑顔でした。




翌朝8時、ホテルでの朝食を頂く際
配膳して下さったのは、明らかにサッカー選手らしき
ショートヘアのスポーティな女性の方でした。
練習着にエプロンをされているし
配膳のぎこちない動きが、むしろ微笑ましかったです。

こうして地元のホテルや飲食店で
アルバイトして一人暮らしをし練習して
また次のワールドカップを目指すのでしょう。

机を拭きながら、椅子を片付けながら
世界を目指す。
遠過ぎて遠過ぎて、泣きたくなることも多かったでしょう。

私もたくさんのアルバイトをしながら東京藝大を目指しました。
この沢山のアルバイトが、音楽に繋がるはずがないのにと
砂を噛むような思いでした。

いつも疲れ、練習時間も睡眠時間も無い悔しさが
じゃりじゃり口の中に喉の中に心の中に
いっぱい詰って窒息しそうでした。
いつも焦っていました。

しかし私は所詮、藝大です。
世界を目指した訳ではありません。




山や田畑が多いこの場所に
都会の若者のように遊べる場所はありません。

ただ生まれた故郷や親しい友人、恋人と遠く離れても
サッカーがしたいという思いを抱えて一人でやってきた
この先、一体どうなるか分からない若者を
この小さな町が信じ、職場を与え、出資し
市民がボランティアをしチームと選手を育てたのでした。





カラオケ大会にしか使用されないような大きなホールを
所蔵作品の貧相な美術館を
全国に建設し、維持に困っても懲りないで

一発逆転とばかりに有名プランナーに莫大なお金と
よくわからないうユルキャラを依頼し
二匹目のドジョウのごとく
二匹目のひこにゃんを狙っても
滑っている町が多いこと。

税金を使い何度も宝くじを買っているように見えてならないのですが。





長いスパンがかかっても
湯郷ベルを支えるような
地道な活動が結果として
大きな町興しになるのかも
と感じました。






殆どの山深い田舎は、過疎化が進んでいます。
市民が若い人を信じ、若い人が生活したくなる
生活できるような場所にすることしか無いけれど
漠然とした田舎には残ってくれません。
家を安く貸します、子どもが生まれたらお祝い金出しますとしても
若者はなかなか来てくれません。

田舎しか知らない大人が考える、若者の遊び場を作ったところで
温泉地にある忘れられたゲームコーナーのようになりがちです。


湯郷のように、ある程度、目標を絞り
強い夢と目的達成の意志のある若者に投資し
全国の同じ夢を持った若者に来て頂き
生活してもらえるようにするしかないのかもしれないと感じました。





湯郷ベルの選手は、強くなるはずです。
彼女等の環境が少しでも良くなりますように。

彩子

# by ayako_murakami | 2011-07-30 03:29 | コンサート

無料のおもしろネタ画像『デコじろう』用アイコン02 岡山県津山市~苫田郡鏡野町~美作市  

23、24、25日 岡山県津山市、美作市に居りました。

23日津山駅に到着し
赤堀医院様に伺いました。

の院長夫人赤堀 静子様は
お洒落で上品なご夫人でいらっしゃいました。

思わずご出身地を伺うと、芦屋とのこと。
やっぱり・・・

お話の仕方、育ちの良さは、香水のように立ち上がるもの。
自然にその方の雰囲気になり衣装以上にまとってしまうもの。

その後努力しても、多分なかなか抗えないものだなと。
こういった方にお目にかかると、つくづく感じます。

年間、1万人近い方にお目にかかります。
こちらが質問もしていないのに大勢が介する会場で
よく年配の男性が自己紹介の際
私は、何々藩の下級武士の生まれでして・・・・
何とか藩にお仕えし、私でちょうど何代目です・・・

と長い長い前置きの自己紹介をされることがあります。

女性は、何々皇女の末裔ですとか言いません。
聞いたことがありません。
敢えて語るのは恥ずかしいことと
分かっているからかもしれません。
男性特有のものです。

私は長い戦国時代が好きではありません。
女が物のように扱われた時代に興味がありません。
勝って権力を握った者だけが、絶対に正しいなんてことは無いからです。

銘菓のお店や料亭、老舗旅館、寺院のお話なら
興味深く聞いてみたいのですが

先祖の裃を着る方は、昔読んだ「裸の王様」を思い出してしまうのです。

実際には何者でもないのに自分を一角の者だと思う人がいるなら
その人は自分自身を欺いています(ガラテヤ信徒への手紙6章3節)

人間て何千年経っても変わらないでいるのに
真理は何千年も前に解き明かされているのだなあと。

品の良い方、何かを成しえた方、一角の人は
黙っていても分かるものです。

雰囲気、仕草、着こなし、エレベーターなどでの場面。
お顔の表情やシワのでき方も悲しいかな違うものです。

女性は、そういった空気に敏感なので
自ら得意げに話す男性に敢えて意見はしませんが、実は分かっています。

院長夫人の赤堀様のような方に出会うと
自身がとても恥ずかしくなります。

どういった印象を人に与えてしまっているか不安になります。
私の育ちなど高が知れているので、どうしようもないです。



赤堀医院様が5月に移転され
新しい病院になり初めての院内コンサートに
私を選んでくださいました。

落ち着いてステキな2階ロビーで
美しく紅葉した紅葉の庭園を映し込む大きなガラス窓を借景に
11月4日に歌わせて頂きます。
ありがたいことです。


打合せ後、30分ほど車で送って頂き、
翌日24日の苫田郡PTA連合会・・学校保健会苫田支部様主催
合同研修会 子育て後援会
村上彩子コンサート「命と歌を響かせて」 を開催頂く
鏡野町立鏡野中学校講堂へ向かいました。



