代替医療
健康食品の真実
患者心理につけ込む「バイブル商法」の実体を探る
「末期がんが治る」アガリクス本はでっち上げだった
取材・文:常蔭純一
(2005年12月号)
ユーザーは広告料を飲んでいる
では、こうしてつくられたバイブル本を基にどんなビジネスが行なわれているのだろうか。件のライターによると、バイブル商法は出版社がメーカーの商品をPRする目的でつくる「タイアップ本」を健康食品に特化させたものだという。
ビジネスとしての流れはどうなっているのだろうか。多くの場合、本の中で商品をPRしてもらう側のメーカーは、制作にあたって3、400万円を支払うことになるという。
「ライターや監修者に支払う報酬に初回の広告費を含めた金額です。バイブル本の売れ行きは新聞広告による宣伝が生命線ですから、それからも何度となく半5段といった大きなスペースで朝日、読売などに広告を出向し続ける。もちろん広告費はメーカー負担。それに手数料や書店でのスペース確保のための費用も請求されるので、最終的にメーカーは1000万円単位の金額を支出することも少なくありません」
出版社側にすれば、広告を打つたびに収入があり、さらに本が売れれば当然のこととして、利益が上がるのだからこんなうまい話はない。また、ライターや監修者に支払う報酬も多くの場合は、印税契約ではなく、1回きりの支払いによる買い取り制だから、売れれば売れるだけ利益が上がるシステムだ。
今回、摘発された2冊のアガリクス本の発行部数は前述したように、それぞれ1万7000部、2万4000部。ベストセラーとはとてもいえないが、それでも出版社がかなりの利益を得ていることは想像に難くない。
「高いものほどよく効く」という患者心理
ではメーカー側はどうか。それほどの支出を余儀なくされても、バイブル本の出版にはメリットがあるのだろうか。前出のライターはメリットがなければ、本など出すはずがないと、こう語る。
「アガリクスの場合には熱心な人は、月に30〜40万円程度支出するといわれています。そうしたヘビーユーザーが100人でも抑えられれば、ビジネスは大成功でしょう。一般的にユーザーはどんな健康食品でも3カ月はだまされたと思って試して続ける。その3カ月で1人当たりの支払額は100万円近くに達します。そんな人たちが100人いれば、それだけで1億円の売り上げが達成できるのです。そうしてユーザーが効果のなさに使用をやめたときには、また別の製品を出せばいい。出版社にとっても、メーカー、販売会社にとってもこんなうまいビジネスはありません」
そのライターによると、バイブル商法では広告宣伝に必要な費用は、あらかじめ商品価格に上乗せされているという。「高いものほどよく効く」という患者心理から、それでも商品は売れていくという。高価なアガリクスを求めるユーザーは、高額な広告料金を飲み込んでいると考えるべきだろう。
当然ながら、そうした場合には患者の商品に対する信頼は新聞広告によって担保されている。その点では、何の規制もなく広告出稿を受け入れていた新聞社にも責任があるといわざるを得ないだろう。
タイアップ本はお金製造機
ともあれ、こうしてみると、バイブル本とは、出版社、メーカーが結託して、わらにもすがる思いで最後の治療法を探るがん患者を消費するシステムといっていいだろう。
今回の事件のなかで、主導的役割を果たしたと見られる史輝出版社長瀬川博美氏はビジネス評論家として何冊もの著書を上梓している。その著書で瀬川氏はタイアップ本のビジネスモデルを「お金製造機=キャッシュ・ゼネレーター」と表現している。今回、摘発されたバイブル商法は、そうした瀬川氏のビジネス感覚を何よりも端的に象徴しているのかもしれない。その瀬川氏は現在、がんに見舞われ、病いの床についているというから、世の中は皮肉なものである。
当然ながら時には、そうした「売らんかな」「儲けんかな」のビジネスのあり方がトラブルに発展することもある。
商品自体や販売についてのクレームを受けつけている東京都消費生活総合センターには、都内各地の支所も含めて毎年、2000件前後健康食品に関する相談が寄せられている(2004年は1681件)。そのなかには「健康食品ビジネス」の不健全さを、ものがたるようなケースも多いと相談支援担当係長の国安透さんはこう語る。
「アガリクスもそうですが、健康食品の販売では半年分、1年分とまとめ買いをさせられるケースが少なくない。それにある商品の効果がないと、それじゃ次はこれを使えと強引に別の商品を購入させられることもある。前の商品のローンの支払いも終っていないのに、別の商品を買わされて家計が破綻しているケースも散見します」
もちろん相談の中には体験談に基づいたバイブル商法に対するクレームも含まれている。しかしこの場合は、対応がきわめて難しいと国安さんは指摘する。
「一般の訪問販売ではクーリング・オフによる解約が基本になりますが、バイブル商法の場合は自分から主体的に商品を購入しているので、クーリング・オフが適用されにくいのです」
「もしかすると」というがん患者の心理につけ込むバイブル商法ならではの抜け道といえるかもしれない。
メーカーにデータの提出を要求
では、私たちはこうした健康食品、健康ビジネスと向き合えばいいのだろうか。
もちろんすべての健康食品に効果がないというわけではないし、健康食品の製造、販売に携わっている企業すべてが悪辣な商法を手がけているわけでもないだろう。しかし現実としてバイブル商法のように、がん患者の弱みにつけ込む悪徳商法が跋扈しているのも事実だ。
「今回の事件で健康産業全体がクリーンになるとは考えにくい。そのことを考えると、うまく健康食品に付き合っていくには、まず利用者がその商品に対して、正確な情報、知識を持つようにすることが大切ですね」
こう指摘するのは、健康産業、健康食品についての調査、研究に積極的に取り組んでいるおない内科クリニック副院長の小内亨さんである。
たとえばアガリクスの場合でいえばこれまでに、動物実験などで含有されているβ-グルカンの一部に抗がん作用があったことが確認されている。しかし、人間を対象とした臨床研究による報告は皆無というのが実情だ。また小内さんは動物実験でも、注射によって有効成分を注入したり、培養細胞を対象にした研究で培地に成分を含ませる特殊な手法が用いられている可能性もあり、そうした場合には、データの信頼性は激減するという。
さらに見逃せないのがネガティブな側面でのデータだ。アガリクスといえばキノコの1種であるため、副作用の不安がないと思われがちだが、実は多量に服用した場合には、肝障害が発生する危険が指摘されている。じっさい、2004年4月に神戸の病院で、肺がん手術を受けた後に亡くなった60代の男性の場合には、死につながった劇症肝炎の原因として、アガリクスの加工健康食品の服用が指摘されてもいたのだ。
このように効果の実体が不明確で、しかも副作用の不安も皆無とはいえない食品が末期がん患者の福音として崇められていたわけだ。もちろん同じことは他の健康食品にもあてはまる。そのことも含めて小内さんは、健康食品を利用する患者自身が声を上げるべきだという。
「健康食品には数値化されにくいプラシーボ効果があるのは事実でしょう。しかし、それとは別に効用をうたうなら、メーカーには正確なデータを提供する義務があるのも事実です。健康食品を利用している患者さんは連携して、正確なデータを要求するようにすべきです。そうした求めに応じたメーカーのなかから、自分に合った商品を選択すればいい」
患者を食い物にする悪徳商法を一掃するには、他の誰でもない患者自身に覚醒が求められているのかもしれない。