びっくり!!
余りの立派さに驚きました。

きっと町内に大きな企業、もしくは国からの助成金などの支援があるのでしょう
今まで見た公立小中学校の中で一番立派でした。

こんな学校で学べたら、学校に行きたくなるわ。きっと。。(@_@;)



無事リハーサルを終え

また更に車で40分走って頂き美作市に到着。

市内の夏祭りに、今度11月3日にご一緒させて頂く
美作中学校のマーチングバンドが出演されるというので
折角なので拝見させて頂きました。



マーチングは、イタリアで一度だけ見たことがありますが
実際日本で見るのは初めてです。

楽器を演奏しながら、編成を組み
歩いたり、楽器を持ち上げたり、回したりと
華やかなパフォーマンスが続きます。

子どもも大人も周りを囲み
思わず手拍子を打つ楽しい演奏でした。

幼児さえ楽しそうに手を叩いています。



音楽の素晴らしさを中学生はちゃんと分かっているようでした。

美作中のこのマーチングクラブは
市民に愛されていて、市内行事に出演が多いとのこと。

指導にあたる西本先生のご苦労は如何許りかとお察しします。
もちろん休日出勤です。明日もです。明々後日も。
学校長、教頭さえいらしていないのですから、
西本先生の肩に、演奏以外の全責任もかかります。

私には、職業として学校での指導はできないなあと
この光景を拝見し、つくづく感じるのでした。



15分の演奏を拝見後
中学生さんにご挨拶をし、早々に津山に引き返し
翌日のコンサートの内容の確認をして眠りました。



マーチングは急遽、翌日の湯郷ベルのメンバーで
ワールドカップの選手、お二人の
凱旋パレードの先頭で演奏するという
一生に一度の光栄に預かったのでした。

彩子

# by ayako_murakami | 2011-07-27 09:10 | 日々のこと

無料のおもしろネタ画像『デコじろう』用アイコン02 尾道  

2006年よりお世話になっている
尾道はがき人の集いに参加させて頂きました。

2006年1月、藝大3年生の時
尾道市立美術館「無言館」展に企画を持ち込み
初めてのリサイタル「戦没学生に捧ぐ慰霊コンサート~祈り~」を
2回開催させて頂きました。

元旦の中国新聞様にカラーの写真を添えて
社会面に大きく掲載して頂けたお陰で
予想をはるかに超えた430名の方がお越し下さいました。

NHK様の撮影もして下さることになり
新聞社の方々も何人も入られました。

美術館のロビーでのコンサートでしたが
グランドピアノと私の周りを
お客様がぐるりと囲み
通路も取れず、階段にも立ち見の方がずらりと並び
大変な初めてのリサイタルでした。

そこに尾道はがき人の集いの発起人

半田 正興様
伊藤 民子様
高橋 朋子様
亀山 真由美様


がお越し下さいました。

全く面識の無い皆様でした。

全国に葉書を通じてのお知り合いがいらっしゃる
この4名の方が、ご自身の書かれる葉書を通して
大勢の皆様に私のことを書いて下さったお陰で
コンサートに一度行ってみたいと思って下さる方が
私の知らないところで多くなりました。

そして毎年1回の集いで、コンサートを開いて下さり
全国から大勢の皆様が、尾道の会場にご来場下さいました。
そしてまた、さらに大勢の皆様に葉書を書いて下さったのでした。

私は本当に皆様に運をつけて頂いたのだと思っています。

4年続けて開催頂いたコンサート。
構成は、私がやりたいように自由にやらせて下さいました。

尾道が演奏家としての原点だったように思います。

私が忙しさを理由に返事を書けていないのに
もう4年間も毎月、お葉書を下さる方もいます。

今年は演奏も無く、リラックスして参加させて頂くことができました。


久しぶりに歩いた尾道は
テレビのお陰で、若い観光客が少し増えていました。

また街の若い方がシンプルでお洒落な新しいお店を開かれ
少しステキな街になっていました。


【白鳥の湖の絵本。この物語の数ある絵本の中で、この挿絵が一番好き】

駅前の映画館が良いのですよ。

シネマ尾道
http://www.cinema-onomichi.com/

女性の若い館長が潰れた映画館を再建させ
ちゃんと内容を吟味した良い作品だけを上映しています。

もう何度かこの映画館で作品を見ています。

社会への問題作、人間の心の葛藤
戦争のテーマなど重めのテーマ作品が多いので
お客様が少ないのが残念です。

8月は何度か尾道に通わねばなりません。
見たい映画が多いのです。

フェリー二の道化師
ブラック・スワン
赤い靴
無言館

実はバレエが大好きなので、バレエの映画が楽しみです。
バレエほど優雅で過酷な舞台芸術はないんじゃないかと思っているからです。

スポーツではフィギアスケートです。

競技し演じている瞬間、体力が苦しい時に
正直に苦しい顔をしてもよいスポーツや芸術は、
どこかでまだ心は少し楽なんじゃないかな
と私は思ってしまうのです。




おいしそうなパン屋さんと
エステを見つけたので
映画の前後に行ってみようと考えています。

彩子

# by ayako_murakami | 2011-07-23 03:01 | 日々のこと

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